第4話
スマホを持つ、横田コウダイの手は震えていた。
「こ………これ、君。住居侵入罪じゃん。犯罪だぞ! 逮捕されるぞ!」
コウダイにスマホを手渡した黒沼エリーがニッコリ微笑む。あまり笑顔が似合わないキャラのためか、その表情は少しぎこちなかった。
「貴方がここ2週間やってきたことを振り返って、他人の行為をどうこう言えるのかしら? とにかく、よく考えて。今、貴方の部屋には私の兵隊君たちが入ってる。私の命令一つで、ここに写ってる可愛らしいフィギュアちゃんたち、全部、修復不可能に潰されちゃうよ。今からじゃ買い直すことが出来ない、レアものも沢山あるんでしょ? 『横田社長』の全財産といってもいいほどのコレクション。たかだか2週間だけ一緒に過ごした新アイテムちゃんたちと、どっちが大切なの?」
コウダイは必至で打開策を考えようとするが、焦りが先に立って、考えがまとまらない。エリーの兵隊たちもきっと、Cグループ以上のカーストに属しているはず。Eグループのコウダイが命令すれば、破壊活動を止めさせることが出来るかもしれない。それなのに、連絡手段が見つからない。エリーの兵隊たちの携帯番号もLineもメアドも知らないコウダイにとって、離れた場所にいる敵の兵隊を止めるすべは思いつかなかった。
「私の交渉には、タイムサービスっていうものがあるの。今、このタイミングで、貴方のクラスを手離すなら、私の王国の中での貴方の一定の立場と安全は保障してあげる。貴方のお気に入りの『人間フィギュア』だって、何体かは確保させてあげても良いわよ。但し、学校には週1回しか来ないでね。監視もつけておく。どうかしら?」
エリーのスマホを握っているコウダイの手は、いつの間にか汗でビッショリになっていた。スマホが防水加工されていなかったら、壊れていたかもしれない。
「………わかった。3-Cは今日で、3-Fに吸収される。お前らはみんな、ここの黒沼エリーの家来だ。『便所飯のエリー』に服従しろ」
色とりどりのアイドル衣装やファンタジーなコスプレを身にまとっている、3-Cの生徒たちが一斉に膝と両手を床につける。新たなご主人様に平伏した。『孤独のグルメ・便所飯』、『未婚の未亡人』と仇名されてきたボッチ界の一匹狼はここに、総勢で60人のシモベを持つことになった。
「皆様、ごきげんよう。貴方たちの新しい持ち主になりました。エリーです。とりあえずお近づきになるために、皆さん一人一人の人となりを知りたいので、その趣味の悪いお洋服を全部脱いで、裸になってアンケートにご記入くださいね。白い紙を回します。貴方の自慢とコンプレックス。私のことをご存知の方は、これまで私のことをどう思っていらっしゃったか。それから、これからの臣民ライフを想像してみて、自分が一番恥ずかしいと思うこと、人前でやりたくないこと。あとは、恥ずかしい秘密や人に言えない性癖なんかもあったら、全部、正直に書いてくださいね」
命令をもらって、直ちに神妙な顔つきで服を脱ぎ始める優等生。不安な表情で視線を交わし合うギャル系の女子たち。キョロキョロしながらスタッフTシャツを脱いでいく男子たち。マイナーアイドルの握手会で、15歳の時から『社長』というニックネームを付けられていたフケ顔のアイドルオタク兼フィギュアコレクターは、自分の城があっさりと落城していくのを無言で見送った。
エリーはさっきよりもリラックスした、優美とも言えるような笑顔で、教室の中をゆっくり見渡す。誰が考えたのかは知らないが、今のこの学園を捻じ曲げたシチュエーションは、つくづく「いい性格」をした設計だと思う。ボッチをこじらせて、性格が歪み切った自分ですら、感嘆を覚える。これまでエリーを見下してきた人間ほど、忠実に彼女の命令に従うようになる。まるで現在女王に成りあがった彼女が、上流カーストの生徒たちを弄び、従属させることに大義名分まで与えてくれているようではないか。いや、従属するではない、上層カーストにいた人ほど、エリーに身も心も、人格も存在自体もあっさり捧げるシステム。このシステムの中で、傍若無人に振舞うなという方が、無理ではないだろうか。
かつて、ゴスロリを気取って中学校の卒業式後の集まりに、張り切って全身黒づくめに、つばの大きな黒い帽子で参加したエリー。その日から彼女は『未婚の未亡人』と呼ばれるようになった。勇気を出して参加した大人数のイベントで、常に痛いヤラカシを繰り返してきたはずの彼女が、今では2クラス分の生徒たちの上に君臨する、女王になっていた。
。。。
2-Aの教室は今日も、桂木マコトの実験室になっている。几帳面な彼は、観察ノートもつけている。男子6人以外は全員女子という歪な構成になった彼の城で、今日も『スクールカースト大革命』以降の事態を調査している。現在2-AにはSグループ女子が2名いる。陸上部の期待の星となっている美人アスリート、都築ヤヨイと、読者モデルをしている望月アンリだ。アンリは元々2-Bの生徒だったので、時々、元の持ち主である『女帝』の創作イメージの膨らみ方によっては、『腐女子が平伏す蠅の王』のもとに返してやっている。Aグループの生徒は5名。Bグループが8名。有象無象が十数名。これだけ女子の駒が揃っていると、対照実験などもやりやすい。
校内を見渡すと、各クラスの支配者となった男子生徒の多くは、思春期でもあり、可愛い女子が言いなりになるという現象に大興奮して、気力と体力を振り絞って遊び耽る。マコトの場合は、少し違う。もちろん、ヤヨイの見事な体やアンリのヤラシイ裸も頻繁に堪能させてもらってはいるが、一歩引いた視点から、自分の『能力』というか、このクラスで出来ることをあれこれと試している。ゲームをしている時でも、自分の出来ることが少しずつ整理できて、理解できるようになっていく瞬間が一番楽しい。それがマコトだった。
クラスメイトのアイコラ画像流出事件以来、Eグループの底辺にいたマコトが、Dグループの陰キャに命令をすると、1階層越えの命令になる。彼らは何でも従う。激辛カレーも食べたし、キャラにも合わないポップソングを恥ずかしそうに熱唱したりもした。それでも、彼らの心までは操れていないことが、表情からも見て取れる。
2階層越えの命令はCグループのモブ生徒たちに届く。彼らの場合は感触や感情、思考も操ることが出来る。『授業が始まって15分たつと、乳首が痒くて仕方なくなる。ジメジメした下着や制服の中から出してあげて、外気に触れさせるまで、痒みはどんどん増していく』と伝えておいたら、数学の授業は途中から乳首の品評会のような状況になっていた。『見られることは快感』とも伝えておいたせいか、休み時間までシャツとブラからポロリさせたまま、ウロウロしている生徒もいた。
3階層越えの命令はBグループ以上の生徒たち。つまり2-Aの教室の中では15名の生徒と1人の先生に届く。記憶や信条、道徳観念を弄る指令だ。このあたりから複雑な遊び方が出来るようになる。『この指示を受けたことは忘れているけれど、10時になったら君たちは鶏になって時を知らせる。鳴き終わった後は、自分がしたことは覚えているけれど、なんでそんなことをしたのかは、さっぱり思い出せなくなる』という指示を出すと、教室中にコケコッコーと鳴き声を響き渡らせた女子たちが、その後でキョトンとした表情で、どうして自分がそんなことをしたのか、聞きたそうにキョロキョロする。教卓で両手をバタバタさせながら喉を震わせていた先生が、赤い顔でコホンと咳ばらいをして、授業に戻ろうとする。その、動と静のギャップが、マコトにとっては面白くて興味深い。服の着方を忘れさせてみる。ちょっと間違ったヒントを与えると、可愛い女子たちはやっと思い出したとばかりに、スカートとシャツを上下逆に着る。前後ろを反対にも着る。制服の上にショーツやブラを身につけて、やっと日常に戻れたとばかりに安堵してお喋りに興じる。手を叩くと本来の服の着方を思い出して、自分の馬鹿さを恨みながら慌てて服を着直す。この間、男子たちの存在は『忘れて』しまっている。女子たちそれぞれの深層意識に違うトリガーを埋め込んで、それを連鎖的に発動させるのも、ゲームっぽくてマコトの性格に合っている。先生にあてられて、立ち上がった瞬間にハンカチを落とす子。ハンカチが落ちるのを見たら、瞬時に立ち上がり、スカートに手を入れて、ショーツを引き下ろして床に落とす子。授業中にショーツを脱ぐ子を見たら、急にその子のスカートを捲り上げたくなる子。女子のアソコが晒されたら、なぜかそこにキスしたくて仕方がなくなる生徒。エッチなシーンを見たら、バンザイ三唱したくなるグループ。生徒たちのバンザイを聞くと、教室から走り出て、全速力で運動場横のプールまで駆けて行って、服を着たまま冷たい水の張ってあるプールに飛び込みたくなる先生。全部の連鎖コンボに成功すると、マコトはまるで自前のピタゴラスイッチを完成させたような快感にウットリとした。
そんなマコトが今、一番熱中しているのが、カースト4階層越えの命令。「命令相手の周囲も巻き込む指示」だった。実はこの現象はマコトの見る限り、効果が常に安定するというものではない。『裸になって大通りをスキップしよう。周りの人たちは君のことを無視してくれるよ』という程度の指示だったら、ほぼ100%、学校外の人たちもマコトが指示した通り、全裸少女のうかれたスキップを無視してくれる。しかし、「先生が透け透けの白レオタード姿で駅前でエアロビクスを披露すると、周りを歩く通勤中のOLさんたちも服を脱いで、裸になって先生のエアロビを真似します。音楽が終われば、そのOLさんたちもブラだけ残して服を着て、何事もなかったように出勤していきますよ」と伝えた時には、朝の忙しいOLさんたちの中で全裸エアロビを披露してくれたのは3割から4割に留まった。基本的にマコトが確実な命令を出せるのは、あくまでも稜聖学園高校の人間に対してであって、その外の社会の人たちには、受動的な、リアクションへの影響がメインとなっているようだった。『無視される』、『気にされない』といった指示は確実に反映させられるのだが、主体的な行動を促すことが出来るかどうかは、相手によって個人差があるようだった。
デパートの1階に入っていった都築ヤヨイが陸上部のユニフォームに手をかけて、上着と一緒にスポーツブラを捲り上げる。
「ファイト―!」
腹から声が出ている。鍛えられた腹筋も美しい。オッパイは小ぶりだが胸筋も強そうで形が良い。
「いっぱーーーーーつっ!」
1階の化粧品売り場のお姉様たちの7割くらいが、ヤヨイの声を聞いて反射的に、制服のシャツを破るように引っ張り開けてブラジャーを晒しながら叫ぶ。背中にチャックがある制服の美容部員さんは、慌ててチャックとトップを引き下ろした。ブラジャーごと剥ぎ取って叫んでくれたのは受付の帽子をかぶったお姉さんだった。上品な店員さんたちは、5秒ほどたってから、我に返って、恥ずかしそうにちぢこまったり、慌てて服を戻す。破れてしまった制服を見下ろして困った顔の美人店員さんもいる。お客さんや服を脱がなかった店員さんたちは、多少ザワつきはしたけれど、徐々に落ち着いていく。その様子をマコトは丁寧に観察する。今日のヤヨイへの指示に対しては、主体的に反応したのが4割程度。『そっとしておく』という受動的なリアクションにはほぼ100%の反映率。
「指示の過激さによっても、主体的に反応してくれる人の率は変わってくるのかな? ふむ………」
あまりヤヨイを長い時間、部活から抜け出させているのも可哀想なので、駅前のデパートから学校へ戻ることにする。外へ出たマコトは、こちらに向かって歩いてくる、稜聖学園の制服を着た子を見た。そして目を止める。
彼女は、手にリールを持っている。細いリールの鎖は、隣を四つん這いで歩く、美貌の女性の首輪に繋がっていた。この距離で、この状況でも、全裸で四つん這いの女性は、人の目を引いて離さないくらいの美しい顔立ちをしていることがわかる。
この、這って歩いている全裸の美女は、学園の華と呼ばれた久住紗耶香。リールを持って、犬の散歩のように歩いているのはその妹、1年の久住小夜だった。マコトの領土の子たちではない。慎重なマコトは、反射的に木の陰に立って、様子を伺った。裸で犬のように這って歩く姉はいつものような優雅で気品ある笑みを浮かべている。リールを持って歩いている妹の方は、少し困ったような表情で周りの様子を伺っていた。
近づいてくる2人の美少女の会話を聞く。周囲の通行人の反応を見る。そしてマコトは気づく。これは、マコトと近い興味や嗜好を持つ支配者から、命令を受けた子たちの下校風景のようだった。
。。。
「お姉ちゃん。体は大丈夫? 寒かったり、膝とか手とか、痛かったりしない?」
首輪をつけた姉を鎖につないで歩いている子の言葉とは思えないほど、妹の小夜の言葉は気遣いと同情に満ちていた。これまで、学園の華とも天使とも謳われていた姉、紗耶香の妹として同じ高校に通うことはプレッシャーでもあり、若干コンプレックスを刺激されることでもあった。それでも今のように、全裸で四つん這いの姉をペットのように伴って歩いていると、優しい姉に対する心配の方が先に立った。
「大丈夫よ。私の体は裸で四つ足で登下校することにすぐに適応する、って、ご主人様も仰っていたでしょ? むしろ清々しい気持ち。………それに、こうして小夜ちゃんと一緒に歩くのも久しぶりよね。勉強とか、ついていけてるのかしら?」
いつも通りの優しい姉の言葉。澄んでいて、落ち着きのあるその声が、街中を全裸で犬のように歩いている美女の口から出てくることが、小夜には不思議だった。
「あー。ママ、見て。可愛いー」
「あら、ワンワン………、いえ、半分ワンワンの半ワンよね?」
散歩中の男の子と母親が、小夜の姉を指さして近づいてくる。小夜が見返すと、尊敬する姉は、ベロを突き出してハッハッと荒い息を吐きながら、お尻を左右に小刻みに振っている。街行く人たちとの交流が楽しみなようだ。
「可愛いですねー。何歳なんですか?」
「………17歳です」
散歩する若いお母さんに小夜が返事をする間に、幼稚園くらいの男の子は紗耶香の髪の毛をワシャワシャと撫でる。紗耶香は嬉しそうに喉を鳴らした。
「毛並みも肌ツヤも良くて………。とっても綺麗な半ワンね。お手入れとか大変じゃないの?」
「基本……的には、姉は自分のことは、自分でやりますので………。はい」
「あんっ…………あふんっ…………」
這っている紗耶香の、地面に向かって揺れている美乳を、男の子は遠慮無しに揉む。柔らかい感触を楽しんでいるようだ。
「ママ、ほら乳首、おっきくなってきてる」
「あら、………感じやすいのかな~? 半ワン、感じやすいですか~?」
顔を傾けて、若いお母さんが尋ねると、喘いでいた姉が、赤い顔でペコリと頭を下げた。
「は………はい。………そうみたいです。………すみません」
「トモ君、お尻の方、半ワンのオシッコが出るところの近くも見てごらん。ベタベタしてたら、半ワン喜んでるってことかもよ~」
「うん………。うわっ、すっごいベチャベチャ。垂れてくるよ」
「あんっ…………そこっ…………はぁんっ…………」
親子は屈託のない笑顔で、久住紗耶香の体を撫でまわし、弄る。紗耶香は体を前後に揺すって快感に悶える。3者とも、とても無邪気にスキンシップを楽しんでいる。その場でぎこちない思いをしているのは、妹の小夜だけだった。
「ばいばーい、半ワーン」
男の子は何度も振り返っては、紗耶香と小夜に手を振る。若いお母さんも振り返ってお辞儀をして、男の子の手を引いて歩いて行った。
「小夜ちゃん。………今の男の子、結構テクニックあるかもしれないよ。遠慮とか躊躇いとか無くって、ちっちゃい指でもグッと奥まで入れてくれたから、感じちゃった。将来とってもモテちゃうかもね。………あ、ごめんなさいね。小夜ちゃんにはまだちょっと早い、大人の話をしちゃったかな」
「お姉ちゃん。涎と、……あと、足の間、拭くね。道路に零しちゃってて、恥ずかしいから」
小夜がポケットからティッシュを取り出す間、紗耶香は背筋をピンと伸ばして、いい子にしている。
「ふふふ……。小夜ちゃんが、とっても気が利く飼い主さんだから、お姉ちゃん、とっても嬉しいな」
姉が小夜を褒めてくれる。そのお姉さん口調と、涎を垂らして上気した顔とのギャップが、また妹を複雑な気持ちにさせた。
。。。
(飼い主とペットに、完全に意識を書き換えるんじゃなくて、一部に正気を残してギャップを楽しむ、この感じ………。ちょっと俺の嗜好と似てるかも………。)
学園でも評判の美少女姉妹の下校風景を観察しながら、マコトは思った。もともとマコトがアイコラという趣味にはまったのも、ギャップと不自然さが醸し出す、独特の非日常的なエロさに惹かれたからだった。よく見るアイドルの、屈託のない笑顔と、首から下にドッキングされた非日常的な別世界。今やマコトの技術なら、ほとんど違和感のないコラを作ることも充分可能だった。それでも彼はいまだに、若干のギコチなさや不自然さを残したコラにこだわっている。そうした嗜好と、この美人姉妹を取り巻く普通と異常が混然となったような光景は、方向性が似ている気がした。
先週末にマコトがクラスメイトの真面目な女子に与えた指示を思い出してみる。週末に親戚の家で法事があると言っていたのが図書委員のワカナだったので、Aグループの彼女には周囲も巻き込む命令を出した。彼女は親戚中が集まる中で、自分だけ上半身裸で出席する。ただし、彼女の頭の中では、そのことの異常さを充分認識している。親戚の伯父さん、叔母さん、従姉妹たちに「大きくなったね」とオッパイを揉まれて確かめられながらも、笑顔を崩してはいけない。ワカナが拒んだり逃げたりした瞬間に、周囲もワカナがオッパイ丸出しで法事に参加していることの異常さに気がついて大騒ぎとなる。ワカナが親戚中にオッパイを揉まれながら我慢しきれたら、法事は平和に終わる。そこまで指示を出して、マコトは月曜日のワカナからの報告を楽しみにしつつ、週末を過ごした。報告によるとワカナは、住職さんに乳首を摘ままれた時が一番のピンチだったが、何とか、しのぎきったとのことだった。しかし、このマコトの命令と、今、目の前にいる美人姉妹に与えられた命令とは、方向性が似ている気がした。
「お気に召したかな? 長い間、注意深く観察してくれているようだが」
考えごとに集中しすぎた。マコトが不意にかけられた言葉に、肩をこわばらせる。瞬時に、声のした方向を振り返る。そこには、制服の襟や袖にフリルをあしらった、ファンシーな服装の男子生徒がいた。名前を聞くまでもなかった。
「笛吹男爵………。松園ヒロオミ………先輩」
マコトが名前を呼ぶと、男は髭の濃すぎるケツアゴを頷かせて笑顔になった。噂しか聞いたことがない生徒でも、同じ学園の『男爵』のビジュアルを間違える者はいない。「フレディ・マーキュリーの見た目を凄く濃くしたような男」という、伝聞通りの、日本人離れした彫りの深い顔立ち。この顔で制服を着ていると、立っているだけで不穏な空気を醸し出していた。
「2年の桂木マコト君。アイコラ職人の尊敬を集める、マッドドクター。『医局長』というのは、君のことだよね。何度か作品を鑑賞させてもらいました」
「あ………、はぁ………。どうも」
マコトは男爵の強烈な存在感に気圧されながらも、警戒を強める。目で、3メートル離れたところに待機しているボディーガードたちへ合図する。2人とも柔道部だがゴツイだけじゃない、俊敏さも兼ね備えた、マコトの兵隊男子だ。
「個人的には、エロティシズムなら、もっとビザールでデカダンスなものが好みなんだが、それでも君の作品からは信念というか矜持が見えて、好感が持てました。素材の良さを殺さずに、2つの写真がぶつかったエネルギーを作品にしている。不自然さと自然さのマリアージュ。………あ、警戒しないでください。僕には君と戦う意志は無いよ。今日は提案を持ってきたのです」
男爵が、近くまで歩いてきた久住紗耶香と小夜の美人姉妹に何か囁きかける。姉の紗耶香は喜び勇んで、妹のスカートの中に頭を入れる。さっきまで比較的正気を保っていた妹も、リールを持ったままでウットリとした表情になって、姉がスカートのなかでピチャピチャと音を立てるのに合わせ、あごを上げて悶え始める。
「君が警戒を怠らない事情はよく分かる。Eグループの支配者同士が対立した場合、相手を追い詰めて屈服させ、領土を手放させるという方法以外にも、もっとストレートなやり口もある。単純に相手を物理的に傷つけたり拘束したりして、臣民たちへの日毎の支配の再強化を出来なくさせればいい。そうされないよう、ボディーガードを引き連れて、警戒を解かない。君はとてもクレバーだと思います」
高校1年の美少女、久住小夜の喘ぎ声をバックに、笛吹男爵は両手を背中で組んで、歩きながら演説を続ける。
「しかし、これでは消耗戦だ。我々は他国からの侵略を警戒する限り、お互いに臣民を兵隊化させる、軍拡競争に入らざるを得ない。他に手はないのか? 私は考えて、君たちに提案をしたい。今日は、その協力をお願いしに来ました」
マコトはボディーガードたちを視線で抑えつつ、この濃すぎるビジュアルを持つ日本人の話を、ひとまず聞くことにした。
。。。
「で、ミオちゃんはどうしていたいの?」
愛情のこもった手作り弁当を食べさせてもらったあとで、シュンタは満足げに自分のお腹を撫でながら、健気なコックさんに質問する。
「………んー、もうっ。意地悪っ」
赤い顔をした藤沢美緒は、ふてくされたようにシュンタの肩に頭をのせて、しなだれかかった。
「約束でしょ。この前みたいな………体勢で、………休憩させて欲しいの。……………全部言わせなくてもいいでしょ? イジワル・シュン君」
「この前っていっても、色んな体勢で休憩してきたからなぁ………」
まだ焦らすシュンタに痺れを切らしたミオが、無言でシュンタの膝を掴むと、グッと左右の膝を開いて、内腿に自分の頬を載せるようにして寝そべった。校舎の南側、日の当たる芝生の上で、2人はお弁当を食べた後でイチャイチャしている。シュンタにとって最もリラックス出来る、長閑な時間だ。
「はー。私、こうしてる時が、一番幸せ………」
シュンタの股間に顔を押しつけたミオが、肺活量いっぱいに深呼吸をする。『美緒はシュンタのタマの匂いを嗅いでいると自己肯定感が胸いっぱいに溢れる』と伝えて以来、彼女は2人きりでいる時はいつも、こうしたがるようになった。始めはちょっとした悪戯のつもりだったのだが、好きな人の満面の笑顔を間近で見せられると、シュンタはこの設定を解除する機会を見失ってしまった。今も照れくさそうに、恥ずかしそうにしつつも、シュンタの股間に顔を押し当ててクンクンと鼻を鳴らして笑うミオの表情は、これまでに見たことが無いくらい柔らかくて、とろけそうで、それでいて生き生きとしている。
今この学園には、十数人の支配者がいて、鎬を削っているはずだ。それぞれが自分のクラスの専制君主として君臨している。わがまま放題の暴君もいるだろう。そのなかで、シュンタはもっとも王の器にない人間かもしれない。自由自在に振舞って良いとされて、結局行きついた先が、他人が嬉しそうにしている横にいると、自分もリラックス出来るという、自分なりの結論だった。
ゆったりと時間が流れる日向で、シュンタは出来るだけ、芝を踏んで近づいてくる足音を、無視しようとしていた。
「お取込み中、悪いな」
マコトの声がする。
「極悪だよ。………何かあった?」
シュンタは、じゃれつくミオの髪を撫でながら、親友の顔も見上げずに質問した。
「Eグループの底辺キャラたちに召集がかかった。5限目のあとに生徒会議室。呼んでるのは、3年の『笛吹男爵』…………と、あと、………俺」
そこまで聞いて、やっとシュンタは顔を上げた。
怪訝な顔を見せるシュンタに、マコトは溜息をつきながら肩をすくめてみせた。
「お前にとっても悪くない話だと思う。まぁ、聞いてくれよ」
。。。
2-Dの教室に近づくと、ビートの早い重低音が腹に響いてくる。教室の扉と窓からは白い泡が溢れ出ていた。
「最後に会ったのは火曜かな? ノリユキは、イビサを作るって言ってたぞ」
横を歩くマコトが言う。
「あいつ、イビサがどんなとこか、ほんとにわかってんの? 俺もよく知らないけどな」
マコトに返答するシュンタの声も、自然と大きくなる。2-Dに近づくほど、ユーロビートなのかトランスミュージックなのかよくわからない電子音が激しくなっていて、2人は耳元でも大きな声で話さなければ会話が出来ない状態だった。扉の前に立つと、張り紙に太いマジックで『大権現様 降臨レイブ祭』と書きなぐってある。頭の悪そうなイベント中だということだけは、伝わってきた。
『権現』とは、2-Dのいじめられっ子でシュンタとマコトの親友、丹波ノリユキの仇名だ。これまで学生生活で2回、大便を漏らしたことをイジられてきた。ある時、「徳川家康だって負け戦で、ウンコ漏らしたんだぞ」と、苦しい反論をした結果、仇名が『権現』になったそうだ。そのノリユキが今、このクラスの法律だというのだから、人生何が起こるかわからない。扉を開ける。電子音楽がひときわ大きくなる。マコトとシュンタは覆いかぶさってくる白い泡をかいくぐって、教室に入る。泡のカーテンを抜けると、そこは狂乱のレイブ会場だった。
女子も男子も、2-Dの生徒たちは全員が全裸で踊り狂っていた。ノリユキの命令だろうか、全員針が振り切れたかのような笑顔ではしゃいでいる。踊りがぎこちないカップルやグループは、性器を結合させながら踊っているせいだ。体に唯一身につけているものがあるのは、最年少での免許皆伝と話題になった、生け花家元の美少女、菱川ヒロノさんだけだった。ヒロノさんは純日本風のお嬢様だったはずだけれど、今はローラーブレードを駆使して、フィギュアスケーターのように教室中を滑り、仰け反って足を蹴り上げてポーズを決めている。いつ作ったのか、教室の四方にはポールが立てられていて、綺麗系の女子たちが艶めかしいポールダンスに興じている。そして教卓に立ってリズム感なさそうに揺れている天パのデブを、仰ぎみるように、生徒たちの乱舞が繰り広げられていた。
「どんどん行くぞー、くそパリピどもー」
ノリユキが煽ると、教室中が歓声に包まれる。30人の生徒でも、本気でキマってノッていると、相当なグルーブ感になっていた。曲が変わる。キャッチ―なイントロ。2-Dの生徒たちが男女も気にせずに近くにいる人と抱き合って跳ねる。後背位で繋がって腰を振る。髪を振り乱してヘッドバンギングする。「セックス・オンザ・ビーチ」という掛け声に合わせてピストン運動を激しくする。優等生も秀才もお嬢様も皆、満面の笑みでダンスとセックスに没頭していた。
不意に教卓のデブと目が合う。
「おう、俺のソウルブラザーたち。よく来たな、稜聖のイビサへ。俺がこのホールのキング。ダイベン・トメレン・大権現。ユーノウ?」
中途半端に嫌なライムを聞かされた。
「ユーノウ? じゃねえよ。………おいノリユキ、そこ降りろ。用事があるんだよ。生徒会議室行くぞ」
2-Dの教室から遠ざかっても、まだ重低音が響いてくる。時折、シュンタの2-Fまで聞こえてくる騒音はノリユキのだったということだ。そのノリユキのホールでは今頃、生徒たちの狂乱が最高潮を迎えているはずだった。全員で輪になって中心を向くように四つん這いになると、隣の生徒のお尻の穴に指を突っ込んでアナルオナニーの助け合い運動をするらしい。ローションと指サックまで準備しているのはノリユキの優しさからだそうだ。
「みんなに肛門が性感帯。アナルオナニーが最高のご馳走って植えつけてるからさ、真面目なガリ勉君から、お淑やかな可愛い子ちゃんまで、全員、キメキメのアヘ顔でイクんだよ。何回も。楽しそうだぞ」
「お前それ、Dグループの奴らは、性感帯になった振りをさせられてるだけだからな。一番可哀想だよ」
「いやー、もうさすがにDグループの奴らも開眼したんじゃないかな? 何しろみんなに、1日5人、出来るだけ新しい相手とラブラブで変態なセックスをしろって命令だしてからしばらくたつから。口では恥ずかしそうなこと言ってるけど、今じゃ全員、ハードコアなセックス狂だと思うよ」
マコトの説教もほとんど意に介さないノリユキは、生徒たちのヤラシイ変貌ぶりを嬉しそうに語り続ける。情熱的に語るデブを見て、これはこれで愛かと思ったが、シュンタは同時に寒気を感じた。
「ノリユキもそんな調子だと痩せそうだけど、全然体型変わんないんだな」
シュンタが厭味を言ってみる。
「いや、俺は大体、皆を煽ったり、ヤッてるところ見てたり、自分でシコッてるだけのことが多いからな。なにせ、広東包茎だから、痛くて。よっぽど丁寧に処理しても、1日2回くらいしか射精したくないんだわ。軽ボッキくらいなら大丈夫だけど、射精直前までデカくなると、かなり痛いから」
厭味を言ったつもりのシュンタが、ダメージをくらった。もうこれ以上話すのを止めて、無言で生徒会議室へと向かうこととした。
。。。
長方形の形に並べられた長机。生徒会議室には11人の生徒が座る。シュンタたち3人を除いた8人の中には、初めて見る顔も少なくない。議長席と言えるポジションに着座しているのは『笛吹男爵』松園ヒロオミだろう。学園のゴシップには疎いシュンタも、口髭を蓄えた高校生を見たら、さすがに忘れない。他の8人も、相当なオーラというか、存在感を醸し出している。これほどの個性が、学園生活の底辺に潜んでいたのかと思うと、不思議な気持ちにさえなってくる。
「女帝カナエさん。最近では『腐女子が平伏す蠅の王』と呼ばれているそうですね。ご足労おかけしました。ミツヨ・ド…ブスさんは初めましてですね。松園です。………門崎君。市内の覗きスポットを印して地理部を追放された、『チリブノチブ』。お噂はかねがね聞いています。皆さん、今日はようこそお越しくださいました」
男爵の敬語には独特のイントネーションがあり、禍々しさが滲み出ていた。横でマコトが他のメンツのことをシュンタに小声で教えてくれる。
「チリブノチブの隣にいるのが、『穴熊先輩』だ。留年していてクラスに馴染めずに、ずっと詰将棋の棋譜を独り言のように呟いているが、最近、将棋が激弱いことが判明した。穴熊囲いっていう固い守りを得意にしてるくせに、10手チョイで負けるらしい。この人はヤバいぞ。………その隣が、『シマムラ姉さん』だ。実家も裕福で、ファッションに凄いこだわりがあるらしいが、センスに色々あって、何を着ていてもこう呼ばれている。離れたところにいるのが『酢の天使』。何でこう呼ばれているのかは聞くな。あと近寄るな。最後の『ペニスリン師匠』は中3で淋病にかかったせいで風俗通いがバレた、伝説のチャレンジャーだ」
エピソードの1個1個がなかなかの強度だった。隣でノリユキが深いため息をつく。
「いやー、しかし、底辺キャラもここまで来ると、みんな異名とかつけられてんのな。祟り神として恐れられてるみたいな感じだよな。本名で呼ばれてるうちが花なのかもなぁ」
参加者たちに同情の視線を向けている『大権現』が、本気でそれを言っているのかわからなくなって、シュンタは親友の横顔を思わずまじまじと見てしまった。
「かつて底辺カーストと呼ばれていた人たちのなかで、今日ここに来ていないのは、『未婚の未亡人』、便所飯のエリーさんと、ヤリマンで有名な『マラ・ズボビッチ』さん含めてあとは数名。おそらくエリーさん以外は支配者の座を追われたか、放棄した人たちでしょう。もしかしたら、皆さんのうちの誰かに潰された人もいるかもしれない」
男爵は周囲を見渡す。ほとんど誰とも視線が合わない。しらばっくれているのか、ただのコミュ障か。列席しているのは、どれも不敵な面子だった。
「今、ここにいる人たちの中にも、明日にはもういない人もいるかもしれない。そうじゃない?」
女帝が言う。穴熊先輩がこめかみに青筋を立てて、彼女を睨んだ。何かを小声で呟いている。
「そうかもしれませんね。ミツヨさんは、この状況を、どう思われていますか?」
笛吹男爵に話を振られたミツヨ・ド…ブスは、ブフーと息を漏らすのみだった。彼女はスターウォーズのジャバ・ザ…ハットに似ている。シュンタはやっと思い出すことが出来て、何かスッキリした。
「そもそも我々は、今のこの学園に起きている、いわゆる『スクールカースト大革命』がなぜ発生したか、いつまで有効か、他の地域のどこかの学校でも起きているのか、全くわかっていない。そんな状況の中で、互いに潰し合っていて、良いものでしょうか?」
男爵の言葉を聞いて、シュンタは少し胸が痛んだ。この現象の原因を、シュンタだけは何となく、わかっている。
「いや、最終的に私たちがどうなろうと、実のところ私にとってはどうでもいいことなのです。しかし、私たちの支配を受けることになった、上のカーストにいた人たち。この人たちは私たちの芸術、美意識、性癖、コンプレックス、妄想を今、具現化してくれるキャンバスです。彼ら、彼女らが、単なる我々の争いの兵隊要員として配備されていくのが、私には如何にも惜しい。このままクラスごとの軍拡競争が進めば、貴重なキャンバスたちは、臣民たちはみんな、芸術ではなく、性の祭典でもなく、戦いのための道具にせざるを得ない。それはもったいないとは思いませんか?」
男爵が指を弾くと、扉が開いて、美女が2人、裸にガーターベルトと網タイツだけ身につけた姿で現れた。ショーツも穿いていないせいで、股間が完全に剃毛されていることが見て取れる。彼女たちが男爵の両脇に立ったところで男爵はもう一度指を鳴らす。美女たちは両腕を上げて、ストレッチをするように頭の上高くに右手と左手を組んだ。脇の下から、淡い腋毛が人目に晒される。美女たちはウットリとした表情で、吐息を漏らす。
「彼女たちには私から、アンダーヘアーを剃毛するという習慣を刷り込みました。そして腋毛を伸ばすという習慣を与え、さらにその毛が、クリトリス以上の性感帯であると教え込んでいます。他人の視線を感じるだけで、感じる腋毛。それをこんな風に指に巻けば………ね?」
2人の美女が左右対称に、男爵の左右の人差し指に腋毛を絡めとられる。瞬時に彼女たちはイッた。腰をガクガクと震わせて、膝から崩れ落ちた。男爵の両目が、カッと見開かれる。
「つまりはこういうことです。…………もう、………おわかりでしょう? 皆さん」
自信満々に周囲を見渡す男爵。シュンタはよくよく考えたのだが、美女が出てきたあたりから、よくわからなくなっていた。他の人たちは理解できたのだろうか? 思わずキョロキョロしてしまう。
「コホン。あの、俺から説明を追加すると、消耗戦で潰し合うより、最低限の協定を結んではどうかと。せっかく底辺カーストの俺らが周りの人たちを支配出来てるっていう、この状況を、出来るだけ平和に維持できないかってことです。自分のクラス以外の生徒を支配したくなったら、ただちにその支配者と潰し合いに入るとかじゃなくて、借用とか交換とかのルールを作る。そのルールは別にここの男爵が決めるとかじゃなくて、支配者の会議を設定して、多数決で決める。そういうことですよね? 男爵」
美しい音楽に陶酔するような表情で、男爵は両手を使ってマコトを紹介するようなポーズを取ると、ただ目を閉じてお辞儀をした。
「HRの多数決みたいなことを、いまさら、俺たち落ちこぼれが集まってやるっていることか?」
穴熊先輩が不快感を声に出した。その後で、ぶつぶつと聞こえにくい独り言を続けている。詰将棋の棋譜でも呟いているのだろう。
「陰キャが運動会の騎馬戦みたいな戦いを続けるよりは、マシだって言いたいんじゃないかしら? 男爵は」
女帝が言うと、男爵は頷く代わりに、両隣の美女の腋毛をさらに弄って、もう一度、昇天の泣き声を響かせた。
「最低カーストにいた支配者たちの、ルールを協議する場所。『最低統治者会議』。これを設立することを、俺も提案します」
マコトが言うと。シュンタも思い切って挙手をして、同意を示した。シュンタにとっては、2-Fを平和に治めること、ミオとの関係を長続きさせることが、一番の目的だった。
「俺も、別に喧嘩とか全然弱いし、そもそもそんなに戦略的に動けてたら、底辺にいないし………。今あるラッキーフィーバーを、長持ちさせる方が、オッズは良いと思うので、賛成」
ノリユキも手を上げる。RKB3人は頷きあう。11人の統治者の中で、3人の信頼関係があるというのは、貴重な戦力だと感じられた。
男爵の作戦は概ねうまくいったと言える。最初の顔合わせでは穴熊先輩とシマムラ姉さんが会議の参加を拒否。酢の天使が保留をした。3日間の間に、彼らは自分を軸にした連合を作ろうとしたり、『未婚の未亡人』黒沼エリーの勢力を吸収して、独裁専制国家の維持を試みたりしたようだが、いずれも失敗した。
結成されつつあるグループの切り崩し、多数派工作、政治的駆け引き。よくよく考えれば、どれもコミュ障でボッチだった彼らには、もっとも不得意な分野だったのだ。
穴熊先輩は『最低統治者会議』に参加。酢の天使は、未亡人エリーに領土と臣民を併合されるかたちで追放され、汗腺の手術を受けることになった。そしてシマムラ姉さんは、シュンタが気がついた時には、いつの間にか粛清されていて、彼女の臣民は女帝カナエと『アイコラ医局長』マコトの管理下に入っていた。私立稜聖学園高等学校は、黒沼エリーの支配する4クラスと、小規模戦力に分裂していて支配権が確立されていない5クラスを除いて、『最低統治者会議』の支配を受けることになった。この紛争中の5クラスも、いずれ統治者会議の勢力下に置かれることは目に見えていた。Eグループの支配者たちが複数で結束した時、強力なリーダーシップのないクラスに勝ち目はなかった。
。。。
「それで私たちは、『笛吹男爵』さんの奴隷になったっていうこと?」
ミオが不安げな顔で、シュンタを覗きこむ。持田シュンタと一生添い遂げると覚悟を決めている彼女にとっては、Eグループメンバーの覇権争いの動向は他人事ではなかった。Sグループに属する藤沢美緒は、彼らの気まぐれな一言で、心も体も、社会の扱いすらも、一瞬にして変えられてしまう。シュンタの恋人でいられなくなる日が来るかもしれないと思うと、まるで自分という存在自体が消え去りそうな不安を覚えるのだった。
「大丈夫。男爵のブレーンとして、マコトが色々と提言してくれてる。あいつは信用出来る。………少なくとも、ノリユキっていう天パ・デブよりは、ずっとまともで、頼りになるよ。マコトが統治者会議の黒幕の1人でいる限り、ミオが心配するようなことにはならないって」
シュンタは自分に言い聞かせるように話した。
稜聖学園の生徒も教員も家族も、命の危険に晒したり、後に残る怪我をさせるようなことをしてはいけない。妊娠や性病の蔓延を防ぐための処置をする。精神を完全に壊すような荒い命令を出してはいけない。合意された協定のなかの、こうしたルールはシュンタも完全に合意出来た。
「何しろこの『大革命』がいつまで続くのかということすら、我々はわからない。だとすると、我々、統治者の将来的な安全のためにも、学園をもとの状態に戻せる範囲での火遊びにすべきでしょう。それに、誰かにとっての捨て駒であっても、他の統治者にはまっさらな状態から遊べる玩具であった方が、良いこともあると思いませんか?」
男爵はワイングラスを傾けながら、統治者会議メンバーたちに語った。グラスの中身は果汁100%のグレープジュースだそうだ。
しかし、臣民のトレードに関するルールはまだ、統治者たちの間でまだ、完全に決着をつけることが出来ていなかった。期間限定の臣民借用は、持ち主の統治者が承諾すればいつでも有効。半永久的な臣民の支配権移管は、統治者会議が作る下部組織としての事務局の承認が必要。どちらの場合もSグループのメンバー1人に対してはSグループの臣民1人か、Aグループ4人。Aグループ1人はBグループ3人でトレードというのが基本レート。このように定められつつあった。
「平和的に行われている限り、トレードは統治者会議の推奨活動です。皆さん、固定された臣民集団を弄んでいる限り、徐々に刺激を求めて命令がエスカレートする傾向にある。それが、操る相手が定期的に新鮮な臣民となれば、ある程度穏当な火遊びの範囲で満足出来る。持続可能な学園管理が、統治者会議の目的です。交易はみんなを豊かにすると信じます。如何でしょう?」
途中から男爵は、愛液にまみれたリコーダーで美しい音楽を吹くことに没頭してしまったため、全体の主旨はマコトが通訳して説明してくれた。トレードのレートは、議論はあったけれど、ひとまず会議の合意を得た。バランスが悪ければ、見直せばいい。ただ、統治者会議がトレードを推奨するという一文に、シュンタはひっかかった。
「トレードのオファーが強制的なニュアンスを持つなら、やめた方がいい。皆にも独占欲はあると思うし、むしろトレードの相談が紛争の火種になるかもしれない。最低でも、自分の臣民のなかでここはトレード提案お断りという、『プロテクト』のルールを作ってはどうでしょうか?」
シュンタが勇気を出して発言すると、会議は揉めた。
激しいプレイをしても、肉体を支配することで避妊や回復の加速が出来る、「Sグループ」の臣民は群を抜いて希少であり、価値が高かった。その資源を、現時点で複数保有している統治者と、一人も持っていない統治者が存在する。統治者会議メンバー勢力の現状肯定と平等の促進。どちらを「平和」ととらえるか、統治者たちの見方は一致していなかった。結局、トレードについてのルールはまだ協定として明記されず、統治者間で合意のとれた期間限定トレードだけが、先行的に運用され始めた。
「シュン君、何か心配ごとがあるんじゃない? 少し元気がないみたい」
ミオが健気に恋人兼ご主人様の心の動きを案じてくれる。つぶらな瞳、可憐に整った顔立ち、全身から透明感溢れる、美しい佇まい。シュンタは藤沢美緒を1ヶ月独占しても、まったく飽きることがなかった。一生自分のものにしたいと、本気で思っていた。彼女を他の統治者に短期間でも与えるくらいだったら、最低統治者会議を敵に回しても良いさえ思える。マコトも、ノリユキも………。そこまで考えると、胸が苦しくなる。シュンタはミオの体を抱き寄せて、唇を奪った。
いつものシュンタらしくない、乱暴なキス。それもミオは喜んで受け入れた。恋人であり、クラスの統治者であるシュンタの、葛藤や怒り、苛立ちを、自分が受けとめさせてもらえることが、嬉しくて、誇らしかった。
「ミオ。デート中、いきなりで悪いけど、君は人前でも裸になって僕とセックスをするんだ。これまで覚えてきた僕への奉仕の仕方を、みんなに披露してやれ。周りの人は君のエッチな姿、いやらしい行為に興奮したり、憧れたりするけれど、止めに来たりはしないよ」
「はい………。ミオとミオの周りのことは、すべて、シュン君の言う通りになります」
キスをやめた直後の至近距離、顔同士が15センチしか離れていない近さでシュンタに返事をして、頷いたミオは、ショッピングモールのエスカレーターで、制服を脱ぎ始める。
「ミオが脱ぎ捨てた服や下着は、1階の受付に丁寧にまとめられて、僕らが帰る時に回収されるのを待つ」
そう宣言するだけで、店員さんや周りのお客さんがシュンタの命令通りに取り計らってくれる。Sグループの臣民をEグループの統治者が支配する時、支配権はここまで拡張できる。マコトが研究結果を教えてくれたおかげで、シュンタはそれを知っている。最低統治者会議が平和を約束して、研究結果を共有してくれれば、シュンタたち統治者はこれからも多様な統治者の最新の発見を共有され、色々な楽しみを得られるだろう。しかし、その代償として、ここにいる美緒を手放さなければならない日が来たら………。同じ疑問の逡巡だ。シュンタはたかぶっていた。不安を忘れたくて、登っていくエスカレーターの上でミオの綺麗なオッパイに吸いついた。少し強引にもう片方のオッパイを揉んだ。
2階、3階とエスカレーターを乗り継いでいく。ショッピングモールの中庭を囲うような構造のエスカレーターでセックスをしていると、まるで買い物に来た人たち皆に見せびらかしているようだ。シュンタはチャックから自分のモノを出してミオに押しつける。ショーツも4階のエスカレーターから投げ捨てた、生まれたままの姿のミオが、右膝を上げて、内腿の間にシュンタのモノを導いていく。手すりに背中をのせて、ミオが天井を仰いで感じる。呆然と見守る家族連れ、熱い視線で美緒の裸を凝視するオジサン。羨ましそうに、絡めた腕に力を入れるカップル。街の人々に自慢するように、シュンタはミオの性器のなかで、自分の性器を動かす。シュンタのペニスにベストフィットするように締め付けるミオの膣壁は温かくてヌルヌルしていて、シュンタとの結合を襞1枚1枚が歓喜するようにうち震える。エスカレーターを降りて、体勢を変えた2人は、ミオが前に立ち、体を「くの字」に曲げて、後ろからシュンタが挿入する。動物の交尾のような体勢のまま、2人は歩いて、ウィンドウショッピングをする。ピストン運動をしながら、店員さんにお薦めの服や靴を聞く。恥ずかしそうに接客する店員さん。ミオにも質問をさせると、セックス中のミオと純情そうな店員のお姉さんとが、ぎこちない会話をする。全部が、シュンタにとっての興奮の材料だった。
ミオにまつわる全てを、シュンタは楽しみ、味わうことが出来た。
「このまま、繋がったままで、ミオのおうちに行って、ご家族に挨拶するのはどう?」
「はんっ…………。おっ…………。お母さんが………、気絶しちゃうかもしれないよ………。シュっ…………シュン君が…………そうしたいなら…………、挨拶に………いくけど…………。あぁっ……………またっ………………またイッちゃいそうっ」
ミオの体は、シュンタが指示すれば、12回までイっても、次の日に疲れを持ち越したりしない。シュンタは経験からそれをわかっている。まだ今日は7回しかイカせていない。今日は、徹底的にミオとヤリまくることを決めた。まとわりついてくる不安をかき消すかのように、激しく腰を振って、何度も彼女の中で出して、街中を相手に、この美女がシュンタのものだということを、宣言しようとしていた。
< 続く >