オカルトオアカルト 1話

<オカルト? > 東屋蓮 高校1年生

 東屋蓮が、何かに呼ばれたような気がして振り返ったのは、その日の授業が全て終わって、宿題替わりに渡されたプリントをまとめ、下校の準備を終えた時のことだった。何かが彼を呼んでいる。とにかくそこに行かなければならない。そんな、胸騒ぎのようなものを感じて、蓮はキョロキョロとまわりを見回す。クラスメイトたちの半分は教室を後にして、部活や自宅へ向かっていた。近くに残っているのは、友達同士のお喋りに熱中しているグループだけだ。誰も彼の名前を口に出したりはしていない。蓮はそのことを確認して、鞄を肩にかけると、教室を出ることにした。

『……………東屋蓮。こっちに来なさい。』

 ………今度はさっきよりもはっきりと、その声を聞いた気がする。それは少し、不思議な感覚。耳は声を聞いていないのに、頭の奥に響いてくる。蓮は自分がまだ、体調が万全でないのかと、心配になった。昨日まで彼は、熱があって学校を3日も休んでいたのだ。体と心が丈夫なことだけが取り柄と言われている蓮には、珍しいことだった。

 まだ体調が悪いのか………。その思いは、廊下の一方向を見ていて、より強くなる。なんだか、西側に向かって、廊下が傾いてきたような感覚を覚えるのだ。平衡感覚が狂うような、気味の悪い感覚。蓮の足は、その傾斜のせいで、独りでに西へ向かって一歩踏み出していた。一歩、また一歩と、進みだした足は止まってくれない。気がつくと、蓮はタッタッ、と早足気味に、校舎の西側へ進んで行く。一度動き出すと、もう止まってはいけない気がした。

 学園の正門がある東南とは逆方向。西北の方向へと急ぐ東屋蓮の足は、校舎を出たあたりから駆け足になっていた。呼ばれている。呼ばれている。急がなくては………。いつの間にか、蓮の頭の中は、通っている空手の教室に遅刻寸前で急いでいる時のような切迫感で一杯になっていた。他のことが考えられない。ダッシュで高等部棟を抜けると、敷地のはずれにある、旧サークル棟まで彼は走っていた。この辺り、部活に入っていない彼が来ることは滅多にない。いや、いまや殆どの体育会系の部は体育館近くの部活棟。文科系サークルは新サークル棟に移っているので、この旧サークル棟には、学園公認の部やサークルは、ほとんど残っていない。改築を待つだけの、閑散とした建物のはずだった。その旧サークル棟に、なぜか息せきって、蓮が駆けつける。嫌な予感がした。この旧サークル棟の1階端っこに陣取っているのは、確か、悪名高い、『オマジナイ倶楽部』だと、クラスメイトに聞いたことがあったからだ。

 ギギ―っと旧サークル棟、西の端から二番目の部屋のドアを開けると、中には何人かの学生がいた。建物の外からみたボロさと比べると、意外と中の居心地は悪くなさそうな内装。それでも、壁一面に古い本を並べる大きな本棚。趣味の悪そうな装飾品と、机に置かれた水晶玉。そして奥に見える、やたら大規模なジオラマのようなもの。学校らしくない小道具の数々が、やはりこの部屋が、例の『オマジナイ倶楽部』の部室であることを、主張していた。

「1年B組の東屋蓮君だよね」

 ニコやかに声をかけてきたのは、色白でヒョロっとした男子生徒だった。蓮より年上。多分、3年の先輩だ。蓮は返事をする前に、許可もされていないのに、部室の真ん中、床に丸と妙な文字か模様が書き込まれた、円形の図形の真ん中まで足を進めて、そこで立ち止まった。気をつけの姿勢をとる。そこでやっと、彼を急き立てていた、切迫感のようなものが消えた。蓮はようやく、一息つくことが出来た。

「……は………、はい…………。あの、…………すいません。突然、失礼します…………。僕、別に、ここに用事もなかったんですが、………急に、その。ここに来なきゃいけないような、気がしまして…………」

 蓮は説明に口ごもりながら、部室の中にいる人たちを見回す。男子生徒が2人。女子生徒は3人いた。そのうちの1人は見覚えがある。確か月曜日に蓮が駅の近くで喧嘩に巻き込まれた時にいた、美少女。…………蓮と同じ、1年生のはずだ。

「説明は君がしようとしなくても良いよ。たぶん、君が一番、事情がわかっていないと思うから………」

 ぶっきらぼうな口調で呟いたのは、蓮の知っている1年の女子の隣に立っていた、女の先輩だった。さっき声をかけてくれた男の先輩の柔らかい物腰とは違って、すこしとっつきにくそうな、ツンとした喋り方をする。

「彼女は3年の賢木繭菜。1年の東屋君はあまり見たことがないかな? そもそも彼女、授業にもあんまり出ない、悪い子だからね」

「………アンタだって、人のこと言えないでしょっ」

 ヒョロッとした男の先輩と、ムスッとした女の先輩。2人は仲は悪くなさそうだった。

「でも、彼女の横に立ってる、1年の女の子のことは、知ってるよね? ………国枝清香ちゃん」

 言われて蓮が賢木先輩の隣にいる1年女子を見ると、彼女は顔を赤くして俯いた。そうか、この子が国枝清香さんだったんだ。蓮はようやく名前と顔が繋がった。時々クラスの馬鹿男子たちの話題に上がっている、1-Dにいるという評判の美少女、国枝清香は、この子だったということだ。今週の月曜、空手の稽古が終わって自宅に帰ろうとしていた蓮は、駅前で、他校の男どもに言い寄られて困っている様子だった彼女に、助け舟を出すつもりで声をかけた。制服で同じ学校の生徒ということは分かっていたし、周囲への興味の薄い蓮にすら、何度か目に留まるくらいの可愛い同学年の女子だったからだ。

 結局、他校のワル男子3人に囲まれた蓮は、殴り合いの中で国枝さんと彼女の友だちを見失っていた。空手をかじっていると言っても、喧嘩に慣れている訳ではない。蓮は結局、三方から殴ったり、蹴られたりした。大人が駅員を呼んで、ワルどもは散っていったが、蓮はいくつかのアザと擦り傷を作ってしまった。ガードを固めていたので、大したダメージはなかったはずなのだが、珍しい喧嘩の経験で興奮したのか、次の日から原因不明の高熱を患ってしまって、結局、3日も学校を休む羽目になったのだった。

「あ………あの、あの時は、助けてくれて、ありがとうございました。…………私たちだけ逃げちゃって、本当にゴメンなさい」

 国枝さんは、本当に申し訳なさそうに、深いお辞儀をした。そして、チラチラと、蓮の顔を上目遣いに見ては、顔を赤くしている。

「いや………あの、全然…………。あの後は、ボコボコにされてただけだから、格好悪いところ、見られなくて済んで、かえって良かったよ。………ハハッ………」

 蓮がリアクションに困りながらも軽く答えるが、国枝さんは相当真面目な性格のようで、目をウルウルさせている。

「………格好………悪くないですっ……………」

 色々迷いながら、やっとその言葉を引っ張り出したように、答えると、もっと顔を赤くして俯いた。隣に立っている賢木先輩が、焦れたように、ポンと国枝さんの肩を叩く。

「なんか、ここまで来ると、オマジナイの力なんて頼らなくても、普通は放っておいたって、2人でイイ感じになっていきそうなもんだけど、………この子のこの感じだと、まだまだ時間もかかるかもね。それで、この子からうちの倶楽部にお願いに来たってわけ。オマジナイ倶楽部。君みたいな空手バカ男子は知らないかもしれないけど、女子の間ではそこそこ名が知れてるんだよ」

「特定民俗学研究部。通称オマジナイ倶楽部………ね」

 ヒョロッとした男の先輩が、説明を付け加えてくれる。すると、少し離れた席で水晶玉を覗きこんでいた、小柄な女子生徒がやっと口を開く。

「オマジナイ倶楽部っていうのも長いって言って、『オマ・クラ』って略す子もいるみたいね。4文字省略するために、新しい言葉を覚えるのって、どれだけ効率が上がるのかわからないけど、若い子たちって、そういう仲間内だけで通じる言葉遊びが好きみたい」

 まるで自分が若い子でないかのような口調で、小柄な女子生徒がクールに述べた。

「あ、彼女は松風葵。3年。僕ら4人は皆、3年生なんだ。こっちの関屋航大もそう。………あ、言い忘れてた。僕は蓬田誠吾。一応、部長やってます。ジャンケンで負けて、押しつけられた」

 ここまで説明を受けて、ようやくこの、怪しげな部室にいる人たち全員の正体がわかった。部長の蓬田先輩がヒョロッとしているけど、人当たりが良さそうな人。その後ろでジオラマを弄りながら、こっちに背を向けているのが、関屋先輩。まだ顔もちゃんと見れてない、ちょっと暗そうな人。あっちで水晶玉を覗きこむのに熱中しているのが、小柄でクールな雰囲気の松風先輩。床にチョークで変な模様や丸を書いたらしいのは、チョークを持って立っている、ぶっきらぼうそうな賢木先輩。その隣で、オドオドしながら立ち尽くしているのが、1年の国枝さん。蓮が急に、この部室に呼ばれた気がして駆けこんで来たのは、この国枝さんと関係があるのかもしれない。

「そこの東屋君。勉強は出来ない子みたいだけど、勘は悪くなさそう。なんで自分が召喚されたか、何となく勘づいたみたいだよ」

 水晶玉から目を離さずに、松風先輩が呟いた。賢木先輩が両方の眉を少し上げる。蓬田先輩は「ピュー」と軽く口笛を吹いた。

「説明が省けるのは、助かるわ。端的に言うとね、この国枝清香ちゃんがうちの部に来て、こうお願いしてきたの。塾帰りに他校の生徒に絡まれていた自分を助け出してくれた、同学年の男の子が、しばらく学校を休んでしまっているらしい。自分のせいで酷い目にあったのではないかと聞きたいが、直接尋ねに行く勇気が湧かない。うちの部のオマジナイの力で、彼が元気か調べて欲しいって…………。でもね、ここに来て1分で、あっさり葵に言い当てられちゃった。ただの心配じゃなくて、清香ちゃんは君のことを好きになったんだろうって。葵は一応、占い師だからね」

「あとは、お願いのかたちを微調整してもらうことにしたんだ。どうせなら、蓮君の近況を調べるだけじゃなくて、恋が実るオマジナイにしようって。僕は『契約者』という役割を勉強している。人の願いを叶えるのが、修行の一環みたいになってるんだ」

 椅子に腰を掛けた蓬田先輩が、両手を頭の後ろで組む。

「話がまとまったところで、こっちの繭菜が君を呼び出した。彼女は『召喚士』っていう役割を極めようと、日々勉強してるんだ。学校の勉強はそっちのけでね」

「学校の勉強の話は、余分だって、言ってるでしょっ。アンタだって大して成績変わらないくせに………」

 床に手を伸ばしながらも、いちいち賢木先輩が蓬田先輩にツッコミを入れているあたり、やはりこの2人は、言い合いはしているけれど仲は悪くないんだと思った。体を「くの字」に曲げて、床にチョークで模様を書き込みながら、賢木先輩が蓮たちに声をかける。

「それで2人は、どうするの? ………付き合っとく?」

 また、丸の周りに飾りがついたような模様を1つ、チョークで書き終えた賢木先輩が、体を起こして腰をトントンと叩きながら、先輩に問いかけられた蓮と清香は、思わずお互いの顔を見合わせた。蓮も何と言って良いのかわからない、気まずい表情。清香は過呼吸にならないか、蓮が心配になるほど、口をパクパクさせて、耳まで真っ赤になっていた。

「ゴメンね。アタシ、まどろっこしいのが、嫌いだから………」

 小さくため息をついた賢木先輩が、また白いチョークを手に取って、床の模様と模様を繋ぐようにして線を1つ引く。その瞬間、蓮には、彼女が描いた模様の周りが、紫色に光ったように見えた。

「あ……………え? ……………………や………やだ………………」

「………ん? ……………あれ? ……………………」

 怪しげな部室の真ん中で、向かい合うように直立していた蓮と清香の様子が変化する。…………また、呼ばれている………。さっき感じた、焦燥感というか、切迫感のようなものが、蓮の胸を突き上げる。見てみると、さっき賢木先輩が床に書き込んだ円形の模様が、鼓動を刻むように紫色に点滅している。それに呼応するかのように、蓮と清香の制服が紫色に点滅しているように見える。

 今度呼ばれているのは、蓮自身ではない。蓮の制服が呼ばれているのだと、本能的に感じた。今、賢木先輩が模様を描いた、その床の模様が紫色に光ると、蓮の制服がその呼びかけに呼応するように同時に光った。そして、蓮は今、自分の服を、呼び出されるままに脱いでいって、円の真ん中に置こうとしている。そこまで理解したけれど、その現象に逆らうことは出来なかった。

 蓮の真正面で立ち尽くしていた清香さんは、今何が起きているのか、蓮よりも理解出来ていないようだ。それでも蓮よりもテキパキと、素早く制服を脱いでいく。ブレザーのジャケットから腕を抜いて、首元のエンジ色のリボンを解く。水色のシャツのボタンを1つずつ外していくと、プリーツの入ったスカートの横からチャックを下ろす。ジャケット、リボン、シャツ、スカートを両手の腕に重ねると、震える手で、床に描かれた丸の中に、制服をそっと置く。その上から、やっとジャケットとシャツ、ズボンを脱ぎ終えた蓮が、自分の制服を重ねる。服の召喚に応えたあとは、すぐに蓮は自分のいた丸の中に戻って、気をつけの姿勢になる。トランクスしか着ていない、ほとんど裸のような姿。その目の前に、同学年の美少女、国枝清香さんが下着姿で直立しているのを見る。目のやり場に困る光景だった。

「後から性格やら性やら、何やらの不一致とかで別れるくらいなら、ちゃんとお互いのことを、包み隠さずに確認してから、決めておきなさいよ。………ほら、清香はこないだの件から、蓮にゾッコンなんでしょ? ………蓮はどうよ? 清香、凄く綺麗でしょ? ルックスは超美形だし、スタイルもなかなかだよね? …………ただまぁ、性格は相当奥手かな………。どうすんの? 付き合う?」

「…………え? ………いや、………その…………。そんなこと、急に………聞かれても………。心の準備が………」

 蓮がボソボソと口ごもる。チラッと見るだけで、目の前には輝かしい光景。つぶらな瞳と白い肌、黒い髪の綺麗な清純派美少女が、白い下着だけを身に着けて、蓮の前で立ち尽くしている。胸元や腰回りを腕で隠そうと両手をソワソワさせているが、迷った挙句に結局体の横に揃えて、気をつけの姿勢を保っている。ブラジャーしか上半身にまとっていないせいで、彼女の呼吸が暴れているのが見てわかる。国枝さんは蓮以上に今何が起こっているのか、よくわかっていないようだった。

「あ………生まれたまんまの姿じゃないと、お互い納得いくまで確認できないって言うんだったら………」

 賢木先輩がまた何かを床に描きこもうとする。蓮は慌ててそれを止めた。

「ちょっと! …………いいですっ。結構ですっ。国枝さんが良いんなら、僕、お付き合いしたいです」

 蓮が焦って口走ると、賢木先輩の手が止まる。ハァッと空気を大きく吸いこむ音を立てて、清香さんが両手で口を覆った。蓮はいまだに状況が完全に腹落ちしていない気分だった。目の前の美少女と付き合うと言わなければ、自分も彼女も裸にされてしまう…………。よくよく考えると、自分に損は無いような気もしたが、首を縦に振らなければ、国枝さんが可哀想な気もする。とにかく結論を迫られる時というのは、逃げ場がないものだった。

「あ………ゴメン、書きかけちゃったから、最後までいかせてね。………恋人同士になったんだから、隠し事は無しってことでいいでしょ?」

 賢木先輩が、強引に模様を描き終えてしまう。蓮と国枝さんの制服が重なっている円が、また紫色に点滅する。蓮のトランクスと、そして胸元あたりの空間が同じく紫色に光った。

「…………? ………………え? ………………どういう……………………。…………………無いけど……………………、呼ばれてる…………」

 蓮は焦って胸板を両手で擦った。当たり前の話だが、彼はブラジャーなんてしていない。けれど、どうしても蓮は自分のブラジャーを脱いで、呼び出された場所に置かなければならないという、強い義務感に苛まれて、混乱している。男子の自分はブラジャーなんてつけるわけがないという、当たり前の思いを、とにかくブラジャーの呼び出しに応じなければという思いが塗り替えていく。背中に手を回したり、脇のあたりを探ったりして、あるはずのない、蓮のブラジャーを必死に探した。気がつくと、トランクスはアッサリと膝下、足首と落ちて、1メートル横にある円の中に放り投げられていた。

「繭菜、………東屋君の反応がちょっと変だよ。呪文の書き込みを端折って、ミスしてるんじゃない?」

「………………んぁ………。そっか。………こっちはブラ無いもんね。……………ホントは、誠吾に言われなくったって、自分で気づいてたけどね」

 賢木繭菜先輩がチョークの模様(呪文?)を指先で消して、何かを描きなおしている。その間、蓮の焦燥感が薄れた。周りに意識を向けられるようになって、目の前の美少女、国枝さんの姿に気がつく。彼女はブラジャーのホックを把持してしまっていた。肩から二の腕あたりまで両手で下ろしたストラップ。ズレ落ちようとしているカップの端から、ピンク色の乳輪と小さな乳首が顔を出したところ。その体勢のまま、動きを止めていた。蓮と目が合った国枝さんは、口元をモゾモゾさせながら目を逸らす。鎖骨のあたりまで、白い肌が赤くなっていた。そして彼女の目が、チラッと蓮の下半身を盗み見する。

「キャアッ」

 直後に彼女はギュッと目を閉じて、顔を逸らした。そのリアクションを見て、蓮も気がつく。完全に全裸になった自分の股間は、ギンギンにいきりたってしまっていた。両手で股間のモノを隠したいと思うのだが、それ以上に、『呼び出されている間は、ここで気をつけの姿勢でおとなしくしていたい』という気持ちが、羞恥心に勝ってしまう。蓮は恥ずかしい思いをしながらも、直立不動でいるしかなかった。それは国枝さんも同じようで、清楚な白いブラジャーを外して、同じく白いショーツに指をかけると、迷いながらも少しずつ、スルスルと綺麗な足の下へ下へとショーツを降ろしていく。おヘソの下、太腿の間の大切な部分に、淡く生え揃ったアンダーヘアーが見えてしまっていた。自分のいる場所に描かれた円から2歩だけ踏み出して、下着を蓮のトランクスの上に重ねた国枝さんも、モジモジしながらも気をつけの姿勢を保っている。

 国枝さんの裸はとにかく色が白くて、華奢なのだけれど、とても柔らかそうだった。オッパイはプクッと膨らんでいて、まだ完全に大人のオッパイという感じではなかったけれど、その丸くて弾力がありそうな膨らみは、とても可愛らしかった。

「じゃ………、いつまでもこの格好っていうのも可哀想だし。2人がお付き合いをするっていうなら、清香ちゃんの願いは叶ったわけだから。契約成立っていうことで。…………ここに2人ともサインをしてくれるかな?」

 蓬田先輩が持ってきた紙には、賢木先輩が床にチョークで書いた模様みたいな文字によく似たものがビッシリと書きこまれていた。蓮はそこに書いてあること、1文字も理解することは出来なかったけれど、とりあえずペンと渡された紙の、指示された部分、一番右下の空欄に自分の名前を書いた。そうするしか、この裸で先輩たちの前で立たされている状況から逃れる方法がないと思ったからだ。

 国枝さんも恥ずかしそうに、紙にサインをする。その瞬間、2人がたった今、名前を書き込んだ紙と、2人の体が紫色に輝いた。その光が薄れていって無くなる頃、蓮は自分がたった今、目が覚めたような気分になっていた。目の前には清香ちゃん。蓮の最愛の彼女がいる。彼女の黒髪から白い素肌、淡いアンダーヘアーまで、全てが愛おしかった。蓮は今から、彼女と結ばれるのだ。そして、彼女と頻繁にエッチをする。ヤッて、ヤッて、ヤリまくるのだ…………………。…………ん? ………。そこまで思って、蓮は頭を振る。こんな可愛い女の子とお付き合いしたい。それは蓮も思っていたことだ。けれど、最後の、今からでもエッチして、これからもエッチしまくるというのは、本当に蓮の思いだったろうか?

「あの…………、先輩………。これって、ちょっと………変じゃないですか?」

 蓮が聞く。目の前の、蓮の彼女も勇気を振り絞って口を開いた。

「私も、思っていたのと、………ちょっと違います。…………なんか…………………。変な気分なんです…………。…………私、このままじゃ…………」

「まぁ、後からしっかり説明するよ。…………きっと、今の君たちには、何を話しても頭に入ってこないと思うから、ちょっと、すっきりしてから、戻ってきたら?」

 蓬田先輩にはぐらかされる。彼は明らかに、蓮と清香が今の状態になっている理由を知っていた。いや、きっと彼の仕業だろう。

「ちなみに、隣の部屋には、ウチら部員が仮眠取るための、ベッドがあります」

 蓬田先輩がまだ言い終わらないうちに、蓮と清香ちゃんはお互いに手を取り合うようにして、隣の部屋へと駆け込んでいた。さっきまで、紫色に光る円の中から出られずにいた自分が嘘のようだ。気がつくと蓮は、清香ちゃんと手をつないだまま、隣部屋のベッドに、ダイブしていた。

「清香ちゃんっ…………」

 切羽詰まった蓮が、飛び込んだベッドの上で体を弾ませている彼女に呼びかける。今、自分がしたいことを口にするのも恥ずかしいのだが、何となく、最愛の彼女には、伝わってくれているような気がした。裸の若い男女がベッドに飛び込んだ後、することなんて、決まっているようにも思えた。

「蓮君っ…………。うんっ…………。しましょうっ!」

 蓮と同じように切羽詰まった表情の清香が首をブンと縦に振る。まるで蓮の体にタックルをかけるような勢いで、抱きついてくる清香ちゃん。肌と肌が触れ合う。蓮の胸板に、柔らかい膨らみが押しつけられて変形した。

 清香ちゃんの体は温かい。肌はスベスベしている。そしてその体は、想像よりもずっと柔らかかった。ただ柔らかいだけではない。肉の奥はムニュムニュ、フワフワと蓮の指や手を優しく受入れてくれる、包容力に満ちた柔らかさ。そして皮膚の近くは、プルンプルンと弾けるような張りを持っている。これが、女子の体の感触なのかと、蓮は感動していた。

 清香ちゃんも、蓮に負けず劣らず、熱心に蓮の体を指でまさぐって、唇で吸いつくようにキスをしたり、愛おしそうに頬ずりしたりする。蓮の体中、至るところにキスマークをつけてくる。まるで、蓮の体の中に入ってこようと、隠された入り口を探しているといった勢いだ。大人しくて内気な雰囲気の美少女が、こんなに激しく蓮を求めてくれると思うと、蓮の動きも遠慮を失っていく。むしろ、彼氏として、清香ちゃん以上に激しく、彼女の体を求めていいんだと、お墨付きをもらえている気がした。オッパイをソーっと触って、感触を確かめていた手が、いつのまにか両手一杯に彼女のオッパイを掴んで、ムギュ―っと揉む。ツンと居心地悪そうに立ち上がっているピンクの乳首を唇で右に左にと倒して、また起き上がる反応を見た後で、パクっと口に咥えてしまう。口の中にお迎えした清香ちゃんの可愛い乳首を、舌先で勢いよく刺激した。蓮にしがみつくように抱きついている清香ちゃんが、ビクンと背筋を反らす。その反応が嬉しくて、蓮はもう片方の乳首に吸いつくと、そっちも刺激する。

「あんっ…………。蓮君っ………………。わたし……………、我慢できないっ……………。……………こんな………変な私を…………。嫌いにならないでほしいの…………」

 目をウルウルさせて、上気した顔の清香ちゃんが、恥かしそうに、狂おしそうに、蓮におねだりする。蓮は生唾を飲み込んでいた。

 蓮は初めて、こういうコトをする。きっと清香もそうだ。

 初めての行為を、学校でやってしまって良いのか、お互いに初めてで、すんなりうまくいくのか、心配しだすとキリがない………。蓮は覚悟を決めて、清香ちゃんの両膝を内側から開かせるように手を入れる。体を下の方にずらしていくと、目の前に、彼女の白いお腹とおヘソ。淡いアンダーヘアーと、少し小豆色に色を変えていく、大切な下の唇が見えてきた。

「はっ………初めてだし…………。シャワーとか浴びてないから、綺麗じゃなかったら、ごめんなさい………。変な匂いとかしても………、嫌いにならないで…………」

 さっきから、清香ちゃんは何度も、蓮に自分のことを嫌いにならないで欲しいとお願いしてくる。消え入りたいくらい恥ずかしい思いと戦いながら、勇気を振り絞って蓮に全てをさらけだして、さしだそうとしてくれる彼女を見ていて、嫌いになるなんて、絶対にありえない………。蓮はそう思った。

「清香ちゃんは綺麗だよ。とってもいい匂いだし………。…………僕こそ、汗臭かったら、ゴメン」

 蓮が答えると、清香ちゃんがさらにギュッと体を寄せてくる。顔を蓮の首元に当てた。

「わっ…………私、蓮君の匂い、大好きっ。……………ずっと…………。一生こうしていたいくらいっ」

 形の良い鼻を蓮の肌に押しつけたり、可愛らしいベロを出してペロペロと蓮の体を舐める清香。蓮は気がつくと、無意識のうちに、いきりたった股間のモノを、彼女の華奢な下半身に押しつけていた。

(………ここか? …………こっちの方の穴かな? …………これ、小さすぎる?)

 急かされるように腰を擦りつけながらも、自分のモノをインサートする先が上手く見つけられずに、ゴソゴソしている蓮。その彼のおチンチンを導くように、清香ちゃんの白い手がソーっと蓮のモノに触れて、彼が最初思っていた場所よりも、もっと下の方へと案内する。

「…………ここ………だと…思う」

「………………そっか………………。………じゃ………、お邪魔します………」

「………どっ……………どうぞ…………。………ごゆっくり…………」

 心臓がバクバクいっているのだろう。緊張の面持ちで大真面目に受け答えする、清香ちゃんの言葉は、冗談を言っているようには聞こえなかった。蓮はお言葉に甘えて、彼女の腰を後ろから抱きかかえるように、自分のおチンチンをグッとインサートする。途中で違う方向へ逃げそうになる亀頭を押しこむようにして、腰を押しつけた。プチッと彼女の中の抵抗が裂けるようになくなる。しかめた顔を、頬を押しつけるようにして蓮の頬に押しつけてくる清香ちゃん。抵抗が無くなったと思った彼女のナカは、急に蓮のおチンチンを咥えこむようにしてギュッと絞めつけてきた。

「痛い?」

 蓮は心配になって聞く。頬っぺた同士をくっつけた状態の彼女が小さく頷く。けれど、口にした言葉は、痛みについての答えではなかった。

「蓮君大好きっ………」

「清香ちゃん…………。大切にするよ」

 蓮がその言葉を証明するように、ソーっと腰を動かしてみる。清香ちゃんはまだ痛みに耐えているようで、首筋にグッと力を入れながらも、もう一度頷いてみせた。

「…………私、頑張るから…………。もっと、蓮君の気持ちイイようにして…………いいよ。蓮君に、私のこと、もっと好きになって欲しいの。…………私………。何でもするから…………」

 ギューッと強く抱きついて、形の良いオッパイがひしゃべてしまうくらい押しつけながら、清香ちゃんがそう言う。もしかしたら、こうして抱きあって、お互いの顔を真正面から見つめ合っていない時の方が、彼女は勇気を出して、気持ちを打ち明けられるのかもしれない。

 恥ずかしさですこしかすれたような、清香ちゃんの声に後押しされるように、蓮は少しずつ、腰の動きを早めていく。ピストン運動のたびに、彼のおチンチンを滑らせている、彼女の血の色が薄まっていくように見える。彼女のエッチなエキスが、初めての行為なのに分泌され始めているのだ。

「………あっ……………はぁっ………………。………ちょっと…………、ちょっと、感じる…………ような…………」

「大丈夫?」

 切なそうな清香ちゃんの声を聞いて、蓮が質問する。彼女は答えるかわりに、自分からも腰を動かし始めた。

「………痛さが…………、ちょっと痺れた感じみたいなのに…………変わってきてるかも……………。その向こうに、…………ちょっと、………気持ちいい感じが……………。あるような、予感がするの…………。………でも、すぐ逃げちゃう……………。蓮君……………もっと……………。お願い」

 初めての2人で、お互いの感触を確かめ合いながら、ベッドの上で腰を振る。上半身は抱き合ったままで、下半身を振り子が縦に触れるようにグラインドさせながら、だんだん2人の息が合ってくる。

「………あぁあっ…………。ちょっと……………きてる…………。気持ちいいっ………………。痺れるっ…………。蓮君は…………、どう? …………気持ちいい?」

「すっごく気持ちいいよ。………清香ちゃんのナカが、あったかくて、プツプツしてる感じがちょっとあって、さっきよりもヌルヌルしてきてる」

「…………熱いね………」

「……うん。あついよね………」

 清香ちゃんは、蓮のおチンチンが彼女のヴァギナにとって熱いということを言っているのか、今、興奮していて体全体が熱いと言っているのか、動きが激しくなったせいで暑くなったといっているのか、蓮にはわからなかったけれど、彼女が今、嫌じゃないということは分かったので、必死に腰を振った。だんだん、切羽詰まったような太腿から尻にかけての筋肉の感触が強まってくる。おチンチンの尿道を押さえ込むように我慢しているのだけれど、彼女のヌルヌル、プツプツとしたナカを一往復するたびに、快感の波が高まってくる。

「い………イキそう…………」

 蓮が清香の耳元で伝えると、清香ちゃんは耳までギュッと蓮の頭に押しつけた。

「一緒に………お願いっ………」

 清香の声を聞いて、さらにエスカレートした蓮が、盛りのついたサルみたいに、必死に腰を振る。その動きに、大人しそうな清香も懸命についてくる。清香の喘ぎ声が、いつの間にか部屋に響き渡っている。そして2人の動きが限界までスピードを上げたあとで、やっと蓮の我慢の限界が来て、清香のヴァギナの中に挿入されたままのおチンチンから、ドクッ、ドクッ、と、何回にもわたって、熱い精液を放出してしまった。ほとんど同時に、彼女の体がブルブルッと痙攣して、清香ちゃんがさらにキツめに蓮の体にすがりつく。2人同時に果てたようだった。

。。

「…………急に、こんな感じになって…………。ゴメンね。…………ちゃんと、………その、………大事にするから………」

 ベッドに並んで寝そべって、上半身だけ枕の上にある背もたれに寄りかかりながら、蓮が手を繋いで隣にいる彼女、清香に声をかける。清香は恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、顔を蓮に向けて、ニコッと微笑んでくれた。

「…………私、蓮君が大好きだから。………順序が変でも…………、早くこうなれて、嬉しかった…………。エッチも、前は怖いって思ってたのに、…………してみたら、最初は痛かったけど、凄く気持ちよかった…………。私、幸せ…………。蓮君が本当に好きなの………」

 途中から、顔を合せながら言うのが恥ずかしくなったのか、清香ちゃんは蓮の二の腕に擦りつけるようにして顔を隠す。その彼女の頭に、蓮は自分の顔を押しつけて、キスをする。光沢のある黒髪の中に顔を埋めると、清潔なシャンプーの香りがする。その香りの奥に、ホンノリと、甘酸っぱいような彼女の汗の匂いと、さっきエッチしたことを思わせるような、女の子の匂いがする。蓮はさっき彼女の股間に顔を近づけた時に触れた、甘酸っぱい空気を思い出していた。

「これからも…………。しようね」

 蓮が言うと、清香は本当に幸せそうに眼を閉じて微笑んで、頷く。

「毎日でも………いいよ。………蓮君が、好きなら………」

 毎日どころか、1日3度…………。…………いや、なんなら、食前食後。ごうけい1日6回でも、いけそうな気がしていた。清香ちゃんの体の可愛らしさ、スベスベして柔らかくて、張りのある感触。そして恥ずかしがりながらも、蓮を受け入れて、蓮に負けないくらい強く蓮を求めてくる様子。そのエッチで健気なところを見られるなら、一日中していても良いのではないかと、思えるくらいだった。

「はい、お楽しみ中、ゴメンねー。一応鮮度のキープも大事みたいなんで、2人の愛と性欲の結晶を、ここでちょっと回収させてもらいまーっす」

 妙に業務的な口調を聞いて、蓮と清香が目を丸くする。2人しかいないはずだった部屋で、蓮と清香は突然、さっきの賢木先輩の声を聞いたのだ。清香が唖然として開けた口を、シーツで隠す。反射的に、肩までシーツをかぶっていた。

「…………え? …………。先輩たち…………、いつの間に……………。…………っていうか、いつから?」

 蓮が振り向くと、2メートルくらいしか離れていない場所に、蓬田先輩と賢木先輩が立っているのを見た。どこかに隠れていて、今、這い出てきた、という様子でもない。まるで、ずっと前からすぐそこに立っていたような、そんな気配だった。

「いつからって…………、最初からだよ。…………ほら、清香ちゃん。アソコのグチャグチャをこっちに全部、出して欲しいんだけど、出来る?」

 ぶっきらぼうに、賢木先輩が言う。この先輩は、あまり説明をしてくれない。蓮は蓬田先輩の方を見た。

「初体験で破瓜の直後とかにあんまり無理すると、体を痛めたりすることもあるから、一応責任者として、見守ってたんだよ。君たちの性欲と性感を『契約』で4倍に引き上げたのは、僕だからね。………それで、こっちの繭菜は、『召喚魔法』の一大プロジェクトを抱えてるから、そっちの仕事を進めてるんだ。彼女が引き当てちゃったのが、サッキュバスだったから、君たちみたいな奥手の男女66組の、破瓜の血と精液と愛液の混合体を回収して、捧げてあげる必要があるんだ」

「…………アタシ一人の都合じゃないでしょ? …………うちら部員全員の学業の成功と健康、今後の異性運がかかってんだから、こんな変態みたいな作業も、私が率先してやってあげてんじゃない………」

 溜息をつきながら、賢木繭菜先輩が、蓋を開けた透明な小瓶を、清香ちゃんの前に突き出す。真っ赤な顔を半分もシーツで隠したまま、蓮の彼女は必死に首を横に振って、イヤイヤと抵抗する。

「…………あの………。私の『召喚』に、まだ抵抗出来ると思ってんの? …………ま、やってみればいいけど………」

 ダルそうな仕草で、透明な小瓶に、何かを書き込む賢木先輩。その小瓶が紫に光った後で、蓮の隣でハッと息を飲むような音がすると、次にガバッと、布が捲られる音がした。白いシーツをまくりあげて、ベッドの上に立ち上がった清香ちゃんは、ソロソロと賢木先輩のもとへと歩み寄っていく。

「………れ………蓮君………お願い。………こっち見ちゃ駄目………。あっちの部屋に行ってて…………」

 震える声で、裸の清香ちゃんが、彼氏にお願いをする。お尻をプリっと出して右足からベッドの下へ降りると、清香ちゃんは全裸のまま、賢木先輩の前で両足を肩幅よりも広く開いて、仁王立ちになった。ゆっくりと腰をおろしていく彼女がガニ股の体勢になると、両手を股間に伸ばしていくのが、後ろからでも見える。蓮は、彼女の恥ずかしさを理解して、顔を反らした。清香ちゃんを見ないようにしながら、自分もベッドを降りる。手で股間を隠しながら、この部屋を出ることにした。

「………ま………。このへんの作業は、レディーたちに任せて、僕らは退散しよっか。君の服もまだ、うちの部室にあるよね?」

 蓬田先輩に肩の素肌をペチペチ叩かれながら、蓮は気まずい雰囲気の『隣部屋』を後にする。

「君、格闘技とかやってるみたいだけど、さっき彼女の清香ちゃんとヤッてる間も、全然、僕らの気配にも気づかなかったでしょ? あれは、さっき水晶玉ばっか見てた、松風葵のオマジナイ。…………彼女、占いと幻術が専門分野なんだ。人の運命を見通すだけじゃなくて、操ることが出来る魔導士は、人を惑わせることなんて余裕って訳だね。うん」

 自分で説明しながら、自分を納得させるように頷く、蓬田先輩。やはりこの人は、賢木先輩よりも話すこと自体が好きなようで、色々聞くのなら、彼が良いのかもしれない。少なくとも、今の蓮には、解かなければいけない気がする謎が、山ほどある。

 クチュクチュと音が響く、清香ちゃんがガニ股で股間を突き出すような姿勢になって、賢木先輩の差し出している小瓶に、股間から『初めての時の血』と蓮の精液、そして自分の恥ずかしい液の混ざったものを掻き出している、気まずい部屋から出た。

 隣部屋から部室に戻った蓮と蓬田先輩を迎えたのは、分厚い本と水晶玉とを交互に見比べている松風先輩。そしてこちらに背を向けて、今もジオラマづくりに没頭している様子の関屋先輩の2人だった。この2人には、蓮と清香の初体験を覗かれたりしていない………。そう思うと、一見、陰キャそうに見えるお2人だが、蓬田先輩と賢木先輩よりはまともな2人にも思えた。

「あのー………、関屋先輩ですよね? …………そのジオラマ………すっごい大掛かりですね? 街の一角とか、再現してるんですか?」

 部屋の奥へ足を伸ばして、関屋先輩の趣味を少し理解しようとしたところで、蓮はやっとそこに広がるジオラマが再現しているものに気がつく。駅から学校まで、蓮の街のミニチュア版がそこにある。リアルな家や建物と、ギャップがある『ルゴ・ブロック』の人形たち。けれどよく見ると、運動場で部活動に励むサッカー部や野球部、音楽室の吹奏楽部など、精緻に蓮の通っている、『聖アデリン学園』が表現されていた。職員室の中には先生とシスター先生。学年主任など、シンプルな顔のシールやパーツで巧みに人物が描写されていて、誰が誰だか、蓮にも当てることが出来そうだった。

「………すっげぇ………。ある意味、リアルですね。………デフォルメとリアルのバランスが、絶妙っていうか………。まるで今のみんなをそのまま、ルゴブロックにしたみたい………………。…………って、うあっ。………これ、やめてくださいっ」

 旧サークル棟のミニチュアを見てみると、端っこには『オマジナイ倶楽部』の部室がある。そしてその隣の部屋では、ベッドの上で裸で抱き合っている男子と女子の人形。さらにそれを笑顔で見守っている、2人の上級生の人形。つい、さっきの、蓮たちの醜態が再現されてしまっていた。

「何の意味があって、こんな…………。勘弁してくださいよっ。………イテッ……」

 恥かしくて、抱き合っている男女の人形たちを剥がそうと手を伸ばした蓮。その手を、関屋先輩の手が素早く叩いた。

「触っちゃ駄目だっ」

 不意に素人に、自分の趣味と熱意の結晶に手を出されそうになったのを、大声を出して止めたオタクの先輩。そんなコントのシーンがあったら、ピッタシと思えるような、くぐもった声を出した後、関屋先輩は、自分でも自分の出した大声に驚いたように、少し挙動不審なリアクションを繰り出したあとで、ボソッと呟いた。

「これ、あの、不用意に人形のパーツとか取っちゃったりすると、現実の人間がその通りに怪我したりするやつだから………。取り扱いには細心の注意が必要なんだよ。僕はその、ほとんど毎日、半日以上、このジオラマのメンテに自分の時間を費やして、このエリアを守ってるんだ。………警備員みたいなもんだよね…………」

 途中から小声になっていったので、蓮は関屋先輩の言葉を全て聞き取ることは出来なかったが、とにかくこのジオラマに不用意に手を出してはいけないという、ジオラマのヤバさと、関屋先輩のヤバさだけは少し理解することが出来た。

「すっ…………すいませんっ」

「航大の役割は『建築家』っていって、手間はかかるけど、うちの部の中でも一番広域に効いて、もしかしたら一番強力なオマジナイを研究してるんだ。いつもは存在感薄いけど、悪い奴じゃないから、生暖かい目で見守ってやってね」

 ヒョロッとスマートな蓬田先輩が、笑顔でフォローする。この人は、正反対の体型をしている関屋先輩とも、仲は良さそうな雰囲気だった。

「ジオラマも人形も、真心が大事だからね。どこまで細部にこだわるか、どこを切り捨ててどこを抽出するか、一分一秒が愛情の取捨選択。誠実に、でも厳密に選択と向き合わなきゃいけない。口先だけで適当に『契約』を押しつけてる、『契約者』のオマジナイとは、ちょっと違うんだよ。そりゃ、コスパは悪いよ。でもコスパってなんだよ。趣味や嗜好、研究分野にコスパを持ち込むなっていう話なんだよ………」

 関屋先輩はブツブツ喋っている。蓬田先輩と会話になっているのかどうかもよくわからない。蓬田先輩は両肩をすくめて蓮に微笑みかけた後で、床に落ちていたニッパーを拾い上げる。さっき、関屋先輩が蓮の手を払いのけた時の勢いで、道具が床に落ちてしまったようだった。刃が開いている方を自分の手で握って、取っ手の方を相手に向けて、蓬田先輩がニッパーを関屋先輩に差し出す。関屋先輩は顔も上げずに、そのニッパーをノールックで受け取る。多分この2人も、仲は悪くないのだろう。

「回収作業、しゅーりょーぉっ。これで49組目だよねっ。…………おっ。君、まだ服着てないんだ。彼女を待っててあげたのかな? なかなか紳士じゃんっ」

 隣部屋から部室に戻ってきた賢木先輩の声を聞いて、蓮は自分がまだ全裸だったことに気がつく。変人だらけの部室にいると思っていたが、今、冷静に見直すと、全裸で股間から恥ずかしい液体を滴らせている、自分と彼女の清香が、一番異常な2人に見えるかもしれない。そんなことに気がついた蓮と清香の2人が、慌てて円とおかしな模様の描かれた床の上に積み重なっている、自分たちの制服と下着に手をつける。

 誰かが足で模様の一部を消してしまったような跡のある模様は、もう紫色に光ったりはしていない。蓮と清香はそそくさと、下着と制服を拾い上げて身に着けていく。先輩たちの目が気になって、服を着る手が慌てる。ボタンを1つずらして留めてしまったりと、かえって不器用な失敗をしながら、何とか、自分たちの手で脱ぎ捨てた、大事な服を、再び着込むことが出来た。

「あ…………あの…………。これ、一体、どうなってるんですか? ………私、東屋君が怪我したり、困ったことになっていないか知りたいって、お願いに来たはずなんですけど………。急に、蓮く………東屋君がここに入ってきたり、私が彼のことを好きとかバラされたり…………。急に変な気分になって…………。その…………。色々、変なことがあったり……………。こんなの…………、私じゃない………というか…………。…………………変です」

 清香ちゃんが、勇気を振り絞って、先輩たちに質問する。この子の様子だと、きっと普段だったら、先輩に何か質問するのにも、一日分くらいの勇気が必要な雰囲気だ。そんな彼女が、ここで恋占いみたいなものに付き合わされて、急に話題の中心だった蓮を呼び出されて、2人して裸に剥かれて、お付き合いする契約書とかサインさせられて、その挙句に初体験を観察されて、その恥ずかしい行為のエビデンスを回収されるという目にあったのだから、きっと清香ちゃんにとっては、この場に立っているだけでも、半年分くらいの勇気が必要なのだろう。それでも、やっと身だしなみを整えたところで、きちんと質問が出来ているのだから、とても真面目な子なんだろうと、蓮にも想像出来た。

「だから、オマジナイって言ってるでしょ? …………アナタ、最初から、それを求めて、うちの部室に来たんじゃないの?」

 小瓶の底を振りながら、賢木先輩が答える。清香ちゃんは反論につまってしまって、口元をモゾモゾさせながら、俯いてしまう。自分の彼女が困っている。そう思うと、蓮が助け舟を出すべきだと思った。

「さっきから、先輩たちがオマジナイって言ってるのって、この、変な模様なのか文字なのか図形なのかが紫に光ると、僕たちが何かしなきゃいけないような気がして、いつもと違う行動をしちゃうものですよね? これ、清香ちゃんが最初に先輩たちにお願いしたことと、僕たちがしたことって、本当に同じなんですか? なんかちょっと、清香ちゃんの思いを色々捻じ曲げちゃってる感じがするんですけど、そんなこと、本当に無いですか?」

 助け舟としては、本当に弱い………。クルーザーどころか、イカダが一艘、寄っていっただけのような、心もとない質問だったけれど、とにかく蓮は、心に浮かんだ疑問を、この怪しい先輩たちにぶつけてみたかった。とにかく今日、蓮と清香ちゃんの身に起きたことは、それまでの日常と違いすぎて、自分たちの行動だとは、とても思えなかったからだ。

「紫に光る? ……………アンタ…………見えてんの?」

「………………………誰も、言ってないよね? 東屋君に、光のこととか………」

 蓮の精一杯の質問を、ほとんど無視するように、賢木先輩と蓬田先輩とがお互いの顔を見合う。水晶玉を撫でさするように手を動かしながら、顔を近づけていた松風先輩が声を上げる。

「今日ずっと、水晶玉がいつもよりも曇ってて、見通し辛いと思ってたんだけど…………。この東屋蓮君って………素質ある子かもしれない……………。それに…………………………この子………………………ちょっと普通と違う…………」

 普段は落ち着いた物腰で世俗の出来事を斜めから見下していそうな雰囲気の松風葵先輩。その人が不意に上げた、すっとんきょうな声に、部室の先輩たちが皆、振り返って注目する。

「素質あるって…………この、東屋君が? ………ただの体育会系、脳筋男子に見えるけど………」

「人は底抜けに良さそうだけど…………。この蓮君が、オマジナイとか、出来るようになるっていうこと? ……………あと、普通と違うって、何?」

 賢木先輩と蓬田先輩の矢継ぎ早の質問に、松風先輩は、落ち着きを取り戻しながら、答える。

「この子。やっぱり、部員になる素質がありそう。…………あと、普通じゃないって言うのは、性欲っていうか、精力が半端ない。………多分、ただくっつけてカップルにさせただけだと、清香ちゃん、壊れちゃうかもしれない。…………ホント、競走馬なみだから、…………精力」

 松風先輩が指さす先に、皆の視線が集まる。関屋先輩ですら、振り返って蓮を見ていた。皆の視線が、蓮の下半身。股間に集まってくる。その蓮の股間は、またビンビンに起立していた。

「キャッ」

 蓮の彼女、清香ちゃんが後ずさっていく。さっきは彼女のために助け舟を出したつもりだったのだが、いつの間にか、彼女をドン引きさせていたらしい。気がつくと、蓮はこの部室。どうやって呼び出されたのかもよくわからないこの部屋で、4人の先輩と1人の彼女。5人に対峙する1人の異常者のような、よくわからない構図の中にいた。

「ううんっ………。ま、………性欲、精力の話は別として…………。彼が、本当に素質がある子だとしたら、ずいぶん久しぶりの新入部員っていうことだよ。…………とりあえず、………拍手っ」

「部長を押しつけられている」と語っていた、蓬田先輩が他の先輩たちに促すと、パラパラと拍手が送られてくる。けれど蓮にとっては、それは素直に喜んで良いのか、よくわからない拍手だった。隣にいた、清香ちゃん。蓮が振り向くと、彼女はいつの間にか、蓮から2メートルも離れていた。拍手もせずに、赤い顔で呆然と蓮の顔と下半身とを交互に見つめている、蓮の彼女。そう言えば東屋蓮は、今日お付き合いすることに(なぜか)なってしまったこの、国枝清香ちゃんと、いきなり体の関係を持ってしまったものの、まだファーストキスも交わしていないことに気がついたのだった。

<カルト? > 井村友介 社会人

 妻が家を出て音信不通になってから、1週間が過ぎた時、井村友介は妻、雪乃の妹、園原文乃ちゃんに連絡を取ることにした。仕事が終わって帰宅した、先週の月曜日。いつもは夕飯の支度を終えて待っていてくれるはずの、雪乃がいなかった。1時間待って、彼女の携帯にメールをしたが、返信が返ってこない。さらに2時間待って、夜の11時を過ぎた時、彼女の部屋へ入ってみた。机には、彼女の携帯電話と、メモが置かれていた。

「本当にごめんなさい。私のことは心配しないで。探さないでください。雪乃」

 それだけ、走り書きのように書かれていた。間違いなく、愛する妻の筆跡。それを確認したあと、友介は彼女のワードローブを確認して、よく妻が来ていた服が何種類かと、スーツケース1つが無くなっていることに気がついた。他に何を彼女が持って家を出たのかはわからない。友介には、現実感が湧かなかった。リビングのテーブルに戻って、ボンヤリと、晩酌を一人でする。どれだけ考えても、彼女が出て行ってしまう理由を思いつくことが出来なかった。円満だったはずの夫婦仲。友介の4歳年下、今年26歳になる妻の雪乃とは、口喧嘩1つ、したことがなかった。

 友介の仕事は準公務員と言える、地方行政の外郭団体に勤めている。収入は特に高収入とは言えないものの、安定していた。贅沢は出来なくても、金銭的に苦しんできた訳ではない。残業も極端に長い訳ではなく、夫婦の時間も会話も、きちんと確保することが出来ていたと思う。美人でお淑やかな、自分には勿体ないほどの女性だとは常々思っていたが、つつましくも安らかで落ち着いた生活を楽しむタイプの雪乃は、日々の生活に全く不満が無いと、友介に言ってくれていた。

 結婚して2年目。そろそろ子供を授かることが出来ればと、考え始めた頃だ。2人で将来の家族像を語り合うのが、夕食時の楽しみだった2人。妻に他の男性の影を感じたこともなかった。最近友介に、地方の視察を兼ねた出張が増えたことはあったが、彼女からそのことに不満を口にされたこともなかった。

 理想的な妻と言える、雪乃の存在。それは友介にとって宝物のようでもあり、いつの間にか酸素のような存在になっていた。その彼女が忽然と姿を消してから、1週間。この1週間の間は、友介は息苦しさを感じながらも、騒ぎ立てずに彼女を待とうと決めた。もしかしたら、人に言えない、旦那の自分にも言えない、悩みがあったのかもしれない。彼女の実家や友人関係に関わる、トラブルがあったのかもしれない。彼女が「心配しないで、探さないで」と書き置きを残しているなかで、彼女の実家や共通の知人、ご近所さんや警察に訴えて捜索するというのは、かえって彼女が帰ってきにくい状況を作ってしまうかもしれない。そう思った友介は、じっと1週間、妻を待った。そうするだけの信頼が、彼と雪乃の夫婦間にはある。そう信じたかった。

 けれど1週間がたったところで、友介は彼女が通っていた料理教室やボランティアサークル。そして共通の友人、何人かと連絡を取った。誰も、彼女の今いる場所を知らなかった。料理教室の先生は、「井村さんは先々月から、お越しでないです」と教えてくれた。友介の知らなかったことだ。

 彼女の実家に電話をかけて、お義父さんかお義母さんに確認しようかと迷ったが、高齢のご両親を心配させることになると思い、先に雪乃の妹さんである、文乃さんと連絡を取った。彼女も、雪乃の場所を知らないとのことだった。

「友介さん、大丈夫ですか? …………何か、姉の行き場所とか、最近変わったところとか、気になることはありませんでしたか?」

 電話口の、友介の気落ちする口調を聞き取ってか、優しい妹さんは、妻に逃げられた哀れな義兄のことを気遣ってくれた。

「ありがとう………。本当に何も、思いつくことがなくて…………。もしかしたら、そんな僕だから、雪乃は愛想をつかしてしまったのかもしれないね」

 まだ大学に通っている、文乃さんを、姉のことで心配させすぎないように、友介は自嘲的な冗談を言ったつもりだった。笑い声を出そうとしたけれど、声がかすれて、うまく出なかった。

「うんん。………お姉ちゃんと話をするたびに、友介さんのこと、褒めてましたよ。私、ノロケすぎだって、お姉ちゃんに毎回、文句言ってましたもん………」

 今度は友介の本気の笑みが零れる。何事にも穏やかでオットリした姉と、元気が良くて理知的な妹。雪乃と文乃ちゃんは、5歳年が離れているが、とても仲の良い、美人姉妹だった。彼女の近所の実家や、通っていた学校では本当に評判だったらしい。

「友介さん、このこと、最初に私に打ち明けてくれて、本当にありがとうございます。私も、姉の身に何があったのか、両親に気づかれないように調べてみますね。………今度、そちらのマンションにも行かせてください。服とかアクセサリーとか、姉の持ち物を見たら、妹の私なら、何かヒントが見つかるかもしれません…………」

 文乃ちゃんにそう言ってもらえると、心強かった。9歳も下の女子大生に励まされている自分が情けなくもあったが、雪乃という大切な存在を失ってから1週間。やっとそのことを話し合える相手が見つかった。そのことだけでも、どれほどの慰めになることか………。気がつくと、スマホを握る手に涙がつたっている。友介は文乃と話していてようやく、自分がどれだけ傷ついて、心が弱くなっているのか、気がつくことが出来た。

。。。

 2日後の夜、園原文乃が友介の待つマンションに来てくれた。将来家族が増えることを想定して購入した、間取りの多い家。そこに一人で待っていた友介。美人の文乃ちゃんがリビングに入ってくれるだけで、火が消えたようだった家が、明るくなったように感じられた。

「リビングは絵とか木とか陶器のお人形とか、前とおんなじですね。…………あとで、洗い物、手伝いますね………」

 キッチンに積み上がっていた皿を見て、彼女が優しい声をかけてくれる。友介は恥ずかしそうに後頭部を掻いた。

「お姉ちゃんの部屋は…………。先々週のままですか?」

「そうだね。………こうやって、机に電話とメモだけ残して、いなくなっちゃったんだ」

 遠慮なく、ワードローブを開ける文乃さん。姉の服、コート、下着からアクセサリーまで、入念に調べていく。

「………ちょっと、白っぽい服が増えましたね………。………私、この服とか、お姉ちゃんが着てるところ、見たことないかもです…………。ワンピースっていうより、キャミソールかな? …………ちょっとお姉ちゃんの趣味よりも、露出多いような気も…………。上に何か羽織るものとセットなのかな?」

 友介が何も返答しようがないので、文乃はいつの間にか独り言のように呟いて、部屋の中を調べていく。机の引き出しを開けて、中身を全て机の上に出す。化粧品やスキンケア用品も化粧台から出して並べる。そしてハンドバッグの中身をベッドの上に出した時に、文乃ちゃんの手が止まった。

「友介さん………。この名刺って、見たことあります?」

 彼女が差し出した名刺はお店を紹介するカードのようだった。淡い桜色のカード。顔を近づけて、読んでみる。

『女性のヒーリングとリラクゼーション。幸せの溢れ出る集まり。セイント・ペガサス・ファミリー』

 何の名刺なのか、読んでもさっぱり意味を理解することが出来なかった。

「………これ、お店? …………スパとか、エステとか、そういうものかな?」

 友介が怪訝な顔を文乃に向けると、彼女は何か、深刻な考えごとをしているような顔つきになっていた。

「………私、…………………ペガサス聖家族っていう集まりのことを、大学の友達に聞いたことがあるような気がして…………。それがいつだったか、誰から聞いたんだったか、思い出せないんですけど。なんか、この名刺にある名前と近い気がして……………」

 名刺を凝視したまま、懸命に思い出そうとする文乃。やがて眼を閉じて首を左右に振ると、悔しそうに右手で自分の頭をコツンと小突いた。

「うーーん、………思い出せないっ。…………私、明日、大学に行って、可能性のある友達に順番に当たってみます」

 それだけ言うと、文乃さんは雪乃の私物を片付けて、キッチンへ行くと、溜まった洗い物を済ませていってくれた。

「友介さん、………一応、お姉ちゃんの銀行口座とか、クレジットカードの請求とかも調べられたら確認しておいてくださいね。口座のお金が動いてなかったら、多分、お金のトラブルとかじゃないと思うから。………そういうこと、一個ずつ確認していきましょう。…………ねっ」

 帰り際に、文乃が友介にアドバイスをくれる。9歳も年上の社会人である彼よりも、よっぽど大学生の文乃の方が、賢いように思われた。

。。。

 3日後、友介と文乃は喫茶店で待ち合わせる。文乃が指定した時間に間に合うために、友介は職場を早退しなければならなかった。喫茶店で待っていると、真剣な顔つきの文乃が来店してきて、友介のいるテーブルに座る。挨拶もせずにいきなり本論に入ってきた。

「お姉ちゃんの鞄にあった名刺の、セイント・ペガサス・ファミリーっていう団体。何かの新興宗教と繋がってるかもしれないです」

 文乃のその言葉を聞いた瞬間、店内の談笑する声やBGMが聞こえなくなった気がした。

「新興宗教? …………じゃ、文乃ちゃんは、うちの雪乃が、宗教にはまって、家を出たって言うの?」

 新興宗教の信者と言われると、一時期、ワイドショーなどでケレン味たっぷりに報じられていた、ヒステリックな人々のことを思い浮かべてしまう。そのイメージと、穏やかで慎ましい雪乃の佇まいが、とても合致するように思えず、友介は力のない笑みを浮かべてしまった。

「私の大学で、何人か、卒業間近に急に退学して、音信不通になっちゃった子がいるんです。彼女たち、女性のヒーリングとか美容法とかにはまって、急に綺麗になったって言われていました。そこで話題になったんです。『ペガサス聖家族』っていう集まり。女性の悩みを何でも解決できる。本当に効き目がある美容法とか教えてくれるとか、心を安らかにする方法を勉強する会とか、色んなことを言われていて、実態が何なのかよくわからなかったけれど、誰か家族が突き止めたら、カルトだったって………。そんな噂が半年くらい前に、大学で広がってたんです」

 友介の顔から、力のない笑みが消えていた。文乃の表情が真剣そのものだったからだ。

「あの名刺にあった電話番号は何回かけても留守番電話にしか繋がりませんでした。でも、名刺の団体名と電話番号からネットで検索してみたら、ペガサス・ファミリーのレクチャーがあるっていう場所と時間がわかったんです。今から30分後。ここから近くの雑居ビルで、誰の悩みも解消出来て、小さな願いが叶う。幸せが溢れ出るっていうレクチャーを聞く、会合があるんだそうです。友介さん。一緒に行ってみませんか? ………お姉ちゃんの行方の、何か手掛りが掴めるかもしれません」

 ゴクリと生唾を飲み込むと同時に、友介は頷いていた。雪乃がいなくなってから10日以上たつが、他に手掛かりになるようなものも見つからない。そろそろ警察への相談を考えていたところだった。これが雪乃の居場所のヒントになるというなら、友介は文乃と一緒に、その怪しげな団体のレクチャーを聞きに行くことも厭わない。そう感じていた。

。。

 カルトという、おどろおどろしい呼び方。そして『ペガサス聖家族』という、ファンシーな響き。そのどちらとも合わないような、こぢんまりとした雑居ビルの4階。バレエ教室の隣に、ペガサス・ファミリーの集まるという会合の場所があった。ドアの横には小さな表札。文字は何もなく、羽の生えた馬が天を飛ぼうとする絵の背景に十字架が掲げられている、マークのようなものだけが貼ってあった。

 緊張の面持ちで呼び鈴を押す。誰かが内側からドアを開けるのを待とうとしたが、先に隣の文乃がドアを開けてしまった。

「すみません。始めてなのですが、参加させてもらえますか?」

 文乃がドアを押しながら声をかける。友介が開いたドアから内側を見ると、そこはダンス教室のように一つながりの大広間があり、すでに15人から20人ほどの人がいた。ドアの脇には靴を置くためのラックがあり、そこに置かれている靴を見るだけで、多様な年齢層の参加者がいることがわかった。若干、若い女性の比率が高いようだ。

「ようこそいらっしゃいました。こちらは初めてですか………。よくおわかりになりましたね」

 ほとんどの参加者が、友介たちのいる出入口に背を向けているなか、ほぼ唯一、こちら側を向いていたのは、初老の男性だった。白髪混じりの癖の強い髪にメガネをかけている。笑い皺が目の脇に深く刻まれている、温厚そうな男性だった。教会の神父のような服装をしているが、その服の色は白が基調のデザインになっていた。男性の背には、十字架と光が描かれたタペストリーのようなものがかかっている台がある。簡素な祭壇のようだった。

「あ……はい………。あの、こちらの私の知人が、人づてにこの集まりのことを聞いて、私に紹介してくれたんです。………職場の、上司です」

 文乃がとっさに、友介を上司として紹介する。そして、友介が文乃をここへ連れてきたと説明する。全て事実とは違っている。しかし今、文乃と友介は、友介の妻、雪乃を探している。そしてこの教団が雪乃の失踪と何か関わっていると怪しんでいるので、まずは2人の身元や動機をカモフラージュしておいた方が、良いと考えたようだ。つくづく友介の義妹は、冴えている。

「我々は誰でも歓迎しますよ。少しばかり、我々ならではの物事の進め方というものはありますが、どなたでも、参加されることも、お帰りになることも自由です。どうぞ、そちらへお座りください」

 目を細めて、零れそうな笑みで迎え入れてくれた初老の男性は、ナカガワと名乗った。司祭という立場らしいが、ここでは「先生」と呼ばれているという。

「あらかじめお伝えしておきますと、今日の集まりを支援しているのは、『ペガサス聖家族』という信仰の団体です。ですが、このイベント自体は、私たちの家族もそうでない参加者の方々も自由に出入り頂くものです。ここに極端な宗教色はありませんから、ご心配頂く必要はございませんよ。例えば一般的なキリスト教、例えばカソリックのクリスマスパーティーや、神道の初詣やお祓いみたいなもので、そのバックボーンには宗教があっても、実態は広く世間に開かれた集まりです。興味を持った方に私の信仰のお話をすることもございますが、それはまだ先のこと。リクエストを頂いた時だけのことです」

 ナカガワという男は、混じりっ気のない笑みを浮かべながら、篤実そうな喋りで説明した。その口ぶりには、人を騙すような企みの気配は感じられなかった。「ナカガワ先生」が喋ると、その言葉に深々と頷いている人たちもいる。彼らも、どこかナカガワと同じような、無邪気そうな笑みを浮かべてこちらを見ている。悪気は感じられないものの、友介は少しだけ、ムズムズするような居心地の悪さを感じた。わざわざ自分たちのスペースを詰めて、友介と文乃を迎え入れてくれようとしている人たちもいる。その善意に誘われるように、友介と文乃はクッション性のあるビニールカーペットの敷き詰められた、床に腰を下ろした。周りを見ると、正座をしている人、体育座りをしている人、あぐらをかいている人、それぞれだった。友介は正座する。文乃は少し足を崩したかたちに腰を下ろした。

「今日、初めてお越しになったというのは、今のお2人と、こちらのお嬢さんたち。そして………、あ、こちらのお嬢さんとお坊ちゃんもそうですね?」

 ナカガワという男に確認されると、女子高生の友人グループらしい集団と、社会人女性と中学生くらいの男の子の2人組が頷く。社会人女性………、といっても、まだ若い、20代くらいの綺麗な女性が手を挙げた。

「はい………。私たちも、ここは初めてです。と、言いますのも、実は色々と教えて頂きたいこと、確かめたいことがあって、伺ったのです。出来れば、のちほどナカガワ先生のお時間を頂いて、お話を………」

「あっ………、ごめんなさい。うちもそうです。…………あとで、お話を………」

 友介の隣に座った文乃も手を挙げて割って入る。こういうところで、空気を読みすぎずにはっきりと要求を出せるのは、立派なものだと、2人の女性のことを、友介は秘かに尊敬した。ナカガワという男は、先ほど、意外なほどアッサリと、この集まりと教団の繋がりを認めた。その物腰からも、秘密主義めいたものは感じられなかった。そうした様子を見てとった文乃は、予め自分たちの立場をある程度明かした方が、会合の無駄な慣行や定例行事に付き合わされることを防げると思ったのかもしれない。

 ナカガワ先生は笑顔を崩さずに、こちらに手のひらを向けた。そして2度、大きく頷く。

「教えてもらいに来た。話がしたい。聞きたいことがある。………そうおっしゃって、本当にありがたいと思っています。ここには、色んな悩みの解消や、願いの実現を求めて、色んな方がいらっしゃいます。私たちも、精一杯、理解して頂こう、皆さんのためになるよう、と思って、コミュニケーションをとっていきます。そういう意味では、少しまどろっこしく感じるかもしれませんが、まず一番最初に、私たちの集まりで、ずっと語り継がれてきている、1つの説話をお話しさせてください。きっとそれが、皆さんの探しているヒントに近づく、近道になるはずですから」

 ナカガワ先生はそれだけ言うと、友介たち………、参加者全員に一度背を向けて、小さな祭壇の前でお辞儀をすると、大きくて分厚い本を引っ張り出すと、振り返った。植物図鑑を重ねたくらいのずっしりとしたサイズ感の本だった。

『ヨシュアの探訪と、民が得られる融合による歓喜』

 彼がタイトルを告げると、にこやかに頷いていた周りの参加者たちも真剣な表情になって、ナカガワ先生の一言一句を聞き逃さないよう耳を傾ける。友介が困惑した視線をチラッと文乃に送ると、彼女も少し怪訝そうな表情を返しながらも、とりあえずは静観しようといった様子で視線をナカガワ先生へ向けた。

「アブラハムの曾孫、イゼキルの三番目の子。ヨシュアは羊飼いの薦めに従って、丘の西側にある土地に自分の住まいを構えることにして、ある川沿いの緑地に目星をつけた。川が運んできた肥沃な土地は黒く、栄養に富んでいて、麦にもその他の作物にも充分な滋養を与えてくれる土地と思われた。ヨシュアはその地に居を構えるにあたって、その上流に住まう人々、そして下流に住む人々の同意と承認を得ようと、心に決めた。そうして彼の1年半に渡る探訪が始まった」

「ふーぅぅぅ」

 友介の左側で、ある高齢の男性が鼻から溜息を漏らす音が聞こえる。気になってそちらを見ると、男性はウットリとした表情で、ナカガワ先生の話に聞き入っていた。説話を聞く、説法を聞くという態度というよりは、お気に入りのバラード曲に耳を傾け、リラックスしているといった表情だ。そしてそうした反応は、友介の周辺のあちらこちらに見える、多くの人に共通した態度だった。外国人、白人の男性もいて、スムーズに日本語による音読に聞き入って頷いている。

「ヨシュアは祝福を得るために予め、兄よりもらい受けた羊の肉と、羊毛。羊皮紙と革の袋。葡萄酒と伯父が研いだナイフ。いくらかの貨幣と靴を持って旅に出た」

 友介はナカガワ先生の話の内容を真面目に追ってはいなかった。彼はこの教団の宗旨に興味があるのではなくて、妻の行方を知りたいのだから。そして、そもそも話の内容は友介を魅了してくれるようなものとは思えなかった。しかし、周囲の参加者たちの反応を伺っていると、誰もが目を輝かせ、ウットリとしてその話に聞き入っている。そのことの違和感を共有しようとして、隣の文乃を見た時、彼女も陶然とした表情で、ナカガワ先生の話に聞き入っていることに気がついた。古臭い宗教説話がダラダラと続いているだけだと思うのだが、その話の本当に僅かな起伏に、眉を上げて驚きの表情になったり、他愛のない寓話的な展開に噴き出して、肩を揺らして笑ったり。本当にその話を、この時間と空間を楽しんでいるように見えた。

 そして当の友介も、怪訝な表情で周囲を伺っているうちに、チラチラと耳に入ってくる説話に、まるで流されるように、足元が覚束なくなったような感触を受ける。まるで波打ち際で穏やかな波を見ている間に、ジワジワと自分の足元の砂がさらわれていくような感覚。気がつくと、友介の意識は、自分が立っている場所の15センチくらい上へ、僅かに浮き上がっているのだった。

<2話に続く>

4件のコメント

  1. 年末に更新来た!
    すっとぼけた登場人物達で始まったかと思ったら後半は明確にやばそうな存在ががが・・・。
    まあここの住人的にはカルト連中の活躍を期待してしまうのですがw

    ジャンルは「催眠」なんですね。どんな展開になるか期待です。

  2. お待ちしていました!

    さて、オカルト的な力を使う部活と新入部員、そして宗教団体。
    なんだかアメリカの映画とかサスペンスドラマっぽいと感じてしまったのは何故だろうw
    みんなのオカルトパワーでカルト教団をぶっ潰せ!

    MC的に考えると面白そうなのは『建築家』ですね。
    恐らく機能的には呪いの藁人形とかを地域単位に拡張したものっぽいので、
    見取り図とか相手の人数とかを明確にしなければいけない反面でかなりの応用が利きそう?

  3. 年末の楽しみの一つが来た!

    オマクラで今作は学校がおまじないでプチパニックを起こすのかと思ったら、カルト編がきてむしろ彼らが中心となって事件を解決するのかとなりました。
    少年少女が世間を騒がす事件を解決する。と書くとラノベとかエンターテインメント小説としては王道の展開だなーと思いますが、それぞれがMCをどう絡ませてエロエロにしていくのか楽しみなのでぅ。
    っていうか、召喚士の繭菜先輩が引き当てたというサッキュバスも気になる所。ちゃんと供物を捧げられれば問題ないのかもしれないけれど、残り17組分を集められなかったらサッキュバスが暴れだすかもしれない。

    でも、さしあたってはセイントペガサスファミリーで操られだしてる文乃さんとか女性たちがどうエロエロされるかでぅね(どうでもいいけど、セイントペガサスファミリーとか書いたら城戸沙織さん一家かなとか連想してしまったのでぅw)

    このさきどうなっていくのか楽しみでぅ。
    であ、来週も楽しみにしていますでよ~

  4. >慶さん

    ありがとうございます。2話目は前半メンバーで、すっとぼけた展開になると思います。
    今回は前作の「プリマ」ほどのミッチリとした書き込みは出来ないと思っていますが、出来ることをやりきりたいと思っています。よろしくお願いします!

    >ティーカさん

    オカルト学生たちとカルト集団。もしかしたら交わらないかもしれません(笑)。でもそれぞれの面白さや奇妙な魅力というか引力を描けたら、楽しいなと思っております。毎度のお付き合い、本当にありがたいです。本年もよろしくお願い申し上げますです。

    >みゃふさん

    ペガサス聖家族とか書くと、やっぱりあの人たちに引っ張られちゃいますよねー。迷ったのですが、この胡散臭さも良いなと思って、結局このネーミングで押し通しちゃいました(笑)。実はユニコーン聖家族と分裂した歴史とか色々あって・・・。まぁ、書かない可能性大ですね。
    前作で結構根詰めて、『リアルっぽい』催眠術小説原理主義を追い求めてみたので、今回はぐっとリアリティラインを変えて、まったり書かせて頂いております。お時間許せば、お付き合い願いますです。

    2022年も始まりましたね。皆様お体にお気をつけて、風邪ひかないようにお過ごしくださいませ。

    永慶

みゃふ へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


The reCAPTCHA verification period has expired. Please reload the page.