第五話 落花流水
二度目の精を流し込んだヒロシは大きく息をついた。上になっている涼子の腰の辺りを抱えてくるりと横転し、白い裸体を花筵の上に寝かせたまま、体を離した。
脱ぎ散らかしてあったジャケットのポケットを探り、タバコの箱を取り出した。一本抜き取り口にくわえ、落ちていたライターで火を点ける。煙を吸い込むと軽い目眩がした。
吐き出した紫煙が星空に紗(うすぎぬ)の帯をかけるかのように流されていく。
傍らで仰向けに寝ている涼子はすらりとした両脚を投げ出したまま放心したように夜空を見上げていた。ときおり思い出したようにすすり泣く。ヒロシが指を鳴らすと嗚咽はぴたりと止んだ。
風が強くなってきたようだ。少し肌寒くなっている。
魂の抜け殻のように横たわる涼子を横目で見ながらヒロシは手早く服を着始めた。
ズボンを履き終わりジャケットを羽織ったとき、この渓流沿いの広場に続く小道を降りてくる光の点に気がついた。目を凝らして見ると、ハンドライトを持ったスマートな体が大荷物を背負っている。
香織だった。
「おーい、こっちこっち」
ヒロシが手を振って呼びかけると、香織はハンドライトで足元を照らしながらヒロシの方へよろよろと歩いてきた。その背にはまるで本格的に登山に行くような大きなリュックを担いでいる。
「すごい荷物だなあ。重かっただろう?」
「はい、御主人様。重かったです」
立ち止まった香織は汗と埃にまみれた顔をヒロシに向けた。途中で何度か転んでしまったのだろう、ブルージーンズの膝が泥だらけになっていた。肘の擦り傷からはうっすらと血を滲ませている。しかし、香織は微塵も苦痛の色を見せず瞳を霞ませていた。
ヒロシは薄汚れた香織の姿を眺めながら考えた。汚れを拭き取るのはかなりの手間で面倒くさい。もう四度も放出しているので疲れてもいた。
ヒロシは香織の手を引いて岸辺へと誘(いざな)った。
「よし、荷物を降してごらん」
「はい、御主人様。荷物を降します」
「服と靴を脱いで裸になりなさい」
「はい、御主人様。服と靴を脱いで裸になります」
躊躇(とまど)いもせずに脱ぎだした香織をその場に残し、ヒロシは涼子の元へと戻った。
桜の枝で囲んである褥の上でさっきと同じ姿勢で横たわっている涼子を抱え上げ、岸辺へと連れ戻る。
すでに裸になっていた香織の横に涼子を降し、並んで立たせた。
月明かりに裸身を曝している二人の美女をその場に立たせたまま、ヒロシは岩場に跪き渓流に右手を入れてみた。春とはいえ水は指先が痺れるくらいに冷たかった。
ヒロシは香織が脱ぎ捨てた濃紺のシャツで手を拭いながら立ち上がった。
「さて、君達の目の前に何があるかな?」
「はい、御主人様。川が流れています」
全裸の二人は虚ろな瞳を渓流に向けたまま平坦な口調で答えた。
「違う、ここは川じゃない。そうだね」
「はい、御主人様。ここは川ではありません」
「ここは温泉だ。ええと、そう、露天風呂だ」
「はい、御主人様。ここは露天風呂です」
「だから、ここの水……いや、お湯はとても温かい」
「はい、御主人様。ここのお湯はとても暖かいです」
「じゃあ、入ろうか」
「はい、御主人様。入ります」
ヒロシがお尻を軽く叩いて押し出すと、二人の美女は足先を流れの中に差し入れた。そのまま冷たい水の中をざぶざぶと進んで行く。太腿の辺りまで漬かったところで、そこで止まるようにヒロシは命令した。
「そのまま腰を降してお湯に漬かるんだ。肩までちゃんとね」
「はい、御主人様。肩までちゃんと漬かります」
二人は腰を降して肩まで漬かった。
「どう? 気持ちいいだろう」
「はい、御主人様。気持ちいいです」
「じゃあ、そのまましばらく漬かっていてね」
「はい、御主人様。このまましばらく漬かっています」
ヒロシは香織が担いできたリュックの中からタオルを探し出し、いそいそと舞い戻った。靴と靴下を脱ぎ捨て、ズボンを膝の上までたくし上げる。
「香織、こっちへおいで」
「はい、御主人様」
浅瀬まで戻ってきた香織に、傍の岩の上に腰かけるように命令した。低く平たい岩なのでその表面は時々流に洗われている。
「さあ、綺麗にしてあげるからね」
流れの中に足を踏み入れたヒロシは香織の後ろに回り、水に浸したタオルで白い背中を丹念に洗い始めた。水は足首を刺すように冷たかったが、ヒロシは我慢しながら拭き清めてゆく。両腕を頭の上に掲げさせ、片手で乳房を揉みながら脇腹を拭いてあげた。首筋を拭くとき両肩にリュックの食い込んだ跡があるのを見つけた。華奢な体にあの大荷物は相当こたえただろう。
「さあ、こんどはこっちを向いて」
岩の上で香織はくるりと向き直った。
「はい、脚を開いて」
大胆に開脚させ、内腿の中心部から洗ってあげる。そこすでに剃毛してあったので、引っかかりもなくスムーズに拭いてあげることが出来た。
女にとって敏感な場所を執拗に拭われても、香織は虚ろな瞳で虚空を見つめ続けていた。
頭を除く全身を洗い終えたヒロシは香織に立つように命令した。
「もう一度水……じゃなくてお湯に浸かるんだ。髮と顔は自分で洗いなさい」
「はい、御主人様。もう一度お湯に浸かって髮と顔を自分で洗います」
「涼子、次は君だ。こっちへおいで」
「はい、御主人様。そちらへ行きます」
深みに戻り肩まで水に漬かった香織と入れ違いに、涼子を岩の上に招き入れて立たせた。
「両手を頭の上で組んでごらん。そのまま脚を少し開いて。そう、それでいい。そのまましゃがんで。お尻が水につく所までだ」
戦争中の捕虜のようなポーズをとった涼子は、岩の上にしゃがんだ。お尻を降すと自然に膝が割れ、内腿の中心部を曝した格好になる。可憐な花びらの下辺りまでが岩を洗う流れに漬かった。
ヒロシは涼子の股間に息づく柔肉の扉に片手を伸ばした。指を使って襞を押し広げると、奧からヒロシの精の名残がとろりと流れ出してきた。処女の鮮血を含んだそれは、流水にさらわれ、白く濁った尾を引きながら透明な水底へと溶け込んでいった。
ヒロシは指を花びらの中に押し入れ、内部を指先で洗っていった。
膣壁の肉襞の粘膜をこすりあげられても、涼子は清楚な美貌を霞ませたまま何の反応も示さない。ただ男の指の動きに連れて丸いお尻を揺らせるだけだった。
長い時間をかけて涼子の裸体をくまなく洗ったヒロシは再び水に漬かるように命令した。
「ゆっくり百まで数えたら、二人とも出て来ていいからね」
流れの中で首だけ出して数え始めた二人をその場に残し、ヒロシは再び桜の木の下へ戻っていった。
花筵の上に散らばっている涼子の衣服を拾い集めバッグに押し込んで行く。ついでに荷物置き場の付近に散らかしっぱなしになっていた香織の下着も探し出した。
岸辺に戻ったヒロシは水から上がった二人に各々の衣服を手渡した。
「さあ、それを洗うんだ。汚れがなくなるまでしっかりとね」
「はい、御主人様。汚れがなくなるまでしっかりと洗います」
「ショーツは僕が洗ってあげるよ」
二人は太腿まで水に漬かると腰を折り、流れに漬した衣服を丁寧に洗い始めた。月明かりに白い裸体を輝かせている二人の姿は、水辺で戯れるニンフのような趣があった。ときおり優雅に舞い散る桜の花びらがその風景に華麗な彩りを添えてゆく。
ヒロシは二人の妖精の姿を眺めながら水辺に屈み込むと、二枚のショーツを洗い始めた。ライトブルーのスポーティーな香織のショーツと、レースの花模様の縁取りのある白い涼子のショーツ。どちらもそれぞれの個性を象徴しているかのようだった。
ヒロシは水の中で揉み洗いをしてはショーツを月明かりにかざし、汚れの有無を確かめながら丹念に濯いでいった。水の冷たさに指がかじかんできたが、美しい乙女の秘部を覆い隠す魅惑的な布きれを清める作業は何の苦にもならなかった。
二人のショーツを洗い終わったヒロシは、リュックの中からビニールロープを引っぱり出した。ロープの端と端を桜の枝に結び、張り渡す。プラスチックの洗濯挟みでショーツを留めると簡単な物干場が出来上がった。
夜風に仲良くはためく白と青の二枚のショーツを満足そうに眺めるとヒロシは次の作業に移った。
辺りをかけずり回って何本もの枯れ枝をかき集め、小高くそして平らな場所を選んで積み上げた。香織のバッグから引っぱり出したレポート用紙を一枚ずつ破って捩じり、枯れ枝の下に差し込んでライターで火を点ける。ぱちぱちと音を立てて燃え始めるのを確認してからその場を離れた。
岸辺に打ち上げられ樹皮がすっかり無くなってしまった流木を引きずってきて焚火の前に転がして置き、上にレモンイエローのシートを被せる。その周りにリュックやバッグなどの荷物を集めた。
仕上げにリュックからオレンジ色のテントを引き出し、焚火から少し離れたところに設置した。
「二人ともこっちに来なさい」
ヒロシは水から上がった二人から洗濯物を受取った。代わりに絞って焚火の前で乾かしておいたタオルを与え、濡れた体を拭くように命令する。
二人が体を拭っているあいだに、ヒロシは洗濯物をロープに掛けていった。
総てを干し終わるとヒロシは二人を焚火の前に集めた。
目の前の二人はあいかわらずの無表情だったが、肩や膝を微かに震わせていた。濡れた乱れ髪を額や頬に張りつかせ、血の気を失った唇は紫色になっていた。肩から腕の辺りには鳥肌が立っている。
露天風呂に入っているという暗示を与えてはいたが、それは冷たいという意識を封じ込められていただけであって、感覚は正常に働いているのだろう。蒼白い肌の二人はさながら寒さに萎(しお)れかかった草花のようだった。
風邪をひかせるのは可哀想だ……。
そう思ったヒロシは二人に椅子代わりの流木の上に腰かけるよう命令し、焚火で暖をとらせた。別なタオルを用意して形の良いお尻を並べて座っている二人の背後に立ち、まだ拭い切れていなかった冷たい雫を手早く拭き取ってあげた。
香織の頭に被せたタオルをざっと動かして、濡れた髪から水気をとってやった。
香織はショートカットなのですぐに大半の水分を吸収することができたが、涼子の髮は大変だった。背中まで垂れ下った長い黒髮はたっぷりと水を含んでいた。ヒロシは何度もタオルを絞っては拭わなければならなかった。
思いのほか長い時間をかけて拭き終わったヒロシは涼子のバッグを漁って小さなヘアブラシを取り出した。
涼子の背後に立ち、乱れた黒髮をヘアブラシで梳かしてあげた。生乾きの髮は所々で絡まっており、幾度も引っかかり、梳かし終えるまでさんざん苦労してしまった。香織の髮は短かったのでそういうことはなく、短時間で整えることが出来た。
髮を梳き終わったヒロシは再び辺りを探し回って枯れ枝を集めた。
折った枝を焚火に放り込む度に炎が跳ね上がり、細かい光の塵を撒き散らせた。
暖かな光炎を浴びた二人は徐々に血の気を取り戻した。蒼白かった肌にはほんのりと赤味がさし始め、艶々とした輝きを甦らせていった。
「どう、暖まったかい?」
「はい、御主人様。暖まりました」
「それじゃそろそろ晩御飯にするか……。はい、二人とも立って」
二人が腰を上げると、ヒロシは椅子代わりにしていた流木の上に敷いてあったシートを引き抜き、焚火の前に広げた。流木が背もたれになるように位置を調節する。荷物の中から食料やビールを取り出し、周りに並べた。
宴の準備を終えたヒロシは満足そうに微笑むと二人の前に立った。
「これから僕が指を鳴らすと君達は意識を回復する」
「はい、御主人様。御主人様が指を鳴らすと私達は意識を回復します」
「君達は僕から逃げたりしてはいけない」
「はい、御主人様。私逹は御主人様から逃げたりしません」
「僕の言うことは総て正しい」
「はい、御主人様。御主人様の言うことは総て正しいです」
「君達は僕の言うことを総て信用する」
「はい、御主人様。私逹は御主人様の言うことを総て信用します」
「よし、それでいい。じゃあパーティーを始めよう」
ヒロシが指を鳴らすと、二人の顔に生き生きとした表情が甦った。すぐに自分逹が全裸であることに気づき、手で胸と股間を覆ってうずくまった。
「あっ!」
「きゃあ!」
顔を真っ赤にして狼狽える二人の姿をヒロシはにやにやしながら眺めていた。
「どうしたの二人とも? そんな格好しちゃって」
「ど、どうしてこんな!? 私逹にいったい何をしたんですか!」
香織は眉を逆立ててヒロシを睨みつけた。その鋭い眼差しにヒロシは思わずたじろいでしまった。その表情は彼女が催眠暗示下にあるのを一瞬でも忘れさせてしまうくらいの激しさがあった。
ヒロシは気を取り直すためにひとつ空咳をした。
「何をって、君達はここにキャンプに来たんだよ。そしてこれからパーティーをするんだ。だから裸なのはあたりまえじゃないか」
ヒロシの台詞に香織はきょとんとして瞬いた。
「あたりまえ……?」
「そう、あたりまえ。ねえ、凉子ちゃんもそう思うだろう」
「えっ!? え……ええ……。あ、あたりまえですね」
そう言うと涼子は戸惑いながら香織と顔を見合わせた。
「だったら二人ともそんなところにいないで、僕の隣りに座りなよ」
ヒロシはシートの上に腰かけて流木に背も垂れた。
「さあ、早く。凉子ちゃんは僕の右鄰に、香織は左だ」
指示されるまま二人はヒロシの両隣におずおずと腰を降した。あいかわらず身躰を腕で覆い隠している。
「パーティーなのに身躰を隠すなんてエチケットに反しているんじゃないかなあ」
ヒロシが言うと二人は慌てて両手を乳房や股間から離し、その手をすり合わせた太腿の上に所在なげに置いた。
「うん、その方が綺麗だよ。ほら、もっとこっちにくっついて」
二人の腰に手を回してお尻を引き寄せた。肩と肩が触れ合うまでくっつけると、ヒロシは手元のコンビニ袋の中からラッピングされた数個のおにぎりを取り出した。
「二人ともお腹が減っているだろう?」
ヒロシの問いに二人はこくりと頷いた。
香織には朝から何も食べさせておらず、涼子にはパンを与えていたがそれは小さなものをひとつだけだ。二人ともかなり空腹のはずだった。
「じゃあ一人三個づづね」
各々に手渡すと二人はひどく急いだ手つきでラップを開け始めた。
二人がおにぎりを食べているあいだに、ヒロシはクーラーボックスから缶ビールを取り出した。
「香織、飲めるだろ」
そう言って一本投げ与える。
「あ……すいません」
香織は缶ビールを受け取ると咀嚼していたおにぎりを慌てて呑み込んで、頭を下げた。
「涼子」
缶を差し出すと涼子は頭を振った。
「あの……私、飲めないんです……」
「アルコールがだめなのかい?」
「いいえ……飲んだことないんです」
「じゃあ、飲んでみようよ。何事も経験だ」
ヒロシはタブを開けて、涼子の肩を抱き寄せた。
「でも……」
「大丈夫、僕が口移しで飲ませてあげるから」
「そんな……」
「パーティーでは男性の好意を無視するのはエチケットに反するんだよね」
「あの……は……はい……そ、そうですね……」
ヒロシはにやりと微笑むとビールを一口あおり、そのまま自分の唇を涼子の唇に重ねた。
「む……」
涼子の頭をしっかりと手で固定し、含んだビールを彼女の口の中に流し込む。
「んっ……」
涼子は身を固くし、生ぬるくなった苦い液体を喉をならして飲み込んでいった。
「いい飲みっぷりじゃないか。じゃあ、もう一杯」
「ああっ、もう結構ですから」
遠慮する凉子の声を無視して、ヒロシは再び唇を重ねた。さっきより多目に含んだビールを乙女の口の中に流し込んで行く。空いた手で乳房を揉みながら、ヒロシは何度も唇を重ねた。
とうとうヒロシはひと缶全部を涼子に飲ませてしまった。ただのビールとは言え、酒を口にしたことのない彼女にとってはかなりのアルコールの量になるはずだ。
涼子は肩を上下させながら、全身を桜色に染めていた。空腹だったのでアルコールの巡りも早いのだろう。
ヒロシは凉子を解放すると香織に向き直った。
「香織、飲んでるか?」
「あ、はい……」
「どれ、残りは僕が飲ませてあげよう」
香織から中味が半分ほどになった缶ビールを奪うと、ヒロシはそれをぐいっとあおった。
「あの、私、自分で飲めますから」
その言葉を聞き流して肩を掴んで引き寄せ、唇をぶつけるように押しつける。そのまま頬をすぼめて香織の口腔にビールを流し込んだ。
「んっ……」
あまりの液体の量に、香織は総てを飲み下すことができず大きく咽(むせ)てしまった。
「ああ、ごめん。今度はゆっくりやるから」
笑いながらヒロシはビールを口に含むと、しきりに咳込む香織を抱き寄せ、唇を重ねた。
「む……」
結局、香織にも缶が空になるまで口移しで飲ませ続けた。
「さてと、二人ともお腹がいっぱいになったかな?」
「はい……」
涼子は遠慮がちに頷いたが、香織は黙っていた。その足元にはまだ開封されていないおにぎりが一個転がっている。
「何だい、お腹が減ってないのかい?」
「あの……私、梅干し、だめなんです」
ヒロシはおにぎりを拾い上げて見た。ラップの表面に『紀州梅』と印刷されている。
「いい歳してしょうがないやつだなあ」
ヒロシはラップを開け、おにぎりを噛った。何度か咀嚼してから香織に向き直る。
「はい、口を開けて。僕が食べさせてあげるから」
口の中におにぎりを含んだままそう言うと、香織は目を見開いて仰け反った。
「そ、そんな! い、いやっ! 来ないで!」
逃げることができないように暗示をかけてあったので、香織はその場で両手を突き出して頭を振るだけだった。
ヒロシは香織に飛びついて押し倒し、唇を重ねた。そのまま咀嚼したおにぎりを舌で押し出す。
「んっ!」
男の唾液にまみれた流動食を口の中に送り込まれた香織は、梅干しの酸味に眉を歪めた。
「はい、全部飲み込んでね。せっかく食べさせてあげたんだからね。全部食べるのがエチケットだよ」
ヒロシが念を押すと、香織は涙を浮かべながら飲み下した。
「全部飲み込んだ? 口を開けて見せてごらん」
香織はおずおずと唇を開いた。
全部飲み込んでいることを確認したヒロシは手を差し伸べて香織を引き起こした。再びおにぎりを口に含み、何度も丹念に咀嚼する。
「じゃあ、もう一口いきますか」
「ああっ、もう……」
「だめだめ、好き嫌いなんかしていると大きくなれませんよ」
子供にさとすように冗談めかして言うと、ヒロシは香織の大人の女らしく発育したしなやかな体を抱しめた。そっと唇を合わせ、半液状になったおにぎりを送り込む。
「ん……」
ヒロシはまるで親鷄が雛鳥にしてあげるように何度も唇を合わせ、おにぎりを与えた。香織はついさっきヒロシにくってかかったのが嘘のように、おとなしく泣き濡れながら総てを嚥下していった。
「さて、お腹もいっぱいになったことだし、次は……そうだな、二人に踊ってもらおうかなあ」
二人の美女に食事を与え、自分も満腹になるまで食べ終わったヒロシは独り言のように言った。
「踊りですか……」
「うん。パラパラくらい知ってるだろう?」
二人は困惑して互に顔を見合わせた。
「香織はどうだ?」
「少しくらいなら……」
「涼子は?」
「私、そういうのはあまり……」
涼子は頭を振った。
「じゃあ、踊るのは香織だけでいいよ。涼子は歌うんだ」
戸惑い躊躇する二人にヒロシはとどめの台詞を言う。
「パーティーの時には女性は男性を飽きさせないようにするのがエチケットなんだよ」
「わ……わかりました……」
香織は諦めの表情を浮かべてのろのろと立ち上がった。
「じゃあ涼子はこっちに来なさい」
ヒロシは脚を広げ、その間に涼子を入れた。小さな背中を胸に抱き寄せ耳打ちする。
「ほら、歌って」
「でも……何を歌えば……私、パラパラなんか知らなくて……」
「テンポの速い曲ならなんでもいいよ。いいかい。一、二、三、はい」
ヒロシに乳房を揉まれた涼子は慌てて歌いだした。その声に合わせて焚火を背にした香織が遠慮がちに動き始める。
「だめだめそんな踊り方じゃ。真剣味が足りないぞ。もっと一生懸命に踊るんだ。涼子ももっと大きな声で歌ってごらん」
ヒロシの叱咤に涼子は声を張り、香織は恥じらいに身を震わせながらその動きを激しくしていった。
凉子の歌声はその可憐な顔に相応しく美しい爽やかなソプラノだった。ただ、音程が少し外れているのはご愛敬だったが……。その歌声に合わせて香織は裸身をくねらせていった。
ヒロシは常々、パラパラをロボットみたいな色気のない踊りだと思っていたが、香織のものは別だった。
その美しい裸身を焚火の炎に照り輝かせて踊る姿は、知的な女子大生が行うダンスとは思えないほど淫靡だった。伸びやかな手脚を動かしてリズムを刻む度に豊に張りだした乳房が弾み、丸い双臀が妖しく揺れる。ステップする度に剃毛され翳りを喪った股間から鮮紅色の花びらが見え隠れした。
不意にくぐもった電子音が鳴りだした。流行曲をアレンジした携帯電話の着メロだった。それは荷物置き場から流れている。
「誰の携帯だい?」
「あの……私のです」
ヒロシの腕の中で凉子が振り返った。
「今頃、誰からかな?」
「父からだと思います……」
「そうか。凉子は実家から通っているのか?」
「はい」
「門限があるんだね?」
「はい、八時なんです」
「大学生なのにずいぶんと早い門限だなあ。でもパーティーの途中で帰るのはエチケット違反だよね」
「……は、はい……」
「それに電話に出るのもだ」
「……はい……」
「じゃあ、パーティーを続けようか。ほら、歌って。今度は別の曲がいいな。もっとテンポの早いやつだ」
ヒロシが乳房を握って促すと、涼子は観念して歌いだした。そのアップテンポの歌声に、香織のダンスはよりいっそう動きを激しくしていく。
発信者の焦りを示すかのように長々と鳴り響いていた着メロは、フレーズの途中で力尽きたように沈黙した。
ヒロシは新しい缶ビールのタブを開け、一気に半分ほど飲み込んだ。腹の底まで心地好い冷たさのアルコールが染み渡った。
遥か天上で星々を従えた満月が地上に向けて蒼白いスポットライトを投げかけている。
涼子の美しい歌声は渓流の岩々に反響して神秘的なエコーを生み、夜風に吹かれた桜の木々は唱和するかのようにさわさわと梢枝を鳴らした。
それから三十分間、香織は踊り続けた。
「ご苦労さん。もういいよ」
そうヒロシが言うと、香織は膝を折って崩れ落ちた。両腕で支えた肩を荒い息に弾ませている。白い背中には玉のような汗が浮かんでいた。
ヒロシは焚火で乾かしたタオルで、四つん這いになっている香織の全身をさっと拭き取ってあげた。
「さて、もう夜も更けてきたことだし、そろそろお寝んねの時間だな。二人ともテントの中に入りなよ」
「あの……」
涼子がすがるような眼差しをヒロシに向けていた。
「どうしたの?」
「あ、あの……」
涼子は何かを言いかけたが、そのまま目を伏せて口ごもった。太腿をすり合わせ、裸の腰をもじもじと動かしている。
その動きにヒロシはぴんときた。
「ああ、なるほど。ちょっと待ってて」
ヒロシはジャケットからポケットティッシュを取り出して、涼子に手渡した。
「はい、どうぞ。行ってもいいよ」
ポケットティッシュを受け取った涼子は弾けるように立ち上がると、ヒロシに背を向けて走り出した。
体を冷やしたうえにビールを飲んだせいで、今にも膀胱が破裂しそうだったのだろう。かなり我慢していたらしく、涼子は雑木林に向かって飛び跳ねるように駆けて行く。
「あんまり遠くに行くと狼が出るかも知れないよ」
ヒロシが叫ぶと、涼子はぎくりとして立ち止まり、おろおろしながら辺りを見回した。乙女の恥じらいから排泄の音が聞こえない場所まで行きたいのだろうが、そこは狼の恐怖が待っている。涼子は泣きそうな目でヒロシを振り返った。
「大丈夫。耳を塞いでいてあげるから、その辺でしちゃいなよ」
ヒロシが言うと涼子は躊躇いながらも近くの茂みを選らんで腰を降した。
ヒロシは耳を塞がなかった。
すぐに下草を打つ可愛らしい水音が聞こえてきた。
ヒロシは茂みから頭を覗かせている涼子の後ろ姿に微笑みかけて、香織を見た。
「香織はどうする? 大丈夫なのかい?」
「あの……お願いします……。ティッシュを貸して下さい……」
「そうか。じゃあ立ってごらん」
ヒロシは立ち上がった香織の腕を取って水辺へと誘(いざな)った。
「……あの……?」
「一緒にしようよ。僕も我慢できなくなっちゃってね」
「そんな! わ、私、一人で出来ますから!」
香織は目を見開いて狼狽えた。
「これまで男と連れションしたことはあるけど女の子とは初めてでね。君もそうだろ。まあ、何事も経験だと思ってつき合ってよ」
「で、でも……そんなの……」
「パーティーでは男性の申し出を断わらないのが女性のエチケットだよね」
香織は眉を歪め泣きだしそうな顔になり、目を伏せて押し黙った。
ヒロシが我慢できなくなったのは本当のことだった。なにせ二人以上にビールを飲んでいたのだから。
ヒロシは香織を渓流の中に突き出ている岩場の上に連れていった。
「さあ、しゃがんで」
「ああっ……」
香織は恥心に打ち震え頭を振りながら腰を降した。
「もっと脚を開いてごらん」
ヒロシが頭を撫ぜてやりながら言うと、香織はおずおずと膝を割った。
「もう少し前に出た方がいいよ。でないと脚に飛沫(しぶき)がかかるから」
恥じらう香織の背中を押して岩場の端ぎりぎりまで進ませた。
「うん、それでいい」
ヒロシは首をがっくりと折ってしゃがんでいる香織の横に並んで立つと、ズボンのジッパーを降し一物を引っぱり出した。
「じゃあ、一緒にしようか。いいね、いくよ。一、二、三、はい」
「ああっ!」
号令と同時に大小二本の放物線が放出された。せせらぎに注ぎ込まれた細い水流は、水面(みなも)に映った満月を波打たせながら融かしていった。
仲良く水面を叩く水音が奏でるハーモニーに、小さな嗚咽が重なり合い混和してゆく。
水面に舞い落ちた桜の花びらは波紋に列を乱しながら流れ、闇の中に消えていった。
風の音に目が覚めた。
裸のヒロシは狭いテントの中で、両脇に全裸の美女を並べて寝転がっていた。右側には涼子、左側には香織がヒロシの腕を枕に眠っている。
眠ってしまう前は横になったまま裸体を撫でさすり乳房を揉んでは二人に嬌声をあげさせていたが、相当疲れていたのだろう、ヒロシはいつしかまどろんでしまったのだった。
カンテラを灯し時計を見ると午前二時だった。ほとんど丸一日をかけて、二人の美女を弄んだことになる。
腕が痺れていた。
ヒロシは寝息をたてている涼子を起こさないように、そっと腕を引き抜いた。肩を回し腕を振って血行を回復させる。
ふと香織の寝姿が目に留まった。美しい顔をやつれさせ、眼の下に隈(くま)をつくっている。頬には涙の跡が残っていた。
少し辛く当りすぎたかな……とヒロシは思った。
この渓流に来るまで文字通り馬のようにこき使った。体をロープで括って椅子として使ってもみたし、買い出しのために山道を往復させもした。その間に二度犯している。最初は口を、二度目は獣のように。
香織のような自信ありげに溌刺としたタイプはヒロシにとって苦手な部類の女性だった。健康的な明朗さが、つい自分の奧底にある誰にも見せたくない劣等感を刺激するのだ。きつい態度をとってしまうのはそのせいなのかもしれない。
ヒロシは香織の頬を指でつついてみた。泥のように眠る香織は何の反応も示さなかった。普段の香織にはない、なにもかも自分の腕に委ねきった弱々しい無防備な寝姿がたまらなく愛おしく思えてくる。
香織の頭の下から自分の腕を抜いたヒロシは、体をずらして香織の上体に覆いかぶさった。片手で脚を開かせ、花びらに一物を押し入れる。
つながったまま軽くキスを与えると、男の重みに香織は瞼を開いた。
「あ……」
「もう一度……しよう」
「ああ……で……でも……涼子が……」
「起こさないように静かにするから……ね」
そう言ってそっと腰を動かした。
「んっ……」
香織は軽く頤を仰け反らせ、目を閉じて小さく呻いた。
ヒロシは香織の耳元に唇を寄せて囁いた。
「今度は優しくするから。今日はごめんね」
優しい言葉に香織は睫毛の縁に涙の粒を浮かべ、感極まったかのように嗚咽した。
ヒロシはしなやかな身躰を抱しめながら、ゆっくりと抜き差しを開始した。そっと唇を重ね、丁寧に吸い上げる。香織は泣き濡れながらそれを受け入れた。甘い甘いキスだった。
唇を離したヒロシは香織の瞳を見つめながら囁いた。
「もっと脚を開いて……うん、それでいい。そのまま僕の腰に絡めてごらん」
香織は恥ずかしさに顔を赤く染めながら、ヒロシの胴体に太腿を回して挾み、足首を絡めた。それにより香織のお尻が持上り、さらに深くつながることが出来た。
「んっ……」
「香織、いい娘だ」
ヒロシはひとつ軽いキスを与えると注挿を再開した。もう四度も精を放っていたので、激しい動きではない。優しく染み渡るような性交だった。
「んっ……んっ……んっ……」
腰を動かす度に香織は押し殺した呻き声を洩らし続けた。その手はいつしかすがりつくようにヒロシの背中に回されてゆく。
互の身躰を抱しめ肌の温もりを感じ合いながらゆったりと、しかし、濃厚に睦み合った。
風が激しくなってきたようだ。
テント生地を叩く風音に涼子が寝返りをうった。
「んっ……」
涼子に気づかれまいと香織は口を固く結んだ。しかし快感には勝てないようで、どうしても唇の端から声を洩らしてしまう。
「ん……ん……ん……」
ヒロシは香織の切ない吐息を耳で味わいながら、蕩けるように熱くなった腟内にじんわりと精を解き放った。
「あぁーっ……」
香織のあげた甘く長い悲鳴は、桜の梢枝がこすれ合う音の中に溶け込むように消えていった。
エピローグ 花吹雪
小鳥のさえずりで目が覚めた。
テントの入口のジッパーを上げ、生地を左右に押し開くと目を射すように日光が飛び込んできた。
ヒロシは目をこすりながらテントから頭を出し、空を見上げた。
抜けるような青空には雲一つ残っていなかった。
「おい、二人とも起きてごらん。いい天気だよ」
裸のままの涼子と香織はのろのろと起き上がった。
ヒロシは荷物の中から取り出した旅行用の歯ブラシセットとタオルを二人に渡した。
「顔を洗ってきなよ。終わったらすぐに出発するからね」
水辺へ二人を送り出したヒロシは身支度を整え、テントから抜け出した。昨日作った物干には乾いた洗濯物が満艦飾のように春風にはためいている。
ヒロシは洗濯物を取り込むと、戻ってきた二人に手渡した。ショーツだけは渡してしまうのがなんだか惜しくなったので、記念品としてジャケットのポケットにねじ込んでしまう。二人にすぐに着るように命じておいて、撤収作業に取りかかった。
持ち帰るものを選り分け、テントやリュックなどは一ヵ所に集めて火を点けた。
帰りの道すがらヒロシは意識を失わせた二人に新しい暗示を与えていった。
今まであったことは誰にも言わないこと。もし聞かれたら、三人で香織の部屋に行きパーティーをしたと説明すること。それはとても楽しかったと記憶すること。それから二人ともヒロシと愛し合ったことを忘れないこと。これからもヒロシに求められたら必ず応じること……。
細々(こまごま)と暗示を与えているうちに、眼下の緑の中に大学の校舎が見え始めた。
ヒロシは指を鳴らして二人の意識を元に戻した。
「じゃあ、行こうか。早くしないと授業に遅れちゃうからね」
そう言うと涼子と香織は微笑みながら頷いた。ヒロシは二人の間に入って各々と手をつなぎ、坂道を下り始めた。
おりからの春風が桜の木々の間を吹き抜け、朝露混じりの花びらあたり一面にきらきらとまき散らした。
まるでこれからの大学生活を祝福するかのように降り注ぐ花びらの中を、ヒロシは二人の美女と手をつなぎながら朝露の造りだした虹のアーチに向かって歩いて行った。
< おわり >