ライフ=シェアリング 祐介と亜衣

- 序 -

 ライフ=シェアリングとは、死すべき身体を、命を、心を、グランツ(与える者)が、アクセプツ(受諾する者)に命を分け与える事で繋ぎ止める技術を言う。
 それは、素晴らしい技術のように思える。しかし、弊害が無い訳ではない。
 ライフ=シェアリングは、グランツがアクセプツの心を、身体を、支配する事が出来るようになってしまうからだ。
 それは、脅迫というレベルでは無く、文字通り相手を支配する事が可能になるという事だ。
 また、グランツが死ぬ時、アクセプツも死んでしまう。
 それ故に、ライフ=シェアリングは廃れていくのも必然だったのかも知れない。

 ――あなたは、大事な人が死にそうな時、ライフ=シェアリングしますか?

- 1 -

 たったの3つ。
 たったの3つ。
 だけど、永遠に縮まることのない、みっつ。
 俺と、亜衣さんの年齢差。
 大したことじゃ無いって、ずっと思ってた。
 大したことじゃ無いって、ずっと自分に言い聞かせてた。
 幼馴染で、大好きなお姉さんで、そして今は――。

「祐介くん、これから一緒に暮らしていくんだもの。宜しく・・・ね?」

 どこまでも白いドレス。
 ウエディングドレス。
 綺麗だった。
 とっても、綺麗だった。
 でも、一番綺麗なのは、輝くような笑顔を浮かべる亜衣さんだと思った。

「おかあさんって・・・すぐには言えないと思うの。だから、今まで通りの呼び方でも、『ママ』でも、『ママりん♪』だっていいのよ♪好きに呼んでね」

 無理だよ、それは。
 なんだよそのママりん♪ってのは。
 この場の誰よりも祝福しなければいけないはずの俺は、この場の誰よりも苦い思いを噛み締めて。
 せめて、いつも通りに振舞おう。
 亜衣さんの輝く笑顔に、一点の曇りも浮かばせないように。

「頼むから、ママりんは勘弁して。亜衣さん・・・で、いいよね?」

 いつものように、亜衣さんは茶目っ気たっぷりに微笑んで。
 今日から彼女は、俺の親父の奥さんになる。

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 亜衣さんは俺の3つ年齢の離れた幼馴染で、女の子の成長が速いせいか、男の成長が遅いせいか、いつだって眩しいオトナのように感じていた。俺を生んですぐに母親が逝ってしまった事もあって、亜衣さんは俺にとっては母親で、それ以上の存在だった。
 誕生日にプレゼントをくれたり。
 母親がいない事でいじめられたら、なぐさめてくれたり。
 イベントの度に、料理をつくってくれたり。
 本当に好きだった。
 もしかしたら、それは俺の依存かも知れない。
 けど、本当に好きだった。
 でも、亜衣さんが好きになったのは、俺の親父だった。
 亜衣さんと、親父と、俺とでレストランに行こうと言われた時、まさかそんな話だなんて、思いもしなかった。
 自然に・・・そう、それが当たり前だとでもいうように、親父の隣に亜衣さんが座って。
 それから、親父が年甲斐も無く照れながら、亜衣さんと結婚すると、言った。
 冗談だろって、呆れてみようとした。
 親父が、自分の息子と変わらないような年齢の女の子と、結婚しようとするなんてさ、って。
 ありえないだろ?

「祐介くん、わたしがあなたのお母さんになる事・・・許してくれる?」

 でも、そう言った亜衣さんの笑顔は、いままでに見たどんな笑顔よりも輝いてて、まだまだガキな俺が、どうこう言えるはずも無くて。

「なんで・・・親父なの?」

 でも、素直な祝福の言葉なんて出てこなくて。
 出てきたのは、どこか拗ねたような、鬱屈した感情を孕んだ言葉だけだった。
 それはまるで、宝物を奪われた子供のような。

「ずっと前から、祐一郎さんを・・・祐一郎さんと、祐介くんを支えたかったの。でも、それが祐一郎さんが好きだからって気が付いたのは、つい最近なのよ」

 コップに手を添える亜衣さんの左手の薬指に、慎ましやかに輝く指輪。なんだかそれを見たら、これが冗談でもなんでもないんだって、理解できた。
 納得なんて、できないけど。
 すぐに諦めるなんて、できないけど。
 それでも、言わなきゃいけない事が、ある。

「・・・おめでとう、亜衣さん」

 腹の底から力を振り絞るようにして、やっと押し出されたその言葉に、亜衣さんは極上の笑顔を返してくれた。
 その時、親父がどんな表情を浮かべていたのか、何故か記憶に残っていない。

- 2 -

 あれから2年。
 俺は19歳の大学生に、亜衣さんは22歳の専業主婦に、その立ち位置を変えていた。
 大学を卒業後、就職してもいいといわれていたにも関わらず、亜衣さんは専業主婦となった。そこには、親父の妻として、俺の母親として、一生懸命であろうとする意思があったように思う。
 それとも・・・嫌な想像だけど、親父の子供が欲しくなったから、かも知れない。
 俺は、それを亜衣さんにも、親父にも聞けなかったけど。

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「亜衣ちゃん、今日は遅くなるから、先に休んでなさい」

 年齢的には中年というグループに属する親父が、朝食を摂りながら亜衣さんにそう言った。口調は柔らかく、結婚してから2年も経つというのに、いまだに『近所の娘さん』相手の口調が抜け切っていない。

「はい、祐一郎さん。お仕事、忙しいんですか?」

 そして、亜衣さんの口調もまた。
 亜衣さんの親父を見詰める目は、いつもきらきらと輝いているようで、いまでも新婚気分が抜け切っていない事が伺えた。

「今度の旅行の為に、仕事を前倒しにしてるからね。私も、今回の旅行は楽しみにしてるんだよ」

 仕事人間である親父にとって、亜衣さんと出かける旅行は、新婚旅行以来となる。そりゃ、楽しみだろう。問題は――。

「うふふ、わたしもとっても楽しみです。祐介くんも、楽しみでしょ?」

 問題は、俺も一緒に行くという一点だろう。
 この、年齢差夫婦のいちゃいちゃを、旅行の間中見せ付けられると思うと、それだけで胸焼けがしそうなんだけど。

「・・・そうだね・・・」

 俺の気の無い返答に、亜衣さんの表情が翳る。
 そんな顔、させたくなんて無いのに。
 いつもの、柔らかく暖かい笑顔のままでいて欲しいのに。

「やっぱりさ、二人で行った方がいいんじゃない?俺が行っても、二人の邪魔になるだけだしさ。あ、別に俺が行きたくないって意味じゃなくてさ」

 俺の言葉に、亜衣さんはぶんぶんと首を振る。柔らかそうな漆黒の髪が、肩の辺りでふわりと舞った。

「そういう気配りはいいの!わたしと祐介くんとで親子の絆を深めたいって思ってるんだから、一緒に行こ?ね?」

 しっとりと暖かい手で、俺の手を握って。
 それだけで、俺は逆らえなくなる。
 この手は、小さい頃から俺を守って、引っ張ってくれた手なんだから。

「・・・うん」

 俺は俯いたまま、そう答えてた。それ以外、どうする事もできなくて。

- 3 -

 温泉宿の最寄の駅に着くと、俺は束の間の開放感に伸びをした。
 新婚気分の抜けない夫婦が旅行に行くとどうなるのか、俺は拷問を受けるのにも似た心地で理解した。つまり、幸せは人を馬鹿にするんだ、きっと。
 それに、幸せは時として、他の人間を不幸にするんだ。今の俺がそうであるように。
 後ろを振り向かなくても判る、いちゃいちゃとした気配が、俺を酷く疲れさせていた。多分、温泉でリフレッシュ出来たとしても、収支決算的に超マイナスは目に見えてる。どうして俺はここに?

「わぁ、いい所ですね、祐一郎さん♪」

 いつもの微笑みが3割り増しといった感じで、亜衣さんが自分の右斜め上を見上げた。つまり、自分が腕を組んでいる――というよりも、腕にしがみつくようにしている――親父の顔を見上げて、だ。

「うん、来て良かったな」

 一歩駅から出たその景色は、音を吸収するかのように降り積もる雪景色。街も、空も、白い色に染め上げられていく。唯一侵食を免れている道路は、行きかう車がチャラチャラとチェーンの音をさせて走っていく。
 電車で数時間の小旅行は、あまりにも生活圏と違う景色でもって、俺達を迎えていた。歓迎されていないように思えるのは、俺だけのようだが。

「祐介・・・悪いんだが、タクシーを捕まえておいてくれないか。亜衣ちゃんをタクシー乗り場で待たせるのも、可哀想だろ?」

 確かに屋根があるとは言え、風が吹き抜けるロータリーでは、女の子には辛いだろう。こんな雪の中を歩きたくないのは皆一緒なのか、タクシー待ちの列はさりげに長い。

「ああ、判ったよ」

 俺から思い遣った提案が出来なかった事に、なんだか人間の差っていうものを感じさせられて、俺は尖った声で返答した。言った後で、それこそガキの証明だと思い至って、胸のイラつきが一層増したのだけど。だから、俺は背後の亜衣さんの方を振り向かないまま、タクシー乗り場へと移動した。こんな不機嫌な顔なんて、楽しい旅行の最中の亜衣さんに見せられるはずもなくて。

「祐介くんっ!!」

 だから、俺は周りで何が起こっているのか、すぐに理解する事が出来なかった。
 亜衣さんの声に振り返った俺に見えたのは、赤。
 真っ白い世界にぽつんと小さく、けれど激しい存在感をもって目を奪う、鮮烈な赤。

「きさまーっ!!」

 茫と佇む俺の正面、鮮やかな赤色のその向こうから、親父の怒声が響いた。え――と思う間も無く、重たいものが雪の上に投げ出されるような、ずしゃっとか言う音。俺は、頭が真っ白になったまま、目の前の赤から目を離せないでいた。

「よくも、よくも亜衣をっ!!」

 そう。
 俺の足元に、仰向けで倒れている亜衣さんだけが。
 まるで、打ち捨てられた操り人形みたいに。
 ただ、力なく倒れていた。
 胸に、真っ赤な色を湛えて。

 ――それが、止め処なく溢れる血なのだと気が付いて、俺は――

 ・
 ・
 ・

「しっかりしろ、祐介っ!」

 がくがくと揺さぶられて、俺の意識が戻った。
 ただ、戻った場所が地獄だったというだけで。
 そこには、なんの救いも・・・ありはしない。

「惚けて、いる場合か!」

 目は開いていたはずなのに、今の今まで、何も見えていなかった。
 必死な、悲壮と言ってもいいぐらいの親父の声で、やっと視界に入るものを認識できるようになった。
 つまり、脇腹から血をだらだらと流しながら、俺の肩を両手で押さえている親父の姿を、だ。

「お、親父っ、なんだよそれっ!?」

 うろたえる俺。俺を睨むように視線を合わせる親父。

「今すぐ、亜衣にライフ=シェアリングをするんだ」

 前後の流れをぶった切った親父の言葉。それは、俺が意識を失う前の、あの瞬間を思い出させた。

「そうだ!親父、亜衣さんは・・・亜衣さんはどうなった!?」

 胸から血を流して、倒れていた亜衣さん。
 あれは全て幻だったんじゃないかって、そう思い込めればどんなに良かった事か。
 震える指で親父が指し示した場所に、亜衣さんは倒れていた。
 さっきと変わらない様子で。
 さっきよりも、雪が亜衣さんを包み込んで。
 さっきまで温かかったはずの亜衣さんは、今もう温かさを感じる事が出来なくて。
 真っ白い雪に飾られた亜衣さんは、もの凄く綺麗で・・・それが、酷く悲しかった。

「亜衣・・・・さん・・・」

 茫然とする俺の手に、小さい何かが押し付けられた。そのまま、誰かの手が俺の手を包み込むように、それを握らせる。

「ライフ=シェアリング・・・やり方は、判るな?」

 親父が、縋るような目で俺を見ている。
 そう・・・これは、他の誰にも任せられない事。
 親父が傷付いてできないのなら、俺がやる。
 きっと、それが家族というものなのだから。

「あぁ、まかしておいてくれ」

 操作はぜんぜん難しくは無い。亜衣さんを助けられる・・・それこそが今俺が判っている事で、しなければならない事の全てだった。
 俺は、亜衣さんの元に駆け寄ると、ライフ=シェアリングの設定を始める。
 ボタンを押して起動すると、ライフ=シェアリングの装置を通じて、俺の中の命が亜衣さんに流れ込むのを感じながら、俺の意識は凄い勢いで薄れていった。でも、それは亜衣さんが戻ってくるという確かな実感でもある。

「祐介・・・亜衣ちゃんを・・・頼む・・・」

 気を失う寸前、周りの「救急車はまだか!?」とか、「おい、あんたもしっかりしろ!」とか、雑音めいた声や音の中で、親父の呟くような声だけが、なぜか鮮明に聞こえていた。

「・・・ゆういち・・・ろう・・・さ・・・ん・・・」

 意識を失う寸前、亜衣さんの声が聞こえた気がした。
 俺の記憶には、そこまでしか残らなかった。
 だから。
 だから、俺は親父の最期を知らない。
 その時、何を思っていたのか、なんて。
 俺に、何を託したのか、なんて――。

- 4 -

 家の中は、灯りが消えたかのように薄暗い。
 ルクスがどうとか、時間がどうとか、そんな物理的な現象の話しじゃなくて。
 あれからもう一ヶ月も経ったというのに、亜衣さんの笑顔が戻らない、それが原因だ。
 笑顔の形に表情を変えられるという事と、笑顔を浮かべるという事は、まったくの別物なんだって、いやと言うほど教え込まれた気分だ。

「亜衣さん・・・」

 親父の遺影がをぼんやり見詰めながら、亜衣さんは俺の声に反応しない。魂が抜けてしまったようだという、そんな表現が当てはまる様子で。

「亜衣さん」

 肩にぽんと手を置くと、初めて亜衣さんが反応した。
 それも、ビクッ!とかなるんじゃなくて、深い眠りからゆっくり目覚めて、頭がまだぜんぜん働いてない、そんな感じの反応で――見ていて、痛々しいとしか思えない。

「あ・・・祐介くん・・・なぁに?」

 そして、俺に向けられる笑顔。
 深い悲しみの表情の上に、限りなく薄い皮をかぶせて作ったような、笑顔。
 まるで、デスマスクのような。

「ん、大したモンじゃないけど、飯を作ったからさ。食べよう」

 言われて初めて気が付いたのか、亜衣さんは壁に掛かった時計を見上げて、あ、と小さく呟いた。時間はもうお昼なんてとっくに通り過ぎて、もう少しで午後3時になろうとしてた。つまり、亜衣さんは数時間ずっとここにいたという事だ。
 悲しいのは判る。けど、若い女性の過ごし方としてはどうだろうかと、つい思ってしまう。親父が俺に頼んだのは、そういう事も含めてのはずだから。

「ごめんね。わたしがしっかりしなくちゃいけないのに」

 その後に、『わたしが祐介くんのお母さんなんだから』と続くのが言われる前から判ってて、でも聞きたくなくて、言葉を割り込ませる。

「大変なら、そう言ってくれればいいんだよ、亜衣さん」

 このままじゃ、亜衣さんの心が壊れてしまいそうで。
 でも、どうしたらいいのかなんて、全然判らなくて。

「大丈夫よ。母は強し、なんだからね」

 無理してるのが、まる判りで。
 年齢だって、俺と3つしか違わないってのに。

「わ、チャーハン作ってくれたんだ!?すっごく美味しそう!祐介君、結構料理得意だよね」

 亜衣さんは嬉しそうに微笑みながら、自分の席についた。一瞬だけ、誰も居ない椅子を――親父の席を、切なそうに見て。その瞬間、俺の中にざわりと苛立つ感情を覚えて、自分自身で驚いた。それは、あってはいけない感情だったから。亜衣さんに対して、苛立つだなんて、あってはいけない事だから。

「さ、祐介君もはやく座って。あったかいうちに食べよ?」

 スプーンを片手に亜衣さんは、いただきまーす、なんておどけた風に言った。
 でも。
 亜衣さんは美味しそうにはむはむと食べながら、それでも半分しか食べられなかった。

「ごめんね、せっかく作ってくれたのに」

 亜衣さんはがんばって食べようとしてくれたのは判ってる。
 でも、多分美味しく感じられないんだろう。俺も、親父が死んでから数日間は、まるで食欲が無かったからなんとなく判る。
 食べるという事が、ただの栄養補給でしかないと、思い知らされた数日間。多分亜衣さんは、いまもその状況が続いてる。

「味はとっても美味しかったのよ?でも、ほらわたしって最近運動してないから・・・」

 申し訳無いという表情で、言い訳めいた言葉を繰り返す亜衣さんに、また心の奥底がざわつくのを感じた。もしかしたら・・・もしかしたら、俺の方がもうだめなのかも知れなかった。

「・・・祐介くん?」

 気が付くと、亜衣さんは俺を不安そうに見上げてた。けっこう長い間、自分の考えに没頭していたのだと、気が付いた。

「あぁ、ごめんごめん。残ったのは、俺が食うからいいよ。でも、俺が太る前に、亜衣さんは一人前を食べられるようになる事。な?」

 少しだけおどけたような作り笑顔を亜衣さんに向けて、やっぱだめだ、とか感じてる。
 もう、どうしたらいいのかなんて、判らなくなってる。
 多分、亜衣さんに向けて浮かべてるだろう俺の笑顔を自分で想像して、吐きそうな気分になった。

「うん、ほんとごめんね」

 心の中で、何かが軋むような音が響いた。

- 5 -

 その日の夜。
 いつもだったら、とっくに眠ってるはずの時間。
 でも、俺は気が付くと亜衣さんの部屋の前にいる。
 呼ばれて来たような、自分の意思で来たような、どこか曖昧で、でも躊躇いの無い行動。それは、亜衣さんとライフ=シェアリングをした事による弊害なんだろうか? どこかで、意思の疎通が出来るようになったとか、相手の気持ちが伝わってくるとかいう話を聞いた気がするし。

「・・・、・・・」

 扉の向こうから、漏れ聞こえてくる声。切なくて抑え切れない、哀切に満ちた声。
 何故かは判らない。けど、まるで亜衣さんの部屋の中と回線が繋がったみたいに、中で何が起こっているのか、亜衣さんが何をしているのか、伝わってきた。

「祐一郎さ・・・ん・・・う、・・・さみ・・・さみしい・・・よぉっ」

 泣きながら、亜衣さんがオナニーをしている。
 親父の・・・親父と亜衣さんの部屋で、親父の遺品に囲まれて。
 切なさに耐え切れず、自分を慰めている。
 どうにも止まらない自分への嫌悪と。
 本当なら自分を愛してくれただろう親父への思慕が。
 亜衣さんの中で歪に化学変化して、いた。
 本来なら、コワれた人形のように無反応な亜衣さんより、今の何かを求めている亜衣さんの方がよっぽどいいはずなのに、俺はなぜか喜べなかった。それどころか、またも心の中でざわつくものがあって、それを押さえるので精一杯なぐらいだった。

「んっ・・・ふ、うっ・・・んぅあ・・・っ・・・」

 まるで近くで見ているように、亜衣さんが達したのが判った。亜衣さんの身体が、仮の満足を得た事も。そして、亜衣さんの心がより絶望に沈んでいくのも。
 後に続くのは、声を出さないように苦労しながら、なお洩れる嗚咽の響きだった。俺は壁を殴りつけたい衝動と戦いながら、その場を後にした。
 だから、亜衣さんがいつまで泣いていたのか、知ることは無かった。
 違う。
 本当は、俺が、知りたくなかったんだ。

 ・
 ・
 ・

 俺は、部屋に戻るとノートPCを起動した。
 時間を潰すならネットサーフィンでいいし、大学の課題をやっておいてもいい。今のこのざらついた気分を和ませる為に音楽を聴いてもいいし、誰かと話したいならチャットだっていい。
 でも、何をする気にもならないまま、俺はスクリーンセイバーが画面上でランダムに図形を描くのを、見るともなしに眺めていた。
 俺を庇って一度死んだ亜衣さん。
 俺と亜衣さんを守って死んだ親父。
 なら、俺は何が出来るんだろう。何をしなくちゃならないんだろう。
 俺は眼を閉じる。
 判りきった事実から眼を背けるように。
 あまりにも簡単な事に、気付かないフリを続けられるように。

 ――俺は、グランツだ。

 でも。
 でも、と思わずにはいられなかった。
 亜衣さんにライフ=シェアリングを行った後、俺は親父の葬儀の疲れも忘れて、ひたすらネットでライフ=シェアリングの事を調べまくった。
 それまでいろいろと問題点がニュースで流れていた事もあって、正しい知識を得る必要を感じていたからだ。ただ、それは知らないほうが良かったんじゃないかっていう知識もあって、一時期酷く悩まされた訳だけれど。
 グランツは、アクセプツにとって神にも等しい存在になれるという事。
 それは酷く魅力的で、ただ俺にとっては自分が汚らわしい存在なんじゃないかと、落ち込ませるネタでもあった。
 亜衣さんを俺のものにする。
 身体だけじゃなくて、その心まで。
 ライフ=シェアリングなら、それが可能だ。

 ――やっちゃえよ。それが、亜衣さんの為でもある。

 心の声は、俺の下衆な逡巡を、正当で必然な事に塗り替えようとしている。
 だから、俺はいつだって行くか行かないかで悩み続けている。
 自分の尻尾を追いかけ続ける、間抜けな犬のように、いつまでも。くるくると。同じところで。

- 6 -

 そして、あれから2ヶ月が経とうとしていた。
 亜衣さんは、一時期よりも持ち直した、ように見えた。
 見えただけだ。
 多分、表情を明るく見せる、偽りの笑顔を浮かべられるようになっただけだ。
 そこに、目の輝きも、肌の艶も、親父の生前に浮かべていた笑顔も、ありはしない。
 まるでマネキンのように、笑みの形をトレースしただけの笑顔。
 痛々しくて、見ている俺の方が辛くなる。
 だから。
 だから今夜、俺が全ての罪を背負おう。
 亜衣さんの為、なんて言い訳はしない。
 俺が、俺の為に、自ら進んで罪を犯す。
 そう、決めた。

 ・
 ・
 ・

 夜の十時。亜衣さんはいつも、この時間には自室――親父と亜衣さんの部屋――に引きこもる。ドラマを見るでも無し、俺と話すでも無し、ただ親父との思い出に逃げ込む為だろうと思う。
 俺は、まるで他の存在の一切を拒むかのようなドアを前に、深呼吸した。これから行う事がどんなに罪深い事か、何度も何度も考えた。それでもするんだと、決意を固めた。

 ――俺が、亜衣さんを幸せにする。

 ただ、その為だけに。俺はドアをノックした。

「なぁに、祐介くん?」

 少しだけ間を置いて開かれたドアから、笑みを浮かべた亜衣さんが顔を出した。相変わらずのマネキンの笑みに、少し赤くなった目。ざり・・・と、心のどこかが歪な音を立てた気がした。

「亜衣さんは、親父の死で悲しむ必要は無いんだ。それを、伝えにね」

 俺の言葉に、亜衣さんは一瞬だけ顔を曇らせた。そして、それすらも嘘だったかのような笑顔で、「何のこと?わたし、もぉすっかり祐一郎さんを失った悲しみなんて、吹っ切ったんだから。日々これはっぴーなのよ」なんて、言う。

 それが本当の笑顔なら。その言葉が本心からのものなら。どんなに俺は喜んだだろう。でも、俺がグランツになったからなのか、それは嘘だと心に響く。
 だから――

「『親父の事で、もう悲しまなくていいんだよ、亜衣さん』」

 亜衣さんの心に、俺の欲望を注ぎ込む。
 親父と亜衣さんの絆を切り裂くように。

「あ・・・」

 亜衣さんは、茫然とした表情で、俺を見上げた。そして、悲しそうな笑顔を、ふ、と浮かべた。

「え?」

 ――悲しそうな、笑顔?

 俺の支配は、亜衣さんを悲しみから救うものじゃなかったのか?
 俺は、何を間違えた?

「ごめんね、わたし、嘘を言ってた。ほんとは・・・やっぱり悲しかったな。祐一郎さんは、わたしの旦那さんだったんだもの。でもね・・・でも、こんな風に悲しみが消えちゃうのって、まるでわたしの想いも消えちゃうみたいだよね。少しずつ時間をかけて・・・ううん、祐介くんはわたしを気遣ってくれたんだもの、感謝、しなくちゃね」

 それは、感謝できないって言ってるのと同じだった。
 俺が傷つかないように、やさしく、やわらかく、そして断固として、拒絶していた。
 ――俺を。

「今日はもう疲れたから、寝るね?」

 茫然とする俺の返事を待たずに、ドアを閉めようとする亜衣さん。どんな表情を浮かべているのか、見えているはずなのに、逆光で見えない。違う、俺が見たくないんだ。
 このままをドアを閉じられたら、もう二度と開かないような気が、した。
 親父への想いを強引に消された亜衣さんが、俺の前から消えてしまう様な、そんな急激な焦燥感が、俺を動かした。

「待ってよ、亜衣さん!俺、そんなつもりじゃ・・・」

 閉じる動きをドアは止めない。俺の言葉は亜衣さんには届かない。俺の想いは何も生み出さなかった。

「『俺を受け入れてよ!亜衣さん!』」

 そこまで言うつもりじゃなかったはずなのに、必死でつい口にしたのは、そんな支配の言葉。
 口にした瞬間に後悔したけれど、もう戻れない事は判ってた。
 ドアを閉じようとしていた亜衣さんが、不自然に動きを止めたから。
 キィ、とドアを開いて、亜衣さんはどこか戸惑うような表情で、俺を見上げる。それだけで俺は動けなくなる。

「祐介くん?」

 どこか茫とした表情で、亜衣さんが問うように俺の名前を呼んだ。
 反応出来ない俺に、亜衣さんはふっと微笑んだ。
 一歩だけ俺に近付いて。
 両手を俺の後頭部へ伸ばして。
 切ないほどに弱い力で、でも抗えない優しい力で、俺の頭を自らの胸へ導く。
 柔らかくて暖かいふくらみで、俺の頭を抱き締める。
 あまりの事に反応出来ない俺の耳元で、囁くように。

「うん・・・いいんだよ?」

 ――あぁ、俺は亜衣さんに、受け入れられたんだ・・・。

 喜びと、絶望の狭間で、俺はそう思った。
 亜衣さんが俺を受け入れるように、その心を変えてしまったんだ、と。

- 7 -

 亜衣さんの服を、震える手でゆっくりと剥いでいく。
 寝巻きだから上下一枚ずつに下着だけ。興奮しすぎて破いたりしないように気を付けながら、でもあらわになっていく肌の色に手が震える。キスしたりとか、愛撫したりとか、そんな余裕も無くて。

「あ、あせらなくても、わたしは逃げないからね」

 どこか余裕の無い、亜衣さんの声。
 俺を落ち着かせようとしてるのか、自分が落ち着く為なのか、どちらとも感じられた。俺を受け入れたとは言っても、羞恥心やその他諸々の感情はまた別という事だろうか。

「うん・・・優しく・・・するから・・・」

 興奮で声が掠れた。でも、がっつくのはみっともないという言葉を思い出して、なんとか落ち着こうとして・・・無理だと諦める。恋焦がれた亜衣さんの身体を目の前にして、自分が受け入れられている事が判っていて、落ち着くなんて無理だ。
 そして、ブラのホックは亜衣さんが自分で外したとか、パンツを脱がす時に俺の手が震えて恥ずかしかったとか、通過儀礼的なものをこなして今、亜衣さんの綺麗な裸を目の前にしている。

「あ・・・き・・・綺麗だ・・・」

 小ぶりだけど、横になっても形が良くて崩れない胸とか。
 薄い毛に彩られたアソコとか。
 全体的に滑らかで美しい曲線で描かれたスタイルとか。
 エロ本で見た、どんな女性の裸よりも、亜衣さんの裸は美しかった。

「嬉しいけど・・・そんなに見られると、恥ずかしいよ」

 亜衣さんが、胸とアソコを手で隠して、赤く染まった顔をぷい、と逸らせた。
 でも、そんな様子だって、亜衣さんを魅力的に見せるもので。

「見せて」

 俺の要望に、亜衣さんは羞恥に震えながら、それでも俺を受け入れているから全てを晒した。それどころか、俺の無意識の欲望を読み取ったかのように、左右の手で自らの秘所を開いて見せた。

「凄いよ・・・亜衣さん・・・」

 無修正動画とかで性器を見たことはあるけど、ぜんぜん違うと思った。食欲さえ湧き上がるくらいに、そのサーモンピンクの肉は、ひくひくと呼吸するみたいに蠢くそこは、美しかった。我慢しきれずに、俺はそこにむしゃぶりついた。

「やっ、ゆうすけくん、そこっ、きたな・・・あッ!」

 亜衣さんの身体がびくびくと暴れるけど、そんな事お構いなしに俺は亜衣さんを貪った。俺の為にあるような肉の穴は、舌を差し込むときゅっと締め付ける感覚を送ってくる。ずずずと音を立てて吸いたてると、亜衣さんが悲鳴を上げて仰け反る。まるで楽器みたいだと、興奮で茫とした頭の片隅で思った。

「亜衣さんのココ、不思議な味がする・・・」

 嫌な味では無くて、どことなくチーズっぽい感じ。
 時々クリトリスへの愛撫も含めて舐めていると、とろりと亜衣さんの中から汁が溢れた。

「は、はずかしいの・・・ひんっ・・・あっ・・・や・・・こんなの・・・んぅっ・・・」

 亜衣さんの身体が、俺の与える快感で踊る。否定のように聞こえる声すら、もっと刺激を欲しがる懇願のようで。

「ゆうすけく・・・も、もう・・・わらひぃ・・・」

 頭を上げて俺を見つめる亜衣さんの瞳は、泣いているみたいに潤んでて、光に反射してキラキラと輝いて見えた。気持ち良すぎて舌が回らないのか、まるで酔っ払ったみたいなふにゃふにゃな口調だった。
 だから、俺は誘われるように亜衣さんへの挿入を果たそうとして、自分がまだ服を脱いでもいない事に気が付いた。どれだけ余裕が無いんだと、恥ずかしさで死にそうになる。

「いくよ・・・亜衣さん。愛してる」

 俺も全裸になって、亜衣さんに覆い被さる。亜衣さんは俺の背中に手を回して、そっと目を閉じた。それは、俺に全てを任せるという、亜衣さんの意思に思えた。
 俺のモノを亜衣さんのそこにこすり付けると、濡れた粘膜同士の接触に、ぬちょともくちゅともつかない音が、部屋の中に響く。俺は腰を進めた。

「ぐぅっ」

 無意識の内に、俺の口から呻き声が洩れた。
 亜衣さんのそこは滴るほどに潤っているのに、入り口は酷く硬かった。それはまるで、俺の侵入を阻んでいるようにすら思えるくらいだった。亜衣さんは苦痛を感じたのか、「んんっ、う、んぅ」と苦痛の呻きを洩らしている。

「亜衣さん、『これからの俺との行為で苦痛は感じない。むしろ、ものすごく気持ち良くなるんだ』」

 だから俺は何も考えずに、亜衣さんが気持ちよくなるように、支配の力を使っていた。ただ、それは『俺自身が』怖かったからやっただけだと、後になって思った。亜衣さんが俺を受け入れてくれてても、俺が亜衣さんに与えられるのが苦痛だけだと、そんな恐ろしい事は許しがたかったからだと、思った。
 そして、俺が何を思っていたかなどに関係無く、俺に支配された亜衣さんが受け取る感覚は劇的に変化する。

「あっ!な、なにっ!?知らない、こんなの、しらな、ひぅっ!!」

 快楽――恐らくは初めて味わうほどの――に、亜衣さんの表情が困惑を含んで蕩けた。悲鳴は悦楽色で甘く、さっきの苦痛は欠片ほども見当たらない。俺は亜衣さんの反応に射精寸前まで昂ぶって、その勢いのままに亜衣さんの中、一番奥まで一気に突き入れた。途中でぶち、ともみぢ、ともつかない音が聞こえた気がした。

「ひっ、あ゛ーっ!」

 亜衣さんが突然上げた声は、ただの快感によるものとは思えなかった。俺は思わず亜衣さんの顔を見ると、亜衣さんは少しだけ咎めるような表情で俺を見上げながら、一筋の涙を流していた。

「もぉ・・・ゆうすけくん、わたし初めてだったんだよ・・・。女の子は、やさしくしなくちゃ、だめよ」

 例え苦痛を感じないようにしていたとしても、処女喪失の痛みはそれを上回るものだったのか・・・それとも、特別なものだからなのか、俺には判らなかった。ただ、その言葉の意味がじわじわと浸透してきて、俺は動揺を隠せなかった。

「・・・だって亜衣さん、親父とは・・・?」

 ――親父と結婚して、2年は経ってたってのに、亜衣さんが処女?そんな事があるはずが・・・

「だって祐一郎さん、遠慮してたんですもの・・・」

 誰に、とか。
 何で、とか。
 そんなの、聞けるはずも無くて。
 ただ、亜衣さんの初めての相手は俺だっていう喜びと。
 取り戻しようもない物を、奪ってしまった罪悪感とが。
 俺の中でぐちゃぐちゃと混ざり合っていた。

「・・・やさしく、するよ」

 俺の言葉に、亜衣さんは「うん」と小さく頷いた。
 俺は右手を伸ばして、亜衣さんの左の胸に触れる。女性の胸を愛撫目的で触れるのは、実はこれが初めてだ。だから、力をどれくらいまで入れていいのか判らずに、取り敢えずという事でさするように全体に触れる。

「んっ、ふぅっ」

 亜衣さんが、堪え切れないという感じに呼気を漏らした。思わず顔を見詰めると、恥ずかしそうに赤く染まった顔を逸らした。

「亜衣さん、いま気持ちよ・・・」
「お、おんなのこに、そんなの聞いちゃだめっ」

 質問は最後まで言わせて貰えず、でもその反応がちゃんと気持ち良かったんだと知らせてくれていた。
 ただ、処女喪失の時もそうだったけど、いまいち支配の言葉が機能してないように感じる。今も、俺を受け入れてくれてるなら、途中で言葉を遮るなんてするだろうか。俺は少しだけ逡巡し、それから行為を続ける事を選択した。ものが亜衣さんの心に関わるもので、安易に試してみて良いものではないはずだから。

「・・・んぅ・・・は、ぁ・・・」

 考え事に没頭していたせいか、暫く茫としていると、亜衣さんの様子が変わってきている事に気が付いた。なんていうか、切なそうな感じに涙を浮かべた目で俺を見上げながら、もぞもぞと動いているみたいな。
 なんか、息を荒げているみたいな。

「亜衣・・・さん・・・?」

 俺が亜衣さんを見詰め返すと、亜衣さんは一瞬視線を逸らしてから、意を決したようにまた視線を合わせた。それは、言いたく無い事だけど、言わずにはいられない・・・そんな切羽詰った想いに見えた。

「ぅ・・・て、ほしいの・・・」

 小さ過ぎる声で一瞬聞こえなかったけど、ふいに亜衣さんが何を言おうとしたのか、なんとなく理解した。それは、きっと亜衣さんの中が俺のモノの形に慣れて、もっと刺激が欲しくなった、という事なんだと思う。

「動くよ、亜衣さん」

 俺の言葉に、どことなく嬉しそうに微笑んで、亜衣さんは頷いた。俺は亜衣さんの胸に置いたままの指で乳首を優しく転がしながら、腰の動きを再開した。とは言え、経験が無いので抜けないように、ぎこちない動きだったけれど。

「ふっ・・・んっ・・・アッ・・・あんっ・・・」

 俺のモノが亜衣さんの中を擦り上げる度に、控えめな喘ぎが亜衣さんの口から漏れる。ただ、それはAVみたいな激しいものではなく、その分生々しく感じられた。俺が亜衣さんの顔に見蕩れているのに気が付いて、亜衣さんは顔を背けながら口を手のひらで押さえた。見てるだけでも息苦しそうなのに、それほど声を聞かれるのが恥ずかしいんだろうか。

「亜衣さん、『今から亜衣さんの口は、思った事をそのまま喋ってしまう。隠し事は出来ない』」

 親父にだったら、恥ずかしい喘ぎを、どんな風に感じるのかを、隠すことなく口にしたんじゃないか、そう思った瞬間、俺は亜衣さんに支配の言葉を放っていた。それは、俺が聞きたいというだけの、亜衣さんの事など考えていない身勝手な命令だった。

「やっ!ゆうすっ・・・は、はずかし、んあっ!」

 自分に掛けられた支配に、亜衣さんは驚いて目を見開いた。けど、俺はもう止まらない。今まで以上に強く、亜衣さんの中に深く入るよう、腰を動かした。

「どう、亜衣さん? どんな感じ?」

 亜衣さんは自分の口を手で押さえようとして、手が途中までしか上がらない事に気が付いて、焦ったような表情を浮かべた。手で口を押さえるのは、隠し事になるから出来ないんだろう。そして、亜衣さんの口は亜衣さんの心を曝け出す。

「お、おま○このなか、あっ、ゆうすけくんの、おちん○んが、こす、て、じんじん、あんっ、す、するのっ。なに、も・・・かんがえ、られ、んぅっ、きも・・・きもち、いいっ!」

 気を良くした俺は、胸を少し強めに揉んだ。胸の形が俺の手に従って絞られ、硬く屹立した乳首がいっそう強調される。人差し指で乳首を軽く弾いたり、押し潰したりして、その感触を楽しんだ。

「ああっ!おっぱい、いいっ!ちくび、いいぃぃっ!」

 自分で自分の感じている快感を言う事で、亜衣さんは異様なほどの興奮を得ているみたいだった。いやらしい気持ちを口にしながら、さっきよりも蕩けた表情で悦んでいる。亜衣さんのあそこはいやらしい汁でトロトロになって、いやらしい言葉を口にする毎に俺のモノをきゅっきゅっと締めつける。

「ひぃ、んっ・・・おくぅ・・・あたってるぅ・・・わらひのらいじなとこぉ・・・つんつん、されちゃ、ぁうんっ!」

 亜衣さんは俺にしがみついてきて、自分でも腰を蠢かし始めた。俺のモノが亜衣さんの中のいろいろな場所に当たり、その都度亜衣さんがびくっと震えたり、背中に回した手に力が入ったり、もの凄く敏感に反応している。途切れる事の無い嬌声で、開きっ放しになった口の端から涎が滴る。今の亜衣さんは、その全てがいやらしくて、とても綺麗だった。

「すごいのっ、すごいの、きちゃうぅっ!ひっ、あんっ!あっ、こんなの、じぶんじゃこないのっ、きもちよくて、んぅっ!あっ、あ゛っ、おかしくぅ、なっちゃ、うんっ!」

 快楽に歪んで、でも凄く綺麗な亜衣さんの顔。涙や涎が頬を伝っていても、それすらも綺麗だった。
 亜衣さんの中がさっきよりもきつく、断続的に収縮する。俺も、自分がもう我慢出来ない領域まで来てるのを自覚する。

「亜衣さん、イクよ!俺も、イクよ!!」

 もう胸を弄ぶ余裕も無くて、俺は両手を床に突いて身体を支えながら、亜衣さんに腰を打ち付ける事に専念する。

「きてっ、ゆうすけく、んっ・・・わたひのなかに、ぜんぶ・・・きてっ!あっ、あああっ!あ゛ーっ!!」

 亜衣さんがイった瞬間、俺も我慢の限界を突破した。まるで腰の後ろ側が蕩けたみたいになって、精液が何度もびゅくびゅくと亜衣さんの中に打ち出される。

「あっ、あつっ!やんっ、おま○こ、とけちゃ、とけちゃうっ!ああああっ!!」

 亜衣さんの身体が仰け反って、でも腕や足は俺を離すまいと絡み付く。たまらない快感だった。こんなに気持ちいい射精は、いままで生きてきた記憶に無い。俺は、意識が無くなりそうな程の快楽の中、亜衣さんと密着してその暖かさを味わった。

 ・
 ・
 ・

「わたし、祐一郎さんの奥さんなのに、祐介くんとしちゃって、酷い女だよね」

 一通り終わった後に身体を休めていて、亜衣さんが自嘲気味に呟いたのは、そんな言葉だった。
 俺を受け入れてくれて、これから二人で幸せになるんだって思ってた俺を、奈落の底に叩き落すような、そんな言葉だった。
 それこそ酷い言葉だと、思わず思ってしまうような。

「そんな事無い!それは俺が・・・」

 悲しそうに俺に顔を向けて、亜衣さんはゆっくりと首を振った。俺は、まるで亜衣さんから拒絶されたような気がして、目の前が真っ暗になったような錯覚に陥った。

「それに、祐一郎さんの死に悲しむ事もできなくなって。わたし、本当に酷い・・・」

 亜衣さんは、俺とセックスした事を後悔しているかのように。
 顔を手で覆って、悲しそうに呟いた。
 そんな事、あるはずが無いのに。
 俺を受け入れるよう、支配された亜衣さんにそんな事が出来るはずが無いのに。

 ――あぁ、亜衣さんの中に親父がいるから、だからそんな事を言うんだ・・・。

 そして俺は。
 親父を、もう一度殺した。
 今度は、俺自身の意思で。
 親父を、殺した。

- Epilogue -

 亜衣さんから、親父の記憶を消した。
 正確には、親父と結婚していたという記憶を。その想いを。
 殺して、殺して、殺して、殺し尽くした。
 なのに、仏間にふと入って、亜衣さんは親父の遺影を見詰めていたりする。
 まるで、気になって仕方のない誰かを見詰めるような。
 なんで、目が離せないのか判らないのにって。
 そんな瞳で。

「亜衣さん」

 俺が呼びかけると、嬉しそうな表情で振り返る。
 俺に向かってとてとてと近付いて。
 俺の心臓の鼓動を確かめるように抱きついて。
 俺の胸に頭を預けて。
 俺に甘えるように、ぎゅっと抱きしめて。

「なぁに、祐介くん?」

 笑顔で、俺を見上げる。
 これが、生きて、動いて、話して、笑って、抱きついて、手を握って、俺の事を大好きでいてくれる・・・俺の罪のカタチ。
 消しきれない親父への想いの嫉妬から、亜衣さんの中の親父を殺して――亜衣さんの人格を否定してしまった結果、生まれ変わった亜衣さん。それでも、親父の事が心のどこかで生きていて。
 結局、俺がしたことはなんだったんだろう。
 亜衣さんから、親父を2度も奪っておいて。
 でも。
 だからこそ。

「天気もいいし、ちょっとデートしようか?」

 俺の言葉に、亜衣さんのカタチをした俺の罪が、幸せそうに微笑む。

「うん、行こっ!誘ってくれてありがとう、祐介くん!」

 俺は亜衣さんのカタチをした罪に微笑みかける。
 せめて、カタチだけでも亜衣さんが幸せでいられるよう、願わずにはいられない。
 俺が出来る事は、その程度しか無いのだから。

 俺は、もう取り戻せない、大事な亜衣さんの記憶を胸に。
 いつまでも、罪を贖い続けるだろう。
 死が、二人を別つまで――

< おわり >

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