ライフ=シェアリング 毅と雪穂

- 序 -

 ライフ=シェアリングとは、死すべき身体を、命を、心を、グランツ(与える者)が、アクセプツ(受諾する者)に命を分け与える事で繋ぎ止める技術を言う。
 それは、素晴らしい技術のように思える。しかし、弊害が無い訳ではない。
 ライフ=シェアリングは、グランツがアクセプツの心を、身体を、支配する事が出来るようになってしまうからだ。
 それは、脅迫というレベルでは無く、文字通り相手を支配する事が可能になるという事だ。
 また、グランツが死ぬ時、アクセプツも死んでしまう。
 それ故に、ライフ=シェアリングは廃れていくのも必然だったのかも知れない。

 ――あなたは、大事な人が死にそうな時、ライフ=シェアリングしますか?

- 1 -

 あの時の記憶は、悲鳴と、泣き声と、呻き声。
 今から数年前、中学校の修学旅行で、僕たちは事故にあった。
 きっかけは、些細な事。
 反対車線の乗用車が、運転中に携帯電話をいじっていて、カーブを曲がりきれなかっただけ。
 ただ、運が悪かったのは、その車が山側の壁でバウンドして、僕たちのバスに当たった事。
 そして、バスがガードレールを突き抜けて、数メートル下の砂浜に落ちてしまった事。
 近くに海の家があって通報が早かったり、海に遊びに来ていた人たちが助けてくれたりという事もあって、僕たちはすぐに横転したバスから救助された。
 でも、無事なヤツなんて、誰一人としていない。
 例え砂浜がクッションの役をしてくれたからって、バスの中でシェイクされた僕たちは、怪我だらけだった。
 雪穂は、そんな僕らの中で、一番の大怪我だった。

「雪穂!雪穂っ!」

 僕の腕の中で、雪穂が浅い呼吸を繰り返している。
 映画で見た、死ぬ寸前の人みたいだと一瞬思って、次の瞬間にはそんな不吉な事を考えた自分を、縊り殺したいと思った。

「つ・・・つよし・・・ちゃ・・・ん?」

 雪穂の頭からは、血がだらだらと流れている。
 ひどい、冗談みたいだ。

「ここだよ・・・ここにいる・・・雪穂・・・」

 何かを探すみたいにふらふらと持ち上げられた雪穂の手を、ぎゅっと握る。
 雪穂の顔が、少しだけ安らいだみたいだった。

「よか・・・た・・・ここ・・・くらくて・・・つよしちゃ・・・みえない・・・か・・・ら・・・」

 開かれた目は、何も映していない。
 晴れ渡った空も、こんなに近くにいる、僕の顔だって。

「大丈夫・・・大丈夫だから・・・っ」

 声がかすれる。
 声がふるえる。
 嫌な予感だけが、どんどんと膨らんで。

「・・・」

 震える雪穂の唇から、小さな声が漏れた気がした。
 細い雪穂の身体から、力が抜けて。

「う・・・」

 虚ろに開かれた目から、光が消えて。

「うそだ・・・」

 否定しても、判る。
 判って、しまう。
 抜けたのは、消えたのは、雪穂の命だ。
 大事な幼馴染の、雪穂の命だ。
 頭の中が、真っ白になった。
 人は、本当に悲しい時、声も出せなくなるって、その時初めて知った。
 でも――

「待ってて・・・雪穂・・・」

 僕は、雪穂をそっと砂浜に下ろして、立ち上がった。
 眼鏡を上げて、涙を乱暴に袖でぬぐう。
 さっきからずっと考えていた事。それを実行するために。

 ――ライフ=シェアリング

 公共の場所や、人が多く集まる施設などは、もしもの時の場合に備えて、ライフ=シェアリングの機械を置いておく事が義務付けられている。
 例えば、目の前にある海の家とかにも。
 僕は、痛む足を引きずるようにして走った。
 どんなに足が痛んだって、関係なかった。雪穂を失う方が、ずっとずっと苦しいって判ってた。
 生まれた時から、ずっと一緒だった。
 家も隣で、生まれた日もたったの数日違いで。
 僕の傍に雪穂がいるのは、当たり前の事なんだってずっと思ってた。
 これからも、ずっと一緒なんだって思ってた。
 だから――

 店の人は、救助に出かけているんだろうか。無人の海の家の中で、それはあっさりと見つかった。
 手のひらに乗るぐらいの小さな機械。小さなイラストと文字で、使い方が書いてある。それと、赤いボタンが一つ。

 『サイドからリングを引き出し、命を与える人は青のリングを、与えられる人は赤のリングを、左手の小指に装着して下さい。小指が無い場合は、別の部位でも構いません。その後、本体の赤いボタンを押して下さい。』

 書いてあったのは、たったのそれだけ。
 これで雪穂が助かるのか、ひどく不安にさせられた。
 けど、僕には他に選択肢なんて無い。唯一の希望は、この手の中の小さな機械だけ。
 僕は、雪穂のところへと戻った。

 誰も気付いてないのか、雪穂はさっき僕が下ろしたままの姿勢で、静かに横たわっていた。
 僕は、雪穂の左側に座った。
 左手をとって、赤いリングを小指にはめる。
 僕の左手には、青いリング。
 伸縮性のあるリングは、少しきつく、しっかりと僕たちを繋いだ。

「いま、助けるから・・・雪穂・・・」

 ボタンを押す事を、一瞬だって迷わなかった。
 ライフ=シェアリングが、今はほとんど行われない理由は知ってる。
 でも、そんな事、関係無かった。
 いちばん大切なのは、雪穂だから。

 ヴイィ・・・ン。

 小さく振動するような音がした。
 ライフ=シェアリングの機械から、淡い光が漏れていた。

「え・・・?」

 リングをはめた小指から、何かが抜けて・・・吸い取られていく、感じがした。
 採血の時の感じによく似てるけど、それよりももっと胸の奥がきゅーっとする感じ。疲れるとか、痛いとかとは違うけど、なんだか変な感じ。

「あ・・・」

 なんて言ったらいいんだろう。今、僕の命と雪穂が繋がったって、判った。
 僕の命がどんどん雪穂の中に注がれていく。
 死んでいた雪穂の身体が、少しずつ生き返っていく。
 説明出来ないけど、それが判った。

「雪穂・・・帰ってきてよ・・・僕は、ここだよ・・・」

 ライフ=シェアリングの機械が、爆発するみたいに光を放った。
 これでいい。
 遠ざかる意識で、僕はそう思った。
 これで雪穂は生き返る、それが判ったから。

 その時は、それで全てが上手く行くと、僕はそう思っていたんだ――

- 2 -

 あれから数年。僕と雪穂は同じ高校に進学していた。今は、高校2年生。
 あの時は、変わらずにずっと続くと思っていた僕たちの関係は、今は酷く変わってしまった。
 雪穂の顔から、笑みが消えた。
 理由なんて判らない。
 ただ、僕から離れる事も無く、けれど笑みを浮かべる事の無い雪穂は、酷く僕を苛立たせる存在に変わった。
 そして今日も――

「おじゃまします・・・」

 俯きながら、雪穂は僕の部屋に入ってきた。
 いつものように、暗い表情で。
 可愛いというよりも儚げで綺麗な顔は、こういう表情だと陰気でしょうがない。別に、学校でもこうという訳じゃない。僕と二人っきりの時、こうなるというだけで。
 僕の苛立ちを感じているのか、それきり動こうとしない。
 僕は勉強机に座ったまま、立ち尽くす雪穂を見た。背がそれほど高くない雪穂は、僕が椅子に座ったままでも、そんなに見上げなくても顔を見る事が出来る。けど、雪穂は下を見詰めていて、僕とは視線を合わせない。

「いつまでそうしている気だよ」

 吐き出すような僕の声に、雪穂はびくっと身体を震わせた。
 雪穂は小さく「はい・・・」と答えたけど、それでも動かない。
 僕は溜息を一つ吐いた。

「じゃあいいよ・・・。陰気なのは滅入るからさ、『笑えよ』」

 僕は、支配する意思を込めて言った。

「うふふっ」

 僕の支配を受けて、雪穂が笑った。けど、それは昔の・・・輝くような笑みじゃなかった。粘土をそういう形に歪めたような、醜悪な笑み。
 笑い続ける雪穂とは裏腹に、僕の苛立ちは増した。
 こんな笑みが見たい訳じゃないのに。

「もういい。『服を全部脱げよ』」

 一瞬で暗い顔に戻った雪穂が、一層表情を翳らせた。でも、僕の支配の言葉には逆らえない。雪穂の手は、指は、ゆっくりとセーラー服を脱がせ始めた。雪穂に唯一できた事は、僕に背を向ける事ぐらいだった。小さな背中は、僕を拒絶するみたいに震えてた。

 支配――それは、ライフ=シェアリングをした人間――グランツ――と受けた人間――アクセプツ――の間に発生する、弊害の一つ。
 もちろん、何の気無しに言った言葉は、アクセプツに対する支配の力は持たない。つまり、意識しなければ普通の生活に問題は無い。
 けれど、逆に言えば、支配の意思を持って言えば、アクセプツは逆らえない。
 その身体の動きも。
 身体の感覚も。
 心のありようでさえ。
 いいようにされてしまう。
 だから、本来ライフ=シェアリングは、恋人や夫婦や家族などの、信頼関係の間柄でしか、行われない。
 何しろ、グランツもライフ=シェアリングをする事で寿命を削られてしまうし、グランツが死ねばアクセプツも死んでしまう。そんなリスクを背負ってまで、ただの知り合い同士では行われない。
 何よりも美しいはずの献身は、何よりも醜い関係を生み出す原因でもあった。

 しっかりした性格の雪穂は、脱いだセーラー服を畳んで重ねた。薄くて可愛らしいキャミソールも、靴下も、下着も、一箇所に纏められた。腰まであるさらさらな髪が、雪穂の透き通るみたいな白い肌を隠すのは、何度見ても綺麗で、扇情的だった。

「『身体を隠さずに、こっちを向いて脚を広げるんだ』」
「・・・はぃ・・・」

 雪穂は手を身体に沿ってだらんと垂らしながら、僕に向き合った。脚は肩幅ぐらいに開かれている。
 羞恥心で顔を真っ赤にした雪穂は、目の端に涙の珠を浮かべている。もう何度も全てを見ているというのに、雪穂は慣れるという事が無い。

「そんなに嫌なら、仕方が無いな・・・気持ち良くして上げるよ。『この間のえっちの快感が、身体に戻ってくる』」
「ひ、あああっ」

 雪穂は姿勢はそのままに、全身を羞恥と快感に赤く染めた。
 あっという間に、雪穂の脚の付け根から、快感を示す愛液が溢れ、脚を伝って床を汚した。

「あっ、あっ、つよしちゃ・・・あっ、す、すごっ、ひあ、ああんっ」

 息を荒げながら、雪穂は快楽に飲み込まれる。
 グランツである僕は、雪穂に対してどんな事だって出来る。
 アクセプツである雪穂は、僕から与えられる支配を、快楽を、ただ受諾するだけだ。

「ひゃふ、はっ、ああっ、んくぅっ、あ、はんっ!」

 雪穂は快楽を身体の外に逃がそうとする見たいに、くねくねと身体を揺する。隠すなという命令が聞いている為か、自分の身体を抱きしめる腕は、胸を押し上げるような位置にあった。張りがあって僕の手のひらに収まらない大きさの雪穂の胸は、身体がくねる度にふにふにと形を変えて、硬く屹立した乳首が触って欲しそうに僕を誘う。

「つよっ、つよしちゃっ、あっ、わたっ、わたしっ、ひっ、あひっ、アッ、んぅっ」

 絶頂が近いんだろう。雪穂の喘ぎは、高く、速くなる。雪穂は真珠のような涙を浮かべながら、すがるように僕を見た。
 でも、終わらせない。
 僕が苛立ちを解消できるのは、こうして雪穂を快感で躍らせてる時ぐらいなんだから。
 事実、僕は無意識のうちに笑みを浮かべて、雪穂を見詰め返してた。

「やっ、あっ、だ、だめっ、い、いっちゃ、いっちゃうぅっ!!」

 雪穂が顔を快楽に歪めて、僕に訴えかける。
 まるで、イキたくないかのような、切なそうな瞳。
 そんなの、知らない。
 僕の、知った事じゃない。
 いいよ、イケよ。

「アーッ!い、いいいくっ、いく、いくぅうっ!!」

 ビクン、と身体を仰け反らせて、雪穂が絶頂に達する。
 絶頂が何度も繰り返されているのか、その都度びくっ、びくっと身体が震える。
 でも、先ほどの命令のせいで、雪穂は倒れる事もできないまま、ゆらゆらと立っている。顔は涙と涎で汚れていて、身体は汗を噴いている。淡い陰毛の下、雪穂のひくひくと震える秘所からは、白濁した愛液が糸を引いて垂れている。
 酷く、いやらしい姿だった。
 絶頂の余韻で蕩けた笑みを浮かべているような表情は、僕をすっきりさせてくれる。床が汚れるのくらい、どうってことないくらいだ。
 僕は、立ち上がると服を脱いだ。雪穂と違って、畳む事もせずに机の上に重ねていく。全裸になると、ベッドの端に腰掛けた。脚を開くと、勃起した僕のモノが、先走り液で濡れながら上を向いた。

「雪穂、『こっちに来て僕のを気持ち良くするんだ』」

 僕の命令に、雪穂は深くイキすぎた後の気だるげな様子で、「・・・はい・・・」と小さく答えて近付いてきた。
 僕の足の間でちょこんと跪く。
 そこでやっと意識が復活したのか、目の前にある僕のモノに目の焦点を合わせて、一瞬でボッと音がしそうなほど、顔を赤くした。

「もう、何度も見てるだろう。そんなに嫌なの?」

 答えは判ってるのに、僕はいじめるように言う。
 雪穂は恥ずかしそうに、顔を俯けた。

「だって・・・つよしちゃんの・・・すごいことになってるの・・・」

 今にも雪穂の頭から、湯気が出そうだ。
 これもまた、僕の苛立ちを解消してくれるイベントだ。
 この言葉が聞きたくて、毎回フェラさせているぐらいだ。
 でも、恥ずかしげな雪穂の様子とは裏腹に、雪穂の両手は止まらない。
 右手は僕のサオを、左手は玉を、強すぎず弱すぎず、絶妙な力加減で包み込む。雪穂は握った瞬間、身体を硬くさせた。

「あの・・・する、ね?・・・あむ、ん、ちゅぴ、ちゅっ」

 先端を包み込む、ねっとりとした粘膜の感触。
 興奮した身体の熱さ。
 纏わり付く舌のやわらかさ。
 それらが渾然一体となって、僕の快楽中枢を刺激する。

「んっ、んふっ、んっ、うちゅっ、んぅっ」

 始めれば、雪穂は僕の教え込んだ動きを繰り返す。
 それは、単調にならないようにいろいろなパターンが組み込まれた、そこらの経験が無い男なら、30秒ともたない程のテクニックだ。
 でも、雪穂が経験を積んで上手くなったというのなら、僕も同じだけの経験を積んで耐久力をつけている。気持ち良くても、それに流されずに、愉しめるようになっていた。

「もういいよ」

 僕はそう言って雪穂の肩を押した。
 口が開いたまま、舌が覗いたままのだらしない顔で、雪穂は顔を離した。フェラチオで興奮したのか、虚ろでいやらしい表情を浮かべている。
 僕はコンドームを装着すると、ベッドに横たわった。

「雪穂、『自分から上に跨って入れるんだ』」

 同じ姿勢のままで茫としている雪穂に、上に来るように命令すると、雪穂はのろのろと立ち上がる。僕のモノの上で膝立ちになると、ゆっくりと腰を下ろした。

「んっ、あっ、は、はいって、くるぅっ」

 僕のモノが、雪穂の中に埋まっていく。
 溢れる愛液でねちょねちょとした、何度しても狭い膣の中に。
 雪穂は僕の全てを受け入れると、ぺたんと僕の上に腰を下ろして、「はぁー」と喘いだ。僕の位置からは、結合部や、その上で顔を覗かせたクリトリスが良く見える。

「じゃあ、『腰を前後左右に揺すって、僕がイクまでずっと続けるんだ』」

 これは、実は結構酷い命令だ。
 雪穂は、もう膣内の快感でイケるようになっていて、しかも結構イキやすい体質らしい。少なくとも、僕がイクまでに3,4回はイク。で、命令のせいで、イッても身体は休む事なく動き続けるという訳で。

「ひああっ!」

 雪穂が腰をぐりぐりと動かして、その快感で悲鳴を上げた。
 こういう上下運動が無いやり方だと、雪穂は膣の中のあちこちを擦られて、酷く感じるようだった。

「いやっ、これっ、これぇっ、こ、こすれ、ひあっ、あーっ、くぅん、あっ、ああぁああっ!」

 びくん、と身体が仰け反る。早くも、絶頂を迎えたらしい。でも、支配された身体は止まらない。まるで恥骨同士を擦り合わせるように、雪穂はいやらしく腰を蠢かす。

「とっ、とまらなっ、ひっ!あ、あひっ、はっ、あくっ、あ、ああっ」

 雪穂が揺れる度に、腰まである雪穂の髪が踊る。
 大き過ぎず、小さ過ぎず、僕の好みの大きさの胸も、雪穂の踊りに合わせてふるふると揺れる。

「あっ、えっ?ま、またっ・・・また、き、きちゃっ!あっ」

 雪穂の中が、痙攣したみたいになって、僕のモノを締め上げる。
 きゅうっと吸い込むような感じがして、降りてきた子宮が僕の先端にキスをする。どうやら、絶頂が近いみたいだ。

「ひんっ、だめ、だめぇっ、もう、本当にっ、だ、だめっ、ア、あああっ!」

 ガクガクと震える身体。汗にまみれて、きらきらと輝いて。
 あぁ、本当に綺麗だ。
 雪穂に見とれながら、もうそろそろ、僕もイキそうになっていた。

「ああっ!すご、すごいのっ!、こっ、こわ、こわれるっ、こわれちゃっ、ひうっ、あ、んっ!」

 腰を動かし続ける雪穂に、ちょっとしたプレゼント。
 僕は両手を伸ばして、雪穂の胸を掴んだ。
 左手は指の間に大きく硬くなった乳首を挟んで。
 右手は、胸を押し上げながら、人差し指と親指で乳首を摘んで。
 ふにふにと、胸を揉む。
 快楽を与えるつもりの手のひらが、逆に快楽を感じてしまう。
 それほどまでにやわらかくて、すべすべとして、手のひらに吸い付くような雪穂の双丘。

「ひあっ、いいっ!むね、い、いいのっ!つよしちゃんっ!あっ、イイぃっ!」

 途端に跳ね上がる、雪穂の喘ぎ声。
 僕の絶頂が近いと判ったのか、腰の動きは激しさを増す。
 きゅきゅっと僕のモノを締め上げる膣内は、一緒にイッて欲しいとねだっているようだった。

「もう、イクよ。雪穂の中で、イクからっ」

 僕が快楽でかすれた声を出すと、雪穂は何度も頷いた。それから雪穂はきゅっと目を閉じて、繋がった場所から溢れる快感に集中する。

「あっ、はっ、んくっ、つよしちゃ、つよしちゃんっ、イク、わらひっ、もぉイク、イクのっ、い、イクぅううっ!」
「んっ!」

 ほとんど同時に、僕もコンドームの中に精液を吐き出す。それはきっと雪穂も感じているはずで。

「あっ、出てるっ、でてるぅっ!つよしちゃんのっ、でて、あっ、また、またっ、きちゃうのっ、あ、ああっ、あああーっ!」

 身体を痙攣させて、雪穂は連続で絶頂に達する。
 それから、暫くの硬直の後、逆に身体が弛緩したみたいになってとさっと僕の横に倒れた。ベッドが雪穂を優しく受け止めるのを見てから、僕はセックスの疲れで茫と微睡んだ。

 それほど長い時間を掛けず、僕は目を覚ました。もう雪穂は起きていて、部屋の片隅で身繕いをしていた。
 僕に背を向けて。
 静かに。
 本当に静かに、啜り泣きながら。

「雪穂・・・」

 僕が声を掛けると、雪穂の背中が震えた。
 それは、怯えている小動物みたいだった。

「ごめんなさい、つよしちゃん・・・今日はもう、帰るね・・・」
「あ・・・ああ・・・」

 僕の返事を聞くと、雪穂はコクンと頷いて、部屋を出て行った。
 最後まで、僕の方を見ないままで。
 いつもの事とはいえ、酷く腹立たしかった。

「くそ・・・くそっ」

 そして、僕の中の苛立ちは、また蓄積していく。

- 3 -

 とある日の昼休み。
 僕は先生に言われて、教材室へと向かっていた。
 力仕事とは言え二人も必要な荷物じゃないし、僕は一人でゆっくりと歩いていた。
 教材室は、校舎二階の端にあって、裏庭を見下ろせる廊下に面していた。
 だから、雪穂の声が聞こえてきたのは、必然だった。
 僕は、開いた窓に近付いて、そっと裏庭を見下ろした。
 そこに居たのは、雪穂ともう一人。同じクラスの田中だった。

「岬さん、どうしてだよ!?田島とは付き合ってないんだろう?」

 突然聞こえてきた僕の名前に、心臓がどきどきした。

「うん、そうなんだけど・・・ごめんなさい・・・」

 申し訳なさそうに言う雪穂に、田中は納得のいかない顔をしている。
 雪穂は、もてる。
 可愛いというよりも、守ってあげたくなるような綺麗な顔といい、全体的に細めだけどスタイルの良い身体といい、もてなかったらそっちの方が嘘だと思う。
 思いは、するのだけど。

「あいつと、ライフ=シェアリングしてるからか?」

 その単語に、僕と雪穂は同時にビクッとした。
 秘密という訳じゃないけど、わざわざ広めるような事でもない。
 クラスの中で、知っているやつがいるとは思わなかった。

「岬さんと同じ中学のヤツがいてさ、ソイツから聞いたんだよ。でも、だからって岬さんは田島のものじゃない。岬さんは岬さんのものなんだよ!」
「・・・」

 俯いて、黙り込む雪穂。
 僕は胸の中の苛立ちを覚えながら、最後まで見る勇気も持てずに、その場を立ち去った。

 部屋の中に入ってきた雪穂は、僕の顔を見るなり挨拶も忘れて凍りついた。
 いつもの苛立ちよりも、もっと攻撃的で、もっとムカついている僕の心を読み取ったかのように。

「ドア、閉めなよ」

 僕の声は、自分で思っていたよりもずっと低かった。
 ぐつぐつと熱く煮えたぎる、僕の内心を示すみたいだった。

「は・・・はい・・・」

 雪穂は急いでドアを閉めると、僕の方に振り向いた。その綺麗に整った顔に浮かんでいるのは、訝しげな表情。いつもの暗い様子じゃなかった。
 でも、それが田中に告白されて、雪穂の気分が上向きになったんだったら――そう考えた途端、僕の中の何かが爆発したみたいに感じられた。
 許さない。
 許せない。
 そんな言葉が、頭の中をぐるぐると巡る。

「あの・・・つよしちゃん、どうしたの・・・?」

 あの雪穂が自分から僕に問い掛けて来る、いつもと違う積極性すら、今の僕には腹立たしい。

「田中と、付き合うのか?」

 言われて雪穂は、きょとんとした顔で僕を見詰め返す。「え?」という無意識の疑問が、雪穂の唇から漏れた。

「知ってるんだ!雪穂が田中に告白された事!付き合うのかよ!?」

 僕は立ち上がって、雪穂に詰め寄った。
 気圧されたみたいに後ろに下がった雪穂を、ドアと僕の間で逃がさないように挟み込んで、僕は雪穂を見下ろした。

「雪穂は・・・僕のだ。他の・・・他の誰にも渡さない!僕だけのものだ!」

 頭の中が熱くなって、気が付くとそんな事を言ってた。
 そんな、捨てられる間際の男みたいな情けない言葉は言いたくなかったのに、止まらなかった。

「お前は、僕のものだ!!」

 まるで馬鹿になったみたいに。
 そんな事しか言えなくて。
 何度も、何度も繰り返してた。

「・・・」

 茫然と僕を見上げる雪穂が、どこか嬉しそうに微笑んだ気が、した。
 そんなはず、無いのに。
 僕は雪穂の手を掴んで、ベッドに連れて行った。雪穂は抵抗する様子も見せずに、まるで自発的に動いてるように思えた。

「ベッドに手をついて、お尻を上げるんだ」

 頬を赤くして、それでも従う雪穂。
 僕は荒々しい気分のまま、セーラー服のスカートを捲くると、雪穂の白いパンツを膝の辺りまで下ろした。丸くて白くて柔らかそう雪穂のなお尻に、何度見ても興奮を抑えられない。

「『雪穂のお尻の穴は、僕のモノを受け入れる。前に負けないくらい気持ち良くなる!』」

 雪穂の身体や感覚すらも支配する。
 雪穂をこんなに気持ち良くさせられるのは、僕以外にはいないのだと、証明したくなったから。
 雪穂が僕から離れられなくなるように、したいとすら思う。

「あ、ひゃぅっ!」

 もの欲しげにひくひくと震えるココア色のすぼまりに、僕はそっと舌を当てた。皺の一本一本、きゅっと締まったその奥まで、舌で愛撫する。

「やあっ、つよしちゃ、あ、ン、そこ、そこだめっ、ひっ!」

 早くも惑乱したみたいな雪穂の喘ぎ声。
 雪穂はだめと言いながら、僕が舐めやすくするみたいに、自分からお尻を高く掲げる。
 雪穂の身体中、全てを僕のものにしたい――そんな欲望に、刺激してもいないアレが、もう出そうなほどにいきり立った。
 僕は雪穂のお尻を指で弄りながら、もう片方の手でズボンを脱いで、コンドームを装着する。慣れている動作のはずなのに、興奮で手が震えた。

「つっ、つよしちゃっ、あつ、あついよぉっ!おしり、やけちゃうぅっ!」

 ベッドに頬を押し付けながら、雪穂が悲鳴を上げる。でも、それが気持ちいいから上げる悲鳴なのは、とろとろと滴る愛液で判る。

「『お尻から、力を抜くんだ』」

 お尻えっちは、実は初めてだった。
 でも、もう止まれそうにない。それに、雪穂も僕から支配されているからじゃなくて、自分から受け入れているような感じがした。
 不思議な気分だった。
 今まで何十回何百回もしてきたえっちよりも、今の方が雪穂を近くに感じる。

「両手で、お尻を入れやすく開いて・・・雪穂」

 これは、支配する力は篭っていない、ただのお願いだ。でも、雪穂の両手は躊躇いがちに後ろに回されて、自分のお尻を掴んで左右に開いた。酷くいやらしい光景に、一瞬僕の頭の中が真っ白になる。

「あ・・・あの・・・」

 僕が何もしない事に焦れたのか、雪穂が恥ずかしそうに声を出した。
 その顔は羞恥に赤く染まっていて、すごく綺麗に感じられた。

「きて・・・きて、ください・・・おねがい・・・」

 脳みそが興奮で沸騰しそうだった。
 目に涙を浮かべながら、上半身をベッドに預けて、僕の方に振り向いて懇願する雪穂。こんな姿を見て、そのままにしておくなんて、男じゃないと思った。
 僕はお尻を広げる雪穂の手に自分の手を重ねながら、ゆっくりと挿入した。

「は・・・くぅっ、ひ、あう・・・はっ・・・はぁーっ」

 どこか苦しそうに、雪穂が呻き声を上げる。
 支配の言葉で僕のモノを受け入れられるようにしたはずなのに、そこは驚くほどに窮屈だった。まだ先端部分の半分も入っていないのに、食い千切られそうなほどに締め付けられている。

「つ、つよしちゃ・・・っ・・・その、ま・・・ま・・・きてっ!」

 僕の逡巡を見抜いたようなタイミングでの、雪穂の言葉。
 自分から求める事が無かった雪穂の、自分から求める言葉。
 僕は、腰を前に進めた。
 亀頭が入ると、後は驚くほどスムーズに、吸い込まれるように入っていった。

「うっ、くっ・・・き、きつっ」

 前とは違う感触。
 前とは違う圧力。
 前とは違う快感。
 圧倒されそうだった。

「は・・・はいったぁ・・・あぁ・・・いっぱいなの・・・」

 入れるまでにどれだけ負担を掛けたのか、雪穂も荒い息の合間に、ほっとしたような声を漏らした。

「・・・うごくよ」

 暫くそのままでいて、雪穂が少し慣れた頃合を見計らって、僕はそう言った。
 支配でも、命令でもなくて、まるで雪穂に許可をもらうような、僕の言葉。
 雪穂はしっとりと汗をかいて、蕩けるように赤く染めた顔で、そっと頷いた。

「うん・・・うごいて・・・つよしちゃん・・・」

 ゆっくりと引いて、ゆっくりと押す。
 きついけど、気が付くと雪穂の中はぬめっていて、普通に抽送できるようになっていた。
 雪穂も慣れてきたのか、僕の動きに合わせて締め付けを加減していた。
 入る時は緩めて。
 出る時は締めて。
 そのどちらも新鮮な快感で。
 そして――

「う、あぁぁ・・・は、あー、いい・・・いい、よぉ・・・っ」

 雪穂は背骨が無くなったみたいに、くねくねと上半身で悶えていた。前でするときみたいに激しい感じ方じゃなくて、まるでずっと同じ快感を、途切れる事なく感じているみたいな、そんな気がした。

「あー、いいー・・・いいのぉ・・・すごいぃ・・・」

 快感に叫ぶのではなくて、蕩けるようにうわ言めいた緩い口調で喘ぐ。
 表情も、絶頂後の余韻に笑んでいるような、不思議な表情を浮かべている。
 でも、前と違って、いつ終わらせたらいいんだろう。
 僕の方はいつ出したっておかしくないくらいになってるのに、雪穂がイクタイミングが判らない。それとも、ずっとイキっぱなしになってるんだろうか。

「雪穂・・・もう、イクよ」

 雪穂の背中に密着するようにして、耳元で囁く。
 聞こえてるのか不安だったけど、雪穂は僕の言葉で嬉しそうに笑みを浮かべた。

「うん・・・きて・・・きてぇ・・・わらひ、ずっと・・・ひってるのぉ・・・」

 呂律の回らなくなった口調で、雪穂が答える。
 やっぱり、イキっぱなしだったらしい。
 だったら、僕も遠慮する事は無い。

「はゃ!?つよしちゃっ、つよっ、つよいよぉっ!こわれちゃっ、ひゃあぁあああっ!」

 腰を叩き付けるように、抽送の勢いを激しくする。
 雪穂がビクビクと背中を震わせるのを見ながら、自分の欲望を開放する。

「あ゛!あつっ!あ、あつぃの!やけるっ!やけちゃ!あああ゛っ!!」

 雪穂が仰け反って、そのままヒクヒクと身体を痙攣させる。呼吸すら忘れたように硬直して、数秒の後にベッドに倒れ込んだ。

「かはっ、はー、はぁー」

 荒い呼吸を繰り返して、雪穂は意識を失くした。
 汗にまみれた横顔は、どこか幸せそうに見えた。

- 4 -

 僕は、一人家への道を歩く。
 数歩後ろには、雪穂の足音。
 距離が縮まる事も無く。
 距離が離れる事も無く。
 あの時のお尻えっちで、心が近付いたように思えたのに、雪穂が我に返ったと思ったら、またいつもの雪穂だった。
 いつもの通り、陰気で、僕を苛立たせる雪穂だった。
 変わったのは、僕だけだった。
 苛立っても、雪穂に苛立ちをぶつけるのは、やめた。
 なんの意味も、無いことだと判ったから。
 どうして僕らは、こうなってしまったんだろう。
 ライフ=シェアリングが悪かったんだろうか。
 雪穂の笑顔が無くなったのは、あの時からだったし。
 生き返った直後の雪穂は、僕と、ライフ=シェアリングの機械で繋がった指を見て、ものすごく悲しそうに泣いてしまった。
 最初は、事故の恐怖からだと思ってた。
 けど、半年たっても、1年たっても、雪穂の顔に笑顔は戻って来なかった。
 次に思ったのは、雪穂は僕に支配されるアクセプツになった事が悲しかったんじゃないかって事。
 だって、クラスの別の連中には、昔のようなものでは無いにしても、笑顔を見せていたのだから。
 そうして、僕たちの関係は壊れていった。
 僕が悪かったんだろう。
 でも、僕のどこが悪かったんだろう?

「つよしちゃんっ!!」

 思考に没頭していた僕は、雪穂の悲鳴で我に帰った。
 自分の状況を、一瞬で把握する。
 走っている車の前に、ふらふらと出ていた自分の状況を。
 恐怖に強張った身体は、とっさには動けない。
 時間にして一秒にも満たない間に、僕は身体を硬直させて目を閉じていた。
 ドンッ!
 衝撃と、車のブレーキ音。
 ああ、死んだな、なんて他人事みたいに思った。
 でも、グランツである僕が死んだら、アクセプツである雪穂も死んじゃうのに。
 ばかな、事をした。
 僕の命は、二人分の命だったのに。
 なんでそんな大事な事、忘れていたんだろう。
 誰かの悲鳴とか、慌しい空気とか、どこか虚ろに感じながら、僕はずっと自分を責めていた。

「君!君は大丈夫かい!」

 誰かに声を掛けられて、僕は訝しげに目を開く。
 痛く・・・無かった。
 衝撃を感じて地面に倒れていたというのに、身体は交通事故にあったとは思えないほど、痛くなかった。

「こっちの子は出血が酷い!誰か、救急車は呼んだか!?」

 そんな言葉が聞こえてきて、思考が止まる。
 轢かれたのは僕のはずなのに。
 でも僕は轢かれていなくて。
 だったら、轢かれたのは誰?

「ゆき・・・ほ・・・」

 僕の後ろで、雪穂が血の色に染まって、倒れている。
 ふらふらと立ち上がると、僕は雪穂の傍に跪いた。

「ゆきほ・・・なんで・・・」

 そんなの判っている。
 雪穂が自分を犠牲にして、僕を助けてくれたんだって事。
 でも、理由が判らない。
 ぜんぜん、判らない。

「ははっ、判ったよ。僕が死んだら、雪穂も死んじゃうもんな。でも、雪穂が轢かれたら、同じ事だろ。なに、やってるんだよっ」

 酷い言葉なのに、止まらない。
 こんな事が言いたいんじゃないのに、壊れたスピーカーみたいに、僕の口から汚らしい言葉が垂れ流しになる。

「つ・・・わたしは・・・もういいの。・・・つよしちゃんが、無事だったら、それでいいの」

 雪穂が笑みを浮かべていた。
 昔と同じ、内側から輝くような、僕の大好きな雪穂の笑顔。
 血にまみれながら、雪穂は最高の笑顔を僕に向けていた。

「わ・・・わたしがつよしちゃんの命を・・・寿命を・・・削っちゃったって、ずっと・・・悲しかったの・・・。くぁ・・・わたし・・・何にも返せるものが・・・ないのに、って・・・」

 苦痛を、僕に見せないようにして。
 涙を流しながら、笑顔のままで。
 途切れ途切れに、そう言った。
 ずっと暗い表情だったのは、自分を責めていたから?

「・・・でも・・・やっと返せた気がする。・・・だから・・・」

 ――嬉しいの

 本当に嬉しそうに、雪穂の唇が動いた。
 もう、声にならない。
 声も、出せない。

「なんでだよ!また一人でいなくなるのかよ!」

 僕は、雪穂の手を取った。暖かいのに、柔らかいのに、もう少ししたら人形のように動かなくなってしまうだろう、手を。
 あの時と同じだった。
 あの時と同じように、雪穂は死んでいた。

「くそっ」

 このままになんて、させない。
 このまま終わりにはさせない。
 僕は、必死に周りを見渡した。
 そして、理解して、絶望した。
 近くに、ライフ=シェアリングの機械を設置している場所が、無い。
 公共の場所や人が多く集まる場所にはあるのに、こんな住宅地の真ん中には無い。見渡す限り、どこにも。

「ゆき・・・ほぉ・・・」

 僕は、少しずつ温度を失っていく雪穂の手を、ぎゅっと握り締めた。
 失われていくものを、留めようとして。
 雪穂を助けられるのなら、僕の命なんていらないっていうのに。
 行き場の無い感情が、爆発する。

「雪穂ぉおおおっ!」

 繋いだ手と手の間から、光が溢れた。
 奇跡のような、命の光だ。
 こんなことが、あるんだろうか。
 些細な疑問は、雪穂が助かるかも知れないという希望の前に、あっさりと駆逐される。
 僕は、祈りを込めて、雪穂の左手をぎゅっと握った。

 ――帰って来て・・・雪穂・・・僕のところへ・・・

 そして返される、弱いけど、確かなもの。
 僕の手を握り返す、雪穂の手。

 ――おかえり、雪穂

 僕の意識は、そのまま優しい闇の中へと、飲み込まれていった。

- Epilogue -

 僕が意識を取り戻すと、白衣を着た男の人が僕を見詰めていた。
 いや、僕と、雪穂の二人をだった。
 僕の左手は、しっかりと雪穂の左手を握り締めたままだった。
 先に意識を取り戻していて、傷ひとつ見当たらない、恥ずかしそうで嬉しそうで照れている雪穂の左手を。
 離さないように、ぎゅっと握っていた。

「君たちは、判っているかも知れないけど、普通のライフ=シェアリングの関係にない。説明しても・・・いいかな?」

 まだ30歳にもなっていなさそうな、ひょろひょろという形容が似合うその人は、自分の事をライフ=シェアリングの開発者と自己紹介した。

「普通のライフ=シェアリングは、酷く一方的な関係でね・・・アクセプツが死んでも、グランツは死なない。せいぜいが、与えた命の分の寿命が短くなるぐらいでね」

 事故にあった時の、雪穂の言葉が脳裏に蘇る。
 そんなの、僕にとってはたいした事じゃないっていうのに。
 雪穂がいなくなる事に比べたら、ぜんぜんたいした問題じゃないっていうのに。

「どうやら、君たちは本当の意味での、ライフ=シェアリング・・・命の共有を、果たしたみたいなんだ。つまり・・・毅くんが死んでも、雪穂ちゃんが死んでも、残ったほうも死んでしまうらしい」

 そう言って、その開発者――如月さんというらしい――は、ほぅと溜息を吐いた。

「それだけじゃなくて、感覚や、もしかしたら思考まで、共有している可能性がある。どんな影響があるのか、暫く調べさせてもらう必要があるんだ」

 気の毒そうに言う如月さんに、僕と雪穂は頷いた。

「別に、いいですよ」

 あっさりと答えた僕に、如月さんは怪訝な表情を浮かべて、「ありがとう」と呟くように言った。それから「すまない」とも。
 事故の後遺症があるかも知れないから、もう暫く休むように言うと、如月さんは病室を出て行った。
 真っ白な病室に、僕と雪穂だけが残された。
 実は、如月さんの説明を受ける前から、僕たちがどうなったのか、なんとなく感覚的に、理解出来ていた。だから、如月さんの説明で動揺する事なんて、何にも無かった。

「つよしちゃん・・・わたし・・・また、迷惑を掛けちゃった・・・」

 今にも泣きそうな、雪穂の言葉。
 今は・・・今なら、雪穂が何を思っているのか、判る。

「ばか・・・雪穂ならいいんだよ」

 雪穂の手を握った左手に、そっと力を込める。

 ――雪穂なら、僕にどんな迷惑を掛けたって、いいんだ

 心の中でそう呟いて、雪穂に顔を寄せる。
 嬉しそうに、幸せそうに、ぽろぽろと涙を流す、雪穂の顔に。

 両手を繋ぐ――雪穂の手の感触と、雪穂の幸せが伝わる。
 キスをする――雪穂の唇の感触と、雪穂の歓喜が伝わる。

 お互いが考えている事が判るなんて、全然悪い気分じゃない。
 僕を見詰める雪穂を、僕からも見詰め返す。
 僕が思っている事が、雪穂に伝わっているという確かな実感。

 きっと、雪穂が死んだら、僕は生きていられない。
 別に、何かの例えという訳じゃなくて、今の僕らは二人で一人だから。
 それが、命を共有するという事。本当の、ライフ=シェアリング。

 僕らは連理の枝。比翼の鳥。
 だからどこまでも、一緒に行こう。

 死が、二人を別つまで――

< おわり >

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