― プロローグ ―
イオリは注意深く周囲の気配を探った。野性味の溢れる整った顔が、緊張に強張っている。それも、この状況では仕方が無いが。
今の所、不穏な気配はまったく感じられない。けれど、それが安全とはイコールでは結ばれない。つい先日も、同僚が攻性植物のツタに拘束され、一瞬で鬱蒼とした森の中に連れ去られた時も、今と同じ程度には安全を感じられたのだ。人間の知覚など、信用には足らないという前提で行動しても、なお足りない・・・それが『森』だ。
「ノルマがある・・・もう少し進もう」
イオリの右側でニードルガンを構えたシュウジが、イオリを促すように言った。イオリの左側で高周波ソードを持っているタツヤも同意するように頷く。今日はまだ食用にたる獲物を狩れていないのだ。このままでは『ベース』に戻れないし、かと言って夜を迎えれば生存率が極端に下がる、その焦りがシュウジの声に出ていた。
「わかった。このままのフォーメーションで進みましょう」
イオリがリーダーとして決断し、一行はさらに『森』の奥へと進んだ。
西暦2153年。人々は絶滅の危機に瀕していた。
宇宙から宇宙人が攻めてきた訳でもなく、愚かにも核の炎に包まれた訳でもない。
人間を滅ぼさんとするのは、『世界』だった。
世界中の人間以外の生命体の突然変異、そして大増殖。木々が、動物が、昆虫が、一斉に人間に牙を剥いたのだ。
想像できるだろうか。
全長5メートルのカブトムシに似たナニカが、対戦車ライフルの特殊徹甲弾を弾き返しながら人間を捕食するなど。
キノコの菌糸が人間を生きたまま養分とし、苗床として増殖するなど。
綺麗な花が、近付いた人間を触手でずたずたに切り裂くなど。
そんな悪夢にも似た現実を、想像できるだろうか。
たったの一週間で地球は『森』に覆われ、全ての駅や空港、港が使用不可能となった。今では地球上に人間が何人生き残っているか、調べる術も連絡を取り合う方法も無い。
偶然武器を手にする事が出来た幸運な者たちが、なんとかその日を戦って生き残る、今はそんな時代なのである。
イオリは立ち止まると、背後の二人に合図を送った。
親指を立てた握り拳を左から右へ――”右前方に水場発見”。
手を開いて上から下へ――”前方に開けた場所”。
握り拳で小指を立ててから人差し指を天に向ける――”獲物が一匹”。
シュウジとタツヤが頷いた。
今なら獲物――ゴリラのような体型の、全長3メートルのウサギだ――はこちらに気付いていない。イオリのビームライフルで頭部を破壊できれば、今日のノルマは達成できるだろう。
シュウジとタツヤがいつでも飛び出せる姿勢を取り、イオリの指示を待つ。イオリはそれを心強く思いながら、ビームライフルを構えた。距離は20メートル。イオリの腕なら、まず外しはしない。
ひゅ。
イオリは引き金を絞ると、止めていた呼吸を再開した。同時に『ウサギ』が頭を撃ち抜かれて倒れる音がした。シュウジとタツヤがほっとした顔でハイタッチを決める。
「さぁ、急いで『ベース』に戻るわよ」
イオリは重力遮断布をリュックから取り出しながら、背後ではしゃぐ二人に声を掛けた。急いで獲物を持ってこの場を離れないと、血の匂いにつられて来た別のヤツに、今度はこちらが獲物にされてしまう事だってあるのだ。
急いでいたせいか、注意が不足していたようだ。
それを苦い思いと共に認識したのは、獲物に駆け寄る途中で左手方向から攻撃を受け、地面と水平に宙を飛んでいる時だった。特殊軽甲冑が衝撃を吸収してくれているのでダメージは無いが、恐らくは体重差で弾き飛ばされたのだろう。無防備な頭部を庇って身体を丸くすると、イオリは重力に引かれるままに水場に落ちた。
「!」
イオリは瞬間的に上がり掛けた悲鳴を堪えると、必死で水面に向かって泳いだ。自然の水場は、いまやどんな生物が潜んでいるか判らない恐怖の代名詞だ。特殊軽甲冑の隙間から入り込んで服を濡らす水は、どのような病原体や菌、微生物を内包してるかも判らず、イオリはぬるぬるとした感触に、気が狂うのではないかと思うほどの嫌悪感を感じた。
「ぷぁっ!」
イオリが水面に顔を出すと、既に戦闘は終わっていた。タツヤがもう一匹のゴリラウサギ――名前は無いが、便宜的に――の頭を切り落としたらしい。さすがにそれ以上はいなさそうだが、タツヤは注意深く警戒態勢をとっていた。
シュウジがロープを投げてくれたので、イオリは脚がつく所まで引っ張ってもらう事にする。一刻も早く水場から上がりたいが、ヘタに泳いで水を飲み込んでしまう方が危険だ。
「おーい、大丈夫かーっ」
シュウジの声に、なんとか左手で手を振って応えた。
― 1 ―
「うん、検査の結果は問題無いわね。でも、何があるか判らないんだから、医師として暫くの休養を命じます。何か身体に異常を感じたら、すぐに私に連絡する事。いいわね?」
「はい」
イオリは短く答えると、上着を手に立ち上がった。医務室からイオリの部屋まで1ブロックと離れていないので、上着を着る必要を感じなかったのだ。
2匹の獲物を狩ってからベースに辿り着くまで4時間、それから精密検査で2時間。疲労の極にあるイオリは、もうどこででもいいから倒れ込んで眠りを貪りたい気持ちでイッパイだった。シュウジやタツヤはとっくに休んでいるかと思うと、イオリはあまりの嬉しさに涙が出そうになった。
イオリは指紋認証のロックを外し、自分の部屋によろけるように入った。『狩り』をする者の特権として与えられた多少広い一人部屋は、イオリの粗雑な性格のままに乱雑に物が散らかっている。
「あぅう、シャワー浴びたいよぉ・・・」
イオリは一応身体中を洗浄されてはいたが、アレを気分爽快というにはイオリは人間が出来ていない。第一、アレは逆に不健康になりそうな洗浄液で、身体中を浸すというだけの行為だ。普通の人間ならアレとは別に、落ち着いてシャワーを楽しみたいところだ。
けれど、疲れきったイオリの身体は、ベッドに倒れ込んだ途端に意識を放棄した。寝巻きに着替える事すら出来ず、イオリは深い眠りへと落ちていった。
身体が、燃えるように熱い。
いや、もっと場所を限定するならば、身体の内側というか、お尻の奥だ。
イオリは突然身体の中で発生した感覚に、強制的に覚醒させられた。
ざわざわと、身体の内側から湧き上がる異様な感覚に、イオリはベッドに突っ伏し、シーツを握り締めて耐えた。しかし、その感覚は刻一刻と強くなる一方で、イオリは頭が熱に浮かされたようになり、ベッドから降りることすら出来なかった。
「くうぅ・・・ひっ!」
それまでは異様な感覚としか言いようの無いものが、もぞり、という身体の中で何かが身動きするような感じと共に、明確な方向性を持った感覚に変わった。
今まで味わった事の無い、凶悪なほどの快楽。
自慰行為など比較対象にすらならず、セックスとても霞んでしまう。それほどに圧倒的で、異常な快楽だった。
「ひ、あああああっ!」
イオリはビクビクと身体を震わせながら、まるで後ろから貫かれているかのように、腰だけを突き出す姿勢になった。それは、オスに身体を差し出すメスの姿勢だった。開いた脚の付け根は、ジーンズを穿いているというのに、その分厚い生地をしとどに濡らすほどに愛液を分泌していた。
「ふあ、でるっ・・・でちゃうっ!」
イオリのアナル付近まで、ソレは移動していた。蠕動し、小さな突起で内壁を突きながら移動するソレのせいか、本来快楽などを感じるはずのない場所が、性器と化していた。出口へ向かって1mm進む毎に、突起で1回突かれる毎に、気が狂うほどの快感が生まれていた。
出口――肛門――を押し広げてそれが顔を出した瞬間、ひときわ大きな快感がイオリを襲った。身体中の神経が快感で焼き切れるように感じ、自分が壊される事すら幸せに思いながら、イオリは失神した。
動かなくなったイオリの尻から、何かがジーンズをあっさりと切り裂き、表に表れた。それは、直径5cm、全長15cmはありそうな、芋虫にも似た何かだった。
普通、芋虫は13cmはある自在に蠢く触手を、2本も備えてはいない。
普通、芋虫はジーンズを切り裂いたりはしない。
普通、芋虫には人間のものに酷似した眼球は、持ってはいない。
だから、それはあくまでも『ソレ』であり、『ナニカ』だった。
『ソレ』は、ぬらぬらとした粘液の跡をシーツに残しながら、イオリの頭の方へと進んだ。眼球の動きからも、そこには何らかの意思が感じられた。ただ、『ソレ』の歩みは遅く、数十cmの距離を見ている者がいたらイライラしそうなほどにゆっくりと進んだ。
「あ・・・はぁ・・・わたし・・・?・・・ひっ!」
失神から目覚めたイオリの目の前に、『ソレ』が目線を合わせるようにいた。およそ人間の嫌悪感を徹底的に刺激する外見に、イオリは悲鳴を上げながら身を起こし、狭いベッドの上を出来るだけ『ソレ』から離れようともがいた。
『ソレ』は、あたかも意志が存在するかのように、恐怖に顔を引き攣らせるイオリの顔を、身体を捻るようにして見詰めている。
「ぎゅピッ!」
どこに発声器官があるのかは判らないが、『ソレ』が聞いた者の脳に障害を起こしかねない、歪な声を上げた。
「あ・・・」
しかし、その声を聞いたイオリの反応は、普通の人間が行うだろうものとは違っていた。恐怖に歪んでいた顔は、愛しい人を見詰めるが如く蕩け、『ソレ』から距離を取ろうとしていた身体は、逆に『ソレ』へと近付いた。
それは、まるで『ソレ』が自分の大事な存在だと気が付いたかのように。
それは、まるで『ソレ』が自分の主人である事を思い出したかのように。
「あぁ・・・すてきぃ・・・」
紅潮した顔に淫蕩な笑みを浮かべ、イオリは四つん這いになると顔を『ソレ』に近付けた。「はぁ・・・」と湯気が出そうなほどねっとりとした吐息を漏らし、躊躇う事無く・・・それどころか幸せの絶頂にあるような表情で、粘液にまみれた『ソレ』の身体を、舌で丁寧に清め始めた。
薄暗い室内に、イオリの喘ぎとぺちゃぺちゃという舌を使う音が響いた。
― 2 ―
服を脱ぐ時間すら勿体無いという顔で、イオリは乱暴に服を脱ぎ捨てた。愛液に濡れて、しかも尻の部分を切り裂かれたジーンズやショーツも、ただ邪魔なもの程度の感想しか抱かない。今のイオリは、自分の身体を『ソレ』に差し出す事しか考えられなくなっていた。
「あは・・・こんなになっちゃってる・・・」
全裸になったイオリは、自分の身体を見下ろして淫靡な笑みを浮かべた。大き過ぎずに形の良い胸は、今は興奮で一回り大きくなっているようだったし、つん、と上を向いた乳首は痛いほどに固く屹立している。
胸だけではない。まだ男性経験の少ない秘所は、早く貫かれたいとばかりにひくひくと蠢き、愛液を漏らしている。敏感になったそこは、少し身動きしただけで通常の愛撫以上の快感を感じていた。ただ、今のイオリにはその異常さも理解できず、考える気にすらならなかった。
「あん・・・ね、きて・・・わたしを全部、もらって・・・ね?」
くちゅりと音をさせて、イオリは陰唇を指で開き、そのサーモンピンクの粘膜を晒した。ベッドの上で脚を開き、まるで愛しい男を誘惑するような姿勢を取っている。半分開いたイオリの唇が、酷く扇情的な笑みの形に歪んでいた。
『ソレ』は焦らすようにゆっくりと、イオリの秘所へと向かった。ぎょろぎょろと周りを覗う、人間の眼球のような頭部から、『ソレ』はイオリの膣内へと入り込んだ。
「ひくぁっ!は、はいるっ、はいっちゃうっ!」
イオリは悦楽の表情で、身体をびくん、と仰け反らせた。人間の男のモノとはまったく違う感触が、頭の中身が沸騰するのではないかと思ってしまうほどの快楽を生み出していた。イオリは両手で陰唇を広げたまま、腰をなよなよと蠢かして、『ソレ』を受け入れた。
「あ、いく・・・またいくっ・・・ずっとイっちゃうっ」
半分白目を剥いた虚ろな目付きで虚空を見詰め、だらしなく笑み崩れた表情で、イオリは独り言のように呟き続けた。快感のあまり精神が異常をきたしたかのような様子は、けれど凄まじいほどの淫蕩な気配を伴っていた。
「ひっ!なかでおっき・・・ふあっ!」
イオリの膣を内側から押し広げるように、急に『ソレ』の圧迫感が増した。それに伴い、快感のレベルがさらに高まり、イオリの脳を焼き焦がすようだった。
『ソレ』の圧迫感が増したのは、気のせいではなかった。大きくなった『ソレ』の尾の部分が、まるで男性のシンボルのようにイオリの秘唇から20cmも晒され、勃起しているかのように上を向いている。イオリの中に納まった分も考えると、全長は50cm近くにまで伸びたのでは無いだろうか。
「いいっ・・・いいのぉ・・・こんなの、はじめてぇ・・・」
イオリは悦びを口にしながら、啜り泣いていた。今までのの価値観どころか人生を変えるほどの快感に、イオリはただ圧倒され、蹂躙され、翻弄され・・・隷属した。
それがほんとうに正しいのかも判らないまま、イオリは愛しい恋人のモノをしごき上げるかのように、膣を締めていた。そうするといっそう、中で『ソレ』どう動いているか、脳裏に浮かぶかのようだった。それがまた幸せな感覚に繋がり、イオリはぎゅっとシーツを握り締めた。
「ああっ、いいの・・・すてき・・・さぁいこぉ・・・あっ、ああんっ!」
悦びの声に、媚びる響きが混ざった。イオリの中に入り込んだ『ソレ』はすでに、イオリの中で絶対的な主人として認識されるようになっている。見るもおぞましい生き物に身も心も捧げ、尽くす為の命、それが今のイオリだった。
「あひっ、は、ひっ、んぁっ、はっ、はっ、くっ、ああっ」
あまりにも強烈な快感を受け続けたイオリは、ひくひくと身体を震わせ、小さく喘ぎを漏らし続けるだけとなっていた。顔はだらしなく淫猥な笑みを浮かべ、目の焦点はどこにもあっていない。開いた口の端には、まるで性器のような舌が顔を出している。汗にまみれて上気したその顔は、男なら襲わずにはいられないほど、淫らな表情を浮かべている。
「あっ、あっ、あっ、あ?、ああっ!?」
どれだけそうしていただろうか。
部屋の中が熱気といやらしい匂いで充満した頃、イオリの表情が変化した。
目がぐりんと白目になり、唇は悲鳴を上げるかのように大きく開かれる。全身ががくがくと痙攣し、まるでブリッジの姿勢のように、腰が突き上げられた。
「あがっ!ひ、ひはっ!お、ああああっ!!」
今までの蕩けるような喘ぎとは違う、まるで獣のような声がイオリの咽喉を震わせる。今イオリが感じているのは、明らかに人間が許容できるレベルを遥かに超えた、イオリを壊そうとするかのような、凄まじい快楽だった。
どのような道具も、どのような薬も、ヒトをここまで狂わせる快楽など、作れる訳がない。見た者がいたならばそう感じてしまうほどの、イキっぷりだった。
暫く腰を突き上げていたイオリだったが、ふいに力尽きたように、腰をベッドに落とした。それと同時に全身の力が抜けてしまったようで、イオリは股間を『ソレ』に犯されたまま、打ち捨てられた人形のように意識を失くした。
にゅぐ。
ちゅぶ。
ぐぷっ。
『ソレ』は、イオリの中で何かをしているようだったが、意識を失くしたイオリには、それを知る術は無かった。いや、もし意識があったとしても、イオリが『ソレ』に逆らうなど、すでに出来ないだろう。もう、イオリの心は『ソレ』に絡め取られてしまったのだから。
愛液でねとつくような部屋の中で、いつまでも湿った音だけが響いていた。
― 3 ―
「あら、もう起きたの?」
廊下を歩いていると、イオリはそう声を掛けられた。
イオリが振り返ると、丸いメガネが優しげな印象を与える、可愛い雰囲気の女医がいた。先ほどイオリを診察した女医で、サキという。イオリとは年齢が近い事もあって、検診以外でもよく医務室に入り浸り、話をする仲だ。
「うん・・・」
どこか茫とした感じの表情で答えるイオリに、サキは顔をしかめてみせた。イオリがこんなにぼんやりとしてるのを、初めて見たからだ。
「なによ、調子が悪いんじゃない?医務室行く?」
心配そうに言うと、イオリの額に手をあてて、熱の有無だけ確認する。それ以外に出来る事といえば、問診ぐらいだろう。ちなみに額にあてた手からは、平熱より少しだけ高いかも、程度しか読み取る事は出来なかった。
「うん・・・。そうだね・・・」
すると、イオリの茫とした顔に、表情が戻った。ただし、それはいつものきつめの表情ではなく、まるで性行為に溺れる女性のような、淫蕩な笑みだったが。
一瞬サキはゾクっとするものを背中に感じたが、そのままイオリを伴って医務室へ移動した。
「じゃあ下着以外は脱いで、医療カプセルに入ってね」
サキは準備の為にイオリに背を向けて、機械を操作した。背後の服を脱ぐ音を聞くとも無しに耳にしながら、サキは手順に従ってスイッチを押す。
「ねぇ、サキ・・・。じつはね、身体が熱い原因って・・・わかってるんだ」
意外なほど近く・・・ほとんど背中に密着するような位置から、イオリは粘ついた口調でそう言った。そうと気が付いて、サキはビクっと身体を震わせた。明らかにいつもと違う、イオリの口調と行動。サキは振り返ってイオリを確認したいという衝動を抑えながら、平静を装って作業を続けた。
「へぇ・・・じゃあ、なにかしら?」
サキは、自分の声が震えているのに気が付いて、舌打ちをしたい気分だった。そんなはずがある訳ないのに・・・それでも、何故かイオリが怖かった。隠そうとしても、言葉の端々でそれが見えてしまう。
「ふふ・・・もちろん、えっちな事をしたいから・・・だよ」
「きゃっ!」
イオリの声と、背後からイオリが密着して両手でサキの胸を揉みしだいたのは、ほぼ同時だった。考えてもいなかった不意打ちに、サキは悲鳴を上げた。
「何をしてるのっ・・・え?」
怒鳴りつけた声が途中で止まったのは、おしりに違和感を感じたからだった。
最初はディルドーかと思った。白衣の上から押し付けられているのかと、そう思った。それだけでも異常ではあるのだけど。
しかし、振り返ったサキが見たものは、完全に想像の埒外だった。
全裸のイオリ・・・これはまだいい。しかし、イオリの股間から伸びているソレは、なんだというのか。
外見は、少し大きめの男性器に似ていない事も無い。しかし、節くれた木の枝のような歪んだ形といい、数本の細長い触手といい、ぬらぬらと見るものの生理的嫌悪を抱かせる粘液に覆われている事といい、尋常なものではない。それでも、それだけなら歪んだコンセプトで作成されたディルドーと言い張る事も出来たかも知れない。
しかし、ソレの異常さを示すものは、男性器ならば亀頭にあたる部分・・・先端部にある眼球だった。瞼が無いだけで、人間のものと同じに見える。それが、まるで意思あるもののように、サキを凝っと見詰めていた。
「な・・・なによ、それ・・・」
成分の不明な液体によって、白衣の腰の部分が変色していくのを見ながら、呆然とサキは呟いた。あまりの事に頭が真っ白になり、それは質問というよりも独り言のような口調となっていた。
「ふふ、わたしの大切な、ひと・・・よ。あなたにも、この幸せを分けてあげるわね」
まるで恋人を自慢するかのように甘い口調で言うと、イオリは腰を引いて、『ソレ』の先端が服越しにサキの秘所に当たるようにした。
ビッ!と鋭い音とともに、白衣とともにスカート、ショーツまでもが切り裂かれた。肌には傷一つつけず、服だけが鋭い切れ味を示している。どのような方法で行われたものか判らず、けれど大事な場所が晒された羞恥と恐怖にサキは短い悲鳴を上げた。
「ヒッ!」
恐怖にサキは身を捩るが、背後のイオリを振り払う事が出来ない。まるで男のような・・・いや、それ以上の力でサキを拘束していた。
ぬちゅ、という音とともに、サキは生暖かい何かが自分の秘所に触れたのを感じた。
「やっ!やめて、いれないでっ!」
ふるふると腰を左右に振るが、イオリはサキの胸から腰へと手を動かし、まったく動けないように押さえつけた。再度ぬめった感触がまだ濡れてもいない秘所に押し当てられ・・・イオリはそのまま動きを止めた。
「あぁ・・・」
サキは、イオリが正気を取り戻したのかと思い、安堵の溜息を吐いた。しかし、それは勘違いという事に、サキは身体の異変で思い知らされた。
身体が、恐ろしい勢いで発情していく。
理性は沸騰し、全身が性器にでもなったかのように敏感になる。
こんな感覚は、どんな薬を使っても得られるものではない。微かに残る思考力がそう判断するが、だからといってどうする事もできない。
「いれて・・・いれてぇっ!ほ、ほしくて、きがくるっちゃいそうなのっ!」
身体を苛む欲情に突き動かされ、サキは操作卓に額を押し当てながら懇願した。頭では無く身体が、『ソレ』以外の何をもってしても、この欲求を満たしてはくれないと悟っていた。
サキは、自分の秘所に当てられた『ソレ』――自分が発情した原因――で犯される事を想像し、溢れ出る愛液でショーツの残骸を濡らした。まるで獣のように、我慢しきれないというように腰だけを振って挿入をねだった。
ちゅくっ。
イオリは『ソレ』の先端で軽くサキの敏感になった粘膜を擦った。濡れた音を立てて秘所がひくひくと痙攣するが、イオリは意地の悪そうな笑みを浮かべ、それ以上は腰を進めなかった。それどころか、サキが腰を突き出すと、その分後ろに下がってみせる。サキは酷く焦らされ、今にも泣きそうな表情で背後のイオリを振り返った。
「やぁ・・・じらしちゃ、やらよぉ・・・なんでもするからぁ・・・」
まるで、サキは幼児退行したかのように、呂律の回らない口調で言う。それとも、極限まで焦らされた為に、どこかコワれてしまったのか。イオリは笑みを深めると、すっとサキから一歩離れた。
「じゃあ、フェラチオして。気持ち良くしてくれたら、入れてあげる」
「ふぇ・・・ふぇらちお・・・」
茫として繰り返すサキに、イオリは頷いて見せた。
「そう。ちゃんと出来たら、ぐちょぐちょに濡れたそこを、子宮が壊れるぐらい突いてあげる。気が狂うんじゃないかってぐらい、中を掻き混ぜてあげる。もう閉じないんじゃないかってぐらい、押し開いてあげる・・・ほら、そうして欲しくて堪らないでしょ?」
「あ・・・あぁ・・・」
既に確定して未来であるかのように、サキの脳裏にその光景が浮かんだ。
壊れた人形のようにだらしない格好で後ろから突きまくられ、ただ蕩けた表情を浮かべる自分。
人間の男性器とはまったく違う『ソレ』に、うっとりと舌を這わせる自分。
異質な『ソレ』に、全てを捧げる自分・・・。
想像しただけで、ゾクゾクとした快感を覚えて、絶頂に達してしまいそうだった。
サキはイオリの前に跪いて、媚びる目付きで見上げた。
「する・・・するぅ・・・だから、そのあとで・・・ね?」
おねだりする甘えた口調で囁くと、サキはうっとりと『ソレ』に舌を這わせた。先端の眼球も、粘液に包まれた部分も、うねうねと蠢く触手にまで、まるで愛しい人の身体であるかのように、舌と唇で愛撫を加えた。
どこか生臭い匂いも、舌にこびり付く粘液の感触も、えぐいとしかいいようのない味も、全てがサキの悦びに結びついていた。通常の感覚であるならば吐き気を催すだけのそれらが、今は酷く幸せと感じる。下半身からの熱も忘れるほどに、サキは『ソレ』に奉仕を続けた。
「あむぅ、ふ、ちゅぐ・・・ちゅく・・・ん、ちゅっ・・・はむ・・・」
悦びに溢れ返る唾液をまぶしながら、サキは舌を動かし続けた。まるで舌や唇が性器になってしまったかのように、淫蕩な微笑みにも似た蕩けた表情で、『ソレ』を愛撫し続ける。
「ふふ・・・凄く丁寧に舐めるのね。わたしも濡れちゃった。・・・さぁ、約束通り、めちゃくちゃに犯して、あ・げ・る♪」
イオリは男を、いや女であろうとも骨抜きにするような甘い口調で囁くと、サキの頬に手を当てて、目で立つように促した。サキはどこか茫とした表情のまま、それに従う。
「医療カプセルに入って、足を開きなさい。入れやすいように、いやらしく開いてね」
サキははにかむように表情を緩めると、医療カプセルに入って両足がカプセルの外に出るようにして寝転んだ。そうすると、まるで小水を漏らしたように濡れた秘所や、綺麗な色合いの窄まりまでがイオリに晒される。同性であろうとも、本来は見せられない場所で、格好だ。しかし、サキの顔には羞恥めいた表情が浮かんではいても、イオリの命令に背く気はまったくないようだった。それどころか、これから犯されるだろうという期待に、待ちきれない様子さえ見せている。
「あぁ・・・きて・・・何をしてもいいから・・・して・・・」
サキは自ら両手で秘所を開いた。くぱっという音を漏らして、奥の方までイオリに見せ付ける。そこは『ソレ』を待ち焦がれて、愛液を溢れさせながらひくひくと蠢いている。
「かわいい・・・」
イオリは魅了されたかのように呟きながら、サキの上に覆いかぶさっていった。
くちゅ。
『ソレ』の先端が、サキの媚肉を押し広げて埋められていく。
「んぁっ!」
まるでぞりぞりと膣壁を削るかのように、『ソレ』が入ってくる。その感触は、サキがいままでに体験したどのような快感よりも、深く、鋭かった。
――こんなの知っちゃったら、もう他のじゃ我慢できないっ!
絶え間なく喘ぎを漏らしながら、サキは頭の片隅でそう悦びの悲鳴を上げた。秘所だけでなく、身体中が・・・いや、頭の中まで蕩けてしまいそうな快感だった。
快感を与えてくれるモノが何であれ、気にもならなかった。その後に何が起こるかなど、もうどうでもよかった。ただこの快感だけを、いつまでも感じていたい・・・それしか考えられなくなっていた。
「おくっ!ひあっ、し、しきゅうまで、ずんって!ひゃんっ!ふ、ああっ!ずんってなってるぅ!あくっ!あああっ!」
『ソレ』がどんなに気持ちイイか、サキは堪えきれない喘ぎを交えながら、すすり泣くように口にした。子宮を突き破って、口から『ソレ』が出てきてしまう、そんな甘美な恐怖すら感じながら、サキはイオリの背中に両手を回し、離れないように抱き締めた。例え『ソレ』に殺されても構わない、今の快楽を止めて欲しくない、そんな思いに突き動かされた動作だった。
随喜の涙で歪んだサキの目に、ゆさゆさと揺れるイオリの胸が見えた。いとおしさに、サキはそのピンク色の先端を追う。ムリな姿勢に唇が届かず、首筋をぴくぴくと震わせながら、サキは舌を延ばした。目一杯伸ばして、やっとイオリの勃起した乳首の先端に触れた。
「んくっ!ああ、いいっ、ちくびいいっ!」
イオリが快感に顔を歪めながら、自分からサキの口に乳房を近付けた。待ち構えていたサキが口いっぱいに乳房を頬張り、乳首を吸うのと、甘噛みするのと、舌で舐め上げるのを同時にすると、それだけでイオリは絶頂に達してしまったような蕩けた表情を浮かべた。ただ、腰だけが別のイキモノのように、がつがつとサキの腰を穿ち続ける。
「あん、あっ、さきぃ、いいっ、いいっ!それぇ、いいよぉっ!!」
「いおりっ、ちゅぷっ、ひゃっ、いっ!いいっ!ぺちゃっ。すてきぃ!」
二人の喘ぎと濡れた音が、淫臭が充満した医務室に響いた。
もう何も考えられないという様子で、二人はねっとりと腰を振り、手で触れられる場所は愛撫し、唇の触れられる場所は吸いたてた。
「あ゛っ!ひゃふっ!ど、どうしよう!ずっと・・・ずっとイキっぱなしだよぉ!」
サキが快感に咽び泣きながら、イオリにしがみついた。膣壁をゴリゴリと擦り上げる感触が、気絶してしまいそうになるほど気持ち良い。子宮の入り口を突き上げられると、それだけで飛んでしまいそうになるし、Gスポットを擦られると良すぎて死んじゃいそうになる。こんな悦びの世界があるなんて、想像も出来なかった。
「あああっ!きひゃうっ!しゅごいのぉ、きひゃうっ!!」
回らない舌で、サキはイオリに訴えた。今までイキっぱなしでこれ以上があるなんて思わなかったのが、また徐々に快感の上限が上がっているようだった。サキはその事に、怖さと同時に自分が待ち望んでいる事に気が付いた。そんな大きな快楽の波にさらわれたら、もう一生まともでいられないかも知れない。それさえも、もうサキにとってはどうでもいい事になりつつあった。
「ひぁっ、は、あははっ。あのヒトが、たっぷりくれるって。サキ、よかったねぇ」
腰を使いながら、イオリがにやりと笑った。サキはその言葉の意味も理解出来ないまま、コクコクと頷く。神経が焼け付くような快感の渦の中、サキはすでに何も考えられない状態になっていた。
「かはっ、ふあっ、は、はんっ、ちょっ、ちょうだ、んくっ、おねが、ああっ!」
息も切れ切れに、サキはその意味するものも判らないまま、憑かれたようにおねだりした。その様子に、イオリは嬉しそうに腰の動きを速めた。
「いいわっ!あはん、はっ、はあっ、いっぱいっ・・・いっぱいあげるっ!あああっ!」
そう叫ぶようにイオリが言って腰をサキに叩き付けるように打ち込むと、サキの中を蹂躙していた『ソレ』が粘性の高い液体を大量に吐き出した。熱くねとつく液体は、サキの子宮を一杯に満たすと、逆流して体外に溢れ出た。こぷ、ごぽと音を立てて、大量にサキのお尻の方へと流れていく。
「あっ!あっ!あっ!あつっ!しぬっ!しんじゃうっ!あ゛ーっ!!」
サキは壊れたようにガクガクと激しく全身を痙攣させ、目を大きく見開いた。それは、いままでの究極とも思えた快感を、さらに凌駕するものだった。身体中がバラバラになったように感じ、すぐにサキは意識を手放した。意識を保ったままでいたら、この余韻だけで精神が壊れてしまう、そう無意識に感じた為かも知れない。
快楽に蕩けきった笑みを浮かべて意識を失くしたサキを、イオリはどこか邪悪な笑みを浮かべて見下ろした。悦楽の涙で濡れた頬をちろりと舐めると、挿入したままだった『ソレ』を抜き出す。栓が無くなって大量の白濁液がサキの秘所から溢れ出したが、イオリはそれを手に取ると、恍惚とした表情で自分の身体に塗りたくった。
「あぁ・・・すてき・・・」
うっとりと、イオリは呟いた。
― エピローグ ―
あの日から数日が過ぎた。
医務室で行われた、寄生生命体に精神を操られたイオリによる感染拡大は、偶然それを発見したハンター達により、速やかに駆除、洗浄が徹底的に行われた。
イオリが落ちた水場に、どうやら寄生生命体の卵があり、偶然イオリに寄生したものらしいが、今となっては確認する手段が無い。
あの水場は、気化爆弾による徹底した”浄化”が行われたせいだ。危険な要素を残したままで、人は生き延びることは出来ない。原因の追究よりも、対応がまず為されたのは仕方が無い事だった。
そして、今。
イオリは颯爽と、ベースの廊下を歩いていた。
その確かな歩みに、寄生生命体に精神を操られた形跡はない。
イオリが辿り着いたのは、ハンターの装備を格納する更衣室の一つだった。自分の名前が書いてあるロッカーを通り過ぎ、あるロッカーの前で立ち止まる。
それは、暫く前に『狩り』で不幸にも殉職した女性のロッカーだ。イオリは躊躇う事無くロッカーを開けると、そこから小さなビンを取り出した。中には小さなビー玉のようなものが、いくつか入っている。
「うふふ・・・良かった。やっぱりここは大丈夫だったみたいね」
それは、寄生生命体の卵だった。イオリを犯した時に、生み出された命。
イオリはサキを犯しに行く前に、卵をここに隠しておいたのだ。その時の自分の思考は記憶していないが、今のイオリはやっておいて良かったと、素直に思った。
「あぁ、愛しい子供たち。今度はちゃんとするからね」
イオリはビンに頬ずりした。
これは、サキの協力のおかげだ。イオリの精神は、ただ操られていただけだと・・・寄生生命体を除去した今は、通常の精神状態に復帰したのだと、そう偽ったから。
もちろん、そんなはずは無い。
もう、イオリにとっても、サキにとっても、自らを捧げる相手は『アレ』だけなのだから。
命も、心も、血の一滴、肉の一欠片に至るまで、わたし達の全ては『アレ』のもの。
「うふふ、いっぱい・・・増えてねぇ」
幸せそうに、イオリは卵に語り掛けた。
その表情は、慈愛に満ちた母の顔にも、淫蕩な女の顔にも見えた。
< おわり >