其は打ち砕き、破壊せしモノ Vol.2

Destruction.2 ~其は護国を願いし、猛き鬼~

- 序 -

 そこは、神経質さを感じるほど清潔に保たれた、質素とも言える部屋の中だった。そこには数人の男女が居合せたが、緊張した空気が身体に纏わりつくように漂っている。
 机を挟み、壁側には自衛隊の制服に身を包んだ男性が、背筋を伸ばして椅子に座っている。ドア側には4名の男女が野戦服を身にまとい、直立不動の姿勢で立っていた。

「『封印の巫女』は敗れたそうだ」

 ふいに、壁に背を向けて椅子に座っている男が、重い口を開いた。頭に白髪が目立つが、その口調には覇気と迫力に満ちていた。その言葉に、4名の男女の間に緊張が走る。

「青木一等陸尉」
「はっ!」

 ドア側に直立不動の姿勢で立っていた男が、気合のこもった返答をした。長身だが、身体のバランスがとれている。精悍な顔には決意が漲っていた。

「古賀一等陸士」
「はっ!」

 青木の隣に立っている男が返答した。五分刈りの青年だ。他の存在を威圧するような鋭い眼が、特徴的だった。

「結城一等陸士」
「はっ!」

 古賀の隣に立っている小太りの男が返答した。
 柔和な顔を、緊張に引き攣らせている。

「榊一等陸士」
「はいっ!」

 結城の隣の女性が返答した。まだ若く、魅力的な身体だが、どちらかというと、強い意思に彩られたその明るい笑顔に、誰もが心惹かれる事だろう。
 椅子に座った男は、4名を見詰め、満足そうに頷いた。

「陸上自衛隊第0師団特殊災害対策部隊は、本日ヒトハチマルマル時を持って、邪神掃討の任務にあたれ!」
「はっ!」

 青木一等陸尉以下3名が、一斉に敬礼した。

- 1 -

 闇の中、ソファーに片膝を抱えて座っている。
 オレは、どれくらいの時間、そうしていただろう。

「・・・近い・・・な」

 誰かが、オレを目指して近付いてきている。敵意は感じられない。そのかわり、個人情報も曇りガラスを通したように不透明なのだが。これは、初めての事だった。遠く離れていても、その対象物の情報は手に取るように判るはずなのに、今回ばかりはまったく判らない。
 ここは、オレの・・・正確にはオレの身体の家だ。コイツの両親は仕事で海外に行っていて、一人で暮らしていたようだ。
 テレビを見る気にもならず、かといってコイツの知識の中にある『怪獣』のような行動を起こす気にもならず・・・ただ無為に時を過ごしていた。オレを目指して移動するナニカの存在は、無聊を慰める相手として、期待したいところだ。

 ピンポーン。

 玄関のチャイムが鳴った。オレが反応を見せないでいると、少し躊躇してからドアが開けられた。もともと鍵は掛かっていなかったが、意外と決断が早かった気がする。この身体の関係者だろうか。

「まーこーとーちゃんっ・・・真ちゃん、入るよ?」

 鈴を転がすような、少し間延びした少女の声がした。その声に、オレのココロのどこかが、引き攣ったような痛みを覚えた。そんな事があるはずが無いのに。

「あん、なんで真っ暗なの?真ちゃん、いるよね?」

 灯りを点ける音と足音が、だんだん近付いて来る。オレは記憶の中から、この声の該当者を検索した。
 ヒットした情報は一人だけだった。
 瑞木 沙姫・・・この身体のいとこだ。

「あれ?真ちゃん?」

 オレを、蛍光灯の光が包んだ。部屋の入り口には、少し高い位置で髪をポニーテールにまとめた、眠たそうな瞳の少女が立っていた。この身体の記憶が正しければ18歳のはずだが、年齢のわりに身体は未成熟で、背も低く、胸も小さい。中学生といっても通用しそうだ。

「真ちゃん・・・じゃ、ない・・・」

 沙姫の顔に、理解と悲しみの色が浮かんだ。そう、幼い外見とは裏腹に、鋭いとさえ言える直感力がこの少女にはあった。それともう一つ、何人たりとも犯しがたい、『封印の巫女』ですら遠く及ばないほどの聖性。沙姫のオーラは、金色に光輝くようだった。これほどに神に愛された人間ならば、オレの探知が及ばないという事も有り得るのだろう。

「ああ、この身体はもう、オレのだ」

 オレはそう言いつつ、ソファーに座ったままで右手をかざし、沙姫の嫌悪感を煽るように指を動かした。骨という骨、関節という関節を完璧に無視した動きに、沙姫は呆然とオレの手を見詰めた。

「・・・そう・・・」

 沙姫は小さく呟くと、恐れることなくオレに近付いた。不意を突かれて動きを止めたオレの足元に膝をついて、沙姫はオレに抱き付いた。心臓の鼓動を確かめるように、耳をオレの胸板に押し付ける。

「・・・でもね・・・いるよ」

 瞬間、オレの身体に衝撃が走った。外からの衝撃ではなく、内から生じる衝撃だ。
 何が原因かも判らないまま、沙姫に問う。動揺を悟られたくは無かった。

「・・・なにがだよ」
「うん、真ちゃんは・・・ここにいるね」

 こつん、と額を胸に押し当ててから、沙姫は立ち上がった。その顔から、さっきまであった悲しみが、完璧に払拭されている。どこまでものどかな笑みを浮かべて、沙姫は手を振った。

「だからね、今日はばいばい」

 オレは、何も出来ずに沙姫を見送った。胸の奥に、根拠の無い敗北感と、何か暖かい思いが残った。

- 2 -

 オレは、夜の街を彷徨い歩いた。
 目的など、何も無い。今の気分では、女を陵辱しようなどという気にもならない。

───なぜ、沙姫を帰した?───

 オレの頭を占めるのは、まさにそれに尽きる。
 魔王を標榜するオレならば、あの時沙姫を犯すべきだった。その肉の一欠片、魂の奥底までも犯し抜き、聖性など微塵も残らない快楽地獄へと堕とすべきだった。
 それがあの時、この身体の持ち主・・・真がいると言われて、自分でも信じられない程動揺してしまった。
 なんという無様、なんという失態。
 オレは激情に奥歯を軋ませ、ただひたすらに夜の街を彷徨った。
 だから、その気配に気が付くのに遅れてしまった。オレに対する殺意、存在を否定する害意、ヒト以外の存在に与えられる悪意。それが、心地良い程にオレの背中をざわめかせた。

───面白い───

 オレは気配に気付かない風を装って、街外れの廃ビルへ向かった。誰にも邪魔されない、愉しみに浸れる場所を求めて。

 ・
 ・
 ・

「有利な場所に、誘い込んだつもりか?」

 結構広い廃ビルの中、立ち止まったオレに声が掛けられた。辺りには放置された廃材が、外の街灯からの光を受けて、微かにその輪郭を闇に浮かび上がらせている。それは戦場というには余りにも猥雑な空間だった。
 振り向いたオレの前に、4名の男女が立っている。自衛隊の野戦服を着てはいるが、武器の類は一切携行していない。オレに挑戦的に言ってのけたのは、精悍な顔付きの背の高い男だった。他のやつらよりも一歩前にいて、如何にもリーダー然としている。

「今の世は、お前如き時代遅れの邪神が、のうのうと生きていけるほど易い世界では無いぞ」
「・・・へぇ」

 オレも随分と有名な存在らしい。その割に、ヒトの身で勝てるという根拠の無い自信を持つのはどういう事か。まぁいい、愉しめれば。そのうえで男は嬲り殺し、女は陵辱してやる。
 オレが口の端に笑みを浮かべた瞬間、オレの心臓の位置・・・胸の真中にこぶし大の穴が開いた。

「あ?」

 オレは間抜けな声をあげた。オレにも認識出来ない攻撃など、千年前ですら食らった事は無かったのに。オレの背後で、大きな音を立てて壁が崩れた。オレを貫通した余波だろうが・・・それは、『屠月』の一撃よりも強力である事を示していた。
 視線を向けると、ポニーテールの女が左右の手の指を交互に組んで、こちらに向けていた。中指と中指の間が、少しだけ開いている。どうやらそれが攻撃手段のようだった。オレは認識を改めた。こいつらはオレに敵対し得る存在なのだと。

「面白い、面白いな!」

 吼えるように言うと、オレは胸の穴を瞬間的に再生した。同時に右手を揮い、五指をランダムな軌跡で宙を走らせた。

「おぉっ!」

 他の人間を庇うように、五分刈りの男が飛び出した。気合のこもった雄叫びを上げると、触れるもの全てを貫き通すオレの指が、何も遮るものの無い空間で、あっさりと切り落とされ、地に落ちた。それは、鋭利な刃物で斬られたというよりも、最初からその指はオレには付属していなかった、そう思わせるほどの鋭さだった。

「次は俺の番だっ!」

 五分刈りの男の脇から小太りの男が飛び出すと、離れた位置からオレに右手を突き出した。一瞬のタイムラグも無く、まるでその腕がオレに触れていたとでもいう風に、オレは激しい衝撃に吹き飛ばされた。そのまま背後の壁に打ち付けられる。

「がふっ!」

 無様にも、吐血交じりの苦鳴がオレの口から洩れた。いくら邪神だった頃よりもこの身が生物よりの存在になったとは言え、この攻撃はただの衝撃波では無いという事だろう。
 壁から身を起こそうとした瞬間、どこかから飛来した鉄パイプが、オレの身体を壁に縫いつけた。手首も、胴も、首筋も、足も、胸も、頭も、いっそ気持ち良いぐらいに無骨な鉄パイプに蹂躙された。

「他愛も無い・・・。この程度の邪神に敗れるとは、『封印の巫女』も落ちたものだな」

 リーダー格の男が、周囲に鉄パイプや石や木材などを宙に舞わせながら、オレの方へ歩を進めた。

「滅び方は選ばせてやろう。粉々に打ち砕かれるも、微塵に切り刻まれるも、塵も残さず焼き尽くされるも、好きに選ぶが良い」
「・・・今、ここでお前たち如きに滅ぼされる気は・・・無い」

 鉄パイプに押し潰された喉は、それでもオレの声で空気を震わせた。嘲弄すら込めたその言葉に、リーダー格の男の顔に怒りが表出する。

「貴様・・・死ねっ!日本の平和の為にッ!民間人の幸せの為にッ!!」

 その怒声とともに、激しい攻撃が集中した。
 上半身と下半身が切り離された。皮肉な事に、身体に突き立った鉄パイプが身体を支えていた。
 目に見えない衝撃が、何度も身体を突き上げた。
 打ち捨てられた廃材が身体中に刺さり、肉体を抉った。
 普通の人間であれば・・・まともな生物であれば、数十回、数百回と殺せるだけの攻撃が、この身体を襲った。しかし、ものが物理的な攻撃であれば、まだ耐えられる。肉の一片、骨の一欠片となっても、滅びる事はあり得ない。オレは、表皮の剥がれたボロボロの唇を、笑みの形に歪めた。

「まだ・・・まだ嘲笑するか、貴様ァ!!」

 怒りに攻撃が一層激しくなる。しかし、オレが何を笑っているか、コイツらは判ってない。それではオレを滅ぼせない。

「ぐああっ!」

 突如上がった悲鳴は、オレの指を切り落とした男のものだった。右肩の付け根が、ごっそりと失われている。何かの冗談のように、腕が下に落ちた。
 どう、と床に倒れ込む五分刈りの男が、肩に手をやり、押し殺したように呻いた。
 脇に転がった右腕が、出血が無い事からも、出来の良いマネキンの腕のように見えた。

「古賀っ!!」

 リーダー格のヤツが、驚愕に目を見開いた。
 古賀という男を攻撃したのが誰か、理解したからだ。
 それは、先ほどオレを攻撃した位置で、地面にぺたんと座り込んだ女だ。オレを攻撃した時のように、両手の指を組み合わせて、古賀という男の方に向けていた。しかし、それは男たちの目に異様に映った。
 榊は攻撃の態勢を取りながら、身体をなよなよとくねらせている。顔に浮かぶのは恍惚と悦楽。この緊迫した空気の中、セックスに耽溺しているような女の姿は、酷く浮いた印象を与えている。

「榊ッ、貴様何故っ!!」

 怒号する男の声も届かないままに、榊は無限の快楽に溺れ続けた。しかし、その表情とは裏腹に、構えた左右の掌の空間に青い光が宿った。だんだんと膨れ上がり、最初は掌同士が触れ合っていたのが、今では間に野球のボールを挟んでいるかのように膨らんでいる。それは、まるで内側から生じる圧力を示しているかのように。

「いかん、散れっ!」

 その指示は一瞬遅かった。いや、正確にはこの攻撃は、ほぼ回避不可能なのだ。次の瞬間、小太りの男の胸に拳ほどの大きさの穴が開くのを無事な左目で確認し・・・オレは拘束された身体を引き抜きに掛かった。

「結城まで!・・・貴様、榊に何をしたッ!」

 オレは怒りに震える男を見下しながら、身体を再生した。ボロボロだった衣服も、わざと余裕を見せつける為に再生する。

「その榊という女は、オレが与える快楽の代償に、身体とチカラをオレに差し出した。もう、オレのモノだ・・・こんな風に、なっ!」

 オレは、女の膣内に潜り込んだ指に、命令を送った。
 これは、一番最初に斬られた指だ。これを独立して動かし、女を犯し、脳を改造したのだ。自分に都合の良いように。自分の手足として動くように。

「ぅあっん!」

 快楽に、女の顔が甘く蕩ける。口から快楽の呻きが滴る。
 しかし、その身体の動きは、苛烈という以外には無いものだった。
 まっすぐに伸ばした榊の右手が炎に包まれ、振るった瞬間に弧を描くように伸びた炎が、男の膝を焼き切ったのだ。切断面は醜く焼き尽くされ、炭化したそれは出血も許さない。まるで何かにつんのめったかのように、男は足をその場に残して、床に倒れ込んだ。

「があああああぁあっ!!」

 男の口から、獣のような悲鳴があがった。床に爪を立て、激痛にのたうちまわる。これほどの苦痛が続けば、普通の人間なら発狂してもおかしくは無い。ましてや、超常の力を振るうなど、出来はしまい。

「貴様・・・貴様ッ」

 古賀が立ち上がった。失った右腕の付け根を押さえながら、ぎらぎらとした光を目に浮かべている。オレは、指を伸ばして古賀の額を狙った。

「はあっ!」

 オレの指がその身体に届く前に、またも切り落とされた。しかし、オレは既にこの能力を見切っている。
 それは、厚さ1ミクロン、面積が1平方メートルの空間を、強引にテレポートさせるという技だった。それゆえに、どんな鋭利な刃物よりも鋭く、どんな硬度のものだろうと斬る事が出来る。しかし、それはただそれだけの技だ。
 古賀がオレの身体に技を振るおうとした瞬間、枝分かれして槍のように伸びた指が、足元から古賀の全身を突き刺し、突き抜けた。古賀は悲鳴を上げる事さえ出来ずに、ビクンと一回震えて絶命した。
 オレの身体は切り取られてもオレの意志のままに動く・・・それを理解出来なかったのが、コイツの敗因だった。

「がぁあああっ、あ、あぐぅああっ!!」

 ただ一人生き残った男は、両手で這うように、オレに近付いて来た。コイツの能力・・・サイコキネキスもまともに働かないというのに、這い寄って何が出来るというのか。オレの嘲るような表情に、男は奥歯をぎりぎりと噛み締めた。

「はっ・・・はっ・・・たとえこの身が朽ちようと、一矢報いねば・・・死ねんっ!」

 オレが、首を絞められたぐらいで死ぬとでも思っているのか。
 床に突き立てた爪が割れ、まともに動かない身体を引き摺る姿に、オレは嘲弄の笑みを浮かべ、榊に合図を送った。

「ぐぁっ!」

 男から苦鳴の呻きがあがった。榊が炎の剣で、両腕を肘のあたりで切り落としたからだ。これで首を絞める事も出来なくなった。

「この状況で、どうやって一矢報いるつもりだ?」

 嘲りが混じった口調で言うと、男は顔を上げた。まるでオレを視線で射殺すとばかりに、憎悪と殺意の篭もった目付きでオレを睨む。芋虫のような身体で、少しずつずりずりとオレに向かって這う。いくら傷口から失血する事は無いとは言え、四肢を焼き切られた状態でよくも気迫が続くものだ。

「まだだ!貴様の喉を、噛み千切ってくれる!!」

 それは、本当なら不可能な夢物語だ。しかし、鬼気迫る男の様子は、あながち無理と言い切れない迫力があった。
 昔は、こういう『鬼』が多くいたものだった。我が身の安全など考えもせず、邪神を封じるために戦った『鬼』。ただし、オレはもう邪神では無いし、この状況ではどう足掻いても逆転は無い。

「・・・なら、そのまま・・・死ね」

 オレは男に宣告した。
 国に殉じた男の血飛沫が、怨嗟の声とともに宙に舞う。

- 3 -

「どうして・・・どうしてこうなっちゃったの・・・いやぁ・・・」

 榊は、膝を抱えて絶望に震えていた。
 何も見えないように、顔を膝に押し付けて、小さく呻いている。
 全員が死に絶えた後、オレは榊の中から指を抜いた。その時に、脳の一部を書き換えたのだ。
 オレがそばにいるという事。
 自分が操られて仲間を殺した事。
 自衛隊から裏切り者として狙われる事。
 これからの自分の事。
 それらの考えに押し潰されそうになる程、強力に加工された絶望。外部からの刺激が無ければ、衰弱死するまでこの姿勢で震え続けるだろう。
 ここまで追い込んだのは、それなりの意味がある。
 この女は、ある意味究極の炎使いだ。両手の中で極限まで圧縮した炎を、まるでレーザーのように打ち出す技といい、炎を剣に変えて焼き切る技といい、オレの知識の中には、これほどまでに強力な炎使いは存在しなかった。
 純粋に、手駒として欲しい、そう思ったからだ。

「おい、榊」

 オレの声に、榊はビクッと身体を震わせた。それでも顔を上げない。絶望と恐怖に身動きが取れなくなっているからだ。

「これだけ仲間を手に掛ければ、オレが手を下さなくても、元の仲間に狩られるな」

 またもビクッと震える。それどころか、微かに嗚咽を洩らしているようだ。
 オレに言われるまでもない。それは、榊の頭の中で繰り返されていた出口の無い問いだったからだ。

「生きて・・・いたいんだろう?」

 オレは、甘い毒にも似た言葉を榊に与えた。毒と判っていても、飲まずにはいられない・・・そんな言葉。恐らく榊は、真の闇の中に、一筋の光明を見つけたような気持ちになった事だろう。

「わ・・・わたし・・・」

 榊は涙に濡れた顔を上げて、オレにおどおどとした視線を向けた。戦慄く唇から、どもり気味の言葉が洩れる。

「わたし・・・しにたく・・・ない・・・こわいの・・・」

 自分で口にした『死』という言葉にまたも恐怖が呼び起こされたのか、少し大きめの目から涙が溢れた。

「しにたく、ないよぉ・・・」

 まるで、年齢が退行してしまったかのように、朴訥で真摯な口調で願う。

「身も心もオレのモノになれば、生かしてやろう」
「・・・身も・・・こころも・・・」

 榊が、茫とした口調でオレの言葉を繰り返した。

「そうだ。さっき感じた快楽を思い出せ。オレのものになるという事は、またアレを味わうという事だ」
「あ・・・ふ・・・」

 榊の頬が赤く染まり、もじもじと腰を動かした。
 さっきまでの絶望が、そのうっとりとした顔から払拭されている。
 人間にとって、快楽は生の実感と同義だ。ましてや人間や道具では絶対に与えられないほどの快楽ともなれば、絶望に囚われた榊にどれほど魅力的に映ることか。

「なります・・・ひとみは、邪神様のものに・・・身も・・・心も・・・」
「オレのことは、”魔王”と呼べ」

 オレが顔をしかめて言うと、榊は「はい・・・魔王様」と言い直した。

「よし・・・服を脱げ」
「はい」

 オレの言葉に、榊は嬉しそうに返事をした。躊躇う事無く、野戦服を脱いでいく。そう、この女はオレの庇護を受ける為なら、どんな事もする・・・そういう心理状態になっているのだ。
 オレは、この稀代の炎使いを完璧に自分のモノにする為に、調教を始めた。

- 4 -

 恥ずかしそうに顔を赤らめながら、それでも榊は全てを脱ぎ去り、オレの前に全裸を晒した。その顔には、羞恥以外の表情も浮かんでいる。それは、期待だった。
 オレの庇護のもと、快楽を享受する・・・それは、少しでもオレの与える快楽を味わえば、酷く魅力的で逆らい難い、オンナの悦びに見えるのだろう。事実、榊の秘所は既に濡れて、快楽を待ち望むようにひくついていた。

「魔王様・・・」

 よろめくように一歩を踏み出した榊に、オレは自分のズボンのチャックを下ろして見せた。

「まずは、その口で奉仕しろ」

 オレの股間から生えたソレは、凶悪なほど反り上がり、あちこちに球状の瘤がごつごつと付いている。全体を細い繊毛が覆っていて、まるで意志を持っているかのように蠢いていた。
 それは、オンナを狂わす為だけに存在する凶器。日常も常識も道徳も愛情も、全てを破壊して唯一の存在に成り代わる狂気。
 初めて見れば嫌悪以外の感情を抱き様が無いが、それから与えられる快楽のとばぐちでも覗いた者なら、何物にも換え難い宝物になる。その証拠に、榊の目はオレのモノにうっとりと引き寄せられている。

「あぁ・・・すてき・・・」

 思わず口にしたという感じで言うと、榊はオレの足元に跪いた。どきどきと色めいた表情で薄く微笑むと、榊は口を開いて舌を出した。

「はぁ・・・ん・・・んむぅ・・・ぺちゃ・・・あむ、ぅ・・・」

 榊は躊躇う事無く、精一杯伸ばした舌でオレのモノを舐め始めた。唾液をたっぷりとまぶし、先端から根元まで、余す事無く奉仕する。形状の違いも気にならないのか、その表情には恍惚とした笑みが浮かんでいる。

「んぅ・・・あ、かたいよぉ・・・あん・・・こんなにおおきぃの・・・はいるかしら・・・んむぅ・・・!」

 嬉しくて堪らないという顔で、困ったと言うふうな言葉を呟く。目一杯大きく口を広げると、榊は喉の奥までオレのものを受け入れた。それでも全体の半分ぐらいしか飲み込めず、苦しそうな、そのくせ幸せそうな矛盾した表情を浮かべ、顔を前後に振り出した。

「ふぐっ、ふっ、ふっ、んぅっ、んんっ、んぁっ、うんっ」

 榊はリズミカルに呼気を洩らしながら、少しずつ慣れてきたように舌を動かし始めた。唇の端から、口の中に収まり切れない涎が滴った。オレは暫く、榊の懸命な奉仕を楽しんだ。

「よし、もういい。そろそろ犯してやる」

 オレの言葉に、榊は顔を輝かせて口からオレのモノを吐き出した。発情したイヌのように、だらしなく開いた口から舌が覗いている。

「はぁ、はぁ、まおうさまぁ・・・お、おねがい・・・します・・・」

 オレは、両手の指を伸ばして、榊の身体にまとわりつかせた。榊は悦びに顔を輝かせて、指の拘束を受け入れた。

「あぁん」

 ボリュームのある胸を絞めつけると、苦しそうな、それでいて感じていると判る声で嬌声をあげた。根元から搾られるように固定された胸は、内側からの圧力で今にも弾けそうなほどの張りを見せている。その先端には、いかにも弄って欲しいとでも言うように、大きく勃起した乳首が震えている。

「この胸は誰の物だ?」

 オレが意地悪く聞くと、榊の潤んだ瞳に被虐的な悦びが浮かんだ。無意識になのか、身体をオレの指で縛られながら、胸を突き出すように身体をくねらせた。

「まおうさまの・・・まおうさまのですっ!」

 自分で口にしただけで感じてしまったのか、白濁した愛液が震える榊の太腿を伝った。濡れた秘所はもう、いつでもオレを受け入れる準備は出来ているようだった。

「じゃあ、オレがどんな事をしても、いいんだな?」
「はいっ!」

 オレは唇の端を歪めると、榊の目の前で指を2本、ケダモノの顎に変化させた。極小ながら、肉を食い破る為にあるような鋭い牙。エモノを嬲る為だけにあるような、長く広い舌。牙を剥いたそれは、榊を威嚇している様にも見える。

「コレで、お前の身体を傷付けられてもか?」

 目の前で、顎達をゆらゆらと揺らす。

「・・・わたしの全ては、まおうさまのモノです。どのようにでも・・・なさって下さい」

 顎から目を離せないまま、榊は何かに憑かれたように、熱っぽい虚ろな口調で答えた。頭の中身を多少作りかえられているだけあって、その言葉には虚偽は感じられなかった。
 そう、榊の脳は、オレに都合が良い様に改造を済ませている。最初は絶望だけしか感じられないように、次はオレから与えられた希望に、全身全霊で依存するように。そして、今は徹底したマゾ的な感性で思考するようにした。禁止したのは、自分で自分を傷付ける事だけだ。何しろそこだけは気を付けないと、自傷行為でコワレかねない。

「いい心掛けだな。褒美をくれてやる」

 言葉と同時に、顎の一つに乳首に噛みつかせた。ぴっ、と音を立てて、鮮血が宙を舞う。痛くはあるが、激痛では無く、傷は付くが、痕は残らない。そんな力加減で、指は牙を突き立てる。

「ひぎっ!いいいぃいいっっ!」

 榊は歯を食い縛りながら、ケモノのような悲鳴を上げた。涙を流しながら、ぎゅっと目を瞑る。

「いたい・・・いたいよぉ・・・」

 榊は泣きながら、呟くように言った。しかし、自分でも気付いていないのだろうが、その声には甘く蕩けるような響きが混じっていた。
 当然だ。そう感じるように作り変えたのだから。

「あぁん、いたぁ・・・い・・・」

 オレは、乳首から牙を外した。傷付いた場所から血を滲ませる乳首を、榊はどこかうっとりとした目付きで見詰めている。オレは指から獣の舌を出すと、ざりざりした部分で乳首を舐めた。

「ひああっ!あっ、あはっ!ひぃん!」

 もう、その声は苦痛を訴えはしなかった。穴を穿たれ、血が滴るその場所は、まるで敏感なクリトリスのように、榊の快楽を掘り起こしている。榊は全身を桜色に染めて、被虐の悦楽に悶えていた。
 オレはもう一本の指の顎を、榊の目の前に動かした。獣の舌を伸ばし、榊の喘ぎ続ける口の前でゆらゆらと漂わせる。榊はオレの意図に気が付き、自らも舌を伸ばした。

「ふむぅん、あひゅ、ん、うぅんっ」

 最初は榊の舌の先端を突つくような動きをしていた獣の舌が、さらに伸びて、榊の舌に絡まったり、付け根を突ついたり、舌の表面を舐め上げたりという動きに変わった。それは、榊の口の中を犯す動きだった。息苦しそうな榊の声が、更なる欲情に濡れた。

「そろそろ、入れてやろう」

 そう宣言すると、榊の身体の向きを、後向きに変えた。上体も倒し気味にして、たっぷりと肉感的な尻を突き出すような姿勢を取らせた。拘束した両足を大きく開かせ、逆に両手は自由にした。
 この姿勢を取らせると、濡れて物欲しげにひくつく陰唇や、極度の興奮に小指の先程にも固く尖ったクリトリス、ココア色の窄まりまでもが晒される。自分でもそれが判るのだろう、榊は羞恥と期待を込めた顔で、こちらを振り返った。

「あ・・・あの・・・、まおうさま・・・お願いします・・・いれて、ください・・・」

 その懇願する様子に、オレは満足の笑みを浮かべた。

「どこに入れて欲しいんだ?ちゃんと開いて見せてみろ」

 オレが意地悪く言うと、榊はまるで主人に構ってもらえたイヌのように嬉しそうな顔をして、自由になった手を自分の股間に伸ばした。くちっ、という濡れた音を響かせ、両手の指で秘所を大きく開いた。まるで、膣の奥まで覗けそうだ。

「ここに・・・ここにお願いします・・・。はぁん・・・まおうさまぁ・・・」

 それだけで感じるのか、またとろりとした愛液が分泌され、指を伝って床に滴った。一層、周囲にいやらしい匂いが立ち込める。微かに漂う死臭など、この圧倒的な生の発露には抗するべくもなく、掻き消されていた。

「そら、味わえッ」

 オレは一気に一番奥まで突き入れた。榊の中は狭く、オレをぎちぎちと咥え込む。それは、榊自身が激しい圧迫感を感じるという事だ。まるで息が詰まったかのように、榊は「かはっ」という声を洩らし、まともに呼吸が出来なくなっていた。大きく開いた唇から、舌が吐き出されて小さく震えた。
 ビクンっ!
 榊が声も無く、その背を仰け反らせた。全身から分泌された汗が、きらきらと宙に舞う。

「おああっ!ひぃあああっ!あ、ああっ!う、ああああっ!」

 狂ったように、榊は吼えて身体をくねらせた。オレのモノから生えた繊毛が、榊の中を擦りあげ、突付きまくっているからだ。襞と襞の間をなぞるように、または蠕動に合わせるように蠢く繊毛が、榊に人外の快感を与えている。

「あがぁあっ!まおっ、まおうさまっ!いくっ、いぐぅッ!!」

 榊が涙を流しながら、必死に絶頂が近い事を伝えた。熱くうねる膣内も、ひくつきながら、その瞬間が近いという事を示している。オレは、今まで動かさずにいた腰を、大きくグラインドさせた。

「ああっ!ああああぁあぁああああああーっ!!」

 ただの一突き、それだけで榊は絶頂に押し上げられ、潮を吹いた。

「ひぃん・・・でちゃ・・・あ、ああっ!すごいの・・・ひゃんっ!!」

 深い絶頂の波に煽られるように、潮は何度も噴き出していた。姿勢の関係からか、まっすぐ床に向かって噴き出し、そこに小さな水たまりを作った。
 ふるふると身体を震わせると、榊の身体から力が抜けた。オレの指に身体を支えられながら、魂が抜けたような恍惚とした表情で、荒い息を吐いている。
 オレは、榊の身体を床に落とした。

「きゃっ」

 どさっと床にうつ伏せに落ちた榊は、小さく悲鳴をあげると、意識が覚醒したようだった。ぞんざいに扱われたというのに、批難の欠片も無い、奴隷が愛しい主人を見上げる瞳で、肩越しに榊はオレを見上げた。

「まおうさまぁ・・・」

 その声には、甘い媚びが含まれていた。
 ココロの底からオレに隷属し、オレのためなら全てを差し出すモノの声だ。

「もう一回犯してやる。四つん這いで、尻をこっちに向けろ」

 オレが言うと、まだ息も落ち着いていないくせに、榊は嬉しそうに「はいっ」と返事をした。満面に艶めいた笑みを浮かべて、尻を高く上げる。
 オレは榊の尻肉を鷲掴みにして固定すると、前戯の必要も無い程に濡れそぼったそこに、オレのモノを挿入した。

「ひあぁっ!くるぅ!おくまで、きちゃうぅ!あひゃああっ!」

 悦びに悶え、打ち震える榊の狂態を見ながら、オレは腰を使い始めた。
 狂宴は、まだ終わらない。

- 跋 -

 高層ビルの屋上に、女性が一人佇んでいる。強風に長い金髪とマントをなびかせながら、それを気にした風も無く、とある方向を見詰めている。
 美しい女性だ。その身長とあいまって、トップクラスのモデルと言われても、誰もが納得してしまうだろう。気の強さを示す釣り上がり気味な目や、意志の強さを表すように引き締められた唇、月明かりにマントを透かして見えるボディライン・・・それらが個性として、完成した美を体現していた。
 ふいに、その口元が弛んだ。

「へぇ、紛い物にしちゃあ、やるじゃん」

 その口から、美しい声で、伝法な口調の言葉が独白された。
 まるで、男のような、がさつと言ってもいいくらいの言葉遣いだった。

「オレを、楽しませてくれよ?魔王サマ」

 嘲るように言うと、女は白魚のような美しい指を振るい、空に紋様を描いた。指の軌跡が光り、空中に図形として残る。それは、魔方陣だった。
 女は複雑な形にも関わらず、僅か数秒で魔方陣を描き終える。

「開門」

 女の声に反応し、魔方陣が砕け散った。さらさらとまるで雪の様に、光の欠片が地上に降り注ぐ。それは奇跡のように美しく、幻想的な光景だった。
 光の欠片が消え去った後の、誰もいない高層ビルの屋上に、ただ風だけが吹き抜けていった。

< つづく >

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