其は打ち砕き、破壊せしモノ Vol.4

Destruction.4

- 序 -

 ここはアメリカのとある州にある建物の中。打ちっ放しのコンクリートの壁に囲まれ、大き目のベッドが一つある。無骨な印象を与える床に置かれたベッドは、豪奢な天涯がついており、そこだけが華やいだ空気を醸し出している。
 今は昼を少し過ぎたくらいだろうか、窓を閉めきった暗い室内に、パタパタと何かが羽ばたく音がした。

「ん~っ」

 自堕落な感じのする女の声と共に、ベッドの中からたおやかな腕が伸ばされた。良く見れば、広いベッドの中には二人分の膨らみが、寄り添うように潜っている。
 パタパタと羽ばたくそれ───蝙蝠のようにも見えるが、足が人の手の形をしている───は、まるでそれが当たり前のように、白魚のような指先に止まる。

「ぅん、・・・あぁ、そうなんだ・・・へぇ・・・うん、ありがとよ・・・」

 半分寝惚けたような声が礼を言うと、蝙蝠のようなモノは、ぽんっと妙にコミカルな音を立てて、一枚の紙になった。それとも、それは元々が紙で、戻っただけなのかも知れない。複雑な記号が描かれたそれは、どこか”護符”に、良く似ていた。

「さっきエッチが終わったばかりだってぇのに、面倒なこった」

 一つの金色の影が、毛布を押し退けるようにして身を起こした。
 それは、長い金髪を美しい素肌に纏わせた、まるでモデルのような美貌の女性だった。気の強そうな吊り上がり気味の目が、今は眠そうにトロンとしている。少し茫と中空を見詰めてから、自分の頬を軽くはたくようにして気合を入れた。下半身をずらし、ベッドから降り立つ。
 ぺたぺたと音を立てて、女は素足でシャワールームに入った。水のまま、眠気を汗と一緒に洗い流すように、シャワーを全身に叩きつける。水を浴びる毎に、女の精神が薄く、鋭く研ぎ澄まされて行くようだった。それはまるで、人を斬る事を運命付けられた刃のように。

「ケビン、行くの?」

 女・・・ケビンが髪を乾かし、服を身に着けると、ベッドルームの入り口から、もう一人の女の声がした。ケビンはそちらに柔らかい笑みを向ける。

「やぁ、キャス。起こしちゃったかな?」

 その声に引き寄せられるように、ベッドルームから月の影のようにひっそりと、女が素肌にシーツを纏って現れた。
 ウェーブの掛かったブロンドの髪を肩まで伸ばした、しっとりとした優しい雰囲気の女性。ケビンと並ぶと、まるで太陽と月のように対照的だった。ただし、だからどちらが美しいという評価には繋がらないだろう。太陽のような陽気な美しさも、月のように光を受けて輝く美しさも、較べようが無いからだ。

「一人で寝ていても、仕方が無いもの」

 キャサリンはそう言うと、ケビンの背中から抱き付くように寄りかかった。そのまま首筋に、軽いキスを送る。ケビンはくすぐったそうに、「わりぃな」と笑った。

「いくら魔力の桁が違うからって、あっさりニホンの魔王サマが他の邪神に負けちゃってね。しょうがないから、ちょっとだけ手を貸すつもりだよ」

 絶世の美女が、男そのものの口調で話す違和感を、キャサリンは気にしていないようだった。それどころか、ケビンを守ろうとするかのように、強くその豊満な身体を抱き締める。

「危ない事は、しないでね・・・あなた・・・」

 ケビンは振り返ると、キャサリンにキスをした。それから唇の端をにやりと歪めて、自信あり気に笑う。

「大丈夫だ。信じろよ」

 いくつかの道具を鞄に詰めて、ケビンは部屋の中央に立った。心配そうに見詰めるキャサリンにウインクを一つ残すと、宙に魔法陣を構築する。

「まったく、魔王サマも手間を掛けさせてくれるぜ」

 苦笑するかのような声を残し、ケビンは魔王の元へと界を渡った。

- 1 -

 熱くて甘い舌が、沙姫の唇の形をなぞるように、ねっとりと辿った。後に残された唾液が、まるで催淫液のように感じられた。
 ぞくん。
 それだけの行為に、沙姫の背中に快感が走る。
 暴力的では無く、圧倒的でも無い。ただし、捕まえた獲物の内臓を、時間を掛けて啜る蜘蛛のような、そんな恐怖を覚える快感。逃げられないし、ましてや身体は刻一刻と蕩けて行く。いつかは、逃げようと思う心すらも、蕩けて無くなってしまいそうだった。

「んっ!」

 目を見開いた沙姫のすぐ目の前に、EGW_X1の澄み切った目がある。なんの感情も伴わない目だ。シャーレを覗く科学者ですら、これほどの無感情ではいられないだろう。
 しかし、その感情の無さとは裏腹に、EGW_X1の与える快感は、確実に沙姫を追い詰めて行った。甘い吐息、絹越しに伝わる体温、沙姫の右足を挟むようなEGW_X1の足の感触。全てが緩やかに性感を刺激していた。

 ここは、どこか歪な気配を色濃く残す、岩を切り出して組み上げた、窓一つ無い部屋。あるものは壁際の壷と、中央の手術台を思わせる岩のベッド。そこに、沙姫は全裸で細い鎖で拘束され、EGW_X1に嬲られていた。
 壁際の壷の脇にサイズが静かに立ち、沙姫とEGW_X1の淫靡な姿を、微笑ましく見詰めている。しかし、その眼に浮かぶものは、野心と期待。どちらもサイズの表情にそぐわない、酷くどろどろと濁った色に染まっていた。

「ふふふ、お嬢さんにはもっと悦んで貰わねばいけないね」

 サイズは、まるで孫娘に躾をする祖父のように、優しく言った。その優しさは、状況からするとちぐはぐな印象を受ける。まるで、白い壁に向かって一人話す者のように。即ち、異なる世界の精神を内包するような、狂気。

「んぅっ!」

 固く結んだ沙姫の唇に、EGW_X1の唇が重なる。柔らかい唇の感触に、またも沙姫の身体の中がざわめいた。
 身体がぴくんと反応し、手足を拘束する鎖が、じゃらりと音を立てる。
 つん。
 EGW_X1の舌が、沙姫の唇を割って侵入する。しかし、固く噛み締めた歯に閉ざされ、EGW_X1の舌は攻めあぐねたように、動きを止めた。しかし、それも一瞬だけの事。EGW_X1は、唇の裏側や歯茎を、柔らかく舐め始めた。
 強引な事はしない。傷付ける事もしない。EGW_X1は、飽きる事無く攻め続けた。それは、沙姫の抵抗が長い事は続か無いと、知っているかのように。
 サイズは、沙姫の顔を彩る快楽に、満足そうに微笑んだ。

「そう・・・邪神と合一する素体は、正常な精神では遣い辛いのだよ。薬や快楽で、壊れるぐらいでちょうど良い。EGW_X1の成功が、それを示している。ただし、普通の人間ではダメだ。邪神と相対してもなお飲み込まれない力の持ち主・・・それが条件だ」

 サイズの熱っぽい視線は、沙姫から封印された壷に移った。その視線は、古ぼけてあちこち罅割れた壷では無く、その中の愛しい者に対するもののようだった。

「そして・・・人造の女神となった君の、私は主人になるのだよ」

 その狂気にも似た呟きは、沙姫の耳には届かなかった。例え届いていたとしても、理解するだけの余裕は無かっただろう。今、沙姫が戦っている相手は、自分を襲う快楽だった。それとも、快楽を受け入れようとする、自分の身体かも知れない。

「んふあっ!!」

 息苦しさに、ついに沙姫の唇が開いた。EGW_X1はその隙を見逃さずに、舌を口腔内に侵入させた。歯の裏側も、舌の付け根も、喉の入り口まで、全てを余さずに蹂躙する。にゅるにゅるという艶かしい感触が、沙姫の身体を蕩かしていく。

「んんっ!」

 歯でEGW_X1の舌を噛み切る訳にもいかず、沙姫はパニックの頂点に達した。しかし、それを過ぎると今度は快楽が口を通して浸透してきた。どこか甘い唾液も、擦り合わせる舌も、ゾクゾクと沙姫の性感を刺激した。

「んくっ!!」

 快感に塗れた沙姫が、驚愕の声を上げた。
 EGW_X1が、舌を沙姫の喉を埋め尽くし、さらに伸びて胃へと進入して来たからだ。
 不思議な事に、息苦しくは無らなかった。それどころか、感覚器の無いはずのそこは、異質な快感を伝えてきた。またも沙姫はパニックに見舞われる。
 ぐりゅ・・・ぐちゅ・・・。
 湿った音を立てて、沙姫の食道と喉が犯された。次元の異なる快感に、沙姫は次元の異なる絶頂に達した。一度では終わらない。食道の一擦り、喉の一擦りが、理解出来ない快楽を掘り起こす。

「・・・ッ!」

 声を出すことも出来ない。沙姫は虚ろな瞳を見開きながら、透明な涙を流し続けた。
 拘束された四肢が感電したかのようにビクビクと震えて、身体が何かから逃れようとするみたいに仰け反る。小振りな胸が、身体に合わせて踊るように揺れた。

───コワレちゃう・・・こんなの・・・おかしいよぉ・・・───

 しかし、EGW_X1の責めは終わらない。沙姫は、EGW_X1と密着した下半身に、新しい刺激を認めて、驚きに目を見開いた。

───これ・・・おちん○ん?どうして・・・───

 正確には違う。EGW_X1のクリトリスが、まるで男性器のように、巨大化したのだ。それは、魔王と同じような、身体操作の能力なのだろう。沙姫とEGW_X1のすべすべした腹の間に挟まれたそれは、凶悪な程の大きさと、ごつごつとした瘤のようなものが付与されていた。

「ッ!!」

 快感に蕩けた頭が、一瞬霧が晴れたように、明瞭さを取り戻した。EGW_X1がもぞもぞと腰を浮かせると、沙姫の秘所にその異様なクリトリスをあてがったからだ。それを挿入された時の快感を想像して、身体は熱く濡れて、心は恐怖に怯えた。だから、恐怖にも似た感情に首を振りたくり、身体は足を開いた。

「ふふ」

 無表情なEGW_X1が、淫蕩に笑ったように沙姫には感じられた。驚く程近い場所で、EGW_X1の瞳が沙姫を見詰めている。その瞳は、沙姫の身体の反応に、どこか満足そうな光を浮かべていた。

「んんんんんッ!!」

 濡れた膣を押し広げて、ワザと羞恥と快楽を掘り起こすように、ゆっくりとEGW_X1は挿入した。大き過ぎて入らないのではないか、入り口を裂く激痛を伴うのではないかと思われたそれは、擦れる抵抗感は残しながら、驚く事に沙姫の身体を傷付けることは無かった。その代りに、秘所が性器だと思い知らせるような、圧倒的な快感が沙姫を襲った。
 ずりゅ。
 ちゅぶ。
 にちゃ。
 酷く濡れそぼったそこは、EGW_X1が腰を動かすごとに、肉が擦れ合う湿った音を響かせた。その音に合わせるように、沙姫は快感に突き動かされて、声にならない悲鳴を上げる。食道を犯される快感と、膣を抉られる快感が混ざり合い、脳内で何度も絶頂を生み出した。

 陵辱は、終わる事無く続けられた。

- 2 -

 家の中には、湿った咀嚼音が響いている。
 ぐちゃ。ぐちゃ。じゅる。がち。ばき。ぐちゃ。
 時々聞こえる固い音は、骨を噛み砕く音だろうか。

「ふぅ」

 どれ程食らい続けたのか、窓を閉め切って暗い室内に、一息吐いたという感じの男の声がした。
 魔王だ。魔王が全身を朱に染め、床に座り込んでいる。

「これが精一杯か・・・」

 魔王は、自分の身体を見下ろして、そう一人ごちた。
 魔王の身体は、満身創痍としか表現出来ない状態だった。血こそ出ていないものの、身体中に穿たれた傷痕があり、右手も無く、右足も無い。ただじわじわと、肉が盛り上がる様子が伺えた。

「さて、どうしたものか・・・」

 魔王は、忌々しそうに呟いた。闘うのに、まだ力が足りない。
 この程度の力では、アレを殺しきれない。
 さっきのボロボロに壊された身体を思い出して、魔王はギリ、と歯軋りした。

「力が欲しいかい?」

 突然、魔王の目の前に、黒を基調とした服にマントを纏った、金髪の美女が立っていた。空気をそよとも動かさずに、まるで最初からそこに居たとでも言う風に。

「何者だ?」

 魔王は慎重に声を掛けた。普通の人間になら遅れは取らないだろうが、文字通り突然部屋の中に現れた女が、普通の人間の訳も無い。

「オレはDr.ケビンだ。ケビンと呼んでくれ。知の探求者にして智の実践者。この世界の理を探り、他の世界の在り様を求める者」

 ケビンは流暢な日本語で名乗りを上げると、無造作に魔王に近付いた。明らかな女性の姿に、男の名前、男の語り口調。魔王は訝しげにケビンと名乗る女を見詰めた。
 ケビンは、魔王の足元に、手に持っていた鞄を下ろした。それから今気が付いたとばかりに、室内に転がっているモノを見渡した。

「あぁ、貸していた力を、返してもらったって事か」

 そう、先程まで魔王が食らっていたモノ・・・それは、榊の遺体だった。心臓や頭部、上腕部などが欠損している。それは、酷くおぞましい印象を与える光景だった。

「ふん・・・それでも、自壊するのを止める程度にしか使えなかったが、な」

 不満気に魔王が言う。ぐい、と左手で、顔を染め上げている血を拭う。中途半端に血が拭われて、余計に壮絶な顔になった。紅い顔の中で、魔王の目がぎらぎらと輝いている。力に飢えて、血に餓えて。

「だから、出来るのはこの程度だ」

 魔王は、左手の指を振るった。ケビンを切り裂かんと、普通の人間には視認する事も出来ない速さで必殺の指が迫る。

「まったく、この程度とはなぁ」

 ケビンは、何事も無かったかのように、同じ場所に立っていた。魔王の目には、確かに切り裂いたとしか見えなかった。肉体を破壊する手応えもあった。それなのに傷一つ無いケビンの姿に、その得体の知れない力に、魔王は再び左手を構える。

「だから、止めとけって。それよりも・・・」

 ケビンは、魔王の敵意を気にした風も無く、鞄から二つの物を取り出した。
 一つは、瓶に詰められた、自ら金色の光を放つ液体。
 一つは、獣の牙に柄を繋げた、呪文や魔法陣が描き込まれた短い槍。
 ケビンの顔に、まるでお気に入りの玩具を前にしたような、無邪気な笑みが広がる。

「こっちは『黄金の蜂蜜酒』。本来は別の用途があるんだけど・・・魔王サマの力を増す事が出来ると思う。もう一つは『貪る使徒』という名の武器だ。EGW_X1の生み出す闇色の生き物に対して、結構効果があるはずさ」

 その言葉を聞いて、魔王はケビンを睨み付けた。

「貴様、覗いてたな?」

 唸るように、魔王が口にした。EGW_X1の名前や技、魔王の窮状を知っているのならば、それ以外に理由は無い。

「まぁ、復活時から魔王サマは注目の的だったからな。おかげで助けられるんだから、文句は言うなよ」

 妙に気安げに言うと、ケビンは魔王に視線を合わせるように、足を開いて片膝をついた。そのぞんざいな仕草に、スカートから白いショーツが覗いた。もっとも、ケビンはそれを気にする様子も無い。

「それよりも取引だ。この二つのアイテムをやるから、そのうちオレが別の邪神と闘う時、手伝ってくれ」

 そこに浮かぶケビンの表情は、酷く真面目なものだった。じっと魔王の目を、正面から捉えている。それまでの軽さがまるで嘘だったかのように、真剣で・・・どこか悲壮さすら感じさせる表情だった。

「オレはこんな姿だが、本当は男でな。女房だっている。それが、ある邪神に関わったせいで、こんな呪いを掛けられちまった。・・・オレはさ、元の姿に戻りてぇんだよ。このままじゃ、キャスに・・・オレの女に子供だって抱かせてやれねぇし、な」

 真剣な瞳で、ケビンは魔王を見詰めた。その麗しい唇から、だから・・と言葉が続く。

「だから・・・その邪神を滅ぼす為に力を貸してくれ。代りに、EGW_X1を滅ぼすのに力を貸してやる。どうだ?」

 暫くの間、魔王とケビンは見詰め合った。お互いの真意を探り合うように、まるで睨み合うが如く。
 魔王が了承の言葉を放ったのは、それから暫くしての事だった。

- 3 -

 ケビンの転移呪文を受け入れると、敵の本拠地への出現は一瞬だった。
 オレは一人、周りを見渡した。鬱蒼と茂る木々。離れた所に見える城。ここは、確かに日本ではありえなかった。早朝の澄んだ空気が、それを証明している。
 オレはすぅ、と深呼吸した。黄金色の蜂蜜酒のおかげで、身体は完璧に復活している。EGW_X1用の武器も手に入れた。後は、闘うだけだった。

───使うぞ、榊!───

 オレは、胸の前で両手を広げた。

「おおおおおおっ!」

 オレの手と手の間の空間に、蒼い炎が球状に満ちる。魔王の力を持ってしても、がくがくと腕が震えるほどの力だ。それは、榊を食らうことで得た力。榊の・・・炎を使役する力だ。

「おああああっ!!」

 まるで砲丸を投げるように、城の一角に向けて炎を塊を投げつけた。沙姫の居る場所は、だいたい感じている。ならば、それ以外の場所を破壊する。それで、EGW_X1を引きずり出すつもりだ。
 炎は尾を引き、周囲の空気を焼きながら飛んだ。城の一角に着弾すると、景気良く破裂する。

「あははははっ!」

 あまりの爽快感に、オレは哄笑を撒き散らした。城の歴史的価値など知った事か。それよりも、中に巣食うザコ共が逃げ惑い、焼け死ぬ気配に歓喜すら覚える。

「おおおっ!」

 もう一度、炎の塊を投げつけた。
 もう一度。
 もう一度。
 見る見るうちに、城は炎に包まれた。

 ・
 ・
 ・

「何事だっ!」

 城の地下室すらも揺り動かす衝撃に、サイズは目を剥いて怒声を上げた。常日頃の好々爺然とした仮面が、あっさりと剥がれ落ちている。

「邪神の攻撃のようです」

 沙姫の身体の上から、EGW_X1が抑揚の乏しい声で答えた。その下で、沙姫は快楽に蕩けたままの頭で、二人の会話を聞いていた。

「ヤツめ、死ななかったのか!EGW_X1、今度こそ殺せ!骨の一片、肉の一欠片すら残さず、滅ぼし尽くせ!!」

 サイズが気が狂ったように怒鳴る間にも、激しい振動が地下室を襲い続けた。

「はい」

 EGW_X1は空間移動の魔方陣を励起した。服も纏わず、その場から消える。サイズはそれを忌々しそうに見てから、自らも踵を返した。EGW_X1は強大な力を備えているとはいえ、サイズの指示が無いと戸惑う事も多い。少なくとも、状況を見渡せる場所に行く必要があった。

「あぁふ・・・まことちゃ・・・」

 後には、まだ快楽の夢の中にまどろむ沙姫が、ただ一人だけ残された。

 ・
 ・
 ・

 オレの目の前に、全裸のEGW_X1が現れた。身体中に汗や粘液の跡がこびり付き、髪の毛も乱れ、汗で肌に張り付いている。それでも、それは生命を感じさせない美しさに満ちていた。何をもってしても、汚せない至高の存在のように。

「貴方を、滅ぼします」

 EGW_X1は、それがただの決定した事実であるかのように、静かな声で宣言した。右手を差し伸べるように、オレに向ける。そこから何を出すかは判らないが、今度はこちらにも対抗手段がある。オレは、『貪る使徒』の柄を握り締めた。

「小鳥達・・・お願い・・・」

 謳うように呟くと、EGW_X1の手から手品の様に、数羽の闇色の小鳥が現出した。EGW_X1が合図をすると、一斉にオレに向かって羽ばたいた。しかし、オレは冷静にその軌道を把握する。

「ぅおおっ!!」

 気合と共に『貪る使徒』を振るう。『貪る使徒』に触れた小鳥は、まるで夢から醒めるようにあっさりと、朝の空気に溶けて消えた。
 動揺したのか、動きを止めたEGW_X1に対し、オレは開いている左の拳を突き出した。指と指の隙間に見えるのは、果てしなく涼しげな、しかし無限の熱量を誇る蒼。オレは、人差し指と中指の付け根の間から、その凶悪な炎を開放する。

「・・・ッ!」

 EGW_X1が、初めてその顔に感情めいた色を浮かべた。例えるならば、それは驚愕。
 オレの放った炎を、EGW_X1は防ぎ切れなかったのだ。榊の時と同じ様に魔術で防ごうとして、一瞬拮抗した後、オレの炎が防御陣を撃ち抜いた。それ故の驚愕だ。

「能力の変化を検知。戦闘方法の最適化を図ります」

 それでも、EGW_X1はすぐに立ち直ると、オレに感情の伴わない視線を向けた。何を考えたのか、自分で自分の身体を抱き締める。それが何を意味するか、一瞬後には明らかになった。
 ぐりゅ。
 ぐ。
 びゅ。
 左右の手から、吐き気を催すような音を立てて、闇が生み出された。小さいながらもつん、と上を向いた乳房も、引き締まった腰も、理想の大きさの尻も、カモシカのような足も、全てが闇に覆われて行く。露出しているのは、冷静さを失わない澄んだ瞳のみだ。
 EGW_X1は、両手を頭上に差し伸べた。すると、右手には闇色の大剣が、左手には闇色の盾が生み出される。それは、闇色の甲冑に身を包んだ、騎士のようにも見えた。

「チッ!」

 オレはもう一度炎を放った。しかし、今度はあっさりと盾に阻まれ、無効化された。その結果は予想済みだったのか、嬉しそうな顔一つせずに、EGW_X1はオレに向かって走り始めた。漆黒の大剣を振りあげる。
 オレは、『貪る使徒』を下から掬い上げるようにして、EGW_X1の振り下ろす大剣を迎え撃った。大剣を打ち消すのを期待していたが、力が拮抗したものか、お互いに火花を散らして一歩も譲らない。いや、EGW_X1は細身の身体付きのくせに、オレが押され気味になるほどのプレッシャーを与えてくる。不利なのはオレの方だった。

「くっ!」

 オレは腕の一部から触手を生やすと、EGW_X1の唯一見えている部分───目だ───に、複数の角度、複数のタイミングで突き込もうとした。しかし、顔を覆う闇に迎え撃たれ、触れた部分がまるまるこの世界から消失する。オレは、残りの触手を引き戻した。

「ぅおおおっ!!」

 気合と共に、『貪る使徒』で闇色の大剣を往なす。同時に身体を半回転させて、EGW_X1の背後を取る。無防備な背中を晒したEGW_X1にほくそ笑みながら、『貪る使徒』を突き出した。

 ぎぃん!

 硬質な音を立てて、『貪る使徒』が弾かれた。EGW_X1の左手にあった闇の盾が、一瞬で背中に移動していた為だ。大剣だけでなく、盾までもが『貪る使徒』と拮抗する能力がある・・・それを思い知らされる結果になった。
 オレは、舌打ちすると、EGW_X1から距離を取った。
 触れれば消される武器と盾と鎧。対するこちらは『貪る使徒』の一振りのみ。身体を使った物理攻撃も、榊の炎を使った間接攻撃も、一切が通用しない。嗤える程に圧倒的で不利な状況だった。
 唯一状況を覆す事の出来る可能性は、どこかにいるサイズという男を盾にするぐらいか。しかし、速さではオレよりEGW_X1の方に分があり、距離を置いても間接攻撃が可能と来ている。やはり、力で打ち負かすしか無いようだった。

「がぁっ!!」

 オレはEGW_X1の顔に向かって、瞬間的に左腕を伸ばした。闇色の大剣で切り払われる前に、先端を複数に分ける。大剣を横薙ぎにされれば一網打尽にされてしまうので、1ナノ秒も無駄にせずに、すぐさま次のステップに進めた。それは、複数に分裂した左手の先端部を、全て球状に変形させる事だった。ただ形を変えるだけでは無く、一箇所の切れ込みがあり、そこから蒼い光が洩れている。

「!」

 EGW_X1の目の前で、光の奔流が爆発した。何本にも分裂した左手の一つ一つから、榊の炎がEGW_X1の顔に向けて放たれたのだ。圧力に弾かれたように、EGW_X1の頭が仰け反る。

「ぉおおおおっ!!」

 オレは止まらない。一瞬でEGW_X1との距離を詰め、『貪る使徒』でEGW_X1の顔面に刺突する。大剣や盾の闇の密度で『貪る使徒』を弾くのなら、闇が薄い顔の部分なら貫けるかも知れない・・・それに賭けた。すなわち、炎の熱線は突貫する為のフェイクだ。
 『貪る使徒』が届くまで、10cm・・・8cm・・・4cm・・・。
 無限に時間が引き伸ばされたような感覚の中、オレは神速で『貪る使徒』がEGW_X1を貪るために突き進むのを見ていた。
 あと、3cm・・・2.5cm・・・2.3cm・・・。
 最高の速度と最高の角度で突き進む『貪る使徒』。だが、オレは背筋に悪寒を覚えた。闇の向こう側で、EGW_X1が余裕の笑みを浮かべているような、根拠の無い思い。
 あと、2.1cm・・・2cm・・・。
 そして、オレの右手ごと、『貪る使徒』が消失した。

 ・
 ・
 ・

 いつの間にか、地下室の揺れは収まっていた。
 重圧的な静寂の中、沙姫の呼吸音だけが響く。

「あ・・・なに・・・これは・・・」

 沙姫は、何かの存在の気配に、疲労で重たい瞼を開いた。最初、それが何かが判らなかった。快楽漬けだった頭が、なかなか正常な状態に戻らないからだ。さっきと違うもの・・・サイズがいない・・・EGW_X1もいない・・・。沙姫は、なんとか身体を起こすと、胡乱な頭で周りを見回した。

 ぬちゅ。

 部屋の片隅から、酷く不安をそそる、粘液質な音がした。どうやら気配は、そちらの方から漂って来るようだった。沙姫は、そちらに目を向けた。
 そこにあったのは、横になった『封印の壺』。先刻の揺れで倒れたのだろうが、問題は蓋が・・・封印が解けてしまっている事だった。濡れた音は、壺の中の夜よりもなお深い闇の中から聞こえてきていた。

「あ・・・」

 ふいに、沙姫の身体が硬直した。
 姿は見えない。けれど、ナニカが『封印の壺』を抜け出し、沙姫に視線を向けたのが感じられた。まるで蛇に睨まれた蛙のように、全身が萎縮した。
 その姿が見えないのは、ある意味幸運だったのかも知れない。もし見えていたら、沙姫の心が壊れてしまったかも知れないから。

「ひ・・・」

 ソレが近付いて来るのが判る。酷く餓えた気配を放ちながら、身動き出来ない沙姫を嬲るようにゆっくりと、ソレが近付いて来る。

「きゃあああああっ!!」

 ソレは、熱く沙姫を抱擁するかのように、沙姫の全身を覆った。姿が見えないのに・・・呼吸も阻害されないのに、頭から足の先まで、沙姫の全てを覆い尽くした。
 ゆっくりと、咀嚼されるように、身体が・・・ココロが溶けて行くような、恐怖と恍惚が沙姫を捉えた。
 このまま意識を無くしてしまえればどんなに楽か・・・そう思いながら、沙姫は瞳を閉じた。

- 4 -

 『貪る使徒』ごと消え去ったオレの右手を、オレは茫然と見詰めた。断面からは血も流れず、鮮やかな肉の色を空気に晒している。
 オレは、EGW_X1の顔を覆う闇を見詰めた。右手の剣も、左手の盾も取り込んで、一層厚みを帯びて、『貪る使徒』にも似た牙を生やした顔の闇を。
 顔の闇が比較的薄い・・・それは、EGW_X1の誘いだったのだ。薄い闇なら『貪る使徒』で貫ける・・・ならば逆に、闇を凝集すれば『貪る使徒』をも消し去れる、そういう事だったのだろう。
 オレは危険を感じて飛び退こうとしたが、一瞬遅く、腹部に衝撃すら感じさせず、拳に闇を纏わせたEGW_X1の一撃が叩き込まれた。そのダメージに抗しきれず、オレは後ろに倒れた。
 EGW_X1は右手で顔から生えたように見える闇の牙を握り、引き抜いた。牙は柄となり、凶悪なほどの質量を備えた大剣となる。するりと重さを感じさせない動きで、EGW_X1は大剣を振りかぶった。

「てめぇ・・・」

 オレは喘ぎ混じりに口にしたが、それでEGW_X1の動きがどうなるものでもない。オレは、自分に向けられた死の形を凝視した。それは、頂点まで振りかぶってから、一切の容赦も無く、欠片の慈悲も無く、振り下ろされる事だろう。

───だめか・・・───

 この姿勢からでは、どんな反撃も、どんな防御も間に合わない。絶望と諦観に心が蝕まれ、目の前が暗く染まっていく。死は、どこか魅力的な香りを伴っていた。思わず、オレは眼を閉じた。ふと、瞼の裏側に、沙姫の顔が浮かんだ。

───・・・でもね・・・いるよ───
───真ちゃんは・・・ここにいるね───

 幻聴が聞こえた。
 沙姫の声だ。
 それは、確かな実感と確信を伴って、聞こえた。
 胸の奥が、熱くなった。

───そういう、ことかよっ!───

 EGW_X1が、大剣を振り下ろした。オレを消し去らんと、質量を伴った闇が、迫った。
 全き闇が、全てを覆い尽くす。

 ・
 ・
 ・

 目の前には、どこまでも続く闇が広がっていた。
 ここがどこか、オレには判っていた。それは、自分自身の事だから。
 ここは、オレの内面世界。邪神の全てと、真の全てが複雑に融合し、第3の識覚───魔王───を作り上げた・・・そう思っていた。しかし、この内面世界の中に、混ざり切っていないナニカ、それが巣食っているのが、やっと判った。
 オレは、虚空に向けて、声を掛けた。

「よぉ真・・・見てたんだろ・・・」

 オレの視線の先に、まるで海賊の宝箱にも似た箱に腰掛けて、片足を胸元に抱き寄せているオレ・・・真がいた。どこか気弱な顔に、柔らかい笑みを浮かべて、オレを見詰めていた。

「うん」

 声はオレと同じなのに、どこか人懐っこく覇気が無い。しかし、今ならコイツがどれほどの事をしたのか、驚きと共に理解出来る。コイツが腰掛けているものは、オレの・・・邪神の力を封じた箱───そう認識できるように定義された力───だ。
 コイツは邪神と融合する時に、自分の一部を切り離して、邪神の力を封じたのだ。無意識にやった事だろうが、さすがは沙姫の血縁というところか。しかも、オレは自分の力を封じられた事も、融合しきっていない真の一部がある事も、感知することが出来なかった。ある意味、人間とは思えないほどの能力だ。

「なら、返せよ・・・オレにはソレが必要なんだよ・・・」

 オレの言葉に、真は小首を傾げてみせた。どこか頑是無い子供のような様子で、酷く無邪気な笑みを浮かべて、首を振った。

「でも、ボクの本体が願った事だから。キミに全ての力を揮わせる訳には行かないから・・・しょうがないよね」

 その言葉にオレは・・・。

  1.真の首に手を伸ばした。 → 其は打ち砕き、破壊せしモノ4-1へ

  2.真に歩み寄った。    → 其は打ち砕き、破壊せしモノ4-2へ

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