第三話 ニャルフェスの誤算(1)
「今日は課題を与えるニャ」
唐突にニャルフェスが言った。
「えっ?」
かびたが視線を上げると、ニャルフェスが手帳のようなものを手にしている。
「えっ、えっ? なんなの?」
かびたは腰と手の動きを休めることなくたずねる。
「あんっ! うっん! いいですぅ。かびたさまぁ、さやかまたいっちゃいますぅ!!!」
かびたの下でさやかがもう何度目かになる絶頂をむかえた。でもかびたは果てていない。
「いよいよ次の段階に入るんだニャ!」
かびたは、腰の動きをゆっくりとしたものに切り替えながらニャルフェスにたずねてみる。
「次? 次って……なんの?」
さやかは何度も続けていかされて、完璧に疲れきってたけどそれでも自分の腰を必死に動かそうとする。
性奴のはずの自分が何度もいかされたのに、かびたはただの一度も精を放ってなかった。そんなことがゆるされるはずないから……。
「そんなことどうでもいいのニャ! どうせかびたの頭じゃ理解できないのニャ!」
そう断定するニャルフェス。
そこに一切の迷いはなかった。
だから、かびたはそんなもんなのかなぁって、なっとくしてしまう。
また動きの激しくなってきたさやかに反応して、かびたの身体が動く。
自然に流れるように正常位から後背位に体位を移し、それに応じて正面の性感帯からお尻を含めた背面の性感帯への刺激を中心に両手が動き出す。
「あうんっ! だ、だめですぅ! こん……あん……どは、あたしが……ん……かびたさまにぃ……、あんあんうんっ……気持ちよくうんっ……して…………あんっ、うっん、いいっ、きもちいいよぅ!!」
また、すぐにさやかは絶頂に追いやられることだろう。
「じゃあ、課題ってなんなの? ニャルフェスさま?」
かびたがたずねたそのとき、
「い、い、いくぅぅぅ~~~っ!!!」
さやかがまたも絶頂を迎えていた。
「とりあえず5人ニャ」
「えっ? 5人って……」
「5人ゲットするんニャ」
かびたには、ニャルフェスの言ってる意味が全然わかんなかった。
「……ごめん、わかんないです。……ゲットってなに?」
正直に言うかびた。
「あたり前ニャ。まだ説明してないニャ。それでわかったらニャーニャは必要ないニャ」
めずらしくネコパンチはとんでこなかった。
「えっ? 必要なくなるって? どうして?」
ドギョン!
いきなりかびたのテンプルにネコパンチがきまった。しかもスクリューぎみに回転が入っている。
高等技術だった。
「かびたはよけいな所で鋭いのニャ……」
ニャルフェスがなんかため息なんてつきながら、そうつぶやいた。
「ああっ。かびたさまぁ! しっかりしてくださいぃっ!」
さやかがあわてて抱き起こすと。
「あれ? ぼくっていつの間に寝てたの?」
かびたの記憶は少しばかりとんでいた。
「かびたに課題を与えるニャ。この“真名帖(まなちょう)”に5人の女の名前を載せるのニャ。女は誰でもいいのニャ。ただし美人じゃなければニャーニャがゆるさないのニャ」
ニャルフェスはまるでさっきまでのことはなかったかのように話した。さやかがなにやら睨んでたけどニャルフェスは気にもしない。
「なんだ、そんなこと……」
かびたは、自分の身体がなんでふらふらするのか不思議に思いながら立ち上がると、ニャルフェスの手から“真名帖”を受け取り机に向かう。
引き出しを開けると鉛筆を取り出して“真名帖”を開いた。
中はすべて白紙で、厚さはわずか5ミリくらいしかない。なのにめくってもめくってもページがつきることがない。最後のページがどこにあるのか興味もあったけど、それより先にかびたの精神力がつきてしまう。
だから一番最初のページに戻って、そこから順番に書き始める。
一人目は氷川玲子。
英語教師でとびっきりの美女。現在弁護士をしてる男と婚約中である。
冗談もなにも言ったことのないようなお堅い女。その上に、まるで男に興味を示したこともないような彼女が、どうやって婚約なんて作ったかはなぞである。
二人目は御厨亜里沙(みくりありさ)。
化学教師でなんと博士号まで持っている。
彼女も顔だけだったら間違いなく美人の部類に入るだろう。だけどこの時代に錬金術まがいの実験を繰り返す彼女はみんなから変人あつかいをされていた。
もちろん彼女に男の影なんか微塵もない。
三人目は高島由利亜。
かびたが通う学校の生徒会長をつとめている。
もちろん美少女。それも血統証つきのサラブレッド。
美少女度では間違いなく校内ナンバーワンなんだけど、思いっきり女王様しててとっつきにくために、人気としてはわずかにさやかのほうがリードしてる。
四人目は島崎美香。
大人しく、あんまりめだたないタイプで誰にでもやさしく接する。
彼女の場合隠れファンが多く、しかもその誰もが美香命とかいうような熱狂的なタイプだった。
だからお互いに牽制しあって、結局誰も彼女に近づくことはできずにいる。
最後は鈴森花梨。
小さくて愛らしく元気一杯の少女。
ショートカットのボーイッシュな髪型が良く似合っている。
自分のことをボクと呼んでる彼女は、あんまり男女のことには関心はなさそうなのだけど、彼女の熱烈なファンならたくさんいた。
彼女に似せた自作フィギュアを作ってるヤローもいるそうだ。
かびたは彼女達の名前を書き終えると、
「はい、すんだよ」
と言ってニャルフェスに“真名帖”を返そうとした。
「まったく、救いようのないバカものニャ……」
そういってニャルフェスはそれを受け取ろうとはしなかった。
目を閉じて何度も頭を振っている。
かびたは、それを見ているだけでなんだかなさけなくなってきた。
「神(ひと)の話を最後まで聞かないからそうなるのニャ。ちょっとは成長したとおもったのにニャア」
なんか深刻そうにニャルフェスが言う。
かびたは気になった。むちゃくちゃ気になりまくった。なんだか背筋が冷たくなっちゃうくらいに……。
「ど、ど、どういうことなんです?」
おもいっきし不安そうにたずねるかびたに向かって、ニャルフェスがびしっと指を突きつけて言い放つ。
「それは“真名帖”ニャ。転生すべき魂魄に与えられた真名(まな)をのっけないとならないのニャ。かびたが書いたのは現世の名前ニャ。現世の名前を書かれた人間は存在そのものが不安定になるんだニャ。かびたが起きてる間に“真名帖”に真名を載せることができニャいと、そいつらはみぃんな消えてなくなるんだニャ」
かびたの顔から一気に血の気が引いた。
とんでもないことをしてしまった……。
心底怖くなってしまった。
「ニ、ニャルフェスさま! ど、どうすれば真名がわかるんです? おおお、教えてくださいぃぃ!!」
ニャルフェスにすがりつくかびた。
「ええい、うっとうしいニャ! はなすニャ!!」
ドギャン。
ドゴン。
バギャッ。
ニャルフェスのパンチとキックが炸裂するが、かびたはフジツボなみの強靭さで引っ付いたまま放れようとしない。
「わ、わかったニャ! 教えてやるから放れるのニャ!」
ついにニャルフェスが根負けしてしまった。
「ええっ? ほ、ほんとうに? ありがとうございます!」
お礼を言うかびた。
でも、ひっついたままだった。
「なんで、放さないのかニャ?」
ニャルフェスが聞くと、
「教えてもらうのが先です!」
かびたはきっぱりと言った。
でも、こんな脅し方なんてなんだか情けないような……。
「ふニャーっ。わかったニャ、そのままで聞くニャ」
結局ニャルフェスは譲歩する。
なんだかんだ言っても、かびたに甘いニャルフェスだった。
「それはアカシックレコードへの、限定アクセス端末ニャ。特定の人間……この場合かびたが名前を書いた女たちだニャ……にアクセスしてその情報を引き出したり、書き換えることができるんだニャ。本来真名を使ってそれをやるんニャけど、かびたはそれに現世の名前を書いたんニャ。現世の名前は簡単にうつろうから、それと同じようにそこに書かれた女達も簡単にうつろう存在になってしまったんニャ」
ニャルフェスがそこまで言ったときかびたの頭には一つの疑問が生じた。
「でも、同じ名前の人間なら他にもいるかも……」
そうなれば“真名帖”の力は発動しないかもしれない。誰かがわからないのだから……。
「まだわかってなかったのかニャ? ニャーニャの渡す道具はかびた以外の人間には絶対に使えないのニャ。かびたとニャーニャの道具は繋がってるのニャ。だからかびたが特定の個人のことを思って“真名帖”に名前を書いたのなら、それで特定されてしまうのニャ。だから同じ名前の人間がどれくらいいたところで関係ないのニャ」
かびたの甘い考えは、あっさりと否定されてしまった。
「だからその名前を書き換えるしかないんだニャ。何度死んでも変わることのない不変の名前、真名にニャ」
そういうことなのだ。
「そこに書いた名前が存在できるのは、かびたの意識があるうちだけだニャ。かびたが寝てしまうか、意識を失ったときにその名前は消えてしまうニャ。ついでにその名前の主もこの世から消えてしまうニャ」
そこまで言われて、かびたは本当に覚悟をきめる。
自分にやれることをやるしかないんだと……。
「やります、絶対にやります! だから、真名をどうすればこれに書くことができるのかおしえて! ニャルフェスさま!!」
ニャルフェスはそれを見て、わずかにおひげを振るわせた。
少し笑ったようだった。
「いい返事だニャ……。だけど真名を知ることは誰にもできないのニャ。ニャから誰も“真名帖”に書くことはできないのニャ。それはたとえニャーニャにも無理なのニャ」
ニャルフェスがなにか言っている。
「そ、そんな……」
かびたの心臓は止まりそうなくらい衝撃を受ける。コギャルに蹴られたときなんかより、遥かにその言葉はかびたにとって痛かった。
「やっぱりかひだはバカ者ニャ。ショックを受けるのは、ニャーニャの話を最後まで聞いてからにするのニャ」
どうやらまだ続きがあるらしい。
かびたはとりあえず話を聞いてみることにする。
ていうか、それしかできないからなんだけど……。
「かびたがその女達の唯一絶対の支配者になればいいのニャ。真名を支配できればかびたと繋がってる“真名帖”に、その名前は勝手に記載されるのニャ。それで女達は助かるのニャ」
とりあえず希望はあった。
でもニャルフェスはものすごいことを言ってるような……。
「あ、あのぅ。唯一絶対の支配者って……」
恐る恐るかびたがたずねると……。
「かびたがその女達のご主人さまになるってことニャ。かびたのことだけを思い、かびたのために絶対の忠誠を誓う。そういうふうにするんニャ」
ニャルフェスが言った。
「でも、そんなことなんて……」
できるはずない。
「“真名帖”をもう一度見てみるニャ」
かびたはニャルフェスにいわれたとおりにしてみると。
「あっ!」
驚いてしまう。
最初のページにまとめて書いたはずの女達の名前が、1ページごとにわかれていた。
しかもその名前の下には枠線ができていて、その中には文字が書かれている。
文字は日本語で、下から上へと流れるように動き続けている。
ためしに高島玲子の所を読んでみると。
“まったくなんでこのわたくしが、こんなことで悩まなくってはならないのかしら。こんなにお通じが悪いって、フンッッ! ……いやなものですわ! んんんっ! ……あっ、でましたわ”
今度は一番最初のページの氷川玲子。
“まったくなに考えてるのかしら。教師をやめろだなんて! 婚約までは好きにすればいいだなんて言ってたのに……”
その文章は早くなったり遅くなったりしながら、それでもけして留まることなく流れつづける。
「これってもしかして……」
言いかけるかびたの後を引き継ぐ形で、ニャルフェスが話しを続ける。
「女達が今現在考えてることだニャ。かびたはそれに自分の思考を割り込ませることができるんだニャ! ちょっとやってみるニャ!」
ニャルフェスが簡単な使い方を説明してくれる。といってもただ思考を操作したい所に指を合わせて、自分のやらせたいことを考えればいいといういたって簡単なことだった。
かびたはとりあえず、今開けている氷川玲子のページでためしてみることにする。
“そういえば最近なんだか源さんの様子がおかしいわね。いったどういうことかしら。今日は本人に聞いてみよう”
どうやら氷川玲子は学校のことに思考をうつしたみたいだった。
でもその考えってちょっとまずい。
その文章のところに指を当てて、かびたが念じる。
“でもなにか事情があったらいけないから、しばらく様子をみましょう”
文章が新たに沸いてきてた。
それはかびたが念じたものと殆どおなじ。
かびたが考えたのは“源さやかのことを詮索したらダメ”だった。それに氷川玲子が勝手に理由をつけたのだ。
「かんたんだニャ。それをうまくつかって女達を抱くニャ。そして絶頂に導いた瞬間に“真名を捧げよ”と念じるんだニャ。そうすればその女すべて……魂もふくめてすべてがかびたのものになるんニャ。そうなれば“真名帖”に自動的に真名が記載されるのニャ」
それはかびたに絶対服従する存在になってしまうってことなのだけど、かびたのちょっとばっかし貧弱な頭ではそこまで理解できてない。
でもかびたにとっては、そうすれば彼女達が助かるんだってことだけで十分だった。
「あ、ありがとう。ニャルフェスさま!!」
かびたはそれから速攻で着替えると、家をとびだしていった。
なんにももたずに……。
一体かびたにとって学校ってどういうとこなのだろうか……。
「ああん、かびたさまぁ。待ってくださいぃ!」
さやかも慌てて脱ぎ捨ててあった服を身につけると、かびたを追ってとびだしてゆく。
「なかなか苦労してるみたいだね、ニャルフェス」
いつの間にそこにいたのだろう。そうニャルフェスに声をかけたのはカオルだった。
「ふん。たいしたことないニャ。そんなことよりニャーニャになんの用かニャ?」
ゆっくりとカオルのほうを見ながら、ニャルフェスがたずねる。
「どんな目にあわされてたって、自分のためにはちっとも真剣になれないのにね。他人の命がかかわったとたん人が変わったようになってしまった。とてもかびたくんらしいね」
カオルはニャルフェスの問いには答えずに、そんなことをいった。
「そんなことはとっくにわかってることニャ。そんなこと言うために来たのかニャ?」
カオルに感じているらしい嫌悪感をかくそうともせずに、ニャルフェスがいうと。
「つれないね、ニャルフェス。君をかびたくんのとこまで送りとどけてやったじゃない? もう少しぼくを信じてくれてもいいだろう?」
あくまでカオルのほうはいたってにこやかにそう答える。
「それは感謝するのニャ。ニャけどおまえは信用できないニャ。おまえの目的はなんなのニャ?」
ニャルフェスの毛は逆立っていた。
「いやだなぁ。その日のためにそなえてるだけだって。かびたくんのガードをしてるだけだって何度もいったでしょ? 堕ちたモノとしたらせいぜい自分の身が可愛いからネ」
というカオルの答えに、
「ふん? やっぱりお前は何かかくしてるニャ。あやしい匂いがプンプンするニャ」
まったくニャルフェスは警戒を解こうとはしなかった。
「まあいいさ。きみがぼくのことをどう思っていようと、今は関係ないからね。それよりもゲートが開かれる兆候がある。もうそんなに時間は残されてないよ。早いところ使徒を用意しないとかびたくんだけで彼らと対することになっちゃうからね。それはぼくとしてもとても困るんだ。わかるでしょ?」
カオルの言葉にニャルフェスは、
「わかってるのニャ。だからニャーニャもかびたを鍛えてるのニャ!」
ニャルフェスは少しいらついてるみたいだ、
「かびたくんに使徒を創らせるんじゃなくて、君が用意すればいいんじゃないの? その方がてっとりばやいし、そうすれば今みたいにかびたくんがつらい思いをする必要がなくなるよ?」
あまくささやくようなカオルの言葉に、
「なにが目的か知らないニャが、これだけはいっておくニャ。ニャーニャは絶対にかびたを甘やかすようなことはしないニャ。今みたいにかびたを本気にさせるためニャら、ニャーニャは手段を選ばないのニャ!」
そう言い放つニャルフェス。
その言葉に対して、
「うん、わかった。そういうことならかびたくんをこのまま君にあずけることにする。それじゃニャルフェス、ぼくはぼくでやらせてもらうからね。かびたくんをよろしく」
とカオルはなぜかうれしそうな表情でして消えた。
そのことばにたいするニャルフェスのご返事は……
「ふん」
だった。
…………
かびたはめいっぱい考えた。
たぶんこれだけマジに考えたのは、生まれてから初めてだろうっていうくらい考えた。
で、かびたは氷川玲子の真名を最初に手に入れることにした。
なんたって教師なのだから、彼女を最初で自由にできればその後の攻略がスムースに行なえるんじゃないかと考えたのだ。
まぁかびたにしては、画期的といっていい計画だろう。
でもそこら辺りが限界で、具体的にどうすればいいのかまでは思いつかない。
「う~~~ん」
かびたが歩きながら唸ってると。
「かびたさまぁ、大丈夫ですかぁ? やっぱりさやかがいけないんですぅ。さやかばっかりいっちゃって、かびたさま全然いってなくって……。さやかは、さやかは性奴失格なんですぅ……。ぐすっ、うっうっうっ。う~ぇ~~ん」
なんと、さやかが泣きだしてしまう。
人目もはばからず、子供のように大泣きしてるさやか。
かびたは自分より高いところにあるさやかの首に両手をかけ、思いっきり引きよせるとまったく遠慮のないキスをする。
それこそまるで人目をはばかることなく。
「気にする必要ないよ。ぼくはきみがよろこんでくれれば、それが一番きもちいいんだから。だから、あれだけ喜んでもらえたんだから、ぼくはとても気持ちよかったよ」
やさしく耳のそばで、かびたがささやく。
「うっ、うっ、うぐっ! ほんとうですかぁ? ほんとに、ほんとですかぁ?」
涙の跡を顔に残したまま、さやかが不安そうにたずねる。
かびたは柔らかい微笑みを浮かべて、だまったまま大きくうなずく。
それを見たさやかの心の中は、一瞬で暖かいもので満たされる。
「かびたさまぁ!!!」
そういって今度はさやかが思いっきりかびたに抱きついた。
“ねぇねぇ源さんよ、あれ!”
“うっそう! やだぁ、だいたーん。でも、しゅみわっる~い”
“うををを、おれの、おれのさやかちゃんがぁぁぁ”
人通りの多いとこでこんなことやっちゃったのだ。二人の周りには、しっかりと見学の人だかりができていた。
ひそひそと囁きかわす女の子たち。道端で両膝をついてプラトーンごっこをして、天に両手を突き上げる男子生徒。
そういうことで、路上で熱烈なラブシーン?を演じた二人は見学人をかきわけながら学校に向わなくてはならなかった。
学校についたとき、不思議なことにかびたの身体のあちこちにはあざができていたのだけど、そのわけを知るものはいない……っていうか、気付けよかびた!
…………
うまくいかない。
ひとことで言えば、そういうことだろう。
氷川家は楡家とつなが欲しかった。楡家は氷川家の持つ財力を手に入れる必要があった。
公家の流れを汲み、代々政治家を生み出して強権を振るってきた楡家。
それが先代のまさかの落選により、急速にその権力をうしなおうとしていた。
そこで弁護士をしていた息子を急遽玉として担ぎ上げ、昔日の勢いをとりもどそうとしている。
そのためには、どうしても強力なスポンサーが必要であり氷川家の持つ財力はなんとも魅力的だった。
一方氷川家としては、地方財閥としてはかなりの財力とそれなりの権力を持っていたが、日本全国での知名度としては正直たいしたものではない。中央に打って出るためにはどうしても国会にでて、それなりに活躍できるレベルの政治家ならび官僚との太いパイプが必要だった。
そこで自分達の息がかかったものを国会議員として政界に送り込もうということになった。そのさいその議員が身内ともなれば理想というものだろう。
こうして白羽の矢がたったのが、学校の教師をしていた玲子だったのである。
あちこちで自分が一人でいることを何かと詮索されるのがいやだった。
恋愛自体に、あまり興味を持てない玲子にとってその質問はうっとうしいことこのうえない。
かといって男に興味がないなどといってしまえば、レズあつかいされかねない。だから適当な答えは見繕わねばならなかった。
結婚していればそう告げるだけですんでしまうだろう、という打算があった。結婚そのものにたいしてもあまり思いいれはなかった。
だから教師を続けてもかまわないということを条件に結婚に同意したのだ。
なのにここになって、それはまずいと言いだした。なにかと忙しい公三君(結婚相手)を助けてやってほしい、と両家から言い出された。もちろん、玲子の両親がその筆頭だった。
玲子はあっさりと孤立してしまっていた。
はめられた……。
始めから仕組まれていたのだ。
政治家にとってその伴侶は、政治のための道具でしかない。そのことを思い知らされた。
一生続けていきたい、とそう思っていたこの仕事をこんな形でやめなくてはならないのかと思ったとき涙がでてきた。
それくらいくやしかった。
まったく……。
まったく……。
どこにもぶつけようのない怒りが、玲子の心の中にくすぶり続けていた。
…………
かびたとさやかのことは、学校中のうわさになっていた。
まぁあれだけ派手なパフォーマンスをやったのだ、そうならなければおかしいだろう。
でも今のかびたに、そんなことを気にしてるような余裕はなかった。
なにしろ、5人の女たちの命運がかかってるのだから。
自分のことなんて気にしてる余裕はない。ただ、さやかにそんな噂がたったことは悪いと思った。けど当人はそのうわさが耳に入るたびに、ひどくうれしそうにしていたからあまり気にしないことにした。
それより今はなんとかして氷川せんせいの真名を手にいれないと……。
などとかびたが考えてたときだ。
コンッ。
かびたの額がいい感じの音をたてた。
正確にいえば、かびたの額とチョークが奏でた音だったけど。
「ほら、そこ! やる気あるの?」
いきなり現実にひきもどされるかびた。
今は授業中。
そしてチョークをみごとかびたに命中させたのは、氷川玲子だった。
そのときかびたは閃いた。
頭にぶつかったチョークのせいか、それとも今朝食べた夕食の残りにでもあたったのか……。
かびたの頭に一つの計画が浮かんでいた。
かびたはヘコヘコと頭を何度も下げながら、手に握りしめてた“真名帖”を見る。当然氷川玲子の名前が書かれたページを。
“まったくなんだってあんな、頭の悪い生徒がこの学校にいるわけ? しかもよりによってあたしの受け持ちのクラスに! ったく冗談じゃないわ!”
その文章が枠線内を流れてゆく。
今、玲子が頭の中で考えていることのはずだった。
かなり字体がささくれたような形をしてるのは、いらだっているからなのかもしれない。
かびたは、その通りだよなぁ。などと妙になっとくしながら、その文章を指で押さえつける。と、文章の動きが止まった。それと同時に教壇に向かいなおそうとしてた玲子の動きも止まった。思考が停止したからなのだろう。
そこでかびたは、自分の思考を流し込む。
“もっと華美君に、いいきかせなきゃダメだわ!”
それが新たに書き込まれた内容。
「華美君、君って頭よくないくせにいっつもぼっとしてるし。あなたの場合、他人の何倍も努力してやっと普通になれるのよ。それなのに、まじめに聞きもしないなんて。あなた先生なめてるんでしょ? いいわ、あなたがその気なら先生にも考えがあるから!」
何かに憑かれたように一気にそうまくし立てる。
「さぁ、あたしが戻ってくるまで皆さんは自習していてください!」
いきなり玲子は、みんなに向かって自習を宣言する。
そして、かびたに向かっては、
「華美君! 一緒にいらっしゃい! 今すぐによ!!」
と命じる。
かびたが言われたとおりに神妙に立ち上がると、玲子はとっとと教室をでていった。かびたがすぐ後に続くことを微塵もうたがってないようだ。
かびたのうなだれた様子に、女子は少しばかり同情した視線を送り、男子はザマァミロって視線を送った。
かびたは先に行ってしまった玲子を、小走りで追いかける。
玲子が向かうその先には、生徒指導室があるはずだった。
授業中、しかもそこなら確実に玲子と二人っきりになれる場所。
そこに向かう途中、かびたはまた“真名帖”を少しいじる。
だから少し遅れた。
「なにやってるの?」
かびたに向かって、いらだたしげに玲子がいった。
「ご、こめんなさい!」
かびたがあやまると、
バギッ。
いきなり丸めた教科書ではたかれた。
「馬鹿よ、あんた! 世の中なめてんじゃないわよ!」
バギッ、バギッ、バギッ。
いきなりの三連打だった。
「うぃ~ん」
さすがにかびたもクラッときた。
「あんたなんか、こうしてやる!」
ドゴッ。
「ヴギャ!」
今度は玲子のキックが、かびたのお尻にめり込んでいた。
さらにそこからの10連コンボ。
かびたは普通のかびたから、ボロかびたになった。
はぁはぁはぁ……。
肩で息をついている玲子。
しばらくして、呼吸が落ち着いた頃玲子はやっと冷静さを取り戻していた。
「あっ……あたし、なんてこと……」
ボロかびたを見て、玲子の顔から血の気が引いていた。
生徒に暴力を……、それもこんなにボロボロになるくらい……。
でも……。
かびたはゆっくりと立ち上がる。
ゾンビみたいに……。
「き、気にしなくってもいいですよ……、こういうのって慣れてるから。それより、スッキリしました? センセイ?」
ふらふらと身体を揺らしながら、かびたがそうたずねる。
「スッキリって……」
そういえば玲子の心の中にあった、けして燃焼することのないままくすぶり続けてた、やり場のない怒りがきれいに消えていた。
「そんなことより、華美君。大丈夫なの? 本当に先生なんてことを……」
でも怒りの変わりに、後悔が玲子の胸を締め付ける。
まったく、自分はなんてことをしてしまったのか? 自分で自分のことが信じられなかった。
「そう、よかった! センセイは全然悪くないからね。気にする必要なんてないよ。気を失わないようにするのはちょっと大変だったけどね。これから、センセイにひどいことをしなくちゃならないからそれにくらべたら、どってことないはずさ。だからせめてもの償いになればって、そう思ったんだ」
かびたは、ここに来るときに“真名帖”を使って玲子の心に一つの指示をすりこんだ。“すっきりするまで、華美かびたに怒りのすべてをぶつけよう”って。
玲子はたんにそのとおりに行動したに過ぎない。まぁかびたにしても、ここまでボロボロになるまでやられるなんて、想像してなかったけど……。
でも玲子にはかびたの言ってることの意味が、まったくわかってなかった。
「気にするなって……、先生がやったんだもの無理に決ってるじゃない!」
まるで怒ったように玲子がいった。
「う~ん。失敗しちゃったなぁ」
かびたは後悔してた。
“真名帖”を見ればそれまであったストレスはなくなってた。けど、かびたにしたことが、新しいストレスになってしまってた。
ほとんど、ニャルフェスのノリですんじゃうって思ってたかびた。でも、世の中はそんなに甘くないってこと。
「すぐに保健室にいきましょう!」
青い顔をしたまま、玲子がかびたに近寄ってくる。
やばい!!
かびたは、あわてる。
あわてて“真名帖”を見る。
“まったく、なんてことを……。は、早く華美君を……”
かびたがそこで自分の思考を割り込ませる。保健室なんかに連れてかれたら、ここに来た意味がないから。
“早く華美君を誘惑しなくっちゃ”
玲子の思考が変化する。
「華美君。ねぇ、華美くんっ」
近づいた玲子が、かびたにしなだれかかってくる。
「せんせいのこと、どう思う?」
バタッ!
かびたが倒れた。
玲子の身体を支えきれなかったから。
ボロかびたになってたとはいえ、ちょっとなさけない。
「う~ん~~」
かびたがなんとか根性で(以前鍛えられた)、気絶するのをふせいでいると。
「あっ! あああっ!! な、なんてことを、あたしっっ。華美君、しっかり華美君!!」
玲子がまたもかびたの身体を心配し始める。
さすがにかびたは、自分の身体の弱さを呪いたくなる。
いくら精神的に苦痛を耐えたって、すぐにふらふらになっちゃうから意味がない。
“なんだってあたし、こんなときにこの子を誘惑しようとしたんだろ? どうかしてる、まったくどうかしてる!”
おまけに玲子は自分自身を責め始めた。
かびたは、あわてて次の思考を割り込ませる。
“でも、こんなに弱ってるんだから、自分がやさしく面倒みてあげないと”
また玲子の思考が変化する。
「ごめんねぇ、華美君。痛かったでしょう? せんせいが、介抱してア・ゲ・ル!」
かびたの上から、まるで抑え込むようにして耳元でささやく。
かびたは、さらにもう一押しすることにした。
“もうたまらないわぁ。ほしい、この子が欲しいのぉ!”
玲子の頭の中に浮かぶのは、かびたを犯すことだけ……。
そのことを考えるだけで、体中が熱くなってくる。
スーツに押さえつけられた乳首も硬く張りつめ、タイトスカートの中身だって一気に熱い滴りを溢れ出し始めてる。
「華美くうん。かわいいわぁ。せんせいねぇ、もうがまんできないのぉ。やさしくするから、ねぇいいでしょう?」
もう完璧に淫らな思考にとらわれていた。これなら、ちょっとやそっとじゃぁ正気に戻らないはず……。
「華美くん、返事してくれないのぉ? いいわ、せんせい華美くんのこと、襲っちゃうんだから! うっんんん……」
言うなり、玲子はかびたにキスをする。舌でかびたの口をこじ開けると、遠慮なくかびたの舌とからませ唾液をたっぷり送り込んでくる。
そのとき玲子の両手は休むことなく動いていた。
かびたはあっさりと、着てるものをすべてはぎとられた。そのときシャツのボタンがいくつか弾けとんだけど、玲子はまるで気にしてなかった。
もちろんかびたは気にしたけど……。
「舐めてあげる。あなたの体、みぃんな舐めてあげるぅ」
そういいながら玲子は、かびたの顔中、耳の中まで舐めまわし、首筋、乳首、へその穴、指の先、足のつま先に至るまでかびたのことをむさぼるように舐めていった。
その間自分の着ているものも、引きちぎるようにしてぬぎすてた。
そして玲子の舌は、ついに最後の場所にたどり着く。
「おいしいわぁ。華美くんのここ、とってもいい臭い。ほんっとす・て・き!」
かびたの肉棒にかぶりいてる玲子。
今この場に入ってくるものがいれば、散乱した服が散らばってる様子といい、まるでレイプしているようにも見えただろう。
もっとも男女の立場はあべこべだけど……。
かびたは、肉棒をむさぼられながら自分の体力がだいぶ回復してきたことを知る。
手足が完全ではないにしろ、どうにか動くようになってきた。
「そろそろ、ぼくのほうからいくよ、せんせい」
玲子に向かってつぶやくように、かびたがいうと。
「……?」
玲子は肉棒から口を離さず、視線だけをかびたに向ける。
その玲子の顔をやさしく触れるようになぞり、自然に肉棒から口を放させる。
そのままかびたはディープキスにうつり、玲子の全身を指でくまなくなでてゆく。
玲子は、すぐに恍惚の表情に包まれ全身の筋肉が弛緩する。
かびたの指は玲子の体を一通りなで終えると、玲子自信ですら知らなかったような性感帯をすべて探り当てていた。
そして、かびたが本格的な攻めにはいる。
両手や舌はもちろん、足やチンポも使い探り当てた性感帯から快楽を引きずり出す。
「う、う、う…………」
あまりの快楽に、玲子はもう声すら満足にたてられない。
そんな快楽の中で、玲子は満足感を得られないでいた。
まだ、一番肝心なものが玲子のには欠けていた。
それは、かびたの肉棒。
どれほど強烈な快感を得ようと、それが欠けていては玲子にとってむなしいだけ。
「…………」
声にならない言葉とともに、玲子は想いのすべてを視線にたくす。
「じゃあいくよ、せんせい」
玲子の髪に指を通しながら、かびたがそれに応える。
「ひっ…………」
小さく息を飲み込み、玲子はそのままいきつぎすらできなくなった。
あまりにもすごい快感。
でも、どんなにすごくてもそこに苦痛は一切ない。
かびたのものがうごくたびに、玲子の心は巨大な快感に包まれてゆく。
ひたすらに真っ白で、おおきくあたたかいもの。
こんな快感があるとは、玲子は想像したこともなかった。
SEXなんてつまらない。なにがそんなにいいのか……。
はっきり言って、玲子はその行為をさげすんでいた。SEXに溺れるものは麻薬中毒者となんら変わりはないのだと、そう思いつづけてきた。
だけど、かびたによってもたらされた快感は、それまでに玲子が体験してきたものとは明らかに別物だった。
包まれるやさしさ。
自分の存在すべてを、すっぽりと包まれるような……。
それだけでなく、かびたに貫かれてこうやって体をすり合わせていると、かびたの心がつよく感じられる。
玲子の心に直接届いてくるその声は、たえまなく玲子にこう語りかけてくる。
“ゆるしてあげる”と。
“あなたの罪のすべてをボクにゆだねて。そうすれば、あなたの罪はゆるされる”と。
それは、あまりにも巨大な誘惑。
でもそんなことをして、かびたは大丈夫なのか?
他人の罪の意識を背負い込み、それでかびたはどうなるのか?
そんな疑問がほんの一瞬だけ玲子の心をかすめるが、でもすぐにまた巨大な快楽の中へと飲み込まれてしまう。
“ふぁぁぁっ。い、いいっっっ。かびくん、ゆるしてぇ。あたし……ゆるし……ああああああ”
玲子は意識の中だけのよがり声をあげて、かびの体をきつく抱きよせる。
「だいじょうぶ。ぼくにすべてをゆだねて」
よがり狂い完全に理性というものを失った玲子とは反対に、かびたはとても落ち着いたやさしい声でそういった。
そして玲子を最大のクライマックスへと導いた瞬間、かびたは“真名帖”へ一つの意志を滑り込ませる。
“真名を捧げよ”
その瞬間、
「あっあっあああああああああ!!!」
それまでせき止められていた玲子の声が、一気に溢れ出す。
まるで地球の反対側までとどけとばかりに。
体中を硬直させた後、かびたの身体のうえに玲子は倒れ込む。
かびたは、それをやさしくだきとめながら“真名帖”を開いていた。
最初のページに書いてあった氷川玲子の文字が、見たこともないような文字に変化していた。
それは初めて見る文字だっただけど、でもかびたにはその文字が玲子のことだとはっきりと分かった。
それを見るだけで、玲子のすべてがわかる。
間違いなく、それこそが真名だった。
……カサコソ、カサコソ。
かびたが、なんとかして玲子の体の下から這い出そうとあがいていると玲子が目を開いた。
「……!」
玲子は気付くと同時に、かびた上から飛びのく。
片膝をつき深々と頭をたれながら、玲子が口にした言葉。
「我が主よ。わたしのすべてはあなたのものです。わたしの心はもちろん、血の一滴から肉の一片にいたるまで主の御心のままに!」
そこには一筋の迷いもなかった。
そう、玲子はあの時に真実を手にしたのだから。
「う~~ん?」
かびたは、どうもよくわかってないみたいだった。
だからとりあえず玲子に近づくと前髪をかき揚げて額にキスをする。それで上を向いた唇に、軽くキスをして離れる。
かびたにしてみれば、なんとなく玲子がかわいく見えたからスケベ心でそうやったのだけれど。
「主よ。祝福をありがとうございます!」
どうも玲子は感動してるみたいだった。
さらにかびたは分けがわからなくなった。
でも、かびたはいつまでもこうしてるわけにはいかない。まだあと4人いる。
一人めでいきなり限界近くまで体力を減らしてしまったかびた。
この後どうするつもりなのだろうか?
はっきり言って考え無しである。
ボタンのとんでしまった服を、玲子の手を借りてなんとか着る。
途中何度もよろけては、玲子に支えられてた。
とてもなさけない……。
着終わるとかびたはまるでさ迷い歩く亡霊みたいに、全裸のままの玲子を残してふらふらと外に出ようとする。
そのときだった。
部屋の隅に置いてあった果物ナイフが、かびたに向かっていきなり動き出す。
もちろん誰も触れていない。だけどそれはかびたの後頭部の急所へ向けて、狙いすまして投げられたような正確と速度で飛んでゆく。
がしっ!
果物ナイフがかびたの血を吸うことはなかった。
玲子がそれを受けとめたから。
ナイフの速度を上回る早さで動き、正確に柄をつかんで止めてみせた。
その動きは、もはや人間技とは思えない。
かびたはそんなことが起こったなんて、まるで気付くことなくそのまま部屋をでていった。
「ふんっ。誰かわ知らないけど、こざかしいマネを……。かびたさまの使徒となったこのあたしがいるかぎり、かびたさまに傷一つつけられるものか!」
そういうなり、玲子は手にしたナイフを机に突き立てる。
ナイフの刃はあっさりと机のぶ厚い板を貫いて、簡単にはぬけなくなった。
玲子は下着をつけずに上だけ着て体裁をととのえると、かびたのあとを後を追った。
机に差し止められたナイフが、その間づっとガタガタと机をゆらしてたけど、玲子がそれに関心をはらうことは一度もなかった。
それよりも遥かに大切な使命があったから。
かびたのサポートをしながら、そのガードをする。もちろんかびたの命ずることに、絶対に従うこともその使命に含まれている。
玲子がなさねばならないことは幾らでもあった。それ以外のことに、いつまでも関わってられないのだ。
もう今となっては婚約者のことも、家のことも、そして教師を続けることもどうだっていい瑣末なことでしかなかった。
だから、玲子はかびたの後を追う。
もう次の授業のことなんて、玲子にはどうでもよくなっていた。
一方かびたは……。
「うみゅ~~っ」
廊下の上で頭を抱えていた。
あることに気付いたからだ。
さっき指導室に入る前。かびたは“真名帖”に“スッキリするまでかびたに怒りをぶつけろ”って指示したのだ。
その結果かびたはみごとに、ボロかびたになった。
だけど“怒りはおさまってスッキリする”って指示しとけば、そうならずにすんだはずなのだ。
そのことに、今ごろ気付くあたり……。
やっぱり、かびただった。
まだ後4人。
はたしてボロかびたは間に合うのか?
そのことを考えると頭を抱えたくなる気もわかるような……。
がんばれかびた、負けるなかびた。
四人の女の子の運命は君が握っている。
まぁ、かびたなんかに握られてるほうはたまんないけど……。
< つづく >