ニャルフェス 第3話 ニャルフェスの誤算(3)

第三話 ニャルフェスの誤算(3)

 かびたは、まいっていた。
 ほんとに、まいっていた。
 つくづく、まいっていた。
 とことん、まいっていた。
 いくら表現を変えてみても、まいっていることは全然変わらなかった。
 注目のまとになっている。
 今ごろはおそらく学校中に、うわさはひろまってるだろう。
 噂光速度等速の法則とかを力説してたやつがいたけど、自分には関係ないやって思ってた。
 でも今ははっきりいってひとごとではなくなってた。
 でも今のかびたに一体なにができただろう?
 由利亜に背負われて廊下を運ばれてるかびた。
 自分で立って歩こうとはしたんだけれど、でも2、3歩くとすぐに腰が抜けてしまう。
 それを見た由利亜が有無を言わせず抱え上げたのだ。
 お姫様だっこだった。
 さすがにこれははずかしかったから、おんぶにしてもらったのだけど……。
 でも。
 廊下ですれ違う生徒たちは立ち止まってひそひそと噂話をしてたし、教室にいた生徒もわざわざ見学にでてきた。
 由利亜はそんな視線なんてそよ風ほどにも気にしてなかったけど、かびたのほうはむっちゃ気になりまくってた。
 生まれてこのかた他人に噂されるようなことなんてただの一度もなかったし、そうなりたいと思ったこともない。
 だから、まいってた。
 一体どういう話になってしまうのか想像もつかない。
 真実をいくら訴えたところで、彼らは面白そうな話のほうにとびつくだろう。
 もっとも現実よりもインパクトのある噂があったとしたらの話だけど。
「ふぃ~っ……」
 ついため息がでてしまった。
 それがまずかった。
「かびたさま? おつらいですの?」
 心配そうに由利亜がたずねる。
 たずねたときには、かびたは廊下の上にねかされていた。
 とおまきに生徒達が見守る中、膝枕されてたりなんかする。
 すばらしいくらいに目立ってしまってた。
「ねぇ、ここじゃまずいよ……」
 ぽそぽそとつぶやくようにかびたがうったえると。
「そうですわね。このような床の上などでは、ゆっくりとお休すみになられるはずなどないですわね。わたくしとしたことがうかつでしたわ」
 そういうと由利亜はかびたの体を、軽々と抱え上げる。
 また、お姫さまだっこだった。
 違う、はっきりと違う。
 そんなこと言いたかんたんじゃない。
 ちょっと涙ぐんでしまう、かびただった。
 でも以外なところから助けが表らわれた。
「あ~っ! かいちょ~~~!」
 生徒達をかき分けるようにして姿をあらわしたのは、かびたが見憶えがある女子生徒だった。
 美人っていうより可愛って感じの女の子。
 でも確か問題があったような……。
「やっと見つけましたぁ。 学校じゅうのトイレみぃ~んな探したんですけど、見つからなくってど~しようかと思いましたぁ」
 それはそうだろう、保健室にいたのだから。
「トイレ? なぜですの?」
 たずねる由利亜の声が冷めたい。
 ちょっとやばそうな雰囲気だ。
「あたしいつの間にか廊下でねちゃってたんです。 それでそれで気が付いたら会長がいなくって、しばらく考えてたらあたし思い出しちゃったんですぅ」
 由利亜の頬のあたりが、小さくぴくっと動いた。
「思い出したって? なにをですの?」
 かびたには、なんかやばそうな雰囲気がひしひしと感じ取られたのだけれど……。
「会長は大きいのをするっていってました。だから、あたし一生懸命さがしたんですぅ。でもでも、男の子用のトイレはちょっとはずかしかったですぅ」
 なんかうれしそうにその娘(こ)がいった。
 どうやら、この娘(こ)の記憶は一番危険なとこだけが残っていたらしい。
 なんとも不幸なことだった。
「そう……。でも、なんで男子トイレですの?」
「だって会長ってば傍若無人ですから、万が一ってこともあるかもしれないなぁって思ったんですぅ」
 う~ん、なるほどなるほど……。おもわずうなずいてしまうかびただった。
 ゴバシュ!
 大きな音とともに神速の踵落しがきまっていた。
「ふん。これで、しばらくこの娘(こ)と話さずにすみますわ」
 一番効果的で、しかもてっとり早い手段だった。
 極めて危険ではあるけど……。
「高島さん、ちょっといい?」
 控えめにかびたが声をかける。
 この機会を逃したらいけない。
 でもちょっち由利亜がおっかないかびただった。
「あら、その呼び方はあまりに他人行儀ですわ。だいたいかびたさまがあたくしを呼ぶのにその呼び方はひどく不自然ですわ。由利亜と呼んでくださりませ、かびたさま」
 かびたも、うれしいと感じたかもしれない。
 周りに人だかりがなかったら……。
 なんか、ひそひそ話がパワーアップしたような気がしたのは、たぶん気のせいばかりじゃないはず。
「……ゆりあ……さん?」
「さんはよけいですわ。ただ、由利亜とだけ呼んでくださいませ」
 きっちり訂正を言い渡されるかびた。
 ここは従うしかなさそうだった。
「じゃぁ……ゆりあ。生徒会の仕事があるんじゃなかったの?」
 床でのびてる不幸な少女のおかげで、かびたも思い出すことができた。
 確か由利亜の真名を手に入れる前に、そんなことを彼女たちが話してたような記憶がある。
「そうですわ。でもかびたさまの身を守ることにくらべたら、たいしたことではないですわ」
 あっさりと言ってのけた。
 まるで悩むようなそぶりすらみせずに。
「ま、まずいよそれ……」
 思わずかびたが漏らした一言。それでは、かびたのシンリョエンボウな計画がくるってしまう。
「なぜですの? なにも問題などないはずですわ?」
 不思議そうに由利亜が聞きとがめる。
「そ、それは……。え~っと。あっ、そうだ……。約束をしてるんでしょ? 約束をやぶっちゃいけないって、死んだおばーちゃんが言ってたよ」
 なんか、たった今思いついたって感じの理論をかびたは力説する。
 はっきり言って説得力ってものがかけらもない。
「それはつまり、わたくしに生徒議会に出席しろとおっしゃってるのですの?」
 うんうん。
 その言葉に、かびたはうなづく。
 うれしそーに。
「困りましたわ……。生徒会長ということが、このような形で障害になるなんて……」
 唇をきつく噛み、その端から血が少し流れる。
 由利亜に苦悩の表情が浮かでいた。
「かびたさまには、やるべきことがあるというですのに……」
 さらに悩んだ後、由利亜の出した結論は。
「わかりました。ではかびたさまを教室におつれいたしますわ。すぐに戻ってまいりますので、それまでけして一人では行動なさらないでくださいませ。よろしいですわね?」
 というものだった。
 うんうん。
 かびたは、よろこんで首を縦に振る。
「絶対に、お一人で動かれてはダメですわ」
 再度、由利亜が確認する。
「まぁ~かせて。だいじょ~ぶ」
 気軽にうけあうかびた。
 実は安請け合いも、かびたの得意技だったりする。
「ほんとうですわね?」
 うんうん。
「ほんとうに、ほんとうですわね?」
 うんうん。
 何度確認してみても、由利亜の不安は消えないらしい。
 まぁ、相手がかびたじゃ当然だけど……。
「ふ~っ」
 なぜか大きな溜め息をつくと、由利亜はかびたを抱えて歩き出す。
 すると取り囲んでいた人垣がわかれて、自然と道ができる。
 格の違いってやつだった。

 それからしばらくして、人通りのなくなった廊下でむくっと起き上がった人影がある。
 それは見捨てられた少女だった。
「あれ? あたしなんでこんなとこで寝てんのかな?」
 頭をかしげてしばらく考え込んだ後。
 ぽん、と手をたたく。
 何か思い出したらしい。
「あっ! 会長を探さなきゃ! 確か“おっきいほう“だって言ってたからきっとトイレにいるはずよね……」
 少女は立ち上がると、ぱたぱたとかけだしていった。
 彼女は自分の運命をま・た・知らない。
 ……合掌(ナム~)

 かびたは授業をうけながら、ほっと一息ついていた。
 普段ならとうに夢の世界へと旅立っている頃だけど、そういうわけにもいかない。
 あと三人の女性たちの存在がかかってる。
 それに、今授業をしてるのはそのうちの一人である御厨亜里沙(みくりありさ)だった。
 でも、どーせ授業が終わるまで手出しできないのだし、だから今はせいぜいゆっくりと休息をとろうとのんびりしてたのだ。
 だけど、かびたにかぎってそんな休息(こと)がゆるされるはずがない。
「さぁ君達、今からテストを行ないます」
 唐突に亜里沙が宣言する。
 抜き打ちだった。
 当然のように、教室のあちこちから不満の声があがった。
 亜里沙は軽く手をあげて、それを制する。教室がある程度静まったのを見計らって話しをつづける。
「ただし、一人だけわたしの実験を手伝ってもらえるのなら、そのひとはテストを免除します。……どなたか手伝いたいひとはいませんか? いれば手を上げてください。早いもの勝ちですよ」
 教室は静まりかえってしまった。
 手を上げる生徒どころか、みんな亜里沙と視線が合わないようにそれとなくそらしてたりする。
 亜里沙がなにやら得体の知れない研究を続けているのは、この学校では有名な話だった。
 いくらテストを引き換えにしたところで、誰も進んでモルモットになりたいなんていっていうような命知らずは結局現れるはずもない。
「わかりました。どうやらみなさん、はずかしがってるようですね。このままでは皆さんの貴重なテスト時間が少なくなるので、わたしの方で指定させてもらいます」
 亜里沙が教室をゆっくりと教室中をみわたす。
 誰もがかたずをのんだ。
 でも視線だけはしっかりとはずしてたけど。
 ただ一人を除いて……
 もちろん、その一人というのはかびただったりなんかする。
 ぼーっとしてたところに、視線がばっちり重なって。
「それじゃ華美くん、お願いするわね」
 当然の結末だった。
「えっ? えっ?」
 かびたが驚いているあいだに、テストプリントがかびたをのぞく全員に配布されて……。
「さぁ華美くん早く行くわよ」
 亜里沙はかびたの腕を掴むと、有無をいわさずひきずるように教室をでていった。
 まだ回復はかんぜんじゃなくて、ふらふらしながらどうにか歩いてるって感じだったけど、亜里沙はまったく気にしてなんかしていない。
 っていうか、人間あつかいされてないって感じだった。
 さすがにそんなかびたに同情的な生徒も中にはいた。
 さっき授業中に氷川先生から呼び出しを受けて説教をくらったうえに、今度はモルモットにされるのだから……。
 だから彼らは、心の中だけでがんばれと声援を送ったのだ。
 でもその声がかびたに届くことは、たぶん永久にないだろう。

“やっと手に入れたわ”
 それが御厨亜里沙の心の声だった。
 かびたは、ずっと廊下を引きづられるようにして連れていかれながら真名帖を確認してみた。
 あと、早く実験をしたいっていうことを、心の中で繰り返してた。
 とても楽しそうに。
 でもかびたは、ちっとも楽しくない。だってその実験動物がかびただったから。
「さぁ、はいって」
 といいながら、亜里沙がかびたを引きずり込んだのは、彼女に与えられた研究室。
 元々どこぞの部室だったらしいのだけど、亜里沙がむりやり居座って自分の研究室にしてしまったのだ。
 中に入ったとたん、まず異臭が鼻についた。金属臭にも思えるけど、実際になんの臭いかなんてかびたにはわからない。まぁわかりたいとも思わなかったけど……。
「さぁここに座って」
 実験設備に埋め尽くされた部屋の何処からか亜里沙がイスを引っ張り出してきて勧める。
「……はい……」
 腰掛けたかびたは、なんだか電気椅子に送られる死刑囚になったような気がした。
「あら、そんなにかたくならなくてもいいのよ。少し楽にしといてもらえば、すぐにすむから」
 そんなことを言いながら、亜里沙ががさごそと机の上を引っかきまわして注射器を取り出した。
 安心させるためのセリフだろうか?
 でもそんなものを見せられてそんなこと言ったって説得力というものが全然ない。少なくともかびたは、よけいに不安がつのっただけだった。
「ねぇ華美くん。一つ聞くけどさぁ。君ってあたしのこと好きかなぁ?」
 唐突だった。
 確かに亜里沙は美人だけど、ちょっち性格に問題がありすぎる。
 恋愛の対象にはならないっていうか、したくないっていうか。まぁ、そんな感じだった。
 だからかびたは首を横に振る。
 言葉にするだけの度胸は、かびたにはなかった。
「そう! いいわ、これで実証される……」
 なにやら口の中でぶつぶつと亜里沙がつぶやきながら、うれしそうににまにま笑ってる。
 とっても不気味だった。
 かびたが見ているまえで、亜里沙は試験管の中に入ってる乳白色の液体を注射器の中に吸い上げる。それから、なにやらいっぱい染みのついたガーゼにエタノールと書かれたビンの中身の液体をぶちまけた。
 部屋中にアルコールのにおいが広がる。
「さぁ、手をだしてごらんなさい。そんなに痛くしないから」
 やばい。
 なんか、むっちゃやばい。
 かびたはあせって手を引こうとする。でも亜里沙のほうが早かった。
 しっかりと左手をつかまれてしまってる。その手をふりほどこうとするけど亜里沙の力はすさまじく、微動だにすることができない。
 まずい、ここは真名帖を使って……と思ったとたん、今度は右手までつかまれてしまった。
 なさけないことに、亜里沙は左手一本だった。
 まぁなさけないのはいつものことだけど、このままでは真名帖を使うこともできない。
 かびたは頭から血が引くのを感じた。
 ペチャ。
 エタノールをたっぷりふくんだガーゼ(雑巾)で、かびたの左腕を拭う。
「ひぃっ」
 小さく悲鳴を漏らすかびた。
 じたばた、じたばた。
 やってみるけど、やっぱりだめ。
 かびたの両腕は、亜里沙の左手一本に勝てなかった。
「だめよ華美くん、そんなにあばれたって無駄よ。あたしはお薬で力を20倍にしてあるの。握力も500キロ以上あるわ。まともな男だって逃げ出すのは無理よ。まして華美くんみたいな可愛らしいお手々じゃ絶対にはずせないわ。だからおとなしくしなさい。すぐにすむから」
 なんと、亜里沙はドーピング女教師だったのだ。
 やばい、これはほんとにやばすぎる。
 かびたは、心底恐怖を感じていた。
 じたばた、じたばた、じたばた、じたばた。
 今度は、さっきの倍くらいあばれてみるけど……。
「はぁはぁはぁはぁ……」
 かびたは、とっても疲れた。
 結果は、とっても疲れただけだった。
「あらあら、そんなにあばれたら針が折れちゃうじゃない。針が折れるととってもあぶないのよ」
 亜里沙はそんなことをヨユーでいってる。
 かびたの抵抗が少しづつ弱まって来てるのをみて、楽しんでるのだろう。
 今のかびたは、蜘蛛の巣に引っかかった虫みたいなものだろう。そのうち力を失ってしまったら、好きに料理されてしまう。
 でも、だからといってかびたとしたら抵抗をやめてしまうわけにもいかないから。
 じたばた、じたばた、じたばた、じたばた。
 じたばた、じたばた、じたばた、じたばた。
 さらなる抵抗をこころみるしかなかった。
 もっと疲れただけだったけど……。
「ふぃ……、ふぃ……、ふぃ……」
 ほとんど息も絶え絶えになってしまってる。
 はっきりいって、もうだめ。
 じ・えんどだった。
「もうおしまい? 男の子なんだから、もうちょっと体を鍛えた方がいいわよ? ……でも、今の方があたしの好みだけど、ね」
 そういって亜里沙が教師とは思えないような、妖艶な微笑みを浮かべる。
 それを見たかびたは背中に冷たいものがはしるのを感じていた。
 最後の気力を振り絞って抵抗を試みるけど……。
 じた……、じた……、じた……、じた……。
 ほんとに気力だけだった。じたばたできていない。
 まぁかびただし、こんなものだろう。
 亜里沙の手にした注射器が、徐々にかびたの腕に近づいてくる。
 よくやった、かびた。
 今まで本当にありがとう。
 君のことは、永遠に忘れない。
 ……たぶん。
 とかいう、エンディングテロップがかびたの頭の中に流れ始めたそのとき。
「そこまでよ」
 いきなり、注射器を握った亜里沙の手が誰かの手によって止められた。
「なにっ?」
 亜里沙は驚いて横を振り向くと、そこにいたのは……。
「氷川先生!」
 かびたの忠実な使徒となった、氷川玲子だった。
「なんでこんなところに……? えっ、手が動かない? どうして?」
 かびたも驚いていたけど、亜里沙はもっと驚いているようだった。
 いつの間にこの場に現れた?
 それより、玲子が掴んでいる右腕を動かすことができない。
 薬によるドーピングで、常人の20倍にまで高めているはずの力がまるで通用しないのだ。
 亜里沙の常識では考えられないことだった。
 まぁとても変ってる常識ではあるけれど……。
「とりあえず、これはあずからせてもらうわ」
 玲子がそう言ったときには、亜里沙が握っていた注射器はもうすでにその手の中から消えていた。
「えっ? なに?」
 とまどう亜里沙。
 一体何が起ったのか理解できなかった。
「どうやら今の見えなかったようね。力ばかり増やしたって、それじゃ役にたたないわよ」
 左手に持った注射器を軽く振ってみせながら、玲子が言った言葉にはあまり感情というものが込められていない。
 ただ単に事実を冷淡に告げただけ。
 そういった印象をあたえる。
「ば、ばかにしないで! あたしの力をなめないで!」
 かびたを掴んでいた手を放すと、亜里沙は玲子の右手首を掴んで自分の右手から引き剥がそうとする。
 ふんっ!
 気合を込める。めいっぱい。
「あら、力だけはものすごいのね。でもいいの? そんなに力を込めたら……」
 ピキッ。
 音が聞こえた。
 音源は亜里沙の左手。
「いっっ!!」
 亜里沙の左の握力がゆるみ、その顔に明らかな苦痛の色が浮かぶ。
「やっぱり耐え切れなかったわね。あなたの調合拝見させてもらったわ。たいしたお薬だけど、骨格強化に問題があるみたいね」
 玲子は冷ややかにそう告げる。
「かびたさま、真名帖をお使いください。御厨先生(さん)の苦痛が快感に変わるようにしてみてください」
 なんだかハードな展開に一人取り残されてしまい、ぼーっとしてたかびたに玲子が提言をする。
「う、うん!」
 かびたはあわてて真名帖を引っ張り出す。
“な、なのよこの女! 一体どこまで知ってるの? それにこの力……。あたしのより優れた薬を造ってるとでもいうの?”
 どうやらかなりショックを受けているようだった。痛みは感じているようだけど、それよりも自分の薬の力を否定たれたことがこたえているみたいだった。
 そこにかびたは、真名帖を使って彼女の一部を書き換えてやる。
 痛みをきもちいいと感じるように。
「ふぅぅぅ」
 それは、溜め息にも似た声だった。
“な、なんで左手が急に……。い、いたいのに気持ちいい……”
 とまどう亜里沙。
 でも、玲子はそれ以上とまどっている暇を与えない。
 バチッッッ!
 手のひらで亜里沙の頬をはたく。
「ひゃぁうんっっっ!」
 また亜里沙の声があがる。今度ははっきりと喘ぎ声だとわかような声だった。
「ひ、氷川せんせい。そんなことしたら……」
 かびたがいいかけるのを玲子が手でせいして。
「だいじょうぶです、少々の力では壊れたりしません。それより普通にしたのではかびたさまのお体に害がおよぶ可能性があります。だから、かびたさまはそのまましばらく見ておいてください。お願いします」
 かびたに向けられる声は、明らかに暖かく感情のこもったものだった。
「わかったよ……」
 ちょっと迷った末に、かびたは同意する。
 玲子はかびたに向けて少し頭をさげて、感謝の意を表した。
 そして亜里沙のほうに向き直ると。
 バシッ!
 もう一度亜里沙の頬をはたく。
「ふっあんっっっ!」
 甘い声を上げて、亜里沙が床の上にへたりこむ。
 玲子がはたくたびに貫くような快感が背筋を疾る。
「どう? きもちいいでしょ? かびたさまに感謝しなさい。かびたさまにそうしていただいたのだから。その幸せを、あたしがたっぷりと教えてあげるわ」
 そういうと、玲子はつまさきで亜里沙の腹を蹴り上げる。
「ぐぇうっっうん! いぃぃうぅぅ」
 亜里沙は床の上でもだえよがった。
 玲子が左手で机の上を左手で無造作に払う。
 ガシャガシャガシャン。
 その上にのっていた様々な器具が床の上に落ちて派手な音をたてた。
「な、なんて……こ、とを……」
 床の上でもだえてた亜里沙がなにやら文句をつけようとするけど……。
「さぁこれでかたづいたわ。」
 玲子は聞く耳ななんてもってない。
 亜里沙の髪の毛を掴んで机の上にひきづりあげると、着ているものを下着ごと一辺に引き裂く。
「けっこういい体してるわね」
 それまでなんの表情らしきものがなかった玲子の顔に、とてもいやらしい表情が浮かぶ。
「や、やめなさい! 今なら許すわ。さもないと……うっっっひぃぃぃんっぅぅぅううう!!」
 亜里沙が玲子に脅しをかけようとしたけど、最後まで話すことはできなかった。
 玲子が亜里沙の左の乳首をひねりつぶしたからだ。
「ゆるす、ですって? あなた、なに勘違いしてるの? 欲望を剥き出しにしたケダモノのぶんざいで。あなたはこれからかびたさまに生涯おつかえするのよ。かびたさまはおやさしいから、そのまえにこのあたしがじっくりと教えてあげるわ。あなたの立場をね」
 話がまともに聞けるように、いったん乳首をひねる力をゆるめて玲子がいった。
 顔を亜里沙の顔にめいっぱいよせて、脅すようなかんじで。
「ば、かな……。そんなばかなこと、ぜったいにぃぃぃぃぃ、ひぃぃぃぃぃうぅぅぅぅぅぅっっっっ!!! あぅぅぅぅぅぅっ」
 言いかけた途中で、よがり声にかわる。
 玲子が再び乳首をひねりつぶしたからだ。
「なに一人でよろこんでるの? みとめなさい、あなたはたんなるメスなの。ここをほら、こうしただけで……」
 そういいながら玲子がひねりつぶしたのは、乳首などではなかった。
 それよりも遥かに敏感な場所。
 クリトリス。
「ぎぃっうんん!!!!!」
 亜里沙の体がのけぞった。
 強烈な痛さ。
 それがどうしようもなく心地良かった。
 とても耐えられず、一瞬のうちに絶頂にたっしていた。
 玲子は自分もスーツを脱ぎ捨てる。
 下着はつけてない。 すぐに全裸になる。
 使徒になってから、さらに美しさを増した肉体だった。
「あなた、いい声で鳴くわね。いいわよ、もっといじめてあげる」
 そういうと、右手の指を全部まとめて亜里沙の淫らしい穴に突っ込む。
 そして、左手の指は自分の穴の中に突っ込んだ。
 びぢゃっ。びぢゃっ。ヌ゛ジュッ。
 二つの穴から聞こえるいやらしい音。
「うぁんっ、ひぃんっ。す、すごひぃぃぃん! こ、こんなぁ、きもちぃぃぃいんっ。いっいいい!!!」
 と亜里沙があえぐ声。
「ふぅっ。いいわよ、もっといい声で鳴きなさい。もっと、もっとかびたさまをたのしませるの。それが、ケダモノのお仕事なのよ」
 と玲子がとろけたような声でいう。
「いぃっ……。ち、ちがうっっっ。あった……しはぁぁぁうん、あぅ。けだもぉのう、なんかぁぁじゃないぃぃぃうっんっっっ」
 よがり狂わされながらも、亜里沙は否定の言葉をつむぎだそうとしている。
「ふふっ。ばかねぇ……、ほらっ!」
 ギリッ!
 自分の愛液でたっぷりと濡れた左手で乳首を摘み上げ、それと同時にクリトリスを右手でひねりつぶす。
「ひぎゃあぁぁぁぁぁ!!!!!」
 さすがにこれは耐えきれず、一瞬のうちに圧倒的な快楽に意識を刈り取られてしまう。
「わかったでしょ? あなたの意志なんて関係ないの。あなたは単に淫らしいメスにすぎない。かびたさまはおやさしいわ。あなたなどにはほんとうにもったいないようなご主人さまよ。ありがたく思いなさい。そして願いなさい。今あなたが一番ほしいものがあるはずよ」
 さっきまでとはうって変ってやさしく、そしてみだらに亜里沙の耳元でささやく。
「……しい……ほしいっ……お願い……」
 うつろな瞳。
 もう亜里沙には、まともな思考はできなくなっている。
 玲子の言葉はそのまま亜里沙の意志となっていた。
「さぁかびたさまよろしいですわ。彼女をお好きに犯して下さい」
 玲子がさそう。
 かびたはそれにすぐには応じなかった。
「うっ? うっっっ……んっ!」
 玲子はイッていた。
 かびたがしかけたデープキス。
 それだけで、なにものにもかえがたい幸福感が玲子を包む。
「お礼だよ。ありがとう、れいこ」
 その言葉を聞いたとき、玲子の瞳から涙がひとしずくこぼれた。
 お礼を言われたからではない。
 自分の名を呼んでもらえたから。
 それも呼びすてで。
 ほんとうにかびたさまの使徒になれたんだと心が震えた。
 それを実感できたから……。
 玲子は言葉を返すことができずに、ただ頭を下げてひきさがる。
「さぁ、いくよ!」
 めずらしくかびたが力強く言った。
 いきなり猛りきったものを亜里沙の花弁の中に突っ込む。
「いっ……!」
 亜里沙の息が止まり、あえぎ声を出すことすらできなくなる。
 右手の指を亜里沙の口の中に突っ込んでやると、その指に舌をからめてきた。
 かびたはそ舌をゆびでつまんで力いっぱいひねってやると、
「ガァァァァァァッッッ!!!」
 それまでためていた息を、いっきにはき出しながら亜里沙がほえる。
 かびたは亜里沙のあそこに自分の腰をたたきつけるように、はげしく動かす。
「ひっ、ひっ、ひっ、ひっ、ひっ」
 そのひとつきごとに絶頂に導かれ、たえまなくイ力されつづける。
 快楽はすぐに限界を超え苦痛へと変化をとげる。
 でもそれは亜里沙にとってさらなる快楽への糧となる。
 亜里沙は無限につづく快楽のスパイラルの中にいた。
 その中ではもはや自我など成立しえない。
 かびたがすベてだった。かびたの行動のみが彼女の快楽を制御する。
 もはや亜里沙はかびたのものだった。
 かびたか命ずれば、どんなことでも喜々として従うだろう。
 だから。
”真名をぼくに……”
 そんな言葉が頭の中に聞こえたとき、亜里沙にはそれを拒む理由なんてかけらもなかった。
 真名帖に新たな名がきざまれる。
 でもそれは、氷川玲子や高島由利亜とはまるで異なった結果をもたらすこととなった。

「ウォン!」
 犬がほえた。
「クゥ一ン」
 犬がないた。
 ペロペロペロ。
 犬がかびたの足をなめている。
「おて」
 かびたがためしに言ってみると。
「バウ」
 犬はよろこんで、しっぽをふりながら前足を差し出した。
 確かに犬だった。
 でもとても普通の犬には見えない。
 確かにふかふかの毛におおわれた前足と後ろ足、それにきりっと誇らしげに巻かれた尻尾は完全に犬だといっていいだろう。
 四つ足で尻尾を振り振り歩るく姿は実にさまになっている。
 だけどその胴体と顔は人間だった。正確に言えば亜里沙である。
「こ、これは……」
 一体何が起ったのか、かびたにはとまどうことしかできない。
「気にされる必要などありません、かびたさま。後女は使徒になることはできなかった。ただそれだけのことです」
 こともなげに玲子が言う。
 たぶん彼女にとっては、そのとうりなのだろう。
 だけど……。
「まずいよ。このままにしとけない」
 そう、かびたにとってはまた一つ、それもかなり頭の痛い悩みの種になってしまった。
 いったいどうすりゃいのか?
 ど一せ考えたとこで、かびたの頭じゃろくな答えが見つかるはずないのだけれど……。
「グルルルルル!」
 それまで機嫌よさそうにしてた亜里沙犬が、突然牙を剥き出しにしてうなり始める。
「なに?」
 とまどうかびた。
 亜里沙犬がうなり声を上けたその先には、誰もいなかったからだ。
「気をつけて下さいかびたさま」
 今度は玲子。
 さすがにぽけぽけのかびたでも、何かやばいんじゃないかくらいは考えた。
 でもそれだけ。
 だいたい気をつけてなんて言われたって、一体かびたに何ができる?
 だから床の上に落ちて砕けたガラス片がかびたのほうへ向けて一斉に飛んできたときにも、やっぱりかびたは何もできずにいた。
 先に反応したのは玲子が先か、それとも亜里沙犬か……。
 玲子は床の上から洋服を拾い上けると、それでガラス片をたたきおとす。
 さらにもれた分は亜里沙犬がしっぽを器用に使ってすべてたたき落としてしまう。
 だけどそれらはすベてダミーだった。
 見えない敵の真の狙い、それは。
「ウォン!」
 亜里沙犬がほえながら、かびたに体あたりをかます。
 かびたはあっさりとふっとんだ。
「キャウーン……」
 どてっ!
 床の上に亜里沙犬がころがった。
 その肩のところに注射器が突き刺さっている。
 それはさっき亜里沙がかびたに使おうとしていたもの。
 中身は完全にからになっている。どうやらすベての中身は亜里沙犬の体内に注入されてしまったようだった。
 そのときかびたは確かに人の声のようなものを聞いていた。
“くやしい……でも、わたさない……“
 その声はそのままぷっつりと途切れる。
 どこかで聞いた記憶がある。
 かびたはそう思った。
 だけど思い出せない。
「かびたさま? どうされたのです?」
 ぼうっとしてたかびたに、玲子が心配そうにたずねる。
「な、なんでもないよ……。それより彼女どうなるの?」
 倒れたままの亜里沙犬。
 ぴくりとも動かない。
「さあ?」
 玲子は小さく肩をすくめてそういっただけだった。その顔には、心配そうな表情など微塵も浮かんではいない。
 亜里沙犬がどうなろうが一向に関心がないっていった感じだった。
 ようはかびたがぶじなら、後はどうでもよいのだろう。
 だけどかびたは……。
 人でなくなった亜里沙犬。
 そのうえわけのわからない薬まで……。
 かびたは、まいった。
 ほんとに、まいった。
 つくづく、まいった。
 とことん、まいった。
 いくら表現を変えてみても、まいっていることは全然変わらなかった。

< つづく >

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