第1話
《 1 》
「いってきます」
僕は、そう言って家を出た。
誰も居ない家の奥に向かってそう声をかけることが、あまり意味のないことだというくらい、もむろん分かっていた。
だがそれでも、つい口にしてしまう。習性なのか、それとも、寂しさからくるものか。
半年前、僕の両親は、事故で他界した。その後、本来であれば、僕はどこかの親戚の家にでも引き取られる状況にあったのかもしれない。
が、身内には遠い親戚しかおらず、また学校がこの近くなこと、ありがたいことに両親がそれなりの財産を残してくれていたから、僕はこの一戸建ての家に一人で住み続けることになった。
一人暮らしは寂しいが、徐々に慣れはじめてはいた。とはいえ、なかなかに全てを受け入れるのには時間がかかるのも確かで、家を出るときのこのクセは、もしかしたらその反動なのかもしれなかった。
「あ、ナオ君、おはよう」
門を出たところで、そう声をかけられた。
「おはようございます。麻美(あさみ)さん、円(まどか)さん」
声の方に振り返って、挨拶を返す。そこにいたのは、隣の家に住む姉妹だった。
天川(あまかわ)麻美さんと、円さん。天川さんの家は三人姉妹で、もう一人、一番下に未玖(みく)ちゃんがいる。
三人ともタイプは違うが美人揃いで(じつはお母さんもそうなのだが)、引っ越してすぐに、近所中の話題になったものだ。
麻美さんは、ふんわりしたタイプの、ちょっと垂れ目がちな美人だ。長女で、現在は大学生。軽くウエーブのかかった長い髪と、大きめのメガネが特徴だ。
和やかで面倒見のいい正確で、誰からも親しまれるタイプだが、あまりにおっとりとしすぎていて、他人事ながら時々心配に思えたりもする。
円さんは、僕の学校の先輩でもある。姉の麻美さんとは対照的にきりりとした雰囲気の人で、すらり伸びた背筋がカッコイイ。学校では、男女共に人気がある。
やはり長い、だけどこちらは真っ直ぐな黒髪を持った美少女で、陸上部の部長もしている。
「ナオ君も、お出かけ?」
「はい。せっかくの休日なんで、ちょっと出歩いてこようかと」
僕と円さんの通う学園は週休完全二日制で、だから土曜日の今日もゆったりと過ごせていた。
ちなみに、『ナオ君』というのは、当然僕のことだ。須藤 直道(すとう なおみち)という名前で、麻美さんは親しみを込めてこう呼んでくれていた。
「わたし達は、ちょっと買い物に行こうと思って」
にこやかに話をする麻美さんは、本当に美人だ。顔立ちも綺麗だけど、スタイルもいい。
薄手のワンピースに包まれた胸は、間違いなく大きめだ。柔らかそうなラインを描くその魅惑的な部分に、つい目が行ってしまう。
……と、円さんが僕の方を見ているのに気づいた。
(っと、ヤバかったかなあ?)
内心慌てながら、さりげなく、目を麻美さんの胸から外す。もしかしたら、円さんには、僕の目線に気づかれていたのかもしれない。
もともと凛とした、言い換えればちょっとキツイ感じのする彼女にこういう場面を見られるのは、できればゴメンであった。
「姉さん、行こう?」
今日は後ろでまとめられた黒髪を揺らし、円さんは麻美さんを促す素振りを見せる。
「あ、そうね。じゃあ、またね、ナオ君」
笑顔でそう言うと、麻美さんは円さんと一緒に、車庫の方へ歩いていく。
(やっぱり、麻美さんっていいよなあ)
姉妹三人共に美人であることは確かだが、特に心を引かれるのは、やはり麻美さんだった。
多分この年頃の人間はみんなそうだとは思うが、僕の中にも『年上の女性』に対する憧れが存在した。そして麻美さんは、その理想を絵で描いたような人だったのだ。綺麗で、優しくて、スタイルも良くて……これで惹かれなければ、ソイツは男として何か欠陥があるのじゃあないだろうか。
(彼氏とか、いるのかなあ……?)
いるとすれば、ソイツはあの綺麗な顔にキスをして、あのスタイルのいい身体から服を脱がせ、そしてあの魅力的な胸を自由にしているのだろうか?
それはあまりに羨ましくて、激しい嫉妬を感じさせる想像だった。
(やっぱり、“コレ”を使うとすれば、麻美さんしかいないよな……)
自分の手、右の人差し指を見る。指先には、小さな『痣(あざ)』があった。細かな線が絡み合った、まるで何かの紋様が描かれているような、そんな痣だった。
他人を操る力を手に入れたら、まず何をするか?
僕と同じ、10代半ば以降の男なら、答えはほぼ一致すると思う。
『綺麗な女を、好きにする』……まず、ほとんどのヤツならば、真っ先にそう言うはずだ。
だが、それ以前に「そんなこと、あるわけないだろう」というヤツらも大勢いるに違いない。
かく言う僕とて、一昨日までは同じ台詞を口にしただろう。
『礼を言うぞ、少年』
時間つぶしにと、ブラリと立ち寄った小汚い古美術店。その棚に並んだ古めかしい壷の一つを鞄に引っかけて割ってしまった僕に、どこからともなく現れた男が、そう声を掛けてきた。
『あの狭苦しい壷の中から開放されるのは、かれこれ300年ぶりだ』
自らを魔族と称する彼は、映画に出てくるような時代がかった服装をした白人男性で、呆れたことに宙に浮いていた。
なんでも、「人心を惑わす魔」ということで、封印されていたらしい。それを僕が、たまたま壷を割って解放したということらしい。
『さて、ではお返しに、力をやろう』
他人の心を惑わし、操る力。それを、僕に分けてくれるというのだ。
『報酬にお前の命を、などとケチなことは言わん。存分に使うがいい』
魔の力を、僕が欲望のままに使う。それが彼にとっても力を付けることになると、そういうことらしい。
力の使い方を僕に一通り教えると、魔物は霞となって消えてしまった。
『コラっ、そこのキミっ! その壷、どうしてくれるんだ!』
商品を壊され怒鳴りつけてきたその店主が、僕が得た能力の、始めての練習台となった。
壷のことなど忘れて、「またいらしてください」とにこやかに挨拶する店主を残して、僕は古美術店を後にした。
――指先の、痣。それがもたらす効果は、経験済みだ。あとは、実行に移すだけだ。
(とはいえ、なあ……)
僕の中には、二つの悩みがあった。
まず一つには、どうやったら、麻美さんと二人きりになれるか。実際にその場面を作ることを考えると、これが意外と難しいように思える。
もう一つは、これは純粋に僕の中にある良識というか、倫理観の問題だった。
麻美さんは、僕にとても優しくしてくれた女性だ。とくに、僕の両親が他界してからは、それまで以上に気を配ってくれているのも、よく分かっていた。
自分が憧れる、自分に良くしてくれる人を、そんなふうにしてもいいものなのか?
(…………)
そんな僕に、悩みのうちの片方があっけなく解消される機会が現れたのは、その日の夕方のことだった。
《 2 》
“~~~♪ ~♪”
居間で友人から借りたTVゲームをやっていたとき、玄関のチャイムが押された音がした。
「誰だろ?」
時計を見れば、夕方の4時くらい。特に今日は誰とも約束もない。
「はーいっ! どちらさまでしょう?」
急いで玄関に行き、カギを開け、扉を開ける。
そこには麻美さんがお皿を持って立っていた。さっきまでのワンピースではなく、柔らかそうな上着と長いスカートという、着心地のよさそうな服装に着替えていた。
「こんにちは、ナオ君。じつはお買い物に行ったら、ごはんの材料を買いすぎちゃって。いっぱい作りすぎちゃったから、ちょっとお裾分けに持ってきたの」
玄関に入ると、麻美さんはそう言ってラップのかかったお皿を差し出してきた。
上には、何種類かのおかずが乗っているのが見て取れた。
「あ、でも悪いですよ」
「そんなこと言わないで。どうせ男の子なんだし、面倒くさがって、いつもちゃんと料理とかして食べてないんでしょう?」
まあ、確かに。麻美さんのおっしゃる通り、コンビニのお弁当やインスタント食品が、僕の主食だった。
「冷蔵庫に入れておけば持つ物を持ってきたし、よかたったら食べて。ね?」
「……ありがとうございます」
素直にお礼を言って、お皿を受け取った。
優しくて面倒見のいい天川さんのおばさんと麻美さんは、僕が一人暮らしだと知って、ときどきこうした親切をしてくれる。
このことが、僕が麻美さんに憧れる大きな理由の一つだった。
お皿を受け取るとき、つい彼女の胸に視線が行ってしまったが、なんとか自分を抑えてすぐに止めた。
せっかく好意でこんなふうに気を使ってくれる人に対して、それはさすがに失礼な気がして。
「食べ終わったら、お皿だけ返してもらえばいいからね」
にっこりと笑う麻美さんの綺麗な顔に、吸い込まれるような気分になる。心臓が「ドクンっ」と鳴った気がした。
そして、ふと思いついてしまう。――今ならば、絶好の機会ではないか。
「……麻美さん?」
「うん?」
ほとんど無意識に右手が動き、麻美さんの額に添えられた。
指先から、何か小さな電流のようなものが、触れた額へと流れ出すような、そんな不思議な感触。
「あ……」
痣が持つ力の効果は、劇的だった。
麻美さんの目が焦点を失い、表情は力を失って、ぽかんとしただらしないものへと変化する。
『――指先を、相手の額につけるんだ。それだけで、相手は深い催眠状態になる』
魔物は小さな笑みを浮かべながら、そう説明していた。
『もちろん、人間のやる催眠術とは、全く違う。あれは“技術”だが、これは“魔術”だ。その強力さは、比べものにならない。
この催眠状態でお前がする命令は、決して逆らうことはできない。お前はその相手を、文字通り好きなように操ることができるのだよ』
はたして、古美術店の主人がそうだったように、麻美さんもまた、催眠状態に陥った。
この状態になれば、あとは僕の言うがままである。
「……麻美さん。今夜、みんなが寝静まるのを待って、僕の家に来るんだ。いいね?」
緊張しながら行うその命令に、麻美さんは人形のように頷いた。
「それと、今回も、これ以降も、僕がこうして麻美さんを操るときのことは、記憶の表面に浮かぶことは決してない。これも、いいね?」
「はい」
指先を、額から引く。
ハッとした顔で、麻美さんの目に光が戻った。
「あ……あれ? 私、何してたんだっけ?」
戸惑った表情を浮かべる彼女に、僕は声をかける。
「それじゃあ、遠慮なくごちそうになります。ありがとうございました。
他の皆さんにも、いつもありがとうございますとお伝え下さい」
「え……あ、ううん。そんなに気を使わなくてもいいんだからね。お隣さんなんだから、もっと気楽に、ね?」
何事もなかったように、優しい笑顔に戻ってそう言うと、麻美さんは玄関から出ていった。
(……それで、いったいどうするつもりなんだ?)
そして残された僕は、自身の心にそう問いかけた。
《 3 》
数時間が、とてつもなく長く感じられた。
時間つぶしにと、バラエティ番組をつけたりTVゲーム機を起動させたりしたが、どうにも集中できずにすぐに止めてしまった。
僕はただ、馬鹿みたいに部屋の中をうろうろしながら、これからどうしようかと、期待と昂奮、そして不安でいっぱいな頭を悩ませていた。
“~~♪”
12時を少し回ったころ、玄関のチャイムが鳴った。
「あ……」
座っていたソファーから弾かれたように起きあがり、僕は玄関へと急いだ。胸がドクドクと喚くのを感じながら、鍵を外し、ドアを開ける。
そこには──まさしく麻美さんが立っていた。
「あの、こんばんは。こんな遅くに、ゴメンね」
申し訳なさそうにそう言う麻美さん。すこし不安そうなその表情は、きっと自分がどうしてこんな非常識な時間に隣の家を訪れたのか、それがわからないからだろう。
困ったような顔と、肩を小さくモジモジとさせる仕草は、年上のはずの彼女をすごく可愛らしく感じさせた。
「えっと、まあ、どうぞ。上がってよ」
麻美さんがこの家に入るところを誰にも見られたくなかった僕は、急いで彼女を家の中に招き入れる。
なんだか頼りなさそうな足取りで、それでも麻美さんは素直に僕の言葉に従って、居間にやってきた。
「さあ、どうぞ。座って」
「うん……」
言われたとおりにソファーに座ると、彼女は僕の顔を見上げながら、おずおずと口を開いた。
「あの……ホントにごめんね、こんな遅くに。こんなことを言うとヘンに思われるかもしれないけど、どうしてかナオ君の家に来なくちゃいけない気がして……」
たどたどしく話す麻美さんは、確かに混乱し、戸惑っているようだった。その態度は、これから起こる事への僕の暗い欲望を、いよいよ昂まらせる。
「もちろん迷惑だったら……え?」
麻美さんの言葉をさえぎって、僕は彼女の額に指先をあてた。
とたんに、眼鏡の奥の両目が焦点を失う。呆けたような表情の彼女に、僕はゆっくりと語りかけた。
「麻美さん、僕の言うことが、聞こえる?」
こくん──と、頷く。
僕はゴクリとつばを飲み込むと、緊張している自分を感じながら、この数日間、ずっと頭の中で考えていたことを実行に移すことにした。
「これから幾つも質問をするけれど、麻美さんはそれに正直に答えること。いいね?」
「はい……」
やはり呆然とした響きをした声で答える、麻美さん。
「麻美さんは、年齢はいくつですか? 職業は?」
「──22歳、大学生です」
どうやら、好調ならしい。
「スリーサイズは?」
「──88、56、87です」
きわどい質問にも、何の抑揚もなく、麻美さんは回答した。
「それじゃあ……」
口の中が乾いて、唾液が粘つき、舌に絡まる。
自分が何を望んでいるのか、それは分かっていた。要するに、僕は麻美さんと性行為がしたいのだ。
彼女とキスをして、彼女の裸を見て、あの軟らかそうな胸を好きになで回し、そして体験したことのないセックスという行為を、この綺麗で魅力的な年上の女性と体験したいのだ。
だが同時に、欲望を押し止めようとする自分がいる。
僕に対して、親切で優しい麻美さん。そんな彼女を、こんな能力でもって操り、汚そうというのは、間違っているのではないかと。
そんな葛藤の狭間で、僕は彼女に訊ねた。
「麻美さんは……その、バージンなの?」
胸の鼓動を押し殺しながら発したその質問に、催眠状態になった麻美さんは、迷いもせずに答えた。
「いいえ」
「…………」
当然、予想していた返答だった。
麻美さんは二十歳をこえた女子大生で、これだけの美人であれば周囲の男が放っておくはずもない。であれば、男と交際したことがないとも考えづらいし、当然彼氏となった人間とセックスをしていても、まったくおかしくない。
反面、まるで裏切られたように感じている自分もいた。これは明らかに僕の勘違いであり、裏切るもなにも、僕と彼女はそんな仲ではないはずなのだが。
……いや、これは失望ではなく、きっと嫉妬だった。自分がいちばん求める女性を、すでに抱いた男がこの世界にいるという事への、理不尽で自己中心的な怒りだ。
「今、麻美さんは付き合っている男がいるの?」
「はい」
「それは、どんな男?」
「スグルは大学の同級生で、同じサークルに入っています」
「その“スグル”とかいうヤツとは、もうどのくらい付き合ってるの?」
「はい。そろそろ、2年になります」
質問を口にするたびに……そして答えを聞くたびに、僕の心の奥で、暗い憤りが燻りをあげていく。
(もう、いいじゃないか)
僕は、苦いモノを吐き出したい気分になった。
(麻美さんは、ソイツとセックスをしてる仲なんだし。その男と僕が変わったところで、今さらこの人が汚れるわけでもないんだ)
もちろん、僕は自分が考えたそれを、正しい論理と考えてなどいなかった。
しかしその無茶苦茶な屁理屈は、僕の欲望が情理を押し流すのに十分な言い訳となるものでもあった。
「麻美さん……」
彼女の額に置いた人差し指に、力が入る。
僕は今、間違いなく、これまでの生活からかけ離れた場所に行こうとしている。
同時に、僕は目の前の、僕が心を寄せる女性を、現在の彼女とは全く違うふうにしてしまおうとしていた。
「麻美さんが今晩ここに来たのは、僕とセックスがしたかったからなんだ。エッチなことがしたくてたまらなくなって、だから麻美さんはこの家に来たんだ」
そんな破壊的な衝動に、たぶん目を血走らせながら、僕はいやらしい妄想を現実のモノへと変えるべく、麻美さんにささやき続けた。
「僕のモノが欲しくて、気持ちと身体が疼いて仕方がなくて、それでこんな夜遅くに僕のところに来たくなったんだ。だから今から、麻美さんは僕とセックスをするんだ──いいね?」
「………はい」
彼女が頷くのを確認してから、僕は指先を引いた。
《 4 》
「あ……」
麻美さんの目が焦点を結び、戸惑ったような声が口から漏れる。
「どうしたの?」
そんな彼女の顔を、僕がのぞき込みながら話しかけると、麻美さんは顔を赤らめ、僕を見返してきた。
薄くリップが塗られた唇の隙間から、僅かに早まった呼吸がもれて、それが凄くイヤらしく見えた。
「その、ね……ナオ君……」
彼女の両手が上がり、僕の頭をそっと挟む。そして麻美さんは顔を寄せると、僕にキスをした。
「んんん……」
粘膜に、温かい粘膜が触れる。僕にとっては、始めてのキス。その相手が、憧れてきた麻美さんなのだ。
僕はよくわからないままに、夢中になって唇を押しつけ返した。
「はあ……ナオ君」
麻美さんの綺麗な顔が、こんなにも近くにある。
ふわりと、香水のいい匂いが僕の鼻に届く。なにか花のような、麻美さんらしい優しい感じのする香り。
香水は、つける人間が昂奮すると余計によく香るとは聞いたことがあるけれど、きっとそれは本当だったんだな、と感じた。
「ゴメンね、急に、こんなことして。……でも、自分でも何でかはわからないけど、凄く、我慢できなくなって……。
ねえ、ナオ君は私にこんなことされて、イヤじゃ……ない?」
眼鏡の奥から懇願するように僕を見る潤んだ瞳と、その言葉に、僕の頭の中は真っ白に染まった。
夢中で麻美さんに手を回すと、今度は僕の方からキスをする。
「んん……っ」
嬉しそうな鼻声をあげながら、麻美さんは僕の頭に回した腕に、力を込めることで答えてくれた。
(えっと、確かこの後は……)
雑誌や友人の話から仕入れた知識を総動員して、次の行動に移ろうとする。
だけど実際には、先に動いたのは麻美さんの方だった。
「ん……ぅん」
何か温かいものが、唇を探る。それが彼女の舌であることに気づくのに、一瞬の時間がかかった。
(あっ、そうか。ディープキス……)
慌てて僕も舌を出し、それに合わせる。麻美さんの舌に舌を絡ませ、唇で唇を挟み、より深くキスを重ねる。
そうしながら片手を柔らかな膨らみの伸ばし、そっと動かしてみた。服の上からとはいえ、生まれて初めて体験する感触を指先に感じて、僕はさらに興奮した。
「ふ……んぁっ」
気持ちよさそうなその声に、気分が高まる。
さらに彼女の口内に舌を差し込もうとしたとき、麻美さんの顔が離れた。
「はあ、はあ……、ナオ君、こういうことするの、初めてなの?」
カッと、恥ずかしさに顔が赤くなるのが分かる。
それは事実だし、別に隠すことでもないかもしれない。それに2年もつきあっている彼氏がいる麻美さんにしてみれば、僕の不器用さから、そんなことはすぐ分かることだろう。
とはいえ、やはりその言葉は、僕にとっては屈辱でもあった。
とっさに都合のいい返事を思い浮かべられない、僕。
そんな僕をどう見て取ったのだろう? 麻美さんはもう一度、僕に顔を寄せる。
“ちゅ……”
そして僕の頬に軽くキスをすると、麻美さんらしい優しげな顔で笑ってくれた。
「大丈夫だよ、ナオ君。もしそうなら、私が教えてあげるから。……だから、一緒に気持ちよくなろう?」
そう言って彼女は、服に手をかけた。裾が持ち上げられると、その下から白いシンプルな下着が現れた。服を脱ぎ去ると、そのまま背中に手を回す。ホックが外され、下着がするりと肩から滑り落ちる。
「ねえ、触って。ナオ君」
ずっと想像の中にあった麻美さんの裸の胸が、僕の目にさらされた。
思っていたとおり、白く、柔らかそうなその膨らみ。隆起の頂点には、慎ましげな蕾が赤く色づいている。
“ゴクリ……”
勝手に喉が動いて、つばを飲み込んだ。心臓が、バクバクと音を立てて騒いでいる。
焦る気持ちを抑えて、できるだけ優しくなるようそっと手を伸ばして、なおやかな丘を手の平で包んだ。
「ん……っ」
想像していた通りの柔らかさと、想像していた以上の温かな手触りが、指先に感じられた。その感触を確かめるように手を動かすと、乳房がその通りの形に歪み、そして元に戻る。
「はぁ……うん、気持ちいいよ、ナオ君。もっと……もうすこし乱暴にしても、いいよ」
麻美さんの呼吸もまた、荒くなってきていた。
ズボンの中で痛いほどに存在を主張しているペニスを感じながら、僕は自分の動きで彼女が感じてくれているのが嬉しくて、言われた通りにそれまでよりも大胆に、胸の膨らみを揉みしだいた。
「ん……はあ、そう……そのくらいの方が、私も嬉しいな……」
その言葉に押されるように、僕は更にその先に指を伸ばしてみたくなる。乳首を指で摘んでみると、麻美さんの口から、「あ……っ」と声が漏れた。
周囲の柔らかさとは違い、そこだけは小さく、それでいて指を受け止める弾性を持っていた。
「これ……麻美さん、乳首、勃ってるの?」
「ああ……っ」
顔を真っ赤にして、首を左右に振る麻美さん。でもそれは、けっして否定の仕草には見えなかった。
「麻美さん……可愛い」
するっと、とても自然に、そんな言葉が口からこぼれ落ちた。普段の僕であれば絶対に出ない台詞だったけれど、この場を満たしている雰囲気が、それを言わせたのだろう。
同時に、そんな台詞を言えたことそのものが、僕の中に自信を生み出した。
「うんっ……ああ、はあっ」
胸に顔を寄せ、片方の乳首を口に含んでみる。唇で締め付けるようにしたり、舌で転がしてみたり、いろいろ試しながら、その感触を確かめる。
同時にもう片方の乳房も、手で撫で回す。
「ふう、なんで、私……こんなに、気持ちいい……っ」
麻美さんの手が僕の頭を抱き、自分の胸を押しつけるように突き出してくる。
耳にドクドクと聞こえてくるのは、僕の動脈を流れる血の音か。それとも、麻美さんの鼓動か。
「う……ああ、ナオく……んっ!」
乳首を強めに吸いながら、硬くなったそこに軽く歯をたててみる。
「んんん~~~~~っっっ!?」
そのとたん、麻美さんの身体がブルブルと小さく震えた。僕を抱く腕に力が入り、頬がやわらかな胸に埋められる。
「――――っ、はあ、はあっ」
荒い息をつきながら、腕からすっと力が抜けるのを感じた。
「……もしかして、イッちゃったの?」
耳元にかかる荒い息づかいを感じながら、僕はそう訊ねた。
「はあっ、はあ……うん、ちょっとだけ……」
僕が……もちろん催眠の魔力が影響しているせいもあるだろうが、初めての僕が、年上の彼女をイかせることができたのだ!
興奮と熱狂が、僕の心をさらに昂ぶらせ、股間に血液を送り込んだ。
さっきから猛りきっていたそこは、もう限界まで熱くなっていた。
「麻美さん……僕、もう……」
乳房に顔を埋めたまま口にした僕の言葉を、麻美さんは正確に理解してくれた。
僕らはいったん身体を離すと、それぞれに身につけたものを剥がし取るように脱いだ。
あんまりにも興奮していたせいで、ズボンと下着を一気に脱ぐとき、ペニスが布と擦れただけで射精してしまうのが心配な位だった。
「ふう、……はあ、はあ……っ」
服を全て脱ぎ捨て、顔を上げると、麻美さんは先に全裸になって、クッションの上に横になっていた。
軽く広げられた足の間には、ずっと妄想の中でのものでしかなかった彼女の茂みと、そして女性の中心とが、僕の目に飛び込んできた。
「ナオ君……私も、もう……我慢、できない」
目元を赤く染めながら、熱く湿ったような響きの籠もった声で、麻美さんがそう言った。
僕も、彼女と一緒だった。股間のモノはズキズキと脈打ち、一秒でも早く彼女の中に入りたいと主張していた。
「行くね?」
スラリと長く、それでいて女性らしい肉付きを感じさせる両脚の間に、身体を割り込ませる。上体を重ね合わせるように、彼女の上に覆い被さった。
ゆっくりと、きちんとできるだろうかという不安と共に腰を進ませたとき、猛りきったモノに冷たい感触が添えられた。
「いいよ、ナオ君。そのまま……」
麻美さんの、手だ。彼女が僕を、そんなふうにまでして迎え入れようとしてくれているのだ。僕はその導きに従って、腰を押し出した。
「うう……っ!」
「はあ……あぁっ」
二つの声が、重なった。僕と、麻美さんと。
彼女のそこは、僕を大した抵抗もなく一番根本の部分まで受け入れていた。なのに一度は入り込んだそこは、圧倒的な熱と、柔らかなくせに絡みつくように収縮する圧力で、僕を握り締めていた。
「……っ」
奥歯を噛みしめながら、ゆっくりと動いてみる。
「ん……ふう、……あっ」
前後するたびに、僕をくるむ濡れた肉壁が、敏感な場所を撫であげ、こすりあげる。無数の凹凸が、ぬめりながら表面を刺激していた。
僕の動作に従って『くちゅ……、じゅく……』と濡れた音が小さくする。
(ああ、そうか。これが、“濡れてる”ってことなんだ)
初めて実感する『女』に、僕は感動していた。
もっと、もっとこの快感を汲み上げようと、必死で腰を動かす。
だけどその動作は確実に、僕を限界に近づけていた。
(く……そっ!)
気持ちがいい。あんまりにも気持ちが良くて、どうにかなりそうだった。とても、止まれない。
このままでは、昂まりきったソレを、すぐにでも洩らしてしまいそうだった。
「ん……あっ、……ナオ君、イきたいの……?」
敏感に察したらしい。麻美さんが、切れ切れに、そう訊ねてきた。
「いいよ……いっても。……ナオ君が気持ちよければ……私も、嬉しい……からっ」
それは、とても魅力的に感じられた。
麻美さんらしい、男が理想として描くうえでの年上の女性らしい、そんな台詞だった。
このまま止まれずに、一人だけ快感の頂点に達したとしても、彼女は僕の全てを受け止め、包み込んでくれる。
――でも、僕はそれを受け入れたくなかった。もっともっと、この快楽を感じていたかったし、せめて彼女のことも、もっと気持ちよくしたいという欲望もあった。
そして僕は、その欲望をかなえる手段を、持っていたのだ。
「はあっ、あ、麻美さん……」
右手を伸ばし、僕を見上げる麻美さんの額に置く。
人差し指に宿った魔術が揺らぎをもって起動し、麻美さんは目元を染めたまま、視線を中に彷徨わせた。
「麻美さんは、今まで感じたことがないくらい、気持ちよくなるんだっ。それで、僕がいったときには、一緒に麻美さんもイくんだ。いいね!?」
都合のいいことを、言うだけ言って、人差し指を離す。
次の瞬間、麻美さんは「あ……っっ!」と声を上げて、身体を縮めた。同時に、僕を抱きしめる膣道が、“ギュっ”と僕を締め付けてきた。
「ふ……あっ、いや、こんな……っ!」
パニックを起こしたように、目をギュッと閉じ、首を左右に振る。その度に、柔らかな髪が揺れて、乱れるように広がっていった。
「わた……し、ヘンだよ……こんなに、気持ちい……いなん、てっっ!」
腕を僕の背に回し、必死の力でしがみついてくる麻美さん。時々背中に彼女の爪が当たって痛みが走ったけれど、それすらも、今の僕には昂奮を高める薪の役目しかしなかった。
「はあっ、い……いっちゃ……ふぁ、わたし、いっちゃう……っ!」
そしてそんな彼女は、それまで以上の快感で、僕を締め上げていた。
唇を噛み、筋肉を緊張させて、なんとかこの夢のような時間を延ばそうと努力するが、その限界もすぐそこまで来ていた。
「う……くぅっ、……麻美さん……いく、よ……っ!」
「ふあ、はあ、はあっ、……あああああっっ!」
堰の限界を超えたマグマが一気にあふれ出し、尿道をすごい勢いで駆け抜けて、麻美さんの胎内へと吐き出された。
次の瞬間、彼女の全身が硬直し、痛いくらいに僕を締め上げる。
「く――……っん!」
裸の肌を重ね合わせ、抱き合ったまま、二人の身体がガクガクと震えた。
『ドクンッ、ドクンッ……!』
何度も、何度も脈打ちながら、呆れるほどの量の精子が、彼女の中に吸い込まれていく。
まるで、それとともに身体の熱もまた体外に流れ落ちるように、全身から力が抜け落ちていった。
「はあっ、はあっ、はあ……っ」
喉をヒリつかせる荒い息を吐きながら、僕は麻美さんの上に崩れ落ちる。
そのときになって初めて、僕たちの全身が汗でびっしょりに濡れていたことに気づいた。
「はあっ、はあっ、……麻美、さん?」
答える声は、なかった。全身をぐったりと弛緩させ、麻美さんはただ浅く早い呼吸をしているだけだった。
眉を僅かにひそめ、目を閉じ、口元はだらしなく半開きになっている。顔にはほつれた髪が汗で張り付き、それでも麻美さんはそれに気づきもしないで、ただ横たわっていた。
「そうか……気絶するほど、いっちゃったんだ」
指先の魔術は、これほどに絶対のもなのだ。
僕はその力を、今更ながらはっきりと実感した。
「ふう……、はあっ、はあ……」
気を失ったまま、未だぼんやりと目元を染める麻美さんのしどけない顔を見ているうちに、僕は下半身に、再び血液が集まり始めたのを感じた。
「麻美さん……」
汗に濡れた胸の膨らみに、手を伸ばす。さっき触ったときとは少しだけ違う、じっとりとした感触。それがまた、生々しいイヤらしさを感じさせ、僕は再び麻美さんの乳房の感触を楽しみながら手を這わせた。
「ん……、んん……」
意識はなくても、身体は快楽を感じているのだろうか?
落ち着きを取り戻しかけた彼女の呼吸が、再び湿り気を帯び始める。
僕は胸を焦がす欲望を抱えながら、じっと彼女が意識を取り戻すのを待っていた……
《 5 》
二日後の月曜日、学校に行こうと家を出たとき、たまたま麻美さんと出会った。
彼女は、下の妹である未玖ちゃんと一緒だった。未玖ちゃんもまた、ちょうど学校に出かけようとしていたところだったらしい。僕と次女である円さんが通う学園に隣接する、付属校の制服を着ていた。
「おはようございます」
声をかけると、二人はこっちを振り向いた。
「あ、おはようございます。須藤さん」
ショートボブの頭を小さく下げ、礼儀正しく挨拶を返す未玖ちゃん。
美女の家系の血を、きちんと引いていることを感じさせる整った顔をしているけど、まだ美人というよりは、可愛らしいといった感じの娘だ。
「おはよう、ナオ君」
その隣で、麻美さんも、普段とまったく変わらない笑顔で挨拶をしてきた。
まるで僕たちの間に、変わったことなど何も起きていないかのように。
――当然だ。
一昨晩、僕は彼女の身体を何回も貫き、欲望を放った。疲れ切って、それ以上の行為を止めることにしたのは、もう明け方近くであった。
簡単に二人の身体をシャワーで洗い流した後、僕は麻美さんに『今日の出来事は、僕がそれを思い出すように言うまで、忘れていること』と命令したのだ。
その日は日曜日ということもあり、起きたのはもう昼過ぎだった。
そして残りの時間をかけて、僕はゆっくりと麻美さんとの今後を考えたのだ。
「あ、そうだ麻美さん」
今日は、ちょうど早めに家を出ようとしたところだった。腕時計を確認し、まだ十分に時間に余裕があることを確認する。
未玖ちゃんの前、さりげなさを装って、僕は長女である彼女に話しかけた。
「おとといは、ごちそうさまでした。お皿をお返ししたいんですが……」
「ああ、すぐでなくてもいいのに」
僕らの会話にじれたように、未玖ちゃんは時計をちらりと見ると、言った。
「その、ごめんなさい。わたし、今日は早めに学校に行かなくちゃいけなくて」
わざわざ僕にそう断りを入れる。ほんとうに、この娘はいい子だ。
「じゃあ、お姉ちゃん。いってきます」
事実、彼女はかなり急いでいたらしい。ほとんど走るような早足で歩いていく。
歩調に合わせて、カバンに付けられたマスコットの飾りが、せわしなく揺れていた。
「それじゃあ、お皿と――あと、実はお渡ししたいものがあるんで、一緒に来てくれます?」
未玖ちゃんが角を曲がって見えなくなったのを確認し、僕は麻美さんにそう言った。
「あら、何かしら」
疑いも警戒心もなく、麻美さんは僕について来る。
一緒に玄関に入ったところで、僕は彼女の額に、人差し指を突きつけた。
「あ……」
そのまま指を離さないように注意しながら、外から見えないようにドアを閉める。
「麻美さん、これから言うことを、良く聞くんだよ?」
昨日、半日かけて辿り着いた命令を、麻美さんに伝える。
「麻美さんは、今日から僕の奴隷になるんだ。一昨日のことを、思い出して――そう、あんなふうにして僕のことを気持ちよくするのが、これからの麻美さんの役目なんだよ」
僕に言われ、先日の行為が記憶に甦ったんだろう。弛緩したままの頬が、僅かに赤らんだ。
「奴隷になったからには、僕の言うことには全部従わなくてはいけないんだ。
僕が命令したら、麻美さんはどんなに恥ずかしいことだろうとも、それに従うんだ。
でも、それだけじゃない。良い奴隷になるために、麻美さんは僕をどうしたら喜ばせることができるか、自分でも考えて動くんだ。いいね?」
「はい……」
素直に頷く、麻美さん。
「これからは、僕を喜ばせることが、麻美さんにとっての一番気持ちのいいことになるんだよ。僕が気持ちよくなれば、それだけ麻美さんも気持ちよくなれる」
ひとつ息をつき、僕は続けた。
「僕以外のどんな男に身体を触られても、麻美さんは気持ちよくなんてなれない。僕以外の男では、感じられないんだ。その代わり、僕に触られたり、命令されたりすると、今までのセックスからでは考えられないくらい気持ちよくなれる。二日前が、そうだったみたいにね」
そうやって、僕は命令を続けていく。これからの連絡法や、そのときに使う様々なキーワードなど……
彼女が僕の、僕だけの性奴隷となるように。そしてそれが都合の悪い露見をしないよう、何度も修正しながら考え出した命令を伝えていく。
「あとは、麻美さんが僕の奴隷だということは、他の誰にも知られないように、注意すること。他の人がいる前では、絶対にそれがばれるような言葉や行動は慎むんだ。もし万が一にも誰かに知られたら、すぐに僕に連絡するんだ。
それと――」
最後に、忘れてはならない命令を、ゆっくりと口にした。
「それと、“スグル”とかいう、今つきあっている男とは、今日にでも別れるんだ。
麻美さんは、僕だけのもの……僕だけのオモチャで、僕だけの奴隷なんだから。
――いいね?」
「はい」
迷いもなく、了承の返事をする彼女に満足して、僕は人差し指を離した。
ゆっくりと、麻美さんの瞳が焦点を合わせ、僕を見上げる。
「ナオ君……ご主人、さま……」
うっとりとした顔の彼女に、軽くキスをしてやる。
それだけで、華奢な肩がフルフルと小さく震えているのがわかった。
「さて、と。いいかげん、そろそろ出ないと、本当に遅刻しそうだな。それに、あんまり長くなると、もし麻美さんが家にはいるところを見られていたりでもしたら、ヘンに思われるし」
僕のその言葉を聞き、残念そうに表情を曇らせる、麻美さん。
思わず苦笑して、僕はもう一度彼女にキスをしてあげた。
「ん……」
従順に、そして慎ましげに。
最高の性奴隷となった麻美さんは、僕の舌を唇の間から受け入れる。
(また、今夜にでも……)
ずっと、憧れだった女性。その人を、思いもしなかった形でとはいえ手に入れた、満足感と征服感。
これから続くだろう快楽の日々を想像し、僕の心は際限なく、暗く深く高鳴っていくのだった。
< 了 >