その後の、に
《 4 》
―――― そして『私』は、今日も夢を見る。
夢の中、舞華はひとり、公園のベンチに座って、本を読んでいた。
豊かな木々の緑の合間からのぞく空は晴れ渡り、葉をゆらしながら通り過ぎる風が、気持ちよかった。
(今日は……)
前回“あの夢”を見たのは、三日ほど前のこと。となれば、今日辺り、二人は再び夢に現れるころだった。
そう考えを巡らし、舞華は思う。
(ああ、そうか。私、二人が来てくれることを、待ってるんだ)
少年と少女が、自分を弄ぶためにやってくることを。彼等が舞華を、自分たちの快楽のためのオモチャにして遊びに来ることを。
舞華を、数ヶ月前までは想像もしなかった、あの信じられないほどの悦楽の向こうへと、浚(さら)ってくれることを。
そんな、初めて気づいた自分自身の心を、舞華はなんの葛藤もなく、平静に受け止めていた。
『私、やっぱり、変わっちゃったのかなあ』
手に持った本に目を落とすが、何が書いてあるのかはっきりしない。これが夢であることを考えれば、それほど不思議なことでもない。それに今の舞華には、どのみち読めたとしても、内容が頭に入ってくるとは思えなかった。
見知らぬはずの、少年と少女。初めて二人の夢を見た、あのとき。あの、美術室での行為以来、舞華の日常は全くと言っていいほどに反転してってしまった。
自分が、どんどんと、歯止めも効かずに、以前の自分とは別の人間になっていくのを、彼女は実感として感じていた。いや、突きつけられていたという方が正しいかもしれない。
先日の、学校のトイレに籠もってのオナニーに夢中になる、自分。どれほど絶望しようとも、あれが今の彼女の姿なのだ。
(私、どうなっちゃうんだろう……)
その答えは、舞華の手の中にはない。
あるとすれば、きっと、あの二人が持っているのだ。
『あ、いたいた。舞華ちゃん、こんばんは~』
声をかけられそちらを振り向くと、そこには待ち望んだ“ご主人様達”の姿があった。
男の子の方は、相変わらずの、寝間着代わりに来ているようなTシャツと、ジャージのズボン。かなり背が高い、それでも普通の男の子にしか見えない。
女の子の方は、ぴったりとしたタイプのキャミソールの上に、薄手のカーディガンを羽織っている。
体の線がよく分かるそんな服装の彼女を見ると、数ヶ月前と比べて、身体が曲線を増してきたように思える。性への知識が豊富なので戸惑うところはあるが、やはり、第二次成長期の年頃である女の子なのだろう。
二人は舞華に近づくと、まず女の子が、舞華に口づけしてきた。
『じゃあ、さっそく……、ん~』
唇が触れ合った瞬間、そこから何か波のようなものが舞華に流れ込み、体中に伝わり、彼女の身体の奥底を振るわせた。
『は……あ、ぁ』
ズクン――と、内臓が脈打つ感触と共に、下腹から、もどかしい熱がこみ上げてきた。
今では、すっかり見知ったものとなってしまった、この身体の昂ぶり。
『あ、ああ……はあ、ああ……っ』
ブルブルと全身を振るわせながら、舞華は自分の身体をギュッと抱きしめる。
呼吸が荒くなり、顔が一瞬で火照るのが分かった。
『さてと、今日はどうしようか? ハル君』
そんな舞華の様子に満足したのか、少女は少年を見上げながら、無邪気に言う。その表情は、お気に入りのオモチャをどうしようかと聞く子供のそれであり、舞華の人間性に気を使っている感は、全くなかった。
『とりあえず、まずは舞華さんに、口でして欲しいな』
答える少年も、それは同様だった。
この世界において、あくまで舞華は、彼等が快楽を得るための“道具”でしかないのだ。
『今日もまたそれ~? 好きだねえ、ハル君も』
『ほっとけっ』
しかし、そのことに不平を言うことなど、出来なかった。
彼女の全身を縛る、この耐え難い疼き。これを治めてくれるのは、そして彼女を限りない快感へと導いてくれるのは、彼等以外にはあり得なかったからである。
『ん~、でも、たまには私がはじめに気持ちよくしてもらいたいな~』
そう言うと、少女は舞華の方を向いて「にへら」と笑った。
『じゃあ、舞華ちゃん。わたしのアソコ、気持ちよくしてくれる?』
『おい、』
『え~っ。いいじゃん、たまにはさ~』
舞華が拒むなどということは、はじめから考えてもいない、その態度。
そして実際に、舞華が彼女の言葉に逆らうなど、とうてい出来ないことなのだ。
少女が自らの手で、スカートの裾を持ち上げる。下には、可愛らしいパステルカラーのショーツを身につけている。
舞華はふらふらと地面に跪くと、少女の下半身に手を伸ばした。ショーツに手をかけ、それを降ろそうとしたとき、その手が不意に押さえられた。
『ダメだよ、舞華ちゃん。こういう時は、まずどうすればいいか、教えて上げたよね』
覚えの悪い幼子に言い聞かせるような、その口調。ニッコリと浮かべた笑顔には、純粋な子供のような無邪気な冷酷さが覗いているように思えた。
『すみません……お願いします。舞華に、ご奉仕させて下さい。もし、上手に出来たならば、舞華のことを、可愛がって下さい』
屈辱に顔を伏せながら、絞り出すようにその台詞を口にする舞華。そんな彼女に対し、少女は舞華の手首から手を離し、そして空いた手で彼女の頭を「よしよし」と撫でた。
『うん、いいよ。その代わり、上手に出来なかったら、オシオキだからね?』
その声に促されるように、舞華は少女の腰からショーツを降ろすと、そこに隠されていた同性のもっとも密やかな割れ目に、犬のように舌を伸ばした……
《 5 》
『はあっ、はあっ、はあっ……』
ぐったりとした身体を地面に横たわらせ、舞華は肩で息をしていた。
汗ばんだ肌に付いた砂粒が、気持ち悪い。
彼女の秘所からは、少年が出した粘液がだらりと肌を伝わり落ちていた。
『どう、舞華ちゃん? 気持ちよかった?』
訊ねる少女の顔を見上げる力も無く、舞華はただ僅かに頷いてそれに答える。
今日もまた、舞華は何回も絶頂に押し上げられ、そして、ぼろぼろにされた。ほんのこの間までは想像もしていなかった快楽に振り回され、引き裂かれ、そして疲れ切っていた。
『そう、よかったぁ。わたしもハル君も、気持ちよかったよ』
そんな舞華を見下ろしながら満足げにそう言うと、少女は少年の方を向く。
『じゃあ、ハル君。そろそろ帰ろうか? 多分もうすぐ、朝に――』
『……待って。……あの、待って下さい』
立ち去ろうとする二人に、舞華は声をかけた。
がくがくと力の入らない身体を無理矢理動かして、肘をつき、なんとか彼等を見上げる。
『どしたの? 舞華ちゃん』
幼い仕草で首を傾げながら訊ねる、少女。
少年もまた、舞華の顔に視線を落としながら、彼女の言葉を待っていた。
『あなた達は……』
どう聞けばいいのか。どう話せば、自分の求める回答が得られるのか。
そもそも、舞華はいったい、二人にどんな回答を求めているのか。
それすら分からないまま、舞華は言った。
『あなた達は、どういう人達なの?』
『どういうって?』
やっとのことで口にした舞華の問いに、少女は眉をひそめながら、首をひねる。
『だって、こんなの、普通じゃない……普通じゃないものっ』
少女の仕草の、どこが舞華を激高させたのか。気がつけば、身体が疲れ切っていることも忘れて、彼女は口走っていた。
『こんな夢を何日かおきに見るのも、いつも同じあなた達が出てくることも、わた……私がこんなふうになっちゃったのも、みんな普通じゃあないよっ!』
涙が、勝手に目尻からこぼれ落ち、頬を濡らす。それがたまらなく情けなくて、さらに涙があふれ出す。
『“こんなふうになっちゃった”って、どういう意味だろ?』
冷静に聞き返す年下の少女に、舞華は子供のように泣きじゃくりながら話す。
『こんな……私、こんなにイヤらしい娘なんかじゃなかったのに。それがこんな夢を見るようになって、それから私、現実の方の私まで、どんどん変わっちゃう……』
自分でも、順序だった話が出来ていないことは、十分に分かっていた。それでも、どうしても自分を押し止めることができず、舞華は氾濫する心をそのまま言葉にして、叫び続ける。
『なんで夢なのに、なんでこんなにはっきりしてるの? どこまでが夢なの? これが夢なら、どうして私は、こんなにイヤらしくなっちゃったの? あんな、あんな……まるで私、変態みたいでっ!』
放課後、学校のトイレで、我を忘れ自慰に走った自分。
いつ、誰が入ってくるともしれない場所で、自分を抑えることもできずに、絶頂に達してしまった自分。
夢と、現実と。
その線引きが危うくなってしまった世界で、彼女はこれからどうすればいいのか?
『舞華ちゃん、起きている現実の世界で、なにかあったの?』
少女の言葉が、むき出しになった無防備な魂に、突き刺さる。
『知らないっ! 私……あんなの、私じゃあ、ないものっ!』
必死で、言葉で否定する。
――だけど、どんなに口で否定しても、現実は変わらない。彼女がやったことも、いまさら無かったことには出来ない。
『……夢のことを思い出すと、私、いつも自分じゃないくらいイヤらしくなって……それが、止まらなくなるのっ。
この前だって、あんな……あんな………っ!』
まるで子供のように泣きじゃくりる。
他に、どうすればいいのか。舞華には、見当もつかなかった。
『お願い……お願いっ。私を、……助けてよぅ…』
なぜ、自分はこの少女に助けを求めているのか? 舞華は自分のやっていることの意味が、自分ですら分からなかった。
この少女こそが、今の舞華を傷つけている、その張本人なのではないか? そんな彼女に、這いつくばって助けを求めるなど、それはあまりにふざけが過ぎた、笑えないパロディのようではないか。
『うあ、あ、ああ……っ』
訳も分からず、涙が止まらない。
恐くて、たまらないのだ。
そっと――彼女の頬に柔らかな手の平が触れ、指先が彼女の流す涙を拭った。
『ぐすっ、ぐすっ……え…?』
顔を上げると、予想していたよりもすぐ近くに、少女の顔があった。もう少し近寄れば、そのま触れ合ってしまいそうな距離で、少女の大きな瞳が舞華の目をのぞき込んでいた。
『舞華ちゃんは、わたし達に助けて欲しいんだ?』
まだ幼さが残る顔に柔らかな微笑みを浮かべながら、少女はそう言った。
だが、その黒目がちな瞳は……
『舞華ちゃんは、現実の世界で、えっちな自分が抑えられなくて、イヤらしい自分をどう扱ったらいいか分からなくて、それでわたし達に助けて欲しいんだね?』
『それは……』
何かが、歪んでいた。少女の言葉は明らかに、どこかで舞華の言葉をわざとねじ曲げ、誤解しているように思えた。
自分が望んでいるのは、そういうことだったのか? 自分は……
『わたし達は、舞華ちゃんを助けてあげられるよ?』
彼女の瞳が、大きくなった気がした。そのまま舞華の視野を、すべて覆い尽くしてしまうかのように。
(あ……)
それは恐怖か、畏怖か。舞華の背中を、冷たいものが走る。
本能が何かを必死に舞華に伝えようとしているようにも感じるが、舞華の思考は麻痺したように上手く働かず、彼女はただ呆然とその瞳を見つめ返す。
『わたし達は夢の中で、舞華ちゃんのことをこんなに気持ちよくしてあげられる。今までもそうしてあげたし、これからもそうしてあげられる。
そしてね、舞華ちゃん。もしも、舞華ちゃんが望むのであれば、現実の世界の舞華ちゃんだって、助けてあげられるよ?』
自分の目の前に、何かが広がっている。
全てをからめ取り、縛り上げ、自由を奪ってしまう、まるで蜘蛛の巣のような何かが。
『舞華ちゃんがそんなにも苦しんでいる、現実の世界での舞華ちゃんの戸惑いを、わたし達なら、解決してあげられる』
それに握り取られたら最後、自分はいろいろなものを失ってしまうだろう。
蜘蛛の巣に捕まった獲物の末路など、一つしかあり得ない。
『どうする、舞華ちゃん。わたし達に、助けて欲しい? それとも、ずっとこのまま、一人で頑張るの?』
だがその網から逃げて、彼女はどこに行けるのだろうか?
舞華の脳裏に、先日の自分の姿がよみがえった。泣きながら、トイレにこびりついた自らの自慰の痕跡を、懸命にふき取る、あまりにも惨めな姿。
『助けて……下、さい』
震える唇から、懇願の言葉がこぼれ出す。
『お願い……助けて』
――心が、軽くなっていく。
追いつめられた精神が、いろいろなものから解放されるのが分かる。
指の隙間からぽろぽろとこぼれていく多くのものへの喪失感と共に、心地よい安堵感が、彼女を包み込む。
その自らをからめ取るための網に――――舞華は自ら、身を任せた。
《 6 》
日曜日の昼過ぎ、舞華は夢の中で少女から指定された公園に来ていた。
小さくて、近所の子供連れのお母さんたちが散歩に来る程度の公園。その一つしかないベンチに、彼女は座っていた。
ちらりと、腕時計を見る。約束の時間は、もうすぐだ。
(なにやってるんだろうな、私)
自嘲気味に、心の中でそう呟く。
夢の中で交わした約束に従って、こんな所にやってきている。それだけでも十分に滑稽な行動であることは、当然自覚していた。
だが、彼女が自分自身を理解できないのは、さらにその先にあった。
(私……本当に、いいのかなあ?)
もしも――もしも本当にあの二人が現れたとしたら、舞華はどうなってしまうのか……そんな恐怖が、彼女を縛る。
もしそんなことが起きたならば、彼女の常識、そして彼女の人生そのものは、今とは全く違うものになってしまうのではないか。そんな予感があった。
(そうしたら、私……)
夢の中、少女は、『夢と現実との間で苦しむ舞華を、“現実で”助けてあげる』と言った。
現実の世界でまで夢の世界に引きずられ、どうしていいのか分からなくて、悩む舞華。彼女の、その二つの世界による歪みを、解消してくれると。
でももしかしたら、それは……
「舞~っ華ちゃ~ん!」
少し舌っ足らずな声に、はっとする。
反射的に上げた視線の先に――彼等は、いた。
「ありゃりゃ、もしかして、お待たせしちゃったかな?」
屈託無い笑顔で話す、小柄な少女。ショートボブの頭に、今日は少年のような帽子を被っている。
そして、背の高い少年。彼の方は少女とは違い、すこし緊張したような、探るような目で舞華を見ていた。
歩み寄る二人を前に、舞華はベンチから立てなかった。
ただ、半ば呆然と、近寄ってくる少年と少女を見つめる。彼等が本当にそこに存在しているのか、それが判断つかないというように。
「さてと。とりあえず、まずは“はじめまして”だね」
少女が、握手を求めるかたちで、右手を差し出した。
「わたしは、山倉 里美。舞華ちゃんよりも一つ年下だから、もしかしたら本当は、『舞華さん』って呼ばなくちゃあいけないのかなあ? まあ、いいよね。
んで、こっちが……」
「正田 春人です。はじめまして」
順番に自己紹介する彼等の声をどこか遠くの物事のように感じながら、舞華はただじっと、目の前に差し出された少女の小さな手を見つめていた。
これに触れたとき……これに触れられたとき、夢ではないこの現実でさえ、彼女の躰は無理矢理に操られてしまうのだろうか?
「――どうしたの、舞華ちゃん?」
言われて、びくっと肩が竦んだ。恐怖と、緊張とに。
ゆっくりと顔を上げると、少女はさっきと同じ笑顔を舞華に向けている。
いや、それは決して「同じ」ではなかった。
やわらかく下がった目尻。ほころんだ口元。それらは先ほどから、全く変わってはいない。
しかし、少女の大きな瞳、その中に宿った底知れぬ闇は、舞華よりも年下であるはずの女の子が浮かべるものでは、あり得なかった。あるいは、“人間”が浮かべるものでは……
(これは……)
夢の中、舞華の目の前に広がった、昏い蜘蛛の巣。彼女を絡め取るべく張りめぐらされた、巨大な網の罠。
それが今、再び現実の中で、彼女の前に現れた。
背中を、冷たい震えが駆け下りる。まるで氷の塊が、滑り落ちていったよう。
――だが舞華は、醒めた自分を感じていた。
いや、もしかしたら彼女は別に冷静なわけではなく、ただ現状に対応しきれずに思考が痺れてしまっているだけなのかもしれない。
それでも、少なくとも舞華は、取り乱してはいなかった。
(私は……もう、)
なぜなら、選択は既に、為されていたのだから。
彼女は夢の中で、もう既に選び、そして自ら捕らえられてしまっていたのだから。
「…………」
舞華は、小さく震える手を伸ばし、差し出された手を掴む。緊張に痺れたような感覚の指先を通して、少女の手の感触が伝わってきた。
とても、冷たい手。
その手に縋り付くように、舞華はベンチからおぼつかない動作で立ち上がった。
「はい、到着~」
二人が彼女を案内したのは、いかにも高級そうなマンションの一室だった。
「ここは……?」
訊ねる舞華に、里美が振り返って答える。
「うん、わたしん家(ち)だよ。誰もいないから、遠慮なく入ってね」
その言葉どおり、少女はカギを取り出すと錠を外し、ドアを開ける。
玄関で靴を脱ぎ散らかすと、とっとと廊下の奥へ歩いていってしまった。
「早乙女さん、どうぞ中に」
背後から春人に言われ、舞華は覚悟を決めると、扉をくぐった。
冷房が効いているのか、ひんやりと心地よい空気が、彼女を迎えてくれる。
フローリングの廊下を、奥へと進む。
いちばん突き当たり、開けっ放しになった扉を抜けると、そこは日当たりの良い広い部屋だった。どうやら寝室らしく、中には大きなベッドが置いてあった。
「今日は、舞華ちゃんが来るんで、がんばって片づけたんだ~」
そういいながら、里美はベッドの縁に、子供っぽい仕草でポスンッと腰掛けた。
舞華の顔を、見上げようにのぞき込む。
「その……」
あまりに自然なものに見える、彼女の仕草。なのにそれを見る舞華の心には、焦燥感にも似た何かが、漠然と、そのくせに確かなものとして膨れ上がる。
口の中が乾ききり、下が上顎に張り付いたように動かしづらく感じた。
「わたし……私は、な……」
弱々しげに、たどたどしく口ごもる今の舞華を見れば、常日頃の彼女を知る人間――例えば、柚美などは、驚き、さぞ心配したに違いない。
いつも柔らかで、それでいてしっかり者であり、学園でも周囲から一目置かれた存在絵ある舞華。その彼女が、こんな表情をしている。
何を言えばいいのか、何を言いたいのか、舞華には自分でも分からなかった。
『私は、なぜここにいるのか?』、『私は、なにを訊けばいいのか?』、『私は、なにをすればいいのか?』……そのどれもが正しい問いであるようにも感じたし、どうじに全てが見当違いのようにも思えた。
「ん~、別にそんなに難しく考える必要なんて、ないんじゃない?」
小さく首を傾げながら、里美がちょっと苦笑を浮かべながら、言う。
視線の高さは舞華の方が上であるはずなのに、なぜか彼女は、その逆の立場で少女と視線を交わしているように感じられた。
「だって、舞華ちゃんは、どうしてここに来たの?
何をどうすればいいのかなんて、舞華ちゃんだって、本当は分かってるはずじゃない」
絶対の自信が込められたその声と、――そしてそれ以上に突きつけられるような、少女の視線。
少女の、舞華の精神そのものを鷲掴みに握り絞めるようなその瞳を見た瞬間、舞華の心は、それを“思い出した”。
『ドクン――ッ!』
心と、そして躰の深い部分で、それが脈打つのを感じた。
「あ……」
同時に、すぐ背後に、人の気配を感じる。
肩越しに見上げれば、そこには少し緊張したような、怒ったような顔をした春人が、彼女を見下ろしている。
『ドクン――ッ!』
ぎゅっと、下腹の辺りが収縮して、そこからじわじわと……やがて徐々に激しく、熱いものがあふれ出してくるようだった。
(ああ、そうか……私は……)
そう。少女の言葉は、正しい。
舞華はなぜ、ここに来たのか。何をするために、ここに来たのか。彼女は何をすればいいのか。
それらすべてを分かっていて、そして――だから彼女は、二人と共にこの場所にやってきたのではないか。
「は、あ……」
ため息と共に、舞華は絶望を受け入れる。
その代償として、彼女はこの数ヶ月の間ずっと苦悩してきた混乱や、痛みや、矛盾や……そういったものから、解放されるのだ。
そう、彼女はこの少女と、契約したのだ。
舞華の心を、脱力感と、同時に痺れるような開放感が真っ白に覆い尽くす。
今の彼女は、自分をからめ取った蜘蛛の巣と、そして身体の奥から沸き上がる熱をなんの抵抗もなく受け入れる、器(うつわ)だった。
(……っ)
―――ただ自然に、あまりに当たり前のように身体が動き、舞華は春人の足元に跪いた。
「失礼します」
カチャカチャとベルトを外し、ズボンとトランクスを降ろす。下着を降ろすとき、起立したモノが引っかかって少しだけ手間取った。
「あ……」
目の前に、夢の中で何度も見た、男の欲望をそのまま示す象徴が現れた。赤黒く脈打つ、先端に形容しがたい凹凸をもつ、男性の肉の器官。
グロテスクな異様と、そして僅かな異臭をもつそれに、しかし舞華は自らすすんで口づけた。
「うん……、んっ」
両手で包み込むように持ち、まず先端にキスをする。そして唾液を乗せた舌で軽く刺激したあと、やや大きな動作で下から上へと舐め上げた。
夢の中……何度も教え込まれたその行為を、そのまま実行する。
「う……っ」
頭上で、春人の抑えた声が聞こえた。
どうやら彼が感じてくれていることがわかり、舞華はほっとする。そしてそのまま、少年のものを口に含んだ。
“くちゅ……、じゅる……”
唾液を絡ませながら、口の中で舌を這わせる。生臭いような、何とも言えない味が舌の上に広がる。だがそれは彼女にとって、決して不快なものではなかった。
「んぁ、うんっ、……ふ、あぁっ」
自分でも恥ずかしくなるほど浅ましい鼻息を洩らしながら、それでも舞華は行為を続けた。そうすることで、この場では余分なこと全てを、頭から追い出してしまいたかったのだ。
“じゅっ、ぴちゃ……”
イヤらしい音を立てながら、頭を上下に振る。歯を立てないように気を付けながら、口の中であちこちの粘膜に亀頭を擦り付け、舌で刺激し、あるいは強く吸う。
口だけではなく両手も同時に動かし、片方の手は口からあまった幹の根本辺りをさすり上げ、もう片手ですぐ下にある毛むくじゃらの袋の部分をやわやわと撫でた。
『じゅく――っ』
男性の欲望に奉仕を続ける舞華の下腹に、急速に、さらに熱いものがこみ上げてきた。
(ああ……わたし……)
それは舞華にとって、この数ヶ月のあいだ、あまりに慣れ親しんだ感覚だった。
(わたし……濡れてる……。男の人のを舐めて、感じてるんだ……)
カッと、顔が熱くなるのを感じた。恐らくは、耳まで真っ赤になっていることだろう。
その熱に急かされるように、舞華はさらに春人への口での愛撫を続けた。
より深く、より絡みつかせるように、猛りきった肉茎を、口に出し入れしながら刺激する。
「く――っ」
ピクピクと、口の中で、春人の肉棒が振るえた。
確かこれは、夢の中では……
「なに、ハル君。もしかして、もうイっちゃいそうなの?」
呆れたように、里美が言う。
「仕方ないだろう。俺だって、初めてなんだし、気持ちよく、て……っ!」
そう春人が言い返した、その瞬間。
「んっ、んんんーーっっ!?」
舞華の口の中に、少年の精液が吐き出された。
『ビュクンッ、ビュクン――ッ』と脈打つように、何度も、何度も、熱い粘液が舞華の喉を犯す。
「ふぐ、んん……っ、ごくっ、こく……っ」
急なことに戸惑い、むせそうになりながらも、舞華は必死で春人の性欲の排泄物を飲み込んでいく。
初めて現実に体験する精液は、苦いような、渋いような……それでも、男性の、春人の欲望の象徴、情欲の排泄物そのものの味と匂いを嚥下することで、舞華は自分の中にある“何か”が満たされるのを感じた。
「……んくっ、ぷ……はぁ、……はあ、はあ、はあっ」
射精が終わったのを確認し、ペニスから口を離す。
口の中にはまだ飲みきれていない、えぐい味が僅かに残り、口元にもべとべとするものがこびりついている感じだった。
「うわ~、舞華ちゃん、ホントに全部、飲んじゃったんだ。えっちぃねえ」
感心したようにもらしながら、里美は舞華に顔を寄せてくる。いつの間に脱いだのだろう? 彼女は制服を脱ぎ、既にライトイエローのブラと同色のショーツのみの姿になっていた。
「んじゃあ、わたしも、ちょっとだけ味見をしてみようかなあ~」
「あ……」
避ける間もなく、里美の唇が、舞華のそれに重ねられた。
そこから舌を出して、舞華の口元に付いた精液をぬぐい取っていく。
「ん~、聞いてたとおり、あんまり美味しいモンじゃあないねえ」
そう口にしながらも、さらに舌を動かし、やがてそれは舞華の口の中にも侵入してくる。
「ん、んん……」
二人の唇が深く重なり合い、口の中では舌が絡み合う。傍若無人に舞華の口の中をなめ回す舌は、里美の唾液と、そして僅かに春人の精液の味がした。
(あ、そうだ……)
痺れたような思考の中、舞華はあることに思い至る。
この数ヶ月、夢の中であまりに当たり前に行われていたせいで、こんなことにも気づいてはいなかったのだ。
(私、現実でキスするのは、これが初めてなんだ……)
――それが舞華にとっての、生まれて初めてのキスの味だった。
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