竜の血族・外伝 2

 熱気が、身体を赤く染め上げていた。
 暖炉で燃える炎と、裸を見られていることへの羞恥と、愛しい人に触れていることからの快楽と。

 ペチャペチャ……………ピチュ………クチャ………

 1つの竿を分け合うように、左右から裸の少女達の舌が這い回る。
 射精へと導く為の奉仕ではなかった。慣れていないためか、彼女達の口戯はつたない。何よりも、半勃ちの男の竿と女達の顔には先ほど出されたばかりの白濁で汚れている。
 男が命令しての行為ではなかった。
 まるでそうするのが当然であるかのように、少女らは口と舌を使い白濁を舐め取っていった。
 同じ歳の、同じ顔をした女が、醜悪なモノに奉仕する。
 時折、双子の少女達の唇と舌とが触れ合う。
 驚き、目が合い、微笑んでそのままキスをし、互いが集めた白濁液の量を競うかのように飲ませ、逆に嚥下する。
 男、見せつけるように。
 姉は妹の唾液と、にいさまと慕う相手の精液を味わい、妹は姉の唾液と、にいさまと慕う相手の精液を味わった。
 とても美味いとは言い難い。むしろ苦く、奇妙な匂いがして、不味い。おまけに喉にからまり、飲み下しづらい。
 しかし、味覚の不快さを補って余りあるほどの触覚の快さがあった。

 ”男が気持ちよくさせると、少女らも気持ちよくなれる”

 先ほどかけられた暗示のせいであろうか。
 男の醜悪なモノが反応し、硬さと太さとを取り戻してゆくのを間近で見ながら、双子の花弁は蜜をしとどに滴らせていた。
 暗示だけではなく、双子が持っていた才能もまた彼女らの快楽を助長した。
 双子には人を見る目があり、その能力は魔道めいたといえるほど異常に高かった。
 男の僅かな仕草から、何を望んでいるのか読める。
 目線と、身体の動きと、息遣い。
 注意すれば、得られる情報は多かった。
 その情報をもとに、少女らは舌を這わせ、扇情的にキスを見せつける。
 男のモノに舌を這わせ、あまつさえその体液をすすることは精神的には嫌ではなかった。確かに精液の味は不味いし、裸を見られる羞恥もある。だが、相手がレオンであるならば些細な問題でしかない。
 口に出さずとも、好きな相手が望んでいることなのだ。暗示をかけられずとも、自分たちの手でレオンが気持ちよくなることに幸福感を感じていただろう。
 男の息づかいが、少しずつ荒くなった。
 もはや射精前と変わらぬほど、男のモノは昂ぶっていた。

「あ………」

 小さな声が、少女の声から漏れた。

 ぽた…………

 一滴、股間から流れ落ちた蜜が絨毯へとこぼれて音を立てた。
 音が聞こえたのは、おそらく彼女だけだっただろう。だが当の少女には、部屋中に聞こえるほどの大きな音であるかような錯覚を覚えた。男に奉仕する恍惚を、生来持つ羞恥が覆う。
 少女は目を伏せ、耳まで赤くした。

「リスフィ、ルフィ」

 男が、下を向いた少女と、その姉に声をかける。
 男の手が、右の頬に当てられた。手から伝わる体温が熱いほどだった。
 心地よい。
 少女の金の髪が、かきあげられた。
 男に顔がよく見えるように。

「ありがと。もういいよ。それ以上されたら、また出そうになるからさ」

 すでに吐き出された精液はなくなり、代わりに少女達の唾液でソレはぬらぬらとてかっていた。

 出して下さって構いませんのに……

 と言いかけ、ルフィーナはそれが非常に恥ずかしい台詞だと気づいた。
 そんな彼女をよそに、男は口を開いた。

「2人を抱きたい」

 これ以上ないほどに、分かりやすい言葉だった。

「はい…、にいさま」

 答えた瞬間、突然に襲ってきた快楽と幸福感の波に身が震えた。傍らでは、うなずくのみの返事をした妹も同様に感じているようであった。
 狂おしいほど、身体も精神も昂ぶっている。
 男が求めてくれているということと、妹と一緒であるということに。
 自分1人だけならば、果たしてこれほど積極的にも、身体を熱くすることもなかったであろう。嫉妬からくる対抗心と、倒錯めいた姉妹の間の愛情とが複雑に絡まりあい、心を蕩けさせた。

「どっちが先にして欲しい?」

 双子は、顔を見合わせた。
 どちらでも同じだ、という認識と、相手に譲りたい気持ちと、一刻も早くにいさまのモノにして欲しいという欲望と。
 じゃんけんなどという軽い方法で決めたくはなかった。かといって、レオンに決めてもらえば後々に消せぬしこりとなる気がした。

「リスフィから、してあげてください」

 一瞬の逡巡の後に、ルフィーナが言った。
 姉として育てられたという環境の差が、甘美な瞬間を先に迎える権利を妹に譲らせた。

「ん、分かった」

 レオンはルフィーナに触れるだけの口付けをし、もう1人の”妹”に向き合った。

「よろしくお願いいたします」

 恐怖と期待と羞恥が入り混じり、リスフィーナの声はかすれた。
 レオンは、落ち着かせるように彼女の細い腰に両腕を回した。顔と顔が近づき、ひきつけられるかのように唇と唇とが重なる。
 舌を差し入れず、レオンはリスフィーナの下唇をあまがみした。ふゆふゆと柔らかい頬に舌を這わせながら、うなじへと移動してゆく。

「んっ」

 レオンの右手が、リスフィーナの胸に添えられる。痛くならないように注意しているのだろう。その動きは始めはくすぐったく、少女の反応を確かめるや次第に刺激が強くなる。乳首をつまみ、引っ掻きながら、左胸の全体をこねるように揉む。一方でうなじに這いまわされる舌が、リスフィーナの背筋を快楽に粟立たせた。

「やぁ……切ないよぉ」

 涙に目を潤ませ、リスフィーナはレオンに強く抱きついた。ガーターに吊られた白いハイソックスを濡らすほどに、蜜が流れ、太股に筋を作っている。レオンに奉仕している時、レオンが感じたと同様か或いはそれ以上の快楽を彼女も感じていた。
 前戯はもう、十分だった。
 手を当てると、花弁を潤わす水気がくちゅりと淫靡な音を立てる。

「いくよ」

 痛いほどに反り返った肉棒を、当てる。リスフィーナの身体に力が入った。
 2、3回、まだ皮をかぶった可愛らしいクリトリスを擦るように前後させ、よく滑るように蜜を絡ませてゆく。

「んっ……あぅ」

 感じてしまったのだろう。リスフィが、びくびくと背筋をそらせた。指を折り曲げ、絨毯をカリカリと弱くひっかく。
 狙いを定め、ゆっくりと突き刺していった。
 蜜に助けられてか、先端のカリの部分までがはすんなりと入った。
 そこで、薄い膜のようなものにあたる。

「あっ…!」

 漏れる、短い声。
 これが、リスフィーナの処女の証なのだろう。
 レオン自身、処女に対するこだわりはないと思っていたが、自分以外の男に触れられていないということが嬉しかった。独占欲が、他の男よりも強かったのかもしれない。
 リスフィーナの視線が、絡みつく。
 目を閉じ、覚悟を決めたかのように、コクン、と頷いた。
 腰を、すすめた。
 ぷち、とあっけないほど簡単に膜は千切れ、処女特有の締りの中を肉棒が蹂躙してゆく。

「………くぅ……」

 リスフィーナは辛そうに眉根を寄せた。瞳には、苦痛からの涙が溜まっていた。
 全身はこわばり、激痛に耐えているのがありありと分かる。
 実は女の子にとって、膜を破られるのは殆ど一瞬の痛みだ。涙を流しそうになるほど辛いのは、未開発の膣に肉棒が擦れることであった。痛さにも個人差はあるが、特に敏感な者は焼いた鉄の棒を押し付けられるように感じるらしい。
 ずぶずぶとゆっくり、レオンのモノが入ってゆく。
 半分ほど入ったあたりで、動きを止めた。

「よくがんばったね」

 レオンは女を組み敷いたまま、彼女に体重をかけぬようにしながら抱きしめ、耳元に囁いてやる。
 リスフィーナの身体を気遣ってか、そのまま彼はじっとしていた。

「リスフィ」

 ルフィーナが妹ににじりより、触れるだけの口付けをした。

「おめでとう」
「あり……がと」

 痛みにこわばった顔を、綻ばせる。
 リスフィーナは、姉にキスを返す。
 妹との触れるだけのキスを受け、ルフィーナはレオンに口付けた。

「妹を貰ってくれてありがとう。にいさま」

 常識で考えるならば、ありえぬ言葉。
 全裸の姉の前で妹の処女を奪い、あまつさえ感謝をされる。
 それが彼らの、ありえぬ関係を示していた。
 不意にレオンは気恥ずかしくなり、それを誤魔化すためにリスフィの胸で尖っている乳首を引っ掻く。

「やんっ」

 いい反応だった。下にはまだレオンのモノが突き刺さっているが、それでも一瞬は痛みよりも胸への刺激が勝ったらしい。

「ルフィ、リスフィを気持ちよくさせてみて」
「はい………にいさま」

 姉は快く、妹を愛撫することを了承した。

「いっぱい気持ちよくなってね…リスフィ」
「る……ルフィは、いいの?」
「後で、まとめてにいさまにしてもらうから……」

 顔を赤らめ、ルフィはリスフィの左の乳首を口に含んだ。
 さすがは双子というべきだろうか、ぎこちないながらも感じる場所を知っている者の動きだった。リスフィーナがすぐに反応を示す。
 レオンもまた、リスフィの胸に顔をつけ、甘く噛んだり舐めたり、やりたい放題だった。もちろん手も動かし、胸を揉んだりくりくりと秘部で慎ましやかにしこった肉芽をいじる。

「あ………や……ふぅぅ…」

 あえぎ声を出すのが恥ずかしいのか、指をくわえて必死に抑えようとする。
 そうこうしているうちに、膣がほぐれてきた。
 新たな蜜が分泌され、すべりが良くなる。
 加えて、膣壁がうねうねとレオンのモノに絡み付いてくる。
 腰を、少し前に突き出した。

「あぅ……」

 リスフィが、辛そうな声を立てる。
 すぐに気づき、腰を止める。

「にいさま、気にしないで。私の身体で、気持ちよくなってください」

 そうリスフィが言ったのは、彼の荒くなった息遣いから察したのだろう。
 レオンがこらえていることを。

「私の身も心も、にいさまのモノですから。にいさまが気持ちいいと、私も気持ちいいから………」

 恍惚と、充足感がリスフィーナの顔に満ちていた。
 微笑んだのは、彼女の本音からか、それともレオンが気持ちいいと幸せになれるという暗示のせいだろうか。

「違うよ、リスフィ。私じゃなくて、私達、だよ」

 ルフィは訂正すると、レオンの背中にすがりついた。
 胸が、押し付けられる。
 2つの小さな乳首が、尖ったままレオンの背中に押しつぶされる。
 妹とにいさまとのセックスを見て興奮したのか、首筋にかかる吐息が熱く、心地よい感覚をレオンに残す。
 リスフィーナの腰を抱えるようにし、蜜壷を蹂躙していった。
 先端に、こつん子宮口が当たった。
 ゆっくりと、引く。

「……………っ」

 射精をこらえるように、レオンは歯を食いしばった。
 下世話な表現であるが、リスフィーナのそれは名器だった。狭く、絡みついてくる。

「にいさま、気持ちいいの?」

 ルフィが、耳元で上擦った声をあげた。レオンの快楽をまるで彼女自身も感じているかのように、呼吸が熱く、荒い。

「ああ……また……出そうだ」
「きて…にいさま………」

 下からかけられたリスフィーナの声は、痛みと快楽とが入り混じっていた。
 射精感が、抑えられなくなる。

「くっ………」

 さすがに……膣内は非情に抜き差しならないことになりかねないので、射精の寸前に引き抜いた。
 ドクッ、ドクッと肉棒が爆ぜ、1度目とほとんど変わらぬ量の精液がリスフィのへそに、胸に、顔に降りかかった。
 白濁液を吐き出すたびに、凄まじい快感が背中を走る。
 背中からよりかかるルフィーナの力が、ぎゅっと強くなった。
 レオンの首筋に、ルフィーナの熱い吐息がかかる。
 彼のモノは、深々とリスフィーナを貫いたままだ。

「はぁ…にいさま………」

 ルフィーナが、背中ごしに言う。偶然なのか必然なのか、抱かれているリスフィーナも同じ声を漏らした。
 引き抜き、リスフィーナの髪をなでる。
 愛液に混じり、赤い筋が太股を伝った。
 彼女は放心したように、ぼんやりとレオンを見ていた。
 レオンのモノは、破瓜の血と自身の出した精液、それにリスフィーナの愛液が交じり合って形状しがたい状態であった。

「拭いてあげるから、動かないで」
「うん…」

 部屋に常備してあるらしいタオルを借り、丹念にリスフィにかかった精液をとってゆく。
 幼女のようにくってりと身を任すその姿は愛らしく、男の支配欲を満足させてくれた。
 拭き終えた。
 リスフィーナは疲れたのか、起きてはいるがくてっと横になって動こうとしない。
 髪の手触りを楽しむように頭を撫でると、

「うに~」

 と、悶えた。

「次はルフィの番ですね」

 行儀悪く寝転びながら、リスフィーナが言う。しばらくは、起き上がる気力も体力もないようであった。

「ああ」

 レオンが頷く。こちらも多少、眠そうである。

「にいさま……、その………お疲れなら………」

 レオンの疲れを察知したのであろう。ルフィーナが尋ねた。
 止めるつもりは、毛頭ない。
 据え膳を前に、喰いつくさぬは男の恥である。

「まだ大丈夫だよ。ルフィは、やめたいのか?」
「もう……」

 触れるだけのキスを交わし、ルフィーナはレオンの手をとった。
 形のよい胸に、導く。
 汗ばんだ肌から、激しい鼓動が伝わる。

「横になって」

 レオンが言う。初めてのこと故に勝手が分からなかったが、それでもルフィーナは従順に従った。
 2度の射精で確かに疲れていたが、レオンはまだ飢えていた。
 双子を、それもとびきり美しい双子を続けて犯すという、シチュエーションに酔っていたのかもしれない。
 レオンもまた彼女のすぐ隣に横になり、わき腹をくすぐるように愛撫する。

「や…あは、ははは……くすぐったい……」

 胸や股だけではない。感覚神経の集中している箇所は、巧く攻めれば十分に急所になる。

「あはは…は……はぅ…ぁ、あ………」

 次第に、ルフィーナの声に熱っぽいものが混じり始めた。

「ふぁ……はぁ……ぁ……」

 首筋に舌を這わす。うなじから、唇の下へゆっくりと。
 ルフィーナの舌が差し出され、そのまま深いキスへと移行する。

 クチュ……クチュ、チュル……クチャ………

 唾液を流しこむ。
 ルフィーナは悦んで嚥下し、さらに求めるように吸う。
 そうやって意識を舌と唇とに集中させ、レオンは両手を腰に回し、ルフィーナの太股の間に脚を滑り込ませた。

「あっ……」

 レオンのモノが入り口に触れていると分かり、ルフィーナは身をこわばらせた。
 目が、合う。

――どうぞ

 と、濡れた瞳が語った。
 望みどおりに腰を動かし、突き入れてゆく。

「いっ…!…くぅ……」

 ぎゅっと目をつむり、痛みから気を逸らそうとしたのか、ルフィーナが渾身の力でレオンに抱きついた。
 逆に、深く突き刺さる結果となった。
 レオンの背中に、食い込むほどに強く爪が立てられた。

「ううう………いたぁい………」
「抜こうか?」
「いえ……動かされると逆に、辛いかも………」

 どく、どく、とまるで心臓が下へ移ったかのように、貫かれた部分が鼓動を発していた。
 処女肉を蹂躙された痛みのせいであるのか、それともレオンのモノ自体が発しているのかは分からなかった。
 熱い。
 愛撫されている頃は耐え難いほどに、甘く痒かったその部分が、圧倒的なモノに満たされている。

「あぁ………」

 深く息を吐くと、痛みが和らいだ気がした。
 ふと、目に映る光景に痛みを忘れた。
 すぐ傍に、レオンがいる。
 乳房が、彼の胸板に押しつぶされていた。

「うれしい…」

 ルフィーナは、簡潔に心中を表現した。
 肉体はともかく、心は十分に快楽に酔っていた。
 身じろぎをすると、じわりと擦れて痛む。
 ルフィは顔をしかめながら、にやけた。
 器用なことだが、その表情もまた彼女の心情をよく表している。
 痛い。が、慣れてしまえば痛みすら心地よい。相手がレオンであるのだから。
 男には生涯、理解できぬ感覚であろう。
 レオンは動かなかった。
 ルフィーナの身体を気遣って、というのもあるが、快楽を出来る限り長くしたいというエゴのせいであろう。

「ルフィ」

 回復したのか、リスフィーナが姉ににじり寄った。
 寝そべり、背後から手を姉の胸に回す。手の裏に、レオンの胸板が当たっていた。

「な、なに?」
「お姉さまにも気持ちよくなって頂こうと思いまして」

 わざとらしく、普段ならば姉妹の間では決して使わぬ敬語を用いた。
 空気にあてられていたのかもしれない。
 自分から攻めるなど、リスフィーナにしては珍しいことである。
 女ならではの知識を基に、自分が感じるであろうポイントにあたりをつけ、揉み、くすぐり、引っ掻く。
 もちろん姉に気持ちよくなって欲しいからではあるが、リスフィーナは遊んでいた。甘えている、と言い換えてもいい。

「やんっ」

 妹の攻撃にルフィーナが悶え、彼女の両手が抱きついたレオンの背中を這い回った。

「あ……」

 破瓜の際、レオンの背中に爪を立ててしまったことに気づいたのだろう。すまなさそうな顔で男を見た。

「気にするなよ、ルフィやリスフィほど痛くないからさ」

 言いながら、彼もまたルフィーナの胸に手を伸ばす。
 ただし、リスフィーナがしているように標的は胸全体ではない。胸の頂でイヤらしく尖っている部分をだ。

「でも、少しお仕置きをしてあげよう」
「え?」

 レオンの真意が分からず、ルフィーナが彼を見る。その瞳を見つめ返し、レオンは先ほど暗示をかけた時と同様に意識を集中した。

「今からルフィは、僕の指をとても熱く感じる。熱いけど火傷はしない。代わりに、その指に触られた所はどこでも凄く気持ちいい。普段、触られて気持ちがいいところは、いつもの何倍も気持ちよくなる。……いいかい?」
「はい………にいさまの指が触れたところは、どこでも凄く気持ちよいです。普段触れられて気持ちいいところは、いつもの何倍も気持ちよくなります……。っぅ! ~~~~っ!」

 復唱を終えた瞬間、鋭い快楽が胸の先から疾った。
 暗示が、現実となっている。
 レオンの指は、彼が暗示の台詞を言っている間、ルフィーナの乳首をつまんだままであった。
 普段でも敏感すぎる場所の感覚が、何倍も増幅して伝わってくる。
 レオンを受け入れた際の痛みを凌駕する、圧倒的な快楽だった。
 身も世もなく出そうになるあえぎ声を、自分の指を噛むことでルフィーナは必死に抑えた。
 首が、がくがくとふるえる。
 リスフィーナは驚いて、姉の身体をさすっていた手の動きを止めた。
 さすがに気の毒になったのか、レオンは触れる場所を彼女の髪へと動かす。
 それでも感じるのだろう、身体が小刻みに震えていた。

「はぅ……すごい………」

 ルフィーナの声が、とろけきっている。 
 一方で、身体が弛緩したためか、膣がほどよくほぐれていた。
 レオンが、ゆっくりと腰を動かす。

「んっ……」

 ルフィーナが、鼻にかかった息を吐いた。
 相変わらず鈍痛があるが、先ほどまでの痛みと比べれば雲泥の差だ。
 レオンを見た。
 吐く息が、荒い。
 気持ちよいのだ、と分かる。
 自分の身体で気持ちよくなってくれていることが、誇らしく、満足だった。
 頬を、彼の胸にこすり付けるようにする。
 手は、相変わらず髪を撫でてくれている。
 妹も赤ん坊のように無邪気に、ただしすごくイヤらしい動きで自分の胸を撫でている。
 うなじの上のあたりに彼の手が来たとき、もう何度感じたか分からぬ小さな絶頂がきた。
 熱い息を、吐く。
 自分の中にいる彼のモノの出し入れが、少しずつ速くなっていくのが分かった。

「行くよ……」

 レオンが言う。

「はい」

 ルフィーナが答えた。
 肉棒が、脈打つ。
 快感が、形となってほとばしった。
 間一髪で引き抜き、ルフィーナの身体を白く汚してゆく。

「ふぅ……」

 レオンが、満足げに息を吐く。
 リスフィーナと同様に、後始末をしてやる。
 先ほど、ルフィーナにかけた暗示も解いてやった。
 そして、3人は並んで寝そべった。
 服を毛布の代わりに身体の上に乗せ、左右に伸ばしたレオンの腕を、それぞれ双子は枕代わりにした。

「おつかれさまです」

 と、リスフィーナが左からレオンの頬を突っつく。

「どっちが良かったですか?」

 悪戯っぽい目で言いながら、ルフィーナが右からレオンの頬を突っついた。

「もちろん、両方さ」

 言うと、2人は嬉しそうに微笑み、レオンの胸に頬を寄せた。

  ***

 時計の秒針のように、規則的に音が響いていた。
 闇である。
 周囲は、静かだ。
 石造りの畳に響く足音が、やけに大きく感じられる。
 全身を甲冑に覆われた者が、回廊を進んでいた。
 その者が一歩踏み出すごとに、埃が舞い上がる。埃はその者の腰の高さほどのところまで昇ったあたりで失速をはじめ、やがてひらひらと落ちてゆく。
 慌しく歩を進めているわけでもなければ、意図的に埃を舞い上げようとしているわけでもない。
 回廊が作られてからの年を証明するかのように、地層のように埃が堆積していた。
 かつて、誰かがこの回廊を進んだのは遥かな昔のこと。目的なく、数千キロにもわたる行程を進む者がいるはずもなく、そもそも一般人には決して見えぬ位置に、この回廊の入り口は存在していた。
 念仏を100万回唱えるかのように果てしない繰り返しの動作を、もう10数日も続けていた。
 パンはおろか、水すら口にしていない。睡眠もとっていない。
 鎧の中は、からっぽのがらんどうであるかのようであった。ただ回廊を降り続ける全身鎧には、およそ生気と呼べるようなものが感じられない。
 突然、足音が消えた。
 全身鎧が、いや、全身鎧を着込んだ者が立ち止まっていた。
 それまで鎧を取り巻いていた死気が、生気に転じる。
 目的地に到達したのだ。

「ミストレス殿か」

 男のしわがれた声が、甲冑を着た者の真正面から響く。
 先には巨大な門があり、門の前には門番がいた。しわがれた声はこの門番が発したものであった。

「ええ。お久しぶりです、レネイン殿」

 ミストレス、と呼ばれた者が甲冑を脱がぬままに返事をする。
 女の声だった。

「魔王という商売を始めましたので、遅ればせながらですが悪魔の長である貴方に一応挨拶をと思いまして」

 商売で片付けられては、彼女に率いられる鬼達にはたまったものではないだろう。
 魔王とは魔界の王の意。会社や商品名ではなく、100万からの鬼達の頂点に立つ存在である。
 混乱なきように付け加えると、魔王とは人間を喰う”鬼”と呼ばれる種族の王を示す。鬼と、悪魔と呼ばれる輩とは全くの別物であり、魔王は悪魔とはほとんど接点がない。
 魔王は魔界を拠点とし、魔界と他の世界の境には国境の代わりに結界と呼ばれる壁が敷かれている。要所には悪魔側から派遣された番兵を置かれ、出入国を審査していた。
 魔王の国が、悪魔の国の属国であるということではない。悪魔は人間、鬼、天使、竜達にとって中立であり、中立であるが故に種族間でおこる争いの仲裁の役目を担ってきた。

 ミストレスは挨拶と共に、菓子折りを渡した。
 たこ焼きようかんという、たこ焼きの具が入った素敵な羊羹であった。賞味期限は残り1ヶ月ほど残っている。

「お気遣い痛み入る」

 レネイン、と呼ばれた男はくっくっと可笑しそうに笑いながら、それを受け取った。

「それで他に用件は? まさか、菓子折りと挨拶のためだけにここにまで来るほど酔狂でもあるまい」
「ええ。挨拶の他に警告が1点と、要請が1点」
「警告?」

 レネインの瞳に、剣呑なものが混じった。
 魔神と呼ばれ、悪魔の指揮と地獄の門の守護とを任された男である。その彼が警告されるような事態など、彼が門番の職に就いてからの10数億年、存在しなかった。それほどの力があればこそ、悪魔が仲裁の役目を担うことができるともいえる。

「死神の王と不死者の王が、近日こちらに出向くことになると思います」
「………。ああ、あれか。先々代の魔王との契約のあおりか」
「良くご存知ですね」

 演技ではなく、ミストレスは心底から驚いたような声を出した。

「それで、要請とは?」
「人間界へ行く許可を頂きたい。その魔王の子孫のことで、色々と処理せねばならぬことがありますので」

 ふむ、と男は白い髭の生えた顎に手を当てた。

「貴方が行かれるのか? それとも別の誰かが派遣されるのか?」
「アインスとツヴァイが」
「2名か。取り計らっておこう。ただし、殺人だけは決してせぬように注意していただきたい」

 ミストレスは、妖艶に笑った。

「もちろん、ミストレスは心得ていますとも」

 ***

「うに~」
「ふにゅ~」

 羽毛のたっぷり入ったふかふかの枕に、少女達は深々と顔をうずめていた。むぎゅむぎゅと身もだえながら、うめき声ともつかぬ奇声を発していた。
 ルフィ―ナ、リスフィーナの双子である。
 ルフィ―ナすぐ隣には妹が、リスフィーナのすぐ隣には姉がいる。人間が4人ほどは楽々と眠れるキングサイズのベッドを、この双子は共有して使っていた。もちろん、姉妹で背徳的な性交に耽るためではない。床につきながらする、他愛のない話や喧嘩が好きだった。

「姫様、ご起床のお時間でございます」

 30も半ばを超えた侍女が、寝室のドアをノックした。彼女の後ろには、下は15,6から上は40くらいまでの侍女が5名ほど控えている。全てが王女の朝の世話係であった。
 彼女らはこれから朝食の毒見が成されるまでの間、王女の朝の湯浴みを手伝い、服を着替えさせ、髪を梳かし、化粧をし、その日使う香水と装飾の選別をしなければならない。王女ともなれば、品位のない姿を晒すことは許されないのだ。王女が王女たる気品と美しさを備えるために、多大な労力と金とが費やされている。

「うにゅ~」
「ふにゃ~」

 だが肝心の双子には、侍女の言葉が聞こえていなかった。
 朝起きてからずっとこの調子で悶えている。
 同床異夢という言葉があるが、この場合同床同夢といった所か。
 双子であるせいか、それとも生活の環境が同じであるせいか、同じ夢を見ることがたびたびあった。
 しかし、彼女達の見る夢にあれほどリアルにレオンが登場したのは始めてだ。
 寝起きは最悪だった。
 いや、夢に彼が出てくるのは大歓迎なのだが、何故あんなにいやらしい夢を見るのだろう。
 淫乱な姿を晒した自分が、恥ずかしい。

「姫様、姫様!」

 ドンドンドンドン!

 ノックが荒々しく繰り返される。
 そんな状態が5分ほど続いた頃になって、ようやくルフィ―ナが気づいた。

「どうぞ~」

 語尾が、あくびと重なり間延びしたものとなる。

「失礼いたします。ルフィーナ様、リスフィーナ様、朝食後、昼食までにマスカーフォン侯爵以下8名の方々と謁見していただきます。午後からは晩餐会の為の練習と準備とをお願いいたします。主に口上の暗記と踊りの確認をすることになるでしょう」

 仰向けに布団とほとんど同化しているかのような王女を前に、侍女は本日の大まかな予定を伝えた。
 別の侍女達が手馴れた手つきで布団を引っぺがし、目やにを掃除し、朝のほつれた髪に応急処置を施す。

「御前の謁見希望者の中に、にいさ………レオンフィールド卿はいらっしゃるの?」
「いえ。いらっしゃいません」
「そう。まあ………いいわ」

 純金であつらえたかのように輝く髪を梳かされながら、ルフィーナは急速に”王女”の顔を取り戻していった。
 妹とにいさま以外の者に、自分の無防備な姿を見られたくないのだ。

「リスフィ、しゃきっとしなさい」
「うぃ~」

 首を振り、リスフィーナもまた姉を習って頭を王女のそれに切り替える。

「湯浴みの準備ができております」
「分かっています」

 侍女に促され、双子は浴室へと歩き出した。
 部屋を出る前にリスフィーナはふと立ち止まり、今しがた眠っていた寝台を振り向いた。

――本当に夢だったのかな……

 心の中で、呟いた。

***

 一方、その頃。

 窓から、朝日が降り注ぐ。
 カーテンを引いてはいたが、生地が薄いために光は完全には遮断しきれない。寝起きざまに目に入る光はまぶしく、眠りたいという欲求と綱引きを起こしている。
 不意に、唇に柔らかいものが押し付けられた。
 その刺激と言うには心地よい感触に、ぶにゃぶにゃとしたまどろみからスイッチを切り替える。

「……………。レミカか。おはよう」

 状況を認識するのに要すること数秒。
 場所は、王宮の一角にある僕の自室。より正確には寝所にあるベッドの上。
 姿は一糸纏わぬ全裸で、朝だからか見事に男のシンボルが屹立していた。
 隣には、同じく一糸纏わぬ姿の女。僕の顔を見て、嬉しそうに微笑んでいる。
 口付けしてくれたのはルフィかリスフィかと思ったが、違っていた。
 はて。
 ということは、昨日の夜のあれは夢であったのだろうか。
 少し考え、夢である、という結論に至った。
 あの時の自分は、自分であって自分ではなかった。
 視点が高かった。
 妹たちを抱く自分の姿が、第3者のように映っていた。 
 双子を抱いた時の自分の考えは、分かる。自分で身体を動かしたという、意識もある。姿かたちも自分である。そも、2人が惚れるのは自分以外にいようはずがない。ところが、視点だけは自分と一体ではなかった。
 記憶が曖昧である。
 鼻薬と、人を操る瞳の能力を駆使し、護衛にいた騎士と侍女達をかいくぐってルフィ、リスフィの寝所へ遊びに行ったことまでは覚えているが。
 どうやって自分にあてがわれた寝所に戻ったのかすらも、覚えていない。無事でいるということは即ち、夜中に姫の寝所に忍び込んだことがばれなかったというわけだろうが。

「……ちゅ」

 レミカは、にこにこと微笑みながら再び僕の頬にキスをした。
 とりあえず思考を停止させ、意識を現実に向ける。
 手を伸ばし、薄い紅茶色をした彼女の髪を撫でた。
 レミカは頬をかすかに染めた。
 僕に擦り寄ろうとするのを制し、起き上がる。

「服を着て。飯にしよう」

 レミカは頷いた。

 彼女の名をレミカという。
 僕と同じ歳の女で、その………浮気相手ということになってしまうのだろうか。
 今は、僕の侍女という触れ込みで働いている。
 つい数年前は恋人と呼べる仲だった。とはいえ、彼女がどういう真意で僕と付き合っていたのかはわからない。始めは僕のことを好いてくれていたかもしれないが、きちんとした意識があったのならば幻滅してくれただろう。
 王族の者が備えているという人を操る能力を用い、彼女を無理やり手篭めにしたのだ。
 ルフィやリスフィがいるのに、という意見は最もな意見で、興味本位に能力を使った浅はかさが招いた不幸だった。
 若い男の常というべきか、溺れるように彼女の肢体を抱き、心を都合のいいように操った結果、彼女は壊れてしまった。
 責任をとるために彼女の身請けをし、身辺の世話をした。今のように自分で起き、僕の言葉を聞き分けられるようになったのは半年ほど前のことだ。少しずつ良くなっているのだが、完全に治る目処は立っていない。
 レミカは未だ、喋ることができない。
 さらに、僕の好悪に敏感に反応する。僕が嬉しそうな顔になると喜び、僕が嫌な顔をするとひどくおびえる。
 吐き気がした。
 彼女のことは今でも好きだ。だが人形となった彼女を見て、自虐の念にさいなまれる。
 …………………。
 昨日、ルフィとリスフィを抱いた時のことを、思い出した。
 右の拳を、固く握った。
 歯を食いしばる。

 がきっ!

「ぐっ」

 自分の顎を、思い切り殴りつけた。
 痛いが、自分への懲罰には全く足りない痛みだ。
 血液がめぐるように、自分への嫌悪が身体中にいきわたっていた。
 昨日の夜、確かに僕はルフィとリスフィに能力を使った。
 夢か現実かなど関係ない。
 何故、僕は同じ過ちを犯そうとするのか。
 吐き気がする。

 続けて殴ろうとした腕に、レミカがすばやい動作で飛びついた。
 辛うじて下着だけつけた半裸の状態で、まるで彼女自身が暴力を振るわれたかのように哀しげに僕を見てくる。

「…………」

 気が、失せた。
 頭に登っていた血が、すうっと引いてゆくのが分かる。

「飯にしよう。あ、ちゃんと服を着けてね」

 腕を下ろす。それでも心配なのか、僕をじっと見つめてくる。
 髪を撫でてやった。
 レミカは安心したように目を細め、服を身につけ始めた。

***

 サリアという名の師匠がいる。
 僕、つまりレオンフィールドと初めて出会ったおよそ6年前から、ずっと自称20歳で通している不思議な女だった。事実ならば、今の僕は彼女と同い歳になるわけだが、なるほど確かに先生は若く見えた。
 全く歳をとってないように見えるせいか、先生は人目を避けるように王都から30キロほど離れた山奥に庵を構え、隠者のように暮らしていた。
 この人に限っては、全てが謎だ。
 僕は週に何度か先生の元を訪ねるのだが、庵には食材の備蓄が全くなかった。
 霧で喉を潤し霞を食んでいたとしても、おかしいと思えないところがおかしい。
 とはいえ訪ねる時は常に2人前の食材を携えるように言われているし、その食材を調理して一緒に食べるのもいつものことなので、先生も人並みに飯を食うのは確かなのだが。
 その先生から、伝書鳩による手紙が届いた。レミカと朝食をとった直後のことだ。
 冒頭に、今日の午前中は暇であるか、暇であったらばレミカを連れて王都の外れにある宿場に来いと書かれていた。
 外れとはいえ、先生が王都に来るなど滅多にないことだった。
 首をかしげながら続きを読んでみると、レミカの病を治せる医者を紹介するという。

「おお!」

 思わず、歓喜の声が漏れた。
 すぐさま、レミカを伴って指定の場所へと駆けたのは言うまでもない。もっとも2人乗りで馬を走らせるのは怖かったので、厩番へ取り次いで馬車を手配させたのだが。
 サリア先生からは主に魔道の手ほどきを受けていた。先生は人を操る能力の長所と限界、欠点を即座に見極め、どう扱うか助言してくれた。その助言を破った結果、レミカが壊れてしまったのだが。

 指定された宿場前で馬車を降り、操縦していた行者には1枚の銀貨を支払って待機するように命じる。
 先生は、飲食用にと置かれたテーブルで焼きそばを食べていた。近くには、平らげられた皿が積み重なっている。

「おはようございます」

 先生は、たったいま召し上げた焼きそばの皿を置くと水を一気に飲み込んだ。

「ふぅ」

 一息つくと、に、と笑って片手をあげた。

「ちっす。思ったより早かったね」

 黒髪の女だ。今日はポニーテールに結っている。 
 フルネームをサリア・カンザキと言う。
 カンザキとは変な苗字だが、先生の故郷ではままあるものらしい。名前はともかく黒い髪と黒い瞳の方は、行商のために多くの民族や人種が押し寄せるこの国ではあまり目立つわけではなかった。ただ、人並み外れた美女であることから、待ちを歩く男で振り向く輩は多いであろうが。

「飛んできましたから。それで、お医者様はどこに?」
「私の隣」
「え」

 驚いて先生の横を見てみると、確かに人が居た。
 気配がなかった。
 女だ、と頭が認識した時、不意に心臓をわしづかみにされたかのような錯覚に襲われた。
 冷や汗が吹き出て、頬を滑り落ちる。
 美人だった。人並みはずれたではなく、絶世の。
 年の頃は20の後半を超えているであろう、燃えるような赤毛の髪と、奥に炎を宿しているかのような赤い瞳。それに赤いルージュを塗った唇は、見る者を引き寄せるような妖しさがあった。
 妖艶という文字を、具現化したような女。
 普通ならば嫌でも目に付くはずの際立ったその容姿が、無であるかのように周囲に溶け込んでいる。
 まるで幽鬼であるかのように、生気がなかった。気配すらもない。
 女は立ち上がり、僕のすぐ傍まで近寄ってきた。
 怖かった。
 ふ、と。
 女は冷たかった表情を和らげ、手を差し出した。
 途端、恐怖が霧散した。同時に、それまで目立たなかった女は一転して圧倒的な存在感を放った。
 宿場からざわめきが起こり、いくつもの視線が彼女の顔に突き刺さる。

「お初にお目にかかる。レオンフィールド殿下。私はファーストネームをミストレス、セカンドネームをアインスと申す。以降、お見知りおきを」
「え、ええ。レオンフィールド・フォン・アリエサスと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」

 乾いた喉で声を絞り出し、差し出された手を握り返す。
 妾腹とはいえ王子という立場上、人前であがらない訓練は常にしていたはずだった。……はずであるのだが、動揺を隠しきれなかった。
 サリア先生とは別の意味で、ミストレスと名乗った彼女は人間離れしていた。
 魔性の女、と呼ぶに相応しい妖しさ、美しさ。それに意図してか無造作かどうかは分からないが、気配の操り方が尋常ではない。

「彼女が診て欲しいという方か………?」

 手を離し、ミストレスさんはレミカに目を向けた。 

「ええ、そうです。レミカと言います」
「……なるほど。確かに普通ではないな」

 頭のてっぺんからつま先までレミカを凝視したあと、ミストレスさんは呟いた。
 ぶしつけな視線に、人見知りでもしたのか、レミカは僕の背中に隠れてしまった。

「いや、失礼。早速ですが、治療の指針を立てるために2,3日彼女をお借りしてよろしいか?」

 ほんの少しの間、ためらってしまった。
 サリア先生の紹介で、かつ女性であるので変なことには万が一にもないとは思うのだが。
 ひょっとしたら、今までレミカが傍にいることが当たり前だったので、彼女がいなくなるのが怖かったのかもしれない。
 ………怖い?
 何を、馬鹿な。

「よろしくお願いします。あ、とりあえずこれは治療費の前金です」

 とりあえず持っていた金貨と銀貨が全て入った袋を取り出し、差し出す。
 金にあまり執着はなかったし、信用すると決めた以上、半端に疑うことはしたくない。

「確かに、頂いておきましょう」

 ちらりと中を改めてから、ミストレスさんはそれを懐にしまった。

「しばらくはサリアの住処に厄介になっているので、何かあれば連絡を。もちろん治療がひと段落すればこちらから連絡いたしましょう」
「はい。分かりました」

 僕はレミカに顔を向けた。

「レミカ、しばらくこの人に君を診てもらうから、くれぐれも迷惑をかけないように」

 レミカは哀しげな顔をしたが、僕の意志が変わらぬと分かったのだろう。しぶしぶ頷いた。

  ***

 レオンが去っていった後、ミストレスとサリアはレミカを伴い、宿場の奥を借りた。
 衆目が鬱陶しかった為でもあり、会話を聞かれたくなかった為でもある。
 両者とも、気配を消し、目立たぬようにする術は心得ているが、それは認識されるまでの話であった。
 一旦、存在を示してしまえば、どう取り繕うとも己が人の目につくことを、ミストレスは嫌というほどに知っていた。
 ミストレスは木造りの椅子に腰を下ろし、手を組む。
 その動作は優美といえるほどに、人の目をひきつける何かがあった。意図せずに優美さが伴うのであるから、目立つのも当然であろう。
 サリアも同様に、ただしミストレスと比べればとても優美とは言えぬ動作で椅子に腰を下ろした。
 サリアは、宿場の店主からサービスで出された、マターリ汁という健康飲料に口をつける。数種の薬草の入ったもので、精神をまったりとさせる効果があるという。
 レミカにもくつろぐように言ってから、彼女はミストレスの目を見た。

「彼を見たご感想は?」
「凡夫だ」

 一言で切り捨てる。
 瞳にかすかな怒気を宿したサリアに配慮をしたのだろう。間を置き、理由を付け足した。

「こちら側に来るかどうかのみに焦点を当てた話だ。人間として生きて人間として死ぬだろうよ。強いて言えば魔道の素養は高いようだが……奴は、この国の王族の血を引いてはいないのではないか?」

 ミストレスの言葉の後半に、レミカの身体がぴくりと震えた。
 白痴のようにぼんやりとしていた瞳に、突如として真剣なものが混じっている。

「あら。分かります?」

 あっけらかんと、サリアは肯定した。
 さもありなんといったていで、ミストレスも平然としている。

「血統を崇拝するわけではないが、瞳には面影が残るものだ。この国の建国者は私が育てたのだから、だいたいは見分けられるだろうさ」
「へぇ~」
「しかしそうなると説明がつかんな。何故、人を操る能力がレオンに備わっているのか」
「才能でしょう。単純な催眠術でも、自殺まではさせられないにしろ人を壊すことならできますし」
「かもな。………治療を請け負ったのは、そこをはっきりさせるためでもあるが」

 ミストレスは形の良い顎に、細い指をかけた。何事か思案している。

「あーら、打算チック。レオン君の尻拭いに奔走した、私の必死の懇願に心打たれてお出ましになられたと思いましたのに」
「悪いが、サリアの頼みはついでに過ぎぬ。私の目的は先達の残した遺産にけじめをつけることだ」

 ミストレスの言い分に、サリアの瞳に好奇心の光が灯った。
 魔道による病の治療を頼んだつもりが、実は陰謀渦巻く大きな話の一角であったらしいと、サリアは読んだ。
 事実、それは正しい。
 封印の地で門番に語ったように、ミストレスの目的はかつての魔王の残した子孫と、密接に関わっていた。
 現在、魔王は13代目である。
 ミストレスが就任していた。
 ミストレスの先々代の魔王の名はシルヴァス・シルディエンといい、先代の魔王の名はヴェルシェス・シルディエンといった。
 苗字が同じであるのは、ヴェルシェスがシルヴァスの妻であったからである。
 夫婦が就くことは稀有、というよりも先例のなかったことであるが、ともかくも彼らは王としての役割を果たし、死んだ。
 問題はその先である。
 夫のシルヴァスが病に伏し、死ぬ間際、ヴェルシェスは彼の子を身ごもっていた。
 子の名を、レイグラントという。
 レイグラント・シルディエン。
 後にレイグラント・フォン・アリエサスと改名した。
 アリエサス王家、開祖である。

「そういう触れ込みでわざわざ治療しに来てくださったんですね」

 この台詞、ミストレスからさらに情報を引き出すためである。
 しかし流石というべきか、ミストレスはそれ以上の口を滑らさなかった。

「あまり食い下がると、顔がいかめしくなるぞ」
「アラヤダ」

 頬に両手を当てるサリア。

「で、治ると思います?」

 ミストレスは、朱色の瞳でレミカを見据えた。
 可視波長を赤外線よりも上まで持っていけば、レントゲンやサーモグラフィを使わずに人間の内部を視ることができる。

「脳に損傷は見当たらん。古傷らしいものの形跡はあるが完治している。レオンがただ一言、”魔法の言葉”をかけてやればすぐに治るだろうさ」
「魔法の言葉?」
「ああ。とはいえ、あの男にそんな甲斐性はないか…な」

 ひと目見ただけで、ミストレスはレオンを知った風な口で喋る。

「甲斐性なしに見えますかね?」

 サリアが聞いた。

「私に頼む際、有り金のほとんどを渡したろ? 気前のよい者を演出するにしろ、相手は得体の知れぬ女だ。たいして利があるわけでもない。演出でないとなればあの金は、奴なりの誠意の証だ。そんな馬鹿者に、女をとっかえひっかえして遊ぶような甲斐性がある例は少ないよ。皆無ではないが」

 双子の姉妹がレオンに恋をしていることを、そしてレオンもまたその双子に恋焦がれていることを、ミストレスは魔界を出る前にサリアから聞いていた。アリエサスの王族の人間関係を知っていれば、多少なりとも作業の役に立つであろうとの計算からだった。
 ただ、会話にもあるようにレオンが王族でないことは今始めて知ったのだが。

「ふーむ。なるほど」

 相づちを打つと、サリアはぐびぐびっ、とマターリ汁の残りを一気に飲み干した。
 互いに友といえる仲であるが、自分より遥かに強い者との歓談は多少、緊張させられる。中小企業の社長が、系列ではない大企業の社長と話をするようなものだといえば分かり易いであろうか。
 喉の渇きが早い。

「ともあれ、レオンがおらずとも治療はできる。多少荒っぽくはなるが」

 ミストレスは手を伸ばした。
 親指に、中指を当てている。

「眠ろうか」

 パチン、と音が鳴った。
 何のことはない、ただ指を鳴らしただけである。
 だが音を鳴った一瞬、レミカに虚が産まれた。
 その一瞬を逃さず、気を、当てる。
 忍者の影縫いに代表される、瞬間催眠術の一種であった。が、ミストレスの場合はもはや魔道の芸といえるほどまでに極まっている。
 カクン、とレミカの首が垂れた。
 気を失っている。

「秘密基地へ運ぶぞ」
「ういさー」

 サリアが楽しげに言った。

   ***

 夜になった。
 国王のレイストンの言ったとおり、ルフィーナ、リスフィーナをお披露目するためのパーティが開かれた。
 社交界、財界から著名人が招かれている。
 噂では見合いも兼ねているというのであるから、参加する独身の貴族の子弟には並々ならぬ意気があった。
 思わず嘆息が漏れるほどに美しい女を娶れば、王族の地位が転がり込んでくるのだ。
 女の方も、男ほどではないにしろ何とか王女と親しくなろうと息巻いている。後日、王女の開くお茶会に招かれることにでもなれば、即ちそれなりの地位が保証されたと同義である。男ほど得られるものは少ないにしろ、意欲を傾けるには十分であった。
 一応、王族であることから、レオンもまた晩餐会に招かれていた。ただし国王の目もあるので、庶子であるレオンは端から彼女らを眺めるしかない。
 レイストンや、他の男女にとって、双子と親しすぎる彼は邪魔者であった。

 そんな中、リスフィーナはそっと独りになっていた。
 人見知りする性格のせいか、大勢が集う晩餐会は非情に肩が凝る。ましてや主役の1人が自分ならば、心にかかる負担はなおさらというものだ。
 姉の図太さが羨ましい、とリスフィーナは思った。
 招かれた社交界の著名人を相手に、冗談と皮肉と韜晦とを織り交ぜ、上手く立ち回っている。
 リスフィーナの方にも言い寄ってくる者も男女問わず多かったのだが、下心が見え隠れしていて吐き気を抑えるのがやっとであった。姉のお陰でそれとなく抜け出すことはできたが、果たしてこの借りを返せる日はいつ来るのであろうか。

「はぁ~」

 星の見えるテラスで、手すりによりかかりながらため息をつく。
 
「疲れたのか?」

 見て分からないのか、と内心で怒りながら振り向いた所で、それが見知った顔であると気づく。
 現金なもので、彼の顔を見た時から怒りは霧散し、顔が自然とほころぶのが分かった。

「にいさま。………恥ずかしいところを見られちゃいましたね」
「何が?」
「だって、私が主役の席なのにこんなところへ逃げているんですもの」
「しなくてもいい嫌なことから逃げて何が悪いのさ」
「そうですね……ふふ…」

 レオンの些細な言葉だけで、救われた気分になってしまう。全ての者が彼女を王女として扱う中で、彼だけは変わらずリスフィーナとして扱ってくれていた。
 それが、嬉しい。

「……にいさまは、何故殿下と呼ばれているんですか?」

 リスフィーナの口が滑った。おそらくはいやいやながらも勧められるままに飲んだ、酒のせいであったのだろう。

「知らない。6,7年前だったかな。わけの分からないままに王国の使者がきて、それ以来から勝手にそう呼ばれるようになっていたのさ。僕は昔、父上がお手付けした女性の子供だってね」
「それは有り得ない話ですのに」
「有り得ない………?」

 レオンは妹にいぶかしげな目を向けた。

「にいさまのお母様は、少なくともにいさまが産まれる頃まではずっと遠い異国の地に住んでいたそうですわ。でもお父様はその頃、この国の外に出たことはないそうでしたから………」
「何で、そんなことをリスフィが知っているんだ?」

 声は抑えてはいたが、激しいものが混ざっていた。
 レオンには、初耳である。
 お前は自分の息子だと言った、レイストンの言葉を疑ったことがなかったのだ。
 レオンはアリエサスの王族と同じく、金の髪と蒼い瞳を持っているし、血のつながりがないとしたら、何の後ろ盾のない者に王位継承権を与える意図が分からない。彼の上には2人の腹違いの兄がいるのだから、男の後継者がいない為に傀儡を召し抱えるということでもあるまいに。

「あの……エイフィーナ姉さまが調べたのです。昔、私達とにいさまがよく遊ぶようになった時に」
「………………」

 今は亡き姉の名に、レオンはとりあえず納得した。
 ルフィーナ、リスフィーナと出会った頃、国には内紛が起きていた。当時の混乱の中では、子供とはいえ疑ってもおかしくはなかろう。
 納得はしたものの、それでレオンが衝撃から立ち直ったわけではなかった。

「じゃあ、僕の本当の父親は誰だ? 何で王子として迎えられた?」

 リスフィーナの肩を強く掴み、揺さぶりながら彼は聞いた。それほどまでに、我を失っていた。

「いたっ、痛い…」
「ああ、ごめん」

 手を離す。
 落ち着きを取り戻すために、レオンは深呼吸をした。

「詳しいことは分かりません。何分、幼い頃に聞いた話ですし」
「そうか………」

 自失した状態で、テラスの手すりにもたれかかる。
 言葉なく、レオンは空を見上げた。

「にいさま、あの――」

 おろおろしつつも、リスフィーナは何事か慰めの言葉を言おうとした。
 その先を、レオンは言わせなかった。
 もはや腹違いでもなくなった妹にひるがえり、向けたのは涼やかな笑顔であった。

「父が誰かなんてこだわってないよ。むしろ悩みが1つ減ったくらいだ。兄妹で恋愛感情を持つなんて、気が引けていたからさ」

 不自然なほど、声が明るい。
 嘘だ、とリスフィーナは察した。
 父が誰かなんてこだわっていないというくだりが、嘘であると。
 察した上で、嘘を暴くことを恐怖した。
 嘘を暴けば、レオンは無様な己を晒すことになる。
 それは容易に嘘を暴いた者への怒りへと転じることを、今までの人生で得た経験から知っていた。
 今、暴かねば傷は深く、大きくなってゆくだけだと分かっていながら、リスフィーナはレオンが自分を嫌いになることを恐怖した。

――なんと浅ましい女なのだ……。

 リスフィーナは、己を奮い立たせる為にそう自虐した。
 優先順位がある。
 自分が嫌われることよりも、レオンがレオン自身を偽って傷つけることの方が嫌いだった。

「………私では、不足でしょうか?」
「何が?」

 レオンはリスフィーナを見た。
 目に映った者を認識したという意味で、この場で初めて見た。

「辛いならば辛いと、愚痴をこぼす相手としては不足でしょうか?」
「愚痴をこぼしたいように見えるか?」
「辛いことを我慢しているように見えます」
「…………ぅ」

 突然、レオンは苦しげにうめき、手で顔を抑えた。かと思うと、リスフィーナに背を向けた。

「あっはっはっはっはっは……」

 笑った。
 泣いていることを誤魔化すために、笑った。
 確かにリスフィーナの言う通りだ。
 辛い。
 偽王子であることは衝撃ではなかった。
 ただ、自分に父の記憶がなかったことと、偽者の父を父だと思い込んでいたことが無性に哀しかった。
 その哀しさ、辛さを吐き出せば、それは今更になって事実を知らしめた妹への八つ当たりとなるだろう。
 だから、できぬ。
 自分を惨めにすること、惨めな自分を見られることを、彼の誇りが拒否した。

「……………」

 かけるべき言葉も、するべき動作も、リスフィーナには分からなかった。
 案山子のように立ち、その痛々しい背中を見つめる。
 やがて何かを振り払うかのように、レオンは、ぽん、と自分の額を叩いた。

「駄目だよ。甘えられない。他の誰よりがどう思ったとしても、リスフィやルフィだけにはかっこいいと思われたいからさ」
「にいさまがどのような姿を晒しても、例え八つ当たりをされても、泣き喚く姿を見ても、私にとってにいさまは世界一です」
「そんなことを言えるのは、僕がどれだけ情けない奴なのか知らないからさ」
「知っていますわ。出会ったころに、お腹いっぱいになるくらい見ましたもの。にいさまの弱さも、ずるいところも」

 リスフィーナの言葉に、間が、ひらく。
 周囲にたゆっていた空気が、微妙に変化した。

「………ああ……そうか……」

 声は、大きく吐いた息にまぎれ、かすれた。

「だから僕は、リスフィに惚れたんだな………」

 脈絡がない、告白。
 独白というべきか。
 レオンはハンカチを取り出し、涙を拭うと広間へのドアのノブに手をかけた。

「どちらへ?」
「どっかその辺で飲みなおしてくる」
「なら、私も一緒に」
「さすがにパーティの主賓が城下町に繰り出すのは不味いだろ。………独りにさせてくれ」
「………。はい」

 リスフィーナが返事をした時には、レオンの姿はなかった。

 レオンが言った、惚れたという台詞。
 聞いた瞬間、飛び上がりそうなほどに歓喜した自分がいた。
 目の前のレオンは、とても辛そうにしていたのに。
 そんな自分が、無性に腹立たしかった。

< 続く >

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