彼と彼女のせかいせーふく 前編

前編

「ホホホホ、オホホホホホホホホホホホ」
 
 女がけたましく笑った。
 白衣姿だ。年は、若い。
 笑っていなければ、おおよそ美人の範疇に入る容姿であった。
 女は、男を見下ろしている。
 男はこの話の主人公こと、倉木 優であった。
 硬い手術台に大の字に横たわり、動けないように手足にはがっちりと鋼鉄の錠が嵌められている。人間の力では抜け出せそうにない。

「お兄様、参りますわ」

 きらりんっ、と注射器の針が光った。中には、どどめ色の液体が入っている。
 女の瞳は、逝っていた。
 それを受ける男の瞳も、逝っていた。

「逝ってよし!」

 男が言う。
 ぷすっ!
 注射器が刺さり、怪しい液体が男の体内へと入っていった。

 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……………

 男の身体が、規則的に痙攣した。

「ホホ、オホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ、ホホホホホホホホホホホホホホ!」

 狂気の夜が、更けてゆく。
 

***
 

 翌日 AM8:30

 俺の名前は倉木 優。私立T学園に通う、普通の基準とは逸脱した才能と価値基準をもつ男だ。凡愚どもからは妬みからか、「変態」と呼ばれることもある。
 徒歩で歩いている。俺は学園への登校途中であった。
 頭痛がしていた。
 妹の美奈と夜遅くまで脱衣麻雀ならぬ脱衣ポーカーをしながら、日本酒と焼酎をそれぞれ2升ほど空けたあたりからの記憶がぷっつりと途切れていた。服は乱れていないから、貞操は無事だったようだが。
 体調不良にもかかわらず学園へ向かうのは、毎日の習慣のせいであろう。断じて、俺が律儀な性格だからではない。

「おはようございます」
「おー」
 
 学園への行程の半ばで、背後から声がかけられた。振り返り、俺は軽く手を振って挨拶を返す。
 女が、自然な動作で俺の隣へと歩いた。
 葵 御門(あおい みかど)。
 葵コンツェルンという巨大企業群の会長の1人娘で、つまりは超のつくお嬢様だ。といってもお嬢様特有のアレでナニ、つまり「ふっ、愚民どもめ」というビルから見下ろすような性格はない。むしろ逆といえよう。世間知らずではあるが、親しみやすく、嫌味が無い。いわゆる完璧超人だ。
 体型の方だが………こちらも素晴らしい。
 視線を少し下にずらせば、胸が窮屈そうに紺色の制服を押し上げている。制服の上で、ちょうど胸の突起のあたりにくるはずの位置にある飾りボタンがなまめかしい。さらに下って腰のあたりは細く、尻から太股にかけてはほどよく育っている。
 そして顔だが、悪く言えば暗い、よく言えば淑やかなイメージがある。目鼻立ちの造詣は整っているが、唇は薄い。どことなく、意匠を凝らした人形のような冷たさと美しさが同居していて、深窓の令嬢という表現が彼女にはよく似合う。
 仲は、まあまあ良い。自意識過剰でなければ、彼女は俺のことを妙に買ってくれていた。本人曰く、変わった人間を見るのが好きなのだそうだ。とはいえ、御門にとって俺は恋人ではなく、せいぜいが仲のよい友達の1人という認識なのだろう。
 余談だが、御門に下手に手を出せば彼女のおじいさまに殺されるという噂がまことしやかに語り継がれている。というわけで人当たりのよい性格にも関わらず、口説き落とそうという命知らずはいなかった。野郎ども人気は高いのだが。

「あら……?」
「ん?」

 御門は、俺に顔を近づけた。

「香水でもつけ始めたんですか?」
「いいや、全く」
「でも何か……いい匂い……」

 俺の首筋のあたりに、御門の息がかかった。
 呆けた、というよりは蕩けた声が、御門から漏れた。
 いつの間にか、互いの距離は異様に近くなっている。
 上気している。頬が赤い。
 御門の身体が、ぐらりとよろめいた。

「御門?」
「あれ………風邪でもひいたかな……?」

 よろけて、倒れそうになる御門を支えてやる。
 呼吸が、定まっていない。

「あ…優…くん……ありがと……」
「休んだ方がいいんじゃないか? まだ登校前だし」
「う………ん。いや………折角ここまで来たんだし、保健室いく………よ……」 
「大丈夫か? 汗びっしょりだぞ」
「ん~~……らいりょ~ぶーー」

 大丈夫、といっているつもりなのだろうがろれつが回ってない。
 ああ。
 そういやこの症状、覚えがあった。
 アルコールを血液に直接注入された時のアレだ。美奈にヤられたことがある。急性アルコール中毒で、3日間寝込んだ。
 さて…………そうなると。
 美奈だな。奴の仕業だな。
 そうに違いない。何で真っ先に妹の名前が出るのか自分でも悲しいところだが、今までの経験から、身の回りで起こったいかがわしい事件は99%奴の仕業であった。
 今回もそうであろう。でなければ不自然すぎる。
 許すべきか? 否(反語)。そこらの有象無象ならばともかく、俺がひそかに狙っている女にちょっかいをかけるとは。
 ひそかな怒りを心に灯し、とりあえずは御門を引きずりながら学校へと向かった。
 確かに、保健室へ向かう方が近かったからだ。

***

 ドアを開けると、そこは保健室だった。
 当たり前だ。表札に保健室と銘打たれている。

「誰かいませんかー?」
「いない、みたいだね………」

 はぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら、御門が言う。辛そうだ。

「大丈夫か?」
「ちょっと……しんどいです…」
「とりあえず横になってろ。先生を呼ぶから」
「ん……そーする」

 ベッドまで肩を貸してやり、横たわる御門に布団をかぶせる。登校前にシャワーでも浴びていたのだろうか、ほのかに香るリンスの匂いが鼻腔をくすぐった。

「じゃ、先生を呼んでくる」
「うん……倉木クン、ありがと」

 何となく照れくさくなる。

「……ああ」

 と、気の利いた返事も出来ずにとりあえずそう答えた。痒くなるようなやりとりは性に合わない。

***

 御門はぼーっと、天井を見上げていた。
 体温計は38度。立派な風邪だ。とりあえず早退することになった。あと10分もすれば、家からタクシーでの迎えが来るだろう。

「ちょっと外しますから、寝ていてくださいね」

 と、保険医は言うとどこかへ行ってしまった。
 寝付けない。
 身体が熱いせいか、布団が邪魔に感じる。
 身をよじった。

「…んっ」

 くすぐったい感触に、思わず声が出る。
 どうしてだろうか。
 身体が、うずく。

「かゆい………」

 身をよじると、素肌がシーツに擦れる。
 擦れた場所から、甘い電流が流れてくる。実際に電気が身体を通るわけではないが、そんな感じだ。

「なん………で………?」

 疑問の声は、甘ったるい吐息が混じり、かすれていた。
 あつい。
 身体があつい。
 部屋に他人がいる間は我慢できたが、保健室につき、カーテンを閉められ、人目はとりあえずなくなっている。
 あまりにも暑すぎるので、服を脱ぎたかった。誰も見る人がいないのだからと羞恥心を納得させ、もぞもぞと手を動かす。
 わき腹のあたりににあるチャックを上げ、ブレザーを脱いだ。いつもならキチンと折りたたむのだが、その余裕もない。
 まだ、暑い。身体が火照って、辛い。
 ベルトを外す。カチャカチャという止め金具の音を立てないようにして。
 スカートを脱ぎ捨てる。
 風邪のせいか、小刻みに震える手を動かすのももどかしく、ブラウスのボタンをひとつひとつ外す。
 肌が、あらわになった。残ったのは、下着だけだ。
 呼吸が辛い。身体が熱くて、かゆい。
 胸と、太股の付け根にある恥ずかしいところが、切ない。
 一瞬の躊躇の後に、下着にも手をかけた。白色で、胸を全て覆うシンプルなフルカップブラ。下も似たようなものだが、こちらは青い水玉模様が入っている。彼氏も好きな人もいないので、勝負下着なんてつけたこともない。
 プチンッと背中でブラのホックが外れ、たわわに実った胸がふるえながら空気にさらされた。まだ、自分以外の誰にも見せたことのないところ。もちろん、触らせたこともない。
 ブラを外す瞬間、胸の先にある突起が下着の布地に擦れた。
 鋭く、強烈な線が身体に走った。痛みではない。あまりに強烈な感覚ゆえに痛みと錯覚してしまいそうだが、後味が明らかに違っている。
 キモチイイ……!

「あ……っ!」

 思わずあげそうになった声を、咄嗟に手を口にあてて防ぐ。
 大丈夫だ。気づかれていない。
 気づかれていないから………きっとまだ、触っても大丈夫だ。
 体調を崩し、優に引かれるようにして保健室のベッドに横たわるまで。そのたった10と数分が、わずかに灯っていただけの火照りを大きな欲情の炎へと育て、理性を焼いた。
 右手で胸をすくい上げるように揉み、人差し指と親指で少し強めに乳首をつまむ。

「ん…やだ……………」

 ぴりっ、とした感覚。くすぐったさと共に、疼きが少しだけ癒される気がした。
 でも、足りない。
 もっと、もっと欲しい。
 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと。
 キンキンにはしたなく尖っている乳首を、カリカリと人差し指でひっかく。途端に甘い痛みが、連続して走る。

「あ…あん……はっ、や……」

 爪が胸の先端に当たるたび、意志と関係なしに声が出る。声を抑えようとして身体がこわばり、こわばった身体は胸からの感覚に蕩け、力が抜けてしまう。
 自慰という行為をしたことは数えるほどしかない。それもむず痒くなるだけで、達する前に疲れてやめてしまうことがほとんどだった。
 ところが、今は――

「気持ちいい……」

 小さな声で、部屋には人がいなかったが、とにかく人に気づかれないように小さな声で、御門は言った。
 胸をいじっただけで、生まれて初めてといっていい快楽が絶え間なく神経を揺さぶってゆく。
 保険医がいつ戻るかも分からないというのに、或いは誰かが見舞いに来ないとも限らないのに、手は胸をいたぶり続けていた。
 誰かに覗かれるかもしれないという危機感よりも、性欲が勝っていた。

「きもちいい、きもちいいよぅ……」

 幼女のような言葉づかいで何度も言うと、快楽の波がさらに高まってくる。たぶん同世代の女の子よりは少し大きい乳房――肩こりがするのであんまり好きではないのだが――を下からすくい上げるように揉みながら、普段なら痛いと思うくらいに強く胸の先をつまむ。
 ふと、頭に男の顔が浮かんだ。
 何で彼の顔が浮かぶのだろう、と疑問がわいたが、それはすぐに押し寄せる快感によってかき消された。

「倉木く…んっ………ああっ!」

 身体がびくん、びくんと大きく震えたかと思うと、糸の切れた人形のように、御門はベッドにつっぷした。

「はぁ、はぁ、はぁ………」

 息を整える。
 彼の名前を口に出した途端、それまでくすぶっていた気持ちよさが弾けた。何故だろうか。彼のことは、単なるお友達と見ていたはずなのに。

「ん……、う…そ………?」

 再び、身体が火照ってきた。しかも、さっきよりもさらに切ない。

「ぅ……はぁっ」

 思わずこぼれ出た吐息は、明らかに欲情の熱を帯びている。
 欲しい。もっと、もっと強い快感が。
 手を、下へ動かす。オナニーをする時も、汚いからと下着ごしにしか触れない場所だ。
 御門は直接、そこへ触れた。
 胸だけであんなに気持ちよくなれたのだ。そこを触ったら、一体どうなってしまうのだろう。
 しかし―――

 ガチャ、ダンッ。

 勢いよく、保健室のドアが開けられた。

 だだだだだだだっ……シャーーッ。

 足音が鳴り止むと同時に、カーテンが開かれた。

「オホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ!」

 カーテンを開けた女が高笑いをする。状況が認識できず、御門は全裸であることも忘れて呆然と女を見た。

「ヽ(゚Д゚ヽ)美奈(/゚Д゚)/ちん(σ゚Д゚)σDEATH」
「な、何なの一体!? ……って、あっ!」

 慌てて服を手繰り寄せる。頭はぐちゃぐちゃだ。1人であるのをいいことに、保健室で自慰をしていた。なんて噂が学園に広まれば、自分の居場所はなくなってしまう。言い訳しなければ。裸で股間に手を伸ばしていたことを何とかごまかす為の言い訳を………

「ホホホホホ、隠すことはありませんわ。自慰をしていらしゃったんでしょう、御門さん?」
「っぅぅ!! な、ナンノコトデスカ?」

 声が裏返っている。頭は、誤魔化すための言葉でいっぱいだ。

「オホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ。う・ぶ・ですわね」

 言いながら、美奈は制服のポケットから手のひらサイズ、円錐形の物を取り出した。後ろに紐がついている。

 パンッ!

 円錐の底の部分が、小さく爆発した。赤や黄色や青に着色された紙ふぶきがはらはらと舞う。結婚式やパーティで使うクラッカーだとようやく気づく。 

「おめでとうございます。あなたは見事、被験者第一号に選ばれました」
「ひ、被験者?」
「というわけで、一名様ごしょうた~い」

 どこから取り出したのか、美奈と名乗った女の右手には黒くて四角いものが握られていた。
 ボタンを押すと、バチッ、と青い線が走る。
 それがスタンガンであると気づいた時、御門は意識を失っていた。

***

 1時限目の授業が終わった。
 御門のことも気になったが、その前に美奈の仕業かどうか確かめようと奴のクラスへ出向いたのだが――

「早退したぁ!?」

 素っ頓狂な声を上げ、注目が俺に集まる。
 俺は思わず、視姦される際のマゾヒスティックな快感に浸ってしまい、ズボンのチャックに手を――

「ごほんっ。いや、なんでもない、失礼した」

 危ないところで正気に戻る。
 身を翻し、保健室へ。こちらも早退したらしい。まぁ、辛そうだったから当然の処置といえる。
 それよりも、なぜ今日に限って美奈が早退したか、だ。

「がしんごー、ガシンゴー、せんごくまじ~~ん、ゴーショーーーグーーーン♪」

 そこへタイミングよく、ケータイの着メロが鳴った。この曲は美奈からだ。

「オホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ……ゴホッ」

 むせたらしい。

「早退した割には元気そうだな。で、何の用だ?」
「お兄様に素敵なプレゼントがございますの。クリスマスを7ヶ月も前倒ししての特別企画ですわ」
「ほぉ?」
「では、とりあえず告知しておきましたので楽しみにしていてくださいませ。午後になれば準備が整うと思いますわ」
「……ときに、美奈よ」
「はいはぃん?」
「俺のクラスメイトが1人、不自然な風邪のひきかたをしたんだが、心当たりはあるか?」
「オホホホホホホホホホホホ………プチッ、ツー、ツー、ツー、ツー」
「……………」

 無言でかけなおす………が

「着信拒否してまつ。ご用件のある方は逝って良し」

 と、録音された美奈の声がした。プチッ、とボタンを押し、ケータイを切る。俺の”線”も数本、同時にキレたのがわかった。

 ガンッ!

 ケータイを、床に投げつける。こういうこともあろうかと、象3頭が乗っても壊れないゾウと宣伝されているモデルだ。これしきでは傷1つつかない。

「とはいえいかんな。八つ当たりは」

 俺は首をコキコキと鳴らした。すぅぅぅぅと、息を吸い込む。

「URYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!」

 学園に、俺の魂の叫びがこだました。

***

「あらお兄様、お早いお帰りですのね。指定した時刻にはまだ時間がございますわ」
「今度はいったい、何をやらかそうとしておるのだ?」
「ひ・み・つ。ですわ」

 むんずっ、と美奈の顔を手で握った。アイアンクローだ。

「お前が何を企もうと別に構わんのだが、俺が企画・立案に携わっていないのがむかつくのだよ。ドゥー、ユー、アンダースタァァァァァァンド?」
「ええ、それはもう、お兄様の素晴らしい思考回路は頭でも身体でも理解しておりますわ」

 物怖じせずに言う美奈。ここで反抗的な態度をとったのなら、即座に極める予定だったが………とりあえず手をどかしてやる。

「なら、吐け。御門――俺のクラスメイト――を俺に無断で拉致したろ?」

 俺に無断での言葉は、特に強調されるべきところだ。

「オホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ」

 目を逸らして高笑いする。分かり易すぎるぞ。

「お兄様、不良ですわ。学業をおろそかにして早退なさるなんて」
「ご、ま、か、す、な!」

 美奈は指を突き出し、チッチッチ、と動かした。

「ご・ま・か・す・な(はぁと)。もっとなまめかしく格調高くおっしゃってくださいまし」

 両腕をのばし、握った拳で美奈のこめかみをぐりぐりとする。

「あう、痛いですわ」
「俺が手加減している間に白状しなさい」
「お兄様の貧相かつ弾力に乏しい”優ちゃん思考回路”では、きっと仰天した後に激怒してしまうと思いますの。私、まだお嫁に逝けない身体になりたくはありませんわ」

 加える力を20%増量した。

「痛いですわっ!」
「白状するか?」
「うう………横暴ですわ。言いますから離してくださいまし」
「キリキリ喋りたまえ」

 手を離す。美奈は涙の溜まった目で、俺を見た。

「はい。お兄様、これは世界を征服する計画の一端なのですわ」
「……キリキリと喋りたまえ」

 声が、静かになっているのが分かる。怒る寸前の静けさだ。

「ええと……では、概要をすっとばして御門さんのことを申しますと………平和的に同行していただきました。現在は美奈の秘密のお部屋におりますわ」
「美奈」
「ほい?」
「うぃんうぃんうぃんうぃんうぃんうぃんうぃんうぃんうぃんうぃんうぃんうぃんうぃんうぃんうぃんうぃん」

 思い切り、両方のこめかみを拳でぐりぐりといたぶる。通常の3倍の速さでだ。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
「案内しろ」
「分かりましたから痛いのはやめて下さい!」
「夜になったらオシオキな」
「は~~い」

 美奈は情けない声で返事した。

***

 カードをスロットの穴に差込み、勢いよく下へ滑らせる。
 ピピッ、と音が鳴り、ぎーガッシャンとドアが開いた。数年前、結構な額の金を費やして創った”開かずの扉”だ。
 ちなみに作成費用は美奈が株の取引で儲けた分を充てたと言っていたが………まぁ、真相はどうであるにしろ俺が口を出すことではないだろう。俺に火の粉が飛ばない限りは。

「世界ノ中心ヘヨウコソ、ご主人様」

 ドアが開くと同時に、合成音が鳴る。ご主人様、のくだりだけ流暢なのは、美奈なりのこだわりであろうか。
 まさにどうでもいいことだが。
 部屋の中は……なんというか、常識の許容範囲内に入るであろう”異常な部屋”だった。緑のバイオハザードが生息するような、妖しい環境を予想していたのだが。あったのは中央にでんっ、と構える巨大なベッド、部屋の隅にぽつねんとある冷蔵庫に、手触りのよさそうなじゅうたん、そして………両手足を拘束された女。

「御門!?」

 美奈を突き飛ばすほどの勢いで、俺は御門に駆け寄った。黒いラバー製のアイマスク――安眠にも目隠しプレイにも仕える便利な品だ――をつけられ、両耳をすっぽりとヘッドフォンが覆っている。身を覆うのは白い上下の下着、それに紺のハイソックスのみという格好だった。逃げられないよう、手足はポリプロピレン製の白い紐でしっかりと縛られている。

「助けに来たぞ。しっかりしろ」

 ヘッドフォンを外し、目隠しを取っ払う。御門は驚き、縛られた手足を必死に動かしてあとずさった。

「だ………れ………?」
「俺だ」

 顔を、御門の10センチ近くまで近づける。

「倉木………くん?」
「ああ、そうだ。少しじっとしてろよ………ええい! 美奈、ハサミもってこい!」

 がっちりと縛られた紐に悪戦苦闘し、怒声混じりに言った。ところが――

「「オホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ!!」」

 スピーカーが壁に埋め込まれているのだろう。奴の声が部屋のあらゆる場所から発生し、轟いた。後ろを振り向くと、さきほど開けたドアは閉められている。………うぬぅ、ウカツ。部屋に閉じ込められてしまった。

「あとは若いものに任せて、美奈チンは優雅なティータイムとしゃれこみますわ。お兄様、がんばってくださいまし。ああ、そうそう、水分補給は部屋にある冷蔵庫の中に色々と取り揃えておりますわ。ただしトイレは設置されておりませんから、気をつけてくださいまし」
「てめー、後でぶっ殺すからな!」
「この状況では不可能というものですわ。オホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ!」
「ちぃぃぃぃぃぃ!」

 胸がむかつく。唾を吐きたかったが、室内、それも御門の目の前ではそうもいかない。

「………倉木……くん……。……んっ………」

 顔を赤くし、下着姿で辛そうに身をよじる御門を見ていると股間の変な棒が反応し――もとい、気の毒さで胸が張り裂けんばかりだ。

「悪いな、御門。あの馬鹿が迷惑かけた」
「はぁはぁ………。兄妹………なの……………?」
「不肖の妹だがな。とりあえず無事に帰してやるし、奴にもきっちりワビを入れさせるから安心してくれ」
「う………ん……」

 格闘すること5分ほど。手の拘束を外すのに成功する。その間、御門は身体をもじもじと小刻みに動かしていた。

「あ……ぅ……」
「御門?」
「んっ! ………何でも……ないよ。気にしないで」

 御門はびっくりしたように俺を見たあと、ため息まじりに言った。

「凄い汗だぞ。大丈夫か?」
「だ、大丈夫だから……」

 急いだ方がよさそうだ。足を縛っている紐に手をかける。脱出する手立ては思いついたわけではないないが、それは後回しだ。

「悪いが、あんまり動かないでくれないか? とりずらい」

 もじもじと、太股のあたりを擦り合わせている。無理な体勢で身体が痺れたせいだろう。

「うん………あ………ふっ」

 御門は、手を緩慢な動作で上下させていた。ブラのあたりに触れかけ、俺の顔を伺うように視線を移して、ぎぎぎぎっと腕を下ろしてゆく。その繰り返し。苦しそうに吐息し、身をよじる御門の姿は、妙に色っぽかった。
 まずいとは思いつつも、視線を胸に動かしてしまう。と、寒いせいだろうか? 下着越しに、小豆ほどの大きさの乳首の形がくっきりと浮かんでいた。
 俺にもまだ初心さが残っていたのだろうか、動悸が早くなり、視線はそこに釘付けになってしまう。

「ね………倉木………く……ん。私の胸、変じゃない……?」
「あ、ああ、わりぃ」

 慌てて、胸から目をそらす。ところが御門は俺の手をとり、自分の胸へと誘導した。

「あったかい……倉木くんの手………」

 トロンとした目で、うっとりと呟く。

「御門?」
「ね………倉木くんは……私のこと、どう思う?」

 囁くように言う。御門の口から漏れる吐息が、俺の頬に当たった。不快ではない。御門が言っている間も、俺の手は彼女の胸の上にあった。柔らかく、適度な張りと暖かさを備えたものが手のひらの下にあるわけだが………さすがに揉むわけにもいかず、生殺しだ。

「それはもちろん、ど………」

 同意を取り付けた上で俺の股間の変な棒を御門の持っている穴に突っ込みたい相手、なんて素直に言えるような俺ではない。言いかけたが。

「嫌い? 好き? ね………答えて欲しいの……」
「みかど?」

 かすかに青みがかった黒い瞳が、俺にじっと向けられていた。

「ああ、好きだ」

 まぁ、このあたりの答えが無難であろう。嘘でもない。
 御門は少しの間、驚いたような顔をして……ほっと、安心したようにため息をついた。

「なら………抱いて、犯して欲しいの……。おねがい………身体がうずいて……がまんできないの……」
「そういうことか」

 ようやく、思い至った。
 御門は、美奈に媚薬を盛られたのだ。
 そしておそらく、御門にとって不幸なことに、俺は事実を知ったからといって止まるような善人ではなかった。
 奴の思惑がどこにあるのか知らんが、折角あつらえられた据え膳だ。ありがたく頂戴するとしよう。
 それに重ねて言うが、好きだという言葉は嘘ではなかった。

< 続く >

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