相川さんの楽しい世界

――プロローグ・彼と彼女のリハーサル――

 男は狂っていた。理由はない。いつ狂ったのかもどこで狂ったのかも覚えていない。産まれたときから狂っていたのかもしれないし、男が知らないだけで何か凄絶なきっかけがあったのかもしれない。
 とにかく、男は狂っていた。

「何故だ、何故分からん!?」

 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!

 男は壁に頭突きをしながら叫んだ。

「人を操る。ただそれだけのことに愛だの思いやりなどという不純物を混ぜる、上等な料理に蜂蜜をぶちまけるがごとき思想!!」

 壁が次第に赤く染まってゆく。だが男の頭蓋を打ち付けられた壁もまた、小さな亀裂をつくっていた。

「見よ。その結果に破綻と矛盾とを繰り返して崩壊した者の屍の姿を!!」

 こんしんの頭突きが、壁と男の頭とに致命的なダメージを与えた。
 コンクリートを鉄骨で補強した壁は粉々に崩れるさまを、男は血まみれの顔で見下ろした。

「URYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!」

***

 女が座っていた。
 社長室にあるような黒椅子に、脚を組んで座っていた。
 女は狂っている男の妹であり、狂っている男に身体と心を捧げた奴隷でもあった。
 兄と妹。血が繋がっているかいないかは些細な問題でしかない。女もまた狂っていたが男ほどではなかった。ただし何が狂気で何が正気であるかもまた、女にとっては些細な問題でしかない。
 女の兄は神であり、女は教祖だった。
 女にとってはそれが重要なことであり、神を神たらしめるため教祖である女は信者を増やそうとしていた。
 今。
 狂った女の前に、1人の信者が控えている。
 信者は崇拝の視線を教祖にそそぎ、教祖から何かすばらしい言葉をたまわるのを待っていた。

「キリサワ。神様がお怒りのご様子です」

 女が抑揚のないロボットのような口調で言った。

「キリサワ。神様のお怒りを和らげるため、身体を張って芸をする気概がありますか?」
「御心のままに」
「オホホホホホホホホホホホホホホホホ!」

 信者の答えに、教祖は笑った。
 だが何が楽しくて笑ったのか、当人にはわかっていなかった。
 そもそもそれが笑いと呼べるものなのかどうか、本人にも判別がついていなかった。
 それでも、口から出る声は確かに笑い声だった。

「神様がお怒りのご様子です。これから貴方に改造手術を施しますので、神様に楽しんでいただくための舞台を演出しなさい」
「御心のままに」

 信者の1人は、にごった目で頷いた。

 その一時間後――
 教祖の手によって、信者に脳改造がほどこされた。

――相川さんの楽しい世界・前編――

 私立T学園。
 1時限目、英語の授業。

 以下の文章を和訳しなさい。

「ええと」

 三年後に植物状態から目覚めた少年は
 自分の恋人が友人に寝取られたのを知って
 沖縄に日本刀を買いに行った

「正解です」

 背後から、言葉をかけられる。
 言ったのは教師ではない。彼の後ろの机に座っているクラスメイトだ。

「?」

 教科書を持ち、今しがた英文を訳した男は、後ろを振り向いた。

 ぶしゅっ………シャァァァァァァァァ

 奇妙な音がたち、次いで噴水の音がシンとしていた教室を満たした。

 ぼとり

 手に教科書を持ったまま、英文を訳していた生徒の首が落ちた。
 某、私立学園の校舎。
 教室には30人ほどの男女がひしめき、壇上の女教師が英語を教えていた。
 それが、突然。
 今、首を斬られた生徒が教師に名指しされた瞬間、ある男の背後にいた同級生は日本刀を取り出し――
 男が完全な和訳をしたと同時に、凄絶な居合いを放っていた。

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 目の前の光景を頭脳が処理し、理解するまでの間が終わる。
 それと同時に、1人の女が悲鳴をあげた。
 殺された男は、2年ほど前から付き合っていた、彼女の恋人であった。

「ふ」

 にやり、とたった今同級生を殺した男は微笑した。

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 男の微笑を合図に、教室のそこらかしこから狂った笑いが合唱となって響く。教師も、生徒もだ。

 ざっ

 よく訓練された軍隊のように、彼らは立ち上がった。幾重もの靴音が重なった。

「かえるの歌が」
「かえるの歌が」
「聞こえてくるよ」
「聞こえてくるよ」
「ケロ」
「ケロ」

 防音材でできた天井を見上げ、彼らは輪唱した。
 全く意味がなく、脈絡すらもなく、30人からの集団が奏でる規則正しい歌声。
 全員の瞳は、焦点が定まらないどころか瞳孔が開ききっていた。

「ひぃぃぃぃ」

 唯一、まともな意識を保っていたその女生徒は、顔面を紙のように蒼白にして、狂ったクラスメイト達を見ていた。
 あまりの展開に、見ていることしかできなかった。

 ぽむ

「っ!!」

 彼女の背中に、手が置かれる。
 心臓が止まるかと思うほどに驚き、ぎぎぎぎっとうまく動かない首を動かして、彼女は自分の肩に手を置いた相手を見た。

「楽しみたまえ、相川 優香くん」

 そういった男の表情に浮かぶは、100万ドルの笑顔。
 返り血をたっぷりと浴び、紅に染まった姿で――
 彼は爽やかに笑っていた。

「何、なんなの!?」

 女がおびえた視線を向ける。
 コレは夢なのかと思うには、肩に置かれた手のおぞましさと鼻につく濃密な血の臭いが否定していた。

「昔、君と付き合っていた桐沢だよ。まぁ、整形手術もしたし、今まで名前も苗字も変えていたから分からないのも当然かもしれないけどね」
「え………え!?」
「いやぁ………交通事故で3年ほど昏睡状態になっていたんだけど、教祖様のお力によって蘇生することができてね。しかも教祖様は、病室に寝ている間に私めをあっさりと捨ててくれた売女に日ごろの感謝を示すことを許してくださったのだよ。というわけでたっぷりと楽しみたまえ」
「………………」

 相川さんは、口を開かなかった。
 開けば、悲鳴が出ると分かっていたから。
 恐怖に足が竦み、現状を確認するためなのか目がいっぱいにまで見開かれている。

 早く逃げろ

 頭のどこかで、警告が鳴る。
 だが、目の前で爽やかに笑うかつての恋人に魅入られたかのように、身体が言うことをきかない。

「イッツ・ア」

 拳を高らかに上げ、桐沢はぱちんと指を鳴らした。

「SHOW・ターイム!」

 狂ったクラスメイト達が、彼の台詞を引き継ぐ。
 宴が、始まった。

***

 さて。
 桐沢くんは、卑怯なことがお嫌いです。
 ですのでもちろん、多勢を頼み無理やりに女性をいたぶることなど論外です。
 くどいですがもう一度言います。論外なのです。
 コトを暴力で無理強いしても、後に残るのは空しさだけですから。
 ただし、女の方から懇願された場合は別です。
 何故って、桐沢君は優しい男の子ですから。
 女性の頼みを無下に断るなど、できるはずがありません。

「相川さん、服が脱ぎたくなってこないかね?」

 手を後ろに組み、屋上から愚民どもを見下ろすようなポーズで、桐沢は言った。
 桐沢は、相川さんに背を向け、窓の外に見える世界を見ている。

「んなわけないでしょ!」

 憤慨しつつ、相川さんは答えた。
 相川さんの彼氏が斬殺されて、30分ほどが過ぎている。
 精神構造がかなり柔軟にできているのか、それともあまりの非現実さに思考のどこかが切れてしまったのか、彼女はごくごく落ち着いてこの状況を分析していた。
 もちろん落ち着いているとはいえ、自分への理不尽な仕打ちに怒りは頂点に近い。
 ちなみに教室の床には、先ほど殺害された男の血が真っ赤なトマトよろしく一面に広がっている。
 誰かの手により死体は処理されていたのだが、血なまぐささがそこかしこに漂っていた。

「さっさとこのロープを解いてよ!」

 ガタガタと身体をゆすりながら、相川さんは叫んだ。
 桐沢の号令のもと、彼女はいつのまにか押さえ込まれ、どこからか持ち出されてきた白いナイロン製のロープで両手、両足、胴体を椅子にぐるぐる巻きに縛られてしまっている。とても逃げられそうにない。

「ああ、これは失敬。確かに、縛られたまま服を脱げるはずもないよね」
「そーいうことじゃなくて、私は服を脱ぐつもりはないけどロープを解いて欲しいの」
「大丈夫だ。羞恥心があるのは結構なことだけど、もっと素直に楽しんでもらわなければ切なくなるじゃあないか」
「いや、だから楽しむ楽しまないじゃなくて、とっとと解いて!」
「ほどいたら逃げるだろう?」
「当たり前でしょ」
「でも、服を脱いで逃げるつもりはないでしょ?」
「当たり前でしょ」
「困ったな。あちらを勃起てるとこちらが勃起たない」
「日本語喋ってよ!」

 こんな調子で、先ほどからこちらの主張を全く取り合ってもらっていない。

「はぁぁ」

 相川さんは盛大なため息をついた。
 諦めまじりの疲れが、最近こりぎみだった肩をさらに痛くさせる。
 彼女が今目の前にしている相手は、間違いなく電波さんであった。こちらの話がどこか異次元空間を迂回して耳に届いているらしい。

「しーかーたーなーいーなー」

 桐沢は困ったように顔をしかめて、自分の鞄をゴソゴソと探った。

「この薬はあまり使いたくなかったんだが………」
「く、薬……?」
「英語にするとメディスンだ」

 英語にするならばmedicineだろう。
 カタカナ英語で博識ぶったつもりなのだろうか。
 いや、待て。
 相川さんは首を振った。
 今はそこを、真面目に考えるべきではない。

「ま、麻薬か何か?」
「ふ。麻薬だと? そんな陳腐なモノではないよ。某国が世界大戦時に発明したものを改良した、とても気持ちよくなれるお薬だ」
「……ぼ、某国?」
「ナチス独逸の科学力はぁぁぁぁぁぁ」

 ビシッ

「世界いちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 ビシッ!
 桐沢と教室にいたギャラリーが、あらぬ方向へ敬礼した。

「…………………」

 相川さんは黙った。キ○ガイをまともに相手にする愚かしさを悟ったからであろう。

「しかし安心したまえ。私は紳士だ。抵抗できぬ女性に無理やり薬を使うなんてことはしない」
「………………」

 言いながら、桐沢は近くにいた生徒に注射器を手渡す。

「本当さ。私はやらないよ」
「ハァハァハァハァハァハァハァハァ( ̄∀ ̄)」

 注射器を手渡された生徒の息が、妖しく乱れていた。

「……私はね」

 ぱちん、と桐沢は指を鳴らした。
 
「イィ(゜∀゜)!」

 うぃんうぃんうぃんうぃんうぃんうぃんうぃんうぃんうぃん
 ――という擬音語よろしく、ロボットのように桐沢に洗脳されたクラスメイト達が動いた。
 注射器を持ち、瞳孔の開ききったクラスメイトが身じろぎすらできぬよう彼女を抑え付け、腕を取る。
 相川さんの体内に、毒が打ち込まれた。 

――相川さんの楽しい世界・後編――

 2時限目。
 英語の授業、特別編。

 相川さんは、ちらりと周囲を見回した。
 女教師と目が合いそうになり、慌てて机に視線を落とす。

『何をしているんだろう、私は………』

 そうは思っても、手が止まらなかった。

「ハァ…………ぁあっ……」

 淫らな声が聞こえる。

「あっ!」

 びくっ!

 近くで聞こえた声に、相川さんは身体を硬直させた。
 おそるおそる視線をあげ、ふたたび周囲を見渡す。

『よかった………まだ気づかれてない……』

 相川さんは安堵した。

 くちゅ…………くちゅくちゅ……ネチャ……

 
「んんあっ……!」

 また、相川さんの近くで短い叫び。
 相川さんの右前方の席にいる女生徒が、絶頂に達したらしい。
 女の甘ったるい香りが教室に充満し、押し殺すような吐息がそこかしこから聞こえてくる。
 1人や2人ではない。相川さん以外、教室にいる女生徒全てがオナニーをしていた。
 20余名もの学園生が、制服を上から胸をまさぐり、スカートを捲り上げて下着をこする。
 ちなみに、クラスに男子はいない。
 ”ご主人様”の剣となり盾となるため、男子生徒は校庭で戦場格闘技の訓練を受けている。
 女の学園生は英語の特別授業を受けていた。
 相川さんを除き、生徒はみんな熱心だった。
 服のほとんどをはだけさせ、胸を露出させている生徒も何人かいる。
 くちゅくちゅという水の音。熱心な優等生は自分の指だけでは足らず、ピンクローターやアナルバイブを持参していた。少し耳を済ませればブブブブブという低周音が聞こえてくる。

『おかしい…』

 相川さんは、心の中で呟いた。
 何かがおかしい。
 それは分かっている。
 何がおかしいのか。
 それが分からない。
 女教師はゆっくりと、全裸にストッキングのみの姿で生徒達を見て回っていた。
 赤いマニュキアの塗られた手には、教科書。
 女教師の流暢な英語が、教室に響く。
 カツ、カツ、とヒールの音が、規則的に鳴る。
 白い裸身。
 むっちりとした太股に、まだ張りのある綺麗なお尻。
 成熟した女性の豊満な胸が、靴を動かすたびにぷるんと揺れる。
 pussyだとかcatだとか、単語は理解できた。
 相川さんは、何かに取り付かれたかのようにシャーペンを持つ手を動かしていた。
 なんとか意味の通った英文にしようとする。
 けれども、周囲の雑音に気をとられて巧くいかない。
 衣服の衣擦れ。クラスメイトの口からもれる桃色の吐息。虫の羽音のような耳障りなバイブの振動音。

「あぁっ!」

 また1人、クラスメイトがイった。

『おかしいよぉ……』

 口に出さず、相川さんは考えた。

『なんで私は、こんなイヤらしいことをしているのだろう………? みんなが一生懸命オナニーしている中で、1人だけ必死にノートをとっているなんて』

 目が潤んだ。
 身体がいうことをきかなかった。
 焦りと、いらつきと、悔しさから、涙がこぼれそうになる。

『でも……』

 ポキッ、と、長く出しすぎていた黒芯が折れた。

『勉強の方が、オナニーよりまし………』

 相川さんは、そのあまりに変態的な考えにがく然とした。

『勉強の方が、オナニーより……まし?』

 もう一度考え、自分のふしだらさに血の気が引く。
 なんて淫乱な考えなのだろう。

『これ以上変態のような考えが浮かぶ前に、今すぐオナニーしないと……』

 今ならまだ間に合う。相川さんが勉強していることを、誰にも気づかれていないのだから。
 みんなと同じように、手で胸をさすればいい。下着ごしに人差し指をあてて、”ご主人様”のことを考えればいい。
 英単語を拾いながら、1人だけカリカリとペンを動かす。
 そんなふしだらなことよりももっと楽で、そして人目をはばからずに済む行為だ。

『わた…し………なんで? オナニーが勉強よりマシなんて……教室で勉強なんて、変質者のすることじゃない………』

 相川さんは、自分を奮い立たせた。
 授業中にオナニーをせず、勉強をする。しかも勉強をしているのは相川さん1人だけ。
 明らかに異常だ。
 これがもしばれれば、教師に怒られるどころかクラスメイト達から”変態”なんてレッテルを貼られてしまうのは間違いなかった。
 友達もいなくなるだだろう。

”相川は教室で授業中に勉強をしていました”

 そんな噂が流れたら、人生の終わりだ。
 男子にも女子にも軽蔑されて、学園にいられなくなる。

『ちゃんとしないと………。えと……まず服……ふくを、脱いだ方がいいかな……』

 さんざん戸惑った末に、相川さんはシャーペンを置いた。
 顔を赤くしながら、制服に手をかける。
 ぷちん、と制服のボタンを外していった。
 胸を締め付ける圧迫感が、胸をはだけさせる開放感にとってかわってゆく。
 リボンを取り、綺麗にたたんで机の上に置く。
 フルカップの白いブラが、胸元から大きく露出した。

『これで………おっぱいを触りやすくなった………』

 1仕事を終えたという達成感と、これから始まることへの不安と希望。
 それらがないまぜになって、相川さんは熱い息を吐いた。
 相川さんはちらりと、左隣の席を見た。

 ブブブブブブブブ…………

「はぁぁぁ………」

 継続的に聞こえる振動音と、断続的に聞こえる甘ったるい声。
 ずれかけた眼鏡を直そうともせず、クラスの委員長が膣口へピンクのローターをあてているようだった。
 紺の制服のスカートを着けたままだったが、もぞもぞと複雑に動く手の動きと、耳をすまさずとも聞こえる淫らな水音が、委員長の熱心さをうかがわせる。
 委員長の膝のあたりに、白いショーツが丸まっていた。
 胸にはピンクの可愛らしいブラ。ホックは外されていたが、これ以上にないくらいに勃起した乳首にひっかかり、床に落ちるのを辛うじて支えていた。

『えらいなぁ……あんなに一心不乱に、オナニーに没頭できるなんて』

 と、相川さんは思った。
 またきっと、テストの成績は彼女がトップだろう。そう言えば帰宅してからも、”ご主人様”にいつでもご奉仕できるようにフェラチオの練習をしていると言っていた。

『私も、もう少しがんばらないと………』

 授業中の自慰行為すらも、羞恥心などという余計な感情に邪魔をされる相川さんは落ちこぼれだった。ましてや授業中にシャーペンを動かし、ノートをとって勉強しているようなていたらくではなおさらだ。
 そういえばこれ以上テストの成績が悪かったら、お小遣いを減らすと親に言われていた。

「ん…ぅ…」

 意を決し、ブラごしから胸の先を軽くつまむ。

「んっ」

 痛みのともなった、むず痒さ。
 絶頂へ至る道ははるか彼方にあったが、それでも劣等生の相川さんには大きな前進だった。

『えと………始めは周囲から優しくこねあげていって……、おっぱいが強めに揉んでも痛くないくらいに柔らかくなってきたら……胸の先っちょを……』

 体育の授業で教わったことを思い出しながら、胸を揉みこむ。
 本当は”ご主人様”に見せることを想像して悦んでいただけるようにしなければならないのだが、相川さんは自分が気持ちよくなることすらも経験の浅くままならない劣等生だった。
 こわごわと周囲を見回しながら、何故か沸き起こる気恥ずかしさに自慰をする手が止まる。

『これで……よかったのかしら…?』

 背筋にぬるい水を浴びせかけられているようで、落ち着かなかった。誰かがこちらを見て、笑っていないだろうか――そんな妄想が、頭を離れない。

「んっ…」

 拙い技巧ながらも、相川さんの手は自分の胸の輪郭を、なぞるようにくすぐっていた。

『やだ……だんだん気持ちよくなってきてる……』

 自分で愛撫する胸の感触が柔らかくなってきていた。始めに感じていた痛みもかなり薄れてきている。
 クラスメイトの平均よりも、1カップほどブラが大きめな相川さん胸。
 強めに力を加えると、いやらしいおっぱいが変形して胸肉の中に指が沈む。
 周りの優等生たちの行為を真似て胸を下から持ち上げるようにした。
 胸の大きさが強調されると共にブラがずれて乳首の先が覗く。

『直接触ったら、どんな感じなんだろう……』

 相川さんはいつの間にか喉に溜まっていた唾を飲み込むと、素肌に手を這わせた。
 勃起しはじめた乳首の頂点を人差し指の腹でくすぐり、綺麗に切りそろえた爪で引っ掻いた。
 胸の先を触ると、むず痒い感触に痺れた。そのむず痒さが気持ちよかった。

「はぁっ……!」

 周囲でさんざん聞かされたあえぎが、相川さんの口から漏れていた。

『…オナニー、ちゃんとできてるよね……?』

 相川さんはこわごわと周囲を見回し、自分の行為を確認した。
 絶頂に達し、虚ろな視線で天井を見上げるクラスメイト。
 声を抑えながら、軽く肩を震わせるクラスメイト。
 目をうるませ、指を女のもっともいやらしい部分に出し入れてしているクラスメイト。
 机につっぷし、安らかな顔で余韻に浸っているクラスメイト。

『みんな、私よりも気持ちよさそう………』

 相川さんもまた、胸への刺激だけでは物足りなくなっていた。
 片手を下へ。
 制服のスカートをめくりあげ、純白のパンティに手を這わす。
 1時限ごとのオナニーでぐちょぐちょになってしまうため、下着の類は授業終了時に大量のティッシュと共に学園から支給されていた。相川さんが身に着けているパンティは下級生向けのもので、学年があがるごとに意匠性の高いものや、殆どお尻丸出しの淫らなモノが選べるようになっていた。
 かすかに濡れた感触のあるスリットを、白い布地の上から拙い手つきでこする。

『んっ……』

 下から上へ、中指と人差し指の爪を立て往復させる。
 何度か往復させ、じわりと下着に水気がにじみはじめた。
 花びらが開きかけ、指が挿入しやすくなる。
 浅く、指の第一関節までを突っ込み、やさしく花びらをかき回す。
 相川さんはクリトリスがお気に入りだった。
 相変わらずぎこちないうごきで、皮に包まれたままの芽を刺激する。そうしながらおっぱいを刺激し、出るはずのない母乳を絞りだすかのように強くもみ、尖った乳首をなんども引っかく。

『あとちょっと…あとちょっとで…イキ……そう』

 押し寄せる波を感じ、手の動きを早くする。

「あぁ」

 かすれたあえぎ。
 肩を震わせ、必死に手を動かし、くちゅくちゅという水音を響かせる。

「んっ、はぁぁぁぁ……」

 絶頂に達し、がくんと相川さんの身体が震えた。
 身体を丸め、机の角に胸が当たるのもかまわず、相川さんははぁはぁと息をついた。

 ジリリリリリリリリリリ!

 授業の終了を告げるチャイムが鳴った。
 相川さんは机に頭を置き、疲れきった様子でその音を聞いていた。

「はい、今日はここまで。各自”ご主人様”に悦んでいただけるように感度を高めて置くように。それと、相川さん!」
「っ!!!」

 突然名前を呼ばれ、相川さんの心臓が跳ね上がった。
 そう錯覚したかのように肉体が硬直し、相川さんはあやうく椅子からころげ落ちかけた。
 早鐘のような鼓動を刻む心音を耳の裏に感じつつ、首を壊れかけたロボットのように動かした。

「なんなの、そのやる気のない手つきは。もっと真面目にマスターベーションしないと駄目でしょう?」

 女教師が、両肩に手を置いて見下ろした。
 まだ張りを保ち、ツンと突き出した巨乳がいやでも相川さんの目にうつる。

「す、すみませんっ!」

 相川さんは、顔を真っ赤にして頭をさげた。
 くすくすくす……
 馬鹿ねぇ……

 クラスメイトの半分は、よほど深くオナニーに没頭しているのか相川さんが注意されていることに気づいていなかった。
 だがもう半分のクラスメイトは、笑いながら蔑視の視線を相川さんに投げかけていた。
 制服をはだけたまま、相川さんは身をちぢこませた。
 全裸の女教師は、にやりとサディスティックな笑いを浮かべた。

「ハイハイ。みんなも可笑しいからってあんまり笑わない。罰として次の授業で、不真面目な相川さんは10回逝くこと。国語の先生に相川さんがしているかどうか、しっかりと見てもらうように私から伝えておきます。いいわね?」
「……はい」

 相川さんは、神妙に頷いた。

***

 3時限目。
 
「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅をすみかとす――」

 先ほどの授業とは違う女教師が、教科書を手に朗読してゆく。
 スーツ姿に、フレームのない眼鏡をかけた女教師。彼女のイメージには、温厚や柔和という文字が良く似合っていた。
 科目は現代国語。
 普通の授業風景であった。
 男子生徒が教室にいないのが多少異常であだったが、それでも先ほどまでの授業風景と比べれば普通の授業風景と言ってかまわないであろう。

「神代さん。次からを朗読しなさい」
「はい。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて――」
「んぅ………はぁぁぁぁぁぁっ」

 ただ1つ、女がオナニーをしているということを考えなければ。

『早く、逝かないと……』

 ブブブブブ………

 相川さんの股間から、虫の羽音のような機械音が聞こえていた。
 優等生の友達から借りたピンクローターを、膣のごく浅い部分にもぐりこませて。
 授業開始から2回までは、弱での刺激で十分に達することができた。だが休息をほとんどとらぬままのオナニーに、身体は刺激に慣れてしまい、イくのには程遠い拷問のような甘ったるい刺激しか感じられなくなっていた。

『やだ……くすぐったいよぉ………』

 涙を流し、許しを乞いたかった。
 花びらがイヤらしくひくつき、出し入れする指とともにくちゅくちゅと音がなる。

 くすくすくす………

 クラスメイトが時々相川さんの姿を見ては、笑う。
 1日6時限の授業。1時限は50分で、時限と時限との間に10分間の放課休憩がある。
 その日の科目は、英語、英語、国語、国語、数学、数学という順序。
 1、3、5の時限は普通の授業。2、4、6の時限は特別な授業だった。
 特別な授業では教師はたいていの場合に裸になり、”ご主人様”への奉仕の方法やそのすばらしさについておのおのの授業科目にそった説明をする。
 生徒は教師の説明をほとんど聞き流しながら、自主的に特別な勉強をする。
 オナニーをしてセックスの際により感じる身体になれるようにしたり、フェラチオの技巧を磨いたり、時にはレズプレイを行い、ご主人様に興奮していただけるように媚態をさらしたりと。
 普通の授業は、勉強することが普通である。だから生徒も、普通に授業を受ける。
 そんな中。
 相川さんは視線をうつむかせ、顔を真っ赤にしながらオナニーに没頭しようとした。
 普通の授業の時間に、特別な授業で出された宿題をこなすのは非常に恥ずかしい。
 だがこれは、2時限目の授業を真面目に受けず勉強していたことに対する罰である。罰は、素直かつ真面目に受けなければならない。
 真面目に受けなければ、さらにひどい仕打ちが待っているのだから。

『……もっと、強くしないと……』

 中々思うようにイけないじれったさと、みじめさに、相川さんは涙が出そうになった。
”変態”という烙印はなんとか逃れたものの、みんなに見られながらする1人だけの宿題は情けなく、恥ずかしかった。
 クリトリスの包皮を剥き、指で痛いくらいの刺激を与えつつ、もう一方の手でローターをいじくる。もはや手首までぐちゅぐちゅになった指を必死に動かし、椅子の上でほとんど寝るような体勢で快楽を得ようと胸や、股間を刺激した。

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 授業開始から、4度目の絶頂。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 荒く、息をつく。英語の女教師から言われたノルマはあと4回。だが体力的にはもう限界に近かった。

 ブブブブブブブ………

「ん……ふぅ」 

 ローターが、達したばかりの相川さんの身体を容赦なく追い詰める。

「相川さん、辛い?」

 国語の女教師が、声をかけた。
 相川さんは、ほとんど何も考えられぬまま首を振った。

「前々から言われているでしょう。困った時はどうするの?」
「”ご主人様”のことを考えます……」
「はい、よくできました。――香川さん、156ページの例題1の答えを言ってちょうだい」
「はい」

 クラスメイトの女子が、教科書を片手に立つ。
 そんな中、相川さんは再び手を動かした。

『……ご主人様…………』

 心の中で呟いた。

「はぁぁっ!」

 相川さんの意思とは無関係に、大きな声が口から漏れた。
 ”ご主人様”と内心で呟いたとたん、信じられぬ快感が相川さんの背筋をやいた。

「ごしゅじんさまぁぁ……」

 今度は、口に出して言った。

「あ゛、あ゛、あ゛、あ゛っ!」

 脳髄が蕩ける。
 熱い何かが子宮の奥からせりあがり、脊髄を経由して脳へと到達した。
 相川さんは、がく、がくと身体をエビのようにふるわせた。
 クラスメイトの全員が驚いて彼女を見た。
 それほどに激しい反応だった。

「はぁぁぁあっ」

 ブブブブブブブブブブ………

 ローターが抜け落ち、床の上で跳ねた。
 だが、相川さんにはそれを拾う気力がなかった。
 相川さんは口から唾液を垂れ流し、気絶していた。

***

 一ヵ月後――
 相川さんは、劣等生という言葉を挽回していた。
 特別授業でのオナニーや奉仕の実習も苦もなくこなし、最近は注意されることよりも誉められることの方が多くなっている。
 しかしながらクラスメイトのレベルは日を追うごとに高くなっているらしく、より一層のご奉仕をできるようにがんばりなさいとよく親や先生から言われる。相川さんも、その期待に応えられるようにがんばろうと思った。
 そんな、ある日。
 彼女はぼうっと、外を見ていた。
 学園の廊下。埃のついた窓枠に肘を乗せた体勢を、相川さんは何時間も続けていた。
 視線が虚ろである。
 瞳孔が開いていた。

「ごきげんよう、愚民ども」
「あ、ご主人様。ゴキゲンヨウ」

 桐沢が現れ、陽気に言い放った。
 相川さんは虚ろな瞳のまま、ぺこりと頭を下げた。

「うむ。相川さん、早速だが俺にご奉仕したまい」
「はい、光栄デス」

 ためらいもなく、相川さんは機械的に制服のリボンに手をかけた。
 しゅるりと、衣擦れの音。
 サイドにあるファスナーを下げ上着を脱ぐ。スカートのベルトを緩めホックに手をかけて同じく脱ぎ捨てた。
 水色の下着。意匠性のないスポーツブラを制服と同じように脱ぐ。学園からの支給品ではない、相川さん個人の私物の下着だった。
 開放された相川さんの胸がぷるんと揺れた。

「失礼イタシマス」

 ぶらりと垂れ下がったままのモノにキスをし、亀頭に舌を這わす。
 ご奉仕の際、手は”ご主人様”のモノに触れてはならない。授業中のオナニーで汚れた不浄の部分であるし、何よりご主人様は多少ぎこちなくとも手を使わず四苦八苦しながらの奉仕の方が好きらしかった。

「ん゛……あ゛ぅ……」

 少しずつ、大きく固くなってゆく”ご主人様”の醜悪で臭い肉棒。
 カリを嘗め回し、ある程度まで勃起した時、相川さんはその胸肉の中に”ご主人様”のモノを挟み込んだ。

「あ゛…あっ」

 肉棒に歯を立てぬように細心の注意を払いながらも、断続的に襲い掛かる絶頂にくぐもった声が出る。
 ”ご主人様”のモノに奉仕している。
 そう考えるだけで、相川さんは脳細胞が沸騰するような快楽を感じた。
 学校の勉強も、友達との関係も、どうでもよくなっていた。
 ご奉仕、ご主人様に見ていただくためのレズやオナニー、そしてセックス―――
 1日24時間、眠っている時も夢でさえ淫らなことを考えるようになっていた。
 他のことは何も考えられなくなっていた。

『気持チイイ………気持イイヨォ…………』

 肉棒の先から染み出る先走りを恍惚として舐めとり、相川さんは胸を上下にゆすり、焦点の合わぬ瞳を”ご主人様”のモノに向け、授業で習った技巧をこらした。
 乳首で、カリをくすぐった。
 びくり、と肉棒が反応する。

「あ゛ぅ゛っ」

 動いた肉棒と、乳首からの刺激に、また相川さんが絶頂に達した。
 洪水のように愛液が溢れ、パンティを濡らすどころか床にまで小さな水たまりをつくっていた。

「イくぞ。全部受け止めて飲め」
「ハイ。んぐぅっ」

 肉棒が、爆ぜる。
 びゅる、びゅる、と飛び出してゆく白濁を、相川さんは必死に唇で受け止めた。
 
『アア……、オイシイ……』

 いくらか、受け止め切れなかった白濁が床に散らばった。

「申シ訳ゴザイマセン」

 奴隷として、ご主人様の言いつけが守れなかったことを謝罪すると、相川さんは犬のように床に這った。
 ぺろぺろと、床にためらいもなく舌を伸ばす。
 1滴も残さぬぬようにすくい、完全に舐めとったことを確認すると、ご主人様に虚ろな瞳を向けた。

「スベテ、飲ミマシタ」

 バチンッ!

「あ゛っ」

 男の手が、相川さんの尻を打った。
 相川さんはその痛みに身体をふるわせ――

「はあぁぁぁ」

 また、絶頂に達した。

「全部受け止められなかった罰を与える。その邪魔なパンツを脱ぎたまい」
「ハイ、ご主人様」

 虚ろな目に濁った悦びの光をたたえ、相川さんは下着に手をかけた。

――エピローグ・彼と彼女の本番前――

「―――艶が、ないな」

 大型のテレビ画面を前に、男はぽつりと呟いた。
 画面では、全裸の女がよがっている。桐沢という名の男が麻薬を使ってある学園を支配し、思うさまに女を抱く――そんな話だった。

「んっ……申し訳ありませっ……はあっ、ダメ、ダメですご主人様っ! そんなに強く、乳首をつままれたらぁぁぁっ!」

 男の肉棒に座位で串刺しにされ、女が啼いた。
 男の苗字は桐沢ではなく、女の苗字も相川ではない。
 両者とも、俗世の名前にあまり興味はなかった。
 国籍や苗字は、売ることも買うことも消すことも作ることもできる。――ごくごく簡単な方法さえ知っていれば。
 神と、神に愛でられる教祖という組み合わせ。
 その事実に比べれば、名前などはささいなことだった。

「玩具での遊びはつまらん。玩具になった人間も似たようなモノだ。意志はあるていど残せるようにしろ。屈服したと見せかけられ、こちらが油断した頃に逆襲される……そんなスリルがあればなお良い。はい上がってくる蟲を叩き潰すのも楽しいし、返り討ちにできずに殺されるのもそれはそれで楽しめる。――真のゲームとは、創造主にも未知の恐怖や悦びを与えてくれるものだ」
「はぁぁっ、分かりました。そのように調整してっ、あ、ああああっ」

 ぎり………と男は女の乳首を噛み、下から容赦なく突き上げた。

「学園という設定はなかなか使えそうだ。俺とお前とが主演するに相応しいエキストラと小道具を用意しろ。うまくできたら、ご褒美をやろう」
「はいっ、がんばりますっ」

 従順にこたえる女の唇を吸い、男はその膣内に欲望を吐き出した。

< おわり >

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