ドールメイカー・カンパニー (13)~(14)

(13) 試練

 昨日に引き続き、ふたたび男達の奴隷としての1日が始まった。
 映美のスケジュール表には4人の名前が書き込まれていた。
 午前に2人、午後に2人だ。
 時間になると、指名された男の部屋に出向き、裸になって男を迎え入れた。
 そして男達の様々な要求に唯々諾々と隷従するしかなかった。
 “くらうん”のように、ただひたすらしゃぶらされることもあった。
 また、映美にオナニーショウを強要する者もいた。
 ひたすら本番で映美の中に何度も注ぎ込む男もいた。
 そして、なにより映美にショックを与えたのは、今日も“あらいぐま”だった。
 有紀でたっぷりと出したのか、今日は映美で射精するより、最初から嬲って楽しむつもりのようだった。
 部屋に入るなり服を奪われると、いきなり床に一組の紙皿とコップを並べさせられた。

「なにをするの」

 映美は“あらいぐま”の意図が読めず、硬い表情で訊いた。

「そのコップに小便をしろ。溢したら舐めて掃除だ」

 “あらいぐま”は短く命令した。
 映美の顔からさっと血の気が引いた。

「そ・・・そんな・・・・そんなのいやっ!絶対に嫌!!」

 自分の排泄を見せる・・・・
 それは、ある意味セックスを強要されることより映美には抵抗が大きかった。

「へへへ・・・・嬉しいねェ・・・そんなに嫌がってくれて。こーゆーのは、嫌がってくれればくれるほど面白いんだよ。」

 映美はコップを睨んだまま、動けなかった。
 しかし、それを許す“あらいぐま”では無かった。

「さ・・・始めろや。しゃがめ」

 そういって、手をポンと叩いた。
 すると映美の意思を離れて、映美の体がしゃがみ始めた。

「いやあっ!やめてぇ!」

 映美は涙を溜めた目で“あらいぐま”を見上げて懇願したが、それは相手を楽しませる事でしかなかった。
 映美は和式便器に跨るように、床のコップの上に股を開きしゃがみ込んだ。

「う~ん・・・ちょっと良く見えないなぁ・・・」

 正面に座り込み映美の放尿をじっくり鑑賞しようとしていた“あらいぐま”は、映美の顔を下から見上げて、ニヤニヤと笑いながら言った。

「小便が出る穴が良く見えるように、自分で広げろよ。・・・ああ・・そう、それぐらいだ・・・・それから・・・股はもっと横に開けよ・・・そう相撲取りみたいに横にだ・・・・そうそう・・それでもうちょっと腰を前に出すんだ・・・」

 “あらいぐま”は、細かな指示を出し、映美のポーズを微調整していった。
 結局映美は両足を大きく広げ、膝を横に90°曲げた極端ながに股姿勢のうえ、自分の手で性器を横に引っ張り、尿道口まではっきりを見えるポーズを取らされた。

「へっへっへ・・・どうだい映美?いい加減お前も気付いただろ。俺たちに逆らっても、どうにもならないって・・・。お前は、小便さえ自分でコントロールできないんだぜ」
「・・・・・」

 映美は口をきつく結び、横を向いて必死に“あらいぐま”の言葉嬲りに耐えていた。

 (負けない。私は・・・負けないっ!)

 “あらいぐま”は、そんな映美の様子を心底楽しそうに眺めている。
 そして、コップを持ち上げると言った。

「放尿開始」

 すると、まるで蛇口を捻ったように映美の股間からコップに向けて、うす黄色い水流が一直線に迸った。
 そして凄い勢いでコップの中で水位を上げていった。

「へへへ・・・随分と遠慮なく出してくれるなぁ。少しは女のたしなみってのは無いのか?」

 その言葉に答えるように、映美の閉じた目尻から涙が頬を伝っていった。

「よ~し!放尿やめ!」

 まるで消防士のような言い方で“あらいぐま”は命令すると、忽ち映美の水流が弱まり、やがてポタポタと水滴がしたたってから止まった。
 コップにはちょうど一杯になった小便が微かに湯気を上げている。

「目を開けな・・・映美」

 “あらいぐま”はそう言って、コップを目の前にかざした。

「コップが一杯になっちまった。・・・どうする?」
「・・・・好きにすれば」
「おや・・・?開き直りか?」
「好きにすればいいじゃない!わかってるわ、どうせ私に飲ませようとしてるんでしょっ!!変態っ!!」
「くっくっく・・・驚いたなぁ。まだそんなに元気があるんだ・・・・」

 “あらいぐま”は泣きながらもキッと睨みつけてくる映美の視線を、余裕で受け止めた。
 そして、手に持ったコップを机の上に置くと、一旦映美のポーズを解除して立たせ、思いっきり抱きしめた。
 まるで離れ離れの恋人達が再会したかのように、映美の体も“あらいぐま”に絡みついている。更に“あらいぐま”は映美の顎を持ち上げ思いっきり口を吸い舌を絡めていった。

 (こんな舌、噛み切ってやりたいっ!!)

 そんな映美の思いを他所に、映美の口は“あらいぐま”を受け入れ、ひたすら従順に応じていた。

「ほんと・・・気に入ったぜ、あんた」

 “あらいぐま”は熱いベーゼの後、初めて真面目な顔で映美に言った。

「その調子で・・・次もこなして行けるかな?」

 映美は肩で息をして、“あらいぐま”の言葉をうわのそらで聞いていた。

 (次?次って・・・何?)

 “あらいぐま”を見上げると、顎で床を指している。
 視線で追いかけると、先ほどの紙皿が置いてあった。
 再び“あらいぐま”に視線を戻すと、右頬だけで笑顔を作っていた。

「コップに小便・・・じゃあ、紙皿は・・・?」

 映美は今度こそ自分は倒れると思った。
 呼吸が浅く、速くなり、顔から血の気が引いていくのがわかった。
 頭の中で“あらいぐま”の言葉がリフレインしている。

 (じゃあ、紙皿は・・・?)

「・・・いやぁ・・・・・・」

 映美の口からか細い呟きが漏れた。

「へへへへ・・・どうした、急に可愛らしい声を出したりして?」

 映美は“あらいぐま”を見つめながら顔を左右に振っている。

「やめて・・・・お願いだから・・・・・お願いしますから・・・・言わないで・・・」
「何を言っちゃいけないんだ?俺は」
「嫌なの・・・・・本当に・・・・・本当に・・・・」
「うん?よく判らないなぁ。主語が抜けてるぜ。はっきり言ったらどうだい。そこでウンチをするところをご覧に入れますって!」
「いやあああああああああっ!!」

 映美は“あらいぐま”の言葉をかき消すように悲鳴をあげたが、映美の耳は“あらいぐま”の言葉をしっかりと聞き取っていた。

「いやっ、いやいやいやいや、嫌よおおおおおおっ!!」

 映美は半狂乱で泣き叫びながらも、その体は確実に紙皿の上に移動している。

「ははは・・・、さて、いよいよ映美さんの脱糞ショウの始まりだな」

 “あらいぐま”は、嬉しそうに映美の顔を覗き込んでから、背後に移動した。
 そして予め準備しておいた機材をセッティングし始めた。
 しかし映美は、そんな“あらいぐま”の行動を訝しむ余裕が無かった。既に映美のお腹の中でグルグルの鈍い音とともに腸の蠕動が始まっているのだ。

「さて、準備よしっと」

 “あらいぐま”は立ち上がって映美の目の前の2台のテレビのスイッチを入れた。

「さあ映美、見てみなよ。綺麗に映ってるぜ」

 映美はそう声を掛けられて、初めて目の前のテレビに電源が入っていることに気付いた。
 そして、そこに映し出されている物にも・・・。

「ああっ・・・・・ひ・・酷い・・・」

 そこには紛れも無い映美自身の尻がローアングルからアップで映し出されていた。アヌスのひくつきまでハッキリと見える。そして、もう一つには、映美の正面からの映像が映し出されていた。

「どうだい?あんまり自分がクソしてるとこって見たこと無いだろ?今日は全部見せてやるからな、絶対に目を逸らすなよ!」

 “あらいぐま”はそう命じると、自分は映美の後ろに置いた椅子に腰掛け、最後の命令をした。

「映美、自分でカウントダウンしろ。大きな声でな。10からだ。」

 そう言ってポンと手を叩いた。

「じゅうっ!!」

 映美の大きな声が部屋の中に響いた。

「あああ・・・・・ひどい・・・ひどいわっ!・・・“きゅうっ!”・・・・いやあああ・・もう止めさせてぇ!・・・・“はちっ!”・・・・」

 映美の哀願の声の合間に、映美自身のカウントダウンが無情に刻まれていく。

「ああんんん・・・い・・痛い・・・お腹が・・・“よんっ!”・・・・・あああああ!・・・で・・・でちゃう!・・・・“さんっ!”・・・・・・たすけてぇ・・・・だれかぁ・・・・“にいっ!”」

 “あらいぐま”は椅子から身を乗り出して映美のアヌスに見入っている。

「さあて・・・・でるぞぉ」

 “あらいぐま”と映美自身の視線の中、遂に最後の数字が読み上げられた。

「ぜろっ!!」

 その声と同時に、映美のアヌスがぱっくりと口を開け、中から健康そのものの太いウンチがウネウネとひり出されていった。
 微かに湯気を上げながら、紙皿の上にとぐろを巻いていく。そして、ウンチが途切れると同時に“ぶほっ”という破裂音でおならと臭気が部屋に溢れた。

「うわっ、派手に出すなぁ映美は!はっはははは・・・くっせぇ~」

 “あらいぐま”は、わざと映美の前にまわり鼻を摘んで見せ、嘲る。

「いやあああああ!みないでぇ~っ!!」

 映美は悲鳴を上げながらも、なかなか排便が止まらない。次から次へとひり出されていく。
ようやく終わった時には、紙皿の上からこぼれそうなほど山盛りになっていた。
 映美はテレビの画面に視線を向けながら、虚ろな瞳でしくしくと涙を流していた。

「あ~あ、やっちまったなぁ。よく人前でウンチ出来るよなぁ。いくら美人でも、家畜は家畜だな」

 (家畜・・・・わたし・・・・家畜なの・・・・?)

 映美はモニタされている自分の姿を見ながら、まるで頭の中がショートしたように、ずっと同じそのフレーズをリフレインしていた・・・・。

(14) 僥倖

 映美は“あらいぐま”に散々言葉で嬲られたあと、ようやくシャワー室に連れて行かれた。しかし、相変わらず四つん這いで、背中には自分の排泄したウンチを紙皿ごと載せられていた。さらに排泄したアヌスを拭くことも許されないまま、廊下を歩かされた。
 まさに動物・・・それもペットではなく、使役用の家畜そのものといった扱いだった。
 そのあとシャワー室にあるトイレでようやく汚物を流すことを許された映美は、続いて2度に渡り浣腸され、アヌスも清められた後、“あらいぐま”に犯された。それも前を潤滑油代わりに使って、アヌスに受け入れさせられたのだった。
 映美には既に抗うだけの気力は残っていなかった。
 言われるまま腰を後に突き出し、当り前のように突っ込んでくる“あらいぐま”のペニスを締め上げ、蜜をまぶし、そして自らの手で尻を開き、その奥にあるアヌスを捧げたのだった。

 映美が開放されたのは、自らの腸の奥に熱い樹液を噴き上げた“あらいぐま”のペニスを、口で清めさせられた後だった。
 朝からたった半日で4人の男達に奉仕してきた映美は肉体的にも限界になっていたが、“あらいぐま”の嬲りは精神的にも映美を追い込んでいた。

 (あぁ・・・このままじゃ、駄目になっちゃう。逃げなきゃ・・・本当に家畜にされちゃう)

 映美は、横になりたい誘惑に駆られたが、あえて自分に鞭打ち、手早くシャワーで体を清めると昨夜泊まった“きつね”くんの部屋に足を運んだ。
 着ていた服は“あらいぐま”に奪われたままだったので、映美は裸にバスタオルを巻いただけの格好だったが、そんなことを気にしている時間は無かった。
 3時には、今朝の会議室に戻るよう静に指示されている。
 反抗しても時間になれば足が勝手に会議室に向かうだろう。
 映美は部屋に入ると、まず時計を確認した。
 2時50分。

 (だいじょうぶ・・・まだ間に合う)

 映美は、自分のトランクに駆け寄ると、手早く開錠し中を探った。
 幾つもの畳まれた衣類を乱暴に引っ張り出すと、下から目的の物が出てきた。

「あったわっ!」

 映美は思わず声に出して呟いた。
 録音機能付きカセット・ウォー○マン
 もう5年くらい使っている年代もののヘッドホン・ステレオだったが、まだ現役で動いている。
 映美は急いで中を確認した。
 『英会話 中級 第2巻』
 通信講座の教材だった。
 しかし中身は、この際関係なかった。
 カセットの窓からテープの分量を確認する。
 だいたい60分テープ位のようだった。映美の記憶にある教材の時間も大体それくらいだった。
 うまい事に巻き取りが終わっている。
 映美はそれだけ確認すると、左手の親指の爪に貼り付けておいたセロテープを剥し、カセットの誤録音防止の爪部分に貼り付けた。同じように、右手の爪のセロテープを反対面の場所に貼った。
 これで、約1時間の録音をする環境が整ったのだ。
 映美は、この録音機をベッドのマットレスの下に隠した。
 映美の目論みはシンプルだった。映美の解除ワードをカセットに録音してしまい、脱出する時に再生しようというものだった。
 解除ワードを囁く時は相手も脱出出来ないような手を当然打っているだろう。しかし、そのフレーズが録音されているとまでは気付くまい。
 あとは“きつね”に解除ワードを口にさせればいい。
 映美には迷うだけの選択の余地はない。

 (絶対に・・・絶対に口にさせるわっ。どんな手を使っても・・・)

 時計を見ると、もう55分になっていた。
 映美はトランクから適当にポロシャツとジーンズ、そして下着を取り出して、手早く身に着けていった。
 鏡を覗き込み簡単に髪を整え、急いで部屋を出ようと振り向いた途端、入り口のドアが開いた。
 映美は一瞬身を硬くしたが、強烈な意思の力で、ベッドに視線を向けるのを抑えた。
 廊下の明るい日差しをバックに入ってきたのは・・・“きつね”くんだった。

「あれ?映美、何してるの?」

 いつもの飄々とした声が映美の耳をうった。

「着替え・・・です」

 映美は、動揺を悟られないように“きつね”くんを睨みつけるように言った。
 “きつね”くんは、そんな映美の態度もまるで気にする素振りもなく映美の首から下がった予定表を覗き込んだ。

「あぁ“あらいぐま”さんだったんだぁ。だいぶ苛められたんでしょう?」

 そう言って映美の瞳を覗き込んだ。
 映美は反射的に視線を逸らせた。

「あの人、子供っぽいから、気に入った女性をつい苛めちゃうんですよ」

 おしり大丈夫?と映美の腰を引き寄せ、優しく尻を撫で始めた。

 (お前が元凶だろうがっ!)

 映美は心の奥で罵ったが、体は例によって一切逆らわない。それどころか、体の緊張が解け、いつしか“きつね”くんの腕の中に身を任せていた。
 理不尽な扱いに対する怒りや、脱出への渇望まで、いつの間にか癒されていて、それが映美を慌てさせた。

 (冗談じゃないわっ。この男が私を・・・こんな目に合わせたのにっ。どうして・・・どうしてこんなに安らぐのっ?)

 映美の密かな葛藤をよそに“きつね”くんはアッサリと抱擁を解くとベッドに倒れこみ、大あくびをした。

「ふぁぁぁわわわ~。う~眠う~、俺さぁ徹夜だったんだよね。」

 そう言うと気楽そうに頭をポリポリ掻いている。

「ちょっとさぁ、映美。悪いんだけど昼飯買って来てくんない?俺ちょっと寝てるから」
「えっ?な、何よそれ・・・」
「う~んとぉ・・・ラーメンでいいや。トンコツね。あとサンドイッチも。飲み物は茶なら何でもいいよ。」

 “きつね”くんは勝手にそう言うと布団にもぐり込んだ。

「ちょっと待ってよ。ねえ、そんなのいったい何処に売ってるのよ」
「何処って・・・コンビニに決まってるでしょ、副店長」

 映美は目を丸くした。

「あ、あたしが、ここから出れないって知ってるくせに。ってゆうか、貴方が出れなくしたくせに!」
「あぁ・・・それなら大丈夫。出れるようになってるから。それより立替えといてね、あとで・・・払うから」

 それだけ言うと“きつね”くんはあっというまに寝息を立て始めてしまった。

「何なのよ、いったい」

 ひとり取り残されてしまった映美は、腰に両手を当てたポーズで呆れてしばし“きつね”くんの寝顔を見下ろしていた。

「出れる・・・って?」

 そう呟いた自分の言葉が自分の耳に届き、映美は初めてその重大さを実感した。
 いきなり体中が錆付いてしまったかのように映美は自分の動きから滑らかさが失われていることを意識した。
 まるで“きつね”くんが目を覚ました途端、今の言葉を覆してしまうかのように思え、映美は細心の注意を払って鞄から財布を取り出し、そっと部屋から抜け出した。
 廊下には午後の明るい日差しが差し込んでいたが、それは今の映美にはかえって恐怖心を煽っていた。

 (こんなに明るかったら、皆に見咎められちゃう。絶対途中で止められるわ)

 それでも精一杯平静を装って、映美は歩みを進めた。
 すぐに仕切りのガラス扉に着いた。今朝の屈辱が改めて蘇る。
 まさに生身のダッチワイフだ。
 怒りが過度の緊張を和らげてくれたようだった。
 映美は扉に手を掛けると、昂然と面をあげて押し開いた。
 途端に事務室側のざわめきが耳に届いた。

 電話に応対する声、歩く音、椅子の軋み・・・

 当たり前のノイズが映美には新鮮だった。非日常の世界から日常の世界に生還したような、そんな懐かしさを感じていた。
 そして今朝、静に挑発され夢中で駈け抜けた廊下を再び歩み、希望を打ち砕かれた受付に到着した。
 相変わらずドアは大きく開かれ、午後の日差しに照らされている。
 ちらりと見た受け付けには今は誰も居ない。
 映美は小さく息を吸い込むと、足を踏み出した。

 すっと視界が開けた。
 ドアの内側の世界が、ドアの外側の世界に切り替わった。
 映美は恐る恐る振り返った。そこには確かに“株式会社DMC”と書かれたドアが存在した。

 (出られた・・・出られたんだっ、私っ!)

 そのとき映美を襲った感情、それは喜びでも、開放感でもなく、圧倒的な怯えだった。

 今にも誰かが追いかけてくるのではないか・・・

 映美は素早く振り返るとエレベータのインジケータを見た。
 ランプがゆっくりと下がっていっている。
 とても再び上がってくるのを待ってられない。
 ホールを見回す。

 (あった!)

 クリーム色のコンクリートの壁と同色に塗られた鉄扉が左手に見えた。
 駆け寄るとドアノブを掴み押し開けた。
 案の定そこは階段室になっていた。
 音を立てないように慎重に扉を閉めると、映美は階段を駆け下りた。
 始めのうちこそ駆け足程度に抑制していたが、7階から離れれば離れるほど映美の足は加速していった。
 1階に着いたときには、まるで転がり落ちるような勢いだった。
 そして弾む息を押し殺して、再び鉄ドアをそっと引き開けた。
 
 目の前に腕組みした“きつね”くんがニヤニヤと笑いながら立っている・・・

 そんな妄想が一瞬映美の脳裏をよぎった。
 しかし、現実はあっさりと映美を開放した。
 1階のロビーには人影は無く、ガラスの自動扉の向こうに行き交う人々の姿が見えた。
 誘われるように自動ドアに近づいた映美は、やがて開いた扉の向こうに飲み込まれていった。

 真夏の湿度と熱気、車の騒音、排ガスの臭気そして歩道を行く人々・・・
 映美はついに外に出たのだった。

< つづく >

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