(26)それぞれのラスト・ディ
ドアがガラッと開いた。
入って来たのは石田諒子だった。
学校の授業でよく着ていたグレイのスーツ姿で、ヒールを履いている。そして片手には出席簿のような黒いファイルとプリントを抱えていた。
「起立・・・」
女性の声で号令がかかる。
すこし、か細い、そして震えた声の主は美紀だった。
その声を合図にもう1人の生徒も立ち上がる。
背筋をすっと伸ばし、姿勢良く立つその男は、無論健志である。
2人とも学校の制服姿であった。
「礼」
美紀の声に合わせ、健志は慇懃に頭を下げた。しかし、すっかり包帯も取れ、もとのハンサムな顔を取り戻したその口元にはハッキリと嘲笑が刻まれていた。
諒子はそんな2人の挨拶に応え、ゆっくりと頭を下げた。
「着・・・席」
美紀は少しつっかえながらそう言うと、ぎこちない動作で椅子に腰掛けた。
健志の自宅の一室を少し改造し、フローリングの部屋に学校で使っているのと同じ種類の机と椅子が2組そろえてあり、また諒子の背後には大きなホワイト・ボードまで用意されていた。
暖かな日差しが窓から差し込んでいて、朝の教室と同じような雰囲気を出している。
「お・・おはようございます。今日は国語の授業ではなく・・・特別に社会の授業を行います」
諒子は少し俯き加減で健志に視線を合わせないようにして言った。
「まず・・・このプリントを・・・」
諒子がそう言いながら、片手に持っていたプリントを配ろうとすると、いきなり健志が手にしていた鞭がヒュッと音をたてて美紀の背中に打ち下ろされた。
「あうっ!」
反射的に背を仰け反らす美紀、そして表情を強張らせる諒子。
しかし2人ともその野蛮な行為に抗議の声一つも上げなかった。
逆に健志にじっと見詰められた諒子は、ハッとした表情で手元に視線を落としたのだった。
「あ・・・ご、ごめんなさい・・・先ずは出席からね。先生、ボーっとしてたわ」
諒子は慌てて手にした出席簿を開き、慎重に読み上げた。
諒子が間違うと美紀が鞭打たれるのだ。
「く・・・黒岩・・健志・・・ご主人様」
「は~いっ」
健志は馬鹿にするように返事をした。
「黒岩健志ご主人様専用の・・・肉便器2号」
「はっ、はい!黒岩健志ご主人様専用の肉便器、2号です」
美紀は身体を強張らせて生真面目に応える。
「はい・・・全員出席です。この・・・黒岩健志ご主人様専用肉便器、1号の授業に出席してくださってありがとうございます」
諒子はそう言って深々と頭を下げた。
健志はそんな諒子を楽しげに眺めていた。
「今日は・・・特別授業なので・・・ぷ、プリントを配ります」
諒子はファイルから2枚のプリントを取り出し、そのうち1枚は美紀に手渡しした。
そしてもう1枚を手に持つと、一旦床に正座し健志の靴に口付けをしてから、それを頭上に差し上げて渡したのだった。
健志は頬杖をついた姿勢で片手でその紙を受け取る。
すると諒子はもう一度健志の足に口付けしてホワイト・ボードの前に戻った。
「それでは授業を始めます。プリントにあるとおり、今日は社会の階層について学びます」
諒子はそう言うと、背後のホワイト・ボードに板書をはじめた。
支配者-平民-奴隷・・・
綺麗な楷書で、ホワイト・ボードにはそう書き込まれた。
「こ・・・この世界には、このように3つの階層があります。一番上が『支配者』階層で・・・黒岩健志ご主人様のいらっしゃる階層です。2番目が・・・『平民』です。現代の殆どの人達はこの階層です。そして・・・私たち肉便器は、最下層の『奴隷』に属します」
諒子は学校での授業では颯爽とした張りのある声で話すのだが、今は自信なさげに緊張した声で説明を始めていた。
そんな諒子を見詰める健志の視線に粘り気が出てきた。
「先生、質問よろしいでしょうか?」
健志は校内での優等生の仮面を付けたような口ぶりで手を上げた。
しかし、口元の嘲笑はすっかりあからさまになっている。
「はっ、はい、黒岩健志ご主人様・・・ご質問をお願いします」
諒子は反射的にそう応えると、再び健志の前に正座し額を床に擦りつけた。
ドールとして健志に納品されてから2週間・・・立ち振る舞いは徹底的に仕込まれていた。
「『支配者』と『平民』、そして『奴隷』の違いって何ですか?みな同じ人間でしょ、平等じゃないんですかぁ」
健志はぬけぬけとそう言った。
日頃自分が言い放っていることを諒子の口から言わせたいのだ。
「はいっ、ご質問・・・ありがとうございました。肉便器1号がお答えします」
諒子は土下座のままそう言うと、一旦立ち上がり改めて説明を始めた。
「ご質問の階層間の違いですが、それは人間としての権利の違いです。『支配者』層と『平民』層は、それぞれの階層内部では同じ基本的な人権が守られるのですが、『平民』層には『支配者』層に対する拒否権は有りません。全ての平民は支配者の命令には絶対服従せねばなりません。これが違いです。そして・・・『奴隷』層は・・・もはや、に、人間としての尊厳は有りません。し、支配者に・・・飼っていただく・・・家畜です」
さすがに最後の方は言いづらそうに諒子は説明した。
「ふ~ん・・・そうなんだ。じゃあさ、平民がもしさ、支配者に逆らったらどうなるの」
健志は手を頭の後ろに組んで、椅子を後に傾けながら訊いた。
諒子は先ほどと同様に土下座をしてから答えた。
「はい。支配者に逆らった平民は・・・奴隷に落ちます。それがちょうど私たち姉妹です」
「あ~、そう言えば、昔、諒子とか美紀とか名乗ってたよね。なるほど、それが奴隷に落ちると『肉便器1号』と『肉便器2号』になっちゃうわけだ。へへへ・・・悲惨だねぇ」
健志は諦め半分、悔しさ半分の諒子の顔を見詰めて、目をギラギラさせた。
「でもさ・・・こうやって普通に社会に紛れていると、奴隷と平民は見分けがつきにくいなぁ。ね、先生、どうやったら奴隷と平民を区別できるのさ」
健志の問いは尚も続いた。
諒子は、しかしもう諦めたように健志の敷いたレールにそって答えていった。
「そ・・それでは、奴隷の見分け方をお教えします。じゃあ、肉便器2号、こちらに来なさい」
そう言って諒子は美紀をホワイト・ボードの前に立たせた。
そして健志が見詰める中、諒子は美紀のスカートをたくし上げたのだった。
しかし、その下から現れたのは下着ではなく、黒い皮と鎖で出来た無骨な拘束具だった。
「御覧のとおり、奴隷の穴は支配者階層のご主人様専用ですので、このように貞操帯で勝手に弄れないようになっております。それから・・・」
そう言って、諒子は今度は美紀の制服の首周りをグイッと広げた。
「このように首輪も重要なポイントです。通常、ここに所有者の名前が入っています。み・・いえ、肉便器2号の場合、『黒岩健志所有』と書いてあります」
諒子がそうやって美紀の首輪を晒している様子を健志はニヤニヤと眺めていた。
「OK、良く判ったよ。それじゃついでだから、肉便器2号はそのままそこでオナニーショウをやってろよ。肉便器1号先生は授業の続き」
その健志の命令に2人は揃って土下座をすると、美紀は立ち上がるなり制服を脱ぎ捨てていき、諒子は改めてプリントを取り出したのだった。
「そ・・それではプリントを御覧下さい。ここには参考のため本物の『奴隷契約書』をコピーしておきました。この内容をご説明します」
諒子はその内容をゆっくりと読み上げ始めた。
そしてその横では、貞操帯内部に仕掛けられた電動バイブが立てるくぐもった低い音をBGMにして全裸に首輪姿の美紀が煽情的に腰を振り、その擬似男根を媚肉の奥深くで味わっていたのだった。
「あうぅ・・・くっ、くふぅうっ・・・はひぃ・・・ああんんんっ」
熱い吐息とともに、そんな喘ぎ声が自然と美紀の口を吐いてきていた。
「『奴隷契約書』・・・私、石田諒子は、黒岩健志様と奴隷契約を致します。黒岩健志様をご主人様とし、石田諒子の全ての人権を放棄し、ご主人様の奴隷として生涯を通じてお仕え致します。この契約は契約当事者が死亡するまで生涯有効と致します」
片や貞操帯付きのオナニーショウ、片や自らの奴隷契約書の朗読・・・健志は仇敵のこの惨めな姿に酔いしれた。
「おい、肉便器1号!俺の生涯奴隷ってのは、いったいどんな事をするんだぁ」
「は、はい。肉便器1号は・・・黒岩健志さまの性処理用家畜ですので、私の全ての穴はご主人様のザーメン搾り用にご利用ください。ご自宅でも、がっ・・学校でも、乗り物の中でも、ご主人様がご希望する時に、ご希望する穴をご提供いたします」
「へっへっへっ、そうかい。あんた、一生懸命勉強して教師になったんじゃなかたのかぃ、一生懸命練習して剣道に打ち込んでたんじゃないのかぃ?良いのかなぁ・・・それを全~部無駄にして俺の肉便器なんかやっててさ」
「わ・・・私は、メスですから・・・男性にザーメンを注いで頂くだけが存在価値です。だ・・・だから・・・支配者階層の・・・ご主人様に飼っていただくことが出来て・・・し・・・幸せでございますっ・・・あぁっ」
諒子はそこまで口にして、ついに堪らず涙をこぼしてしまった。
あの毅然とした諒子が涙を流している・・・その姿を見た健志は、早くも今日の1発目を出す気になってきた。
しかし2週間前のような焦った雰囲気は微塵も無かった。
席を立つと悠然と2人の前に立ち、そして口から涎を垂らしながら呆然とした視線を宙に漂わし腰を振っていた美紀の首を掴み、そのまま下に引き下ろし自らの股間にあてがったのだった。
すると条件反射のように美紀の両手は健志のズボンのジッパーにかかり、中から勃起し始めている肉棒を丁寧に取り出すと、そのまま躊躇いも無く口に含んだのだった。
すぐにジュボッジュボッというぬかるんだような音を立てて美紀の口腔が性器となって健志の肉棒を包み込み搾りたてる。
しかし健志はそんな美紀には一瞥も与えず、諒子に向って顎をしゃくった。
「肉便器1号、そこに手を着けや」
片手で口を覆って嗚咽を堪えていた諒子は、その命令に従いホワイト・ボードに両手を着き健志に向けて立ったまま尻を突き出した。
健志はそんな諒子の尻を軽く撫でたあと、無造作にスカートを捲り上げた。
するとそこには美紀と同じく貞操帯に守られた諒子の裸の尻が晒されたのだった。
健志は舌なめずりをしながらその尻を眺めていたが、やがて片手に常に持っている調教用の鞭をピッシッと当てたのだった。
「あぅっ・・・あ、ありがとうございます。お・・お望みの穴をご指名ください」
諒子は鞭打たれたことに礼を言うようになるまで躾られていた。
「ふん・・・そうだな、さっき大量に排便させてやったからまだ今なら使えそうだな。肉便器1号、てめぇの汚ねぇケツの穴に入れてやるぜ」
「こ・・光栄でございます。肉便器1号の汚いケツの穴に、黒岩健志ご主人様の尊い精液を是非注いでくださいませ」
そう言って諒子は更に尻を健志の方に差し出した。
健志はポケットからキーホルダを取り出すと、そんな諒子の貞操帯の腰の部分にある鍵を開錠した。
ベルト部分に腰の後で繋がっていた股間をくぐる皮布がはらりと解けたが、しかし肝心の尻の部分はしっかりと尻にくっ付いたままである。
健志は丁度尻の穴に当たる部分の布を掴むとゆっくりと剥いでいく。
するとそこには諒子の尻の穴に突き立てられていたアヌス棒が次第に引き出されていく様子が見えたのだった。
諒子は前後の穴に調教用のバイブレータを入れられたまま貞操帯を着けられ、授業ごっこを強要されていたのである。
朝、庭に全裸で引き出され鯉の泳ぐ池のほとりで健志の目の前で排便させられた2人はそのまま尻を拭くことも許されずに、やはり庭の片隅に置かれた洗面器に盛られたドッグ・フードを手を使うことを禁じられたまま顔を突っ込んで食べさせられた。
そして、その惨めな食事の最中に後から500ccの浣腸を注入されたのだった。
キーワードによる強制命令を使い、洗面器の食事を全て平らげ綺麗に舌で舐め取るまで排泄は出来なくした健志は、2人に散々過去の行動を反省する言葉を言わせた後、再び池のほとりまで四つん這いで歩かせ排泄させたのだった。
まさに家畜そのものの扱いである。
そしてその後、ようやく厳寒の庭から室内に入ることを許下された2人は、短い時間ながらも暖かい風呂に入ることも許された。
そこで自らの身体をセックス・ドールとして使えるように清めたあと、自分の手でバイブレータを挿入し、その前後の穴を健志に晒しながら貞操帯を着けて貰ったのだった。
引き出されたアヌス・バイブは諒子の体温で微かに湯気が出ていたが、汚れは付着していなかった。
健志はそれだけ確認すると、股間に顔を埋めていた美紀の頭を乱暴に引き離し、諒子の尻の穴に我が物顔でその肉棒を沈めていったのだった。
そして諒子の肉壺の具合を味わうようにゆっくりと腰を使った。
その健志の尻の後には、いつの間にか美紀が跪き、健志の尻に舌を這わせていた。
(くっくっくっ・・・ざまあねぇな、あの石田姉妹も、今じゃ姉貴は俺にケツを掘られながら、妹は俺のケツを舐めてやがる。完全に墜ちたな・・・この俺に逆らう奴は、みんなこうなるんだっ!)
性欲と支配欲を完全に満たされた健志は、急速にリビドーの階段を駆け上りながら諒子の真っ白い尻を抱え、思う存分腰を打ちつけ始めたのだった。
そして夜・・・
年の瀬の今夜、健志は自宅の居間で多くの日本人と同じ時間を過ごしていた。
テレビで紅白を見ながら、ゆっくりと食事をしていたのだった。
しかし、一般的な日本人の過ごし方と少しだけ違っていたのは、左右に全裸の美女を侍らせ、その身体を弄くりながらの食事だったことだった。
毎年、この時期は健志の父親も自宅に戻り、明日からの年始挨拶の客をもてなす準備をしていたのだが、今年は自分が中央の政界に出る足がかりを作るため、東京の別宅で新年を迎えることになったのだ。
このためいつも年末は慌ただしくなるこの自宅も、今年だけは静かなものだった。
健志は その所為もあり、本当に伸び伸びとした年末を過ごすことが出来ていたのだ。
ゆったりとソファに腰掛けながら、一流の料亭から取り寄せた食事を美紀の箸で口に運ばせ、諒子に注がせた酒を味わっていた。
テレビではアイドル達が精一杯着飾って歌い踊っているが、昨年まで夢中で見ていたその女達の魅力は今は半減していた。
生身の美紀や諒子の美しさが、明らかに作られた美のアイドルを上回っていたのだ。
照明を落し薄暗い光の中に浮かび上がる諒子は、かつての光り輝く女神から闇の妖婦に生まれ変わったかのように妖艶だった。
そして健志への態度もこの数日ですっかり従順になり、今も強制ワードなど使っていないのに健志が悪戯に裸の乳首を引っ張り、柔らかな陰毛を指に絡めても、ウットリとした表情で身体を開いていくのだった。
そんな諒子を見るにつけ健志は黒岩の権力の大きさに酔いしれ、また自分の未来を切り開く活力を得ていたのだった。
(ふふふっ。良いじゃねえか、この暮らし。クソ生意気な女を奴隷にするくらい楽しいことはないぜ。毎年新しい女を増やしていくか?1匹2千万・・・ちょっとオヤジにねだる額じゃねぇが俺が独り立ちした日にはそれも夢じゃねぇな)
健志は水割りのグラスをゆっくりと傾けながら、未来の己が姿を夢想していた。
するとその時、健志を現実に引き戻すように部屋の隅から柔らかい呼び出し音が響いた。
健志は面倒くさそうに小さく溜息を吐いたが、すぐに美紀に顎をしゃくった。
健志の顔をじっと注目していた美紀は、その仕種で弾かれたように立ち上がり電話へと向った。
「はいっ・・・黒岩でございます・・・」
美紀が電話の応対を始めたのを見てから、健志は諒子に言った。
「おい。俺の膝の上で仰向けに寝ろ」
健志はそう言って、3人掛けソファの真中に腰掛けている自分の膝の上に諒子の身体を仰向けに横たえさせた。
すると健志の眼下には諒子の真っ白で滑らかな腹部が、そしてすぐ右側には豊満な乳房が横たわり、薄暗い部屋に妖しい陰影を作りあげた。
健志はその滑らかな腹部の上に飲みかけの水割りグラスを置いた。
その冷たい感触に一瞬諒子の腹に力が入ったが、それもすぐに緩み諒子は人間テーブルの役割を従順に果していた。
すぐに美紀が受話器を持って健志の足元に跪き、それを差し出した。
「黒岩健志ご主人様・・・御担任の清水先生からお電話が入っております」
「清水?京子じゃないのか?」
「はい。ご主人様の御担任の清水先生です」
「ふ~ん・・・」
健志は少し楽しそうな顔でそう言ってから受話器を受け取った。
「もしもし・・・黒岩ですが」
左手で受話器を持ち、空いた右手で諒子の乳首を弄りながら健志は話し始めたのだった。
『あっ・・・ど、どうも・・・こんばんわです。あっ・・あの、私、担任の清水ですが』
「あぁ、先生。お久しぶりです・・・先日の僕の事故の時は色々ご迷惑をお掛けしました」
『へっ・・・と、と、とんでもないですっ。あれは、全く学校の手落ちでして・・・もう、“若”にはなんとお詫びすれば良いのか・・・』
電話の向うで汗をかきながらへつらっている清水の顔が目に浮かんだ。
黙っていればこちらが辟易するぐらいクドクドとお詫びを口にし続けるのは目に見えているので、健志はあえて先を促した。
「で・・・今日はどういった・・・ご用件でしょうか」
『はっ・・はい、それなんですが・・・実はちょっと校長から聞いたのですが、この冬休みは・・り、理事長は、おられないとか・・・』
「えぇ・・・ちょっと東京に出張してますが」
健志は怪訝そうに言った。
『あっ・・やはりそうでしたか・・・。あのっですね・・・あの、た、大変恐縮なんですがぁ・・・それでしたら、明日、わ、私のようなものがお年始に参上致しましても・・・よっ、宜しいものでしょうか?』
「はぁ?」
『あっ、あっ、あっ・・・あのっ、その、お父様がご在宅でしたら、私のような一介の教師がですね、とてもお年始に参上するなど厚かましい真似は勿論出来ないのですが・・・もし、ですね、お父様がご不在で、若がお独りでいらっしゃるというのでしたらね、あの・・・宜しいでしょうか、お年始・・・』
健志は意外なその提案に面食らったが、しかしすぐに獲物を見つけた蛇のように目を光らせた。
「あぁ・・・そういう事ですか。勿論、歓迎ですよ。是非来ていただけますか。ま、たいしておもてなしも出来ませんが、その代わりお気楽に来て下さい。そう言えば、先生の所には赤ちゃんが生まれたんですよね?是非、お子さんの顔を見せていただけませんか。家族3人で来ていただけると、ホント嬉しいです」
健志は上機嫌の声でそう言った。
『えっ?さ、3人で?そんな、ご迷惑じゃ・・・』
「とんでもない。僕は赤ちゃん見るの大好きなんですよぁ。是非、連れてきてくれませんか?それに奥様の京子先生にも今年は生徒会対策係ですっごくお世話になってしまいましたから、明日はそのお礼も言わせて貰いたいんですっ。だから3人で・・・お願いします」
こうして健志は恐縮しまくる清水教諭に3人で年始に来る事を確約させて受話器のスイッチを切ったのだった。
「ふっふっふっ・・・。危うく忘れるところだったぜ、もう1人、この黒岩に刃向かったバカが居たんだったな。へへへ・・・明日は楽しみだぜ」
健志はそう言うと腹に乗せたグラスを取り中の液体を一気に喉の奥へ流し込んだのだった。
途端に胃の奥で炎が燃え上がる。
健志は熱い息を吐きながら、膝の上で無防備に全てを晒している諒子の股間に手を伸ばした。
そしてしっとりとしたヌメリを指先に感じると、持っていた細目のコードレス・ホンを諒子の媚肉にズブズブと埋め込んでいったのだった。
「あうぅっ」
諒子の口から苦痛とも快楽ともとれる呻き声が漏れたが、健志は一向に気にもせずその口に空いていた右手の指を差し入れたのだった。
すると諒子の舌はその指に絡みつき、熱い吐息とともに指の愛撫を始めたのだった。
「ふっ・・・すっかり肉便器が板に付いてきたじゃねえか。良いざまだ。明日はお前が主役だぜ、お前のその姿を京子にたっぷりと見せ付けてやるからな。へへへへっ、その受話器オナニーで迎えてやるかぁ」
健志は己が権力に陶酔しながら明日の淫欲計画に思いを馳せていた。
しかし・・・
健志はついに気付くことは無かった。京子の名前が出た途端に諒子の中で何かが目を覚ましたことに。
薄闇の中、健志の操る受話器に微かな喘ぎ声を上げながらも、その瞳にはドールとして納品されてから久しく見ることが出来なかった光が戻っていた。
それは諒子の中で眠らされていた・・・いや、自ら眠りについていた、諒子が諒子たる本質、たとえ“きつね”くんでさえそれだけは変えることが出来ない、諒子の本能が時の到来を感じ取りゆっくりと身体を起こしたのだった。
無論、“きつね”くんの暗示により完全に切り離されている諒子の顕在意識は、今も健志の手管に反応し下克上の被虐の快感に腰を蕩けさせているのだが、その意識の海の底では、この2週間以上に亘る不毛で単調な刺激の連続に飽き飽きしていたのだ。
《もう十分ですよね?・・・きつねさま。あなたのお願いだから私・・・これだけ我慢したのよ。でも、そろそろ潮時。もう貴方の下に戻らせて貰います》
あの約束の日、“きつね”くんの瞳を見詰めて宣言した諒子は消えていなかった。
そして深い海の底に繋ぎ止めている催眠の鎖を纏ったまま身動(みじろ)ぎを始めたのだった・・・その強さ、手ごたえを感じ取るように。
“きつね”くんの催眠は、しかし諒子に限って失敗していたのではなかった。
むしろ回を重ねる毎に洗練され、そのテクニックに磨きがかかっている。
“きつね”くんの催眠の本質は被術者との間に築かれるラポールの深さ、磐石さにあった。
― 貴方の為になら、全てを捨てられる ―
虜にした女達の胸の奥には皆一様にその想いがあった。
そして無論、諒子の中にもその想いは息づいていた。
しかし諒子が、これまで手掛けて来た数多の女たちと唯一違っていたこと・・・それは、凡百の女たちが皆“きつね”くんに“愛される”ことを望んだのに対し、諒子だけは“愛する”ことを望んだことだった。
愛されることを望む女達に“きつね”くんの暗示に抗う意思は生まれようが無かった。
しかし諒子は・・・やはり諒子だった。
“きつね”くんの手でその内側を完全に粉砕され再構築された筈なのに、そこに現れたプライド、自信には些かの翳りも無かった。
《たとえそれで、貴方に疎まれようとも、私は引かない。どんなに遠ざけられても・・・私は貴方の下に戻ります。この想いだけは、たとえ貴方自身でも・・・・・変えられない》
健志などでは決して立ち入ることの出来ない諒子の心の奥深くで、今、再び“きつね”くんとの壮絶な戦いが開始されたのだった。
*
同じ夜・・・
秦野隆はノートPCを立ち上げ昨日登録したばかりのフリーメールのチェックをしようとしていた。
計画は全て順調だった。
明日には、あのきつねに再び会えるだろう。
(今晩だけだ・・・きつねっ!お前が安らかに眠れるのはっ!いや、・・・クククッ・・・もしかしたら、本当の安らかな眠りを与えちまうかもしれねぇけどな)
秦野は机の上に無造作に置かれている日本刀に視線を当てながら明日の復讐劇の成就を確信していた。
問題はその後の逃走手段だけだった。
しかしそれも元日の道路事情を計画に取り入れてあり、臨機応変に切り抜ける自信はあった。
今、秦野が待っているメールは、その上の万が一の保険のようなものだった。
「そろそろ返事が来ても良い頃だが・・・」
そう呟いてブラウザを立ち上げたところで、秦野は背後から声を掛けられた。
「ご主人様・・・お電話が入っています」
無論、香である。
既に秦野のパートナーのようになっている。
あれから学校関係者を何人か落し、その中の美和という生徒は秦野の性処理用の奴隷にまで仕上げたのだが、しかし誰も香ほど深く従順な人形には出来なかったのだ。
秦野はその携帯を無言で受け取ると、耳に当てた。
しかし電波状況の所為か、ノイズが多かった。
「香、そいつでメールを確認しておけ。IDとパスワードは付箋紙に貼ってあるやつだ」
秦野は香にそう命令すると、仕方なく立ち上がり窓の方に歩いていき、そこで通話を始めた。
「あぁ・・・俺だ。どうだ?」
「・・・そうかっ!よし、予定どおりだな。で、時間は?」
秦野の上機嫌の声が聞こえる。
「・・・うん。12時だな、判った。それじゃあ・・・良いか、よく聞きなさい」
そこで一旦秦野は口を閉じ、口調を変えて言った。
「『狐狩り』・・・復讐の発動は出会ってから25分後だ・・・さぁ、繰り返してごらん・・・・そう、そうだ、それでいい・・・じゃあ、その時までは命令を封印するよ。3つ数える・・・それで君は全てを忘れるんだ・・・良いネ、1、2、3!・・・さぁ、どうだい?気分は・・・・あぁ、判ってる、12時だろ?ふふふ・・・なんでもないよ。連絡ありがとう・・・それじゃ」
秦野はそう言って携帯を閉じた。
微かな電子音が通話終了を伝えるが、秦野はそれにも気付かずに窓の外に視線を向け、高ぶった気持ちを静めていた。
いよいよ計画が動き出したのだった。
もう止めることは出来なかった。
胸の奥にムズムズするような塊があったが、その正体が何であるか・・・秦野自身にも判らなかった。
「香・・・どうだ?」
何かを吹っ切るように振り向いて秦野は言った。
するとまるで夢から覚めたような表情で香が2、3度瞬きをしてから秦野に答えた。
「あ・・・はいっ・・・申し訳ありません・・・あの、間違えてブラウザを消してしまいました。あの、すぐにもう一度見てみます」
その香の答えに秦野は鼻から溜息をついて言った。
「あ?だったら、もういい。俺が自分で見る」
そう言って秦野は香を退かせて自分でノートPCを再び操作し始めたのだった。
すぐにID、パスワードを入力すると、1件のメッセージが残されていることが判った。
早速開ける・・・するとタイトルだけのメールで、一言「入手」とだけ記されていたのだった。
それを見て秦野はニンマリと笑った。
「よぅしっ。これで・・・準備は万端だ」
秦野は“或もの”を入手するため裏社会と連絡を取っていたのだが、それがようやく入手出来たのだった。
早速取りにいく必要があるのだが、こればっかりは女の香に任せてはおけなかった。
無論、自分で裏社会と直接対面する気などサラサラなかった秦野は、事前に用意しておいた強面の男に向わせるよう手筈を整えてあった。
だから秦野がするのは、その受け取った男から荷物を引き取るだけなのだった。
秦野は厚手のジャンパーを羽織ると、気楽な気持ちで出かけていった。
行動開始のゴングは自分が鳴らす・・・そのことを疑いもせずに
しかし・・・
ドアから出て行く香の目に、今まで無かった光が現れていることに、秦野もやはり気付くことは出来なかったのだった。
ほんの数分前に遡る。
秦野に命じられPCのブラウザに表示されている検索サイトの画面を見ているうちに、香は奇妙なデジャビュに襲われたのだった。
(この画面・・・見たことがある・・・)
秦野の指示する付箋紙は目の前にあるのだが、しかし香の目には既に入力欄にタイプされているIDと平文のパスワードが見えていた。
香の指は自動的にそのタイプを追って動き、そして一瞬の躊躇いも無くエンターキーを押したのだった。
すると忽ちメール表示画面になり、その一番上にあるタイトルが飛び込んできたのだった。
『香、連絡しなさい 蘭子』
それを見た途端、香の頭の中で何かが弾け飛び、一瞬にしてそのメールの送信者の顔が、瞳が、香の頭の中に蘇り、それとともに秦野の全ての暗示が霧散したのだった。
(わたし・・・とんでもない事に巻き込まれているっ・・・蘭子様に連絡しなきゃ!)
その瞬間だった・・・ふと上げた視線が振り返った秦野の視線とぶつかったのは。
香は反射的に視線を逸らすと、急いでブラウザを閉じた。
そして、如何にも間違えたようなばつの悪い口調で詫びたのだった。
しかし・・・言いながらも香の背筋を汗が伝っていた。
心臓は破裂しそうに鼓動を増し、呼気は震えていた。
そんな香の様子に気付かなかったのは、ただ秦野が別のことに気を取られていた所為に他ならなかった。
玄関の扉が閉まった途端、香は膝から力が抜けそうになった。
しかし脱力している暇は無かった。
鍵を掛けると、香は携帯を取り出し迷わずある番号を押したのだった。
そして・・・この年末の夜空に飛び交う電波の一つが伝える情報が、動き出した運命の渦に与える影響は決して小さくはなかったのだった。
*
同じ夜・・・
夫の電話の声を遠くに聞きながら、京子はどうしても心を静めることが出来なかった。
ほんの数刻まえに夫が部屋に入ってくるなり言い出したことが原因だった。
「京子、明日は初詣のあとちょっと付き合ってくれよな」
産後の経過も順調で、京子は腕に抱えた小さな娘にミルクを与えながら、夫のその言葉に軽く頷いた。
「えぇ、構わないわよ。ご実家に行くのかしら?」
しかし夫、清水圭吾は大きくかぶりを振って言った。
「違うって。ウチには夜行くけどさ、先ずはお年始の挨拶だよ」
「あら・・・それじゃ校長先生のご自宅へ?」
「いいや、先ず順番は・・・黒岩君のところさ」
そう言って圭吾は自慢そうに京子を見詰めた。
しかし京子はその名を聞いた途端、全身を悪寒が襲った。
そして今月に入ってから奇跡的に過ごす事が出来ていた平穏な日常が遂に終わりを告げたことを感じ取っていた。
「あ・・・あなた・・・ど、どうして?1人の生徒さんのご自宅にお年始だなんて・・・」
京子はそれでも精一杯、その運命から逃れようと言葉を口にした。
しかし、圭吾は“何を今更・・・”といった呆れた表情で京子を見詰めていった。
「次期理事長様だぞっ。俺の担任するクラスに居て貰えたのは本当にラッキーだったんだからな。ここはトコトン利用させてもらわなきゃ」
「あっ・・・うん、そ、そうね。でも、私と由紀はちょっとまだお仕事の付き合いには早過ぎるわ」
「いや、そんな堅苦しいモンじゃないからさ。実はさっき黒岩くんに電話したら、是非3人で来てくれって嬉しそうに言ってたんだ・・・」
圭吾の話は尚も続いていたが、京子の耳にはもうそれは届いていなかった。
(電話したんだ、この人・・・それで『3人で来い』って命令されたのね・・・あの悪魔に)
いつの間にか夫は居なくなっていた。
ふと気付くと遠くで夫が誰かと電話で話している声が微かに聞こえている。
腕に抱いていた由紀もミルクをすっかり飲み終わっていた。
京子は母の目で娘を見ながら、同時にその名前の由来となった真っ白な肌をとおして1人の女性を思いおこし語りかけていた。
(諒子さん・・・貴方の勇気のおかげで、私、由紀を産むことが出来ました。あの電話のおかげでこの1ヶ月生きて来れました。由紀の名は、貴女の姿から頂いたのですよ。冬の山に積もる雪のように厳しく、そして限りなく美しい、あなたのイメージを娘に託したのです。だから・・・だから早く貴女に見て貰いたい。貴女にも祝福して貰いたい。なのに・・・貴女はいったい何処に行ってしまったのですか?日に何度も電話をしても繋がらない。私の所為で今も黒岩と戦っているのですか?諒子さん・・・もしも私の所為で貴女が酷い目に遭うようなことがあったなら・・・私、いったいどうすれば良いのでしょう。ねぇ、諒子さん、私、怖いです・・・もう一度、貴女の勇気を分けて貰いたい・・・・ねぇ、諒子さん)
それぞれの想いを胸に仕舞い込んだまま、皆この1年がゆっくりと過ぎ去ろうとしていることを感じていた。
そして新たな年は、もう目の前まで来ていた・・・
< つづく >