ドールメイカー・カンパニー2 (28)

(28)再生

 そこには闇が居座っていた・・・

 小春日和の暖かな日差しが部屋を明るく照らしているのに、京子には健志の座る一角だけはまるで照度が落ちているかのように暗く感じられた。
 まるで闇の結界が張られているようだった。
 そして健志は、ちょうどその闇から生まれた生き物のように、活き活きと、伸び伸びとその世界に馴染んでいた。
 そしてその爛々と輝く目で人間食器と成り果てた諒子を見詰め、その腹の上に並べられている鮨を摘んでいたのだった。

「う~ん、うめぇ。やっぱ新鮮なネタに限るな」

 クチャクチャと咀嚼しながらネットリとした視線を諒子の身体に注ぐその様子・・・

 それは、まるで生け贄の諒子を貪る邪神そのものに京子の目には映った。
 いまや健志の存在感は圧倒的だった。
 一度でもその影響力から逃れられると思った自分が、まるで遠い遠い過去のことのように思えた。
 見詰められるだけで身体が竦んだ。
 このままひれ伏してしまいたい思いが身体を駆け巡る。
 鼓動はどんどん速まり、気が遠く成りかけていた。

 そんな京子の様子を健志はジィッと観察していた。
 顔色が紙のように白くなっている。
 先ほどまでの反抗的な雰囲気が拭ったように消え、かつてのセックス奴隷として見慣れた表情が完全に蘇っていた。

 (ふふふ・・・。たわいもない、たったこれだけで完全に落ちやがった。所詮、奴隷に生まれついた女などその程度か)

 健志は京子の中に自分への畏怖を植え付けたことを確信すると、さらに嵩に掛かって自らの力の誇示を始めた。
 片手で鮨を摘みながら、空いた手を諒子の膝に掛け自分の方に引き寄せるようにしてその無毛の股間を大きく割り広げたのだ。
 京子の目にも諒子の媚肉がはっきりと晒される。

「良く見てみろ、京子。これが現実だ。黒岩の逆鱗に触れた女のなれの果てだ」

 健志はそう言うと、指で諒子の媚肉を割り広げた。

「この穴には俺のチンポを何度もぶち込んだぜ。好きなだけザーメンを注いでやったぜ。あの偉そうな戯言をほざいていた口は、今じゃよがり声と奴隷の誓いを毎日繰り返してるぜ」

 健志は、我が物顔で諒子の媚肉に指を入れ、濡れ光るクリトリスを剥ぎ出しにしながらそう言った。

「それにな、コイツだけじゃないぜ。おいっ!酒だっ、肉便器2号っ!!」

 健志は振り向きもせずに怒鳴りつけた。
 すると背後に控えていた美紀が弾かれたように立ち上がり、京子の横にひれ伏したのだった。

「きょっ、京子さま。あの・・・お、お酒は・・・私が温めて居ります。き、京子様の手で、ご主人様にお注ぎして頂けないでしょうか」

 しかし奇妙なことに、美紀は言い終わると四つん這いになりその着物に包まれた尻を京子に差し出したのだった。

「あのっ、な、何っ、いったい・・・」

 京子は訳が判らず、健志と美紀に視線を行き来させた。
 すると健志の冷たい声が美紀に向けられる。

「おいっ、肉便器2号っ!横着するんじゃねぇ、テメェで捲れっ!」

 その声で美紀は再び弾かれたように行動した。

「もっ、申し訳ありません、ご主人様っ。き、京子様、お願いいたしますっ」

 叫ぶようにそう言うと、美紀は京子の前で着物の裾をパッと捲り上げ、裸の尻を差し出したのだった。
 京子の目の前に美紀の媚肉と尻の穴が完全に晒される。
 しかし、京子が目を見張ったのは、その両方の穴に何かが埋め込まれていたことだった。

「京子様、肉便器2号のマ○コからお酒を取り出して頂けないでしょうか」

 その言葉に京子は息を飲んで、その媚肉に埋め込まれたモノに指を伸ばした。
 そして頭を出している先端を掴むと、ゆっくりと引き出していったのだった。

「こ・・・これって・・・試験管?」

 美紀の体内で分泌された粘液を纏いつかせたそれは、紛れも無く太目の試験管に酒を満たしコルクで蓋をしたものだった。

「酒は人肌・・・。役立たずの肉便器も使い方次第で重宝するんだ」

 諒子のみならず、健志は美紀の身体までオモチャにしていたのだった。
 まだ高校生の女の子にも容赦ない健志の仕打ちに、しかし京子はもう立ち向かう気力を無くし、だだ悲しげに視線を避けて俯くしかなかった。
 そして命じられるままにコルクを抜き健志に差し出そうとして、その時になって京子はお猪口が無いことに気付いた。
 戸惑ったように座卓を見渡し健志に視線を向けると、まるでそれを待っていたかのように健志は口を端を上げた。

「酒は人肌、でも通はね、器も人肌に温めて使うもんさ」

 そう言って健志は諒子の下腹部を撫でまわした。
 その手の動きに京子の視線が釘付けになる。

「さっ、京子。酒が冷める前に俺のお猪口を取り出してくれよ」

 そう言うと健志は更に諒子の足を広げさせ、その股間を剥ぎ出しにしていった。
 京子はそんな健志の誘いにまるで催眠術にかかったようにその指を諒子の媚肉に沈めていったのだった。
 そして文字通り手探りで進むと、奥の奥に硬い手ごたえを感じ、それを指先で摘みゆっくりと引き出したのだった。
 それはまさしく日本酒のお猪口だった。

「お・・・お猪口・・・です」

 京子はガタガタと震える身体を必死で抑えながら健志にそのお猪口を渡すと、続いてあの酒を注いでいったのだった。

「っく~っ!美味いなぁ、さすがはオヤジ秘蔵の吟醸酒だ。京子も一杯いけよ」

 そう言って健志は京子の手から試験管を取り上げると、代わりに京子にお猪口を差し出した。
 いつの間にか健志のペースに引き込まれていた京子は、校内で犯されていた時のように唯々諾々とそのお猪口を受け取り、勧められるままに杯を傾けていったのだった。

「良い飲みっぷりじゃねぇか、京子。まだ酒はたっぷり有るから遠慮なく飲めよ」

 健志はそう言うと、美紀を呼び寄せ手に持った試験管を当り前のようにその股間に再び突き立てたのだった。
 しかし蓋のコルクは今はしていない。
 美紀は酒を溢さないように、頭を床に擦りつけたまま、尻だけ上げた姿勢をとり続けなければならなかったのだった。

 こうして京子の心の支えとなっていた2人の美女は、今や完全に健志のオモチャとなり、その魅力的な肉体をまるで道具のように使われる惨めな姿を晒し続けるのだった。
 そしてその効果は健志の期待さえ上回り、完全に京子を打ちのめしていた。

 (そろそろけじめを着けさせるか)

 健志は頃合が良いと判断すると、最後の駄目押しをすべく口を開いた。

「京子・・・俺はお前が何を企てていたか、全部知ってるんだぜ。読ませてもらったよ、あの手紙をさ」

 静かな口調だった。
 しかし京子は面白いほど反応した。
 一瞬にして蒼白な表情となると、全身が震えだし、正座した膝をぎゅっと握り締めたのだった。

「信じていたんだぜ・・・随分と可愛がってやったつもりだったんだけどなぁ。この『黒岩』を売ろうとしてたんだよなっ!」

 健志が語尾に力を込めた途端、京子は比喩でなく跳び上がった。
 目が真ん丸の開き、顎を汗が伝う。
 口は何かを言うようにパクパクと動くのだが、声は出なかった。

「『黒岩』に楯突く間抜けがどうなるか・・・もう十分に思い知ったよな?京子・・・」

 健志はまた口調を変え、今度は優しげに語り掛けた。

「ただ・・・お前の場合、身近にそういう間抜けがいてお前を口車に乗っけちまったっていう点が不幸だったんだよなぁ。正直なところ、俺ぁお前を助けたいんだ。お前に惚れてるんだよ、京子。オヤジは『黒岩に逆らった奴は1人残らず破滅させろ』って息巻いてたけど、任せておけよっ。俺が上手く執り成してやるからさ」

 健志はそう言って京子にウィンクをしてみせた。
 そして手を伸ばすと、京子の手を握り締めたのだった。
 京子はビクッと震えたが、しかしその手を振り払うことはしなかった。

「でもな、京子ぉ・・・そのためにはお前の協力も要るんだ。わかるだろ?『黒岩』に逆らったことをチャンと反省しているって事を示さなきゃ、さすがにオヤジも納得しねぇよ」

 健志は片方の眉を上げ、少し困ったような表情で言った。

「な・・・なにを・・・させるの・・・」

 小さな呟きのような声が京子の口から漏れた。

「ん?なぁに、か~んたんな事さ」

 健志はニヤッと笑うとズボンのポケットを探り、そこから何かを取り出したのだった。
 そして健志はそれを諒子の腹の上にポンと置いた。

「見てみろよ」

 健志にそう言われ、京子は躊躇いがちにそれに手を伸ばした。
 それは消しゴムを少し大きくしたような形をしていた。
 そして材質もゴムのようであった。
 掌に乗せ裏を見てみると、そこには何かが彫り込まれている。
 反転していて判り辛かったが、よく見るとそこには『肉便器』の文字が刻まれていたのだった。

「コレを使え」

 そう言って健志が差し出したのは、黒のスタンプ台だった。

「お前の好きなところにそれでハンコを押すんだ」

 健志は諒子を顎で示しながらそう言った。

「りょ・・・諒子さんに・・・」

 京子は手の中のスタンプを見詰めながら消えそうな声でそう言った。

「あぁ。明日には彫り師が来ることになってるんだ。親父には奴隷になったこいつ等に『肉便器』って刺青を入れた姿を見てもらおうと思ってな。その時お前のことは俺が上手く言っておいてやるぜ。『京子はすっかり反省して、自ら首謀者のメス2匹に刺青を入れさせた』って言えば、親父もきっと判ってくれるぜ」

 健志は悪魔のように微笑みながらそう京子に言った。
 しかし京子は、まるで頭を殴られたような衝撃を味わっていた。

「いっ、刺青だなんてっ!そっ、そんなこと出来ないっ!お願い、それだけは止めてっ、お願いっ」

 京子は必死で健志の腕に取り縋った。
 自分のために犠牲になった諒子や美紀をこれ以上そんな酷いめにあわすことは出来なかった。

「できない?そうか・・・。ま、しょうがないな。だったら俺が自分で場所を決めるか。しかしな、京子・・・そしたらお前もこいつ等の仲間入りだぜ。明日からお前も俺の肉便器だ。一緒に刺青を入れてやるよ」

 健志の言葉は京子の心を錐のように貫いたが、しかしそれでも自分ひとり助かることは出来ないと思った。

「諒子さんに入れるのなら・・・私だけ逃げられません」

 京子は目を潤ませながら必死でそう言った。

「へへへっ。随分と友達おもいだなぁ、京子ぉ。良い心がけだよ。でもなぁ・・・するとあの赤ん坊はどうなるんだろうなぁ。母親はある日突然蒸発・・・父親は失職して、やっぱり失踪・・・。施設行きってとこか?くくくくっ」

 健志のその言葉に京子は目を見開いた。
 そして息をするのも忘れたように、信じられない言葉を吐いた健志を見詰めたのだった。

「あっ・・・あ、あなたは・・・私だけではなく、主人や由紀まで・・・」

「当然だろ?『黒岩』に逆らった罪は一家全員で償ってもらわないと親父は納得しねぇんだ」

 健志はそう言い放つと、再び京子の手を握った。
 そしてその耳に口を近づけると囁くように言った。

「せっかく手に入れた幸せだろ?一家3人で仲良く暮らしていきたいだろ?当り前だよな。それが当然なんだよ。俺に任せておけよ。圭吾はすぐに学年主任に抜擢してやる。由紀ちゃんには私立の良い保育園を紹介するぜ。ほんの少し、お前が反省しているところを見せてくれれば、それは全部実現するんだ。お前の人生設計を狂わせた肉便器たちに別れを告げるんだ・・・」

 悪魔の囁きが京子の魂を引き裂く・・・
 愛らしい真っ赤な頬っぺたの由紀の笑顔が脳裏に浮かぶ。
 ちっちゃくて柔らかい手が自分を求めて差し出されていた。
 しかし、同時に諒子との会話が、命を繋いだ電話の声が耳から離れなかった。
 自分を励まし、勇気を与えてくれたあの声が、言葉が京子の心を雁字搦めにしていた。

 (あああっ!どうしたらっ!どうしたら良いのぉ!選べないっ!どちらも選べないっ、捨てられないっ!ああああっ、助けてぇ!助けて・・・・お願い・・・・諒子さんっ)

 俯いたまま激しく頭を振り苦悩している京子は、知らず知らずのうちに諒子の助けを求めていた。
 奴隷に成り下がり、健志のオモチャにされている諒子なのだが、それでも今の京子にはもう他に頼る者が居なかった。
 健志に嬲られた格好のまま諒子は足をM字型に開き、今もその媚肉には健志の指が潜り込んでいる。
 そしてお腹の上にはまだ沢山の刺身やおせち料理が並べられていた。
 京子はその変わり果てた姿に新たな涙を流しながらも、しかし縋るようにその顔を、その瞳を覗き込んだ。

 (お願いっ!諒子さん、答えてっ!私・・・どうすれば良いのぉ)

 京子は神に祈るように、ただ只管諒子の瞳に問い掛けた・・・

 一方、諒子も京子のその縋るような視線には気付いていた。
 しかし健志の強制ワードによりその身体を操られている諒子には、視線一つ自由に動かすことが出来なかった。
 視界の隅に見え隠れする京子の苦悩を感じ取りながらも、自らの体の中心には健志の指が勝手気ままに挿入され、ただ被虐の快感に股間を濡らすことしか出来ないのだ。

 (京子さん・・・ごめんなさい。どうすることもできないのよ、指一本動かせないのよっ!)

 諒子はそのもどかしさに胸の内で慟哭していた。

 (京子さんっ、逃げて、今すぐにっ!貴女まで掴まってしまう、私達を気にしては駄目っ!)

 しかし、京子は動かない・・・

 こんなに惨めな姿を晒しているにも拘わらず、京子は諒子を待っているのだ。

 (駄目よっ、早く、早くっ!貴女だけは助かってっ!)

 諒子は焦燥感に気が狂いそうだった。
 どんなに心が叫んでも、それが肉体に伝わらないのだ。
 心のダイナモはフルパワーで回転しているのに、肉体はフルチューンされているのに、それを伝えるトランスミッションだけがニュートラルのまま切り替わらないのだ。
 さすがの諒子もこんなストレスは今まで経験したことが無かった。

 (どうしてなのっ、どうして伝わらないのっ!このままじゃ、このままじゃあっ、京子さんを救えないっ!京子さんを、京子さんをっ!!)

 諒子は自分でも何故こんなに京子のことが心配なのか、判らなかった。
 ただ胸のうちから、火がついたような警告が鳴り響いているのだ。

 (このままじゃ、駄目っ!このままじゃ・・・“また”救えないっ!!)

 思わずそう心の中で叫んでしまったとき、諒子はその自分自身のフレーズにビックリした。

 (なに・・・?“また”って?)

 諒子の胸に灯ったこの小さな疑念は、しかし次の瞬間、それが導火線だったように諒子の中で大爆発を起こした。

 (き・・・京子さんっ!!!)

 諒子の記憶に突然、京子の亡骸の鮮明なシーンが姿を現したのだった。

 (なっ、何、これっ!どうなってるのっ!)

 それはまるで雷の直撃を受けたような衝撃だった。
 あまりの衝撃に、一瞬諒子は気を失ったような気がした。

 そして、ふと気付くと胸の奥がいつの間にか奇妙にざわついて来ていたのだった。
 それはまるでたった今受けた衝撃で心の何処かに亀裂が生じてしまったような、そんな感じだった。
 そしてその亀裂から水が染み出して来るように、その奇妙なざわつきは諒子の心の中にじわじわと、少しずつ溜まっていき、そしてゆっくりとその量(かさ)を増やしていった。

 (なに・・・この胸のざわめきは・・・何だろう・・・なにかとても・・・胸が苦しい・・・)

 諒子はその正体不明の情動に心を奪われ、そして健志の指の動きさえ忘れた。
 
 (あぁ・・・何だろう・・・懐かしい?・・・違うっ!そうじゃないっ!・・あぁ、でもっ、それととても似た感情・・・)

 少しずつ諒子の顔が上気してきていた。

 (“懐かしい”じゃないけど・・・“待つ”?・・・ううん、それも違う・・もっとなにか“熱い”もの・・・そうだっ、もっと熱いんだ・・・身体が燃えてしまいそうな程“熱い”、それに“懐かしい”こと、私の望みっ!希望!ああっ、そうだっ!判ったぁ!私のこの感情はっ、この想いはっ・・・・・・・“会いたいっ!”だぁっ)

 諒子が胸の中でどんどん大きくなるこの感情に言葉を当てはめることが出来た途端、“会いたいっ”という感情に気付いた途端、まるで堰を切ったように諒子はその感情の奔流に飲み込まれ、押し流されていった。

 (会いたいっ、あの人に!)

 諒子の心が叫ぶ。

 (誰っ?誰に会いたいの?)

 仮面を被ったようなもう1人の諒子が冷静に問う。

 (会うわっ、絶対!あなたに会うわ!貴方のもとに行くのっ)

 (誰よ・・・そんな人は・・・いない・・・はず・・・)

 (ああっ!会いたい!会いたい!会いたい!会いたい!会いたい!会いたい!会いたい!)

 まるで無尽蔵に湧いてくる感情の奔流に比べ仮面の諒子の口調は如何にも弱弱しかった。
 そしてその溢れかえる感情が遂に心の全てを埋め尽くした時、その圧倒的な圧力に磐石な筈の催眠の鎖は引き千切られ・・・有りえる筈の無い事態が、決して生じ得ない奇蹟が生じたのだった。

 それは、すぐ横で京子を見詰めている健志にすら気付かれないほど密かな奇蹟だった・・・

 (・・・えっ?・・・なに・・・どうしたの・・・)

 京子は一瞬何が生じたのか判らなかった。

 必死に祈りつづける京子は、その時ふと気付いたのだ・・・諒子の視線が自分を捉えていることにっ!
 今までボンヤリと宙を彷徨っていた筈の視線が、いつの間にか自分に注がれていたのだ。
 しかもその視線は・・・恨みでも、後悔でもない・・・限りなく優しく、そして限りなく剛い、諒子そのもののエネルギーあふれる視線が蘇っていたのだった。
 京子の両目は驚愕に見開かれた。
 そして、それに気付いた途端、京子の魂は肉体を離れ、諒子の瞳に吸い込まれていったのだった。

 (諒子さんっ!逢いたかったっ!)

 京子の魂が叫ぶ。

 (京子さん・・・もう大丈夫・・・もう大丈夫よ。何も心配要らないわ)

 諒子の魂がそれを包み込み、優しく抱きしめた。

 (諒子さん、私の所為でこんな酷い目に・・・)

 慟哭する京子、しかし諒子はそれに優しく答えた。

 (いいえ・・・何でもないわ、こんなこと。惑わされないで・・・何が一番酷いことか、悪魔が何を望んでいるか)

 (わからないっ!判らないのっ、いったいどっちを選べば良いのっ?)

 京子の魂は引き裂かれる痛みに悲鳴をあげていた。

 (簡単なことよ・・・悪魔が欲しがるのはいつも魂。あなたの魂の尊厳よ)

 諒子の剛くそして優しい視線の中で、京子はその言葉をハッキリと聞いた気がした。
 そして、それと同時にいつか聞いた諒子の言葉が心の中に蘇ってきたのだった。

『人間の尊厳を踏み躙られたまま貴女の子供を育てて行けるというのっ?』

 京子はその言葉を思い出した途端、まるで雷に打たれたように体中に電気が走った。
 まるで瞳をとおして諒子のエネルギーが京子に充填されたかのように、京子の中に信じられない力が入り込んできていた。
 自然と背筋が伸びた。
 つい先ほどまでの、魂の悲鳴は消え去り、信じられないほど平安な気持ちになっていた。
 体が中からホカホカと温まってきていた。

 もう何も迷いは無かった。
 目の前では相変わらず諒子は身体を広げたまま健志に嬲られている。
 しかしそれももう気にならなかった。
 京子は足元に置いたハンドバッグをそっと引き寄せた。
 その中には、昨夜不安で眠れぬ気持ちを静めるため、そっと忍ばしたモノがあった。
 京子はバッグを膝に置き、それを確かめると、小さく息を吐いてゆっくりと視線を上げていった。

 健志はそんな京子の仕種をずっと眺めていた。
 苦悩に身体を震わせていた筈が、いつの間にかそれが無くなり、今は小柄な身体を真っ直ぐにして健志の前で姿勢良く正座していた。

 (へへへ。ようやく決心できたみたいだな。最初から答えは一つしか無ぇんだ。生まれたばかりの子供を捨てて奴隷になんかなれる訳が無ぇ。お前は諒子を見捨てるんだ。そして・・・それがお前の奴隷の鎖になるんだ。恩人を見捨てた罪の意識がお前を自ら奴隷に落すんだ)

 健志はその瞬間を心待ちにしていた。
 そしてその期待に応えるように京子はゆっくりと顔を上げ健志を見詰めたのだった。

「決心したか?」

 健志の問い掛けに、京子は小さく頷いた。
 しかし、次の瞬間京子は不意に立ち上がったのだった。
 健志は予想外の京子の反応に戸惑い、その姿を見上げた。
 京子は、しかしそんな視線を無視するようにクルッと振り返り、スタスタと歩み去っていった。

「お、おい、京子っ」

 訳が判らず健志は腰を浮かすと、そう呼び掛けながら後を追った。
 京子は健志に背を向けて歩きながら、ハンドバッグから小さな折畳ナイフを取り出したのだった。
 護身用に・・・そう思って忍ばせてあったそれは、今京子の手の中で研ぎ澄まされた刃を剥き出しにされていた。
 すぐ後を健志の足音がついて来ている。

 (由紀ちゃん・・・私、あなたともう会えないかも知れない。あなたのお母さんに成れたのに、あなたの成長を見守ってあげられないかもしれない。・・・でも、たった一つだけ、母として、あなたの為に出来ることをします。あなたの目に奴隷となった母の姿を晒す事だけは、絶対にしませんっ)

 健志の手が京子の肩に掛かったのは、丁度この部屋に入って来た障子の扉の前だった。

「待てよ・・・京子。ふふふっ、逃げる所なんか何処にも無いんだぜ」

 その声に、京子は背を向けたままコクンと頷いた。
 肩に置いた健志の手に力が篭る。

「さぁ、返事を聞かせて貰おうか」

 そう言うと、健志は京子の肩を引き寄せ強引に自分の方を向かせた。
 ショートの髪がふわっと広がり、その髪の間から始めて見るような京子の神秘的な瞳が健志の視線を捉えた。
 怯えも焦りも無い、落ち着いていて、そして何処までも深い瞳が健志を魅了した。

 (こいつ・・・なんてぇ目をしてやがるんだ)

 健志はこの時初めて、自分が京子の何処に執着していたか理解した。

 (俺のものだっ・・・絶対に誰にも渡しはしねぇ)

 健志の妄執がその瞳に現れる。
 しかし京子はまるで妖精になったように恐れ気も無く静かに見返していた。

 (願わくば・・・諒子さん、どうかあの子を、由紀を見守ってあげてください)

 運命が一点に凝縮したこの一瞬・・・

 ハンドバッグの下からナイフを握り締めた右手が姿を現そうとしたその時、この部屋にいた誰もが予想もしないことが生じたのだった。

 バチンッ!

 激しい音とともに、2人が入って来た障子が力一杯引き開けられたのだった。
 健志も、そして京子までも反射的にそこへ視線を向けた。
 そして、そこに見たものは・・・

「お、おまえは・・・」
「あ・・・あなた」

 2人の呟きに迎えられ半身の姿勢でそこに立っていたのは、清水圭吾だったのだ。
 しかし、健志を見詰めるその形相は普段の圭吾のものではなかった。
 顔を真っ赤にして、燃えるような憤怒の視線を真正面から健志に注いでいたのだった。

 健志は一瞬その迫力に気圧され、半歩後ろに下がってしまった。
 しかし、圭吾はその姿勢のまま、廊下に立ったまま、最後の一歩を踏み出せず、口を戦慄(わなな)かせていたのだった。
 それに気付いた健志は一瞬にして気力を盛り返すと、僅かでも圭吾にびびってしまった自分を恥じ、そしてそれを圭吾に対する怒りへと転化させた。

「おいっ!おまえぇっ、いったい何様のつもりだぁっ!!この『黒岩』の自宅で何をしてるか判ってるのかっ!」

 自分でも惚れ惚れするような啖呵をきって、健志は圭吾を睨み倒した。
 圭吾の表情が、そのセリフで一変する。
 驚愕に目を思いっきり見開いたのだ。
 その顔つきだけで、健志はもう勝負がついたと思った。
 だから・・・その驚愕が徐々に静まり、圭吾の顔に柔らかな笑みが広がったのを見たとき、それが何を意味するのか、まるで理解できなかったのだ。

 しかし圭吾は、そんな健志の混乱などお構いなしに、さっきはどうしても越えられなかった敷居をゆっくりと踏み越えたのだった。
 そして、まるでお辞儀をするように頭を一旦下げた次の瞬間、引き上げる頭とタイミングを合わせるように圭吾の右手が、半身で隠すようにしていた右手が、出刃包丁を握り締めた右手がっ、健志の腹に力一杯突き上げられたのだったぁっ!

「ぐぶっうっ!」

 反射的にこぼれでた声を、健志はどこか他人事のように聞いていた。

 (なんだ・・・なんだ・・・俺を殴ったのか・・・この腰巾着が?)

 視線を下げると確かに圭吾の拳が腹にめり込んでいる。

 (殴られた・・・?で・・でも・・・あの棒は・・・何だ?あの拳の後から出ている棒は・・・)

 視線を再び上げ、健志は圭吾を見た。
 するとそこには、またビックリしたような表情になっている圭吾が居たのだった。
 そしてさかんに何かをブツブツと呟いていた。

「よくも、京子を、よくも、よくも、よくも・・・」

 その呟きに狂気を感じ取った健志は反射的に身を引きかけ、そこで初めて自分の身体の違和感に気付いたのだ。
 妙に息苦しく、そして腹が熱かった・・・
 ガクンと足から力が抜け、腰が砕けるように尻餅をついた。
 そうなることでようやく圭吾の手は健志の腹から離れ、そして健志の目にそこで起きた事の全貌が明らかにされたのだった。
 腹から生えている出刃包丁の柄という形で・・・

「いっ・・・いやぁぁぁぁあああああああああっ!!!」

 悲鳴を上げたのは、京子だった。
 手にしていたナイフはいつの間にか、畳に落ちていた。
 両目を見開き、両手で口を覆っていた。

 しかし健志はそんな京子の大騒ぎにさえ気付かなかった。

 (な・・・な、なんだっ?な、な、な、なぜ、何故俺が刺されるんだ・・・。支配者の・・俺が・・・あんな・・・ゴミ屑に・・・)

「何故っ・・・だっ!うぐぇぶっ」

 言葉を発した途端、健志の喉から口を突き抜けて熱い塊が噴き出した。
 反射的にそれを片手で受け、そしてその手が真っ赤に染まっている事に気付いた時、健志は初めて死の恐怖に気が付いた。

 (うっ嘘だ・・・し、死んじまうっ・・・たっ・・・助けてっ・・・誰か・・・親父・・・助けて・・・いやだぁ・・・こっ・・・怖い・・・やだっ、死にたくねぇよぉ・・・誰か・・・助けて・・・)

 健志が蒼白な顔で、口から下を真っ赤に染めたままで、何かを探すように必死で視線を巡らしている。
 そんな健志を圭吾は虚ろな視線でじっと見下ろしていたが、やがて健志が発したあの一言に答えるようにゆっくりとその傍らにしゃがみこみ、その耳に口を近づけて言ったのだった。

「お前は・・・京子を・・・襲いやがった・・・京子をレイプしやがった・・・許さない・・・許さない・・・許さない・・・」

 壊れた機械のように圭吾は小さな声でそう繰り返す。
 そして右手を健志の腹に刺さっている包丁の柄に置いた。

「あっ、あなたぁっ!」

 圭吾のやろうとしている事に気付いた京子は悲鳴のような声で夫を呼んだが、圭吾はしかし自分の妻にまるで気付かないように虚ろな視線で健志を見下ろしていた。
 そして次の瞬間、優男の圭吾には信じられないような爆発的な力を込めて、その包丁を一気に引き抜いたのだったっ!

「ぐわぁぁぁぁああああああああああああああっ!!!!」

 断末魔の雄叫びと供に健志の腹から噴水のように熱い血飛沫が飛び散った。
 京子は、その余りの惨状に心のフューズが飛んでしまっていた。
 目で見ているモノの意味が理解できなかった。
 気付けば、いつの間にか柱にもたれかかっていた。
 京子の視線の先には、その血飛沫を全身に浴びた圭吾が呆然と立ち竦んでいた。
 そして京子の視線に気付くと、ゆっくりと顔を上げてこう言ったのだった。

「京子・・・大丈夫だよ・・・悪い奴は僕が退治した・・・もう、大丈夫」

 それだけ言うと、圭吾はまるで魂が抜かれたようにその場に膝をつき前のめりに倒れこんだのだった。

 (みんな・・・どうしちゃったの・・・?どうして・・寝てるの?どうして・・・私だけ・・・仲間外れなの・・ねぇ・・・みんなぁ)

 シンと静まりかえった室内に視線を虚ろに漂わせながら・・・京子は胸の内で何度もそれをリフレインさせていた。

 しかし、その死んだように動きが無い室内に、やがてある変化が訪れた。
 蛹の硬い殻を破って蝶が姿を現すように、テーブルの上で固まっていた真っ白い裸身がゆっくりとその身体を、起こしていったのだった。
 そしてその透きとおるように白い肌を惜しげも無く晒すと、身体に乗っていた食べのもを片手で無造作に払い、立ち上がり、まるで猫のように優雅に伸びをしたのだった。

「ん~~~んっ!はぁっ!んもう、酷い目に会ったわぁ。まったくもうっ」

 諒子はそう言って、両手を腰に当てたのだった。

「お姉ちゃん、コレ」

 気が付けば、美紀がいつの間にか最初に身体に掛けてあった薄紫の布を持ってきてくれていた。

「あら、ありがと」

 諒子はニコッと微笑むと、それを受け取り身体に巻きつけ肩の上でそれを留めた。
 まるで無造作に羽織っただけなのに、たったそれだけで諒子はまるで古代のギリシャかローマ人の女神のように優雅にそして気品高く蘇ったのだ。
 そして血の海に横たわる2人と、その向うで蒼白な顔で立ち竦んでいる京子に視線を向けると、なんの躊躇いも無くそこに歩を向けたのだった。

「京子さん、京子さんっ。大丈夫よ・・・もう、大丈夫なのよ」

 諒子は部屋の隅で小鳥のように震えながら立っていた京子にそう声を掛けると、その小柄な全身をぎゅっと抱きしめたのだった。

「・・・り、りょうこ・・さん?・・・諒子さん?・・・諒子さんっ!ああっ、諒子さんっ!!!!うわぁああああああっ」

 始め呆然としていた京子だったが、やがて目の前の諒子に気が付くとその胸に顔を埋めて、堰を切ったように泣き始めたのだった。
 諒子はそんな京子を優しく、そして強く抱きしめていた。
 京子のその想いを全て受け止めるように、いつまでも抱きしめていたのだった。

「京子さん、ありがとう。貴女のおかげで私、開放されることが出来ました。本当にお礼を言います」

 懐かしい諒子の落ち着いた声が、余りのショックに動転し、錯乱しかけていた京子の心を現実に引き戻した。

「諒子さんっ、わたしっ、どうしたら良いのっ!お、夫が・・・圭吾さんが、あの男を殺しちゃったのっ!刺し殺しちゃったのっ!あの人も動かないのっ!倒れちゃったのっ!」

 京子は叫ぶようにそう言うと、諒子の腕の中でガタガタと身体を震わせたのだった。
 諒子はそんな京子をぎゅっと抱きしめたまま、後ろを振り返り血の海に横たわる2人を見詰めた。
 健志は両目を開いたまま、時折痙攣をしていたが、圭吾はうつ伏せに倒れたままピクリとも動かなかった。

「美紀。ご主人を見てみて」

 諒子の声に、畳の血を踏まないように美紀が慎重に近づいていった。
 そして圭吾の横に屈むと、その顔をじっと覗き込んだのだった。

「京子さんっ。大丈夫ですよぉ、清水先生は。寝てるみたいですっ」

 すぐに美紀の明るい声が返ってきた。

「ですって。聞こえました?京子さん。何か薬でも盛られていたんですか?」

 諒子は微かに安堵の表情を浮べた京子にそう問い掛けた。
 そして、京子はその問いに答えるように、今日の出来事を精一杯落ち着くように努力しながら話していったのだった。

「なるほどね。あのガキの考えそうなことだわ」

 話を聞き終わった諒子は思わずそう感想を漏らしたのだが、しかしすぐにバツの悪い表情になって言った。

「いけない。もう仏さまに成ったんだから、“あのガキ”はないわね。健志君って呼んであげなきゃ」

 諒子はそう言って、京子にウィンクした。
 京子はそんな諒子の普段どおりの態度に、あらためて諒子の凄さを見た気がした。

「諒子さん・・・私たち・・・どうなるんでしょうか」

 まるで母に縋る少女のように京子は諒子を見上げて、そう問い掛けた。
 その問いに、初めて諒子は迷ったような表情を浮べたが、しかしすぐに決心した口調でこう言ったのだった。

「京子さん。今回の出来事は、私に任せて貰えないかしら。一つだけ手があるの。上手く行く保証は無いし、どこまで上手く行くかも判らないけど。でも・・・最悪でも貴女と赤ちゃんだけは私が必ず守ってみせるわ」

 諒子はそう言って京子をじっと見詰めた。
 京子は、その諒子の神秘的な瞳を見返し、そして小さく頷いたのだった。

「どんな結果になっても構いません。諒子さんに救って貰った命だもの。貴女に従います」

 京子のその言葉に諒子もまた小さく頷いた。
 そして美紀を振り返り言った。

「美紀。電話しておいて」

 それだけで美紀には通じたようだった。
 コクンと頷いた。

「じゃあ、私たちはご主人をソファのある部屋に移してしまいましょ。さすがにこの部屋に寝かせておくわけにはいかないでしょうし・・・」

「あ、はいっ。判りました」

 京子は美紀同様畳の血の痕を避けながら、夫のもとに行った。

「京子さん。申し訳ないんだけど、ここまでは独りで運んでもらえる?ここからは私が背負いますから」

 諒子は少し申し訳なさそうに言った。
 買い主の死亡という最大のアクシデントに見舞われた2人のドール達には、自動的にエマージェンシィ・プログラムが発動しているのだ。
 『マインド・サーカスの痕跡を消すこと』
 これが最上位の使命として位置付けられていた。
 そして健志の死亡と同時にドール契約は完了したため、諒子たちは“きつね”くんの記憶を取り戻しており、この命令を授けた“きつね”くんのためにも妥協はできないのだ。
 念のため畳に落ちていた折り畳みナイフを拾うと、諒子は京子を待った。

 やがて、少し手間取りながらも京子が圭吾を引き摺ってくると、諒子は待ちかねたように肩を貸した。
 反対側は京子が支えている。
 こうして諒子たちはようやくこの悪夢の部屋を出て行くことが出来たのだった。

 廊下に出てチラッと振り返ると、広い和室の丁度真中あたりに健志の亡骸が仰向けで横たわっていた。
 すでに表情を無くしガラス球のようになった目がボンヤリとこちらを向いている。
 諒子はその瞳に向って最後の挨拶を心の中で呟いた。

 (最後の晩餐・・・お楽しみ頂けたかしら?悔いは無いわよね・・・私の女体盛りまで味わったんだから。今度生まれてくる時にはもうあんまり欲張りすぎないことね)

 そして諒子は静かに障子を閉めると、二度と戻ることの無いこの部屋を後にしたのだった。

< つづく >

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