人生改善委員会%

わんわんわん!うお~んおん!

 あちらこちらで犬が泣いている。
 あと20分もすれば日付が変わるこんな真夜中にこれだけの犬が一斉に吠えているのはあきらかに異常だ。
 上田家の主である浩二が家に帰ってきたのはそんな時だった。

「なんだお前!まだ起きていたのか」

 浩二はそう言いながらネクタイを緩め背広を無造作に放り投げた。

「あなた!今日は何の日か分かっているわよね」

 そうつぶやく宏美の前のテーブルには豪華な食事が所狭しと並んでいる。
 中央には既に包丁が入れられたケーキが置いてありその横に一度火をつけた後が残る赤色のろうそくが5本転がっている。

「しょうがないだろ!急な仕事が入ったんだから」

 浩二はYシャツの胸ポケットに入れている煙草の箱を取り出すとコンコンと底をテーブルの上で叩きその中の一本を取り出した。

「まじめに聞いてよ」

 深刻な表情の宏美が煩わしいとばかりに煙草をくわえたまま気のない返事を繰り返す。

「今日は剛の誕生日だから早く帰ってきてと朝あれだけ言ったでしょ」

「だから急な仕事が入ったからしょうがないと言っているだろ」

 ほとんど逆ギレ状態の浩二はまだほとんど吸っていない煙草を揉み消すと宏美を睨みつけた。
 話しの流れから分かるようにこの二人は夫婦であるが家庭円満とはいっていない。 
 夫の浩二は26歳、妻の宏美は24歳、そして今日5歳になったばかりの長男の剛がいる。
 浩二が大学在学時代に当時まだ高校生だった宏美に交際を申し込み遂に結婚まで至った。

「本当に仕事かしら」

 意味ありげな宏美の言葉に浩二の表情が曇った。

「どういう事だ」

 宏美は『ふっ』と鼻で笑った。
 全てばかばかしくなっているのだ。

「あなたが一番分かっているんじゃない」

 二人の間に沈黙が流れる。
 永遠に続くかと思われる静寂。
 しかし予想に反しその静けさは長く続かなかった。
 『ガチャン!』という玄関が開いた音に続き廊下で爪を立てながらこちらに向かい何かが走ってきている音が二人の耳に飛び込んできた。

わんわんわんわんわんわんわんあお~ん!

 次の瞬間二人の目の前に現れたのは薄汚れた中型犬だった。
 犬は二人を全く無視してテーブルの上の食事に一直線に飛びついた。

がぶうがぶうがぶうがぶう

 犬はどうやら柴が混ざった雑種のようだ。
 涎をいっぱい飛び散らしながら料理をむさぼり食べている。

「なんで野良犬が?」

 当然ながら浩二は困惑している。
 しかし同じく困惑している筈の宏美は別だ。

「あなた!話しを誤魔化さないでちょうだい」

 彼女は状況を把握する能力に欠けているのか依然として浩二に詰め寄っている。

「馬鹿!それどころじゃないだろ。犬がいきなり家に飛び込んで来てテーブルの上にある物を食い散らかしているのをなんとも思わないのか!」

 宏美は『馬鹿じゃないもん!』と言い顔をふくらした。
 その時部屋に50歳前後といった年齢の男性が入ってきた。

「山崎君!一気に食べたら駄目じゃないか」

 男はそう言うと犬の頭を押さえつけ皿に盛ってある料理をゴミ袋に詰め始めた。

「なんで浮浪者までが」

「あなた!浮浪者の事より今は私達の問題の方が大事でしょ」

 場を全く考えていない宏美の発言に浩二は軽蔑の目を投げかけた。
 正直なところ昔は宏美のこういう少し馬鹿な所も浩二は好きだったが今は本当に煩わしくなってきている。

「頼むからもうちょっとだけ頭使ってくれよ」

 その時今度は無理矢理に窓からまた一人入ってきた。
 頭に『安保反対』と書かれた鉢巻きをしているご存じ『人生改善委員会』のリーダー格レッドである。

「なんで学生運動野郎まで」

 浩二のレッドを指す人差し指が震えている。
 レッドは浩二に一瞥してから拡声器を使い大きな声で叫んだ。

「頼れる兄貴レッド参上!」

 それからも浩二の常識を覆すようにナース姿の女性や散弾銃を持った男性、影の薄い男性、筋肉質の男性などが次々と部屋に入ってきた。

「んっ?オレンジはどうした?」

 レッドの問いかけに筋肉馬鹿イエローが答える。

「今回は腰が痛いから休ませてくださいと、さっき携帯もらいました」

「腰?」

「えぇ!なんでも『ウルトラ アルテメッド バキュームフェラDX』というのがあまりに良かったらしく調子乗っていたら腰にきたらしいです」

 グリーンは散弾銃を握りしめ『あの野郎!いつか撃ち殺してやる』とつぶやいている。

「あの~あなた達はいったい?」

 浩二の問いかけに全員が声を合わせて答える。

「我等人生改善委員会%」

 危険を感じた浩二はズボンのポケットに入っている携帯に手を伸ばした。
 しかしそれを察知したグリーンはすぐさま浩二の頭に散弾銃を押しつけた。

「頭を吹き飛ばすのは別にオレンジでなくてお前でも良いんだぜ!」

 浩二はグリーンを刺激しないようにゆっくりと手を挙げた。

「おい!お前」

 レッドは浩二を拡声器を使い大きな声で呼んでいる。
 それに対し浩二は自分を指さし『私でしょうか?』と言うポーズをとった。

「お前『人生改善委員会%』の『%』はなんですかという初歩的な質問が抜けているだろ!」

 グリーンは更に散弾銃を強く押しつけ『早く言わないと一生言えなくしてやるぜ!』と、脅しつけている。

「わぁわぁ!撃たないでください。言います!言います! その『%』は何なんですか?」

「ふふっ!これはなアメリカの諺でハンバーガーという意味だ!」

 レッドが言い終わるとすぐ『つまらない事を聞くな!』と言って散弾銃が再度強く押しつけられた。
 少し頭の足らない宏美は『なるほど!』と手を打ちなぜか納得している。

「あの~それで、その『人生改善委員会%』様がうちに何の用で?」

 浩二は頭に突きつけられている散弾銃のせいですっかり萎縮してしまっている。
 そんな浩二の為レッドはグリーンに散弾銃を納めるように命じてから質問に答えた。

「顔が良いだけの馬鹿嫁と性欲丸出し浮気亭主。はっきり言ってこの家庭は崩壊している」

 すぐさま宏美が『失礼ね!宏美馬鹿じゃないもん』と反応した。

「そんなあなた達の人生を改善する為にわざわざこんな所まで足を運んで来たのだ。 ありがたく思え!」

 はっきり言って迷惑である。

「ところであのお方もあなた達のお仲間ですか?」

 そう言って浩二は浮浪者風の男を指さした。
 その男は空き缶を踏みつけてぺしゃんこにしてはゴミ袋に入れる作業に没頭している。

「彼は『夕焼けを見て涙ぐむロマンチィスト』ことイエローグリーンだ!」

 浩二には彼を近くの公園のダンボールハウスで見かけた記憶があった。

「そしてあの犬はイエローグリーンが飼っている『山崎浩介』だ!」

 犬はあいかわらず涎をいっぱい垂らしながら食料を探し続けている。

「『山崎浩介』さんですか! 犬としては変わった名前ですね」

「聞くところにとると『山崎浩介』という人はイエローグリーンの学生時代の大親友だそうでその方に敬意を表して自分の飼い犬の名前につけているそうだ」

 はっきり言って大迷惑である。

「あぁぁぁぁぁ~」

 その時宏美のうなり声が浩二の耳に飛び込んできた。

「あなたかわいいわ!」

 宏美がピンクにより得体の知れない怪しげな液体を注射されている。

「妻に何をしたんだ!」

 立ち上がろうとする浩二の額に再び散弾銃が突きつけられた。

「先にお前を昇天させてやろうか!大人しく座ってな」

 レッドは拡声器を使い『ノープロブレム』と叫んだ。

「あだぁたぁ~!ぎもじぃびぃっびぃ~(あなた~!気持ち良い~)」

 宏美は意識は完全に飛んでしまっている。

「妻の身体に何を入れたんだ!」

 ピンクは虚ろな目をしながら『栄養剤』と呟きレッドは拡声器をとおし『ビタミンB』と叫んだ。
 そしてグリーンは凄みをきかし『そんな事を知って何になる。あの世で閻魔に自慢するのか?』と脅しつけた。

「とにかくお願いですから私達の家庭を壊さないでください」

 浩二は涙ながらに訴えている。

「まだ分かっていないのか!」

 レッドは拡声器のボリュームを最大に上げて叫ぶ。

「お前達の家庭は既に崩壊している!」

 この意見はあながち間違ってはいない。

「そんなお前達の糞人生を変えてやる為特別にボランティアで来てやってるんだ。涙を流して感謝しろ!」

 もちろん浩二が涙を流して感謝などするわけはない。

「とにかく私達はまだ修復可能だ!ほっといてくれ」

 浩二は必死でレッドに抗議している。
 しかしレッドはそれを受け流し周りを見回してから叫んだ。

「この家庭は修復不可能だと思う者手を挙げて」

 浩二以外の者全員が手を挙げる。

「なんで宏美まで手を挙げているんだ!」

「ごめんなさい!つられちゃった」

 宏美は少し舌を出しながら自分の頭をコツンと叩いた。

「お前達!とにかく私達の事はほっといてくれ!」

 レッドは両手を広げ『これは駄目だ!』というポーズをとっている。

「やはりこの家庭がまだ中途半端にしか壊れていないように見えるから理解出来ないんですね。 よし!徹底的に壊しましょう」

 そんなレッドの言葉と同時に浩二の身体にスタンガンが押しつけられた。
 この時浩二が最後に見た物はレッドの額に巻かれた鉢巻きの『安保反対』の文字だった。

「う~ん」

 浩二が目を覚ましたのは夕方の六時だった。
 昨晩は愛人の洋子との逢い引きが長引てしまい息子剛の五歳になる誕生日を一緒に祝ってやれなかった。
 その事で妻の宏美と言い争いになってた筈だがその後の記憶がどうもはっきりしない。
 浩二は首をぐるりと回すと大きく深呼吸して布団から飛び出した。

「ん?」

 洗面所の窓から外を見ると先日七万円で購入した事からナナと名付けた雌の柴犬の背後に見た事もない雑種の犬がくっついている。

「おいおい!野良犬にナナちゃんやられているじゃないか!」

 そう言うと浩二は頭をすっきりさせる為念入りに顔を洗ってからリビングルームに向かった。

「宏美!ナナが・・・・・・・」

 部屋に入った途端浩二は言葉を詰まらした。
 飼い犬だけでなく妻も浮浪者風の男にまたがり腰を動かしている。

「あふぅん!・・・・あなたよく眠って・・・・あぁ~そこそこ!」

 どうやらもうすぐ彼女は絶頂を迎えるらしい。
 浩二は夕刊を手に取りながらいつものように煙草をくわえた。

「宏美!この人いったい誰?」

 男は腰を動かしたまま浩二に笑顔で挨拶した。
 部屋の中では5歳を迎えたばかりの息子は『うわぃ!ママが知らないおじちゃんにちんぽ突っ込まれて大喜びしている』と言ってはしゃいでいる。

「あぁん!・・・・実はうちのナナナナナナナナ!ひぃぃぃぃ~痺れる」

 絶頂を迎えようとする宏美の言葉は聞きづらい。
 代わりに男が話しだす。

「実は旦那さん!うちの犬の『山崎』がちょっと目を離した隙にお宅に侵入しまして、よりによってお宅の大事なワンちゃんとやり始めたんですわ」

 浩二は先程洗面所から見た光景を思い出した。

「そしたら奥さんが『どうしてくれるんだ!』ってえらい剣幕で怒るじゃないですか」

 宏美の身体は小刻みに震えだしている。

「犬の不始末は飼い主の責任という奥さんの言葉はもっともですから謝罪の意味を込めましてうちの山崎がした事と同じ事を私がされているんですわ」

 何か微妙に間違っているような気がするが『崩壊している家庭』という言葉が頭にある浩二は納得するしかない。

「あなた!ナナちゃんの仇は撃ったわよ。・・・・ひぃぃぃぃぃ!もう駄目!いくいくいく~」

 部屋では剛が『ママがいっちゃった!ママがいっちゃった』と言ってはしゃいでいる。
 『あぁ!本当にうちの家庭は終わっているな』と絶頂を迎えた妻を見つめ浩二はつくずく思った。

「あぁ!久しぶりにSEXすると腹が減る」

 男はそう言うといつの間にかまた現れた犬の『山崎』と共に冷蔵庫へと走り、中の物を漁っては口に頬張り始める。
 残された宏美は身体をぴくぴく震わせ完全に気絶している。

ぐぅ~

 その時になってようやく浩二は暫く何も食べていない事に気づいた。

「冷蔵庫は荒らされているし宏美は気絶しているし飯どうしようかな?」

 悩んでいる浩二に剛が近づく。

「パパ!愛人の家に行って飯も身体も喰ったら良いんじゃない」

 剛の言葉に思わず浩二は『そうか!』と叫ぶ。

「それなら剛も一緒に洋子の家に行って喰わしてもらうか?」

「えぇ~!僕まだ5歳だよ。児童ポルノ法に引っかかるよ」

 微妙に間違っているような気がするがいつもながら我が息子はませ過ぎていると感じる。

「ば~か!食べるのは飯だけだよ」

 浩二は人差し指で剛の額を軽く突っついた。

「じゃぁこの淫乱女は、ほっといて行こうか!」

 剛は『うわぁい!僕のママは淫乱女だ!淫乱女だ!』と言ってはしゃいでいる。
 まさに家庭崩壊だ。

 その時遠くの方から拍手が起こった。

「いやぁ~素晴らしい崩壊ぶりだ! これなら日本の将来も安泰だ!」

 そう言いながら拡声器を持った男が部屋に入ってきた。
 その隣には散弾銃を持った物騒な男が『全く素晴らしい家庭ですぜ!』と言いながら涙を流して感動している。

「あの~あなた方はいったい?」

 何処かで会った気がするが浩二はどうしても思いだせない。

「ブラック頼む!」

 拡声器男に声を掛けられた貧相な男は浩二に近づくと耳元で何やら怪しげな言葉を囁いだ。
 みるみる昨晩の記憶が蘇ってきた。

「あぁ~お前達は『人生改善委員会%』」

 浩二は腰が抜けてその場にへたり込んだ。

「そのとおーり!」

 拡声器からレッドの声がことさら大きく飛び出した。

「俺の家庭をこんなに無茶苦茶にしやがって元に戻せ!」

 元に戻しても結局崩壊するだろうが浩二は依然としてそうは思っていない。

「この頑固野郎が!」

 グリーンの散弾銃が再び浩二の頭に押しつけられた。
 再び浩二の動きが止まる。
 その時犬と女性のうなり声が入り交じった音が部屋中に響き渡った。

「わお~ん!」
「あぁ~あ~!」

 どうやら宏美をめぐり看護婦姿のピンクと浮浪者姿のイエローグリーンが争い始めたようだ。
 ピンクは例の如く得体の知れない液体の入った注射器を振りかざしイエローグリーンは犬の『山崎』をけしかけている。

「やばい!イエロー止めに入るんだ!」

 レッドが叫ぶのとほぼ同時にこんな時にしか役に立たない筋肉馬鹿イエローが二人の間に割って入る。

「あぁぁぁ!彼女は私の物なんだからぁぁぁぁぁぁ~」

 虚ろな目をしたピンクが間に入ったイエローにも襲いかかる。

「やめろピンク!そんな得体のしれない液体の入った注射器危ないだろ。 早く手を離すんだ!」

 イエローが襲いかかる注射器を避けながら叫んだ。
 その言葉にピンクが反応する。

「得体のしれない液体?」

 ピンクは注射器を暫く見つめると嬉しそうな表情をうかべ素早く自分の左腕に突き刺した。

「あぁぁ~ぎぐぅぅぅぅ~(効く~)」

 すぐにピンクは白目をむきながらその場に崩れ落ちる。

「あぁ!また自分の腕に注射しやがった。早く解毒剤を!」

 レッドはそう言ったものの正直何を注射したのかも分からないしどれが解毒剤かも分からない。
 グリーンなどは散弾銃をピンクに向け『いっそ息の根を止めてやりましょうよ!』なんて言っている。

「あの~私はどうしたら言いんでしょ?」

 パニック状態の中、浩二はレッドに恐る恐る尋ねた。
 レッドは投げやりに叫んだ。

「ええい!新しい人生の始まりだ」

 バチバチという音が背後で聞こえ浩二の記憶は遥か彼方へと飛んでいった。

「あぁん!主人のぽこちんよりずっとずっと気持ち良い」

 近所でも有名な美人妻の和美が浩二の上にまたがり喘いでいる。
 最近では毎晩のように浩二の身体を求め何人かの主婦が列をなして家を訪ねてくるのだがその中でも彼女は特にお気に入りだ。
 実は先日ここに越してきた新婚の彼女を一目見た時からすでに目をつけていたのだ。

「近所付き合いの代わりに今度ご主人も加えて乱交パーティーでもしましょう」

「あぁ!なんて素敵な提案なの。 それはそうと和美もう限界だわ!いくぅぅぅぅぅぅ~」

 身体を仰け反らし和美は絶頂を迎えた。
 浩二も流石に一週間毎日射精するのは疲れるのか、ぐたっとベッドに倒れ込んだ。
 ベッドの周りでは剛が『うわ~い!僕のパパは人妻キラーだ!』と言ってはしゃぎ回っている。
 幸せな毎日。見事浩二の人生は改善された。

 その頃彼の元の妻であった宏美は『人生改善委員会%』の一員としてある一軒家に侵入していた。
 彼女の隣に立っていたレッドが大声で叫ぶ。

「彼女は妹にしたい女性ナンバーワンだけど実はバツイチのホワイトだ!」

「頭の中まっちろ!」

 ホワイトは、輝く笑顔を振りまいていた。
 家の主は困惑しながら叫んだ。

「だからまた家を間違ってるでぅ」

 その言葉に一瞬そこに居る全員が固まるが時間を確認したレッドは大声で無理矢理叫んだ。

「我等人生改善委員会%でぅ!」

 時計の針は0時をさしていた。

< 完 >

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