第1話『双子』
少女が一人、夜の帳が下りた公園を歩いていた。
名は真田美影。澄んだ黒色の瞳に、肩にかかる癖のない黒髪と飾り気のない眼鏡が特徴の、落ち着いた雰囲気を持つ少女である。
紺のブレザーにチェック柄のスカート、左胸のポケットにはこのあたりで有名な女子校・双葉学園のエンブレムをかたどった刺繍が施されている。
美影はいま、今朝方全校集会で学園長が述べた注意事項を思い浮かべていた。
近頃、この近辺で女性を次々襲う輩がいるらしいので、夜の街を歩かないように、と。
それを受けて、今日はほとんどの部活動が放課後の練習を早々に切り上げていた。
学園執行部に所属する美影も、本当ならキリのいいところで仕事を切り上げるつもりだったのだが、直後に控える予算委員会関連の書類整理に手間取り、結局この時間まで居残り作業をする羽目になってしまった。
「少し遅くなってしまいましたね……何事もなければよろしいのですが……」
そう言って、少し歩を速める美影。
しかし、そう考えたときに限って何かが起きてしまうのは、お約束かはたまたマーフィーの法則か……
美影の後ろで、何か物音が聞こえる。
いや、後ろだけではない。横からも……前からも木の葉がかすれる音が、あるいは落ち葉が踏み砕かれる音が聞こえる。
「へっへっへ……夜の公園を一人散歩とは危ないねえ、お嬢ちゃん」
下衆な声とともに街灯の明かりに照らされ現れる男。周囲が暗いため確認は取れないが、どうやら数人の男に取り囲まれているらしいと気づく美影。
「近頃の痴漢さんは、集団で襲うのが好みなのですか?」
「見かけによらず気が強そうだなあ……俺、そういうの好みだぜ」
半ばあきれたような美影の皮肉を、にたにたとした表情で返す男たち。
「おい、こいつ見たことがあるぜ……確か双葉にいる真田姉妹の片割れじゃねえか?」
「本当だ、確か美影って名前だっけ……写真で見ても美人だったが、こうやって月明かりに照らされるともっと綺麗に見えるぜ」
こんなところで褒められても、美影当人としてはちっともうれしくない。
確かに美影は、学園でミスコンがあれば優勝争い間違いなしと言われるほどの美女である。
自然彼女に関する噂も数多く飛び交い、学園の外にまで広まっているものもある。
中には妬みがましいものもあったりするが、美影自身は自分にそういう噂が立つことに対し悪い気はしない。
だが、こういうときに限ってはそれが恨めしく思える。歯牙にもかけないほどの不細工であればこの連中も声をかけるのをやめただろうに、と。
……もっとも、そんな顔であれば逆に普段の生活が一苦労するだろうから、これは有名税だと思って我慢するしかないか、と美影は考えていた。
「私に何の用ですか?」
「こうやってお知り合いになれたのも何かの縁、俺たちといいことして遊ばないかい、美影ちゃん?」
「あなた方とお知り合いになったつもりはありませんが。ついでに美影ちゃんと馴れ馴れしく呼ばれる筋合いもありません」
「冷たいねえ美影ちゃん? まあ、そういうところが俺としちゃあ好みなんだがな……」
「ともかく、失礼します……」
そう言って無理に囲みを突っ切ろうとしたとき、男の手が美影の肩にかかる。
瞬間、美影の体に悪寒が走る。
美影にとって、最近よく味わういやな感覚だ。そして、悪寒を感じる相手には共通点がある。
それは……『あやかし』に魅入られた人間、ということ。要するにこの中の誰かに何かが取り憑いて、周囲の人間に悪影響を及ぼしているのだ。
またか……美影は内面でため息をつく。
「まあまあそう言わずにさ……おとなしくしてくれりゃあ、あんたにも楽しい思いを味わわせてやるよ」
そんな美影の思いに気づくこともなく、男は勝手に話を進める。
こんな連中、本来ならば適当にあしらって帰るところだが、偶然とはいえ『あやかし』を見つけてしまったからには、このまま放っておくわけには行かない。
仕方がないので美影は成り行きにしばらく身を任せることにした。
美影の沈黙を肯定と取ったのか、男は美影の肩に手をかけたまま移動を始める。
「へへっ、俺は賢い女は好きだぜ……こっちへ来な」
そうして美影と男たちは公園の茂みの中へと消えていった。
その頃、真田影美は自宅にいた。
黒のショートボブに髪を止める白のカチューシャが目につく、快活そうな少女である。
彼女は今、自宅着用のスウェットスーツの上にエプロンを掛け、台所に立っていた。
「まったく美影の奴……食事当番のくせになにやってんだよ!」
ぶつくさ文句を言いながら食事を作る影美。その隣では影美より一回り小柄な少女がせっせと動き回っている。
「せんぱーい、こんなものでいいですか?」
「サンキュ、おかげで助かったよ……悪いねえ、手伝わせちゃったりして」
「いえいえ、影美先輩のお役に立てるんでしたら、これぐらいどうってことないですよ」
影美は陸上部の後輩……風間由紀を自宅に招いていた。その経緯はおおよそ次の通りである。
部活を終えて制服に着替えていた影美は、由紀が携帯で話しているのに気付いた。
邪ながらその会話を盗み聞いたところによると、詳しい理由は分からないが、父親の帰りが遅くなるという連絡のようだった。
そこで影美は、お節介ながら自分の家に来ないかと由紀を誘ったのだ。
影美は以前に由紀の家が父子家庭であることを聞いていた。
その父親が帰ってこないとなると、由紀はしばらく一人で過ごさなければならないことになる。今朝方の集会の話もあり、由紀が心細くないだろうか、と心配したのである。
その申し出を由紀は喜んで受けた。
由紀にしても、あこがれの『影美先輩』と一緒に帰れるばかりか、その家にまでおじゃまできるというその申し出は願ったりかなったりであった。
かくて、由紀の父親の了承も得て、迎えに来るまでの間を一緒に過ごすことが決まった……というわけだ。
そうやって由紀を連れて帰宅した影美だったが、今日の料理当番として、自分よりも早く帰ってきているはずの美影は姿形を見せず、小一時間ほど待った挙句、仕方がないからと自分で料理を作り始めることにしたのだ。
由紀の的確な手伝いにより、思ったよりも早く料理が出来上がった。
聞けば父親と二人暮らしである影響からか、由紀もよく料理を作っており、そのあたりの要領は心得たものだった。
出来上がった料理は、一応美影の分も含めて三人分。美影の料理にラップをかけたあと、会話を弾ませながらいつもよりちょっぴり豪華な食事を平らげていった。
「ふう、食った食った」
「影美先輩ったら……それじゃおじさんですよ」
「あはは。ついいつもの癖でね……んじゃ、後はリビングでゆっくりとくつろぐとしますか」
場面は戻って、公園の茂みの中……
「さあてと、お楽しみタイムと行きますか……」
美影の肩に手をかけていた男が、その手を胸元へと持っていく。
それに対し、美影の体は何の反応も示さない。
「…………」
「……ひょっとして期待しているのか?」
「…………」
「だんまりじゃつまんねえじゃねえか、なんとか言ったらどうだい、ああ?」
「なんとか」
「つまんねえギャグかましてんじゃねえよ!」
男たちの脅しの言葉に対し、澄ました顔で応対する美影。
男たちは苛立ち始めていた。こんな状況に置かれればおびえたり泣き叫んだりするのが普通の女である。それが美影の場合、おとなしい口調はまったく変わらない。
明らかな侮蔑の言葉をかけられれば強がりとも取れるし、おびえる本心を見せないために努めて平静を装う場合もあるが、彼女の口調は強がりとも怯えを隠した平静とも取れない。言うならば……余裕の口調だ。
いつもと勝手が違うせいで、思ったように主導権を握れず、むしろ美影に弄ばれているような感覚にさえ襲われる。これでは男たちも面白くないだろう。
一方で美影の方はと言うと……この状況を鬱陶しく感じていた。
悪寒の主……すなわち、直接『あやかし』が取り憑いている人間がこの中にいるのは間違いないのだが……この連中の顔や態度を見ていたら、どれがその人間だろうがどうでもよくなってきた。
どうせこんなゴミみたいな連中のことだ、たとえ『あやかし』が取り憑いてなくとも、自堕落な生活をしていたに違いない。ならば、それこそすっきり排除してしまったほうがむしろ世のためと言えよう。
ちょっと疲れるが、時間もないことだし、ここは自分にとって一番面倒のない方法で片をつけることにする。
美影がそう心で決めたころ、胸をつかんでいた男は、洋服を引き裂こうとその手に力を入れ始めた。
「おら、女なら女らしくもっとおびえたらどうなんだ、ああ?」
それを聞いた美影は返答の代わりに眼鏡を外し、男の目をじっと見つめる。
男が見たものは……黒色のはずなのに様々な色に変化している美影の瞳。それとともに場の雰囲気が変化する。
今にも服を引き裂こうとしたその腕から次第に力が抜け、服から離れると同時にだらんと下がる。
顔からは表情が抜け、口はだらしなく開き、瞳孔もどんどんと広がっていく。
周囲を囲っていた男たちも、そこでようやく様子がおかしいことに気づく。
「……ここにいる男たちを殴り倒しなさい」
美影が抑揚無く男に命令を下す。男は首を縦に振ると、男の一人に向かってゆっくりと歩き始める。
「お、おい……どうしたんだよ!?」
「どうしてこっちくるんだよ、返事しろよ!」
そんな男たちの声に耳を傾けることなく近づいていくと、あらん限りの力を振り絞って殴る。
鈍い音ひとつ立て、相手の男は昏倒する。
脇にいた男は、それにびびって体を震え上がらせる。
その反対にいた男が美影に怒りの声を上げる。
「てめえ、そいつにいったい何したんだ!?」
見えない恐怖にその声はかすかに震える。
「私の説得に改心して、私を守るために戦ってくれている」
「ふざけるな、そんなわけ無いだろ!」
振り向いて、声を荒げる男に少しずつ近づく美影。男は動かない……いや、動けない。
「じゃあ、あなたも私の『説得』……受けてみる?」
「う……うわあぁぁぁぁぁ!!」
そう言うと美影は再び目に力を入れる。あらん限りの叫び声を上げる男。だが、その声は突然止まる。そこにいるのは先ほどと同じ表情の無いゾンビのような男。
男は亡霊のようにふらふらと歩きだし、そのあたりで殴り続けている男に近づく。すると男たちは互いに殴り合いを始めた。
美影の力が次々と男たちを捕らえる。殴り合いに参加する人間が増えていく中、美影はその中にどす黒い何かが湧き上がってくるのを感じた。どうやら『あやかし』が姿を現したらしい。
ギウヲオォォォォォ……!
普通の人間には発音できないような不気味な音を立てて、それは美影に向かって飛んでくる。
「取り憑かなければ何もできないような『あやかし』がこの私を倒せると思っているのでしたら、それは大きな間違いですわよ?」
美影は右手を頭の上に振りかざすと、すれ違いざまにその手を『あやかし』に向かって振り下ろす。
……ウギョゥヮァァァァァッ!!
一瞬の沈黙の後、『あやかし』はこれまた普通の人間には発することのできないような音を立ててその場に四散する。しばらく経つと、どす黒いものは跡形も無く消え去っていた。
美影はそれを確認した後、ふっと力を抜き、胸ポケットにしまっていた眼鏡をかけなおす。それとともに周囲の空気も元の状態へと戻っていく。瞳はすでに元の黒色を取り戻していた。
「『不良グループ仲間割れ? 公園で大喧嘩、数人重傷』……というところかしら?」
明日の三面記事を好き勝手に想像しながらひとりごちる美影。
公園が元の静けさを取り戻したとき、その場に立っているのは美影だけ、あとの人間はすべてそのあたりに転がっている。
「さて……誰かに見つかる前にお暇しますか」
美影は静かに茂みから抜け出し、そのまま何食わぬ顔をして公園をあとにした。
そのころ……
「くっ……うぅぅぅぅぅ……」
「ど、どうしたんですか、影美先輩!?」
突然の事態にどうすればいいのかわからず混乱する由紀。
影美が風呂に入っている間、由紀はリビングでテレビを見て楽しんでいた。ところが、30分番組のエンディングが流れる頃、由紀の背後で大きな物音がした。
後ろを振り返ると、そこにうずくまっている影美の姿があった。
風呂上がりの薄着のままで、胸のあたりを押さえて苦しむ影美。由紀は急いでそばに駆け寄り、その背中をさする。
「せんぱい、せんぱ……」
声をかけながら影美の顔を覗こうとする由紀。
だが、影美と視線を合わせた瞬間、その声が突如凍りついてしまう。
「あ……」
由紀は影美の瞳から目を逸らすことができなくなっていた。
いつもと違う影美の瞳……赤、青、緑、紫……何色とも表現のつかないその瞳に、どんどん吸い寄せられていく由紀の心。それとともに顔からは表情が消えていった。
由紀の瞳はもはや影美の瞳しか映していない。しかし、由紀は影美の瞳を見つめていることさえ認識できなくなっていた。
「……あなたを、もらうわね……」
静かに、何の抑揚もつけずに紡がれる影美の言葉。それは強制力を伴って由紀の耳に……いや、心に直接届いた。
「……ハイ……」
由紀の心はただ、その言葉に従うだけだった。
二人の唇が軽く触れ合う。その瞬間、由紀の脳髄に衝撃が走る。
甘い……これほど甘美なキスが世の中に存在するのか……麻薬のような常習性を伴う影美の口づけに酔いしれる由紀。
もっと味わっていたい……そう思って唇を影美に突きだそうとした時、影美の唇がふと離れる。由紀の顔が少し曇る。
「ゆっくりでいいから、服を脱ぎなさい」
今の由紀にとって影美の言葉は神の啓示。その言葉に従うことが彼女にとっての喜びとなる。逆らう、という概念が頭に浮かぶことさえない。
「ハイ……」
よって、由紀の行動に迷いはない。曇りかかった表情が明るくなると、両手が胸元へ伸びる。一つ一つ、確実にブラウスのボタンを外していく。
それを見て取った影美は、再び由紀とキスをする。今度はキスと同時に舌を差し入れる。
「ん……むむ……」
それに答えるかのように由紀の舌が影美の舌と絡み合う。由紀の口の中に影美の唾液が流し込まれる。
飲み込む……おいしい。今までに飲んだどのような飲み物も、この味わいの前では無味無臭も同然である。
むさぼるように由紀の口の中を蹂躙する影美。それは由紀に心地よい刺激として伝わり続ける。
影美が再び唇を離したとき、由紀の上半身は完全にはだけていた。
影美は少し顔を下げて、由紀の乳房にしゃぶりつく。
「アン……」
わずかにあえぎ声を上げる由紀。そんな中でも、由紀の手はスカートのホックを外しにかかる。
ゆっくりとスカートを脱ぐ。彼女を覆い隠すものは、秘部を覆い隠すショーツだけとなった。
舌で乳首を転がす影美。続いて乳首を強く吸い出す。
もし由紀が子供を産めるような状態であれば、間違いなく母乳が出てきたであろう強い吸引に、由紀の身体は小刻みに震える。
影美の口が乳房から離れる。影美の顔はさらに下がり、秘部の前に到達する。
乳房の快感に酔いしれていた由紀だったが、思い出したかのように手を動かすと、ショーツを静かにずり下げる。
「よく覚えていたわね、えらいわ……ご褒美にあなたの一番気持ちいいところ、舐めてあげる」
「ハイ……アリガトウゴザイマス……」
命令を遵守できたという嬉しさと、ご褒美をもらえるという喜びは、由紀の中でさらなる快感へと変わり、その秘部をしとどに濡らしていく。
「うふふ、こんなに濡らしちゃって……由紀はいけない子ね」
「ハイ……ユキハイケナイコデス……」
影美の言葉にオウム返しで答える由紀。おそらくは自分で何を言っているのかさえ理解できていないだろう。
影美の舌が由紀の秘部に触れる。舌先で軽くくすぐった後、その中にある突起をゆっくりと舐め上げる。
「ヒャウ!」
吸い込むような声と共に由紀の身体が跳ね上がる。影美はそのまま秘部を濡らす愛液を丹念に舐め上げ、吸い上げていく。
「ア……ア……ア……」
由紀はただ、秘部から伝わる快感に身を任せていた。それはまるで、影美の舌が秘部をシャーベットのように溶かしていくかのような感覚だった。
由紀は間違いなく忘我の極地にいた。今この場で心臓を刺し貫かれたとしても、その痛みが、血の抜け落ちる感覚が、エクスタシーとして感じられることだろう。
愛液を舐め終わった影美は、最後に突起を口に含み、そのまま一気に吸い上げた。
「アアアアアァァァァァァッ!!」
由紀の快感は頂点に達し、それと共に秘部から何かが吸い取られるような感覚を味わう。当然のことながら、それがなんであるかを理解することはできない。
瞳が元の黒色を取り戻したとき、影美は目の前に由紀が倒れているのを初めて認識した。
「……もしかして、やっちまったか、あたし……」
この感覚は、自身何度も経験したことがある。
心身共に大きく消耗すると、一時的に自我を失い、近くにいる人間を襲ってその精気を吸い取ってしまう……自分の身体に眠る忌々しい『力』である。
だが、そうなった理由が思いつかない。通常は大きな『力』を使ったときだけこのような事態に陥るのだが、影美自身にはそこまで消耗してしまうような行動を取った記憶がなかった。
いや……一つだけ、そうなる可能性が影美の脳裏に浮かんだ。そしてそれが事実であることを『感じ取った』。
「美影のヤツ……」
少し苦々しげにつぶやくと、影美は脱衣所に置いてあるカチューシャを急いで取りに行った。
「ただいま~」
家の中に美影の声が響く。しかし、返事は無い。廊下の電気は付いているし、リビングのほうからかすかにテレビの音が聞こえてくるから、影美が帰っているのは間違いないようだ。
とりあえずは、テレビの音が聞こえるリビングへと向かう。リビングに通じるドアを開けると……そこには影美が仁王立ちして待っていた。
「み~か~げ~!!」
「え、影美……いったいどうしたの?」
「それはこっちのセリフよ! あんた、『力』使ったでしょ! おかげでこっちはえらいことになったんだから!」
そう言うと、あごを器用に動かして、後ろを見るよう促す影美。
促されるまま影美の肩越しにリビングの様子を伺う美影。そこには一人の少女……由紀がぐっすりと眠りこけていた。
「あら……もしかしてあの子からいただいたとか? 道理で使った力の割に疲れないと思ったら」
「あのねえ……『力』を揮うのは勝手だけど、こっちに影響が出るような使い方はやめてよね!」
「今回のは不可抗力ですわよ。『あやかし』が現れて、仕方なく『力』を使ったのですから」
「だったら、せめて予告ぐらいしてよ! カチューシャ付けてないときに使われたんじゃ、こっちの『力』が制御できなくなるじゃない!」
そんな言い合いをしていると、後ろでうめき声が聞こえる。どうやら由紀が目覚めたようだ。
「うん……影美先輩……あ、美影先輩も帰っていらしてたんですね」
「おはよ、由紀ちゃん……ずいぶん疲れてたみたいね。そろそろお父さんが迎えに来るころだから、もう起きてなよ」
「あ、はい……」
影美の言葉に生返事を返した由紀は、ぼうっとする頭を軽く振りながら立ち上がる。そして、とてとてと二人のそばに寄ると、じっと影美の顔を……瞳を見つめる。
「……どうしたの?」
「影美先輩……また、してくださいね……」
「な、何のこと?」
「先輩、さっき言ったじゃないですか、由紀をもらうって。だから、由紀のすべて……先輩に捧げます。その代わり、由紀にもっともっといいこと、してください☆」
言って影美に『ひしっ』と抱きつく由紀。その姿はもはや恋する乙女そのものである。
影美はばつが悪そうに目を逸らす。
由紀の言葉に偽りはない。影美が命じれば命だって捧げるだろう。それが、影美の『力』に魅入られた人間のさだめなのだから……由紀の顔に浮かぶ幸せそうな表情がせめてもの救いである。
「え~い~みっ、もてるわねえ、あなた」
「誰のせいでこうなったと思ってるんだよ、まったく……」
茶化す美影に、顔を膨らませて怒りの態度を示す影美。
由紀はそんな二人の成り行きをほほえましく見つめていた。
美影と影美……この双子の辞書に『平穏な日常』という文字は存在しない。
< 続く >