琴音の店を訪れるのは久しぶりである。東京都内でも有数の盛り場の一角に、彼女の店が入居している雑居ビルがある。
ビルの前の通りでは、花売りの婆が商売をしていた。ちょうどいい、俺は適当な花束をみつくろって金を払った。
まるで何かに導かれるかのように、エレベーターに乗って、六階で降りる。
一つのフロアだけで数軒の酒場が入居しているうちの、重々しい扉に「琴音」と記されている店である。
俺は扉をおして、中に入った。
「あら、いらっしゃい。お久しぶり……」
琴音が一人で切り回している小ぢんまりとした店である。
俺はいつもの通り、一番奥から二番目のストゥールに腰を下ろした。
それにしてもいつ来ても客のいない店である。金曜日だというのに、俺よりほかに客の姿はない。
「会いたかったぜ、マイ・ハニー。これ、おみやげ……!」
私は芝居がかったおおげさな身振りで、ついさっき買ったばかりの花束を差し出した。
「まあ、嬉しい……。どうした風の吹き回しかしら……」
琴音は、ジンをソーダで割り、ライムを絞って出してくれた。とりあえず、のどの渇きを癒すのに、いつも俺が飲む酒である。
琴音とは和風の名前だが、本名ではあるまい。
本人はやや浅黒い肌に、大きな目と高い鼻梁の整った顔立ちをしており、西域の血が混じっているように思う。
確かめたことはないが……。
営業用なのだろうが、アラビアンナイトから抜け出てきたような、ヘソを出した妙に露出度の高い服装で、薄いヴェールをかぶっている。
官能的な踊りでも見せてくれれば、よく似合う。
年はわからないが、バーのママにしては若い方だと思う。
実は俺がこの店に足を運ぶのにはわけがある。
彼女の妙な格好は伊達ではない。琴音は酒場のママとしての顔のほかに、実は洋の東西を問わぬ神秘的な技法の数々、
すなわち催眠術、占星術、降霊術、甲賀忍術、ブラジリアン柔術その他もろもろに精通した、魔女的なキャラクターとしての顔を持っているのである。
特にお手の物なのが、媚薬、長寿薬、強精薬といった神秘薬の調合である。
以前俺は琴音の薬で、しつっこかった水虫を治してもらったことがある。
ところで、先日の社内合コンに参加した俺は、総務課のアイドル・麻美ちゃんとツーショットに持ち込み、みごと週末デートに誘うことに性交……いや、成功したのだ。
したがって御用の向きとは他でもない。俺の男の魅力をもってすれば、麻美ちゃんとラブラブな関係になることはいともたやすいことではあるが、
より確実に、かつ、より短期間で効率的に成果をあげるためには、琴音の調合する薬の効果に期待したとしても、決して戦略的に誤りとはいえないであろう。
そして、その勢いであんなことしたり、こんなことしたりしても……。
むふふふふ……うわはははは……。
「下心丸出しじゃないの……イヤねえ……」
おっと、しまった。いつの間にか声に出して喋っていたようだ。まあいい……説明する手間がはぶけた。
「と、いうわけなんだよ。いっちょう惚れ薬ってのを調合してやってくれよ、琴音……!」
「なにが『と、いうわけ』よ。恋は男と女の心の機微……。それを取り持つ秘法とくれば、お遊びというわけにはいかないわ……! 強精剤や水虫の薬と一緒にしないでよ!」
「だってよく聞くじゃねえか、惚れ薬って。好きな相手に飲ませれば、たちどころに相手も自分にホの字になるって……!」
「そうね、そもそも惚れ薬とは、交合したる猿の牝雄の、絶頂に達する直前において、その交合部分を切断した血と精をもって調合すれば、お互いを求める魂魄は、男女の仲の取り持ちに、霊験あらたかとか言うわ」
「さっそくその猿のエッチというやつを……」
「発情した猿なんて都会の真ん中にいるわけないでしょ……!
それにあんた何か勘違いしてない? あたしの秘術はけっしてそんなオカルトじゃなくて、れっきとした合理的な技法よ……!」
「よくわかりました、琴音さま……!どうかこの私のために力を貸してくださいませ……!」
「なにさ……都合のいい時だけ……」
ぶつぶつ言いながらも、琴音は腰をかがめるとバーカウンターの下から、一冊の本を取り出した。
皮装の分厚い本である。これがいわゆる琴音のアンチョコ本である。かなり時代がかった本で、よくわからん外国語で書かれており、俺には一行も読むことができない。
ただ、裸の男女が絡み合ってる挿絵だの、ゲテモノの図解だの、妖しい雰囲気満載の本である。
琴音はページを繰ると、心当ての箇所を捜し当てた。
「そうねぇ……催淫剤なんてどお?」
「イイ!イイ!……なんかとってもHっぽくてイイ!!それで麻美ちゃんゲットぉ?!」
「あのねぇ……この手のものは一種のスキルなのよ。薬は催眠効果を助長させて、雰囲気を盛り上げてくれるけど、肝心なのはやっぱり使い手のウデね」
「ほう……」
「試してみましょうか?」
「いいね」
琴音がカウンター越しに身を乗り出し、息がかかるくらい近くに顔を寄せた。
海の底を覗くような深い瞳に、俺の顔が映っている……。
「いつまで……正気でいられる?」
琴音は、ブランデーグラスを二つ、カウンターに並べて酒をそそぐと、飾り棚に並べた壜の中から乾ききった木の葉をおもむろに取り出し、ライターで火をつけた。
「なんだい、その葉っぱ?」
「内緒……うふふ……」
燃え尽きないうちにグラスに落とすと、琥珀色の蒸留酒の表面に青い炎が燃え上がった。
炎に照らし出された二人の影が、天井で絡み合うようにゆらめいた。
頃合いを見計らって琴音がふぅっと息を吹くと、炎は消え、同時にえもいわれぬ香りが、周囲に漂った。その時、俺のムスコが確かにピクンと反応した。
「どうぞ召し上がれ……あたしもいただくわ……」
チン、とお互いのグラスを合わせ乾杯すると、口をつけた。
カウンターの片隅に置かれた香炉からは、店に入ったときから、うす紫の煙が立ち上っている。
馥郁とした酒が、喉元を過ぎ、胃の腑におさまると、内臓にじわりとしみ込んでいく感覚がたまらない。
「お味は?」
「うまい」
「好みかしら?」
「好みだ……」
「好き?」
「好き……」
「愛してる?」
「愛してる……」
「キスして……」
俺はカウンター越しに身を乗り出して、ヴェールをかきわけると琴音の唇に唇を重ね、彼女の肩を抱きしめた。
「単純ね……」という琴音の声が聞こえたような気がしたが、もうどうでもいいことだった……。
「しばらく来てくれないんだもの……。あたし切なくなっちゃった」
「俺も……」
「他の女のことなんて、今は考えないで……」
「君しか見えない……」
店の片隅のソファに琴音を寝かせると、あらためて濃厚なキスをかわした。
そして、衣装の胸をはだけさせ、乳房をむき出しにすると、珠のような乳首を吸った。
舌先でころころところがすと、琴音は「あっ」と短い叫び声をあげた。
豊満な乳房を両手で挟み込んで、谷間に舌を這わせる……。
乳首がかたくしこってきた頃合いを見はからって、身体の中心線に沿って、唇を這わせる。
足長バチのようにくびれたウェストをまさぐり、だぶだぶしたパンツを脱がせる。琴音は下着をつけていない。
以前、女の股間に顔を埋めて小一時間、湯気が立ち上るまで、こってりとクンニをしてやったことがある。
客の来る気配はないとはいえ、残念ながら店先でそんな気長な真似をするわけにはいかない。
ただ、偉そうな顔の琴音には、少しばかり恥ずかしい思いをしてもらうことにしよう。
琴音の恥丘から大陰唇にかけてはまったりとして、ひじょうに肉付きがよい。
唇と歯と舌を使って、もてあそぶと、むっちりと吸いついてくるような感覚と、弾力がある。
薄っすらとしたヘアは、褐色をしていたと思う。
股を大きく広げさせて、その奥の熱っぽい媚肉に舌をのばす。たしか琴音はヴァギナよりクリトリスで感じるタイプだったはず……。
「ふぅん……うふん……」と、琴音は鼻にかかった甘ったるい声を出す。
あふれ出てくる女のエッチな汁を、ジュルルと吸いこんでやった。
「あぁん……!」
声が大きくなってきた。いいぞ……。
ジッパーを下ろして取り出した俺のムスコも、ギンギンにいきり立っている。
「イヤよ……こんなカッコ……」
ソファの上に這いつくばらせ、尻を突き出させた格好が気に入らないらしい。ほんとは好きなくせに……。この淫乱女……。
尻の肉をおさえつけ、おもむろに後から挿入(い)れてやった。
「ひぃ―――――っ!あぁ―――――ん!」
おかしな声出しやがって。俺は腰をグラインドさせ始めた。
おまえの恥ずかしい肉がはみ出して、ぐっちゃぐっちゃになるまで掻き回してやるよ……!
「あはっ……!んふっ……!ひぃあっ……!きゃんっ……!」
琴音がヘンな声を出している。俺は手を伸ばして、両の乳房を乱暴に揉みしだいた。
琴音の肌はどちらかというと、キメが粗いほうなのだが、弾力のある肉の感触が心地よい。
俺はつながったままの状態で、琴音の身体をぐるりと上向かせて、右足を持ち上げ抱え込んだ。いわゆる帆掛け舟の体位で、さらに腰を突き上げた。
琴音の大きな乳房がゆさゆさと揺れる。ラメのかかった唇が半開きになって、たえず喘ぎ声を漏らしている。セクシーだぜ……。
俺のムスコがもう一本あれば、同時に口にも突っ込んでやるのに……。
琴音は自分からさらに深いつながりを求めて腰を押しつけてきた。くっちゃくっちゃとイヤらしい音が高まっている。
ふいに琴音のせつなげな目と、目が合ったとき、俺は奇妙な気分になってきた。俺はここで何をしているのだろう?
酒を飲みにきたはずの店で、いつのまにか若い美人ママと深い仲になっている。こんなつもりじゃなかった? でも、期待はしていたかも……。
抱かれているのは、琴音か? 俺か?
深く悩んでいる暇もなく、熱いものがこみ上げてきた。あっ……!イク……かな?イクな……。琴音、出すぜ……。
琴音がパチンと指を鳴らした音を、聞いた気がする。
ふっと目を醒ますと、俺はやがて夜明けを迎える盛り場の街角で、一人つっ立って空を見上げていた。まるで阿呆のように……。
頭は奇妙に冴えていた。昨夜のことは、すべて覚えているのだが、ここに琴音はいない。
そう、いつもの事だ。
俺は知っている。もう一度、あの雑居ビルの、あのフロアに足を運んでも、そこに琴音の店はない。誰に訊いても、その場所はわからない。
だが、またいつか、俺が琴音を必要として、この街を訪ねる時、俺は過たずその場所に立っているのだ。
琴音の店の前に。
< 終 >