おねえさんの下僕になって 1

第一夜

(みなさん、残暑見まい申し上げます。
 本当にまだまだ暑いですね。
 また、僕の出番はないからと、じゃあこれでもやれって言われて、僕は案内係をやっている犬です。

 今度は、また何の話を送ってきたのかっていうと、ここには以前「男の子の夜がこわくなる」という作品が送られているのですが、このうちの第二話にあるおねえさん編にどうやら続きを書かれたようです。独立した話になりますが。

 さあ、悪魔のカーテンを開けてって言われても、僕、怖いよう。おばけは苦手だもん。えっ?おばけが犬を怖がる話はあるのに、その逆はないだろうって?嫌だって言われるのが怖いだけですよ、僕の場合は。

 わっ、ひとりでに開いた、びっくりした。邪魔だから退いていますね、ワンワン。)

 この話は、毎朝交差点で年上の女学生の姿を見て萌えることに生き甲斐を感じていた?男の子が、その女学生を実際に追いかけたら相手が吸血鬼であることがわかり、実際に吸血鬼にされてしまったその後を描いたものである。

 明日から夏休みという百合樹は、成績が少し良くなったこともあって帰って通知表を母親に見せるのが楽しみとばかり帰宅の通学路にいたのであった。

 だが、その足も早くなりかけた途中で、つい数ヶ月前のことを思い出させる悪夢が蘇った。

「うわっ。もしかして、あのおねえさん…。」

 百合樹が歩いている途中で、その女学生がどうやら同級生らしい者と三人でゆっくりおしゃべりしながら歩いていた。ひと目でわかったのは勿論、いつも憧れていた長い黒髪に他の二人と比べると大きく太った体形で目立っていたからである。

「もしかして、あれからまた髪の毛長くなってるみたい。いやらしいと髪の伸びるのも速いって本当かな?」

 百合樹の注目する彼女の長い髪の毛はポニーテールのように頭の上でいったん太めの白いヘアゴムでひとまとめにしてそれからその一本に束ねていた髪をさらに三つ編みに結い、スカートの上裾あたりまで届いたところでもうひとつの黒いヘアゴムを毛先にゆわえていた。
 以前に見たことのない姿を見て百合樹はまた興奮してきてしまった。

「やだ、すぐあのおねえさんを見ただけで…。」

 百合樹は実際に女学生に襲われて吸血鬼になり、夜中に襲った少女からまた血を吸ってさらに女学生に血を吸われるなどしていたが、もう自分の父親も元気になったから来なくていいと言われたのであった。百合樹も、決して女学生のことを嫌いになったわけではなかったが、女学生の正体を見てやはり怖いと思ってしまったため、もう近づかないようにしようと思っていた。吸血鬼であることも怖かったが、それより自分の下半身をまさぐってくるいやらしい行為のほうが百合樹にとっては強烈なインパクトがあったようである。
 このため、だれかを襲って血を吸おうという考えもいつのまにか、「自然消滅」していたのであった。

「まさか。おねえさんはあっちの学校からあの歩道橋を使うのは遠回りなのに…、隣にいる友達と一緒だったからか。」

 百合樹の通う学校の途中にある道路には、新しい歩道橋がいつも女学生の姿を見つけていた交差点と少し離れた場所にできたのであった。百合樹にとっては、この歩道橋のほうが自宅からの近道となったことで、これでもう女学生に会わずにすむと思うようになり、事実会わなくなっていつのまにか女学生のことも吸血鬼になっていたことも忘れるようになっていた。

 百合樹は、女学生たちが早く先へ歩いてくれないかと思っていたが、歩道橋をわたって方向が両側に分かれるところで、やっとその女学生が左側つまりその女学生がある家のほうに歩道橋の階段を降りていき、一緒に歩いていた二人の同級生らしい女学生も反対側に降りて分かれていた。

「じゃあ、美子ちゃん、夏休み中ずっといないけど、身体に気をつけてね。」
「二人とももう田舎に行って来るの、いいわね。」
「あら、美子ちゃんは田舎はないの?」
「うん、両方ともおじいちゃんとおばあちゃんが近くに住んでるから。」

 その会話が大声で聞こえたので、そういえば、名前も聞いたことがなかったが、たしか表札には「小川」とあったから、美子と呼ばれて受け答えした女学生の本名は小川美子(おがわ・よしこ)ということになるのかと、百合樹は思った。

 百合樹は、彼女に気づかれたくないからと、美子が降りていったのを確かめて足早に反対側の階段を降りていった。まだ美子と一緒だったふたりの女学生が前を歩いていたが、百合樹はその女学生たちを追い越さずにすぐ横の細い路地に入っていったのであった。もう大丈夫だろうと思ってゆっくり歩くことにした。なに、もう自分はあの女学生とはもともと関係ないのだと思っていたが…。

「うふふふ。久しぶりね。」
「うわっ!」

 いきなり、背中からいつのまにか美子が近づいて、百合樹に抱きつき、右手を股のところへ伸ばしてきたのである。

「うっふふふ。やっぱり勃っているじゃない。さっき、わたしの後ろ姿見てこうなったんでしょ。」
「離してよ、やだ、おねえさん。」
「なに、大声なんかだしたら、あんたのほうが痴漢に見られるわよ。第一、あんたがいつもわたしのことを追いかけてきてたんだし。」
「もう、追わなくなったからいいでしょ。」
「そうはいかないわよ。わたし、あんたがもういなくなったのかと思って寂しくなったと思ったけど、新しく歩道橋ができてこっちの道を通っていたのね。ふふふふ、今日は学校も終った日だし、わたしの家に来て遊ばない?」

 背中にはまた特大と言われるような胸も押しつけられて、気持ちがおかしくなる百合樹だったが、どうしたら彼女が離れてくれるようになるか考えながら話し始めた。

「あの、ママがごはんつくって待っているから、うちに帰らないといけないので…。」
「じゃあ、いいわ。お昼終ったら来て、いいでしょ。女の子のお誘いは断ったら一生もてなくなるわよ。」

 べつに、そうなっても構わないと思った百合樹だが、断ったらこのまま離してくれないと思って一応受けることにした。

「わかったよ。後で行くから。だから、離して。」
「ふふふふ。おいしい思いはしっかりさせてあげるからね。楽しみに待ってるわよ。」

 美子の口のなかに、やはり牙が鋭く光っていた。ようやく、方向を反対にして自慢の長い三つ編みの髪を振りながら百合樹から立ち去っていった。

 それにしても、自分のことを好きではないとばかり思っていた相手が、寂しくなったと言われてやはりそう思うものなのかと、百合樹は少し年ごろの女の心を理解したような思いになった。たしかに最初に追いかけたのは自分のほうだったから、もう彼女から逃げることはできないが、少し忘れておこうと百合樹は思った。

「百合樹の成績上がったのって、なんだ、2だったのがみんな3になっただけじゃない。」
「でも、低くなったのは一つもないよ、ほら。」
「ま、今日は特別にデザートつきで豪華メニューにしてあげるわよ。」
「わーい。」

 こうして、母親に通知表を見せて自分の部屋に戻ると、美子のことなどすっかりなかったものと思えるくらいに百合樹は忘れてしまったようであった。

 昼食も終って、ちょうど暑さも激しくなり、百合樹はついに自分の部屋でうとうととなってしまった。だが、百合樹の頭がしばらくしてから痛みに襲われ始めた。

「もう、お昼終ったんでしょ…、さっき約束した通り…来て、わたしの…家に、早く…。」

 どこから呼んでくるのか。やはり相手は吸血鬼で、ずっと恐ろしい魔力も持っているのである。しかも、手足がいつのまにか自分で操作できず、彼女にあやつられているという感じで歩かされていた。わかったから、あまり急かさないでと、距離が遠くても美子に願わずにいられない百合樹であった。

「あ、ママ。友達と遊ぶ約束して時間になったから、出かけるよ。」
「どうぞ。」

 百合樹の母親も、あまり子どもに家にいられたらのびのびできないと思っているようで、外出はかんたんに許している。だが、まさか自分の息子の言う友達とは、ずっと年上の女学生であることなど夢にも思わなかっただろう。

 結局、百合樹はそれほど時間も経たないうちに美子の家にたどりついて玄関が開かれ、先程と同じ髪形のままで制服も着替えていない美子が現われていた。

「うふふふ、よく来たわね。」

 美子は前に垂らしていた一本のポニーテールを三つ編みにした黒髪の毛先をつまんで、百合樹をあやつって引き寄せていたのである。

「ああっ、自分で行くから髪の毛であやつるの…やめて。」
「ふふふふ、髪の毛を長くしている女の子にはこうしていろいろ特権が与えられているのよ。」

 百合樹は、美子の家にこうして2ヶ月ぶりかで入ったのであった。

「まだ、制服着たままなの?」
「これからおふろに入るから脱ぐのよ。」
「おふろって…。」
「勿論、あんたも一緒よ、いいわね。」

 百合樹はすぐに片腕をつかまれて、浴室の脱衣場に入れられてしまい、脱衣場の扉も閉められてしまった。

(はーい、案内役の元コロ、えーと本当の名前はまだない、ある文豪の名作に出て来る猫と同じ立場の犬です。今回はここまで。本当に怖そうなおねえさん、それでも男の子のほうはこのおねえさんが好きらしいですね。人間の好みなんて、勿論犬の僕にはわからないけど、いったいどうなっちゃうんでしょうか。それは次回をお楽しみに。)

< つづく >

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