女がいる。
聖母のような微笑で男、女をたぶらかす女。
現世に残る、たった一人のあやかし。
成人したての女子のような姿で、長い間人の”性”を受けは生き。
何を目的とするわけでもない。
何がしたいわけでもない。
ただ生を受けた。それだけである。
自分の楽しみ―――飢えを満たすがためにこの世に生き続ける。
名は”亜 見 智――あみち”
誰が名付けたわけでもなく、持っていた名。
男がいる。
何千何百、何億といる人の中の一人。
そう、たった一人の男。
初々しさが残るといえ、男らしさが見え始める姿。
まだ女を知らず、今では珍しく誠実に生きている男。
残された妹と二人、健気に生きる男。
――――後に亜見智と巡り会う男。
それは運命なのか、男が決めたことなのか、また亜見智が望んだことなのかは分からない。
分かっているのは二人が巡り会うこと、それだけである。
その後に何が残るのか、何が紡がれるのかは分からない。
何も、誰にも分からない―――――。
男の名は”鶴来 光一―――つるぎ こういち”
光が射す一筋の道。
その意として父親が名付けた。
亜見智 1
「・・・・・っふ・・・ごちそうさま」
薄い電灯に照らされた夜道。
艶かしく女―――亜見智は唇を舐める。
どさりっとスーツに身をくるんだ男が倒れる。
「・・・ふふ・・・あんまり美味しくなかったけど、前菜としてはなかなか・・・ね」
少し満足したように微笑むと、亜見智は軽々しく跳ねその場を立ち去る。
昼間の暑さとは違い、気温の差が感じられる夜。
全身を包む冷やかな風が心地よい。
特に顔に当たる風だ。
少し火照った顔を冷やしてくれる。
「・・・・んん・・・んふふ・・」
春麗らかな日、日向を楽しむ猫のような甘えた顔。
肩より少し長い髪が風で揺れる。
空を舞う姿が月明かりに照らされる幻想的な光景。
その光景を眺めるもの、魅せられたものが今宵のメインデッシュに選ばれるーーー。
「見~つけたっ」
屋根伝いに高く飛び上がると、ご馳走の待ち受ける所へと降り立つ。
「・・・きゃあ!!」
急に目の前に現れた女の子。
さっきまで遠い場所で”踊っていた”女の子だ。
二階であるというのに女の子はいきなり少女の前に現れた。
コンコン。
女の子が窓を叩く。
微かに”ここを開けて?”という声が聞こえる。
人懐っこそうな、人畜無害な笑顔。
少女は何の迷いも無く窓の鍵に手をかけた―――。
「こんばんわ」
「あ・・・・・あの・・・・・」
「もう寝るところだった?ふふ、ベッドに入っているものね」
「い、いえ・・本を読んでいたから・・・」
読んでいたと思われる本は亜見智が少女の前に現れたときに床へ落とされていた。
ふわっと亜見智は飛ぶと床へと降り立った。
本を拾うと、亜見智は少女に手渡す。
「はい、どうぞ」
「あ・・・・ありがとう・・・」
「どういたしまして・・・ふふ」
少女は亜見智から本を受け取ると脇のベッドスタンドへと置く。
「読まないの?」
「・・・・・うん・・・それより・・・」
「”貴女は誰”かな?」
少女はこくりと首を振る。
「私は”亜見智”」
「亜見智・・・・それって名前・・・?」
「そうよ。”亜見智”私の名前」
「どうして・・・ここへ来たの・・・?」
「あなたが私を見ていたから。分かるでしょう?」
少し時間を置いて、また少女はこくりと首を振る。
「でも良かった。薄そうだけど、美味しそう」
少女は何を言っているか分からないと言った顔をする。
「・・・ふふ。あなたの生気の話。私のご飯よ」
「何・・・・言ってるの・・・?」
「私は人の―――正確に言うと生き物の生気を受けてこの身を生き長らえさせるの」
「人の・・・・・・・?」
くだけた調子で亜見智は続ける。
「あなた、体は丈夫な方?」
「・・・あまり・・・本とか読んでいるほうが好きだから・・」
「それは良くないけど、なかなか素敵ね。私は好きだわ」
亜見智はベッドに腰掛け、少女の顔に手を添える。
ぴくっと少女の体が振るえ、少し顔がこわばる。
しかし構わずに亜見智は少女の顔を長く細い指で撫で回す。
「ひゃっ・・・や、止めてください・・・」
「ん、本当に美味しそう・・かも」
亜見智は詰る手を止め、毛布越しに少女の体にまたがる。
「な、何をするんですか・・・?」
「あなたの生気をいただくの」
亜見智は少女の髪を撫ぜ妖しく笑う。
――尋常ではない雰囲気。
本気だ。この人は本気なのだ。
何とかしないといけない・・・・・。
「誰かっ」
助けの声が途中で切れる。
亜見智が少女の瞳を覗き込んでいるからだ。
まるで喉が痺れた様ようだ。
「良い娘だから・・・言うことを聞いて?」
今度はまるで金縛りにあったかのように体が動かない。
――――目が離せない。
「・・・・ひ・・・・・ぃ・・」
「怯えなくてもいいのよ。気持ちいいことだから」
衣服、毛布越しに亜見智が少女の太ももを撫で上げる。
「止めて・・・ください・・・・お願いです・・・」
「・・・・聞こえなかったわ。ごめん、何?」
「止めて・・・・・」
言いかけて少女の動きが止まる。
瞳も虚ろで、どこを見ているのか分からない。
「・・・・なんて言ったのか・・・・もう一度聞かせてくれる?」
―――今度は親しみを込めた笑顔を浮かべ、少女はハッキリと答えた。
「私のいやらしい体の生気を好きなだけ食べてください・・・・お願いします」
そう言った少女の手はすでに自らの股間を弄っていた。
体に掛かっていた毛布を乱し、二人の女が交わる。
少女の衣服は脱がされ、下着を申し訳程度に体に引っ掛けているだけだ。
「本当にいやらしいのね。性のことなんか無関心そうなのに」
亜見智は少女の秘所に指を出し入れしながら少女に言葉を投げかける。
「わ、私も・・んぅ・・・分からない、ん、ですっ!!」
事実、少女は性に関心をほとんどと言っていいほど持っていなかった。
亜見智もまた、生気を摂取するためには愛撫など必要なかった。
最小限の行為だけで十分なのだ。
こうやって相手の羞恥を誘うのは単なる楽しみである。
生まれ持った力で、すぐにでも淫売に変えることが出来るが矢張り、
楽しみのためにそういうことをしようとはしない。相手の反応を楽しむのだ。
「オナニーはするの?綺麗な色しているけど」
「し、しませんっ・・・・んぅ・・・」
だが、自ら小ぶりな胸を揉み解す姿からは説得力は感じられない。
「ふぅ~ん・・・」
「何で、こんなに気持ちいん、ですかっ」
「あなたがエッチなこと好きだからよ」
「私・・・違っ、んあっ」
亜見智が少女の真珠を爪ではじくと、少女の抗議は中断される。
「”違わない”でしょ」
亜見智の目が妖しく、鈍く光る。
少女の思考がまた鈍る。
「違わ・・・ない・・・。好き・・・・私・・・好きっ!!」
自らの手をより激しく淫部に這わせる少女。
「そう、いい娘ね」
くすっと亜見智は微笑むと少女と唇を重ねる。
「んっ、んん、っんふぅ・・」
でも――――――――――――。
(少し・・・・退屈だわ・・・・)
亜見智の瞳が真紅に染まる。
「んんーー!!んーんー」
口内を通して、食道から、胃から、心臓からーー足先の神経の一つ一つから、
熱くたぎるものが吸い出される。
物体ではなく感覚だが、まるですべてを吸い取られるような。
(もうすぐだから・・・じっとしなさい・・・)
数分後、少女は”抜け殻”になっていた。
生身の肉体から魂が抜け―――――いや、人形に魂のカスが移ったような。
時折体を震わせては僅かな呻き声を漏らす。
「ちょっと・・・・吸いすぎたかな?」
虚ろな眼をし、わずかながら涙をためる少女に亜見智は毛布をかぶせる。
「美味しかったけど・・・薄味すぎるわ。そうね―――」
「やっぱり体を動かしなさい。・・・そうね、セックスとかオナニーでもして」
そういって亜見智は少女に口付ける。
「いいわね?そうしたらまたいつか気が向いたときに遊んであげるから」
返事とも、抵抗とも聞き取れないようなうめき声を少女は漏らす。
もっとも亜見智にはどちらでもよく、答えも分かっていた。
元来たように窓に手をかけ亜見智は一言だけ少女に告げる。
「処女は私は興味ないから―――そうね、自分で破るなり、誰かに破ってもらうように頼み込むのもいいんじゃない?
・・・今度私に会おうと思うなら、もう少し”女”に近づきなさい」
自嘲する様に笑うと亜見智は、薄明るくなりつつある夜に消える。
月明かりだけが彼女の身を映し出す―――――――――。
< 続く >