連鎖-影の咆哮 第一話

第一話

悠久の時を漆黒の闇と過ごしてきた空間。
そこには闇以外の何者も存在はしない。

”禁地”。そこはそう呼ばれていた。
地図からは、歴史からさえ抹消され、伝えることを禁じられた場所。

そこは誰も寄り付こうとしない魔の領域。
悠久の時を経て、その領域を侵すものに闇は歓喜の声を上げる。

その闇は今、人による人為的なものに照らされても尚その光を呑み込まんと蠢いている。
光を、命あるものを全て喰わんとするように闇は蠢く。

カツン、カツン、カツン、カツン。
そこに響くのは機械的な足音と、鍾乳石から垂れる命のない水の音。

”虚無乃足掛リ”。嘗てそこはそう呼ばれていた。
真に闇を求め、魅せられたものだけが己の命の代償により近づく場所。

偶然手にした歴史書―――――――――禁書と呼ばれるものに記された文献を解読した時、女は唇の端を歪ませた。
余命幾ばく。
あと何年持つのか分からない命。
死への恐怖は日々強く、大きく育ち女の臓を喰わんとする。

そんな中手にした悪魔との契約書。
妄想や空想の類かもしれないことは十も承知。
しかし生きるための術は、それ以外に残されてはいないこともまた覆されることない事実。
それならば―――――――――。
何かの決意をしたとき、女の目は何処か狂気じみた欲望の光で満ちていた。

【闇ノ神、邪神ソコニ眠ル。死ヲ望ムモノ彼ト契約セン】

最初の一行目には古代の文字でそう書かれていた。
一行訳するのに一ヶ月かかった。
それでも訳が進めば進むほど次第に彼女は魅せられていった。

【生有ルモノ其処二近ヅクベカラズ。生ヲ望ムモノ彼ト契約セン】

オカルト違いの古ぼけた宗教書か何かとは最初から思っていたが、それは少し違った。
歴史学的にも、こんなに古いものが残っていること自体貴重なものだった。
磨り減っているとはいえ、それは間違いなく歴史的発見としてみなされるだろう。

【数多ノ欲望ヲ抱エシ者、邪心ト契約スベシ】

黒い染みがいくつか出来た表紙。
それはまるで魔窟のようだった。
手に伝わるプレッシャー。開ければ何が起きるか分からない。
しかし伝わる誘惑はまさしく本物である。

【邪神、汝ノ闇ノ深サヲ知リ汝ト契約セン】

頻繁に出てくる邪神という単語。
何かの神話に出てくるようなものだろうか?

【疑ウコト無カレ、伝エルコト無カレ、汝一人ノモノトセヨ】

まるで自分の心境を予期しているかの言葉にどくん、と心臓が高鳴る。
催眠術にかかったかのように何度も内容を朗読する。
「一人のもの・・・一人のもの・・・私だけの・・・もの・・・・私だけ・・・誰にも」

そして途切れた文の次のページにはなんだか分からない文様と、おそらく”邪神”とやらが住む場所への地図。
驚くことにそれは、日本より抹消された場所であった。
地形、島の形、多少の変容はあってもそのほとんどが日本列島と類似しているにもかかわらず、そこは抹消された場所。
”禁地”であった。

(間違いない。これは本物だ)
ドクンと、心臓が高く波打った。

震える手で彼女は最後のページに手をかける。
手が震えるせいかページがくっ付いてしまっているせいかはよく分からなかったが、開きにくい最後のページを間違っても破ってなどしまわぬよう慎重に手をかける。
「・・・・・・・・ひっ!!!??」

最後のページは”どろりとした”赤い液体で埋められていた。
少しの変色も見当たらない少し黒ずんだ真っ赤な液体。
紙に”吸収されることのない”赤い液体。
右手の人差し指で”それ”を掬い上げ、指先を自分の舌へと近づける。

口に鉄のような味が広がる。

「・・・アハ・・・・・アハ・・・・アハハハハハハハハアハッハハハハハハッハハヒャハハハハハハアハッハハハハハハハヒャハハハハハ」

それは彼女が医師より末期癌宣言を受けて半月ほど過ぎた冬のこと。

―――――そして彼女は知らない。
邪神がどんなものなのか。邪神が到底人間に扱いきれるものではないことを。
血で覆われたページに何が書かれていたのか。

◆◆◆◆◆

カチッ、カチッ。
ライトのスイッチを押してみるが反応がない。
(電池は新品のものを使っていたはずなのに――――――)

”喰われた”
なんとなく頭に浮かんだ単語。

見回しても辺りは漆黒の暗闇。
時が過ぎているのか止まっているのか、自分が何処にいるのか”生きているか”分からない。
だが女は嬉しそうに唇を横に広げる。
(本物だ。本物だ本物だ本物だ本物だ本物だ本物だ本物だ本物だ)
電流が背筋を走る。

「・・・はふぅーはふぅー・・・・フッ・・・・フフ・・・フフフ」
女はライトを足元に捨て、ポケットから小さなカッターを取り出す。
カッターから刃を出し、その刃を左手の中指の先端に当てる。
ぐっと力を込めると、そこから熱いものが流れ出てくるのを感じた。
「痛い・・・・痛い・・・・・生きてる・・・・生きてる・・・・・生きてルぅぅぅっ!!!!!!!!!!!!!」

これでもう、もう死ぬことに怯えなくてもいい。
これでもう、今日を境に死への恐怖に眠れぬ日々を過ごさなくてもいい。
これでもう、生を見せつけ生きるもの達への嫉妬に狂わなくてもいい。
もう、もうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもう全てを―――――――――。

なんと心地よい痛みか。
なんと満ち足りた気分なのだろうか。
狂っていると言われても構わない。
分からないのならば分からなければ良い。分かるのは自分独りで十分だ。

生きている。そして生き続ける。
この感覚を、快楽を味わい続けてやる。

ライトの光が消えかけていた頃から辺りの空気が変わり始めている。
灰色から、群青色、深い藍色、そして真っ黒。
空気の層が邪気を帯びたものへと深く変わり続けている。
生有るものにはけして受け入れられない、受け入れてはならない領域へ来た。
―――――――――来た。
とうとう、来た。

カツン、カツン、カツン。

凸凹とした石筍に足をとられることなく女は闇の領域を歩き続ける。 
一筋の光も存在しないその場所に恐怖を覚えることなくむしろ優々として。
―――――――何のためらいも持たずに。

冷気が体を舐めるたび著しく体温が奪われていく。
彼らが自分の生気を貪っているのだろう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?」

踏み出した一歩に違和感を感じる。
先が――――無い。
崖になっているわけでも、大きな穴が開いているのでもなく。
今までに感じたことのない感覚が自分に告げる。
”先が無い”のだと。
”これ以上の道はこの世に存在しない”と。

「フヒ・・・ヒヒャハハハハハハハハハハハハハハハハアハハハアアアアアアアアアアアアアアアアアアハハハッハハハ」

【邪神ガ眠ルハ、先無キ場所。闇サエ届カヌ禁地、邪神―――――――】

「汝ガ邪心ニヨリ呼ビ覚マス・・・・・・・・・・・」

何度も読み直し、一字一句残さず覚えきった禁書の言葉を呟きながら彼女はもう一度カッターの刃に力を込める。
指を伝い重力にその身を任せた血は、常闇に消えていく。

1滴、2滴、3滴、4滴。
―――――――――闇が消えていく、喰われていく。”何か”に。
ぞくっと、寒気が走った。

闇から、それ以上先のない場所からーーーーー雄たけびが走る。
それは喜び。それは誕生祭。
もう一度この世に姿を戻した、力を取り戻したことを祝う闇の精霊の復活祭。
力を少しでも取り戻すように”闇”を喰らう。
それまであらん限りのせいを喰らい続けてきた”闇”を喰らう存在。
(素晴らしい・・・・・・・・素晴らしいッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)

消えた闇のうちから”ヤツ”が現れる。
あらん限りの恨みと、喜びをその身に表した”ヤツ”が。
姿形は驚くほどの儚さですぐにでも消えてしまいそうなものだが何から零れだす狂気がその存在の大きさを示すもの。

「・・・・・・・・・・・・・・・人間、人間。貴様は人間・・・・・・・」

触手のような物がゆっくりと女の元へ伸ばされる。
しかし女の顔のすぐ前まで伸ばされた時、触手は何かに弾かれる。
バチバチッ!!!

「・・・・・グッ・・・・・ゥ・・・・・・・・・・結界・・・・・・」

禁書に描かれていた妙な形の紋様。
それこそが、言うならば悪魔を召喚したときの召喚陣の役割を果たす。
それを持っている限り、邪神は自分に手出しは出来ない。
強大な存在を自分の願いを叶える、自分のための自分の便利な道具とすることが出来る。
(これで・・・私は・・・・・・・・・・)

「手出しはさせない。アハ、アハはハハハはハハハハハはぁ」

「・・・・・ニンゲン・・・・・お前は何を望む・・・・・・」

女は涙を流していた。
女は狂喜の笑みを浮かべていた。

「命・・・・・命頂戴・・・・・・」
「永遠の・・・・・・・・・か?」
「ヒ・・ヒヒ・・永遠じゃなくてもいい。でもいつ消えるか分からないすぐに消える命なんていらない・・・だから頂戴」

くっくと声を押し殺した笑い声が闇に響き渡る。
「お前は私に何を渡す?無から有は生まれぬぞ」

「自由をあげたでしょ?封印をといてあげた、それでいいじゃない。さぁ早くッ!!」
「自由を私に与えると・・?」
「そうよ!!だから早く、早くうううううううう!!!!!!!!!」

足元で、獲物を狙うように蠢いていた触手が女を取り囲む。
先ほどと同じように、女に触れようとすると結界が触手を弾く。

「いいだろう、まずは病魔を消したいのならこの触手を体内に取り込むことだな。・・・・・・したがってその結界は邪魔になるわけだが?」
「・・!!?」
「さあどうする?身を護るために身を滅ぼすか?くくくくくくくくくく」
「―――――――――っ!!」

【闇ノ神、邪神ソコニ眠ル。死ヲ望ムモノ彼ト契約セン】

【生有ルモノ其処二近ヅクベカラズ。生ヲ望ムモノ彼ト契約セン】

【数多ノ欲望ヲ抱エシ者、邪心ト契約スベシ】

【邪神、汝ノ闇ノ深サヲ知リ汝ト契約セン】

【疑ウコト無カレ、伝エルコト無カレ、汝一人ノモノトセヨ】

【邪神ガ眠ルハ、先無キ場所。闇サエ届カヌ禁地、邪神汝ガ邪心ニヨリ呼ビ覚マス】

頭の中に住み着いたフレーズが何度も脳内を行き交いする。
目が邪神の君が悪い触手の動きを追う。
それは獲物を狙うような攻勢的な動きを見せて、獲物を誘い出す謀略さを適えているように見える。
本体の姿はぼやけた輪郭のようで何一つ掴むことが出来ないがきっと薄ら笑いを浮かべているに違いない。
所詮は矮小な人間、と嘲笑しているに違いない。

「・・・・・ふっ、ふふふふふ」
意識をしたわけではないが自然に口から気味の悪い笑いが漏れる。
―――――――それでは自分は何のためにここに来たのだ。
自分はもう”後戻りの出来ないところ”にいるのではないか。
一度狂ったリズムはもう戻らない。

手からあの陣円を離す。
薄い紙に描かれた陣円は宙を舞い後ろの地面にその身を止める。

その行動に邪神は驚嘆の声を漏らした。

「ぐう、おおおお、ぐおおおおお」
触手の中でもとりわけ太いものが一度に喉を通っていく。
喉を越え食道を抜け胃に達したその痛みは例えることが出来ないほどの苦しみだった。
あまりの苦しさから触手に手をかけたが、特殊な粘液で覆われたそれは一向に止まることを知らない。

「おお、ごほっ、ごええええ」
女がその苦しみから解放されたのは、触手が体の中に何らかの液を出し終えてからだった。

「さて、望みを叶えてやったぞ。病魔は消すことがお前の望みだったな?」
「ごほごほっ、はっ、本当に消えたの・・?本当に!?」

触手が女の頬を舐めあげる。
「俺は一度した約束は果たす。もう一度聞くが病魔を消すことがお前の望みだったな?」
「・・・ええ」
冷たい微笑を浮かべながら女は後退する。

その動きは触手から遠ざかるためではなく、手から離れた陣円を拾い上げるため。
望みが果たされた後も女の目から欲望の色が消えることは無かった。
(これで何だって叶う・・・お金も名誉も地位だって何だって・・・)
陣円に手が触れる。

「ふっふふ・・でも、もっと願い事があるの・・・叶えてくれるんでしょう?」
「無理だな」
冷たく言い放つと、女の足元にまた触手が這い寄る。
獲物に群がる蛇の集団のように女の元に集まってくるが、結界がそれを拒む。
しかし拒まれようが蛇は執拗に女を狙い続ける。

「私がこの陣円を貴方に落としたらどうなると思う?」
「―――――――――ッ!?」
闇の奥からぐぅ、とこもった声が響く。

「何が・・望みだ・・・?」

「望みなんか時間がたてばいくらでも出てくるわ。・・・・・・・・・・・・・・だったらどうすればいいか。
簡単よ”そのたびに叶え続ければいい。永遠に”」
「何が言いたい・・・?」
「永遠に私の願いを叶え続ける道具になれと言ってるの。でないと貴方を滅ぼすわよ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・く・・・・・・・くく・・・くくくくくくく」
ばちっ。
ばちばちっ。

耐えなく響く結界音。
それは蛇の動きを阻む音だった。
360°針の隙間もなく女の周囲に張り巡らされた網は蛇の動きを阻み続けている。
そう、それは”拒み続けているだけ”。
蛇は全くダメージを負わず、目の前の獲物だけを目指し前進し続ける。

「な、何がおかしいの!?」
「【邪神、人知ヲ超エタ存在。ケシテ人ノ手ノ届カヌモノ】」
「!?」

「【コレヲ読ムモノ、彼ニ其ノ身ヲ捧ゲルベシ】」
「な、何を言って」

女は気づいていない。その足元に一匹の蛇が侵入したことに。
時間が経つたびその数が増えていることに。

邪神は告げる。

「お前が知らない、血塗られたページの一説だ」

――――――――――――――――――――――――――。
小さく呟いた一言は女の脳に響き、真っ白に染め上げ・・・・そして理解する。
あの本が”何物”だったのかを。

「・・・・・・きゃあっ!」
何かが足を引き、バランスを失った女が転倒する。
しかしその転倒した体は硬い地面に叩きつけられることは無く代わりにグニョリとしたゴムのような感触。
表面がナメクジの粘液のようなもので湿ったそれはいつの間にか女の周囲を取り囲んでいた。
地面が見えないほどに蠢くそれはマテを受ける犬のように堅忍不抜に動かない。

「あ、何で・・・何よこれ・・嫌・・・嫌ぁ・・・・」
「さて、俺はお前によって自由になったはずだな?ならば俺がお前をどうしようとそれもまた―――――――――自由だ」

その言葉が合図のように、蛇の群れは一気に爆発する。
一本一本が各自の好きな場所に愛撫をする様に這い纏わりつく。
靴を脱がし靴下を破り捨てた触手は、足の指の一本一本を丁寧に舐めあげる。
すでに服は無残に破り捨てられ、わずかなその破片が女の肌にかろうじてこびり付いている。

「や、やめて、離して・・やだっ気持ち悪・・んっ・・むごお!!」

女がいくら抵抗しようと、触手はより強くまとわりつくだけでけして離れることはない。
そのたった一つの抵抗の手段も今塞がれてしまった。

触手が放出する液体が肌に擦り付けられるたび、そこが発熱してくる。
擦り付けられるその度甘く、むず痒いような陶酔感が女を襲う。
もちろんのこと、女の大事な部分にも触手はもう何本も入り込んでいる。

「人間ゴトキが俺に商談を持ち掛けようなど所詮は”叶わぬ願い”。お前を治してやったのは―――――――お前を俺の”道具”にするからだ。
途中で勝手に壊れてしまっては俺が困ってしまう。・・・安心しろ。事の終わりにはちゃんと喰ってやる」

どんなに触手に攻められていても、残酷にも邪神の声だけははっきりと女の耳に届く。
その恐怖を触手の動きのせいで感じ取れないことは酷く怖く恐ろしかった。

「んんーっ!!むぅっ!!・・・・あっ、はあんっ!!」
既に無残に広げられた秘所の痛みは無く、触手の先から放出された液体が更なる快感を呼ぶ。
どんなに絶頂に達しても触手の動きがとどまることは無く、よりその動きを激しいものとする。
初めて味わうその快楽に、女の頭は真っ白に塗りつぶされていく。

ごぷっと喉の奥に何らかの液体が噴出する。
「うぐっ、おおお、んぐ、んぐぅっ」
正体の分からない液体が喉の奥を打ち嘔吐感に襲われるが、太く大きな触手がそれを許さない。
酷く苦い味のそれを、窒息を防ぐために必死に胃に収める。
それでも量は多すぎて、唇の端から精液のようなどろりとした白い液体が零れる。

「・・・・・!?んんっ!!んむぅ!!」
苦しい攻めにより覚醒した精神が、信じられないものを感知する。

細い触手が2本、首筋からゆっくりと這い登って来ているのだ。
「んぐくうううううううううう、ひや、ひやあああああああああああああああああああ」
女は必死に顔を振るが、触手は離れるどころか順調にその進行を進める。
(そんなところ・・・・ああ・・・死ぬ・・・死んじゃうっ!!)

「――――――――――――――――――ア―――――――――――――――」

ずぶり。
触手が耳奥に突き刺さる。
勢いを増した触手は一気に脳に達し、脳が、脳が犯される。

女の脳まで到達した、細い触手の先の繊毛が脳を撫で上げる。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
これ以上ないほど目を大きく見開き叫んだが、なおも触手は女の脳を撫で上げる。

「まずは封印されていた間の知識でもいただこうか。人類がどのように発達しているか楽しみだ」

脳から知識を写し取られる女と反して、邪神は悦びの声を上げていた。
それは小さなものではあったが間違いなく邪神の渇きを潤すに値するもの。
悠久の時を重ねた人類は邪神の想像をはるかに超えて進歩していた。
機会、環境、食べ物、会話コミュニケーション。それらの流れてくる未知の知識は邪神の渇きを満たしていった。

女が絶叫を上げ続ける間、感嘆の気持ちに満たされた邪神は特別な液を女の脳へ繋がる触手へと送り込む。
その液は触手の中で精製する液体の中でももっとも高純度の体液。
麻薬や覚せい剤などでは到底見ることの出来ないまさしく”人知を超えた”快楽。
邪神は甘美な知識の礼代わりに女の脳に放出した。

そして―――――――――声にならない叫び声が鍾乳洞に木霊する。
女の秘所から流れ出る、触手の粘液と違った液体の量が爆発的に増加しとめどなく波を迎える。

「っくく、俺をこんな陣円などで封印できるなどとでも思ったのか馬鹿め。俺が封印されていたのは―――――――――――――――?」
「俺が、俺が封印されていたのは―――――――――」

俺の脳裏にある情報がフラッシュバックする。
うっすらと浮かぶ八人の男女のシルエット。
だが逆光が陰りを付け姿がはっきりとしない。
触手は散漫な動きで、何かを探すように動き回る。

「あ・・あああ・・・もっと、もっとくださいい、何でもするからぁああ」

「人間・・・・・俺を封じ込めたのは・・・・・・人間タチ・・・・・・・・・・・・」
記憶が欠如している。
それとともに決定的な何かが欠損している気がする。
頭に浮かぶのはあの人間達の陰り。

体内に蠢く、掴めない何かが焦燥を生む。

「足り・・ナイ」
知識が、記憶が足りない。
一度火がついた知識欲は爆発的に俺の中でその強さを高めていく。

「何デモ・・・良い。知識ヲヲヲをヲヲヲヲヲ!!!!!!!」
何でも良い、この欲を鎮めることが出来るなら。
過去のものでも、誰かのものでも。自分が知る以外の記憶を。

そしてそれが今できるのは―――――――――――――――――――――――――――。

「・・・・・・ひっ、ああっ、ああそ、そんなっ、こ、壊れるあ、あたマがああああああああああああああああああ」
女の耳に入り込んだ触手は、少しでも潤いを取り戻そうとその脳に繊毛をつきたてる。

決定的な栄養分が俺の体の中を駆け巡る。
心地良い女の知識が流れ出し、それが俺の記憶を取り戻す礎を作り出す。
それに伴い、パズルのピースがはまっていくように正確に俺の中の記憶が一つ一つ湧き上がる。

俺を封印したのは八人の人間。
だんだんと頭の中の霞が取れていく。
一人一人の気・顔つき・体型・声。
やがて靄は雲散し、奴らの姿形をはっきりと思い出す。

俺が半分の力を出したにもかかわらずに捕らえる事が出来なかった人間達。
八人の中の一人を貫いた肉の感触。

油断が生んだ俺の敗北。

奴等が残した俺に対する最後の言葉。

思い出す度に広がる狂気と憎しみ。

この俺が人間なんかに封印された。
感情の何かがずたずたに切り裂かれる気がした。

「お、お、ひぃぁああアアア、あ、あ、あ、ああああああアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああ!!」

突如上がった叫び声が俺を正気に戻す。
そうか、いつの間にか思い出に浸ってしまったようだ。
我に帰った俺は逆立ってしまった繊毛を女の脳から引き抜く。

2本、3本抜く度に、引き抜いた繊毛と等しいだけ女の体が跳ねる。
人知を超えた衝撃に女の精神は耐えられなかったらしく、目の前の女はすっかり壊れてしまっている。
意味の分からない言葉をぶつぶつと呟くかと思うと、時折体が震え絶頂に達するという行動を繰り返すばかり。

「・・・・あーーー・・・・・あ、ああーあーーー。あーーーー」

触手で背中を鞭のように打っても何も反応しない。
完璧に壊れてしまった精神。

しかし邪神は至極落ち着いた様子で別の触手を生やすと、俺はもう一度女の脳へと進入させた。
「壊れたのなら書き換えれば良いだけだ・・」

そしてまた女の声が―――――――――――――――――――――――――――響き渡る。

< 続く >

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