第九話 「パールの章」
けたたましい音をたて、扉が開く。
「まったく、最近は千客万来じゃな」
本棚の前に立ち書物に目を通しながら、ゲルバはつぶやく。
怒りを込めた、乱暴に床を踏みつける足音。
誰が来たのかは明白だ。
「じじい・・・てめえぇぇ―――っ!!」
鬼のような形相をしながらボッグが現れた。
地の底から湧き出てくるような恨みを込めたその声は、気の弱い者なら気絶するほどに鬼気迫っている。
だがその顔は、よく見ると幾分やつれているようだった。
「ひひひ、何日間入っておった?」
「三ヶ月だ!さすがのオレも気が狂いかけたぜ・・・!」
先日、命令を破り勝手に暴れまわったボッグは、罰として次元牢に入れられていたのだ。
次元牢とは、七聖魔の一人、ペルゲガートンが管理する異空間を利用した特殊な牢屋である。
その中には空気以外存在せず、上下左右の概念すらない。ただ何もない空間が果てしなく続いているのだ。
時間の流れはペルゲガートンに完全に支配されていて、例え扉を閉じたと同時に開けたとしても、言い渡された刑の期間が中では過ぎている。
簡易でありながら実に恐ろしい刑である。
大抵の者なら、耐え切れずに(内部時間で計算して)数日で精神が崩壊する。
ボッグが三ヶ月もの時間を耐え抜けたのは、並ならぬ精神力を備えていたおかげだろう。
「てめえが報告しなけりゃ、こんな目に合わずにすんだんだ・・・!そこんとこ、わかってんだろうなぁ!?ええ、おい」
「ふん。ゴーバ様の命に背いたんじゃ、自業自得じゃろ。ワシや、ワシの人形たちに罪はないわ」
「――――――!!」
ゲルバの物言いにカッとなったボッグは、その豪腕をゲルバにむかって振り下ろした。
あわや、ゲルバが殴り飛ばされるかというそのとき、小さな手のひらが拳を受け止める。
「あっぶな~!んもう、ゲルバ様に何かあったらタダじゃすまさないよ?ボッグ様」
ゴソゴソと、ゲルバのローブの中からナックルが這い出てきた。
よだれでも垂らしていたのか、濡れてきらめく唇を手の甲でぬぐっている。
「・・・・・・・・・何してんだ、んなところで」
「ひひ、催してきてたのでな。しゃぶらせておったところじゃ。―――しかし助かったわ、ナックルよ」
「あは、お役に立ててうれし~!」
ゲルバの言葉に、ナックルは得意気に胸を張る。
「ほれ、もういいから奉仕の続きをせんか」
「あ、は~い」
せかされて、ナックルは再びローブの中に潜り込む。
モゾモゾとローブが不規則に蠢きはじめ、ゲルバは気持ちよさそうに息をつく。
「・・・けっ、エロじじいが。てめえの頭の中にはそれしかねえのかよ」
すっかり調子を狂わされたボッグは、特に意味のない悪態をついた。
とにかく鬱憤を晴らさなければ気が治まらないのだ。
「ひっひっひ、こう使い勝手がよくてはのう。従順で、絶対服従を誓う美しい人形奴隷。使わぬ方がウソじゃろ?」
ゲルバは何かを思いついたように笑うと、手を叩いた。
その合図に応えるようにガードとランサーが現れ、うやうやしく頭を垂れる。
即座に現れ、命令が下されるまで行儀良く待機する様は、まさしくよく躾けられた召使のものである。
「オマエたち、相手をしてやれ」
ゲルバの命に、二人はすぐさま頷いた。
「かしこまりました」
「はい、ゲルバ様」
甲冑をはずし、スーツの部分をずり下げて胸を露出させると、媚びの入った熱いまなざしをボッグに向ける。
「おい、どういうつもりだ」
「出すもの出してスッキリすれば、オマエさんも少しは冷静になるじゃろ。くくく、遠慮いらん、思う存分こいつらを犯し倒してみい。どんなことをしても嫌がりはせんから」
言いながら、ゲルバは右の手でランサーの尻肉を、反対の手でガードの胸をつかみ揉みし抱く。
伝わる刺激に身をくねらせながらも、ガードとランサーはゲルバの手から逃れようとはしない。
むしろ、そうされることが当然であるかのように満足げな表情になっている。
「ひひひ、見てみい。もうこいつらには、本来の自我など欠片も残っておらん。思うが侭じゃ」
撫でまわしていた手を離し、ゲルバは二人の背中を叩く。
「さ、ボッグ様。わたしとランサーがお相手いたします・・・」
「たっぷりとご奉仕させていただきます・・・」
二人はボッグの体にピタリと寄り添い、衣服を脱がせ始めた。
乙女の瑞々しい柔肌の感触が伝わり、ボッグは戸惑った。
「バ、バカやろう。誰がじじいの使い古しで遊ぶかってんだ!」
顔を赤らめながら、やや乱暴に腕を振って二人を引き剥がす。
ふん、と鼻息を荒く出すと、ボッグはゲルバに指を突き出した。
「じじい、オレがこんなもんでごまかされると思うなよ。そのうちに絶対、今回のお礼をしてやるからなあ!」
唾を飛ばしながらそう吐き捨てると、ボッグは入ってきたときと同様に、乱暴に床を踏み鳴らしながら部屋から出て行った。
「・・・やれやれ。せっかくなんじゃから、楽しんでいけばいいものを」
クックッと低い笑い声を漏らしながら、ゲルバは半ば呆れたようにつぶやく。
振り払われたガードとランサーは、期待を裏切られたためか面白くなさそうな顔をしている。
「ボッグ様って、意外と奥手なんですね」
ガードがポツリとこぼすと、ゲルバは今度ははっきりと笑い声をあげた。
「ひっひっひ、あんな粗野な男が奥手なわけがあるまい」
「じゅぷ・・・。あ、だったらゲイだとか!?」
口での奉仕を中断し、ナックルがローブの中から顔を覗かせる。
「うわ~、やっぱマッシブルな兄さんが好きなのかな。おえ、きっつ~!」
「・・・いらん想像をするな。せっかくいきり勃ったモノが萎えてしまうじゃろが」
しかめっ面をして、ゲルバはペ○スで無理矢理ナックルの口を塞ぐ。
そして今度は中断させないように、しっかりとその頭をつかんで固定するのだった。
「何にせよ・・・ボッグ様は、相変わらずゲルバ様を快く思っていらっしゃらないようですね」
むしろ、今回のことでさらに悪化してしまったのでは、とランサーは危惧する。
ゲルバに忠誠を誓った彼女にとって、ゲルバの身が危険に晒されることは絶対に避けたい事態だった。
「ふむ。・・・・・・そろそろ本気で、ヤツを引き込まなければならんかの」
顎を手で撫でながら、ゲルバはしばし思案する。
「―――やはりここは、甘い汁を吸わせてやるのが一番じゃな」
「つまりドリーパ様のように、わたしたちジュエルエンジェルの仲間をあてがうと・・・?」
頭の回転が速いガードは、すぐにゲルバの言わんとすることを理解してみせる。
ゲルバは頷くと、ジュエルエンジェルのリストを持ってこさせた。
「たしか、ヤツ好みの娘がいたはずじゃが・・・・・・。・・・おお、この娘じゃな」
ゲルバがリストに書かれていた名前を読み上げる。
途端に部屋の中が微妙な空気に満たされ、場が静止した。
「・・・・・・あの、ゲルバ様?」
数分の沈黙の後、ガードが遠慮がちに口を開いた。
「ボッグ様の好みというのは、その・・・」
「まあ、そういうことじゃな」
「なるほど・・・。先ほどわたしたちのもてなしを拒まれたのも、そういうことだったのですね」
ランサーも、合点はいったようだが複雑な顔をする。
「でもさー、普通思わないよねえ。まさかロ―――」
「いいからオマエは黙ってしゃぶらんか」
またもや命令を放棄しかけるナックルの口を、ゲルバは三度塞いだ。
さて、そのターゲットに選ばれたのは誰なのかというと―――。
暖かな色合いの陶器の皿に、オーブンで焼いたばかりの食パンが二枚。
そのうちの一枚にピーナッツバターがこれでもかというほどに塗りこまれ、大きく開いた口に運ばれる。
「んん~っ、甘くって美味しい♪」
歓喜の声を上げて、瞬く間にパンをたいらげたのは、湖山光(こやま ひかる)だった。
大きめのリビングチェアーに腰をかけ、クマの顔つきスリッパを履いて足をパタパタ動かす姿はどうしようもなく子供っぽい。
小柄な体型にまとまった容姿に、ドングリ眼とちょっと太い垂れた眉。
ツインテールの髪型とも相まって、外観を実年齢よりも五つも六つも幼く見せている。
セーラー服を着ていなければ、小学生に間違われること請け合いである。
唇についたピーナッツバターをペコちゃんのような舌づかいで舐め取ると、光は残ったもう一枚へと手を伸ばした。
今度は端からこぼれ落ちそうなほどに、イチゴジャムをたっぷりと乗せる。
「・・・光。もうちょっと量を考えなさいって、いつも言ってるでしょ?」
光と向かい合うように座ってコーヒーを飲んでいた少女が、見かねたように声をかけた。
こちらは女性しては高身長で、リビングチェアーとのバランスも程よい大人びた体格だ。
服は、華やかなイメージの光の制服とは対照的に、地味な草色のブレザー。
その顔立ちは光によく似ているが、目鼻はよりスマートに、洗練された造りになっている。
髪型は光とお揃いのツインテール。それがまた、より二人を似通わせて見せている。
彼女の名は、湖山月乃(こやま つきの)。光の姉である。
「だってぇ、いっぱい塗ったほうが美味しいんだもん!」
パンにかぶりつこうとしていた口を閉じて、光は自己弁護する。
「ほら、甘いものは頭の栄養にもなるっていうし~」
「それより先に、お腹の肉の栄養になるよ?後は虫歯の栄養にもね」
「むう~・・・っ」
あまりにも的確な月乃の指摘に、光はふくれっ面になる。
「そんなに甘くしなくちゃ満足できないなんて・・・。光は見た目も中身もお子ちゃまなんだから」
そう言って、月乃はまたブラックコーヒーを一口味わう。
ちなみに光は、ミルク、クリープ、砂糖の三種の神器がなければコーヒーを口にすることができない。
「ふんだ!わかってるもん、自分がお子ちゃまだって」
腹を立てた光は、八つ当たりをするかのごとくパンを乱暴に噛み千切る。
二つしか年齢は離れていないのに、全てにおいて大人っぽい月乃。
光はそんな姉に、多大なコンプレックスを感じている。
なまじ姉が大人びているせいで、余計に幼く見られることがそれに拍車をかけていた。
月乃はそんな光の心境を知ってか知らずか、しょっちゅう子ども扱いしてくる。
スマートに物事を受け流す術を持たない光は、その度に機嫌を損ねるのだった。
「―――でもね」
月乃は、ちょん、と人差し指で光の鼻を軽くつつく。
「光はそれでいいのかな、なんて思ったりもするのよ」
そう言って光を見る目には、確かな慈しみがこめられていた。
途端に、風船の空気を抜くかのように、光の中で怒りの感情がしぼんでいく。
いくらコンプレックスを抱いていようが、たった一人の姉なのだ。
現金なもので、姉の自分に対する愛情を感じると、怒りも自然と収まるのだった。
「ふんだ。光はお子ちゃまで終わったりしないからね。そのうち、お姉ちゃんより大人っぽい女になってみせるんだから!」
冗談めかして、しかし半分は本気で光は宣言する。
月乃は先ほどと同じようにコーヒーを味わって飲むと、意地悪げに笑ってみせた。
「じゃあまず、心霊特集観た後に一人でトイレに行けるようにならなくちゃね」
「もう、お姉ちゃん!」
何のかんのいいながらも、姉妹は仲良く朝食をすませる。
家を出て、最初のT字路に来ると、二人は互いに手を振った。
「光、気をつけていくのよ。特にあそこの交差点は危ないから」
「わかってるよぉ。お姉ちゃんも、気をつけてね」
光は近隣の学校、月乃は隣町の進学校と、別々の学校に通っている。
おしゃべりしながら一緒に歩くのも、ここまでだ。
「いってきまーす!」
光はいつも通り、元気良く走り出す。
月乃は光が角を曲がるまでその姿を見守っていた。
「・・・でさあ、最近セックスの回数が増えてる気がするのよねえ」
登校ラッシュで喧騒にあふれる廊下を、二人の少女が歩いている。
腕組みをして難しい顔をするのは、肩にかかる長さの茶髪に、ゆるくパーマをかけた少女。
背が低くかわいらしい容姿とは裏腹に、言動はさばさばとした感じだ。
「なんかそのうち、ヤるためだけに会うようになっちゃうんじゃないかって―――」
「それをアタシに聞かせてどうしたいんだ、アンタは」
並んで歩いていた眼鏡の少女は、ボブカットの黒髪をいじりながら渋い顔をする。
「いや、アドバイスの一つでももらえたらな~って」
「彼氏いない暦イコール年齢のアタシが、的確なアドバイスができるとでも?」
「無理っスか」
「根拠のない意見でいいなら、適当に言ってあげてもいいけどね」
はあ、と茶髪の少女はため息をつくと、顔を前に向ける。
眼鏡の少女も、それに倣った。
なんとはなしに話が途切れてしまい、二人は会話を再開しないまま教室に到着する。
すると、
「あのう・・・。佐山宇美(さやま うみ)さんと、里沢宮子(さとざわ みやこ)さんですよね?」
扉の前でうろうろとしていた少女が、二人に話しかけてきた。
「そうだよ。佐山」
茶髪の少女は、自分を指差して頷く。
「里沢はアタシだけど」
眼鏡の少女も答えた。
二人は、その少女を怪訝な顔で見る。
光沢感のある栗色の髪を、後ろで分けてリボンで結んだその少女は、どこか日本人離れした西洋的な美しさを醸し出している。
全く面識がないことは、記憶を掘り起こすまでもなく二人は確信できた。
こんなに印象深い容姿の少女に以前出会っていたなら、忘れるはずもないからだ。
「二組の柏原修子(かしはら しゅうこ)です」
少女はぺこりと頭を下げる。
「二組にこんなコ、いたっけ?」
「さあ・・・?四組までは棟も違うし、あっちには知り合いもいないから、なんとも」
二人は顔をつきあわせ、小声で話し合った後、もう一度修子という少女に向き直った。
「それで、柏原さんだっけ?アタシたちに用でも?」
宮子が切り出すと、修子は声の調子を抑えて言った。
「実は、昭二さんのことでお話が」
「何ィッ!?」
宇美が素っ頓狂な声を上げる。
近くを通りかかった生徒が、何事かと注目してきた。
視線を感じた三人は、とりあえず会話を中断する。
一向に事が進まないので、注目していた通行人たちは、興味を失いその場を去っていった。
「・・・アンタ、一体アイツとどういう関係なのよ!」
通行人が去ると、噛み付かんばかりの勢いで宇美は修子に詰め寄る。
昭二というのは、つい先ほど話題にしていた宇美の彼氏の名前だったからだ。
それだけなら、宇美もここまで驚きはしない。
問題は、修子が下の名前で彼の名を口にしたことだった。
それはこの少女と自分の彼氏とが、親しい間柄という証拠ではなかろうか。
宇美は改めて、修子の顔を観察する。
やはり、外国の匂いのする顔立ちだ。
困ったように微笑んでみせるその瞳は、角度によっては金色に光って見える。
(くそ、かわいい・・・。わたしほどじゃないけど)
宇美は僅かな敗北感を抱きながらも、舐められないように気丈に振舞ってみせる。
「もう一度訊くよ。アイツとは、どういう関係?」
「それは、ちょっとここでは・・・」
「おいおい、痴話喧嘩なら二人でやってくれないかなあ」
居心地が悪そうに、宮子が口を挟む。
「あ、里沢さんにも、もちろん関係がある話です」
「何ィッ!?」
また宇美は素っ頓狂な声をあげ、今度は親友に詰め寄った。
「なーんーでー、そこでアンタが関わってくるのかな?」
「知らない!・・・・・・いや、ホントに身に覚えがないってば!」
鬼のような宇美の形相につい謝ってしまいそうになりながらも、無実の宮子は必死で否定する。
修子はなだめるようにそんな宇美の肩に手をやり、提案した。
「と、とにかく、もっと人気のないところで話しませんか」
「おーし、いいわよ。聞かせてもらおうじゃない」
言うが早いか、宇美は修子の手を引っ張っていく。
宮子はあわてて呼び止める。
「あと少しで、HRはじまるよ?」
「宮子。アンタ、わたしの恋愛とHRとどっちが大事だと思ってんの!?」
どっちも同じくらいにどうでもいい、と宮子は心の中でぼやいた。
しかしそんなことを口にすれば、このナーバスになった友人に何をされるかわかったものではないので、しぶしぶ後についていく。
適当な場所を探して廊下をしばらく歩いていくと、ふいに修子が立ち止まる。
「ここなんてどうでしょう?」
そこは資材置き場と化して久しい、空き教室だった。
宇美が取っ手に手をかけると、何の抵抗もなくドアはスライドする。
「よし、じゃあここにしよう」
宇美が真っ先に中に入り、続いて宮子、そして最後に修子が入りドアを閉める。
宇美と宮子が、修子に向かい合う形となった。
「―――それで、アンタは一体何者?」
はやる気持ちが、宇美の語調を高める。
一刻も早く、この不明瞭でイライラさせられる事態を解決させたいのだ。
だが、
「・・・うふっ」
そんな宇美とは裏腹に、修子は後ろで手を組んで、もう事を成し遂げたような笑みをこぼした。
「そんなことより、もっと大切なお話をしません?」
「はあ?」
困惑する二人を尻目に、修子は先ほど閉めたドアをもう一度開ける。
そこには、数秒前まで影も形もなかった異形の者の姿があった。
「―――ひっ!?」
「え、え、えええっ!?」
宇美と宮子は、目を見張りながら高く積まれたイスの山まで後ずさる。
突如として現れた怪人は、教室に入ると修子の隣りに立った。
キノコに手足を付け足した姿をし、傘の部分は赤地に紫の斑点という毒々しい模様。
巨大な灰色の単眼が、おびえる二人を見つめている。
「こいつらが、湖山光の友人か」
「ええ、連れてくるのに手間がかかったわ。お願いね、ディストマッシュ」
「よし。―――ハンカチで鼻と口を塞げ」
そう忠告すると、ディストマッシュは二人の方へ一歩踏み出す。
「きゃっ、きゃあ―――」
と、ディストマッシュの傘の斑点から、濃いピンク色のガスが噴射される。
互いに身を寄せ合い、悲鳴をあげかけた二人は、そのガスを胸いっぱいに吸い込んでしまった。
「・・・・・・ぁ・・・」
「う・・・ん・・・」
すぐさま、その効果が現れだした。
呆然と立ち尽くす二人の瞳から、意志の光が消え去っていく。
徐々にまぶたが下がっていき、やがて完全に目を閉じると、宇美と宮子はマネキンのようにその場に固まってしまった。
ガスが完全に拡散すると、修子は口に当てたハンカチを離す。
そして微動だにしない二人に近付くと、頬をペチペチと軽く叩いてみた。
「やったの?」
「ああ。この二人だけでよかったのか、シュ・・・シュ・・・」
「シュクリーよ。いい加減、同じ任務を受け持つメンバーの名前くらい、覚えてよね」
そう、修子の正体は、ネーマが管轄する工作・諜報員の端末だったのである。
「とりあえずは、二人で充分。これから少しずつこの学校の人間を駒にしていくから、よろしくね」
無反応な二人の鼻をつまんだり、頬をつねったりしながらシュクリーは言う。
しかしその表情と口調は、どこか冷めていた。
「なんだ、ずいぶんと気が乗らないようだな」
ディストマッシュの言葉に、シュクリーは大仰にため息をついてみせる。
「だってねえ。ネーマ様のご命令ならまだしも、あのゲルバのじいさんの命令なのよ?やる気が湧かないわよ、実際」
以前仲間を壊されたことから、彼女たち諜報部員の間ではゲルバとドリーパは危険人物扱いされている。
もし上官でなかったなら、『おとといおいで』と言ってやりたいくらいだ。
それでも、任務を与えられてから一昼夜の間にターゲットの人間関係を調べ上げ、作戦を実行に移したのは、諜報員としてのプライドの問題だった。
「これがネーマ様のご命令だったら、絶対にご褒美もらえてたのに」
レズの気があるネーマは、自分のために働く女性の部下をとても評価してくれる。
きっと、たっぷりとかわいがってもらえただろうに―――と、シュクリーは無念でならなかった。
「さて。こうしてるのも時間の無駄だし、起こしちゃって」
滅入りそうになる気持ちをなんとか持ち直し、シュクリーは頼んだ。
ディストマッシュは頷くと、低い声で、しかしはっきりと二人に命じる。
「さあ、目を覚ませ。生まれ変わりの時だ」
その言葉に呼応するように、二人はパチリと目を開いた。
恐怖と困惑に染まっていたはずの顔からは、今や一切の感情が消え去っている。
ひどく虚ろな瞳のまま、二人は次の命令を待っていた。
「さあ、オマエたちは何だ?言ってみろ」
その質問に、二人はゆっくりと、抑揚のない声で答える。
「わたし・・・たちは・・・ディストマッシュ様の、分身・・・」
「命じられたことを実行する、ディストマッシュ様の手足となる存在・・・」
「よし、ならば『本体』が命令する。どんな下着をつけているのか、見せてみろ」
二人は言われるがままに、スカートをめくりあげて腰を突き出す。
その動きから躊躇は微塵も感じられない。
宇美と宮子は、その秘めたる部分を覆う布を惜しげもなくさらけだした。
「くく、なかなかかわいらしい下着じゃないか」
内腿のラインにそって手を滑り込ませると、ディストマッシュは指先で下着の上から秘部を擦る。
無表情だった二人の顔が、僅かながら歪む。
「・・・・・・ぁ・・・」
指を曲げて押し付けると、蚊の鳴くような小さな声が口からこぼれた。
ディストマッシュが指を蠢かせるたびに生まれるその声は、やがて断続的な喘ぎ声に変わっていく。
「・・・ん、ふぅ・・・・・」
「あっ・・・あ・・・はぁ・・・」
ほんのりと頬を染め、内股をまさぐる腕にこすりつける様を見て、ディストマッシュは目を細めた。
「よしよし、いい反応だ。そろそろ湿ってきたな」
「ったく、ウチの男どもといったら」
節操がないんだから、とシュクリーはぼやく。
「楽しむのはいいけど、いきなり正気に戻ったりしないようにしておいてよね」
「それはいらぬ心配だな」
ディストマッシュは、戯れを続けながら言い切ってみせる。
「こいつらは、私の胞子を吸い込んだ。体内に入った胞子は粘菌となって脳を蝕む。もうこうなってしまっては、私ですら戻すことは不可能だ」
「あ。だったらジュエルエンジェルたちも、その胞子を吸わせたら?」
「上部の方針でな。ただの人形化は避け、自我を保ったまま洗脳させたいらしい」
「方針っていっても、どうせゲルバのじいさんの趣味でしょ」
シュクリーの推測は、半分は正解である。
あくまで元の人格を保ったまま、自分の思い通りに動く人形とすることがゲルバの美学だ。
人格を消して無個性にしてしまったら、何人手に入れても違いがなくつまらない、という考えらしい。
だが、ただそれだけの理由で重要な作戦の方針を決めるほど、ゲルバはバカではない。
ちゃんとした理由もあるのだ。
感情や自我は、時として実力以上の力を発揮させることがある。
洗脳したジュエルエンジェルを世界侵略の尖兵として使うときに、その要素は大きく働くだろう。
また、敵対する相手への心理効果の面もある。
傷を負っても無表情で襲ってくる相手よりも、涙を流して痛がる方が矛先を鈍らせることができる。
彼女たちを知る者―――特に、まだ洗脳されてないジュエルエンジェルたちにとっては、有効な手段なのだ。
まだまだ若いシュクリーには、そのゲルバの奥深い思惑までは見通せないのであった。
「・・・さて。やはり女性を端末にしたからには、これをやらせんとな」
ディストマッシュの股間部が隆起し、茎の長いキノコが一本生える。
頭部につけた傘同様、股間のキノコの先端は毒々しい色合いで、粘菌を垂らしてぬめっている。
「さあ、しゃぶれ。私の粘菌を、オマエたちの身体の隅々まで侵食させてやろう」
「はい・・・口で、粘菌を受け取ります・・・」
「ご命令のままに・・・」
宇美と宮子は、その場に跪こうとする。
「ああ―――っ、ディスタリオン!宇美ちゃんたちから離れろ~!」
突如、教室の外から大声が響いた。
シュクリーとディストマッシュは、驚いて振り返る。
そこには、白銀の球体が閃光を放っていた。
やがてその球体が粉々に砕けると、中から一人の少女が飛び出してくる。
光沢のある、銀とも白ともつかぬ色のツーピースの服に、それとは対照的な黒のマントと三角帽子。
帽子の中央には、大粒の真珠が輝いてる。
「パールの戦士!ジュエル☆マジシャ~ン!」
少女は高らかに名乗りを上げると、ステップを踏むように片足を上げ、人差し指を突き出した手を口元に添えてウインクした。
宇美と宮子はもちろんのこと、シュクリーとディストマッシュも無言でそんなマジシャンを見る。
思っていた反応と違っていたのか、マジシャンは自信なさげな顔になった。
「あ、あれ?キマッたと思ったのに・・・はずしちゃった?」
おろおろとするマジシャンを尻目に、シュクリーとディストマッシュは顔をつき合わせる。
「お、おい、なんでターゲットがここにいる!?」
「そんなこと言われても・・・!まさか、二人を誘うところを見られてた!?」
小声で話す二人は、予想外の事態のため困惑していた。
さきほど反応できなかったのも、そのせいである。
「え~と・・・と、とりあえず死んじゃえ!」
言い方は間抜けだが物騒なその言葉に、シュクリーとディストマッシュはハッと向き直った。
マジシャンがマントをひるがえし、ほうきを一本出現させる。
そして手に持ってクルクル旋回させると、突起物の付いた先端をディストマッシュに向けた。
「筆ぼうき(ペンシル・ブルーム)!」
マジシャンは、ほうきを軽やかに宙に滑らせた。
その軌跡をなぞるように淡い白色の光が生まれ出て、空中に絵が描かれていく。
ついっ、と紙からペンを離すようにほうきを手元に戻すと、空中にハンマーの線画が出来上がった。
「えいっ!」
掛け声とともに、ポン、と音を立ててハンマーは実体化する。
「よーし、いけ~!」
そしてディストマッシュ目掛けて、一直線に吹っ飛んでいった。
「う、うお!」
あわててそれを回避するディストマッシュ。
その後ろには、宮子が中途半端な姿勢のまま立っている。
「きゃっ!?だめ、避けてーっ!」
マジシャンが悲鳴をあげた。
ハンマーは宮子の頬をかすめ、積み立てられたイスを粉砕する。
木片がぱらぱらと周囲を舞い、その場にいる者たちの頭上に降りかかる。
ディストマッシュは腰を抜かし、へたりこんでしまった。
「オマエ何を考えているんだ!守るべき人間を殺してしまってもいいのか!?」
「つ、次はちゃんとやるもん!」
焦りながらも、マジシャンは再び空中に絵を描いていく。
ポン、と現れたのは―――炎を噴射するロケット弾だった。
「ばっ・・・こんな狭い空間でそんなものを使ったら―――!」
「え?・・・・・・・・・・・・あー!」
マジシャンが叫ぶが時すでに遅く、ロケット弾は花火のような音とともに飛んでいき、ディストマッシュに突き刺さる。
閃光が教室を包み込んだ。
爆音と同時に窓ガラスが粉々に砕け散り、イスの山が崩れ落ちる。
まるで雪崩のような勢いでイスはマジシャンたちを飲み込み、たちまち教室を埋め尽くしてしまった。
しばし静寂が訪れる。
やがて力なく一本の腕がイスの隙間から出てくる。
「・・・し、死ぬかと思った」
そう言って這い出してきたのは、シュクリーだった。
しこたま打った頭を抱えながら、教室の惨状に顔をしかめる。
「ジュエルマジシャン・・・聞いてはいたけど、とんでもない能力ね」
ジュエルマジシャンの能力は、筆ぼうきで描いたものを実体化するというものである。
その汎用性や利便性は、十二人のなかでもトップクラスといえるだろう。
だが、マジシャンがチームの要にはなっておらず、サポートに徹してる。
その理由は能力に制限が多いのと、有り余る長所を全て台無しにする彼女のスキルの低さにあった。
説明すると、筆ぼうきには魔力でできた『インク』のようなものが込められており、一度の戦闘で装填される量に上限がある。
調子に乗って使っていると、あっという間に『インク切れ』を起こしてしまうのだ。
また、描くものはなるべく正確な形で描かなくては再現されない。
線が歪むとそのまま再現されてしまい、全体の形がおかしいと実体化すらしないこともある。
そして―――マジシャン本人は、お世辞にも絵が上手いとはいえない。
複雑な絵は失敗することが多く、単純な形で表せるものが中心なので、自ら選択肢の幅を狭めてしまっている。
能力に本人の実力が伴わない、半人前の戦士。それがジュエルマジシャンの実情だった。
「ディストマッシュ―――は」
周囲を見回したシュクリーは、目に留まったものを見て落胆する。
焼け焦げたディストマッシュらしきものの残骸が、イスに押しつぶされていた。
「まいったわね・・・」
ディストマッシュは、今回の作戦の要だった。
ターゲット周辺の人間を駒にし、徐々に認識を歪めていく計画だったのだが・・・。
まさか、その肝心要があっさりやられてしまうとは計算外だった。
これは計画の練り直しが必要だ、とシュクリーは憂鬱にある。
と、ガラガラとイスを押しのけて、宇美と宮子が起き上がってきた。
「ああ、無事だったの」
シュクリーが近付くと、二人は虚ろな瞳を向ける。
「ディストマッシュがいなくなった今・・・あなたたちをどうするかよね。とりあえず、この状態のままじゃまずいわ・・・」
命令を待つだけの人形状態では、こちらの思惑がばれてしまうかもしれない。
「ばれないように、日常生活はできる?」
「はい。脳の情報をトレースして、以前の人格を再現することができます・・・」
宇美の言葉に、シュクリーは安堵した。
「じゃあ、しばらくはそれでごまかして。そのうち命令を出すから。―――あ、何かあったら逐一報告すること」
「はい、わかりました・・・」
「トレースを開始します・・・」
宇美と宮子は、胞子を吸い込んだときと同じようにゆっくりと目を閉じる。
そのころになって、ようやくマジシャンも起き上がってきた。
涙目で頭を伏せ、しきりに痛がっている。
「あうう・・・たんこぶできちゃった・・・」
ゴシゴシと目元をこすると、マジシャンはシュクリーに話しかけた。
「ごめんね、大丈夫?でもよかった、ディスタリオンに襲われる前に助けることができて」
どうやら、自分がディスタリオンだということはばれていないようだ、と判断したシュクリーは、感謝の顔をしてみせる。
「ありがとう・・・!変な化け物に襲われて、もうだめだって、あきらめかけてたんです」
「うんうん、無事で何よりだね!宇美ちゃ・・・えっと、そこの二人も大丈夫?」
マジシャンが尋ねると、二人はタイミング良く目を開ける。
「あ、ありがとー!ほんと、もうダメかと・・・」
「助かったよ。あのさ、もしかして正義の味方ってやつなの?名前は?」
二人の様子を見て、シュクリーは内心舌を巻いた。
まさか、これほど違和感なく元の人格を再現するとは思わなかったのだ。
「名乗るほどのものじゃないよ~」
先ほど派手に名乗ったことも忘れ、マジシャンは照れ臭そうに笑っている。
その背後の廊下から、ざわめきが近付いてきた。
「あっ、人が来る!―――それじゃ、またね~」
そう言ってウインクすると、マジシャンはほうきにまたがり窓から飛び去っていった。
あまりにも目まぐるしく変化した事態に、シュクリーはどっと肩に疲れを感じるのだった。
空き教室で起きた謎の爆発で、校内は騒然となっていた。
あれから三十分たった今では、現場付近の野次馬は全て教師によって追い払われている。
しかし、どのクラスでも生徒たちはその話題で夢中になっていた。
ヤンキーが隠れてタバコを吸っていて、ガスに引火したのではないか。
学校に不満を持つやつが、爆弾をしかけたのではないか。
いや、某国のテロに違いない。
真剣な考察や冗談も交えて、様々な憶測が飛び交っている。
なかには、今日はもう休校になるに違いないと決め込んで、せっせと教科書を鞄にしまう輩もいた。
光、宇美、宮子の三人は、それぞれどさくさに紛れて教室に戻ってきていた。
ちなみに出欠確認の最中に爆発が起こったので、三人の遅刻はうやむやのうちに免除されるだろう。
「すごいね、みんな大騒ぎ」
教室を見回して、光が言う。
「みんな、退屈な日常に飽き飽きしてたからねー」
「これほど意外性のある話題も珍しいしね。騒ぐのも無理ない」
宮子の言葉を最後に、会話が途切れる。
三人とも、立場は違えど事件の真相を知っているので、うかつに話題にできないのだ。
「ところでさ、月乃さんは元気?」
爆発の話題はできない。かといって、沈黙は気まずい。
場の雰囲気を変えるために、宇美が少々強引に話題を変えた。
「うん、とっても。今日も光のこと、子ども扱いしてくるんだよ」
光は頬を膨らませ、朝食のことを二人に話す。
「あはは、そりゃ当然でしょ」
「容易にそのシーンを想像できるし・・・くくく」
親友にまで笑われて、光はいたく傷ついた様子だった。
「そんなに笑わないでよぉ。ひどいよ」
「でも、光は見た目もアレだし」
「子ども扱いされるのは、もう運命と割り切ったほうがいいかもね」
容姿のことを出されては、反論もできない。
光は泣きそうになるのをこらえながら、ぼそりとつぶやいた。
「あーあ、大人っぽい体になれる方法ないかな~・・・」
宇美と宮子はほんの一瞬表情が消し去り、互いに目配せをした。
「あ、ちょっとトイレ行ってくるわ」
宮子がそう言って席を立つ。
そして教室を出ると、トイレとは正反対の方向へ足早に歩き出した。
「―――と、こんなわけです」
一般の教室のない、研究棟の踊り場。
蜂の巣をつついたかのような騒ぎの隣りの校舎とは正反対に、こちらは静まり返っている。
宮子は階段に座り込んだシュクリーに、つい今しがた口にした話題を報告していた。
「なるほど・・・これは、使えるかもね・・・・・・」
シュクリーの頭の中で、急速に次の計画案が作成されていく。
「いける・・・わね。不安要素がないわけじゃないけれど、前の計画のコンセプトをそのまま利用できるわ・・・」
数分の間ぶつぶつと独り言を口にすると、シュクリーはおもむろに立ち上がった。
「いいこと教えてくれたわね。ご褒美よ」
シュクリーの唇が宮子の唇に重なる。
小さな舌で口内に割って入ると、シュクリーは宮子の歯茎の裏を数回舐め上げた。
「ちゅっ・・・。ふふっ、女の子同士ってのも結構いいでしょ?」
「は、はい・・・」
半開きになった宮子の口からこぼれるよだれを吸うと、シュクリーはささやいた。
「さ、湖山光のところへ案内して。道すがら指示を与えるから、ちゃんと覚えるのよ」
光と宇美が他愛もない話をしていると、宮子が戻ってきて席についた。
「遅かったね、宮ちゃん」
「くくく、繊維質を摂らないからお腹が苦しくなるんだぞ~」
「アホ!トイレにこもってなんかいないって」
宮子は宇美の頭を軽く叩く。
「それじゃ、何してたの?」
「そうそう、光、アンタさっき大人っぽくなりたいって言ってたでしょ?」
「う、うん・・・」
光は質問の意図するところがわからないまま、とりあえず頷く。
「もしかしたら、なれるかもよ。大人っぽい、ナイスバディな身体に」
「ほ、ホント!?」
光は思わず机から身を乗り出して、宮子に顔を突きつける。
その目はこれ以上はないほど真剣だ。
「ちょっとね、当てがあるんだ。そういうことに詳しいコがいてね」
宮子が教室の入り口にむかって手招きをする。
外から様子を伺っていた少女が、光たちのもとへとやってくる。
「こんにちは。私、柏原修子っていいます」
「あ、さっきの―――」
宇美ちゃんたちといた、と言いかけて、光はあわてて口を手で塞ぐ。
あの場には、自分はいないはずの人間なのだから。
大急ぎで光は、ごまかしにかかる。
「・・・えと、宮ちゃんのお友達?」
「うん、二組のね。立ち話してたら、アンタの話題になって。そしたら、ぜひ協力してあげたいって」
『ね?』と宮子が訊くと、修子―――シュクリーは微笑んでみせる。
「湖山さん、でしたっけ。もっと大人っぽい身体になりたいって聞いたんですけど」
「うん、なりたい!」
光は即答する。
『遊園地に行きたい?』などと聞いたときの子どもの反応そのもので、シュクリーは噴き出しそうになるのをこらえるのに大変だった。
「だったら、今日みんなでウチに来ません?効果的な、一種の運動みたいなものを教えてあげますけど・・・」
「うん、行く!」
またもや光は即答する。
宮子が、光に悟られぬように宇美に目配せをする。
宇美はほとんど頭を動かさず小さく頷き、乗り気で言ってみせる。
「興味あるし、せっかくだからわたしも行かせてもらおっかな」
「じゃあ、決まりだね。よろしくね、柏原さん」
あまりといえば、あまりにも単純な餌だったが。
光には、それを見抜けるだけの洞察力も、思慮深さもないのであった―――。
結局、爆発騒ぎを問題視した教師たちが職員会議で話し合った結果、学校は十一時で終わりとなった。
光たちは学校から帰るその足で、シュクリーが住んでいるマンションへと立ち寄った。
人間社会に入り込む際、疑われないように用意した仮の住まいである。
「柏原さんちって、お金持ちなんだねぇ」
エレベーターを待ちながら、光がホールをキョロキョロと見回して感慨深げにそう洩らす。
光が驚くのも無理はない。
マンションの入り口にはガードマンが立っていて、常に目を光らせている。
ホール内には、ふかふかのソファと洒落たテーブルがいくつか設置されていて、まるでホテルのようだ。
案内板を見ると、屋内には住人専用のスポーツ施設もあることがわかる。
まだ働いてもいない少女が一人で暮らすには、かなり不自然な場所だ。
「え、ええ。両親が外国を飛び回ってるから、今はわたし一人なの」
出まかせを並べながら、シュクリーは心の中で渋い顔をする。
やっぱり、無理があったようだ。
普段、日陰者の諜報部員。
報われないことが多いぶん、立場を利用してこういったささやかな贅沢くらいはしたかったのだが。
「やっぱり、目立ってちゃ本末転倒よねえ・・・」
自分にしか聞こえない声で、シュクリーはぼやくのだった。
エレベーターに乗り込み、最上階に行くと、シュクリーは端部屋の自室に光たちを上がらせた。
「ね、早くはじめよ!」
出された紅茶も口にせぬまま、光が急かす。
もう一秒だって待てない、といった様子だ。
カップを口から離すと、宮子は眉をひそめて光をたしなめる。
「ちょっとは落ち着きなって。だから子ども扱いされるんだってば」
「ふふ、いいわよ、別に」
シュクリーはクスクス笑うと、唐突に光に質問した。
「湖山さん、オナニーしたことある?」
「おなっ・・・!」
たちまち、光の顔がゆでダコのようになる。
「ありゃ、もしかして未経験?」
宇美が意外そうに訊くと、光はうつむいてボソボソと答える。
「ん・・・・・したこと、ないよぉ・・・おな・・・なんて・・・・・・」
「へえ~。まさかとは思ってたけど、本当にそういうのに縁がないコだったんだ」
宮子も何か感心したように驚いてみせる。
「み、みんなは・・・したこと、あるの?」
「当然」
「もちろん、あるよ」
「毎日してます」
宇美、宮子、シュクリーは、そろって当然だとばかりに言ってのける。
光は少なからずショックを受けてるようだった。
「そうなんだ・・・。みんな、してるんだ」
「実はね、大人っぽい身体を作るための運動って、オナニーなんですよ」
「えっ、そうなの!?」
ええ、とシュクリーはやや解説口調で説明しはじめる。
「オナニーをして、気持ちよくなるでしょ?そうすると、女性ホルモンが分泌されるの。女性ホルモンは、女性的な部分の発達を促すの。いっぱいオナニーすれば、それだけ女性ホルモンが分泌されて、胸が大きくなったり、お尻が出てきたりしてナイスバディになれるってわけ」
ふんふんと頷きながらシュクリーの説明を聞いた光は、目から鱗が落ちたかのように声を上げる。
「そっかあ。そうだったんだ・・・。光、ちっとも知らなかった」
「それじゃ、さっそくやってみます?」
シュクリーの言葉に、光は恥かしそうに頬を染めながらも首を縦に振った。
「よーし、やろやろ。みんなで気持ちよくなろう!」
宇美がはりきった様子で制服のスカーフをほどくと、シュクリーに抱きついた。
一方、宮子は背後から光を抱きすくめると、そのままソファーにドスンと腰を落とす。
「きゃっ・・・宮ちゃん!?」
「アンタ、やりかたわかんないでしょ?アタシが教えてあげるから」
首すじに息を吹きかけながら、宮子は光の柔らかな髪を手ですく。
くすぐったさに身をよじる光。
その仕草のかわいらしさに、宮子はますます力を込めて抱きしめるのだった。
「まずは・・・何をおいても、やっぱりキスからですね」
シュクリーは宇美の頬にそっと手を添えると、唇を啄ばんだ。
ふざけるように唇で挟んでは、すぐに離すのを繰り返す。
宇美の方も、機会をうかがって反撃に出る。
二人はしばらく唇をむさぼりあった後、今度は強く、じっくりと押し付けあうキスへと移った。
光はただただ圧倒されて、目は二人に釘付けになっている。
「光、アタシらも・・・・・・」
宮子の唇が頬に触れると、光は小さく声を上げて逃れようとする。
「アタシとじゃ、いや?」
「・・・そんなんじゃないよう。でもぉ・・・」
「煮え切らないなあ。えい、強行突破!」
宮子は強引に唇を奪った。
目を白黒させる光の顔をしっかりと固定し、柔らかな果実にかぶりつくように啜っていく。
抵抗が弱まってきたのを確認し、わずかに空いた歯と歯の間から舌を滑り込ませると、光の身体がビクンとはねた。
宮子はそんな光の反応にはまるで意に介さず、口腔を隅々まで舐りつくすと、ようやく顔を離した。
「けほ、けほっ・・・」
宮子に流し込まれた唾液が喉を通り、光は咳き込む。
「んん・・・宮ちゃん、ひどいよお」
「これが大人のキスなんだって。ほら、舌を出して、できるだけ伸ばして」
ためらいながらも、光は舌を突き出した。
まだおぼろげながらも、口内の愛撫でキスの気持ちよさを感じ取ったようだ。
目いっぱい伸ばされた舌の先端部から上唇へと、宮子は自らの舌でラインをなぞっていく。
そして左手を光の胸元に滑り込ませ、胸をそっと手のひらで包み込む。
「慣れないうちは、強く揉むと痛いから。こうやって、円を描くように・・・」
光の小さな胸が、やさしくつぶされる。
宮子が手を動かすたび、柔らかなふくらみは形を変えていく。
「どう、気分は。気持ちいい?」
「んうっ・・・わかんない・・・・・・でも、なんかドキドキする・・・」
その言葉を証明するかのように、中心の突起物がだんだんと硬くなってきている。
宮子が触れるか触れないかのぎりぎりの距離で擦ってやると、敏感に反応してますます硬度を増した。
「ん、ふぅ・・・。そろそろ、これの出番ね」
舌を絡ませつつ宇美と胸をいじりあっていたシュクリーが、棚の上にあった霧吹きのようなものを手に取る。
シュッと中に入っていた緑色の液体を辺りに吹き付けると、甘い匂いが部屋に充満した。
光は、クラリと軽いめまいを感じた。
同時に、身体が芯の方からじわじわと熱を帯びてくる。
じっとしていようとしても内側で血がざわざわと騒ぎたてるため、自然と身をよじってしまう。
「あは、火照って仕方ない?焦らすのもかわいそうだし、本番、始めるよ」
宮子の手が素早く光のスカートに潜り込む。
下着の上から触れると、クチュリと湿っぽい触感が伝わってきた。
「もう濡れてるじゃん」
「やだぁ、これ何ぃ?変だよ、にじんできちゃうよう」
「これ?愛液っていうの。気持ちよくなると、アソコから出てくるやつ」
まさぐっていた手を股間から離し、『ほら』と愛液がついた指を光の鼻先に突きつける。
揃えた指を離すと、透明な液は糸を引いて伝い落ちていった。
「やだやだやだあ、宮ちゃんのエッチ!」
「エッチなのは光の方でしょ~。もうこんなに濡らして」
羞恥で涙目になる光の秘所に、宮子はまた指を潜らせる。
今度は下着をも割って入り、本人も触ったことのない割れ目をかきまわした。
「きゃう!やっ・・・あ、ふぁ・・・んっ」
今まで体験したことのない未知の刺激に翻弄され、光はいやいやをするように首を振る。
その頭に腕を回してしっかりと固定すると、涙を舌で拭う。
「泣き虫だなあ、光は。でもしょうがないか、今日が初めてだもんね」
まるで母親が赤ん坊をあやすように、宮子は光の頭をなでて頬ずりしてやる。
そして、『やさしくするから』とささやいた。
光の抵抗が弱まり、身体を宮子に預けてくる。
「かわいいなあ。―――指、入れるからね」
わずかに口を開けた秘所に、宮子は人差し指を第一関節まで埋める。
声ならぬ声を上げたあと、光は大きく深呼吸をするように息を吐いた。
宮子の指が少しずつ、しかし着実に奥と入っていく。
処女膜の辺りまでは侵入しないよう注意しながら指を進め、大体の位置を見定めると、今度はゆっくりと抜いていく。
そして再び入り口に戻ると、宮子はまた指を埋めた。
今度は、若干スピードを上げて挿入する。そしてまた、痛みを感じる直前の位置で引き戻す。
そうして、徐々にピストンの速度を増していった。
「あっああ・・・んっ、やぁっ、はあぁん」
宮子の指が出入りするたび、トロトロと愛液が掻きだされていく。
光が与えられる快楽に没頭している証拠だ。
「み、宮ちゃぁん・・・なんか、なんか身体の中から来るよう・・・」
「・・・ん?―――ああ。光、もうイッちゃいそうなんだ」
限界を察知した宮子は、空いている親指を光の花芯に押し付ける。
「いいよ。イッちゃいな」
そして、敏感なその肉の芽を押しつぶした。
「―――ふあ、ああぁあぁん・・・!」
光は甲高い声を上げ、愛液を多量に滴らせる。
どうやらオーガズムには達しなかったものの、軽くイッたらしい。
瞳を半閉じにし、短く息を吐きながら、光はクテンと頭を反らして宮子の肩に乗せてしまう。
「どうだった?イッた感想は」
「はあ・・・、はあ・・・・・・イ、イく・・・?」
「今、すごいのが内側から来たでしょ?・・・ほら、あんな風に」
宮子が前方に目を向ける。
つられて光も前を向くと、まさに宇美とシュクリーが絶頂を迎える直前だった。
「柏原さん、わたし・・・もう限界ィ・・・!」
「あん!佐山さん、私も我慢できない・・・イッちゃう!」
宇美がシュクリーを押し倒す形で、二人は床に寝そべり快楽をむさぼっている。
下着をずり下げ、互いの肉芽をこすり合わせるように腰をスライドさせる様は、傍から見ているものにも並ならぬ興奮と背徳感を与えた。
「やっ・・・くぁああああんっ!」
「んふっ、あ、んあ、イッちゃうううう~!」
とうとう二人は、手を握り合って達する。
噴き出した白い液体が、二人の下半身をグショグショに汚していく。
「・・・・・・すごい・・・あれが、イくって、こと・・・・・・?」
疲労と快楽の余韻とで朦朧としながらも、光はその光景から目を離せないのであった。
「はあ・・・。柏原さんちに、乾燥機があってよかったあ」
まだホカホカと熱を残すパンティに、光は足をくぐらせた。
もし乾燥機がなかったら、びしょ濡れになった下着をつけたままか、もしくはノーパンで帰らなければならないところだった。
まるでお漏らしをしたときのようで、考えるたびに頬が熱を帯びる。
「それにしても、びっくりよね。初めてであそこまで濡れるなんて」
宇美の言葉が、さらに光の顔を赤く染める。
「ち、違うもん。柏原さんが撒いた、あの甘い匂いのせいだもん!」
「そうそう。あれ、何?」
宮子がシュクリーに説明を求める。
どうやら彼女も、光と同様に身体に疼きを感じたらしい。
「これはね、ちょっぴりエッチな気分になる薬です。身体が熱くなって、オナニーしやすかったでしょ?」
シュクリーは戸棚の中から同じ液体の入った小瓶を取り出し、光に手渡す。
「一つ分けてあげますね。慣れないうちは、これを使うとオナニーしやすいですから」
「あ、ありがと・・・」
小瓶を鞄にしまいこむと、光は鞄を抱きしめて顔を埋め、上目遣いにシュクリーを見る。
「柏原さん、えと・・・本当に、大人っぽい女の人になれるかなぁ?」
「毎日欠かさずオナニーすれば、きっとなれるはずですよ。がんばってね、湖山さん!」
シュクリーがかわいくガッツポーズしてみせると、光も照れ笑いをしながらガッツポーズをした。
「さて、たくさん体動かしたことだし・・・今からみんなでマックにでも行こっか?」
宇美がお腹を押さえて提案する。
昼前に学校を出て、直接マンションまで来たので、四人とも昼食がまだなのだ。
光と宮子も、すぐさま賛成した。
「柏原さんも行くよね?」
光が訊くと、シュクリーは首を横に振る。
「ごめんなさい、ちょっとこの後用事があるから・・・。私は遠慮させてもらいます」
「そっかー。残念だね」
光はつまらなそうな顔をしたが、気を取り直して頭を下げる。
「今日はどうもありがとう」
「そんな、お礼だなんて。また、みんなで集まって一緒にオナニーしましょうね」
「うん!」
「あ、それと」
シュクリーは、そっと光に耳打ちする。
「このことは、誰にも話さないほうがいいですよ。特にお姉さんには」
「え、どうして?」
「もしかしたら、『そんなエッチなことはするな』って禁止されちゃうかもしれないから。それに、内緒でやったほうがお姉さんを驚かせることができますし」
「そっかあ!そうだね」
光は納得した様子で耳打ちしかえす。
「光たちだけの秘密、だね」
光とシュクリーは、顔を見合わせて笑った。
「それじゃ、またね。柏原さん」
「さようなら、湖山さん」
光たちは小さく手を振って、玄関から出ていった。
・・・完全に三人が立ち去ったことを確認すると、シュクリーは居間に戻り、ポケットから小型の機械を取り出した。
携帯電話に偽装したその機械は、ディスタリオンの端末が使用する超時空通信機である。
シュクリーが呼び出しをすると一秒も置かず、回線がつながる。
「―――エクレア?こちらはシュクリー。予想外のアクシデントで、計画に若干の修正が必要になったわ。・・・ええ、詳しいことは後でレポートにして提出するから。とりあえず修正の必要があることと、代案があるってことだけでもゲルバ・・・・・・・・・様、に伝えといて。あと、ドリーパ様に製作してもらいたいものがあるの。・・・ええ、それもレポートに書いておくから、話を通しておいて。報告、終わり」
< 続く >