シチュエーション・チェンジ

(1)

「じいちゃん。朝めしだよー」

 食事を乗せたトレイを手に、僕はガレージの扉を開けながら言った。エプロン姿だ。裸ではないぞ。
 トレイの上では、モヤシしか具が無いみそ汁からモヤシ臭い湯気が立ち上っていた。
 我が家では、朝ご飯を作るのは僕の役目だ。何しろ時間だけはたっぷりあるからな。

「じいちゃん?」

 周囲を見回す。ガレージはじいちゃんの作業部屋だ。中にはこの人が作った発明品が散乱していた。前衛芸術のような不気味な動きを繰り返す人形に、中で何かが蠢いている円筒形のカプセル。そして僕の額には、なぜか赤外線の光点がロックオンされていたりする。
 じいちゃんは発明家だ。自称だけどね。

「和彦。ここじゃ」

 ガレージの奥の方から声がした。スクラップ同然の発明品群の奥に、小山のような巨大物体が鎮座していた。くすんだ銀色をしたそれは金属製で丸みを帯び、三角錐の形をしている。じいちゃんはその物体の下から這い出してきた。

「UFOでも作っているの?」

 僕は胡散臭そうな目をして、その物体を見上げた。大きな機械だ。天井は触れているのではないか。どこかから拾ってきた産業廃棄物を適当に溶接したような、わけのわからない代物だった。機械というよりオブジェと言うべき代物だな。物凄く邪魔だけど。

「お、さすがは我が孫。いい勘をしておるな」

 体についた埃を払いながら、じいちゃんは満足げに頷いた。

「軽いギャグだったのに」

「しかし惜しいな。これはな、UFOなんてメじゃないすごい機械なんじゃぞ」

 自信満々にそう言うと、じいちゃんは胸を張った。股引姿だ。…パンツの前のボタンは留めようね。おかげで朝からとんでもない物を見ちゃったよ。
 それはそうと僕の心に慈愛の女神が降臨する。そうだ。今こそ試されているのだ。何をかって?家族の絆ってヤツをだ。じいちゃんに諭すように、僕は優しく話し掛けた。

「安心して、おじいちゃん。僕がいい老人ホームを探してくるからね」

「わしをボケ老人扱いするな!」

「なんだ、違うのか……。また変な機械作ると怒られるよ。『下町の発明家』もいい加減にしないと」

 もうお分かりだと思うが、じいちゃんはかなりの変人だ。不気味な物ばかり作っているので、近所でも白い目で見られている。異臭騒ぎも一度や二度ではない。おかげでこの地区では肩身が狭い。

「わしは発明家ではないわ!マッドサイエンティストと呼べ!!」

「わかったよ。マッドサイエンティスト」

 1ミクロンも感情を込めず僕は即答した。

「まったく……。だいたいだな、これはお前の為に作ったのだぞ」

「ェー」

「なんじゃ、その露骨に嫌そうな顔は」

「せっかくだけど遠慮します。いりません。不要です。ノーサンキュー」

 僕の言葉を無視して、じいちゃんは熱く語りかけてきやがった。

「これはだな、わしが長年研究してきた夢の機械なのだ。そう、まさに夢の機械と呼ぶに相応しい!!」

 じいちゃんは自分の言葉に酔っていた。興奮して大きな声を出しすぎて、ぜぇぜぇと肩で息をしている。ヤバイヤバイと思ってはいたが、これはいよいよ本格的にヤバくなってきたようだ。
 複雑そうな表情を浮かべているであろう僕を無視して、横でじいちゃんは言葉を続けていた。

「本来ならわし自身の為に使いたがったが、使いこなすには少し年を取り過ぎてしまったようだ。だから」

 じいちゃんは、びしっと皺だらけの指を僕に向かって指差した。

「な、何?」

「お前が使ってみせて、わしを楽しませるのだ」

 孫を芸人みたいに言っているよ。

「いや、さっぱり言っている事わからないし。だいたいこの機械は何なの?」

「おお。わしとした事がまだ言ってなかったな。これはだな」

「これは?」

「…腹減ったな。朝メシにするか」

 そう言うと、僕からトレイを奪って床に座る。机代わり巨大ナットの上にそれを置くと、むしゃむしゃと豪快に食べ始めた。さすがは変人。行動に脈略が無い。

「それじゃ早く食べてよ。片付かないし」

 やれやれ。

 ため息混じりにそう言い残して、僕はガレージを出て行こうと歩き出す。最初から相手にしなければ良かったよ。

「和彦」

 僕の背に、じいちゃんは話し掛けてきた。

「何だよ」

 ちょっと苛立ちながら、僕は返事をした。

「お前、今の人生に満足か?」

「はあ?」

 そんな事聞かれたのは、駅前で宗教の勧誘を受けて以来だよ。

「いいから答えろ。今の人生に満足しておるのか?」

 振り返って僕はじいちゃんを見た。仙人のように伸びた白い眉毛の下から、やたらと迫力のある目玉がじっとこちらを向いていた。いつもの冗談だろうと思ったが、その表情は真剣そのものだ。

「ふ、普通だよ。すごく幸せでもないけど、すごく不幸ってわけでもないし……。でも、皆そんなものだろ」

 そう答えた。強がりだと、自分でもわかっていた。
 今、僕は学校に行っていない。ある事件を起こしてから、学校を辞めてしまっていた。世間の目が怖くて、外出する事も躊躇うようになっていた。僕が強気になれるのは、家族に対してだけだった。

「そうか、ならいい。これからお前の人生は大きく変わる。新しい人生を、お前が気に入ればいいのだが。…また後でな」

 じいちゃんの思わせぶりな言い方が気になった。しかしこれ以上、何かを言うつもりはないらしく、無言で僕の作った朝ごはんを食べている。ポリポリとタクアンをかじる音が音響の悪い室内に響いていた。
 釈然としないものを感じつつ、僕はガレージを出た。

 その日の昼だった。じいちゃんは亡くなった。

(2)

 チーン。

 垂らした白黒のリボンがじいちゃんの写真を飾る。喪服姿に合成されたじいちゃんが、僕に向かって親指を突き上げていた。口の形が『イェーイ』と言っている。往年の高島忠雄のギャグだった。

 祭壇の前に座り、周囲に菊の花を配置されたその写真を見ながら、僕は思わず呟いた。

「古すぎだろ。それは」

 じいちゃんは作業部屋で倒れていた。親父に発見された時は、既に事切れていたそうだ。心不全だった。

 それから慌しく通夜と葬儀を行い、納骨まで済ませた。

 久しぶりに集まった親戚の、僕を見る眼は冷たかった。不祥事の話を皆知っているのだ。こういった場所だったから、特に何かを言われたわけではなかったが。やがて親戚達も帰っていき、家には僕と親父の二人だけが残された。母親は三年前に病気で他界していた。

 ぼんやりと僕はじいちゃんの言葉を思い出していた。僕の人生が変わるとか何とか言っていたっけ。思えばあれが最後の言葉になった。今となってはその言葉の意味は永遠にわからない。作業場にあったあの巨大な機械も、いつの間にか跡形も無く消えていた。どこかに運び出したのだろうか。

「じいちゃん……」

 あんな人でも祖父は祖父だ。ポツンと心に穴が開いたような気がした。家族を失った悲しみで、何もする気になれなかった。自分の部屋に戻り、明かりをつけ、ベッドの下に手を伸ばし、ビデオテープを取り出し、ビデオデッキにセットし、テレビをつけ、再生ボタンを押した。

「ああン…はぁ…はぁ…んはぁぁ…おっきい…おっきいの~~!!」

 余りにも場違いな声が部屋に響く。画面の中の女性が喘いでいた。
 仕方が無いので、僕はアダルトビデオを見る事にした。このビデオ、まだ途中までしか見ていなかった事がずっと気になっていたのだった。

「あ…ふぁ…くぅ…はぁ…固いのが、入っちゃっている……!気持ちイイ……!」

 女性は正常位で犯されていた。上を向いたご立派なおっぱいが、前後に激しく揺れていた。

「むう。両手を体の前で交差させ、乳房を強調してみせるとは。いい仕事してやがる」

 思わず唸った。
 宣言しよう。僕は巨乳フェチだ。

「わしが死んだというのに、エロビデオ鑑賞か。まったく情けない」

 その声は、どこからともなく聞こえてきた。…嫌な事に聞き覚えがあった。

『これはノイズだ。そうに違いない』

 思わず僕は念じた。

「しかし巨乳モノとはいい趣味しとるのう。実を言うと、ばあさんも若い頃は巨乳でな」

 今度ははっきりと耳元で聞こえた。聞きたくもない事を言ってくる。おばあちゃんが若い頃巨乳だったかどうかなんて、どうでもいいよ。冷たい汗が背中を流れ落ちていく。

「う、うわっ!!」

 急に床の感覚が無くなった。落とし穴に落ちたかのような、刹那の浮揚感。一瞬のうちに、僕の視界は暗闇に包まれていた。

「おい、おい。和彦!」

「うーん……」

 気がつくと僕は暗闇の中にいた。アニメのエンディングでよく見るシーンのように、闇の中をプカプカと浮かんでいる。周囲には何も見えなかった。

「しっかりせい。和彦」

 そばでじいちゃんが叫んでいる。なぜその体は光っているのだろう。不気味だった。
 理性をフル回転させ、視覚からの情報を否定する。死んだはずのじいちゃんの姿なんて見えない。見えてたまるか。

「和彦!おいったら」

「そうか。これは夢なんだ。ハハ。そうか。そうに違いない」

「夢ではないぞ」

 切なる願いは瞬時に踏みにじられた。

「~~~」

 耐えられなくなって、僕はじいちゃんを見据えて言った。

「なんで死んだはずのじいちゃんがいるんだよ!」

「おいおい、和彦。死んだ人間がここにいるのが、そんなに不思議か?」

 さも馬鹿にしたように、やれやれ、と肩をすくめて言った。言いやがった。

「不思議に決まっているだろ!…ひょっとして、死んでなかったとか」

「いや。わしは間違いなく死んだぞ」

「ギャー!!」

「まあ、落ち着け」

「これが落ち着いていられるか!幽霊、いや地縛霊か?そもそもここはどこなんだよ?」

「幽霊ではないわ。ほれ。お前も朝、この機械見ただろう。ここはその機械の中じゃ」

「あの機械?」

 脳裏に小山のような不気味な物体が甦る。じいちゃんが最後に作っていた、あの機械だ。
 僕はそろそろと左右に両腕を伸ばしてみた。何かに触れた感触がない。そこは広大で何も無い空間だった。

「いくらなんでもこんなに広かったっけ?」

「当然じゃ。ここは通常空間ではない。亜空間だからの。わしはな、和彦。この機械のコンピューターに、自分の人格を移植したのだ。つまり今のわしは、この機械そのものというわけじゃ。今ここに映し出されている姿は、いわば立体映像じゃな」

「またそんな酔狂な」

「酔狂言うな!」

「だいたいこの機械は何だよ?」

 じいちゃんの立体映像が、自慢げに胸を張った。

「ふふん、聞いて驚け。この機械はな、次元ジャンプマシンなのだ!」

 僕は言った。

「ふーん、それはすごいね。ところでビデオの続き見たいし、そろそろ帰してくれる?」

「……お前、全然理解しとらんだろ。よいか。『パラレルワールド』という言葉を聞いた事はないか」

「知っているよ、そのぐらい。タイムマシンで過去に行って昔の自分を殺したら、とかなんとかって話でしょ」

「そうそれだ。この世は少しずつ異なる世界が、帯のように無限に重なり合って形成されておる。これを並列世界、パラレルワールドと言うのだが、これはそんなパラレルワールドを自由に行き来できる機械なのだ」

「うーん。よくわかんないけど、そんな事をして何になるの?」

「よいか。パラレルワールドは無限にある。その中には望んでおるような世界が必ずあるんじゃ。たとえそれがどんな望みであったとしてもだ。例えばお前が宝くじを買ったとする。一等が当たる確率はもちろん低い。しかしどこかのパラレルワールドには、『一等が当たった世界』も必ずある。そんな世界にジャンプすれば、確実に『宝くじが当たった自分』になれるというわけだ」

「そ、それってすごいじゃん!」

 ようやく僕にも理解できた。こんな話が本当なら、どんな願望でも達成できる。これはすごい事だ。

「じ、じゃあ。僕はね――」

「待て」

 自らの妄想を口にしようとした僕を、じいちゃんは皺だらけの片手で制した。
 …生命線がぶっといなぁ。死んでいるけどさ。

「なんでわしがお前の希望を聞かねばならんのだ?面倒くさい。わしが適当に送り込んでやる」

「えええええ。ちょっ――」

「何、安心しろ。わしの連れて行く世界は、きっと楽しいぞ。少しは信用しろ」

 そういうと豪快に笑って見せた。
『お前が使ってみせて、わしを楽しませるのだ』なんて言っていたけど、こんな意味だったのか。それにしてもマッドサイエンティストを自認する人間なんて信用できるものなのか。

「がははは。がは。うひっうひっウヒヒ、ウヒヒヒヒヒ」

 じいちゃんは笑った。笑い続けた。笑いすぎて痙攣していた。完全にネジが外れている。不具合でもあるんじゃないか、この機械。その狂ったような笑い声を聞きながら、僕は猛烈に嫌な予感を覚えていた。

(3)

 目を覚ました時、天井に貼った栗田あゆみちゃんが微笑んでいた。ロリ顔巨乳アイドルのマイ天使だ。そこは間違いなく僕の部屋だ。時計を見ると朝の八時。普段なら、ご飯を食べている時間だ。

「あっ」

 ベッドから体を起こした。頭を振る。ここはじいちゃんが送り込んだどこかのパラレルワールドなんだろうか。その割には代わり映えがしない。再生されたまま放置されたエロビデオが、巻き戻されて飛び出している。

『巨乳痴女ぷりんぷりんプリリン学園』

 そのくだらないタイトルには確かに見覚えがあった。
 それとも昨日のあれは夢だったのだろうか。確かに考えてみると現実離れした話だ。『死んだはずのじいちゃんに会った』なんて話、まともに聞いてくれるのは精神科医ぐらいのものだろう。

 そうやって取りとめも無い事を考えつつベッドの上でぼんやりしていると、不意に部屋の扉がノックされた。

「和彦、起きているか?」

 親父が顔を出した。今日はハローワークに行かないのかジャージ姿だった。髭も伸びていた。

「先生がいらしたぞ」

 先生?
 親父の後ろから、古田章子先生が現れた。僕がまだ学校に行っていた時の担任教師だ。

「まだ寝ていたの?相変わらず自堕落な生活を送っているようね」

 先生は僕の部屋の中を見回しながら、不機嫌そうに言った。細い眉が中央に寄っている。その口調は以前学校で説教していた時と、まったく変わっていない。
 古田先生は四十代半ばで独身。細い筋だらけの体格で異様にプライドが高い。地味な紺のスーツは相変わらずだ。厳格な両親に育てられたそうで融通が利かず、生徒にネチネチと説教する。だから当然学校でも人気が無かった。

「あっ…お、お茶入れてきます」

 険悪な空気に耐えられなくなったのか、小心者の親父はそう言ってそそくさと部屋を出て行った。ずるい。せがれ一人を修羅場に残して逃げやがった。こりゃ当分戻ってこないな。

「お構いなく。すぐ帰りますから」

 廊下に向かって古田先生が言う。親父が階段を降りてゆく足音が遠ざかり、周囲は静寂に包まれる。僕と先生の二人だけが残された。

「先生、あの、今日は…その、どうして?」

 いつまでも寝ているわけにはいかない。ベッドから降りて、オドオドしながら尋ねた。小心者なのは僕も親父と同じだ。
 古田先生は持っていたダンボールの小箱を床に置いた。中には僕が学校に残してきた備品が、乱暴に詰められている。

「あなたの私物よ。そんな物をいつまでも学校に残しておいては、みんなが迷惑しますから」

「す、すいません」

 僕は反射的に謝っていた。染み付いた習性のようなものだ。

「それにしても汚い部屋ね。ちゃんと掃除しているの?こんな部屋にいるから、あんな卑劣な事をするようになるのよ」

「……」

 先生の一言が古傷をえぐる。あの時の光景が、僕の脳裏に浮かび上がってきた。

 みんなが何か叫んでいる。悲鳴のような。怒号のような。それはどこか現実感の無い記憶だった。
 皆の視線はこちらに集まっていた。汚いモノを見るかのような同級生の視線。ある者の顔は邪悪な笑みに歪んでいる。僕を助ける気など欠片もない、事の成り行きを面白がって見守っているだけの残酷な笑み。その中であの子は、怯えたような目をしていたっけ。

「山田君。山田君!聞いているの?」

「は、はい」

 慌てて返事をする。少し遅れて先生はため息をついた。

「これだから頭の悪い子って嫌いなのよね。集中力がないっていうか。人の話を聞かないっていうか。だいたいあなたは昔から――」

 先生の話が始まった。こうなると長いんだよな。なぜ学校を辞めてまで、説教されなければいけないのだろう。そう思うと怒りや情けなさが湧き起こってくる。だからと言って、反論する勇気も無いけどさ。針のムシロの上にいるような時間がじっとりと過ぎ、不意に僕の視界が暗転する。不思議な浮揚感。その感覚を僕はすでに知っていた。

(4)

「やっぱり夢じゃなかったんだ」

 僕は話し掛けた。他に何も見えない暗闇の中で、相変わらずその体は光っていた。何度見ても不気味だ。前と違うのは、額の辺りに青筋が浮かび上がっている事ぐらいだ。この立体映像、無駄にリアルだな。そう、じいちゃんは怒っていた。

「和彦!いい加減にせい!!」

 じいちゃんはわめき散した。

「な、何がだよ」

「何が、じゃない!お前が説教されるところなんか、わしは見たくないわ!!」

 正直言って、ちょっと感動していた。口は悪いし変人だし、性格だっていいとは決して言えないけれど、それでもやっぱり家族なんだな。

「し、仕方ないだろ。先生の方から来たんだから」

 だからと言ってすぐに素直になれるものじゃない。照れ隠しに、思わず拗ねたように返答していた。

「そんなもの見ていても面白くないだろう!わしが!!」

「……」

 感激した僕が馬鹿だった。じいちゃんは僕の人生を娯楽か何かだと思っているようだ。

「自分の部屋に女性と二人きり、というおいしいシチュエーションなんじゃぞ。少しは盛り上げてみんかい」

「あんな年の離れた古田先生となんて無理に決まっているだろ」

「ほう」

 僕の言葉尻を捕らえて、じいちゃんの目が鋭さを増してギラリと光る。スイスにあるというハイジランドの目付きの悪いハイジの看板のようだ。獲物を見つけたハンターだな。

「では、若くなればいいんじゃな?」

 信じられない事を口にした。

「へっ?」

「だから若くしてやるから、女教師と生徒というシチュエーションを盛り上げてみろと言っておるんじゃ」

 んな無茶な。そう言おうとしたが、遅かった。
 じいちゃんが親指を立てて突き出した。口が呪文を唱えるように動く。特技の読唇術が正しければ、『イェーイ』と言ったようだ。耳元をジェット機が通過したかのような爆音が轟いた。同時に辺りが真っ白になる。まるで立ち眩みをしたかのように、頭の中がぼやけていく――。

 僕は自分の部屋で、先生の説教を受けていた。

「自分の部屋をきれいにする事は、自分の心をきれいにする事と同じなのよ。山田くん」

「は、はい」

 ドギマギしながら相槌を打つ。『章子ちゃん』の若々しい声は耳に優しい。たとえそれが説教であってもだ。
 古田先生は今年大学を卒業したばかりの新卒の教師。そして僕の元担任だ。年がそう離れていない事もあり、生徒達は影で『章子ちゃん』と呼んでいた。両親がかなりの高齢になってから生まれた子供なのだそうだ。年を取ってからの子供はかわいいと言うが、かなり甘やかされて育ったらしい。だからだろうか。真面目な性格にもかかわらず子供っぽい行動が多々見られた。

『でも、これは……』

 生返事を繰り返しながら、考えをまとめようとしていた。僕の中には二つの相反する記憶がある。一つは古田先生が四十代の先生だったという記憶。そしてもう一つが『章子ちゃん』としての記憶。パラレルワールドにジャンプすると、この世界の住人として、当然持っている記憶まで持つ事になるのだろうか。今となってはこの元の世界の記憶だけがパラレルジャンプの証拠だ。

 タイムマシンもののドラマで、ちょっと過去を変えてしまった事で未来が大きく変わってしまうという話がある。このパラレルジャンプは行きたい『変わった未来』を固定して、その現在が当たり前の結果であるように過去を改変してしまうのだ。もちろん世界が変わったのではなく、僕が移動してきたのだが。

 先生の姿を盗み見た。

『か、かわいいじゃん』

 意外だが割とかわいい。スレンダーな体型で凹凸も全く無い。正直言って体つきは貧相だ。しかし幼さを残した顔と相まって、どことなくだが清楚な雰囲気を醸し出していた。古田先生って若い頃はけっこういけていたんだ。

『でも、どうせだったら……』

 そんな事を考えていると、ほどなく視界が暗くなる。

「どうじゃ。わしの力は」

「すごい。すごいよ。じいちゃん!」

 僕は褒め称えた。生まれて初めてこの人を尊敬した。うれしいらしく、じいちゃんはふんぞり返っている。

「そうだろう、そうだろう。もっと褒めていいぞ。ほれ、遠慮するな」

どこまでも調子に乗っていた。

「だけど、まだまだ。こんなもんじゃないぞ。あの先生、中々かわいい顔をしておるが、胸が無いのは惜しいの。わしはな、乳のでかい女が大好きなんじゃ!」

「そ……」

 あまりにも真っ正直なカミングアウトの迫力に、思わず気圧されてしまった。

「そうだよ。まったくその通りだよ!」

 じいちゃんの言葉に、僕は一も二も無く同意する。

「おっぱい!おっぱい!」

「おっぱい!おっぱい!」

「おっぱい!おっぱい!」

「おっぱい!おっぱい!」

 暗闇に包まれた亜空間に、祖父と孫の魂の叫びがこだまする。

「では先生をデカ乳女に変えてやるとしよう」

「体型を変える事もできるんだ。すごいや」

「正確には、先生が突然変異で巨乳の体型に生まれた世界へ移動する、だがな。ジャンプしたお前の主観では、突然先生が巨乳になったように見えるだろう。いくぞ」

 再び視界が真っ白になった。

「……」

――礼。

 前かがみになった。

「どうしたの。山田くん?」

「い、いえ」

 僕は必死に誤魔化した。アソコがおっきしました、なんて言えるわけもない。先生は両腕を組んで、心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。重たい胸を支えるように腕を組むのは先生の癖だ。そんなポーズを取るから、僕の下腹部は膨れ上がって頭は垂れるんだ。まったく罪深い谷間だよ。
 理不尽な怒りに、僕はツンデレの真髄を見た。

 それにしても何とか鎮めないとな。僕は必死に別の事を考える事にした。難しい事がいい。そうだ。俳句だ。

 実るほど
 こうべを垂れる
 谷間かな

「……」

 ミッションは失敗だった。

 ブラウスを見るとボタンは今にも弾け飛びそうだ。胸の部分がパンパンに張っている。ゆうにGカップはあるだろうか。

『じいちゃん。やりすぎだよ』

 先生は小柄な体格なのに、胸だけは不自然なまでに大きい。釣鐘型の乳房が、垂れる事なくドーンと前に突き出している。大きさと美しさが両立した奇跡のバランス。ブラによって矯正されている可能性もなくはないが、じいちゃんの仕事でそれはない。きっと下着を外しても、その乳房は形を崩す事もなくその美しさを保つだろう。他の事なら何一つ信用できないが、じいちゃんの『この』こだわりだけは信用できた。

 この世界の僕は、赴任してきた時から先生をチェックしていた。それは巨乳マニアとしてのサガと言っていい。先生が担任になった時は文字通り狂喜乱舞したっけな。授業中では黒板は見ずに、先生の胸ばかり見ていた記憶がある。
 先生は真面目な性格だから、異性の目を引く大きな胸は自慢ではなくコンプレックスの対象らしい。野郎どもの欲望丸出しな視線に晒され続けたせいで、すっかり男性不信になっていた。そのせいかこの世界の先生は、前の世界の先生よりやや引っ込み思案な性格だ。いつも地味で大き目の服を着て、浮いた話は一つも無い。
 そんな先生が僕の部屋にいる。しかも二人きりだ。僕の胸は高鳴っていた。

『でもなぁ』

 先生は若くなり、巨乳にもなった。しかし説教されているという状況は変わらない。一体これからどうしたら良いのかわからず、ただ時間だけが過ぎていく。するとまたまた視界が暗くなった。

「いつまで引っ張るつもりだ!」

 暗闇にじいちゃんの怒号が響いた。

「な、何だよ?」

「さっさとセックスせんかい!」

「そんな事無理に決まっているだろ!」

 とんでもない事を言うじいちゃんだ。
 確かに若くもなった。魅力的な外見にもなった。しかし先生は先生なのだ。襲い掛かったりすれば、警察のお世話になるのは確実じゃないか。

「じゃあ一体、どうしろと言うんじゃ……?」

 途方に暮れるように頭を振りながらじいちゃんは言った。背中を丸めて恨みがましい目で僕を見る。そんなに期待していたのか。この人は。

「そうだなあ。無理矢理だったらレイプになっちゃうけど、向こうから誘ってくるのなら問題ないんじゃないかな」

 ついヘタレな性格が顔を出す。迫るより迫られる方が楽なのだ。僕の言葉を受けて、じいちゃんは何事が考え込んでいる。真剣な眼差しだった。ある意味で天才的な頭脳が、フル回転している事が感じられた。

「……」

 異様な迫力に僕は押し黙った。何人たりとも口を挟める雰囲気ではなかった。馬鹿な事言うんじゃなかった。内心後悔していた。

「女教師が生徒を誘惑するというシチュエーションか……。ベタだがそれもいいな。よし、それでいこう。先生には平気で生徒を誘惑する淫乱女教師になってもらおうかの」

 真剣になってもその程度だった。

「山田くん。私の話聞いているの?」

 ドキリとする程色っぽい目で、『章子様』は僕を見た。

「は、はい」

「本当かしら」

 先生は僕に体を近づけた。なぜ僕の背後に回るのでしょうか。後ろから先生の甘い吐息が耳たぶをくすぐる。そのとんでもない質量を秘めたおっぱいが触れている。わざと、だよな。
 不意にその手が僕の股間に延びてきた。すでに固くなっている僕の分身を、悪戯するように弄ぶ。

「あ……」

「ココをこんなに固くしておいて、よく言うわね」

「いや、これは」

「これは、何?」

「……」

 僕は内心呟いた。

『いくらなんでも変わり過ぎだろ』

 さすがは自称マッドサイエンティスト。加減ってものを知らない。

 章子先生は色々と噂のある教師だ。先生や生徒と何回も噂になっていた。よく今までクビにならなかったものだ。
 貞操観念ってものが完全に吹き飛んでいる先生は、見境無く色気を振り撒き、学校でも注目の的だった。そんな感じだから男達は先生をチヤホヤする。多くのオトコを従えたその様は、まるで女王様のようだった。で、ついたあだ名は『章子様』。

 先生は元々プライドが高い。それが程よく隙ができ、魅力的な外見を手に入れて男性にもてるようになった。それは気位をくすぐられるものらしい。その事はさらに好色に拍車をかけ、今や色情狂と言っていい性格になっていた。
 変われば変わるものだ。いやプライドが高いからこそ男に相手にされない自分が認められず、元の世界では余計に頑なになり、生徒をいびっていたのかもしれないな。
 じいちゃんがいろいろとお膳立てをしてくれたようで、先生にとって今日の獲物は僕ってわけだ。確かにこのままの流れなら、Hをさせてもらえそうな雰囲気ではある。こんなに美人で巨乳の人とHできるなんて、夢でも思った事はない。けれど……。

『これは何だか違うよな』

 僕は童貞だ。これが始めてなわけで一生ものの記念だ。しかし先生にとっては軽い遊びでしかない。それは嫌だ。僕はチキンハートだけどワガママなのだ。僕は心の中でじいちゃんを呼んだ。

(5)

「先生、私物を持って来てくれてありがとうございました」

「えっ。う、うん」

 もう用は終わったはずだった。それでも先生は帰ろうとしない。所在なさげに部屋の中で立ち尽くしていた。
 先生は『章子様』から『章子ちゃん』に戻っていた。大人しい性格のままだ。しかし以前の先生とは明らかに違っていた。

 その視線に気づいたのは、入学してすぐの事だった。僕を見る時だけ目元が熱を帯びる。切ないような救いを求めるような、そんな視線。

 先生はかわいい。おまけにスタイルもいい。それでも奥手なのか、男性と付き合った事はないという話だった。そんな彼女が、僕に対してだけは『女』の表情を見せる。まるで何かを言いたいように。

 僕はずっとそんな先生の視線を無視してきた。教師と生徒という関係だから、その一線を超える勇気なんて僕には無かった。異なる世界の記憶を持つ、今の僕ならそれがなぜか理解できる。今日という日を盛り上げる為、今まで僕が手を出していない世界にわざわざジャンプしてきたからだ。この世界の先生は、『若くて巨乳で、僕限定に激しく発情する女性』なのだ。面倒くさがるじいちゃんに頼み込んで、細かく世界を指定させてもらった。

 そんな僕が事件を起こし自主的に退学した。事件そのものというより、僕が学校からいなくなるって事自体に先生はショックを受けていた様子だった。それからしばらく経った今日、先生は僕を訪ねてきた。大した用事では無かったが、それでも僕に会う口実を一生懸命考えてきたようだった。

「どうしたんです?先生」

「…学校を辞めても」

 意を決したように、先生は言った。

「私は、山田君の先生なんだから」

「はぁ」

 先生が何を言いたいのかわからず、思わず曖昧な返事をしてしまった。

「家に引き篭もっていてばかりいてはだめよ。外に出て社会と触れ合わないと」

「そうですね」

 感動した。若い女性に優しくしてもらった記憶がほとんど無いのだ。僕の記憶が正しければ、四歳の時近所のみっちゃんに飴玉もらった時以来だ。

「だから先生とセックスしなさい」

 先生の言葉はパラレルジャンプ並に不条理だった。

「…へ?」

「社会の半分は女性なの。『社会に触れ合う』という事は、女性と触れ合うという事と等しいのよ」

 先生は、ダンプカーを横転させる勢いで強引な論理を展開する。

「い、いや、でも――」

 言いかけた僕の目の前で、先生はおもむろに服を脱ぎ出した。有無を言わせぬ調子だった。紺のジャケットのボタンを外し、床に落とす。

「先生……」

 先生の動作には一切迷いがない。まるで自宅で私服に着替えるかのような手軽さで、どんどん服を脱いでいく。白いブラウスの裾をスカートの中から出す。それだけの事で、急に色気が増した気がした。体を捻りスカートのジッパーを緩める。
 真面目な仕事着ってちょっと着崩すと、とんでもなく色っぽくなるんだな。
 それは僕の人生最大の発見だった。…実に大した人生ではないような気がするが、この案件はこれ以上考えない事としよう。

 下に落ちたスカートから足を抜く。一歩、ニ歩。踏み出すように。ブラウスの裾の中に手を入れる。ブラウスが持ち上がり、ストッキングごしに白いショーツが見えた。体を前に倒してストッキングを脱いでいく。体を倒した拍子に胸の谷間がクッキリと見えた。白い肌と肌の間に、黒い空間が見えている。その魅力的な三角形は、ブラックホールのように僕の視線を捉えて離さない。ちらっと先生は上を向いて僕を見た。ブラックホール終了。慌てて僕は、斜め四十五度の角度に視線を振り上げる。

「……」

 先生が笑った。息子のかわいい悪戯を見つけた母親みたいな目をしているよ。やばい、ばれたかな。サスペンスドラマの副音声で、『何食わぬ顔をして』と言われている時の真犯人と同じぐらいの演技をしたつもりだったが。

 足の先からストッキングを抜き取る。爪の揃った生足が露になった。先生は上半身を戻し、真っ直ぐに立つ。下着の他はブラウス一枚の姿で。見せ付けるように、胸はややそり気味だ。ただでさえ巨大な肉塊が、布地の下から大きく隆起しているのがわかった。

「じゃあ和彦君。ブラウスのボタンを外して」

「え?で、でも……」

 僕は先生の乳肉の迫力に圧倒されて、思わず尻込みしてしまった。

「文句を言わないの。これは授業よ」

 一体どんな授業なんだろう。これは。

「だって和彦君がこうやって女性と二人きりになって、そのブラウスを脱がせたいな、と思ってもやった事がなければうまくいかないかもしれないでしょ。そうなると、あの時先生相手に練習しておけば良かったって後悔するに決まっているわ。そうならないように今のうちに慣れておく事が大事なのよ」

 どれだけ特殊な状況なんだろう。わざわざ練習しておく事か。そう思った時、ふと先生の顔を見た。紅潮した頬、乱れた息、そして潤んだ瞳。その表情が、先生の本心を雄弁に物語っていた。そうだった。この世界の先生は僕に恋焦がれていたにも関わらず、一線を越える事ができずにいたのだ。今日、僕の家に来たのは重大な決意を秘めての事だった。先生の強引なやり方は、精一杯の求愛なのだ。

「……」

 僕は無言で、差し出された先生のブラウスに手を伸ばした。

(6)

 一つずつ上からボタンを外していく。興奮で自分の鼻息が荒くなっているのがわかる。フルマラソンを走ればこれぐらい心臓が脈打つだろうか。先生は羞恥に懸命に耐える風で顔を背け、目を瞑って立っている。ボタンを外していく僕の手が、ふと前に突き出た豊満な胸に触れる。ピクンと乳房が揺れるのがわかった。ふと見ると、先生の息まで乱れているのがわかった。

「どうしたの?途中で止めないで」

 先生は掠れた声で僕を促す。再び動き出した己の手は、とうとう全てのボタンを外し終えた。上から下まで体の中心を曝け出している。ショーツに包まれたデルタ地帯も、贅肉のないへそも、ブラウスの間から見えていた。ふとした仕草で戒めのないブラウスはめくれ上がり、その豊かな肉体は見え隠れする。いつの間にか部屋の中がいい匂いで満たされていた。知らなかった。女の人ってこんなにいい匂いがするんだな。お気に入りのエロ本からは、別の臭い匂いしかしないからね。

 先生は僕に背中を見せて、ブラウスを肩から抜く。微かな衣擦れの音を残して、ブラウスはゆっくりと流れ落ちた。代わりに白い肌が現れる。ほっそりとした小柄な大人の女性の背中を見て、思わず後ろから抱きつきたい衝動に駆られた。

「外してくれる?ホック」

 先生が後ろを向いていてくれて良かった。多分僕の目は血走っているはずだから。

「はい。これも授業ですね」

 僕はそう言うと、先生の背中に手を伸ばした。ホックはきつそうに伸びきっている。両手で摘まむように持ち上げて外す。下着の後が残った背中がだんだんと露になっていき、先生が肩紐を緩めると足元にストンと落ちた。そのブラのカップの大きさに思わず目を奪われた。まるでグローブだ。

 思わず床を見ていると、ゆっくりと足元が動き先生の体が反転する。子供のように細い足が、僕の方を向いて止まる。そろそろと視線を上に向けていく。小さな膝を過ぎて、細い太ももが見えた。細いが柔らかそうだ。更に視線を上に向けると、緩やかな三角形をした白いショーツ。やや前に盛り上がっているおり、レース生地となっている上部からは中から黒いものが透けて見えていた。

 ふと横を見ると、だらりと両手が垂れ下がっている。懸命に羞恥に耐えている風で、宙を掴もうと動いていた。先生は己の体を隠そうとはしていなかったのだ。更に上を見ると肉のない腹部。そして、果実のように盛り上がった乳房があった。

 ピンと張り詰めた風船の中に、女の情欲がパンパンに詰まっている。完全な球形だったそれは重力の干渉を受けて少し横に潰れ、自らの存在をアピールするかのように広角に突き出していた。まだ誰も触れた事のない乳輪は、やや大きく薄い桜色をしていた。よく見ると、乳輪には捻れたような皺があった。その先端には慎ましげな乳頭が付いている。僕の視線に感じたのか、だんだんと乳首が張り詰めていくのがわかった。乳輪ごとせり上がり、窓から差す日の光を受けてピカピカと光っていた。

「どう?先生の胸は」

 照れ隠しのように、わざと大胆に言う。やや背中を丸めて先生は立っていた。まるで淫らな夢を見ているような表情をしていた。
 この世界の先生にとって己の大きすぎる胸は羞恥の対象であり、そうであるからこそ情欲の根源でもある。恥ずかしさのあまり顔を背けているが、激しく上下する胸がその興奮を伝えてくる。

「きれいです。本当に」

 本心だった。巨乳好きとして映像ではいろいろと立派な乳房を見てきたが、生で見たそれは熟れた果実のように魅力的だった。僕の言葉に、先生ははにかんだような笑みを浮かべた。

「ありがとう。それじゃ下も脱がせて……。先生を裸にさせて……」

「はい」

 僕は床に膝をつきながら、先生のショーツに手を伸ばした。横から指を差しこみ、下にずり下げていく。抵抗でショーツはめくれ上がり、内側をさらけ出しつつ降りていく。その中心には小さな染みができていた。
 きれいに刈りそろえられた陰毛が、申し訳程度に先生の女性自身を隠している。汗にも似た独特の匂いが鼻をついた。それは始めて嗅ぐ、オンナの匂いだ。ショーツを足首まで下げると、先生は自ら足を持ち上げて脱ぎ捨てる。先生は全裸になった。

「やだ。和彦君」

 先生が腰を捻る。僕が余りにもアソコを間近から凝視していたから、さすがに恥ずかしかったようだ。鼻息でヘアが揺れるほどの至近距離だった。腰を捻って僕の視線から逃れようとする。しかしその仕草は、僕の性衝動を刺激するだけだ。

「そんなに近くで見ないで。お願い……」

 甘えるような鼻にかかる声で、先生は僕に哀願する。それは男に甘える女の衝動だった。

「で、でも。こんなの見せられて見るなと言われても」

「ンもう」

 仕方ないなという様子で、先生は言った。肩に温かいものが触れる。先生の掌だ。

「ほら、おチ○チ○、出して。このおっぱいで挟んで上げる」

 パイずり。

 それは男子と生まれたからには、誰でも一度は夢見る途方も無い夢である。
 と、僕は信じていた。

しかしいざ下半身を晒す段になると、恥ずかしさが上回った。何しろ僕の暴れん坊は、パンツの下でみんなの元気を集めているのだ。コレを人前に晒すのか?そんな度胸は無かった。嗚呼、童貞の悲しさよ。

「い、いいですよ。そんな事はしなくっても」

 激しく後悔しながらも煩悩を断ち切って拒否した。傷跡は大きく、顔を引きつらせていたが。僕にだって理性はある。
 しかしそれでは先生が納得しなかった。

「いいから。早くおチ○チ○出しなさい。パイずりさせなさいよ」

「はい」

 気がつくと即答していた。煩悩は極太のワイヤーケーブルで繋がっていた。僕はベッドの上に横たえさせられ、先生に服を脱がされていく。
 気心地よい敗北感に、僕の顔には至福の笑みが浮かんでいた。

(7)

『おおおおおー!』

 思わず声をあげそうになった。温かくて柔らかいモノに、肉棒が包まれる感触。僕のフィンガーとは比較にならない心地よさだった。
 見ると下半身を露出させた僕の体の上に、先生が乗りかかっているのがわかる。僕の足の間を割るようにして、先生は体を入れている。僕の肉棒がある辺りには、先生の深い胸の谷間があるだけだ。男根は完全に埋没していた。

「はぁ……」

 感慨深そうに先生は息を吐く。先生は僕の体に豊かな乳肉を預けている。張り詰めた乳房も丸見えだった。
 自宅で寛いでいたら、いつの間にかおっぱいがポロリと零れ出ていました。そんな無防備さが堪らない。

「和彦君のコレ。熱い。ビクンビクンって脈打っている……男の人のモノがこんなに気持ちいいなんて……」

 愛しそうに自分の胸元に指を這わせながら先生は言った。それはエロティックでありながら、母性を感じさせる仕草だった。先生は自らの隆起に手を添えると、揉み解すようにさすり始めた。肉壁に覆われた優しい刺激が微妙に変化する。

「アァっ…ん…はァァ……」

 慎ましげな先生の息の中に情感が混じる。まるで自分の乳肉を弄び、自慰をしているかのようだった。動くと同時にやや大きめの乳首が形を変える。掌によって形を歪められた乳ぶさは、ゴムマリのように自らの弾力によって元の球形を取り戻す。それを再び揉み上げる。思わずうめき声を上げそうになるほどの快感だった。

「どう?気持ちいい?これがパイずりよ。ちゃんと理解してね」

 まるで授業のような口調で章子先生は言った。そう言いながらも流れるような淫靡な動きは止まらない。そう言えばこれは授業だ、とか言っていたな。こんな授業ならいつでも受けたいよ。

「ねぇ、和彦クン……。ちゃんと理解しているの?理解していないと補習だからね」

 これは補習の方がいいんじゃなかろうか。
 こんな事を考えていると、先生は頭を倒して下を向いた。亀頭の先が、生暖かい別の快感に包まれる。先生はパイずりをしながら、僕の怒張を頬張っていた。パイずりとフェラの複合技だ。噂には聞いていたが、本当にあったなんて。人間国宝クラスの超絶テクだ。国は保護するべきだと強く思う。

「う……」

 必然的に先生の体は沈み込む。乳房の感触が肉茎から袋に移り、先ほどまでとは別の刺激を送り込んできた。

「んちゅ…むむむン……」

 エラまでを咥え、きつく吸い上げられた。いくらなんでも限界だった。

「先生。出そうだよ……!」

 先生の動きは激しくなってきた。いいの、出して。そう言わんばかりに頭を激しく振りたてて、僕をあっと言う間に追い詰める。

「くっ……!!」

 ドクッドクッ。

 男根が二度三度と痙攣する。その度に頭が真っ白になるような快感に包まれた。射精したばかりで敏感になっている逸物を、先生の舌が絡めとろうと動き回った。その強い快感に、僕は放心状態から引き戻される。

「せ、先生」

 先生の顔は自分も達したかのように上気していた。ピタリと肉棒に密着し、残らずザーメンを吸い取る気だ。射精を終わった事を確認して、ようやく口を離した。先生の唇と怒張との間にかかる精液の橋がいやらしかった。

 先生はそれがさも当然といった様子で、僕の精を嚥下していく。僕のモノが先生の体内に吸収されていく様は、感動的ですらあった。

「ちゃんと女性の素晴らしさは理解できたかしら?」

 僕達二人はベッドの上に横たわっていた。先生は横を向く形で、豊満な媚乳も繊毛に包まれた股間も僕の体に押し付けている。その手は自然に僕の股間へと伸び、まだ萎んだままの竿を優しく刺激する。気だるい情事の後の時間。

「は、はい。とっても」

 パイずりされて達してしまった。それは、自慰とは比べ物にならない心地よさだった。

「本当に?」

 先生の手が陰嚢にまで伸びてくる。不意に敏感な部分を刺激され、僕の肉棒はピクリと震えた。

「ちゃんと理解できたのかな?」

 執拗に章子先生は聞いてくね。次第に海綿体が充血してきた。固さを取り戻すに従って、先生の手はより情熱的な動きへと変化していた。

「う・・・は、はい」

「…そう」

 先生は少し残念そうに言った。

「じゃあ次ね。…先生を犯して」

 太ももに触れる先生の股間からは、湿り気が感じられる。僕を見つめるその瞳は、欲情に潤んでいた。先生だって限界なのだ。僕は返事の代わりに先生の唇を塞いでみせた。

「ん……」

 情熱的なキス。生まれて始めての口付けだった。先生は目を閉じ、恭しく口を差し出していた。その柔らかい唇の感触に感激しつつ、どうせだったらち○ち○舐めてもらう前の方が良かったな、なんて事を考えていた。

(8)

 何度もパラレルジャンプを繰り返すと、その度に異なる記憶を持ってしまう。混乱しそうなものだが、人間の記憶とは都合良くできているものらしい。元の世界の記憶なんてどうでもいい、といった具合にもう脳裏に浮かぶ事もなくなっていた。今となっては、古田先生は最初から若くて巨乳の先生だった気がしていた。

『章子ちゃん』は仰向けに横になっていた。隆起した胸が、上に向いてその形を維持している。巨乳好きとしては別に崩れていたって平気だが、小山のようにその形を維持しているその佇まいは感動的ですらある。さすがじいちゃん。先生に極上のおっぱいを与えてくれていた。

 先生は目を閉じ、僕の侵入を静かに待っている。淫らな期待に膨らんだ胸元が上下する。豊かな胸とは対照的に細い腰。それを過ぎると筆で描いたような繊毛の陰り。その奥には未踏峰の肉裂が今なお固く閉じている。そこに自分の分身を突き入れるのかと思うと、なんだか凄い冒険のような気がしてきた。

「和彦クン。きて……」

 頷くと、僕は章子先生の体に覆いかぶさった。狙いを定めて腰を突き入れる。少しずれていたようだが、先生が動いて位置を調整してくれた。

「う……」

「あっ……」

 二人が同時に呻き声を挙げた。先生の細い眉は寄り、ぎゅっとシーツを掴んでいる。その様はいかにも苦しそうだ。
 僕の怒張が根元まで埋め込まれている。無理に章子先生の肉の輪を、無理に押し広げた感触があった。

「大丈夫?」

 心配そうに僕が覗き込むと、章子先生は顔を歪ませたまま、無理に笑顔を浮かべて見せた。

「平気よ。動いて」

 余り平気そうには見えないが、謝罪代わりにキスをする。痛さはあるが、僕と結ばれた感動も大きいようだった。ソロソロと腰を動かし始めた。僕が先生の処女を奪ったのだ。人にお膳立てされたものであったとしても、その感動は変わらない。苦しそうな先生には悪いが有頂天になっていた。

 ゆっくりと腰を動かすと、媚肉の襞が竿に絡み付いてくる。ウネウネと複雑な収縮を繰り返し、ゆっくりと締め上げる。腰から下が脱力しそうなほどの刺激だった。
 連結部に目をやると、先ほどまでは閉じていた肉唇に、肉の槍が正面から突き刺さっているのがわかった。二人の愛液が混ざり合い、下腹部に張り付いた陰りがジョリジョリとこすれていた。赤い液体が混じっている。先生の処女を散せた実感が、再びわき上がってきた。

「はぁっ、ひぃぁああ、ふぅあっ」

 先生の喘ぎ声が甘い響きを帯び始めた。破瓜の痛みを超えて快楽を覚えつつあるのだ。しかもそれを与えているのは僕自身。遮二無二腰を動かした。章子先生は体を仰け反らせて喘いでいた。送り込まれる快感に耐えているのだ。僕は先生に対して始めて優位に立った気がした。

「先生。気持ちいい?」

 小刻みに腰を動かしつつ、僕は先生に尋ねた。

「いやっ…っくう…そ、そんな事…はふぅっ…恥ずかしくて…ン…言えない……」

 子供がいやいやするように、頭を左右に振りながら先生は言った。もう言っているようなものだが、意地でも言わせたい。僕はピタリと動きを止めた。えっ、と先生の目が見開かれた。

「先生、正直に言わないと授業になりませんよ。言うまで動かないから」

「そんなぁ……お願い……」

 自ら動こうとする先生の腰を、上から押さえつけて動きを封じる。先生は泣きそうな顔をしていた。

「ああ……」

「ほら、言ってよ。僕のおち○ち○。気持ちいいの?どうなの?」

「ああっああ!もうだめ……。気持ちいい。気持ちいいの!和彦クンのおち○ち○、気持ちいい……」

 ご褒美のように数回腰を動かした。待ちに待った快感に、先生はその身を震わせた。

「先生。僕のおち○ち○気に入った?」

「アァァ…んはぁぁ…気に入っちゃったぁ。和彦クンのコレ、大好き!」

 性悦に半狂乱になりながら先生は叫んだ。

「病み付き?」

「そう、病み付きなの…ひゃぁ…ン…ああン…中毒、私は…ンンァ…和彦クンのおち○ち○中毒なのっ」

 淫らな言葉のやり取りが、二人の情事を盛り上げる。僕は先生の足を掴むと、激しく動いて腰を突き入れた。絡み合う体液が泡立ち、ポタポタとマットに滴り落ちた。今や先生の子宮は僕の男根に完全に馴染み、奥へ奥へと誘おうとする。
 すごい快感だった。先ほど一度精を放っているから耐えていられるのであって、そうでなければあっという間に達していただろう。先生も四肢をピンと伸ばし、押し入ってくる快感にようやく耐えている。でも、そろそろ射精したい欲求が高まってきた。

「くっ…そろそろ出そう……!」

「ふぅあっ…い、一緒に。ね…一緒にぃぃぃ!!」

 先生は僕の首に両腕を回し、抱きついてきた。激しく動いている釣鐘の乳房が、僕の胸板に擦れてその悦びを伝えてくる。ギュンと陰嚢が収縮する感覚があった。

「うっ……!」

「ふわあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 頭が焦げ付くほどの快感が背骨をせり上がってくる。ぶるっぶるっと痙攣して牡汁を撒き散らす度に、閃光が走る。息をするのも忘れて最後の精までたっぷりと子宮に注ぎ込んだ後、僕は先生の体の上に倒れこんだ。二人の肌には玉の汗が浮かび、息は荒く乱れている。まだ先生の中に入れたまま、僕は静かに目を閉じていった。

(9)

「…だめね」

 僕の頭をその乳肉に抱きかかえるようにして、息を整えていた先生がポツリと呟いた。

「まったくだめ。全然だめ。落第。赤点よ」

 何の事だからわからないが、とにかくひどい言われようである事は確かだ。

「何の話?」

 頭を起こして先生を見た。

「和彦君のテストの結果よ。こんなエッチじゃまったく気持ちよくなれない」

「でも先生は随分気持ちよさそうだったけど……」

「う、うるさいわね。とにかく再テスト決定。いえ、テストなんかじゃ生ぬるいわ。これは重症よ。私がつきっきりで教えないと」

「はぁ」

 僕は空気に流される人間なのだ。相手に強く出られると否定できない。

「というわけだから。私、セックスの家庭教師になってあげる。…和彦君専用の」

 何が、というわけなのかさっぱりわからないが、要するに先生は僕との関係を維持したいのだ。

「それとも何か不満でもあるの?」

 むぎゅ。

 そう言うと、深い胸の谷間に僕の顔を押し付けてきた。乳房の合間は汗に濡れ、今なお情事の跡を感じさせた。息苦しいけど嬉しい。天国の拷問だった。

「いえ、不満なんてありません……」

 おっぱいに話し掛けているような感じだが、苦しげな声で僕は先生に同意した。不満なんてあるはずもない。

「そう。それは良かったわ」

 先生の声には明らかに安堵の響きがあった。

「それじゃ、これからもよろしくね。和彦君」

 ちゅっ。

 契約のように、僕達は唇を重ねた。元の世界にいた時は、先生とこんな結末になるとは全く想像できなかった。できる奴なんていないだろう。しかしこれでいいような気がした。これからはいつでも章子先生とセックスできるのだ。やりたい時にやりたいように。何かを忘れている気がしていたが、それはもう気にならなかった。

「先生、お茶――」

 ガチャリとドアが開き、急須と湯のみを持った親父が現れた。語尾がだんだんと間延びしていくのが面白い。見るとドアを手にしたまま、石化の魔法をかけられたかのように固まっている。
 あ、忘れていた事を思い出した。今日は家に親父がいたんだっけ。

 さてと。僕の灰色の脳細胞が動き始める。うまい言い訳を考えなきゃ。先生と全裸のままベッドで抱き合いながら、唇を重ねつつ、まだ性器が結合していても、不自然ではないという言い訳を、だ。

「えーと。最近の大相撲ってどうよ?」

 何とかうまく誤魔化せればいいのだが。

「おっと、セックスの最中だったか。そりゃ悪かったな」

 親父はバツの悪い表情を浮かべた。

「い、いや。いいよ。別に」

「あ、でも。一戦終わった後だったか。それは不幸中の幸いだったな」

 親父は無遠慮に僕達の様子を観察すると、安堵したように言った。

「あ、あのね」

 言いかけた僕に向かって、片手を広げて見せた。

「おっと何も言うな。わかっているぞ。もう一回したいんだろ?邪魔者は消えるからゆっくり楽しめばいい。グヘヘ。ごゆっくり」

 下卑た笑みを浮かべると、そそくさと親父は部屋を出て行った。あの真面目さだけが取り得の親父が。未だに先生と繋がったまま、僕は唖然として部屋を出て行く父の後姿を見守った。

「じじいー!」

 暗闇に僕の怒号が響き渡る。毎度おなじみ亜空間。

「なんじゃ、騒がしいな。わしのおかげで無事に切り抜けられただろう」

 じいちゃんは耳の穴に指を入れながら、暢気な調子で言いやがった。なんとこいつは、『息子の性生活に対しては、無限に理解のある人格の親父がいる世界』にジャンプさせやがったのだ。

「変わりすぎだろ!返せよ!元の親父を!!」

「ほほう」

 じいちゃんは不躾な若者の挑戦を、不敵な笑みで受けて見せた。

「ではお前は、あの状況の切り抜けられるうまい方法でも見つけたのかな?」

「うっ」

 じいちゃんの言葉は、僕の弱点をピンポイントに貫通した。

「わしはな、自分の血を引いている割には息子が普通なのが前から気に入らなかったんじゃ。あのぐらい非常識な方がふさわしいわい」

 じいちゃんは言い切った。言い切りやがった。

「ひでーよ。それでも人間か!」

「マシンじゃ!!」

 胸を張る。この人に何を言っても無駄なのだ。そんな普通の人ではない事は、最初からわかっていた事だ。僕はゆっくり後ろを振り向くと、呟くように言った。

「だめだこりゃ」

 万感の思いを込めた一言が、亜空間の片隅まで響き渡っていった。

< 終わり >

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