ダークブレス (3) お兄ちゃん・・・

(3) お兄ちゃん・・・

 染みだらけの天井が、赤い炎に揺らめいて見えた。ズキンと鈍い痛みが後頭部を襲う。次第に意識がはっきりしてくる。確か、殴られて意識を失ったはずだ。

 俺は床に転がされていた。体を起こそうとして、縛られている事に気づいた。背中に回した両手首と、両足首。これでは立ち上がる事もできない。

 首を回して辺りを見た。机や椅子が高く積まれている。この部屋には見覚えがある。確か2組から、椅子や机を運び入れた隣の3年1組の教室だ。

「気がついたようね」

 頭上から声がする。

「虹華」

「ちょっと強く殴りすぎちゃったみたい。ごめんなさいね」

 見下ろすように、虹華が視界に入ってくる。

「お前が殴ったのか」

「仕方ないでしょ。結菜と二人で教室に戻ってみれば、正樹が箱の中を覗き込んでいるじゃない。ああでもしなければ、箱の中身が結菜にばれる所だったんだから」

 箱の中。そうだ、あの中には・・・。

「あの骨、司だな?」

 俺の問いに、しばらく重苦しい沈黙が続いた。

「・・・ええ、そうよ。私が意識を取り戻した時、司さんの体はすでに冷たくなっていた。魔術に失敗したからなのか、自殺したのか、それは判らないけど。結菜の意識が戻るまでそれから一日以上あったから、その間に私があの箱に入れて埋葬したの。黙っていてごめんなさい。言えば怖がって正樹が手伝ってくれないかもって思ったから」

「なんでそれを掘り起こさせたんだ?」

「それは説明した通りよ。儀式に必要なものだから。司さんの死体は、強い魔力を秘めている。私の技量で儀式を成功させるには、必要なものよ」

「お前と結菜の話、聞いたんだぞ」

 俺の問いに、虹華が恥ずかしげに視線を外す。

「そう・・・。じゃあキスしている所、見られちゃったか。でも、別に私たちレズってわけじゃないのよ。あれは挨拶みたいなものなの。司さんに心奪われた結菜が、レズビアンってわけがないでしょう」

「馬鹿な男で悪かったな」

「何言っているの。結菜には、正樹を騙して手伝わせているって事になっているのよ。そうでも言わなければ、正樹がここにいる理由がないでしょう?」

「虹華。お前、本当に俺を騙してないか?」

「疑り深いのね。じゃいいわ。実は正樹を騙していたのよ。結菜の願いをかなえる為にね」

「結菜の願い・・・」

 それは兄の司と再会する事に他ならない。しかし、司は・・・。

「そう。司さんの行方を知りたいなら、何も魔術なんて必要ない。あの死体を見せればいい。結菜の願いはどんな黒魔術を駆使しても適えられる事は決してない」

「だから結菜に死体を見られるわけにはいかなかったって事か」

「そう。そうなったら、儀式どころではなくなるわ。でもね、いざ儀式の時になれば絶対にばれる」

 虹華は俺の体の後ろに回り、手を縛っている縄に触れた。

「正樹を縛った縄は緩めておくわ。一見きつく縛られているように見えるけど、簡単にほどけるから。正樹には縛られたふりを続けて、儀式に参加してほしいの。結菜にばれた時、その時に縄をほどいて飛び出してきて。・・・もし、私が正樹を騙しているって思ったら、いつでも邪魔していいわ」

 話しながら、虹華は縄を緩める。

「・・・わかったよ」

 俺は同意していた。虹華の話には筋が通っていた。何より、縄が俺の意志でいつでもほどけるなら、いつでも自由に行動できる。

 今、ここで止めても何も得るものがない。結菜は手に入らず、頭にコブを抱えてここから帰るだけだ。結局、俺に選択肢などないのだ。

 それから一日、俺は縛られたふりをして、1組の教室で転がっていた。

 取りとめの無い考えが湧いては消える。結菜と会ってから、何もかもが変わった。

 魔術に儀式、黒い服の少女に、その兄の骨。ドス黒い危険なゲームに足を踏みいれ、今、俺は廃屋で縛られ転がっている。どこまでも現実感のない状況に、俺は自分の意志までも失い、ただ流されていく。

 結菜と虹華は、2組の教室でずっと準備をしていたらしい。2組の方からは物音がしていた。

 空が夕日に染まる頃、教室の扉が不意に開いた。

 黒衣の服を着た結菜だった。結菜は俺の側まで来て、座り込む。俺の目の前に、菓子パンを乗せたトレイが置かれた。

「・・・ごめんなさい」

 結菜のか細い声だった。その言葉が嘘ではない事はすぐにわかった。微かに、震えていた。

 結菜は俺が騙されて儀式の手伝いをさせられていたと思っている。その邪まな目的が、己自身である事も知っている。にもかかわらず、罪の意識に苛まれている。

「ひどい事してごめんなさい。でも、それでも、私にはお兄ちゃんが必要なの」

 白くて細い結菜の指が、ぎゅっと強くドレスを握る。

 俺は結菜を見つめた。目に涙をためていた。

 罪悪感を覚える事も真実なら、どんな事をしても司と会いたいという結菜の気持ちもまた真実なのだろう。自分ではどうしようもない、魔術の力に突き動かさせる、結菜の心。

 俺は俺で、押し殺してきた良心がチクチクと痛んだ。結菜はいい子だ。そんな子を、俺は騙そうとしている。

 その反面、こんな子だからこそ、自分の物にしたいと俺は思っている。

 司が死んでしまっている以上、結菜の願いは決して適う事はない。ならば、いっそ俺のものにしてしまう事の方が結菜の幸せではないのか。それが俺にとって都合の良い、良心を納得させるだけの甘言でしかない事も悟っていた。

「いや、いいんだ」

 わざとぶっきらぼうな言い方をした。こんな話は、早めに切り上げたかった。

「ありがとう。でも、本当にごめんなさい」

 結菜には、俺の優しさと受け取ったようだ。しかし真相はただ弱いだけだ。

 俺は結菜に評価してほしいのではない。結菜を手に入れたいのだ。

 空に満月が輝いていた。時刻は23時を回っている。『儀式』の時間がやってきた。これで、全てが終わる。

 俺は3年2組の教室に移されて、隅に横たわっていた。

 儀式の準備はすっかり整っていた。

 魔法陣の周囲には、赤いキャンドルが取り囲んでいる。積み込む時に虹華が話していた。これは黒魔術用の特別なキャンドルなのだ。

 プンと不思議な匂いがした。儀式用の特別なオイルで、この教室の全てが清められている。

 山羊の頭蓋骨が、黒い布を張った教壇の位置に置かれている。例の木箱は、魔法陣の中央だ。一見すると、ここが学校の教室とは思えないほどだ。

 虹華は全裸に緋色のローブのみを身に付けていた。虹華の裸体が露になっていた。

 ここに来る前、一夜漬けで調べた本に載っていた。虹華のこの格好は、ヨハネの黙示録に出てくる「バビロンの大淫婦」を象徴しているのだ。

 虹華は教壇の位置で、月のペンタグラムを背にして、短剣を手に立っていた。

「それでは儀式を始めるわ。結菜、正樹とHして」

「で、でも・・・」

 結菜が言い澱む。

「そういう事を、結菜が司さん以外の男性としたくないって事は知っているわ。でも、性行為は儀式に必要なの。司さん抜きで儀式しようというのだから、なおさらね。そうね、正樹に手でしてあげて。それならできるでしょ?」

「う、うん・・・」

 チラリと、結菜が俺を見る。

「お、おい」

 言いかけて、虹華の視線に気づいた。虹華の目は、黙ってじっとしていろ、と言っていた。

 結菜がのろのろと俺の所へやって来た。俺は縛られて身動きできない事になっている。自力では脱ぐ事ができない。

「ごめんなさい」

 結菜は震える手で、俺のズボンに手をかけた。ぎこちない様子で、ベルトを緩める。男性の服を脱がせた事なんてないのだろう。それだけで、俺の肉棒は硬くなっていた。それが情けなくもあった。

「きゃっ」

 パンツを脱がされて、屹立した肉棒が露になる。それを見て、結菜が悲鳴を上げた。

「驚いてないで、手でシゴくのよ」

 虹華が促す。

「う、うん」

 オズオズと結菜が俺の肉棒に手を伸ばす。白く、ほっそりとした冷たい手が、俺の肉棒を優しく握り締める。結菜は真っ赤な顔をしていた。

 虹華の呪文の詠唱が始まった。手にした短剣が、空間に図形を描く。

 結菜の手が不器用に上下に動く。それだけで、俺は脳が痺れるほどの快感があった。最初に結菜を見た時、結菜の指は市民ホールでピアノを弾いていた。それが今は山奥の廃墟で、俺の肉棒を刺激している。想いの分、俺の性感は一気に高まった。

「・・・痛くない?」

 俺を見つめて、不安げな顔をしている。

「大丈夫。もう少し早く手を動かして」

 コクンと結菜が頷いた。手の動きが次第に大胆になり、肉棒をしごく。俺の性器が射精の準備を整えてパンパンに膨れ上がっていた。

「う、出る」

 一瞬で頭が真っ白に焼き付いた。俺の肉棒は震えて精を放出していた。

「きゃっ」

 飛び散った熱い精液が、結菜の黒いドレスや顔にかかる。結菜は目を閉じて、再びかわいい悲鳴を上げた。自分の精液を結菜にかけた事に、俺は破滅的な満足感に浸っていた。

 虹華の詠唱が佳境に入っている事は声の調子でわかった。魔法陣が紫色に発光し始めていた。薄暗い室内の明るさが一気に増す。更に例の木箱からも、光が漏れていた。司の骨が発光しているのか。

 木箱がガタガタと勝手に動き出したと思った瞬間、すごい勢いで木箱の蓋が飛び外れた。木箱自体もバラバラに分解する。箱の中に充満した魔力が噴出したように、まるで爆発したかのような凄まじさだ。一気に光の量が増える。司の骨が、不気味な紫色の光を放っていた。

 結菜は自分の体についた精液もそのまま、ゆっくりと立ち上がった。じっと、骨を見る。少しずつ、体が震えだしていた。

「いやゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 俺は大きな悲鳴で我に返った。

 それは結菜の悲鳴だった。普段の結菜からは想像もできないような、壮絶な悲鳴だった。いつも物憂げな瞳が、今はこれ以上ないほど見開かれている。

「お兄ちゃん!!」

 結菜もその骨が、誰の骨か解ったのだろう。

「正樹!結菜を」

 虹華の鋭い声がした。俺は素早く両手の縄を外し、足の縄を外して立ち上がる。骨に近づこうとする結菜を、後ろから羽交い絞めにした。結菜は小柄の体からは信じられないほどの力で、俺を振りほどこうと暴れる。

「いや!離して!!」

 虹華は短く、強い呪文を唱えた。目に見えない強い衝撃が結菜ごと俺の体を突き抜けた。ガクンと結菜の体から力が抜ける。結菜は気を失っていた。

「くっ」
 俺の全身から力が抜ける。立っている事もできない。俺は荒い息で魔法陣の上に尻餅をついた。結菜への魔法の巻き添えになったようだ。こんな魔法もあるのか。

「正樹。ご苦労様」

 虹華が声をかけてくる。

「ああ。だけどこんな呪文もあるのか?」

「ええ。魔力の充満したこんな場所限定だけどね」

「そうか。それじゃ、後は儀式をやるだけだな」

「・・・そうね」

 虹華は俺に向かって、呪文の詠唱を始めた。それは、結菜にした呪文とまったく同じ魔法だった。

「虹華、何を」

 そこまで言いかけた所で、先ほどのものを上回る強い衝撃が全身を突き抜けた。

「ぐわっ」

 俺は魔法陣の上に突っ伏した。失神しそうになるのを必死に耐えた。が、指一本動かす事ができない。

「これで、儀式が完了する」

 虹華の声の調子が急変する。それは男性の声だった。

「これは一体、どうしたんだ?」

 虹華は答えない。薄い笑みすら浮かべてこちらを見ている。男性・・・?それも黒魔術を使う・・・。まさか。ありえない考えが浮かぶ。

「まさか、お前は司なのか」

「その通り。私は結菜の兄の司だ」

「馬鹿な。司は死んだはずじゃないか」

「肉体はね。しかし魂は、虹華の肉体を乗っ取って生きていた。いつの日か、男性の体を手に入れるその日まで」

「そうか・・・それで俺を引き込んだのか?」

「そうだ。今回の儀式の目的は結菜じゃない。正樹君、君だよ。君の肉体こそ、私の魂と相性が最高の、三年間探し続けた肉体なのだ。正樹君も結菜に惚れたようだから、結菜を使えば、君を誘い出せると思ったよ」

 俺は必死に体を動かそうとした。だが、体までその命令は伝わらない。ただかすかに痙攣するだけだ。

「無駄だよ。魔法の効力は知っているだろう?効いているうちは、君は動く事はできない」

 司は呪文の詠唱を開始した。おそらく、最後の魔術。相変わらず、一言も意味はわからないが目的はわかる。俺の肉体を乗っ取るつもりだ。

 司の持つ短剣の切っ先が、俺に向けられる。脳を突風が直撃する、という異常な感覚があった。

「がっ・・・!!」

 俺は思わず仰け反った。意味もわからない断片的なビジョンが、頭の中でフラッシュバックする。それが司の記憶なのだと、俺は一方で冷静に考えていた。

 幼い日の結菜が、一人公園の砂場で遊んでいる。
 結菜はこちらに気づくとニッコリ微笑んだ。
 仲の良い兄と妹。
 いつからだろう。結菜の微笑みに、密かにときめくようになったのは。

 美しく成長していく結菜。
 決して表に出してはいけない、秘めた思いは膨らんでいく。
 一番近くにいて、その距離は絶望的に遠い。
『留学』を言い訳にして、私はアメリカへと逃げた。

 大学の寮で同室となったビル。ビルは悪魔主義者だった。
 文字通り、悪魔の甘言が私の心を捕らえる。
「神も悪魔もない。願いをかなえる者こそが神なのだ」
 神の祝福などいらない。ほしいのは結菜だけだ。

 ビルは悪魔主義の司祭の所へ連れて行った。私に『洗礼』を施す為に。
「汝の魂が、偉大なるサタンの永遠の祝福を得ん事を」
 結菜。お前の事を好きなのは、そんなに悪い事なのか。
 この想いの為なら、私の魂など安いものだ。

 教室の床に書かれた魔法陣。
 満月の夜、儀式はついに成功した。
 日本に戻ってから、ただこの為だけに準備をしてきた。
 私の心は、歓喜に震えた。

 いまだ意識を失ったままの結菜の裸体が、闇の中に浮かび上がる。
 誰にも邪魔はさせない。結菜は私のものだ。
 なのに私の体は、結菜を抱く事を拒否する。
 他の何者でもない。とうの昔に捨てたはずの私の『良心』が、結菜を抱く事を許さなかった。

 祭の歓喜は終わり、現実の絶望が訪れた。
 裸の結菜を前にして、私は途方にくれる。
 兄としてはだめなのか。兄以外の人間でなければ。
 私は、失神している虹華に目を向けた。

 それは罪の告白だった。どこか狂っていて、悲しい兄と妹の物語。

 俺の口から、呪文のような言葉が自然に湧き出してきた。これが何なのか、今なら理解できる。これは司が結菜の心を縛った、決定的な呪文なのだ。気を失っていた結菜の体が、大きく跳ねた。

「ほほう。私の記憶から、『心縛の呪文』を見つけ唱えたか。しかし無駄の事だ。私と君が一体化すれば、それですべてが終わる」

「そうは、させない!」

 割り込んできた声があった。それは正真正銘、虹華の声だった。虹華は手に持った青銅の短剣を、自分の胸に突き刺した。

「グ・・・!!」

 司の苦悶に満ちた声が響く。虹華の体からは、司と虹華の二人の声が同時に聞こえた。

「虹華・・・お前の魂は消滅したはずじゃ・・・」

「私は消えてなんていなかった。あなたに支配され、ただ眠りについていただけ」

「そうか・・・私の魂が正樹君へ移ろうとした為、体の自由を取り戻したのか」

「私はあの時、結菜の心を縛る儀式を阻止できなかった。やろうとしたけどあなたの魔法で気を失ってしまった。でも、今度は防いでみせる。司さん・・・あなたはここで死ぬべき人よ。この、私の体で」

「くっ・・・!」

 虹華の体が流れ出す血で真っ赤に染まる。青銅の短剣は、虹華の体に深々と突き刺さっていた。

 司が大きくよろめいた。床に置いていたキャンドルが倒れる。キャンドルの火が、窓を覆う黒い布に引火した。黒い布にも魔術用のオイルが染み込んでいる。火の手はあっという間に天井にまで達した。

「正樹。早く結菜を連れて逃げて。もう体は動くはずよ」

 はっとして、俺は体を起こした。まだ多少痺れはあるが、なんとか動く。いまだ気を失っている結菜の体を抱き起こした。

「虹華、お前も」

 炎の中で虹華は立ち尽くしている。血の気の引いた顔を、力なく左右に振った。

「私はもう助からないわ。ここで司さんと一緒に死ぬべきなの。これが黒魔術に心惹かれた者の末路ってわけ」

「馬鹿を言うな!」

「・・・そうね、私は馬鹿だったわ。誰かさんがいなくなった寂しさを、司さんや黒魔術で埋めようなんて、ね」

「虹華、お前・・・」

「さぁ、早く行って。私を犬死させるつもり?」

 もう教室中が炎に包まれている。強烈な熱気が顔に吹き付ける。一刻の猶予もなかった。

「くっ・・・。虹華、ごめん」

「何言っているの。こっちこそ変な目に合わせちゃってごめんなさい。結菜と幸せになるのよ。この浮気者」

 虹華は精一杯の笑みを浮かべていた。未練を振り払うように、俺は結菜を背負うと全力で出口に駆け出した。

「うう・・・結菜・・・結菜・・・」

 背後から、微かな司の呟きが、炎の中に聞こえた気がした。

 廃止された小学校の全焼したニュースは地方紙に小さく報じられた。虹華、いや司は自宅に遺書を残していた。俺の体に乗り移った後の事を考えていたのだろう。警察も自殺と発表し、この事件は人々の記憶から忘れ去られていった。

 結菜の意識が戻ったのは、あの儀式の夜から三日も後の事だった。俺は自分のアパートに結菜を連れ帰り、ずっと看病していた。結菜は目を開けると、俺を見つめて呟いた。

「お兄ちゃん・・・」

 結菜は俺に抱きついてきた。華奢な体に、精一杯の力が込められている。

「やっと会えた・・・。もう離れない・・・」
 
 結菜の中で何があったのか。それを知る術は俺にはない。

 儀式の時、俺の唱えた心縛りの呪文の効果で俺の事を兄と思うようになったのかもしれないし、兄の記憶の一部とはいえ俺が受け継いでいるからかもしれない。

 願い通り結菜を手に入れた。俺はこの世で唯一、結菜の愛する男になれた。望んでいた形とは違ったが。

 だからといって、それを理由に結菜と別れる事も俺にはできない。結菜は俺なしでは生きていけないだろうし、それは俺も同じだ。もう、ゲームの幕は下りているのだ。

「ねぇ、お兄ちゃん。私を抱いて。私をお兄ちゃんだけのものにして!」

 これほど結菜が気持ちを表に出した事は記憶にない。

「ああ・・・」

 戸惑いがちに答えて、結菜の唇に自分の唇を重ねた。

「ん・・・」

 結菜の喉から声が漏れる。気持ちを通わせるキス。俺は、結菜の柔らかい唇の感覚に夢中になった。次第に結菜が大胆になる。小鳥がついばむように軽いキスを何度となく繰り返す。

 ふぅっと息を吐き出しながら、結菜の顔が離れる。思いを遂げたキスの後、その顔は上気していた。

「結菜・・・」

 二の腕の辺りを軽く押す。結菜は抵抗する事なく、後ろに倒れた。布団の上に虹華が横たわる。両手を胸の前で合わせていた。

「手をどけて」

「・・・」

 そういうと、結菜は無言で手をどけた。成長途中の淡い胸の隆起が見てとれた。

 俺は結菜の黒いドレスに手をかけた。襟元で結ばれたリボンを解く。上から順番に、ボタンを外していった。結菜は、ただ黙って身を任せている。全てのボタンをはずし終わると、結菜の胸元を大きく開いた。結菜はブラを付けていなかった。

 微かな膨らみの頂点で、恥ずかしげにピンク色の乳首が色づいていた。

「あまり見ないで・・・」

 恥ずかしげに結菜は顔を背ける。

「お願い、暗くして」

「だめだよ。よく見たいんだ。結菜の裸は、残らずに」

 まだ何か言いたそうな結菜の口にキスをする。舌で結菜の唇をなぞる。ミルクのように甘かった。同時に結菜の胸に手を伸ばした。上質な絹を思わせるきめ細かい肌が、どこまでも広がっていた。

「ああ・・・」

 結菜が深く、微かに喘いだ。女性というにはあまりに硬く、幼い胸。だが、その奥では結菜の『女』が息づいている。

「痛くない?」

「少し・・・でも、とっても気持ちいいよ。お兄ちゃんの手」

 手のひらで結菜の胸全体を包むように愛撫する。続けていると、手のひらに乳首が硬くなっていく感触があった。

「もっと結菜の裸を見せて」

「う、うん」

 結菜の体を起こすと、ブラウスを手から抜いた。結菜の上半身は、何も身に付けていない。

 黒い長めのスカートが広がり、その上に胸まで露にした結菜が座っている。乱れた黒髪の合間に快感にほんのり上気した顔で、こちらを見つめていた。ゾクゾクするような色気があった。

「ごめんね。お兄ちゃん」

「何だよ。急に」

「私、胸ないから」

 結菜にもコンプレックスがあったのか。それがおかしくもあり、可愛くもあった。

「そんな事を気にしていたのか」

「だ、だって。男の人は胸が大きい方がいいんでしょう?」

「結菜の胸なら大きくても小さくても好きさ」

 結菜の乳首にキスをした。

「あ・・・」

 結菜はかわいい声をあげた。その声には、歓喜の響きがあった。俺は結菜の下半身に手を伸ばす。ホックを外し、フリルのついたスカートを脱がせた。白い清楚なショーツを身に付けていた。

「脱がせるよ」

 結菜はこくん、と頷いた。

 結菜は全裸になって横たわっている。黒い繊毛に覆われた下腹部も、今は隠そうともしない。全裸になっても、結菜は人形のように美しかった。

「お兄ちゃんも・・・」

 薄く目を開けて、結菜が俺に言う。俺は無言で着ている服を脱いだ。

 そっと結菜の足を持って開く。繊毛の奥に、閉じられていた性器が見えた。俺は性器に触れてみた。ピクンと、結菜の体が反応する。指の先に、湿り気があった。

「恥ずかしい」

 結菜の顔が真っ赤になる。

「結菜も気持ちよくなったんだね。俺、うれしいよ」

 俺の愛撫とこれからの期待に、結菜の性器が濡れている。その事がうれしかった。

「結菜、入れるよ」

 俺は結菜に重なった。自分の肉棒を、結菜の性器に固定する。

 待ちに待った、結菜の処女を奪う瞬間。なのに、俺の脳裏に浮かんだのは虹華の姿だった。

 虹華、俺は・・・。

「どうしたの?お兄ちゃん」

 結菜が大きな瞳で覗き込んでくる。

『結菜と幸せになるのよ。この浮気者』

 俺は薄情で鈍感な男だ。だから、せめて虹華の最後の言葉くらい守ろうと思う。

「いや、なんでもない。いくよ」

 俺は腰を突き出した。肉棒が硬い壁で押し返される。結菜の処女膜だった。

「つっ・・・!!」

 結菜の顔が激痛に歪む。

「大丈夫?」

「平気。続けて・・・!!」

 全然平気そうには見えなかった。だが、ここで止める事は雄の本能が許さない。更に力を込めて、腰を突き入れた。硬い壁を抜けると、俺の肉棒は結菜の根元まで入った。

「結菜。入ったよ」

 そう声をかけると、結菜は息も絶え絶えになりながら、にっこりと微笑んだ。

「うれしい。私、やっと、お兄ちゃんのものになれたのね」

 結菜は感激のあまり涙ぐんでいる。結菜の中で、肉棒がぎゅんぎゅんに締め付けられていた。強い快感が広がる。結菜の中は火傷しそうなほど熱かった。なじむのを待って、俺は少しずつ腰を動かし始めた。肉棒を抜き出そうとする度に、快楽の波が這い上がっていく。

「あ・・・あ・・・」

 結菜の声に、快楽の響きが強くなっていく。俺は夢中になって結菜の体を貪った。

「そろそろいきそうだ。結菜」

「結菜の中で、いって。お兄ちゃん」

「結菜!!」

 高まった性感が、臨界点を超える。頭の中が真っ白になった時、俺の肉棒は痙攣しながら結菜の中に精を放っていた。

 俺の腕枕の上で、結菜はすやすやと眠っている。その顔には好きな人と結ばれた幸福感が浮かんでいた。

「お兄ちゃん・・・」

 結菜はどんな夢を見ているのだろうか。眠りながら呟いた。一瞬でも離れたくないのか、抱き心地のいい体を密着してくる。『お兄ちゃん』とは俺の事か、それとも司の事か。

 考えても仕方がない。これは黒魔術に心惹かれた俺が背負う『罪』なのだ。俺は無常の幸福と、葛藤を抱えて生きていく。結菜とともに。 ならば、せめて結菜と幸せになろう。虹華と約束したように。

 俺は、結菜が目を覚まさないように、そっと寝顔にキスをした。

< 完 >

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