「天地気功道場・・・?」
A4サイズのチラシの一番上に、大きな文字でそう書いてあった。
『人生が変わる!』
『病は気から。がんも治る!!』
その下には怪しげな宣伝文句が続いている。
風間紫春(かざま むつき)は、チラシを手渡した新条千里香(しんじょう せりか)に視線を移した。いつも太陽のように輝いて見える千里香の表情が、今日に限って曇っている。
こんな表情、千里香と高校以来の親友である紫春にもほとんど記憶にないほどだ。
駅前の喫茶店、『胡蝶蘭』。紫春は千里香に、相談したい事がある、と呼び出されていた。
千里香は女性から見てもうらやましいと思うほど、いい体をしている。高校生の頃から胸は大きい方だったが、卒業してから更に大きくなった。一緒に出歩くと、常に男性の視線が千里香の胸に注がれているのがよくわかった。
千里香は派手で気が強く、いつも場の中心になる存在だ。それに比べて地味な性格の自分がなぜ、と思うが紫春は千里香と気が合った。
昔、通学中に電車の中で紫春は痴漢に遭った。怖くて声も出せない時、痴漢していた男の腕を掴み、助けてくれたのも千里香だった。
「紫春だってかわいいじゃない。紫春を紹介してくれって男性は多いのよ。私みたいな思っている事をポンポン言ってしまうような女って男は敬遠するのよね。紫春のような大人しげなタイプの方がウケはいいのよ」
だから何かと悩む紫春はよく千里香に相談したが、逆に千里香から悩み事を打ち明けられた事はほとんどない。それだけに、紫春には今回の事が重大なものに感じられた。
「最近、ここの駅前でもよく配っているのよ」
「そうなんだ。でも、これがどうかしたの?」
「実は弟の真人がね。そこへ行ったらしいの」
千里香には弟が一人いた。目元が千里香によく似た、感じのいい男の子だった。
「ほらあいつ、今年受験でしょ。私たち家族には何も言わなかったけど、進路の事とかで悩んでいたらしいのよ。それで、そのチラシ見て、つい行ったらしいの。そこへ。そしたら結局入門させられて、入会金を払えって言われたんだって」
「いくら?」
「10万円」
「そんな・・・。何か危ない話なんじゃないの?」
「そうよ。でね、真人に払うアテなんてないから、困って私にお金借りに来たんだけど、話聞いていたら私の方が頭きちゃって、電話したの。その、早川天源という奴に」
紫春は再びチラシに目を落とした。
『私が懇切丁寧に指導します』
という文言の下に『天地気功道場 代表 早川天源』として中年の男の写真が掲載されていた。なんだか中国風の衣装を着た太った男だ。
「そしたら、そいつ、なんだかんだと理屈をつけてくるのよ。“警察沙汰になったら弟さんの将来に傷がつくでしょう”とかなんとか。それでも文句言ってやったら、とうとう“退会届に記入してもらえたら、今後一切弟さんには近づかない”って約束したの」
「直接会うって、それって危険じゃないの?」
「そこだけは絶対に承知しないのよ。“学校に退会届を書いてもらいに行きましょうか”とか言うし。でもとても真人に行かせる事なんてできないから、代理で私が行く事にしたの。それでね、紫春にも一緒に行ってほしいんだ」
「うん、わかった。そんな危ないとこ、千里香一人に行かせられないよ」
「ありがとう」
千里香は少しほっとした様子だった。気丈に振舞ってはいるが二十歳の大学生だ。怖くないわけがない。
紫春はもう一度チラシを見た。早川天源という男が笑顔で写っている。その笑顔に、何か不気味なものを感じずにはいられなかった。
あたりはすっかり暗くなり、駅前の通りは仕事帰りのサラリーマンで混雑していた。少しアルコールが入っているような顔の赤いサラリーマンの一団が、不躾な視線を紫春と千里香に向けてくる。二人は、タイプこそ違うが男の目をひく美人なのだ。
「場所は駅の近く?」
「うん、たしかこの辺り。あ、このマンションよ」
千里香の足が、あるマンションで止まる。駅前の通りから一本だけ入った、かなり豪勢な真新しい建物だ。
「ここの603号室。たぶんあそこの六階の隅の部屋だと思う」
千里香が指差す。確かに部屋には明かりが着いているようだ。
「それじゃあ、悪いけど紫春はここで待っていて」
「えっ私も一緒に行くよ」
「ううん、いくらなんでもそこまでは頼めないよ。それに、何かあったら二人で一緒に行く方が危ないと思うの。もし、私が30分しても出てこなかったら、警察に連絡して」
確かに部屋の中に天源とかいう男一人とは限らない。何人も仲間がいたら、女性二人でも危険じゃないとは言えない。紫春にも自分がここに残る方が、千里香の安全になるように思えた。
「わかった。それじゃここで待っているから、必ず30分で出てきてね。それ以上遅かったら、警察呼ぶから」
「うん・・・でも大丈夫よ。私だってあんな中年男とそれ以上一緒になんかいたくないから」
千里香は紫春に笑いかけると、一人でマンションの中に入っていった。
紫春は時計を見た。千里香がマンションの中に入って15分ほどが過ぎた。まだ、千里香は出てこない。
「大丈夫かな・・・」
紫春は603号室を見上げた。相変わらず、明かりはついている。
ここの住人だろうか、マンションの前は結構人の出入りがある。何か言われるわけではないが、皆怪訝そうな顔で紫春を見る。正直、ここに長居はしたくなかった。
「ここにいても、中の様子は分からないのよね・・・」
紫春は辺りを見回した。マンションの前は細い路地を隔てて雑居ビルが建っている。一階は居酒屋チェーンが入っていた。
ふと、雑居ビルの横を見ると非常階段が見えた。どうやら鍵もかかっていないようだ。
天源の部屋はマンションの隅の部屋だ。うまくしたら、非常階段のところから部屋の中が見えるかもしれない。試しに、紫春は非常階段を登ってみる事にした。
登ってみると、非常階段は天源の部屋はほぼ正面に位置していた。どうやらカーテンも開けているらしく、部屋の様子がよくわかった。
部屋の中に男の姿があった。写真の男、天源だ。天源は派手な中華風の衣装を着て、こちら向きにソファーに座っていた。ふと、天源の前を影が横切った。
「千里香!」
後ろ向きだが、間違いなく千里香だった。千里香は紫春に背を向けるようにして、天源の前に立っている。
千里香はいきなり服を脱ぎだした。
「千里香!何を・・・」
紫春が絶句している間に、千里香はするすると服を脱いでいく。あっという間に下着姿になると、ためらう様子もなくブラを外した。
無駄な肉のない千里香の裸の後姿が、部屋の明かりに浮かび上がる。千里香は天源の元へ近づくと、自ら天元の首に腕を回して唇を押し付けた。それは、肉の交わりを予感させる淫靡で執拗なキスだった。
親友の信じられない行為に、紫春は動く事もできずただ部屋の様子を見るだけだった。部屋の中の行為はだんだんエスカレートしていく。千里香の体が少しづつ下にずれていく。首筋、胸、乳首、へそ。男の性感帯に唇を這わせながら。天源の股間あたりでそれも止まった。千里香は天源の股間を愛撫しているのだ。天源も快感を感じているのか、顔が快感に天を向く。千里香の頭は激しく上下に動いていた。
ふと、天源が正面を見た。視線の先には紫春がいた。少なくとも紫春には、天源が自分を見据えているように感じられた。言いようのない恐怖が、紫春を襲った。
「!」
紫春は夢中でその場を逃げ出してした。
また午前中の講義が終わっていないこの時間、大学の学食の中は閑散としている。紫春は、紙コップのコーヒーを前にして、今日何度目かのため息をついた。
昨日、我に返った紫春は千里香の携帯に電話した。何度電話してもつながらず、千里香からの連絡もなかった。警察に通報する事も考えた。しかし、なんと言えばいいのか。紫春には信じられない事だが、あの行為はどう見ても千里香の方が積極的だった。無理やりレイプされていたわけではない。トラブルでもないのに、警察が取り合うとも思えない。
ならばマンションに戻るか。紫春の脳裏に天源の顔が甦る。あそこに戻るなど、それこそできない相談だ。
結局何一つ考えがまとまらないまま、眠る事もできず朝になった。
「紫春。おはよう」
突然、紫春の後ろから声をかけられた。その声は、千里香の声だった。
「千里香!」
紫春は振り向いた。そして、千里香の姿を見て目を丸くした。
今まで千里香は大きい胸に視線を集まるのが嫌で、大きめのサイズの服ばかり着ていた。それが今日に限ってきつめのTシャツ姿で、窮屈そうな胸のところが伸びきっていた。丈も短く、チラチラとへそも見える。
千里香は紫春の横に座った。重そうに、胸が揺れる。千里香はブラをしていなかった。乳首の形が、くっきりとシャツに浮き出ていた。
それは今まで紫春の知る千里香ではなかった。確かに今までの千里香もセクシーだったが、その中に容易に異性を近づけない、凛とした気の強い部分があった。しかし今の千里香はセクシーを通り越して、男に媚を売るような妖艶な色気すら感じられた。
「どうしたの?紫春」
紫春に見つめられて、怪訝な顔で千里香が尋ねた。
「ううん。何でもないの。それより昨日はごめんね」
「ああ。もういいのよ。解決したから」
千里香の目がうっとりと細められる。
「私の勘違いだったのよ。話してみて、すぐに分かったわ。天源様の偉大さが。天源様にお会いして、私は生まれ変わったの。今までの私って随分つまらない人間だった。ううん、天源様のお側で仕えるこれからが、本当の人生の始まりなんだわ」
紫春は恐怖した。たった一日で千里香は別の人間になってしまった。こんな事がありえるのだろうか。
『洗脳』という言葉が紫春の頭に浮かんだ。千里香は洗脳されてしまったのだろうか。
「千里香。あなた、おかしいよ。お願いだからいつもの千里香に戻って」
「いえ、私はいたって正常よ。むしろすごく幸せ。私ね、大学辞めようかと思っているの。だって、大学に通っていたら、その時間は天源様にお仕えできないし」
千里香の声は喜びに溢れていた。
夕方、紫春は自宅に戻っても何もする気になれなかった。千里香は変わってしまった。まるで別人だ。それがショックで午後の講義など、何も覚えていなかった。大学でいくら紫春が言っても、千里香は取り合おうとはしなかった。それどころか、一度紫春が天源を悪く言った時、千里香は激しい憎悪の表情を向けてきた。
「いくら紫春でも、天源様を悪く言ったら許さないから」
千里香は天源という男に洗脳されてしまったのだろうか。信者を洗脳する怪しげなカルト教団の事は知っている。しかし、自分が天源の部屋を覗いた時、千里香はすでに天源の虜になっていたようだ。まだマンションに入って15分しか経っていないのに。短時間にそんな事ができるのだろうか。
不意に、紫春の携帯が、メールの着信を知らせてきた。送ってきたのは、千里香の弟、真人だった。メールには短い文章で、姉の事で話があるから連絡がほしいと書いてあった。
「すいません、突然」
紫春がすぐに書いてあった電話番号にダイヤルすると、真人はそう切り出した。
「姉は昨日、夜遅く戻ってきたんですが、様子がおかしいんです。元々僕のせいだから、すごく気になって・・・。天源の奴、姉に何かしたんでしょうか?」
ふと、昨夜の千里香の痴態が浮かぶ。しかし、それを真人に告げる事はためらわれた。
「昨日、お姉さんと一緒に私もマンションに行ったの。でも二人で入るのは危険だからって事で、私は外で待機していたんだけど、結局お姉さん出てこなくって」
「やっぱり何かされたんだ・・・。実は姉、天源のところへ行くと言って出て行っちゃったんです。大きな荷物を持って。姉はもう戻ってこないつもりじゃないでしょうか」
「えっ本当なの?」
「僕のせいなんです。僕があんな所へ行かなければ。僕、今から天源の所へ行きます。そして姉を連れて帰ります」
「待って、危ないわよ」
「平気です。今は受験だから引退しましたけど、ずっと柔道やってたし。天源の部屋って、あいつしかいないんですよ。あんな奴には負けませんよ。それに、なるべく大事にはしたくないし。姉の為にも」
「でも・・・」
紫春は言い澱む。千里香の変わり様を見れば、天源という男には何かあるに違いないのだ。
「ぐずぐずしてたら、深みにはまっちゃいますよ。そうだ。こんな事お願いしていいか分かりませんけど、一緒に行ってもらえませんか?」
「えっ?」
「はい。僕が天源の奴を抑えている間に、姉を連れ出してほしいんです。どうしても駄目な時は、警察を呼んでくれれば姉は助け出せると思います」
紫春だって千里香を助け出したい。昨日一緒に行った自分にも、少しは責任のある事だ。もし怪しげな薬品を使って千里香を操っているのだとしたら、それこそ一刻も早く助け出さなければならない。
「わかった。一緒に行きましょう」
「ありがとうございます。助かります。それじゃ駅前で待ち合わせしましょう」
よほど慌てているのか、それだけ言うと電話が切れた。
時間は夜九時を少し回った頃。駅前は、客待ちしているタクシーが長い列を作っていた。待ち合わせ場所に現れた真人は精悍な顔立ちをしていた。紫春が真人と前に会ったのは一年ほど前の事だろうか。その時より、幾分大人びて見えた。
「すいません。へんな事に巻き込んじゃって」
真人は深々と頭を下げた。
『天地気功道場』
マンションの603号室の扉の前には、大層な毛筆で大きく書かれた看板が取り付けられていた。
「ここか」
真人が呼び鈴を押す。
「はい?」
インターフォンから女性の声がした。間違うはずがない、千里香の声だ。真人にもそれがわかったらしい。
「姉さん。俺だよ」
「真人?」
しばらく間があって、扉の鍵が外れる音がした。
扉が開く。玄関に、千里香が立っていた。
「な・・・」
千里香の格好を見て、紫春は声を失った。ボンデージというのだろうか。黒い皮製の体の線を強調する服を着ている。手首から足元まですっぽり全身を覆っているのに、胸と股間は意図的にむき出しになっている。そして首には、大型犬用の赤い首輪が付けられていた。
胸の部分は、胸の下三分の一ほどが覆うようになっている。もちろんそれだけでは乳首までは隠せない。それは、胸を下から支えて前に突き出すようにし、見る者の目を楽しませる為だけの細工だった。
「早く扉を閉めてくれる?この格好恥ずかしいの」
千里香の頬に朱に染まる。そのくせ、むき出しの体はまったく隠そうともしない。
「来てくれてうれしいわ。さあ奥で天源様がお待ちよ」
千里香は背中を向けると、廊下を奥へ歩き出した。千里香のお尻の部分は前よりも広く露出して、丸見えだった。とにかく行きましょう、と真人が目で合図をする。紫春と真人は、千里香を追って奥へ向かった。
広い間取りだった。5LDKだろうか、長い廊下が続いている。
一番奥がベランダに面したリビングになっていた。そこは、昨日紫春が覗いた場所だ。
「天源様。二人を案内しました」
「ご苦労。お二人とも、よくおいでくださいました。私は天地気功道場の代表、早川天源です」
昨日と同じように、早川天源がソファーに座っている。頭の薄くなった中年男性だ。脂ぎった表情が、紫春を値踏みするように見つめてくる。紫春の生理的に受け付けない人物だ。
二人は天源に促されるまま、天源と向かいのソファーに座った。千里香は座ろうとはせず、控えるように天源の斜め後ろに立ち尽くしている。
「それでこんな夜分に、何か御用ですかな。入会の受付なら、夕方までなんですがね」
「千里香を返してください」
紫春は勇気を出して、きっぱりと言った。
「返す?はて何の事ですかな。彼女は自分から私の元にいたいとやって来たのですよ。
まあいいでしょう。千里香、ご家族と友人がああ言っているんだ。帰ったらどうだ?」
「嫌です。天源様の元を離れるくらいなら、ここから飛び降りて死にます」
千里香は即答した。
「あなた、千里香に何をしたの?私、きのうここの入り口まで一緒に来たんです。それまではいつもの千里香だったのに、ここに来た途端変わってしまった。あなたが千里香に何かをしたに違いないんです」
「何かとは何ですかな?」
紫春は言葉に詰まる。なんら確証のある話ではないのだ。紫春の反応を見て、天源はふふっと短く笑った。
「今はまだ認可を取っていませんがね。ゆくゆくは『天地気功道場』を『天地気功教』とでも改名して、正式な宗教法人にしたいと思っているのですよ。千里香さんが変わってしまったというのなら、それは天地気功の素晴らしさに触れたからかもしれませんねぇ」
天源の目には、紫春をからかって楽しんでいる様子がありありと浮かんでいた。
「ふざけないでください!」
紫春は自分でも驚く程、大きな声を出していた。しかし天源はまったく気にする様子はなかった。
「少し昔話をしましょうか。私はほんの数年前、ごく平凡な会社員でした。実は人に言えないような趣味がありましてね。セーラー服姿の女の子に痴漢するのが、毎朝の楽しみだったんですよ。ところがある時、警察に逮捕されましてね。会社はクビになるわ、離婚させられるわ、人の道ってやつを踏み外してしまったんですよ」
自嘲気味に天源が言う。
「それからは悲惨な人生でした。職を転々としたんですが、どれも長続きしない。前科ってどこまでもついて回るんですねぇ。ある時私は運送会社の運転手をやっていました。その日はつい居眠り運転をやってしまいましてね、高速道路で派手な事故を起こしたんですよ。ひどい大怪我をしました。開頭手術だったそうですよ。命を取り留めたら奇跡、という状況で、こうして生き残ったのだから奇跡なんでしょうな。しかし本当の奇跡という奴は別にありましてね」
天源は、じっと紫春の目を覗き込んでくる。魂そのものをわしづかみにされるような、異様な感覚があった。紫春は思わず立ち上がろうとした。だが、上から肩を押さえつけられている。押さえつけているのは、いつの間にか紫春の背後に回った、真人だ。
「真人君!離して」
「だめですよ。動いちゃ。しっかり天源様を見てください」
真人は全体重をかけて、紫春を押さえつけてくる。男の力だ。いくら抵抗しても、紫春は動く事ができなかった。
「ふふっ真人、よくやった。千里香がここに来て変わってしまったと思うのなら、それ以前にここに来ていた真人も変わっているかもしれない、と疑うべきでしたな。真人は最初から私の下僕ですよ。あなた達二人をここに連れてくるよう、命令していたのですよ。ほぉら、あなたの魂とつながりましたよ」
魂に注射針を刺されるような、異様な感覚が紫春を襲った。
『だめ、逃げないと。まっすぐ相手の目を見る。目をそらしてはだめ。天源の目をじっと見つめる。早く逃げないと。そんな事より、動かないで天源の目を見ないと』
金縛りにあったように、紫春は動けない。ただひたすら、天源の黄色くにごった瞳を凝視する。相反する思考の渦に、紫春はすっかり混乱していた。
「何、これ・・・?」
「これぞ奇跡という奴ですよ。理屈は判りませんが、あの事故の後私は相手の目を見るだけで、自分の思考を流し込む能力に目覚めたのです」
「千里香・・・助けて・・・」
「紫春。すぐにあなたも天源様の偉大さが分かるわ。そしたら二人で天源様に永遠の忠誠を誓いましょう」
千里香は幸せいっぱいの表情で、にっこりと微笑んだ。
『だめ、自分をしっかりもたないと。私は自分を変えてほしい。変えてほしくない!変わりたい。彼の望むままに変わってしまいたい。私は私なの。私は彼に全てを捧げたい。むしろ、彼に私を変えてほしい。それが私の幸せ・・・』
紫春には、自分の中に流し込まれる『天源の思念』がはっきりとわかった。あまりにも自我とかけ離れた異質なその思念は、食塩を水に入れるように、ゆっくりとではあるが確実に紫春の中で混ざり合いつつあった。時間が経過するにつれ、紫春の中で『天源の思念』が濃くなる事はあっても、薄まる事は決してない。紫春の中で『天源の思念』の濃度が半分に達しようという頃、ついに『自分の思考』と『天源の思考』の区別が曖昧になっていった。
『天源の言う事はすべて正しい。違う。天源の言う通りにしていれば、私は幸せになれる。私は自分の意思で行動するのよ!私は自らの自由意志で、全てを天源に委ねてしまいたい。私の体と心は、永遠に天源様のもの。天源様に尽して、尽して尽くしぬく事だけが私の喜び。そんなの嫌。私は天源様に出会えて本当に幸せ。今なら千里香の気持ちがわかる。だってこんなに幸せな気持ちになれるのだから。幸せなんて嘘よ!私は天源様の何?恋人、愛人?違う、そんな対等な関係じゃない。奴隷!私は天源様の奴隷。奴隷なんて嫌!どんな奴隷?天源様の言う事にはどんな事でも即座に無条件に従うの。それだけじゃない。その命令が、いやらしい変態じみたものであればあるほど、興奮して喜んで従う。そう、私は天源様の性奴隷』
「私は、天源様の性奴隷・・・」
紫春は、自らの『心の声』を思わず口走っていた。ニタリ、と天源が下卑た笑いを浮かべる。
「自分の立場を理解したようだな。さあ奴隷が服を着てちゃおかしいぞ。奴隷は、常にご主人様に裸を晒しておくものなのだ」
紫春はのろのろと立ち上がると、自らの衣服に手をかけた。無駄な贅肉のついていない、スレンダーな裸体が露になっていく。
「ほう、下の毛は濃い方だな。真人、どう思う?」
「はい、すごくきれいです」
「もう勃起しているか?」
「はい・・・実はこの部屋に来た時から硬く勃起していました」
「そうか。それじゃあお姉さんに気持ちよくしてもらえ。今回の褒美だ。千里香、弟のモノに口で奉仕しろ」
「はい」
千里香がうれしそうに返事をする。真人の元に近づくと、ズボンの上から真人の股間をなで上げた。
「こんなに硬くして・・・お姉さんがお口に出してあげる」
全裸になった紫春は無意識に手で体を隠そうとする。
「紫春。お前はなぜ裸になったのだ?」
「それは・・・私が奴隷だからです」
「そうだ、奴隷はご主人様の目も楽しませなければならない。だが、今のお前のように体を隠してしまって、私は楽しめると思うか?」
「す、すいません」
紫春はあわてて手を下ろす。染み一つない白い裸体が、全て露になった。
「そうだ。紫春はいい体をしているな。お前の裸を見る事ができて、私はうれしいぞ」
紫春の中に、歓喜の感情が沸き起こった。
『ご主人様に裸を見てもらえて、私は幸せ』
「今後は紫春の裸を見たい時はいつでも私に見ていただけるように、いつも全裸で過ごすのだ」
「はい。天源様」
もう紫春の意識は混乱もなく完全に覚醒していた。以前の自分の人格に、新たに天源の思考が混ざり合い、まったく新しい『天源の性奴隷』という人格に変わってしまった。もう紫春はその事に、まったく違和感を覚えなくなっていた。
「ふふ、それでは契りといくか。お前の裸を見ていたら、私のモノもすっかり固くなってしまったよ。後ろを向いて、こちら側に尻を突き出すのだ」
「ああ・・・天源様」
紫春はテーブルに手をついて、お尻を天源の方に突き出した。もうすでに、自分でもわかるくらい、あそこは熱く潤っていた。
チュバ・・・チュ・・・。
すぐ横では、千里香が真人の肉棒を激しくしゃぶっていた。
「ああ・・・姉さん、気持ちいいよ・・・」
「ん・・・真人。すっかり逞しくなって。お姉さんうれしいわ。さあ、臭い精液をいっぱい出して」
姉と弟は、自分たちの行為に没頭しているようだった。
「ほう、きれいなお○んこだな。ピンク色じゃないか。それほど使い込んではいないと見える」
天源は立ち上がると、自分も下半身を露出させた。醜悪な肉棒が、血管を浮かび上がらせて、犯す獲物を求めていた。天源は紫春の腰をつかむと、肉棒を一気に突っ込んだ。
「あううぅぅぅ!!」
快感に紫春の体が反り返る。
「う、締まる。紫春のお○んこはきついぞ。私の肉棒をきつく締め上げてくる」
天源は激しく、紫春を責め上げた。
「どうだ。紫春。私の肉望の味は」
「き、気持ちいいです。天源様!」
「ふふ、そうだろう。お前は私の性奴隷だからな。お前は私とのセックスだけを楽しみに、これから生きていくのだ」
「はい!私は天源様の性奴隷です!天源様の肉棒に、永遠の忠誠を誓います!!」
「いいだろう。私がお前の中に精を放つと同時に、お前自身も達してしまう。その時、お前の誓いはお前の中で永遠のものとなるだろう。お前は死ぬまで私の性奴隷だ。私にお前のお○んこでイってほしいか?」
「はい!天源様!どうか、私の中に精液をいっぱい出してください!!ああ!」
紫春は今までに感じた事もない快感と幸福感に苛まれながら、半狂乱に絶叫する。
「いいだろう。お前の中にたっぷりと注いでやるぞ」
天源は腰の動きを早めた。天源が達するのも、時間の問題のように思えた。
「私は能力に目覚めた時、興信所を使って人を探した。私を警察に突き出したあの時のセーラー服の二人組みを。ようやく探し当てた二人は大学生となり、より美しく成長していた。私はこの能力を使って復讐しようと決意した。犯して犯して犯しぬくだけの、私専用の性奴隷におとしめてやろうと。しかもその事に無上の喜びを感じるような人格にしてな。今日ようやくその夢が適うのだ。出すぞ!紫春。精液をお前の子宮に!」
「ああ!天源様!いくぅぅぅぅぅ!!」
天源の体が震えた。紫春は自分の中に熱い精液が注入されるのを感じた。瞬間、紫春は二度と後戻りのできない絶頂に向かって、一気に性感が高まるのを感じていた。
< 完 >