04. 契約
薄暗く広い部屋。
古めかしい中世風の装飾を施された壁面に、数本の蝋燭が立ち、揺らめいている。
その部屋の中に唯一置かれた肘掛椅子にもたれながら、天野影一は蝋燭の灯も届かない、その部屋の中で最も暗い部分へと向ってつぶやいた。
「よぉ、久しぶりだな」
その闇の中から僅かに顔の陰影を浮べつつ、全身を真っ黒な布に包んだ老人が現れ、歩み寄ってくる。
「仕事の方は進んでおるのかね?」
「ああ。ま、順調かどうかは判らんがね。どうなりゃぁ成功かも知らされてねえんだから..」
「ふぉっふぉっふぉ。不安になるのも仕方の無い事じゃて。お主にとっては全く突然じゃったからの?」
「まったくだ。突然影がしゃべったと思ったら、こんな薄気味悪いじじいが沸いて出て来て、訳のわからん話をしだしゃ誰でもびびるって」
影一は手を大きく広げながら肩をすくめて見せる。
「じゃが、お主は力の為には魂をも売払うと約束したんじゃ...そしてその力は偶然湧いて出るもんじゃ無い。じゃからこそお主は儂を信用して動いておるんじゃろ?」
「そりゃ、な。初めてこの力を試した時は舞上がったさ。何しろ目を合わせるだけで人を操れるなんてのは誰もが夢に見るような力だ。もう、手当り次第に墜としまくったよ。今となっちゃほとんどが、金と情報を集めるだけの奴らなんだがな」
老人の目が少し見開いたかと思うと又伏せられ、静かに言放った。
「まさか浮かれ上がって、ろくでもないのしか集ってないのではなかろうの?...”あのお方”の意に添わずばお主、力を失うだけではすまんぞ」
影一はちょっと まずった といった顔をすぐに押し隠し、落着きを繕いながら言った。
「まさか?上玉ってのはまだ少ないが、そいつらもそれなりに働いてる。いろんな地位や職業の奴らだ。俺なりのネットワークって奴だな。これからは、情報も集めやすくなってくるから仕事は速いはずだ。後は時間と体力次第ってとこか...」
「お主、ちょっと遊び過ぎなんじゃないのか?時間も体力も使わず、もう少し効率的なやりかたも有るのではないかの?相手によってやり方を変えたりするのは時間の無駄じゃ」
影一は少しむっとした表情を今度は隠さずに言放つ。
「何言ってやがる。俺の好きな様にすればそれが”あのお方”とやらの意志だっていってたじゃねぇかよ。ったく、天上だか地下だか知らねーが俺とおんなじ趣味趣向の奴がそんなにお偉い方だとはとても思えねぇんだがな」
今度は老人が驚き、初めて怒りという感情を表に出すと、目を大きく見開き声を荒げた。
「な、なんという無礼な。そのようなセリフを”あのお方”に聞き及べばお主なぞ塵も残らず消え去ってしまうぞ!当然儂もじゃ!口を慎め」
それを言うだけでかなり体力を消耗したのか、息をぜいぜいきらしながら肩を震わせている。
その老人の様子に、まさか影一が年寄をいたわっているとも思えないが少しだけ声のトーンを落し、
「判った、判った。少し気を付けよう。だが、仕事のやりかたは俺に任せてもらうぜ。ただ人を集めるだけなら、命を担保にしてまでやりたくもねーからな」
初めてみる影一の下手に出るような態度に老人の怒りもおさまったのか、先程と同じく静かに顔を伏せながらつぶやく。
「まあよかろう。それが当初の契約じゃからの。じゃが期限はせまっておる。努々忘れるでないぞ」
「ああ、判ってる。それに関しちゃ、ある程度の計画は頭に出来てるんでな。それに俺も”失敗したらやばい”ってのは充分感じてるさ」
「ならよいわ...しかしいくらわしらが力を使えんとはいえ、”あのお方”の意志を代行出来るのがお主の様な人間しかおらんとは..返す返すも残念じゃ...」
「こんな外道な趣向の主人に仕えるあんたにゃ少なからず同情するぜ」
二人は互いに僅かな冷笑を交わすと、片方は闇の中へ、もう片方は扉の向うへと消えていった。
< 続く >