TEST 3rd-day

伏見 紀香:
  レディースワット(LS)統括本部局長。
  常に暴走しがちな祐実を苦々しく思いつつ、実績を出す彼女を評価している。
  心情的には奈津美よりであるが、職務上中立であろうと心がけている。

明智 祐実:
  レディースワット チーム6の若すぎるチーフ。
  直情的で上昇志向が強く、またほとんどのチームメートが彼女の先輩にあたり、チーム内では浮き気味。
  手に入れた洗脳薬『レディードール』を使い、仲間を操り人形化して手駒にしてまでのし上がりたいと考えている。

伊部 奈津美:
  同副長。元チーフながら過去の作戦不手際から降格処分。
  ことごとく祐実に反発し、作戦中の命令違反で祐実から謹慎処分を受ける。
  チーム内の隊員たちの信頼は厚いが情に流されやすい。

松永 奈那:
  同副長補。知らぬ間に洗脳薬を飲まされ祐実の忠実な操り人形に堕とされる。
  普段はいままでと変わらぬそぶりを見せるが、チーム内の
  スパイとして祐実に逆らう不穏分子の洗い出しを命令されている。
  射撃術、読唇術などの分野の能力が高い。

中野 麻衣子:
  雪乃を心配し自宅を訪ねたところを陣内瑠璃子に堕とされ彼女の妹化している。

黒川 樹里:
  警察学校時代に心理学を専攻し、犯罪心理の分析力では園美と学内の双璧だった。

沢村 弘美:
  子供の頃から武術に秀で、チームではもっとも武道術に優れいる。
  学生の頃から、男子より同性にもてていたことを気にしている。
  自分の女性である一面を大切にしたいと思い、同性への興味を自戒している。
  聞き込み中に瑠璃子の手により堕とされる。

不破 美穂:
  傷つきやすいナーバスな性格のため常に補佐的な仕事を好むが
  奈津美や美香に劣らぬ容姿の持ち主。

飛鳥井 園美:
  警察学校時代に心理学を専攻し、犯罪心理の分析力では樹里と双璧だった。
  過去にトラウマをもち、警察官への志望動機とも深く関係している。

那智 瞳:
  交通警察隊出身で車輌追尾に卓抜したテクニックをもつ。

国井 涼子:
  実戦2年目のまだ駆け出し。経験が未だ浅いことから先輩メンバーとの行動か
  単独では聞き込みやオペレーションなどの調査活動を担当。
  婦人警官の気分が抜けていず、口が軽く不満などをよく口にしがち。
  奈那との行動で祐実への不満を口にしたことから祐実の洗脳対象となり
  奈那と祐実に襲われる。
  洗脳薬を飲まされそうになったところで奈津美にたすけられるが・・・

加納 美香:
  祐実が新たにチームに引き入れた。
  彼女の裏ビデオが押収品から発見されたこと、チーム内の情報が漏洩されていることから、
  売春組織『セルコン』の『子猫』と呼ばれるスパイではないかとの嫌疑をかけられている。

筒見 小雪:
  チーム6メンバー 新人 筒見京香の実妹

麻木 雪乃:
  チーム6メンバー 新人。着任早々の事件現場で瑠璃子と遭遇し、瑠璃子の妹化している。

筒見 京香:
  警視庁特務機関レディースワットを担当する医師・カウンセラー。
  奈津美の親友だが、すでに瑠璃子の『言葉あそび』の餌食となり彼女の妹化している。

陣内瑠璃子:
  身勝手きわまりない気分の女子校生。意外な能力をもつ。

********** 3rd-day   Vol.1 *******

【聖オスロー女学院 大学寮ホワイトローズ 寮生談話室】

「いいっ!いいのっ!きもちいいのぉぉぉぉお。もっと、もっと、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
「ほらぁぁぁっ!どうぉぉぉ!美穂!いいんだろ!感じてみろよ、もっと、ほら、もっと!お前はオレのモンだ、オレの物だからなっ!」
「そう!そうよぉぉぉ、わたしは、わたしは、弘美のものぉぉぉ!だからもっと!もっと突いて!きもちよくしでぇぇっぇぇぇ」

 弘美と美穂は憑かれたように狂態を晒していた。ペニスバンドをつけ、粗暴な男言葉を吐く弘美は荒々しい表情でバックから美穂を犯していた。2人の周囲では10人ほどの寮生たちがソファにくつろいでコーラを飲む瑠璃子を前にあられもない姿で、まるで本能のまま動く獣のようにお互いに絡み合っていた。

「さてと。飽きちゃったな」
 瑠璃子は食べつくしたスナック菓子の袋をソファから放り投げた。
「明日もあるし、今日はこのくらいで勘弁してもらおっと。ったくぅ!ヒトの都合も聞かないでテストだなんていい迷惑なんだよね」
 ぶつくさと1人で文句を言いながら、瑠璃子はブレザーのポケットから音叉を取り出した。

「さて、誰から呼び戻そうか。まずミッポリンね。さぁ、美穂、お目覚(めざ)の時間よ、元の自分に戻るのよ、でも手足は床にしっかりと張りついて離れない」
 そう言って美穂はテーブルの端に音叉を叩きつけた。
 キーンと小気味よい共鳴音が部屋に響いた。

「いいっ!いいのっ!きもちいいのぉぉぉぉお・・・・・えっ、わ、わたし・・・いま・・・なにを・・・えっい、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
 美穂の酔った表情が一瞬のうちに恐怖と驚きに変わり青ざめていくのが瑠璃子には快感だった。
「あはははははは、なにも今さら驚かなくたって、ねぇ、ミッポリン」
「み、ひろみぃっ!いやっ!やめてぇ!なにしてるの!やめてよぉぉ」
「感じろよ!感じてみろよ、いいんだろ!オレが気持ちよくしてやってるんだ!もっと、ほら、もっと!お前はオレのモンだ、オレの物だからなっ!気持ちいい、おれも、おれも感じるぞ。お前の中は最高だぜ」
 弘美は美穂の腰を両手でしっかり押さえ込んでまるで自分のペニスのように作り物のペニスバンドをつけた自らの腰を思い切りピストン運動させていた。
「やめてぇぇぇぇぇえ、お願い、誰か、誰かやめさせてえぇぇぇ」

「はははは、気づいたようだね。やっとお目覚め?ミッポリ~ん」
 頭の上から声がした。聞き覚えのある声だった。
「じ、陣内!ここはどこなの」
 美穂は会話の間にも襲ってくる強烈な快感に性感帯を攻められ、不自由な体を必死にくねらせていた。

「ひゃうっ!い、いったい私のか、カラダになにをしているのっ!ここはどこなのよ!」
「教えて欲しい?うふふ、ここは私の学校の先輩方が住んでいる大学寮なのだわサ。ホラ、少し思い出した?」
 不思議なことに瑠璃子の言葉と共にまるで美穂の脳裏に一瞬のして記憶が回復してくる。
「陣内さん、今からでも遅くない!私と弘美を解放して、あなたも警察に出頭しましょう。悪いようにはしないわ」
「アハハハ、あれれミッポリ~んは、こうまでされてなお私を捕らえる気でいるわけ?わかってないねぇ」
 瑠璃子の笑い声が美穂の耳につく。たしかに体が自由にならず視力さえ回復していない状態の美穂が言う台詞ではなかった。
「私たちが署に戻らなければ、あ、あんん、仲間は必ず私たちの捜索を開始するわ。はぅ・・そ、そうなったらあなただってタダではすまされないのよ」
「ふふふっふ、バカなミッポリン。全然分かってないんだから。今何時だと思ってるの?もう1時近いんだよ、あっ、深夜の1時ね。だけど寮に電話もかかってこないし、誰も美穂りんを探しになんかやってきてないよ。そうだよね、悦っちゃん」

「あん・・佳美ぃ・いい・・そこぉ・・そこぉ・・・・。そ、そうです、瑠璃子お姉さまぁ、寮には人が訪ねて来るどころか、電話の一本も、あーっ、かかって・・きてませ~ん・・・い、い、いっちゃうぅぅぅぅ」

 聞き覚えのある声が瑠璃子の声のもっと奥から聞こえてきた。昼間、美穂が大学生2人とともに聞き込みをかけた寮母の悦美の声だ。誰かに犯されているのか喘ぎ声交じりの言葉では寮には何の変化もないようだ。

「う、うそ」
 (そんな・・・寮にきてから10時間も経ってるなんて。私たちの行動はみんな分かってるはずなのになんのリアクションもないなんてありえない)
 美穂に困惑の色が浮かぶ。
「ウフフ、我ながらいつもスゴイと思っちゃう。ミポリンもそうだけど、本当はみんな分かっていてわざと忘れたふりしてるんじゃないかと不安になったりもするんだ。だって遠い昔のことは簡単には思い出せないのも分かるけど、さっきまでの自分の行動をこうもキレイさっぱり人が忘れられるものかと不思議に思っちゃうんだよね」
 瑠璃子の声はが嬉々としているのが美穂には感じ取れた、彼女は私をからかっている、それなのに動けず周囲の状況も分からない自分が悔しかった。
「いまに・・・」
 美穂の悔しさの想いが口からこぼれた。
「ん?ミポリン、なにか言った?フフフ、言いたいことがある?」
 瑠璃子は笑いを隠せない。
「今に、きっと仲間が来て、あなたを捕まえてくれる。きっと・・・きっと」
 それだけ言うと我慢していたものが急に堰を切ったように美穂は涙声になった。
「あらあら、泣かないでよ。別に殺そうってわけでもないんだから。調子くるっちゃうなあ。そんなに言うんだったら思い出させてあげるけど、ミポリンは一旦学院から署へ戻って、仕事を終えてからここへ自分からやってきたんだよ」
「うそ!うそよ!私、署に帰ってなんか・・・・・・・あ、あああああっ」
 美穂の表情が驚きに変わる。瑠璃子の言葉から急に霧が晴れたかのように頭の中に記憶がよみがえり、まるで映画でも見ているかのように自分のここに戻ってくるまでの行動が脳裏に映し出された。
「そ、そんな・・・わたし・・・・・」
「フフフ、どう?さっきもあなたに聞いたんだよ。そしたら、ミポリンはしっかりと今日の聞き込みの結果を「ひろミン」と上司に報告して、お行儀よく仕事を終えて勤務時間後にここへ来てるんだよ」
「な、なぜ!わたし、どうして」
 脳裏に映る鮮明な自分の行動を美穂自身が信じられない。まったくの他人が自分を演じているような恐怖に似た思いに美穂は襲われた。署内で屈託のない同僚とのおしゃべりも、明日のための捜査ミーティングも自分ではない自分がしっかりと脳裏に浮かんでくる。

「フフ、どぅお?思い出したようだね。じゃあ、そろそろ解放してあげようかな。体の自由が戻ると同時にミポリンの体の感度は今までの10倍、そして誰とここに戻ってきたのか思い出すよね」
 瑠璃子の言葉と同時に澄んだ音叉の共鳴音が美穂の耳を突いた。その瞬間、美穂の体を言い尽くせない快感が稲妻のように走った。
「きゃんっ!いいいいいいいいいいい、いやぁぁっぁぁぁぁあぁっぁあぁぁぁぁあぁっぁぁ」
 全身がビクビクと感電するかのように自分では制御不能の震えに襲われる。
 一瞬にして淡く湿っていた自分のオ○○○がまるで噴水のように一気にびしょ濡れに溢れかえる。
「いやぁぁぁぁあああぁ、やめてぇぇぇぇえぇえ、わたしにさわらないでぇぇぇっぇぇぇぇぇっぇぇぇぇ」
 狂ったように叫ぶ美穂の苦痛に満ちた顔はどこか悦びをうかがわせるような複雑な表情だった。激しく敏感に感じる全身の性感はすでに息が吹きつけられただけでイってしまうほどだった。
「ダメですよ、美穂先輩。もっと感じて、そうじゃないと雪乃、全然うれしくありません」
 体を重ねるように汗と唾液と体液でぬるぬるになった雪乃が美穂の耳を舐めまわしながら妖しく囁いた。
「ゆ、ゆき・・のぉ・・・・・」
 その瞬間、美穂はこの学院に雪乃の車で弘美ともども3人で戻ってきたことを思い出した。雪乃には帰りがけに弘美がぼそっと何かを耳元でつぶやいただけで弘美の指示するまま車を学院に向けていた。

「はぁい、先輩。ゆきのですぅ。感じてぇ、もっと感じて。雪乃は先輩の体をきれいに舐めて気持ちよくしてあげますからぁ」
 そういうと雪乃は体を逆にして美穂のアソコを指で刺激しながら濡れた舌で円を描く様に舐め回し始めた。
「いやぁぁあぁぁあぁっぁぁああっぁあぁ、かっ感じちゃうかぁぁぁらっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、いあやいあやいあやいあやあぁぁぁっぁぁ」
 雪乃の脇では寮生の由紀子と佳美も美穂のうなじや脇を淫猥な舌使いでチロチロと舐めあげていた。
「ひぅっ・・・ひっ・・あぁぁぁぁ・・・あっ・・ふん・・・ふ~ん・・」
 悲鳴にも似た美穂のヨガリ声。
 目からは涙が、鼻や口元からは垂れるだけの鼻水や唾液が、敏感になりすぎている全身からは大量の汗、そしてもっともデリケートな美穂自身の場所からは今までの生涯でこれほどまでに濡れたことなどないであろうほどぐちょぐちょの状態でぱっくりと口を開ききっていた。

「どぉ?ミポリン、後輩から心のこもったおもてなしぃ~。瑠璃子からのプレゼントだよぉ」
「あぅ・・・あ・・あ・・・・あ・・・」
 まるで死の間際の痙攣のように美穂は雪乃の愛撫と舌だけで絶頂を迎えてしまっていた。
「言葉にならないほどうれしいんだね。よかった!悦んでくれて、でも今日はそろそろお別れ、でもまた音叉の音を聞くとミッポリンは今のこの快感を感じたときと同じように体の全てが快感に襲われる」
「そ・・・ん・・・・・な・・・・・・・・・」
「ウフフフ、うれしい?私と会ったことは忘れさせてあげる、でも弘美とイイコトしたことだけは記憶に残しといてあげるね、それをミポリンがどう受け入れていくのか楽しみぃ~」
 そう言って瑠璃子は音叉を叩いた。その瞬間まるで眠りに落ちるように美穂の意識が遠のいていった。

「さてさて、弘美、生まれ変わった気分はどう?オンナを犯す快感をあなたは十分楽しんだでしょ、これからはもっともっといろいろな女の子を犯したくなる。あなたは野獣、とっても強くて傲慢なオス。オンナを征服することだけしか考えられなくなる。そのキーワードは○○○・・・・。さあ言って」
「その・・・キーワードは○○○○○。わたしは野獣・・・・私はオス・・・・これからはもっといろいろなオンナを犯したくなる・・・・・」
 弘美はペニスバンドをつけたまま瑠璃子の言葉を復唱する。
「あなたはには断片的な記憶だけ残してあげる。明日、美穂に聞くことさえはばかられる美穂を貫いた快感とその記憶だけ鮮明にネ。そして、この時限爆弾のキーワードで狂ってもらう、遊びね、瑠璃子の気まぐれな遊び。どうなるかなぁ?さあ、そのペニス、寮母の悦ちゃんに返しなさい。ほんとに寮母ってお仕置きを名目に何をしてるんだか。ここの寮に入ったら門限破っただけで犯されちゃうの?カゲキー」
 弘美はペニスバンドを無造作に外すと寮母の悦美に手渡した。悦美も夢遊病者のように手渡されたペニスバンドをつけると表情も変えずに寮生に突き刺した。
「さて、弘美、あなたもお休みね。後は雪ちゃんが送ってくれるから」
 瑠璃子はそういうと音叉を鳴らした。
 音叉の共鳴音と同時に弘美もまたその場に崩れ落ちた。

【取調室~新事実】

 早朝の取調室にはヘッドレストのついたリクライニングチェアに横たわる加納美香の姿があった。
 尋問は飛鳥井園美が美香の脇に立つかたちで行われていた。極度の緊張を強いる催眠面接に、部屋は2人だけにされ他のスタッフは中に設置されたカメラからスタッフルームでモニター越しに見ることとなった。
 前日の予備尋問で美香自身が日々の行動を整理していった結果、彼女の記憶の中に空白の時間があることが判明した。
「たしかに、わたし、この日の休日買い物をしてから帰宅するまでの記憶が曖昧なんです」
 彼女は几帳面につけられた手帳のスケジュールを指差して言った。予定の尋問はまず催眠面接の尋問をすることで意見がまとまった。

「今、何て言ったの?もう一度言って!」
 そう言う飛鳥井園美の声が緊張で上ずっていた。
 小雪の面接シナリオに基づいて催眠療法の経験がある園美が施術にあたった。園美の催眠誘導で深々度のトランス状態に落ちた美香の連想法からたどり着いた手がかりともなる言葉はたった一言だった。

「・・・・・・BLACK X’mas・・・・・」
 気だるげな声が美香の口をついて出てくる。美香の口元からこぼれそうになった唾液を園美が優しく拭った。
 加納美香の精神分析は午前10時から始まった。すでに1時間半を経過している。
 園美と小雪は薬物による面接の前に催眠面接を行なうことを主張した。薬物投与になれば、その面接後は美香を安静にしなければならず時間を無駄にするが、催眠尋問から薬物面接なら1日を有効に使えるからだった。祐実は1、2もなく了承した。結果が欲しかった。

 モニターに目をやり、平静を装う祐実だったが、尋問には上の空で一夜明けても昨夜のことで頭が一杯だった。
 昨夜、奈那の放った銃弾はわずかに奈津美の右頬をかすめてそれた。訓練を受けたその道のプロがあんな近距離から目標を外すことはまずありえなかった。明らかに奈那は奈津美を狙いきれなかったのだ。
「奈那、撃ってはダメ!命令よ!」
 焦った祐実は奈津美がいることも忘れ、大声で奈那を制止した。その場を取り繕うか、あえて奈那に奈津美に向かって銃口を向けさせるのか、悩んだ末のとっさの判断に祐実は前者を選択した。
「はい、チーフ。チーフの命令に従います」
 奈那の抑揚のない返事に奈津美は表情を険しくした。

 奈津美は動揺しながらも1人で涼子を抱える。このまま彼女を放置するわけにはいかなかった。
「奈那・・・・・、あなた、まさか・・・・・」
 撃ってなお無表情な奈那を見て、凍りついた表情で奈津美は言った。
「祐実、許さないからね!」
 涙目で奈津美が祐実を睨みつけた。
「知らないわ、彼女の判断よ。『PE』は実戦想定、仲間内で行なう以上は味方役以外はすべて敵と解釈して動作に入った、適切な行動よ。そうよね、奈那」
「はい、その通りです、チーフ」
「実戦級の訓練である以上はそのくらいのかすりキズにとやかく言わないで欲しいわね。奈那もワザとかすめたのよ、大した技量だわ」
 上ずった声を無理に押し殺しながら祐実は冷たく言い放った。奈津美はそれ以上、何も言わずに涼子を連れて去っていった。
 今日、局長やその上の上司からの詰問さえ覚悟していた祐実だったが、奈津美は意外にも何の対処もしなかったのか、呼び出しなどまったくの皆無だった。

(まさか奈津美はクスリのことを気づいているんじゃ・・・・・・)
 祐実は昨日から幾度となく自問自答することとなった。
(奈那は江梨子に比べても被暗示性に差があった。暗示の内容や服従の深度を十分注意しなくては『人形』に足を引っ張られる・・・・・・・・。そのくせ、未だに良心の呵責に狙いを外したって言うの?信じられない。奈那には更に教育が必要だわ)

 涼子は出勤してきたものの昨日の出来事を『PE』と説明する祐実に疑心暗鬼の表情で無言を通した。
 奈津美に何かを吹き込まれていたかもしれない。
 いたたまれずに美香の面接で飛び出した行動の事実を確認させるために外へ調査に出した。
 祐実はスタッフルームのモニターに映し出された取調室の面接映像に注視しながらも心ここにあらずといった状態だった。彼女の周りには他の隊員数人が面接の状況を見守っている。

「ブラッククリスマス・・・それは何?」
 尋問する園美にも緊張感が走る。

「今年最後のパーティー。わたし・・・それに行かなきゃ・・いけない」
「行く?どこへ行くの」
「わたしは・・・・らいぶでびゅー・・・するの。わたし・・・・すたぁに・・なるの」
「そ、そう・・・・・。あなたスターになるためのデビューなのね」
「うん・・・・・・」
 園美は美香の受け答えが普段と微妙に違うことに気づいた。尋問のシナリオを作っていた小雪ともある仮説を立てていた。
 美香には美香自身に道徳的な規範を超えて行動できるような暗示を受け入れさせることは時間も手間もかかることから別人格を植えつけているのではないか。
 園美はその仮説に基づいて用意した質問を美香に投げた。

「教えて、あなたの名前は?」
「五十嵐はるか」
「・・・・はるか・・・いくつなの?」
「21」
「あなたは加納美香ではないの?」
「・・そのヒト、誰ですか?」
「誰って・・・あなたのことよ」
「私は五十嵐はるかです。カノウミカなんて人、私知りません」

 背を向けていた園美がモニターに振り返る。
「タイミングはわかりませんでしたが、今彼女は別人格であるようです」
 園美の報告がスタッフルームに入る。

「おそらく美香は先ほどの質問で出たジュエリーショップで拉致され、何らかの方法で別の人格を埋め込まれた。DVD映像の彼女はこの『五十嵐はるか』がグラビアアイドルかアダルト女優の撮影とでも暗示を吹き込まれて撮影されたんではないでしょうか?」
 自分の想像が現実のものとなって樹里はその推測をさらに自信へと深めていった。
「チーフ、涼子から連絡入ってます」
「つないで。・・・・・もしもし涼子?」
 涼子の声が部屋のスピーカーから流れる。
『国井です。銀座ジュエリーショップ アテナ確認しました。たしかにその日美香は来店しています。20万ほどのダイヤのネックレスを購入していたそうです』
「そのお店、不審な点はないの?その日の美香の挙動は?」
「店は歴史も信用もある老舗で、美香は彼女の祖母の代からの客として出入りがあり、付き合いは古いそうです。美香自身も以前から何度も訪れていて全ての店員が美香と面識を持っています。美香の挙動にとりたてて不審な点はなかったようなんですが・・・』
 涼子の言葉がつまった。

「どうしたの?小さいことでもいいからすべて話しなさい」
 祐実は涼子に促した。
『当日美香の相手をしたのは新採用の店員なんですが、この店員だけすでに退職していて話を聞くことができませんでした』
「その店員のことは調べた?」
『はい。横浜市中区在住、五十嵐晴香、21歳です』
「もう1度言って!」
『横浜市中区在住、五十嵐晴香、21歳です』
「涼子、その子に関する情報をできるだけ詳しく店から聞き出しなさい。急いで!」
『は、はい』

 スタッフルームの中が一瞬騒然とする。
 そんな中、弘美と美穂だけは他人行儀に離れて座り、お互い目を合わせることはなかった。出勤時にユニフォームに着替える際にばったり会った時も、互いに顔を赤らめて『おはよ』というのが精一杯だった。
 脳裏をよぎる記憶が夢だったのか現実だったのか、2人とも気づいたときには自宅のベットの中。学院から帰還報告もし、帰路についた記憶もある。あのとろけるような、あの新鮮でえもいわれぬ感覚が現実だとは信じられないものだった。

「偶然にしては出来過ぎよね」
 弘美と美穂が押し黙るなか、瞳が言った。
「偶然でなんかあるもんですか!この店員がキーマンであることに間違いないわ」
 祐実は怒気をこめた。

「チーフ、神奈川県警のみなとみらい署から西野聡子の身柄を確保した旨の連絡が入ってます」
 弘美がメールで受けた事件概況を読み上げた。
「なんですって、みなとみらい?ヨコハマじゃない」
「本日 午前8時10分、インターコンチネンタルホテルのスウィートルーム『フェニックス』より男性の声で助けを求める電話があり、ホテル従業員が駆けつけたところ60代男性が室内で喘息の発作と思われる呼吸困難な状態に陥っており、救急車で最寄りの警友病院へ搬送されたそうです」
「西野聡子がどう関係するのよ」
 矢継ぎ早に祐実が弘美を問い詰める。
「男性は発見当時、全裸でベットから這い出し部屋のフロア上に倒れており・・・・・・」
「?、どうしたの、続けなさい」
「は、はい・・・・・。だ、男性の上にのしかかるように全裸の20代女性が性器を結合したままの状態であった。男性はすでに意識がなく、一方女性は制止する従業員の言葉をきかぬどころか、従業員にまでも襲いかかり性交を続けようとしたとあります」
「それが西野聡子ね、まったく。ホテルの時と同じじゃない。あの時もSEXしか興味ないってカンジだったもんね。もうこうなるとビョーキ」
 瞳が呆れ返った様子で笑う。

「それも・・・。それも植え付けられた性衝動だったら・・・・・」
「えっ・・・・・」
 樹里の言葉に瞳をはじめ、周囲の全員が凍りつく。
「・・・それも、西野巡査が誰かに無理矢理植え付けられた暗示だとしたら・・・・。瞳、あなた彼女を笑える?」
「・・・・・・・すみません軽率な発言でした」
 瞳は素直に頭を下げた。
「西野聡子は所轄署員が手配写真と照合し本人と確認。ただし錯乱状態のため装具で拘束後、鎮静剤を打って同病院へ搬送。現在まで意識の回復はなし。所持品からは身分・個人を確認する一切の手がかりは持ち合わせておらず、こちらと西野巡査の所属上司ともども本人確認の依頼が来ています」
 弘美は祐実に指示を仰ぐ。
「松永、不破!両名で病院へ赴き西野聡子の確認と事件状況を詳しく洗い、搬送された男性の身元と彼女との関係を調べて。必要なら病院で男性本人に事情聴取!」
「はい!」
 祐実の指示で奈那と美穂の2人はすぐさま出ていった。

「西野聡子が見つかったか・・・・・あとは陣内瑠璃子ね、その後の消息は?」
 祐実の言葉に弘美は、はっとして一瞬言葉を失う。

『ジ・ン・ナ・イ・ル・リ・コ』

「弘美!昨日の報告は?陣内瑠璃子の足取りは掴めてないの?」
 呆然としている弘美に祐実が畳み掛けるように問い詰める。

『ジ・ン・ナ・イ・ル・リ・コ』
(『ジ・ン・ナ・イ・ル・リ・コ』私の名を聞くとお姉さんは激しい性欲に襲われる。私の名前がキーワードよ)

「弘美!なにボーっとしてるの!」
「は・・・・はい、まだ・・・・あの・・まだ掴めてません」
「そう、ならば調査を続行してちょうだい」
「は、はい・・・・・・・」
「瞳、あなたも一緒に行きなさい」
「はい。チーフ」
 瞳はすぐさま席を立つ。その後に弘美が続く。弘美はなぜか表情が冴えなかった。祐実は続く催眠尋問のモニターに目を凝らし弘美の変化に気づかなかった。地下の駐車場へと向かうためエレヴェータに乗り込む瞳と弘美。
「どうしたんですか?沢村さん辛そうですけど・・・・・」
 痛みに堪えているような表情の弘美を瞳は気遣った。
「えっ・・・いいえ、大丈夫。大したことないから」
 体の芯が熱く火照り、乳首が固く突起している。股間が熱く濡れそぼってすぐにでも触りたい気持ちを弘美は必死に抑えていた。

(『ジ・ン・ナ・イ・ル・リ・コ』私の名を聞くとお姉さんは激しい性欲に襲われる)

「そうですか?ならいいんですけど・・・・表情が冴えないですよ」
「そんなことない、気のせいだから、瞳ちゃん」
 弘美は力なく微笑んだ。

『ヒロミ ハ ホシイ オンナノコガ ホシイ。ヒロミ ハ ダイスキ セックス ガ ダイスキ』

「ちがう・・・・そんなことない」
 脳裏に囁く暗黒の声を打ち消そうとする弘美の声は瞳への返事に受け取られる。
「えっ?やっぱり具合悪いんですか?」
「あの・・あのね・・ひとみ・・」
 エレベータの中で肩を並べて隣り合わせにいる瞳に弘美は向き直った。両肩に手を置く、その瞬間、弘美の体に電流が走るような感覚が起きて昨日美穂を襲った記憶がゆっくりと蘇ってくる。なぜ今まで忘れていたのかさえも気に留められないほど、瞳に対する征服欲のような支配意識が心の中に渦巻いてくる。

『オカセ! オカセ! メノマエノ オンナ ヲ オカセ! 』
 弘美の頭にだけ響く声

「沢村さん、やっぱり体調悪いんじゃ・・・・手震えてますよ!」
 心配気に弘美の顔を覗き込む瞳の顔に弘美は抑えがたい欲望を煮えたぎらせた。

『オソエ ソイツ ハ オマエノ『エモノ』 オマエノモノ ニ シロ ハヤク ハヤク! ハヤク!』

 地下についたエレベータの扉が開いた。
「ごめん!先に車で待ってて!あとからすぐ行く!」
「沢村さん!」
 扉が開くと同時に飛び出した弘美は一目散にトイレへと駆け出していった。
「トイレ?トイレ我慢してただけなんですかぁ?」

(わたし・・・・わたし・・昨日美穂を・・・美穂と。どうして・・どうしちゃったの?あのコの名前を聞くと自分が変になっちゃう!いやっ!このままだと私・・今度は瞳ちゃんを・・・・・)

 トイレの個室に飛び込む。キーをロックするのも忘れて抑え切れない欲求に制服のボタンとチャックを緩める。何のためらいもなく両手が勝手に胸と股間に入り込んでいく。切なげな押し殺した喘ぎ声がトイレの中に響く。
「ん・・・・・・・フゥン・・・ハァ~っハァ~っハァ~っハァ~っ」
 壁にもたれかかった弘美の体がゆっくりと崩れていく。今耳元で囁かれているのか、記憶の中から呼び覚まされているのかさえ判断できないほど弘美の感覚がマヒし始めていた。繰り返し繰り返し響く陣内瑠璃子の声。

(『抑え難いお姉さんの性欲はヒトを犯し犯すことでしか満たされない。お姉ちゃんはオンナノコにしか昂ぶらない。だから身近な女を犯すことでしか満たされない、絶対に』)

「あん・・・・あぁん・・・ふ~ん・・・・・・・」
(ダメ!ダメよ!このままだと私、瞳を襲いかねない。自分で・・・・今は自分で・・・)

(『無理に我慢して抑えようとしたら危険だよ。自分で慰めるとお姉ちゃんはどんどん子供に返っていく。いじればいじるほど返って返って返って最後はケモノにまで先祖がえりしちゃうよ、そうだサルになれ!サルになっちゃえ!ハハハハハハハ・・・・でも子供に返れば我慢することもしないだろうけどね』)

「ふ・・・・・ふ~ん・・・あっ・・・・・・・あん・・・」
(『フフフフ、いいこと思いついた。お姉ちゃんに時限爆弾セットしよう!自分で慰めようと決めてオナニー始めると急に性欲は引いていくよ。そして私のことや暗示のこと全て忘れちゃって元の自分に戻る。とても清々しい気分でネ。でもそれはウソ!我慢した性欲は目一杯蓄積されて心の隅に残ってる。
 そして1時間後にそれは倍になって一気に爆発するの。その時はもう自分で自分をコントロールなんてできないからね。性欲が引いて時計を見てから1時間後、お姉ちゃんは色情狂のオンナになる。スイッチオン!』)

 夢見心地の気分から一気に現実に引き戻されたように弘美ははっとして目をパチクリさせた。
「わ・・・・・わたし・・・・い、いや私一体なんでこんなこと・・・」
 弘美は慌てて下着を直す。湿ったショーツに赤面する。乳首はまだ固く尖ったままだった。
「どうしたんだろ。わたしなんで急にこんなこと・・・・・」
 制服を直しながら自分でも急におかしくなってふっと笑いがこみ上げて来た。
「いやだなぁ・・・・私ったら・・・欲求不満?ストレス?だめよ弘美しっかりしろぉ!」
 自分で自分をたしなめる。ただなぜかとても気分がいい、さっきまでの体の火照りを考えたら一気に爽快感が体に爽やかな風を吹かせて、モチベーションが上がった感じがした。
「よし!もう大丈夫!なんか気分もハイになった感じ!気持ち若返ったかな、ウフフフ」
 トイレから出た時はもう元の自分を取り戻していた。手を洗いふと時計に目をやった。
「いけない、5分以上経ってる。早く行かないと瞳ちゃんに怒られる」
 弘美は小走りにトイレをあとにする。

『性欲が引いて最初に時計を見てから1時間後、お姉ちゃんは色情狂のオンナになる。スイッチオン!』

「えっ、誰?何か言った?」
 トイレを振りかえっても弘美の前には誰もいなかった。

【取調室】

 予想外な収穫にスタッフルームには張り詰めた空気が漂っている。催眠尋問はまだ続いていた。
 モニターを介して送られてくる取調室の映像に皆が釘づけになっていた。

「はるかさん、もう1度確認させてね。あなたは『ブラッククリスマス』と呼ばれるパーティーに出席する予定がある。パーティーで、あなたは大事なお客様、ファンの人たちかな、その大勢の人たちの前でデビューをするのよね」
「・・・・はい、そうです」
 美香ははにかみながらうなずいた。
「そこであなたはファンの人たちのためにあらゆるリクエストに応えなければならない使命があると言ったわね」
「はい」
「応えなければいけない事が恥ずかしいことやあなたが嫌だと思うことだったら、あなたはどうするつもり?」
 園美の問いに美香は目を閉じたまま訝しげな表情で問い返す。
「・・・・・・恥ずかしいこととか嫌なことって何ですか?」
「そ、それは・・・・・」
 園美の方が返答に困惑した。

「構わないわ園美さん、ストレートに聞いて。『全裸になったり、男のヒトに体を触らせたりセックスしたりすること』と」
 見かねて樹里がマイクごしに園美の耳に装着したイヤフォンに話しかける。
「はい、了解です。はるかさん、もし、もしもリクエストが全裸になったり、男のヒトに体を触らせたりセックスしたりすることだったら、あなたどうするつもり?」
「それって恥ずかしいことなんですか?」
 美香は何のためらいもなく答えた。苦でもない、当然やることの選択肢に入ったものと言わんばかりの早い問い返しだった。
 スタッフルームがざわめいた。

「チーフ、普通催眠状態でも非道徳的な行動や本人が望まない羞恥的なこういった行為を強要されるとトランス状態から醒めて本来の自我が復帰したり、拒否反応を示したりするのが通例とされています」
「・・・そうね(でもLD(レディードールと呼ばれる洗脳薬)は違う。道徳心や羞恥心さえ押しつぶしてしまうわ)」
 美香の反応をつぶさに見ながら、祐実は内心、美香にLD(レディードールと呼ばれる洗脳薬)が使われているのではと思い始めていた。
「本来の加納美香本人だったらまずこういった指示には従わないでしょう」
「そ、それがあたりまえじゃないですか」
 小雪が口を挟む。

 樹里はカメラに向かって首を振った。モニター越しにスタッフルームにいる仲間に話しかける。
「もし仮に私が彼女のマスター、つまりコントロール者であったならそういった行動を抵抗なくさせるためにある一定の暗示を与えます。例えば、カレシと今日はホテルに2人っきりで泊まっている。カレシはあなたの全裸をみたいといっている。あなたはカレシと今日SEXするつもりでココロの準備ができている。彼に早く抱いて欲しいと思ってる・・・とか。被暗示者を特別なシュチュエーションの中に置いて羞恥心や嫌悪感を抑えるように環境を作ってやらなければならない。それで被暗示者が受け入れればそれは可能でしょう」
「美香の事例もそうじゃないの?この『五十嵐はるか』になりきることで特別な環境に置いているわけでしょ」
 祐実が言った。
 祐実の言葉に脇にいた小雪が言葉を挟む。
「そうでしょうか?おそらくはアイドルか女優という暗示でそれを受け入れさせるならまだしも美香を拉致した相手はもっと強い能力を・・・」
「もっているというの?」

「おそらく・・・」
 事理が小雪の変わりに祐実の問いにうなずくとモニター越しに園美にある注文を依頼した。
「園美さん、美香に訊いて-----ということを」
「・・・・・了解しました」
 樹里の指示に園美が質問を切り出した。園美自身、質問するのをとまどうような内容を樹里はあからさまに『訊け』と言った。
 口にさえしたくないような言葉のオンパレード。園美は意を決して言葉をかける。

「はるかさん、SEXは好き?」
「はい。好きです。SEX好きなオンナなんです、わたし」

「どうして?」
「気持ちいいからです。誰だってそうでしょ?恥ずかしがることじゃないわ」
「誰とSEXしたい?」
「誰とでも、いえ、たくさんのヒトとたくさんいろいろなSEXしたい。いろいろなSEXを楽しめるから」
 美香は口元を緩めて微笑んだ。

「SEXしていることを人に見られることはイヤ?」
「いいえ、別に。見られると視線が気になって余計激しくなっちゃうかな。特にアソコをじっくりと見てもらえるなら私、オナニーだってすぐできる」
「フェラチオを強要されたら?」
「強要?いえ・・・わたし最初に心を込めてしてあげたいと思ってるんです」
「・・・・・・アナルを請われたら」
「はい、よろこんで」
「アブノーマルな・・・・・たとえばSMとか」
「はい、よろこんで。でもアブノーマルなんて全然思わないけど」
「これだけはして欲しくないことってあるかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 美香は考え込んだ後、『別にありません』と微笑んだ。

「・・・・・・なんてこと(もしかしたらこのコにもLD(レディードールと呼ばれる洗脳薬)が使われているのかも・・)」
 祐実は記録していたペンを置いた。

「彼女は・・・美香は、別人格を植え付けられているばかりか、その常識や性癖その全てをマスターといわれる暗示者に書き換えられている・・・・・・・・・・彼女をモノにした客にどのようなことを強要されても美香は、その全てを抵抗なく受け入れるでしょう。いえ・・・・・五十嵐はるかは例え猟奇的な死におよぶようなSEXプレイであっても笑って受け入れるように洗脳されています。しかもこの事実を肉体の真の主体者たる加納美香はまったく認識していない。とてつもない技量をもったプロの洗脳技術者の仕業だとしか思えません」
「そんなまさか・・・・・・・」
 小雪が言葉を失った。
「信じるしかない。事実は彼女自身よ」
 樹里は言った。
「絶対に叩き潰してやる!園美、美香から聞き出して!パーティーの開催日、場所、時間、そしてその主宰者か美香に指示をだしている犯人!」
 祐実が苛立った。

「了解。はるかさん、もうひとつ教えて」
「はい。なんですか」
「パーティーは、いつ・どこでやるの?あなたをサポートしているあなたの大切なヒトは誰か教えて」
「それは・・・・・・・・」
 美香の表情が一気に曇った。

「大丈夫、私はあなたの味方。あなたのココロの中にいるもう1人の「五十嵐はるか」よ。ねぇ、はるか、今度のパーティーはとっても大事なパーティーよ。遅れるわけにはいかないわ、だからもう一度ココロの中で確認しておきましょうよ。私はあなたの味方。あなたのココロの中にいるもう1人の「五十嵐はるか」よ。自分自身に、ココロの中で、確認するだけだから、いいじゃない。さあ、声に出して確認してみようよ。パーティーは、いつ・どこでやるの?あなたをサポートしているあなたの大切なヒトは誰だっけ?」
「うっ・・・・・・・・」
 美香は頭痛でもしたかのようにこめかみに指をあてて苦痛に堪えるジェスチャーをした。
「大丈夫、なんの不安もないわ。私とあなたは一心同体、私はあなた、あなたは私。ここは、はるかのココロの中よ。誰もいない、はるかだけの世界。目の前にパーティーでファンから喝采を浴びるはるかの姿が映画のように映し出されている、とても気持ちがいいわ!ほら、あなたはもう思い出した、大事なパーティーの場所も時間も、そしてはるかを支えてくれた大事なあのヒトの顔も」

「・・・・・・・あぅ」

「ほら、もっともっと気持ちよくなれる。言葉に出せばココロも体ももっと気持ちよくなる。大丈夫、誰にも知られないから。ココロの中だけで言うんだモン。さ、教えて」
「20日・・・・午後11時・・・・・晴海・・『Zton(ゼットン)』・・・・」
 樹里が慌ててメモを書きなぐった。
「あります。ヒットしました。『Zton』は晴海の倉庫を改造したクラブでしたが2ヶ月前に経営不振で閉店。所有者兼経営者は負債を抱えたまま失踪。物件は居抜きのまま年明けには競売にかかる予定です」
 警察情報をネット検索した雪乃が言った。
「パーティーにはうってつけの会場ね、明後日か」
 祐実は苦笑いした。
「さて、あとは美香を操っているヤツが掴めれば・・・・・・」
 そう言って祐実は再びモニターを注視する。モニター越しの美香に変化が起こり始めていた。

「ふ、ウフフ、フフフフフフフ」
 髪を垂らしてうつむいていた美香の肩が小刻みに揺れる。

「フフ、フフフフフフ、フフフフフ。アハハ、アハハハハハハ」
「どうしたの?はるかさん・・・・美香!」
「ハハハ、ハハハハハハハ、ハハハッハハハハハハハハハハハ」
 上半身を前後にゆすって美香は普段でも見せないような大笑いを続けた。視線が真っ直ぐに園美を見据えている。
 園美は呆然と状況を見守るしかなかった。

「ここまではよくやったと誉めてあげよう、飛鳥井園美クン!」
 美香の口から出た言葉だった。悪意に満ちた異様な含み笑いで肩をゆする美香の様はまったくの別人だった。
「なんですって?」
 園美は美香の豹変ぶりに驚きを隠せなかった。
「私を呼び覚ますまでに、この女の深層心理に入り込んだあなたのその技量に敬意を表する。なかなかの腕前だなキミは」
「あなた・・・・あなた美香でも『はるか』でもない!」
「当然だろう、こうも豹変しておいて同一人格であったもんか!ハハハ」
「誰なの、あなた」
「BLACK BOX」
「ブラックボックス?」
「そう、加納美香に埋め込まれたセーフティーロックだ」

【PD地下】

 小走りに弘美は車へと近づいて来た。
「ごめん、大丈夫だから」
 現れた弘美はいたって冷静だった。
「・・・・・・・沢村さん?」
「行こう!瞳ちゃん。ヒロミ、早く出かけたいな!ね、早く行こう!」
「えっ・・・えぇ。ど、どうしたんです?まるで子どもみたいに・・はしゃいじゃって」
「はやくぅ・・・はやく!早くったらぁ!ヒロミね、ヒロミね、ヒロミね、すっごいこと思いついちゃった!そこに行けば見つかるかもしんない!」
「本当ですか!」
「だから、だから、だからぁ!早くいこ、早く出かけようよぉ~」
 瞳は弘美からせがまれて、逆に慌ててエンジンをかけ始めた。
「そうしたんですか、さっきまですごく調子悪そうだったのに。今は子どもみたいに無邪気にはしゃいでるなんて」 
 瞳は半ば呆れたように苦笑を隠さなかった。

【取調室】

「セーフティーロック?」
 園美の緊張感は更に高まっていた。予想外の展開のなにものでもなかった。

 美香は明らかに態度が豹変して、男のような語り口調になっていた。
「そう、いうなれば加納美香に寄生する『五十嵐はるか』の人格を保護するために発動するよう埋め込まれたシステムに過ぎない。私に実体はない、そして組織の管理する全ての商品に私は存在する」
「人格の保護ですって?」
 園美は美香に新たに出現した人格「BLACK BOX」の正体を見定めることに集中していた。
「そう。はるかのように警察組織や対抗組織の手に落ちた我われの大切な商品が、お前達のような集団の手にかかり秘密漏洩をしないよう防ぐこと、そしてせっかく商品として仕立てた人格を破壊させないことが、この私ブラックボックスがマスターから授かった使命だ。もう一度言う、私に実体はない」
「あなたが出てくることで『はるか』が持っている知られてはマズイ情報をガードするのね。そのためだけの人格ね」
 園美が探るように問い返した。
「人格かどうかは知らないがそれが私の使命だ」
 モニターに映る美香は先ほどまでとはうって変わって、落ち着いた紳士を思わせるような口振りに足を組んで腕組みをし斜に構えて堂々と椅子に腰掛けている。男としか思えないような変化だった。

「どうしますか?」
 スタッフルームのモニターを不安げに見守りながら、樹里が祐実の指示を仰ぐ。
「・・・・しばらく見守りましょう」
 祐実も経験ない事態に戸惑いを隠せない。
 園美は内心戸惑いながらもその焦りを隠し、落ち着いて質問を続けた。
「ということは・・・私があなたを出現させるようなキーワードでも言ったのかしら?」
「ご想像におまかせする。言っておくが私が出現した以上、キミが美香にかけた催眠はすでに消滅していると思ってもらいたい」

「樹里、雪乃、小雪!すぐに取調室の外を固めて」
 祐実の言葉に3人は部屋を飛び出して取調室に続く廊下を走り出した。

「なら聞きたいわ。あなたが美香とはるかを遮断して私の催眠尋問を中断した以上、あなたがまだ居座る理由を知りたい。他に何かの意図があるというの?」
「的確な、無駄のない、いい質問だね。私はあと2つの使命を果たすように特別に構築されている。その1つはキミたちへのメッセンジャーとしての役目だ」
「メッセンジャー?」
 園美が首をかしげる。

「我々は最近のLSチーム6の存在を非常に苦々しく思っている。特に最近のキミ達の活動は我々の組織活動をやりにくくさせている。美香の意識をトレースさせてもらったが、跳ねっ返りのガキがリーダーになった途端、取り締まりに躍起になったそうだ。明智祐実というそうだな、たいそう美人らしい。美香は内心彼女に嫉妬しているよ、女としてね」
 そう言って「BLACK BOX」に乗っ取られた美香が笑った。
「それを言うためにここにいるわけではないでしょ?本筋に入って!」
「無論だ。今までの君たちの行動の一切には目をつぶろう。そして過去の全てを水に流すことを約束する。そのかわり、今日、この時以降、我々に楯突き、我々の活動を妨害することあらば、我々は今までの受動的に防御してきた態度を一変させ、君たちと敵対することを明確に宣言する」
「私たちと正面きってやりあうつもり?」
 園美の手にじわりと汗がにじんだ。
「我々の力は無限だ。教えてやろう、君たちが追いつめていた『グスタボ』さえ実は実体のない私のような存在なのだ」
「なんですって!」
「我々にかまうな。君らは街の暴力団やガキどもの売春行為でも取り締まることで自らの存在価値を見いだすことだ。そのためには我々は協力を惜しまない。逐一情報提供する用意もある。LS(レディースワット)のチーム6として、その存在価値は我々がバックアップしよう。これは取引だ。悪い条件ではないと思うが・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
 園美には出された条件に出す答えを見出せずに言葉を詰まらせた。
「メッセージは以上だ、返事を聞きたい。飛鳥井君、答えろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 

 無言のまま厳しい表情で立ち尽くす園美の背中からいきなり祐実の声が届いた。
『NO!答えはNOよ。我々LSの名にかけて取り引きはしない!』
 口ごもる園美の背後にあるインターフォンごしに祐実の声が響く。
「そうか、キミ達はやはり融通のきかない子供のようだ。では商談もこれで終りだ、私に与えられた最後の使命を遂行する」
「最後の使命?なんなの」
 園美がその言葉を口にするかしないかのうちにブラックボックスを名乗る美香が立ち上がって、園美を見下ろして嘲りの笑みを浮かべた後、モニターカメラ越しの祐実に向かって静かに言葉を発した。
「五十嵐晴香こと加納美香を商品として回収する」

 そういうやいなや美香が身を翻して園美に飛びついた。
「チッ!」
 思わず舌打ちをして祐実がモニターを睨みつけたまま立ち上がる。

「慢心したな。美香をただの通訳としてしか認識していないからボディチェックさえしなかった君の驕りだ」
 園美の首にサバイバルナイフを密着させて後手に押さえつけると扉へと向かう。
「しまった!」
 祐実も一目散に取調室へ走り出した。

 祐実が取調室の前の廊下にたどり着いた時には美香が園美を盾にすでに廊下まで出てきて樹里達3人から距離をおき逃走を図る寸前だった。
 誰も手が出せなかった。
 3人の脇まで来た祐実は銃を抜いて美香の眉間に照準を合わせた。

「チーフ!撃つつもりなんですか、園美さんが人質なんですよ」
「関係ないわ。これ以上スキにはさせない。園美、覚悟を決めるのよ。人質にされたのはあなたの落ち度だわ」
 園美の表情が凍る。
「そ、そんな・・・・・・」
 小雪も言葉がなかった。

「ほう、オマエがチーフの明智祐実か」
「私がお前を美香だと思って撃てないと思うのは大間違いよ!」
「それはどうかな?試してみようか」
「ブラックボックスとか言ったわね!あなたに聞きたいことがある」
「なんだ」
「グスタボの言う『子猫』というのは美香のこと?我々の行動を漏洩していたスパイは美香なのね」
「ふっ、ご想像におまかせしよう。私に答える義務はない」
「クッ!」
 祐実は唇を噛んだ。

「・・・・・・・・・・・・」
 ナイフを喉元にあてられ園美も言葉がでない。
「すまないな、キミを危険な目にあわせて。私自身が加納美香と言う人質なのだからキミまでを拘束する必要もないのだがこれもマスターの指示だ」
 園美を捕らえて放さない美香の力は園美がどうあがいても振りほどけないほどの強力な力だった。
 彼女はつい数ヶ月前に通訳を主任務として引き抜かれた。LSとしての護身格闘の類の訓練については未だ修了していない。体力的にも通常勤務の女性警官と大差ないはずだった。
 暗示とはいえヒトの潜在能力を引き出す正体不明の相手に園美は驚くばかりだった。

「最後にイイコトを教えよう。加納美香を捕らえたのは彼女の通うジュエリーショップで罠を仕掛けるために潜り込んでいた組織の『ブリーダー』の1人」
「知ってるわ。もう調べはついている」
 直前に入った涼子の連絡ですでに店員の五十嵐晴香が実体ない存在だったことが判明していた。履歴書をはじめとする関係書類も、居住地もすべて偽証だった。

「フン、さすがだな。美香に寄生した人格・五十嵐晴香と同姓同名で店員として潜入したのは私のマスター、「ナイトホーク」」
「ナイトホーク?」
 園美が口ずさんだ瞬間、銃声が廊下に響いた。園美はまるでシロウトのように動けすに目をつむって立ち尽くした。崩れ落ちたのは美香だった。
「撃ったのは美香の足よ。園美早く!彼女を取り押さえなさい!小雪、雪乃さあ!」

 片足をついて崩れ落ちた美香に3人が躍りかかる。しかし、美香は撃たれた足を気にも止めずに立ち上がって3人を蹴散らした。腹部を蹴られ、苦痛に顔を歪める園美の肩を美香がポンっと叩く。
「あの女のおかげで話はこれまでだ。『エレン』、パーティーで会おう」
「えっ?」
 園美は「BLACK BOX」の最後の言葉に絶句した。

「明智祐実!私を撃ってこの大事な足に一生消えない傷痕を残したお前のことを美香は決して許さないだろう。お前を憎む。いずれお前自身の体で詫びることだ」
 そういうとケガがウソのように身を翻して廊下を駆け出した。
「なんてこと!掴まえなさい!園美、追うのよ!PDから出してはだめ!」
 うろたえる祐実の前から美香は姿を小さくし、やがて視界から消えた。廊下におびただしい血痕を残して。
 美香は彼女達ののウラをかき、途中階の非常階段から地上非常口へ降りると敷地内に止めてあったチーム6の覆面パトで逃走した。血痕を追っての追跡もそこで手がかりが途絶え、追尾できるはずのナビゲーション装置も探知が利かず、美香の消息は全く分からなくなった。
 車は数時間後、都庁近くのオフィスビル地下駐車場でナビゲーション装置を破壊され発見された。運転席におびただしい血の跡を残して。血痕は途中で途絶え、美香の足取りはその後掴めなかった。

【横浜みなとみらい 警友病院】

 奈那と美穂のペアはみなとみらい署で石原に出くわした。すでに石原は情報収集を終え、病院へと向かうところだと言った。2人もまた同行した。
「石原さんって我々のスパイ活動ばかりじゃないんですね」
 美穂の言葉が、屈託のない笑顔から発せられると、険しい表情で非難されるより石原にはキツかった。
「そんなヒドイ言い方しないで下さいよ。調べた資料も全部見せてあげたじゃないですか」
 石原は苦々しい表情で笑顔を取り繕った。
「石原さんはどうしてまた我々のスパイ活動を休んで事件を先回りして調べていたんですか?」
 奈那も冷静な顔で強烈に石原の痛いところを突いてくる。
「うわっ、松永さんもキツイな、しかし。特務局の方では今回の事件が西村聡子の行動から都県をまたぐ広域化が見込まれそうなので、都県合同の特別捜査本部を設置しようかという動きが出てきているんです。そのための情報洗い出しにヒマ人の僕が選ばれたってことなんです」
「もし捜査本部が組まれたら・・・・」
 奈那の視線が厳しくなる。
「そう、本庁が直接乗り込んできますからLS(レディースワット)は後方支援に廻されます。まぁ、所轄と同じですね」
「だめよ!これは私たちが足で稼いで追いつめて来た事件だわ。絶対渡さない」
 奈那は場違いな大きな声を出した。
「本庁次第です。オレもとやかくは言えません。とにかく少しでも情報を掻き集めて捜査本部設立前にLS(レディースワット)で決着させるしかないでしょ」
「協力してくれる?石原さん」
 まるで子どもが懇願でもするかのように美穂に下から覗き込まれると石原も弱り果てた。
「だからこうして一緒に行動させてあげてるじゃないですか。LS(レディースワット)と一緒に動いてるなんてしれたらオレこそ上司に大目玉ですよ」
「感謝するわ」
 奈那が気持ちのこもらない冷たい声で言った。
「これから西村聡子と加賀源内に面会します」
 そう言いながら石原は二人を院内のエレベータに誘導した。
「加賀源内?何か聞いた名ね」
「今回の聡子のパートナーです。加賀グループの総帥、今回このみなとみらいに総合オフィスビルの建設が決まり前日から横浜にいました。着工式を終えて明日午後までの半日休暇に横浜のホテルで体を休めようと思っていたそうです。西野聡子とは昨夕カフェで偶然会い、意気投合してホテルまで行ったそうです」
「エロジジイね。この加賀が西野を買ったんじゃないの?」
「それが・・・・・・事件のあったホテルは1週間前から西野の名で予約されてました。ホテル側の話では予約を入れたのは女性からの電話だったそうです。おそらく西野自身と考えられています。以上が所轄の調べです」
 石原の言葉に奈那が眉をひそめる。
「おかしくない?彼女の豹変は一昨日の事件の時からでしょ。1週間前じゃ彼女のはずないわ、これだから所轄の捜査は軽く見られちゃうのよ!」
「それはわからないですよね、奈那さん。以前からその気があったとしたら?」
 美穂が奈那の一方的な推理を否定する。
「彼女の事件前の素行については異常行動等がないことは所属署の回答入ってるよ。信じる、信じないで憶測ががらりと変わるよね」
「うん、そうだよね」
 美穂がうなずいた。

 奈那はあくまで事務的に石原から情報を聞き出す。
「加賀のホテル予約は?」
「平日だったので余裕で取れると思い、秘書が勧めたにも関わらず予約は入れてない。その日の気分でホテルを選びたいと・・・・・」
 奈那の質問に石原はメモをとった手帳に目をおとす。
「とにかく2人に会って話を聞きましょうよ」
 奈那が言った。
「聞けるかどうか・・・・・」
「なに?どういうこと?」
「西野聡子については・・・・その・・・ホラ!このあいだと一緒で・・・・」
 気まずそうに石原が頭を掻いた。

「いやっ!なにするの!放してよ!ねぇシテ!してよ!私を目茶苦茶にしていいのよ。触って、わたしとても感じやすいんだから・・・ねぇ、お願いだから!あなたの・・・・・・突き刺して!気持ちよくしてよ!イヤイヤイヤイヤ・・・・放して!入れてお願い欲しいのよ!入れて!」
 3人の目の前のモニターにはなりふりかまわずに叫び色欲に狂う全裸の西野聡子の姿が映し出されていた。
「これが2時間前の彼女の状態です。今は錯乱状態であったとしか言えません。まともな診療さえできない状態でしたよ」
 医師はビデオの停止ボタンを押した。
「このあいだと・・・・同じね。それにしてもなんて格好?」
「仕方ありませんからあのように拘束具を着けてクスリで寝かしつけてあります」
 医師は原因について聞かれても首を振るだけだった。

「所持品は・・・彼女の所持品をみせてもらえますか?」
 美穂はビデオの強烈な映像に赤面したまま、慌てて質問を進める。
「こちらに。後ほど県警の方が証拠品として引き取るそうです。でも・・私みたいな素人目にも手がかりになるようなモノなんてあるように見えませんけど」
 医師は部屋の隅のテーブルに無造作に置かれた品を指差した。習慣から3人は手袋をつけた。
 カルチェの時計とセカンドバックに財布、おそらくはプリペイド式携帯電話どれも新品にしか見えない。
 所持品は衣服に至るまで全てがテーブルに置かれている。
「これ彼女のもの?」
 奈那は分厚くふくれた財布を指差した。
「おろしたてのおニューじゃないですか。使い込まれたようには見えないし、財布にはカードも免許もおよそ身分や素性が判るものは一切入ってないですよ。驚いたのはキャッシュで50万は入ってる、出所はまったく不明」
 奈那の問いかけに美穂が答えた。
 隣で「おぉぉっ!」と石原の声がする。

 見ているのは西野聡子が身につけていた衣服の類だった。
「こんなので誘われたら俺だってクラっときちゃうなぁ・・・・・」
 見るからに派手で挑発的な服とランジェリー、いずれも身につけたばかりの新品だとわかる。美穂がその衣服類を丁寧に分析しているの脇で石原と奈那は2人で話を進めていた。
「彼女の病院から失踪した後の足取りは?」
「未だ不明です。目撃情報は加賀と遭遇してから後だけ。その間、24時間ほどの空白は埋め切れてないっす」
「その24時間の間に彼女は洋服から下着、所持品にかかる全てのものを買い揃えて髪まで整えて現れた。石原さんどう思う?」
「実は入院先の病院に問い合わせたところ、彼女の担ぎ込まれた当時の衣服や財布などの所持品、そして携帯や靴まで全部残されたままなんだ。つまり彼女は何も持たず、病院の提供した部屋着のままで失踪したと考えられている。自宅に立ち戻った形跡もない」
「なにか・・・・得体の知れないモノが彼女の背後に見え隠れしてる・・そんな気がするの」
「都内のブランド直営店、取扱店は所轄が情報洗ってますよ。カルチェの中でも、このバックなんてそうそう出る物じゃないらしいから」
「横浜近辺も対象にした方がよくない?」
「あっ、いけね」
 奈那の言葉に石原は携帯を取り出してみなとみらい署の担当者に連絡を取り始めた。

「美穂?どうしたの、なにか見つけた?」
 ランジェリーを1品1品手にとって見ている美穂をみて奈那が声をかける。
「奈那さん、この下着どう思います?」
「どうって・・・派手よね。わたし、こんなもの着けたくもないわ。卑しい、見せるためとしか思えない」
「ですよね。でもこれ彼女の趣味かどうか気になったんです」
「趣味?どうかしら、人それぞれだから」
「じゃあ、もし彼女の家で普段の彼女の下着がこれとは全く違うノーマルのだったら?」
「えっ?」
 美穂の言わんとしていることがようやく奈那にも見えて来た。奈那の脳裏にさっきのPD本部での樹里の言葉がこだましている。
(『西野巡査が誰かに無理矢理植え付けられた暗示だとしたら・・・・』)
「まさか・・・・・・彼女も」
「私もそう思います。もう疑う余地があるどころか裏付けをとる方が手っ取り早いんじゃないかと」
「そうね・・・・」
 美穂の分析に奈那は舌を巻いた。
「それに、この下着のタグ見て下さい。『Emotional & Relaxing』、通称ERシリーズと呼ばれる英国の由緒あるハンドメイドランジェリーメーカー『QeenBee』のラインナップでも高級シリーズ。こんないやらしいデザインが出てるなんて知らなかったけど、首都圏でさえ扱っている店は片手で数えられるくらいです」
「詳しいじゃない、美穂」
「えへ、実は結構うるさいんですよ、下着には」
「ならこのERの取扱店も要チェックね、とりあえずチーフに報告よ」
「はい」

 その時、美穂の携帯が鳴った。
「はい不破です。あっ副長・・・・・」
 美穂の声に奈那の表情が一瞬にして険しくなった。
「今ですか?横浜の警友病院に来て・・・あっ」
「副長!捜査の最中です。謹慎中の身で余計な口出ししないで下さい」
 美穂から携帯を取り上げた奈那は奈津美の言葉も聞かずに言うだけ言うと携帯を切った。
「な、奈那さん!何するんですか!副長からですよ!」
「あの人は謹慎中、それにここは病院!余計な会話は不要よ!」
「だったらそこでみなとみらい署と通話してる石原さんはどうなんですか!それに副長だって謹慎中とはいっても事件の推移を知っておいてもいいと思うんです。復職したときに情報知識が不足してたら可哀相じゃないですか!またチーフに怒られる。もとはといえば副長が追ってた事件なんですよ、江梨子さんの弔い合戦だって奈那さんもいってたじゃないですか。副長の・・奈津美先輩のフォローをしてチーフに戻してあげようって!」
「美穂、あなた副長の肩を持つの?」
「なに言ってるんですか、私たち今までずっと奈津美先輩に助けてきてもらったじゃないですか!今、私たちが奈津美先輩をかばってあげないでどうしろというんです?一体どうしたんですか!奈那さん、事件の日あたりから変だもん、奈那さん」
「ちょ、ちょ、ちょっと、ストップ、ストーップ!お取り込み中申し訳ないけど、加賀に面会できるってヨ。内輪もめはあとにしてさ、さあ行こう!」
 2人を促して石原が加賀の病室へと職員の案内に誘導されて歩き始める。そのあとを2人は少し離れてついて行く。
「美穂・・・」
「なんですか!」
 半分ふてくされ気味に美穂が答える。
「ごめんね。事件のことで私、頭がいっぱいで・・・・」
「えっ、い、いえ。私の方こそ・・・」
「あなたの言うとおりだわ、私間違ってた」
「わ、私の方こそすいません、出過ぎたこと言いました」
「あなたの気持ち・・・・・よく判ったわ」
 そう言いながら微笑んだ奈那の目だけは冷たく美穂を貫いていた。

【チーム6スタッフルーム】

 パシーン!
 パシーン!
 乾いた破裂音が2つ立て続けに響いた。
 往復ビンタを食らって園美が張られた頬を前に向けたまま不動の姿勢で動かなかった。正面にいる険しい表情の祐実を見れずに顔をそむけたままでいた。

「チーフヒドイじゃないですか!園美さんが何をしたっていうんです」
 小雪が食ってかかる。
「逆らう気!」
 祐実の怒声に小雪は声が出なかった。
「すべてあなたのミスよ、園美。美香を仲間だと思ってボディチェック一つしないなんて!なんて馬鹿なの!基礎の基礎、『キホン』の『キ』じゃない!今日限りチームを外れてもらおうかしら・・・・いいえ、辞めてもらいたいわね。依願退職届出してくれる?」
「・・・・・そ、そんな」
 園美は言葉を失う。

「それはひどするわ。美香を取り逃がしたのは私たちも一緒じゃない」
 樹里が怒鳴る。
「そうね、樹里、雪乃、小雪あなた達にも、『責任』・・・とってもらおうかしら」
「いいわよ、素直に認めるわ。でもあなたも一緒よ。我々を統括すべきチーフのあなたもね!」
 樹里が言葉に力を込めて凄んだ。。
「何言ってるのよ、ヒトのこと棚に上げて私に責任とれですって?私は何も出来ないアンタ達とは違って美香の足まで撃って必死に逃走を食い止めて、人質になった馬鹿な部下を救い出したのよ!誉められこそすれ、責められる覚えはないわ!あなたたち4人が美香を取り押さえようと一体何をしたって言うのよ!」
 祐実の言葉が終らぬうちに樹里が祐実に掴みかかった。
「言わせておけばっ・・あなた美香を撃ったのよ、しかも園美さんが危険に晒されているのを承知で!」
「なに?殴るのなら殴ればいいじゃない。でも・・・フフフ高くつくわよ、それ」
 4人の脳裏に先ほどの情景が幾度となく浮かんでは消えていた。祐実は警告こそすれ、仲間である美香を実弾で打ち抜いたのだ。園美を盾にされていながら、署内でありながら。しかし事実は逃走を食い止めようとした祐実と抑え切れなかった樹里たち、結果で判断される機構において自分達の力の無さを責められるのは明白だった。

 苦痛に顔を歪ませながら樹里は震える手を祐実からほどいた。怒りに充ちた視線が祐実を貫く。
「フン、忘れないわ黒川!あなたが私に反抗したこと!」
 祐実は吐き捨てるように言った。
「・・・・・・・・・・・・・副長だったら、伊部チーフだったら絶対に責任を仲間に擦りつけたりしない、伊部チーフだったら・・・奈津美先輩だったら」
「やめてよ、気分悪いったらありゃしない!あんな甘っちょろい女と比べて欲しくないわ!それにアイツをチーフなんて呼ばせない。チーフは私よ!」
「くっ・・・・・ちくしょう」
 樹里は唇を噛みしめて肩を震わせた。
「4人とも本部に待機。外に出ている者たちに今の捜査を一時中断して美香の捜索にまわるよう指示しなさい。あなた達の処分は事件が一段落したら決める。今は猫の手も借りたいぐらいだからね、猫の方があなた達よりよっぽどマシよ。ネズミを捕まえられるもの」
「・・・・・・・・・・・・・」
「それから!実弾の発砲、美香の逃走、外部に漏らすな。すべて私たちチーム6内で伏せる」
 そういって樹里に乱された服を直しつつ祐実はチーフ室へと消えて行った。

 気持ちを落ち着けて銃のサイレンサーを外す。チーフ室はすでに西日が入り込んでいる。
「こんなことで、こんな事件で足を引っ張られてたまるもんですか。罠だろうが何だろうが、そのパーティーとやらに踏み込んで一網打尽にしてやる!ピンチは最大のチャンスなんだから!あなた達を捨て石に私はまた1つ上に行かせてもらうわ」
 扉の向こう、自分に反抗的な部下達を射抜くような鋭い視線の祐実が呟いた。

 立ちつくす園美の肩をとって椅子へ腰掛けるよう樹里が促す。
「園美さん、気にしないで。祐実だって馬鹿じゃない、口が過ぎただけよ」
「えぇ。えぇ、わかってるわ、ジェニファー」
「えっ?・・・・・・いやだ、園美さん、なに急に作戦符牒(CD:コードネーム)なんか使って。それに今の私のCDはジェニーよ」
「そう、私だって今はエルシー。エレンじゃない・・・・・エレンじゃない」
「どうしたの?園美さん・・・・」
 園美はしばらく考え込んで、やがて口を開いた。
「さっき、美香が逃走する時、最後に私にこう言ったの『祐実のおかげで話はこれまでだ。エレン、パーティーで会おう』」
 樹里の顔が曇った。
「美香がそういったの?」
「そう美香が。ブラックボックスが・・・・・・」
「どういう事なんですか樹里先輩?」
 小雪が理解できずに口を挟む。
「美香を乗っ取っているブラックボックスが口にした『エレン』は私が以前使っていた作戦符牒(CD:コードネーム)。筒見、知ってた?私の過去のCD・・・」
「そんな、知りませんよ。それに過去のCDじゃ覚えておく必要だってないじゃないですか」
「そうよね、じゃあ筒見より後から配属になった美香がどうして私の過去の作戦符牒(CD:コードネーム)なんか知ってるの?」
「そういえば・・・・・・・」
「他にも誰かがヤツラに取り込まれている・・・・・・・」
 樹里の顔が蒼ざめる。
「か、もしくは誰かが組織の中にいるってことよね」
 園美は考える時の癖で指の爪を噛んだ。
「過去の作戦に参加経験のある者がね」
「洗ってみる」
 園美は席を立つ。
 すでに夕暮れが近づいていた。

【首都高速 湾岸線上り 13号地付近路肩】

「あぁぁぁぁぁぁ、やめて・・・・・やめて下さい・・・沢村・・さん」
「フフフ、やぁよ。瞳ちゃんのおっぱい、スゴク柔らかい。柔らかいねっ!あそぼ!気持ちよくなろ!」
 瞳は弘美の強引でしかも巧みな愛撫に責められすでに快感の渦に飲み込まれかけていた。
「あ・・・・ふぅん・・・・・・」
「いいよ、声だしなよ。気持ちいいんだろ、瞳すきだ!」
「あ・・・・んんん」

 弘美は首都高速に入っていきなり路肩に車をとめた。
「ここなら、パトが止まっていたって誰も怪しまないし、誰も気にも留めやしないよ。楽しもうぜ、感じさせてやるよ、目一杯な」
 そう言って弘美はいきなり瞳に抱きついて来た。
 必死に抗う瞳を強引に組み伏せていく。
 力では弘美に勝てるはずもなく、見る見るうちに制服を剥がされていく。
 瞳の視界に映る弘美はまるで別人のように妖艶でしかも稚拙な言葉を発していた。
 瞳は恐くなって必死に抵抗したが、弘美の力は瞳の抵抗をことごとく押し戻した。

「なんで・・・・・なんで・・こんなことするんですかぁっ!沢村さん!」
 泣きながら瞳は訴える。
 その瞬間、弘美の表情がふっと元に戻った。
 いつもの凛々しく猛々しいチーム6の頼れる先輩の表情に戻った。
「弘美・・・・・・・・・わたし・・・・・」
「沢村さん、沢村さん!どうしたんですか?どうして・・・こんなこと・・・」
「瞳、瞳・・・・・ごめん、ごめんよぉ・・・・ダメなの。自分でもどうすることもできないの!我慢すると・・・・私・・・・私じゃなくなっちゃう!これ以上我慢すると・・・あぁぁぁあ!」
 そういって弘美は再び勢いよく唇を重ねて来た。
「ど・・・・どういう・・・・こ・・・・となん・・・ですか・・・・・やめて・・やめてください」

 首を振って弘美のキスから逃げる瞳。
 次の瞬間、顔をあげた弘美と再び目が合う。
 その目はすでに今見せた凛々しげな表情とはうって変わって潤みきった情欲に眩んだ目つきに変わっていた。
「やだよぉ~、おねえちゃん、ヒロミと遊んでよぉ~、ヒロミはお姉さんのコイビトの役なんだから、わたしお姉さんになにしてもいいの!
 お姉さんとエッチするの、いっぱいするのぉ~っ!」
「く・・・・狂ってる・・・・・・・」
 子ども言葉と乱暴な男言葉が弘美の口から交互に出る。
 そのたびに弘美の表情があどけない子どものようにも、飢えた獣のようにも変化する様に瞳は恐怖し、半裸に剥がされながら力を振り絞って抵抗した。
「お姉ちゃん、これ気持ちいい?」
「はぅっ・・・・ああああああ、いや、やめて・・・・」
「もっと激しくしてみようか?瞳、オレのものになれよ。オレのものになれ」
「いやぁっ!あああああああああああああ、感じちゃ~うっ!」
「おねえさん、イッテ。ヒロミのために・・・・」
「あぁぁぁぁぁぁっぁあ」
 瞳のカラダが小刻みに震える。

【横浜みなとみらい 警友病院】

「勘弁してくれ、一体同じ話を何度すればいいんだ。意思疎通のない組織だな、警察と言うのも!」
 源内は個室ベットで横になったまま脇に立つ奈那・美穂・石原の三人にぼやいた。
「申し訳ありません、どうしても直接お話を聞きたくて」
 美穂が頭をさげる。
「おっ?おぉぉぉお、なんだ、君ら2人は。なかなか可愛くてカッコイイいでたちではないかイベントガールみたいだな」
「私たちは警察庁特務機関レディースワットの不破と松永と申します。今回の事件で是非加賀さんにお話を聞きたくて・・・・・・・」
「いいよ、いいよ。君たちのような若くてキレイなお嬢さんからの質問なら何でも答えようではないか。どうも私も年甲斐もなく若いお嬢さん達と話が出来ると思うとうれしくなってしまう。あの西野とか言った女も同じように私に近づいて、この私を誘惑したんだよ」

(なんて調子のいいジジイなんだろ、これじゃ西野が誘ったのかコイツが引っかけたのかわかるもんですか!)
 奈那は思った。
「さて、じゃあ君らの3サイズから伺おうかな?」
「なんですって!」
 奈那が目くじらをたてる。
「加賀さん、私たち真剣なんです。どうか、真面目にご協力していただけませんか」
 美穂が奈那を制して言った。
「ふん・・・・面白味のない事情聴取だな・・・・。第一、そちらの君には愛想がない」
 そう言って奈那にむかって源内はあからさまに指をさした。
「何ですって!」
 奈那が憤る。

 源内の話は常に自分の自慢や美穂と奈那への興味に費やされ、事前に所轄がとった情報を上回るものは期待できなかった。
「石原さん」
「はい?」
「帰りましょう、もう必要ないわ。いても時間のムダ」
「ですね」
 奈那と石原が示し合わせて話を打ち切る。
「じゃあ、オレ担当医の先生に断ってきますから・・・・」
 石原は先に病室を出た。

「加賀さん、ご協力ありがとうございました。このへんで失礼します」
 事務的に奈那が挨拶をした。
「なんだ、もう終りか。聞くだけ聞いたら用はナシってことだな」
「仕事ですから」
 奈那が冷たく言い放った。
 それをフォローするように美穂が加賀に言葉をかける。
「すいません、加賀さん。早くお元気になってくださいね。事件のことはあまり気になさらないよう」

「お、おぉ、君はそちらのお嬢さんとは違って、とても気配りのある優しいコのようだ。まるで人形のような可愛い目をしている」
「そ、そんな・・・」
 美穂ははにかんだ。
(わるかったわね、このエロジジイ!)
 奈那は心の中で源内をなじる。
「お嬢さんはそんな物騒な仕事やめて私の秘書になりなさい。すぐにでも採用してあげよう」
「美穂、行くわよ!」
「2人とも名刺を置いていってくれないか、当然の礼儀だろう」
「すいません、持ち合わせておりません。それに先ほどお見せした身分証明のとおりですから」
 そう言い残すと奈那はさっさと扉を開けて奈那は半歩外へ踏み出す。
「ならば私の名刺を渡そう。損なことはない、なにかあれば連絡しなさい。力になるよ」
「結構です。美穂、あなたがもらっといて。あとでまた聞きたいことがあれば連絡つくように携帯の番号も聞いておいて。私、先に車で待ってるから・・・・失礼」
 奈那はそう言い放つと部屋を出て行った。
「すいません、気分を悪くさせて。普段はもっと優しいヒトなんです」
「いやいや、君のほうこそ仲間思いの優しいコだよ、それにルックスもスタイルも君の方が彼女より上。私なら迷うことなく君を採用するなぁ。今からでも遅くはない、加賀グループの秘書になるつもりはないかね」
 源内は笑えない冗談を言いながら背後にかけた背広の内ポケットから名刺入れを取り出す。その時、名刺入れに引っかかって・・・・・・・・・一緒にあの音叉が落ちた。
「おっと、いかん」

「あぁーっ・・・・・・」

 美穂は瞬間的に感電したように体をピクッピクッと震わせて崩れ落ちるようにその場にしゃがみこんで喜悦に声を漏らした。一瞬で前戯から絶頂まで迎えたような快感の大波に美穂は未だに余韻を引きずっていた。

「ほぅ?どうしたんだね」

 思いがけない美穂の反応に源内は体を起こして床に落ちた音叉を拾い上げた。美穂は不安げな表情で視線をその音叉に注いでいる。まだ小刻みに体が震えていた。自分でも自身の体に何がおきたか分からないと言った表情だった。脈絡もない音叉の出現に疑念を抱いている視線ではない。
 今まで見せていたあの優しげな暖かい眼差しではなく、心細い不安な幼児のような小動物的な視線だ。
「これは、これは・・・どうしてこんなモノがポケットから・・はっはっは」
 源内は何事かを察知して、含み笑いを隠し切れない。源内はベットの柵の角で音叉をキーンと共鳴させる。

「はぅっ・・・」
 美穂は再び電気に触れたように体を震わせた。自分で自分を押さえつけるように、はたまた自分を抱くかのように胸の前で手をクロスさせて両肩を両の手で抱いた。

「おほっ!どうしたね、どうしたんだね?君」
「いえ、その・・・すいません、これで失礼します」
 美穂は名刺さえ受け取るのを忘れ、踵を返しドアへと歩き出す。感じ過ぎて快感に打ち震える体を引きずるように進めた。源内が再びベットの角で音叉を共鳴させた。
「キャン!・・・・・ふん・・・・・あぁんん」
 犬が悲鳴を上げるような声で鳴くとドアの取っ手を掴んだままズルズルと腰を崩してしゃがみこんだ。
「ふむ・・・感じるのかね?感じるんだろう、君は・・・・・フフフフフ、こんな音叉の音で・・・」
 源内はゆっくりと繰り返し音叉を叩き始めた。
「あ、あん・・・・・あ・・・あぅ・・・・ふん・・・あふん・・・・きゃう・・・・・やめて・・」
 美穂の体の震えは音叉に連動して喘ぎ声を出し、目はうつろで息を荒げている。源内は楽しくて仕方がないという表情でベットを降りて美穂に歩み寄った。
「ホホホホホ・・・・どうだね?どんなカンジだい?」
 源内は制服の上から美穂の荒く息づいた右胸をギュッと揉み出す。
「あああああぁうんんんん」
 それをきっかけに美穂は自分から源内に抱き着き、源内の手を自分の股間に誘導した。
「ふふふ・・・・これは驚いた。偶然か?これもシチュエーションの1つなのか?」
「はっ・・・はっ・・・・・はっ・・・・・はっ・・ふ・ふ・やめて・・お願い・・・お願いです・」
「言葉と行動が一致しとらんじゃないか、ん~?」

「そ、そんな。ちがう・・・・わたし・・・・・・」
 源内の手をやっとの思いで引き剥がし、力を振り絞って立ち上がると、よろめきながら逃げるように病室から飛び出した。よろめきながら廊下を去っていく美穂の姿を源内はただ見守るだけで、あえて追おうとはしなかった。

「お前も商品か。なら話は早い、楽しみが増えたよ。キミもいずれ聖隷だな」
 そう言うと源内は美穂の体の感触を手に残しつつ、携帯電話を取り出した。
「私だ、加賀源内だ。今、偶然、新商品を見つけたんだが・・・・すでにエントリーされてるのかね?」
 源内の顔は新しいおもちゃを見つけた子供のようにほころんでいた。

 廊下を走るつもりが思うように体が動かない。体を壁に這わせるように壁づたいによろけながら美穂は歩いた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・」
 敏感になった体をどうすることもできず、肩で息をしてよろめきながらエレベータに乗る。
「ど、どうしちゃったのぉ!わたし・・・わたしのカ・・ラダ」

 快感は苦悶にも等しく美穂の性感を襲っている。人目を気にしているからこそ正気を保てた。エレベータという個室になって、美穂はとうとう抗いきれずに自らカラダに触れる。
「あん!あぁぁっぁん。いい・・・・・・・あぁ、か、感じちゃう・・我慢できなぁーい」
 両手が激しく豊満な胸を、敏感な下半身を愛撫している。エレベータのインジケータが徐々に「1」へと下がって行く。
「いやっ!もっと・・・もっと・・・お願い1人にさせて!」
 前かがみになりながら快感に身を震わせる。エレベータが1階に着くことを呪う気持ちだった。

 エレベータの扉が開く。平静を装って人垣を分け正面玄関へと歩を早める。その時、制服の胸ポケットの携帯が震えた。
「あぁん!」
 振動に体が反応してしまう。喘ぎ声に人の視線が美穂へと向けられる。慌てて人目を避けて人のいない通路脇へ身を隠した。携帯の振動にさえ体が反応してしまう。それを必死の思いで止めるために携帯の受話ボタンを押す。誰からなのか液晶を確認する余裕さえなかった。
(きっと奈那さんからだ。私が遅いから心配して・・・・)
 携帯を耳に近づけ恐る恐る応答する。
「も、もしもし・・・・」

『もしもしぃ~?』
「だ、誰」
『わたしよ。ミッポリン!』
「・・・・・・・・・!」

【警友病院 駐車場】

「はい、そうです。不破美穂も間違いなく反抗者です」
 半ば虚ろな表情で奈那は携帯で祐実と話をしていた。
「はい・・・はい・・・わかりました。帰還時にあわせ、不破美穂の身柄を拘束します。本署の特別室5へですね。はい、祐実様の命じられるとおりに・・・・・」
 石原が正面玄関から出て来た。奈那の携帯で話す姿が目に入った石原が話しかける。
「明智チーフとですか?」
「ええ。石原さん、悪いけどここからは1人で動いてくれる?」
「どうしたんですか?」
「加納美香が失踪したの」
「えぇっ?美香さんが!」
「これから私たちは捜索に向かうわ」
「手がかりあるんですか?」
「えぇ、彼女が逃走に使った車が都内の駐車場で発見されてる。この間のホテルの近くよ。その辺をポイントに捜索するわ」
「じゃあ、何かわかったら情報下さいよ。これから所轄の方にももう一度顔だしてみますから」
「えぇ、でも石原さんもね。GIVE & TAKEでね」

 石原が去って間もなく正面玄関から美穂が出て来た。
「なに時間かかってるの!美香が失踪したわ、これから捜索に合流するよう指示があった」
「そう・・・・・」
「ちょっと!どうしたの、行くわよ」
「・・・・・・・・奈那さん」
「なに?」
「美香の居場所・・・・・・わたし、わかります」
「なんですって?」
「今・・・・・・私の携帯に彼女から電話が・・・・・・」
「彼女の居場所、わかるっていうの?」
「はい・・・・・美香は今ひとりでいます。平静を取り戻して署へ戻りたがっています」
「なら話は早いわ。行くわよ、彼女を連れ戻すの」
「はい。奈那さん、私が運転します」
 奈那がキーを投げるのを受け取って運転席に乗り込んだ。美穂の口もとに意味深で不敵な笑みがこぼれる。すでに夕闇が横浜港をオレンジ色に染め上げていた。

【首都高速 湾岸線上り 13号地付近路肩】

「ごめんなさい・・・・・・瞳」
 うつむいて力なく弘美が言った。
「沢村さん、沢村さんがこんなことするなんて・・・・・・」
 瞳は涙目に怒りをにじませた表情で弘美を睨んだ。
「ごめんなさい。自分でもなぜこんなふうになったのか・・・・・・わからないの」
「沢村さん、あなたは狂ってます」
 瞳は服を元に戻す。
「・・・・・・・許して。もう自分がわからない」
 弘美は泣き出した。
 瞳をイカせると弘美自身にも絶頂感のような快感が襲ってきた。絶頂が収まるとまるで夢から覚めるように弘美は自分を取り戻していった。

 瞳は弘美と顔を合わすことを嫌って外の景色に目をやっていた。ふとスタッフルームで樹里にたしなめられた一言が脳裏をよぎる。西野聡子の奔放な性行動を瞳が嘲笑したときだった。
『植え付けられた性衝動だったら・・・・・・・・それも、西野巡査が誰かに無理矢理植え付けられた暗示だとしたら・・・・。瞳、あなた彼女を笑える?』
(もしかしたら・・・・・・・沢村さんは西野巡査と同じように何者かに・・・・・)
 そう思ったら瞳はすぐにでも沢村を署へ戻さなくてはならないと思った。
「沢村さん、任務を中止します。署へ急いで戻ります」
「えぇ、・・・・・任せるわ」
 車は車道へと飛び出した。
「沢村さん、私思うんです。沢村さんは西野巡査と同じように誰かに暗示をかけられているんじゃ・・」
「えっ・・・・・・・」
 弘美はうつむいた顔をあげる。
「思い出して下さい。沢村さん、なにか思い当たることはないですか」
「そ、そんなこと言われても・・・・」
「今日の朝からの行動は?昨日は?」
「・・・・・・・・・・」
「思い出すんです。きっと、きっと今までの行動の中でなにかあったはずです」
「今日は出勤してからずっと署内だった、あなたと出るまでは」
「なら、昨日は?」
 車は首都高速を都心へ向けて走っていく。
「昨日・・・昨日は美穂と一緒に行動して・・・・・」
「どこへ行ったんです?誰と会いました?」
「午前中いっぱい紛失した捜査資料を探してて、午後は美穂と・・・」
「美穂さんと出てましたよね」
「うん・・・・・」
「どこへ行ったんですか?」
「・・・・・・・・・・・」
「沢村さん?」
「どうしてだろう・・・・・・不思議・・・・」
「なにがです?」
「思い出せない・・・・・」
「BINGO!沢村さん、落ち着いて思い出して下さい。きっとそこでなにかあったんです!」
「な・・・なぜ今まで疑問に思わなかったのかしら」
「思い出して下さい、きっとそこで誰かに・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

【銀座 会員制BAR エリオット】

 薄暗いラウンジバーに点在するソファには、幾人かの紳士とホステスが穏やかに談笑している。
 羽目を外すような泥酔者もいず、品格のある雰囲気をかもし出す静かな店だった。
 壁が四方すべて鏡になっているので店内がとても広く感じられる。

「お話し中すいません。ママ、よろしいですか」
「なあに?今、野仲先生とお話し中なのよ」
「もうしわけありません、野仲様」
 店で統一されたスーツ姿のホストが深々と客に詫びる。
「かまわんよ、ママは接待にも、店の指示にも大忙しだな」
「恐れ入ります。何なの?手短にお話しなさい」
 ホストは口を彼女の耳元に寄せると手のひらを口元によせ野仲から口の動きを隠した。

「新宿の本店に納品があったとの連絡です、No.25の商品です」
「あら、少し早い納品ね」
「ブラックボックスからの納品だったそうです」
「ふ~ん、あっちも手がかりを探すのに躍起なのね。メッセージが伝わったのならシナリオ通りだわ。ナイトホークもいい仕事をしたわね。OK、わかったわ。下がりなさい」

「あの・・・・・・・」
「なあに?他に何かあるの」
「商品は・・・・・商品は納品時にキズがついていたと報告が」
「なんですって!」
 ママの表情がいきなり険しくなった。
「商品の修復には時間がかかるため、パーティーには出品を見合わせる方がよいと・・・本店の方からの連絡です」
「なんてこと!No.25は今回出品の中でも数少ないランクSの1人だったのよ!」
 ママは親指の爪を噛む。
「新宿に戻るわ、私が自分の目で確かめる。車を用意して!」
「かしこまりました」
 黒服が野仲にも一礼すると足早に去っていく。
「ママも大変だな」
「野仲先生、申し訳ございません。私が至らないばっかりに先生のお楽しみのご用意を台無しにしてしまいました。最後までおもてなしできずに残念です」
「なあに、いいさ。私もパーティーを楽しみにしている1人だ。ママにはそっちの方もしっかりとセッティングしてもらわんとな。行っていいよ」

 野仲は右手のタバコをねじり消すと、水割りを一口、口に含んだ。
「野仲先生、不機嫌でいらっしゃいますわね」
「ん?いやぁ、そんなことはない」
「フフフ、隠してもだめ。先生が気分を害された時のクセですわ、そのタバコの消し方」
「フ、かなわんな。ママは心理学者のようだ」
「本当はもっと焦らしてから先生に高値で買っていただこうと思ってましたが、今日は私の勝手な都合を通させてもらうから、割り引きをしてプレゼントさせていただこうかしら」
「ほう、プレゼントがあるのかね?」
「こっちへ、いらして」
 野仲は重い腰を上げると一面鏡張りの壁の前に連れてこられた。
「本当に、ここはよく出来てるよ。そしてここに立つたびワクワクする」
「でしょ、私の店の自慢の1つなの」
「これじゃあ、誰が見たって壁だ。鏡だってこう全面に張られたら店を広く見せるための装飾だもの」
「フフフ、でもこうやって私の魔法の手が、ひとたび壁を押すと・・・・」
 ママが鏡の壁を押した瞬間に、鏡張りの壁の一部が扉となって開いた。
「こうして、楽しい楽しいプレイングルームが現れるわけだ」
「さ、中へどうぞ、野仲先生。今日のお部屋は青の間です」
 ママと野仲が鏡張りの壁の中に突然現れた扉の中に入って行く。ホストが2人の入室を確かめるとドアを閉める。
 するとまた壁は一面の鏡になり扉がどこにあるのかはわからなくなってしまった。

【首都高速 六本木付近】

「ダメ、だめよ・・・・・やっぱり思い出せない!」
 弘美は頭を抱えてうつむいた。
「沢村さん、沢村さんは昨日不破さんと学校に行ってます」
 ステアリングを持つ左手を離して、瞳は液晶画面のボタンを操作する。
 ナビ兼用の車載端末で弘美の行動スケジュールを呼び出して瞳が言った。

「学校?」
「聖オスロー女学院。ホテルで身柄を拘束した3人の女の子たちが在籍する学校でしたよね」
「わたしが・・・そこへ?」
 弘美の目が虚空に視線を向ける。過去を必死に思い出そうとしていた。
「そうだ・・・・・わたし・・・・たしかにあの学院に行ってる・・・・」
「そうです。その調子!頑張って!思い出すんです!」
「わたし・・・・・彼女たちに会いに行った」
「誰ですか?誰にあったんですか?」
「・・・・・・・・・女子大生の2人」
「大倉由貴子と稲田佳美です」
「おおくらゆきこ・・・と・・いなだ・・よしみ・・・・」
「思い出して下さい。大倉由貴子と稲田佳美は事件当日の現場では自分達の行動を認めておきながら本署への搬送途中から一転して事実を否認。以後の取り調べでも全面否認に転じていたんです」

 瞳は一生懸命弘美の記憶を回復させるため、言葉をつなげていく。首都高速は目立った混雑もなく車は時速100キロで巡航している。
「そ、そうだ・・わたしと美穂で彼女たちにもう一度事情を聞きに行ったんだ・・・」
「そうです!焦らずにゆっくりと・・・・。沢村さんと不破さんは2人の事情聴取のほかに、唯一事件の事実を否定しなかった学院高等部の陣内瑠璃子の消息を掴む目的もあったんです!」
「えっ・・・・・」
「陣内瑠璃子です。雪乃が保護した女子校生ですよ」
「陣内瑠璃子・・・・・・・・・」
(ジンナイルリコ・・・・ジンナイルリコ・・・・・・ジンナイルリコ・・・・『ヒロミ ハ ホシイ オンナノコ ガ ホシイ。ヒロミ ハ ダイスキ セックス ガ ダイスキ』)

「あっ・・・・あぁっ・・・あ・」
「む、沢村さん?何か思い出したんですか?誰かに会ったんですか?沢村さん、沢村さん!」
 すでに瞳の声に耳を傾ける余裕は弘美にはなかった。再び襲って来た抑えがたい性欲の波に引きずり込まれまいともがいている。頭の奥であの陣内瑠璃子の声がコダマの様に響いていた。
『抑え難いお姉さんの性欲はヒトを犯し犯すことでしか満たされない。お姉ちゃんはオンナノコにしか昂ぶらない。だから身近な女を犯すことでしか満たされない、絶対に。無理に我慢して抑えようとしたら危険だよ』

 抗いきれない大波に弘美の抵抗空しく飲み込まれた瞬間、弘美の体から震えが止まった。
「瞳・・・・・しよ、しようよ、フフフフフフ、H・・しよ」
 運転席の瞳に弘美はいきなり抱きついて来た。
「む、沢村さん!だめ!イヤ!しがみつかないで!沢村さん!沢村さん!」
「いや~よ、瞳、もう放さない。瞳はヒロミのものだもん。ね、Hしよ!気持ちよくなろ!」
「放して!沢村さん!!冷静になって!お願い!今、運転してるの、やめて!視界を塞がないで!」
「いやよ!ね、キスしよ」
「いやーっっっっ!」

 大きな左へのカーブ。
 視界を遮られ弘美に責められた瞳はとうとうハンドル操作を誤って中央分離帯に突っ込んだ。車はまるでジャンプするように分離帯を越えると対向車線で転覆した。道路上に車の部品や分離帯の破片が散乱する。事故に気づいたドライバーが車を止めて駆け寄ってくる。転覆して腹を見せる車から人が這い出してくる気配はない。
「ねぇ・・・ちょっとぉ・・・瞳ぃ~早くぅ~」
 車内では血まみれでなお瞳に擦り寄る弘美がいた、しかし瞳は目を閉じたままハンドルを握り締めピクリとも動かなかった。

【会員制BAR エリオット シークレットルーム BLUE】

「誰!誰なの!」
 人の気配に部屋にいた女が叫んだ。部屋はホテルのセミスイートを思わせる。彼女は部屋のソファに座っていた。
「お仕事よ、理香ちゃん」
「あなた、さっきの!早くここから出して、私を家に帰しなさいよ!」
 黒い髪が背中まで伸び、水泳選手を思わせる肩幅の広いグラマーな若い女がママに喰ってかかる。

「あら、言ったでしょ、さっき。帰りたければさっさと帰りなさいって、ウフフ」
「この部屋から出れないのよ!なぜかわからないけど、ドアの前に立つけれど、どうしてもノブを握れないの!」
「まあ、どうして?」
「わかんないのっ!どうしてなのかわからない!わかってたら、もうこの部屋から逃げ出してるわ!お願いよ、私をここから出して。お金が欲しいの?欲しいなら言ってよ、あげる、パパに言っていくらでも用意してあげる、私のパパ商社の常務なの。知ってるでしょ、アレキサンドロスグループよ」
「お金なんていらないわ、携帯で助けでも呼べばいいじゃない」
 ママはククっと含み笑いをこぼした。

「どこに私の携帯があるっていうのよ!取り上げたくせに!」
「取り上げたぁ?わたしが?あら、いやだ」
「いいこと!今日、私は英国留学中の友人達と会う約束があるの。私が行かなければ、いずれ私に何かあったのではと、きっと心配してくれるはずよ!一昼夜帰らなければ父も警察に連絡するわ。私は父の元で秘書になっているの。私のプライベートの予定も父は知っている。きっと、あなたたち捕まるわ!」
「まぁ、こわいお嬢さんね。でも、今日あなたは友人にはパーティーに出席できないことを連絡していたし、メールも入れていたじゃない。あなたのパパには久しぶりの同窓会だから遅くなったらホテルにでも泊まると言ってたわ。パパは心配していたようですけどね」
「なんですって?なにふざけたこと言ってるの!そんなことわたしがするわけない!」

『パパ、私だってもう子供じゃないのよ。大丈夫心配しないで。明日の朝、会社でね、寝坊しちゃ、ダ・メ・よ。おやすみなさい、私の大好きなパパ!』

「ホラ、あなたがさっき電話してるところ録っておいたのよ」
 ママの手にしたデジタルボイスレコーダーからリカの声が流れる。
「なんなの?誰が電話したって言うの!誰か私になりすましたのね!」
 理香は怒鳴り散らした。

 野仲は不思議だった、携帯は彼女のブレザーのポケットから見え隠れして揺れている。
「そお?じゃあ、『あなたに教えてあげる』。そのポケットに入っているのは何?」
「えっ・・・ポケット?」
「そう、ポケット」
「あっ!ど、どうして・・・・・・」
 女はそこではじめて自分が携帯電話を持っていたことに気づいた。
「そうよね。不思議ね、どうしてそんなに身近なところにあるものをあなた気づかないのかしら?お馬鹿さんね。ついでにメールをチェックしてみたらどう?」
 理香は携帯をチェックする。画面には友人にパーティーに行けない旨を謝る文章がつづられていた。
「あっ・・・・・・そ、そんな。誰?誰なの!私の携帯、勝手に使って・・・私になりすましてこんな汚い真似するなんて!」
「誰って・・・あなたじゃない!私の目の前であなた楽しそうに話してたわよ、親友のナンシーと」
 ママの全てを見透かしたような言葉に理香は恐怖を覚え始めた。
「ウソ!なにかトリックがあるんだわ!そうでなきゃ、ポケットに入っていた携帯に私が気づかないわけない」
「あんたも疑り深いヒトね。ならダメ押ししてあげる、フフ、こういうのも結構楽しめるんだけどね」
 そういうとママはテーブルから手にしたリモコンを操作した。部屋に置かれたプラズマテレビから流れたのはこの部屋のソファに腰掛けて楽しげな表情で電話をする理香の姿だった。

『ハーイ、ナンシー!』
 画面の理香は周囲にいる黒服の男達やママの存在を気にも留めず、流暢な英語でナンシーへのパーティーの欠席を残念そうな表情も織り交ぜて詫びていた。理香の目の前にいる画面の中の理香は間違いなく自分であるのに記憶にない自分の行動に理香は寒気を感じる思いでいた。
「お願い!私を帰して!なにが欲しいか言って!ここから帰してくれるならなんでも聞いてあげる」
「なんでも?ふ~ん、でも、もうあなたからは十分なモノを貰っているわ」
「えっ・・・・・な、なにを・・・」
「わかるでしょ、あなたの自由をもらってる」
 そう言ってママは不敵に微笑んだ。
「何ですって!あなた、一体なんなのよ」
「わたし?フフフ、わたしはね、会員制パブ『エリオット』の雇われママよ」
「ふざけないで!なにが目的なの」
「さぁ?なにかしら。ねぇ、先生」
「おっ?おお、そうだな」
 男の声に理香は驚いてママの背後にいる男の影を窺った。

「ぶ、部長!」
「や、やぁ。奇遇だねぇ、こんなところで」
 野仲は場の悪い笑みを取り繕った。
「ま、まさか・・・・あなたが・・・。あなたね、こんなヒドイことしたの!」
「お、おい・・・・」
「訴えてやる!あんたなんかパパに言ってクビにしてやるわ!日頃からパパに媚び売って取り入ってるくせに!仕事でいつも穴あけてパパに助けてもらってるくせに!」
「ひどい言われようだな・・・・。君のパパには感謝しとるよ、私を取りたててくれた上司だ。だが、君のパパのわがままで幾度となく尻拭いをさせられて来たのはこの私だ。最近はストレスで眠りも浅いし、脱毛までしてくる始末なのにな」
 野仲は顔をしかめた。

「ウソ!能力もないくせに!いつもパパのところに来る時、卑らしい視線で私のこと見てるの知ってるんだから。もし、私を今日このまま帰してくれるんだったら今日のことは黙っていてあげるわ」
「黙っていてあげる・・・とは。これまたお高くとまったもんだな。私は拉致なんかしてないよ」
「何言ってるの!あなた、上司の娘を拉致したのよ!」
「上司の娘かも知れんが、君自身は入社してまだ2年のヒラだよなぁ」
「なんですって!いいから、早くここから私を解放しなさい!」

「解放してあげるわよ」
 ママが言葉を挟んだ。
「えっ・・・・・」
「野仲先生がご堪能されたあとでね。でも心配しないで、あなたは明朝、目が覚めた時には今日ここで何があったかすっかり忘れているわ。そして明日からは自分の父親より野仲先生のために働きたいと思うようになる、フフフ。解放されるのよ、あなたのパパの呪縛からね」

「ママ、これはびっくりだ。この上ないプレゼントだよ。よくこの娘に私が目をつけていることがわかったもんだ」
「ホホホ、先生は先日大そう酔ってらして、お店からご自宅にお送りする車の中で運転手にこぼされてたそうですね。ワガママな上司、高慢な娘秘書。運転手が先生のお気持ちをとても悲しんで私に報告してきましたのよ。私も心が痛みましたわ。我々にこれほど良くして下さる野仲先生のお悩みを解消し、日々のお仕事に励んでいただき、より一層の援助を私どもにいただくために知恵を出させていただきました」
「な・・・なに言ってるの?あんたたち」
 理香は2人の会話を理解できずにいた。
「この子、相川理香はスパイとして、自分の父親である相川雄三の不正や背信を忠実に伝えることでしょう。あなたに対しては素直で、忠実で、きわめて従順な下僕として働いてくれることでしょう。理香は父・相川雄三の秘書でありながら、その実あなたのために働き、あなたのために身も心も捧げる女になるのです」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 野仲は声もなく身震いし、だらしなくニヤけていた。

「フフフ、どうしました?」
「ハハハ、いつもこの瞬間が好きでネ。ママが魔法を発動する時は必ず私に向かって『あなた』という言葉を使う。仲間内でも話しているのだよ、ママがママでなくなる『あなた』言葉が出る瞬間が我々の癒される時到来なのだ」
「あら、先生だって人のクセをよむ私のこと言えませんことよ。先生もまるで心理学者みたいですわ」
 妖しげにママが微笑む。

「なに馬鹿なこと言ってるの。わたしがこんな奴の下僕ですって?しかも父を貶めるようなことなんか何があったってするもんですか!」
「フフフフ、それはどうかしらね。どんなに勤勉実直なお父様も秘書のあなたが裏切れば身に覚えのない背任行為であっという間にアウトよ。リカ、『Magic Trip』」
「あっ・・・・・・あぁぁぁぁっぁぁっぁ」
 体をフラフラと揺らして半ば倒れるようにソファへと崩れ落ちた。
「先生、その子の隣に座ってやって下さい」
「ん?座ればいいんだな。よいしょっと!」
 野仲が座った途端、理香が野仲にしなだれかかるように身を寄せた。潤んだ目で野仲を見ると『ふぅぅっっ~」っと甘い息を細く吐き出す。艶めかしい仕草だった。彼女のふくよかな胸が野仲の腕に密着する。
 野仲の両頬を優しくしっかりと手で押さえるとゆっくりと理香が口を寄せた。舌が野仲の口の中を這いずった。野仲の両足をまたいで膝上に座る。タイトなスカートは腰の方へめくりあがりストッキングベルトとパンティがモロ見えになる。
「はぁぁぁぁぁ~お父様、私のお父様ぁ~」
「お父様?」
 野仲が首をかしげる間もなく、理香に抱き着かれてソファに崩れる。
 野仲に乗りかかった理香は上半身からゆっくりと脱ぎ始めた。
 理香は股間をゆっくりと野仲の股間に擦り合わせてグラインドさせる。
「リカちゃん、よかったわね。憧れのお父様と今日あなたは誰にも邪魔されず結ばれるのよ」
「あ~っ・・・・うれしいい」
 ママの声に理香は想像しただけで快感が全身を走り、あらわになった豊かな胸を揉んだ。

「あなたの今まで抑えていた全ての思いを今日はお父様に態度で示しなさい」
 優しい命令口調でママが理香の耳元で囁いた。
「はい、お父様に悦んでもらえるよう、理香、精一杯尽くします」
「いいわよ、あなたはそうすることによってとても幸せな気持ちになれるわ」
「はい。お父様、なんでもおっしゃって!リカ、お父様のいうことならなんでも聞きます」
「ホホホホ、これは、これは。服の上からではわからなかったが、なんという魅力的なカラダだ」
 野仲の顔がほころぶ。
「お父様ぁ、でも、まずリカを満足させて。リカ、お父様にして差し上げたいことが一杯あるのっ!その全てをお父様に受け入れていただくことでリカは満たされるのっ!」
 すでに理香はパンティ1枚のあられもない姿で野仲の服を剥いでいる。あらわになる野仲の体のありとあらゆるところに慈しむようにキスをしていく。先ほどまでの高飛車な態度がウソのように相川理香は野仲との睦みあいを楽しんでいる。
「お願い、お父様。触って、リカのカラダを可愛がって」
「いいのかな、相川クン」
「いやっ、いやよ。お父様、2人っきりの時はリカって呼んで!リカ、お父様の大切なモノを『はむはむ』してあげたいのっ、フフフ」
「そうかい。リカ」
「はい。おとうさまっ!私お父様のコト、他の誰よりも好きよ」
「ハハハ、私もだよ、リカ。フッ、では遠慮なく触らせてもらおうか」
 野仲の手が上に馬乗りになっている理香の大きな胸を掴む。
「あん、いい、あ~、いい、いいわぁ・・・・お父様」

「野仲先生、お気に入っていただけそうかしら?」
「ママも人が悪い。もうわかってるクセに・・・・・。でもこのコにお父様と言われるのも変な気分だな」
「でも、先生もまんざら嫌とは思っていないようですわ」
「悪い気はせんよ。この子の父を想う情がヒシヒシと伝わってくるようでナ」
「勿論ですわ。その子、相川理香は相川雄三と亡くなった前妻との子なんですのよ。ひときわ感受性の強かった彼女は大好きな父のため、後妻と表面上はうまくいっているように見せながら、その実、後妻に父を奪われるのではないかと思うようになりました」
「ほう、よく調べたな。たしかにあいつのカミさんの葬儀に行ったよ。もう20年近く前の話だ」
「子供心に自分を庇護してくれるのはたった1人の肉親、相原雄三だとわかったのでしょう。すでに心の奥底では、後妻とは女同士の人間関係を形成していたようですわ。相川雄三を挟んだ三角関係のように」
「おいおい、あいつの2番目のカミさんはこの子が小学生の頃に一緒になったんだ」
「よく、ご存知で。取引先の取締役の身内の方でしたね」
「そう、まあ、それがヤツを出世街道に乗せた原因だもの」
「センセ、話それてますわよ。リカちゃん、お父様はご退屈なようよ」
「ご、ごめんなさい、お父様」
「リカ、お父様に心のこもったフェラチオして差し上げなさい」
「はい。喜んで」
 リカは野仲のものを慈しむように表面や裏を舌の先で舐め上げたあと、ゆっくりと口の奥へ通した。
「うぉっ!」
「フフ、リカはとてもうまいのよ、先生」
「た・・・たたっ・・・たしかに・・・!!!!」
「年頃には後妻に反発し、素行が荒れるも、父への想いはより一層強くなり、勉強の面では抜きんでた成績を残したようです。父を奪おうとする義母という女からどうしたら自分が父を一人占めできるか、それだけがリカの頭の中一杯に締めていたようです。父親への病的なまでに献身的な想いが恋愛感情に変化するには至って自然であっとことでしょう」
「ファザコンか?」
「えぇ、まあそうなんでしょうね。父への想いは親子としての感情ではなく女と男の関係に近いものだったと想像できますわ。後妻がこの子を英国へ留学させたこともまた、リカの後妻への憎悪と、父と離れ離れになる疎外感、喪失感から、より一層父への想いは強く強く形成された。彼女、今まで付き合ってきた恋人とのSEXにいつも父親の顔を思い描いていたそうですわ。うふふ、しかもフェラチオはどんな男も歓喜の声をあげるくらい舌使いが上手かったせいか、いつしか父親に自分が奉仕できる日を夢にまで見ていたそうですわ。先ほど堕としましたときにおくびにも出さず言ってましたのよ」
「うっ・・・・ぉぉぉ・・な、涙ぐましい・・・もん・・・だ、おおおお」
「彼女は彼女自身を女として磨き、また父に認められる自分になりたいと英国の大学を卒業後、実力で父の勤める会社に入社したわけです。まぁ、秘書として自分の元においたのは雄三氏の方だったようですが。彼女自身は昼夜を問わず父と一緒にいられることとなり、一応の満足はしたようです」
「一応?一応とは・・・・・?」
「フフフフ、もう野仲先生もお分かりでしょ。父への思慕、愛情は父がこの子を『女』としてみない限り満たされない。自分の娘である以上、普通の親ならそれ以上の感情を持てますか?いえ、持ったとしても口に出してなんか言えないでしょうね。まさか、娘が女として父を1人の男、それも憧れの愛する男と見ていることなど想像できると思います?」
「まあ、普通せんわな」
「彼女を堕すのは非常に簡単でした。普通の『刷り込み』による暗示には先生もご存知のように新たな記憶や人格を移植するのですから、1度だけの使い捨て用でもない限り相当期間のお時間を頂いていますけど、この子の場合には『新たな感情の刷り込み』はほとんどせずとも『代入』という処置がとられました」
「代入?いつもとどう違うんだね」
「彼女の過去を催眠下で聞き出した後、我々は通常の『刷り込み』は不必要と判断し、この子が今までの人生で持ち続けた父親への思慕の念を増長させ、それを父親から野仲先生に置き換えたのですわ」
「ほ、するとこの子にとって・・・」
「そう、この子にとって野仲先生こそ愛して愛してやまない大切なお父様。そして彼女の性欲に対する自制心のリミッターを出来る限り低くして、SEXに対する感情を素直に表に出せるようにしたんです、父親である野仲先生とだけSEXしたいと思うように。そして野仲先生に抱いていた嫌悪感や憎悪をそのまま父雄三氏に置き換えてやったので、明日からこの子はあなたに対して従順で、実父に対して嫌悪を抱くようになりますわ。先生の忠実な隠れ秘書として、相川雄三の動向を探るけなげなスパイとして、そして父親と結ばれたいと思う親離れのできない、カラダだけ成熟した子供としてリカを可愛がってやって下さいません?」

「お父様・・・・リカもう我慢でいない、入れて・・・イレテイイ?」
「お、おお、リカ、リカ、いいよ、おいで」
 突きあがる野仲のイチモツを理香が腰を落してゆっくりとリカ自身の中へと納めていく。
「お父様の・・・・あったかい、お父様の・・・・とてもあたたかい」
「私もだ、リカ、ゆっくりと動いておくれ」
「はい、お父様、よろこんで。リカをよく味わってね」
 理香はゆっくりと野仲の上で上下に動き出す。

「あら、先生、私の話、全然聞いてくださってませんのね」
「い、い、いや、聞いとるよ。で、本題に入ろう、いくらだ」
「まあ、先生、話が早いわ。そういうところが好きよ」
「この子、私が買わねば当然オークションなのだろう?」
「えぇ、まあ。でもきっと今回は野仲先生が必ず買って下さると思ってました」
「そりゃ、そうだろう。私の愚痴からこの子を調製することになったんだから、私が買わねば他に誰が買うというんだ」
「いつもならオーダー調製で2本といきたいところですけど、今回はこの子を紹介するシチュエーションを先生にご用意する時間が私の勝手な都合でとれなかったことと、調製が代入法だけで安く短時間に上がったこと、野仲先生の意向も伺わず当方で一方的に売りつけるから、1本ポッキリでいかがかしら?」
「OKだ。支払いはいつものとおりでいいかな。ママには感謝の気持ちも込めてもう少しお小遣いがわりに上乗せしておくよ。私の気持ちだ」
「ありがとうございます、だから先生大好きよ。今日お楽しみの分の青の間の貸し切り料はサービスさせていただきます。先生がご堪能されましたら、リカの眉間を3回指で軽く叩いてキスしてあげて下さい。リカはすぐに眠りにつきますので、ベットの電話でご連絡を。帰宅のお車をご用意します。リカはそのあと、若干の再調製をして帰します。明日以降の使用方法については直接本人から説明するよう暗示を入れときます。明日からこの子、野仲先生に接する態度、豹変しますわよ」

「イク・・・・イクっ・・・お父様!わたし・・・・わたし・・・ああぁぁぁぁっぁあーっ!」
 理香はゆっくりと野仲に覆い被さった。ママが野仲の上でぐったりするリカのコメカミを3回叩いて耳元で囁く。
「リカ、まだよ。あなたはまだ満足していない。1分後、あなたは再びしたくてしたくてお父様にオネダリするのよ。もっと、もっと愛してもらいなさい」
「ママ、リカは私のことを父親と思い込んでいるのか?」
「少し違いますわ。『父親を男として意識した彼女の女としての愛情のはけ口』を先生に置き換えてあるんです。だから、今まで通り実父のことは実父と認識しつつ、これからは父親を野仲先生の代わりに憎悪し、野仲先生を野仲部長と認識しつつ、父親への愛欲の高まりを野仲先生に示すようになります。そして、野仲先生の命じることには全て従順に従い、野仲先生に気に入られるために実父の動向を何の疑いもなく野仲先生に伝えてきますわ。いずれ、先生が相川雄三を追い落とし、リカを秘書に常務室の椅子に座っていることでしょう。安い買い物ですわ、先生」
「感謝するよ。そして、これからもママを微力ながら支えていこう」
「ありがとうございます。では、野仲先生また今度お会いいたしましょう。その際にはリカとご一緒にどうぞ、メンテを無料でして差し上げますわ」
「そうだ、この子には今後も2人きりの時は私を『お父様』と呼ばせるように・・・・・」
「ホホホ、先生、承知いたしました。そのようにして明日お引き合わせいたします。お買い上げ、ありがとうございました。それでは失礼させていただきます」
 ママは丁重に挨拶をして部屋を後にする。崩れていた理香の姿勢が戻り、再び理香が顔をあげた。
「ね~、お父様ぁ~・・・・しよ!リカとイイコト、ね?」
 あられもない姿で野仲を誘うリカの姿はすでに職場で見せる凛とした清楚で知的な雰囲気はまったく見られなくなっていた。

 ママが店のフロアに戻る。
「行くわよ、車の用意できてる?」
「はい、すでに。店の前に」
「そ、じゃあ、後を頼んだわ。時間によっては今日は戻らないからよろしくね」
「はい。かしこまりました」
 ママは店の外へつながる階段を昇り始めた。店の前に横づけされたベンツに乗り込む。
「首都高速で警察車両の事故があったようです。時間が計算できませんので一般道をつかいます」
「任せるわ、行ってちょうだい」
「かしこまりました」

【お台場 パームタワー】

 2人はエレベータの中にいた。
「ここに、本当にここにいるの?」
「えぇ、彼女の声を聞いたでしょ」
「あなた、ホテルって言ってたじゃない。それにインターフォン越しじゃよくわからない」
「ごめんなさい。でも彼女がいるのはここに間違いなかったでしょ」
「2人だけで行っても大丈夫なの?」
「誰もいないっていってる」

「こ、ここは・・・・・・・」
 2人はある1室の前に立ち止まった。奈那はドアの表札に愕然とする。
「『麻木雪乃』、どうやら雪乃のマンションだったみたいですね、美香が逃げ込んだのは」
 美穂は淡々と言葉をつなげた。

「なぜ?仲間内でもお互いのプライベートは教えないはずなのに・・・・」
「踏み込む?」
「当然でしょ。報告では美香は足に怪我をしているわ」
「了解、いきます」
 美穂がベルを鳴らす。奈那は習慣で右手を銃にあてる。

「・・・・・・はい」
 インターフォンごしに声が響く。
「美香、美香ね。私、不破よ。あと松永さんが一緒」
「・・・どうぞ。入って」
 2人は顔を見合わせて頷きあう。美穂がノブに手をかけた。鍵はかかっていなかった。
「奈那さん。行きますか?」
「行こう!」
 美穂が先頭で、後ろに奈那がつく。長い廊下の奥にリビングがある、典型的なマンションの間取りだった。奥のリビングまでの廊下の左右にある扉にも細心の注意を払う。リビングの手前、2人は実践さながらに壁に張りついた。
「私が先に」
 美穂が手で合図をする。奈那は無言のまま頷いた。
 銃を抜いて、美穂がリビングに飛び込む。奈那の視界から美穂が消えた。1秒・・・2秒・・・3秒・・・・時間が長く感じられて仕方がない。
 再び美穂が奈那の視界に戻るまで本当は数秒もたっていなかった。
「奈那さん、大丈夫。美香1人だけよ」
 すでに銃を仕舞いながら緊張感を拭うような落ち着いた口調で美穂が言った。
「そう、緊張して損しちゃった」
 銃を下ろして何気なくリビングに奈那は踏み込んだ。
「いらっしゃいま~し」
 奈那の視界に飛び込んだのはソファに胡座をかいて座る陣内瑠璃子の姿とその側に立つ麻衣子の姿だった。
「えっ、あ、ま、麻衣子さん、なぜここに・・・・!きゃっ!」
 側面からの手刀で銃を叩き落とされる。うかつにも銃は部屋の隅へと転がった。あとは抗う間もなく2人がかりで組み伏せられた。両腕をねじり上げられ、正座をするように座らされた。数分前まで行動を共にしていた美穂となぜここにいるのか理解できない麻衣子の2人が奈那を組み伏せている。
「イタっ!美穂!麻衣子さん!なんなの?どうして私を!」
「お姉さん、大声出さないで。静かにしてよ、迷惑なんだから」
 ソファに悠々と腰掛けた制服姿の瑠璃子が意味ありげに微笑む。
「あなた・・・・陣内!美香を・・・・・・美香をどこへやった!」
「お姉さん、わかってないなあ。美香のことよりもう少し自分のこと心配しなきゃ」
「美穂!麻衣子さん!手を放して自由にして」
「彼女たちはお姉さんの言うことなんかきかないよ」
「何ですって?あっ!あなた・・・・・・それ・・・」
「なに?なにびっくりしてるの?」

 奈那の視線はテーブルの上に。無造作に置かれた先日の事件資料があった。
「あ~、コレ?これ、この間のラブホの事件の事情聴取資料やそのとき取られた指紋や顔写真」
「あなた・・・・・あなただったのね。あなたが資料を盗んだのね」
「私じゃないよ」
「だったら誰だっていうのよ!」
「姉さん達はこれしきの資料がなくなっただけで大騒ぎなんだね」
「当たり前じゃない。署内で、しかも部外秘資料を誰が持ち去るっていうの!」
「私よ、私が事件翌日の早朝にキャビネットから抜き取ったの」
 奈那の背後から声がした。
「そ、そんな・・・・・麻衣子さん」
「さっすが!麻衣子姉さん。私、とってもウレシイな。あとでご褒美あげるね」
「はいっ!瑠璃子お姉さまに喜んでいただけて、私うれしいです」
「ま・・・・・麻衣子さん。一体どうしちゃったんですか!麻衣子さん!麻衣子さん!」
「麻衣子姉さんにはもう1つお願いがあるの」
「はい!瑠璃子お姉さまの言うことなら私よろこんで!」
「フフフ、うれしい。これからこの奈那ちゃんを私たちの妹にしようと思うの」
「な、なに言ってるの!」
 想像もしなかった言葉に奈那は焦る。
「麻衣、美穂、2人とも奈那の面倒見てあげてね。奈那、これからたっぷり可愛がってあげる」
 心のこもらない返事が二つ即座に返って来た。

「正気に戻って!私よ!松永奈那よ!あなたたち騙されてる、その子に、陣内瑠璃子に騙されているのよ!目を覚まして!」
「フフフ、必死だね、奈那」
「あなた・・・・・・一体私をどうするつもり!」
「聞かない方がいいよ。松永奈那、78年8月7日生まれ。チーム6の中では副長につぐ在籍年の長い1人。その実戦経験の評価は高く、チーム1やチーム2からも異動を2度3度請われるも頑なに固持している。なんでだろ?同期の仲間達は少なからず異動を経験しているのに奈那さんだけは動きたがらないのはなぜ?」
「どうして、あなたがそんなこと・・・・・・いいでしょ別に」
「やだなぁ、そんな言葉づかい。それが私に・・瑠璃子に向かって使う言葉?美穂、麻衣子どう思う?」
 瑠璃子がそう言った瞬間、奈那を床に押さえつける2人の力が更に強まった。

「痛っ!」
「瑠璃子お姉さまに汚い言葉づかいするなんて許さない」
 鷹揚のない言葉で麻衣子が言った。
「ま、麻衣子さん・・・・」
「大学1年生の時、お姉さんマクドナルドでのバイト帰りに数人のオトコ達に襲われたんだね。オトコ達は店で働くお姉さんを以前から目をつけておいて、遅番で帰宅途中のお姉さんを4人がかりで近くの公園の茂みに引きずり込んだ・・・・・どう?まだ覚えてる?その時のこと」
「あなた・・・・・・どうしてあなたがそんな事知ってるの?」
「瑠璃子はなんでも知ってるよ。お姉さんが警察官を目指した理由、LSに自らすすんで志望した原因にもなってるんだよね、この事件」
「ヤメテよ!あなたに何の関係があるって言うの!」
「4人がかりで羽交い締めにされて、悲鳴も上げられぬまま服を剥がされていく。この世に神はいないとでも思った?絶望の淵にたったんだよね、かわいそうなお姉さん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 気がつくと瑠璃子の手に音叉が握られている。
「お姉さんに事件当時に戻ってもらおうかな。絶望の、恐らくはまだトラウマとしてココロの奥底にこびりついている事件をすべて思い出させてあげる」
「いや・・・・なにをするの。やめて・・・・・・・・」
 腕を掴まれたまま美穂と麻衣子の2人に引きずり上げられてソファへと無理矢理座らされた。
「フフフ、お姉さん。奈那だっけ?さ、戻ろう事件当日へ・・・・・・」
 音叉が手近の椅子に当てられる。キーンという共鳴音が奈那の両耳に流れ込んでくる。
「今から私がいうことは奈那にとって本当になるよ」
「いや・・・・・・なんなの・・・・・・・・・・・」
「思い出すの、事件の全てを。戻りなさい、あのときへ」
「いや・・・いやいや・・・・いや」
「大丈夫。今度はひどい目にはあわないように結末を変えてあげる。精神的に負った深い傷から癒してあげるよ」
「や・・・・・やめて・・・・や・・・め・・・・・・・・・・・・・」
「今度、目が醒めた時、奈那の目の前にいる私は、あなたにとってかけがえのない命の恩人だったということがわかるはず。そしてこれからはその恩に報いるためにも私の言うことにはすべて従うようになる。どんな不条理で理不尽な命令も信じて疑わない素直なペットになるのよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「眠りなさい、深く、もっと深く、あの忌まわしい事件の日まであなたはゆっくりと戻って行く」
 瑠璃子が奈那の目を手のひらで軽く覆った瞬間に奈那の首は「かくん」と倒れていった。
「フフフフフ、もう手を放していいよ2人とも。このコをそこのリクライニングチェアに移して」
 奈那の無防備なその姿を見て瑠璃子は笑った。

【LS統括部 局長室】

 席に深く腰を落した局長の伏見紀香は送られた祐実からのメールに目を通しため息をついた。
「なにか不満?」
 無愛想に祐実が聞き返す。ソファに座る態度もどこかふてぶてしかった。

「違うでしょ。『どこかご不満な点があればおっしゃってください』って言えないの、あなた」
「ごめんね」
「『申し訳ありません』!」
「いいから、早く『OK』ちょうだいよ」
「あなた、本当にこのオペレーションでいくつもり?」
 紀香は画面に表示されたオペレーションファイルに呆れていた。
「もちろん!」
「あなたのチーム総勢で抑えられると思う?中に人が何人いるか、武器の所持がどうなっているか、何もわからないまま隊員を突入させるなんて危険極まりないわ!承認できない、またチームから死人をだすつもり?」

「言うと思った!」
 祐実の表情が険しくなった。
「応援要請をしなさい、チーム3とチーム4に。合同作戦よ。人に頭を下げたくないのなら、私から言ってあげてもいいわ。ただし、指揮は私がとる」
「必要ないわ。私のチームだけで突入する。考えはあるんだから・・・・・。余計な口出ししないでよね」
「知ってるの?全てのオペレーションは私が承認しない限り実行できないこと」
「ヤなヤツ!でもあなたは認めるわ」
「どうして?」
「私、もうあなたなんか眼中にないの」
「どういうことよ!」

 その時、局長室の扉がノックの後に開けられた。
「失礼するよ」
「補佐官・・・・・」
 紀香は慌てて立ち上がると敬礼した。
 意味深な微笑みをこれ見よがしに紀香に向けながら、祐実はゆっくりと重い腰を上げるとおどけたように姿勢を傾けて敬礼をする。紀香のそれに比べ明らかにだらしない敬礼だった。
 2人に対して敬礼を返すと霧山補佐官は即座に口を開いた。

「明智チーフ、メールは見たよ」
「来ていただいて光栄です」
 霧山と向かい合った瞬間から、祐実は人が変わったように規律正しい部下を演じ始めた。

「あなた・・まさか補佐官に・・・・」
 紀香の焦る顔、祐実の口元がかすかに釣り上がる、勝ち誇ったような笑み。
「伏見局長、君は局長という立場から各チームの行動を管理してもらっているが、最近その管理がかなり干渉に近いものになってきている。思うような捜査や作戦行動がとれないと明智君から稲葉統括参事官へ直訴があったんだ」
「そ、そんな・・・統括参事官にまで・・・・。私・・・・・私は彼女の言うようにチームの行動に支障をきたすような、それほどの干渉なんかしていません!補佐官、明智の言い分だけで判断なさらないで下さい」
 紀香は語気を荒げた。

「いやですね、局長。補佐官が来たら、まるで先ほどと態度が違うじゃないですか」
「なんてこと言うの!あなたは・・・あなたはみすみす仲間を危険に晒すような短絡的な作戦しか立てていないじゃない!そんな危険なオペレーション、私が許可するとでも思っているの?補佐官だって内容を見ていただければ彼女の策がいかに無謀なのかわかります!見て下さい」
 紀香は机上のパソコンを指差す。
「補佐官、見ての通りです。局長の判断は常にこういった状態なんです」
 祐実が言った。

「今回のオペレーションリポートは統括参事官と私のところにも送られていたよ。所轄に周辺の包囲も依頼しているし、その場で取り押さえる相手グループは10人程度と該当者のあたりもつけているそうじゃないか」
「えっ・・・・・・・・」
「局長、私すべて送りましたよ。まさか全部見ずに却下するつもりだったんですかぁ?」
 祐実が不敵に笑う。
「謀ったわね、祐実!」
「局長、やめて下さい。根も葉もないことを・・・。補佐官、一事が万事こういった調子なんです。局長は全てのオペレーションに対して意見し、あまつさえ自分自ら指揮を執ろうとするんです」
「ゆみぃーっ!お前、そこまでして我を通したいのっ!なら、私も補佐官に聞いていただきたいことがあります。彼女の部下が『セルコン』に取り込まれている疑いがあります。しかも彼女はその部下の身柄を確保し手がかりを見つける為に取り調べをしている最中に、誤ってその部下に逃げられてしまっているんです。署内での発砲も確認されています。すべて彼女がやったことです。私は彼女の管理責任が問われる問題だと思っています!」
「それも聞いているよ」
 霧山は素っ気無くうなづいた。
「えっ・・・」
「君は本当に明智チーフからの報告を聞いていないのか?加納美香は明智チーフの命令で潜入捜査の任務を負っているそうじゃないか。
 君の言った『取り込まれた』というのは全て潜入捜査の一貫として加納隊員が文字どおり体を張って捜査していることだと聞いている」
「そ、そんな・・・・・」
「おかしいですね、局長。すべてご報告申し上げて、局長もご承知のことと思っていました。オペレーションリポートにもあらためて記しておきましたけどっ・・・・・フフ」

 よく見ると紀香の見ていたメールのその後に再送メールが来ていた、それも2分ほどまえに。
 祐実は紀香に最初のずさんな作戦書を見させている間に計略的に稲葉統括参事官や霧山補佐官に送っておいた本当のメールを時間差で作為的に紀香に送ったのだとわかった。
「補佐官!見て下さい!彼女は私を嵌める為に故意に2種類のレポートを・・・・」
「もういい・・・・・局長、君はどうやらチーム6に対して、というよりは明智祐実に対して私情を挟んでいるようだ」
「そんな・・・・・・・・・・・・・・・」
「稲葉統括参事官も危惧されている。それで私が統括参事官の命令で実状を把握しに来たのだよ」
「見てのとおりです、補佐官」
 祐実が勝ち誇って言った。
「統括参事官は短期間に目覚しい功績を残す明智君に大いに満足され期待されている。今後のLS(レディースワット)発展の為にも局長である君は私情を排して、より一層組織の円滑な運営に心配らなくてはならない。わかるね」
「・・・・・・・・・・・・・・は・い」
 紀香はうな垂れた。
「明智チーフ、オペレーションは統括参事官承認で決裁された。くれぐれも死傷者を出さぬよう留意してくれ。統括参事官も君の積極的な職務遂行については、それなりの理解を示しておられる。協力は惜しまん、これからも大いに頑張ってくれとのことだ」
「はい。光栄です」
「君の努力はいずれ目に見える形で報われることだろう。統括参事官もそこのところは十分考えておいでだ」
「えっ・・・・・ということは局ち・・・」
 祐実の言葉を霧山が遮る。
「今はまだ何も言えんよ。今回のオペレーション、頑張ってくれたまえ」
「はっ!」
 祐実は喜びを隠しきれず、微笑んで敬礼する。
「待って下さい、補佐官!」
「なんだね、伏見局長。この後におよんで君はまだ何か不満があるのかね」
「わたくしは、いまだ明智チーフのオペレーションを認めたわけではありません」
「口答えする気か、この私に。いい度胸だな、伏見!」
「い、いえ・・・・・・そういう事では・・・・・」
 霧山の威圧感に紀香は口篭もった。

「やめてよね、統括参事官のおスミつきが出たんだもん。あなたの・・・局長の承認なんて関係ないわ」
 祐実の勝ち誇った声に紀香は不満気に眉を寄せる。
「伏見局長、聞くだけは聞いてやる。言ってみろ」
「今回のオペレーション、その一部始終を客観的に報告するための報告監視官(レポーター)をつけて下さい」

「な、なにふざけたこと言ってんのよ!私がチームを裏切るとでも言うの!」
「理由を言いたまえ、局長」
「彼女の、そしてチーム6の、任務の遂行を客観的に判断したいだけです。そしてそれがあくまで客観的に評価されて、明智チーフが局長のポストに推されるというのであれば、私も素直に彼女を認めます」
「私情を挟んで来たことを反省して、彼女を認めるというのだな」
 霧山は困ったもんだという表情をしながら、大きなため息をひとつついた。
 紀香は祐実の脇目も振らずに霧山への進言を続けた。
「自分はまだ職務遂行の上で私情を挟んだとは思っておりません。でも、それも客観的にそうだと補佐官がここで先ほど判断なされました。なら彼女の評価も客観的であって欲しいのです」
 霧山はやれやれと呆れながら、厳しい中から柔和な表情を垣間見せた。
「局長、君も負けん気の強い頑固な娘だ・・・・・・・・・。まあ明智君を局長に推薦するにあたり客観的な評価も必要になるだろうから、いい機会だ、よしそうしよう。明智君いいかね、君を評価する考課資料として我々も是非ほしいところだ。承服してもらえるか?」
「は、はぁ・・・・・・」
 未だに祐実は納得しきれない様子だったが、昇進のための客観的評価ときいて反論ができなかった。
「伏見君、君もそれなら文句ないな」
「はい」
 節目がちに紀香はうなずいた。
「人選は局長、君に任せる。ただし、明智君にも、そして君にもつかない中立的な立場の人間を選出したまえ。下命は私がする」
「実はすでに決めています」
 紀香は霧山の提案を待っていたかのようにすぐに言葉を挟んだ。
「ほう・・・誰だね」
「チーム6副長、伊部奈津美です」
「な、なんですって!」
 今度は祐実が驚く。
「おぉ、あの伊部か」
「彼女ならチーム6の一員であり、チームの全員を熟知していますし、今までの経緯からもあくまで客観的にオペレーション遂行を報告してくれると思います」
「なるほど、適任だな」
 霧山も深くうなづいた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。彼女は前回のオペレーションで命令違反をしたので謹慎に・・・」
 祐実は是が非でも奈津美を監視官にするのには抵抗があった。
「ああ、君のオペレーションリポートにも動員対象にはなっていなかったな。なら、なおのこといいじゃないか。同じチームの一員なら間違っても悪くは言うまい。かつては君の上司だし、謹慎期間中なら原隊復帰はできんが監視監査の任務は可能だ」
「・・・・・・でも、命令に背くような者に報告監視官など・・・・・」

「君のリポートには伊部は事件解決を急ぐあまりの勇み足だったと書いてあったな。チーフとして私観を入れずに寛大に処置したと、局長より自分はその裁定面でも優れていると書いているじゃないか。あれはウソか」
「い、いえ・・そんな・・・・」
「私が人事裁定であなたに劣るですって?」
 紀香の怒りを祐実は無視した。

「それとも、局長直々にやってもらうか?」
 困った顔で霧山がきりだす。
「いえ、それは遠慮していただきます。伊部奈津美で・・・いいです」
「よろしい、君は素直だ。局長、申し出を認めよう。伊部を報告監視官に任命する」
 霧山はきっぱりと言い放った。
「ありがとうございます」
 紀香は目礼する。祐実は反抗的な視線で紀香を睨みつけていた。

【お台場パームタワー2207号室】

「キーっ!キーっ!キーーーーーーーーーーーーーー!」
「痛い痛いイタタタタタッタタタッタタタ!ちょっと、誰か、止めて、イタ!麻衣、美穂止めて!」
 いきなり嬌声をあげて瑠璃子に襲いかかってきた奈那を麻衣子と美穂で引き剥がすのは大変だった。
「あーっ、うぅー!ああああああああああああああああっ」
 抑えつけられて、なお奈那は言葉にならない声を発して暴れ出さんばかりに身をよじっている。まるで獣のような声を上げてバタバタと暴れまわった。
「イツツツッ。なんなのよ、コイツ」
 引っ掻かれた頬を手で撫でると鮮血が手のひらにつく。
「あーっ、ヒドイ!血が出るほど引っ掻いたー!ミミズ腫みたいになっちゃったじゃない!」
 慌てて近く似合った鏡に瑠璃子は顔を映した。
「痕が残ったらどうするの?チクショウ!」
 まるで発作のような奈那の豹変ぶりにに瑠璃子は戸惑った。
「いままでかからないヤツはいても、こんな変な反応するヤツなんていなかった」
 組み伏せられた奈那を見下ろす。頭の中で奈那を落とし込むまでの手順を再度確認する。ふっとある考えが瑠璃子の脳裏に浮かんだ。
「奈那・・・・・あんたまさか、すでに誰かに支配されてる?」
「ヴゥ゛~ヴゥゥゥゥ゛ゥゥゥ゛ウワゥーっ!」
「まぁ、なんてコト。コレはびっくり・・・・・・だよね。ふ~ん、このカンジ、間違いないわよね」

 奈那はただ瑠璃子を睨んでいる、まるでケモノのような仕草で。そんな奈那を興味深々で瑠璃子は覗き込んだ。
「ふん、間違いないね。絶対そうだ、面白いじゃない!そいつの呪縛解いてあげるよ。そして奈那はこれから新しいご主人さまのために働くの!」
「美穂、麻衣!奈那を失神させて。柔道みたいに締め上げられる」
 2人は従順に頷いて、奈那の首を締め上げるように簡単に奈那を落してみせた。
「うっ・・・ううう・・・」
 奈那を組み伏せた2人の間で奈那はあっという間に失神した。
「さっすが!プロはちがうね。奈那をベットに運んで、服を脱がせて。そしたらお前達も裸になるの。美穂も麻衣もレズになるの。奈那を愛して愛してしかたないレズになるの。奈那を見ていると2人とも奈那を可愛がっていじりたくってたまらない。ずっとずっとカンジさせてあげたい。もう奈那しか目に入らない」
 2人の息が荒くなる。あっという間に奈那の隊服を脱がすと自分達もすぐさま全裸になった。
「ふふふ、いいよ。奈那を感じさせるのよ、暴れても抑えつけなさい」
 まるで蛇のように2人は奈那に絡み始まる。
「ん・・・・あっ・・・・・・・」
 意識のないはずの奈那から悩ましげな声が漏れ始めるまでさほど時間はかからなかった。
「フフフ、私の催眠がかからなかったわけじゃないもんね。奈那、感じなさい。自分のことしか考えられなくなったっとき、あなたを私が救ってあげる。かわいそうな奈那、あなたは本当の自分にもどることなく私のものになるのよ」
 3人を見下ろしながら瑠璃子は微笑んだ。
「どんな手を使って自我を絡め取られていたって、肉体を襲う快感を長時間継続的に与え続けてあなたが耐え切れず達した時、被暗示性は極限まで高められ全ての戒めから解き放たれる。私に人を操るテクニックを教えてくれた先生がそう言ってた。だから深い暗示は肉体と精神の快感が昂まった時が最も効果的だとね」

【LS統括部 局長室】

「補佐官、それでは失礼します」
 祐実は敬礼する。
「いい結果を期待しているよ、明智チーフ」
「勿論です。その際には統括参事官にも直接ご報告にあがりたいのですが・・・・・」
「あぁ、言っておくよ。統括参事官には来週の早いうちには予定を空けていただこうかな。きっとお喜びになる、君はまさしく期待の星だからな」
「ありがとうございます!」
 再度敬礼して局長室を去ろうとドアへと向き直る。去り際に紀香の横でふと足を止めた。
「この部屋の私物まとめといてね。局長の椅子の座り心地、忘れない様にしっかり座っておけば?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 紀香は無言のまま睨み返す。息荒く鼻で息をした。
「じゃあね、フフフ」
 笑いながら祐実は去っていった。

 部屋は補佐官と紀香の2人だけになる。
 補佐官は外の景色を眺めながらタバコに火をつけた。
「なにかモノ言いたそうな雰囲気だな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 うっすらとガラス越しに写った紀香の睨むような不満げな眼差しを霧山は見逃さなかった。
「許可してやる、言ってみろ」
 霧山の言葉に紀香はすぐに口を開いた。
「あんなコの言うことばかり、なぜ全部信じるんですか?」
「不服か?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「構わん、言え」
「不服です」
「だから、お前の言い分も聞いただろう。伊部を報告監視につけてやった、それで何が不服だ」
「統括参事官も補佐官も、あのコを買いかぶり過ぎです!」
「妬いているのかね?」
「い、いいえ」
「統括参事官は特にあの跳ねっ返りのじゃじゃ馬がお気に入りだよ。わたしが遣わされて来たのも統括参事官のご命令だ」
「・・・・・・・・」
「心配するな。指示は追って出す、いいな。無用なことは考えるな、命令だ」
「・・・・はい」
 霧山は部屋をあとにする。紀香の不機嫌そうな表情は晴れなかった。

【PD チーム6 スタッフルーム】

 チーフの明智祐実から出る言葉に全員が集中していた。
 祐実が持つ受話器の先の相手はメディカルサイエンスセンターからだった。
 首都高速で瞳と弘美の乗るパトが中央分離帯を越えて対向車線で転覆した事故の連絡だった。
「はい・・・・わかりました」
 祐実は受話器を置いた。

「生命に別状はないということよ。筒見、あなたのお姉さんから」
「よかったぁ~」
 誰とはなしに安堵の声が漏れた。
「意識はいまのところ戻っていない。瞳は肋骨にヒビ、弘美は左腕打撲だけど、容体の急変を心配して明日まではナースルーム隣接の治療室だそうよ」

「事故の一報は高速警らからでした。チーフが局長とお話をされている時です」
 樹里が受けた電話の内容を報告する。
「現在も事故車輌を検証していますがハンドル操作を誤った自損事故との見方です。他車輌による誘発事故でもないようです。現場が渋滞監視の道路カメラの視野内でおきたので映像が送られてきました」
 モニターに映る事故の瞬間は生々しかった。
「車内でなにかあったとか?」
「そこまでは拡大してもわからないそうです」
「狙撃の可能性は?」
「今事故車の検証をその線でお願いしてますが、弾痕や実弾などは発見されたません」
「なんで自爆なんか・・・・・・・・」
 樹里が言い終わらぬうちに祐実が奈那に視線を移す。
 すでにスタッフルームには2人を除く全員が帰還命令を受けて戻って来ていた。
「奈那、美香の足取りは?」
「すいません。掴めないうちに戻りました」
 祐実の問いに奈那は従順に答える。
「西野聡子と男の事情聴取は?」
「身元を確認したのみです、新たな事実は何も・・・・・」
「涼子、五十嵐晴香のその後の調査は?」
「いえ、昼間の連絡以後は進展なしです」

 ふうっと祐実は深くため息を吐いた。
「明日、午後のスタッフミーティングで今後のオペレーションスケジュールを立てる。それまでに全員今日までの捜査情報を各自まとめてオペレーションシステムに入力しておくこと。美香の捜索は所轄へ移す。我々は『セルコン』の検挙のみに的を絞る、今日は解散」
「沢村、那智の2人の様子を見に行かなくていいんですか?」
 麻衣子が冷静に言った。
「行っても今日は会えやしないわ。明日、報告監視官を行かせる」
「報告監視官って・・・我々に監視監察がつくんですか?」
 樹里が驚いて言った。

「今回は大きな事件になると上層部も認識している。しかも美香や西野といった警察内部の人間が事件に深く取り込まれている。今回は全員の行動を監視するそうよ、局長の・・・人を信じない呆れ返る見事な采配だわ」
「ひどい・・・・・なんてこと。局長まで私たちを・・・・・」
 雪乃は言葉が出ない。
「チーフ、誰なんです?いつから来るんですか?」
 小雪が興味ありげに祐実に聞く。
「明日からよ。報告監視官は局長ご指名で伊部副長に決まったわ」
「えっ・・・・・・・・・・・・」
 全員が驚いたように表情を強張らせたがそれも一瞬の間だった。
「どうしたの?」
「いえ・・・・・別に」
 メンバーの表情が和らいでいる。祐実にはそれが良く分かった。許せない反応だった。

「話は・・・・以上よ。当直残して今日はあがりなさい」
 全員が立ち上がって敬礼する。祐実はそのまま部屋を出てチーフ室へと向かう。
「局長、さすが!きっと謹慎中の奈津美先輩を気遣って監視官と言いながらきっと私たちと行動が共に取れるようにしてくれたのよ!」
 樹里の声が嬉々としていた。
「よかったぁ・・・大きなオペレーションで頼りになるのは副長ですよね」
 涼子の声が喜びに溢れている。
 今までの張り詰めた緊張感から急に和やかなムードが部屋に漂った。

 祐実はスタッフルームの様子をチーフ室からインターフォンをマイク代わりに窺っていた。
「ふん、そういうこと・・・・・。馬鹿局長がなぜ奈津美をわざわざ選んだかよくわかったわ。樹里も園美も小雪も美穂も麻衣子も全員ただじゃおかない。明日、奈津美を病院に行かせている間にあなたたち全員LD(洗脳薬:レディードール)のごちそうをしてあげるわ。1人残らず私の人形にしてやる!」
 祐実は不敵に笑った。

< To Be Continued. >

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