《前回までのあらすじ》
女性が巻き込まれる凶悪犯罪専門組織として結成された警察機構『レディースワット』。チーム6はその中でも「売春・人身売買」を中心に活動するチーム。
いよいよ組織売春のシンジケート『セルコン』主催の人身売買オークション『BLACK X’mas』への奇襲捜査を当夜に控えたレディースワット チーム6。行動開始までは12時間をきっていた。チームの作戦監査役である伊部奈津美は特務局石原からの動員要請を受けて『セルコン』との関連が取りざたされるお台場の世界のネコ鑑賞喫茶『にゃんにゃんハウス』へ2時間の限定付で帯同する。
一方、この作戦を足がかりにさらに昇進を狙うチーフの明智祐実は洗脳薬『LD(レディードール)』の成分表を科警研研究員藍本を使って手に入れる。過去の忌まわしい治験で薬物耐性を得ていた松永奈那は洗脳薬LDの呪縛から自我を回復し伊部奈津美の配下に入る。作戦進行まで時間は刻一刻と迫る・・・・・。
明智 祐実 :【チーム6 チーフ】メンバーとして配属後、短期間に多くの功績を挙げチーム内では年少ながらチーフに抜擢された。上昇志向が強く、自らの階級をあげるためには手段を選ばず、メンバーを駒としてしか見ない非情な面がある。研究所から手に入れた洗脳薬LDを隠し持ち、メンバーの隷属化を企てている。前チーフの伊部奈津美との確執がありチーム内では孤立。
伊部 奈津美:もとはチーム6のチーフ。過去の事件の失態から降格。メンバーからの信頼は厚く、非常時にも冷静な優れた指導力をもつ。特務局・石原の要請で売春組織「セルコン」に関係する「にゃんにゃんハウス」に赴く。
松永 奈那 :【レディースワット チーム6】過去の事件で殉職した長峰江梨子とともに伊部奈津美と同期。祐実の洗脳薬の罠にかかり(1st-day)祐実の命令を忠実に守る人形だったが、薬物治験『L-2プロジェクト』の被験者になった折に偶然得た特異な免疫から祐実の洗脳を脱した(5th-day)。
不破 美穂 :【レディースワット チーム6】奈那の後輩、チーム内では経験のある中堅。捜査中に訪問した学生寮で陣内瑠璃子の力によって同僚・沢村弘美と共に堕とされ下僕化(2nd-day)している。
石原・加藤 :【特務局捜査員】本庁特務局からチーム6の監視役として派遣されている。立場上制約を受けながらも、明智祐実・伊部奈津美には協力的。『にゃんにゃんハウス』の潜入捜査に伊部奈津美と偽名「石山」「川崎」「阿部」で来店。
**********5th-day Vol.4**********
【 レディースワット拠点 PD(パドック) 】
強行捜査用の防刃プロテクターのついたレザー仕様のスワットユニフォーム、そのロングパンツに奈那は足を通した。
体にぴったりとなじむように3~4回屈伸運動をして膝と腿周りにフィットさせる。
決して美観などといったものになど配慮されていない黒を基調としたこのユニフォームはかえってシンプルで機能性に優れ、むしろ機能美といった印象を与える。
捜査前の緊張感を自分自身が感じ取れることに奈那は喜びを感じていた。
祐実の呪縛からの生還、それが何ものにもかえ難かった。
(奈津美さんと力をあわせて、みんなを助ける。祐実の行ってきた許し難い行為を組織内に晒すんだ!私はやるっ!)
鏡の前の自分の引き締まった表情に自らも頷いて見せた。
上半身のボディーラインをくっきりと映し出したレオタード状の特殊アンダーウエアの上からスワットチーム共通のチームウォッチをつける。
これにユニフォームのレザーの上着を着ればいつだって飛び出していける。
その時だった。ドアのノック音と共に美穂がドア越しに話しかけてきた。
思わず緊張で体を強張らせ返事すらするのをためらってしまう。
「奈那、チーフがお呼びよっ。私と来て!」
美穂の言葉を聞いて奈那に別の意味の緊張が走った。
(美穂は先輩である私のことを『奈那』なんて普段は呼び捨てにしたりしない・・・)
洗脳中の記憶すら断片的で整理のできていない今の奈那にとって、奈津美以外は依然として祐実の人形となっているのか判別ができない。
自分が洗脳薬LDの呪縛から解かれ祐実の支配から脱却していることを誰にも気づかれてはならない。
奈津美の言葉を思い出しながら、極力、感情を表に出さぬよう注意してドアを開けると、そこにはすでに自分と同じユニフォーム姿の美穂が立っていた。
「さあ、私と一緒に来て」
「・・・」
奈那は無言のまま頷いて美穂の後をチーフ室に向かって歩き出した。
【 お台場 DEX 『にゃんにゃんハウス(裏店)』 】
まるでファッションショーでもするかのように中央に花道のある舞台。
そこから枝葉のようにいくつも延びた先にある円形のステージ、それを取り囲むようにすわり心地のいいソファがある。
外国映画などでよく見る女性ダンサーが全裸で踊るショーパブをイメージさせるつくりの店内。うす暗がりの照明、客同士別のボックスに目を凝らしても顔がわからない。
そのくせステージや花道は煌々と照明が照らされていた。
『あの花道を通ってネコちゃんたちがやってくるのさ』
奈津美たち3人の後ろのボックス席の男が連れの男に説明するのが聞こえた。
「完全入れ替え制、1ピリオドが75分。大丈夫、開始時刻までには社に帰れるから『夜の接待』には十分間に合う」
言葉を選びながら石原が奈津美に言った。
「あと、あれが何のためにあるか考えてみ。答えは75分後」
石原はそういうと店内の一角を指差した。
視線を投げると壁一面液晶がいくつもはめ込まれ、表の「にゃんにゃんハウス」の映像が映し出されている。
アメリカンショートヘア、スコティッシュフォールド 、チンチラ、アビニシアンなどの猫たちと、それを愛くるしそうに眺めて微笑んでいる客の姿。
画像に目をやりながら奈津美はふと考える。客足は悪くない、石原がお台場で有名な店だというのも頷ける。
ただ気に入らないのがこの店が裏の顔をもち、しかも『セルコン』の息のかかった店だということだ。
表の客席が女性たちでほぼ大半を占めて人気を得ているのに、この裏フロアで女性客といえばおそらく男装で女を隠している奈津美しかいないだろう。
これから何が起こるのか、それをしっかり見ておかなくてはならないと奈津美は思った。何があっても・・・・。
奈津美たちのチームは新宿や渋谷などを中心に捜査を地道に続け、売人「グスタボ」を追うに至った。
それはそれで組織として『セルコン』に真正面から対峙して壊滅させる正攻法には違いない。
ただ石原たち特務局はまったく別の視点から『セルコン』の情報を掴み、いま、まさにその手がかりを確実なものにしようと捜査を進めている。
奈津美はその特務局の力量に驚かされるばかりだった。
石原はそれを奈津美に動員要請という形で情報共有しようとしている。
決して巨大な警察組織の中で白眼視されるばかりのセクトではないと思う。
今までレディースワットは上層部から腫れ物扱いされ、嫌がらせのために特務局のお目付けがつけられたと思い込んでいたが、むしろ特務局はレディースワットの保護・補佐的任務を負わされているのではと奈津美は考えるようになっていた。
一瞬周囲の照明が落とされメインステージにスポットライトがあてられるとそこにチャイナドレスの壮麗な女性が現れていた。
「みなさま、本日も当にゃんにゃんハウスにご来店賜り誠にありがとうございます。主の『ジュン』です」
ジュンと呼ばれた女の会釈の後に起こる拍手。
「今日の開店早々の第1ピリオドには4名の新規会員様と、会員ご紹介者様7名のご新規様がお見えです。存分に当店をご堪能ください」
「阿部ちゃん、お前、いま話に出た『会員ご紹介者様』のひとり」
指差して石原がニヤついた。
「か、会員って・・・だ、誰なんです会員」
「勿論、オレ。そして勿論、会社の経費(捜査費)」
加藤が石原の言葉に噴き出した。
「これも、仕事。仕事だ、阿部。社会勉強だと思って接待の現場と言うものを学ぶんだな・・・イテっ」
加藤の悪乗りの言葉に奈津美はテーブルの下から加藤の脛を蹴り上げた。
「今日は皆様、ラッキーですわ。本日は『テイクアウト』のご注文が1件入っております」
ジュンがそういうと一瞬にして会場が沸き立った。
「テイクアウトの用意はもう間もなく。現在スタッフが準備中です。それまで皆様、当店自慢の可愛い仔猫たちに触れ、存分にお戯れ下さい」
ジュンはそういって舞台のそでに手を差し出す仕草を見せて仔猫たちの登場を促した。
「それでは楽しい時間を・・・・」
【 レディースワット拠点 PD(パドック) チーム6 チーフ室 】
祐実の前に立った奈那は自分の感情が表に出るのを必死にこらえ無表情を装った、隣に立つ美穂のように。
祐実はそんな2人の様子をうかがうとデスクの引き出しから錠剤のタブレットを出した。
「わかってるわね。今日の作戦開始までにチームの全員、私の下僕にしておく必要がある」
「はい」
隣で美穂は無表情で頷いた。
「時間はまだ十分にある。一度に集めて全員を堕とす必要はない。少人数、1人ずつならリスクも少ないでしょう」
「その通りです、祐実様。私は祐実様のご命令を実行します」
美穂は微動だにせず無表情のまま祐実の命令を承服する。
(美穂も・・・・美穂もやっぱり祐実の手に落ちている・・・)
奈那は心の中の動揺を隠せない。
表情だけは必死に無表情を装う。
美穂はデスクに歩み寄りタブレットを取ろうとすると祐実はそれを引き止めた。
「奈那、来て」
「・・・・はい」
奈那の心臓の鼓動が高鳴る。
(ダメ、悟られちゃ絶対ダメ。平静を、無表情を装わなくちゃ・・・・)
「あなたが主になってやるのよ。美穂はサポート」
「・・・はい」
(そ、そんな・・・・まだ祐実の手中に堕ちてない仲間を、わたしが・・・・)
祐実の鋭い視線は奈那の表情の微妙な変化も見逃すまいとしている。
それが奈那を余計緊張させた。
「私はこれから今夜のために補佐官室でのブリーフィングに参加する。あとは任せるわ、いい?」
「・・・・・はい」
「奈那、まさか躊躇ったりしないでしょうね、フフフ」
祐実は含み笑いを浮かべる。
「・・・はい。祐実様のご命令のままに」
美穂の言葉を繰り返すように奈那は無表情を装って、その言葉を真似た。
(いけない。見透かされてはすべてが台無しになる。それどころか私自身がまた薬で操られる危険だってあるって言うのに・・・)
「奈那、美穂。私ね、作戦前の極度の緊張を強いられるときって、結構、性的に興奮するの、ウフフフ」
意味深な言葉を吐きながら含み笑いを浮かべる祐実の両目は笑っていない。
「せっかく2人ともユニフォームになってるんだし、刺激的なレズショーでも見せてもらおうかな」
そう言って祐実はデスクの上に足を投げ出して両手を臍の上辺りで合わせてふてぶてしくニヤついている。
「上半身をはだけて刺激的なキスと愛撫を見せてもらおうかな。勿論、2人ともマジで濃厚なヤツ」
(そ、そんな・・・このコ一体何様のつもり!)
「祐実さまのご命令のままに」
何の躊躇いもなく美穂は一度傅いたあと隣の奈那に歩み寄る。
眼は濡れて頬は火照り赤みのさした「オンナ」の表情に瞬間的に豹変していた。
「奈那さん・・・・しよ」
首に美穂の腕が巻きつく。
(えっ・・・美穂が私を『さん』づけで呼んでる・・・普段の美穂だ・・)
奈那は美穂を拒むわけにはいかない。
奈那も美穂の腰を抱いた。
唇が近づいてくる。
奈那は我慢できずに目を閉じる。
美穂の舌が奈那の唇を這うように舐めた後、ゆっくりと口に侵入してきた。
「ん・・・・・・・」
奈那は思わず声を漏らした。
美穂の手が奈那の首から離れて、ゆっくりと奈那の胸にまとわりつくように触れてきた。
レオタード状の特殊アンダーウエアの上からでも美穂の手から生み出される刺激に奈那は感じずにはいられない。
上着はまだ着ていなかった。
「あっ・・・・・・」
(ダメ・・・声が、声出ちゃう・・・なんで、い、イヤなのに・・・なんでこんなに感じやすくなってるの・・・)
奈那は美穂の手からもたらされる刺激を拒むどころか無抵抗に受け入れている自分に困惑を隠せなかった。
「感じて・・・感じて、奈那さぁん・・・」
「あん・・・み、みほ・・・」
奈那も美穂のユニフォームの股ジッパーに手を入れて指を彼女の合わせ目に這わす。
美穂の合わせ目はすでにパックリと口を開いて濡れそぼっていた。
「さわって、な、奈那さん。美穂の、美穂のそこ、もっと、もっと、奥までぇ・・・・ふぅ~ん」
「かわいいよ、・・み・・ほ」
(ちがう、私ったら、ど、どうして。ち、違う、祐実の目を欺くためよ、そう、そうに決まってる。私は、私は・・・・・)
美穂の指が奈那の仕草を真似て奈那の奥に侵入する。
「あ、だ、だめ・・・・」
「フフフフフ、でも奈那さんもビチョビチョ、溢れきってるヨ」
美穂はイタズラっぽく笑って糸を引く2本の指を奈那の前でくっつけたり離したりしてみせる。
「イヤ。言わないで・・・・・・もっと、もっと・・感じさせて」
自分では否定しきれない奈那の本心だった。
美穂の頭越しにデスクにふんぞり返ってこの狂態を見ている祐実と視線が一瞬合う。
祐実の冷たい視線は2人のレズ行為を楽しんいるようには見えない。
(祐実は私たちを試してる・・・・疑ってるのか・・・・)
体は美穂の愛撫で火照りきっているのに背中に冷たいものが走る。
エロチックな感情に完全支配されそうになっていた自分にふっと正気が戻った瞬間だった。
その時、祐実がデスク上に投げ出していた足を床に戻して立ち上がった。
「もういいわ。行きなさい、あなた達。命令を遂行するのよ。その時に好きなだけ遊べばいいわ」
ゆっくりと美穂が奈那から離れる。
(どうやら奈那への薬効はまだ残っているようだ。それなら今のうちにこの2人にも服用させて完全に堕としておく方がいい。錠剤も見つかったし、成分表も手に入れたし)
祐実は含み笑いを浮かべて2人を見た。
「『なにごとも私の指示は最優先。すべてにおいて私の言葉は絶対。私のために尽くしなさい。私の命令に従うことにこそ至福感を感じる』これを全員に刷り込んでおきなさい」
「はい」
「はい・・・・」
(くっ・・祐実のヤツ!許さない!許すもんか)
「それから、あなたたち2人はチームの全員を掌握した後、お互いに薬を飲み再度暗示を刷り込みなさい」
(えっ・・・・)
奈那は驚愕を隠すのに精一杯だった。
「奈那、まずはあなたから薬を飲むの。そして美穂、あなたが奈那に暗示を与えなさい。他の隊員たちと同じでいいわ」
(今やると2人の覚醒までのロスタイムが惜しい。すべての命令後にする方が得策ね)
祐実は自分自身でうなずいた。
(まだ私の手の内にある操り人形の状態なら何の疑問もなく承諾するはず・・・・)
半ば試すような視線で祐実は奈那と美穂の表情をうかがった。
「かしこまりました、祐実さま。すべての隊員を祐実様の支配下に承服した後、私たちも薬を服用します。まずは奈那さんから・・」
美穂は無表情のまま復唱した。
(フフフフ、美穂はまだ飲ませたばかりだし薬効が安定してる。裏切るはずのない人形だわ)
「奈那。あなたもいいわね、最後の薬を美穂に服用させて私への服従暗示を刷り込みなさい」
「はい。祐実さま、仰せの通りに」
「薬の薬効の安定程度からしてお前たちが服用するのは午後4時までに。ということはそれまでに全員を堕とすことが至上命令となる、いい!?」
「はい」
「はい」
奈那も美穂も無表情のまま頷いた。
(奈那も大丈夫のようね。特に表情に動じた様子はないようだわ)
奈那と美穂の返事を確認だけすると祐実はチーフ室を出る支度をはじめた。
(どうしよう・・・どうしよう。私1人なら誤魔化せるけど美穂がついてちゃ薬を飲ませないわけにも、自分が飲まないわけにもいかなくなる。奈津美さんに連絡を取って何とかしなきゃ・・・・)
奈那は心の中の焦りと動揺を抑えきれなくなっていた。
(いっそ、今、祐実を・・・・)
究極の選択肢が奈那の脳裏をよぎる。
右腿にはすでに実戦配備で許可されたソルジャーナイフがある。
(今なら・・・油断している今なら、祐実と刺し違えてでも・・・・)
奈那の決断はゆるぎなかった。
奈那の右手がゆっくりとナイフのグリップ目がけて這う。
(美穂に邪魔されないうちに、一瞬で一気に、カタをつける!元凶の祐実さえ倒せば悪夢は避けられる。服従者だって命令者がいなければ動かない!)
そう思うと自然と右手にもしっかりとした力がみなぎってきた。
(やる!私がやるしかない!できる、私ならできる。たとえ私がどうなっても・・・)
右手の人差し指がグリップに触れた瞬間、その指を美穂の指に絡め獲られた。
(えっ・・・)
ドキッとして美穂に目を向ける。
美穂は淫欲に潤んだような目をしながら奈那を見つめる。
ゆっくりと首を左右に振った。
(ま、まさか。気づかれた・・・・でもそれならどうして祐実に知らせない)
その一瞬で機を逸した。
祐実は二人に気をとられることもなくさっさと部屋を出て行った。
「奈那。行きましょう、私達も」
美穂は奈那の手を離すと出口へと歩き出した。
【 お台場 DEX 『にゃんにゃんハウス(裏店)』 客席 】
「にゃんっ!にゃぉっ、ふ、ふ~ん」
「ニャ、フー・・ウニャ」
目の前でおどけるネコ達に石原と加藤はおもちゃのネコじゃらしとネズミのぬいぐるみをちらつかせて遊んでいた。
「ホラっ、おっ、うまいぞ!うまい、うまい。上手なネコたんでちゅねー」
「先輩、こっちのコの方がかわいいっすよ。耳なんかピンと立っちゃって」
2匹のネコは人なつっこっく石原と加藤にじゃれあってくる。
ネコ達は嬉しそうにテーブルの上でおもちゃを追いかけてゴロゴロ転げまわっている。
表情は可愛げで石原も加藤も今まで見たこともないデレデレとした表情に、奈津美はあらためて哀れむような表情を見せた。
「ここのネコちゃんたちってホント、いつ来てもどれも可愛くって目移りしちまいますね、石山先輩!」
「川崎ぃ、能書きゃいいから楽しもうぜ、なぁ、阿部ちゃんもっ!」
奈津美は無言のまま苦々しく睨みつけるが二人は演技か本気か一向に気にする気配はなく仔猫とじゃれあっている。
(なにが『ネコは好き?』よ、この店でたら2人ともぶん殴ってやる!鼻の下伸ばしやがって!)
奈津美にあてがわれたテーブルの上の3匹目の仔猫は何も構ってやらない奈津美の前でつまらなそうにうずくまっている。
「ちょっと、先輩、石山先輩!川崎先輩ったら!」
ともすると怒りから本名で呼びそうになるところを慌てて抑え、2人を睨みつける奈津美は思わず声のトーンが一段上がってしまった。
鼻の下を伸ばしきってだらしなく遊びに興じている二人の表情が固くなる。
「あ、あ、阿部ぇ~、何やってんだよ、お前も楽しめよぉ。高けぇんだぞ、ココ」
石原の目尻の脇に冷や汗が流れている。
2人の表情は、奈津美の不審な態度から店側に正体がばれやしないかとヒヤヒヤしているのが見て取れる。
「そうだよ、今日は石山先輩がせっかく奢ってくれるってんだからゴチになろうぜ、阿部ちゃん」
緩みきった加藤の表情はどこか懇願にも似た雰囲気が漂ってくる。
必死にウインクを投げる石原からは「伊部ちゃん、頼むよ、こらえてくれよ」と言ってるのが伝わってきそうだった。
2人を焦らすほど自分が周りから浮いてしまっているのかと奈津美は慌てて表情を隠すように努める。
「す、すいません。お、オレこういうの初めてで慣れてなくって」
気の進まないまま奈津美は手に取ったキャットボールを転がすと、つまらなそうにしていたネコがまるでスイッチが入ったように嬉しそうにボールにじゃれ始める。
苦痛以外の何ものでもない、仕事と思わねばこの3匹のネコの相手など出来なかった。
「クク、『慣れてない』っての・・・・まさしく本音だね、阿部ちゃん」
石原が苦笑するその右頬に別のキャットボールをぶつける。
「痛っ!いってぇな!阿部!」
思わず大声を出した石原に真っ赤なチャイナドレスを着た妖艶な女が近寄ってきた。3人に緊張が走る。
(ちぃっ!まずいな・・・)
石原と加藤の表情が一瞬曇る。
チャイナドレスのスリットからこぼれる太腿に2人は思わず見惚れているのが、さらに奈津美を不快にさせた。
「支配人のジュンと申します。お客様、お静かにお楽しみください。ほかのお客様にご迷惑な大声は差し控えていただくように」
「す、すみません」
奈津美は危機回避のためにとにかく神妙な態度をとらざるをえない。
怒りを押し殺して恐縮しきりの態度を装った。
「なによりも、ネコちゃんたちが怖がってしまいますでしょう?今だけは一時の飼い主として可愛がってください。お時間が来るまではあなたが飼い主様なのですから」
チャイナドレスのジュンは諭すような優しい口調で奈津美に語りかけた。
「向こうのネコの方がオレ好みだったから・・・・」
苦し紛れに石原の方のネコを見ながら奈津美は支配人のジュンとは目をあわさぬようにした。
緊張のあまりに声が震えていないかどうか自信がなかったが、ジュンは気に留めた様子もなく奈津美に微笑んだ。
「そういうことでしたら、是非我われ店員にお声をおかけください。我われがお客様の好みに合うネコちゃんをお世話いたします。今日、ゲストとして初めての方のようですから石山様、お譲り頂いてよろしいですわね」
「ちぇっ、後輩のくせに。阿部!わがままなやつだなぁ」
芝居なのか本心なのか石原は口惜しそうに舌打ちをして悔しがっている。
「ネロちゃん、こっちのお客様と遊びなさい。ジェシカちゃんはこっち」
「ニャン!」
「ニャ、ニャン」
ジュンの声に2匹の仔猫は聞き分けよく石原と奈津美の間を入れ替わる。
加藤は意にも介さず自分の前のネコにネズミのぬいぐるみを這わせて楽しんでいる。
「どうぞ、ごゆっくりなさっていってください。間もなく『ファンタジータイム』の時間ですから、今日のネコちゃんとじっくりスキンシップが楽しめますわ。それに『テイクアウト』もご観覧いただければお客様もきっとこの『にゃんにゃんハウス』気に入っていただけるものと自負しております」
「ど、どうも」
奈津美は『ファンタジータイム』と『テイクアウト』を想像して思わず口ごもってしまう。
テーブルの下に隠した左手の握りこぶしを思い切り握り締めた。
3人が座るボックス席のテーブルは、他のボックスと同様、普通の喫茶店などとは比べ物にならないくらい広い。
ネコを乗せて鑑賞するためのつくりからなのだろう。
ジュンは目ざとく奈津美の握り締めた拳を解きほぐすように手を合わせるともう一方の手で奈津美の肩を揉む。
チャイナドレスでくっきりとしたシルエットのふくよかな胸が奈津美の腕から胸に当たってくる。
目の前にジュンの顔が迫っていた。
「フフフ、お客様。そう固くならずに。ウチのネコは躾がしっかりと行き届いていますから粗相なことはありません」
「そ、そうなん?・・・」
奈津美は思わず言葉遣いがおかしくなっていた。
「えぇ、たとえお客様がこのお店が初めてでいらしても・・・ね。ネコには発情期があるんですのよ、自分を可愛がってほしい猫達は手取り足取りリードしてくれますわ」
「・・・・は、はぁ」
「ネロちゃん。ご主人様におねだりの『ペロリ』」
「ニャぁーん」
ネロというネコに頬を舐め上げられて奈津美は一瞬体を固くした。
「昼のファンタジータイムはソフトコミュニケーションのみですから、お客様たちも、もっとネコちゃんたちとより深くじゃれ合いたいのなら、ナイトタイムでのお越しをお待ちしておりますわ、ウフフ」
ネロはさらに奈津美に這い寄るとその右頬をペロペロっと舐めあげた。
舐めあげる舌はゆっくりとそして確実に奈津美の口元に近づいて、口の中に侵入してきた。
妖艶な意味ありげな笑みを女主人が浮かべる。
「チェっ、夜は高すぎてこれやしないよ」
「お客様は楽しい夢にそんな安っぽいお値段をおつけになるんですの?値段に十分見合うコミュニケーションが仔猫たちと取れることは私が保証します」
「はーい、お金貯めてきマース」
石原が芝居っ気たっぷりに手を上げた。
「是非、一線を越えたひとときを、お過ごしになれるお客様にいずれなられますように。ウフフ、135号様にはそろそろ『テイクアウト』か『シーズンイベントパーティ』のご利用もお願いしたいところですのに」
「135号?シーズンイベントパーティー?」
奈津美はジュンからの回答を誘導するかのように単語を並べる。
「オレ、オレ、135号。ここではみな店とのやり取りは会員カードの番号で呼ぶ。オレは会員ナンバー135号」
石原が言った。
「『シーズンイベントパーティー』は当店利用の頻度が高いお客様にご紹介する『ステップアッププラン』です。ココよりは格段にご満足いただけるプライベート性の高い会員様達で構成された「セルフコントロール」と呼ばれている会でハイクオリティな方々の社交場となっておりますの」
「セルフ・・・・コントロール・・・?」
奈津美の言葉にジュンはさらに言葉を続けた。
「みなさんは『セルコン』と呼んでいらっしゃいますわ。文字通り分別をお持ちになり自己抑制のしっかりできる大人の方のみに入会の許された、我われが皆様の夢の実現をプロデュースさせていただく魅惑の会ですの。今夜はちょうどクリスマスパーティーが催されます。いかがです?135号様、今ご入会希望されれば、次回の『SNOW-FESTA』からご参加できますわ」
『セルコン』の言葉が出たことで奈津美たち3人に緊張が走る。
紛れもない『セルコン』の手がかりを見つけた瞬間だった。
「ど、どうせ高いくせに・・・」
緊張感から、どもりつつ石原が話をつなげる。
「ウフフ、勿論。200万の入会審査料を頂きます。その後の入会資格審査にパスしなければ会への入会はできません」
「ちょ、ちょっと待ってよ。審査に落ちたら?」
「お金は勿論審査料ですから私どもの手数料として審査結果の如何に関わらず会へ頂くことになります。パスされたお客様には入会金としてさらに300万ほどの即納金が必要です」
「無理!無理・無理・無理」
「残念ですわ。今回はご縁がなかったということで」
「今回も次回も未来もあるもんか。オレはここで十分」
「『分をわきまえる』・・・それこそ『セルコン』の資質の最たるもの。残念ですわ、審査には合格なさるかもしれないのに」
石原はシッシとジュンを追い払うような素振りをおどけて見せた。
ジュンも微笑んだ後、軽い会釈をする。
「それでは、どうぞ、お楽しみくださいませ。『ファンタジータイム』の時にはネコちゃんたちとの楽しい『会話』も楽しんでくださいね」
ジュンが再び軽い会釈を3人にして去っていく。
石原と加藤に安堵のため息が漏れる。
奈津美だけは表情険しくジュンの後姿を見送った。
「阿部ちゃん・・」
「なんスか?」
石原の言葉に奈津美は不機嫌な表情を隠さないまま応える。
「いいかい。これから何があっても取り乱すなよ」
石原の表情は真剣だがネコと遊ぶ手は休めない。
「取り乱すって・・・それ、先輩方の方じゃないっすか?これ以上、度が過ぎるようならオレ、あとでお2人をボコりそうなんっスよ」
そのセリフに加藤は猫じゃらしを持ったまま体を硬直させた。
「お前だって『ネロ』とじゃれて新しい世界が開けたろ、バレたら同罪だ」
「にゃお~ん」
ネロは自分の名が呼ばれたことで気をよくして奈津美を抱え込むようにして奈津美の耳の穴の周りをペロペロと舐め回す。
「や、やめろ。こ、こら、くすぐったいんだよ!」
奈津美は半ば怒りをあらわにネロを遠ざける。
『ネロ』は間違いなく、あの熊田巡査だった。
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