清昴女学院物語 三“射”面談(前編)

三“射”面談(前編)

「ねえ、お母さん」

 食後の洗い物の手を止めて振り返ると、娘の理恵子が何かのプリントと、見慣れないデジタルカメラを手にして立っていた。
 風呂上がりの理恵子は、既に寝間着に着替えていた。娘の通う清昴女学院は歴史と伝統のある風紀の厳しい学校で、校内だけでなく私生活の範囲まで数々の校則が設けられている。
 その校則に従い、いま理恵子は、透明度の極めて高いネグリジェの下に、胸を覆い隠すのではなく持ち上げることにしか役立っていない、胸元が大きく開かれて乳頭が丸出しになっているブラジャーと、股間に大胆な切れ込みが入り、まるで紐のように生地の少ないショーツを身につけていた。『室内では極力扇情的な格好を心がける』という校則によるものだが、保護者としては何もそこまで厳しくしなくとも、という感じも受けなくはない。
 とはいえ、理恵子は校長先生に選ばれた者のみが所属を許される『特別クラス』の中の、さらに頂点を意味する『性徒会長』なのだ。他の性徒達の模範となるべき存在に多少の規則違反を勧めることも、親としてはできなかった。
 そんな理恵子が、私に言った。

「お母さん、今度の三者面談の事なんだけど…」

 1週間後、娘の学校では保護者を交えての三者面談が行われることになっていた。時期的には、学業だけでなく進路のことも話し合われるだろう。
 しかし、恥ずかしながら、私が今年3年生の理恵子の三者面談に参加するのは、初めてのことだ。
 3年前、理恵子が受験を控えた大事な時期に夫が急死し、それからというもの、無我夢中で夫の夢と数百人の従業員を守るために、会社の後継者として必死に働き続けてきた。会社は何とか立ち直ったが、娘には大事な時期に何もしてやれなかった後悔が残っていた。理恵子は「もう子供じゃないんだし、別に放っておいてくれても」と言うのだが、文字通り放っておいたようなものなのに、こうして真っ直ぐに育ってくれたのは本当に感謝している。だからこそ会社に余力が出てきた今、娘のために少しは親らしいことをしてやろうと思ったのだ。
 私は少々冗談めかして、理恵子に答えた。

「ええ、あの日は休みも取ったし、当日は何があっても電話してくるな、って重役には念を押しておいたから大丈夫よ」
「ありがとう。で、まず当日までにこのプリントに目を通しておいてもらいたいの」

 そう言って、嬉しそうに微笑みながら理恵子が手渡したプリントには、細かい字でびっしりと文章が記載されていた。

「理恵子さん、これは?」
「うちの学校、不審者対策でセキュリティが厳しいでしょう。だから、守ってもらわないといけないルールがいっぱいあるの。当日までにちゃんと目を通しておいてね」

 厳しい学校とは聞いていたが、外来者にもここまでするとは…。物騒な時代になったとはいえ、軽くため息の一つもつきたくなる。
 とはいえ、決まりは決まりなので、私は理恵子にうなずいてみせた。

「ええ、わかったわ」
「それと、通行証を作らないといけないから、写真を撮らないといけないの。協力してね」
「ええっ、そんな物まで作るの? それはいいけど、そのカメラはどうしたの? 別にお小遣いで買ってはいけないとは言ってないけど…」
「これ? 私、携帯電話を持ってないでしょう。だからヌード写真部の人に頼んで、貸していただいたの」

 なるほど、確かによく見ると、学校の備品であることを示すシールがカメラには貼ってあった。それにしてもヌード写真部とは。近頃は変わった部活動もあるようだ。

「わかったわ。借り物ならなおさら、手早く済ませなくてはね。どうしたらいいのかしら?」
「お母さん、これでは撮れないから、まず服を全部脱いでくださいな」
「ええっ!?」

 カメラの電源を入れて液晶画面をのぞき込みながら理恵子が何でもない口調で言った言葉に、私はひどく驚かされた。

「理恵子さん、顔写真ではないの?」
「私も理由はよく知らないけど、顔だけじゃなくて、全身の裸体像を前と後ろから撮らないといけないのですって。たぶん、全裸でないと正確な体形がわからないからなのでしょうね。とにかく、そういう指示が校長先生から出ているわ」
「そ、そうなの…」

 何かおかしいと思いつつも、学校からの指示であるなら仕方ないという気持ちがまさって、私は自分を納得させた。まずエプロンを外し、上着から順番に脱いでいく。
 下着だけの姿になったとき、さすがに恥ずかしさを覚えて、

「ねえ、理恵子さん…。本当に全部脱がないと…だめなの?」

 と聞いてみたが、

「だーめ。性徒会長の立場にありながらなあなあで済ましては、皆さんに示しがつかないわ」
「そ、それもそうよね…」

 そう言われては従うほかない。私は顔どころか全身を赤くするような気恥ずかしさを覚えながら、下着を脱いでいった。ただ単に娘の前で裸になるぐらいなら問題はないが、それを写真に撮られるということが、私に極度の羞恥心を引き起こしていた。
 私は両手で胸と股間を隠すようにして、娘が向けるレンズの前に立った。

「だめよ、手で隠しては。ちゃんと直立の姿勢で撮らないといけないわ」

 すかさず理恵子の厳しい指摘が飛ぶ。

「え、ええ…」

 娘のために必要なのだから、と自分を納得させるようにして、私は言われた通りに両手を下ろした。

「では、撮るわね」

 理恵子がそう言った後、軽い電子音と共にフラッシュがたかれた。

「今のは顔写真。次にバストアップの構図を撮るわね」
「次は全身」
「胸のアップを撮るわ。いい?」
「今度は後ろから」

 次々と出される娘からのリクエストに応じ、カメラに対して向きを変えながら撮影は進んでいった。でも通行証を作るためだけに、こんなにも写真が必要なのかしら…?
 さすがに恥ずかしさも限界に来て、私は液晶画面をのぞき込んでいる理恵子に、哀願するように声をかけた。

「理恵子さん…、も、もういいかしら?」
「ええっと…、たぶんこれだけあれば大丈夫ね。もういいわ、ありがとう」

 その声に、私はほっと胸をなで下ろした。私はそそくさと脱いだ服を再び身に付けていった。
 そんな私に、娘は去り際にこう声をかけてきた。

「ではお母さん、当日までにちゃんとプリント読んで準備しておいてね」

 三者面談の当日。照りつける初夏の日差しを避けるために白い日傘をさしながら、私は娘の通う清昴女学院の校門に向かって歩いていた。学校の周辺には緑があふれ、とても閑静な場所だった。さらに、平日の昼間ということもあって、すれ違う人もいなかった。
 しかし、娘に渡されたプリントに書かれていた通りに『身だしなみ』を整えて来たつもりだけれども、本当にこれで良かったのか少し不安もある。
 何しろ、まず『当日は、制服を着てご来校ください』とあったのだ。注釈として、『ご自身が学生時代に着用されていたもので構いません』とまで。このことを娘に問いただしても、「学校に制服で行くのは当然でしょう?」と言われてしまい、抗議の言葉を飲み込んで納得するしかなかった。
 幸運にも、記念として大事に取っておいた高校時代の夏用の白いセーラー服があったので、それを着ていくことにした。しかし、ほぼ20年振りに袖を通すのだから、サイズが合わなくなっているのは仕方がない。着ていた当時より随分と大きくなってしまった胸が、セーラー服の生地をぴんと押し上げている。
 それにしてもショックだったのは、紺のスカートがはけなくなっていたことだ。このことについては、太ったというよりは、子供を産んでふっくらとした体形に変わったのだと半ば自分を納得させたのだが、スカートに代わる「制服」を見つけなくてはならなくなってしまった。
 結局、一緒に見つかったエンジ色のブルマをはいていくことにした。現役時代には少々ぶかぶかしていた印象があるのだが、お尻周りや腿に肉が付いてしまった今はいてみると、必要以上にぴったりとフィットしていて、自分で言うのも何だが、むちむちとした太ももがより強調されてしまっているように思う。
 そして、娘たちの校則と同様に『下着着用禁止』なのだから、白いセーラー服に乳首が浮き出てしまっているようだし、胸のおかげで裾が持ち上がって見えているへそも気になるし、ブルマがくっきりと出たヒップラインを周囲に見せ付けないかと、どれも心配だった。ましてや、30をとうに過ぎた「おばさん」が格好だけは若々しくして外を出歩くことをどう思われるかと思うと恥ずかしくてならなかった。
 しかし、こうしてバスと電車を乗り継いでやって来てみると、その心配は杞憂だった。私の姿を見た人は、一瞬ぎょっとしたり好奇の視線で眺めやったりしたものの、すぐにそれが当然かのように視線を外していったのだ。そんな人々の態度を最初は不思議に思ったものの、普段もっと露出の多い女性徒を見慣れているのだからと考えれば、案外不思議なことではないのかもしれない、と私はひとり納得した。

 閉ざされた校門の前には、一目で警備の人とわかる制服を着た、真面目そうな若い女性が立っていた。もっとも、上半身は胸元が強調されるデザインになっていて、下半身にはズボンではなく、裾が股下すれすれのマイクロミニスカートをはいており、容姿に優れていたこともあって、テレビのお色気番組の出演者かと一瞬錯覚したほどだった。
 私が校門に近づいていくと、その警備の女性が来訪者である私に話しかけてきた。

「失礼ですが、三者面談に来られた保護者の方ですか?」
「はい、そうですが」
「わかりました。簡単に手荷物検査をさせていただきますので、ご協力をお願いいたします」

 事務的な口調だったが、事前にプリントに書かれていたことだったので不快感はなかった。私はまず手提げバッグの中を警備の女性に開けて見せた。

「はい結構です。続いてボディチェックをさせていただきます」
「え、ええ、どうぞ」

 バッグの中身だけじゃないのかと一瞬思ったが、断る理由もないので私は指示に従った。
 その後私は、両腕を挙げた状態で警備の女性に服の上から撫で回され、そしてセーラー服やブルマの中にまで手を入れられて、不審物を持っていないかどうか念入りに念入りに確認された。さすがに念入り過ぎるような気がしたので質問してみたが、

「あ、あの…。こうやって胸を揉んだりする必要はあるのでしょうか…?」
「申し訳ありません、そういう決まりですので」

 と真面目に返されては、されるがままになるしかなかった。厳重に調べると聞いてはいたものの、学校に入るだけでここまでするとは…。
 ただ、

「お客様を不快にさせないため、恋人を愛撫するように触るよう規則にありますので、ご容赦ください」

 との女性の言葉通り、女性の触り方は非常に優しく、そして官能的で、ただの身体検査のはずなのに、私はつい喘ぎ声を漏らしてしまいそうになるのをこらえなくてはならないほどだった。こんな触られ方をされるのは何年振りだろうか…。いや、亡き夫ですらこれほどには…。
 結果として、ついその心地よさに夢中になってしまった私は、

「はい、結構です。どうぞお通りください」

 と、女性に声をかけられても少しの間ぼーっとしていて気づかず、私は気恥ずかしさを覚えて顔を赤くさせながら門をくぐることとなってしまった。
 顔が赤いのは、恥ずかしさのためだけではなかったが…。

 校門から続く桜並木を抜けて玄関に辿り着くと、そこに娘の理恵子が迎えに出てきていた。

「お母さん、こっちこっち」

 手を振る理恵子は、上半身はリボンタイのみで胸をさらけだし、スカートは股下5センチという、制服に定められた通りの格好であった。家を出るときはスクールビキニも身につけているから、『校内着』を見るのは初めてだった。
 こちらの方は見慣れていないので少しどきっとしてしまうのだが、娘が真面目に規則を遵守している姿は、親としては誇らしくも思う。たとえ少々変わった規則であっても。

「初めて来たのだけれども、ほんと綺麗に整備されているのね。入り口の桜並木も立派だわ」
「ええ、春先なら桜が咲いていて、もっと綺麗よ」
「それは一度見てみたいわね…、本当ならあなたの入学式の時に見れているはずなんだけど、あの頃は…」
「昔のことは気にしなくていいわ、お母さん。でも、今日は本当にお仕事大丈夫なの?」

 心配そうな顔をして娘が私を見る。こんなことで娘に心配をかけるようでは親失格だと内心で反省しつつ、私は明るく答えた。

「いいのよ。たまにはうるさい社長が休んで、従業員に羽を伸ばさせるのも業績アップのコツなのよ」

 理恵子はくすりと笑ってくれた。本気にはしていないようだが、不安感は薄れたようだった。

「じゃあお母さん、そろそろ行きましょう」
「え、ええ…」

 来客用の靴箱まで案内されたところで、私は先日のプリントの内容を思い出して少し憂鬱な気分であった。規則なのだから守るのは当然とはいえ、本当に、本当にあんなことをしなくてはいけないのかしら…。

「お母さん、どうしたの? ほら、早く」
「ねえ…、本当に脱がなくてはいけないの?」
「だめよ、校舎内で服なんか着ていたらおかしいわ。それに、ほら」

 そう言って娘が指さした先には、性徒の誰かが書いたらしい張り紙があった。可愛らしいイラストともに、今時の若者らしい字体で書かれた『ここでは きものを おぬぎください』という文字が…。
 プリントでも、防犯上の理由で来校者は校舎内では全裸になることが明記されていた。確かに全裸なら危険物を隠し持ったり、校内から何かを盗み出したりすることは不可能だろう。合理的は合理的なのだが、何かおかしいような気もする。その『何か』の感覚が、私を躊躇させていた。
 しかし校舎内に入るには、ここで全て脱がないといけない。娘を困らせてはいけないという一心で、私は若干窮屈に思っていたセーラー服を、そしてブルマと靴下を脱いでいった。下着を着けていないから、これで全てだ。
 ふと私の股間に目をやった理恵子が、私に嬉しそうに声をかけてきた。

「お母さん、ちゃんと剃ってきてくれたのね。ありがとう」

 プリントに書いてあったのは全裸になることだけではなかった。わきやすね、そして恥部の剃毛も義務づけられていたのだ。性徒が綺麗に身だしなみを揃えている中、大人がだらしなく恥毛を伸ばしては示しがつかないのはわからなくもないが、手入れなど若い頃に水着になる時ぐらいの経験しかなく、ましてや無毛の股間を人前にさらすことなど今までなかったのだから、ありがとうと言われても少々戸惑ってしまう。

「じゃあ、受付を済ませてしまいましょう」

 娘に引かれるようにして、私は受付係らしい性徒がいるテーブルの前に連れてこられた。もちろんその性徒も半裸であった。娘よりは小ぶりな胸が私の視線にさらされているが、本人は恥ずかしがるそぶりも見せていない。ここではこれが当然なのだと、改めて再認識した。
 理恵子が名前と何かの番号を係の性徒に告げると、テーブルの上の箱の中から1枚のプレートを取り出した。さらに、テーブルの下に置かれた紙袋からロープと赤い革製のバンドを出し、それらを理恵子に手渡した。
 係の性徒は、私に向かって言った。

「今、会長に渡したのが通行証です。校内にいる際は必ず首から下げていてください」
「はい…」
「それと、あなたの管理責任者…この場合は林原会長になりますが、これからその責任者から離れないようにさせていただきます。校内の安全のため、ご協力をよろしくお願いいたします」
「え、ええ…」

 責任感に満ちた係の性徒の言葉に、私は少々戸惑いつつもうなずいた。

「じゃあお母さん、通行証を着けるわね」

 理恵子が革バンドのタグに通行証を通し、そのバンドを私の首に回して、ちょうどいい具合に締めた。私も会社では社員証を首から下げてはいるが、これはどう見ても犬の首輪にネームプレートを下げているようだった。
 さらに娘は、手にしたロープを首輪に付いた金具にかちゃりと固定した。確かにこれでは、娘がロープを持っている限りはそばから離れることはできない。それは納得なのだが、まるでこれでは…。

「これでよし、と。はい、お母さん、四つん這いになって」
「…え?」
「お母さん、もう忘れちゃったの? 来客は校内では四つん這いになるって、プリントに書いてあったでしょう?」
「え、ええ、そうだったわね…。ごめんなさいね」

 規則に従うだけなのだからおかしなことではない、と言い聞かせながら、私はまず膝を、そして手を、綺麗に掃除されているがひんやりとする廊下につけた。
 そう、まるで犬のように。

「じゃあ行きましょう。あなたたちもお仕事がんばってね」
「はい会長。いってらっしゃいませ」

 係の性徒に声をかけて、理恵子は先へ進み始めた。ロープで首輪を引かれてはたまらないので、私もあわてて慣れない四つん這いで理恵子の後を追う。
 理恵子の生来の優しさからか、娘は私の歩調に合わせてゆっくりと歩いていてくれる。しかしそれは逆に、廊下を行き交う他の性徒たちや関係者に、私の犬のような姿をより長い時間見せることになるのだ。
 よく教育が行き届いているのか、娘が慕われているせいか、必ずと言っていいほど、通り過ぎる性徒が理恵子に挨拶をしていく。頭を下げ、貴婦人のようにスカートの端を持ち上げる。視線が他の人より下にある私には、極度に短いスカートの中から本来は他人に見せるべきでない秘所が露わになるのがよく見えてしまう。彼女らのそこは、一様に綺麗に剃り上げられていて、性徒の規範意識の高さが伺えた。
 そしてすれ違った後で、後ろの方から楽しそうに私を品評するかのような声が聞こえてくる。あの人会長のお母様かしら。ほんと会長に似て…。その後は雑音にかき消されてよく聞こえなかった。後に続いたのは褒め言葉なのかもしれないが、この状態ではまるで「飼い主に似て可愛いわんちゃんですね」と同じニュアンスで言われているように思えなくもない。
 私は顔を上げて、理恵子に内心の不安を訴えることにした。

「ね、ねえ、理恵子さん…」
「なあに、お母さん」
「私、おかしくないかしら…。さっきから皆さんの視線が気になって…」
「そんなことないわよ。きっとお母さんのその垂れ下がってぷるぷる揺れてる大きな淫乳を見て、雌牛みたいでうらやましい、って思っているのよ。私も将来はお母さんみたいな立派な雌牛になりたいな」
「そ…、そうなの、かしら…?」

 もはや混乱しすぎて、何が褒め言葉で何がそうでないのか、私にはわからなくなってきていた。きらきらとした瞳で娘が私のようになりたいと言ってくれるのは、嬉しいことのはずなのだが…?
 その後私たちは雑談しながら、廊下を進んでいった。雑談に夢中になって二、三度ほど進むべき道を間違え、娘にロープで軽く首輪を引っ張られることもあったが。
 少しして、娘の所属する『特別クラス』の教室の近くまできたところで、私は理恵子に声をかけた。

「理恵子さん、約束の時間までまだ大丈夫かしら?」

 何しろ玄関で時計も外さなくてはいけなかったから、私は時刻がわからないのだ。
 理恵子は腕時計を眺めて答えた。

「もう少し余裕あるけど…、どうしたの?」
「あの…面談の前に、トイレに行っておきたいのよ…」

 偶然トイレの前を通過したせいか、私は軽い尿意を催したのだ。全裸になって体が冷えたことも手伝ったのかもしれない。時間があるのなら、ついでにここで済ましておきたかった。
 しかし娘の返答は、私の予想を越えるものだった。

「ああ、お母さん、ごめんなさい。これは性徒用のトイレだから来客の人は使えないのよ。第一、ちゃんと綺麗にしているけど、トイレの床を四つん這いで歩くの嫌でしょう?」
「そんな…、ならどうしたら…」
「大丈夫よ。ちゃんと来客者用に…、ああ、あそこにあったわ」

 娘の視線の先には、プラスチック製のバケツが一つ置いてあるだけだった。
 まさか、まさかとは思うが、娘はにっこりとした表情で言い切った。

「トイレが混んでいる時に廊下でできるように、用意してあるの。私がちゃんと処理してきてあげるから、お母さん、遠慮なく犬みたいにしていいわよ」

 さすがのことに私は抗議の声を上げようとしたが、『来客は教職員や管理者の言うことに従う』という規則を思い出して、その声を押し殺した。私には、この場でバケツに向かって犬のように放尿するか、我慢するかの選択肢しかないのだ。
 そして我慢できそうには、なかった。

「…理恵子さん、お願い…」
「ええ、お安い御用よ」

 理恵子は、バケツを持ってきて私の横に置いた。

「お母さん、ちゃんと片足を上げてしないとだめよ」
「え、ええ。わかってるわ…」

 規則とはいえ、さすがに気恥ずかしくなって、私は顔をどんどんと赤らめていった。
 首を左右に振って、廊下に娘以外に誰もいないことを確認する。運がいい。今ならできそうだ。
 意を決して片足を上げて、バケツに狙いを定める。本当に犬のように放尿を試みようとしたが、緊張してなかなか出てくれない。いや、何とか、出そう…。
 その時、

「あ~っ、林原せんぱ~い!」

 と明るく大きな声がした。それに驚いたせいで、私の中で出かかっていたものが引っ込んでしまった…。
 向こうからぱたぱたと上履きの音をさせて、小柄な体に不釣り合いな大きな胸と、童顔によく似合っている二つに束ねた長い髪を揺らせて、少女が理恵子の前に駆け寄ってきた。話しぶりからして娘の後輩、いやクラスメートかもしれない。『特別クラス』は3学年混合の編成だと聞いたことがあるから…。

「あら、このはちゃん、こんにちは」
「こんにちは~」

 このはと言うらしい少女には悪いが、できることなら寄ってきてほしくはなかった。全裸で、四つん這いになって、片足を上げて、放尿しようとする姿を、誰が見られたいというのだろうか。
 しかしそんな私の願いもむなしく、むしろその少女は私に興味を持ってしまったらしい。

「わあ~、この人、先輩のお姉さんです?」

 少女は私の目の前でしゃがんで、まるで飼い犬を見るように目を輝かせながら、私をのぞき込んだ。

「まあ、このはちゃんったらお上手ね。私の母ですよ」
「へえ~。でもほんと姉妹みたいに見えますよ~」

 先輩と後輩が和やかに談笑する横で、私は羞恥心に震えながら片足を上げていた。とても逃げ出してしまいたい気持ちなのだが、勝手にこの場を離れることもできない。娘を慕う性徒の目の前で、娘に恥をかかせてはならないのだ。
 そうこうしているうちに、私の尿意は限界まできてしまった。

「あ、あの…お願い…。その…見ないで、ほしいの…」

 恥ずかしさのあまり、私はか細い声で二人に懇願してみたが、

「でもこのポーズでおしっこするのって、なかなか難しいんですよ。このはも授業で何度か失敗しちゃいました。えへへっ」
「そうそう。だから慣れないうちは、ちゃんとバケツに入るかどうか見ておかないといけないのよ、お母さん」

 と親切にも却下されてしまった。彼女らの口振りからは、私を辱めようという意図は全く感じられなかった。純粋に他人を気遣っての発言だとは思うが、慣れないことなのでどうしても緊張してしまう。
 すると、目の前の少女が何かをひらめいたような表情をして、私の下半身に手を伸ばしてきた。

「だったら、出やすいようにクリトリスを刺激すればいいんですよ☆」
「そ、そんなっ…!」
「それは名案ね。このはちゃん、お願いね」
「はいっ!」

 明るく返事するなり少女は、剃毛の結果無防備にさらけ出されている私の秘部に指を触れた。二本の指で、強すぎず優しすぎず絶妙の感覚で陰核をつまむ。その瞬間、全身に電撃のような痺れが走った。

「ひっ、ひうぅっ!」

 遮るものが何もなく、校舎に入ってからの様々な出来事ですっかり敏感になってしまっていた私のそこは、彼女の与える刺激に過敏に反応してしまう。
 その刺激が私の心の堤防を決壊させてしまった。尿道を強く締め付けていた筋肉がゆるみ、後は勢いに任せるままに…。

「ああっ…ああ…あ…」
「わあ~、出た出たぁ~☆」
「お母さん初めてのことなのに、うまくできてるわ。良かった…」

 私の『成功』を喜んでくれている娘たちの言葉と、バケツの底を叩くぱしゃぱしゃという音をどこか遠くに聞きながら、私はただ放尿がもたらす快感にうちふるえていた…。

< 続く >

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