○○なあたし05 最終話?の3

最終話?の3 ○○なあたし

※エロは4節までありませんのでご注意下さい。

「………………」
 重っ苦しい雰囲気で落ち込む涼と、
「……」
 苦笑いしながら涼の手を握るあたし。

 まあ、心中は察するに余りある。
 間違いなく、涼はあの景色を見たあとに、観覧車の中であたしにプレゼントを渡したかったのだろう。その演出が失敗した訳なので、へこむのは分かる。
 だけど、へこみすぎだ。見てて面白いレベルで。
 あたしはもらう方で気楽なので、とりあえず触れないでおいてあげることにする。

 一応、観覧車を降りたあとに、「ここでもらえればいい」ってフォローはしておいた。でも涼は、どうしても二人きりのところで渡したいらしい。
 というわけで相談して、ホテルに戻ることにした。乗り物は大体乗り尽くしたし、観覧車は営業時間の関係でもう一度並ぶことはできなかったので、ちょうどよかった。というわけで、今はチェックインを済ませて預けた荷物を受け取り、部屋に向かっているところなのだった。

 部屋にたどり着いて涼の手を離し、先に部屋の中に入る。
 ダブルベッドを中心に、少し洋風なインテリアだ。遊園地とのセットプランを出しているくらいだから、多少は遊園地と近い雰囲気を出そうとしているのかもしれない。
 靴で入っても大丈夫なのだろうけど、動きやすさも考えて靴は入口で脱いでしまった。コートもハンガーに掛ける。
 意識的に窓際まで寄って、振り返る。

「涼、続き」
「……うん」

 視界に入った涼は、……ジャンパーを脱がずに、さっきの真剣な表情に戻っていた。
 大げさだなあ。そんなに高いプレゼントでも買ったんだろうか。そんなのいらないのに。こういうのは気持ちが大事なのだ。

 ポケットに差し入れた右手を出す。その手には、……

 ……あ。

 特徴的なケースが出てきた。
 おおぅ。なるほど。
 それは確かに、出すのに躊躇するかもしれない。

「都ちゃん、これ」
「ありがとう」
 もちろん、断る理由は無い。あたしはそのケースを受け取って、

「……その指輪を、

 ……左手につけて欲しい」

 えっ?
 思っていたのと違う言葉が来たので、一瞬戸惑った。次に、
 左手? 何で?
 ……と、次の一瞬はストレートに悩む。
 そして、

 思考が止まった。

 止まった頭に映った情景は、数ヶ月前のお泊まりデートで、

 あたしの「右手」の「薬指」のサイズを測った、涼の姿だった。

「……………………ここ?」
 動かない頭で、辛うじて左手の薬指を指し示す。

 わずかな沈黙のあと、

 涼ははっきりとうなずいた。

 ……プロポーズされた。

 どうしよう。
 いや、どうしようじゃなくて、どうしよう。
 じゃなくて、どうすればいいんだろう。
 はい、って答えればいいの? 答えていいの?
 いや、そんな簡単に答えていいもんなのか?

 パニック、という言葉が頭に浮かぶ。本当に「パニック」の四文字が頭に浮かぶくらい訳が分からない。
 プロポーズされた時って、何を考えればいいんだろう。何を考えていいのかも思い浮かばない。

「いや、あの、この指輪って、そこまで重く考えないで欲しくって……いや、本気なんだけど、あくまで僕の決意表明で、都ちゃんをこれで縛りつけたいんじゃなくて……」

 涼が何かしゃべっている。
 しゃべっているのは分かるんだけど、あたしにはその言葉がひとかけらも理解できない。
 耳に入った瞬間に、涼の言葉が空中分解していくような感覚だった。

 どうしよう。どうしよう。何を考えよう。考えないで答えては多分いけない。でも考えれば考えるほど、安易に答えてしまいそうな気がする。いやそんなことじゃなくて、答える前に何を考えればいいんだろう。いや、涼の言葉も聞き取れないようじゃ、今考えても無理だ。時間稼がなきゃ。どうしよう、あ、そうだ、

「……りょ、涼」
「あ……はい」

「………………先に夕飯行かない?」

 ……夕飯て。あの流れで夕飯て。
 口に出した瞬間から数十分、あたしの後悔は止まらなかった。

 それは無い。いくら何でも無い。
 涼の顔をまともに見られない。恥ずかしい、というか申し訳ない。ぶち壊しすぎだ。観覧車の涼を笑えない。どころか、それよりはるかに酷い。

 そして、それに追い打ちをかけているのは、

 「……」
 ホテル近くのショッピングセンター内にあるその店内は、独特の煙で充満している。

 そう、今日の夕飯は――焼き肉だったっていうこと。

 先週のあたしを本気で呪いたい。
 涼によれば、今回のデートはパック旅行を利用しているらしく、夕食・朝食もセットだった。そして夕食は、4種類から事前に一つ選ぶ形式で……先週のあたしは涼に聞かれて、迷わず焼き肉を選択していたのだった。そういや、涼はそれとなくフランス料理を推していた気がするのは、こういうことだったのか。……だったら押し切って欲しかった、と責任転嫁してみる。
 空気を読んで、今から別の夕食を選択するという手もあったのだろうけれど……あたし達の経済力では、2人で5千円のセットを放棄するというのは、とれる選択肢ではなかった。

「涼、……何というかごめん」
「いいよいいよ」
 即座にかばってくれる涼の優しさが、今回は痛かった。

 店員さんに案内される。店は夕食時でかなり混んでいたけれど、運がよかったのか、個室だったのがほんの少し救われた。
 涼に促されてあたしが座り、マフラーを外すと、涼は正面ではなく、あたしのすぐ隣に座った。

 あたしの顔と同じ高さに来た涼の顔を思わず見る。涼はまだ緊張しているようだったけれど、なぜか「もうやり遂げた」感が漂っていた。
 今なら分かるけれど、観覧車の時から、あるいはもっと前から相当緊張していたのだろう。お疲れ様、とか自分のことを棚に上げつつ考えてしまう。ちなみに指輪はあたしが「預かって」、部屋に置いたあたしのバッグに大切にしまってある。空回りしたあたしの思考でも、突き返してはいけないことだけは分かった。

 で。

 プロポーズされた。どうしよう。

 焼き肉屋に向かう途中から、少しずつ、頭が動き出してきていた。
 とりあえず、両親と兄貴が何を言っていたかを必死で考えた。両親は学生結婚だし、兄貴も来年の春に卒業だけれど、つい最近婚約した。3月中に入籍・挙式だから、形の上ではやはり学生結婚になる予定だ。

 一つ、思い出したのは経済力の話。結婚するには生活ができないとダメだとか話してた。
 あたし達は大学生にもなっていないし、大学に入ってからも、あたしは制度の関係で卒業まで絶対に6年必要だ。涼も、志望通りの大学に行ければ多分最低でも6年だと言っていた。だから、すぐに結婚するのは無理だ。けれど、社会人になれれば、きっと共働きになるし、経済的にはまず問題なくなる。あ、でも涼はもしかして専業主婦希望だったりするのだろうか。もしそうなら考え直さなきゃいけないけれど。
 あとは……そうだ、お父さんが兄貴に言っていたことを思い出す。

 ――性欲は絶対に抜きで考えろよ。

 ……お父さんを誤解しないで欲しい。あたしがたまたま通りかかっただけで、お父さんはあたしが聞いているとは知らなかった。だけれど、……そのアドバイスはあたしにも重要だ。
 でも。
 性欲を抜きにしても、涼は好きだ。間違いなく。
 涼は優しいとか、意外に気が利くとか、もちろんそういうのもある。でも何より、涼といるのは楽しい。趣味が近くて話が弾みやすいだけじゃなくて、間合いというのか、そういうのが合っている気がして、一緒にいると「心地いい」。一緒にいると気分がすっきりする。

 ええと、あとは、あとは。
 涼は背が低い。あ、それどうでもいい。

 ああそうだ。結婚できたとしても何年も後なんだから、まだ婚約は早いんじゃないだろうか。でも、早かったら何か問題なんだろうか。ああそうか、涼の他に、良い男の子が現れるかも…………いやー。一緒に過ごして気分がいい男の子が目の前にいるのに、そんなことを考える必要ないと思う。というか、他の男の子とつきあうのが想像できない。

 ……あれ? やっぱりプロポーズ断る理由無いんじゃ?

「シーザーサラダでございますー」
「あ、ありがとうございます」
 店員さんと涼の声で我に返る。今気づいたけれど、料理がやっと出始めたらしい。
 涼はせっせと取り分け始めて、
「ごめんね、都ちゃん」
 いきなり謝った。
「え、いや、そんな、ただ、あのその、ビックリしただけ」
 自分でも何言ってるんだか分からない。ビックリしたのは本当だけど。
「さっきはちゃんと言えなかったからもう一回言うけど」
 もう一回言ってください。プロポーズの後の言葉、一言も覚えてない。
「都ちゃんをあれで縛りたいんじゃなくて、僕の決意表明のつもりなんだ」
「け、決意表明」
 何オウム返ししてるんだあたしは。でも他に言えることが思いつかない。
「……食べながら話そう。いただきます」
「……い、いただき、ます」
 涼に倣って手を合わせる。「いただきます」すらまともに言えてないけど。
 涼の動きに合わせてサラダを口に運ぶ。僅かにチーズっぽい風味を感じるけど、味がよく分からない。テンパってるなあ、と冷静に考えるあたしがいる。

「……実際に結婚するのは、経済的に自立してからだと思うんだ」
 ゆっくりと、涼が話し出す。
「でも僕は、将来的に、都ちゃんと結婚したいと思ってる」
 言葉をあたしに染みこませるように、ゆっくりと話す。
 けっこん。その響きに、素直に感動してしまいそうになる。
「これから、少しでも具体的に、都ちゃんとは考えていきたいと思ってる」
 具体的に。
 結婚という言葉が、形を持っていく感じがした。
「だから、僕との結婚をこれから考えてください、って、言おうとしたんだ。テンパってて言えなかったけど」
 ああやっぱり涼もテンパってたんだ。当たり前か。
「……次、まだかな」
 涼は店内に目を向けた。間をおくように。

 「僕との結婚をこれから考えてください」か。
 その言葉はストンと来た。その「プロポーズ」は、今のあたし達の関係にはぴったりな感じがしたからだ。
 あたしの考えていたことは、やっぱり涼も考えていたようだった。結婚できるのははるかに先の話だし、真剣に考え始めたら、結婚するまでの道のりも、きっと想像するより長いのだろう。だから、「これから考えて下さい」というのは、むしろ「結婚しよう」より真剣に考えてくれている気がした。

 とりあえず、手元にあるサラダにもう一度手を伸ばす。
 ……シャキシャキしている。結構うまい。

 涼の顔を見る。
 気づいた涼が、あたしの目を見つめて、口元だけでにこりと笑う。
 あたしもつられて笑う。

 ……気づかれてしまっただろうか。
 私が少し苦笑混じりになってしまったことに。

 いや、分かっているのだ。涼が、あたしのことを、あたしとのことを真剣に考えてくれているのは。
 だけれど、ちょっとだけ。

 ――中途半端だなあ。

 と思ってしまう。

 そういえば忘れていた、男女問わずみんなが言う涼の欠点。
 「あんまり男らしくない」というのは、当たっているかもしれない。
 流とかは厳しく、「ヘタレ」と言っているけれど。

 まあ、でも。男らしさってそんなに大事だろうか。
 昔は違ったのかもしれないけれど、あたしは結婚生活は二人で作るものだと思う。涼が「ヘタれる」というのなら、その時はあたしが前に立てばいいんだ。
 第一。
 いつも男らしい涼は、涼ではない。涼は、後ろの方で戸惑いながら優しく見守る感じで見守っているのが、きっと一番似合っている。それでいて、たまーに男らしいから惹かれるのだ。そう、例えるなら「優しいお父さん」みたいな――

 あ。

 ふと、涼の子供が、「お父さん」になった涼に抱きつこうとしているシーンが浮かんだ。
 とっさに浮かんだそのシーンは、涼も、子供も満面の笑顔で。
 きっと幸せになっているんだろう、と思った。

 ああ、そうか。

「大変お待たせいたしましたー、2人前セットでございますー」
 その声で我に返り、時計を見る。時間の感覚がすっかりなくなっていたけれど、相当待たされていた。店が満員だったとはいえ、さすがにかかりすぎだろう。
 でも、今日はその待ち時間が、本当にありがたかった。
 焼き肉屋を選んだあたし、正解。……違うか。
「店員さん」
「はいっ」
 呼び止めつつ、メニューを開く。……ええと。
「追加で、特上カルビ2人前」
「えっ」
「はい、承りましたーっ」

 店員さんが戻った後、涼が驚いたように言う。
「……どうしたの?」
 答えは決まっていた。
「前祝い」
 聞いて数秒、涼が満面の笑みを浮かべる。

 だって。
 笑顔の涼、笑顔の子供。
 あたしも笑顔でその隣にいたいと、心から思えたんだから。
 「結婚をこれから考える」のに、それは十分すぎる理由だった。

「お礼は後で言うよ。でも、僕が今聞きたかったのは」
「え?」
「……食べきれるかな?」
「……あ」
 よく見たら、2人前セットだけで、結構な量があったのだった。

 頑張って食べきったけど、やっぱり締まらない。

「一つだけ、条件がある」
 部屋に戻ってマフラーを外し、バッグからケースを取り出しながら言う。
「何?」
「……どういうつもりなのかはもう、分かってるつもりだから」
 だから、せっかくだから。
「……うん」
「……もっと、思い切った言葉が聞きたい」
「うん」
 ……伝わったようだ。
 それと。
「あと、催眠解けてるんだよね?」
「え、うん」
「……呼び捨てにしてくれる?」
「うん」
 涼は力強く頷いた。
 ケースを涼に渡す。

 別に、いつも男らしい必要はないけれど。
 こんな時くらいは、男らしい姿が見たかった。

「都」
「はい」

「……結婚しよう」

「……あたしでよければ、もらってください」
 満点。

 左手を差し出す。気づいた涼はすぐにケースを開いた。
 宝石はない、ほんの少しだけピンク色に光る指輪を取り出す。
 ケースを横に置いて、涼の左手を、あたしの左手に添える。
 そのまま、薬指に、指輪を通した。

 つけ終わったのを確認して、どちらからともなく抱き合う。

 ああ。
 あたま、まっしろ。きもちいい。
 ……数秒。
 思考を取り戻して。
 もういちど、ぎゅっと、抱き合う。

「ねえ、涼」
「ん?」
「……これからも、ずっと、よろしくね」
「うん」
 そう言える男の子の腕に抱かれているのは、封印されたその夢を叶えた――きっとこの瞬間、世界の誰よりも、

 「幸せ」なあたし――なのだった。

< つづく >

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