第3話-2
船着き場の駐車場から目抜き通りを三分ほど歩いたところに、その事務所はあった。
「大村さん」
「お、いらっしゃい」
真利奈さんが事務所に入るかどうかというタイミングで、事前に連絡が行っていたのか、大村さんと呼びかけられたおじさんが立ち上がる。大村さんは事務所裏の扉から出ていこうとしたので、俺達もその方向についていく。
「はい、これな」
数分後、用意されたのは二台の自転車だった。真利奈さんに薦められ、電動アシスト付きである。
この島は公共バスが走っているが、本数が少なく、あまり頼れない。そのため、集落から離れた宿にいる俺達には「アシ」が必要だった。
実は俺は免許を持ってはいるのだが(高校の卒業前に取った)、レンタカーは離島料金で長期滞在の俺達には高すぎ、バイクはハルカに免許がないので不可能だ。というわけで、必然的に自転車ということになる。
「真利奈ちゃんが言うんで、特別だからな」
と、大村さんはかなり長期間の貸し出しを許してくれた(本来は当日返しらしい)。
「使ったことある?」
「いえ、初めてです」
「じゃあ教えるね」
ウエットスーツを着たお姉さんが、俺達に使い方を指導してくれた。ふと見ると、駐車場の方で真利奈さんが大村さんと親しげに話していた。
(なるほど)
大村さんが俺達に良くしてくれた理由を何となく察しつつ、それを顔に出さないようにして、俺は自転車にまたがった。
別の用事がある真利奈さんと別れ、俺達はとある施設に向かう。
昼ご飯にはまだ早い時間帯だが、かといってこのあたりの地区を離れると店がほとんどない。ハルカに量を食わせるためには、弁当ではない方が良い。とするならば、この辺で時間を潰したい。
というわけでたどり着いたのは、
「海洋センター」――カメの飼育センターだった。
「でかい」
俺に数歩先だって中庭に出たハルカは、おそるおそる、コンクリートで囲まれたプールを覗き込む。そこには、全長一メートルを越えるアオウミガメが悠々と泳いでいた。
「こっち来た」
数秒ほどでアオウミガメがゆっくりと方向転換し、こちらに近づいてくる。
「あれ?」
が、ハルカはその隣にある別のプールに興味を示した。
そこには、同じくらいのサイズの、白いカメがいた。
――アルビノ。
脇にある説明書きにそう書いてあった。生まれつき色素が薄い生き物のことだ。その上、片目が見えないと書いてある。
「エサやったら?」
「うん」
ハルカは受付で購入した野菜の葉っぱを、見える方の目に差し出す。と、こちらのカメもやはり、こちら側にゆっくり向かってきた。
カメが葉を口で受け取り、パクリと呑み込む様子を、ハルカは見つめていた。
「カメの真似か?」
「別に?」
カメの動きに合わせて首を前に伸ばしたりしていたので突っ込んでやったが、ハルカはとぼけた。そういえば、ハルカは動物に興味を示すことが結構多い。俺の出すツタにすら好意的に接するから、そういう性分なのだろう。
俺はふと、建物の壁に張り出された掲示に目をやった。
この諸島とカメはとても縁が深く、時期になるとアオウミガメが産卵にやってくるそうだ。よく見ると五~八月と書いてあるので、もしかしたら俺達も見る機会があるかもしれない。
「この子達はこっちに移転する前からここにいるんですよ」
たまたま通りかかった飼育員のお兄さんが教えてくれた。カメの飼育場所は、昔は海岸の反対側にあったらしい。そこからここに移転したときには、二匹のカメは飼育されていたということだ。
「まだ子供を作れる年齢じゃないんですけど」
「えっ。こんなにおっきいのに?」
ハルカが声を上げた。
「アオウミガメは三十歳を超えないと交尾しないんです」
「へー」
驚いた。カメは人間より大人になるのが遅いのか。
「奥に行くと別のカメもいますよ。アカウミガメとか」
「あっ見たい」
ハルカは身体を跳ね上げるように立ち上がり、奥に入っていく。
「おい、そんな焦るなよ」
俺は苦笑しながら、ハルカの後を追った。
カメ見学を終え、昼食を終えた俺達は、真利奈さんと来た道を戻るべく、サイクリングを敢行した。ここから宿まではかなり距離があるので、途中の海岸で泳ごうという計画だ。
《きもちいー》
《気をつけろよ、ちゃんと前を見ろ》
ハルカが自転車を結構なスピードで飛ばし、トンネルに突っ込んでいく。自転車のアシストは相当なもので、軽々とペダルが回る。しかし、少ないながらも車が往来するし、トンネル内は歩道もないので、決して安全な道ではない。
すると、トンネルの出口付近で、ハルカの自転車が急減速を始めた。一瞬遅れて急ブレーキをかけつつ、俺の注意がやっと効いたのかと思った。が、すぐに、そうではないことに思い当たった。
《やっぱり、あれ気になる》
ハルカの自転車はトンネルを出てすぐのところで止まった。俺もハルカのすぐ後ろで足をつき、ハルカの視線の先を見る。
そこには、朽ち果てた船体がある。
今朝、集落に向かったときに、車窓の内側からハルカが目をつけていたものだ。
自転車を車止めのそばに置く。そこから急な坂道を下った先に、その海岸はあった。
道路から見下ろしたときにははっきりと船の形がはっきりと見て取れたが、海岸に降りてみると、水面から顔を出しているのは、エンジン部分と思しきものの他、ごく一部であることが分かる。
ハルカはじっと、その船体を眺めていた。
説明書きに依れば、その船は戦争中、沖で敵軍の攻撃を受け、やっとここまでたどり着いたものの再びの襲撃でここに沈没したという。かつては帆柱など、船の上部が残っていたようだが、だいぶ風化してしまい、今の形になったらしい。
「あれやりたい」
ぽつりと、ハルカがつぶやいた。それで、俺はハルカが何を見ていたのかをやっと理解した。
ハルカの視線は船体ではなく、その手前にいる二人の水泳客に向いていたのだ。
水泳客は沈没する船の側で浮いたり沈んだりして、シュノーケリングを楽しんでいるようだった。戦争の傷跡である船体は今、魚が巣にしており、島の中で有数のシュノーケリングスポットになっている。……と、パンフレットに書いてあった。
ただ、実際に沈没船を目にしてみると、海岸から結構離れている。俺は昨日見たハルカの泳ぎを思い起こした。全く無理ではないだろうが、正直、かなり不安を感じる。
「もうちょっと練習だな」
結果、俺はハルカにそう言った。むくれられるかとも思ったが、ハルカも自分の力量を理解していたのか、
「頑張る」
とうなずいた。
木陰で上着を脱ぎ、水着になったハルカは、申し訳程度の準備運動をした後、こちらに向かってきた。俺は一足先に水に浸かっている。
が。
「ひゃぅっ」
「あ」
俺がそのことに気づいたのと、ハルカが素っ頓狂な声を上げたのはほぼ同時だった。
俺はその場で足をつき、波をかき分けてハルカに近づく。
《何これ》
《忘れてた》
水辺で棒立ちのまま戸惑うハルカを俺は抱き留めた。そして、種を明かす。
ハルカが悲鳴を上げた原因は、感覚の変化にある。実は昨夜、日焼け後の痛みを訴えたハルカに対して、その痛みを快感に転化する弄りをしたのだった。
快感といっても、特に性的なものではない。しかし、日焼け跡を水につけるのは、快感の刺激としてはかなり大きかったはずだ。
《ちゃんと説明してよ、お兄ちゃん!》
《悪い》
実は昨晩のうちに説明したのだが、ハルカが疲れ果てていてほとんど意識を失っていたので、やはりハルカの耳に入っていなかったようだ。本当は目が覚めてからもう一度説明しようとしていたのだが、すっかり忘れていた。ここは素直に謝っておく。
「どーりで何か気持ちいいと思った……」
ハルカがつぶやく。気持ちいいのには気づいていたのか。
「でも、シャワー浴びたときは普通に痛かったよ?」
「刺激が強すぎるからだ、焼くときも普通に痛いはずだからな」
痛覚を弱めるというのは、弄りの行為としては難しくない。しかし、痛みというのは身体からの危険信号だから、無闇に痛覚を封じるのはリスクが伴うことでもある。というわけで、
「追い焼き」の痛覚を痛覚として感じさせるのが妥協点だった。そして、温水シャワーの刺激は追い焼きより圧倒的に強い。
自らの状態を理解したハルカは、今度はゆっくりと身体を進め、身体を海に慣らしていった。
《そういえば、海の色違わない?》
遠隔で不意に声をかけられて、俺は水面から顔を出した。ハルカは既に砂浜に上がっている。
《そういやそうだな》
今戻ってきたばかりの、沈没船の方を向いて、俺は答えた。
水深一メートル少しの海底に足をつき、俺は一度周りを見回す。
《昨日より薄い? 》
《うん、そんな感じ》
確かに、昨日の前浜では、海の色がもう少し青く、濃かった。それに比べて、このあたりは色が薄く、より明るい碧色に見える。
《海底の色が違うのかな》
《そうなんだろうな》
海水は透き通っているので、消去法的にそういうことになる。
俺はゆっくりと平泳ぎを再開し、浜辺に戻った。
そこには、先に浜辺に戻っていたハルカが、ビニールシートの上で仰向けで寝そべっていた。サングラスをかけ、目だけを日光からガードしている。側には、小さなポシェットと、二リットルのペットボトルが一本置いてある。真利奈さんに強く勧められ、今朝生協で買ってから持ち歩いている。その中身はすでに三分の二が消費されていた。前浜と違って、ここには自販機も水道設備もないので、水分の確保は重要である。現地の人の言うことは聞くものだ。ちなみに、塩飴も持ち歩いている。
俺はゆっくりとハルカに近づき、ビニールシートの上、ハルカの顔の真横に腰を下ろした。ビニールシートは裏が遮熱構造になっているからか、砂浜とは多少温度差がある。強い日差しが、海水で冷えた身体に心地よい。
来たときにはいたシュノーケリングの二人は、とっくにモーターボートでこの場を去っていた。彼らは別の海岸から沈没船に近づいていたらしい。二人が去ってからは、どこかのカップルが浜辺に降りてきた以外、この場にはずっと俺達だけだ。
ハルカは微動だにせず、手を広げて肌を日光に晒している。俺は自然に、ハルカの身体を見下ろした。
ふと、滑らかなハルカのウエストが目に入る。ウエストの肉が胸とその上に移動したことで、ハルカのくびれがはっきりしていた。肉体改造の成果だろう、ハルカの体つきは、昨日よりも明らかに魅力的になっている。
俺はそっと、ハルカのヘソの下に手を置いた。ハルカは一瞬反応したが、抵抗はしなかった。
そこは見た目には、胸から尻にかけての稜線しかない。しかし、その下腹部には、外からは見えない、俺が刻んだ「紋」が埋まっている。ハルカのウエストのくびれは、その紋の活躍によるものでもある。
俺は、その紋を手のひら越しに「見る」。ハルカの臍の下から溢れるエネルギー(元は俺のエネルギーだ)を、俺は感じられる。
これは、ハルカが俺の――術中にあることの証。
「お兄ちゃん、お水」
「ん」
俺はお腹から手を離し、俺の隣にあるペットボトルを手にした。同時にハルカは起き上がり、俺からペットボトルを受け取る。
「随分焼いたんじゃないか」
「うん、今日はおしまいにする」
水を飲んだハルカは、そう言うと立ち上がり、
「泳ご!」
「待て、俺を休ませろ」
「えー」
「ちょっと休んだらすぐ行くから、泳ぎの練習してろ」
「うん」
不承不承ながら、ハルカは俺に背を向け、水辺に歩いていく。
その姿が、ちょうど、逆光に重なった。
「っ――!」
太陽光に貫かれたハルカの後ろ姿に息を呑み。次の瞬間、俺から漏れたのは苦笑だった。
自分の脳裏に一瞬浮かんだ「未成熟な女神」という言葉は、あまりにキザすぎて、気づかないうちにハルカの体臭を嗅いでしまったのだと思うことにした。
★
島の夜は早い。
民宿の夕食は午後六時からと決まっている。真夏の今の時期であれば大分明るい時間帯なのだが、それでもこれだけ夕食が早いのは、この島ではナイトツアーが盛んだからだ。
特に、入港翌日は最もナイトツアーに繰り出しやすい日で、そのせいで今日は俺達以外の観光客が全員ナイトツアーに出ることになっていたらしい。
そんな中、真利奈さんからそういう話を聞きつつ、手伝いで夕食後の食器の片付けを手伝っていた俺達が、
「二人は星、見に行かないの?」
と言われるのは必然で、
「行きたい」
遥がやはり即答すると、真利奈さんは洗い物をしながら、俺達は部屋で待っているように言われた。
空が大分暗くなってきた頃、真利奈さんに外に呼び出された俺達は、民宿の裏に連れて行かれた。そこは背の高い木が並んでいたが、ほんの一部だけ、雑草に覆われている部分があり、そこをかき分けて少し進むと、人工的に作られた階段が姿を現した。
「あそこはもともと、レンジャーの宿舎だったの」
林間の夜道を懐中電灯で照らして進みながら、真利奈さんは言った。
「レンジャー?」
「島の環境を守る仕事。こういう道を作ったり、台風とかで崩れたところを直したり。だいぶ前からわたし、レンジャーの仕事してるの。でも近くに住宅街ができて、宿舎もそっちに移っちゃうから、ここを特例で買わせてもらったんだ。普通なら民宿できる立地じゃないんだけど」
「だからこんな離れなんですね」
「そう」
島は環境規制が厳しく、居住区域もかなり制限されている。そんな中で、
「森の中にぽつんと一軒建っている民宿」というものがかなり特殊な存在であるということは、来島二日目の俺でも理解できた。あの場所は住宅街よりも工場の方が近い立地だ。たまに民宿前を車が通るが、その大半は工事車両である。
「この道も元々、レンジャーが南側の海岸に出やすくするためのショートカットだったんだ」
「へぇ……」
相づちを打ったのは、俺ではなく、俺の後ろにひっついているハルカだ。俺の両手がふさがっているので、俺のシャツの裾を掴んでいる。おそるおそるといった様子が、背後の動きで分かる。ハルカができるだけ俺に近づこうとするので、夏物のカーディガンが、俺のシャツに時たま擦れていた。
夜の森というのは、怖い。
ただでさえ暗い視界が遮られるし、風が吹いて葉が擦れる音が重なると、ごうごうという地響きのように聞こえる。何もないと分かっていても、慣れない身にはきつい。
「もうすぐだよ」
隘路を五分ほど進んだところで真利奈さんから声がかかり、ほぼ同時に道の傾斜がなくなった。木の根をかいくぐっていくためにでこぼこの道だが、脚への負担が明らかに減ることで、目的地に近づいていることを体感する。
そして、森とは異なる明るい闇が、目の前に広がり始めた。
「わぁ……」
背後のハルカから漏れたそれは、声というより、感嘆の息だった。
星空が眼前にあった。目の前に遮るものはなく、水平線が見える。そこから頭上にかけて一面に、果てしない大きさの天球が広がっていた。
「まさ君」
視界に囚われて呆然としていた俺達を後目に、真利奈さんは十五メートルほど先に進み、俺に声をかけてきた。
「こっち来て」
真利奈さんの声に応じ、俺は歩を進める。足下は整地されたような砂利道で、先ほどの道とは比較にならないほど歩きやすい。遠くに波音が聞こえ、ここが海岸線のすぐ近くであることを実感させる。
「ここに敷いて」
「はい」
真利奈さんの指示を受け、俺は両手で抱えていた二つの物体をそこに置いた。
それは、丸められたゴザだった。裏地が薄いながらもクッションのようになっており、砂利の上でも安定しそうだ。敷き布団のように広げ、並行に二つ並べる。ゴザの真ん中に一緒に丸まっていた小さいやつは枕用だ。
「こういうのに寝てもらうのが、ナイトツアーの定番なんだよね」
俺の後ろをついてきたハルカも、ゴザを見下ろしている。
「ちょっと待ってね」
俺達が寝るのを制して、真利奈さんは持っていた鞄からごそごそと何かを取り出した。それは、十センチ四方くらいの立方体だった。磨りガラスの中に、中心にぼんやりと青い球が浮いているように見える。
そこから感じるエネルギーに、なじみがあった。
「何ですか、それ」
「虫除け」
「……虫除け」
しかしその回答は予想外で、思わず復唱してしまった。
「そう。何せ蚊が多いから、この辺は。それにここだとヤドカリも来るし。この時期はシロアリが飛ばないだけマシだけど」
「「シロアリ……?」」
「飛ぶんだよ、ここは。梅雨明けに」
そう言って真利奈さんは、その虫除けをゴザの側に置いた。
言われてみれば。森の中を通ってきたのに、懐中電灯のライトに虫は近づいてこなかった。民宿前の街灯には虫がたかっていたことを思い出せば、それが不自然なことだとわかる。
「……淫魔のエネルギーにはそういう使い方もあるんですね」
俺は青い球を見つめながら、そう言った。漏れ出しているエネルギーは、間違いなく、真利奈さんがこの物体に注入したものだった。真利奈さんは顕性だ。持っているエネルギー量やその扱いのうまさは、俺やハルカとは全く比較にならない。
「ほら、寝る」
真利奈さんが急かしたので、俺達はゴザに寝っ転がった。
「あの明るいのなに」
「あれ? あれは天の川」
「そうなんだ。本当に川みたい……」
ハルカの疑問に、側に立ったままの真利奈さんが答える。俺はハルカの指が指し示す先を追いかけていた。ハルカが言うように、天球のその部分にはぼんやりと明るい筋が描かれている。
「あ、ねえ、あれ見える? ゆっくり動いてるやつ」
今度は真利奈さんが真上近くを指し示す。
「え」
「あれか」
「どこ?」
ハルカが聞くので、そこに向けて指を伸ばす。ハルカは寝そべったまま、小さい枕を俺に近づけ、俺もハルカが見やすいように肩を近づける。
そこには確かに、ゆっくりと、まっすぐ進む光点があった。
「流れ星?」
「違うだろ」
「何だと思う?」
「うーん……」
俺達は数秒考え込む。が、何も出てこず、単なる沈黙が流れただけだった。
その空気を察した真利奈さんが口を開く。
「あれはね、人工衛星」
「えっ」
「何で」
人工衛星って光るのか?
「この時間帯だと太陽の光を反射するらしいんだよねぇ」
「なるほど」
真利奈さんがやけにのほほんと言った。
「ここはオススメスポットの一つだよー。人工的な明かりが全然ないし、誰も来ないし」
そして一瞬空けて、
「だから、外でするならここだよ」
「は?」
俺は思わず上体を起こして、真利奈さんを見てしまった。真利奈さんはにっこりと笑っている。ハルカを――いや違う。ハルカの下腹を見て。
さぁっ、と、自分の血の気が引くのがありありと分かった。
「ここまで離れれば、わたしでも分からないから」
真利奈さんは、俺達が昨夜、身体を重ねたことに、感づいている。もとい、
「知っている」。
セックスをエネルギー源とする顕性の淫魔は、不顕性な俺達と比べても比較にならないほど、周囲の性的行為の気配に敏い。ことセックスに関しては、民宿の壁の一枚や二枚、あってないようなものだと聞く。なので、俺達の昨夜の行為に、真利奈さんが気づかなかったわけがない。それに当然、俺がハルカの子宮に編んでいる紋も、真利奈さんには見えている。
今度は、顔に血が上る。あまりにも初歩的な、しかし致命的なポカだった。
真利奈さんは顕性。当たり前のことを、いや当たり前すぎるからこそ、完全に軽視していた。
「あれ?」
俺の反応を見て、真利奈さんはきょとんとした。
真利奈さんには当然、俺達の関係や行為を咎めるつもりはない。単に、ハルカの親族である真利奈さんの知覚できる場所で俺達がセックスするのは気まずかろうと、顕性淫魔なりに気を回してくれただけに違いない。俺が真利奈さんの能力を失念していたとは、さすがに思っていないだろう。
「ありがとうございます」
俺はその言葉を喉から絞り出した。そして、寝そべったままだったハルカに手を伸ばし、その腕を撫でる。別に何も気にしていない、と真利奈さんにアピールするように。
ハルカは撫でた腕を上げて、俺と手を結んだ。恋人つなぎで、やはり見せつけるように。しっとりとした小さい手のひらが、俺の熱を少しだけ冷まさせた。
「外でしたことある?」
「いえ、ないです」
俺達の反応が功を奏したのかは分からないが、真利奈さんは俺の動揺を的確に指摘することはなく、別のことに思い当たってくれたようだった。もっとも、それはそれで聞かれても困る内容だったが。
「外でするのは開放的で気持ちいいよ。昼の方がもっと良いけど」
「そうですか……」
「ここなら絶対人来ないし、二人でも大丈夫。あとこの虫除け、人避けも兼ねてるし」
「……なるほど」
「うん」
俺は改めて立方体を見た。淫魔のエネルギーは、微量だとモータルにとっては不吉な感覚になると聞いたことがある。仮にも淫魔の血を引く俺達には全く効果のないものだが。
「じゃ、私は宿に戻るね。『キューブ』とゴザはちゃんと持って帰ってきてね、あとこれ」
真利奈さんは立ち上がると、俺に近づきながらバッグから懐中電灯をもう一つ、そして白いタオルを取り出し、俺に差し出した。俺は思わず受け取る。
「戻るときはそこからだからね、一本道だから入口間違えなきゃ大丈夫。遅くなっても良いけど朝ご飯までには戻ってね」
「……はい」
「じゃあ、気をつけて」
真利奈さんは最後に軽く言うと、俺が気圧されている間に、さっさと来た道を戻っていってしまった。
★
「……」
「……」
所在なくなった俺は、やむなく再びゴザに身を横たえていた。ハルカもその場から動かず、二人で空を眺めている。
気まずさが漂っていた。
淫魔の血を引いているとはいえ、顕性の価値観は不顕性のものとは大きく違う。顕性にとって性行為は食事であり、日常的なものだ。過剰な恥じらいを抱いていてはそもそも生きていけないし、セックスについて家族や親しい相手と話すことにもそんなに違和感はないのだろう。ハルカの母親である舞耶さんにも、確かにその気がある。
しかし、不顕性にとって、セックスはあくまでセックスだ。俺はモータルではないので正確には分からないが、その感覚は恐らくモータルと大差ない。
つまり、伯母、もしくは恋人の伯母から野外での行為を勧められた俺達は、思考が路頭に迷っている。
さっきはテンパり過ぎていて気にする余裕がなかったが、俺と(今も)恋人つなぎをしているハルカの手のひらは、しっとりと濡れていた。俺ほどではないが、ハルカも動揺していたに違いない。
ぽそりと、ハルカが口を開いた。
「お兄ちゃん、分かってると思ってた」
「……そうだよな」
ハルカの口ぶりからすると、少なくとも俺よりは状況を理解していたようだった。ただ、手のひらとツタから伝わる動揺ぶりからして、それはあくまで「俺よりは」ということに思える。恐らく、正面から真利奈さんに話題にされるとはハルカも思っていなかったのではないかと思う。
「チョーシ乗りすぎかなぁ、私達」
「別にそういうわけじゃないだろ」
「うーん……」
真利奈さんは俺達を咎めていない。それはハルカも分かっているだろう。であれば、俺達を咎めるとすれば誰か。それは、俺達自身しかいない。
ハルカは俺達の関係をどう考えているのか。ハルカは星空を見上げながら、きっとそのことを考えている。
しばらくの間、俺達の聴覚は遠い波の音に支配される。
ハルカは考えている。俺も同じ時間を使って、俺達の関係を考えている。
身体の関係になるきっかけは、間違いなくハルカが作った。
俺自身は出来る限り、関係の進展を先送りしたかった。しかし、既に年単位で焦らされていると感じていたハルカは、それに耐えられなかった。俺もそれを感じて、ハルカを受け入れた。
それからは、どうか。
ハルカを大人の身体にしていくため、肉体改造を始めた。それはツタの関係と、下半身の関係。ツタの関係による興奮を静めるために下半身を繋げるというのがもともとの流れだったのだが、今となって、その二つは「身体の関係」の両輪として、切っても切れない関係になった。肉体改造という大義名分からツタの関係を深め、ツタの関係が下半身の関係を呼び込んでいる。
しかし、振り返ってみれば、それはあまりになし崩しの関係ではなかっただろうか。
例えば、避妊。
淫魔の生殖能力はモータルに比べると格段に低く、それは不顕性であってもあまり変わらない。しかも、俺達は両方とも淫魔の血を引いている。だから、妊娠のリスクを、あまり気にしてこなかった。むしろ、生涯にわたって子供を作れないかもしれない俺達の場合は、仮に今でさえ、もし俺達の子供ができたなら、喜ばしいことなのでは――そんな風に、楽観的に考えてきた。
しかし、本当にそうか。
今もしハルカが妊娠したら、子供はどう養うのか。一時的に両親に頼るつもりだった。改めて考えてみればそれもなかなか甘いが、母さんも妊娠した今となってはさらに甘い。じゃあハルカの両親? しかし、そこを期待するのはあまりに男として無責任ではないか。そして何より、ハルカは妊娠しても良いと思っているのか?
そこまで考えて、俺は決定的な思い違いに気がついた。
(アホか、俺)
苦笑いが漏れる。そして俺は、ハルカを見た。
「なあハルカ」
「ん?」
まだ考えている様子だったハルカは、喉だけで俺に応える。
「もし」
そこで一息ついて、俺はハルカに言った。
「もし今日、妊娠したら、どうする?」
一拍の後、ハルカが息をついた。
この悩みは、俺一人で考えるべきことではなかった。ハルカとの関係は、ハルカと考えるべきだ。だから、ハルカにそう聞いた。
ハルカも、全く虚を突かれた、といった反応ではなかった。もしかしたら、俺と近いところに思考が行っていたのかもしれない。
「産むだろ?」
一瞬考え、そう問うた。そこに俺の希望を込めて。
「うん」
即答だった。中絶は考えないだろうと、俺も思っていた。
「絶対産む」
念押しするように、ハルカが言った。
「育てられるかな」
「最悪、お母さんがどうにかできるって言ってた」
「……そうか」
どうやら、経済的な悩みには、ハルカの家にも解決の用意があったらしい。恋人の実家に頼る男など情けないにも程があるが、もしもの場合は、そんなことも言っていられない。
「でも、お前にも負担がかかるだろ」
「そうだけど」
若年の妊娠は母体に負担がかかる。妊娠自体が難しい俺達としては、仮に子供を望むなら贅沢を言っていられない面もあるが、ハルカの身を考えるなら、成人してからの方が良いのは間違いない。
今度は数拍おいて、ハルカがまた口を開いた。
「それに、お父さんに見せるなら、早い方が良いし」
「……そうかぁ、昇さんかぁ……」
それは、俺には存在していない視点だった。
ハルカの父親――姶良 昇(あいら・のぼる)さんは、痩せぎすの男性だ。年齢はまだ五十歳前後だったはずだが、数年前に、大きな病気を患っていた。今は完治したと聞いているし、すぐに何か起こってしまいかねないということじゃないとは思う。しかし、病気をきっかけに明らかに細くなったのは事実だし、ハルカが娘として、何か感じるところがあるのも、理解できる。
「明日コンドーム買ってこようか、って思ってたんだが」
この島の中心部には薬局がある。薬局があるなら、コンドームもある。今日我慢すれば、明日には手に入る。元々、二日連続で身体を重ねたことはこれまでなかった。だから、今夜も我慢しようと思えばできる。
しかしその言葉はもはや、この話をまとめるための前置きに過ぎなかった。
そして。
「今欲しいわけじゃないけど、……もしできたら、やっぱり嬉しいと思う」
ハルカの言葉は、ハルカの思いが俺と同じところに行き着いたことを示していた。
★
間合いを計っている、というよりは、お互いに行動を躊躇しているという方が正しい。
先ほどの話の流れで、俺達がこの後することにも、暗黙的に合意ができたとは思っている。だが、周りに誰もいないとしても、完全な屋外で行為に及ぶのは、さすがに気後れする。
ふと、右手に力がかかった。俺と恋人つなぎを作っていたハルカの左手が、力を増している。今もなお湿ったハルカの手のひらが、覚悟を決める過程にあると教えてくれている。
俺は星空から目を離し、また右を向いた。
ハルカは上を向いたままだ。時折目をしばたたかせ、ゆっくりと呼吸している。自らの心を落ち着かせようとしているようだ。
俺は意を決して、横からそろそろと、ハルカに覆い被さった。
ハルカが抵抗しないのを確認し、左腕でハルカの身体を横に起こす。ハルカも動きの意図を察し、俺の身体の上にうつぶせになる。結果、俺はハルカを仰向けに抱きかかえる格好になった。
ハルカの鼓動が、胸のカップの間から、布越しに伝わってくる。
ツタによる弄りとは違う緊張が、ハルカを、そして俺を襲っている。
《ハルカ》
ツタで呼びかける。反応はない。
《嫌なら言えよ》
もう一度、呼びかける。口に出す勇気はなかった。
《……うん》
たっぷり秒を数えた後、ハルカから微かな、しかし確かな反応がある。
その反応が正しく肯定であると信じ、俺はハルカに伝えた。
《カーディガンを脱げ》
先ほどと同じようにたっぷり秒を数えた後、ハルカはゆっくりと身体を起こした。目が合う。
ハルカの目が、快楽への抗えぬ期待に染まっていた。
ハルカはカーディガンの襟を軽くめくり上げ、肩から落とす。
そのままするすると、腕の動きでカーディガンを脱いでいく。
ハルカの滑らかな肩、そして白のキャミソールが露わになり、星明かりに浮かび上がる。
俺から手を離し、カーディガンを脱ぎ終えたハルカは、手にしたそれを、先ほどまで自らが身を横たえていたゴザに投げ置いた。
「俺の目の前で服を脱ぐ」。それは今や、ハルカにとって一種のトリガーだ。下着のような決定的なものであれば当然だが、例え上着一枚でも、状況次第ではそれなりの効果がある。
そして、上着を「屋外で、セックスのために」脱ぐという行為は、そのトリガーとしては十分すぎた。
ハルカは先ほどまでの躊躇を残しながらも、俺の顔をじっと見据えている。俺の次の指示を待っている。
ここで引き返すわけにはいかない。俺は覚悟を決めた。
《先にショーツを脱げ》
ハルカが下着を汚さないように、そう命じた。スカートからショーツが抜かれるのを待ち、そして次に、キャミソールからカップを抜くように指示する。
トリガーを引かれたハルカは順々に俺の指示に従い、脱いたものをゴザに置く。俺は手を伸ばして、ショーツとカップをカーディガンの下に隠した。
《仰向きで寝てみろ、俺の上に》
《え?》
いつもと違う指示に少し戸惑ったようだが、特に抵抗することもなく、ハルカは俺に重なってきた。ハルカの頭が俺のデコルテに当たる。
そうなってみると、ハルカはその姿勢の理由を理解したのか、再び頭上(今は眼前)の情景に集中し始めた。
《これなら、見ながらできるな》
《うん》
俺は胸板に重みを感じながら、ハルカの頭を一度軽く撫で、ハルカの胸に両手を伸ばし、ソフトに触れた。
二つの尖りを中心に、仰向けでありながらもしっかりとした脂肪がことを感じ、ここ数ヶ月の成果を実感する。とはいえ、ハルカのおっぱいは固い感じがする。成長途上のおっぱいは大人のものより固いらしいがそのせいだろうか。そういえば、サキュバスのおっぱいは固めなことが多いとも聞く。
「んっ」
カリカリと両乳首をひっかくと、ハルカが小さい声を漏らす。そこは既に充血しており、ハルカの気持ちの昂ぶりを表している。
俺は、ハルカの胸の間に手を置いた。とく、とく、とく、と速い鼓動が手に伝わる。
《すごく、どきどきする》
ハルカはそう伝えてきた。
《俺もだ》
誰も来ないという九十九パーセント以上の確信があっても、一パーセント以下の可能性が、俺達の精神を激しく揺さぶっている。
《今夜は早めに終わらせよう》
ハルカにそう告げた。肉体改造はしない。ここでセックスを無事に終わらせることを目標にする。
最初は縮こまっていた俺の下半身は、ハルカの乳首と同様、ようやく臨戦態勢に近づいていた。
「ぁっ……ぁっ」
遠くに聞こえる波の音の合間に、ハルカの秘めやかな声が漏れる。
俺はハルカの脳を弄っていた。
だが、弄り方が普段とは違う。
脳を押したり、引いたり。
波の音に合わせて、ハルカの快楽ポイントをぐっと押し、ふっと引く。
脳をつつくのではなく、指圧のように押すことで、ハルカの声を出にくくしている。
「ぁっ……んぁっ」
ハルカの身体からは完全に力が抜け、俺の上で両手両足をだらりとさせ、満天の星空の元、快楽にたゆたっていた。
脳にツタを押し込むと、ハルカの胴に力が入り、プルプルと震え。
押し込みを止めると、ふっとハルカの身体が弛緩し、糸の切れた人形になる。
その様子が楽しくて、俺はハルカの脳で遊び倒している。
はー、はー、と激しい息づかいが聞こえ、ハルカが声色以上に興奮していることを教えてくれる。
《ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ》
最初は《気持ちいい》とかまともな言葉を返していたハルカだが、段々と思考が崩れ、幼児退行したみたいになっている。ぐちゅ、というのはハルカが使う「弄り」の擬音である。だから、
《あたまいじられてる》
と言いたいのだと思う。
《なみにゆられてるみたい》
とは、ハルカの数分前の言葉だ。波に揺られすぎて胎児に戻ってるんじゃないか。
俺はハルカの股間に右手を伸ばす。
「んぅっ」
スカートの中に隠れていたそこは分泌液で完全に蕩けており、俺を迎え入れる準備を完了していた。むしろ、ちょっとやり過ぎた感じがする。
俺は自分のズボンを下げ、股間を露出させる。
《おにいちゃん》
俺の動きで少しハルカの自意識が回復したのか、ハルカは俺への呼びかけで結合への欲求を表した。
だが、この体勢のままでハルカを貫くのはきつい。どうするか少し考え、
《起きて、入れろ》
ハルカに、マンコを自ら貫かせるように指示する。
《……》
ハルカは快楽を邪魔されたと感じているのか、やや不満の色を見せたが、じきにむくりと起き上がって、こちらを向こうとした。
《待てハルカ。その向きのまま入れてみろ》
俺の指示を理解したハルカは、そのままの体勢で腰を浮かせ、俺のチンコに手を添え。
「ん゛ん゛ん゛っ!!」
ハルカ自身の穴に、それをくわえ込ませた。
《おそとで、してる》
下半身を俺と繋げたハルカは、今度は横を向き、俺と海岸を背にしている。
本当は仰向けで再び俺の上に寝かせようとしたのだが、繋がった状態を維持するのはさすがに厳しく、横向きで落ち着いた。借りたタオルを腰に敷き、繋げたゴザに二つの枕を並べ、それぞれの頭を置いている。
結果的に近くの木で俺達の下半身が何となく隠れたようになる。そして俺達の視界基準ではその木が地平線みたいになり、その「上」に星空が見える。
《ほし、きれい》
体位作りの間に思考が大分戻ったのだろう、周りを気にする余裕ができている。
《そうだな》
俺はハルカの締め付けを味わいながら返事をする。ハルカのそこは普段と変わらないかそれ以上にぜん動して、チンコの侵入を歓迎している。
俺はゆっくりと、ピストン運動を始めた。
「ぁぅっ」
かみ殺しきれないあえぎ声が聞こえ、俺はハルカの口に後ろから手を添えた。塞いてしまうと苦しいかもしれないので、あくまで添えるだけだ。するとハルカは俺の指をくわえ、しゃぶり始めた。
《噛むなよ》
一応念を押して、俺は周りの気配に注意しながら、突き上げの速度を上げる。体位の限界でスピードに限界があるが、声を出させたくない状況なのでむしろ都合が良い。
「んっんっんっんっ」
《きもちいい、きもちいい》
ハルカは指をしゃぶりながら、快楽を受け止める。ツタから譫言のようなつぶやきが聞こえてくる。一度脳が緩みきっていたからか、あっという間にハルカの思考が快楽に染まっていく。
背後で波が岩に当たり、弾ける音がする。これまでと違う音だったので、少し気になった。
そうか、長引かせてはいけないんだった。声を出させないことを気にしすぎて、そのことを忘れていた。
《四つん這いになれ》
俺はハルカに指示し、動きやすいだろう後背位に移行した。
《声我慢できるか》
《むり、でちゃう》
《そうか、じゃあすぐ終わらせるぞ》
短いやりとりの後、俺は一気にスパートした。
「んっ、あっ、あっ、あっ」
ぱん、ぱん、ぱん、と肉がぶつかる音と連動して、脳弄りの時とは似て非なる声が、ハルカの口から迸る。
俺の突き上げに連動してハルカの胴体が縦に揺れ、時折ハルカが首を振る。我慢できない声を我慢しようとしているのだろう。
《おにいちゃん、ほしい、ほしい、ほしいよ》
珍しくハルカが射精をねだるようなことを言う。それに応えるべく俺はハルカの腰を掴み、一番奥をめがけてピストンを繰り返す。
《あ、あつい、おなかあつい》
ハルカのトーンがやや変わる、俺の動きに子宮紋が反応したのかもしれない。
同時に、マンコの奥から一層ぬるりとした感触を覚える。ハルカの分泌液が急激に増えたのか、ハルカのマンコにチンコがピッタリとはまったような感覚を覚え、射精衝動が一気に膨らんでいく。まずい。ハルカが――
《悪い、出る》
《うん》
しかし、俺が躊躇する余地はなかった。そのやりとりの直後、俺はハルカに向けて白濁液を放出していた。
★
《イカせられなかったな》
《ううん、きょうは、まんぞく》
その交信を最後に俺達は起き上がり、てきぱきと身なりを整えた。荷物をまとめ上げ、道を引き返す。
部屋にたどり着いた俺達は、順にシャワーを浴びる。後に入った俺が出てきた頃には、ハルカの身支度も終盤を迎えているところだった。
「疲れた」
ベッドの枕側に腰掛けていたハルカをすり抜けて、さっさと寝そべる。思いの外、疲れがのしかかっていた。夕方までは大分泳いだし、夜は気苦労が多すぎた。
「また寝癖つくよ」
そう言うとハルカは持っていたドライヤーを俺の頭に向けた。熱風が顔にかかり、俺はうつぶせになる。
ハルカの言う通り、数日前にうっかり乾かさずに寝て、翌朝、髪を整えるのにとても苦労した。髪の毛で風を受けていると、わしゃわしゃとハルカに髪を掻き上げられる。どうやら髪を乾かしてくれているらしいので、甘えることにする。
《次はどっちにする?》
うつぶせでしゃべりづらいのをいいことに、俺はハルカにツタで呼びかけた。
《え?》
《ここか、さっきの場所か》
《あ、うーん》
明日か明後日かは分からないが、この島にいる間、ハルカとは何度か繋がることになる。それを分かっていたので、デリカシーがやや足りないことを知りながら、今後のため、早めに感想を聞いておくことにした。
《そんなに、悪くなかったかも》
果たしてハルカは、先ほどの行為に肯定的な感想を返してきた。
《そうか》
《お兄ちゃんは?》
《正直こえーけど、ここよりはなぁ》
それは事実だ。さっきは、周りに神経を使いすぎて、全く愉しむどころではなかった。しかし一方、ここで行為に及べば、確実に真利奈さんに捕捉される。
当の真利奈さんに指摘された直後では、それを避けたい気持ちの方が強かった。とはいえ、ヤラない選択肢はない。肉体改造計画に差し支える。
《じゃあ次もあそこだな》
ハルカに結論を伝える。ハルカは返事をせず、ドライヤーの風を再び自分の髪に当てていた。
ふと、誰かが動く気配がして、俺はまどろみの世界から戻ってきた。いつの間にか電気が消され、ハルカが俺のすぐ側に潜り込むところだった。
俺は壁側に身を寄せる。船のベッドよりはよっぽどマシだが、セミダブルでも二人で寝るのは窮屈だ。代償として、クーラーの設定温度を普段より二度ほど下げてある。こんなところでも、ハルカの身体が大人になりつつあることを実感させてくれる。この場合はあまり嬉しくない形でだが。
《……お兄ちゃん》
不意にハルカに呼びかけられた。
《ん?》
俺は思わず、目を開ける。数センチ先にハルカの瞳を捉え、思わずのぞき込んだ。
暗闇でも分かる、綺麗な瞳だ。ふと、意識が吸い込まれそうな錯覚に陥る。
《どうした》
再度の呼びかけに、ハルカの瞳が揺れた。
《……………………さっきの》
《さっきって?》
さっきと言われても、いろいろありすぎてどれのことか分からない。
《……なんでもない》
しかしハルカは会話を放棄し、
《おやすみ》
と、そのまま目を閉じてしまった。
(なんだよ)
という内心はツタに乗せず、
《おやすみ》
と返して俺も目を閉じた。
一度覚醒したにもかかわらず、睡魔はあっという間に襲ってくる。
再びのまどろみに身を任せながら、ふと、頭に浮かぶ。
――ハルカが「なんでもない」と言ったときは、何かがあるときだ――
長年の経験則が、俺にかすかな危惧を伝えてくる。
しかし、俺が意識を失うまでに、その「何か」の正体を掴むことはできなかった。
< つづく >