key 第二章の10

第二章の10

 目を覚ますと全員が固唾を飲む中、俺は自分のベッドの上に横になっていた。
 その傍らには唯一、他者に対する回復手段を手にしたばかりの妹が額に汗を浮かべて祈るように腕を組んでいた。
 全員が俺の部屋にいる。そしてその上―――部屋にかけられた時計を見ると午前0時。日が変わったところだった。

「ご主人様…」
 全員を代表したかのように千歳が歩みでてこちらの意を窺ってきた。
「心配すんな。幸か不幸かオレ以外の人間がフェニックスの使い手になったからな。
 いざとなったらいったん死んでフェニックスで復活するって手もある」
 ……まぁ、そんな博打は打たないに限る。

「それよりも、くいな、アイツの―――奏出の城の情報はどうなってる?」
「はい……」
 見てるこっちの方がツラくなりそうな表情でくいなが口を開く。
「童話の舞踏会に魔法で変身して行った女の子は0時になったら魔法が解けますよね?」
 それこそ義務教育課程に入る前からの基礎教養だ。
「あぁ、だからそうなる前に鐘が鳴り終わる前に少女は城から駆け去ろうとする」

「……帰って、来なかったんです」

「―――…」
 無言で続きを促す。

「あのアトラクション、昔から王女の役を一般の客の中から選んでみんなで救出するタイプの参加型アトラクションだったんです。
 だけど、その…10年前、最後にみんなと再会する際のカーテンを開けるとそこにいるハズの王女役の女の子は影も形も無くて、忽然と姿を消してしまったんです。
 以来、少女は帰る事なく鐘の鳴り響く城内を彷徨い、気に入った相手を引き込んでは死ぬまであの城のストーリーの配役に就かせるそうなんです。それで、その…」
 言い淀む。ここからが[都市]伝説の肝なのだろう。
「普通の役なら良いんですが、例えば毒を飲まされたり串刺しにされる配役―――つまり死役なんかは数体の内、何体かは実物を使っていてすぐに入れ替えるため定期的に入れ替え、つまり行方不明者が続出している、というのがあそこの伝説です」
 …こちらを察してだろう、くいなはあの単語を使用しなかった。

「みなぎ、今の以外に何か分かるか?」
 ふるふる、と泣きそうな顔をして答える。
「……ごめん、なさい」
「謝ることじゃない。他に、あそこについて知ってるヤツはいるか?」

 一同、申し訳無さそうな表情をする。が、一人だけ微妙に異なった表情をしていた。
―――千歳だ。
 千歳だけ、なにか思い詰めたような表情になっていた。
 何を思っているのか俺は気になり、千歳を呼び寄せ、読み取ろうとする―――

「が…っ!」

 ダンタリオンの指環に意識を集中した途端、指先から劇痛が全身に発信される!
 気が触れそうな感覚が俺の中を駆け巡る。間違い、ない。これはあの廃ビルでも―――
「ジュージ!大丈夫!?」
 表層に出さないようにした痛みを顔の筋肉が引きつっただけで幼なじみが感知する。
「…っ、あ、あぁ、大丈夫だ」
 俺はフトンの中で全ての指輪を外すとそのまま手を隠す。

「…っ、それよりも―――それだけじゃまだ情報が足りない。
 誰か、明日の昼の内に現地へ行ってきてくれ。くれぐれもアトラクションなんかには乗るなよ」
 警戒すべきは中央にある城だけじゃない、あの遊園地そのものが奏出の領地―――テリトリーになってると思っておいた方がいいだろう。
「……それじゃ私が―――」
 そう言って手をあげたのは先ほどまで思いつめていた新前指環使い、千歳だった。
 …まぁ、移動手段をもってるし、何かがあったとき指輪がある分、牽制くらいにはなる、か。
「あとはそうだな……佐乃」
 ビクっと反応し、怯えるようにこちらを向く。
「さっきからずっと気にしてるくらいなら挽回しろ。ちとせを守れ。できるな?」
「は…っ、はいっ!」
「気負うな。あと敵の挑発にも乗るな。場所は相手の領地だ。どんな好機も罠だと思え。
 オマエの仕事は護る事だ」
「は―――……はい」
 指名された途端、あわよくば偵察の内に汚名返上しようと思っていたのだろう。直接心が読めなくともこれ位は分かった。

 だが、甘い。
 奏出はどの指環使いとも遭遇し、生還している。
 そしてあの手にしていた指輪―――瞬間移動はセェレだった。

 ということは……俺が真っ先に遭った自分以外の指環使い。あの朱い指環使いはアイツに倒された、ということになる。
 ……予想以上に事態は深刻なのかもしれない。

 あとは…いや、この二人だけに行かせるしかないな。
 他に人員は割けない。
 戦闘能力、もしくは指輪を有する人員で華南はこの城の防御を担当してもらわなければならない。何しろ指輪使いは奏出だけではない
 夜鷹に対しては何かしら対抗策、もしくは搦め手が用意されている可能性が高い。
 みなぎは情報収集とひかりを始めとする学園内の従僕たちのガード、ストラスの知識を教授されている千鳥は学園祭の準備があるし、戦闘技能を持っているワケじゃない。なにより前線に立たせたくない。
 となると偵察組の面子はこの二人になる。
 さっき話した限りではアイツは勝つ為に手段を選ばない種の王じゃ、ない。
 むしろ、この闘いにおいて指輪を使って勝利する、というルールを遵守した上で戦ってくるであろう、王道を歩む相手。

 即ち、王。

 自らの誇りを汚すような真似はおそらく、しない。
 それでも万が一がある。その点においてアイツにとって未知の指輪を持った相手では流石に慎重にならざるを得ない。

 あと、自信を喪失している佐乃にはなんでも良いから仕事をこなさせて自信を回復して貰わなければならない。
 今のままじゃ気負いすぎておいおい自滅するのが目に見えている。明晩までに使い物になってもらわなきゃ攻城の成功率が半減する。

 そして、最後―――千歳が指環使いとして覚醒できるか。
 あの廃ビル以降、雪花は最初からフェニックスの指輪をなんなく起動させられた。
 が、もう一方、千歳のサレオスはなんの反応も示そうとしていない。
 千歳、小難しい顔をして曰く、
「酒を飲んでいた大きい鎧の人がよろしくなって言ってました。
 ……あれが噂の自宅警備員とか言うのでしょうか」
 ……なんだ、そりゃ。

 オロバスに聞こうにも今は指輪を使えない。
 目を覚ましてから指輪をしている指が痛み、使おうとすると激痛が走り、腐食を食い止めているフェニックスの回復量を超えて進んでしまう―――いや、実の所、回復量を超えてじわじわと少しずつ腐敗は進んでいる。
 魔力に関わる神経回路を根城としている―――呪い、ということだろう。

 ……それでも俺は無理矢理、二度起動させることになるだろう。

「佐乃、華南、一旦オレに指輪を返してくれ」
 そう、この二人の嵌めている指輪と契約を失効させる為に。
「ご主人様…」
「心配するな。オレの体力がもつか分からないからもう一度、再契約してもらう、その為だ。今晩中に契約を解除しておく」
「ご主人様…っ」
「さ、いけ。今日は丸一日勝負になる。休めるだけ休んで明日に備えろ」
 今はそれしかない。暗にそう言ってみんなを下がらせる。
 とはいえ、若干二名ほど今の内に明日偵察しに行く二人に情報を渡すべく情報を収集しようとしているのを察した。
 まぁ、その二人は明晩行かせるつもりはないからそのまま放置しておく事にする。

 あとは…俺は部屋に唯一残った妹に口を開いた。
「せっかも、精度は落ちてもオートで回復させられるんだったら布団に入れ。多少、腐敗が進んでも問題ない」
 おそらく進行速度の具合から言ってあと2日は持つ。どの道、明日の攻城が失敗したら後はないのだから問題はない。
 そう言って半身分体をずらし布団を空ける。だが―――

「いや」

 拒否が、来た。
 ……どれくらい振りだろう、もしかすると初めてか。雪花が俺の命令に背くのは。
「お兄ちゃんが居なくなるだなんてイヤなの。二度と、もう二度といなくなっちゃイヤなのぉ…っ!」
 ぼろぼろと、涙を流しながら訴える。

 …あぁ、そうか。
 大神隠し。あの最中、雪花は延々と千鳥と共に俺を捜し回って居たらしい。
 だが、子供の身でできることなんて限られすぎてる。
 ただでさえ子供が大量に失踪していた非常時だ。外出が許される訳がなかった。
 なのに雪花と千鳥は共に二人で俺を捜し回ったらしい。千鳥の姉に聞かされた。
 互いの親に怒られても、神社の蔵の中に入れられても、警察に保護されても倒れても何度でも―――

「―――…」
 俺は嘆息した。
「[漆黒の王の命令](ブラック=オーダー)だ。指輪をオートにして眠りにつけ」
「…っ!だ…め…ッ!」
 ……指輪の所為だろう、[聞こえない]ハズの命令を半目になりながらも抵抗する。
「………[闇の王の命令](ダーク=オーダー)」
 するとようやく意識を失うように俺の膝に崩れ落ちる。
 それをなんとか受け止めてそのまま抱えて奥の方に横にする。
 相当、無理していたのだろう、一度眠りについてしまった今はもう深い眠りについていた。

 妹に布団をかけ終わると自分の背後―――入り口に聞こえるよう話し掛ける。
「……別にオレの方はまだ眠くなってない。話したい事があるんだったら相手になるぞ」
「…こんばんは」
 真っ先に部屋を出て行ったハズのひかりがドアを開けて現れるとそれまで雪花が座っていたベッド横のイスに座る。
「落ち着いたのか?」
 こくん、と頷く。
「そっか。…で、用件は?」
「……なんで、あの時、助けたんですか?」
 咎めるような、声。
「助けちゃいなかったのか?」
「場合にもよります!よりにもよって貴方がこんな事になるなんて…っ」
「あなた、か。さっきみたいに呼ばないのか?」
「あ、それは…っ」
 思い出したのか紅くなって抗議の声を上げてくる。
「オレを呼び捨てするのは千鳥くらいだったからな、驚いたぞ」
「うぅぅ…っ、話題をすりかえないでください…っ」
 まるで一生の不覚だとでも言わんばかりに眉間にしわを寄せ、目を閉じる。
「まぁ、お前が呼びたいなら好きにすればいいさ。止めやしない」
「…え?」
 悪意がある呼び捨てだったら断固拒否するが別に他意はなく、そう呼びたいと言うのなら止める義理は無い。
「万が一があった場合、もうそんな機会があるわけでもないしな」
「っ!そんなの…っ私が…っ、許しません…っ!」
「…そうか、すまないな」
「なんで…っ!?…たしがっ、わたしが謝らなきゃいけないのに…っ!」
「泣かすのは好きなんだが泣かれるのは苦手なんだ。昔からコイツに泣かれてきたからな」
 余った腕で隣で寝ている雪花の目尻にたまった涙を拭う。
「……指輪を…指輪を私に貸してください。それがあれば不思議な力が使えるようになるんでしょう?」
「ダメだ。オマエに使えるかどうかって問題もあるがなによりこれはオレ自身の問題だ。
 コイツと千歳はむしろ例外―――いや、いい例か」
「例?」

「オレ達が指輪を選ぶんじゃない。指輪が主を選ぶんだ」
 自分を使いこなすことのできる主の下へ。
「そもそも、オマエが前線に立ったらみなぎはどうなる」
「なにも戦うだけがその指輪の能力じゃないんでしょう?」
「それでもダメだ。
 オマエを堕とした時ならいざ知らず、今はこれまで生き残ってって来た奏出のような戦闘力の高い他の指環使い達と遭遇しやすくなってる。
 そんな状況で戦闘能力のない指環使いを誕生させた所で鴨ネギになるだけだ。その為に常に佐乃にガードさせてるがこれ以上、増えればアイツだけじゃ対処しきれなくなる」
「………」
 提案を突っ返され膝の上に置いた手を震わせ、憮然とした表情でこちらを見る。
「…だったら、だったらどうすれば貴方に何かできるんですかっ!?」
 詰まる所、自分の気が済まないだけだろ。
 気に病む必要なんてない。そもそも奴の、奏出の標的は俺だった。
 ひかりはそう、それに巻き込まれそうになっただけ。

「別に?オレの好きでやった事だ、オマエも、指輪は渡せないが好きにすればいいさ」
 それが、いつぞや学園の資材置場で交わされた俺のしている事に対する答えに、なる。
 偽善にもならない。それが今の在り方だ。
 しばらく静寂が続き、二人の間には雪花の規則正しい寝息だけが流れる。

「………ホント非道い。どうして欲しいのかも言ってくれないなんて」
 だが、心のしこりは取れたようだ。大分、落ち着きを取り戻している。これなら自暴自棄になることもないだろう。まったく…手のかかる従僕達だ。
「どうせだったら寝てくか?あくまで寝るだけだが」
 腐食の過程が通常と違うせいか、臭いはほぼ無臭だったりする。
 まぁ、見た目はかなりグロいが包帯と服の上からはわからない。
「あ…その、魅力的な提案なんで、すが…その…オフロに…入ってないものですから…」
「あぁ、わかった。別に強制してるワケじゃないんだ。好きにしな」
 なんというか、やっぱり俺とアイツは間というか相性でも良くないのか。
 まぁいい。さて、俺の方も契約を解除したらゆっくり休ませてもらおう―――…

「…最後に一つ、いいですか?」
「オレに答えられることなら何でも」
「死ぬのは怖くないんですか?」
「直球だな」
「…気に障ったならその、すいません」
「構わない。そうだな―――死ぬことは別に怖かないな」
 虚勢でもはったりでもない。それがごく自然な俺の本音だった。
 何故なら生きている限り、あの痛みから逃れる事は叶わない。
 正直、気持ち何割か望んでいる節すらある。
「………っ!」
 そんな俺の答えにひかりが沸き上がってくる激情を抑えるように背中を震わせた。そんなひかりの顔に表れたやりきれない表情に嘆息する。
 どうせ他人事だろうに…仕方ない、サービスするか。
「…だけど、生きられないのは怖いな」
「………………え?」

 そう、死ぬことは怖くない、だが、生きられないことが恐ろしい。

「ユゴーの作品に出てくる死に瀕した主人公の科白の引用だけどな。だけど、これ以上に真に迫った言葉もない」
 死は一種の通過点に過ぎず、認識するのは一瞬のモノ、持続するモノじゃない。
 だが、生きられないという事は今の自分の一切の状態と可能性を否定し、剥奪される事が継続される状態だ。
 永遠に生を否定し、可能性を剥奪される事を想像すればなんとなくだが、分かる。
 今、自分が目にしている世界にいられなくなる恐怖。
 それが永遠に続くのであれば、それは正に地獄に他ならない。
 自分だけが停止し、それ以外の誰もがこの世界で生を祝福し生きていく。
 そんな、自分だけが取り残されていくような感覚。それが永遠に続くのであればそれは絶望に他ならない。

「貴方は…悔いているんですか?自分のしたことを」
 ……どうやらひかりもアレを読んでいたらしい。
 死に瀕した主人公はかつて罪人だった。
 だが、自分の犯した過ちに気づき、それからは人の為にだけ尽くしていた。まるで聖人のように。
「…そういう風に見えるか?」
「…いえ」
「じゃあ、そういうことなんだろ。それにまだ死ぬと決まったワケじゃない」
「不謹慎でした……すいません」
 ひかりがしゅん、とする。
 そして俺はまたため息をつく。
「―――にしてもやっぱり死は怖いらしいな、ここまで口が軽くなるとは、な」
 誰かに聞いてほしかったのだろう。
 ひかりがきょとん、とした後、ほんの少しだけはにかむ。こんな顔を見るのは初めてで、そして最後かもしれない。
「そんな些細な事がうれしいんです」
「そんなモンか」
「はい、そんなモン、です」
 そう、泣きそうな顔で微笑んでからひかりは部屋を後にした。

 AM6:00、部屋の掛け時計が短針と長針が背合わせになると同時に華南と佐乃が俺の部屋にやって来た。
 仮眠は取ったのだろうがほとんど寝ていなかったのだろう、その顔は精彩を欠いていた。
「おはようございます、ご主人さ―――っ!」
 二人の目が円くなり、息を飲んだ。だが予想通り、俺は意に介さない。
「ほら、指輪はそこに置いてある。早く再契約して今晩に備えて少し休め」
 そう、俺は二人には指輪は手渡せない。なぜなら、
「そんなことよりご主人様、腕が―――!」
 寝室の入り口、二人側に在る俺の左腕はだらん、とただ垂れているだけだった。
 華南と佐乃の指輪とは契約を解除した。
 そのおかげで腐食は左腕全体にまで拡がり、すでに片腕が機能しない状態で俺は話をしている。
 …正直、予想以上に無理をした。
 この状態ではもって明日、明日の夜明けまでに腐食は心臓に達し、俺の生命活動を停止させるだろう。

 即ち、あと24時間。
 24時間で俺は死ぬのかもしれない。
 そして、契約を失効する際、2柱が教えてくれた。
 もし死んでフェニックスで生き返ろうとしてもきっと身体に刻まれたこの呪いが蘇生を許さないことを。

「ご…しゅ、じんさま…っ!」
 俺を見て華南が悲しそうに嗚咽を漏らす。
「私の指輪をつけていれば…っ」
 確かに。アスタロスの護符と指輪は呪いを無効化する。が―――
「あの場合は関係ない。外からじゃなく、傷口―――体内に直接呪いを撃ち込まれたんだ。
 だから気に病むな。そして肝に銘じとけ。オマエが今晩戦う相手はそういうヤツだってことだ」
「…っ、はい」

 …どうも湿っぽい。俺がこうなったことを悔やんでいるのか、それとも自分の非力を嘆いているのか。
 どちらにしろ主戦力であるこの二人がこの調子では今夜の計画達成もままならない。
「オレを生かすも殺すもオマエ等次第だ。だから時がくるまで万全の体制を整えておけ」
「はぃ…はい…っ!」
 華南がアスタロスと他に俺の選んだ指輪を手にし、涙ぐんで俺の膝に崩れる。そんな華南の頭を残った右手で撫でてもう一方の少女を見る。
 佐乃はただ立ち尽くし、ぎゅっと唇をかみ締めて自分の不甲斐なさを恥じていた。
 そんな2人が指輪を嵌め、無事、契約が完了したのを見届けると俺は次の来訪者を待つ事にした。

AM7:00、残り23時間。
 俺の部屋にくいなとみなぎがやってきて、それまで来ていた華南と佐乃の2人が入れ代わるように、2、3言、言葉を交わして出て行った。
「御苦労だったな」
 案の定、ぶらん、と垂れ下がった俺の手に驚く二人に労いの言葉をかける。が、わずか一晩で調べられることなど限られていたのだろう、二人とも浮かんだ顔はしなかった。
 それでも、何も情報がないよりはいい。

「さ、とっととその書類を俺にもよこせ。
 馬鹿正直なあの二人が偵察に行くからな、こっちで分析しないと情報の真価が発揮されない。
 あぁ、あと、この情報を元に日中、あと少し動いてもらうことになるからな、今のうちに少し休んどけ」
 そう言うと、ベッドの片側を開ける。
 ちなみにもう片方は言わずもがな妹姫が独占していたりする。 
 俺がベッドを空けると二人とも喜び勇んでベッドに飛び込んでそのままこちらに甘えることなく寝息を立てだす。
 …かなり集中していた証拠だ。ただ散漫と情報を収集していただけならこうはならない。
 さて、と。
 場合によっては偵察組にも指示を出さなきゃいけなくなるかもしれない。

 俺は残った右腕でレポートを顔の前まで持っていき、目を通しだすと不意にドアをノックする音が部屋に響く、俺はレポートから目を離さずにそのまま返事をする。
「入れ、そろそろ来る頃だと思ってた」
 扉を開けた人物を迎え、俺の朝は過ぎていった。

AM8時30分、残り21時間30分。
 朝礼を終え、出欠を取った千歳は後の進行を実行委員である千鳥とひかりに任せ、佐乃を伴い街南、海浜沿いにある大型テーマパークに向かっていた。
 走っていれば警察に停められる千歳の車も着いてしまえさえすれば他の遠足や修学旅行生に紛れ込むことができる。

そしてAM10時、残り20時間。
 開園30分ほど前に着いて下準備を終わらせていた二人は早速、園内に入るとくまなく散策を始めだした。

「ここが…」

 平日だというのにも関わらず、園内は家族連れや遠足などの学生で賑わっていた。
 佐乃が緊張した面持ちで声を震わせる。
 既にここは敵の領内。何が起きても不思議ではない。

 念のため、小太刀を服の中に隠しいつでも取り出せるように警戒していた。
 そんな佐乃を千歳が注意する。
「遼燕寺さん、もっと笑顔になって。そんな緊張した面持ちじゃ周りに変に思われちゃうわよ」
「ですが…っ、ここでは何が在るか分からないんですよ!?それにお館さまの事も…っ」
「なら、なおさら。ツラい時にはね。笑うの。笑って、勇気を振り絞って足を踏み出すの」
「…それが出来れば苦労はしません」
「それがご主人様…ううん、からす君のしていることだとしても?」
「!?」
「どんなに必死で巧くごまかしていてもやっぱり同じ異端だったから分かるの。
 どんなに強くても、どんなにたくましくてどんなに強くてカッコ良くても迷わないヒトなんてない。弱気にならない時なんてない。
 だけどね?それでも、そんな時だからこそご主人様は―――不敵に笑うの。
 不敵に笑って泣き笑いながら理不尽な世界を打ち壊して行くの」

 例え、死を目前にしてもそれは同じ。それが海鵜千歳の見てきた烏十字なのだと遼燕寺佐乃に言って聞かせた。
「…ほんと、凄いんですね、お館様は」
「うん、だから孤高。だから心惹かれる」

 まるで惚気るように恥ずかしそうに言ってのける。
「そういえば…遼燕寺さんはここは初めて?」
「は…はい、遠足の時はいつも剣道の大会で…先生は?」
「最近は来てなかったけど詳しいよ。
 おばあちゃん、て本人に言うと怒られるんだけど、祖母によく連れられて来てたんだ。
 だからかなり詳しいよ?たとえばあのお城、秘密の抜け道とかあったりするの」
 そう言って二人が見上げたその先には奏出が指定したテーマパークの中央城がそびえ立っていた。
「抜け道…ですか?」
「うん、もうずっと昔の事だから直されちゃってると思うけどね」
「はぁ…」

 そんな話をしていると不意に大きな声が聞こえた。
「はい、そろそろアトラクションを開始しまーす。参加希望のお客様、ございましたら係員にチケットを渡すかパスポートの提示をお願いしまーす!」
 よく通った声に導かれ、周囲の客がそれぞれ入って行く。
「……行きましょう」
「でっ、でもお館様はダメだって…っ!」
「たぶん、大丈夫。それにちゃんと許可だって貰ったよ。
 これだけ他に人もいるんだし返ってチャンスかもしれないわ。行きましょう」
 珍しく強気な千歳に押される形で佐乃も追随してしまう。
 入り口の係員に二人分のチケットを渡すと二人は他の客達に紛れ込む形でアトラクションに入場してしまう。

 中は薄暗く、時折フラッシュする白色灯が瞬間的に中の構造と他の客の存在を教えてくれていた。
「…薄暗い、先生、はぐれないようにして下さい」
「う、うん…」
 あっさりと立場はいつも通りに逆転し、佐乃が先行していく。
 しばらく進むと小部屋があり、参加する他の客達がそこに溜まっていた。
 アトラクションはあの事件以降も変わっていなかったらしく、参加者の中から小さい女の子が攫われるお姫様役に選ばれることになった。

「じゃあ、キミ、お願いできるかな?」
 指名されたのは―――千歳。
 当然と言えば当然だが妙と言えば妙。佐乃と千歳以外、ヒロインになれるような少女はいなかった。
 指名された瞬間、ビクっとして一瞬、身を堅くする。が、毅然と、そして嬉しそうに添乗員の元へ行く。
「先生っ」
「大丈夫。何かあったら助けにきてね?」
 それだけ言うと添乗員と「お姫様」用の通用口に消えて行く。
「……っ!!」
 何か言いたそうにする佐乃を差し置いてそのまま千歳は消えてしまう。

 それからアトラクションは何事もなく進む。
 扮装させられた千歳が舞台の高台に出現し、それを追う形でストーリーが進んで行く。
 扮装も、最初はこじんまりとしていて光沢もない、パッとしない灰色のドレスだったが中性的な金髪の魔女が現れると目くらまし用のスモークが焚かれ、次に衆人の前に現れた千歳は純白のドレスに包まれ、どう見てもお姫様だった。
 そして、最後。やってきた継母が化け物に変身してこちらが剣を持って戦うシーン、選らばれたのは―――佐乃だった。
 といっても、備え付けのイミテーションの剣を掲げるだけ、それだけのものだったが。
 心持ち、千歳を雪花として見立てていたのか、それとも自分の渇望していたシチュエーションだったのかかなり乗り気だった。

 全てが終わり、お姫様役と王子役が表彰される個室に誘導され、緊張した面持ちでカーテンが開くのを見つめる。

 カーテンを開くとそこには千歳が―――いた。

 ほっと一息つく佐乃。そして何事もなく、ちとせちゃん、と子供に間違われた状況で表彰され、なにか言いたそうな表情だったが我慢して笑顔で押し通した。
 そして、部屋からの下りエレベーターに乗る段階になって全員が乗り切らず、佐乃と千鳥が残る事になった。

「何かあると思ったけど…なにもなくてよかったね」
「えぇ、その…楽しかったです」
 まんざらでもなかったのか佐乃が少し照れて答える。
 このアトラクションを反芻しているのか、やや興奮気味になっている。
 初めてのアトラクションにここに来た目的もどこかに行ってしまっているらしい。
 本当はいけない事だが―――それでもここでは救いに、なる。
 ここに来る車中でも佐乃は言葉少なめで自分を責めていた。たとえこんな形でも気晴らしになれば当面の困難にも立ち向かえる。
 千歳はそう思い、佐乃の邪魔にならない様、小部屋を見直す。
 …10メートル平方のここは小さく、そして、懐かしい。

…ここには楽しい思い出が無数にあり、自分の心に残る大きな痕が一つ刻まれている。

 そう思っているとエレベーターが開き、中にいたアテンダントが口を開く。
「はぁい、どうもこんにちは。ようこそ、私の城へ。どう?楽しんでもらえた?」
「っ!貴女は―――!」
 そこには忘れられもしない。

 皆の心に影を落とした元凶―――奏出 つぐみがそこにいた。

PM0時0分、残り18時間。
「にぃさまっ、もらって来たっ!」
 いつになく気忙しそうなみなぎが寝室に飛び込んできた。

「っ!へっ?へ?」
 その声にがばっと布団を剥いで眠っていた妹が起きる。
 が、俺もみなぎもそれに取り合わず、そのまま一枚の書類を受け取り、目を通しだす。
 ―――……なるほど、やっぱりな。

「よくやった、みなぎ」
 褒めるとぱっと笑顔になり、俺の横で眠るもう一人の妹がむーっと声をあげた。
「ねぇ様のおかげ。相談したら警察と役所に掛け合ってくれた」
 そりゃ助かった。
「お兄ちゃん、それは…?」
「被害者のリストだ。10年前のな」
「じゅうねん、まぇ…?」
「あぁ、あの時、あの遊園地での被害者をまとめてリストアップしたモンだよ」
「なんでそんなの…」
「あの話の起こりはあの時のことだ。おかげでアイツの…奏出の事が分かった」
「―――!」

「奏出 つぐみ、アイツは―――10年前に大神隠しに遭っている」

「あのひと、が…?」
「あぁ」
「でも、だったらなんで…帰ってきたのは……」
 そう、アレから生還したのは俺を含む3人のみ。奏出は[森の少女]ではない。
 よって当然、奏出はその中に含まれていない。
「あぁ、この書類を見る限り、奏出 つぐみは死んでいる―――」

「ふふふ、大丈夫よ。
 平日だとはいえ、人が大勢いる場所で事を構えるほど愚かじゃないわ、ワタシ。
 それにこの格好を見ればわかるでしょう?今はただのアトラクションのお姉さんよ」
「……――っ!」
「遼燕寺さん、落ち着きなさい!ご主人様になんて言われてるの!!」
「ですが先生…っ!」
「あら、さすがチビっ子とはいえ先生ね、物分りがいいわ。
 もし良かったら園内を案内しましょうか?あ、でも二人ともそれじゃ身長制限付きのアトラクションは無理っポイわね」
「―――…っ!」
「………からかいに来たなら邪魔です。早く自分のお仕事に戻ってはいかがですか?」
「あらあら、嫌われたかしら?ま、仕方ないか。早くしないと貴女達のご主人様、死んでしまうものねぇ?」
「おあいにくさま、指輪の力でご主人様は昨日のままでいらっしゃいます。三日で腐れおちるなんてコトありません」
 眼前の相手に飲まれまいとせめてものハッタリをうつ。奏出もふぅん、とそれを当然のように受け止めたらしい。
 だが、口から出てきたのは二人の予想を遥かに越えたものだった。
「そうね、腐れおちる事はないわね。

 ―――死ぬことに変わりはないけど」

『!―――なっ!』
「あら、やっぱり。じゅうじ、だっけ?あの子、教えてなかったみたいね。
 余計な心配はさせない為かしら、それとも……信頼されていないのかしら?」
「どういうことです!?」
「言った通りよ。腐り落ちるなら当の昔に腐り落ちるよう最強の呪いをかけたわ。
 だけどまだ死んでいない。それは流石、と褒めてあげるけどこの呪いの究極は3日で相手を確実に死に至らしめることに在る。
 即ち、3日で死ぬという因果は変わらないのよ」
「―――…っ!」
「あぁ、そうそう。ヴェパール大公に聞いたんだけどなんらかの方法で復活させても魂に刻んだ呪いは消えないから腐ったまま生き返り、今度は死ねず、永遠にそれは持続する事になるそうよ」
 ………読まれている。
 フェニックスで復活させられると、腐らなければ大丈夫だと自分達の主人がいっていたことが自分たちを安心させる為の気休めだった事が読まれている―――!

 震える佐乃を支え、震える声を懸命に隠しながら千歳は女に背を向けた。
 そして、開放されていたエスカレーターに乗り込むと奏出を真正面から見つめ、口を開いた。
「それでも…それでも私たちはご主人様を信じています。だから、私はあのヒトを決して死なせない、そして、貴女を打倒する―――」

たとえ、もし、あなたが私の知っている奏出 つぐみだったとしても―――

「……え?」
 雪花が間の抜けた声をあげた。
 そう、死んでいる。
 しかも遠足の際中、死体の上がらなかったこの事件、彼女の失踪を証言した証言者の名前の欄には―――当時同級生の海鵜 千歳の名があった。

「……………」
「それじゃ、アトラクション、懐かしくて楽しかったです。…それじゃ、今晩、逢いましょう」
「…………………………えぇ」
 エスカレーターが閉じる。
 誰もいなくなった小部屋の中でつぐみは独白する。
「―――可哀相な娘たち。操られている事にも気付いていないだなんて」

 だが、つぐみも自分が甘いと思った。
 思想の根幹が操られている事、それが指輪の力だといってしまえば多少ぐらつかせる事ぐらいはできただろうに言い出すことができなかった。
 主と称しながらも部下達だけに戦わせず自分から前線に立ち、不利とわかっていて相手の流儀に合わせる。
 その上、先日の自分との戦いでは臣下を庇った。
 それは王であれ、誰しもができることではない。
 そんな彼を必要以上に貶める事は自身のプライドが許さなかった。
 それが自分の王の資質かしら、と彼の不器用さとさほど変わらない自分の不器用さに少しだけ苦笑がもれる。
 そして次の瞬間、顔を上げ、キッと遠くを見る。
「それもこれも今回まで。
 もし、彼等が私の前に現れたら今度は私の下にひれ伏させる。 
 ………それが例え、無二の親友だったとしても―――」

PM3:00、残り16時間。
「―――あぁ、ちとせか?
 そうか、あぁ、こっちも裏が取れた。詳しい話はこっちで聞く。いや、急ぐ必要はない、急いだ所で何も変わらないからな。
 学園に戻って仕事してからでいい。あぁ、じゃあな」
 ぷつ、と携帯を切る。
「ご主人様、今のは…」
「あぁ、千歳からだ。奏出と遭遇したそうだ」
「―――!」
「言っとくが無事だ。それよりアイツ、アトラクションの添乗員だったそうだぞ」
 それを聞いて華南がぴくり、と反応する。
「それで、なんで無事なのかは…」
「さぁな。詳しくはこっちに帰って来てから聞くことにしてる」
 ま、ロクな話は聞けないだろうが。

「それより話を進めるぞ。
 万が一があってオレが死んで復活させられなかった場合、オレの言った通りにしろ。もし華南に万が一がった場合は、雪花、おまえがそれを実行しろ」
『……』 
 二人とも何も言わない。
 まったく…こんな時、女は面倒で困る。
 この一件が無事に済んだらメモリーボムを仕込む必要があるな。
 それよりも今はこの二人をどうにかするのが先だ。

「……分かったよ。オマエ等は好きにしろ。その代わり、他の連中に関してはある程度記憶を曖昧にして日常に帰還させろ。
 あと、夜鷹が生きていたらフェニックスとオリアクスの指輪を渡してそれ以外の指輪は奏出に差し出せ」
 本当は二つとも渡さなければならないのだが、俺の命と他の指輪を差し出すことを条件に許してもらうとしよう。
「いいな?」
「…うん」
「…わかりました」
 不承不承、頷く。
「あと、一つだけ伝えておく。オレが死んでも死ぬな。死ぬ位だったらなんとかして手立てを探せ。
 これは命令じゃない。願いだ」
「はい」
「それがご主人様の御意志なら」
 今度は即答した。
 まったく、ホント面倒で困る。

PM6:00、残り12時間。
 学園から帰って来た千歳が俺に謁見に来ると再び雪花を強引に眠らせて二人きりで話をしていた。
「―――で、アイツとはどういう関係だったんだ?」
「…親友、でした」

 続きを促す。
「小学校…当時はまだ市立の小学校があって、その遠足であそこに行ったんです、あの日に」
 そして俺と同様に、失踪した。
「何があったかはよく覚えてないんです。
 お医者さんはなにか強いショックを受けたせいだろうって言ってました。そして、私は…成長するのが止まりました」
「ちょっと、待て。オマエ前、成長が遅いのって遺伝的なモノだって―――」
「遺伝的には20歳くらいまでは普通に成長するそうなんです。

 実際、隣のクラスの生徒に従姉妹がいるんですけどその娘はみんなと同じように成長しています」
 そんなの、いたのか。パッと見、誰だか想像が付くようなのはいなかったように思える。
「ただ私は…お祖母ちゃんは精神的なものがトリガーになったんだろうって言ってました」
「……」
「あまり役に立たない情報で申し訳ありません」
「いや…十分だ」

 これまで幾度となく千歳の心を読んで来たがこの内容に関するものは一度としてなかった。
 それ程までに深層に封じていた聖域の記憶。
 仮令、千歳が俺のモノだったとしても気軽に触れて良いものではない。
「最後に聞く。親友と…戦えるのか?」
 びくっ、と千歳が震える。
「決別は済ませました。だけどちょっとだけ自信がありません」
 心もとない、だが、それが今の千歳の精一杯なのだろう。
「そうか、分かった。今日はこれからが本番だ。少し休め」

「はい…」
 そう言うと羨ましそうに雪花を見る。
 …あぁ、そう言えば朝、最後に俺の部屋に来た時もみなぎとくいなをこんな目で見ていたな。
「…入ってここで休むか?」
「っ!はいっ!」
 笑顔になってスーツがシワになるのも構わずにそのままもぞもぞとベットに入って来る。
 するとすぐに寝息を立て出す。
 精神的にも大分消耗していたのだろう。無理もない。

 …そして、ここに来て俺の中に一つ、大きな疑念が生じていた。
 都市伝説を聞いた限りでは奏出の指輪の能力は死霊術、ネクロマンシーに関するものだと思っていた。
 だが、昨日の衝突時と今日のちとせ達との遭遇時にはそんなおくびも感じなかった。
 …そもそも、死んだハズの奏出が10年間もどこにいて、どうやって指輪を手に入れた?
 そう、ここで一つの仮説が成立する。
 もし、奏出が誰かに生き返らされて[配役]に就かせられているとしたら…

―――ほんとうのてきは、ほかにいる。

 そんな思考がよぎる、が―――それを打ち消すようにノックと共にドアが開けられた。
「ご主人様、失礼します…あら」
 華南が面白いモノを見たかのように声を上げる。
「羨ましいです」
「あー、この一件が無事終わったらオマエも入ると良い」
「はいっ」
 ようやく笑顔になった華南を見た気がする。
「…無事、本当に全部、無事に終わると良いですね」
「あぁ、少し眠るとする。オマエも適当な所で休憩を入れておけよ」
「はい、かしこまりました」

 準備は全部整った。
 …仮定のことといい、不安はないといえばウソになる。が、今の最大の目的は奏出を撃破し、ヴェパールの呪いを解く事。

 あとはあのテーマパークが閉園する5時間程後を待つだけだ―――

「行ってきます」
PM11:30、残り6時間30分。
 佐乃、華南に夜鷹、そして運転手の千歳が俺の部屋に来て出発報告をしていた。
「…あぁ、頼む。だが、死ぬな。オレを生かす為にオマエ達が死んだんじゃ勘定が合わない」
「…ホント弱気ですね、ご主人様。
 申し訳ありませんがご主人様と世界、天秤にかけても世界を取るなんてありえません」
「………」
 嘆息する。分かりきった答えだ。だが、今度ばかりはそうはいかない。
 最後の一人に顔を向ける。
「…だ、そうだ。夜鷹、いざという時、コイツ等をシメてでも戻ってくるようにしてくれ」
「いつ死んでも構わない僕にそれを頼むとはね…まぁ、殿くらいは勤め上げるよ」

 どいつもこいつも…
 指環使いとして経験値のあるコイツ等にはコマンドワードは仕込んでいない。というか指環使いに対して仕込む時間があまりにも足りなかった。
 それが裏目に出るとは…
「―――勝手にしろ。もう知らない」
 布団に潜りこむ。
 何を言っても聞かないなら勝手に行けばいい。

 すると―――
 ぼん、と布団越しに頭に手を乗せられた。
「だいじょうぶ、大丈夫です、ご主人様、ちゃんとみんなで帰ってきますよ」
 どこか落ち着いて、どこか優しく包むような声。
 …バカが、なにが大丈夫だってんだ。
 こんなにも手が震えてるのに。
「だから大丈夫。震えなくたっていいんですよ」
 だからオマエが震えてるんだ、とは言わなかった。
 ただその手は布団越しなのに―――温かかった。

「行ったか…」
 ドアが閉まった部屋に独白が響いた。
「お前等には確実に明日がやって来るんだから休め」
 だが、それぞれが頑なに拒絶する。
「一緒にいます」
 …まぁ、一日くらい寝なくたって死にやしない、か。
「はぁ…分かったよ、好きにしろ」
 死ぬ時くらいは一人で静かに息を引き取りたいんだが…まぁ、俺が人目に付かない場所に行けばいいだけの話。問題ない。
「じゃ、行ってきます」
 ドアが閉まりると途端、部屋が沈黙に包まれた。

AM0:30、残り5時間30分。
 凱旋隊が出発して1時間くらいして意味もなくそのドアを見ていると不意にドアノブが回った。
「!?」
 ノックがなかった、アイツ等じゃ、ない―――!
 その時、気が付く。
 門番たる華南は今いない!
「ち―――っ!がっ!」
 今度は全身に激痛が走る!
 っ!腕を動かそうとしただけでこれかよ!

「……っ!ちぃっ!」
「―――いいから、止めときなさい。
呪いは神経回路に根をはって悪さをするんだから指輪に力を通わせればそれだけ呪いが進行するわよ」
 それは知っている。だがこうでもしなければ侵入者から身を守れな…い―――?
「オマエは……」
「やふー」
「………なにしにきた、魔女が」
「あら、ご挨拶ね。ま、陣中見舞ってやつかしら」
 そこには総ての元凶―――指輪を配り歩いた金髪の魔女が、いた―――

「お兄ちゃん…この人は?」
「心配すんな、敵じゃない」
 …味方でもないが。
「そ、ただの魔女よ。ごめんなさいねぇ、ちょっと眠ってて?」
 それだけ言うと俺以外の部屋の面々を捉えたクリスの目が怪しく光り、ふっと雪花達が崩れ落ちる!
「っと…、寝かせただけだな?」
「えぇ、アナタの場合、この子達に何かあったらその状態からでも仕掛けてくるでしょ」
 
正解だ。

「特にその子、指環使いだし、なにより烏家の正当後継みたいね」
 そう言って俺の腕の中にいる少女を見つめる。
「…どういうことだ?」
「別に?ただその子の回路を見てそう思っただけの事よ。アナタよりこっち側の先天、後天性素質が高いってこと」
「―――ふぅん」
「あら、そっけないわね」
「そんなのどうでもいいからな」

 ウチの家系が普通じゃないのはなんとなく感じていた。
 それが確信に至ったのは雪花がフェニックスに呼ばれてからだ。
 詳しい事は後述するがその中で俺は一度、消息不明になっている。その事を踏まえれば雪花が後継になったというそうした流れは別に不思議なものでもない。
 何よりそのおかげで雪花がフェニックスに呼ばれたおかげで今、こうして俺は生き延びているのだから問題ない。

「淡白ねぇ」
「淡白もなにもオマエが他の連中にバラ撒いた指輪で死にかけてるんだっての」
「あら、包丁を売ったってそれを料理に使うのか殺しに使うのかは手にいれた本人次第よ」
「じゃあ、けしかけるな。オレ以外の連中には指輪を全部集めるよう伝えたらしいじゃねーか」
「けしかけるなんてとんでもない。そ・れ・に、アタシは一言もそんなこと言ってないわよ。ただ、他の指輪もあることを伝えただーけ」
「同じことだ。後は魔王達がしむけるだけだろ」
「ま、そんなことより―――はい、これ」

 そう言ってベッドの横の水差しが置いてある台の上を占領するような大きさのサイズの箱を置く。
「なんだ、これ」
「見て分からない?テレビよ」
「そんなのは分かってる」
 だが、アンテナもチャンネルボタンも何もない。ただ一つ、ボタンの付いたただの箱だ。つか、こんな大きいモノどっから出した。
「つければ分かるわよ」
「………」
 ただ一つのスイッチを押す。すると―――

ごぅっ!

「!」

画面の中を緑色の何かがすごい勢いで通り過ぎた!アレは―――

「華南ッ!!」
 華南が華麗に宙をくるくると舞いながらダイヤで出来たあのヒールでもって奏出に踵を落とす!
 だが、相手は神速を超える速さ―――未来予知と瞬間移動の使い手。
 音の世界を超えた蹴りはそのまま文字通り、地に突き刺さる!
『くっ!』
 奏出が指輪を掲げようとする―――が、今度は不意を突いた形で夜鷹と佐乃がこれ以上はないタイミングで挟撃に入る―――
『はぁっ!』
 だが、空ぶる。
 同じタイミングで奏出が部屋の対称位置に姿を現す。

 そして再び、互いに向き直る。
『流石、今の奇襲、この館の中にいなかったら間違いなくノックアウトされてたわ』
 それにしても…やれやれね、見たところ回復手段を有してないみたいだけど…彼の回復だけって言ったらここにいるあなた達の治癒は誰が行うのかしら」
『……』
 誰も言葉を交わそうとしない。交わす気など、ない。
『……まぁ、いいか。さぁ、来なさい。奏出 つぐみが尋常に相手するわ』
 俺の運命を決定づける戦いが、開幕していた―――

 …その後はまるで千日手。
 奏出はあと一歩、一工程、指輪を発動させるだけで対象を無力化できる。
 それに引き換え、こちらも殺気を纏った攻撃さえ当たれば意識どころか命すら奪える。
 だが、互いにその隙が見当たらない。
 なにせ姿を現すのはコンマ秒にも満たない。
 正に刹那。
 その瞬間移動の間を突いて攻撃できるあの三人も見事だが、その三人の攻撃を須らく掻い潜り、出現と同時に移動先の座標軸を即座に割りだし、隙あらば決着をつけようとする奏出もまた、見事。

「おまえら…っ!」
「呼びかけても無駄よ。これはタダの受像機だもの」
「―――っ!」
 思わず魅入っていた俺を現実世界に呼び戻すかのようにクリスの声が響く。
「声が伝えられるのもあるんだけどね。ま、それは私用だから」
「……っ!」
「ところで…もう一人行ったんじゃなかったっけ?」
「あぁ、よく知ってるな。だけどそれがどうかしたのか?」
 確かに、あの近くには指輪使いになったばかりの千歳が車に待機しているハズだ。
「その子は戦わせないの?」
「戦わないんじゃない、戦えないんだ」
 テーマパークから帰ってきてから一通り、千歳の指輪の起動させようとしたものの、何故かサレオスの指輪は起動しなかった。
 なので千歳には車内で待機するよう言い含めておいた。
「なんだか中途半端ねぇ」
「いいんだよ」

 そんな会話とは裏腹に戦闘は進む。
 そして、過ぎ去っていく戦闘を余所にどこか得体の知れない違和感が俺に染みこんでいく。
 ! これは―――!
 ようやく気付く。違和感の正体、それは―――
「なんで、あの女、指輪を起動させていない―――?」
 そう、あの女、奏出はセェレを起動させていない。にも関わらず、瞬間移動している。
 ダンタリオンであれなんであれ、声は出さずとも指輪に魔術をこめて指輪に住まう魔神を喚起しなければその力は起動しない。
 現にあの廃ビルでは移動する際にセェレの指輪に語りかけていた。
 だが、あの女はセェレで瞬間移動した後、秒にも満たない時間で指輪を起動させている。
 それがおかしいと言ってしまえばおかしい。
 瞬間移動し、目指した地軸に現れ、眼球移動させ、状況を把握、ヴェパールの指輪を起動させられるかどうか判断、同時にセェレの指輪に魔力充填し、次の転移する空間座標を決めて転移。
 それら数節にわたる一連の工程がいかに早かろうと秒で対応するのが人間の限界。
 いくら熟練した人間であってもどれだけ鍛えようとも人間、という枠からは逃れられない。
 にも関わらず、3人を相手しているこの女はその枠を超えている。
 戦っている奏出が幻覚かと思ったが、時折、こちら側のかすった攻撃によって出来る傷がそうではないことを物語っている。
 そして俺が気付いている事を相手をしているこの3人が気付いていないワケがない。
 だが、ここは奏出の城、どんな仕掛けがあったとしても不思議じゃ、ない―――

 ―――互いが勝利の糸口を見つけることが出来ずに更に1時間を越えた頃、ようやく戦局に変動があった。

『くぅっ!』

 先に地に膝を着いたのは―――華南だった。
 奏出の指輪によるものではない。
 音速を超える蹴りはそのどれもが必殺。
 だが―――それは何も相手のみを傷つけるモノではない。
 何度も放てばいくら指輪で強化された肉体でもその負担は確実に蓄積していく。
 その証拠に陶器の様な華南の足は白磁ではなく、桃味を帯びていた。
 …おそらく、肉体強化により超速で蹴りを放つことが出来たとしてもその中身、体内の血液は事あるごとに毛細血管を突き破っているのだろう、にじんでは汗腺を通り浮き出てくる。
 佐乃にしてもそう、何度も全体重をかけて踏み込みを行い、肩で息をしている。

 無理もない。文字通り、一撃必殺とはその一撃一撃に全力をかける。そう何度も繰り返していいものではない。

 唯一、冷静なペース配分をしている夜鷹も3人がかりで倒せないこの魔人を相手にどうしたら良いか答えが出せず、落ち着きを失いつつあった。
 そんな3人の姿を見ている俺も刻一刻と迫りつつある腐食を感じながら諦めが拡がりつつあった。

 そして、決着がつく。
「はあぁっ!」

三重の声が響き、ついに奏出を捉える!

「ぐぅっ!」
 奏出が目を見開き、口から血を漏らす。
 俺の胸が思わず高鳴る、が―――そのそれぞれが致命的になりうる事はなかった。

「……残念だったわね、あなた達は最後の賭けにも勝てなかった」
「な…っ!」

 ぱぁんっ!

 華南のダイヤモンドの踵、佐乃の木刀が粉々に砕け散る!
 見切られていた。
 今の三重殺は三人が最後の渾身の一撃を互いに出し合ったもの、そしてその力を体内で相殺する形で受けられた。血を吐いたのは力の交差点となった局部が破壊された影響によるものだろう。
 だが、破壊したのはその一点のみ、力の大部分は相殺、流され、それによってそれぞれの得物も破壊された。
 そして―――既に奏出の指輪は発動している!

「うぐああぁぁぁっ!」

 それぞれの傷口が腐食を始める!
 のた打ち回る3人。そして、その中で口から血を流し、幽鬼のように立っている奏出がこらん、と笑みを浮かべ、更に指輪を頭上に掲げる。

「…これで終わり、水没し、この城の、ショウの一部となりなさい―――フォロカル、ヴェパール大公」

 ドドドドドドドドドドドド…

 何か地響きのような音で画面が振動し、その原因はすぐになんだか判明した。

どぉんっ!

「!!!」

 扉を突き破って海水の奔流が大広間に飛び込んでくる!
 そして、それはそのまま佐乃達を飲み込―――………まなかった。

「………………」

「………………な…っ!」
 当然のように向かい合う二人。
 それよりも先に部外者の俺が、驚きの声をあげた。
『……なんのつもり?』
 水流を止めた奏出はつまらないものを見るように3人を庇うように立ちはだかったモノに問い掛けた
『……みんなを、傷つけるのを止めてください』
 俺の意思を反映するかのように受像機のカメラワークが移動し、捉えられたのは成ったばかりの指輪の使えない指環使い。
 俯いていて顔までは見えない。
 だが、声は震え、足元は震え、今にも崩れ落ちそうだった。
 なんて、脆い―――……
「な…に、を………なにしてるんだアイツは―――っ!」
 思わず苛立ちを吐く。

 たちはだかったもの、そこにいたのは3人を助けるように両腕を拡げた海鵜 千歳だった。

「あのバカ…っ!何も出来ないなら即座に引き返せばいいだろうに…っ」
 指輪を起動すら出来ない。なのに、懸命に3人を助けようとする。
「…もしかして契約すら―――」
 …言ってから気付く。千歳の指輪は…サレオスは本当に千歳と契約したのか―――?

 絶体絶命。
 この状況を言わずしてなんと言うのだろうか。
 まるで他人事のように千歳はそう感じていた。
 神速を誇る佐乃と華南は得物を破壊され地に横たわり、相手を空間ごと掌握する夜鷹は既に意識が落ちかけている。
 相手と言えば満身創痍になりながらも自分の意志で立っていた。
 何故、自分が最後まで残っていられたのか。

 簡単だ。自分がなにもせず、安全地帯にいたからに他ならない。

 無理もない。互いに一撃必殺の使い手たち、彼らが戦えば戦いは壮絶を極める。

 それに引き換え自分は―――

 あまりにも場違いすぎる、そう俺が感じた瞬間、声がかけられた。
「……ねーねー、ジュージ、あの娘―――」
 無神経な声。だがそれは少しでも気を紛らわす声でもある。
「あ、あぁ、千歳がどうかしたのか?」
「あの娘の指輪、なんなのか知らないんだけど」
「あぁ、オレの従僕で指輪に呼ばれたんだ」
「だから、指輪のNoは?」
「19」
「サレオス?あぁ、あの娘は最適な指輪を選んだのね」
「……選んだ?指環がアイツを呼んだんじゃ…」
「知ってる?初代の契約者もサレオスだけは呼び出さなかった。だけど彼女は、ううん、彼女だからきっと―――」

『………まぁ、いい。残るは貴女だけ。小さいのに…その勇気だけは誉めてあげる』
 そう言って奏出は千歳の前に立ち、手を差し伸べる。
 もう立てる仲間もなく、使える指輪もなく、どうしようもないというのに関わらず懸命にみんなの盾になろうとする。
『健気ね、だけどダメ。旧知だからといって助けたりなんかしない。
……せめて、苦しまないように殺してあげる。死になさい』

「―――………そろそろ、よね……」
「そろそろ?どういうコトだ。そもそも、さっきからオマエの口調だと…」
 まるで千歳とは旧知のような物言い―――
「そ、実はアタシ、あの娘の誕生に立ち会ってるのよね」
「! ちとせの―――?」
「あの娘は素質だけで言えばその妹さんよりも上、ここにいるあなたの部下の中で一番強いモノを持ってるわ」
「……魔術回路ってヤツか?」
 昔、オロバスが言っていた。
「そうそう、よく知ってたわね。
 回路って言うのは魔術師が魔力を使う際、全身を巡っている魔力神経、それのスイッチをオンオフさせるみたいに切り替えるからついた呼び方なんだけど、それはまぁ、置いといて。
 話を元に戻すとあの娘の父方の祖父母は全員魔術師で母親の祖父母は魔女なの」
「まじゅつし、と、まじょ?」
 聞き馴れない言葉を反すうする。

「そ、その代わり、あの娘自身はなんでもない、魔術師としての後継はあの娘の従兄弟が、魔女としての後継はあの娘の従姉妹が継いだから。
 だから何も知らない。彼女はただの、そう、ただの貴方達のせんせいよ。
 一族の中で最もこちら側の才能を持ちながら無意識にこちら側を拒んだ。ただの、せんせい」
「………」
「あの子の祖父母達からはあの子に指輪を渡さないよう懇願されたわ。…だけど、結局、こうなっちゃった」
 悲しげな、だけどどこか愉快そうな魔女の言葉。
「………」
 そして、これから起こる事が分かっているかのように魔女は不敵に告げる。

「さぁ、熾きなさい。貴女の血は何よりも貴いモノなのよ―――」

「なっ!」
 その声は驚愕でできていた。
 奏出が指を振って水をけしかけようとするが、指が微塵も動かない!
「くっ!このっ!」
 今度は力を振り絞って動こうとするものの、コンマミリも微動だにしなかった。
「…っ、これは―――瞬間移動まで発動しない―――!?」
 驚愕する奏出、すると不意に部屋に声が響き渡る。

『ふぅ…っ、めんどくせェめんどくせェ。よりにもよって完全召喚されるたァ、な』

 ゆっくりと、なにかが、うっすらと、奏出を包むそれ、が姿を表していく。
 少しずつ、少しずつ、その濃度を濃くしていく。
 奏出を包んでいたのは銀色の巨大な手甲(ガントレット)に包まれた、腕。
 やがてそこから徐々にいかつい全貌が現れる。
 銀の完全重装甲(フルプレート)に翻る紅い外套。
 そしてその下には轡をつけたクロコダイル。
 なにより特筆すべきは部屋の3分の1を埋め尽くそうかというその巨体。

「貴方は―――」
「サレオス、よりにもよって完全に召喚出来るモノだったとは、なぁ、我が主人」
「―――され、おす」
「実体がこちらに召喚されたからには改めて契約してもらわないとな。
 我はサレオス。72柱が19位の公爵也。
 我が貪る対象は安寧と怠惰、我が求むる代償はこれ危機也。
 危機なしに我は現れず、それのみに我は現れる。それでも良いというのなら―――さ、名前を」
 豪胆にして包容力のある声の持ち主が膝を着く。
 その言葉にどこか懐かしさを覚える。
 唯一にして無二の脅威とするならばその異形、唯一点。だが、自身も異端である彼女にはそんなこと露ほども意味をなさない。

 千歳は名乗る。

「わ…わたしの名前はうみう、海鵜 千歳」

 その名乗りに豪腕公は雄雄しく応える。
「いい名前だ、それじゃあ、よろしく頼む。マイロード」
 顔の上半分が隠れたいかつい兜からはみ出した口をニッと横に伸ばし、白い歯を覗かせた。
「よろしくお願いっ!サレオス!」
「おぉうっ!」
 契約成立―――叫びに城が震える!
 その叫びで、魔王の顕現でつぐみは気圧される!
「くぅっ!フォルネウス!フォロカス!シャックス!」
 魔神たちの力が無理矢理具現化され、怪腕公に向かって放たれる!
「ふぅんっ!!」
 が、その全てが虚しくしろがねの拳に弾かれる!
 しかも甲冑には微塵も傷がついていない。明らかに力の、存在する力のレベルが違う。
「く―――っ!セェレっ!」
 拳を振った際、それまで奏出を開放して使ったために奏出が瞬間移動する!
 ここで奏出は唯一にして最大の誤算を犯してしまう。
「おっとぉ!逃がさねェぞぉっ!疾れ!ゴルベーザアァ!」
 弾いた力たちが目隠しとなって見えなくなっているであろうサレオスが咆えるとワニが宙を浮き、ボードよろしく空を切り飛行する!
 その疾きこと光の矢の如し。
 近くに姿を現して体勢を整えようとする奏出の出現地点、それを己が未来視によって割りだし、息つく暇も与えず切迫する!
「なっ!」
 驚く奏出、無理もない。相手は常識を超えた速度でやってきたのだから。
 そう、奏出の攻略方法はシンプルなモノだった。
 奏出を超えるスピードで接近、踏破する。ただそれだけ。
 だが、それだけの事が人間には出来ない。
 なら、どうすればいいのか。簡単だ。
 人間の反応速度を凌駕する速度で切迫すればいい。

 が、ここに誤算が生じる。
 そう、誤算とは即ち、相手が人間としての対応をしてしまった事―――!

 そしてそれは今、実現する―――!

 ごぉんっ!

「が―――!」
「そのまま気絶させて!」
 返事はない。言葉よりも速い速度で動くサレオスに言葉は届かない。
 ―――ただ、指輪を通してその意思だけは伝わっていた。
「せ、セェ―――」
 ゴッ!オオオオオオオォォォォ―――ゴッ!
「かはっ!」
 そのままサレオスの腕に捉えられ、そのままの速度で壁に激突し、奏出は完全に落ちた。

「……なんだありゃあ…」
 画面を覗き込みながら俺は間抜けた声しか出なかった。
「貴方が契約するんじゃない。ちゃんと把握しておきなさいよ」
「いや、俺が聞いた話じゃアイツが契約したときは酒飲んでてあぁ、いーぜーって感じで全然働かなさそうだって―――」
「ま、窮地になったときしか助けてくれないのがタマにキズよね、貴方には全く係わり合いのなさそうな指輪だもの」
「とんでもなく強いんだが」
「そうね、魔力の全てを腕力の強化に特化するくらいだもの。物理戦闘面で言えばトップクラスねー。
 ま、完全召喚だからこそできる芸当だけど。普通の指環使いならあの腕を限定具現化するだけで精一杯よ」

「―――それだ、サレオスも言ってたが完全召喚ってなんなんだよ」
「言葉の通り。指環使い、ひいては召喚術士の最終型。
 貴方がアスモデウスの剣を顕現化させたあの力の完成型よ。
 能力の召喚に留まらず、指輪の中に封印されている魔王たちを完全に解き放ち、顕現化することよ。
 この状況になると契約していないとまず魔神達に食われて死ぬわ。
 ましてや己が意のままに操る事なんか至難の域。
 そして―――これがどれだけ難しいことかは指輪を使っている貴方達が一番よく知っているでしょう?」
 分かっている。しようと思って出来る芸当じゃない。明らかに才能―――しかも天賦の領域の話。
「そういやストラスは自分から顕現化していたんだが」
「それはストラスが自分から大気を利用して自分の分身を顕現化しただけ。本体ではないもの、問題ないわ」
「そんなモンか」
「そ、そんなモン、よ」
 そんな風にウィンクすると再びディスプレイに目を戻した―――

「………あーあ、負けちゃったか」
 奏出は対処を怠ってはいなかった。が、間違いがあるとするならばそれまでの戦闘において人間の限界を超越した奏出はつい、それと―――人間と同じように対処してしまった。
 その結果が、この有様だった。
「指輪を渡してください。そうすれば命は取りません」
「ふふ…ご主人様に似て優しいのね―――でも、それはできない」
「っ!なんで…っ!」
「…大丈夫。ちゃんと指輪は渡すわ。敗者の礼儀はわきまえているつもりよ」
「……え?」
「大丈夫、サレオスさん、もう私はこの娘に手を出さ…出せないことも分かっているんでしょう?」
「……だぁな。マイマスター、もう還っちまっていいか?」
「え…あ、うん、ありがとうございました。サレオスさん」
「はっはっは!ありがとう、か!こいつぁいい酒の肴になりそうだ!」
 豪放磊落。城が震えそうな笑いをかますと豪腕公はうっすらと濃度を薄くし、霧散した。
 あとには立った千歳と同じくらいの高さに膝を着いた奏出が取り残された。

 もう勝負は決した。
 奏出は初めて一人前の指環として千歳に話し掛けた。
「お嬢ちゃん…じゃなかった、先生、改めまして―――名前は?」
「……うみう―――海鵜、千歳です」
「………うみう、ちとせ…海鵜先生、手を出してください」
 何を感じ取ったのかは分からない。だが、素直に千歳は手を差し伸べる。
 そして、鶫は海鵜に手を重ねる。今の戦いで魔王の力を使っていたのにも関わらず、その手には指輪は嵌められていなかった。
「…おおきいね。せんせいの手だ」
「―――…っ!?」
 千歳が目を見開く。
 重ねた手が軽くなって―――いや、白い砂に、塩になって崩れていく。
「! これは…っ」
「うん、制限時間」
 つぐみは笑った。

「……どういうことだ?」
「あそこの除霊、頼まれてたのよ。だから人形師に頼んで身体を準備してあの中に埋め込んだ。
 ただ、それだけよ」
「オマエ―――」
「大変だったわぁ、あの人形師、なかなか捉まんなかったのよー」
「そうじゃない。埋め込んだって…っ!」
「聞いてるんでしょ?あそこの話。全部ホントの事よ。
 アレがあと少しでも続くようだったらあの城は完全に神隠しの起きる異界と化してた。
 だから擬体に埋め込んでイロイロ細工して今の状態にした。結構仕込みに時間かかったわ。
 ―――特に、一定個数の指輪を取り込めるようにした辺りとか、特に」
「―――……オマエが[黒幕]だったってのか」
 崩れていく奏出の身体から指輪が出てきているのも、セェレの起動条件を満たさずに移動したのもオマエの仕込みだったって事か。
「そんな中でアタシがあの娘に提示した生き延びる条件はただ一つ。この闘いを制すること―――」

「……だったんだけどね。まぁ、いっかな、これで」
 見るといつしか奏出の、つぐみの身体はあの日、この城に呪縛された時の姿の少女に戻っていた。
「……つぐみ、ちゃん」
「いや?悲しむ必要は無いよ、先生。好き勝手やってみんなに迷惑かけてきたんだもん。
 だから…先生が悲しむ必要なんて無いんだよ」

 それでも、千歳は涙ぐみ、そして―――つぐみを抱きしめた。
 既に霊体になった今のつぐみを抱くのは常人には無理なのに千歳は知らずの内に抱きしめていた。
「つらかったんだよね、見つけて欲しかったんだよね?自分はここにいるよって気付いて欲しかったんだよね?」
「―――うん…」
「大丈夫、私は忘れない。ううん、忘れてない。つぐみちゃんのこと、忘れてなんか、ないよ」
「…うん、おぼえてくれてたんだね、ありがとう、ちとせ―――ちゃん」

『…あの二人…』
 その場にいた誰もが何も言わない。ただ、黙ってこの時の進行者達に身を委ねる。
「ホント、変わらないね、ちとせちゃんはずっと昔のまま」
「…つぐみちゃんは変わってたね、だから最初、名前を聞いても信じられなかったよ」
 足元の魂を縛り付けている人形(ヒトカタ)は塵になって霧散し、もはや身体のどこなのだか分からない形になっていた。
 そして互いに向かい合う。
「見つけてくれて、ありがとう。そして―――さようなら」
「うん、うん…っ、ばいばいっ、決して…決して忘れないから…っ」
 あふれてくる涙で前が見えず、必死になって拭おうとするのにどこまでいっても溢れては千歳を苦しめる。
 す…と目尻に手が差し伸べられる。
「ばいばい」
 そして微笑み―――彼女は、消えた。千歳の手にその指環を遺して―――

「…生き返らせられないのか?」
「……無理ね。あの娘は罪を知らずに罪を犯しすぎた。カルタグラ行きを阻止するにはこの闘いに勝ち抜いて王になるしかなかった。
 そもそも分かっているんでしょう?罪は―――償えない」
「…………」
「罪は償えない。重ねつづけるだけのモノよ。その重なった業の重さが魄悴の重さに―――」
「黙れ」
「あぁ、ちなみにカルタグラに魂が送られるからって確か貴方が持ってるガミジンで呼び出さないようにね。彼女、人格が崩壊して怨霊化して全く別の―――」

「だまれッ!」

吼える。

 クリスの言っている事は正しい。だが、今はそれが無性にカンに触る!
「……あ、そ。さて、それじゃこれ以上怒らせないようにそろそろおいとまするわ」
 そう言うとクリスはいつの間にか手にした銀色のホウキを持っていた。
 柄の先は何の悪趣味か、リアルな左手のオブジェが取り付いていた。
「それじゃあね、チャオ」
「……待て、一つ聞きたいことがある」
「…なぁに?」
「なぜ、この時期、この地で指輪をばらまいた?」
「……きまぐれよ。そう、ただのきまぐれ」
「………オマエ、ちとせが生まれたときもこの街に来てたんだよな」
「えぇ、それからか何回も来ているわよ。彼女達が離れ離れになった10年前にも、ね」

「……………大神隠し」
「……SPILITUAL AWAY TYPE:CRISYS」
 一瞬の溜めの後、なによりも冷たい目になる。
 ……あぁ、そうか、それが―――お前の本性か。

 が、それも一瞬、元のタレ目に戻る。
「…直接は関係してないわ」
 背中が語る。
 それは、間接的になら、関与したということか。
「多分、貴方の考えている通り、そして首謀者も知ってる。だけど、言えない」
 それは、何らかの形で口止めをされているということ。
「言ったら今度は私がこの世から隠されちゃうもの」

「質問の答えは―――」
「今回、この地に来たのは明日になれば分かるわ。そこに人数分の招待状置いといたから」
 見ると受像機があった場所には既に大型テレビは存在せず、変わりになにか鍵十字のような刻印の封をされた封筒が置いてあった。
「オレが聞いたのは指輪の話だ」
「………まだ、言えない」
「……誰のモノでもない、オマエの意思だな?」
「えぇ、そうよ。
 指輪をバラ撒いたのはそうね…あと2週間もすればきっと判るでしょうね」

 アナタが生きていればの話だけど。そう嘲るように言って魔女はドアを開ける。

「一つだけ教えろ。オマエの望みは善行か?」
「…まさか、悪行に決まってるじゃない。アタシ―――魔女だもの」
 そう、今度は自分を嘲るように言って部屋から出て行く。
 扉が―――閉まる。
「…アホか。自分が悪人だって分かってるのは、そんな自分を嘲るのは犯した過ちに気付いたからだろ」
 独白する。
 それ以降、他の誰かが入ってくるまで部屋の中は無音となった。

「…主人さま…ご主人さま…」
「ん、あぁ…」
 緊張の糸が切れ、いつの間にか眠っていたらしい。目を覚ますと千歳がいた。
 肝心の腐っていた腕も俺が寝ている内に雪花が蘇生したのだろう、既にいつも通り、健康なものになっていた。
「ちとせ、よくやったな。さんきゅ」
 完治した腕で千歳の頭を撫でると感極まったのか泣きながら抱きついてきた。
「…っ!ご主人様…ご主人さまぁ…っ!」
「他の連中は?」
「部屋にいたみんなは自室に、戦闘したヒトは今、せっかさんに治療してもらってます。あと今日はもう疲れたからって…」
 挨拶することなく自分の部屋に戻るらしい。
 疲れたというのは半分本音だろう。
 だが、もう半分、それは自分の不甲斐なさを押し殺していたいのだろう。
 理由はどうあれ、負けられない戦いで自分達は負けた。
 一癖も二癖もあるが腕は超一流と言っても間違いではない。
 その自分達が相手に負けたのだ。
 王であった自分達のプライドが、自分を許さない。

 だが、それでいい。
 奴等はそれを糧にできる人種だ。生き残ってさえいればより高みに至ろうとする。
 すぐに立ち直るだろう。
 千歳のすがり付いている腕の指に常につけていた指輪を通す。
 指に集中しても痛みは、ない。よし、完全に呪いは解けている。
「あ、これ預かってきました」
 そんな俺を見て思い出したように千歳が巾着袋を渡してきた。
 中には硬質な物の擦れ遭う音―――指輪だろう。
 中を見ると奏出から手に入れたものも含まれているのだろう、見慣れない模様―――魔法陣の刻まれた指環が含まれていた。
 契約は…後でいいか。それよりも今は―――

「ちとせ、褒美をやるよ、なにがいい?」
「え?え?」
「金でもモノでもオレに用意できるものなら何でも準備してやる」
「んー…」
 少し考えるようにしてすぐに笑顔になって、
「いりません」
 と、のたまった。
 …流れてくる本心もそうだからタチが悪い。

「身長とか、発育とか、そんなのでも構わない訳だが」
「ご主人様が抱いてくれるならそんなの関係ありません」
 …やべ、地雷踏んだらしい。笑顔のまま青筋を浮かべた。
「そ、そういうワケにもな…」
「あ、それじゃ」
「ん?」
「明日の日曜日、みんなで遊びに行きませんか?この所、息つくヒマもありませんでしたから」
 モノより思い出、とどこかで聞いたことのあるクレジット会社の胡散臭いキャッチコピーもコイツが言うと妙に説得力がある。

「文化祭の準備はいいのか?」
 準備の間に合わないクラスは休日の準備も認められている。
「はい、もともと一昨日の内にご主人様がかなり進めちゃいましたし―――ご主人様に万が一があってもいいように明日は時間が空けられるよう、昨日も頑張りました」
 今、明かされる衝撃の事実。
「…あ、そ。そだな…じゃ、遊園地にでも行くか?」
「あ、ぃえ…出来れば他の所が…」
 苦笑いして応える。
 …ま、昨日の今日で怖い思いをした所に行くのもアレだよな。

「じゃ、どこにすっか―――」
 そう言って首を捻る…と、さっきクリスが置いていった封筒が目に入った。
「? 御主人さま?」
 疑問の声をあげる千歳を尻目に封筒を開け、中のメッセージカードに書かれている内容に目を走らせながら千歳に話し掛ける。

「…なぁ、ちとせ。SAND-STAGEって知ってるか?」
「え?あ、はい。有名ブランドの名前ですよね。まぁ、一般常識って言えば一般常識ですし、学園の制服のデザインも理事長の個人的なツテで請け負ってもらったそうですし、相良さんや遼燕寺さんの髪留めもあそこのものですよね。
 私も少なからずアクセサリーなら持ってますよ。それがどうかしましたか?」
「明日、昼頃から街の中央の方で国内初の直営店の開幕セレモニーがあるらしい」
「あ、知ってます。おじいちゃん達から招待状が手に入ったから行かないかって言われたんですけど、あんな状態でしたから…」
 断ったらしい。
 言い淀んだ理由はもう一つ。
 これに書いてある内容では男女のペアじゃなければいけないらしい。
 といっても男装、女装でも良いらしいので制約は少ないようだ。が、千歳がそういった事に誘えるのは俺しかいない訳で…

「ここに人数分の招待状がある。今日の朝食か晩の内にみんなに通達しとけ。男装するヤツもちゃんと決めとけ。どうせ入る時だけで中にはドレッサルームがあるだろうし」
 ドレスに着替えたくなったら着替えれば良い。
「御主人さま、寝てたのにどうやって…
 あ、そういえば私があの人…つぐみちゃんを倒したことも知ってたし…」
「―――……クリス=クロウをどの程度知ってる?」
「え?クリスクロウ、ですか?なんですか、それ」
「…オマエの出産に立ちあったらしいんだけどな」
「出産っ!?そんな…まだ私、子供を産んだことなんて…っ!」
「ド阿呆、オマエの誕生に、だ。そもそもオマエが子供を産むこと自体、犯罪だっつーの」
「そんなっ!こんなに小さくたって孕もうと思えば…っ!」
「孕むとか言うなっ、生々しい」
「だって、御主人さま事あるごとに中出しを…」

「はぁ…もういい」
 実のない会話を終えることにする。
「考えてみれば誕生した時に居合わせた人間の事なんて普通、知らなくて当然だしな。知らないんだったらいいや」
 …正直、あのオカマの事を深く知るチャンスかと思ったんだが…そう簡単に尻尾は掴ませないか。
「とりあえず、ソイツがやって来て置いてった。詳しくはオマエの祖父母たちに聞いてみるのが早いのかもな」
 とは言え、明日になれば分かることだ。今はただ、命が助かったことに感謝して眠りを―――

 ぐいっぐいっ

「……ん?」
 布団が引っ張られる。
「あ…そのごほぅび、あのその…また一緒に寝てもいいですか?」
「ん、好きにすればいい、オレも好きにする」
 そう言って雪花の温もりが消えかけている位置にズレて千歳が入ってこれるようにスペースを空ける。
「はい…っ!」
 嬉しそうに入ってくる。先にシャワーでも浴びたのかシャンプーの匂いが香ってくるのに今更気付いた。
 その香りに誘われるように半身を起こし布団の中に入ってきた千歳の華奢な身体を抱き寄せた。

「ふぁ…っ、ごっご主人さま…っ!?」
「言っただろう、好きにするって」
 そう言って俺は横になった千歳にバンザイをさせて脱がせていく。そして―――
「―――オリアクス」
 指環を起動させる。と―――千歳の体がビクっと震え―――
 めきめき、と骨格を変えていく。
 …正直、あまりいただけない音で俺の腕の中の少女が姿を変えていく。

「ふ…ぅっ!ふぁあああああぁぁぁぁっ!」
 突然の出来事に千歳が声をあげる―――が、その感情は単純な驚きであり、恐怖感はあまり無かった。
 そう、人体変成の際の痛みは全てダンタリオンによって快感に変換されてしまい、自分の体の変化に気付かず、ただ俺の背中に爪を立てて悶える。
 そして、俺の背中に食い込んだ爪に血が雫になるくらい溜まったくらいの所でようやく開放された。

「はぁっ、はぁ……っ、ご…主人さまぁ…っ」
 姿を変えた少女は切なげにこちらをに懇願して―――っ!

「…?どうしました?ご主人さま?」
「……いや、成長したオマエも、その、悪く、ない」
「へ?そういえば、ご主人さまが近い…?」
 そう言って自分の身体を、というか直に下を見てそれまで自分に究極的に無かったものを見つけ、がばっと体を起こし、部屋の見鏡に自分の姿を起こし、ぺたぺたと自分の身体を触っては訝しげに鏡に映った目で鏡に写った自分を見る。
 そして、あるタイミングでようやく鏡に写ったものだ自分だと気付き―――うひゃあ、と悲鳴を上げた。

「ご、ごごごごごごご主人さまっ」
「お、おぉ」
 俺もどもって応答する。
 …マズい。結構、好みのタイプだったりする。
 別に変身させたからといって俺の意志は反映されていない。純粋に千歳の遺伝情報に訴えかけて成長をさせただけだ。
 なのに―――顔のサイズはほとんど変わらす、胴回りもほとんど変わらない、というよりも減り張りが付いた。
 胴は折れそうなくらいにくびれて細いのに、その細さでカップ数が相当稼げているであろう乳房は先端の突起を自己主張させながらぷるん、と左右異なった方向に揺れている。
 身長の方は160Cm前後か、少ししか伸びていない。
 その代わり髪はただえさえ長かったものが今では身長を裕に越してベッドからはみ出て床にたなびいていて光り輝いていた。まるでラプンツェルだ。

「わー、びっくりです」
 …感情が追いついてないのか台詞が棒読みだ。
 その顔はもともとの童顔に大人っぽさと温和な性格が加味され、完成された美がそこに合った。
 華南を清廉とするならばこちらは柔和か。
 これ以上育てば素で慈愛すら浮かべられるんじゃないかと思うような、そんな優しさを感じさせる、顔。なにより瞳が吸い込まれそうなくらい蒼く、深い。
 そんな顔が今は鏡を見てジト目になっている。
 まぁ、イロイロあるようだ。あの事件がなければコンプレックスを持つこともなかったとか、俺を口説けたんじゃないかとか。
 だが、それは自分の親友を、今日してきた事を否定する事。結局、前までの自分だあったからこその今なのだと過去を肯定するに至る。

 そしてもう一つ―――
「ご主人様…あのっ」
「オレの余興だ。後で元に戻す、今夜だけ付き合え」
「…はい、ありがとうございます。この姿のわたしもご主人様だけのモノに、してください…」
 真摯でまっすぐな瞳がオレを捉える。
「あ、あぁ」
 思わずどもる。落ち着け、落ち着くんだ、俺。相手はちとせだ。
 ちらり、と見る。すると紺碧の瞳に囚われ―――また、どぎまぎする。
「ご主人様?」
「なんでもない、なんでもない」
「もしかして、お気に召しませんか」
「そんなこと、ない」
「はっ!まさかご主人様、小さい女の子の方がときめかないんじゃ―――」
「…ふぅ、だから、俺は、ロリコンじゃ、ない」
 そもそもときめくってなんだ。俺はため息を付くとようやく真っ正面からちとせを見つめる。
 どんなに外が変わっても中は変わらない。

 俺は千歳の肩を掴むとそのままベッドに押し倒す。
「あっ、ご奉仕しないと…っ」
 大丈夫、そっちは既に臨戦態勢に入ってる。
 むしろ、成長直後の千歳の方が準備ができていない。変身時の快楽で多少潤んでいるものの、もう少し濡らしておいた方がいいだろう。
「ご褒美だからな。いいんだよ。
 それよりオマエの準備が必要だ。あと、こんなこと二度とあるかどうか分からないんだからして欲しいことがあったら言ってみろ」

 そう言うと、えと、んと、と少し考えてから何も言わずに腕を広げ、目をつぶって赤みが増した唇をつきだし、顔を俺の方に向けてきた。
 俺は意を汲むと千歳とベッドの間に手を差し込み、抱き上げてキスをしようと顔を近づけるとシャンプーとは違ったちとせ特有の匂いがしてきた。
 これまでのかすかにミルクっぽい匂いの混じった―――の香りとは違う。完全な―――の匂いは千歳の火照りの熱気と混じり雄を捉えて離さない魔性の香水と化していた。

 …マズい。一度は落ち着いたハズなのに再びドキドキしてきた。
 そんな内心の動揺を表に出さず、俺はそのまま千歳の柔らかく熱のこもった唇に口付ける。
「んふぅっ」
 妙に色づいた吐息を漏らすと今度は互いを味わうキスをする。
「んふぅっ、ちゅ、んん、んくっ、れろ、んむふぅっ、ぷっ、は、んん、ちゅ、ちゅぅ……!」
 互いの唾液を舐めあうと更に匂いが強くなる。

 いつもはなんともないハズの千歳の視線と至近距離で絡み合うと不意に激しく抱きたい衝動に駆られる。
「…っ」
 ついに我慢できなくなり、千歳を再びベッドに降ろすとの肩にかけた手を離し、すっかり成熟し、牝のものになった千歳の秘所に手を伸ばしてまさぐりだす。
「ん…っ。んんん…っ」
 喘ぐ声が出ないように口を閉じようとするが俺が舌を差し込み許さない。その為、俺の触れる感触に小気味よく反応する。
「―――」
 ふと思いついて空いた手で掴めるようになった乳房を揉みあげて人差し指で乳首を転がす。
「ふぁっ!ひぁうっ!んんんっ」
 成長して大きくなっても感度は悪くないらしい、今度は抑えられずに部屋一杯に艶の混じった声を響かせる。

 もっと、もっと―――聞きたい。
 衝動はさらに高まり、俺は各部の指の動きを早くし、自分の舌で千歳の口腔を蹂躙する。
「ぷっ、は、んん、ちゅ、ちゅぅ……!んくっ、んんっ」
 息継ぎが矢継ぎ早になり、千歳の性臭が更に濃くなる。
 千歳の中に滑り込ませた指をカギ状にして膣道の中ほどにあるざらついた場所を刷り上げる―――と、

「んんっ、ふあぁっ、あ?」

 感極まった声を上げるが何故か語尾は疑問形になった。
 もう一度、今度は余った指で包皮を被った陰核も一緒に撫で上げる。

「ひぁっ、あぁぁぁあ…っ?」

 また同じ。ぞれぞれの行為に高い声をあげ、俺が満足した頃には息も絶え絶えに潤んだ瞳でこちらを見上げていた。

「お、おねがいしますぅ…っ、このままじゃわたし…っ!」
「このまま、なんだ?」
「んはぁっ、イけないの…っ、おねがいします…っ、イかせて…っ!イかせてくださいっっ!」
「別に禁止なんかしてない。イけばいいだろ?」
「ごっご主人様のいじわる…っ!」
「ふぅん、よく俺の仕業だって分かったな」
「こんなっ、いじわるするのぉ…っ、ご主人様くらいしかいませんぅ…っ!」

 どこか拗ねたような目で責めて来る。

「イかせて欲しいんだったら、唯一イかせられるコイツにお願いしてみたらどうだ?」

 そう言って千歳の中に挿入される事を期待して屹立した肉棒を見せつける。

「っ!~~~………っ」

 どういうことだか悟ったらしい。泣きそうになって少し逡巡する。

「ほら、いらないのか?」
 ペニスを成熟した千歳のオマンコの溝に乗せて2、3往復させるとたちまち理性の壁が崩壊して行く。
 そして、肉竿を平行から垂直に少し浮かせると―――

「お、お願いしますぅっ!ご主人様のオチンチン…っ、オチンポを私のここにっ、オマンコに挿れてイかせてくださいぃっ!」
 両手で自分の淫裂の中が見えるように開いて赤くなって口を開いてくる。

「ご主人様におねだりとはずいぶんと偉くなったなぁ?」
「あっ…!すぃません」
「ふん、冗談だ、今日は褒美だからな。思い存分イかせてやる」
「…っ、はぃっ!」
 ジレンマからの開放とは違う、俺から何かを与えられる事に対して悦び、笑顔になってこちらに微笑む。
 俺はそれを見るとよりくびれた千歳の腰を愛液まみれになっている手と俺の唾液まみれになった手で捕らえ、そのまま受け入れ易り、ヒクついている千歳の陰部にあてがうとそのまま勢いよく―――挿入する!

「ひぅっ!ひああぁぁぁぁっ!」
 これまで俺を完全に受け入れることができなかった淫裂は今度こそ俺をまんべんなく包み込み―――

びくっ、びくびくびくっ

 成熟した身体を大きく仰け反らせて快感に打ち震える。

「―――っ」
 元々、名器だったがこれまではただキツく締め付けて来て動けば動くだけ快感を得られた。
 だが、今の千歳の膣中は完全に俺を受け入れ、本人も無意識の内に既に高まっていた分だけ俺を締め付けて樹液を導き搾り取ろうとし、ただ入れているだけで快感が高まっていく。
 なんつーか、反則以外の何者でもない。
 コッチ関係では頭一個分、ひかりが抜けていると思ったんだが…
 千歳…おそろしい娘…!
 …なんて言ってる場合じゃない。今はより多くの千歳を、より沢山の千歳を貪ると決めた。
 腰を往復させだすのと同時に谷間ができるほどに実った果実をやや乱暴に揉みしだきながら硬くなった乳首を摘み上げる。

「~~~っ、ふあぁぁぁっ!」
 大きくなっても感度は良好らしい、再び背筋を反らし、快感に打ち震える。
 そんな千歳を見て俺も気をよくする。
 さて、今回は大盤振る舞いだ。更に快楽に哭いてもらう。
 俺は再び指輪を起動する。
 ―――アスモデウス

びくんっ

 千歳の膣奥の子宮口に擦り上げる度に中が蠢き、満足を通り越して送り込まれる快感に理性が壊れかけるがギリギリの所でもっている。勿論、タンタリオンの指輪の力によるものだ。
 理性ばかりか精神が崩壊する寸前の状態なのに快感は既に上限を超えて溢れ出している。

「ひぁっ、んふぁあああああああっ!」

「―――どうだ?無限の快楽は」

 さっきはイキたくてもイケなかったが今度はその逆。
 肉体快楽のリミッターは既に外してある。あとは精神のリミッターを外す。
 そう、限界のある肉体とは違い、精神はほぼ無制限。
 だから気持ち良いという感覚、愛されて幸せだという感情も天井知らずに増大する!
 そしてそれは肉体にフィードバックされ―――

「ひぅんっ!ふぁああああぁぁぁっ!」
 高らかに喘ぐ、だが、これだけでは今までと同じ。違いは、ここから現れる。

「ぁひぁっ…!ひ…ひもひよしゅぎてぇ…ヒクのとまらにゃいぃ…っ、ひぅっ!」
 容易に気が触れる程度の快楽と幸福は満足の限界を超えて止め処なく送られる。しかも、それは肉体の限界をとうに超えている。その為、至上の幸福感に頬の肉は弛緩し、口元も綻ぶ。
 しかもこれまでの経験だと気を失っていてもおかしくないほどの電気信号が全身を駆け巡っているのに途切れることもなく、精神も壊れない。もちろん俺の仕業だ。
 それは当然、下半身に現れており―――愛液に混じってアンモニア臭の混じった匂いが微かに匂ってきている。といっても放尿、という程でもなく、緩んだ尿道から滲んで来ているという程度だが。
 だが、イキっぱなしで悶える少女に自覚はない。だが、それじゃ、面白くない。

「なんか匂うな、もしかしてオモラシか?」
「ふぁっ、ひぅんっ!えっ!らっらめ!らめれすぅっ!らめらのにぃっ、おもらしとまらにゃいれすぅっ!」
 気を失うほどの快楽の中でも更に恥ずかしがる。これがいい。
 身近にいる女達に理性を、心を持たずに肉体の快楽のみを求めるようなメスになられても俺が面白くもない。
 快楽に歪み、屈服し、それによって惚けて行く様がなにより、いい。
 だから、精神を壊さない。
 …こんな事をしているが故にコイツ等のエロ志向が強くなっていくのかもしれないが。それはそれとして置いておく。
 とりあえず今はこんな状態の千歳を愉しまずにはいられない。
 今のちとせは全身が性感帯…というより陰核になっているようなものだ。

「………」
 イタズラ心で耳にふぅっ息を吹きかける、と―――

「………~~~っっ」

 びくびくびくびくっ

 軽くイったのだろう、突然の不意打ちに目を瞑ってがくがくと震え、結合部はきゅうきゅうと締め付けてくる。

「どうした?ちとせ、触らなくてもきゅうきゅうと締め付けてくるぞ」
「ひゃぁっ!いぢわりゅうっ!いじわりゅれすぅっ!ごしゅじんさまぁっ!」
 この上ない抗議の視線を向けてくる―――が、連続で絶頂しつづけるその端麗な顔はどうしても潤みながらにやけ、口はだらしなく涎をたらす舌を出し、空いたままの口端からも粘性の高い唾液がこぼれ落ちている。

「ゆ、ゆりゅしましぇんんんっ」  
 清楚な顔が快楽に顔を歪め、惚けていく様はとても気分がいい。

「ほう、どう許さないんだ?」
 そう言って俺はちとせの最奥にあるすぼまりの周辺をペニスで擦り上げる。と―――

「ひぁうっ!んうぅ~~~~~」

 びくびくびくびくっ

 面白いようにちとせの身体が跳ねる。

「しきゅっ、しきゅうこぉ…そこ擦ったららめれすぅ…っ!」
「どうしてだ?」
「そ、そのぉっ」
 ぐにぐにとこじ開けるように更にぐりぐり押し付ける。

「ひあぁっ!そこっ、そうされるとぉ…せつなくて…でもきもひよくてェ…っ!あぁぁ~っ!」
 確かに、ここを虐めるとちとせの淫穴全体がびくんっ、と収縮し、その度に俺の竿汁を本来あるべき場所に注ぎ込ませようと絞り上げてくる。

ぬちゅっ、ちゅぱんっ、ちゅぶっ、ぐにゅうぅっ!

「溶けっ!溶けひゃうっ!気持ちよすぎまぅぅぅっ!またっまたイっひゃうぅぅぅ!」

ぬちゅっ、ちゅぱんっ、ちゅぶっ、ぐにゅうぅっ!ぱちゅんっ!

 今日は俺も我慢するつもりもない。
 俺も千歳によって昂った欲望の赴くままにこみ上げてくる奔流を留めることなく開放する!

「っ!イくぞっ」

 びゅ―――っ!びゅるっ!びゅくっびゅくんっ!どくどくどくどくっ

 大きく成長したにも関わらず、俺の精液は千歳の胎内を満たしきり、受け入れられなかった分が結合部から溢れ出てくる。

「ふあぁぁぁぁ……、んんっ!ふぅんっ!」
 ぶるぶるっ、と軽く痙攣しながら大きい絶頂に身を任せようとする。が―――そうは問屋が卸さない。
 大量に射精したにも関わらず、俺の肉棒は一向に小さくする素振りも見せずに千歳の膣内で硬さを保ったままだった。
 今日は、我慢しない。
 激しい動きが止んで身体で息をしている千歳の体を持ち上げる。
 …成長しても重くなったのは胸の脂肪分だけなのか、簡単に持ち上げられた。
 そしてその状態で俺は仰向けになり、千歳をその上―――俺の腰の上に乗せる。

「んっ!―――はぁ、はぁ…んぅ…へ?」
「今度はオマエのいい様にやってみろ」
「へ…ごしゅじんさま…?」
「好きなように動け、オレを使ってオナニーしてみろよ」
「お、オナニー、ですか?」
 事後に自慰をしろ、と言われて改めて恥ずかしがる。

「あぁ、オレもそんなお前を見て楽しむ」
「ん、もぅ…」
 どこか嬉しそう声で仕方なさそうに言うとおずおずと屹立した俺のペニスの刺さったままの結合部を愛しそうに撫で回し、周りに溢れている愛液の混じった白濁液を掬い上げ、自分の鼻先に持っていく。

「んっ、んむぅっ、ご主人さまのにおぃ…っ」
 すんすん、と鼻先で匂いを嗅いでとろん、とすると舌を伸ばして指先についた自分の愛液と混ざった精液を舐め取っていく。

「んっ、んんっ♪」
 喉を鳴らす度にぶつぶつした千歳特有の膣壁が蠢いて敏感になった俺の先の方を弱弱しく、だが確実に刺激してくる。
 次に今度は俺の腕を持ち上げてそのままくちゅくちゅと舐めあげていく。
 …あぁ、そういえば最初の頃、俺の指を舐める度に性感が高まるようにしたんだっけな。すっかり忘れてた。
 すでに出来上がっている千歳の操はこれだけでこみ上げてくる快感にびくびくっと身体を奮わせながらも俺の指に唾液を塗すのを止めようとせず、それどころかまるで肉棒に奉仕するかのように喉の深いところにまで入れてくる。
 特につらい、ということもないらしい、だんだんと目がとろん、としてくる。
 だが、こちらとしては微妙だ。もどかしい感覚が延々と続くのは遠慮したいので―――

「なにしてる、オナニーなのにここは弄らないのか?」
 そう言って結合部の上―――既に包皮もめくり上がり、小さいながらも自己主張をするように勃起した肉芽をつまむ。

「ひぁああぁぅぅっ!くっ、クリトリス…、こっこすっちゃ…っ!ひああああぁぁぁっっ!」

 びくんっびくびくびくっ!びくんっ!

 突然やって来た大きな快楽にそれまで前かがみだった肢体が跳ね上がり、それに合わせて淫らに乳房が弾む。

「ほら、使わないのか?」
「そ、そこ強すぎるんですぅっ!」
「そうか…普段のオナニーでも使わないのか?」
「そっそれはぁ…っ!」
「答えないと―――」

 擦る。

「んくぅぅっ!く、クリトリス擦っちゃ…」

「じゃあ」

 摘まむ。

「ひあぁっ!いじっ、いじめはらめらんれすぅっ!」
「じゃあ、答えろ。普段は、どうなんだ?」
「いぢってますぅっ!クリトリスいじってイってましゅぅっ!」
「そうか…ちとせはクリトリスでオナニーするのか」
 そこで、すっ…と手を戻す。

「はぁっ、はぁっ、ご主人様のいぢわる…っ、怒りました…っ」
 そう言うと腰を上げてどろどろになった俺の肉棒を自分のワレメから出してしまい、そこに平行に埋めるようにして押し潰してくる。

「挿れてって言うまで挿れてあげません…っ!」
 ヌメって上手いことハマっているので痛みは感じない、むしろ一度部屋の冷気に晒された肉棒が再び千歳の熱に包まれ、心地よさが増した位だ。

「あぁ、別にいいんじゃないか?」
「へ?」
 オマエが我慢できればの話だけどな。

「オマエのオナニーなんだから好きにしろ」
 余裕の声を上げる。

「もっもぅっ!バカにしてぇっ!」
 どこかで聞いたようなセリフを言って頬を膨らませて怒る。こういう子供っぽいところは大きくなっても変わってないな。

 苦笑すると俺に跨っている少女は馬鹿にしていると思ったのだろう、更に顔を赤くする。
 本人は淫らに自慰をして挑発しているつもりらしい…が、いかんせん、俺へ与える快感よりも自分へ与える快感の方が大きいのは明白だ。
 数分後、股間に動きを感じた。

「どうした?腰が動いてるぞ?」
「うっ!こっこれは…っ」
 愉快そうな俺の声に千歳が呻く。
 ここで追い詰めすぎるのもなんだし助け舟でも出すか。

「そうか、千歳はクリトリスでオナニーするからな、俺のコイツでオナニーするんだろ?」
「っ、そうです!ご主人様のオチンポでクリトリスオナニーしちゃうんです!」
 かなり行き詰っていたのだろう、俺が用意した逃げ道にホイホイ逃げ込む千歳らしい反応に笑いそうになるが一応ここは自重しておく。
 千歳もいま自分の言ったことにはっとして赤くなるものの、実際、魅力的に感じたのだろう、撤回することなくそのままスマタを開始する。
 先ほどからこんこんと湧き出てくる千歳の愛液にまみれている肉竿は白味をほとんど失い、透明な粘液でてらてらと光っているのが互いの肌の隙間から垣間見える。

「ん…っ、うぅんっ!くぅん…っ」

 俺の剛直がクリトリスに擦れる度に俺を挟む千歳の貝殻が閉じようと俺を食んでくる。
 それから数分後、ついに千歳が音をあげた。

「はぁ、はぁ…っ、もぅだめぇ…ガマンできない…っ」

 そう言ってワレメに沿って半分だけハメて並行に擦り上げるワレ目スマタをしていた俺の男根を自分のワレメから一度離し、手で起こして角度をつけて今度は自分の膣穴にずぶぶ…と埋没させる。

「ぅんっ、んあぁあっ!ご主人さまっ、ご主人さまの太いのが入ってくるっ!」
「オレの、何が入って来るんだっ!?」
「そ、それはぁ…っ」

 躊躇う。さっきから大分、理性が回復したようだ。だが、問題ない。
 こうやって腰を振れば―――

ずんっ

「くぁんっ!お…オチンポです…っ、はしたないちとせのオマンコにご主人様のおおきくて硬いオチンポが奥の穴をコンコンってしちゃってますぅ~っ!」
 言葉にすることによって羞恥心が煽られ、実感がましたのだろう、ぷしゅっ、とちとせの膣口から無色のおもらし液が勢いよく俺の下腹部を濡らした。

じゅぼっ、ちゅぶっ、ぐちゅぅっ、ぬちゅんっ!

「はぁっはぁっ、らめぇ…きもちいいよぅっ」
 最初は恥ずかしがってぎこちなかった動きがだんだんと大胆なものに変わって行き、次第に激しくなって行く。
 最初、そらしていた視線もだんだんと俺だけをその瞳に捉えて行き、俺しかそこに写らなくなっていき―――

「っんっっ!」
 突然、意を決したかのようにがばーっと覆いかぶさってくる。

ちゅっ、ちゅぽっ、ぬぷっ、にゅぷんっ!

「んっ、くちゅっ、ご主人さまぁっ」

 ちとせの香りが一層強くなったかと思うと甘ったるい声で俺の口を舌でなぞって開け、そのまま舌をすぼめて俺の唾液を吸い取って行こうと懇願してくる。
 その直下では華奢な身体に実った乳房が半分俺の胸板によって潰れ、ちとせが腰を動かす度に勃起した乳首と乳首が擦りあわさって行く。

「れろぉっ、ぬちゅうっ、はぁっ、んっ、ごしゅっ、さまっ、すきぃっ、くぅんっっ」
 もう、甘甘だ。
 まるで恋人に甘えるように俺に対してじゃれてくる。
 普段はうっとうしいのだがまだ身体が本調子ではない上に、奉仕ではないのだからこういうのもアリだろう。

「ぴちゅっ、ふぅ、んちゅ、んん~っ、ぷはっ」
 俺の口の中を余す所なく舐め上げ、終いには舌をすぼめて俺の唾液を吸い上げて口の中で咀嚼して嚥下する。
 そして密着した胸元では互いに硬くなった乳首を擦り合わせてくる。
 大きくなった乳房で俺の乳首がどこにあるのか把握すると共に、その滑らかな肌で埋もれさせて快感を与えてくる。
 が、腰の使いは少しでも長く俺を味わおうと控えめに動いている。実にもどかしい。

「はぁはぁっ、んんつ、っ、んくぅっI」
 突然、ちとせが声を高くする。何のことはない、あまりのもどかしさに俺が腰を突き上げたのだ。

「どうした、ちとせ」
「ごっ、しゅじんさまぁ…っ!」
 少しの抗議と多量の嬉しさの混じった声をあげて跨った少女が喘ぐ。
 俺はそれに意を介することなく、ちとせの最奥を強弱をつけて押し付けていく。

ぬちっ…ちゅぬぅっ…ぬりゅう…

「ひぁっ、らめぇっ!もっ、ひぅんっ!」
 息がどんどん途切れ途切れになってくる。
 俺の方もちとせのうねる肉襞に先の方に強い刺激を与えている為に一気に熱い奔流が駆け上がってくる!
 
 びゅ―――っ!びゅるっ!びゅくっびゅくんっ!

「ひあぁっ!いくイくっ!ああああぁぁぁぁあああああぁぁぁ~~~っ!

 びくんっ!びくびくびくびくっ!

「うっ……くっ、うぁっ…んっ…はぁ…はぁ…っ」

 蠕動が終わり、繋がったまま抱きつくようにこちらに崩れる。
 柔らかい双丘が胸元で潰れ、再びあの顔がオレの眼前に来る。

「―――ご主人さまのオチンポ、まだ硬いままですねぇっ…♪」

 ぞく、とするくらい俺だけへの慈愛を浮かべた妖艶で淫蕩な顔。
 そう、まだ、千歳の目から情欲の炎は消えていない―――

「……っ、えぃっ」

 ぐにゅうっ 

「―――っ!?」

 不意に互いにイったばかりの結合部をひねり上げる。
 当然といえば当然だがこの格好では俺に逃げ場ない。
 当人も少しも余裕がないというのにようやく俺の弱点を見つけたとばかりに年上の顔に微笑みを称える。

「…っ、まて、ちとせ―――」
「さっ、さっひのおかえひれすぅっ!」
 崩れていた身体を手をついて支え、こらん、とあの瞳が怪しく輝かせて火照ったアクメ顔をこちらに向けてくる。
 そう言って俺を更に気持ち良くしようとイったばかりでまだビクビクと震えるペニスを俺と自分の淫汁で満たされ、絶頂冷めやらぬ自分の膣穴を使って敏感になった俺の肉竿を更に責め上げてくる。
 抗えぬ快感に耐え切れず、無理矢理、熱い奔流がちとせの蜜壷に吸い上げられて行く!

「~~~~っ!」
「せーしっ、ザーメンっ、オチンポ汁にびゅうってされる度に…っ、ひぅんっ!」

 びゅくっびゅくびゅくびゅくっ!
 びくびくびくびくっ

 まさかの連続射精に息をつくヒマもない。

 びゅくっびゅくびゅくびゅくっ!
 びくっびくびくびくびくびくびくっ

「ちとせっ、おま…ッ」
「らめれすぅっ♪おしおきれうぅ…っ」

 びゅくっびゅくびゅくびゅくっ!
 びくっびくびくびくびくびくびくっ

「あはぁ♪でてゆっ、びゅーびゅーってでてますぉぅ」
「だからっ、止めろと…っ!」

 全身に電気が走り、常に蠢きつづける

「んぐっ、んあうぅっ」
「っ、くるっ!いちばんつよいのくゅうぅぅっっ!」。

 びゅくっびゅくびゅくびゅくっ!
 びくっびくびくびくびくびくびくっ

 これまでで最も強い、幼い状態のちとせを彷彿とさせるような熱くぬめった断続的な締め付けが今度は竿全体を包み、満足に動かない体で腰を捩って俺を包んだまま俺を溶かしてくる。

 びゅくっびゅくびゅくびゅくっ―――っ!

 ぐらっ

 あ、やべ。そういえば自身の意識を強化するのを忘れていた。

 そう思った時には遅かった。
 意識が飛ぶ。まぁ、被腹上死はないだろう、たぶん。
 そんなバカな事を考えつつ俺は意識を手放した―――

< つづく >

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