ホーリーセイント PHASE-V

PHASE-V:捕獲

「麻衣・・・楓・・・」
 華織が一人ぽつりと立っていた。
 自分以外の仲間が敵に捕らわれていればどれほど強靭な精神の持ち主でも苦悩するだろう。
しかも彼女は本来まだ少女と称してもよい年齢。
自分一人で敵の侵攻を防がなければならない状況はあまりに酷過ぎた。
「大友さん」
慌てて立ち上がろうとして華織は足をひねった。
痛みと気恥ずかしさで華織の表情がゆがむ。
「なんです、か」
麻衣からどうにか逃げ切った華織は、黒木の本拠に戻っている。
一人でいるわけにはいかなかった。
華織一人では、二人の行方を掴むことは難しいことはわかっている。
「最近魔獣が現れることが少ない。情報もあまりない。奴らは勝手に現れて、壊して逃げるだけでもよいから、どうしてもこちらが後手に回る」
わざわざ華織の近くまで寄ってきてぼやく。
組織のリーダーが言う言葉ではないはずだが、彼の場合こんな言い方をしても問題は起こったことがない。
人柄のためか人望からか。
「今は・・・様子を見るしか・・・」
「まあ、そうか・・・大友さん?」
「・・・何ですか?」
「あまり思い詰めない方がいいぞ」
一瞬黒木を凝視した華織は泣きそうな顔で微笑して答えた。
「大丈夫です。心配させてすみません」
「何、気にするな」
黒木は少し安堵した。
この数日彼女が常に張り詰めた表情を浮かべていた事に気付いている。
肝心な事には気づいていなかったが。
ともかく笑ったことで、黒木は安堵した。
「もう少し情報を集めてみよう」
背を向けた黒木の後ろで、華織は悲痛な表情を浮かべた。
そして、
「!?」
「行かないで・・・」
華織は黒木の背中に抱きついていた。
黒木は驚き華織に向き直ろうとする。
だが華織にしがみつかれ後ろを向くことが出来ない。
「隆之さん・・・」
初めて華織が、黒木の名前を呼んだ。
震える声で、言葉を紡ぐ。
「私・・・あなたのことが・・・」
「黒木さん」
「!」
「何だ」
部下が黒木の元に報告を携えて来た。
慌てて華織は手を放し、離れる。
部下の報告を表面上落ち着いて黒木は受けた。
黒木がかすかに眉をひそめる。
華織に向き直った。
華織の鼓動が、高鳴った。
「大友さん、妙な情報が入った」
「・・・・・・」
華織は複雑な表情を浮かべた。

「ここが、その街ですか」
廃棄された工場が並ぶ荒廃した町に華織が立っている。
一人の少女がこの街に入ったのを見たという情報が複数からもたらされていた。
この街自体に人はいないため真偽の程は定かではないが、複数の目撃があったということはかなり確実性が高い。
一人でこんなところに入れる少女など三人はいない。
麻衣か楓かは不明だが見つければ何か起こるだろう。
麻衣であれば戦いになるかもしれないが前のように一方的にはさせないし、楓なら助ければいい。
華織は黒木に街の位置を聞き探索を行うことに決めた。
「ああ、この街だ。目撃されたのは二日前」
黒木も華織と共に来ていた。
組織の中には黒木が見慣れない少女と行動を共にすることを不審がる向きもあったが、黒木は意に介さなかった。
「ここからは私が一人で行きます」
「危険だ。君の力も知っているが、敵はどれだけいるかわからない。俺も行こう。魔獣の十や二十なら倒せる」
黒木は双剣の使い手として知られる。
火力の通じない魔獣に対しては剣を使って戦う者も多い。
黒木の驍勇は確かで彼ならば十や二十の魔獣は敵ではないだろう。
だが華織は首を縦には振らなかった。
「あなたは抵抗組織のリーダーです。あまり危険を冒すわけにはいかないはずです」
真実の理由は別にあるがさっき言い損ねた以上華織はそう言うしかなかった。
「それはそうだが・・・」
「私なら大丈夫です」
華織は断言した。
その様子に翻意は無理と黒木は悟る。
「・・・わかった。だが必ず生きて帰ってきてくれ。君は、君達は・・・この世界の希望だ」
目を見開いた華織は真剣な表情で自分を見つめる黒木に深くうなずいて答える。
「必ず」
短い言葉に、強い決意が込められていた。

さびれた街中を、華織は探索していた。
荒廃した街は障害物が多く、進むのに少々苦労している。
しかし目撃されたのが数日前と考えると急がなければならないのも事実だった。
「どこか隠れやすい場所にいそうね・・・いるとすればだけど・・・」
その条件を前提に考える華織。
「いったいどこに・・・」

廃墟と化しているやや開けた場所に出た。
かつては公園があったようで破壊された遊具がある。
「グルルゥ・・・」
反射的に華織は飛び退いた。
紙一重の差で魔獣の攻撃をかわす。
「出たわね・・・」
華織がティアラを蒼天にかざす。
華織の姿は銀の光に包まれ、隠されながら光の中でセイントグリフォンのスーツを身に纏う。
光が消え現れた華織はすでに光剣を構え戦闘態勢を整えていた。
多数現れた魔獣の数を計る。
「二十から三十はいるわね・・・」
数的には劣勢であっても華織は動じなかった。
魔獣に対しては実力で明らかに凌駕している。
それは今までの戦いで証明済みだった。
「数だけ多ければいいわけじゃないのよ」
本当は多数の方が有利だが、この場に限っては華織の言葉に偽りはなかった。
華織が動く度に一体二体と魔獣が倒れる。
さらに三、五、十と魔獣の屍を積み上げてゆく。
魔獣達がじりじりと後退を余儀なくされる。
「逃しはしないわ」
魔獣が一歩退くたびに華織も距離を詰める。
華織は魔獣を追い詰めつつあった。

「そこまでよ」
空間が歪み、亀裂が走る。
その裂け目から現れた少女はかつての戦友に冷ややかな眼差しを向ける。
「こんなに倒して・・・。ゾラーク様に逆らうのが、愚かな事だと判らないの?」
華織は憤然とした表情を浮かべた。
「これが愚かというなら、ガルゼーダ帝国のやったことは何!?」
「邪魔な虫ケラを駆除しただけよ」
冷酷極まる麻衣の返答に華織の怒りがいっそう激しく燃え上がる。
「今度は前のようにはいかないわ・・・」
膨大なエネルギーが華織の周囲に発生する。
「なに、やる気?」
明らかに自分を見下した麻衣の言葉に華織は怒るよりむしろ悲しくなった。
「いくわよ、麻衣・・・ライトニング!」
稲妻が華織の右手から放たれる。
自らを襲う稲妻を、鮮やかに麻衣はかわして見せた。
「まだまだ!」
次々と華織が稲妻を麻衣へと放つ。
だがそのすべてを麻衣はかわした。
「やっぱりこの程度?これじゃ相手にならないわ」
麻衣が華織を舐めきった言葉を吐く。
華織を完全に侮っている証拠に、光剣を出していない。
「これならどう・・・」
華織の周囲でさらに巨大なエネルギーが膨れ上がる。
「・・・ヴォルト!」
巨大なエネルギーがそのまま巨大な稲妻となり、天空から降り注ぐ。
「きゃあっ!」
麻衣が直撃を受け、数十メートルも吹っ飛ぶ。
雷撃が麻衣の暗い衣装を焦がし一部は裂けていた。
「雷は直撃したわ。しばらくは身体が痺れて動けないはずよ」
華織の言葉に麻衣は答えない。
華織の腕も技の連続により高圧で焦げていた。
「麻衣、楓はいったいど・・・!?」
麻衣に近寄りかけた華織を上空から襲う物があった。
なんとかかわした華織は、それがコップを逆さまにしたような円柱状の物体であることに気付いた。
「よくよけたね」
「な・・・」
麻衣が何事もなかったかのように立ち上がっていた。
全力で放った技がまったく効いていない。
華織の表情から血の気が失せた。
「さすがに華織だね・・・あれをかわすなんてね」
「これは、何なの?」
「あなたを捕まえる為にゾラーク様がわざわざ用意してくださったのよ。光栄に思いなさい」
次々と、円柱が落下して来る。
「私を捕らえる?こんなもの、簡単にかわせるわ」
次々と落下する円柱を、華織が次々とかわす。
が、
「!?」
「はっ!」
麻衣に間合いに入り込まれ、痛撃を浴びる。
態勢を立て直そうとするが、その瞬間を見計らったかのように円柱状の物体が降って来る。
これもなんとかかわすが、次第に華織は追い詰められてゆく。
「く・・・このままじゃ・・・」
守る者のいなくなったこの世界は、間違いなくガルゼーダ帝国のものとなるだろう。
劣勢以上に、自分が捕らわれた場合に現出する深刻な事態への恐れが華織を慄然とさせた。
華織は何度目かの連撃をかろうじて避ける。
「そろそろ終わらせてあげる」
麻衣が炎を発現させ、腕を華織に向ける。
「それっ!」
「くっ・・・」
腕をかすめた炎を避けた華織は、反射的に上空を見上げる。
「・・・?」
何も来ない。
一瞬判断に迷った華織を、
「あっ・・・!」
左右から、二つに分かれた円柱が合わさる事で捕らえた。
「うまくいったわ、あっけなかったね」
円柱状のケースを叩き、華織はケースを壊そうとするが、円柱には傷一つ付かない。
空間が狭すぎ、動く余地がないために技も出しかね、華織は窮した。
麻衣は、楽しげにケースに近づいて来る。
華織には皮肉っているとすら感じられた。
華織が麻衣を睨む。
「私を閉じ込めてどうするつもり?」
「まあ、それは移動してから、ね」
ケースに手を触れ、麻衣がその手を一周させると華織の姿がケースごと麻衣の前から消え失せた。

華織はケース越しに漆黒の壁を眺めていた。
眺めるしかなかった、という方が正確である。
ここに転移させられたことは判るが、ここがどこなのかさっぱり不明な上に、何の為に転移させられたかがまったく判らない。
麻衣の言葉が含みのあるものだけに不安感が募る。
華織はぼそりとつぶやいた。
「さっさと誰か出て来なさいよ・・・」
「出て来ましたよ」
華織には聞き覚えのある声だった。
「楓・・・無事だったのね」
華織の表情に喜色が浮かぶ。
「はい、私です」
「・・・?」
楓の声が奇妙なほど落ち着いている。
華織は少し違和感を覚えた。
楓は沈着な性格ではあるが、何日も敵に捕らえられて平然としているような図太い神経の持ち主とは思っていなかったからだ。
眼を凝らした華織は色を失った。
「楓、その眼は・・・」
うめくような華織の声。
漆黒の空間の中に、赤い光が浮かび上がっていた。
華織の背筋がぞくりとした、不気味な光景だった。
その赤い光は・・・楓の瞳から発せられていた。
「この眼ですか?私も見ましたけど、きれいですよね。まるで血のように赤くて・・・」
うっとりとした表情で語る楓。
華織は訊ねる。
真実を知る事を恐れながら。
「どうして、麻衣みたいに眼が赤いの・・・!?」
楓の瞳は、華織が今まで戦っていた麻衣と同じように、赤く光っていた。
「知りたいですか?」
楓の真紅の瞳が妖しく光る。
華織は自分にとって最悪な事態が進行しつつあることを悟らざるをえなかった。
「それは、私が二人を生まれ変わらせてあげたからよ」
楓や華織ではない、三人目の女性の声が響く。
麻衣の声でもない。
クローディアが突如二人の前に現れていた。
突然の事に華織は驚き、楓はクローディアの姿を見ると嬉しそうに頬を緩ませている。
「どういうこと?まさか、おまえが・・・」
「おまえなんて言葉を使っては駄目です、華織さん」
クローディアではなく、楓が優しく答えた。
「クローディア様は、私達を導いてくれた御方。そんな言葉を使ってはいけません」
楓の言葉に、華織は声に出せずに低くうめいた。
麻衣だけでなく、楓まで敵の手に堕ちるなんて・・・。
「・・・どうやって、二人を操った」
「嫌な言い方ね、正しい道に導いてあげただけなのに」
「どこが正しい!?」
強く否定する華織に向けてクローディアはやれやれと言いたげに首を振った。

< つづく >

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