女王の庭 第5章

第5章 賜物

 待ち合わせ場所は上野公園の階段の下だった。
 上野なんてめったに来ないので、念のため早めに来た。
 待ち合わせ場所に着いても、晴菜には何の用だったのか思い出せない。待ち合わせ相手も誰だか覚えていない。
 だが、晴菜は不審に思うことはない。

 夏の終わりが近づいていて、まだ日差しは強いものの、ときおり、風にかすかな秋の気配を感じる。
 気分がいい。
 何かいいことがありそうな気がして、心が浮き立つ。

 晴菜が着ているのは、今井弘充にプレゼントしてもらったばかりのおニューのツーピースだ。上下とも晴菜の好きな水色だが、少し光沢のある素材で、華やかな色合いだ。スカートの丈が着慣れたものよりも少し短い。晴菜のスタイルと美貌が際立って、視線を集めている。

 気の早い秋風が髪を乱す。それを指先で整えながら、誰とも知らない待ち人を求めて、駅の方向に目をやる。

 自分のほうに歩いてくる人影を見ても、最初それが小田ツトムだとは判らなかった。
 声をかけられて、初めて気がついた。

「晴菜ちゃん、久しぶり」
 この声……。

 ボサボサだった髪型は、丸刈りになっている。眼鏡をやめてコンタクトに変えたらしい。そのせいか、濁っていた目も鋭くなって、顔つきに険しさが増したような気がする。
 着ている服は、ポロシャツにチノパンでオヤジ臭いのは相変わらずだ。だが、見るからにオタクくさい印象は薄くなった。相変わらず太り気味の体型だが、以前に比べると幾分痩せたようだ。

 外見の印象が変わってしまっていたせいと、今の幸せな気分との落差のせいで、その男を小田だと識別するのに時間がかかった。
 小田だと認識した瞬間、全てを思い出した。

 今日の待ち合わせ相手はこの小田だった。晴菜自身が、小田に電話して誘ったのだ。

 どうして自分から、気味の悪いあの小田に電話したのか、そもそもどうして小田のケータイの番号を知っていたのか、自分で考えても疑問ばかりだ。
 だが、晴菜自身が小田を誘ったという記憶は鮮明で、疑いようがない。

 小田の姿を見るのは、自宅のそばで襲われかけたとき以来だった。
 その直後は、ときおり嫌な夢の中で小田を思い出すこともあった。最近ではすっかり別の夢が晴菜を浸食している。その新しい夢の中で、小田と晴菜は……

 晴菜の胸が騒ぐ。
 これは、不安感から?
 それとも……なにか、別の?

 小田が晴菜に言う。
「電話かけてきてくれてありがとう。ずっとこの日を待ってたんだ。くくく。やっとそのときが来たね」

 晴菜は身を硬くする。どうして小田に電話などしてしまったのだろう?
 浮ついていた気持ちが一挙に沈み込む。

 もう二度と小田と会うつもりなんてなかったのに。
 さっさと帰ろう。

 小田の顔を見る。小田が細い目をなおいっそう細めてにやにや笑っている。
 二度と見たくなかったはずのトカゲのような顔を見ながら、晴菜の体の中を不思議な刺激が駆け抜ける。胸がドキンと高鳴る。小田の顔が魅力的に見えてしまう。吸い寄せられそう。
 不可解な感情に晴菜は慌てる。自分自身のなかの相反する感情に脅えて、晴菜は目をそらす。

 晴菜が黙り込んでいるのにかまわず、小田は晴菜の側まで来て話しかける。
「晴菜ちゃん。今日はまた、お洒落だね。ボクのためにお洒落してきてくれたんだね? グフフ。特別な1日だもんね」
 小田が嬉しそうに目を細めて笑う。

 晴菜は自分の服を見下ろす。小田と会うというのに、わざわざこんなお洒落までして来たなんて、ばかみたいだ。

 小田が言葉を続ける。
「また綺麗になったね。ボクのこと考えて、そんなセクシーな身体になったの?」

 身体のことを小田から言われて、本来なら身の毛がよだつはずだった。だが、不思議と不快感はない。それどころか、小田に気に入られるのが嬉しい。体が熱くなる。
 それに、小田の濁った声が耳に快い。もっと聞いていたい。この声に、耳もとから囁かれてみたい……

 えっ?

 いけない。私、ショックで、ちょっと混乱しているみたい。
 小田に会ったら、相手をせずに逃げる。そう決めていたんだ。

 晴菜は、小田に背を向ける。立ち去ろうと数歩歩いたところで、背中から呼びかけられた。
「どこ行くの? 待ってよ。晴菜ちゃん」
 従う気はなかったのに、晴菜は足を止めてしまう。

「こっち向いて。戻っておいで」
 なぜか言われたとおりにしてしまう。

「顔を見るなり逃げ出すことはないじゃないか。失礼だなぁ」
 小田はのんびりとした調子でそう言う。
 なんだろう小田のこの余裕は?

「だいたい、晴菜ちゃんのほうから呼び出しておいて、それはないよね?」
 晴菜はうつむいたまま黙る。どうやってここから逃げ出そう?

「ほら、ちゃんと返事する」
 小田が促す。声は荒げていないが、逆らうことのできない声。

「は、はい」
「ちゃんと謝れ」
 突然の命令口調。

 どうしてだか、逆らうことなどありえない。素直に謝る。
「ごめんなさい……」

 小田は満足げにうなずく。その表情を見ると、晴菜の心に、温かく湿った安堵感がじわりと沸き起こる。
「それでいいよ。さ、行こうか」
 小田は馴れ馴れしく晴菜の細い肩に腕を回してくる。

 思わず晴菜は、ヒッ、とおびえた声を上げるが、小田に肩を引き寄せられると、そのまま身を寄せてしまう。

 だめだ、逃げないと。
「あの、私……」
 なぜか言いよどむ。

 小田に身を預けてみると、思ったほどの恐怖心はなく、むしろ意外なほどの安心感がある。小田の体から漂う強烈な汗の臭いも、甘く晴菜の鼻をくすぐる。

 小田が歩き出す。晴菜は、小田の歩くスピードにあわせて早足になる。

 なんとか口を開く。
「……私、帰る……。その……小田くんと一緒にはいられない」

 小田は歩きながら晴菜の顔を見下ろす。目が合って晴菜はまたドキリとなる。

 このまま見つめ合っていたい……。

 そんな気持ちをかろうじて抑える。

 ニタニタ笑いながら小田が言う。
「何言ってるの? だって誘ってきたのは晴菜ちゃんだよ? 今日は一日中一緒にいたいって言ってきたのは晴菜ちゃんのほうだよ」

「そ、そうだった」
 思い出した。たしかにそんなことを口にしてしまった。どうしてだろう? 

 ぼんやりしている間に、小田の歩く早さに置いていかれそうになる。
 急に不安になって、晴菜はほとんど無意識のうちに小田の腰に手を回してしがみつく。腕の下に感じる、小田の脂肪の弾力が、なぜか心地よい。
 そう感じる自分が怖くて、理性をふり起こして、小田から手を放す。
 すると、晴菜を逃すまいと、小田の腕が晴菜の腰に伸びて来る。小田に抱き寄せられる。小田からたちのぼる汗の臭いにクラクラする。

 晴菜は、もう一度意思を奮い起こす。嫌いなはずの小田を拒むことに、こんなに意思の力が必要になるのはなぜなんだろう?

「その……ごめんなさい。私、このあと予定が入っちゃって。そう、急になの。大事な用」
 小田が晴菜を見る。また吸い寄せられそうな魅力に逆らって、晴菜がうつむく。

「大丈夫だよ。キャンセルすればいい。せっかくのデートなんだから」

 デートなんかじゃない!
 でも晴菜は小田にそう言われると、同意してしまう。
「そ、そうよね。せっかくのデートなんだし」

 小田がにんまりと笑う。本当にこの小野寺晴菜がボクの言うことに逆らえないんだ。

 小田は親しげに晴菜の腰に手を回したまま、歩を進める。
 腰に置かれていた小田の手が、いつの間にかお尻に触れている。
 晴菜は気づかない。下半身が不思議な暖かさに包まれていて、すべての感覚がそれに飲み込まれている。
 小田の手がお尻を撫でるのにあわせて、無意識のうちに腰をくねらせている。

 飲み屋街とおぼしき通りへと歩いていく。この時間帯は、ほとんどの店のシャッターが降りている。たまに開いている店に、アダルトDVDの幟が立っているのを見て、晴菜は不安になる。
「その、小田くん、どこに行くの?」
 おずおずと聞く。

「決まってるじゃん。ホテルだよ。せっかくのデートなんだろう?」
「え?」

 その……そんな……!
「イヤ。そんなの……、私、そんなつもりないから。やめて。帰ら……」
 抗議しながら小田の顔を見た晴菜は、小田のニヤニヤ顔に吸い寄せられて、言葉をとぎらせる。

「どうしたの? 急にもったいぶっちゃって。晴菜ちゃんだってそのつもりだったんだろ?」
「ち、ちがう……。ぜんぜんちがう」

 小田が白々しく聞く。
「え? じゃあ、上野公園でやるかい? 晴菜ちゃんがそんな趣味だったなんて、ショックだなぁ」
「そんな……! 違う」
 晴菜は強く否定する。

「そうだね。いい天気だし、涼しくなってきたしなあ」
「イヤ! それだけはイヤ」
「じゃあ、ホテルと上野公園でやるのと、どっちがいい?」

 晴菜は唖然とする。どうしてそんな二択になったのだろう?
「……ホテル」
「じゃあ、ホテル行こう。へへへ。ボクって幸せだなぁ。あの晴菜ちゃんにホテルに誘われるなんて」

「ウソ……違う。そうじゃなくて」
「やっぱり上野公園でやりたい?」
 小田がニヤニヤ笑いかける。その歪んだ笑顔に、晴菜はうっとりする。

「……いえ、ホテルがいい……」
 だめだった。晴菜には、それ以上言い返すことができなかった。
 言い返そうとするたびに、本来聡明なはずの晴菜が簡単に話をはぐらかされてしまう。小田は不思議な魅力で晴菜の心をからめとって、晴菜に逆らう気力をなくさせる。このままでも構わない、いや、このままでいたい、そういう気持ちが晴菜の理性を押し流す。

 ホテルが並ぶ通りに入った。小田は決まったホテルを目指しているらしい。迷う様子もなく歩いて行く。

 晴菜は、取り返しのつかない事態になろうとしていることに怯える。

 イヤだ。小田とホテルに行くなんて。
 なんとか小田に断ろう。
 いや、何も言わず、小田を振り払って走って逃げよう。
 叫べば、誰かが助けてくれて、なんとかなるかもしれない。

 どれも実行できなかった。口を開こうと小田の顔を見るたびに、胸が高鳴って気持ちが押し返される。
 腰に置かれた小田の手、晩夏の気温に暑苦しさを重ねるような小田の体温、ポロシャツの汗の染みの肌触り……全てのものが、なぜか晴菜を心地よくさせ、小田から離れることを躊躇わせる。
 
 このままではいけない。
 それなのに……。
 どうしてこんなふうに感じてしまうの?

 道すがら小田は、晴菜と会えなかった期間のことを晴菜に語って聞かせる。
 バイトで稼いだ金でまずはフーゾク通いをした。いつか晴菜と会えるときのことを夢見て、晴菜のことを想像しながら。
 プロ相手に慣れた後で、晴菜のために(!)、シロウトも色々試した。小田の外見でも、啓知大学という大学名があって、小奇麗な格好をして、カネ払いさえ良ければ、何回かに1回は引っかかる女がいる。酔わせてしまえばあとはどうとでもなる。オンナの容姿に贅沢は言わない。なんといっても晴菜がいるんだから、我慢できる。いざとなれば、眼をつぶれば、晴菜の顔を思い浮かべることができる。

 その成果をみせてあげるよ。

 耳をふさぎたくなるようなおぞましい話だった。
 だが、小田の言葉に、小田の声に、聞きほれてしまう。
 女と寝ながら晴菜を想像していたと言う小田の言葉に、酔ってしまう。
 私のことをそんなにも思ってくれて……

 少しでも油断すると、晴菜の理性は縛めを弱め、ついうっとりと想像してしまう。小田に抱かれることを期待してしまう。
 心のどこかが小田を求めている。体の芯がなぜか疼く。足に力が入らなくなって、晴菜は身体を小田に預ける。頭がぼうっとなる。

 清楚な美貌をとろけさせる晴菜の様子に、小田は見とれる。
「どうした晴菜ちゃん? そんなにえっちが楽しみなのかい?」

 ああ、イヤン。そんなこと聞かないで。
 だって、小田くんには嘘はつけない。

 晴菜は、朦朧としながらこくりとうなずく。

 小田自身も一瞬意外そうな顔をして晴菜を見つめる。

 見つめられた晴菜は、小田の視線が嬉しくて、思わず顔をほころばせてしまう。
 はにかみながら小田を見上げる。

 私、まるで、小田くんのことを誘っているみたい……

 はっと我に返った晴菜が自己嫌悪で落ち込むのとは対照的に、小田はうれしそうに笑った。

 汚いラブホテルの一室に入った途端、晴菜はクラクラとする。自分が何をしたいのかもわからずに、小田の正面に回って膝をついた。小田が戸惑う。
「晴菜ちゃん? お? なに? 急に?」

 膝をついた晴菜は、何も考えずに小田の股間に手を延ばす。細い指で小田のズボンのベルトをはずし、ズボンのファスナーを開ける。ズボンを膝まで下ろす。

 私、なにをやろうとしているの?

 自分でも信じられないような手際のよさだ。こんな動作やったことないはずなのに。

 小田のブリーフの股間が盛り上がってだんだん大きくなっている。

 見たくない。
 けど、なんだか口が疼く。気持ちがそわそわと落ち着かない。晴菜は、ブリーフにも指をかけて、膝まで下ろす。

 ダメよ。私、なにやってるの?

 ぐいぐいと角度をつけている途中のペニスが現れて、思わずイヤッ、と声を漏らす。強烈な臭いが立ち上る。

 でも、目をそらすことができない。
 ああ……ヒロくんよりも大きい。
 身体の中が甘く疼く。
 たまらなくなって、先端にチュッと口づけする。

 信じられない。私こんな汚いことしてる……。こんないやらしいこと、ヒロくんにだってしたことないのに。
 でも、どうしてなの? この充足感は……?

 いったん口を離してから、もう一度キスする。唇へのキスと同じように、そっと唇でかむようにして、無意識のうちに舌を絡ませている。先端部を舌で撫でさする。どうしてこんなに心が休まるのか理解できない。

 アア……、私、こんなヘンタイみたいなことをやってる……
 相手はあの小田くんなのに。
 でも、止められない……
 ごめんなさい、ヒロくん。
 助けて、ミッちゃん……

 小田は、自分に身を寄せてうっとりしていた晴菜が、部屋に入るなり身を離したので、一瞬逃げ出されたのかと思った。
 だが、その後の展開を見て、小田はにんまりと笑った。

 晴菜は、ペニスに対する優しいキスの後に、そそくさとフェラチオを始めている。

 下川倫子のサプライズプレゼントか。
 小田は笑いながら、部屋の奥に向けて親指を上げて見せた。

 悠然と足を組んで椅子に腰掛けていた倫子が、右手を上げて返事をする。えらくうれしそうに笑っている。倫子自身も、普段よりなまめかしく見える。

 小田は自分の股間を見下ろす。栗色の艶やかなロングヘアーが、甲斐甲斐しく動いて、小田の一物を口でしごいている。

 晴菜がフェラチオしている。
 あの小野寺晴菜が。
 小田のラブレターを全て拒んだ小野寺晴菜が。小田の言葉を聞こうともしなかった小野寺晴菜が。汚いものを見るように小田のことを見下していた小野寺晴菜が。

 なんて感動だろう。

 昔の小田なら、その感動だけでイッてしまったかもしれない。
 だが今の小田は、そんなヤワな鍛えかたはしていない。これまでの我慢はこの日のためだったのだ。簡単に放出するつもりはない。

 小田は、晴菜の長い睫を斜め上から眺めながら、亀頭部に伝わる晴菜のテクニックを噛みしめる。
 今井仕込のテクニックを見てあげるよ。

 晴菜は、細い指で小田のペニスをしっかりと掴んで、膀胱を舌で押さえるようにしながら、唾をまぶしこむ。その上で、亀頭を唇でくわえて、そっと擦る。晴菜のお上品な小さな口では、小田の巨大なカリを相手にするのは大変かもしれないが、歯を立てないよう注意しながら、懸命に口を開いている。

 小田は手を伸ばして、晴菜の髪の毛に触れる。さらさらとした髪の毛を手で梳きながら、晴菜の奉仕を見守る。

 晴菜は、何度か擦り上げて、いったんペニスを吐き出す。両手でペニスを少し持ち上げて、唇から可憐な舌の先端を出して裏側をつつく。小田が思わずうっ、と声を出す。

 やっぱり、晴菜のようなかわいい唇と舌にしゃぶられるというだけで、他では得られない快感だ。晴菜が一心に奉仕する表情もたまらない。

 晴菜は今度は、懸命にペニスを根元まで飲み込もうとする。舌で刺激しながら、奥へくわえ込もうとして苦労している。
「どうした晴菜ちゃん? こんな大きいのを咥えるのは初めてかい?」

 晴菜は、いったん口を離して言う。
「そんなこと言わないで。私、こういうこと自体初めてなのに」

 小田は笑い出す。
 あ、そうか、晴菜はフェラチオの経験を全て忘れてるんだ。ご自分では汚れていないつもりらしい。
 倫子に言われていた通り、すこしからかってやろう。

「へえ、初めてなんだ? その割には美味しそうにしゃぶるよね? これまで舐めたくてしょうがなかったのを、我慢して、今井の前では清純ぶってたんだ?」

 今井の名前を出されて、晴菜は悲しくなる。愛する今井弘充に対してさえやったことのない行為を、こんな男に対してするなんて……

「ひどい。舐めたがってるとか、清純ぶってたなんて……」
「フフ。隠すことないよ。ホントはしゃぶりたくてしょうがないんだろ? さっきは、さもいとしそうに、ボクのチンポにキスまでしてたじゃないか」
 そう言って小田が笑う。

 たしかに、小田に言われるとおり、少しでも口を小田のペニスから離すと、喉が渇いたようなもどかしい気持ちになる。晴菜は、たまらなくなって、もう一度ペニスにしゃぶりつく。

 小田が言う。
「ハハハ。やっぱり欲しくてしょうがないんじゃないか。ボクは、今井とは違って心が広いから、いくらでも舐めさせてやるからね。ほら、心を込めて舐めてね。うまくやれば、ご褒美に飲ませてあげてもいいよ」

 飲むだなんて、そんなこと晴菜には思いも寄らないことだった。
 でも、そう聞くだけで、なんだか心が浮き立って、奉仕にも力がこもる。

 小田は、上品ぶった晴菜のことだから、おっかなびっくりのフェラチオしかできないんじゃないかと思っていた。だが意外にも、晴菜は、大胆にペニスを飲み込んでくるし、舌使いも思い切りがいい。
 小田が、「修行中」に相手にした、女子大生の中には、うんざりするような大雑把なおしゃぶりをやってくる女もいたのだが、それとは大違いだ。

 晴菜がフェラチオをいやがらないのは、愛している今井を相手に練習したからかもしれない。その恋人のために身につけたテクを、小田ツトムさまにご披露しているというわけだ。
 小田はにんまりする。

 でも、やる気はいいとしても、手数がまだまだ足りない。プロの女に比べるとぜんぜんだ。色々教えてやることがある。この小田ツトム先生が、お姫様の小野寺晴菜に教えてやろう。

「ちぇっ、なにやってんだよ。そんなんで飲ませてもらおうなんて思ったら、大間違いだよ」
 晴菜は、傷ついた目で小田を見る。
 小田を喜ばせられないと思うと、不安でたまらない。

 晴菜の口で感じて欲しい。出して欲しい。

 そんなふうに考えてしまう自分に、晴菜は戸惑う。不可解な願望を頭から締め出す。
 自分の心を再確認する。
 私、こんなことイヤだ。イヤでイヤでしょうがない。
 でも、それだったら、どうして止められないの?

「まず、口と同時に指も使うことも覚えろ。晴菜ちゃんは、口か指かどちらかしか動いていない」
 晴菜は、慌てて言われたとおりにする。亀頭を咥えながら、指で根元からしごく。

「指と口だけじゃないんだぞ。全身使って、ありとあらゆる手段で男を喜ばせるのが晴菜ちゃんのオシゴトだ。
 たとえば、音を出すとか。舐めるときはちゃんとチュパチュパと音を立てて、ボクに聞こえるようにして耳を楽しませるんだ。そうそう。で、ボクが満足するように、『ああ大きい』とか『大好き』だとか、可愛い声で囁くんだ。
 それから、ボクの目も楽しませてくれないとね。せっかくのお上品な顔を、ボクに見えるようにするんだ。髪の毛が邪魔。ときどきは、ボクの顔を見る。で、もの欲しそうな目でボクを誘う。そうだ、その目だよ。ヒヒヒ。小野寺晴菜がそんな目で見つめてきたら、それだけでイッちまうよ。
 こら。いくらボクが男前でも、見とれてばかりだと、手とお口がお留守になってるぞ。
 同時にいろいろ考えるのはまだ早いか。まあ、これからもいろいろ教えてやるから、じっくり練習してね」

 これからも……?
 そう言われて、晴菜は、嫌がる気持ちと喜ぶ気持ちが相半ばして、戸惑う。

「服装も、もっと考えてよ。いい身体してんだろ? 服脱いで胸の谷間を見せるとかしてよ。スカートももっと短いのを穿いてよ」
 晴菜があわてて、ペニスから顔を離して、トップスを脱ごうとする。

「バカ。いまさら遅いんだよ。フェラチオを途中で止められる男の気持ちになれよ。今はその格好でもいいんだよ。部屋に入るなり服を着たままフェラ、ってのも、男をソソるからね。男を喜ばせるにも、色々やり方があるんだってことを、もっと勉強しないとね」

 小田は、次から次へと晴菜に教えてやる。
 どうせ晴菜が一度に全部覚え込むなんていうのは無理だということはわかっている。
 ただ、自分が小野寺晴菜にイヤらしいことを命令して、晴菜がそれに逆らえないのだという状況を味わいたい。

「そんなにボクのチンポが好きなの? まあ、晴菜ちゃんを喜ばせてあげる棒なんだから、大好きなのはわかるけどね、キンタマなり、お尻なり、ほかにも舐められるところはあるんだよ。わかってるの?」

「舐め方もワンパターンだな。横から舐めるとかやってみろ」

「チューチュー吸い上げるんだ。さっき言ったように、ちゃんと音を立てるんだ。おお、さすがだな。そうか、フルートやってたから、肺活量は自信がある?」

「見栄えも考えろって言っただろう? 同じ舐めるんでも、舌を思い切り伸ばしてるところを見せるんだ。そのほうがイヤラしくて男が喜ぶだろう? おお? えらく長い舌してるね? うわ、やらしいね。まさに、フェラチオするために生まれてきたような女だな。その舌で、キスも上手そうだ」

 そう言って小田は晴菜を侮辱する。

 晴菜は、小田に言われるままに、唇をすぼめ、指でしごき、舌で舐め上げる。

 最初は、小田のえらそうな態度に怒りと屈辱を覚え、なぜだかそれに逆らえない自分が悔しかった。だが、今では、小田の命令に従うことが、奇妙に心地よい。いやらしいことをして、小田に褒められると嬉しい。身体が熱くなる。

 恥ずかしそうに、小さな声で小田にお伺いをたてる。
「ねえ、これでいい?」
「ここはどうなの?」
「今、キモチよかった?」
 おもねるように小田の顔を見上げる。嫌がっていた気持ちは麻痺してしまい、酔ったように行為に没頭していく。

「ヘヘヘ。やるじゃないか晴菜。スジがいいぞ。褒めてやるよ」
「ウフン。うれしい」
 すっかり酔っている晴菜は、幸せそうに答える。褒めてもらったお返しに、ペニスに向かってお礼をしてあげる。

「そんなお嬢様みたいな顔して、ぴちゃぴちゃ舐めまくるってのがサイコーだ。くくく。これからももっと教えてやるからな」
 そう。これからも……。
 これで終わりではないのだ……。
 晴菜にとって恐ろしいはずの予告が、今はとても嬉しいことに思える。

 小田は、晴菜の攻めが単調になったように感じる。茎の部分を大きく舌で舐め、唇でなぞる。そればかりが続いていて、細かい刺激がない。

 ちぇっ。
 ちょっと褒めてやれば調子に乗りやがって。
 もう少しカリのあたりを細かく舌で舐めるんだ。

 そう口にしようとした、まさにそのとき、晴菜が、奇襲をかけてきた。しばらく刺激してこなかったカリを、舌で強く押す。そして裏スジの窪みををツツく。
「ウッ」

 油断していたツボを、絶妙なタイミングで甘く攻められて、思わず声を上げる。

 晴菜のやつ、わざと焦らしてやがったんだ。
 最初に一度、小田が大きく反応した箇所だ。晴菜はそれを覚えていて、取っておきのタイミングを狙ってきたんだ。

 この女……!
 男を喜ばすコツをわかっている。男の反応を見て学んでいる。
 この清楚な顔立ちで、舐め女としての資質も最高なんて。
 このオンナ、宝の山だな。

 晴菜の不意打ちにしてやられて、小田はこみ上げそうになるのを何とか押さえる。

 晴菜もきっとそれを期待していたのだろう。小田がひるんだ隙につけこんで、激しいスロートを開始する。長い髪を揺らして首を振る。
 最初は飲み込むのに苦労していたのに、今はすっかりなじんでいる。花びらのような唇をすぼめ、懸命に搾り出そうとする。

「よし、わかった。欲しいんだね? よくやったよ晴菜。約束どおり、口に出してやる。ほら、全部飲むんだよ。一滴たりとも無駄にするなよ」
 晴菜は、しごきあげながらンフンと満足そうな声を上げる。

 そのときを待ちかねていた小田の一物が膨れ上がる。
 口でされてこんなに気持ちよくなったのは初めてだ。テクはプロには劣るといっても、なんといっても女が最高だ。

 勢いよく晴菜の口の中に噴き出すのがわかる。それを晴菜は懸命に受け止める。
 その表情がたまらない。一滴も残すなとという指示を守ろうと、可憐な唇を懸命にすぼませている。

 小田の何ヶ月もの思いがこもっている射精は止らない。晴菜には荷が重すぎたらしい。こぼっと咳き込んで、口から精液かこぼれる。それでも咥えた一物を懸命に離さないところがいじらしい。

 小田の射精はなお止らず、晴菜の口に残弾を打ち込む。
 晴菜の小さな唇からこぼれた精液が、服を汚す。小田の膝のズボンに精液がかかり、晴菜の新品のツーピースの胸元にしみが残る。

 出し終えた小田は、膝まで下ろしたままのズボンが汚れているのを見て、これ見よがしに舌打ちをする。
「全部飲めっていっただろう? ばか。ボクの女だったらそれくらいちゃんとやらないと」

 そう言って晴菜の小さな額を雑に小突く。女神のように輝いていた晴菜を乱暴に扱うことに、ゾクリとする喜びを感じる。

「ごめんなさい、本当に、ごめんなさい」
 晴菜が従順に謝る。

 おろおろとしている晴菜に命令する。
「なにぼんやりしてるんだ。さっさとボクのチンポの後始末をしろ」
「後始末って……?」
「汚れたチンポを舌で清めろっていうだよ」
「ハ、ハイ、ごめんなさい」
 逆らうことのできない晴菜は言われたとおりにする。

「一滴たりとも残さず飲めって言ったよな。こぼしたやつも、ちゃんと責任とっておけよ」
 小田はそういい残すと、ズボンとブリーフを脱ぎ捨てて、自分だけさっさとベッドに向かった。

 その部屋で倫子は、のんびりと椅子に座って、一部始終を眺めていた。

 倫子は、気分がいい。
 晴菜は床にぺたりと座り込んで、細い指先についた小田の精液を舐める。そして、綺麗なツーピースを身にまとったまま、床に這いつくばってこぼれた精液を舐めている。

 ひどい光景だ。

 あのお嬢様の晴菜が、動物のように地面を這いながら、床に舌を伸ばしている姿はあまりに無残だ。

 すばらしい光景だ。

 催眠術にかかっている晴菜は、倫子の姿は見えない。
 ただ、声は聞こえる。
 晴菜に聞こえないよう声をひそめ、小田に囁いた。
「呆れたわあんた。晴菜にあんなヒドイことさせて。大学の男子どもに見せてやろうか? 今度こそあんた殺されるよ」

 小田は、倫子の前でも気にせずフリチンのままで、ベッドの上にあぐらをかいて晴菜を見下ろしている。

「それは濡れ衣だってば。殺されるのはボクじゃなくて、下川さんだよ」
「そんなことないわよ。男たちはみんな、私に向かって懇願してくると思うな。『おれのも、一滴でもいいから晴菜ちゃんに飲ませてください』って……」
「うーん。それは困るな。せっかくのボクの新しいトイレなのに、他人に汚されたくないよ」
 その言い草に、倫子は噴き出す。晴菜に聞こえないように、口を押さえる。
 小田の「頼もしさ」に、倫子は大いにご満悦だ。

 変われば変わるものだ。あの情けない男が。
 倫子の見込みに狂いはなかった。自分勝手で歪んだ欲望、相手の気持ちも世間の常識も省みない視野の狭さ、不健康に自分を貫く粘り強さ。うまく煽ってやると、暴走すると思ってはいたが、意外な図太さがあって、思った以上に使える男になった。

「それにしても、あんた、そっちのほう強くなったねえほんと。たいがいの男は、晴菜にチンポ触られただけで、即射精だよきっと」
 そう言って小田を持ち上げてやる。

 あながち大げさな世辞というわけでもない。
 山越崇行に催眠術をかけて相手してやったときの、崇行の浮かれぶりを思い出す。
 小田は、つい数ヶ月前は、晴菜の目をまともに見ることさえできなかった。今の辛抱強さは感嘆ものだ。

「へへへ。下川さんに言われたとおり修行してきたからね」
 体力労働で稼いだカネで風俗通いを繰り返し、プロの女で場数を鍛えて、カネと暴力にものを言わせてシロウト女を手篭めにしてきたというわけだ。シロウト女の調達には、ときどき倫子も協力してやった。催眠術の練習と、気に入らない女へのちょっとした仕打ちに、ちょうど良かった。

 小田は調子に乗って続ける。
「まあ、このあとボクがどんなふうに晴菜をヨガらせるか、たっぷり見てくれよ。気に入ると思うよ。晴菜が終わったら、下川さんも一度試さない?」
 そう言って倫子の身体を値踏みするように眺める。ベッドから、馴れ馴れしく倫子に近づいてくる。

 調子に乗るな。
 倫子は小田を払いのける仕草をして、睨みつける。
「やだね。触るな。汚い。しっしっ」

 倫子が本気になれば、ひとたまりもない。気弱なころの小田が顔を出して、小田はおどおどと引き下がる。
 生まれ変わった小田の自信は、すべて倫子が与えてやったものだ。それまでの人生で育まれてきた卑屈さに比べると、まだまだ底が浅い。

 倫子は、縮こまった小田に、励ますように言ってやった。
「あんたには、晴菜がいるでしょう? まさに、あんたにために、しつらえたオンナでしょう?
 ほら、さっさと次行こう。私も早く見たいのよ」

 小田は、晴菜に対してだけは、圧倒的な優位が保証されている。なんといっても、晴菜は小田には逆らえない。晴菜の身体は小田を求め、小田にされれば何でも感じてしまう。
 晴菜は心の底で小田に恋している。
 醜く、デブでキチガイの元ストーカー男に。

 ふふふ。
 晴菜みたいな、清楚でお上品な美人には、こういうヌラヌラした爬虫類じみた男が、ホントにお似合いよ。
 晴菜も、最初はイヤかもしれないけど、一度イカされまくると、きっとすっごく気に入ると思うよ。

 カーペットに染み込んだ精液を指ですくって、懸命に「床掃除」をしている晴菜を小田が呼んだ。
「いつまでかかってるんの? もういいから、こっちに来いよ」
 晴菜に対する小田の態度は、どんどん居丈高になっている。崇めていた晴菜に命令できることが、小田には心地よい。

 屈辱的な行為から開放されて、晴菜は立ち上がる。

 生まれて初めて(と晴菜は信じ込んでいる)のフェラチオを、よりによって小田のような男に供して、あげくに飛び散った精液まで舐めさせられて、すっかり落ち込んでいる。
 しかもひどいことに、その行為の間、晴菜の心は沸き立ち、陶酔しきってさえいた。小田に奉仕することに喜びを感じていた。
 そんな自分が信じられない。

 晴菜はおずおずと小田のもとに近づく。
 本当は近づきたくなかった。逃げ出したかった。
 だが、小田に逆らうなんてありえない。

 これで終わりにしてくれないだろうか?
 かすかに期待する。
 無理だろうということはわかっている。小田のような男が、晴菜をホテルに連れ込んで、これで許してくれるなんて、ありえない。

 これから小田がやろうとしていること。
 これから起きること。
 それは今井弘充に対する裏切りだ。そして、晴菜自身に対する裏切りだ。

 だが、その罪悪感のすぐ隣で、心の中にかすかな期待感が埋み火のように熱を放つ。

 晴菜は俯いたまま小田の前に立つ。
 晴菜のすらりとした身体を包む水色のツーピースの胸元には、小田の精液がシミになって残っている。

 小田が晴菜の身体を眺める。
 これからこの美しい獲物をいただくのだと思うだけで、むき出しになった小田の下半身がわずかに持ち上がり始める。

 それを目にして、晴菜のおびえた表情にかすかな愉悦が走り、頬を染める。自分でも理解できない渇望と期待感から逃げるように目をそらす。

 恥ずかしそうに顔を背けた晴菜に、小田が命令する。
「なにぼんやりしてるの? さっさとやることやるよ。ベッドにあがれよ」

「そ、そんなこと……できない……」
 懸命に首を横に振る。
「だって、私、つき合ってる人ががいるのに……」

「フフ。だからいいんじゃないか? カレシよりボクのほうがいいってことを確かめたいだろう? 晴菜だって、フェラだけじゃあ、物足りないだろう?」
 フェラチオをしている間に、小田は晴菜のことをちゃん付けで呼ぶのをやめ、呼び捨てになっている。
「ヒドい……。私、もうこれ以上イヤなの」

 だが、いくら嫌でも拒みきることはできない。
 晴菜は言われたとおりベッドに上がる。小田が手を伸ばそうとすると、小田から一番離れた場所に縮こまる。
「なにもったいぶってるの? ふふ。本当はボクとやりたくてしょうがないんだろう?」
 そう小田に言われて晴菜の身体の奥がかすかに疼く。無意識のうちに細い腰をくねらせる。その仕草と、清楚な姿とのギャップがなまめかしい。

「まあいいや。まず、オッパイ見たいな」
「イヤ。私、もうこれ以上なにもしないから」
 晴菜の精一杯の虚勢。

「じゃあ、かわりにボクが脱がせたげるよ。ボク、服を破って脱がせるのが好きなんだ」
 逃げるように晴菜が身体をそむけると、ベッドの上で後ろから抱きつかれる。上着の襟を後ろから掴んで乱暴に引っ張る。
「イヤ」

 お気に入りの服を破かれると思って、服が脱げるように両腕を後ろに回してしまう。
 あっさりと両肩を剥かれてしまう。
 キャミソールから覗く、白く細い肩が露になる。

「やめて。お願い」
「へへ。晴菜が、自分で脱げないって言うから、かわりに脱がしてやろうって言ってるのに」

 そう言いながら小田は、服を脱がせるのではなく、背中側から、キャミソールの胸元に右手を差し入れて、乱暴にオッパイを触る。

 晴菜がじたばた腕を振って暴れる。大人しくしろとはっきりと命令すれば済むのだが、小田はそれをしない。捕まえた蝶が手の中で暴れるのを楽しむように、そのまましばらく暴れさせてやる。羽交い絞めにして楽々と細い身体の自由を奪い、改めて胸の膨らみを楽しむ。

「触るの久しぶりだなぁ。けっこう大きいんだよねえ」
「やめてッ。触らないで」
 小田のことがこんなにイヤなのに、小田の手の感触がなぜか心地よい。ブラ越しに触られているのに、小田の手から体温が直接伝わって来るような気がする。

 小田は、晴菜の胸の膨らみをいじりながら言う。
「あんまり触り心地いいから、脱がすの忘れちゃうそうになるところだったよ」

 小田は力づくで晴菜の身体を振り向かせ、キャミソールのストラップに手をかけて乱暴に両側に引っ張る。
 引きちぎろうとするかのようなその動作に、晴菜は慌てる。小田の身体との間を自分の細い腕で突っ張って、小田の動きを制する。

「お願い。乱暴しないで。破れちゃう。止めて」
「なんで? このほうがレイプしているみたいで雰囲気出るのに。晴菜も、それがいいから、自分で脱がないでボクに脱がせてもらいたがったんじゃないの?」
 そんな、レイプだなんて、イヤ。そんなヒドイこと。

 小田は余裕の表情でニヤニヤ笑う。晴菜をからかって楽しんでいる。

「わかった。自分で脱ぐから。だから、そんなふうに乱暴にしないで」
 小田の前で、自分から服を脱ぐと言い出すことになるなんて。
 それなのに、ほとんど抵抗感なく言葉が出ている。

「ふふ。最初からそう言えばいいのに。晴菜って、焦らすのが上手だな」
「焦らしてなんか……」

 小田から解放されて、晴菜は、ベッドの上を這って小田から後ずさる。
 晴菜に乱暴な態度をとっていた間に、小田の股間がすっかり立ち上がっていることに気が付いて、晴菜は目をそらす。
 小田に脱がされた上着を拾う。皺を伸ばして綺麗に畳んでベッドの枕元に置く。
 横膝に座ったまま、暴れたときに乱れたスカートの裾を慌てて整える。

 小田はそれを見て、いまさらなにを、と鼻で笑う。

 キャミを脱ぐ前に、晴菜は窓のほうを気にする。
 晴菜の視線が、窓辺の椅子に腰掛けた倫子と正面から向かい合う形になる。
 小田はぎくりとする。だが倫子はまったく動じない。

 晴菜がベッドから降りて、窓辺に向かう。倫子の横を素通りして窓の前に立つと、丁寧に遮光カーテンを閉じる。部屋が暗くなる。
 倫子に気づいたのではないかとハラハラしていた小田が、やっと我に返る。

「なにやってんだよお前!」
 晴菜のことを「お前」呼ばわりだ。
 小田は、ビクついた自分自身に腹を立てて、口調が乱暴になっている。

 晴菜がびくりと首をすくめる。
「部屋が明るすぎるから……」

「なに考えてんの? こんな暗いとお前の裸が見えないじゃないか」
「だって、こんな明るいところでだなんて、恥ずかしい」
 今井弘充は、いつも部屋を暗くしてくれた。
「けッ。ふざけるな何様だお前。見えないと意味がないだろう? そんないい身体してんのに。さっさとカーテン開けろ!」
 晴菜は、なによりも小田の剣幕に驚いてカーテンを開ける。

 晴菜には見えない倫子が口元を押さえて笑う。

 小田は取り乱したことをごまかすように咳払いする。
 だがそれにしても、晴菜に乱暴な口調で怒鳴るのは、気持ちよかった。

「ほら、さっさとこっち来てオッパイ見せろよ。まだまだやることあるんだよ。すっかりシラけたじゃないか」

 晴菜は、怯えたままベッドに戻る。恥ずかしがって小田に背を向けたまま服を脱ごうとして、小田にまた怒鳴られる。小田に見えるように向き合いながら、震える手でキャミを脱ぎ、ブラをはずす。

 明るい光の下、形のいいおっぱいが露になる。

 小田の視線が突き刺さる。晴菜は顔を俯かせる。腕で隠そうとすると、小田に払いのけられる。
「イヤッ」
 見ないで、と言っても無駄なことだ。諦めて小田の視線に耐える。見られているという意識が晴菜の気持ちを高ぶらせる。

「はは。やっと見せてくれたね。晴菜のオッパイ。いい乳してるじゃん。これが今日からボクのものなんだ」
 小田が早速手を伸ばしてくる。
 逃げようと身をのけぞらせると、そのままのしかかられる。
「アッ、イヤ」
「そうやってボクを誘うんだね。ホントは触って欲しいくせに」

 のしかかってくる小田を両手で押しのけようとするが、小田に一言二言命令されると、晴菜は抵抗をやめてしまう。自ら小田の手をとって、胸を触らせてしまう。

「はは。これが晴菜のおっぱいだ」
 小田は、両方の乳房を乱暴に掴んで、最初の一瞬だけ全体の肌触りを確かめると、すぐに晴菜の乳首を人差し指と親指でつまむ。
 やさしい愛撫などはない。無遠慮に自分の触りたいところだけを触ってくる。今井弘充の愛情のある愛撫とは大違いだ。

「イヤぁっ」
「いまさら何言ってるんだよ。晴菜の胸はボクに触られるためにあるんだよ」
「そんなの違う!」

 小田は、うれしそうな顔をして人差し指で晴菜の乳首をこりこりと押し転がす。
「イヤなの! イヤっ! 小田くんやめて!」
 晴菜は、のしかかる小田の顔と、胸元の小田の手を視界から締め出すように顔を背ける。

 こんな男に触られるなんて、イヤ。
 それなのに。
 それなのに、触られただけなのに、こんな嫌いな男なのに、触られた箇所が熱くなって、じんじんと電気が走る。
 小田の指を押し返すように乳首が持ち上がる。

「ふふ。乳首揉まれただけで、こんなに感じてるんだね。晴菜」
「そんなことないっ!」

 小田はフッと鼻で笑って、右の乳房に吸い付く。チューチュー音をたてて吸ってから、歯で噛む。
「アン、痛いッ」
「やっぱり感じてるんだ。やっぱり、好きな男にオッパイ吸われるとすぐ感じちゃうよね。晴菜でも」
「ちがう。好きな男なんかじゃない」
 晴菜が好きなのは弘充だ。こんな男ではない。

 小田の言葉に触発されて、恋人のことを思い出す。
 ああ、ヒロくん……。

 恋人がいるのに、好きでもない男、いや、それどころか大嫌いな男に乳首を吸われて、感じてるなどと指摘されている……。
 どうしてこんなことになったの?

 弘充のことを思い浮かべて悲しんでいる晴菜の心を、見透かしたように、小田が言う。

「今井に胸触られたくらいで、こんなに感じるかぁ?」
 晴菜は言い返せない。

 今井弘充は、こんな乱暴な愛撫の仕方はしない。もっと丁寧に、晴菜の官能を導いてくれてから、優しく乳首に触れてくる。
 だから……。
 小田なんかより、晴菜が愛している弘充のほうが……

 私、小田くんに触られて感じてなんかいない……
 ヒロくんのほうがぜったい……

 小田に仄めかされて、晴菜は、心の中で恋人と小田のことを比べさせられている。本来なら、比較の対照にさえならないはずなのに。

 晴菜が、必死で快感を否定しながら、思い悩んでいると、突然、ショーツの上から触られた。
「キャァッ」
 すっかり油断しきっていた。思いも寄らない刺激に、晴菜はびくんと腰を動かしてしまう。まだ胸を愛撫されただけなのに、不可解にも、晴菜の身体はそこまで敏感になってしまっている。

 晴菜は慌てて上半身を起こして、腰をひねって小田から逃れようとする。

「逆らうなと言っただろう?」
 小田が睨みつけてくる。
「は、はい」
 素直に頷いてしまう。

 晴菜は何も抵抗できない。
 小田は乱暴にショーツを掴んで、あっさりと脱がせてしまう。
 ああ、だめ……。
 小田くんに見られちゃう……!

「触りやすいように足を広げて」
 命令されるままに、女性器を小田に差し出す自分が情けない。穿いたままのスカートが大きくめくり上げられ、秘部が小田に曝かれている。
 小田のヌメッた視線が突き刺さる。

「アア。イヤよ。見ないで。お願い」
 口ではそう言うのに、なぜだか視線が心地よい。見られていることで熱くなる。いつか味わったその感覚が蘇る。

「ヒヒ。またお上品なマンコだこと」
 下品な言葉を口に出されて、晴菜は耳をふさぎたい。

 小田が無造作に割れ目を擦る。ゾクリと快感が伝わる。
 おかしい。こんな風に感じるなんて。
 小田が刺激するたびに、刺激が上塗りされて、濃くなっていく。

 今井弘充の細やかな愛撫とは違う、雑で単調で自分勝手な触り方なのに、快感が高まる加速度は、何倍も急激だ。

 どうなってるの?

 抑えようとするのに、息が荒くなる。小田に聞こえるのがイヤだ。感じているなんて、小田に知られたら……
「晴菜。お前のマンコって、こんなに濡れやすいんだ? こんなオンナ見たことないよ」
 小田がからかう。
「なんだ、晴菜って、清楚なのは顔だけなんだ。オマンコのほうは、こんなにヤラしいんだ」

「アアッ、ウソよ。そんなこと。言わないで」
 だが、そんなふうにあからさまに指摘されることが、また晴菜の官能にとって強い刺激になる。

 小田がクリトリスを転がす。
「アンッ」
 喘ぎ声を我慢できない。
 弘充はクリトリスを直接刺激することはめったにしない。晴菜が痛がったので避けてくれているし、弘充との愛情のあるセックスでは、そんなことしなくても感じられる。

 小田は、強引に晴菜の性感を引きずり出そうとして、遠慮なく刺激してくる。
「ンッ、そんな、やん。そこ。触らないで。お願い」
「へへへ。ホント感じやすいんだな」
「ちがうのよ。ダメなの……アン」

 小田に触られると、全ての刺激が性感に変換されて、増幅されている。強制的に、晴菜の官能が開かれる。

 脚を開いたり閉じたりして、快感の高ぶりに耐える。細い腰のくねりが小田を誘っていることに気づかない。
「ウソッ。変。おかしい……アンッ……」

 どうして? 相手は小田くんなのに? ヒロくんじゃないのに? 触られただけでこんなに?

「もう準備万端だな。さっそく入れさせてもらうよ」
 小田が言う。
 ぼんやりしている晴菜にはその言葉の意味が頭に入らない。

 小田の両手が晴菜の細い腰にかかる。小田の上半身が晴菜の上にのしかかってきて、やっと晴菜は事態に気づく。
「え?……アッ、イヤ~ッ!」
 大きく叫ぶ。泥のようにまとわりつく官能のぬくもりのせいで、体が重い。なんとか太ももを閉じる。下半身を横にひねって逃れようとするのを、小田が押さえつけて妨げる。

 小田が嘲り笑う。
「いまさらもったいぶって、焦らすつもりなの? へへっ。いい女だねえ。でも、男を焦らしたくても、晴菜の身体のほうは、欲しくてしょうがないんじゃないのぉ?」
「ち、違うっ。イヤよ。イヤなの! 私、それだけは」
 晴菜の精神と肉体に対する、圧倒的な小田の支配に、逆らおうとする。

 これだけはだめ。最後の、これだけは。

 小田が、一物を晴菜の太ももの間にこすり付けてくる。とろりとした気持ちよさがしみこんでくる。晴菜の腰から力が抜けそうになる。

 だめよ。絶対にダメ。

「小田くん、やめて」
 今井弘充を裏切るわけには行かない。
「ヒロくん……」
 今井弘充の名を呼ぶと、晴菜の心が少しだけ自由になった気がする。
 小田は、この瀬戸際に、他の男の名を呼ばれたことにむっとする。腰を押さえつけていた手を放して、乱暴に晴菜の脚を掴んで力づくで押し開こうとする。小田の手が足を掴みなおすまでのその隙に、晴菜は身体を横にして、大事な部分を小田から遠ざける。

 激情にかられている小田は、晴菜に対しては単に言葉で命令すれば良いだけだということも、忘れてしまっている。

 晴菜は心から祈る。
「お願い。助けて……」
 ヒロくん。それから。
「ミッちゃん、助けて」
 思わず親友に呼びかける。

 ミッちゃん。私の守護天使。
 こんなときこそ、力を貸して。

 小田が驚いた表情になって、晴菜を押さえつけた力が一瞬、緩む。

 まさか、本当にミッちゃんが助けてくれた? 魔法みたいに?

 小田がちらりと窓のほうを見る。
 小田が気をそらせた隙に、晴菜は、うつぶせになって、ベッドの反対側に這い進む。

 ミッちゃんの名前を言っただけで、奇跡が起きた!
 おまじないのように、もう一度倫子の名を呼ぶ。
「ミッちゃん助けて!」
《じゃ、助けてあげる》

 突然耳元で、倫子の声がしたような気がした。
 晴菜は顔を上げる。
 だが、小田のほかに誰もいない。

「ミッちゃん?」
 呼びかけてみる。答えはない。晴菜の幻聴だろう。倫子に助けて欲しいという気持ちが生み出した幻?

 その間に、気を取り直した小田が晴菜に迫ってくる。オスの表情をギラつかせている。獣の形相。

 また近くで倫子の声がする。笑い声だ。
《うふふ》
「えっ? ミッちゃん?」

 思い過ごしだとわかっているはずなのに、声のした方を振り向いてしまう。誰もいない。

 晴菜の右腕を誰かが掴んだ感触。
 誰?
 いや、この部屋に、小田と晴菜のほかに人がいるはずはない。
 うつ伏せになっていた晴菜の体が突然ひっくり返されて仰向けになる。
「!?」

 晴菜が起き上がろうとすると、腰を押さえつけられる。小田だ。
「ちぇっ、驚かせやがって」
「キャァッ」

 懸命に脚を閉じる。
 だが、今度は右の足首を誰かに掴まれる感触。これもきっと小田だ。だって他に誰がいる?

 力ずくで脚を開けさせられる。開いた太ももに、小田の膝が挟み込まれて、こじ開けられる。
「アアッ、イヤァッ」

 どうして? もう少しで逃げられそうだったのに?

 耳元で再び倫子の声の幻聴が聞こえる。
《助けてあげたよ。うふふ》
「えっ?」

 その間も小田のペニスが晴菜を狙って迫る。

 再び幻聴が、倫子の声で囁く。
《晴菜さん。ちゃんと小田にお願いするのよ。『小田くん、来て』って。言ってごらん》
 晴菜は、何も考えられずに言われたとおりにする。
「小田くん、来て」
《ちゃんと小田のほうを見て。もっと大きな声で》

 小田のニタニタ顔が晴菜の上に覆いかぶさる。
 小田の顔。ああ、そんな、まさか。よく見ると、セクシーな顔。
 晴菜の下半身が、ゾクゾクと震える。
 ああ、ステキ。ホントに夢みたい。小田くんとこんなふうになれるなんて……
「小田くん来て」
《もっと色っぽく言うの。だって、晴菜さんは本当に小田に犯して欲しいんだもの。こう言うのよ。『ツトムさん、早く晴菜に入れて。お願い』》

 晴菜はうっとりとした表情になる。小田がペニスの先を晴菜の入り口にこすりつける。あえて小田は、挿入せずに晴菜がおねだりするのを待っている。
 いったん冷めかけたはずの官能が、あっという間に、前の温度にまで上がる。もう無理やり押さえつけられなくても、晴菜は自分から脚を開いている。小田がペニスをこすりつけるのに合わせて、腰を振って小田を誘う。
 ああ、たまらない。ホントに欲しい。欲しくて、こらえきれない。
「ツトムさん、早く。晴菜に入れて。おねがい。ねえ、ツトムさんっ」
 切なく懇願する。

「よっしゃ、入れてやるよ。あの小野寺晴菜ちゃんのお願いだからね。入れないわけに行かないよ」
 小田が遠慮なく押し入ってくる。

 倫子の声の幻聴はどこかへとかき消える。

 やっと晴菜は、自分が口にしたことの意味に気づく。
「アアッ、イヤ~ッ」
 精一杯拒絶するが、すでに晴菜の身体は小田を迎え入れている。

「いまさらイヤってもなあ。晴菜が入れてくれって頼んだから入れてやったんだぞ」
「ウソッ、違うの、そんな、ああ、やめてっ」

 倫子の笑い声が聞こえたような気がする。これもきっと幻聴だ。だってミッちゃんがこんなときに笑うわけない。まさに悪夢のよう……。

 小田が力を入れて押し込む。溢れ出た液で準備は整っていたはずの晴菜だが、途中まで入ったところでいったん押し返している。
「さんざん焦らせた挙げ句、こんなところでももったいつけやがって」
 小田はそう毒づく。

「アアッ、ねえ、止めて。お願い」

 小田としては慌てる必要はない。どうせ、晴菜は小田の刺激には抗えないのだ。小田が何をやっても感じてしまうんだから、適当にやってやれば、自然にほぐれてくる。

 小田は、晴菜が痛がろうが気にせずギコギコ押し込みながら、指をペニスの上に添えて、晴菜のクリトリスをいじる。

「アアッ、イヤッ、そんな、今こんなときに触らないで」
 一度温まった晴菜の身体は、小田の全てに反応して熱くなる。晴菜が身をくねらせると、肉がほぐれ、晴菜の奥へとペニスを誘い込む。
「ウソっ、なんで? アア、イヤ」

 そこから先は、順調な共同作業だった。
 晴菜は、自分の意思にかかわりなく、自分の身体が小田を迎え入れたがっていることを感じて、悔し涙を流す。

 ヒロくん。ごめんなさい。
 私、こんな男に……。

「ほら晴菜。見てよ。すっかり繋がったぞボクたち」
 小田の言葉が晴菜の気持ちを逆なでする。

 小田に命令されたとおり、晴菜が目を落とすと、むごたらしく小田の股間が晴菜の中に沈みこんでいる。晴菜の視線を確かめて、小田が前後に動かし始める。出入りする様を見せ付けてくる。
「アアンッ、ンンッ。イヤッ。見たくない。やめて」
「晴菜。そんなに嬉し涙流さなくてもいいじゃないか? これからは何回でもつながるんだから」
 小田の言葉がむごく晴菜を苛み、緩やかなピストン運動の快感に、マゾヒスティックな味つけを加える。

 小田は、最初数回のみ緩やかに動かしたものの、その後すぐに大きく激しい動きを繰り返す。まだ固さの残る晴菜の中で、乱暴に揺り動かされて、晴菜は痛みを訴える。
「やめて。痛い。まだ……」
「知らないよ、そんなのそっちの都合だ」
「ひどい」

 弘充はそんな乱暴なことはしない。弘充はもっと愛情がある。弘充は……
 また頭の中で弘充と比べてしまう。それが弘充を裏切っているという痛みを蘇らせる。晴菜は涙をこぼす。

 晴菜の訴えを聞き入れたわけではないが、小田は動きを抑える。ゆるやかに腰を使い始める。

 さきほどの激しい動きの痛みの痕が、疼くように残っている中で、微妙な刺激が晴菜をいたぶる。
「アンン」
 晴菜は、巧みな攻めに声を漏らす。

 浅瀬を掻き回し、側面を引っ掻くように出入りする。晴菜の肉襞が、それを称えるように小田のペニスにまきつく。
「ヘヘヘ。相性いいみたいだね、ボクたちの身体」

「ウソよ。そんなわけな……アハン」
 晴菜自身、一体感を感じ始めている。その事実を必死で拒む。

 私の恋人はヒロくん。だから、小田くんで感じるわけなんかない!

 繋がったまま小田が晴菜の脚を持ち上げる。腰を上げさせられる。
「アアンン」
 体勢が変わると、異なった方向からの刺激に、晴菜が身を悶えさせる。

 小田は、より深く、晴菜を攻める。
「ンッ、ンフン」
「おい、晴菜、ちゃんとこっち見ろよ。感じてる顔見せてくれよ」

 晴菜は、涙がにじんだ目を開く。うっとりと小田を見つめる。
 こんな明るいところでセックスをするのは初めてだった。
 征服感に酔っている小田が晴菜を見下ろしている。その表情がはっきりと見える。
 小田くんの顔って、こんなにカッコよかったんだ。
 ああ私、小田くんに犯されてるんだ。

 その認識が、ゾクゾクとする快感を高める。

 ああ、そうだ。私、小田くんにこうして欲しかったんだ。
 小田くんに犯されることを、夢にまで見ていたんだもの。

「アアン、小田くん……、アフン……」
 晴菜は、とぎれなく声を上げる。
 小田は焦らすような動きをやめない。時々煽るように激しく動かすせいで、その後でまた緩いペースに戻されると、晴菜の渇きはますます切迫する。

 たくみに焦らされて、晴菜は自ら身体をくねらせる。自分から好きなように腰を動かすことができないのがもどかしい。清楚な晴菜がいつの間にか、そんな状態にまで追い込まれている。

 晴菜の身体が欲しがっているのを見て取ったのか、小田の動きが少しずつ激しくなる。

「アアッ、ンフフ」
 晴菜が嬉しそうに声を上げる。晴菜の身体と官能は、完全に小田の支配下にある。小田に奉仕するように、内側から締め上げる。

「いいぞぉ、晴菜。ヘヘヘへ。お礼に、一回イカせてやるからね」

 小田は、晴菜の腰を両手で掴む。晴菜の腰を少し伸ばしてやるように、小田は姿勢を下げる。結合は少し浅くなるが、代わりに動きを激しくしてやる。
 一物で、晴菜の中を激しく踏みにじる。時折リズムを変え、強弱をつけるが、晴菜を追い詰める手は緩めない。

 小田に対して性感が敏感にさせられている晴菜には、耐えられるわけがない。「ンンッ、アアアア」と、断続的に声をあげ、思いのままに追い立てられる。

「ほら、イケよ」
 まるで牧畜を追うように、小田が命令する。
「ちゃんとイッてるところの顔を見せろよ」

「アアン、ンンッ!」
 晴菜の声が高まる。小田の命令には逆らえない。追い詰められて頂上まで駆け上がる。切なく顔を悶えさせ、長く尾を引く泣き声とともに、高みを迎えてしまう。
 晴菜はそのまま光の中に沈みこんでしまった。

 その光の中から晴菜が浮かび上がるまで、どのくらいかかっただろう?

 残光の中で晴菜は、絶頂の余韻を噛み締める。

 弘充のセックスとは全然違う刺激だ。弘充との愛のあるセックスがもたらす暖かい快感とは違って、乱暴で激しくて急上昇する刺激。強制的な快楽。溺れそうな快感。
 弘充のは暖かさだとすれば、小田のは熱さ。
 一種の詭弁だ。弘充より良かったということを認めないためのごまかし。
 そもそも、弘充と比べているという時点で、弘充への裏切りだというのに。

 余熱が残る膣内への刺激に揺さぶられて、晴菜は目を開く。
 絶頂の残り火を絶やさぬよう、小田が晴菜の性感を暖め続けている。再び正上位になって、小田が晴菜の胸に触れる。全身の感度が高ぶったままの晴菜は、大きく身体をくねらせて声を上げる。

 今なら、身体のどこを触られても感じちゃいそう……。

「ヘヘヘ。よっぽど良かったみたいだな」
 相手が憎むべき小田だということも忘れて、晴菜は、微笑みを返してしまう。
「うふん。ステキ」

「アハハ。いつのまにそんなに素直になった?」
 身体はともかく、口ではあんなに拒んでいた晴菜の、従順な態度に小田は高笑いする。

 晴菜は眉をひそめる。
 我にかえって気が付く

 ああ、そんな……。
 そうだった。小田くんだった……

 だが、小田に繋がったまま受ける愛撫の心地よさはなんなんだろう? まるで恋人のような親近感……。

 小田のことは嫌いだ。その気持ちははっきりしている。忘れようがない。
 だが、一度絶頂を迎えさせられたせいなのか、湿った愛着のようなものを小田に感じてしまう。

 せめて小田が、晴菜に対して愛情や思いやりを示してくれたら……。
 セックスにロマンチックな幻想を抱く晴菜らしい考え方だった。

 小田の愛撫に吐息をつきながら、恍惚とした気分に流されて、思わず晴菜は口走ってしまうう。
「ねえ、お願い、キスして」

 小田は、晴菜の胸をまさぐる手を止めさえせず、冷たく言った。
「やだね」

 晴菜はショックを受ける。
 恥ずかしがり屋の晴菜が、自分からキスを求めることなんて、弘充に対しても数えるほどしかない。それが、こうもはっきりと拒まれた。

 晴菜の傷ついた表情を嘲笑って、小田が言う。
「誰が、そんな汚い口とキスなんかするか」
 いったん涙の乾いた晴菜の目が、再び潤み始める。
「わかってんの? お前の口、洗ってないボクのチンポしゃぶって、床の精液まで舐めて、そのままなんだぞ。そのあと洗いもしてない。そんな口とキスするなんてゴメンだ」
 ヒドい。 
 私はただ、やさしい口づけが欲しかっただけなのに……。小田が少しでも愛情を持ってくれていることを確かめたかっただけなのに。

 冷や水を浴びせられたような気持ちになる。小田との間に、恋人に近いような暖かい心のつながりを感じていたのが、幻想だったのだと思い知らされる。

 晴菜の頭の中で、倫子の笑い声が聞こえたような気がした。
 そう、ミッちゃんが笑うのもわかる。小田の愛情を信じようだなんて思った私がバカだった……。

 一瞬にして晴菜の心は冷えてしまった。
 それなのに。
 それなのに、晴菜の身体は、小田に導かれて再び熱くなっている……

 小田が言う。
「上の口はご免だけど、下の口のほうは、いくらでももらってやるよ」
 そう言って小田は腰を揺さぶる。

「アンン」
 晴菜は声をあげ、身体をくねらせる。甘い痺れが残った晴菜の肉襞が反応する。

 そんな女の官能が憎らしい。
 これ以上、この男にいたぶられるのはイヤだ。
 喘ぎ声が漏れるのを何とか抑えて、抵抗する。
「も、もうやめて。イヤなの」

「ふーん? なんで?」
 小田が晴菜の乳首を指で転がす。晴菜は、噛みしめた歯の間から息を漏らす。
「こんなに感じてるのに? 無理すんなよ。さっきは『キスして』なんて言ってたくせによ」

「あれは……」
 晴菜に埋め込まれた小田の杭が、晴菜の身体を揺さぶる。晴菜は言いかけた言葉を、あえぎ声で中断させられる。なんとか最後まで口に出す。
「あれは、アンンっ……違う。……あれは、うわ言。だから、忘れて」

 小田は、半ば怒りつつ、半ば面白がりつつ、晴菜を問いただす。
「なんだって? こんなにヨガってるのになにえらそうなこと言ってるんだ?」
 そう言って小田はクリトリスを指でくすぐって晴菜をあえがせる。
「いつまでお姫様気取ってるんだ。ボクにやられて、イカされた女が? 晴菜はもうボクの女なんだよ」

「ヤンッ、アアン、違う」
「違わないよ。その証拠に、こんなに感じてるじゃないか」
 小田はグイグイと腰を送る。
「ボクの女のクセに、自分だけイッて、まだボクはイカせてもらってないんだぞ? わかってんのか?」

 どんなに嫌がっていても、小田の動きに合わせて、晴菜は小田の一物を締め付けてしまう。まるで、小田の言葉に同意するかのような身体の反応。
「アアン。だから、もう、やめて。イヤなのよ」

「下の口はそうは言ってないだけどなあ。……ほらっ」
 小田は晴菜からペニスを引き抜く。

 晴菜は、嫌がる気持ちが聞き入れられたのだと勘違いする。

 肉襞が、名残惜しそうに小田にすがりつく。そんな反応が悔しい。開放された膣内がもどかしく疼く。それを我慢する。

 でも、この気持ちさえ耐え抜けば……。

 そんな晴菜の安心もつかの間だった。小田は、蟹を裏返すように、晴菜の身体を乱暴にひっくり返す。

「キャッ。乱暴しないで」
「乱暴じゃないよ。愛情だって。晴菜も、もう1回欲しいだろう?」

 小田は、うつ伏せになった晴菜の腰を後ろから抱えて上げて、足を大きく広げさせる。絶頂の余韻が残り、身体に力が入らない晴菜はされるがままだ。
「ほら、しっかりと四つん這いになれ」

 晴菜も、ようやく自分の勘違いに気づいた。
 まだ終わりではなかった。

 何とか這って逃げたいのだが、腕に力が入らない。肘が崩れて、結果的に、腰だけを高く突き上げた格好になる。小田を歓迎するように腰を震わせてしまう。

「ほら、2発目をあげるよ」
 小田が晴菜の腰をしっかり抱えて、後ろから繋がってくる。

「アアッ、また? ウソ? いやァッ」
 拒絶する言葉に反して、身体は小田を暖かく迎え入れる。奥へと誘うように肉壁が絡みつく。今度は逃がさないとばかりにしかっりとペニスになじむ。その感触が晴菜自身にも生々しく伝わってくる。
 晴菜の身体が晴菜の理性を説き伏せようとする。快感に身を任せろと訴える。男に屈しろと促す。

「アアッ、どうして?」
 どうして身体が、理性に逆らうの?

 絶頂を味わったばかりの身体は、二度目の攻撃にはあまりに脆弱だ。晴菜の官能は、味わったばかりの恍惚感を忘れきれない。

 それをわきまえて小田は、自分の快感だけのためにペニスを突く。
 小田が面倒を見てやらなくても、晴菜のほうは、自分で勝手に快楽の渦に巻き込まれていく。

「ほら、今度は出してやるからね」
「ウソ、イヤ。やめて。お願いっ、アンン、ンフンン。いや。もうだめ。なんで? 信じられない。どうして?」

 晴菜は自分の身体を呪いながら、二度目の絶頂に向けて駆け上がる。同じ道へ小田を招くように、晴菜の穴がピクリピクリと締め付ける。晴菜の奥の壁は、まだ足りないとでも言うよう小田を巻き込もうとする。身体全体がそろそろイクよと小田に伝え、小田はそれを追いかける。

 来た。

 晴菜が、一度目より遠慮のない声を上げる。搾り出すように小田を締め付ける。
 小田の顔ににんまりとした笑顔が浮かぶ。小田が、晴菜の中に注ぎ込む。

「アアッ、アアン、ウソっ、出てるっ、そんな……」
 喘ぎ声の中で、晴菜が悲嘆にくれる。

 小田が、晴菜にわからせてやる。
「これで晴菜はボクの女になったんだよ」
「アアンンンッ」
 叫びながら、晴菜は目に涙を浮かべる。快感の涙と悲しみの涙。

 その涙は真珠のように輝いていた。
 この美しい真珠が、倫子へのご褒美だ。

< つづく >

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