女王の庭 第3章

第3章 舞姫

 夜が更ける。
 倫子が主催する催眠術ショーのステージは、幕間の質問タイムが終わり、後半の部に入る。
 倫子は再び晴菜と弘充を眠りに落とした。

 感情の高ぶった晴菜と弘充を落ち着かせようと、倫子が囁いていると、吉本がはしゃいで話しかけてくる。
「ねえ、ミッちゃん、もう1回、ビデオ見ようよ。晴菜ちゃんのダンスを見たい」

 うるさい、邪魔するな。

 倫子が睨みつけると、驚いたようにすごすごと引き下がる。倫子のこんな迫力ある表情はこれまで見たことがないから。
 倫子は、晴菜と弘充の二人を、周りの音が聞こえないくらいに深い眠りに落として、安らがせる。

 吉本は、倫子がしまったはずのビデオのリモコンを、もう一度引っ張り出してきていじっていた。親が隠したものを探し出して遊ぶ子供。もしくは飼い主の大事なものを探し出してかじるペット。
 倫子が近寄っていくと、機嫌をうかがうような表情で見る。親に怒られた後の子供の顔だ。

 倫子は黙ってそのリモコンを取り上げる。
 吉本が不満そうにする。

 子供をたしなめる親のような口調で言う。
「えーとね、ダンスは別のを後からたっぷりと見せたげるから。その前にこっち。今度は別のおもちゃがあるから」

 クローゼットの引き出しを開けて、着せ替え人形を取り出す。
 バービーちゃんとそのボーイフレンドのケンくんだ。着せ替え人形なのに、服は脱がしてあって、二人ともハダカ。リカちゃん人形より大人っぽい体型。

 アメリカの女の子の憧れのカップルだ。
 まさに晴菜と弘充だ。

 倫子は、人形たちを、椅子に座ったポーズにして、晴菜と弘充に見える位置に机に載せる。
「あの二人は、この人形は見えていないつもりになっていているから」
 新しいおもちゃを待ち構えていた観客たちに、説明する。
「『操り人形』って言えば、基本機能わかるかな?」

 晴菜と弘充を目覚めさせる。

 倫子が実演して見せてやる。バービーちゃんの右手を上げると、晴菜が右手を上げる。
 弘充が、「晴菜どうしたの?」と聞く。
 座った姿勢のままのケンくんの両足を伸ばしてやると、弘充がソファに腰を下ろしたまま膝を伸ばす。
 今度は晴菜がいぶかしそうに弘充を見る。

 わかるよね、吉本クン? ほかのみんなも?

 バービーちゃんを吉本に渡してやる。
 ケンくんは、北村に。北村は、バービーちゃんのほうをうらやましそうに見るが、黙って受け取る。

 吉本と角田は、さっそく人形をいじりはじめる。
 バービーちゃんにじわじわと両足をひろげてもらう。吉本にはもう、晴菜への気遣いも遠慮も、なくなってしまっている。
 もはや梓も文句はつけない。わくわくしたような目で晴菜を見る。

 晴菜は、姿勢よく膝を揃えて据わり、膝から下の足はきれいに斜めに揃えていた。そのすらりとした足を徐々に広げ始める。右手は馬鹿のように挙手したままだ。
 膝が開き、正面からだと下着が見えるようになる。角田吉本はそれが見える場所に移動する。北村もそそくさと後を追い、その様子を崇行が面白そうに眺める。

 男どもの動きを見て弘充が、小さな声で何ごとか晴菜に注意する。「膝元が緩んでいるよ」とかなんとか? いや、弘充のことだから、もっとスマートな言い方かな?
 晴菜は弘充に答えて頷くが、膝は閉じない。いや、閉じられない。ゆっくりと足を広げる。スカートがめくれて、白い太ももをずり上がる。晴菜が少し慌てている。
 弘充がもう一度晴菜に囁くが、晴菜は首を振る。弘充が眉をひそめる。
 晴菜と弘充にはちゃんと喋ってもらいたいから、首から上は自由にしてある。

 倫子は見ないふり。テーブルの上の、料理をつつく。

 さすが晴菜の手料理ね。美味しい。

 料理を味わいながらちらちらと様子を見る。弘充が、晴菜のスカートの中身に見入る男たちをとがめるように見ている。だが3人衆は気にも留めず、ひそひそと笑いながら晴菜の膝の間を覗き込む。

 晴菜は大きく足を開いた。白いスカートはすっかりめくれあがって、ショーツも丸見えだ。学生注目!とでもいうように右手を上げたまま。晴菜自身も、目を見張っている。

 弘充がたまりかねて言う。
「おい、吉本。お前ら。なにじろじろ見てるんだ」
「あ、いやぁ別に。ただ、普通に話してるだけっすよ」
「晴菜も。はしたない。ちゃんと隠しなよ」
 そう言っている弘充も、なんで膝を伸ばして座ってるのよ?

 晴菜は、
「う、うん」
 と、恥ずかしそうに答えるのだが、脚は広げたままだ。

 倫子は、その会話で気がついたフリをして、晴菜に声をかける。
「ちょっとハルハルどうしたの? そんな格好して?」
「え? その、なんでもない」

 なんでもなくないって。くくく。

 例によって晴菜は顔を真っ赤にしている。
 そうよね。まさかお嬢様の自分が、大また開きして下着を見せびらかすなんてね。
 あ、でも、さっき自分でスカートめくったばかりだから、もう慣れた?

 倫子は、善人ぶって見せる。
「吉本クン。見ないのがマナーよ」

「あ、そうすね」
 吉本は口先だけでそう答えて、晴菜には見えないバービーちゃんの足をいっそう広げる。
 晴菜の広がりすぎた膝が弘充の膝にぶつかってそれ以上開かない。

 弘充がじれったそうに言う。
「晴菜! 足閉じて」

「ええ。わかってるんだけど……」
 晴菜には、身体の自由が利かないという感覚はないので、戸惑うばかりだ。

 角田がひそひそと北村に言う。
「北村、ここはすこし、ケンくん人形にどいてもらったほうが……」

「あ、そっか」
 北村がに納得した様子で頷く。
 北村は胡坐をかいて床に座ると、ケンくんを床の上に立ち上がらせて歩かせる。かなり乱暴な動作なので、大丈夫かと思って弘充を見ると、弘充はぴょんと立ち上がって、不器用に前に歩く。

 途中で弘充が人形と違う動きをする。勝手に振り向く。北村が慌てて人形の歩く向きを変え、反対側を向かせる。だが、また弘充はそれに逆らって振り向く。

「え?どうなってるの?」
 北村が倫子の顔を見る。

 頭のいい梓が、北村に教えてやった。
「人形が本人に見えないとダメよ」

「あ、そっか」
 北村が、人形を持ってテーブルのほうに回り込む。

 さっきまで床の上を歩いていた人形が宙を飛んだはずなので、弘充は一瞬わけのわからない顔をするが、そこは人間の柔軟な理解力だ。無効な動作だと認定したらしい。
 弘充がもし頭の固い人間だったらちょっと危なかったかも。

 北村は、どうしようか迷ったうえで、弘充に、そのまま立てひざをついて座らせる。弘充は晴菜や角田たちから背を向ける格好で座った。自分の不自然でぎこちない動きにいくぶん怪訝な顔をしているものの、素直に座っている。

 ねえねえ、今井クンには、晴菜の恥ずかしい格好が見えるように座らせてあげたほうが面白いよ。
 そう思うが今は黙っておく。

 邪魔がなくなったので、角田が一気に晴菜の……じゃなかった、バービーちゃんの足を開かせた。

 晴菜が泣きそうな声を出す。
「うわっ、ちょっと、見ないで」

 梓が冷たく言う。
「そんなふうに、見てくださいって格好されたら、見ないほうが難しいんだけど」

 ヒドイなぁ、アズサっち。

 倫子がとりなすような口ぶりで言う。
「みんな、見ないふりくらいしてあげようよ」
 どう聞いてもイヤミなんだけど。

 その会話が、弘充は気になって仕方ないらしい。
「えっ、ちょっと? どうなってるんだよ、晴菜?」
 気になっているのに弘充は、身体は動かさず背を向けたままだ。人形が動かない以上、勝手に動けない。

 倫子は感心したように言ってやる。
「ほら、今井クンは、ちゃんと見ないふりしてあげられるんだよ」
 はい、やっぱりこれも馬鹿にしてます。
「やっぱりモテる男は気遣いもサイコー」

 北村は、ケンくん人形を弘充の視野に置いておくために、人形に貼り付いている。その位置からでは晴菜が見えない。なんとか首を伸ばして晴菜のほうを見ようとする。その様子を見て弘充が北村を睨みつける。
 北村は、やっと自分が人形についていなくてもいいということに思い至って、ケンくん人形を床に置いて、自分は元の特等席に戻る。

 梓がまた晴菜にイヤミを言う。
「晴菜ァ、ショーツは白だってのはもうわかったから。もういいのよ。
 あれ、そうじゃない? なんだ、けっきょく自分のスタイルいいから見せたかっただけなの? 私がスタイル悪いことへのあてつけ?」

 アズサっちって、こんな女だったの? ちょっと予想外。でも、いい人選だったわ。
 私の人を見る目が確かだったってことかも。

 梓のイヤミに、晴菜は必死になって否定する。
「違うよ。アズサっち。そんなんじゃないって」

 男性陣は、うれしそうに大また開きのショーツ見せびらかしサービスショットに見入っている。崇行だけ、喜びすぎないよう抑えている。

「ねえ、みんな、見ないで、お願い」
 晴菜の懇願がむなしく響く。

 梓が、何も言わずに吉本の手からバービーちゃんを取り上げる。吉本の不満そうな顔にかまわず、無造作に膝を持ち上げてM字開脚にして、吉本に返した。
 男性陣は人形ではなく晴菜を見て歓声を上げる。
「おおっ、すっげー」

 弘充は「おい、なんだ、どうしたんだ?」と叫び、晴菜は悲鳴を上げる。

 M字開脚のポーズで、真っ白な太ももも、お上品なショーツも丸見えだ。晴菜が恥ずかしい格好のまま、首を振っていやいやをする。右手を上げたままだったので、バランスが崩れて、ソファの上でごろんと無様に横になる。晴菜が「うわっ」と叫ぶ。

「しょうがないなーだらしなくて」
 血も涙もないことを言って、人形の三次元運動に慣れている北村が、バービーちゃん人形を操作して、晴菜を起こしてやる。今度はちゃんと、両手で身体を支えて、M次開脚できるようにしてやる。これで男たちも安心して景色を楽しめる。
「はい、よくできました」

 みんなでくすくす笑う。

「いやぁ。みんな、見ないでよ!」
 仲間たちの遠慮のない視線を浴びて、羞恥に悶えるその姿は、なかなかエロチックだ。

 角田が言う。
「あれれ? 本当に白かな? なんか違う色かも? よく見ないとね」
 吉本が答える。
「隊長、お言葉ではありますが、あれは、白ではないでしょうか?」
「そうかね、よく見たまえ吉本隊員。それは、晴菜隊員がそう言っているだけではないのかね。自分の目でよく確かめるのだ」
「はい、隊長。さすがです。自分は、あやうく晴菜隊員の言葉に惑わされるところでした」
 そう言いながら二人は晴菜に顔を近づける。自分たちが見ていることを晴菜に聞かせてやってからかう。

 そのやりとりで弘充は状況の見当をつけたようだ。怒った声を出す。
「お前ら。何てこと言うんだ。謝れ」
「隊長! 今井隊員があばれております!」
「今井隊員。われわれの軽率な発言に、遺憾の意を表明する。われわれには貴君との友好関係を損なう意図はないことを、ぜひご理解いただきたい。いや、それとも、自分も見たい? 見えないから気に病んでいるのかね?」
「おまえら、ざけんな!」
 今井クンもいい加減うるさいな。

 梓がくすくす笑いながら、もう一度バービー人形を取り上げた。バービーちゃんの両手を太ももの間に入れ、手のひらをV字のショーツのラインに沿わせる。
「コマネチ」
 吉本が言う。大きな笑いが起きる。
 旧いギャグね。20年前くらい? でも、晴菜がやったら何でも最先端のギャグよ。さすが晴菜はお洒落さんね。

 晴菜の悲鳴。今井の怒号。
「ハルハル、捨て身のギャグね。面白いよ。ねえねえ、今井クンも見たら?」
 倫子は、北村を見て、ケンくん人形のほうを指し示してやる。
 えっ、またおれかよ? てゆっか、今井に見せるの? と渋る表情を見せながらも、ケンくん人形のところまで行って、弘充を振り向かせる。

 弘充は、愛する恋人のあられもない姿を見て唖然とする。
 弘充と晴菜の目が合う。
 弘充の目には、晴菜に対する苛立ちすらある。
 晴菜の泣きそうな目。

 梓が、さっとバービーちゃんをいじって、晴菜に、以前と同じような楚々とした姿勢をとらせる。さっきまでのみっともないポーズとのギャップで、かえって取り澄ました感じが笑える。

「ハルハルなんでやめちゃうの? もったいない。ハルハルがギャグやるなんて、めずらしいのに……」
「今井君の前じゃできないの? そんなことないよね?」
 そう言って梓がもう一度M字開脚にした。

 一同爆笑。
 晴菜が「イヤッ」と叫ぶ。

 弘充が晴菜に向かって怒鳴る。
「なにやってるんだ晴菜!」
 弘充が晴菜に怒鳴るなんて珍しい。

「違うのよ」
 理不尽にも弘充に怒鳴られた晴菜は、黒目がちの潤んだ目で弘充に抗議する。

 そうよぉ。可愛い恋人のことをそんなふうに怒鳴っちゃダメよ。

 晴菜は元のお澄ましした姿勢に戻る。

 いやぁ楽しいなぁ。

 梓が、あっ、と思いつく。
「気を取り直してみんなで記念撮影なんかどう? ミッちゃんデジカメ貸して」

 うわ、私以上に残酷だわこの女。

 そういうわけでみんなで撮影大会をやった。
 わがキャンパスのアイドル小野寺晴菜のセクシーショット満載。清楚なファッションと大胆なポーズのアンバランスが絶妙。すらりと伸びた手足と、ブラウスとスカートの隙間から見えるくびれた腰、むっちりバストの最高のボディが、男を魅了しま~す。上品そうな顔立ちが、悲鳴に歪んでいるのが玉に傷だけど。

 梓が、弘充がうるさいのでなんとかしろと言いだす。
 弘充は、撮影大会の間ずっと、両足を首の後ろに引っ掛けたポーズで放置してある。ただ、口はきけるので、怒鳴り声だけはうるさい。弘充の怒鳴り声のせいで、それでなくても追い詰められている晴菜が、ますます怖がっている。

 でもねえ。いくらアズサっちの注文でも、そんな予定外なこと言われても……。

 困っている倫子に梓が言う。
「今井君が、晴菜のことを自分のモノかなにかのように思っているから、うるさいのよ。そこをなんとかすればいいんじゃない?」

 何が言いたいんだこの女は?

 あっ、そうか。単に眠らせてくれといわずに、こんな仄めかしをするのは……。

 でも、一瞬でアズサっちの意図がわかったととられると、アズサっちに警戒されそうだなぁ。

 倫子は、予定外の暗示なので、多めに時間をかけた。
 弘充にとって、晴菜のことは恋人でもなんでもない。ただの知り合い。露出狂の傾向のある、同じ大学の学生。よく見て。可愛くない、可愛くない。
 で、弘充は、北村のことが好きだ。恋してる。今夜こそ口説かないと。
 北村が、ウゲって声を出す。

 目を覚ました途端に、弘充が北村にまとわりつく。
 北村め、せめて5分は我慢しろよ。

 自分勝手で堪え性のない北村が、我慢しきれるわけがなかった。すぐに倫子に泣きついてきた。

「ちょっと、ミッちゃんカンベンしてくれよこれ。いくら今井が顔キレイだからって、きついよ、男からこんな熱烈に口説かれるのは……。今度二人で、メグ・ライアンの映画見に行こうとか誘って来るんだぞ」
 それは面白い口説き方だ。男相手に……。

 倫子はすまし顔で言う。
「そんなに大変だってわかってて、北村クンの代わりやりたがる人間いると思う?」

「おい! だから、なんで男のおれなんだよ」
「そのほうが見ていて面白いでしょう?」
「おまえら女がやれよ。おまえらだったら、今井に口説かれても、気分いいだろう? おれは、晴菜ちゃんのセクシー写真集作るの手伝うよ」

 倫子は梓と顔を見合わせる。お互い表面上は「えーっやだー」という顔をして見せながら、決定的なことは言わない。

 倫子は、できるだけ言いわけがましく聞こえるように注意しながら、口を開く。
「あの、私、催眠術かけないといけないから。今井クンにカラまれているヒマないのよね。ねえ、悪いけど、アズサっち、いい?」

 桐野梓21歳。うれしそうな表情を必死で押し殺す。
「そうなの? まあ、ミッちゃんには色々面白いもの見せてもらってるから……」
「いいのね? サンキュ」
 倫子はさもほっとしたかのような顔を装う。

 本日最大の功労者で掘出し物は、梓だから、ご褒美を上げてもいいだろう。このくらい、崇行への褒美と比べると、ささやか過ぎるご褒美だ。

 それから先、部屋の隅で、弘充は梓のことを口説き続けた。
 晴菜は、そんな弘充のことを涙目で見ている。四つんばいになって、ショーツを見せながらお尻をカメラに向けたポーズで。

 さぞやショックだろうな。

 自分はあられもない格好でカメラを挑発。恋人は瞳を輝かせて他の女を誘惑。

 悪魔の本性を露にした梓は、はっきりと晴菜の目を意識しながら、崇行にいちゃついてみせる。弘充と指を絡ませあったり、弘充の胸に身をもたせかけたり、自分のポロシャツの襟の中を覗かせてやったりと、マジメな見かけの梓にしては、意外と大胆だ。

 晴菜は、目を見開いてそれを見つめる。でも、何も言うことはできない。おとなしい女は損よね。

 晴菜の視線に気づいた北村が、晴菜にわざわざ報告してやる。
「さっきから、今井のヤツ、梓ちゃんとばっかりいちゃついてるよ。晴菜ちゃん、怒ったほうがいいよ」
 そして、例によって自分をアピール。
「ぼくだったら、晴菜ちゃんみたいな子が恋人だったら、絶対ほかの女なんか見向きもしないのになー」

 普段なら笑顔ではぐらかしつつ弘充をかばったであろう晴菜だが、今日ばかりはそんな余裕もなく、完全無視。
 その腹いせか北村は、晴菜に大股開きでカメラ目線をさせて、写真を撮りまくった。首から上は人形催眠術かかっていないので、カメラ目線については、「『ちーず』って言ったらカメラ見ろよ」などとぞんざいに指示している。

 なんかやだなこの男は。

 アズサっちのヤな女っぷりは凄みがあって感心するけど、この男は、本当に薄っぺらなんだもん。
 でもその薄っぺらな男に小野寺晴菜がいたぶられたら……
 うわ、サイコーかも。ゾクゾクしちゃう。

 北村は、晴菜にそっけなくされた恨みを、晴菜の分身バービーちゃんにぶつける。乱暴に胸のふくらみを指で弾く。
「痛いッ」
 晴菜が言う。痛みに顔をゆがめる。唯一自由に動く首を傾けて、自分の胸を見下ろす。

 あれ? これは、北村が指先で人形を叩いたから? そんな設定なかったはずなのに? 動作だけなぞるけど、感覚は関係ないはずなのに……

 気になって、北村からバービーちゃんを取り上げた。
 あまり痛まなさそうなところ……。人形のお尻をぺチンと指で弾いた。
「痛い」
 晴菜の身体は自由に動かないので、どこを痛がっているかはわからない。
「ハルハル? どっか痛いの?」
「なんだか、胸のところと、お尻のところに何かぶつかったみたい……」

 おお。これは想定外。
 身体の動作だけ真似るように指示したのに、感覚まで繋がってる。

 催眠術のかかり方は被術者の想像力。それはリスクでもあり可能性でもあり……。
 晴菜は、身体の動きでバービーちゃんをなぞっているうちに、感覚まで同化したように思い込んだんだろう。

 そういえば晴菜は、人の気持ちにすぐ同調する子だ。身の上話に同情したり、映画や小説の登場人物に感情移入したり。そういう性格が反映したのかもしれない。
 これは危ない。
 けど、これは面白い。
 将来いろいろ遊べるかも。
 いや、今でも十分遊べる。

「なに、どうしたの?」
 北村が、人形返せよ、という顔で見る。

「待って」
 北村ごときが私に逆らうな。

 バービーちゃんの右手を大きく上げさせて、脇の下をつめの先でくすぐってみた。
 晴菜は顔をしかめるが、それだけだ。
 そもそも、晴菜の体が自由に動かないので、反応もわからない。

 晴菜に囁いてやって、身体の動きと人形との「リンク」と「拘束」を少しゆるくしてやる。
 それから倫子は、化粧用の筆を用意する。
 筆で脇の下をくすぐってみた。
 晴菜がくすぐったそうに笑う。軽く肘を少し曲げ、上半身をくねらせる。
 今後は毛先で足の裏を。晴菜はくすくす笑いながら、脚を震わせる。
 これはいい。
 オッパイをくすぐる。「ンフン」と甘い声を上げて両肩をくねらせる。
 倫子は、「どう?」と男たちの顔を見てやった。

 男たちは目を輝かせている。
 人形と筆を、角田に渡してやった。北村が、自分の手元に戻らなくて不満そうにする。
 筆をあと3本持ってきてやって、全員に渡した。

 撮影大会はいったん中止。
 男たちは、大きく脚を広げさせて、股間と胸のふくらみを集中的に毛先でいたぶった。崇行だけは、例によって余裕の様子で、他の3人に晴菜の身体を……じゃなかった、バービーちゃんを譲ってあげている。

 晴菜は、ソファの周りに誰もいないはずなのに、どこからともなく誰かに触られた感触で、くすぐったくて仕方がない。「ンフフ」と甘い声を上げ、真っ赤になりながら、大きく広げた細い脚を震わせ、体をくねらせる。清楚な美女が、ショーツをさらけ出しながら身悶える姿は、前にも増してエロチックだ。

「アンンンッ。ンフフ、くすぐったいっ、いやっ、やん」
 晴菜が嬌声を上げて首を振る。声だけ聞いていれば、ヤっている最中と変わらない。男たちは、あの晴菜のエロ声に、興奮して筆の攻めを激化させる。自らの手で、晴菜を愛撫しているかのような気分を味わう。
 崇行は、玩具は他の男たちに譲って、自分は眺めるだけだだったが、ふと思いついたように筆をとって、バービーちゃんの背中を撫でる。

 あっそっか、背中が感じる、と倫子が言ったのを思い出して試したんだな。
 でも、背中が感じるってのは、晴菜になりすましていた倫子のことなんだけど……。
 いずれにせよ、体中を筆でいたずらされている今の状態では、晴菜が何に反応しているかなんて見ただけではわからない。

 晴菜は、身もだえして切ない声で喘ぎ、笑い転げる。顔が真っ赤になって、ますますソソる表情。
 弘充といちゃついていた梓も、その嬌声に顔を上げる。新たな趣向が始まったことに気づいて、弘充と腕を組んだまま人形の周りにやってくる。
 梓は、崇行と吉本から筆を受け取る。そのうち1本を、ニコニコと笑いながら弘充に渡した。
 弘充にとって、今は晴菜は赤の他人だ。梓は安心して説明してやる。
「この筆で人形を触ってやると、あの恥ずかしい格好している女が、自分に触られたと思って悶えるらしいよ。やってみようよ」
 残酷な笑いを浮かべて言う。

 晴菜は、悶え苦しみながら、嫉妬と不安のこもった目で、弘充と梓を見る。まさかカレシから弄ばれるとは思いもしていない。

 人形催眠を解いたので、今の弘充にはバービー人形が見える。目下、梓にぞっこんな弘充は、梓には逆らわない。
「本当? じゃあ、ちょっとやってみるよ」

 梓は、ほかの男たちの手を止めさせると、人形をつかんで弘充の前に差し出す。
 くすぐりが止って晴菜は、ほっとしている。ぜえぜえ息をついている。でも足は広げたまま。もうパンチラを恥ずかしがる余裕もない。
 息をあえがせながら晴菜は、馴れ馴れしくいちゃついていた梓と弘充の二人が気になるようで、じっと恨みがましい目で弘充を見つめる。

 弘充が、そっとバービーちゃんの腋の下をくすぐる。
 晴菜が「ウフン」と身をくねらせる。
「あっ、ほんとだ」

 弘充はおずおずと筆を動かす。相手が自分のカノジョだとは知らないくせに、気を使っているらしい。胸や股間には愛撫の筆先は伸びず、脚の裏や耳の下あたりにとどめている。耳の下は、晴菜と繋がってないんだけどなぁ。
 弘充がおとなしい場所しか攻めないのが、梓には不満のようだ。横から筆を出して、毛先で股間をそっと掃く。吉本たちのように、乱暴に筆でいじるのでなく、毛先を繊細に使うところが、同性の身体を知り尽くした巧みな攻めかただ。

 晴菜が、「ン、フ~ッ」と噛みしめるような吐息をつく。
 梓が弘充に言う。
「ね、面白いでしょう?」
 上機嫌で微笑みかける。なんか、その梓の表情も、妙な色気がある。

「うん、そうだね、梓ちゃん」
 弘充が、秘密めかした笑いを梓と共有する。

 梓が女性器をくすぐるのを真似て、弘充は乳房を筆でつつく。晴菜の嫉妬の視線が突き刺さるのを気にも留めずに、弘充は、梓といちゃつき合いながら、自らの恋人の身体をいたぶる。乳房の盛り上がりを筆で細かく掃き清める。

「イヤン、ヤ~ン」
 梓の愛撫と相まって、晴菜がいい声で鳴く。
 いつもベッドでやってもらっていたのと、同じ攻め方だからかな?

 晴菜がステキな表情をしていることに気がついた北村が、改めてデジカメを拾って、撮影大会を再開する。

 北村の「はいチーズ」に合わせて、梓がケラケラ笑いながら筆先でくすぐる。
 これまで吉本たちが続けていたただ強いだけの刺激とは異なる絶妙な愛撫に、晴菜が身を震わせる。
「アハン。ンフフフフ」

 梓が親しげに、弘充に筆使いを教えてやる。
 弘充が何も知らずに自分の恋人を恥ずかしめていることに、梓も倫子も満足する。
 同性として、声援を送ってやる。
「ハルハル、かわいいわー」
「ほんとはすごく感じやすいコだったのねぇ」
 からかいの声も聞こえないようで、晴菜は、何もないはずの虚空から襲いかかる不思議な感覚に悶え続け、デジカメのフラッシュを浴び続けた。

 倫子は、晴菜の人形催眠を解いてやった。弘充の、恋人妄想も。

 弘充への催眠術は準備なしでやったから、あとできちんとメンテナンスしないとね。梓を口説いたことは、ヘンな痕を残さないだろうけど、北村を口説かせたのはやりすぎだったかもしれない。

 梓は、今井に肩を抱かれてあんなにうれしそうにしていたくせに、「今井君しつこいんだもん」などとボヤいてみせていた。

 倫子は今日1日で梓のファンになったので、梓のつまらない見栄も鷹揚に受け流す。

 いろんなポーズをとらされて晴菜の服装が乱れていたので、整えてやる。眠っている晴菜の姿は、天使のように無垢で穢れがない。
 客たちは、もう十分堪能した様子で、そろそろ帰るか、と言っている。
 吉本は、あんなに晴菜のダンスを見たがっていたのに、もうどうでもいいらしい。

 でも、もう1回見よう。

 オーディオのスイッチを入れる。ビデオはなし。遅めのテンポのムードのあるボサノバ。雰囲気出すために照明を暗くする。蛍光灯は消して、暖色の室内灯だけ。
 曲が鳴り始めると、晴菜と弘充は目を覚ました。少し周りを見回してから、それぞれに踊り始める。肩をくねらせて、腰を揺らしながら。

 帰り支度を始めていた男たちが、もういいよといった顔で、倫子を見る。

 まあいいから見てなさい。

 先に脱ぎ始めたのは弘充だった。Tシャツをめくりあげてさっさと脱ぐと、頭の上で振り回しながら腰をくねらせて踊る。
 相変わらずリズム感ゼロだ。
 夏なので、上はTシャツ1枚だけだ。それを脱いでしまうと上半身裸だ。筋肉が綺麗についていて、たしかに見ごたえのある上半身だけど。

 ただそれにしても。

 ちゃんと前もって曲聞かせてやったのに、曲の長さに合わせたペース配分ができていない。センスなさすぎ。
 あなたはプロのストリッパーだと言ってあげたのに、聞いてなかったの?

 その点晴菜は優等生だ。フルートをたしなんでいるせいか、リズム感もばっちりだし、曲の雰囲気を掴んだ上で、自分で工夫して踊っている。自分がストリッパーだということを自覚していて、客の目を意識するというプロ意識もある。
 晴菜は、ブラウスの襟に両手をかけて、肩をゆすりながら曲にあわせて歩く。北村が、踊り出した二人を一瞥しただけで、帰り支度をしていたので、その前に回りこむ。北村がぎょっとする。

 興味なさそうな客から優先順位をつけてアピールするのね。さすがプロ!

 晴菜は笑顔で北村の顔を見つめながら踊る。北村は、間近から晴菜の潤んだ瞳に見つめられて、うっとりとなる。
 晴菜は、自分の瞳で北村の視線をからめとって、北村の目を晴菜の膝元に向けさせる。そこで、すこし斜めにポーズをとって、ゆっくりと左脚を前に出す。体でリズムを取りながら、スカートの裾をつまんでそっと引っ張りあげる。北村の目が晴菜の白い太ももに釘づけになる。
 他の客たちも。

 晴菜はもったいぶってギリギリまでスカートの裾を上げてから、さっと元に戻して、立ち去る。去り際に、北村に小さく手を振ったりしながら。

 北村は、その色っぽい後姿をぽかんとして見送る。
 晴菜ちゃんがこんなセクシーで挑発的な仕草をするなんて。

 角田と吉本が顔を見合わせる。崇行は角田吉本に、帰るのはやめて腰を下ろすよう促す。

 Tシャツを振り回しながら歩いていた弘充は、やることがなくなったらしく、Tシャツを後ろに投げつける。あまり飛ばずに、床に落ちる。ベルトのバックルに手をかけて、ジーンズを脱ぎ始める。身体を揺らしているが、なんだかどんくさい。風呂場で着替えているのと変わりがない。色気なし。

 北村も、他の客たちも、何が演じられようとしているのかに思い至ったようだ。手を止めて、ストリッパーたちに見入る。期待感が膨らむ。

 ペース配分のできない弘充がもうジーンズを脱ぎ始めているのに対して、晴菜はまだ服を着たままだ。ただ、客の前を通るときには、下着が見えない範囲でひらりとスカートの裾をめくって見せたり、ブラウスの襟にかけた手を小さく持ち上げて見せたり、思わせぶりな仕草をする。
 弘充が半裸なのに晴菜が一枚も服を脱いでいないので、観客たちはまだ半信半疑だ。
 あのミッちゃんも、さすがに晴菜ちゃんに服を脱がせるようなことはしないんじゃないか? いや、ここまででも、晴菜ちゃんにはずいぶんヒドいことやらせてきたんだし、もしかすると……?

 実際には、倫子は、下着までで止めてやるつもりだ。とりあえず今夜のところは。

 もったいないもんね。じわじわ楽しまないと。
 私、美味しい料理は最後まで残してしまうタイプ。

 てゆーか実はタカユキが反対したから。
 晴菜が可哀相だから、などという理由ではない。
 最初に自分が1人でじっくり見たいっていうのが1つの理由。それから、一緒に踊っている今井弘充のオチンチンは見たくない(晴菜の中に入ってたモノだから)というのがもう1つの理由。

 晴菜は、客の1人1人に軽い挨拶を済ませてから、清純そうな白いスカートに包まれたお尻を振りながら客から遠ざかる。客たちから一番遠い壁際まで歩いてから、くるりとターンする。あえてその一番遠い場所で、脱ぎ始める。さわやかな水色のブラウスの、一番上のボタンに細い指をかけた。
 客から見て斜めになる姿勢で、片膝をついて座っている。太ももが根元まで見える。すらりと伸びた足が美しい。細い指でブラウスのボタンを優雅にはずす。ゆっくりと。遠くからでも脱いでいることがわかるように、指の動きを大きくしながら。

 やっぱり晴菜ちゃんも脱ぐんだ!
 一番遠い場所にいて客たちからよく見えないところが、客の気持ちを煽る。

 弘充は、ベルトのバックルをはずし、ジーンズのファスナーを下ろしたところで、どうしようかと戸惑っている。やっと曲の長さを思い出したらしい。

 どんくさい弘充を尻目に、晴菜は自分のショーを演じる。
 上から順にボタンをはずし、半ばに至る。そこで手を止める。客席に視線を向ける。「もっと見たい?」目で問いかけるように。

 焦らすように十分な間を置いてから、いきなり襟をはだけて、両肩を出した。白いブラジャーが見える。胸の谷間も?
 男たちが身を乗り出したところで、すぐにはだけた襟を元に戻す。

 一瞬しか見えなかった。
 立ち上がって、綺麗な姿勢で歩いてくる。今度は先ほどのように腰は振らない。歩く速度は、早すぎず遅すぎず。

 うわ、焦らしすぎ。

 前かがみになって踊る。客からの視線と胸元のアングルをちゃんと意識しながら。
 襟の隙間から、ブラに包まれた胸のふくらみが見え、谷間が見える。
 少しずつ向きを変えて全員の客に見えるようにしてやる。

 胸の谷間の深さを確かめ、男たちが「うわー」と声を上げる。
 きっとこいつら、頭の中で「Cカップ、83センチ」て繰り返してるんだろう。

 襟に手をかけて、いったん閉じるふりをする。「まだだめよ」というように、いたずらっぽく笑う。胸元へと、客の視線を誘えるだけ誘っておいて、一転してスカートの裾をつまんで持ち上げる。
 男たちが慌てて視線を落とす。太ももと、白のショーツが露になっている。
 すぐにスカートの裾がふわりと落ちてきて、男たちの視線を隠す。

 男たちが股間を見つめていた間に、晴菜はブラウスの襟を大きく広げている。前かがみになったままなので、再びブラジャーに包まれた豊かな胸の膨らみが露になる。観客たちの目の前で、晴菜は、綺麗な指で残りのボタンをはずす。
 にっこりと笑う。
 ボタンを全部はずしてブラウスの前が広がったところで、身体を起こして、直立した姿勢で綺麗なターン。ブラウスの裾がさっと広がる。スカートの裾もさっとひろがる。引き締まったウェストと、白いショーツがその一瞬だけ見える。

 肝心なところはチラリとしか見せないので、男たちの欲求不満が募る。
 かすかに腰を振りながら後ろ向きに歩く。あまり露骨にお尻を振ったりしないので、上品なイメージは損なわれない。途中で客にお尻を向けたまま、スカートをめくって見せる。

 客席からいちばん離れたところで、またターン。広がるブラウスの裾と、スカートの裾。
 晴菜は、振り向くときは必ず、スカートがめくれ上がるようにしている。

 その間弘充は、ジーンズを膝まで下ろした状態で、とことこと駆け回っている。誰も見ていない。弘充に邪心を抱いているらしい梓ですら、晴菜の優雅な演技に見入っている。

 晴菜は、色っぽい仕草でチラリと見せては、隠したり、後ろを向いたりというのを繰り返して、ひたすら男性客を焦らしている。誘うようないたずらっぽい表情を、オーバーに演じる。

 倫子は感心する。
 晴菜は、今日は下着までは脱がないことになっている。
 だとしたら、魅せるためには焦らすだけしかない。
 晴菜のくせに、そんな計算しているんだ。
 あんなすまし顔して、男の気を引くこと考えてるんだ。

 倫子は、今日の催眠術ショーの主催者として、晴菜に喝采を送る。

 弘充は、ジーンズを脱いでしまい、また頭の上で振り回している。セクシーさはなく、プロレスの一場面みたい。すっかり晴菜の引き立て役のピエロだ。

 息ぴったりね。さすがベストカップルね。

 弘充がシャツもジーンズも脱いでしまったのに対して、晴菜はまだ、ブラウスのボタンをはずしただけで、全ての服をセクシーに身に巻きつけている。

 晴菜は、正面を向いて客の前に立つ。優雅に両膝を折る。脚をきれいに揃えた所作が美しい。前を向いて正座する。むっちりとした太ももがおいしそう。少し膝を崩す。横膝になって、股間にかすかに見える下着をちらつかせる。さらに膝を崩して、しどけなく脚を伸ばしていく。整っていた姿勢がすこしずつ乱れていく様子が、艶かしい。
 斜めに身体を横たえたところで、急に勢いよく膝を伸ばす。上半身を起こすと、右足を大きく回し、正面を向いて大きく脚を広げる。
 大股開き。

「おおっ!」
 ストリップ劇場の客になりきった、野郎どもの歓声。

 さっきまでさんざん焦らしておいたのに、今度は大胆に大股開きになって、隠そうともせずにショーツの股間を見せる。
 真っ白な清潔そうなショーツが、ふんわりと晴菜の股間を包んでいる。この下に、晴菜ちゃんの茂みとアソコが……

 綺麗な足がすらりと伸びている。人形を使ってさんざん見飽きた大股開きだが、人形とは違って動きがある状態で見るほうが、やはり色気がある。
 手を前後につく。前後の手で身体を持ち上げて、横向きになる。
 横を向いたその姿勢のままで、背中を地面につけて腰を上げる。足を天井に伸ばし、バイシクルのポーズ。スカートがめくれて、太ももの根元とショーツが完全に見える。
 そのまま脚を上に伸ばしてゆっくりとバタ足。すらりと伸びた足の美しさを見せ付ける。はだけたブラウスが床に広がり、ウェストラインもきれいに見える。
 男たちはずっと前のめりだ。視線を上から下へと動かし、逆さ向きになった美しいプロポーションを味わう。

 たっぷりと脚線で客の目を楽しませてから、晴菜はすとんと立ち上がる。一気にブラウスを脱いだ。上半身下着姿で立つ。横を向いているので、胸の膨らみの高さがよくわかる。

 客のほうを向いて、ブラウスを大きく振って投げるふり。北村が受け止めようと手を伸ばすが、あざ笑うかのようにそれを引き戻して、ブラウスで胸元を隠す。笑顔は北村を挑発しているくせに、すぐに身をかわすように背中を向ける。背中向きのまま、胸元を隠していたブラウスを右手でとって、肩に背負う。

「こっち向いて~」
 吉本の声援。
 首だけ振り向いて、いたずらっぽい笑顔。吉本に小さく手を振る。

 ホント、プロの女優だわ。

 ゆっくりと振り向きがてらに、優雅な動きで、今度こそブラウスを投げつけた。
 吉本がキャッチ。

 弘充は、トランクスと靴下だけのみっともない姿で、ぐずぐずと踊っている。最後に靴下を残してもねえ……。

 晴菜は、しばらく横向きになって踊る。ブラジャー姿になったくせに、まだもったいぶって胸を手で隠す。腰を揺すり肩をくねらせる。ときどき胸元から手を放して、ちらちらとスカートをめくって挑発する。もったいぶった後で、また客席に近寄って、前かがみになって身体を揺すりながら胸元をよく見せてやる。

 晴菜はたっぷりと男たちの目を楽しませてから、立ち上がって、背中を向ける。後ろ向きに中腰になる。
 どうしていまさら背中向きになってもったいぶるんだろう?

 そう思っていたら、晴菜は、背中側のスカートのファスナを下ろす。崇行に向けて、ファスナーの裂け目からショーツの色を間近から教えてやる。
 梓が下着を見せるときにやった仕草と同じ。
 きっとわざとだ。たぶん、梓への仕返し。
 梓には悪いが、はるかに色っぽい。

 でも、梓は全然悔しがっていない。
 だって、あの奥ゆかしい晴菜が、下着で踊るなんていう恥ずかしいことを、笑顔でやっているんだもの。
 ついさっきは、ショーツの色を見せるのを、あんなにもったいぶってたくせに。

 晴菜が横を向き、足を揃えて立つ。清楚な白のスカートがすっと足元に落ちた。
 ブラとショーツだけの姿で立って、スタイルのよさを誇るように見せる。

 バストの頂き、ウェストのくびれ、ヒップの盛り上がり、綺麗に伸びた脚線。後光が差すような美しさだ。

 その美景を遮るように、弘充が、立ったまま右靴下を脱ごうとして、とんとんと片足跳びながら通り過ぎる。
「じゃまだよ、どけ」
 北村が毒づく。

 弘充が通り過ぎる瞬間を、目くらましに利用して、足先にスカートを引っ掛ける。足を持ち上げて、脱いだばかりのスカートを、つま先で器用にクルクルと回し、客のほうに蹴り上げた。

 客がスカートの行方を目で追っている間に、晴菜はステップを踏んで、吉本のすぐ目の前に立つ。
 驚いて吉本が視線を戻すと、すぐ目の前に晴菜のショーツがあった。まさに数センチ。布一枚隔てて晴菜の性器がある。

 うわ! うそー。こんな近くに!
 晴菜ちゃんのパンツ。
 いや、違う。さらにその裏だ。晴菜ちゃんのアソコ!
 うわ、なんかいい臭い。

 晴菜は、曲の長さを計算している。曲がもうすぐ終わることを知ってる。
 もういまさらもったいぶる必要はない。

 晴菜が腰を前後に振る。
 あの清楚な晴菜が、いやらしく腰を振る。
 晴菜の細い腰が艶かしく揺れて、吉本を挑発する。
 ついさっきまで隠しまくっていたのに。
 いや、隠しまくっていたからこそ、ありがたみが増す。

 晴菜は男性客の前を移動しながら、大きく身体をくねらせ、腰を大胆に振って、普段見せたことのない色気を振りまく。目が合うと、潤んだ目で見つめ、ウィンクして誘う。
 そうやって、自分の身体を男たちの目に印象づけてから、2歩下がって、ポーズをとる。両足を前後に開いて立つ。左手を腰に当て、片手を頭の後ろに回して、胸を強調して突き出す。

 そのポーズで、曲が終わった。
 タイミングばっちり。弘充が、左脚だけまだ靴下をはいたまま、這いずり回っているのとは大違いだ。

 圧倒されたような観客席から、ほーっとため息。

 倫子は照明を明るくしてやる。明るい中で我に返れば、きっと晴菜は恥ずかしいだろうという親友の気遣いだ。

 曲が終わった途端、晴菜は我に返る。身体を起こすと、「キャッ」と可愛く叫ぶ。両手で胸を抱き、膝を折ってショーツを隠す。

 私、また、なんで、こんな恥ずかしいことを……?

 拍手が起こっていた。
「晴菜ちゃん、サイコー」「セクシー」「見せたがり屋さん! 日本中の男があなたの虜よー!」
 からかい混じりのブラボーが、晴菜の心を傷つける。

 下着だけの姿のまま屈み込み、膝に顔を埋める。

 服を着なきゃ。
 はっと、顔を上げる。立ち上がって吉本が左手に持っているブラウスに飛びついて奪い取る。そのブラウスを胸で抱いてブラジャーを隠す。

 スカートは?

 北村が白いスカートを両手で持って、ウェストの細さに感心していた。晴菜が手を伸ばそうとすると、それに気づいた北村は、スカートを背中に隠した。

「ヒドい。返して」

「待ってよ。拾ったんだ。警察に届けないと」
 また北村のセコい意地悪が始まった。
「返してよ。私のよ」
「そうなの? 名前書いてないよ」

 北村はそう言いながらじろじろと、晴菜のショーツ姿を見る。その視線に気づいて晴菜は、あわてて胸元に抱いたブラウスの裾を伸ばして、股間を隠そうとする。
 さっきさんざん見せびらかしてたくせに。
 ブラウスは、胸元を隠したままだと、かろうじて太ももの根元までしか届かない。その中途半端さのせいで、かえってセクシーさが増す。

「イヤ。見ないで。みんなも……」
 恥ずかしがってオロオロとする美女の姿に、男たちは喜んでいる。

 北村は、ニヤニヤと笑うだけで、スカートを返そうとしない。晴菜が懇願する。
「北村くん。ねえ、お願い。返して。私にこんな恥ずかしい格好させておくつもりなの? ねえ、北村くん」

 北村は、憧れのお姫様が、自分にすがりつくように哀願してくるのが、気持ちいいらしい。ざんざんもったいぶって、晴菜に意地悪をする。
「だって、晴菜ちゃんが勝手に脱いだんじゃないか。ウンウン。晴菜ちゃん、素敵だったよ。イヒヒヒ」

 他の連中も一緒に笑う。
「そうそう。ますます晴菜ちゃんのことが好きになったかも」「晴菜。ズルイ。自分だけモテようと思って、こんなやらしいことまでするなんて」

 これまで自分をチヤホヤしていた友人たちの、手のひらを返したような態度に、晴菜は傷つく。涙声で抗議する。
「そんな……、みんな、ヒドイ」

「なに白々しいこと言ってるのよ? 自分から脱いでおいて」
 それを言われると返す言葉がない。
「……だって、わたし……どうして……本当に、こんなことするつもりなかったのに……」

 倫子には楽しい光景だが、キリがないし、これからの予定もある。晴菜を助けてやるようで気に食わないが、北村の後ろからスカートを奪い取って、晴菜に返してやった。
 晴菜は、大事そうに服を抱いて、倫子の寝室に走って逃げ込んだ。

 弘充はリビングの隅でTシャツをかぶっていた。自分が服を着るのに精一杯で、肝心なときに恋人の晴菜の助けにならなかった。

 晴菜は、倫子の部屋に篭ったきり、なかなか戻ってこない。
 倫子と梓が迎えに行った。早くやってもらわないと、みんなが家に帰れない。
 晴菜は、服は着終わったものの、しくしくと泣いていた。倫子は「ちゃんと北村クンには謝らせるから」と晴菜を慰めて、肩を抱いてやる。泣きじゃくる晴菜をなだめて、なんとか部屋から出てきてもらった。

 北村がさも申しわけなさそうに歩み出る。
「晴菜ちゃん、ごめん、さっきはひどいことして……」
 その北村の右手には、オーディオのリモコン。謝っている最中なのに晴菜の顔から目をそらす。リモコンをオーディオプレーヤーに向けて、プレイボタンを押す。
 曲が流れる。今度は優雅なウィンナ・ワルツ。

 せっかく着たばかりの服を、晴菜はまた脱ぎ始めた。

 宴も終わり、晴菜と弘充を残して、他の客は帰らせた。

 晴菜と弘充には、今夜の催眠術に関することは全部忘れさせる。二人にとって今夜は、普通の飲み会。平凡な、仲間たちとの楽しい夜。
 だからみんなもそのつもりで。
 これから二人には、忘れてもらうための催眠術かけるから、みんなはもう帰って。

 そう言って送り出した。

 あー楽しかった。
 苦労の甲斐あって、予想以上の結果だった。栄えある第1歩だ。
 晴菜がイジメられるところを見ていると、なんだかムラムラしてきちゃう。

 ここから先は、食後のデザートだ。

 まず、晴菜を起こしてやった。
「あれ、みんなは?」
「もう帰ったよ」
「うん……」
 晴菜は、今夜の恥態を思い出したのか、沈んだ顔で俯く。ちらりと倫子の顔をうかがう。

 なにその甘え顔? 慰めろとでも言うの?
 ざけんな。
 あんたのその綺麗な顔のおかげでいつもワリ食ってるのはこっちなんだぞ。

 倫子は、とっておきの笑顔を浮かべてやる。晴菜がときどき、「私の守護天使の笑顔」と言っている顔だ。晴菜がほっと微笑み返す。
「ハルハル。今日の、スゴかったね。ハルハルがストリップやってくれるなんて思いもしなかった。楽しかったよ。ありがとう」
 傷口に塩を塗りこむ。晴菜は、「ウッ」と小さく呻いて、声を詰まらせる。
「みんなもびっくりしてたよ。すっごく喜んでた。いつも澄ました顔してるのに、こんなにやらしいコだったんだねって。最初は幻滅してた子もいたけど、すぐにハルハルのことわかってあげてくれたよ。これからもストリップみんなの前で見せてねって言ってた。今年の学園祭の出し物にしようっていう話もあったよ。いいアイデアだよね」
 どうせ記憶はリセットするんだから、言いたいだけ言ってやれ。

 晴菜は涙ぐんだ。
「ミッちゃん……、そんなこと言わないでよ……。誤解だよ。わたし、今日のこと、なにがなんだかわからない……」
「いいのよ、もう、そんな清純ぶらなくって」

 えっ?
 晴菜が驚いて倫子の顔を見る。

 倫子は、弘充を起こそうとしているところだった。

 晴菜が倫子に問いかける。
「ねえ、ミッちゃん? どうしてそういうこと言うの? 私、そんなこと考えてないよ。ミッちゃん知ってるでしょう? ミッちゃ……?」
 晴菜は言葉をとぎらせた。

 目を覚ました弘充が、倫子にキスをしていた。
「ミッちゃん? ヒロくん?」
 寝ぼけているの? ヒロくん?
 弘充が身体を起こす。倫子の上になって、覆いかぶさるようにキスをする。

 晴菜が涙声で言う。
「ヒロくん? やめて」

 今井弘充がついさっき、梓とイチャついていたことを思い出す。
 またそんなヒドいことするの? 私がいるのに!

 倫子は弘充にキスのお返しする。
 晴菜の目から見ても、舌を交換し合っていることがわかる大きな動作。

 倫子が甘えるように弘充に言う。
「ダメよ、今井クン。ハルハルが見てるよ? ハルハルのいないところでしよ」
「気にすることないよ。今すぐしたいんだ」

「え? いいのぉ?」
 倫子は、聞き返してやる。晴菜が聞き逃すことないように。

「ミッちゃんも、いますぐしたいんだろ? 今ここでやろう。晴菜の前で見せつけてやろうよ。二人の仲のいいとこ」
「そうね。お子様のハルハルに、大人のセックス見せてあげるってのも、いいかも」

 晴菜は、目の前が真っ暗になった。

 どういうこと?
 ミッちゃんと、ヒロくんが……? 
 えっちしてる…… 私の前で。
 しかも、こんなに慣れた調子で。
 デキてたの? ずっと前から?
 二人とも、裏切ってたの? 

 晴菜は、嗚咽を漏らしながら、力なく膝をついた。
「ミッちゃん……? ヒロくん……? どういうこと? これって? ウソだよね? からかってるんだよね?」

 弘充が倫子のTシャツを脱がせてやって、ブラジャーをはずしている。その手を止めて晴菜のほうを見た。

「え? なに?」
 それから、自らの股間に手を伸ばしている倫子に言う。
「まだあんなこと言ってるよ。晴菜のやつ」

 倫子は、慣れた手つきで弘充のズボンとトランクスを引き下ろしながら、答える。
「ハルハルばかだから。ちゃんと今井クンから教えてあげなよ」

 弘充は、もう倫子のブラジャーを剥いている。
「ちぇ、しょーがねーな」
 とつぶやいてから、晴菜の顔も見ずに言う。
「見ればわかるだろ? これから、ミッちゃんとセックスするから、じゃましないでくれる? ああ、終わったら、愛人2号の晴菜の相手もしてやってもいいよ。余裕あったらだけど。頼むから、それまで邪魔しないでおとなしくしてて」
 無造作にそう言いながら、倫子の乳房を揉んでいる。晴菜への死刑宣告が終わると、弘充はすぐに倫子の胸に吸い付いた。

「ハルハル~。お先にね」
 倫子はそっけなく晴菜に挨拶して、すぐに弘充の方に向き直る。
「もうっ、ちゃんと服脱がせてからやってよね。前みたいに弘充の唾でスカート汚れるちゃうよ」
「だったら、ミッちゃんもその手でおれの息子いじんのやめろよ」

 弘充の残酷な言葉に打ちのめされる。晴菜との間ではありえないような濃厚な会話を耳にして、晴菜は呆然となる。殴られたようなショックを受ける。

 本当に、裏切られたんだ。最大の親友と、最愛の恋人に。

 晴菜にとってその二人は、世界そのものといっていいほど信頼しきっていたのに。
 足元の地面が崩れ落ちていくような気がした。

「ミッちゃん……、ヒロくん……」
 うわごとのように、信じていた人たちの名を呼ぶ。

 玄関のチャイムが鳴った。
 弘充の尻の下から倫子が言った。
「ハルハルー、ちょっと出ておいて。もしかすると、あなたの恋人かもぉ?」

 晴菜は、この場から逃げ出したい一心で、玄関に向かう。モニターを覗くと、崇行だった。

 それを見た途端、沈んでいた晴菜の心が浮き立った。

 愛しい山越くん。
 晴菜の恋人。

 もどかしくオートロックを解除する。エレベータを使って崇行が上がってくる。それが待ちきれなくなる。廊下の様子を見ようとドアを開ける。すぐ目の前に崇行がいた。崇行の驚いた顔。

「山越くん。待ち疲れちゃった」
 つい甘えてしまう。崇行が、一瞬戸惑った顔をしてから、にやりと笑う。
「おお、晴菜ちゃん、『久しぶり』」
「久しぶりって? 毎日会ってるのに?」
「大好きだから1秒でも会わないと、さびしいって意味」

 うれしい。
「もう、山越くんったら」
 崇行の手をとって、マンションの中へと誘う。

「晴菜ちゃん目が赤いけど、泣いてたの?」

「え?」
 ああ、そうだ。弘充と倫子がえっちを始めるのを見て、泣いたんだ。でももういい。山越くんがいるから。
「ううんん、山越くんの顔見たら、うれしくなって泣いちゃったのかな、きっと」

 晴菜がそう甘えて見せると、その場で、崇行がキスしようとしてくる。
 もう……山越くんって、こらえ性がないんだ……
 恥ずかしい。

 晴菜は、キスを避けて廊下へ逃げる。
「こら、待ってよ」

 リビングの前で、崇行は立ち止まり、部屋の中を覗いた。

 倫子が、弘充のペニスから口を離して、崇行に声をかける。
「早かったね。みんなはぁ?」

「帰ったよ。おれだけタクシー乗るって言って、ここに戻ってきた」
 晴菜が崇行の後ろから顔を出す。倫子と弘充の体位を見て、びっくりしたように口を開ける。目をそらして斜めのほうを向く。

 倫子は嘲笑う。
 シックスナインくらいでなに恥ずかしがってるのよあんた。
 あ、そうそう、今夜は崇行、バックであんたをヤるからね。

 倫子は、崇行に向かって言う。
「奥の、客間のほう使って」
「ああ」

 倫子は、崇行にエールを送る。
「タカユキ。イカせちゃえ」

 崇行は笑って頷く。
「今夜の魔法は、12時で解けたりしないよな?」
「大丈夫よ。今回はこの週末まで。腰が壊れるまで楽しんで」

 崇行が晴菜の肩を抱いて客間へ去って行った。
 晴菜が「魔法って何?」と崇行に聞く声が聞こえる。
「晴菜がおれに魔法をかけたって意味」
「そんな……、もう、山越くんってば。キャッ……アンン、うふふ」

 バカな晴菜。
 晴菜も、せいぜい楽しみなさい。

 あんたがまともな男と寝るのは、これが最後かもしれないんだよ。

< つづく >

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