プロローグ・~子は三界の首枷~
これはとある男の過去の話・・・
奇妙な能力を持った男と、それを取り巻く女性達の話・・・
男の幼き頃に何が起きたのか・・・
そして、2人の女性がどうやって仲間になったのか・・・
2010年3月。とある町に、4人の家族が住んでいた・・・
夫と妻、息子が二人。
現在6歳の長男の名は「結城龍正(ゆうきりゅうせい)」といい、彼には物心付いた時から不思議な能力があった。
「人の心が図書館として具現化する」・・・
龍正自身、それが特別な力だとは思いもしなかった。
誰でも使う事が出来るのだと思い込んでいたのだ。
それほどまでに不思議な力は、龍正にとって不思議ではなかった。
「お兄ちゃん!いつか僕にもその能力が使えるようになるの?」
4歳の弟「敬吾」はその能力を無邪気に信じていたが、両親は当然信じていなかった。
勿論、誰も証拠を見たわけではない。能力を見る事は出来ない。
実際には色々と反応を見た龍正に面白がられているのだが・・・
「そうだな・・・あと1年くらいじゃないか?僕もそのくらいだったから」
「龍!敬吾が真に受けるから止めなさい」
(むっ・・・なんでお母さんは能力の事を知らない振りするんだ?)
母の言葉に少しムッとした龍正は、いたずらしてやろうといつものように母の心に入った。
(今の言葉も忘れさせちゃうからね。えい!)
そう、いつものように・・・
広い図書館には、分野別に多くの本が収納されている。
ちなみにここにいる龍正は「分身」であり、ここに居る間、本体が動かなくなる事は無い。
現実と図書館が同時進行しており、お互いに情報が行き来する。
と言う点では怪しまれずに行える分、便利な能力である。
だがさすがに6歳では未知な部分も多いようだ。
そのうちわかる事なので今は詳しくは説明はしない。
(今日は何しようかな?いつもみたいに記憶でも消しちゃおうかな?)
いつの日か見つけ、遊び道具と化していた「今日の記憶の本」。
これを書き換える事で、当人の記憶はそのように変化する。
消せば記憶が跡形も無く消える。いままで大事にならなかったのは、龍正が控えめな性格だったためだ。
龍正はこの能力で、おもに悪戯した記憶を書き換えたりしていた。
(今日は書き換えたい記憶も無いし、違う本もいじってみようかな?)
不運な事に、今日の龍正は別の記憶を書き換えようとした。
何故不運な事なのか?それはすぐに分かる。
この領域にいる間、龍正の手にある鉛筆と消しゴム・・・
偶然手に取った(背が低くて届く範囲が限られているが)「2000年1月1日の記憶」。
この記憶を弄った事で龍正の人生は大きく変わる・・・
「ただいまー」
父の帰宅だ。敬吾が玄関にパタパタと走っていく。
と、父の顔を見た母が驚愕した。
「ん?おい、何を驚いているんだ?」
「だ、誰っ!?・・・あなた誰?・・・・誰なのよ!?」
母は頭を抱えてしゃがみこんだ。
「どうしたのお母さん!?」
龍正は慌てて駆け寄る。が、龍正に対しても恐怖の色が浮かんでいた。
「お、母・・・さん?私が?・・・子供?・・・私が結婚して子供を産んだって言うの?・・・・嫌っ!来ないで!あなたなんか知らないっ!」
「・・・えっ?・・・・」
(お母さん!どうしちゃったんだ!?)
父や敬吾達が心配する中、龍正には心当たりがあった。
龍正が書き換えた2000年1月1日、これは結婚する前の記憶だった・・・
その時はたいした影響は出ていなかったが、夫の姿を見たことで、記憶の矛盾を思い出してしまったのである。
・・・そう・・・これが後にわかるこの能力の弱点だった・・・
龍正はすぐに記憶を修正した。
素直な龍正は、父親に自分の能力の説明もした。
しばらくして母の異変は納まり、眠りについた。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
龍正は涙ながらに眠る母のそばに居続けた。
その様子を父は黙って眺めていた・・・
(あいつ・・・そんな恐ろしい力があったのか・・・普通なら信じられんが、あの光景を見れば信じるしかない・・・このままだと俺の心も壊されちまう・・・)
龍正の生活は一転する・・・・・
翌日、両親は買い物と称して2人を残して逃げ去った・・・
金目の物はほとんど残してあったが・・・
「お兄ちゃん!お父さんとお母さんがぁぁっ!」
泣きじゃくる敬吾の顔を見ながら龍正は決心した
「ごめんよ・・・僕が簡単に能力を使ったから・・・もう使わない・・・使わずに敬吾を守って見せる」
(この能力を使ってしまったら大事な人を失っちゃうんだ・・・もうこれ以上敬吾に辛い思いはさせたくないよ)
龍正が能力を使わなくなった瞬間だった。
2人は親戚のあてを頼り、なんとか生活を確保した。
家に残していったいくつかの両親の私物は、親戚のおばさんによってほとんどが奪われた。
世の中は理不尽だ。それだけの利益を得ても、龍正の兄弟は歓迎はされていなかった。
龍正は父のライターを手に強く握り締め、その現実を見ていた。
(絶対に能力は使わない。使っちゃったら今度は敬吾を失っちゃうかもしれない)
< つづく >