Gear of Destiny 第二話

第二話「戦神浪漫少女×揺れ動く歯車=対峙する運命」

 月明かりが照らす夜の街…ほんの少し前まで道があり袋小路になっていた場所は、見るもさっぱりとした荒野になっていた。
 こんな事件が起こったところで世間に知られることはない。情報操作が入るのはわかっている。そうやって事件をもみ消し私たちが戦うのに都合の良い状況を作り出す。
 この出来すぎたからくりを成立させるために…。
「……魔力の気配が残っている」
 さら地になった地面をさわりそこに残っている魔力の気配を探る。
「風…ハスターの力の様だが今のシャッガイにこれほどの力があるのか?」
 独り言は虚しく風に流されていった。
「『スナイプホール』は壊滅させた、『ダークゾーン』は幹部を失って身動きが取れないはず…考えられるのは『クリムゾン』か…」
 どれが今もっとも適切な答えか思考を廻らせる途中、一人の友人の顔が頭をよぎった。
「……気にしないようにしてもどうも気になってしまうな」
 自嘲気味に笑ってからその人物のことを思い浮かべる。自分が変わり者と呼ばれ、誰も声をかけなくなってからどれだけ経っただろうか…どれぐらい経ったかも忘れてしまったころ、声をかけてくれた初めて親友と呼べる存在。
「……千莉…お前は今どこにいる…?」
 大丈夫…通信が途絶えてからそれほど経ってはいない…きっと無事でいる。
 そう、自分に言い聞かせる。
「しかし、いったい何が起ころうとしているのだ」
 途方にくれて夜の空を見上げた。星が疎らに輝く空は最近ではめっきり見ることはできなかった、そして…。
「今夜の月は………紅いな…」
 不吉な月明かりが右手に持つ不気味な形をした杖を照らしていた。
「もし、千莉がやつらの手に墜ちていれば…その時は……」
 左手に持つ己が魔導書『無名祭祀書』を凝視しながら、彼女、桜庭 雫は決意を固めていた。

―――――――――――――――

「俺の言っていることわかるか、わかるかな?」
 ギシッとベッドが軋む音をさせ、座った後、ナイアルは千莉に優しく耳元で囁いた。
 ここはナイアルとアルビオーレが住んでいるマンションの一室。体中を魔術で汚染されたあの状態で千莉を置いておくわけにもいかなかったので、ここに運び込んだのだった。
「はい…あっひぃぃ!」
 ベッドに寝かせられた千莉は、服の隙間から手を入れ胸を揉みしだき、秘所を弄り猛烈な自慰に耽っていた。
 その姿は単に快楽を得ることしか考えられない盛りのついた雌のように見える。
「いやぁ!止まらない…はふぅっ!」
「…わかってるか微妙じゃない?あれから30分ぐらい経ってるけど、全然治まる気配がない。早く治めないと本当にこの娘壊れちゃうよ」
 アルビオーレが少しキツイ口調でナイアルに説明する。
「ってことは、やっぱ、やっぱり契約クラスで術式を刻み込んでやらなきゃダメか」
「むぅぅぅぅぅ」
 突然アルビオーレが頬を膨らませ唸った。
「なんだ、なんだよ!」
「え!?その…私的にナイアルがこの娘とのエッチを否定的なのがちょっとうれしいというか…普通の男の子だったら、はいよろこんで!の部分なのに何でそうなのかなあって疑問に思っちゃったりしっちゃったりなんかして…かなり微妙な心境で…」
「…つまりお前は、お前は何が、何が言いたい?」
「なんで私の時にはそういうことがないのかな~って」
 モジモジと手を絡めながらアルが明後日の方向を見る。
「それは、それはたまたま体力が持たないだけで…」
「うそ!本当は三日間ぶっ続けで6Pでも全然平気なくせに!」
「あー!そういうこと言うな!言うのではない!まるで俺が見境無い様に思われるだろ!」
「だって過去にしてたんでしょ!じゃあ、全然オッケーじゃない!」
「よくない!よくないぞ!俺は無闇に何でもかんでもやるのはやめたんだ!そう、これは俺の心が決めたこと!何人にも阻むことはできないのだ!」
 グッと拳を握りナイアルは演説者の様に拳を前へ突き出した。
「…………説得力無いよね…」
 アルの冷たい視線が突き刺さる…ナイアルはがっくりとうな垂れた。
「とにかく、確認は必要だ…必要だとも」
「もう…わかったわよ」
 アルビオーレはプイッとナイアルから顔を逸らして部屋のドアに手をかけた。
「おや?どうした、どうしたのだ?」
「ナイアルが他の娘としてるとこなんて見たくないの」
「…ああ、そうか、そうだな…」
 思いっきり不機嫌さを露わにしながらアルはバタンと激しい音をたててドアを閉めた。
「……さて、もう一度、もう一度聞くぞ?俺の言ってることがわかるか?」
 ナイアルは再びベッドに横たわっている千莉の耳元で囁いた。
「ふあぁぁ…はい」
 千莉は涎を垂らし、自らの秘所を弄りながらもナイアルの言葉に頷いた。
「今お前はどんな状態だ?包み隠さずはっきり、はっきりと口にするんだ」
「あう…はぁぁ」
『話すんだ』
 ナイアルの眼が怪しい輝きを放つと一瞬千莉の瞳が焦点を失った、そしてすぐまた元に戻る。
「とっても…はぁん!とっても気持ちいです…」
「気持ちいいだけか?身体が疼いてもっと、もっと気持ちよくなりたいと思ってはいないか?」
 一語一語ゆっくりと千莉に言い聞かせるようにナイアルが囁く。
「はいぃ!もっと!もっとぉ気持ちよくなりたいですぅ!」
(すでに快楽に抗うだけの意思はなくなっているようだな…厄介な毒を盛られたな)
「今からお前のその体の疼きを契約により除去する、つまりはお前を犯すということだ。この意味、意味がわかるか?」
「ふあぁ…はいぃ」
 千莉はすでに快楽を貪る以外のことを考えられないほど蝕まれていた。ナイアルの言葉にも迷わず頷いた。
「我との交わりは普通の人のものとは違う、我と舞うというのなら汝を我が眷族となること…言ってしまえば奴隷になると、そういうことになる。わかるか?」
「あぁ!……あっあぁ…」
「さあ…心から!本心から答えるんだ。犯してほしいか?」
「は、はい!捧げます!私の全てを捧げますから!犯して…犯してください!」
 意識を奪われているわけではない…千莉の本心からの肯定の言葉にナイアルは悲しむような、哀れむような表情をしたが、すぐにその表情は消え千莉を抱きしめて頭を撫でた。
「わかったよ…今、今楽にしてやる。汝の名は?」
「千莉…神楽 千莉です」
「千莉だな?ならば聞け!我が名はナイアル!外なる神々ナイアルラトホテップより生み出された神の落とし子!我は、汝と契約する!」
 ナイアルの手のひらに淡く輝くルーンが現れ、それを千莉の額に押し付けた。

―――――――――――――――

「さて、どの様に犯されたい?望みを…望みを言え、さあ汝の望みを!」
 契約…今は千莉を救うために契約を行う。だが、頷きはしたがこれは恐らく相手の望まぬ交わり…それ故にこういう場合、俺は契約の際相手の理想を出来うる限り叶えるようにしている。
「私は……」
「心を開放しろ…己が欲に素直になれ、何も…何も恥ずかしがる事ではない」
「でも…」
 まあ普通はこうだろう、自分の心の底の欲を素直に口に出来るものではない。さっきの返答は性欲流されていたものだが、ルーンを刻み込んだことによりこの問いを聞いている千莉は正気そのものだ。性格からしてそう簡単に口を割らないだろう。だが、それは聞いておかなくてはならないことだ。そんな時に俺は魔眼を使う。
『己が欲を言え』
 発するのは単純な言葉…だが空気の振動とは別に魔眼からの情報を精神へ強制的に叩きつける。叩きつけられた情報は、精神へ擬態し同化…それが本当の意思であるかのように思わせる、もしくは精神をこちらの意のままに操作、改変する。『精神偽装』…それが俺の魔眼の能力…アイツと似た、アイツより下回る能力。それでも相手から何かを聞きだしたり、こういう状況においては十分役に立つ。
「わ…たし、初めてなんです…だから…優しく…」
 聞いてから、そんなことかと思いはしたが、目を潤ませて、不安げに俺を見る千莉を今、無性に抱きしめたくなった。
「よし、ではでは服を脱がせてあげよう」
「はい…」
 俺は千莉の服に手をかけ、制服のボタンを一つ一つはずしていく。
「ほう…これはこれは」
 そこから現れたのは解け掛けた白いさらしに巻かれた胸。何となく、さらしという物に妙な興奮を覚えてしまうのは個人的なものだろうか?
「あの…何か変ですか?」
 不安そうな千莉の声。その声に俺はさらしを解いてから答えた。
「いや、とても、とても綺麗だ。大きすぎず小さすぎず、形も整っている…文句なしだ」
 壊れ物を触るように優しく、千莉の胸を揉んでいく。
「はみゅぅ」
 感じているのか、それともただ恥かしいだけか千莉の顔が真っ赤になる、その仕草はとても愛おしい。
 その勢いあって俺は千莉に口付けした。やわらかい唇の感触を味わおうと思っていたがそんな間はなく、なんと千莉は自分から舌を入れてきた、俺もそれに応じるように舌を絡めた。
「んふぅ…んっ…んあっ…んっ!」
 千莉はそれから俺にしがみつき、貪るように口の中を激しく舐めまわし始める。
「んちゅっ!ちゅうっ!ちゅうっ…んんっ!」
 舌は激しく絡み合い互いにしゃぶり合う。
「んちゅっ…ふぁ、んあぁ、ちゅ…はぅぅ…」
 熱に浮かされたように千莉はひたすらに舌を絡め、舐め、しゃぶる。
「はあぁぁん!」
 やがて彼女がビクンと身体を震わせた。
「んふぅーん…んっ!」
 しがみついていた手から力が抜ける、どうやら軽くイッてしまったようだ。
 口の交わりだけでイってしまうか…相当に侵食されているな。
 俺は唇を離し、千莉に覆いかぶさった。
「さて、さて、アソコの具合はどうかな?」
 千莉の秘所に手を伸ばすと当然というか、布越しだとというのにそこはすでに熱く、ぐっしょりと濡れていた。
「はうぅぅ!」
 少し触れただけだというのに千莉は敏感に感じていた。そのままショーツの中に手をいれ、直接割れ目をなぞる。
「んあっ、はあぁぁぁん!」
「気持ちいいのか?どうだ?気持ちいいか千莉?」
 続けて指を入れて膣内をかき回すと、千莉の身体がビクビクと痺れたように跳ねた。
「ああんっ!いいぃぃ!気持ちいいぃですぅ!あっ、あっ!」
「よし…これなら問題ないか…」
 千莉のショーツを脱がした。ちなみにこちらもすでに準備万端だったりする。
「ふあぁぁ…それが…入るんですかぁ?」
 俺のモノを見て、千莉が熱に浮かされた甘い声を出す。
「ああそうだ、そうだとも」
「うあぁぁっ!来て…くださいぃっ」
 千莉の言葉に促されるようにゆっくりと膣内へと身を沈めた。
「ふひやあぁぁぁぁ!!」
 入れた瞬間にも千莉はまたイッた。それでも気にせずそのまま進入する。千莉の膣内はすっかりぐしょぐしょになっているものの締め付けはきつく、貪欲に吸い付いてくる。
 快楽が身を包み込みその快楽に流されるまま、俺は一気に奥まで突き上げ、処女膜を貫いた。
「ひぃ!あはぁぁぁぁぁぁ!!」
 一瞬ブツンという音がしたと思ったが千莉の狂ったような悲鳴にかき消された。
「ひもちぃぃぃ!きゃあぁぁ!!」
 処女膜が破られ、血が流れているというのに千莉は痛みさえ感じないほどの快楽に浸っていた。自ら積極的に腰を振り、快楽を貪っている。
「いいぞ…好きにしろ。お前の欲望の赴くままに快楽を貪れ…貪りつくせ!」
「ふあぁぁいぃぃ!あぁぁ!もっとぉ!」
 千莉が腰を動かすたびに愛液が流れる。その膣内は熱く絡み、締め付け少しでも気を抜けばこちらがイッてしまいそうになる。
「いいぃのおぉぉっ!あぁぁ!!」
 千莉の限界が近い…今回の交わりは自分が満足するためのものではない。ここは早々に終わらせてもらおう。
 俺は千莉を持ち上げ抱きかかえるようにしてから、腰を激しく突き動かした。
「んひあぁぁぁ!あっ、あっ、ひゃやぁぁぁ!!」
「っ!、術式…術式展開…!」
 千莉が達する瞬間を見計らい術式を組む。
「ふあぁぁっ!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 千莉は大きく仰け反り、やがて完全に力が抜け、グッタリとして俺に倒れこんできた。
「はぁ…あ…はあぁ…」
 千莉の暖かい吐息が耳にかかる。そして契約の術式は確実に千莉に刻まれた。これで、千莉を蝕んでいた
 恍惚として満ち足りたような千莉の顔を見て、俺は少しの罪悪感に苛まれながら頭を撫でた。
「契約は刻まれた…お前は我が物となった…物となったのだ…」

―――――――――――――――

「くそっ何なんだあいつは!」
 ハスターの風から逃れたアシタカは『ダークゾーン』のアジトへ戻っていた。
「『ソロモンの鍵』に『セラエノ断章』…上級の魔導書の所持者が何であんな場所に!」
 悪態をついてアシタカは目の前に吊るし上げてあるソレを力任せに蹴り上げた。
「グブッ!」
 しわがれた老人の悲鳴が聞こえた。
「他の老人どもはさっさと死んじまったのに貴様はしぶといな」
 吊るし上げられているのは元々『ダークゾーン』の首領であった人物である。
 『エイボンの書』を手に入れてからアシタカが始めにしたことは『ダークゾーン』に対する謀反であった。ランサーゼフィランサスを引き連れ、アシタカは瞬く間に『ダークゾーン』を我がものとし、そこに滞在する幹部をこの老人を除いて皆殺しにした。
「ぐっ…アシタカ!!こんなことをして我らの大いなる計画を…」
「うるせぇぇ!」
 ドガッ!ドガッ!ドガッ!
 身動きのできない老人にアシタカは容赦なく何度も何度も蹴りを加える。
「俺にからくりを隠しておきながら何言ってんだ!」
 ドガッ!
「ぁぁ…我らが大い…なる計画の…成就には仕方なきことだ…」
「あ?何言ってんだ!それじゃあ真面目に『シャッガイ』のために働いてきた俺たちは単なる生贄じゃねえかよ!」
「我々の世界を…はあぁ…救うため…には…小さな犠牲だ…」
 老人の言葉は事実であった。世界を救うという大きな目的のためには相応の犠牲が必要となるのは明白だ。ただし…いざ犠牲になる人間にしてはたまったものではない。
「てめえぇ!サイクスやデュランたちが小さな犠牲だと!」
 ドガッ!
「グファ!」
 蹴られた衝撃で内臓が破損したのか老人は口から赤い血を吐き出した。
「いいぜ!やってやるよ!俺たちの世界を救うためなんだろ?俺さんは俺さんのやり方でやらせてもらうぜ!」
「待て…アシタカ……」
「うぜえよ!うるせえよ!さっさと死ねよ!」
 ドガッ!ドガッ!ドガッ!
 蹴り続けると、しばらくして老人は動かなくなった。
「歯車は集めてやる…だが『エレメンタルギア』だけは俺が…」
 その時、アシタカの背後に巨大な禍々しく黒い闇の扉が現れ、そこから一人の少年が現れた。
「…おやん?失敗したのかい?ま、今まで順調すぎるぐらい歯車を集められたからね、たまには失敗するってこと?」
「ちっ、いちいち癇に障る物言いだな、ミロク」
「これが僕チンの喋り方ダ・ヨーン、いい加減慣れなよ~」
 皮肉めいた口調の少年―――ミロクは手をパタパタと振りながらアシタカへ歩み寄る。
「魔導書を渡すときにした約束…忘れたわけじゃないんだろ?」
「わかってる…他のやつらはくれてやる…だがな!」
「『エレメンタルギア』だけは自分の物にしたい…かな?ま、1チーム分いなくても儀式はできるから良いけどさ、自分を打ちのめした人間を自我を残したまま屈服させたいだなんて君も物好きだねえ~」
「あいつらを他の腑抜けな歯車と一緒にするんじゃねえ!」
「所詮歯車さ…少なくとも『シャッガイ』にとってはね」
 鋭いアシタカの視線をまったく無視しながらミロクは続ける。
「時は近い…『エレメンタルギア』の彼女たちをこんな風にしたくなかったら、洗脳は後回しにしてせめて捕獲を優先した方がいいんじゃない?」
 ミロクが現れた黒い闇の中からドサリと三人の少女が落ちてきた。
 皆一糸まとわぬ姿のままピクリとも動く気配はない、虚ろな瞳には生気の光すらも失われつつあるようだ。
「千莉ちゃんの捕獲に失敗して、美玖ちゃんは眠りについたまま…捕獲済みの『エレメンタルギア』は、一人が催眠化、もう一人は隔離中だね」
「わかってる」
 アシタカは投げやり答えた。その様子を見てミロクは不満げな表情をしていた。
「じゃあお浚い、君にあげた『エイボンの書』の触手でできる事は?」
「あ?…『催淫』『催眠』『支配』あとは薬物の『調合』だろ?」
「はい、よくできました。じゃあ『調合』以外のそれぞれの特性について説明してよ」
「面倒くさせえなぁ~、『催淫』は強力な媚薬による快楽支配の補助。『催眠』はそのまんま催眠術での支配、ただし『催眠』は初期では効果が薄くて断続的にかけることによって効果が上がっていく。んで、『支配』は相手の情報自体を書き換えて服属させる方法、これは強力な分、心を崩壊させる可能性があって自我を残す場合は使わないほうがいい…だろ?」
 心底面倒くさそうに説明を終えたアシカタはミロクを睨み付けた。
「ご苦労様、へぇ~案外覚えてるもんなんだ。さあ、復習できたところで残りの駒でどうするのかな?」
 うるせえなぁと返答してから、アシタカは思考を巡らせ奴隷の中から二人の人物を選び出した。
「へえ~二人か…まあ、あの状態でも魔導書の情報収集ぐらいなら問題ないはずだけど、いいの?こんなに早く実践投入しちゃって?特に一人は君の愛しの『エレメンタルギア』でしょ?美玖ちゃんの変化も見てないのに」
「こっちにも考えがあるんだよ!お前たちも催眠支配時の戦闘データがほしいんだろ?だったら四の五の言うなよ」
「ありゃりゃん。バレちった…ま、僕チンはいいんだけどね~『催眠』と『支配』それぞれで洗脳した奴隷か…精々お手並み拝見ってことで…」

―――――――――――――――

 ぷかぷかしたまどろみの中、ベッドの上で千莉は眼を覚ました。
(あれ?ここは?)
 ぼんやりとした意識の中、目を擦りながらどうにか千莉は体を起こした。
 それに気づいて近づいてきたアルビオーレが、千莉の寝ているベッドへ座り顔を向き合わせた。
「おはよう、どう?スッキリした?身体は大丈夫?服はちゃんと洗濯して着せておいたけど何か不具合ある?」
 アルビオーレの言葉を聞いた千莉は寝起きの霞がかった頭でしばらく考えるようにしていたが、少しして…。
「っ!!!!!」
 ボンッ!という何かが破裂したような音が鳴った。
「わ、わたわた!私っ!!」
 火の付いたように顔を真っ赤にして、うろたえる千莉。
「あ~やっぱりわかってなかった…ちょっと!どうするのよナイアル。もう契約しちゃったんでしょ?」
 厭きれるようなアルビオーレの声に呼ばれナイアルが部屋へ入ってきた。
「眼を覚ましたのか?っと…何だ、いったい何なんだこの状況は?」
 その時ナイアルの眼に飛び込んできたのは、頭に左手を当てて俯き溜め息を吐くアルビオーレと、まだまだうろたえる千莉の姿だった。
「ナイアル!どうするのよいったい!千莉ちゃんに責任取りなさい!」
 俯きから一転、突然眼を見開いたアルビオーレはそのままナイアルにつかみかかった。
「えっと…あの?アル、アルビオーレ…さん?」
 あまりの剣幕にナイアルは後ずさろうとするが、肩をがっちりと固定されていて身動きが取れない。
「私っ!…私っ!…あーーーー!!!」
「ほら!千莉ちゃん取り乱しすぎて今にも発狂しそうでしょ、早くどうにかしなさい!!」
「わ、わかったから手を、手を離せ!その蛙を睨み殺す蛇の眼をやめれ!」
「あんたがさせてんでしょ!」
 アルビオーレの眼がさらに鋭さを増し、手にさらなる力が入る。ナイアルの足が次第に床から離れると共にメキメキと骨が軋む音がした。
「ぜ、全面的に俺が悪いから…た、頼む手を放、放してくれ!」
「よろしい」
 アルビオーレの万力からどうにか開放されたナイアルはフラフラしながら千莉に歩み寄った。
「あーー!私は!?あう~!」
「千莉」
「へ?」
 名前を呼んだナイアルの顔が千莉に向き合う。
『落ち着け』
「あ…」
 ナイアルが言葉を発した途端、千莉の瞳が焦点を失い虚ろになり、ベッドから体を起こしたままの状態で固まった。
「よし、千莉落ち着くんだ…心を緩やかに…落ち着いて」
 ゆっくりとナイアルは千莉に言い聞かせていった。
『今のお前の精神は安定している…何が起こったか冷静に理解できる…そうだな千莉?』
「…は…い」
「よし…よ~し、良い子だ…」
 ナイアルが頭を撫でるとフッと千莉の瞳に光が戻った。
「……え、と」
「さすが、こと暗示にかけては反則的だね…さ、後は私の出番かな?」
 アルビオーレがベッドの上に立ち自信ありげに胸を張る。
「……わかった、説明は任せる、任せるさ」
「うんうん、このアルビオーレにおまかせだよ」
 そのまま部屋を出て行こうとしたナイアルだが、ドアの取っ手に手が触れた状態で止まった。
「あれ?どうしたの?」
「…なあ、このまま今回の俺の出番が終わりって事ないよな、それはないよな?」
「…………」
「なぜ、なぜ黙る!?」
「…ドンマイ」
「………………」
 アルビオーレの笑顔に見送られ、ナイアルが部屋を後にした。部屋には千莉とアルビオーレの二人だけになる。
「さてと、いっぱい質問ありそうだけど、まず何が聞きたいの?」
「えっと、助けていただきありがとうございました」
 千莉はその場で頭を下げた。その様子にアルビオーレは少し驚いたようだった。
「ああ、いいのよ。私たちが好きでやったんだから、それより質問はないの?」
 アルビオーレに促されて、ようやく千莉は最初の疑問を尋ねた。
「あなたたちは何者なんですか?」
 真剣な眼でアルビオーレを見つめる姿は先程の慌てぶりをまったく感じさせない…ナイアルの暗示により冷静さを完全に取り戻しているようだった。
「いきなり確信部分だけど…ごめん正直に自分たちでもよくわからないのよね」
「それはどういうことですか?」
「好き勝手に気に入った相手に助太刀する迷惑者というか、ただ何となく横槍入れるのが好きな厄介者というか…とにかくそんな感じなのよ」
「……はい?」
 当然のように訳のわからない顔をする千莉に対してアルビオーレは苦笑いを浮かべていた。
「私はナイアルに付いて来てるだけで目的があるわけじゃないし…ごめんね、ナイアルの考えることだから」
 乾いた笑いのアルビオーレに千莉は質問を続ける。
「その、ナイアルさん?でしたか…あの人はどういう人なんですか?」
「ナイアルね…」
 アルビオーレは少し考えるように腕を組んでいたがやがて…。
「ナイアルは神の…というか邪神の落とし子なのよ」
「へ??」
 千莉は狐につままれたような顔をした。
「うん、やっぱり信じないよね…」
 アルビオーレも千莉から眼をそらして気まずそうな表情をしている。
「外なる神々って言ってもわかるかな?本来は別の宇宙に存在する神々で、元来の神と呼ばれる存在の中でもとんでもない力を持っていてる神…言ってしまえば邪神なんだけど、その中にナイアルラトホテップってのがいたのよ」
「……………はあ」
「で、そのナイアルラトホテップが気まぐれで作り出した神と人のハーフが、ナイアルなのよ」
「え?神と人?それに気まぐれで…?」
「命を弄ぶ、人を破滅させる、宇宙を滅ぼす。それを気まぐれでやるのが神様なの」
 両手のひらを上に向けアルビオーレはため息をついた。
「ナイアルも始めはナイアルラトホテップを、真似て同じように行動してたらしいけど、半分は人なわけだから神様には成りきれなかったのよ…神から離れて単独で活動してたらしいわ」
「単独で…ですか?」
「そ、今度は神の欲じゃなくて人の欲を満たそうとしたんだって…でもすぐ飽きた…そして、アレに出会った…」
 アルビオーレの顔が険しくなったのを千莉は見逃さなかった。
「アレって…なんですか?」
「ナイアルはアイツって呼んでるけど、私は極闇(きょくあん)って呼んでる。『究極の闇をもたらす存在』省略して極闇。ナイアルを今のナイアルにした存在で、ナイアルが唯一憧れを抱く者よ」
 極闇の名前を出した瞬間アルビオーレの眼に憎しみとも殺意ともつかない感情が見え隠れしていた。
「あの?」
 千莉の戸惑いの声にアルビオーレは、ハッとして一度目を閉じた。
「ごめんね、私は極闇のことをそれほどよく思ってないから…」
 自重するような呟きの後、一度深呼吸して落ち着いたのか先程と同じ口調で話し始めた。
「極闇がナイアルラトホテップを倒してからよ、ナイアルが極闇の真似事を始めたのは」
「それが、さっき言っていた…」
「そ、自分勝手な人助け…もっとも私もそのおかげでここにいるんだけど」
 そういってアルビオーレは肩をすくめた。
「…失礼ですがえ~と、アルビオーレさんはナイアルさんと、その…どの様な関係なのですか?」
 先ほどの会話で聞こえた相手の名前をたどたどしくも千莉は口にした。
「う~ん、アルビオーレじゃなくてアルって呼んでくれたら教えてあげるけど」
 アルビオーレはニコニコしながら千莉の言葉を待っている。
 戸惑いながらも千莉は…。
「それじゃあ…アルさん」
「うん、それでOK。で、質問の答えだけど…主人と奴隷よ」
 笑顔のままでアルは語った。
「奴隷……ですか?でも…」
「奴隷といってもナイアルは普通の人間とは感覚が違うみたいで、制約もほとんど無いし、魔術を使えるくせによっぽどの事がない限り相手をコントロールしたりもしない。これって奴隷っていうのかしらね?」
「???」
 千莉の頭にクエスチョンマークが3つ浮かんだ。
「いやま、つまり…契約なんてのは形だけで後はお前たちの好きにしろっていう意味」
「????」
 千莉はますますわからないという顔をして困惑していた。
「ナイアル曰く『主従関係ってのは互いに認め合ってこそ成り立つ。俺は作り変えた感情や無理やり屈服させた感情なんかより生の感情が好み…そう!好みなんだ』って言ってたわね…変わってるわよね」
 アルが笑った、その表情はどこか暖かく包まれているような温もりがあった。
 千莉もその笑顔につられて微笑んだ。
「それじゃあ、そろそろこっちからも質問していい?」
「え?はい」
「千莉が戦ってた連中、いったい何者?というか千莉ちゃんは何者?」
「え?」
 キョトンとした表情のまま千莉が固まった。
「えへへ…ごめんね。勝手に乱入していながら実は私たち何にも事情知らないのよね」
 アハハとアルが乾いた笑いとともに眼を逸らした。千莉も一度咳払いをして話し始めた。
「えっと私たちは『エレメンタルギア』という異次元の敵『シャッガイ』と戦う正義の味方です」
 カチーンっと音が鳴りそうなぐらい瞬間的にアルがその場で硬直した。一時して、アルが笑い声をあげた。
「正義の味方…ね…ふふ」
「おかしいですか?」
 千莉の口調が少しきつめになる。
「笑うつもりはなかったんだけど、『正義の味方』ってつまりは誰かの『正義』の『味方』してるだけってことよね?なんかさ、他人の『正義』を背負うって楽で良いよねって」
「そんな言い方しないでください!私たちだって…」
「ごめんね。悪気はないんだけど…私はそういうのを何となく信用できないというか…好きじゃないのよね。こればっかりは私の性格だから」
「でも…私には…」
「うん、千莉ちゃんには千莉ちゃんの考えがあるんでしょ?だったら私は止めないけど…それで『エレメンタルギア』って具体的に何してたの?」
「あ、はい」
 気を取り直して千莉が話を続ける。
「『エレメンタルギア』は『シャッガイ』の組織『スナイプホール』『ダークゾーン』『クリムゾン』の三大勢力の内、主に『ダークゾーン』と日々戦ってきたチームです」
「ん?なに、その『スナイプホール』とか『ダークゾーン』とか『クリムゾン』って?敵は『シャッガイ』じゃないの?」
「向こうも、私たちと同じチームをいくつか組んでいるんです」
「あいや待った!なに?千莉ちゃんのチーム以外にも別なチームがあるの?」
 複雑な組織構成の意味のわからなさにアルが悲鳴を上げた。
「私たち『エレメンタルギア』の他に『フラッシュギア』と『アブゾーブギア』の3チームが存在すると聞いています」
「聞いてるって…千莉ちゃんもよく知らないの?」
「秘密組織だから情報をあまり流せないと、指令官を名乗る方が言ってました」
「そう…」
 アルは何か思うところがあるようで腕を組んでしばらく黙り込んでいた。
「アルさん?」
 しばらく考え込んでいたアルだが、やがて結論が出たようで口を開いた。
「つまり、『シャッガイ』って言うのが悪の親会社、『ダークゾーン』とか何とかが、悪の子会社って感じの認識で良いのかな?」
「そうですね、その方がわかりやすいかも知れないですね」
 今聞いた情報をアルは頭の中でしばらく整理して、一区切りがついたのかまた質問し始めた。
「まいっか…それで、あいつ…アシカタだっけ?なんであいつが『エイボンの書』、それも原書版を持ってるの?あれはもう存在してないはずの魔導書なのよ」
「アシタカは『ダークゾーン』に所属していた幹部の一人でした…私たちとの戦いで失敗が続き、一度は失脚したはずなのですが…」
「魔導書をもって再登場ってわけね」
 先を理解したのか、アルは満足げに頷いた。
「あの…そもそも魔導書って何ですか?」
「あれ?もしかして知らない?呪法兵装の剣使ってるからてっきり詳しいと思ってたんだけど?」
「呪法兵装ってこの剣とメモリーですか?」
 千莉は自分の持っている剣と時計についているメモリーをアルに見せた。
「うん、デジタル化されてるけど術式が刻まれてる、これで変身するってことは呪法兵装を装備してるってことなのよ。魔術で変身しているから『エイボンの書』にディスペルされちゃったのよね~」
 千莉は自分の変身が解かれた事と、その後の事を思い出したようで少し顔が赤くなった。
「えっと…その、魔導書っていうのはただの本ではないんですか?」
「魔導書って言うのは、外道の知識の集大成、世界を歪めるほどの力を持った書のことなの…まあ、普通に読んだところで支離滅裂だったり意味不明だったりするけど」
「でも、本なんですよね?」
「本っていっても、危険な智恵が隠されているものなのよ。魔導書を著者した人間のほとんどは発狂したり、行方不明になったりで穏やかな死を迎えた者なんていないのよ…たとえば」
 アルの手に一冊の魔導書『セラエノ断章』が現れた。
「この『セラエノ断章』を著者したラバン・シュリュズベリイ博士もこの本を著者した後に行方不明になってるのよ。他にも」
 もう一つ、アルの手に魔導書が現れた。
「この『石碑の人々』の著者ジャスティン・ジェフリー氏も17才の時、精神に異常をきたして病院に監禁、悲鳴を上げながら死に絶えたそうよ」
「そんな…ただの本なのに…」
 千莉の顔が恐怖に染まっていく。少し震えているようだ。
「私は持ってないけど、『ヴィクターメモ』っていう魔導書も、死体の蘇生方法やパラケルススの秘術なんかの使用方法も載っているけど、一部は単なる日記帳だったりするの」
「…………」
 千莉は何も言わずじっとアルの話に聴き入っていた。
「原書の『ヴィクターメモ』の後半部分は人血で書かれていたりするしね。力のある魔導書は閲覧するだけで騒霊が起きたり、魔導書事態に意思が芽生えたりすることもある…つまりそれだけ危険で狂った智恵の結晶ってこと」
「…………」
「恐らくあのアシタカという男は『エイボンの書』を手に入れて急浮上したんでしょうね…宿敵の娘たちをいとも簡単に堕落させちゃうんだから」
「美玖…」
 千莉の顔に暗い影がさす。
「お仲間のことは何とかできるかもしれない」
「本当ですか!?」
 一瞬にして笑顔になった千莉がアルに飛びつく。
「ちょっとまって、かもしれないだけで、確実じゃないんだからね!」
「そんな!なぜですか!?」
「暗示で従ってるのなら程度の違いはあってもディスペルできる、けど完全に堕とされてる場合…つまり本人の意思で従ってるってる場合はどうにもできないわ」
 もしくは、意識事態がすでに殺されている場合もねと、アルは付け足した。
「……そんな…」
 悲痛な面持ちになる千莉にアルは語りかける。
「世の理に絶対は無い…」
「え?」
 アルの言葉に千莉は顔を上げた。
「ただし…諦めてしまえばその絶対は変えようの無いものになっていしまう…そこで諦めてしまえば次の機会すら無にしてしまう…力を持つものならそれはなおの事」
「…………」
「これはある人物の台詞…そのとおりだと思わない?諦めは可能性を潰す、諦めなければきっとそのとおりにならなくても最悪の結果にはならないはずよ」
「…そうでしょうか?…いえ、そうですね。諦めたら駄目なんですよね」
 千莉は決意するかのように胸元で拳を握り締めた。
「ただし、無料で助けるのは前回で終わり、次回からは代償…払ってもらうわよ」
 人差し指を立てた状態でアルは千莉に向かってウインクをした。
「……はい」
「そんな顔しないの、お仕事の依頼ならともかく友人の頼みの一つや二つ聞いてあげるわよ」
「…友人?」
「そ、私と千莉ちゃん。もう友達でしょ?」
 千莉の眼が見開かれる、そしてしばらくして
「はい」
 笑顔で返事を返した。
「じゃ、改めて自己紹介ね。私はアルビオーレ、さっき言ったとおりアルって呼んでね。こんな名前だけど、この国の出身よ」
「神楽 千莉です。この街の学園に通ってます、これからよろしくお願いします」
 自然と二人は手を伸ばし握手をした。
「うん。よろしくね千莉ちゃん。ところで…ナイアルとの契約について説明してなかったと思うけど気にならないの?」
「あ……」
 アルの微笑が苦笑いに変わった。
「まあ、さっき言ったとおり千莉ちゃんを束縛する気はこっちには盲等ないから普段の生活に戻って良いよ」
「え?いいんですか?」
「契約したって言っても永遠の契約ってわけじゃないから、そうね…たぶん三ヶ月ぐらいで契約の解除できるはず」
「でも…あの」
 千莉は何かを言いたげにしているのをアルは察していた。
「もしかして、契約したからってナイアルに付いていこうとしてる?」
「あう…それは…」
「私としては、うれしいけどね。でも契約を理由にしてほしくないな、ナイアルに自分の意思でついていくなら私は歓迎するわ」
 アルは笑顔で千莉の頭を撫でた。
「アルさん…ナイアルさんのこと好きなんですね」
「えへへ…そうみえる?まあ、ナイアルのためなら私は何でもできるけど」
 誇らしそうに、はにかむ様に微笑むアルはとても輝いて見えた。
「ねえねえ千莉ちゃん普段の生活に戻るにあたってなんだけど」
「はい?」
「今日は平日でしょ?学校いかなくていいの?」
「へ?」
 部屋にある時計を見ると時計の針は7時15分を指していた。
「あの……すいませんここどこですか?」
「千莉ちゃんってわりとボケキャラなのね~」
 しみじみと思いアルは千莉に場所の説明をした。

―――――――――――――――

「おはようございます」
 アルさんに見送られ、いつものように教室に入って挨拶をすると何人かが「おはよう」と返事をしてくれる。
 いつもより遅い時間の登校だったので、教室にはほとんどの生徒がそろっていた。私は自分の席に着いてそのままうつ伏せになった。
(亜美と夕はまだ行方がわからないみたいだし…もし美玖と同じようになってたら…)
「ねえねえ、聞いた?例の事件また起きたんだって」
「あれでしょ、『人食い』でしょ?」
 クラスメイトが何か話している。考えがまとまらないまま、私はその話をぼんやりと聞いていた。
「何人も被害にあってるんでしょ?」
「今回で6人目だって…気味が悪いよね、目撃者もいないなんて…」
 どうやら、最近起きている人食い殺人事件の話のようだった。
 一ヶ月ほど前から起きている誰にも見つかることもなく、無差別に人を襲っていく連続殺人事件。遺体のほとんどの部分が失われている状態で発見され、身体には人の歯形の様な跡が残っている事から、『人食い』事件と呼ばれていた。
 この事件も『シャッガイ』が関係しているのかもしれない…。
「……千莉!?」
 不意に声がかけられた。声をかけた人物は私の姿に驚いているようすだった。
「あ、おはよう雫」
 桜庭 雫、小柄な身体で、大き目の帽子とそこからはみ出るツインテールが特徴の私と同じ『エレメンタルギア』のメンバーだ。
「昨日連絡できなくてごめんね。色々あって…」
「…いい、何となく想像はできる」
「雫?」
 雫は悲しそうな瞳で私を見つめていた。
「……私は…千莉を守れなかった……」
「え?雫?」
 わけがわからない、何でそんな眼で私を見るのか…。
「放課後…屋上で待ってる」
「雫!?」
 呼び止めても雫はそのままスタスタと自分の席へと行ってしまった。
「おらーホームルーム始めるぞーー」
 担任の教師が入ってきて、いつものように
 やる気のないホームルームを始めた。
 ………………………………………。
「はぁ…」
 ため息が出る。昨日からいろいろなことがありすぎた。
 昼休み。生徒の出入りの少ない空き教室で、私は昨日までの出来事をもう一度整理していた。
 美玖の裏切り。当然現れたナイアルさんとアルさん…そして…。
 昨夜の行為を思い出して熱が上がっていく…。
 ナイアルさん…優しかったな……。
 午前中の授業は全然頭に入らなかった。
「ふにゃ~」
「千莉ちゃん?どしたの?茹タコみたいに顔赤くしちゃって」
「えっとその……って!アルさん!?」
「こんにちは千莉ちゃん、悩み事てんこ盛りみたいだけど、どうしたの?」
「とゆうより、アルさんは何をしてるんですか?うちの制服着て…」
 そこには、にこやかに笑う、私と同じ制服を着たアルさんがいた。
「ちょっと用事があるのよ。それにしてもこの学園制服着てれば出入り自由ってセキリティー的に問題あるわよね」
 そう言ってアルさんはスカートの先を摘まんでくるっと一回転してみせた。
「千莉ちゃんもあまり悩んでないで、少しお気楽にいこうよ」
 そのままアルさんはどこかへと駆けていった。
「…もう少しお気楽に…」
 言われた言葉を何度も自分の中で繰り返す。
 トサッ
「ん?」
 何かが落ちる音がした。その方向に眼を向けると、そこに一冊の本が置かれていた。
「アルさんの落し物?」
 手にとって見るとかなり古い本だというのがわかった。
 表紙の文字は擦れていてはっきり読むことができなかった…それでもなぜか『魔女の槌』と書いてある気がした。
 ……この本からは何か得体の知れない力を感じる…これも魔導書なのだろうか?
 キーンコーンカーンコーン
 中を見ようとしたとき昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
「あ!」
 その時、考えているうちお昼を食べ忘れていることに気がついた、しかしもう食べている暇もない…。
「はあぁ」
 私の昼休みは終始ため息で終わった。

―――――――――――――――

 校舎の地下…一般生徒に知られていない教室がある。
 教室の扉の鍵穴に鍵を差込む…ガチャンと音をたて鍵が外れと、ギギギッと木が軋む音をたてながら、扉が自動的に開いていく。
「なんか無駄な設計よね…」
 悪態をつきながら中に入ると扉は自動的に閉じていく。
「ふむ、また来たのか?君は相変わらず物好きだなアルビオーレ」
 この男はいつもふざけた態度でしか接してこない…情報のためとはいえあまり頼りたくはないが…
「どうでもいいでしょ?それよりも今回はいったいどうなってるの?存在しないはずの魔導書、デジタル化された呪法兵装、それに街全体を覆っている気配」
「ふむ、その事か…あまり詳しくは言えないが、巨大な力を感じるのは確かだな」
 巨大な力…この男が巨大な力と言うほどの力…だとすると。
「まさか『旧支配者』クラスが?」
「可能性はある。それに呼応するかのようにこの街に魔導書が集まっている」
「魔導書が集まるって、大事じゃない!」
「これも、私が見つけておいた」
 男から投げられたひとつの巻物…その内容を見て私は愕然とした。
「この巻物…魔導書『ルルイエ異本』正確に和訳されている完全版…そんな、これも存在しないはず…」
「結果を焦らぬほうがいい…だが、もし君の想像どうりなら、彼が動くことになるだろうな」
 彼という言葉に私は無意識に反応してしまう。
「極闇…」
「君は彼の話になるといつもその顔をするな、その極闇という呼び名もわざわざ『究極の闇をもたらす存在』の通り名から取らなくてもいいだろうに、彼には『白き例外』や『闇の舞人』などの呼び名もあると言っているだろう?」
「放っておいて、あんたには関係ない」
「いつか、彼がナイアルくんを倒してしまうのではないか?と君は考えているな…彼の『神をも断つ剣』…いや彼は今は『全てを断つ剣』と呼んでいるが、あれは失われた『輝くトラペゾヘドロン』以上の力を持っているからな」
 その時私が思い浮かべたのは輝く8枚の漆黒の翼の戦士に断たれるナイアルの姿だった。
「そんなこと!絶対にさせない!ナイアルは私が命に代えても絶対守る!」
「ナイアルくんにも明かしていない君の持つ『冥界第6圏』の力でかな?」
「…………」
 そうだ…あの力があれば私はナイアルを守ることができる…極闇を倒す事だってできるはずだ。
「くれぐれも無理はしないことだ、その力は世界を道ずれにする力だ」
 そんなことはわかっている…だからこの力は極闇と対峙するその時まで封印してあるのだから。
「ある意味、君がいるから我々はこの世界にあまり干渉しないでいられるのかもしれないな」
「それは誉め言葉?それとも嫌味かしら?」
「こちらとしては、誉めているつもりだが…そうそう、彼の話といえばもう一つ…彼は『ツァトゥグァ』を滅ぼしたぞ」
「なっ!」
 『ナイアルラトホテップ』に続き旧支配者『ツァトゥグァ』を滅ぼした?極闇は確実に神を滅ぼしていくつもりのようだ。
「倒せたのは…正確には発見できたのは偶然だったがね。まさか星に擬態して迫ってくる何て思わないだろう?」
 もう、どうでもいい話だった…すでに私の頭の中は極闇への憎悪でいっぱいになっている。
「ふっ、やはり君は面白いな…いまだ真実に気づかずにいるが、さすが『冥界第6圏』と言ったところか」
 だんだんと男の姿が薄れていく。
「あ!まだ話は」
「そんなことよりいいのかな?屋上が騒がしくなっているぞ」
 そう言って男は消えていった。屋上での騒ぎと聞いてすぐに思い浮かんだ顔があった。
「上って…まさか千莉ちゃん!?」
 私は急いで屋上へ向かって駆け出した。

―――――――――――――――

「雫…やめて!何でこんなことするの?」
「千莉…すまない…あの時私が一緒に行けば…」
 千莉の言葉を完全に無視して雫は不気味な形をした杖を握りなおした。
「焼結蒸着…コード:ロッド」
 杖にメモリーをセットし、天へ向けて掲げると雫の足元に複雑な文字で形成された魔法陣が浮き上がる。
「変身!?」
「千莉を助けられなかったのは私ので責任だ…ならば友として私が引導を渡す」
「雫!落ち着いて!話し合いましょう!」
 千莉が力いっぱい叫ぶが雫はまったく気にする様子がない。
「隠さなくてもいい、今の千莉には美玖と同じような魔の気配がある…『シャッガイ』の言いなりになる千莉を見るぐらいなら…」
「それは違う!私は…」
 そこで千莉はナイアルと契約していることを思い出した。
(もしかして、そのせいで勘違いされてるの?だったら)
「スタンディング!変身!」
 千莉は時計のメモリーを取り出した剣にセットした。
 二人の変身が同時に行われる。
 一つは蒼を基調とした魔導師の姿へ、もう一つは薄い紫を基調とした剣士の姿へ若干の違いはあれどそれぞれ変身を遂げた。
「千莉…今楽にする」
「…少し手荒になっちゃうけど…雫、許してね」
 二人がそれぞれの武器を構えあう。
「Blaze!!」
 雫が突き出した杖から猛火が放たれ千莉を襲う。
「いきなり!?」
 紙一重で猛火をかわし、千莉が距離をつめる。
 ガキンッ!と衝突音が鳴り杖と剣がぶつかり合い火花を散らす。
「Flame Jet!」
 雫が言霊を唱えると二人の足元から炎が噴出した。
「っく!」
 千莉は一度飛び退いて雫から距離を置く。
「雫…本気でいくからね」
「私は負けない…友のためにも負けるわけにはいかない」
「光よ…闇を斬り裂く力を我に与えよ…レーザーブレード展開!」
 千莉の剣が青い光に包まれる。
「Dark Ritualより満ちよ魔力…Cat Burglarより贄を捧げ膨れ上がれ闇の力よ…」
 雫の杖に黒く禍々しい力が集まる。
「雫!」
「千莉!」
「ストーーーーーープ!!」
 ぶつかり合おうとした二人がアルの叫びに静止した。
「そこまでよ!まったく何やってるのよ!」
 割り込んできたアルが仁王のような形相で二人の間に立った。
「アルさん…」
「…………」
「千莉ちゃん、今のまま全力でやったら二人はともかく校舎が持たないから」
「あ…」
 千莉が今まさに気づきましたという顔をした。
「そこの小さい娘も、千莉ちゃんを倒しても意味無いから」
「なっ!小さいとか言うな!」
 拳をぶるぶると震わせ今にもアルに飛び掛らんとする雫。
「だ~か~ら~ストップだって、私たちが戦ってもそこの見物人二人が喜ぶだけよ」
 アルが指を刺した方向にいつの間にか二つの影があった。
「夕…!?」
 影の一つは行方不明になっていた『エレメンタルギア』の一人、時雨 夕だった。
「へえ、あの娘が千莉ちゃんの仲間ってわけね…で、もう一人は?」
「土見 紫苑…『フラッシュギア』所属のコードはアックスサイサリス」
「あ~他のチームのってことね…ここにいるって事は、十中八九アシタカの命令ってところかしら?」
「「全てはアシタカ様のため」」
 二人は声を合わせて事務的に答えた。
「これは重症ね…一度捕獲しないとディスペルできそうにないわ」
「じゃあ逆に、そうすれば助けられるんですね?」
「千莉?」
 千莉の言葉に雫は眉をひそめた。
「ピンポーン!ということで、ちっちゃい君」
「雫だ…」
 怨めしい声で雫はそれだけ答えた。
「ん~じゃあ雫ちゃん、手伝ってね?」
「な!なぜ私が!?」
「あれ?お友達を助けたくないの?」
「いや…だがなぜお前に協力など」
「雫…お願い力を貸して」
「千莉…」
 雫は少し考えた後。
「千莉、一つ聞くが君はあいつらの仲間ではないのか?」
「違うよ、事情は後で説明するけど私は私のままよ」
「わかった…もう一度千莉を信じてみよう」
「ありがとう」
 千莉は雫に抱きついた。
「仲直りしたところ悪いけど、向こうはあまり待ってくれなさそうよ!」
 二人はすでに変身していて戦闘態勢万全といったところだ。斧を構えたサイサリスと爪を構えリシアンサスに変身した夕、二つの刃がギラリと鈍い輝きを放っていた。
「それじゃあ!私も変身してみようかな♪」
「「え!?」」
 千莉と雫が同時に驚きアルの方を見た。
「アルさん…変身できたんですか?」
「ん?だってあのスーツ可愛いんだもん、千莉ちゃんの剣の術式解読して急いで自分用に術式組んだんだよ」
「……ちょっと待て、術式を解読してそれを自分用に改変するなどありえんぞ」
 アルは舌を出していたずらっぽく微笑んだ後、天に向かって手を掲げる。
「我が手に…『断罪の石よ』」
 そのまま手にした半透明の石をいつの間にか装着していたベルトの真ん中へ埋め込んだ。
「ごほん、それじゃあいくよ!天空○者よ我に魔法の力を!魔法変身!マージマジ、マジ――」
「ストップ!!」
 千莉がアルを急いで止めに入った。
「どしたの千莉ちゃん?」
「その呪文は非常にまずいと思います」
「そう?千莉ちゃんたちもそれなりに危ないような気もするけど」
「そのまま使うのが問題なんです!」
「むしろツッコミを期待しているのではないか?」
 戦闘開始直前にまったくふさわしくない会話をする三人。だが、退治する二人はその光景をただ見ているだけで動こうとしない。
「むう…じゃあ別なのにするわよ」
 雫の刺すような視線にアルは一度肩を落として仕切りなおした。
「漆黒よ来たれ!深き奈落の底より暗黒よ来たれ!我が身、我が心を闇で覆い彼の者を穿つ力となれ!!」
 左腕を右斜め前へ伸ばし、続けて右腕を左斜めに伸ばし腕をクロスさせると、すかさず両腕とも斜めに振り下ろす。するとアルの術式が発動して『断罪の石』が光を放ち、黒を基調としたスーツがアルの身を包む。右腕には巨大なドリルが装着された。
「愛の翼に希望を乗せて!回せの巨大な回転衝角!漆黒の代行者アルビオーレ!ご期待どうりにただいま参上!」
 親指を立てた拳を突き出して、決めポーズをとるアル。
「………千莉…」
 雫が千莉に救いを求めるような目で見る。
「ごめん雫…私も説明できない…」
 ついていけないテンションに二人はがっくりとうな垂れた。
「ボケッとしてないで来たわよ!」
 アルが叫んだと同時にリシアンサスが爪を構え飛び込んでくる。
「回転衝角起動!遠心波動力場を発生させるロマンの力そんな爪じゃあ防ぎきれないわよ!」
 飛び込んでくるリシアンサスに向かってアルがドリルを繰り出す。
「っ!」
 アルのドリルはリシアンサスの爪が見事に弾くだけでなく、見えない衝撃波を発生させリシアンサスと、その後ろにいたサイサリスまでもそのまま吹き飛ばされた。
「すごい!」
 千莉は歓声を上げた。
「しかし、なぜドリルだ?」
「ノンノン、ドリルじゃなくてロ・マ・ンよ♪」
 当然とばかりにアルが即答した。
「いや、どう見てもドリルだろ?」
「一部の人々の間では、ドリルと書いてロマンと、ロマンと書いてドリルと読むのよ」
「あの、それ絶対に違うと思うんですが…」
「千莉ちゃんまで否定しないでよ!」
「千莉、言う時は言った方がいい」
「え?え?」
 千莉はどっちつかずに右へ左へ首をぶんぶん振り回していた。
「さて、次はっと…」
「遊んでる場合でもないか」
 慌てる千莉からアルと雫は眼を離し、対峙する二人へと向き合った。
「待て、様子がおかしい」
 サイサリスとリシアンサスが立ち上がった。その手には魔導書と思われる書が握られていた。
「『クタート・アクアディンゲン』!?…まったくあっちにはどれだけの魔導書があるの?」
 アルが呆れた声を出す。
「え?、でも二冊とも同じ本に見えますよ?」
「魔導書は一冊しか存在しないわけではないのだ、あの『クタート・アクアディンゲン』も現在三冊が存在するはずだ」
「フギュルルル!!」
 書を開き呪文を唱えたサイサリスとリシアンサスの影から二体づつ合計四体の異型の存在が這い出てくる。
 大きく飛び出た眼…長い顎…全体は色褪せたピンク、黄、緑の色が疎らになっていて、所々灰色のイボがついている。
「ヴーニスね…下級の独立種族だけど、水掻きのついた手の鉤爪と普通の刃物じゃ歯が立たない皮膚はちょっと厄介かな、それと、あのイボには毒が含まれてるから破裂させないようにしたほうがいいわ」
 眼球をギョロつかせヴーニスたちは千莉たちに狙いを定める。
「千莉ちゃん、下がってたほうがいいわよ。こいつらに千莉ちゃんの攻撃は効果ないから」
「そんな!私も戦います!」
「言うことを聞いた方がいい、魔導書なしにこいつらと戦うのは無謀だ」
「でも…」
 私は剣なのにという千莉の言葉は二人には届かなかった。
「そろそろ決着をつけなければならないな…『無名祭祀書』」
 雫の手に魔導書『無名祭祀書』が現れた。
「うわ!上級の魔導書だ!雫ちゃんそんなの持ってたんだ」
「…いちいち驚くな」
「うわ…冷たーい」
「知ったことではない」
 雫はアルから顔をそらしてヴーニスに杖を構えた。
「『無名祭祀書』へアクセス…我に抗う者を尽く粉砕する力を与えん…Might of Oaks!」
 雫の持つ杖が禍々しい光を放ち『無名祭祀書』をその中に取り込んだ。
「ふうん、呪法兵装の中に魔導書を取り込んで自分の魔力を飛躍的に強化するなんて考えてるわね…それとも、元からそういう風に出来てたのかしら?」
「いちいち勘繰るやつだな黙っていろ」
 杖を振り一体のヴーニスに叩きつける。グシャリと何かが潰れる音がして肉片が飛び散る。
「………………魔導書を取り込む…」
 今の光景を見て千莉は思考を巡らせていた。雫の杖は『無名祭祀書』を取り込んだ…ならば自分の剣はどうなのだろうかと。
「『魔女の槌』…」
 先程拾ったこの本が魔導書で、剣に魔導書を取り込む力があるのだとすれば…。
「千莉ちゃん!後ろ!」
 考えに耽っていた千莉の背後からヴーニスが襲いかかろうとしていた。
「考える前に実行!『魔女の槌』よ!」
 光の柱が千莉を中心として立った。
「我に友を救う力を!人を守る力を!敵を倒す力を!脅威に抗う力を!信念を貫く力を!我が剣である証としての力を!」
 詠唱に呼応して『魔女の槌』が剣に取り込まれた。
「千莉…」
「千莉ちゃんいつの間に魔導書を…」
 雫とアルが驚きの声を上げる。
「これで私も戦えます!」
「『魔女の槌』…魔術の脅威を説いた神学文書、中世の宗教裁判官に対する異端者の見分け方と拷問の方法に関するガイドブック…対魔術戦にはこれでもかってぐらい効果を発揮できる…今の千莉ちゃんにぴったりな魔導書ね」
 アルの説明を聞く前に千莉はすでに動いていた。
 地面を蹴りヴーニスの肩から斜めに剣を振るう。
「グシャァァァァァァ!!」
 斬られた箇所から緑色の血が吹き出る。
「うあぁぁぁぁ!!」
 千莉が叫ぶ。そのまま立て続けに横に、斜めに、縦に、一瞬の隙も与えず千莉は斬りつけ続け、やがてそこにはバラバラに斬り刻まれた肉片と緑色の血だまりが残るだけとなった。
「Flame Burst」
 雫の撃ち出した無数の炎が別のヴーニスを焼き尽くす。
「じゃ、私も魔導書出さないとね『セラエノ断章』」
 アルは『セラエノ断章』を出し、ドリルの一部をスライドさせ現れた窪みに差し込んだ。
 カシャンと音をたてスライドした部分が元に戻る。
「……ここで『なんとかVENT』って電子音鳴らしたらまた怒られるんだろうな…」
 ぼそりと呟いてアルがサイサリス目掛けて突貫する。
「そおらぁ!」
 回転するドリルをサイサリスの斧へ叩きつける。
「まだぁ!」
 叩きつけた反動を利用してそのまま蹴りを加える。
 グズリ
「!!」
 奇妙な感触にアルはサイサリスから飛び退いた。
(今の感触はまさか…?)
「魔導書…『セラエノ断章』『無名祭祀書』『魔女の槌』を確認…目的は達した」
 リシアンサスがサイサリスを支えるようにしてから、手を翳すとその背後に闇のゲートが現れた。
「待って!夕!」
 千莉がリシアンサスに向かって駆け出すが、残り二体のヴーニアが立ちふさがる。
「邪魔しないで!」
 レーザーブレード化した剣が振られ、ヴーニアの腕が斬り落とされた。緑色の体液が吹き出て辺りに飛び散る。
「夕!」
 千莉の叫びも虚しくリシアンサスとサイサリスは闇の中へと消えていった。
「ジグシャグァァァァ!」
 腕を切り落とされたヴーニアが千莉の背後から襲い掛かる。
「しまっ!」
「Incinerate!!」
 ヴーニアがその場で発火して、肉の焦げる臭いと灰を残して消え去った。
「雫…ありがとう」
「気にするな」
 千莉と雫が互いに笑みを浮かべた。
「いい雰囲気ね…ちょっと妬けちゃうかも」
「グアァァァキィィ!!」
「あ~!いい場面に水ささないでくれる?あい!あい!はすたあ!!」
 アルの造り出した風が吹き荒れて、最後のヴーニスを吹き飛ばした。
「天!」
 一気に詰め寄ったアルがヴーニスを蹴り上げ空中へ浮かせた。
「罰!」
 さらに地面から竜巻が発生して浮かせたヴーニスをさらに上へと飛ばす。
「天罰!天罰!天罰!天罰!天罰!天罰!天罰!天罰!!…」
 竜巻の中でさらに風の刃が舞いそれはさながらミキサーの様にヴーニスを切り裂いていく。
「必殺!ドリル・ライトニング・クラッシャー・エクスプロージョン!!」
 アルがドリルを突き出し竜巻に飛び込む穿つ、竜巻が弾け飛ぶと同時ににヴーニスは消滅していた。
「…無駄に派手でな攻撃だな」
「でもカッコいいかも」
 平穏を取り戻した空を見上げ、雫と千莉はそれぞれの感想を述べた。
「ドリル・ライトニング・クラッシャー・エクスプロージョン…略して!ドラク――」
「ストップです!」
 千莉が再びアルを止めた。
「その省略は危険です」
「むう…千莉ちゃん厳しいな~ところで雫ちゃん?」
「何だ?」
 戦闘の終わりを確認して、この場から去ろうとしていた雫はアルの言葉に振り向いた。
「ちょ~っと誤解があるみたいだから少し話し合いしない?」
「その誘いが罠でない証拠は?」
 眼を細めた雫の鋭い視線がアルを射貫く。
「千莉ちゃんの今の状況…聞きたくない?」
「む…………そうだな…情報交換をしなければなるまい」
 アルの提案に雫はしぶしぶに頷いた。
「よーし!そうと決まれば買出し行かなきゃ!お菓子買いに行こ!」
「え?」
「は?」
 アルの突拍子のない台詞に二人は唖然とした。
「女の子同士の話し合いには必需品でしょ?」
「あ、それには賛成です」
「千莉!」
「決~まり!じゃ、行こう!」
「…………いったいお前は何なのだ」
 雫の呟きは誰の耳にも届かなかった。

< 次回へ続く >

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