星辰の巫女たち 第7話

第7話

 プリムローズは邪教の神殿の祭壇の上に立っていた。その姿は、まるで生贄に捧げられる羊か、でなければ闇の儀式を執り行う巫女のように見えた。祭壇の前には大きな鏡。そこには怒りに染まった顔を戸惑わせるプリムローズの姿がそこにあった。
(まず服を脱いでもらおうか)
 
 なに……? いまタローマティはなんて言ったの? よく聞こえなかった。行動には細心の注意を払わないと、今のわたしはタローマティに操られている可能性があるから……。
 と、とりあえず、まず服を脱ぎましょう。
 彼女は背後に手を回すと、腰に巻かれている帯をスルスルと解いていく。
 だって……体を支配されている以上、知らないうちに服の中に何か入れられるかもしれないもの。危険だわ。
 彼女はそう言い聞かせて自分を納得させる。
 腰を覆っていた帯をすっかり解くと、それを丁寧に畳んで床に置く。袴が押さえを失い、前がひらりとはだける。白い巫女装束の間に、彼女の胸と股間を押さえる下着が見えた、そしてその中間の腹部と、太腿も。
 なに……どうしてわたし、こんなこと……? わたしが決めたことなのに、なんか……へん……。
(下着は外せ。巫女装束の袴は羽織ったままでいい)
 そうだわ。なにも全裸になる必要はないんだわ。下着や帯と違って袴はすぐ脱げるから、下着だけ脱げば問題ないはずね。
 こんな合理的に考えられる自分は、まだ操られる心配はないとプリムローズは少し安心する。
 プリムローズは背後に手を回し、ブラを外す。特別大きいわけでもないが、整ったお椀型の乳房とその頂点にある薄紅色の蕾が外気に晒される。そしてショーツの両端を結わえている紐をほどき、恥毛の覆われた秘部をあらわにする。

 清純さと神聖さの証である巫女装束の間から、乳房と恥毛がちらちらと見え隠れする。巫女装束の間から見える裸体は、全裸よりもさらに倒錯した雰囲気があった。祭壇の前の鏡に映るその淫縻な姿を、プリムローズは見た。
(クク……まだ成熟しきっていないが、上玉だな)
「……ッ!」
 親の仇に自分の柔肌を見られることに、彼女の全身がわなわなと震える。怒りと、押さえようのない羞恥が彼女の体を熱くさせる。プリムローズは拳を握りしめた。
 なんてことかしら……! 10年前お父さんにしか見られたことのない裸を、よりによってタローマティに見られるなんて。でも我慢しないと、わたしが自分の意思で服を脱いだんだもの……。

(さて、自慰をしてもらう)
「!」
 プリムローズは、その命令ははっきりと聞こえた。
「ふ、ふざけるのもたいがいにして!」
(アールマティに使える巫女ゆえ、経験はないだろうが、やり方は知っているだろう)
「そんな……」
 自慰って、そんな、まさか、自涜のこと?
 プリムローズは嫌悪感に吐き気を覚える。
 けがらわしい! わたしが、星の巫女であるわたしが、どうしてそんなことをしなくちゃいけないの! 馬鹿げてる! ああ、でも、この調子だとタローマティは想像もつかないようなもっといやらしいことをわたしに強制するかもしれない。もし唐突にそんなことをされたらショックが大きすぎる。そうなる前に、自らの意思で最低限の辱めに慣れておくべじゃないかしら? そ、そうよ。冷たい水に飛び込む前に、自分で体に水をかけて慣らしておくべきなのは子供でも知ってるわ。
 そうよ。タローマティに言われたからするんじゃないわ。自分で、辱めに耐える準備をするためにやるんだから。
 最初あれほど嫌だと思ったのに、彼女の中でそうしなければいけないという気持ちが高まっていき、行為を正当化させていった。
 光の神アールマティ……お許しください……。
 彼女は跪き、祈りを切る。

 さて、や……やらなきゃ……。けがらわしいけど……やらないと……でも、どうすれば……。
(手伝ってやる)
 彼女の体が自動的に動く。祈るために跪いた姿勢から、祭壇の上に手をつき、四つん這いになった。
「え……ちょ……ちょっと……」
 右手を股間に、左手を乳房にあてがう。支えを失った頭部は顎から床に落ちた。かわりに臀部を高く突き上げ、尺取虫のような体制になる。
 左手は乳房を強く掴み、捏ねるように揉みながら先端の乳首を親指でいじり始める。
 右手で恥毛に覆われた秘裂の上をまさぐり始める。
「き、きゃあああああああっ!」
 プリムローズは羞恥のため声を上げた。
 どうしてわたしは自涜をしようなんて思ったの? どうしてここから逃げようと思わなかったの? プリムローズは少し前の自分の決断を呪った。
 プリムローズの意思に反し、彼女の指は胸と秘部を熱心にいじり続ける。
 目の前の鏡には自分のあられもない姿がまざまざと映っている。これが人々に尊敬される巫女の姿だろうか? 偉大なステラ=マリと、高慢だが高貴な魂を持つリーゼロッテと肩を並べる星の巫女の姿だろうか?
 もしこの姿を誰かに見られたらと思うと、恥ずかしくて死にたくなる。
「うう……うぐっ……ぐすっ」
 プリムローズは嗚咽を噛み殺す。

 しかしそれでも、プリムローズの手は無情にも動き続けた。
 乳房を揉む手は時には乱暴に、時には優しく乳房を愛撫する。乳首のほうは、親指の頭で転がしたり、弾いたり、押しつぶしたりして、あらゆる角度からあらゆる刺激を与える。
 右手の方は、恥毛の中に隠れている閉じた割れ目をはっきり認知する。プリムローズはびくりと痙攣する。
 もし、ここに指を入れて、わたしが純潔を失ったら、わたしの中にいるタローマティにエネルギーを提供してしまう。タローマティの目的はそれ、わたしの処女の血。それだけは避けなければいけない。純潔だけは守る。
 なんとか、耐えなくちゃ……でも、耐えるってどうやるの?

 長い時間が流れた。
 プリムローズの自慰は続いていた。
 長い間弄られた乳首はひりひりと痛くなり、秘所は摩擦のためひりひりと腫れかかっている。
(やれやれ。快楽を知らんとは、ずいぶんと哀れな体だな)
「なめないでほしいわ……! 巫女はただの女とは違うのよ!」
 巫女は性の誘惑を跳ね返すべき訓練を受けている。
 肉体が内包している性という危うさのため、未熟な神官たちは肉の誘惑に負けて悪魔に身を売り渡してしまう。だが巫女たちは違う。彼女たちは最高級の光の術の修練でそれを克服した。彼女らは性欲を完全に追い払った。いわば、人間の肉体が持つ原罪を、魂の清らかさによって克服した存在なのだ。
 だから、こんなこといくら行っても、彼女が快楽に溺れることはありえない。それだけは確かだった。
 肉体的官能によるダメージは彼女にはない。だが、仇敵に体を乗っ取られ、娼婦のような行為をしているということは彼女の自尊心を大きく傷つけていた。
 くやしいっ……タローマティに……お父さんの仇にこんなところを見られるなんて……! でも、なんとかタローマティをわたしの体から追い出す方法を考えないと……追い出しさえすれば、実体をまだ持たない奴には太刀打ちできるはず! だから……奴がわたしの体を操っていると思っているうちに、なんとか対策を考えないと。奴の暗示に従っている振りをして、これを続けないと……。
 彼女はそう考え、両手が乳房と秘所をまさぐる一方、ありとあらゆる術法を駆使し、光の力を最大限引き出し、体の中に入っている闇を追い出そうとした。
「お父さん……力を貸して……」
 そう祈るように呟いた。
「お父さん……わたしに力を」

 やがて、彼女が想像しなかったことが起こった。
 乳房や秘部の痛みがなくなっている。それと入れ替わりに、もどかしいような、むずむずするような感覚が大きくなってきた。痛くない、それどころかもっと強く触りたいくらいだ。
 彼女の人生の中で、味わったことのない奇妙な感覚だった。
「はあ……はぁ……えっ……はぁ……?」
 プリムローズの声から、熱を帯びた吐息が漏れはじめる。
 なに? この感覚?
 どうして鼓動が速いの?
 どうして体が熱いの……?
 どうして、こんなに、もどかしいの……?

 目の前の鏡の像が目に飛び込んでくる。鏡の中の彼女は、眉をひそめ頬を赤く染めている。羞恥や怒りのためではなく、もっと別の何かのために。
「まやかし、だわ……」
 これは鏡だ。術でニセモノの像を投影することくらいわけはないはずだ。自分がこんな顔をしているはずがない。こんな淫らな顔をしているはずがない。だって、
「だってわたしは、アールマティに純潔をささげた星の巫女、そしてお父さんの娘だもの……」

 ドクン

 今度は、否定のしようがなかった。
「ん……んはぁ!」
 胸が燃え上がるような感覚がプリムローズを打ちのめす。プリムローズはうずくまったまま全身前のめりになる。
「あふっ、あああ、くうう……んんん……」
 右の乳房を揉んでいる間、左の乳房が寂しがり、愛撫を乞うように疼く。陰唇には熱いようなくすぐったいような感覚が走り、それ以外の感覚をなくさせる。
 歯を食いしばって淫らな声を噛み殺そうとしたが、押さえきれない。快感を抑圧しようとすればするほど、そのぶん密度を増して彼女を苛む。
「あっ……きぅうああんああ!」
 右指が陰裂の縁を強く擦ったとたん、彼女の顔面が弾かれたように反り返る。
 気持ち良い。
 これは肉の喜びだと、そう理解した。
 女として生きることを捨ててきた彼女が、初めて感じる性の喜びだ。

「やぁぁ……」
 唾液にぬれた唇から、あられもない声が漏れる。
 この声をプリムローズは知識として知っている。
 女性が、「よく」なってしまったときにあげる声だ。
 まさか、自分の口からこんな声が出るなんて。
「ひっ!……あいっ!……いいいいいぃぃぃ!」
 錯覚であると信じたかった。
 その声が自分のものとは信じられなかった。
 乳首はもっともっと激しい愛撫を請うように勃起し、ぴたりと閉じていた下の唇は、徐々に花開き始めている。その割れ目からは、透明な蜜がつつと伝い、より奥への侵入者を受け入れる準備をしている。したたる愛液が潤滑油となり、手の動きがさらに激しく滑らかになり、感じる快感がさらに増す。

「な、なんなのっ?」
 プリムローズはあり得るはずのないことに焦りと戸惑いを見せる。
「何なの? これが、『感じる』ってことなの……?」
 目の前には鏡がある。プリムローズは自分の痴態を見まいとしたが、彼女の意思に反し、彼女の目ははっきりと開き、彼女に自分の姿を見せつけようとする。
 そこには神聖なる巫女の姿はいない。欲情に支配された牝がいるだけだった。
 これが……これがわたしなの?

 闇がプリムローズに鏡の前で自慰させた意図はこれだった。彼女は自分がどんなに乱れているか、どんな嬌態を演じているか、まざまざと見せ付けられるのだ。これは、まるで自分自身を視姦しているようなものだ。
 さらに、完全な裸ではなく、清純さの証である巫女装束をはだけた状態での自慰行為は、さらに隠靡さを演出していた。

 駄目……。危ない……。この快感に飲み込まれちゃう……。
(続けろ)
 でも、やめちゃだめ……こんなのに根を上げちゃだめ……。タローマティは、もっと恐ろしい陵辱の儀式を用意しているかもしれない。まだこの程度で済んでいるうちに、この肉欲を克服しないと。そうだわ……。負けちゃ駄目よ、わたし……。
 プリムローズはそう自分を勇気づけ、ためらうことなく局所への愛撫をより強くする。
「んんんっ!!」
 しかしその心得は、たちまち忘却の彼方にふき飛んでしまう。
 プリムローズは掌、指先、水かき、手を余すところなく使って、その手にぴったりフィットする乳房を体をくまなく愛撫する。乳首はまるでいじられやすいように上を向いて固くなっている。
 プリムローズの指は秘所を乱暴に激しく擦るかと思えば、ときにブルブルと振えて細やかな振動を与える。

 なんで……?
 なんで、わたし、こんなに的確なの?
 彼女はただ、自慰をしろと命令されただけだ。ただ機械的な動きをすれば十分だった。しかしプリムローズの手は乳房でも膣でも最大限に快感を引き出すように的確に動いている。無意識に、彼女の心の奥底は、拒みながらも快感を欲していたのだ。

 愛液のぬめりの音が次第に大きくなっていく。肉体全体が脈動しているように。彼女の体が何度も跳ねる。
 そのたび膣から愛液が溢れ出し、擦られ粘りを帯びたそれは、プリムローズのしなやかな指に、クモの糸が虫を捕えるように絡み付いていた。
 プリムローズは嫌悪感にめまいを覚えた。
 こんなネバネバした、こんな汚らわしいものがわたしの体から本当に出てきているの?
 激しい嫌悪を覚えながらも、彼女は自慰をやめることができない。強い義務感と、闇への反骨心ゆえに、彼女は自慰を続けた。
「くあぁぁぁっ! うあぁあぁ……あん!」
 深閑とした闇の神殿の中に、巫女の喘ぎが響き渡った。

(苦しそうだな)
 久しぶりに闇の声が彼女の頭の中で響く。
「はあ……はぁ…だ、誰が……」
(よもや否定しまい。これでもまだ何も感じてないと)
 そのとおりだった。
 全身に浮かぶ汗。振り乱された髪。だらしなく彷徨い出た舌。蕩けた目。
 もはや、誰の目から見ても、彼女は自慰に没頭している淫乱な娘のようにしか見えない。

(そんなに辛いなら、助け舟を出してやらんでもないぞ?)
 その悪魔の囁きに不穏なものを感じながらも、プリムローズはその言葉に耳を傾けずにはられなかった。
(我のしもべとして働くと誓うなら、今はこの程度で済ましてもいい)
 彼女の目がカッと見開かれる。
「馬鹿を言わないで! 誰があなたなんかに!」
 身を焼く激情が、性感を吹き飛ばす。
 ひたむきに父を想い続ける少女の、正義感と義務感に燃えた双眸が燦然と輝く。
「貴様なんかに! お父さんを殺した貴様なんかに誰が従うもんですか! わたしは、お父さんの仇を討つためここまで生きて――」

 ドクン。

 ドクン。

「えっ……? あっ、ひ、ひぃ!」
 今まで以上の快感の波が波濤のように彼女に襲い掛かる。
「はふぅぅ、はくっ、ひはぁ、あん、ひぅううっぅぅぅ!」
 今までの快感の波を、遥かに上回る快感の波涛が襲う。
「ああぅぅぁ、くぁ、ひぃいぃ……!」
 今さっき彼女の全身を支配した激情を、たちまち蝕んでしまう、獰猛な快感だった。
 その声に答えるように、指の動きもさらにボルテージを上げる。乳房と下の唇は待ってましたと言わんばかりに指に絡み付いてくる。
「ひ、ひぅ……はぁぁ……はふぅ……ひぃ……」
 なに……? あ……もう……どうなっちゃったの? わたしの体……?
 どんどん彼女の中で何かが高まっていく。まるで、どこからか快感の燃料を追加で注ぎ込まれているように。
 こんなこと考えられない。タローマティに何かされているんだわ。でもどういう経路で攻撃してくるの? どんな強力な術でも、秘術者に悟られずに術をかけるなんてできるの?
(術なら、あらかじめ仕掛けておいた)
 プリムローズの心を読んだのか、親切にも解説が入る。
(最初に、お前の心に、ある細工をしておいた)
「……さいしょ……?」
 いつのこと? ゴブリンの群れからコレットを救った時? それともコレットに口づけをされた時?
(わからんか? 最初だ)
「!」
 まさか。
(そう。お前の父を殺した後、森の中で幼いお前に会ったときだ。幼かったお前は知るまいが、我はあの時お前にある暗示を施した。我と再会したときにはじめて効果を開始するように仕掛けてな)
「いったい……どんな暗示を……」
(簡単なことだ。お前がある言葉、キーワードを口にするたびに、性感がそのたび高まる、とな)
 キーワード?
 まさか、
 まさか、そのキーワードとは。
「……お父さん?」
 その不快な確信は、すぐに裏付けられた。
『その言葉』を思い浮かべた瞬間、花芯がまるで油を注がれた火のように燃え上がった。

 ドクン。
「くふ! ひ、ひやぁああああぁいぃ!」

 彼女の全身が波打ち、身悶える。
 もう胸や秘部だけではない、稲妻のように快感が走り、足の指の先に至るまで行き渡る。汗が皮膚を伝うことさえ、髪がはだけた肩をくすぐることさえ、空気のかすかな流れさえ彼女に官能を催させた。
「ひぅぅうっ! ひっぅ……! くは……」 
 指が下の唇をなぞるたび、頭に金槌で釘を打ち込まれるかのような、暴力的な快感が何度も彼女を襲う。プリムローズはその金槌の音が聞こえる気がした。その耳障りな金属音が響くたび、彼女の脳に火花が散り、視界が極彩色に染まる。
「ひ、卑怯者……こんな、こんなっ……あっ」
 よりによって、よりによって、彼女の正義の心のよりどころである父を、自分を堕とすための餌として利用するなんて。
「はぅ……はぁ………は……ひいっぃぃぃ……」
 父と過ごした至福の日々、純真だった子供の頃の思い出と、女としての強烈な快感が同時に彼女の頭を過っていく。まるであの思い出を汚しているみたい。その背徳感に彼女は絶望を感じた。

 許せない。タローマティ。殺してやる。殺してやる……!
「こ ろ し て や る……!」
 プリムローズは精一杯の怒りの表情を作ろうとした。だがその目は熱く潤んでいる。固く食いしばったはずの唇は、口付けを求めるようにかすかに突き出されている。

 なんとか、体の中からあいつを追い出さないと、そして、父の仇を討たないと! その契機を待つため、いまは……忍ぶ時……。
 プリムローズはその希望を胸に抱きながら、粛々と自慰を続けた。
 とはいえ、その手管は時が経つほどに巧みになっていく。
「はぁ……はぁ……あんっ………くす……」
 プリムローズはまるで上等の弦楽器を奏でるように、巧みな手つきで秘部に指を踊らせる。
「ああっ、ぁっ、やっ、きゅう……」
 その音色は官能的で、妖しく、可愛らしくもあった。
 割れ目は今までよりもさらに開きかけている。油断すると指の一本や二本、容易く受け入れてしまいそうだ。
 これにはプリムローズは危機感を感じた。
 も、もう練習は終わり! 切り上げないと、大変なことになってしまう!
(やめるな)
 
 ああ。でも……もうすこしだけ……もうすこしだけ先に行かなくちゃ……。この快感に耐える術を身につけてから……。
 プリムローズは何度もそうやって自分を欺き続けていた。しかし彼女は気づいていなかった。
 快感に耐えることに集中するつもりが、いつの間にか快感を味わうことに集中し始めていることに。

「はぁ……はぁ……ううう……」
 彼女は結局、休まずに愛撫を続ける。
(では、そろそろ中に入れてみるか?)
「なっ……」
 彼女は愛液で湿っていた秘所が、指を受け入れるために開いているのを認知する。まずい。駄目。そんなことーー。
(さあ、指を入れろ)
 その声が頭に響いた時、彼女の心の中の配線がかちりと切り替わり、警戒心や嫌悪感がふっと消える。

 ここに……男性のものが入るんだったわね……。穴の周りを撫でるだけじゃなくて、この穴に指を入れたらきっともっとおぞましい気持ちになるに違いないわ。タローマティに無理矢理そんなことをされたら、きっとわたしは気が変になってしまう。だから、今のうちに自分で慣らしておかないと……。おぞましい……考えるだけでも嫌で吐き気がする。でも、やらないと……タローマティに屈しないために……。
 さっきまで筋をなぞるだけだった指を、だんだんと奥にうずめていく。
「い……いひゃああぅぅぅぅぅ!」
 外気に触れた場所とは違う。肉体の奥、男性の生殖器を受け入れるためのその臓器の直接の愛撫は、表皮とはまったく違った。
 まるで神経がむき出しになっているような恐ろしい快感が電気のように走る。
 彼女の全身が、がくがくと震える、華奢な肩が痙攣を起こし、かろうじて羽織っていた巫女装束の袴が乱れる。
 彼女の上半身が反り返り、桃色の髪が振り乱れる。
「きゃぁぁぁぁ! きゃふぅうぅっ!」
 狭い膣口の中を人指し指が何度も抜き差しする、その度、彼女の大事なものが抜き取られていく気がしたが、それを考える余裕はなかった。
 彼女の指は処女膜の寸前と入り口の間を何度も何度も往復した。
 膣を抜き差ししていた人差し指が、きつい締め付けにあう。彼女の膣は疑似男根を逃すまいと蠢き始めていた。
「ひぐぅぅ! あぅぅ…… あ、あ、あう……!」
 彼女は無意識に体全体を動かし、少しでもそれを深く飲み込もうとする。すべやかな肌にまんべんなく汗がにじみ、女の匂いを発している。桃色の髪は汗を吸い背中や肩に引っ付いている。その幼さあどけなさを象徴していたような桃色は、いまは淫縻さの象徴のように見えた。

(さて、もう一押しするかな)
「ひ、くひい……」
(プリムローズ、見ろ)
「え……? !」
 プリムローズは目を疑った。
 目の前の鏡の中に、懐かしい姿があった。
「お、お父さん! ……どうして……! ひぐっ! あっ」

 どくん。

 プリムローズは反射的にその言葉を口にしてしまい、激しく快感にのたうつ。

 父はプリムローズの後ろに立っていた。鏡越しではなく、振り返って確認したいが、今の彼女にその体の自由はない。
 お父さん……? な、なんでこんなところにいるの?
 言うまでもなくそれは鏡の中に作り出された偽りの像だった。しかし今のプリムローズにそれを判断する冷静さはない。プリムローズは初めて経験する性感の高まりと羞恥のため冷静な判断力を失っていた。
 ずっと、一番会いたい人のはずだったのに、いまに限って、一番会いたくない人だった。
 父は、悲しそうな瞳でプリムローズを見ている。自分を殺した魔物の前で醜態をさらしている娘を見ている。
 かつて、幼いプリムローズを見守ってくれた澄んだ瞳は、いま淫らに這い回っているプリムローズを見下ろしていた。
「や、やめてぇ……お、お父さん……見ないでぇぇぇぇぇぇぇ! お、おとうさん…………!」
 どくん。
 どくん。
「き、きはああああぃぃいぁぁぁ! いやあああ!」
 それでも父は目を逸らさない。蔑むような目つきで、瞬きすらせずにプリムローズを見下ろしていた。
 プリムローズはその目が何よりも堪え難かった。
 やめなきゃ、こんなことすぐにやめなきゃ! お父さんにこんないやらしい姿を見られたら、わたし、死んじゃう!
(プリムローズ、お前が一人前の女になったところを父に見せてやれ)

 やめちゃだめ! ああ、やめられない、やめられないもものぉぉ!
 プリムローズの心と裏腹に、体を弄る彼女の手はいっそう激しさを増す。
 彼女の腰は痙攣し、蜜がとめどなく流れる。充血した双丘はその存在を父に見せつけるように、腰の動きに合わせてゆさゆさ揺れた。

 それからも、彼女の地獄は続いた。
 キーワードによって開発された性感はすでに常人が普通感じるレベルの快感を超えていた。さらに父に見られるという背徳感が、彼女の快感にさらに油を注いだ。

 しかし、どういうわけか、それほどの強烈な快楽の火に身を焼かれながらも、彼女は一度たりとも絶頂に達することができなかった。
 まるで無限に上っていく快楽の階段。頂点の手前まできたと思ったら、気がつくとさらに上に段ができている。どんなに快楽が高まっても、頂点の喜びを味わうことはできない。
 流れ出した愛液はすでに大きな水溜りを作っている。床に這いつくばる彼女の四肢をぬるりと濡らしていた。はだけた巫女装束がその水を吸って黄ばんだ色に湿っている。きつく擦られ続ける陰裂は、赤く腫れて今にも血が出そうだった。それなのに快感だけが無限に増していく。絶頂という極点を迎えてこの快楽地獄から解放されることも許されなかった。

 長い時間が流れていた。
 その時間のどの一瞬を微分しても最高の快楽しか出てこない。
 プリムローズは崩壊寸前だった。自慰をやめることも、絶頂を迎えることも許されず、ただ快楽の海に溺れることを強いられた。それも、敬愛してやまない父の前でそれを強いられたのだ。彼女が修行を積んだ巫女でなければ、とうに精神を壊されていた。
「はぁ……はぁ……ひぃ……」
 もう手の動きが弱々しくなっている。快楽を抑えるすべを身につけたためではない。間断なく乳房と膣をいじり続けた彼女の両腕はすでに疲労が極限まで溜まっていたのだ。
 彼女の心に闇が語りかける。
(なんというザマだ。親の仇に捕まり、逃げることもせずにひたすら自慰に没頭するとはな)
「ぐ……」
(星辰の巫女さまとやらは、どうやらよほど淫乱のようだな)
「ち。ちがう……。お前がっ、お前がっ……」
(言え。自分は淫乱だと)

 ほ、ほんとうにそう? ほんとうにタローマティだけのせいだろうか?
 プリムローズは自問する。
 いかに術の支配下にあったとはいえ、あの快感は紛れもなくわたしの中に最初から眠っていたものではないだろうか?
 わたしの中に、いやらしい穢れがあって、そこをタローマティに漬け込まれたのではないだろうか?
 そう……そうだわ。わたし……だってわたしは、あの言葉が快楽を増すと教えられてからも、あの言葉を繰り返したじゃない。わたしは……。
 まじめ一途な彼女は、思いつめたらもう自責の念から抜け出せなかった。
 認めなきゃ……。ここまで身を落として、あげくの果てに嘘つきの罪を犯す気……? 認めなきゃ……。
「う……わたしは……」
(うん?)
「わたしは……プリムローズは淫乱です……」
 プリムローズの心が折れた。
 彼女の腫れた目元を、真新しい涙が伝う。
(自分の快楽のままに自慰に耽ったことを認めるんだな?)
 そう。そうだわ。操られている振りをするとか、快感に耐える練習だとか、そんなふうに言い訳をして、ただ自慰に没頭したかっただけなんだわ……。最低……。
「ええ……。わたしは……巫女でありながら、自分をうそぶいて、快楽をむさぼってしまった……うっ……」
 いったい、なぜこうなってしまったのだろう? タローマティに抵抗しようという一心の元に行動したのに。
 父を裏切り、仲間を裏切り、自分を汚してしまった彼女は、完膚なきまでに打ちひしがれていた。
(ほかの2人の巫女もそんなに淫乱なのか?」
「ちがうっ! ちがう…………っ!」
 プリムローズはぶんぶん首を振る。
(そうは言われてもな。巫女の一角、星の巫女がこんな有様ではどう信用しろというのだ?)
「淫乱なのは……わたしだけ……。プリムローズは……星辰の巫女の恥さらし、だから……」
「そうだ……。お前は巫女の恥さらしだ……。伝統ある巫女の歴史を、お前が汚した」
「う……」
(先代の巫女たちの魂も浮かばれないだろうな。市井の人間たちも、巫女がこんな売女同然の女だと知ったら誰もアールマティ聖教を信仰しなくなるだろう)
「や、やめて!」
 もうこれ以上責めないでほしい。取り返しのつかないことをしてしまったことは認める。責任をとる方法があるのなら教えてほしい。
(プリムローズ、ひとつだけけじめをつける方法はあるぞ)
「……?」
(淫乱なお前が責任を取ることができ、代々の星辰の巫女の名誉を守れる方法がある)
「ほ、ほんと?」
 プリムローズは顔を上げる。
(それは、お前が巫女をやめればいいのだ)
「巫女を……やめる?」
(そうだ。巫女の座を自ら退けば、巫女の名をこれ以上汚すことはない)
 でも……巫女を辞めるなんてどうすれば……。
(簡単だ。乙女でなくなればいい)
「え……」
(その指で、お前の処女を奪えばいい。そうすればお前は神に仕える乙女ではなくなる)
「いや……それだけはいや……」
(お前が未練がましく巫女の座に執着することを仲間たちは望むのか? 仮にここから無事に生還できたとしても、お前は何食わぬ顔でアールマティ大聖堂に戻る気か? こんなに淫乱な恥知らずの分際で)
 プリムローズの心は激しく揺さぶられる。誘惑に、漠然とした不安に。
 なにかおかしい。たしか、わたしが乙女でなくなったら、何か恐ろしいことが起こる気がした。でもそれがなんだったか思い出せない。思い出せないけど、たしか、絶対あってはならないことだった。だから、駄目、それだけは、それだけは絶対に駄目……!
(巫女をやめろ)

 ああ……そうだ……。
 プリムローズの心のタガがすうと外れる。
 わたしは、もうアールマティ大聖堂には戻れない。だから、巫女の座を退こう。そして、命を絶とう。
 それが自分でできる最善だと思った。
 プリムローズは悲痛な表情で、鏡越しに父の顔を見た。
「ごめんなさい……お姉さま……ロッテ……お……さん」

 プリムローズは残っていた最後の力を、自慰に注ぎ込む。再び彼女の中であの火のような感覚が蘇る。
「んぅ…………ふふぁ! あうっ、あああぁ!」
 彼女はまた溺死することを許さない海の中に溺れていった。

「んはぁ! くふっ! はぁぁあああん」
 プリムローズの動きが激しさを増す。処女膜を破ろうと体をいじらしく動かす。
 少しでも深く指を飲み込もうとに、何度も胸を反らし、股間をぐいぐい前へと突き出す。
「……ん…んんっ………ぁ…あふっ…ふぅ…ふぅ……」
 それでも、彼女の指は処女膜に届かないし、絶頂を迎えることもなかった。

(穴の開き方が足りないな)
 頭の中で闇が囁く。
「は、ふはぁ……?」
(まだ快楽の量が十分ではないのだ)
 そんな……。今だけでも気がどうにかなりそうなのに、もっとこの快楽を強くしろというの? そんなの、どうやってすれば……。
「キーワードの回数が足りないのだ」
 プリムローズはぴくりと震える。
(助け舟を出してやろうプリムローズ。キーワードだ。もっとキーワードを言え。そうすればお前の快感は高まり、より深くに指を受け入れられるようになるだろう。もっとも、これは命令ではない。お前自身の意思でどうするか決めるのだ)
「……」
 キーワードを言うということは、彼女にとって大事なあの名前を口にすることだ。
 しかし、もう彼女に逆らう意思は残っていなかった。

 宝石のように光り輝いていた気高い若い巫女の心は、ひび割れ、磨耗し、二度と元には戻らないほど傷つけられていた。
 彼女は鏡に映る父の悲しそうな目を見ながら、しかし、なんの逡巡もなく、その名を口にした。
「ごめんなさい……。お……お……と……う……さ……ん……」
 彼女はこのとき初めて、自分を勇気付けるためではなく、快感を貪るために、父の名を呼んだ。
 どくん、と彼女の胸が高鳴る。
 キーワードを口にしたために性感が高まったーーためだけではない。このとき彼女の中で決定的な何かが崩れたのだ。
「あ……あ………い……いふ……あ……」
 快感という麻薬に犯されたプリムローズは、蕩けた笑みを浮かべた。
「あ、あ、あ、ああ、…………おとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさん………いあぁぁぁぁ!」
 どくん!
 どくん!
 どくん!
 どくん!
 どくん!
 どくん!
 どくん!
 どくん!
 彼女の中で性感が爆発的に膨れ上がる。花芯が、乳首が、乳房が、耳が、脇が、足が、全身が性感帯になり、女であることの喜びに目覚めた少女を祝福する。
 強烈な快感が瞬く間に何倍にも増殖し、嫌悪感や羞恥を駆逐する。
 秘所を弄る指の動きがどんどん速くなっていく。愛液が滴り、びくびく震える内股を滴っていく。
 もうすぐだった。
 もうすぐ、巫女の最後の心と体の壁が破られようとしていた。
「あああああ、あお、おとうささあああああん!」
 そして、その時が来た。
 
 ぷつっ。
 膣口深くに潜り込んだ彼女の右の人指し指が、膣の奥にある薄い膜を、爪でほんの少し引き裂いた。
 痛みはなかった。それを遥かに超える快感が彼女の中に激流となって通って行ったのだ。
「ひ、ひゃあああああああああああああああぁぁぁぁ!」

 処女膜でさえ性感帯になった彼女が歓喜の悲鳴を上げるのと、彼女の体を支配していた闇が一気にその裂け目に雪崩れ込むのと、全く同時だった。

 闇は、さながら砂糖菓子に群がる蟻のように、そこから滲みだす血に群がり、それを一滴残らず吸い尽くしていく。それと循環交換するように、彼女の中に濃厚な闇の気を注ぎ込んでいく。処女膜の裂け目から彼女の子宮に流れ込む闇は、破瓜の血のご褒美として彼女に闇の快感を与えた。
「い、いやああああぁぁっぁっぁ!」
 彼女の魂の最奥部、強い光の魔力と精神力で今まで守り続けてきたその場所に、闇がずぶずぶと侵入していく。
 闇は、そこに自らの種子を植え付けた。
 「あ、あぁぁっぁ、おとうぅさあぁぁん!」 

 どくん。

 壮絶な絶頂とともに、彼女の体が、また弓なりに跳ね上がった。
 涙があふれ、視界がフラッシュする。口からは言葉にならない声が漏れる。今までで一番の快感が秘奥から彼女の脳を射抜いた。
 彼女の心と体を真っ白な炎が焼き、同時に漆黒の闇が染めていく。
「うわあああああああああああああああああああああ!」
 
 そのとき、プリムローズはありとあらゆる束縛から解き放たれた、父のことも、光の神のことも、頭から消し飛んだ。ただ、その快感をむさぼることしか意識になかった。
 今まで生きてきた巫女としての人生を、すべて快感という炎の燃料として、彼女はこの絶頂を味わい尽くした。

「ああ……」
 ほんのひと時の絶頂が去ると、彼女は涙とよだれを流しながら、床に頭を横たえた。
 何かを永遠に失ってしまったような喪失感が空っぽの心を襲った。
 しかし、それ以上思考するには、彼女はあまりにも疲れきっていた。
 極度の絶望と疲労のため、彼女はそのまま暗い闇の中に意識が沈んでいく。
 
 あふれていた蜜壷の奥からさらに愛液が湧き出し、彼女の内股を流れていった。
「おと……うさん」
 最後に彼女の口から漏れたその言葉がどのような意図で呟かれたのか、知る由はない。

(くくく……)
 彼女が意識を失ったあと、倒れ伏す彼女から黒い煙が湧き上がっていた。
(いいぞ……質も、量とも、地上に復活して以来、もっとも上等だ)
(ようやくこの時が来た……我が肉体を手に入れ、タローマティが復活するときが)

 それから、闇はその場を去った。
 あとには、邪神を崇める神殿の祭壇で、愛液の海に浸って眠る巫女だけが残された。

 彼女の中では、闇が残した種子が、やがて大輪の花を咲かせるべく発芽の時を心待ちにしていた。

< つづく >

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