星辰の巫女たち 第14話

第14話

 リーゼロッテの意識は夢の中をさまよっていた。

 彼女は力なくうなだれ、後輩プリムローズの膝の上に枕していた。奇妙な光景だった。かつては、彼女のほうが完全に立場が上でプリムローズを翻弄していたのに、今その上下関係が逆で、プリムローズに頼りきった子供のようだった。
「ロッテ……辛いでしょうね」
「ああ……」
 当然だった。タローマティの責め苦は一日も休むことなく彼女を苛み続けていたーーはずだったが、やや様相が変わってきたのだった。
 タローマティは訪れる時間を不規則にし、彼女の時間感覚を狂わせにかかった。運ばれてきた食事を口に運んでいるうちに再びやってくるときもあると思えば、飢えと渇きで参りそうになるまで訪れがないときもあった。食事の回数でかろうじて時間を計っていた彼女の体内時計は完全に狂い、いつもどんよりと曇った意識のまま過ごすようになった。起きているのか眠っているのかも曖昧だった。この世の地獄。リーゼロッテでなければとうに廃人になっていただろう。

「今日はどんなことをされたの?」
「……話したくない」
 リーゼロッテはそれきり口を噤んだ。
「そう……」
 ややあって、プリムローズは提案する。
「ねえロッテ。ロッテがあらかさまに『嫌だ』って顔してるからタローマティは嗜虐心を掻き立てられるんじゃないのかな?」
「?」
「たまには、すごく従順なところを見せたらどうかしら?」
「従順って……どうやるの?」
 強姦以外の性交を知らないリーゼロッテにはぴんと来ない。プリムローズは苦笑した。
「そうね、まずは致しちゃう前から。たとえばタローマティが入ってくるとき……こっちから挨拶のキスをするとか」
 リーゼロッテは一瞬の目を丸くした後、憤激した。
「気でもふれたのか!? なぜそんな娼婦のようなことをする! ましてや、あの仇敵に対して!」
「だから、もちろん演技だってば。反抗的な態度のロッテを見てタローマティは楽しんでいるんだから、その期待を裏切れば、タローマティは気勢が削がれると思うわ」
「馬鹿者! そんな都合よく行くと思うの!」
「信じて」
 信じて。
「……!」
 そのとき、リーゼロッテの目から理性の光が消える。
 その言葉が、彼女の耳を突き抜け、脳を揺さぶる。
 信じて。
 あらゆる観念の壁・激情。それらすべてをくぐり抜け、彼女の思考の枠組みがそれを最優先にして急速に組み替えられる。
 その急な動きにかき回され、彼女の心はわずかな目眩を感じたが、それでも彼女は、自分の心に何かが起こったか嗅ぎ取ることは到底できなかった。
「……そうだな」
 彼女はそう答えた。
 プリムローズの言うとおりだと思った。彼女の知恵を疑った自分にひどい罪悪感を覚えた。
 言われてみればもっともだ。奴はわたしが頑なにな顔をしているのを見て楽しんでいる。やってみる価値はある。ぐうの音も出ないほどの正論だ。さっき、なぜわたしはれほどプリムの言うことに反抗していたのだろう? 
「わかってくれたのねロッテ」
「ああ、ありがとうプリム」
 リーゼロッテはプリムローズの手をしっかりと握った。貴重な知恵を授けてくれる友人に感謝の念を覚えた。(といっても、これはわたしの夢の中なんだから実際はこのわたしの知恵なんだけどね!)
 プリムローズは彼女のその顔を見てにっこりと笑った。
「がんばってね、ロッテ」

 リーゼロッテは牢屋の中で蹲っていた。
 顔には生気はなく、身体は身じろぎひとつさえしなかった。その目にぎらぎらと炎が燃えていなければ、誰が見ても死体だと思っただろう。

 彼女は静かにタローマティの訪れを待ち構えていた。
 獲物を狩る豹の目が闇の中で光っている。

 やがて、扉がきしむ音とともに、タローマティの姿が見える。

 来た! 彼女がただでさえすり減っていた神経を酷使しても捕えたかった瞬間はこの時だ。
 機先を制しタローマティに襲い掛かってやるという、この時。
 今だ!

 リーゼロッテはタローマティに猛然と飛び掛った。
「! 月の……」
 タローマティは虚を付かれたようだった。
 千載一遇の好機! リーゼロッテは勝利を確信し、彼の懐に飛び込みーー。
 そして、彼の唇に口づけをした。
「んっ……」
 彼女は爪先をピンと伸ばしたまま、タローマティの首に両手を回し、唇に吸い付いく。
 なに……これ……?
 奇襲成功に勝ち誇ろうとした彼女の目が、不可解に蕩ける。
 でも……唇が離れない……ずっとこのまま味わっていたいような……。

 タローマティの舌は彼女の唇を押し広げ、そこに唾液を流れ込んでくる。その中に含 まれる、邪神の闇の気も。
 身体に侵入しする闇の気。そのおぞましい感覚に、彼女は身震いする。
 あ……いけない……。
 闇の気を体に入れてはいけない……。
 心が……闇に侵食される……。
 唾を飲んでは駄目……。
 飲んでは……。

『いいロッテ? 口付けっていうのは、相手の唾液を飲み干して受け入れてあげることが礼儀なのよ』
『そう……なの……?』
『口付けのときに相手の舌や唾液を拒むのは、人前でおしっこするくらい無作法なことだからね? 高貴なあなたはそんなことしないよね?』
『うん……』
『いい? 口付けのとき、与えられたものはみんな受け入れるのよ?』

 あ……。
 わたし、何を考えていたんだろう……。
 唾液は飲まないと……当たり前なのに……。
 いま、なぜ唾液を飲むことを嫌がったのだろう。とんでもなく下品な振る舞いをするところだった。
「んっ……こくん……こくん」
 彼女は積極的に唾液を飲み干していく。
 闇の気が、はじめて抵抗なく受け入れられ、彼女の体の中を我が物顔で征服していく。
 それは、光の神の祝福を受けた巫女の細胞ひとつひとつに進入し、黒い闇に塗りつぶしてく。

 彼女は抵抗しなかった。闇が体を蝕んでいくのを漠然と意識しながらも、口づけを維持するという義務を果たすのに夢中だった。

「んっ……」
 2人の身長差では立ったまま口付けをすることは厳しかった。リーゼロッテの延ばした爪先が痺れてきた頃、タローマティは彼女の身体を持ち上げてくれる。
「あ……んむっ……」
 下半身への負担が消えたので、彼女は有り難いとばかりに唇の感覚をむさぼることに集中する。粘膜同士をそっと擦り合わせたり、舌で歯茎を舐めてみたり。タローマティに抱かれたまま、彼女は口付けを続けた。
 
 その間、彼女の強い意志という門番をすり抜けて体内に入った闇の気は、悠然と彼女の身体を浸食していった。
 あ……。
 徐々に嫌悪感が消え、恍惚に変わっていく。おぞましく感じていた闇の気が、彼女の体に馴染んでいく。徐々に愛おしいものに変わっていく……。
 あ……いや……。嫌なのに……。なんだろう、この気持ちよさは……。ずっと味わっていたいような……。もっと欲しくなるような……。

 と、不意にその期待は破られる。
 タローマティが口を離したのだ。
「……ぁ」
 口が離れた後も、唾液の橋が2人が交わした唾液の量を物語っていた。
 ホッとしたような、名残惜しいような気持ちが彼女の胸をよぎる。

「今日は積極的だな、月の巫女」
「ばっ、馬鹿者!」
 リーゼロッテは顔を赤くしながら首を振る。
「挨拶は終わりよ! さあ、やることをさっさと済ませたらどう!」
 彼女自身気がついていなかったが、彼女の両腕はしっかりとタローマティにしがみついて離れなかった。

「そうそう、その前に今日は土産を持ってきたぞ」
 土産……?
 ようやくタローマティの身体から離れながら、彼女はその言葉に眉を顰めた。

 彼女の時間を限りなく均質で単調にするため、タローマティは牢屋の生活に変化をもたらすようなことはしない。その方針を破ってまでわたしに土産とは何?

 タローマティは布袋を床に置いた。リーゼロッテの体がまるまる入りそうな大型の布袋だ。
 タローマティはその口を結んでいる紐を解き、床に中身をぶちまけた。ボールのような物がいくつかリーゼロッテの足下に転がる。
「……っ!」
 彼女は言葉を失った。

 その中に入っていたのは、彼女の館の使用人たちだった。
 彼女らの頭部だけが切り取られ、乱雑に袋詰めにされていたのだ。

 「あ……あああああああああっ!」
 見たくないと思いながら、その無残な姿から目が離せなかった。
 彼らはみな、頭部を鋭利な何かで貫かれている。槍? サーベル? それとも……矢? 通常武器を超えた貫通力の、エネルギーの矢……。それで絶命してから首を切り落とされたようだ。
「あ……ああ……」
 彼女は震えながらそれらの顔をひとりづつ確認する。
 ……みんな……みんな……。
 生まれた時からリーゼロッテの世話を何十年もしてきたメイド、コック、乳母たち。彼女らの入れてくれた紅茶の味。焼いてくれたパイの味が彼女の乾いた喉に蘇る。
「! 爺や! 爺やまで……!」
「おい、そいつを殺したのはお前だろう」
 リーゼロッテは邪神の囁きなどに耳を貸さない。
 許せない……! よくも爺やたちを……!
 彼女は凄絶な形相で立ち上がり、獣声を上げてタローマティに飛び掛る。
「貴っ様ぁぁぁあああああ!」

 しかし、彼女の拳はタローマティに触れる寸前でぴたりと止まる。

『ロッテ、もうひとつ大事なこと』
『うん……?』
『タローマティに挑みかかろうなんて思わないでね』
『ああ……』
『タローマティはそれはそれは恐ろしい悪魔よ。たとえロッテに魔力が戻っても勝ち目はないくらい。奴がちょっと念じるだけであなたを殺せるわ』
『うん……』
『お願い。今はまだ大人しくしてね。もし、噛み付いたり引っ掻いたりしてタローマティの機嫌を損ねたら、ロッテは殺されちゃうかもしれないわ。その危険をしっかり認知してね……』
『うん……』
『その危険を忘れないように……タローマティに対する恐怖を、いつも心に抱いていて……』
『うん……』
『今までの人生で一番の恐怖の……その何倍もの恐怖……。タローマティに見つめられるだけで、怖くてしかたない。タローマティの機嫌が悪くなりそうなことは絶対できない、反抗することなんか考えられない……』
『うん……』
『そうよ……だから、ロッテはタローマティの言うことに従わざるをえない……どんなにいやなことでも。むしろ、従いたいと思うようになる……』

 リーゼロッテは振り上げた拳を慌てて制止した。
 わたし……なにをしようとしていたの?
 この男に楯突こうとしたの? 
 彼女の目の前に黒い紗が降りる。恐怖のあまり目眩がした。
 歯が震える。目がくらむ。全身が氷が中に閉じ込められたように寒くなる。膝がガクガクと崩れ、彼女はその場に尻餅をついた。

 そうだ……この男は……強い……。
 わたしが魔力を取り戻したとしても、勝てるかどうか……? いや、勝てるはずない! 
 わたしは何を見誤っていたの! こいつは……わたしよりはるかに強い……! 

 リーゼロッテは恐怖におののいた。今まで自分がしていたことが、途方もなく危険だったと思い出す。
 まして、魔力も使えない今この男に反抗しようなんて……そんなこと……できるはずがない! 今までなんと命知らずなことをしていたのだろう? 怒りで目が曇っていたのだろうか? それとも奴はわたしを下僕にしたがっているから命を取られることはないと高を括っていたのだろうか?

「どうした? 殴らないのか?」
「………」
 その場に尻をつきながら、タローマティを見上げる。

 怖い……? 恐怖を感じているの? このわたしが……?
 そんなこと……あるはずが……。
 しかし、彼女を襲っている原始的な感情は、もはや否定できないほど増殖していた。
 この男の前から逃げ出したい。消えてしまいたい。この邪神の視界に自分がいると思うだけでいても立ってもいられなかった。
「言っておくがこれはお前のせいだぞ。これはお前への見せしめのためだ。お前が素直に俺の物になっていれば、こいつらは死なずに済んだはずだ」
 リーゼロッテは小さな手が壊れそうなほど拳を握りしめる。どうして、こんなことを言われて黙ってる……?
 怒り。憎悪。憤怒。殺意。さまざまな激情が彼女の中に炎になって現れる。しかし、彼女はそれを行動に移せない。
 自分の振る舞い、自分の発言が、どんなにわずかでもタローマティを不快にさせる可能性があると思うと、もう何もできなかった。

「……殴らないのか。復讐の楽しみは後に取っておくということだな、さすがは月の巫女」
「……そうよ」
 そう虚勢を張りながら、リーゼロッテは密かに胸を撫で下ろす。
 よかった……。拳を振りかぶったが、奴の機嫌を損ねるまではいかなかったらしい。
 命拾いしたことを喜び安堵する彼女に、ついさっきまで抱いていた諸々の激情は完全に消えていた。

「さて。始めるか」
 タローマティは腰を下ろし、リーゼロッテの肩を掴んだ。
「……」
「おっと、月の巫女」
「…………あ」
 黙ってばかりではいけない。こんな態度は奴を苛立たせるだろう。それはまずい。
「な、なによ……」
 タローマティはリーゼロッテの服を眺めていた。彼女が囚人服として与えられているのは白いワンピースだ。
「たまには、お前が服を脱いでもらおうか?」
「なっ……!」
 彼女は顔を真っ赤にする。
 そんなこと! ーーああ、でも、従わないと! この男を怒らせたら、わたしはどうなるか? 
 具体的な想像よりも、自分の最強を信じて疑わなかった彼女は、彼女以上の力が自分に向けられるということそれ自体が、本能的な恐怖であった。
「さあ、服を脱げ」
「……う」
 タローマティが語調を強めた。邪神が自分のせいで気分を害したのだと思うとと、彼女はもう全身の震えを抑えきれなかった。
「……ひっ……ひ……」
 闇の熱気が彼女の体を灼くときの匂い。邪神の腕が彼女の心臓を握り潰すときの不気味な音。どれも、ありありと彼女の脳裏に浮かんだ。どれも、1秒後に自分の身に起こると思え。
「もう一度言うぞ。服を脱げ」
「ふ……」
 彼女は震える手でワンピースに手をかける……。彼女の体は、タローマティの命令に従うことを欲していた。見えない糸に引っ張られるように、服に伸びる。
「…………っ!」
 しかし、彼女の心はその糸を振り払った。
「……駄目だっ!」
 彼女は気高い声を振り絞る。
「たとえお前がどんなに強くても、お前の言いなりに体を開いていくものか! 恥を知れっ!」 
 彼女は以前と同じ闘志の炎を燃やしタローマティを睨み付けた。
 彼女は自分に向けられた強さより、自分の裡から沸きあがってくる強さを信じた。

「そうか。なら仕方ないな」
 タローマティはいつもどおり彼女の服を脱がしにかかる。
 ほ……。
 彼女は再びひそかに胸をなでおろす。
 よかった……。あんなこと言ってしまったけど、タローマティは機嫌を損わなかったみたい……。助かった……。
 しかし彼女は気づかなかった。このように安堵している時点で、さっきの彼女の強い意志は水疱のように萎んで消えていたのだった。

 第一、そんな些細な心情の変化を顧る余裕などなかった。
 その後、彼女にもっとも大きな変化が起こるのだから。

(んっ……)
 裸にされ、床に寝かされた。
 そして体を密着させながら、唇を塞がれ、身体を撫で回される。
(ぁん…… あ……な……なに?)

 不可解きわまる感覚が彼女を襲っていた。
 さっきの口付けとは違う。まるで全身の力が、口から吸い取られるような感覚であった。
 不快感しかなかったはずの身体への愛撫が、徐々に心地よい痺れに変わっていた。身体が溶けていくような感覚が彼女の体全体に広がっていく。
 な? なに? 
 タローマティを睨み付けるはずの目がとろんと蕩ける。自分の体の変化に戸惑いを隠せない。

(んっ……? な……ぁ……?)
 な、なんなの……これ……どうなってるの!?
 タローマティは彼女の首筋から鎖骨に舌を這わせた。
 (んっ!)
 彼女を襲ったのは嫌悪感でもくすぐったさでもない。全く未知の感覚だった。
 彼女は切なさに目を細める。喉の奥から湧き上がってきた甘い吐息を押し殺す。
 鼓動が高鳴る。怒りと屈辱の中に混ざって、確かに、今までにない未知の感覚が彼女に芽生え始めている。

『ねえロッテ……タローマティに犯されて、どんな気分?』
『言いたくもない……』
「教えてよ。あなたの苦しみ、わたしに分けてほしいわ」
『……人生最悪の時だった。目が眩み、吐き気がした。身が2つに張り裂けるようだった』
『そうよね。あなたがそう感じるのも無理はないわ。ーーでも、そう思うから余計に辛くなるのよ?』
『……?』
『発想を変えて。気持ちがいいと思ったら、楽になるんじゃない?』
『不潔なことを言うなプリム、おまえは、まがいなりにも巫女でしょ』
『だから、気持ちの持ちようだってば』
『わたしを見損なうなよ? 男に体を弄ばされてえへらへら喜ぶようなクズ女どもと一緒にするな!』
『ねえ、わたしの言うことをちゃんと聞いて?』
 聞いて。
 その言葉には、言い返すことのできない不思議な圧力があった。その言葉が頭の中でぐるぐる回る。
『ああ……聞く……』
『ね? だから、気持ちよくなってくれるわね?』
『ああ……』
 でも、どうやって? わたしは気持ちよくなる方法を知らない……。
『簡単よ。よく聞いてね? 怒ったり、屈辱だとか思うほど、ロッテは気持ちよくなる……。怒りや屈辱が大きければ大きいほど……その分だけもっともっと気持ちよくなるの』
『怒りと屈辱……』
 リーゼロッテはその言葉を復唱する。
『気持ちいい……』
 今彼女の中で、ふたつの言葉が密接に結びつけられていく。
『そう気持ちいいの……とっても。ほかのものがどうでもよくなるくらい……』
 リーゼロッテはどこかおかしいと思いながらも、その疑問は頭の中を反響するその声にかき消されていく。
『気持ちいい……の?』
『そう。だから、それを受け入れてしまえばずいぶん楽になるはずよ』
『そう……なの……?』
『痛いことなら耐えるのは辛いけど、気持ちいいことならいくらされても平気でしょ?』
 極めてもっともだ。気持ちいいことをされて心が参ってしまうなどあるはずがない。
『ロッテを苦しめようとしてやってることが逆効果だと知ったら、きっとタローマティは悔しがるわ』
『そう……だな』
 リーゼロッテは頷く。
 何かが彼女の耳の裏で必死に警鐘を鳴らしている。しかし彼女はその声を振り払う。
 プリムローズが教えてくれたことを疑わせるのは、わたしの弱さから来る猜疑心だ。彼女が間違っているはずない。仲間を信じられないなんて恥じるべきことだ。

 と、ぼんやりとしている彼女の頬に、プリムローズが口付けした。
『? なに?』
『ふふっ。ロッテが幸せになれるおまじない』
『あいからわず馬鹿。そんなもので幸せに慣れたら苦労はないわ』
 と言いながらもリーゼロッテはまんざらでもなさそうに笑っていた。
 プリムローズが口付けした右頬から、何かが彼女の中に染みわたっていく気がする。彼女はその感覚を愛おしいと思った。
 プリムローズは彼女の目を閉じさせた。
『ロッテ。幸せになってね……』

(なんなの……この感覚っ……う……)
 タローマティの手が彼女のうなじ、胸、脇、臍、それらに手を這わせるときに彼女に不可解な感覚が走る。
 彼女が全く知らない感覚だ。
 くすぐったいような、もっと欲しいような感覚。触られた部位だけではなく、周辺部にも余波が現れていく。
(う……あっ……)
 なんだか右頬の辺りから別の不快な感覚の波紋が広がっていく気がするが、今はそれどころではない。今問題なのは身体だ。これをなんとかしないと……。

 タローマティの指が乳首に触れた。今までよりさらに痛烈な感覚。リーゼロッテはきゅっと顔を歪める。
(っ………くふぅ……きゅ……きゃ……。 な、なんなの……?)
 彼女のピンク色の乳首を指で弾かれ、手の中で転がされ、小さな膨らみを揉まれるたび、彼女の鼓動は熱い旋律を刻む。

 身体が熱い……? どうなってるの? 
 「何をしたの!」とでも聞きたいところだが、それはできない。とくに行為の間は、タローマティを空気のように無視することに決めているのだ。

 タローマティはいつもより執拗に彼女の身体を撫でる。時間が経つほど、彼女の中でその感覚は強く育っていく。
 もうやめて……さっさと始めて、とっとと終わって……!
 その願いが通じたのか、タローマティの手が、ショーツの上から彼女の縦すじをすうっとなぞった。

「(っっっっ!)」
 そのとき、稲妻が脊髄を駆け上がった。視界にチカチカと火花が散り、閃光が体中を巡った。その光が触媒になるように、彼女の全身で未知の感覚がふつふつと目覚めていく。
「んっっ んんんっ! んぁ!」
 彼女はいやいやするように首を振り、大きく髪を振り乱し、体を駆け巡る嵐のような昂りに耐えた。
「(はぅ……はぁ……はぁ……)」
 ようやくその感覚が静まった頃には、すでに疲労のために彼女の全身は珠のような汗でしっとり濡れていた。
「どうした? 月の巫女」
「な……なんでも……ないわ……」
 熱に浮かされた目でタローマティの方に恨みがましい眼差しを向ける。その目は微かに涙でにじんでいた。

 タローマティは彼女のショーツを脱がし、銀色の茂みのなかの陰唇を指でかき回し始める。
 何度やられても慣れることのない、おぞましい、陵辱の前の儀式。彼女は幾度となくその儀式を歯を食いしばり拳を握りしめて耐えてきたものだ。

 しかし、今はすべてが違ってしまった。

「(はぁ……ぁ……あん……?)」
 タローマティの手が割れ目に侵入し彼女の敏感な部分を擦り、圧迫する。ショーツを撫でられる感覚とは比べ物にならない。そのたび、彼女はあられもない声をあげてしまいそうになる。
 駄目……! 声を出しては駄目……! な……なんなのこれは……!?
 以前はあんなにおぞましかった感覚が嘘のように消え、代わりに不思議な疼きが秘部からじわじわ上ってくる。
「(んむ……っ)」
 彼女は声を押し殺すのに精一杯だった。この感覚は、痛みよりもたちが悪い。沸騰して出た水蒸気が鍋の蓋を押し上げるように、何か大きなものが彼女の中から湧き上がってくる。それは出口を求めて、彼女の口を内側から圧迫する。
「(はぁ……はぁ……はあ……ふうっ……)」
 彼女は顔を歪め、シーツを両拳で握りしめ、必死にその圧力を封じ込める。だがその圧力は蓄積する一方で、彼女の小さな胸は今にも破裂しそうだった。
 駄目……。耐えろ……。怒れ、わたし! 怒るのよ! わたしが受けた屈辱を思い出せ! 爺やたちの仇を許すな! 奴にされたことを考えれば、これしきのこと屁でもなーー。
「(っ!? っっっっっ!)」
 そのとき、彼女が感じていた感覚が一段と跳ね上がった。
「!」
 あられもない声が舌先まで出かかり、彼女はシーツを握りしめていた両手で即座に自分の口を抑える。
 な……なんなの……?
 怒りと憎悪の炎はかき消され、懐かしい人々の姿がたちまち千切れ千切れになる。
 なんなの……? こんなにタローマティが憎いのにーーぅ、ああっ!
 彼女の胸を襲った切ない疼きに、今度は彼女は両乳房を押さえつける。

 タローマティは彼女のその様子を一瞥すると、にやりと笑い、彼女の割れ目の上の可愛らしい肉芽を指ではじいた。
 そのとき、今までで一番の感覚が彼女の意識を焼き切る。
「ぁ! ああっ!」

 リーゼロッテは仰向けに顔を反らせて、ついに声を上げてしまった。
 全身が反り返り、双丘の頂点にある乳首が天を向く。身体は波打ち、手足と腰がそれぞれ陸に上がった魚のようにばたばた跳ね回る。
 タローマティはその反応を楽しむように、肉芽を指で執拗にこねくり回す。
「あっ! あああっ! はぐうううっ!」
 彼女の口から堰を切ったように喘ぎが漏れる。
「ああああっ! うんっ! みゃ……」
「ああっっ! うぁ、いや、ぃやっ! い、ああああっ!」
「あ! ああっうぁ……あ……あ! ふぁあぁぁぁぁあっ!」
 彼女の嬌声が、長い間牢獄の中に響き渡った。

「はぁ……。はぁ……」
 わ……わたし……。
 リーゼロッテは愕然とする。
 今まで、どんな苦痛を、どんな屈辱を与えられても、泣き声ひとつ上げなかったのに。
 痛みでもない、苦しみでもない、こんなわけのわからない感覚に、どうしてわたしはこんな声を出してしまうのだろう?
 こんな……こんなはしたない声を。
「ようやく鳴くようになったか」
 タローマティが笑う。
「……?」
「女の喜びに目覚めた気分はどうだ?」
 女の喜び?
 まさか。
 これが、性欲?

「そんな馬鹿な……!」
 騙されるものか! このわたしに、性欲なんてあるはずがない! あんなもの、下等な人間が持つ下劣な感覚のはずだ。 わたしは由緒正しきエルフだ。このわたしに、そんなもの存在しない!
 彼女がそう言いたげな目で睨んでいると、タローマティは自分の右手を彼女の目の前に差し出した。
「こんな身体になってもか?」
「……!」
 さっきまで彼女の股間をまさぐっていたタローマティの手はぬらりと濡れていた。
 それを見た彼女の顔面から血の気が引く。
 失禁?  いやまさか。
 まさか、これが、愛液、というものなの?

「嬉しいぞ。月の巫女がようやく俺の誠意に応えてくれるようになって」
「ば、馬鹿を言うなっ!」
 しかし彼女はもう心から否定できない。
 秘部の潤いは、薄々彼女自身感じていた。そして、そこから広がった未知の感覚の甘美さ、強烈さ、熱さ。すべてをしかと感じてしまった。
 わたし……感じてしまったの……?
 それもよりによって……宿敵の手で……?
 タローマティに何か術を受けたのか? いやそれこそありえない。わたしがそんな術にかかるはずがない。つまり、これは……わたし自身が……感じてしまったということ……。
 彼女は視界が歪むのを感じた。信じられない事態だった。自分の高潔な魂のパートナーであるはずの彼女の身体が、闇の快楽に犯されて、タローマティに屈服してしまったのだ。
 彼女は呆然とタローマティの指先を濡らす液体を見ていた。

 と、タローマティはその愛液を舌で舐め取った。
「では、どんな具合かさっそく確かめてみようか」
「!」
 タローマティは彼女の足を押し広げ、その交差部に自分の怒張した一物をあてがう。
「や……やめて……」
 彼女は弱々しく抗議し、身をよじって抵抗する。
 しかし、タローマティの眼光に射すくめられると、恐怖のあまり抵抗しようなんて意思は掻き消えてしまう。
 リーゼリッテはこれから先に地獄が待ち構えていると知りながら、黙って肉棒を招き入れていった。

「ーーはぁっ!」
 艶かしい喘ぎが漏れる。
 タローマティの肉棒が半ばまで彼女の壷に入ったところだった。
 痛い。苦しい。身が張り裂けそう。
 だがその苦痛の中に、今までになかった感覚が混ざり始めている。快感。
「あ……あっ……はぁ……!」

 なんてこと……なんてこと……!
 自分の中に男の身体のもっとも獣的で醜いものが入っていて、膣壁を擦って快楽を得ている。それだけでも気が狂いそうなのに、まさか、この自分が、その醜い物に、同じく快感を感じてしまうなんて……!

 途方もない喪失感。処女を奪われた時にも匹敵する喪失感が彼女を襲った。
 しかし、今はそのときとは違う。その感覚に伴い、まったく別の、強烈な感覚が彼女を襲っているのだ。
 
 それは、リーゼロッテの生きてきた歳月の中、生まれて初めて経験する、官能という感覚。
 自分にこんな下劣な感覚が眠っていることなど、リーゼロッテは想像だにしたことがなかった。
 今まで彼女は、人間という種族が下半身でくっついたり離れたりしているのを、小馬鹿にしていた。性というものは、彼女が人間を加藤だと思う大きな根拠だった。
 なのに、この自分が、こんな下劣な感覚に悩まされることになろうとは……。

 許さない……! タローマティ……わたしを、こんなにして……!
 憎悪と怒りを湧き上がらせてこの感覚を駆逐しようとする。しかし、タローマティを憎めば憎むほど、彼女をかき乱す快感も強くなる。
「はぁあっ! はあああっ! タローマティィイッ……!」
「何だ? ずいぶん饒舌になったな」
「く……ぐぅうううっ!」
 啖呵の一つ満足に言うことができない。タローマティは悔しがる彼女をたっぷり観察し残酷に笑う。
「さあ、始めるか」
 タローマティの腰がグラインドを始める。

「あ、あぐうぅっ! はぁっ!」
「はふぅぅぅ、あひんっ、あん、ひぅううっ!」」
「あ、ああああああああああっ!」

 今までとは全く違う。抽送がなめらかで、より速く、より激しい。痛みはあるものの、徐々に快楽が強くなっていく。
 腰の動きに合わせて奏でられる楽器のように、彼女は喘ぎ声を上げる。
 
 強さ。高貴さ。彼女が大事に持っていたものが、この肉棒の動きに会わせて自分の中から掻き出されていくようだった。

 
「本当に感度が良くなったな月の巫女。同胞たちが見ているのに気づかないとは」
「? な!」
 いかなるわざか、袋に戻されたはずのエルフたちの生首が床に置かれており、リーゼロッテらの濡れ場を取り囲んでいた。彼らの目はすべて開かれ、すべてリーゼロッテの方を見ていた。
「ああ……あ……」
 わたしは……なんてことを……!
 あそこに! すぐそこに爺やたちの首があるのに! 彼らの目の前で、どうしてわたしは……!
「あっぅ!」
 タローマティの腰がおかまい無しに激しく動き、亀頭を奥へ奥へ押し込む。彼女の子宮に、その先端が当たる感触があった。
「ひっ! ひいっ!」
 駄目! こんな快楽に飲み込まれない! 爺やたちの仇に欲情するなんて! わたしは爺やたちの仇を討たないと! あの怨敵タローマティをーー。
「はっ! ひ、 ひゃあああああああああああああああっ」
 殺された家人たちのことを想い自分を鼓舞しようとするほど、彼女を苛む快感が強くなっていく。

「い、いやああああああああああああああああああっ!」

 彼女の絶叫と同時に、タローマティの白い精液が彼女の中に大量に注ぎ込まれた。
「ーーーーーーーーっ!」

 昨日まで、タローマティの射精はただおぞましいだけの行為だった。 だが今は違った。その熱い精液が彼女の子宮に注ぎ込まれる時、身体は歓喜の震えを起こした。
「は……ひゅう……」
 射精が終わると、彼女は蕩けた目で切なそうな喘ぎをひとつ漏らした。

「………………」
 股間から溢れ出る精液を拭おうともせず、彼女は倒れたままだった。
 わたし……どうしてしまったの……? こんな……こんなことって」
 数分前までリーゼロッテの中を満たしていた耐え難い怒りと痛みは、行為が終わると、あまりにもあっけなく、潮が引くように去っていった。何か大切なものを永遠に失ってしまった虚脱感と喪失感が彼女を打ちのめした。
「わたし……わたし……どうしてしまったの……?」

「では、明日のためにゆっくり身体を休めておけ」

 タローマティが去ってからも、彼女はずっとそのまま横たわっていた。
 すまん……爺や……みんな……。
 彼女は殺された同胞たちに、自分の情けなさに涙した。
 すまん……すまん……。

 彼女は生まれて初めて、泣くほどの謝罪をした。それは懺悔とも呼べる物だった。

 一晩が過ぎた。そろそろタローマティが訪れるころだった。

 リーゼロッテは今まで感じていた陵辱の屈辱と苦痛が、ほんの序章に過ぎないことを覚った。最も恐ろしかったのは、痛みではなく、快楽であったのだ。
 快楽。目も眩むような……。心が溶かされるような快楽。
 今日は、どうなのだろう?
 昨日のあれが、ただの気の迷いであってほしい。
 彼女は苦痛を期待した。喜びなど入る余地もない、地獄の責め苦のような苦しみを期待した。

 果たしてタローマティはやってきた。
「昨日はお楽しみだったな、月の巫女」
「馬鹿を言わないで……」
 彼女は背伸びをして挨拶のキスをする。
 このとき、彼女は慎重に動いた。タローマティが強く唇を押し付けてくる前に、素早く口を離したのである。触れる程度の口付け。これなら、おかしくなる心配はない。

「なんだ。味気ないな」
「………ふん」
「まあいい。始めようか月の巫女」

 タローマティはこの日は服を脱がさずにワンピース越しに彼女を愛撫しにかかった。
「(んっ……)」
 1日置けば、あの感覚が消えるのでは、という期待は甘い考えだった。それどころか、昨日よりさらに強くなっていることを知った。
「(はぁ……んっ……あ……)」
 彼女は快感に顔を歪めながら、緩やかな絶望に堕ちていく。

 そして、服の上からなら快楽が薄めるだろうと考えたのも大きな誤りだった。肩。胸。腹。たとえ布を隔てていても、昨日と同じ快感が彼女を襲った。すぐにショーツが湿り始めている。彼女がはっきり自覚できるほど彼女の花弁は熱く湿りショーツを濡らしてる。昨日より遥かに早い。
 やっぱり……! 昨日の快楽は……続いてる……! 
 それも、彼女の中でさらに育って。

 タローマティは彼女の身体をごろんと側面に転がし尻を撫でまわす。
 ショーツ越しに臀部から伝わる迂遠な快感さえ、彼女の秘部を開花させるに十分であった。彼女の女性自身は、目で確認する必要がないほどはっきりと充血し熱を帯び始めた。
「(はぁ……はぁ……)」
 彼女はしかし身じろぎ一つせず喘ぎ声を押し殺す。彼女が官能を感じていることを、タローマティに知られるまいとしていた。
「(はぁ……はぁ……)」

 と、彼女は乳首を何かが強く圧迫するのを感じた。タローマティに触られていない乳首。
 すぐに原因は知れた。布の擦れが彼女に刺激を与えているのだ。
 小さなふくらみの上にある乳首は充血し、愛撫を乞うように固くしこっていた。

 なに……これ……うっ!
 タローマティが彼女の身体を愛撫のため動かすたび、勃起した乳首と布が擦れる。
 乳房に集まる神経がまるで何倍にも増えたかのように、空気の流れにさえ敏感になっていた。

 乳首をつまみたい……乳房を思うままに愛撫したい、……不可抗力的にそんな欲求がふくれあがり、理性を暗澹とした色に塗りつぶしていく。 
(何? この異様な感じは? …………あっ!)
 再び乳首の先端が布地に触れ、背筋を戦慄が走り抜け、全身がピクッと震える。

 と、タローマティの手が両乳房に伸びた。その両手は乳首をつまみ、乳房を思うままに愛撫した。彼女の願いは叶えられた。
「(んぅあああっ……くううっ……)」
 彼女は必死で喘ぎを押し殺す。
 歯を食いしばり、肌に爪を立て、口から漏れる甘ったるい声を水際で防ぐ。

 …………。
 ぎりぎり、やりそごせただろうか?
 そう思ったときだった。
「声を出してもいいんだぞ? リーゼロッテ」
「!」
 すべてを見透かしたようにタローマティが囁く。
 タローマティはワンピースをはぎ取り、彼女の上に覆い被さると、幼い乳房に吸い付いた。
 快感を感じさせるためだけの甘く優しい愛撫に、リーゼロッテは声を上げてしまう。
「ひ、ひゃっ……」
 気持ちに一度ひびが入れば、あとは決壊するだけだった。
「ひゃっ……」
「ひゃああっ! はううううぁっ! はぁあっ!」
 舌先で乳首を転がし、薄紅色の乳輪をなぞり、口に含んで乳房を吸引してみせる。乳房への愛撫は彼女が期待した物より遥かに上の快感を与えた。
「あんっ! あんんんぅっ!」
 洪水のように快感が溢れ出す。声と相乗効果をなして快感の強さが増していった。
 なぜ……?
 なぜ、こんなに、気持ちいいの?
 憎いのに……こんなに悔しいのにっ!

「では今日も楽しもうか」 
 邪神はショーツを取り攫い、彼女の濡れた泉を外気に晒すと、そこに自分の肉棒を添える。

 あ……あんなのがわたしの中に入ってくるんだ……。
 彼女は直立する肉茎を盗み見てぞっとする。その先端から微かによだれが湧き出ている。
 そのよだれと呼応するように……彼女の口がいつの間にか唾液で満ちる。
 わたしの身体は……昨日よりももっと敏感になってる……。あんなのを受け入れたら、どうなるの……?

「う……ううっ!」
 彼女の肉壷は、何の抵抗もなくタローマティの肉茎を受け入れていった。今までにないほど滑らかな挿入だった。彼女の充血した媚肉と愛液という潤滑油が、肉棒の侵入を助けたのだ。

「んっ……あああ……?」
 肉茎が彼女の奥深くに潜るにしたがい、彼女は甘い声を漏らす。
「! ひゃぁ! ああああっ、あっ、あっ ! あああああああっ!」
 昨日とは違う。さらに強い感覚が彼女を支配していた。痛みが消え、代わりに昨日より遥かに上の快感が彼女の脳を揺さぶった。
 明らかに今までとは違う。行為が、ではなく、自分の体が。彼女が、昨日とは決定的に違ってしまったのだ。

 身体の内奥から噴き上げる官能の炎はまるで彼女を焼き付くさんばかりだった。
 どんなに顔を引き締めようとしても顔は虚空をさまよい、閉じ込められていた喘ぎ声がふわふわと口の中から出てくる。まるで自分の頭部が空気を閉じ込めた風船にでもなってしまったようだ。
「あ、あ、あぁっ、き、きさま、なんかに……あああ、はぁあん!」
 タローマティが動かなくても、膣の圧迫感だけで彼女は快感の海に溺れそうになる。

 リーゼロッテはタローマティに強い憎悪を募らせる。
 この……! このわたしに……なんていやらしい感覚を……! 許せない……許せない……許せない……!
 と、そのとき膣の圧迫感が強まる。
「い、いはぁあぁ?」
 彼女は驚きと快感で突拍子もない声を上げる。
 な、なぜ? 動いてないのに……急に……なにが……?

 彼女の膣が収縮し、肉棒をよりしっかりくわえ込もうとしたのだった。肉棒をより深く飲み込むために、肉棒を膣から逃がさないために、彼女の肉体はそう判断したのだ。
「では、ご招待をうけるとするか」
「や、やめっ……い、やああっ!」
 タローマティは腰を落とし、肉棒をより深くに沈めていった。
 膣壁が完全に亀頭をくわえ込み、歓喜の震えを起こす。
「ひゅうっ!」
 彼女は切ない喘ぎ声をあげる。

 いたたまれずに体勢をかえようとすると、その瞬間、恍惚感が花奥から脳髄までを、まるで杭を打ち付けたかのようにズンッと駆けあがった。
 剣の切っ先のように鋭利で、炎のように熱い。彼女の理性を焼ききるような感覚。
 「!!!」
 彼女の瞳が見開かれた。
「くぅ……っぅ! く……くは……あ……」
 だ……駄目……!
 まるで違う……! 昨日とまるで違う……!
 遥かに、快感が強い……!

「貴様なんかに……貴様なんかにっ!」
 彼女は心の中で憎しみの火を燃やす。すると、それに呼応するように、快感がさらに強くなる。
「んっんん!」
 ダメ………。
 怒れ! もっと怒るのよ! リーゼロッテ!
 爺やの仇を打たなければ! この邪神に無惨に殺された、わたしの大事な者たちのことを考えるのよ――。

『ねえロッテ』
『ん……』
『ロッテが気持ちよくなっている間、たまに別の人や物のことを考えたくなるかもしれないけどーー』
『ん……』
『そんなものただの雑念よ。むしろ、そんな人たちのことは、きれいさっぱり忘れちゃいましょうよ。むしろ、軽蔑すべきだわ。ロッテの気持ちよさを邪魔するのはロッテにとって悪いものに決まってるわ。」
『ああ……そうだ』
 気の持ちようのアドバイスまで丁寧にしてくれるなんて、わたしはなんていい後輩を持ったのだろう。
 彼女の幼さを残した顔立ちが、今ほど頼もしく見えたことはない。
『ありがとうプリム……お前はいつもわたしのことを考えてくれる』

 爺や……? メイドたち……? リーゼロッテは彼らへの愛着が急速に冷めていくのを感じた。

 爺や……つまらない知識を不要に溜め込むだけの頭でっかちな老いぼれ……。
 屋敷のメイドたち……物覚えの悪い下級エルフ。くちばしが黄色く、噂話するしか人生の楽しみがない馬鹿ども……。
 彼らの美点、楽しい思い出を思い出そうとしても、欠点と悪い思い出しか浮かんでこない。冷淡な軽蔑の対象になっていく。声や容姿を思い出せば、苛立ちさえ覚えるようになる。
 そうだわ……。あんなやつら……死んでしまっても別にかまいやしない……。死んで当然の奴らだわ。

 なぜあんなつまらない物たちのために怒っていたか思い出せなかった。
 彼女の大事に持っていた思い出、そのほとんどがこの間に想起され、1秒想起されるだけで、その思い出は擦り切れて意味をなさなくなった。
 荒々しいまぐわいの濁流に飲まれ、彼女の生きてきた歴史が流され、永遠に葬られていく。

 と、気がつくと、タローマティと繋がったまま、彼女の少女のような身体が空中に浮き上がっていた。
「え? ーーあっ」
 毛布の感覚が消え、床の感覚が消え、ふわりと無重力感を味わう。ただタローマティの肉棒だけが彼女を大地につなぎ止めていた。
「んはっ! くうっ! はぁあああっ!」
 彼女の全体中が結合部に預けられる。彼女の自重により、肉棒をより深く受け入れていく。
 もがけばもがこうとするほど、直立する肉棒は彼女の中をかき回す。
「下ろしてっ! 下ろしてっ! こんなっ! ああっ!」
  身じろぎひとつ、肉棒のほんのかすかな動きさえ、彼女の心を狂わせる炎だった。
「はぁ……はぁあっ………ひ……ひいっぃぃぃ……」

「どうだ? 女の喜びは?」
 喜び?
 これが喜びだというの? これが喜びだというのなら……わたしが今まで喜びだと思ってきた物は何なの? 
 今まで彼女は様々な喜びを知ってきた。剣の腕が成長した喜び。新しい術を覚えた喜び。仲間たちと語らう喜び。
 だがこの感覚は、そんな喜びとは比べ物にならないほど大きい。
 この感覚を受け入れてしまえば、これまでの彼女の人生、彼女の感情が、すべて否定されてしまいそうだった。

「ひゃっ……くひっ! んぁ……っ!」
 タローマティは彼女の身体を空中に抱きかかえたまま腰を動かし始める。 彼女の喘ぎ声が止まらなくなる。
 そのボルテージは次第に高まっていく。
「ひ、ひゃ……! んぁんッ、はくっ、ひはぁ、あん、ひぅううっ!」
 こんなに無理な体位なのに、痛みはなかった。水で割られていない酒を飲むように、純度100パーセントの快楽が彼女の小さな身体に注がれる。
「あ、あ、あぁあああああああっ!」

 抽送に合わせ、彼女の魂が大きく揺さぶられる。
「あふっ、ぁあ……んん! ぁん……」
 駄目っ……魂が……吸い出されて……いく……。
 聴覚が消え、視覚が消え、感情が消え、言葉が消え、やがて彼女のすべてが闇の快楽に支配される。
 駄目……っ!
 この先を知ってしまったら、今までのわたしが失われてしまう。
 駄目……っ!
 彼女は言葉ではなく本能でその危険を痛烈に感じ取った。
 駄目……! これ以上感じてしまったらーー。
 そのとき、空中の彼女の体内を肉棒が大きくえぐる。そのとき肉棒の先端が一瞬痙攣し、大量の白い精が放たれる。

「!!!」
 そのとき、彼女は快楽の頂点に達した。

 全身の筋肉が痙攣し、瞳孔は極大に開かれる。
 彼女の魂は、子宮を通じて肉体のくびきから引きずり出された。
 吸い出された魂は、子宮を埋めていた邪悪な肉棒の中に吸い込まれていった。
「い、いぁあああああああああああああああああああああああ」

 リーゼロッテは、自分の身体を外部から見ている気分だった。
 身体が三日月のように反り返り、膣の筋肉が痙攣し、大量の蜜が接合部から溢れ出ている。彼女は反り返った身体を波打たせ、快感を隅々にまで行き渡らせていた。

 数秒後、彼女は死体のように床にがくんと倒れた。
 怒りも、恐怖も、いまの彼女にはなかった。ただあるのは、真っ白な絶望だけだった。
 あらゆるしがらみから解放された、絶頂に押し上げられた瞬間だった。

 タローマティが残った精液を絞り出そうと、もう2、3度彼女を突く。その拍子に、彼女の魂は彼女の身体に舞い戻った。
「あ……」
 彼女は呆然と呟いた。
 やがて意識が鮮明になり、彼女は意識を取り戻す。
 しかしそれはもう以前の彼女ではない。闇の快楽を知り、闇の洗礼を受けた彼女だ。

「どうだ? 気分は?」
「ふぁ……?」
 彼女は蕩けた目でタローマティを見返す。
 頬を撫でると、甘ったるそうな声を出して応じた。
「んぅ……うん……」
 自らその手に顔を寄せ、頬を擦り付けるーー。

『忘れないで』

『どんな辱めを受けても、ロッテの誇りは消えないわ。あなたの誇りは、誰かから与えられるものじゃない』

『奪われても奪われても、あなたの中から、無限に湧いてくるものよ」

 ーーと思いきや、、リーゼロッテはその手に噛み付いたのだった。
 邪神に対する恐怖も、絶頂の後の喪失感も、すべてねじ伏せて、彼女は邪神に刃突き立てたのだ。
 負けるものか……!
 たとえどんなに変わっても、何もかも奪われても、どんなに身体を変えられても、わたしの誇りまでは奪えない! こんなものに負けるわたしじゃない……! わたしは、月の巫女リーゼロッテだ……!
 彼女の目から熱い涙がにじみ出ていた。 
 タローマティに見詰め替えされても、その双眸は敵意の眼差しを投げつけることをやめない。恐怖さえねじ伏せて、彼女は自分の誇りに殉じた。
 タローマティの手を噛み締めるその歯の力がが、彼女の鋼より強い意思を物語っていた。

「さすがだな月の巫女。俺の手に歯形を付けたのはお前が初めてだ」
 タローマティは苦笑した。
「……」
「そう怖い顔をするな。俺も性急すぎた。もう少しゆっくり開発するべきだった」
「うるさい……」
 リーゼロッテが暗鬱な怒りに濡れた目で見つめても、タローマティは不敵に笑うだけだった。

「では、またな。しっかり体を休めておけ」
 タローマティは立ち上がり、牢獄を去ろうとした。
「あ。ま、待って……!」
 気怠い身体に鞭打ち、彼女は上半身を起こす。
 タローマティの唇に吸い付いた。挨拶のキス・お別れのキスだった。

「んうっ……」
 性感が高揚しているときの口付けとはまた違う、絶頂の余韻を味わいながらのキスは、また一味違った切ない疼きを彼女の胸に与えた。

 なぜわたしはこんなことをしてるの……? 憎いはずの相手に……。
 今度は、タローマティは自分から唇を離そうとしなかった。
 リーゼロッテは靄が掛かったような思考のまま、ずっと唇に吸い付いていた。

 それからも、彼女の地獄は続いた。

 快楽の度合いは、収まるどころか日増しに強くなっていく。快楽に流され理性が飛んでいる時間が日に日に多くなっていく。彼女は恐怖にうち震えるのだった。

 またタローマティが来る。
 犯されてしまう。
 犯される。
 犯される。
 本来はおぞましい言葉のはずのそれは、彼女の胸に仄かな期待を起こしてしまう。
「ああ……あああ……」
 彼女は頭を抱え、床に倒れこんだ。
 リーゼロッテは心の純潔を蝕んでいくその感覚に激しい嫌悪を覚えた。
 女に……女に生まれたばっかりに……っ!
 彼女はだらしなく開いてしまう女性器を呪った。わずかに膨らんでいる乳房を呪った。

 彼女は、女に生まれたことを心から呪った。

 

 いったい、どれくらいの月日が流れただろう……。

 もうリーゼロッテはすべてのことに現実感がなかった。
 たった今食事をしたかどうかさえもあいまいだった。起床してからどれくらいの時間が経つのかわからなかった。今起きているのか眠っているのかもわからなかった。牢屋の中は、光も音もない闇だったからだ。 意識はいつも濁っていた。気怠い倦怠が絶え間なく彼女の上にのしかかり、思考も行動も、一呼吸送れているようだった。
 たったひとつ、意識がいやというほど鮮明になるときは、タローマティに体を弄ばれるときだけだった。そのときだけが、彼女の全身の神経が鋭敏になり、意識が鮮やかな快楽に彩られる。そんな時間だけが彼女のすべてとなった。それ以外には、一切が無意味。寝ているのか起きているのかもわからない霞がかった記憶しかなかった。

 もう……わたしは……だめかもしれない……。
 彼女はそう思う。いよいよ、陥落が現実味を帯びてきた。
 そう遠くない未来、あの邪神に心さえ狂わされ、奴の前に跪いてしまう日が来るのかもしれない。

 彼女が考えたのは、養い子ステラ=マリのことだった。
 たとえわたしが洗脳されても、あの子だけは傷つけるわけにはいかない。

 あいつは、このわたしが、赤ん坊の頃から育ててきたんだ。文字の読み方も、草花の名前も、みんなわたしが教えた。あいつが巫女になった時だって、装束の着付けをわたしが教えてやったのだ。
 どうにかしてこの危険をあの子に知らせたかった。自分を助けてくれなどと言うつもりはない、タローマティの目の届かない世界の果てに身を隠しなさいと言いたかった。
 あいつだけは、あの子だけは守らないと……!
 わたしの娘、わたしの最高傑作。
 わたしがあの子を守りにいかないと……! この責め苦に耐え抜いて、ここを脱出しないと……!

 彼女はその使命感を胸に、闇の中でもがき続けるのだった。

< つづく >

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