AA 第一話

 昔、交通事故があった。
 雨の日の夕暮れ時。山道でのありがちなスリップ事故。
 家族4人が崖下に転落し、両親と兄が死亡、弟が重傷を負う悲惨なものだった。
 生き残った少年は頭を強く打ち、意識不明。
 その後、数週間に渡って眠り続けた―――――。

第一話

 カーテンの隙間から朝の明るい光が差し込んでいる。
 長年の習性か、環境のせいか、朝5時には必ず目が覚めてしまう。
 この白んでくる空を見る時間が好きだった。
 今日は月曜―――まぁ帰宅部なので朝練はない。
 とりあえず起き上がり、顔を洗う事にした。

「おはよーございます」
「あら、おはよう瑛一ちゃん」
「叔母さん、いい加減ちゃん付けはやめて下さい」
 この家に居候という立場で住み始めてもう3年ほどになる。
 いまだに叔母は自分を子供扱いすするが、もうこのやりとりも慣れてしまった。
 テーブルの上は片付けられ、今はコーヒーの入ったカップしか載っていない。
 黒田家の朝は他の家庭と比べても早い。特に所属するものの無い瑛一以外は。
 瑛一がパンを焼く間、皿をガチャガチャと洗浄機に放り込んでいるのは叔母、黒田理恵。
 まぁ贔屓目とか差し引いて、35才・・・にはとても見えない。
 黒髪を束ねたうなじとか、何かこうグッとくる色香がある。
 この前それに見とれていたらおじさんに殺されそうになったけど。
「じゃあ早く食べて行きなさい。亜美は朝練でもう行ったわよ?」
「朝練ねぇ・・・がんばるなぁ」
「かなりやってるから体が心配よねぇ・・・あ、時間時間」
 従姉妹の亜美はバドミントンの練習だとかで、登校するのが早い。
 さらに放課後数時間は、全て練習になっているので帰宅は遅くなる。
 叔父は既に出社していて、理恵もすぐに出て行ってしまうので、結局家を出るのは瑛一が一番最後だ。

 パンをかじりながらテレビを見ると、ニュースでは凶悪事件やらスキャンダルやら。
 凶悪事件というのは、先日この市であった銃乱射事件。
 大学だか研究所だかの人間が銃撃され、死者は15人、重軽傷者も数十人になるらしい。
 なにぶんそれが昼間の犯行だった事から、学校では警戒が強まっている。
 昨日も対応を会議するとかなんとかで、午後は自習だったし。
 結局登下校は数人・部活も短縮、等のありきたりな策がとられた。
 亜美を含む一部の生徒からは「県大会目前のこの時期に部活ができないと困る」と反対されたが。
 小学生じゃないんだから集団で登下校はどうか、というのには誰も突っ込まなかった。
(まぁ銃相手なら何人いても変わらないと思うが・・・)

 食後の濃いコーヒーを飲みながら眠気を覚ましていると、ピンポーンと呼び鈴の音がした。
(こんな朝早くに誰だ・・・?)
 まだ半覚醒の頭で考えながら玄関に向かう。
 ドアから入ってこない所を見ると、どうやら幼馴染の吉野ではないらしい。
「はい。どちら様・・・?」
「あ、おはようございます」
 ドアの向こうに立っていたのは真っ黒なスーツを着た男だった。
 瞳も、髪も、眼鏡のフレームまで真っ黒。そのくせ肌は透き通るように白い。
 葬式帰りみたいな格好で、営業の人間ではないことは確かだ。
 笑顔の際にチラッと見える金歯が凄いいやらしい。
「私、ESP社の大門と申します」
 大門、と名乗るこの男はすっと名刺を出してみせる。
「今日伺わせていただいたのはですね、あるテストをしていただこうと思いまして」
「何かのモニターですか?いや、ウチはそういうのは結構なんで・・・」
「待ってください、朝田さん」
「・・・」
 その男は、瑛一の苗字を呼んだ。ぼやけていた頭が一気に醒める。
 ただ調査で調べてきた可能性もある。しかし、この男の声にはそれよりも確固とした響きがあった。
「朝田瑛一サン・・・知ってますか?世の中には、2種類の人間がいます」
「なんなんだ・・・?俺のこと知ってるようだが」
「まぁ聞いてくださいよ。2種類とは、何も知らない人間、知っている人間。」
「・・・?」
「今のままでは、あなたも所詮は歯車。他人に翻弄されるだけの人生を送るでしょうな」
「どういうことだ。今のまま・・・と言ったが」
「これからあなたにある物を預けます。これを使用すれば全てが変わるでしょう」
「・・・・まず聞きたい。こういう場合、何か代償がある場合とただ娯楽で預ける場合がある。お前はどっちだ?」
「・・・賢いですね。それとも本の読み過ぎか・・・。私は何も奪うつもりはありませんよ。これからも」
「娯楽・・・ということだな」
「少し違いますかね。さっきも言ったでしょう?テストだと。これから渡すものがどれほど強いか、大きいか。そういうテストです」
 どうやら本当の事を言っているようだ。眼鏡の奥の眼は先ほどのように笑ってはいない。
 それ故、瑛一は不安も覚えた。
「危険はあるのか?」
「まぁ危険だらけでしょうな。力を手にするわけですから。しかし、副作用といった意味ならばそれはありません」
「具体的に聞いてもいいか?何ができるようになるのかを」
「まぁ口で言うよりも実際にやってみましょうか」
 そういうと大門は右手を上げ、瑛一の額に当てる。
 その途端、瑛一の体が石になったかのように固まってしまう。
「・・・少し止まってて下さい。間違えると死にますよ」
 大門が何かブツブツと唱えだすにつれ、右手に光が収束していく。
「Grandie」
 大門が強くつぶやくと、光はふっと消え、代わりに体の自由が戻ってきた。
「はぁ・・・・はぁ・・・・」
「どうです?体の調子は。とは言っても、体に直接細工したわけではないのですが」
「・・・・何がどうなった?30文字以内で言」
「簡単に言えば、魔術的なデータを体にダウンロードしました」
「魔術・・・ダウンロードって・・・」
「まぁ形はどうあれ、魔術の本質は変わりません。特にこのデータは―――」
 大門の人差し指が瑛一の額を指す。
「――悪魔召喚とその使役・契約に関するものです」
「悪魔・・・?」
「その通り。召喚はその名の通り呼び出し。契約は、その後も召喚・使役状態を保つ事です」
「ちょっと待て、悪魔なんて聞いてない・・・」
「まぁあなた方の想像なら・・・契約後、魂をとられる・・・ですか?悪魔にも紳士なのはいますよ」
「おい、大多数はそうじゃないって事じゃ・・・」
「あ、時間ですね。じゃっ!!健闘を祈ります!!」
「なっ」
 気付いたら、もう既に大門は走り去っていた。
 短く感じていたが、時間は既に10時を過ぎていた。
(面倒だし休みだな・・・吉野は何をやってるんだ・・・)
 担任の追及はしつこいので、友人に連絡して連絡しておいてもらった。
 電話に出たそいつの話では、吉野も遅刻してきたらしい。
 とりあえず体調が優れない(大嘘)と伝えさせ、電話はそこで切った。

「さて、どうするか・・・」
 大門の話では、データをダウンロードしたらしいが、特に何も変わらない。
 説明書的な物もないので、自分で何とかするしかない状況だった。
(こういう時・・・頭の中で声がするとか・・・・)
『そうそう、声がしてさ』
(それで体乗っ取ったりとか・・・九尾・・・虚化・・・)
『それは漫画の読みすぎだな』
 声が聞こえるが、どうやらこいつが悪魔らしい。
(・・・幻聴じゃないっぽいが・・・誰だお前)
『まぁ想像通りだよ、朝田瑛一。ゼリオンという。悪魔だ』
(悪魔ねぇ・・・能力は?)
『俺は万物を操作する能力を・・・お前結構手馴れてるな』
(まぁその辺考慮して選ばれたんだろ。力手にして使わなきゃ男じゃねぇ)
『で?お前は何をするつもりなんだ?』
(決まっているだろう。男なら――――)

 ―――――世界征服だ。

< つづく >

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