第0.5話
「―――もしもし。吉野だ」
「手紙は届いたぞ。……というより届いたからこそこの番号にかけたんだが」
「実験などと称して、結局君が楽しいだけだろうに」
「まあ、こっちも丁度いい女がいて……おいおい、そんなの持ち出していいのか」
「……その意味の分からん信念も変わってないのかよ」
「ああ、悪魔《ヤツら》なら前に使ったしな。2位上くらいの奴なら大丈夫だろ」
「職場は好きだし、生徒共の相手も性に合ってるみたいでな」
「単に異常性欲の発散と捉えてもいいんだろ? いい女が、たまたま職場にいるからな」
「茶化すなよ。俺は別に制服嗜好でも幼児嗜好でもないぞ。正直探すのが面倒なだけだ」
「……ああ。……それは何とかしてくれ。お前はESPの幹部だろーが」
「じゃあまた1週間後にな」
―――プツッ
通話を終えた携帯を棚の上の充電器に戻し、目を壁に向ける。
掛け時計の長い針は電話する前よりも何故か半分以上も刻みを進め、10時過ぎを指し示していた。
話すうちに余計な事にまで話題が広がったせいか。
電話相手と直に話した記憶は、2年前より以前の領域にしか存在していない。
変わらない口調と信念を思い出し、相手の嫌ーな笑みが思い出された。
あれは結婚式で嫁の横で一生モノの恥をばらそうとされた時………いや、余計な事を思い出した。
忘れるために視線を移した。
ガラスの机には先日ポストに突っ込まれていた封筒の中身が広がっている。
上質な紙に何ページにも渡り印字された内容は、報告書形式でまとめられた今回の”提案”。
客観的、かつ詳細にまとめられた、ある能力を用いた実験の計画書だった。
吉野自身がそれを実行に移す事で、計画は実行される。
計画といっても、計画書には詳しい日時指定や状況指定は無く、能力の説明にその大部分を割いていた。
要するに、制作者がある人物の為に用意したゲームの説明書にあたる。
主人公《プレイヤー》は吉野自身、敵と戦う能力は剣や拳ではなく……
「悪魔の力……しかも催眠かよ……完璧な悪役じゃないか」
無茶苦茶な能力だ、と心の中で小さく呟いた。
そもそもの発端は自分ではなく、同じ研究室に通っていた腐れ縁の男だ。
暇にも何十枚もの説明書を送ってきたあの男は、俺すら知らない部分で育っていた”異常”を引き出した。
それはふとした日常に紛れ込む、欲望の塊、しかも歪んだ性欲という最悪なものだった。
無意識下で成長していたそれは、以前この身体に魔を宿し、その後それを滅された為に生まれたらしい。
体に一度取り込んだ魔は、消滅してからも精神を蝕み体を改変し続けていたようだ。
魔の力を再び使わなければその犯された部分は侵食を続け、実生活に顔を出すようになってしまう、との事だ。
電話口でかれが喋った言葉を借りるならば、『そのうちいかれた性犯罪者として逮捕されるかも、しれませんねえ』との事だ。そんな副作用じみたことがあるなら最初から言ってくれればいいものを、あの男は。
とりあえず犯罪者予備軍に本人の知り得ないところで含まれてしまった吉野は、男から再び魔を借り受けることとなってしまった。
能力等は説明書に詳しく記載されているとのことだったが、どこかの蔵書をスキャンした代物のようで、さっぱり読めなかった。大門のアホめ、どこまでふざけているんだ。
結局、能力に関しては直接呼び出した相手に聞かなくてはならない。
名前は……蛇みたいな絵文字ばっかでわからない。どうすればいいんだろうか。
とりあえず今日は一人。
明日からの日々に不安やを覚えながら、準備に取りかかった。
< つづく >