BB 第2話

 少し前、まだ物語の語り部が存在しない頃の話。

 その時にはまだ見る事ができず、私の中では、音が世界の全てを構成していた。
 徐々に、徐々に。
 視界を得るためには、贄が必要だ―――。

「――――――まあ簡単なものですし、大して効果もないんですよ。せいぜい味覚を変えるとかその程度で……」
「え。じゃあかけさせてもらいますが……かからなくても怒らないで下さいよ?実際それで笑われることもあるんですから……」
「えー、じゃあこの炎を見てください。いいですか、逸らさず、真っ直ぐに見てください」
「だから集中して下さいってば。先生がかけてくれっていったんじゃないですか」
「はい、この火を見て……集中して…そうです……炎……ゆらゆら動いてますね……そのまま炎を追って……そう…あなたの目の前の炎……見ているととても暖かい…そう…見ていなきゃいけません……目を離したらいけないですよ…いいですね…火は暖かい…そう、暖かい……見ているだけで…気持ちが楽になります……それは自然なこと…このまましばらく…見ていてください…どんどん楽になりますよ……」
「……悩みごとがありますか?でも、今は…いい…忘れてもいいんです…体の力を抜いて…そう、だらんと…心の中の余計なものが剥がれていきます…火を見る度…ゆらゆらする度に……そう、いいですよ…今は目と耳だけが働いていて…そう、他は気になりません……炎と…声だけ…いいですね…暖かい火を見ると…この声を聞いていると…あなたは心地よい場所に沈んでいく…何も考えなくていいですよ…だんだん…だんだん…体の感覚がなくなって…代わりにとても気持ちよくなる…暖かい御湯に浸かっていくように…だんだんと…体は動かなくなる…でもその状態が心地よいんです……ほら、気持ちが良くなって…段々…目が疲れてきます……瞼がおもーく感じられます…目を瞑ってもいいですよ…まだ暖かい感覚は消えません……目を瞑っても、暖かい光に包まれています……大丈夫……そう、そうです……周りは暖かい光で包まれて…あなたはとても幸せだ…そうですね?……そう、それはよかった」
「周りには光しかない……声だけが聞こえます…他には何も……ない……声と光…一緒です…聞いていると気持ちが良くなる……声が聞こえるたびに幸せな気分になってしまいます…そして、この声を聞いていると…段々…幸せが大きくなっていきます………深い…深いところへあなたの心が沈んでいきます…海の底…どんどん沈んで……声が聞こえるたびに…深くへ…いくらでも……下へ…もっと気持ちよいところです……今から10数えます…1数えるごとに深ーく沈んで………1……2……数が10に近づくにつれて……一番下へ沈んでいきます…いいですね…?」
「……7……もう声しか聞こえない……声が全て…8……もうすぐ底に着きます…10までいったら…あなたは最も気持ちいいところに辿り付きます……9……10」
「あなたにとっては、この声が全てです。声を聞いていれば幸せになれる。何の疑問も持ちません。なぜならその声に従うだけで気持ちがよくなるからです」
「今から言う2つの言葉を覚えてください。簡単に心に染み込んで、でも今それを言われたことも全ては思い出せません。誰にも言うことはできないし、そして絶対に忘れてはいけません。他の”声”が言っても、それは無意味です」
「では、教えましょう。2つの言葉、それは―――――」

「―――というわけです。あなたはここに来るのに全く抵抗を覚えない。1つ目の言葉を聞くとすぐにこの状態に戻ってこれます」
「いい返事ですね。では、私が手を鳴らすと目が覚めて、一気に元に戻ります。言った事、言われた事は忘れませんが、思い出せません。いいですね?手を叩きますよ。1、2、3!!」

「……ほら、寝ちゃ駄目ですって……。まあ途中から寝られたらこっちはなす術ないというか……」
「え?はあ。やっぱりその程度なんですよ。猫なで声でずっと話してて喉疲れちゃいましたし。うう……喉痛い」
「だから期待しちゃ駄目なんですって、素人ですよ?」
「はい。じゃあまた」

**

「―――なあ、こんなの必要だったのか? え? 何事も経験?お前、爺さんじゃないんだから…まあ悪魔だから長いだろうけど…」
「はあ。そんなもんか……まあいいか」
「……あの胸はでかい、それだけは認めよう」
「はいはい。また明日仕掛けしておかないといけないから……結果は土曜かな」
「もういい、眠っておけ」
「……ふう」
「悪魔のくせによく喋る―――」

第2話

 Side:【Player】
 土曜の夕暮れ。学校内は誰もいないし、警備の時間は把握済みであった。
 誰もこの場所に訪れることはないし誰もここで起こった事を知らず、世界は全く変わらず回る。
 微かな夕日と月光が差し込む廊下でその光を背後にコチラを凝視している者がいる。
 更に部屋内の光は顔を照らし、その人間の顔や、どんな表情であるかまで鮮明に見せていた。
 傍から見ればそれは覗き以外のものではなく、「彼女」は目を全く動かさずにドアの中を見つめている。
 中にいる吉野からすれば彼女の姿は全て目論見通りに進んだ証であり、計画が順調であることを確認する為の布石だった。
 彼女は自身が今何をしているか全く自覚していないのだ。
 誰も見ることはない。彼女の上気し朱に染まった頬も、物欲しげに咥えられた指も、それを食む厚めの唇も、もぞもぞと体を捩る姿も、そして、反対の手が入り込んだスカートの奥がどうなっているかも。
 ひどく端的に言ってしまえば、彼女は”発情”しているのだ。
 その性欲の対象は部屋内にいる自分と、餌を与えてやっている安藤由梨に向けられたもので、”発情”させられているといっても過言ではない。

「んふっ……んん……ちゅ……んふふっ……んぁ…っ…」

 本人は気が付いていないが、上気して火照った表情は牡を誘うものであり、普段ならば絶対にそんな表情はしない。
 何故彼女がそんな表情をしているかといえば、ひとえに悪魔の力が施されているせいだった。

**

 吉野が先日呼び出そうとしていた悪魔は、説明通りの召喚陣と詠唱によって説明通り召喚された。
 以前使用した悪魔は”力”を貸与するのみでコミュニケーションも何もないまさに”魔”の力そのものであったが、今回呼び出したモノは違っていた。
 姿は無い。声だけが、吉野だけに聞こえてくる。
 低い、男のような声が語りかけてきて、吉野に能力の説明だけ話した後は沈黙してしまった。
 おそらく自分の周りにいるのだろうが正確な位置は誰にも掴めない。

 吉野が気になっていたのは能力の面であった。
 経験上、そういう能力は強力すぎても微小すぎても困ることはわかっていた。
 それは、その目的の為に存在するような、形がぴたりと噛み合うものでなければならない。
 散々旧友にそれを語っていたのは、前回の時に得た能力が全く違う分野の能力だったからだった。
 そのお陰で今、こうして魔の力を行使するハメになっているのだから。
(まぁ。それでも楽しいから良いといえば良いのか)
 今回は、慰めのつもりではなく本心からそう思っていた。
 それでも、能力の条件を見たときにはどうすればいいんだと呆れたものだったが。

 『経験した事のある物にしか適用されない』

 こんな一文、無ければどれほどよかったことか。
 魔の力を使うにあたり、その醍醐味は「経験した事のないものを味わうことができる」という事だと吉野は考えていた。
 魔に頼らずとも、知らない物を知ることは喜びであり、また人にそれを味わわせて絶頂に追いやる事もまた悦びであった。
 それはニンゲンというものの欲求という限りなく本能に近い思考であり、嗜好であり、誰しもそれを持っている。
 それができないと思った時は本当に残念で、大門へ文句の一つでも言ってやろうと考えた。
 あれほど語ったとき、お前は脳をどこへ仕舞っておいたんだ、と。
 ―――しかし。
 そのときは、確かに考えなしに楽しんでいるように見える奴が、同時に途轍もなく嫌な面も持ち合わせていることを忘れていたのだ。

 『肉体・及び精神に刻まれた記憶全てを条件付け・接続・連結させることができる』

 前回の侘びのつもりも兼ねてか、彼は吉野にかなり限定的な能力の魔を斡旋したようだ。限定的な方が能力的にも強くなる。
 これはニンゲンに対してしか有効でない能力だ。無機物や植物、他の動物にも全く作用しない。
 何のために存在しているかと考えると、人間を陥れるためだけにある能力であると実感せざるを得ない。
 一度記憶したことならどんなに朧気であろうが体と脳から引き摺りだし、それを延々と味わわせることができてしまう、拷問に等しい能力だった。
 例えば失意や絶望という精神に刻まれたものを呼び起こして自殺を誘うこと、または肉体に刻まれた痛み、反応、そういった類の物を思い出させる事ができる。しかもそれは外見上全くの無傷であるという特徴がある。人間を壊すにはもってこいの能力である。
 人が忘れ去ってしまう痛みや感情というものを引き摺りだし味わわせる、最低な能力。
 もっともそれは、使われる側からすれば、の話なのである。
 使う側の立場からすればそれは、どのようにして効率よく能力を使えるか―――それを、試すためにある。

「んふっ、んあ……んんむっ……ふっ…んんん…」

 彼女は慣れた手つきで指を動かし、濡れた秘部を何の躊躇も無くかき回していた。
 自分の教師という立場も、止めるべき役目も、自分がどんな格好をしているかさえも考えず、考えられずにただ自分で慰め続ける。
 これは、彼女の体の記憶をそのままリピートしているに過ぎない。
 いつも自分でまさぐる部位を、いつものように、最も自分が感じると自覚している方法で。
 そして、結びつけたのは部屋内から漏れる微かな”匂い”、そして部屋で行われている”行為”。
 吉野と由梨が性行為をしているという状況で、または吉野の「匂い」でしか発現しない条件付け。
 2つの条件のどちらかが合致してしまえば今起こっている事を表の人格は自覚していないし、思い出すことも無い。
 限定的な能力だからこそ発動してしまえば滞りなく機能する。
 一応彼女が処女ではない時の保険として、一度意識を落とした時に匂いは知覚させてある。

 ―――催眠と組み合わせれば、どんな事も思うがままだった。

 Side:【Terget Person】
 溜め息を付く。
 あまりに多すぎる溜め息にどうした、と話しかけてくる同僚もいるが、理恵が抱く悩みは普通に相談できる類の物ではない。その気遣いに感謝しつつも、その女教師の言葉に苛立ちを覚えもした。
『あまり抱えこんじゃ駄目よ』
 抱え込まずあっさり吐き出してしまったら、どうなるかなんて簡単に予想できる。
 自分が知っている秘密は、二人を、同時にこの学校の教師や生徒全員に影響を与えてしまうほど大きいものだ。生徒との不純な交遊など、嗅ぎ付けられただけで何を言われるかわかったものではないからだ。それを知ってしまって、理恵は悩んでいた。
 何も知らず、ただありがちなアドバイスをしてくる同僚の言葉がとても無責任なことに思えてきた。
 二人の情事を除いてから時折背中に悪寒が走る。そんな事も他の教師にいえるわけがない。
 悩みもあり、そのため授業もぞんざいになってしまう。
 今までそんなことが無かっただけに、体調不良を言い訳にして誤魔化すことはできたのだが。
 
 気が付けばもう放課後になり、学校内から次々に生徒が出て行く。

 そうだ、また準備室に行かなければ。
 そう思い、理恵は書類を片付けて席を立った。
 まだ残っている教師達に自身の管理する科学準備室へ行く旨を告げ、荷物を持って出口から出て行く。
 同僚はその様子を何の疑問も抱かず受け入れ、自身の仕事へと戻った。

**

 今日はこの前とは様子が違った。
 数学準備室の中には吉野しかいなくて、しかもどこかへ出る様子だった。もちろんそれを確認し、理恵は影からその動向を見ている。
 廊下に出た彼が会談を下り、部活棟の方へと向かう様子も彼女はしっかりと見ていた。
(……どこへ…また安藤さんかしら?)
 由梨は吹奏楽部に所属していた筈だ。勿論活動は音楽室やホールに限られる。
 となれば部活棟へ行く目的は一体何なのか、理恵には検討がつかなかった。
 もう部活が終了する時間ですれ違う生徒もそこそこいた。
 何故か彼らが通り過ぎるたびに胸がとくん、と鳴るのを感じる。何か嫌な予感がする。

 吉野が足を止めたのは野球部の部室の前だった。
 周りに誰かいないか確認する様は実に怪しく、理恵に不振を抱かせる。
 ポケットから取り出した鍵で鍵を開け、そのまま中に入っていった。
 曲がり角の影から音を殺して様子を窺っていたが出てくる様子がなく、中から鍵を閉めた音もしない。
 そろそろと近づいていくと、ドアが開く音がした。
 野球部の部室は中にもう一つ扉があり、グラウンド側に繋がっていた。もともと物置だった狭い空き部屋を外の部室と繋げたため、部室に2つ出入口があるということになっている。
 双方ロッカーが設置され更衣用となっているが、校庭側には他に器具類や洗濯したユニフォーム等が雑多に置かれている。
 中を覗くとどうやら吉野は奥側へと入ってしまったようであり、中仕切り用のドアのガラス越しに背中だけが見えた。

「何……誰かいるのかしら」

 体育会系特有、とも言うべきか、部屋の中は汗やら何やらの匂いが充満している。コチラはまだいいが、用具などが置かれた向こう側はそれに更に埃っぽさが加わるだろう。
 理恵は汗臭いだけの空間の中に香水のような匂いを感じ取った。男のものではない、明確に男を誘うための壷惑的な香り。
 いや、これは香水ではない。
 もっと別の、この匂いはどこかで嗅いだ事のある―――

「……ぅん………ぁ…」

 僅かに聞こえたその声は、理恵を思考から引き戻した。同時に忘れていた何かが戻ってくるような感覚に襲われる。

 ―――ドクン

 胸が鳴る。”何か”に悦ぶように、打ち震えるように。
 そして何かが漏れ出しているような感覚。

「……んぁ……せんせ……ひどい…じゃないですかぁ……んん…」
「クク…野球部の連中にバレなくてよかったじゃないか……いや、それを恐がってた女の濡れ方じゃないだろう、これは」

 声がする。普段と打って変わった、何かをねだる様な甘い声。”彼女”はこんな声だったのだろうか?
 声がする。昨日と同じ、同じ水音を立てながら、吉野は由梨に手を回していた。
 そこまで認識して、理恵はその匂いを昨日嗅いだことを思い出した。あの準備室内に立ち込めていた、性臭というのだろうか、そんな匂いが。
 認識した途端、下腹部の疼きが再発し、思わず身を屈めてしまう。
 彼女のそこはもう既に、太ももから滴り落ちる程の蜜を湛えていた。

「一年生がこっちで着替えてるの…んん、ん…知ってたんでしょう? ロッカーにこんな格好で縛られて入れられて……もし見られたら……」
「ん? 野球部員達に恵んでもらえばよかったじゃないか……精液好きめ」
「んぁぁっ、んんっ、だってぇ……先生のじゃないと満足……できないんだから……」

 吉野がロッカーに入っていたらしい由梨を抱き寄せ、下腹部に右手を伸ばし、反対の手で由梨の体をしっかりと抱き止めていた。
 抱き止める……というよりは、ロッカーに半ば押しつけるようにして動きを封じている。
 ビクビクと震える彼女の肢体は その支えが無ければ崩れ落ちてしまいそうな程に、力が入らない様子だ。
 理恵はその二人の様子を見て、知らず知らずのうちに自分の太ももを擦り合わせていた。
 ぐじゅり、と水気を一杯に吸った布地が音を立てる。

「嘘つけ。実際バキバキになったのを突きつけられたら、喜んで頬ばるくせに」
「それは……はぁっ、ん……ぁっ…せんせいが……そういうふうに…」
「そうだ、俺のせいだ。まあ、安心してよがってれば良いと思うよ」

 よく見れば、由梨の体は汗でびっしょりだったが下半身はもっと酷いことになっていた。
 内ももからくるぶしまで彼女自身の淫液が伝わり流れて淫靡に光り、そこに吉野の手がある。
 彼の手は由梨の陰部に伸びていて、暗くてよく見えないが相当激しい動きをしていることだけはわかった。
 それは部屋に広がっていく汗とは別の匂いと、聞き間違えようのない、水音のせい。

 そして、それと重なるように、それと同じ程の大きさではないが水音が聞こえている。

 くちゅくちゅ、ぐちゅっ、くちゅ、ずちゅ、ぐちゅぐちゅちゅ―――

 そう、それは理恵自身の手が奏でる音で、彼女はそれに気づかずにいた。
 頭ではぼんやりと、手が濡れている事に若干の疑問を抱きながら光景を眺める。
 思考が削られていることも気づかないのは、ショッキングな光景のためか、肉体の疼きが脳内を圧迫しているからか。

 ロッカーの前で繰り広げられる男の責めはよりいっそう過激になっていて、呼応するように理恵の手も激しく動く。
 一人で悶えながら、彼女の腕は激しい水音を奏でた。
 声をあげるのは由梨も同じであり、彼女は自身ではなく吉野の手によって頂点へ押しやられようとしていた。

「んっ、あぁっ…んん…あっ…っ……あっ…んぁあっ」
「あああっ、ん、せんせっ…先生ぇっ!!…んんっ…っ…ぁあ―――っ!!!」
「――――――ッ!!!!」

 一際大きな嬌声が響いた瞬間、理恵の指がぐりりっ、と自身の肉芽を押しつぶすように擦り合わされた。
 意識が真っ白になり、そして全身に閃光が駆け巡る。
 本人の知らぬところで燻り続けさせられていた肉体は、強烈な感覚によって制御を失い、全身を声もなく打ち振るわせ、あまりの歓喜に―――あらゆる液体を垂れ流していた。

**

 意識を消した由梨を横たえ、ドアの外を見る。
 弛緩しきった体、震える臀部、何も映さない瞳、垂れ下がった舌と、つつつと落ちる涎の雫。
 吉野はこの顔を、この体を、この水城理恵を見たかったのだ。

 自分は歪んだ人間だと理解していた。
 普通に犯すのではもはや足りなくなってしまっていた。こんな方法までとるようになってしまった。
 それが……どうだ。この結果は。

 もう何回目だろうか、彼女がここでイき、倒れている様を見るのは。
 オナニーも繰り返す内に進化するのだろうか、彼女が限界を迎えるまでの時間は飛躍的に短くなっている。
 弱点のみを、さらに弱点のみを弄り倒す―――「最も自分が感じると自覚している方法」で。

 悪魔の声には良く言われている。もっと多くの女を落とせと。
 しかし―――もう少しは楽しむつもりだ。

 例え同じ事を繰り返そうが、同じ事は一度としてあり得ない。
 彼女はどんどん体を開発され、そして記憶はまた「準備室を覗く」ところから始まる。
 また今日も、また明日も。
 理性を次第に狂わせ、削り取っていく様が愉しくてたまらない。
 じわじわと弱い酸が外壁を溶かしていくように、じっくり時間をかけて。
 いつか彼女がそれを覗くだけではなく、あらゆる理性を飛ばしてこちらへ喜々として参加するようになるまで―――

 ”この夕暮れ”はまた、”あの夕暮れ”へと、接続される。

< つづく >

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