こちら宇宙警察地球派出所 後編

真・後編

 訓練指導の終わった桃華は、何となく過去の活動記録を眺めていた。
 そういえば、男打はどうやってゴッドアルファの能力者を見付けたのだろう?
 気になった桃華は少し調べてみる事にした。

<< 四年前 >>

 当時地球派出所に着任したばかりの男打は、突如発生した異常エネルギー反応の原因を調べる為、発生源に急行していた。

 現場に到着した男打の眼前には、見るも無残な街の残骸が広がっていた。
 まるで複数の大型ハリケーンに同時に襲われたかのように、バラバラに分解された建造物の破片が地面を埋め尽くしていたのだ。
 男打は空を見上げる、雲一つ無い快晴‥‥原因は気象異常ではない。

 もう異常なエネルギー反応も完全に消えていた。男打はやれやれといった顔でビーフジャーキーを口に入れる。
 こうなったら街全体を調べるしかない、そう思った男打は周囲一帯のスキャニングを始めた。
 クチャクチャと音を立てながら干し肉を噛んでいると、スキャン装置が生命反応を感知しブザーを鳴らす。

「オイオイ‥冗談だろ‥‥」

 どう考えても生存者などいる訳が無い、男打は原因を確認するために装置が示す場所へと向かった。

 生命反応の発生源に着いた時、信じられない物を目撃する。
 藍色のワンピースを着た一人の少女が瓦礫の中心に無傷で立っていたのだ。
 男打は少女に近付き恐る恐る声を掛ける。

「君‥‥どうしてこんな所に一人で‥‥」

 少女は声を掛けられて初めて男打の存在に気付いたように、声の方向に目を向けた。
 お互いに目線を合わせた瞬間、男打の背中に強烈な悪寒が走る。
 今まで数々の修羅場を潜り抜けてきた男打であったが、これほどの悪寒を感じたのは初めてであった。

 光の届かない深海のように、どこまでも暗く冷たい紺色の瞳を持つ少女。
 だがその程度で怖じ気づく男打では無かった。
 意を決すると少女に近付きさらに声を掛ける。今度は少女も返事を返してきた。

「初めましてお嬢ちゃん‥‥俺の名前は男打、この星を守る警察官だ。君の名前は何ていうのかな?」
「‥‥‥‥アービス‥‥‥レイクフスカ‥‥‥」

 アービスと名乗る少女は全く表情を変えずに無機質な声で答えた。

「アービスちゃんはこの街で何が起こったのか知ってるかい?」
「‥‥‥‥‥‥知らない‥‥‥‥‥」

 嘘を吐くなっ! と男打が心の中で叫んでいるとアービスが言葉を続ける。

「‥‥‥私はただ‥‥‥ゴッドアルファを使っただけ‥‥‥後は知らない‥‥‥」
「ゴッドアルファ?‥‥」

 もしかしたら異常エネルギーの正体はそのゴッドアルファなのでは? 男打の勘がそう告げていた。

「ゴッドアルファって何だい?」
「‥‥‥‥‥知らない‥‥‥‥‥」
「じゃあそのゴッドアルファを調べるのに協力してくれないか?」

 アービスは男打の要請に無言で頷いた。

 派出所にアービスを連れて来た男打は予想していなかった困難に直面する。
 だが避けて通る訳にはいかない、漢男打は腹を決めた。

「‥‥あの‥‥アービスちゃん‥‥君の身体を調べたいから‥‥その‥服を脱いでもらえるかな‥‥」 

 はははと乾いた笑いを洩らしながら、恥ずかしそうにお願いした。

「‥‥‥‥50ユーロ‥‥‥無いならドルでも良いぞ‥‥‥」
「は?‥‥」

 男打はアービスの言っている意味が分からず、思わず聞き返してしまう。

「‥‥‥‥お金‥‥‥‥」
「お金? マネー? よ、よし分かった! 言い値を払うぞ」

 地球の通貨を偽造するのは簡単である、男打は二つ返事でOKした。
 それにしても金を要求するとは‥‥地球人はみんなこうなのか? 無表情で佇むアービスを見ながら男打はそう思った。
 
 色々と考え事をしながら唸っている男打に、アービスは右手を突き出す。

「えーっと‥‥何?」
「‥‥‥前払い‥‥‥」
「‥‥よし! 合点だ! ちょっと待ってろよ、直ぐに持って来るからな」

 男打はそう言うと猛ダッシュで備品工場へ向かった。
 そして備品工場に着くと、息を切らせながらAIに指示を出す。

「ハァ‥ハァ‥地球の通貨‥‥たしかドルだったかな? を大至急大量に作ってくれ」
「了解シマシタ、アメリカドル札を製造シマス」

 しばらくして「チーン」という音と共に大量の札束が出現した。
 出てきた札束をあるだけ袋に詰め込んで、大急ぎでアービスの元へ戻る。

「ヒィ‥フゥ‥金を持って来たぞ、これだけあれば十分だろう」

 男打は爽やかな笑顔でキランと歯を輝かせながら、100ドル札の詰まった袋をアービスに手渡す。
 袋を受け取って中身の真贋を確かめていたアービスの表情が、男打に出会ってから初めて変わる。その顔は驚いているようだった。

「‥‥‥多すぎだぞダンダ‥‥‥これだと人一人余裕で買える‥‥‥ダンダは僕を買いたいのか?‥‥‥」
「え?‥‥買うって‥‥お前‥」
「‥‥‥‥もし買う気なら止めておいた方がいい‥‥‥」
「いや、最初から買う気は無いけど‥‥どうして?」
「‥‥‥賢明な判断だな‥‥‥‥理由は直ぐに分かる‥‥‥」

 そう言ってアービスは薄汚れたワンピースを一気に脱いだ。
 細くしなやかな体つきに雪のように白い肌、普通なら文句無く美しい身体と言えるのだが‥‥
 その白い肌がかえって体中の傷を浮き立たせる。
 そして、下半身の本来なら性器のある部分が有り得ない方向に大きく裂けていた。

「‥酷い‥‥どうしてこんな‥‥」
「‥‥‥これが理由だ‥‥‥生きる為に進んで身体を売った‥‥‥後悔はしていないぞ‥‥‥」

 アービスは相変わらず無表情であったが、その頬には涙の筋が浮いていた。
 それを見た瞬間、男打は号泣しながらアービスを力一杯抱き締める。

「買った!! 俺はアービスを買うぞ! うおぉぉぉぉぉ~」
「‥‥‥良いのかダンダ‥‥‥こんな身体の僕で‥‥‥」
「そんな事関係無いんだよ! 俺はアービスを幸せにするために買うんだ! アービスの笑顔が見たいから買うんだ! 分かったか!」

 大人気なく大声で泣く男打にアービスが微笑みかける。男打にはその顔が天使のように見えた。

「‥‥分かった‥‥‥今から僕の全てはダンダの物だ‥‥‥大切にしろよ‥‥‥‥」
「ああ、もちろんだ! 任せとけ!」

 男打は大量の涙と鼻水で濡れた笑顔でキランと歯を輝かせながら、アービスに誓った。

 派出所の医務室で、アービスの身体を徹底的にスキャンしたが、胸の部分に謎のエネルギー結晶体がある事以外分からなかった。
 このエネルギー結晶体についても調べたが、結局謎だらけという事が判明しただけである。

 ゴッドアルファについては、徹底的に調べた男打よりもアービスの方が詳しかった。
 アービスによるとゴッドアルファの源は男打の予想通り胸部の結晶体らしい、男打はこの結晶体をゴッドアルファ・コアと名付ける。
 どうやらそのコアには意思の様な物があるらしく、能力発動の仕方はゴッドアルファ・コアが教えてくれるそうだ。

 もう一つ分かった事がある、それはとても重要な情報であった。
 ゴッドアルファを持つ者は、同じくゴッドアルファを持つ者を知覚出来るというのだ。
 意識を集中すれば、どんなに離れていても大体の位置は分かるし、直接見れば100%見分ける事が可能とアービスは言っていた。
 
 アービスがイギリスまで出稼ぎに行っていた時期、一度だけ自分と同じゴッドアルファの能力者を見た事がある。
 それは色の薄いブロンドヘアーを靡かせながら歩く、裕福そうな少女であった。

 この時男打はゴッドアルファをもつ女性達による、宇宙最強のチームを作る構想を打ち立てる。

 男打がアービスと出合った次の日の朝。
 股間の辺りに妙な熱を感じ男打は目を覚ます、見ると布団が膨らんでもぞもぞと動いている。
 男打は布団を勢い良く剥がす、すると、股間の一物を熱心にしゃぶっているアービスの姿が現れた。

「アービス‥‥何してる?」

 顔をヒクつかせながら、男打が尋ねた。

「チュパッ‥チュッ‥‥‥僕の必殺技‥‥‥モーニング☆奉仕だ‥‥‥これを喜ばない男は居ない‥‥‥だから喜べ‥‥‥」

 歳に似合わない蠱惑的な笑みを浮かべてアービスは奉仕を再開する。

「あ‥‥ちょっと待て‥‥あっ‥そこは‥‥ダメッ」

 アービスのスペシャルテクニックに男打は情けない声を出して悶える。
 そんな男打をアービスは野性的な眼差しで見詰めながら、栗色のポニーテールを揺らす
 
「‥レロッ‥‥チュパッ‥‥クチュ‥‥チュプ‥‥ジュル‥‥ジュポッ‥クチュ‥レロ‥‥ジュル‥ジュポッ‥‥」

 男打の一物を喉の奥に突き入れながら、弾力に富んだ舌で急所を恐ろしいほど的確に責める。
 両肘で上体を支えながら、右手で玉袋を丹念に揉み、左手は何と菊門を擦っていた。
 凄まじい快感が男打の下半身から脳に突き抜ける。

 目の前でほんのりと頬を朱に染めて、しなやかに情熱的に動くアービスを見ながら、男打は頂点に達した。
 大量に出た濁流を全て飲み干したアービスは、小悪魔のような笑みを浮かべる。

 天使のようだったり、小悪魔のようだったり、本当にこいつは分からん、そう思いながら男打は苦笑いをした。

「‥‥‥ご主人様の濃くて量も多い‥‥‥そうとう溜まっていたな‥‥‥安心しろご主人様‥‥‥僕がいる限りタンクは常に空になる‥‥‥」
「ご主人様?‥‥」

 男打は聞き慣れない単語に首を傾げる。でも、何故かそう呼ばれて不思議な高揚感を覚えるのであった。

「‥‥‥ダンダは僕が全てを捧げた主‥‥‥だからご主人様‥‥‥こう呼ばれて喜ばない男は居ない‥‥‥だから喜べ‥‥‥」

 アービスはニッコリと微笑むと、また男打の股間に顔を埋める。
 男打はアービスの奉仕を受けながら、彼女の治療費を何年かかってでも貯金してみせる、そう心の中で誓った。

「へぇ‥‥一番最初に見つかったのはアービスなんだ」

 桃華は興味無さそうに言うと、さらに調べを進める。
 
「アービスの次はリーフでその次は火煉っと‥‥アレ?」

 てっきり見つかったゴッドアルファ・コア所持者は三人だけと思っていた桃華は、さらに三人も見つかっていた事に驚く。
 直ぐに桃華は残り三人のデータを引き出そうとするが‥‥

「クソッ! データにプロテクトが掛かってるわ、何て小癪な」

「フフン‥‥こんなプロテクト、私にとっては紙クズ同然よ」

 カタカタカタタカタカタカタタカタカタ。

「‥‥紙クズ‥‥同然‥‥‥‥なんだからっ!‥‥‥」

 カタタカタカタカタカタカタタカタタカタカタカタタカタカタ
 桃華は目を血走らせながら必死にキーボードを叩く。

「こんのぉ~~~たかがプロテクトの分際で生意気よ!」

 カタカタカタタカタカタカタカタカタカタタカタカタカタカタカタカタカタカタタカタカタ。
 その時、桃華のインナースペースに眠る、己の身を顧みない必殺の信念が覚醒した。

「御蓮寺流究極奥義! 驚天動地・明鏡止水・乾坤一擲・本末転倒・支離滅裂! 超時空要塞崩しぃぃぃぃぃ!!」

 ガタガタガタガタタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタタガタガタガタガタガタガタガタガタガタン。

「‥‥駄目だわ‥‥どうやっても開かない‥‥‥やっぱり司令室の端末じゃないと無理みたいね」

 そう呟いて、桃華はモニターを睨みながら、悔しそうに爪を噛んでいた。

 桃華がプロテクトと死闘を繰り広げていた頃、宇宙警察本部で火煉の戦闘データが映ったモニターを、食い入るように凝視している人物がいた。

「何だこの出鱈目な数値は‥‥これは早急に対処する必要があるな」

 そう呟いて、その人物はモニターを睨みながら、悔しそうに爪を噛んでいた。

「あのラーメンって料理、美味しかったわね」

 夕食後、桃華は火煉とリーフの三人で、廊下を歩きながら話に花を咲かせていた。

「フフ‥‥今夜はみんなでサタデーナイト・フィーバーよ!」

 そう言って桃華は、格好良くポーズを決めて、人差し指を雄々しく天に突き出す、その指先では星のような光が輝いていた。
 楽しそうに笑い合う三人の後ろから、突然声が掛けられる。
 桃華達が振り向くと、そこにはアービスが無表情で立っていた。

「‥‥‥‥桃華‥‥‥頼みがある‥‥‥」
「願い事?‥‥分かったわ、話して頂戴‥‥」

 遂に個人的な頼み事をしてくるまでに心を開いた、桃華はそう思いながら、精神世界でベリーダンスを踊った。

 照明が消され、闇の世界と化した司令室で、男打だけが仄暗いロウソクの炎に照らされていた。

「ハッピバースデートゥーミー、ハッピバースデートゥーミー、ハッピバースデーディア、僕チン~、ハッピバースデートゥーミー」

 今日は男打の誕生日である。
 いつもはアービスと一緒に祝うのだが、アービスが今回は野暮用が出来たと言って辞退したのであった。
 独身男の悲しい歌声が、薄暗い部屋に響き渡る。

「寂しいよぅ‥‥アービスゥ~」

 コンコン、暗く沈む男打の耳に、戸を叩く軽い音が届いた。

「‥‥男打司令、御蓮寺です、入っても宜しいでしょうか?‥‥」

 あまりに予想外な人物の来訪に、男打は一瞬思考が停止したが、直ぐに慌てて部屋の照明を点ける。
 勤務時間外に桃華が訪ねてくるのは初めての事であった。

「‥い、いいとも!‥‥僕はいつでもカムヒアーさ」

 男打が言い終わるのと同時に、司令室のドアが蹴破られ、二人の少女が元気良く飛び出してきた。

「「ハッピーバースデー! 男打司令!」」

 火煉とリーフが開口一番、大声で祝詞を叫ぶと、クラッカーの糸を思いっきり引っ張った。
 パンと小気味良い破裂音と共に、カラフルな紙片やリボンが部屋の空気を彩る。
 男打は目前で舞い散る紙吹雪を見て、感動に目を潤ませていた。

「‥君達‥‥ありがとう‥‥ううっ‥」

 親友コンビに続いて桃華とアービスが、感涙に咽ぶ男打に笑顔を向けながら入室する。
 その両手には柔らかな湯気を発するトレイが握られていた。

「お誕生日おめでとうございます男打司令。お祝いにと思い、みんなで手料理を作りました。お口に合うと良いのですが‥‥」
「‥‥‥‥美味いぞ‥‥‥‥たんと食え‥‥‥‥」

 桃華の言葉を未だ信じられないといった風で、男打は尋ねる。

「‥‥桃華君が手料理を僕に‥‥一体‥‥どうして‥‥」
「アービスから、今日は男打司令の誕生日だから、一緒に祝って欲しいと頼まれたんですよ‥‥本当に司令とアービスは仲が良いんですね‥‥」
「そ、そうだったのか‥‥アービス‥‥くぅぅぅ‥‥」

 四人が来てから、ずっと男泣きを続ける男打。
 そんな彼の前で、桃華とリーフは手馴れた動作で、火煉とアービスは少しぎこちない動きで、テーブルに料理を並べていく。

「おお! こ、これは‥‥」
「はい‥‥スペースコブラの煮物とコスモタイガーのステーキです。味付けの方は地球の料理を参考にしたんですよ」

 いつの間に取り寄せたのか、男打は驚愕の表情で料理を見詰める。両方とも高級食材として知られている物であった。

「‥‥‥準備完了‥‥‥」

 アービスの報告を受け、桃華はにこやかに頷く。

「了解、じゃあみんな行くわよ、いっせーの‥‥」
「「「「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデーディア、男打司令~、ハッピバースデートゥーユー」」」」

 男打は涙を垂れ流しながら、歌が終わるのを見計らって、ケーキに刺さったロウソクを一気に吹き消した。
 途端に周囲から拍手喝采が沸き起こる。

「「「おめでとうがざいます、男打司令」」」「‥‥‥これでまた一つ‥‥‥老人に近付いたな‥‥‥」 

 この時、何気に禁句を口走ったアービスの、獲物を狙う紺色の瞳が鋭く光る。

「‥‥‥あっ!‥‥‥」

 アービスはいきなり叫ぶと、窓の外を指差して緊迫した声を捻り出す。

「‥‥あんな所で、超古代の遺跡から発掘されたハニワ型ロボットが、ダイヤモンド編隊で飛行している!‥‥」
「えっ!? どこ? どこ?」

 アービス以外の全員が窓の外を覗き込む。その隙にアービスは神速にまで高められた動きで、火煉とリーフのコップを瞬時に別のコップとすり替えた。

「何もいないよ」
「‥‥‥御免‥‥‥幻覚でした‥‥‥」
「んもぅ‥‥」

 騙された事に勘付いた火煉は頬を膨らませ、他の三人は苦笑いをしていた。
 
「‥‥まぁ、気を取り直して、乾杯といきましょう」

 桃華の提案に、各々コップを持って応える。

「それでは皆さん‥‥カンパーイ!」
「「「「カンパーイ!」」」」

 ガラス同士が打ち合う高い音を連続で鳴らせると、全員がコップに口を付ける。

「‥‥‥プハァ~~‥‥‥この時の為に生きてるな‥‥‥」
「アハハハハ、アービスってば親父臭~い、アハハハハハハ」

 宇宙が認める高級食材に舌鼓を打っていた桃華は、異変に気付く。
 テーブルの向かいに座っている、火煉とリーフが顔を真っ赤にして、仲良く左右に揺れていた。
 顔を良く見ると、完全に目が据わっている。

「回る、回る、地球が回る、時代は回る、私も回る、回って回る‥‥‥」

 桃華は念仏のように小声で何かを呟いているリーフの手元からコップをひったくると、中身を一口飲んで成分を分析する。
 ほぼオレンジジュースと同じ成分だったが、その中に濃度5%程度のアルコールが含まれていた。
 ふとアービスの方に目を向ける。その時桃華は見た、見てしまった。
 相も変わらず無表情なアービスの、口の端が微妙に釣り上がっているのを‥‥

「一番! 火煉! 手品でこのコップを消しまぁ~す!」

 桃華がじと目でアービスを睨んでいると、火煉がいきなり立ち上がり、体育会系のノリで宴会芸を始めた。

「ていやっ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ほうら、消えました」

 火煉は気合いを入れてコップを放り投げると、手をひらひらさせて自慢気に笑う。
 一方、放られたコップは中空を舞いながら、万有引力の法則に従い落下していく、その予測落下地点には髪の薄くなり始めた男打の頭があった。
 パシャという水音がして、男打の頭上に逆さまのコップが見事に着地する。
 男打の濡れた頭が発する、柑橘系の甘酸っぱい香りが部屋に充満した。

 あまりの急展開に男打と桃華は、そろって絶句する。
 この騒ぎの元凶であるアービスは、素知らぬ顔でウォッカを煽っていた。

 桃華が火煉に気を取られている隙に、いつの間にかリーフの姿が消えていた。
 その事実に桃華は猛烈な不安を抱き、即座に鋭い視線を周囲に走らせる。
 すると部屋の隅でブツブツと壁に向かって話し掛けているリーフを発見した。
 据わったままの眼差しで、周囲に不気味なフォースを漏洩させているリーフに、桃華は恐る恐る声を掛けようとした所で、男打のいる方角から狂気じみた声が発せられる。

「アハハハハ、男打司令ってば、濡れ濡れぇ~~♪」

 桃華はもう涙目になりながら、奇声の発生源へと目を向ける。
 そこでは、男打の背後に回り込んだ火煉が、狂ったように笑いながら、髪の薄くなり始めた男打の頭に空手チョップを食らわせていた。

「ちょ、ちょっと火煉‥‥」

 桃華は半べそを掻きながら、火煉の蛮行を止めに入る。
 もう心の中では、火煉とリーフを医務室に隔離して、アルコール分解薬を飲ませるしかない、という結論に達していた。

「あう゛っ‥‥何か‥‥何か来るぅぅ‥‥」

 赤かった火煉の顔が突然蒼くなり、小刻みに震えだす。

「ま‥‥まさか‥‥ちょっと待て!」

 男打は身の危険を察し逃げようとするが、火煉は苦しさのあまり無意識に男打の服を握り締めていた。

「オエ゛エ゛エ゛エ゛エエェェェェェェ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 生暖かい××を全身に浴びて、魂を揺さぶる男打の絶叫が室内にこだました。

 後始末をアービスに任せて、トイレに火煉を連れ込んだ桃華は、便器の上で苦しそうに呻く火煉の背中を優しく擦っていた。

「‥‥少しは楽になった?‥‥」
「‥‥‥はい゛‥‥‥すびばせん‥‥」
「‥もう、動ける?‥」
「‥‥はい‥‥何とが‥‥」

 桃華は千鳥足の火煉を支えながら洗面所へ移動する。軽く洗面とうがいを済ませる頃には、火煉の状態も大分回復していた。

 暫らくして、アルコール分解薬を求めて薬品保管庫にやって来た桃華達は、先客がいた事に驚く。
 中で薬品棚に目を走らせていたアービスが、桃華達に気付いて振り向いた。

「‥‥‥火煉‥‥‥もう大丈夫か?‥‥‥」
「‥‥うん‥‥」

 心配そうに尋ねるアービスに、まだ顔の蒼い火煉は、声を搾り出すように答えた。

「‥‥‥桃華にも迷惑をかけた‥‥‥本当にすまない‥‥‥」
「まぁ、火煉とリーフにアルコールは禁物という事が分かったし、もういいわよ‥‥それよりも、目的の物は見つかった?」

 アービスは俯きながら、ポケットに手を入れ、「シラフダZe」とラベルに書かれた薬瓶を取り出す。 
 
「‥‥‥これ一本しか見付からなかった‥‥‥」

 一本で一人分なので、火煉とリーフに飲ませるには、本数が足りない。
 備品工場では、宇宙商標に登録されている物を作り出す事は出来ないので、ここに無ければもうお手上げであった。

「ちょっとそれ、貸してみて」
「‥‥‥分かった‥‥‥」

 アービスからシラフダZeを受け取ると、桃華はまじまじと瓶を見詰める。

「これと同じ物を探せばいいのね‥‥後は私が探してみるから、アービスはリーフを看てあげて頂戴」
「‥‥‥委細承知‥‥‥」

 桃華はアービスが出て行くのを確認すると、手に持ったシラフダZeを一気に飲み干した。
 そして取り込んだ薬品の成分を分析すると、全く同じ物を体内で調合していく。
 1から薬品を調合する事も出来るが、取り込んだ薬品をコピーする方が、手っ取り早くて簡単なのであった。

「火煉‥‥口を開けて」

 そう言って火煉を抱き寄せると、唇を重ね火煉の口内に薬を流し込んでいく。
 青みが強かった顔が、ほんのりと紅く染まって、体温の籠もった息が桃華の顔にかかる。
 火煉は潤んだ目を細めて、甘い接吻の味を堪能していた。

 桃華と火煉が司令室に帰ってくると、待ちかねたといった感じでアービスが走り寄る。
 リーフの方は、棚に飾ってあるスター☆リンのフィギュアに、陰鬱な面持ちでぼそぼそと語り掛けていた。

「‥‥‥桃華‥‥‥見付かったか?‥‥‥」
「ええ、任務完遂よ」

 桃華は笑顔で答えると、中身の詰まったシラフダZeの瓶をアービスに手渡す。 

 薬瓶を受け取ったアービスは早速、リーフの口に瓶を捻じ込み、強引に薬を飲ませた。
 リーフは喉を鳴らせながら、薬液を飲み下していく。
 五秒と掛からずに薬の効果が現れ、虚ろだったリーフの目がカッと見開かれた。

「ハッ!‥‥私は一体今まで何を‥‥」

 リーフが正気に戻った所で、男打がシャワールームから颯爽と登場する。
 何事も無かったかのように、清涼感溢れる笑みを浮かべている男打に、火煉が最敬礼の角度で頭を下げた。

「男打司令! 御免なさい!」
「いやいや、気にする事は無いよ、悪いのはアルコールだしね。それより折角の料理が殆ど手付かずだ‥‥さぁ、みんなで食べよう」
 
 美少女は何をしても許される、という信念を頑なに守り通す男打であった。

 色々と予想外の事が起こったが、桃華にとって今回のパーティーは、男打とアービスをより油断させ信頼させる為の物である。
 目的達成の好感触を得て、桃華は意気揚々と料理を口に放った。

 いつも通りの朝礼後、桃華だけが司令室に残された。
 自分を呼び止めた時の男打の表情から、何か問題が発生したのだろう、と桃華は推測していた。

「今朝早くに、大鳳の大隊本部から連絡が来てね‥‥大隊長の耶麻3等警視が今から地球に来るそうだよ。到着までに一週間位時間があるから、その間に桃華君には受け入れ準備をして欲しいんだが」

 桃華にとって最悪の事態が脳裏をよぎり、背筋に冷たい物が這い上がった。
 内面の激しい動揺を男打に悟られないように、慎重に言葉を返す。

「了解しました。でも、一体何をしに来るのでしょう?」
 
 男打は桃華の問いに、深く溜め息をしてから答える。

「目的は教えて貰えなかったよ。全く炎の女王様には困ったもんだ、本当に‥‥」

 苦味五割増しの苦笑いで男打が呟く、一方の桃華は苦味三倍増しの苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 男打は皮肉を込めていたが、耶麻火魅虎は周囲から畏れを以って「炎の女王」という二つ名で呼ばれていた。
 最初は火魅虎の部下が敬意を込めて付けた物であったが、それがいつの間にか宇宙警察内部や犯罪者にまで、その悪名と共に広まったのである。

「邪帝国を処分しに来るのでしょうか?」
「多分それは無いと思うよ。大隊長の彼女がわざわざ来なくても、あの程度だったら大鳳の二個小隊ほどで十分事足りるし」
「そうですね、火煉達は分隊規模の人数で邪帝国を追い詰めている訳ですし‥‥」

 桃火の言葉を聞いて、男打は何か思い付いた様な表情で頷く。

「理由は‥‥それかも知れないね」
「え? と言いますと」
「もしかしたら、ゴッドアルファが目当てなんじゃないかな? 本部のデータを見て、実際にどれほどの物か自分の目で確認したい、とかそんな理由だと思うんだけど‥‥」 

 男打の推察に納得して、桃華は溜飲を下げる。

「なるほど、部隊を動かさずに単身で来る理由もそれで説明が付きますね」
「目的だけ済ませて、大人しく帰ってくれれば良いんだけどなぁ」

 耶麻火魅虎の人物的な評価を知っている二人は、首を垂れて同時に溜め息を吐いた。

 一週間後。無骨なミサイルコンテナでハリネズミのように武装した、火魅虎専用のパトクルーザー「鬼火」(おにび)が派出所の宇宙船ドックに入港するのを、桃華は不安気な顔付きで眺めていた。
 まだ火魅虎の目的がはっきりしない上に、行き掛けの駄賃で邪帝国を処分する可能性もあるのだ。
 場合によっては最悪の事態も起こり得る、桃華は覚悟を決めて歩き始めた。

 AIによる船体スキャンが終了すると、鬼火の乗降用ハッチが開き、中から高級将校用の制服に身を包んだ長身の女性が姿を現した。
 漆黒の軍靴を響かせ、弾力のあるウェーブヘアーと巨乳を揺らしながら、悠然と階段を下ってゆく。 

 降りた先では、待っていた桃華が敬礼をして、用意しておいた社交辞令を述べる。

「地球派出所へようこそいらっしゃいました耶麻3等警視殿。私は当派出所で副指令をしております1等警尉御蓮寺桃華と申します」

 顔に会心の営業スマイルを貼り付けて出迎えた桃華は、火魅虎の左胸に輝くリボンバーの量にゾッとする。
 火魅虎が今までにどれ程の犯罪者を始末してきたのか、おびただしい量の略章がそれを物語っていた。

「長旅でお疲れの所大変申し訳無いのですが、派出所司令の男打3等警佐殿が司令室でお待ちです。どうぞこちらへ、司令室に御案内致します」
「‥‥‥‥‥フン」

 本来であれば、司令の男打が直接出迎えなければならない相手であったが、どうやら男打には上層部に媚を売る気は毛頭無いようであった。
 男打に厄介事を押し付けられても、真面目に職務をこなす桃華を、火魅虎は冷ややかな目で見ていた。

 司令室に案内された火魅虎に、男打は暑苦しい笑顔で挨拶をする。
 その後方では三人娘が横並びで控えていた。

「初めまして耶麻3等警視、私はここの司令をやってる男打3等警佐です。どうぞよろしく」

 握手をしようと右手を差し出した男打は、火魅虎の妖艶な肢体を凝視して生唾を飲み込む。

 エキゾチックな魅力を引き立たせる褐色の肌に、マグマの様に赤黒い大きなウェーブのロングヘアー、黒いストッキングに包まれた艶めかしい肉付きの脚。そして何より男打のハートを掴んだのは制服の下から強烈な存在感を誇示する爆乳であった。
 男打の高度に誘導された視線が魅惑的な膨らみに向かい、目標を捕捉するとガッチリとロックした。
 いつもの病気も、火魅虎が相手なら影を潜めるだろうと油断していた桃華は、眼前で起きている危機的状況に目を覆う。

 男打を蔑む様に見ていた火魅虎の紅い瞳が突然光り出し、直後に男打の萎びたネクタイが激しく燃え上がる。
 顔の真下に吹き出た火の勢いに押されて、男打は尻餅を搗いた。

「オアチャァァァァァァァァァァ~~~~」

 奇声を発しながら無様に床を転げ回る男打に、慌てて桃華が駆け寄り、脱いだジャケットを被せて窒息消火させる。

「だ、大丈夫ですか?‥‥」
「‥‥ああ‥‥助かったよ‥‥」

 火魅虎は顔面蒼白で向き合う男打と桃華には一瞥もくれず、三人娘の方へと近付いてゆく。
 寄り添いながら震えている火煉とリーフを置いて、アービスも火魅虎に向かって歩き出した。

「何だ、貴様」
「‥‥‥‥‥殺す‥‥‥‥」

 火魅虎とアービスが放つ、殺気の籠もった目線がぶつかり合い火花を散らす。
 この時、アービスの目を直視した桃華は、全身に凄まじい冷気を感じる。
 アービスが氷の様に冷たい殺気を目に湛えるのを初めて見た桃華は、寒気と恐怖に身震いした。
 一発触発の雰囲気に、さらに血の気が失せた男打と桃華が同時に叫ぶ。

「止すんだ! アービス!」「だめよ! アービス!」

 二人の鋭い制止を受けてアービスは能力の発動を一瞬躊躇う。火魅虎はその隙を逃さず強烈な裏拳をアービスの横っ面に放った。
 アービスは咄嗟にガードするも、衝撃には耐えられず真横へ吹き飛び床に倒れ込む。
 愛娘の危機に、男打は飛び出すように素早くアービスの元へと移動すると、心配そうに声を掛ける。

「アービス‥‥平気か?」
「‥‥‥‥心配御無用‥‥‥大事無い‥‥‥」

 即座に動いた男打とは対照的に桃華は硬直していた。
 火魅虎が火煉の方へと歩き始めたからである。

 火煉の目前まで来た火魅虎は、あからさまな態度で見下しながら、高圧的に話し始める。

「貴様が、暁火煉だな?」
「‥‥え、えっと、あの‥‥はい、そうです‥‥」

 火魅虎の放つ殺気に気圧されて、しどろもどろになる火煉の手を、リーフがそっと握る。
 火煉がリーフに振り向く、するとリーフは真剣な眼差しで小さく頷いた。
 親友と繋がった手から、無限に勇気が流れ込んで来るような気がして、火煉は気丈さを取り戻す。

 火煉に睨み返されても尚、火魅虎は顔色一つ変えずに話を続けた。

「私と模擬戦をしてもらう。実行は明日、細かい時間と場所はそちらで決めろ」
「‥‥‥分かりました」

 火魅虎は用件だけを一方的に話すと、身を翻して司令室を出て行ってしまう。
 その様子を部屋の全員が呆然と見入っていた。

 今までの喧騒が嘘のように静まり返った司令室で、桃華だけが爪を噛みながら小声で呟く。

「まさか‥‥あの噂は本当だったの‥‥」

 桃華は火魅虎に関する黒い噂を思い出していた。
 周りから嫌われている幹部の噂には、尾ひれが付くものである。
 桃華も同期の友人から伝え聞いた、火魅虎の噂は眉唾物だと思っていた。
 しかし、とても信じ難い噂話は真実であった。
 桃華は今回の件でその事を確信し、火煉が標的にされた事実を重く受け止め、暗く目を落とす。

 大鳳の部隊長は伝統的に、警察内で最も強力な「炎使い」が就任する事になっていた。
 だから火魅虎は、潜在能力が高く将来的に自分の地位を脅かす恐れのある者を見付けると、模擬戦と称して焼き殺していたのである。
 名目上は模擬戦なので、相手を殺しても訓練中の事故として処理される。
 別に規則を破っている訳では無いし、事故が故意かどうかは本人にしか分からない事であった。

 火魅虎が自分の地位を守る、ただそれだけの為に消した人間は、今までに二人。
 この少なさも、事態が噂止まりになる原因の一つだった。

 何とか対応策を考えなければ、強迫観念に囚われた桃華が必死に思案する。
 今、火煉を失う訳にはいかない‥‥いや、本音の部分では失いたくないと思っていた。

 技の出力だけ見れば、文句無く火煉の圧勝である。
 だが、戦闘技術と実戦経験では、火魅虎との間に絶望的な程の開きがあった。
 一対一でまともにやっても、勝ち目は薄い。

 火魅虎の到着前から密かに練っていた、寝込みを襲うという手段も早々に封じられていた。
 桃華が色々と細工して折角用意した客室の使用を、火魅虎は拒否して乗って来たパトクルーザー内で寝泊りする旨を言い渡していた。
 火魅虎専用のパトクルーザー「鬼火」内へ侵入するのは、司令室に忍び込むより遥かに困難である。
 最新式のセンサーで周囲を完璧に監視しており、センサーに管制された指向性対人機雷が無数に浮遊して船内への浸入をガードしていた。
 この状況で侵入を試みるのは、挽き肉機に頭から突っ込むようなものであった。

 結局桃火は、完全に能力が未知数な「変身」後の火煉に賭けるしかないと結論付けた。

「うぇぇ~~ん、桃華姉様ぁ~~~」
 
 火魅虎の立ち去った司令室では、火煉が鼻水を啜りながら桃華に泣き付いていた。
 桃華の胸に顔を埋め泣きじゃくる火煉を、リーフは傍らで心配そうに見詰める。
 顎を軽く火傷した男打はアービスの付き添いで医務室に行っており、今、司令室に居るのはこの三人だけである。

 桃華は涙や鼻水で上着が濡れるのを気にもせず、自分の胸で泣く火煉の頭を懇ろに撫でる。
 あの火魅虎に、容赦の無い殺気をぶつけられた挙げ句の模擬戦申し込み。火魅虎の噂話を全く知らない火煉であったが、それが死刑宣告だという事を否応無く理解していた。

 もしリーフと共に戦えるのであれば、悲観のあまり泣き出す様な事は無いだろう。
 むしろ闘志をたぎらせて決闘に臨んでいたに違いない。桃華はそう思いながら、火煉達が単独で戦う事を想定しなかった自分を悔やんだ。

 火煉は心の底から信頼するパートナーと共闘できない、たった一人で火魅虎と闘わなくてはならない、二重の逃げられない苦悩に押し潰されていた。
 胸元で泣き震える火煉の頭を両腕で包むように抱いて、桃華は火煉が生き残る為に必要な指示を出す。

「火煉‥‥明日の模擬戦は変身して戦いなさい」
「グスッ‥‥変身すれば‥‥勝てるかな?‥‥」

 変身して戦った事の無い火煉は、正直に不安を漏らした。
 桃華はそんな火煉を勇気付けるように、自信に満ちた声で続ける。

「絶対に大丈夫、変身した火煉とリーフに勝てる奴なんて、この宇宙に存在しないわ。だから何も怖がる必要は無いのよ」

 まるで天啓を授かるような心境で聞いている火煉の、敬愛と妄信に染まった精神に桃華の言葉が染み込んでいく。
 桃華の方も、口から出任せを言っている訳ではなかった。
 あの夜、輝くような美しさを持つ炎の化身を初めて目の当たりにした時、桃華は奥歯がガチガチと鳴るほどの戦慄を覚えていたのである。
 変身後の能力が実際にどの程度か、本気を出した火魅虎の戦闘力はどれ位なのか、どちらも全く分からないが、勝算は火煉が思っているほど低くは無いと考えていた。
 後は火煉が実力を出し切れるように、恐怖や不安を和らげてやるのが、今の桃華に出来る全てであった。

「油断さえしなければ必ず勝てる相手なんだから、もっと自信を持って、ね?」
「はい‥‥ありがとうございます桃華姉様、凄く勇気が湧いて来ました」

 絶大な信頼を寄せる姉の言葉を無条件で受け入れると、涙で赤く腫れた目を桃華に向けて、力強く頷いた。

 翌日、桃華の操縦する輸送船が、決戦の地であるインドの山岳部へと向かっていた。
 桃華は操縦をしながら、船室に居る火煉を思い、散々に気を揉む。
 勇気付けはしたが、今になって不安のあまり泣いてはいまいか? 恐怖のあまり震えてはいまいか? 桃華はまるで自身の事の様に心労と心配を堆積させていた。

 火魅虎に決闘の時間と場所を伝えた折に、相手から出されたルールは一つ。
 完全に一対一、二人だけでの演習であり、当事者以外は演習場に近付く事すら許さないという物であった。
 演習場に火煉を送り届ける桃華も例外ではなく、火煉を降ろしたら直ぐに帰還しなくてはならない。

 桃華が気分を落ち着かせる為に、傍らから好物の魚肉ソーセージを取り出した所で、唐突にアラームがけたたましく鳴り渡り、驚いてソーセージを取り落としてしまう。
 HUDに脅威対象の拡大映像が表示され、桃華は血眼で確認作業に入る。

「まさか、ここまでするなんて‥‥」

 警報の原因が火魅虎の散布した対空機雷だったのを確認すると、驚愕のあまり声を漏らした。
 
 敵味方識別装置が正常に作動しているのなら警報は鳴らない。これは、許可無く近付く者は誰であろうと容赦しないという火魅虎の意思表示であった。
 火魅虎の思惑を理解した桃華は、ディスプレイに映る棘の生えた鉄球を不機嫌そうに睨み付ける。

 このまま進む訳にはいかないので、機体を停止させると、鳴った時と同様に突然警報音が止む。
 敵味方識別装置が一時的に作動したらしく、機雷群は輸送船の進行方向を避けるように移動し、道を空けた。

 同じ頃、小隊輸送用の広い船室内で、火煉は独り静かに目を瞑り、精神を集中させていた。
 黙々と深呼吸をしながら、左手首に巻かれたライトグリーンのリボンに右手を重ねる。
 これは出発前にリーフが、愛用しているリボンをお守り代わりと言って巻いてくれた物であった。

 船底から伝わる振動で、目的地への到着を知った火煉は、ゆっくりと目蓋を上げる。
 そこに現れた両の瞳には、燃え盛る真っ赤な炎が宿っていた。

 強風吹き荒れる山間の盆地に、火煉はしっかりとした足取りで降り立つ。
 その正面には、殺気を全身に漲らせた火魅虎が仁王立ちで待ち構えていた。

「五秒の遅刻だ‥‥時間も守れんのか屑め」
「‥‥‥‥‥‥」

 火煉は火魅虎の挑発に応ずる事なく、黙して唯相手を見据えていた。

 一方、火煉を降ろして飛び去った輸送船のコクピットでは、桃華が操縦を自動帰還モードに切り替えていた。
 そして、輸送船が丁度山の陰、火魅虎から死角になる所を通り過ぎるタイミングで、緊急脱出口から飛び降りる。

 桃華は大きく大の字になりながら、目標地点へと降下していく。
 地面に接触する寸前で、腹部に装着していたパックから衝撃吸収ガスの詰まったエアバッグが飛び出し、桃華の全身を包み込む。
 饅頭の様に膨らんだ袋が、バスンと布団を叩いた様な音を出して接地した。
 役目を終えて急速に収縮するエアバッグを廃棄すると、桃華は手早く装備を確認する。

「‥‥これで二対一よ、待っててね火煉、今すぐ助けに行くから」

 そう言って重装備を物ともせずに、岩陰を縫うように射撃ポイントへと疾駆した。

 火煉は遥か上空を飛び去る輸送船を一瞥すると、意を決して力の限りに叫ぶ。

「変・身!!」

 可愛らしい声が岩山に響き渡り、胸のゴッドアルファ・コアが眩い輝きを放つ。

 風に揺れる黒髪が、真紅に染まりながら長く伸びていく。
 可愛らしかった顔が鮮烈な美貌へと変化し、その中心には太陽のように煌めく紅い瞳が現れた。
 高い伸縮性を誇る戦闘用レオタードの胸部が、膨張する胸肉に内から押し上げられ、魅惑的な膨らみを形成する。
 腕と脚も理想の形に伸長していき、黄金率ともいえる完璧なプロポーションを完成させた。

 呆然と信じられない激変を静観していた火魅虎の眼前に、灼熱のオーラを身に纏った炎の女神が顕現した。

 火魅虎は本能が感じた恐怖を理性で押さえ込むと、先手必勝とばかりに能力を発動する。

「ぐっ‥‥行くぞ! ヘル・ファイア!」

 必殺技発動に必要な脳内イメージを描き易くする為に、気合いと共に技の名前を唱えると、片膝をついて右手を地面に落とす。
 直後、火煉の真下から猛烈な勢いで炎の柱が吹き上がった。

 常人であれば、即座に蒸発してしまうような高温の中、火煉は涼しい顔で佇んでいた。
 火煉が薄く笑うと、ゴッドアルファ・コアが周囲の炎を丸ごと吸収してしまう。

「う~ん‥‥今一だな、もっとマシな技は無いの?」

 火煉はあからさまな態度で見下しながら、火魅虎を挑発した。
 若造の小生意気な態度に、頭の血管が三本ほど同時に切れた火魅虎は、挑発に乗って最終奥義を繰り出す。

「そのふざけた態度を絶対に後悔させてやる! カッ飛べ俺の、フェニックス・ミサイル!!」

 獣の様に血走った目が紅く光り、全身から発せられた熱気が、周りの空気を歪める。
 十分に気合いを溜め込むと、腕を伸ばして掌を天にかざした。
 その掌の先に、燃え盛る火球が出現し、次第に大きさを増してゆく。

「死にさらせぇ~~~!」

 火魅虎は殺気の塊を口から吐き出すと、掲げた腕を火煉に向けて渾身の力で振り下ろした。
 全力で解き放たれた高熱の球体から、二本の安定翼が飛び出し、さながら両翼を広げて飛ぶ鳳凰の様に、火煉へと襲い掛かる。
 しかし、火煉に近付くにつれ炎の形が崩れていき、とぐろを巻きながら難無くゴッドアルファ・コアに吸い上げてられてしまう。
 火魅虎の全身全霊を賭けた一撃も、結局火煉に傷一つ付けられずに消えてしまった。

「中々面白い技だね、さてと、もうそろそろ反撃してみるかな」
「‥‥‥フン」

 火魅虎は引きつった笑いを浮かべて、じりじりと後退しながら、ポケットに忍ばせておいた遠隔装置のボタンを押した。

 決闘場を臨む高台に鎮座している火魅虎専用のパトクルーザーが、マスターの命令を遂行すべく動き出す。
 鬼火の主砲として搭載されている二連装九十粍機関砲が旋回を始め、砲口が徐々に目標へと近付いていく。
 火煉に照準を合わせ、安全装置を外した瞬間、主砲塔が閃光と共に大爆音を轟かせた。

 突然の轟音に驚いた火煉は、正面の火魅虎を気に留める事無く、音のした方向に振り向く。

 そこでは高台に停まっているパトクルーザーが、内部で誘爆を起こしながら黒煙を吹き上げていた。
 さらに注意深く眺めると、大きな風穴が空いた砲塔内の主砲が自分に向けられており、火煉はその事実に戦慄する。
 砲塔へと伸びる細い飛行機雲の元に目を向けると、歩兵携帯式の対艦ミサイルランチャーを担いだ桃華が、火煉に勝利のVサインを送っていた。

「桃華姉様‥‥」

 火煉は予想外の嬉しい支援に顔をほころばせる。だが、それも一瞬の事で、火魅虎の薄汚いやり口に心底憤慨して、敵を睨み付けた。

「ぐむむ‥‥‥」

 火煉に憤怒の形相を向けられた火魅虎は、冷や汗を掻きながら必死に打開策を練る。
 だが、もうすでに万策は尽きていた。
 最早窮鼠と化した火魅虎は、神々しい火煉の叫び声を聞いて絶望する。

「ゴッドアルファ・フェニックス・ミサイル!!」

 火煉は先程火魅虎の放った必殺技名を唱えると、火魅虎と全く同じ動作で、掌を天に向ける。
 ゴッドアルファ・コアは、吸い取った火魅虎の技をコピーしていたのだ。
 火煉の頭上に、まるで太陽を小型化したような球体が出現し、山と大地を朱色に照らす。
 その小さな太陽から、大きな二枚の羽根と長い首が生え、孔雀の形へと変貌していった。
 火炎の卵から生まれ出た鳳凰は、火魅虎を威嚇するように一鳴きすると、猛然と標的目掛けて羽ばたく。
 恐怖の余り足が震えて、逃げる事も出来ない火魅虎は、その様子を放心しながら見続けていた。

 火の鳥は、火の粉を撒き散らしながら標的に向かって高速で直進する。
 そして、身を竦ませる火魅虎にぶつかる直前で、肌の表面を焼きながら急上昇した。

「嫌ァァァァァァァァァァ~~~~~!!」

 普段の火魅虎からは想像も付かないような甲高い悲鳴を残して、倒れるようにひっくり返ると、そのまま動かなくなる。

 火煉が敢えて止めを刺さなかったのは、まだ試していない技が残っていたからである。
 上空を優雅に旋回していた不死の怪鳥は、火煉の肩に止まると一鳴きして、ゴッドアルファ・コアの中へ吸い込まれるように帰っていった。

 倒れたまま動かない火魅虎に、火煉は無造作に近付くと状態を確認する。
 火魅虎は白目を剥いて痙攣しており、股の間に出来た水溜りからは湯気が立っていた。
 敵手の余りに情けない格好に、火煉の闘志が急速に萎えてしまう。

 戦闘の終了を確信すると、火煉は変身を解き、元の愛らしい姿へと戻ってゆく。
 変身が完了した所で、合流した桃華が感無量の態で火煉に抱き付いた。

「やったわね火煉! 大金星よ!」
「いえ‥‥勝てたのは桃華姉様とリーフのお陰です」

 火煉は朗らかに笑いながら、リーフから贈られた友情の証にそっと指を這わせる。

「火煉の変身して戦う姿、とっても綺麗で素敵だったわよ」
「ありがとうございます‥‥嬉しいです桃華姉様」

 姉に手放しで褒められて、火煉は嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。
 火煉の表情を見て意を決した桃華は、耳元で囁くように秘密を告白する。

「ところで火煉、実は私も変身出来るんだけど‥‥‥見たい?」

 今、このタイミングで桃華が打ち明けるのは、変身という秘密の共有を印象付けて、受け入れ易くする為であった。
 それに加え、アービス攻略を前にして、変身後の能力を計るのに丁度良いサンプルが、目の前に転がっていたのである。
 桃華が何の脈絡も無く、突拍子も無い事を言い出したにも関わらず、火煉は目を輝かせて熱烈に合意する。

「見たいです! 変身した桃華姉様、凄く見たいです!」

 火煉の想像を絶する激しい反応に、かえって言い出した桃華の方がたじろぐ。

「そ‥‥そう、それなら期待に応えるしか無いわね」

 表情を引き締めて桃華は大きく息を吸うと、鬼気を全身に巡らせ天に吼える。

「‥‥天よ地よ、火よ水よ、我に力を与えたまえ!」

 桃華の絶叫が空を裂き、岩山に木霊した。
 直後、桃華の身体に変化が現れ始める。
 
 直毛の長髪は白から銀へ、瞳孔が鈍い赤紫に、肌全体が白雪色に変色していく。
 額の両端からは、桔梗色の綺麗な角が生え、鋭利な頭角を光らせる。
 最後にショーツを突き破って、スカートの中から爬虫類の持つ深緑色の尻尾がズルリと垂れ落ちた。

 日光を浴びて淡い輝きを放つさらりとした銀髪と、きめ細かな雪色の肌、それとは対照的な鈍く暗い赤紫の双眸と、美しくも妖しい光を宿した角、禍々しい蜥蜴の尻尾が、それぞれに存在感を主張し合い、美と醜の混在する独特な魅力を生み出していた。

 変身の完結した桃華は、新しい身体の機能を確かめるように、手の爪を伸縮させたり、尻尾を鞭の様に振るった後、満足そうに目を細める。

 この姿こそ、融合したゲドーと御蓮寺桃華の完全形態である。
 だが、この融合完全体に変態出来るという事は、融合が深く進行してしまい、桃華の精神と遺伝情報を排出して元のゲドーに戻れなくなった事を意味していた。
 この事に関しては、前々から覚悟を固めていた。
 桃華の身体で洗脳を進めている以上、任務に失敗でもしない限り、地球人類とかけ離れた容姿のゲドーに戻る訳にはいかなかったのである。

「最高に素敵です。桃華姉様」

 ファンタジーRPGに登場する異世界種族のような姿に、火煉の胸がときめく。
 外見的には少々の変色に尻尾と角が生えただけなので、抵抗は少ないだろうと期待していたが、ここまで喜ばれるのは桃華にとって意外であった。

「フフ‥‥ありがとう火煉。どう? 私の尻尾に触ってみる?」
「はい、桃華姉様の尻尾‥‥触りたいです」

 桃華は柔和に微笑むと、尻尾を器用に操り、火煉の頬をその先端で撫でる。
 火煉も気持ち良さ気に手で触りながら、頬刷りをして応えた。

 滑らかな肌触りとプヨプヨした質感を、陶然とした顔付きで心底堪能する火煉。

「凄く気持ち良い。それに、良い匂い‥‥」

 今まで桃華の体内にあった尻尾の放つ、濃厚な体臭に堪らなくなった火煉は、深緑色の表皮に舌を這わせると、先端部分を小さい口で咥え美味しそうにしゃぶり始める。
 そんな火煉の可愛い反応を、桃華は楽しそうに観賞していた。

「ところで、このゴミどうしましょう‥‥まぁ折角だから廃品利用といきますか」

 桃華は恐怖に顔を引きつらせたまま気を失っている火魅虎の傍らに立つと、桃色の息を吹き掛けた。
 これこそは桃華の新必殺技「桃色吐息EX」である。
 完全体となった桃華が全身全霊を込めて練り上げ調合した、超絶な催淫効果を持つ究極の高性能洗脳薬なのだ。

 桃色吐息EXの覚醒効果により目を覚ました火魅虎は、濁った瞳で快晴の空をぼんやりと見上げた。

「さぁ、火魅虎‥‥私の事は分かる?」

 桃華は妖艶に哂いながら、火魅虎の顎を指で摘み強引に自分の方へ捻る。

「‥‥‥御蓮寺桃華‥‥‥辺境に飛ばされた‥‥‥雑魚‥‥」

 その時、左手のリボンを優しく撫で擦っていた火煉は、楽器の弦が切れた音を耳にする。

「全っ然! 違うわよ、私は貴女が仕える主‥‥ご主人様よ、貴女は私の奴隷なの」

 桃華は角の下に血管を浮かせながら、自信満々に断言した。
 桃色吐息の効果を極限まで高めたEXバージョンに、不可能は無い筈であった。

「‥‥違う‥‥‥雑魚如きに‥‥‥従ものか‥‥」

 火魅虎の高過ぎるプライドが、桃色吐息EXの効果に歯止めを掛けていた。
 その時、左手のリボンを優しく撫で擦っていた火煉は、楽器の弦が連続で切れた音を耳にする。

「フフ‥‥口で言って分からないのであれば、実力行使をするしか無いわね」

 桃華は身の毛もよだつような満面の笑みを哀れな獲物に向けて、手の爪を伸ばして鉤爪状に変化させる。
 その長く鋭い爪は、自在に形を変えながら、火魅虎の着衣だけを切り刻いた。

「何時まで寝てるのよ」

 笑顔のままで冷たい声を吐き捨てると、蜥蜴の尻尾を火魅虎の胴に巻き付けて、物凄い力で引き上げて強制的に立たせた。
 山間に流れる強風に身体全体を撫でられた火魅虎は、寒さではない感覚に震える。
 桃色吐息EXの影響により全身が極限まで過敏になっている火魅虎は、素肌や陰毛を風に愛撫されているような錯覚を覚えていた。
 この刺激が引き金となり、もっと強くもっと深い快楽を切望する思いが、胸の内から止め処無く湧き上がる。
 
 桃華は火魅虎の吐く息が熱を帯びていくのを見て取ると、スカートを寒空の中躊躇わずに脱ぎ、変身時に大きく裂けたショーツを破り捨てた。
 そして火魅虎に見せ付けるように、淫核を凶悪な形に膨らませる。

「どう? これが欲しい?」 

 尻尾を操り火魅虎に四つん這いの格好をさせた桃華は、筋立つ巨棒を火魅虎の鼻先に突き付けた。

「‥‥‥うぅ‥‥‥あぅ‥‥‥」

 桃華の雄々しい一物に熱い息を掛けながらも、火魅虎の理性とプライドが正直になる事を拒む。

「あら? まともに喋れないほど欲しいの‥‥分かったわ、タップリ味あわせてあげる」

 桃華は火魅虎の答えを待たずに決め付けると、バックの位置から両手でガッチリと腰を固定して、気遣いは無用とばかりに限界まで膨張した魔羅を思い切り菊門に突き込んだ。
 ニチニチと肉の潰れる音を立てながら、火魅虎の体内に野太い陰茎が埋没していく。

「あぐぁっ‥‥うぐぅぅぅ‥‥‥」

 予想外の奇襲に、火魅虎は目を剥いて、くぐもった悲鳴を上げた。
 桃華の破壊的なアナル攻めを受けても、強靭な火魅虎の肉体は、壊れる事無く剛直を受け入れてしまう。
 最初は強烈な痛みと苦しみしか感じなかったが、二突き目で苦痛が半分になり、三突き目で苦痛が完全に消え、四突き目で快楽が芽生え、その後は一突き毎に快楽が増していった。

「‥‥あふっ‥‥あんっ‥‥‥何これ‥‥気持ち良い‥‥‥はふんっ‥‥」

 犬の様な格好で後ろを乱暴に犯されている火魅虎は、激しい快感に戸惑いながらも、それを次第に受け入れていく。
 半開きの口から舌と涎を垂らして身悶える火魅虎を滅茶苦茶に突きながら、桃華は白い手を廻して長めの陰毛を指に絡めてくすぐるように愛撫する。
 そして、いよいよ絶頂間近という所で、狙い済ましたようにピタリと動きを止めてしまった。

「ごめんなさいね、サービスはここまでなの‥‥」

 言葉とは裏腹に、嬉々として喋る桃華。

「‥‥あう゛っ‥‥そんなの‥‥‥嫌‥‥嫌です‥‥‥うぅっ‥‥」

 火魅虎は必死に腰を振って快楽を得ようとするが、桃華もその動きに合わせて腰を振るので、一向に快楽が得られない。
 おねだりしたいのに出来ない、理性と本能の板挟みに苦しむ火魅虎を、桃華は愉しむように見ていた。

「あらそう‥‥全く期待通りの反応で嬉しくなるわ‥‥そんな火魅虎に特別サービスよ、じっくり味わってね」

 ゴプッ‥‥ゴプゴプゴプッ‥‥

 火魅虎の体内に埋まったままの肉棒から、桃華の体内で合成したグリセリンを勢い良く放出した。
 みるみる浣腸液が大腸を埋め尽くし、火魅虎の腹部が膨らんでゆく。

 桃華は液を放出しながらゆっくりと抽送を再開し、限界まで張った火魅虎の腹を尻尾で打ち付けた。
 鞭が肉を叩く音が山の澄んだ空気を震わせ、失禁によって発生した水音が弱々しく後に続いた。

「ひぎぃぃぃぃぃぃ‥‥‥ぐ‥‥ぐるじい‥‥たすげ‥て‥‥‥ひぐぅ‥‥」

 火魅虎は全身に玉の様な汗を浮かべて、眉を寄せ歯を食い縛って苦しみに耐える。
 だがそれも長続きせず、あっさりと弱音を漏らした。

「‥‥しんじゃう‥‥‥あぐぅ‥‥もう‥‥ゆるじで‥‥‥おねがい‥‥」
「私の命令に絶対服従する忠実な下僕になるなら許してあげる‥‥‥どう? 私の下僕になる?」

 そう言いながら、腰の動きも浣腸液の放出も止めずに、火魅虎を徹底的に追い詰めた。
 内臓が破裂する寸前の気も狂わんばかりの苦痛に、火魅虎の自尊心は根元から折れてしまう。

「ぐぎっ‥‥な‥‥なりまず‥‥ぐすっ‥‥ももかざま‥‥しもべ‥‥なる‥‥なんでも‥ぐずっ‥‥いうごと‥‥きぎます‥‥」

 火魅虎は涙と鼻水を垂れ流しながら、喋るのも困難な状況の中、死に物狂いで隷属を懇願した。
 一方の桃華は、結果に満足し溜め息を一つ吐くと、尻穴に刺さった一物を引き抜いて、直ぐに火魅虎の横へと避難する。
 栓を抜いた途端、火魅虎の開ききった穴から、びちゃびちゃと下品な音を立てて、噴水の様に汚液が吹き出た。

「はうっ‥‥はあっ‥‥‥あふぅぅぅぅぅぅぅぅんん‥‥‥あはぁ‥‥はぁ‥‥」

 桃華は四つん這いのまま、夢中で排泄行為に没頭している火魅虎の前に回り込み、快楽と薬で濁った紅い瞳を覗き込む。

「私の下僕になれて、気持ち良い?」
「‥‥はい‥‥‥気持ち良い‥‥です‥‥‥」
「私の下僕になれて、幸せ?」
「‥はい‥‥幸せです‥‥」

 桃華は巧みに、猛烈な排泄に伴う魂が抜け落ちるほどの恍惚感を、隷属の快感にすり替えた。
 抵抗していた心が折れて、薬に侵されきった脳は、桃華の言葉を絶対の真理として受け入れていく。

「貴女は気持ち良くなりたくて、幸せになりたくて、私の下僕になる事を心の底から望んだ。そして私がそれを受け入れた‥‥‥火魅虎、今の幸福、今の恍惚を絶対に忘れては駄目よ」
「はい、桃華様‥‥‥私を下僕にしていただき、本当にありがとうございます」

 すっかり主に媚びる奴隷の顔になった火魅虎に、桃華は最終確認を行う。

「さぁ、火魅虎‥‥私の事は分かる?」
「はい‥‥御蓮寺桃華様、私がお仕えしているご主人様です」

 火魅虎は少しも逡巡せずに、決然とした態度で答えた。
 そんな彼女を見る桃華の目から、先程までの攻撃的な色が消えていく。

「その通りよ、貴女は私に仕えるために生まれてきたの。私に服従するのが貴女の存在意義なのよ」
「私は、桃華様に仕えるために、生まれた‥‥服従、私の存在意義‥‥」

 隷属への陶酔が色濃く浮かんだ面容で、火魅虎は暗示を噛み締めるように復唱した。
 桃華の言葉が、洗脳薬により抵抗無く深層意識に溶け込んでいく。
 悪辣で計画的な桃華の暗示が、高慢な自尊心の権化を桃華に忠実な奴隷へと隅々まで塗り替えてしまった。

「火魅虎、貴女は何?‥‥」
「私は‥‥桃華様にお仕えし服従するために生まれた存在‥‥桃華様のご命令に従うのが私の生きる意味です」

 崇拝の輝きを湛えた目で、奴隷に堕ちた事を証明した火魅虎。
 桃華はその背筋を指でなぞりながら後方へ移動すると、張りのある尻肉に手を這わせて揉みながら、今度は優しくいたわる様な動きでゆるやかに剛直を窄まりに埋めていく。
 
「‥‥あふっ‥あふぁぁぁぁぁ‥‥‥ああんっ‥‥」

 待望していた尻穴への挿入による悦楽で、火魅虎の膝がガクガクと震え、股の下に愛液が滴り落ちる。
 桃華は腰を微妙に回転させながら、大きく前後に動かし、次第に腰のスピードを増していく。
 腸内に残った浣腸液が潤滑油代わりになり、スムーズな抽送を助けていた。
 粘液と肉が絡み合う音と、柔肌が打ち合う音を聞きながら、二人は競うように行為の熱を上げていった。

「忠実な下僕に生まれ変わった火魅虎に、ご褒美をあげなくちゃね」
「あ‥‥ご褒美‥‥光栄です桃華様‥‥」

 態度の豹変した桃華の優しい言葉に、火魅虎は嬉しそうに甘えた声で応えた。

 桃華の尻尾が鎌首をもたげて、火魅虎の股間に向けじわりと接近する。
 上に昇りながら先端部分で花弁の周囲を軽くなぞった後、絡み付く様に充血した肉豆を撫で回した。

「‥‥あひいっ‥‥はぐっ‥‥あぎいっ‥‥」

 指先よりも柔らかく弾力のある尻尾に急所を蹂躙され、火魅虎は狂ったように頭を振って悶える。

「喜んで貰えて嬉しいわ‥‥でも、これで終わりじゃ無いのよ」

 蠢く尻尾は淫核を解放すると、愛液でふやけた秘裂に狙いを定め、鼠を狙う猫の様に力を溜め込んだ。
 そして、桃華が肉棒を深く突き入れるのと同時に、溜めた力を一気に解放して飛び出すように膣内へと突入する。
 勢いのままに膣壁を押し広げながら侵入し、最奥にたどり着いた先端が子宮口に突き刺さった。

「~~~っっっっ!!‥‥‥‥」

 今まで味わった事の無い強烈で異常な感覚に、火魅虎の脳神経に火花が走り、声にならない声を漏らした。

 桃華は火魅虎の様子を見て微笑むと、尻尾の先を傘状に丸めてゴリゴリと膣内を掻き回す。
 その間も、両手でしっかりと火魅虎の腰を固定しつつ、絶え間無く剛直でアナルを攻め立てていた。
 火魅虎は体内で巻き起こる暴虐に精神を焼かれながら、豊満な胸を揺らして、熱を帯びた褐色の身体を震わせる。

「火魅虎‥‥気持ち良い?」
「‥‥はい‥‥最高に‥‥気持ち良いです‥‥」
「もう、イキそう?」
「はい‥‥もう‥‥イキそうです‥‥」

 両穴攻めによる未曾有の快楽に蕩けた面で、火魅虎は限界が近い事を白状した。
 その言葉を受けて、桃華の腰と尻尾がさらに強く速い動きに変わる。
 
「‥‥あひっ‥‥いぐっ‥‥あっ‥あ゛ぐお゛お゛お゛ぉぉぉぉぉぉぉぉ‥‥‥」

 散々に追い込まれた火魅虎は、山脈中に響き渡る様な咆哮を上げると、あらゆる体液を噴き出して豪快に昇天した。
 桃華も息を合わせて、絶頂により収縮し分身を締め付ける直腸内に薬液を発射する。
 桃華は膣から抜いた尻尾を使い火魅虎の上半身を引き上げると、繋がったままの姿勢で柔らかい巨乳を揉みながら、耳元で妖しく囁く。 

「フフ‥‥火魅虎には大鳳を無力化する為の尖兵になって貰うわ」
「‥‥はぁ‥はぁ‥‥はい‥‥桃華様‥‥」

 火魅虎は荒い息を吐きながら顔を紅潮させて、部下を裏切り毒牙に掛けろという桃華の命令を喜んで受諾した。

 洗脳完了より三日後、鬼火の修理が完了し本部に帰還する火魅虎を、桃華が見送っていた。

「活躍に期待しているわよ、火魅虎」
「はい、全て桃華様のご命令通りに‥‥朗報をお待ち下さい」

 桃華は火魅虎が桃色吐息を使えるように、肉体改造薬を打ち込んでいた。
 目的はもちろん、火魅虎という最高の駒を使って、大鳳の幹部連中を洗脳させる為である。
 火魅虎の能力と立場を考えれば、成功確率はかなり高いと踏んでいた。

「何か困った事があったら、直ぐに連絡するのよ」
「承知しました‥‥‥‥それでは、行って参ります」

 深く一礼して、鬼火に乗り込む火魅虎を、桃華は期待を込めて眺める。
 
「これが上手く行けば最大の脅威が消える。後はアービスを洗脳するだけね‥‥‥邪皇帝様、もう少しで御座います」

 桃華は少し憂いを帯びた声でそう呟くと、久しく見ていない邪皇帝の笑顔を思い浮かべていた。

 火魅虎を見送り終えた桃華は、派出所の面々と食堂で夕食をとっていた。

「地球の食料って本当に美味しいわね‥」

 桃華はカレーを頬張りながら嬉しそうに話す。
 自分の出身星に食を楽しむという文化の無かった桃華は、食を楽しむ地球の食文化にカルチャーショックを受けていたのだ。
 ちなみに広大な宇宙には、あらゆる排泄行為を楽しむ文化を持つ「トゥトゥ星」という惑星も存在するのだが、興味本位で来る他星からの旅行者はほとんどが逃げ帰るそうな。

 美味しい食事を堪能し上機嫌の桃華は、鼻歌を歌いながら自室に向かう。
 そんな桃華を突然の異変が襲った。

「‥‥あれ?‥‥なん‥‥で‥‥」

 急激に体全体から力が抜け、床に崩れ落ちる。
 朦朧とした意識が完全に断たれる前に桃華が見たのは、自分に向かって歩く人影であった。

「‥‥ん‥‥‥‥う‥‥」

 強い光を当てられ目を覚ました桃華は、眩い光に目をしかめながら、ゆっくりと周囲を見渡す。

 白いタイルで覆われた壁と床、横に並ぶ数々の医療機器、そこは医務室内にある無菌手術室であった。
 桃華は起き上がろうとするが体が動かない、よく見ると手術台の上で四肢が固定されており、その時になってようやく自己の置かれた状況を把握する。
 血の気が引いた顔を天井に向けていると、壁に埋め込まれたスピーカーから男打の声が響いた。

「どうやら気が付いた様だね、気分はどうだい? 桃華君」
「‥‥聞かなくても分かるでしょう‥‥最低最悪よ‥‥」
「まあ‥‥そうだろうね」

 そして、手術室全体を一望出来る大きなガラス窓に男打の姿が現れる。その表情は何故か非常に温和な物であった。
 桃華はそんな男打を怨嗟に満ちた視線で睨み付ける。

「変態だとは思っていたけど、まさかこれ程とは‥‥‥もう末期ね」
「はっはっは、桃華君、そんなに褒めないでくれ。僕を褒めても何も出ないぞ」
「‥‥‥‥‥‥‥」

 立場の優劣は歴然としている、こんな状態で嫌味を言っても逆効果、そう思った桃華は無駄口をたたくのを止めた。

「何故このような真似を‥‥部下への虐待は重大な規定違反ですよ‥‥」
「じゃあパトシップのフライトレコーダー改竄は規定違反じゃ無いのかい? そもそも君は本当に僕の部下なのかい?」
「‥‥ぐ‥‥それは‥‥」

 男打の鋭い指摘に桃華は口篭もる。

「ちゃんと答えられなければ、違反に対する罰として、新型ナノマスィーンで君を素直な良い子に改造する」
「‥‥! バカな! 医療目的以外での使用は犯罪行為だぞ! 貴様それでも警察官か!」
「え? あー‥‥でもみんなやってる事だし‥‥バレなければ問題無いし‥‥」

 桃華の激しい怒声を浴びても、男打は涼しい顔で受け流した。

 ナノマシンの効果は非常に高い、悪用を避ける為に法で規制するのは当然の流れであった。ちなみにもし違法使用が発覚したら例外無く極刑となる。
 この時桃華は薬品に強い耐性を持つ自分が、どんな方法で眠らされたのかを知った。

「はい! 時間切れですよ、それじゃあこれから桃華君には僕のメス奴隷になってもらおうかな」
「フン、私の正体は‥‥」
「知ってるよ、ゲドーでしょ」
「‥‥!?」
「邪皇帝の配下で変身能力を持つのは君だけだからね、フライトレコーダーの復元には多少手間取ったけど、それが済んでから後は案外簡単だったよ」

 予想外の言葉に桃華は絶句する。
 何故男打は無菌室の桃華とスピーカー越しに話をするのか、それは男打が桃華の能力を知っているからであった。
 桃華はフライトレコーダーの改竄を足掛かりに、全てを調べ上げた男打の能力を過小評価していた事を悔やんだ。

「もう元には戻れないんでしょ? これからは僕の女としてずっと大切にしてあげるからね」

 そう言って男打は、かつてアービスの治療をする為に、あらゆる強引な手段を使って地球派出所に導入させたナノマシン治療器を操作する。 
 本来、派出所規模の施設に高額なナノマシン治療器が導入されるのは有り得ない事であった。

「桃華君には、上司に忠実で仕事熱心な理想の部下、兼、主人に忠実で美人な理想の性奴隷、に生まれ変わってもらうよ」
 
 手術台の下から先端にナノマシン注入器の付いたロボットアームが伸び、桃華の首に取り付く。
 注入器の発するプシュという作動音を聞いた桃華は、自分の敗北を悟り静かに目を瞑った。
 注入されたナノマシンは桃華の脳を目指して一斉に移動していく。
 数秒後、突然桃華は白目を剥き激しく痙攣する、だがそれも数秒で収まり脱力して動かなくなった。

 手術中を示すランプが消え、拘束具が自動で外れる。
 桃華は緩慢な動作で上半身を起こすと、焦点の合わない目を彷徨わせる、その瞳が男打の姿を捉えると視線を固定した。

「‥‥‥あぅ‥‥‥主‥‥様‥‥」

 桃華の瞳は、仕える主を見付けた喜びで潤んでいた。

 ここ、司令室では男打が桃華の注いだワインを飲みつつ、全裸で漢気あふれる仁王立ちをしていた。
 その下では、同じく全裸の桃華が男打の剛直を幸福に満ちた顔で一心不乱に奉仕し、アービスが菊門の皺に夢中で舌を這わせていた。

「‥んふぅ‥‥主様‥‥おいしい‥‥チュプ‥‥‥ジュプ‥‥‥ジュプッ‥‥‥」

 桃華は幸福感に満ちた瞳で上目遣いに主を見ながら、男打の分身を根元まで咥え込み、口内の空気圧を器用に調節して全体を密着させ、全てを搾り取るかのように、桃色の唇を前後に大きく躍動させた。
 艶やかな白い髪を躍らせている桃華の正面では、アービスが情熱的に舌を蠢かせてアナル全体を徹底的に責め上げる。

 高い技量を持つ二人の同時攻撃により、男打は呆気なく崖っぷちに追い込まれた。
 そしてアービスが窄めた舌をツプと突き入れたのが決め手となり、男打は欲望を一気に放出する。
 桃華は勢い良く噴出する濁流を残さず受け入れて、至福の表情で味わいながらゆっくりと飲み込んだ。

「ふぅ‥‥主様、とても美味しかったです、ありがとうございました‥‥」

 甘美なご褒美を堪能した桃華は、淫らに微笑んで奉仕を許可してくれた主に心からの謝礼を述べた。

「‥‥‥‥もう満足したかご主人様‥‥‥‥桃華と僕の合体攻撃は最強だ‥‥‥‥まだまだこんな物では無いぞ‥‥‥‥」

 地獄に住む魔女の様な妖しい表情で迫り来るアービスを、男打は恐怖に頬を引きつらせながら見詰めるのであった。

「主様‥‥邪帝国の方は如何なさいますか?」

 制服を着て性奴隷モードから副指令モードに切り替わった桃華が男打に尋ねた。

「うーん‥‥アレを潰しちゃうと桃華君がここに居る理由が無くなってしまうからなぁ‥‥まぁ放っておいても良いんじゃない?」
「そうですね、もう邪帝国には殆ど戦力が残っていませんし、恐らく問題は無いでしょう‥‥‥‥」

 一旦話を区切ると、桃華は妖艶な微笑みを浮かべて次を続ける。

「主様、それなら邪帝国の女を手に入れるというのはどうでしょうか?」
「ほう‥‥それは斬新なプランだ」

 桃華の提案に興味を持った男打が身を乗り出す。

「邪帝国の近衛騎士は全員女です、彼女達の中には、思わず見惚れてしまうような美女が何名かおります」
「よし! 現時刻を以って桃華君の立案した作戦を承認する! 頼んだぞ桃華君!」

 男打が燃える瞳で命令を下す、桃華は流麗な動作の敬礼でそれに応えた。

「了解しました、お任せ下さい主様‥‥‥これより私は『ゲドー』の化けた『御蓮寺桃華』として邪帝国内部に潜入します。任務に失敗しておめおめと逃げ帰った事にすれば、怪しまれる事も無いでしょう」
「はっはっは、朗報を期待しているよ桃華君」

 この時、男打達は邪帝国に対してとんでもない過小評価をしていた。
 邪帝国は高度なハッキング技術を用いて、宇宙警察への入隊を拒否したゴッドアルファ所持者のデータを、全て盗み出していたのだ。

 もし桃華の邪帝国潜入が決まっていなかったら、今後の歴史が大きく変わっていたかもしれない‥‥

 ◎ゴッドアルファ・コア所持者リスト〔最新版〕

 「アービス=レイクフスカ」
 宇宙警察所属
 第7852星区12級惑星地球派出所勤務
 階級 3等警部(審査基準の変更により二階級特進)

 「リーフ=ホーリーウッド」
 宇宙警察所属
 第7852星区12級惑星地球派出所勤務
 階級 3等警部(審査基準の変更により二階級特進)

 「暁 火煉」(あかつき かれん)
 宇宙警察所属
 第7852星区12級惑星地球派出所勤務
 階級 3等警部(審査基準の変更により二階級特進)

 「白 聖鈴」(パイ シェンリン)
 現在消息不明

 「アースマテール=カーリィ」
 現在消息不明

 「クローア=B=ダークフェザー」
 現在消息不明

  以上

 桃華と火煉は、派出所のバルコニーで身体を寄せ合いながら、海に沈む夕日を眺めていた。
 気持ち良さそうに風を受けていた火煉が、夕日色に染まる姉を見ながら口を開く。

「桃華姉様‥‥今回の任務が終わるのは、いつ頃になりますか?」
「う~ん‥‥ターゲットは五人に絞り込んだけど、正直どれ位時間が掛かるか分からないわ」

 予想通りの答えを聞いて、火煉は暗く沈んだ顔で俯く。
 そんな火煉に桃華は、温かい視線を送りながら優しく抱き締める。もうその瞳の奥に、かつてのような冷たい光は存在しない。
 桃華の胸に顔を埋めている火煉の表情はよく分からないが、肩が微かに震えていた。 

「ねぇ火煉‥‥今回の任務が終わったら、長期休暇が貰える事になっているの‥‥そしたらリーフと三人で世界中を旅しない?‥‥‥もう主さ‥男打司令から許可も出ているし‥‥私はこの星の事をもっと知りたい、そして火煉の故郷も見てみたいの‥‥どうかしら?」

 桃華の優しい言葉を受け止めた瞬間、火煉は胸に埋めていた顔を勢い良く上に向ける、涙に濡れていたが、それは見ているだけで心が温まる最高の笑顔であった。

「‥うぐ‥ひっく‥‥嬉しいです‥‥桃華姉様‥‥私‥帰ってくるの‥‥凄く楽しみに待ってます‥‥」
「ありがとう‥‥火煉‥‥」

 そう言って桃華はさらに強く抱き締める、今度は火煉も肩に手を回し、桃華の思いに応じるように強く抱き締めた。
 燃えるような海を背景に二つの影が重なり合う。そんな様子を影からこっそり男打とリーフが眺めていた。

 桃華は昨日男打に、火煉とリーフの洗脳は青息吐息を使えば消し去る事が出来ると伝えたが、それを聞いた男打は笑いながらそんな事をする必要は無いと答えた。そしてこれからも彼女達を支えてやって欲しいと‥‥
 これからは火煉とリーフに惜しみ無く愛情を注ぐ、それが主の望む責任の取り方‥‥主の意思を理解し決心した桃華は、心の中で二人に対する永遠の愛を誓った。

<<一週間後>>

 胸の内に密命を秘めた桃華は、無事に邪帝国への潜入を果たしていた。
 任務失敗のペナルティとして下級戦闘員に降格してしまったが、事前に予測されていた事なので計画に何の支障も無かった。

 下級戦闘員用の黒装束に身を包んだ桃華が、邪帝国秘密基地の廊下を歩いていると、近衛騎士団の誇る三剣鬼と鉢合わせしてしまう。

「あらあら、まぁまぁ、誰かと思えば、任務に失敗した挙げ句、恥知らずにも逃げ帰ってきたゲドーさんじゃありませんか」
「ゲーッゲッゲッゲッ、意外に美味そうだなお前、一口だけで良いから食わせろ」
「みんな、そんなに苛めちゃ可哀相だよ。いくら救いようの無い愚図でも、もしかしたらまだ利用価値が残っているかも知れないんだから」

 さも可笑しそうに話す三人組の罵詈雑言を、桃華は眉一つ動かさずに聞き流す。

 この三人は桃華の目的も、真の実力も知らない。
 それに三剣鬼は、全員性格に難は有るが、容姿と実力は騎士団の中でもトップクラスなので、ターゲット指定を受けていた。 
 どうせ主への供物になるのだから、いい気でいられるのも今の内、という思いがあった。

 桃華が三人組を無視して、立ち去ろうとした時、廊下の奥から凛とした声が発せられる。

「お前達! こんな所で、何無駄話をしている」
「ダ、ダークフェザー将軍‥‥」

 三人組は、後方から高圧的な態度で怒声を放つ、漆黒のドレスを着た少女に向き直り、恭しく膝を折る。
 一瞬唖然とした桃華であったが、慌てて前の三人に倣う。

 桃華は、見覚えの無い少女が将軍と呼ばれている事に、強い違和感を抱く。
 さらに、前で跪く三人組が震えているのを見て、驚愕に息を呑んだ。

「行くぞ」
「「「ハッ!」」」

 少女の命令に三剣鬼は即座に応えると、行進時の様な規則正しい歩き方で立ち去ってしまう。

「一体何者なの? これは徹底的に調べる必要があるわね」

 無機質な廊下に独り取り残された桃華は、謎多き金髪の少女について考えを巡らせていた。

 桃華が廊下を歩きながら顎に指を当てて思案に没頭していると、不意に黒装束の袖が背後から引かれた。
 潜入作戦中でナーバスになっている桃華は、ビクンと反射的に振り向く。
 そこには、膝まで届く程の黒いストレートロングヘアーの少女が、少し俯きながら目に涙を溜めていた。

「‥‥な、何か用?」

 桃華は白いチャイナドレスを着た、何とも場違いな少女に探りを入れる。

「‥‥‥‥おしっこ」
「ほえ? ああ! トイレに行きたいのね。それじゃあまず、この先の突き当たりを右に行って、次の十字路を左に曲がってすぐの所よ。分かった?」
「‥‥‥あの、その、ごめんなさい」

 桃華の熱心な説明に、少女は首を傾げる。
 知恵遅れなのだろうか、歳は火煉と変わらないように見えるが、口調が妙にたどたどしい。

「おしっこ、連れてって」

 少女は今にも泣き出しそうな顔で、握っている袖を更に強く引っ張る。

「‥‥‥しょうがないわね。じゃあ私の手を握って‥‥おしっこ連れてってあげる」

 桃華はふと、よく甘える妹の事を思い出して薄笑いを浮かべると、少女に右手を差し出した。
 少女はすがるような目で桃華を見ながら、差し出された手を両手でぎゅっと握る。
 基本的に世話好きな桃華は、結局少女を見捨てる事が出来ずに、手を繋ぎながらトイレまで連れて行くのであった。

 二人が立ち去った後の廊下に、向日葵色のサリーを巻いた少女がやって来て、頭を掻きながら苦笑いをする。

「あれあれ? パイちゃん何処に行ったのかなぁ? ま、いっか、お腹が空いたら部屋に帰って来るでしょ」

 浅黒い肌の快活そうな少女は、能天気に笑いながらその場を後にした。

< 完全終結 >

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