Bloody heart 八話

八話

「んっ……ぐっ……ぁ」
 首筋に突き立てた牙が、容赦なくその生き血を啜りあげて行くと同時に、快楽を伴ないながら従属と支配の毒を送り込む。
 ガクガクと快楽に震えながら、愛液と母乳を漏らす佐奈の体を抱きしめつつ、俺はその肉体が変貌していく様を楽しんでいた。
「セイ……く……ご、ごしゅじ……ん…様ぁ……」
 毒牙をもって齧りついた首筋を中心に、目に見えた変化が始まる。
「ぁ…お゛……あ゛……」
 胴、胸、足、手。肌の色が、妖しくも艶めかしい蒼へと変わり、乳首や局部にも赤みがかった蒼へと変貌していく。
 元から生えていた角は艶を増した黒檀のように黒く変貌し、尾骨から生えた尻尾の先端が僅かに膨らんでザクロのように割れ、獲物を求める食肉花のように、広げた口の中の赤い繊毛を花開かせる。
 そして……
「あ゛っ……あ゛っ……あ゛ぎぃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
 眼鏡をかけた目の瞳孔が、ハ虫類のように縦に割れると同時に禍々しく深紅に輝き始め、さらに白目の部分は邪悪な漆黒へと染まる。髪の色も漆黒から、鮮やかな金髪へと変化していく。
 淫魔から悪魔へ。
 元からの淫らさを備えた肉体が、より禍々しさと邪悪さを増して。
 『飯塚佐奈』という人格から肉体、魂までをも含めた『存在』そのものが、俺の手で変貌を遂げていく。
 覇王たる俺の毒牙が伝える、欲望と意思と気まぐれによって、今、俺の腕の中に忠実なる悪魔が生まれようとしていた。
「すごい。本当に『私』が悪魔になってく……」
 その、俺の腕の中で、『佐奈』が変貌していく姿を 『佐奈』が驚きと共に、うっとりと眺めていた。

 『佐奈』と『佐奈』……今、この部屋には二人の『佐奈』が居た。
 その理由は……

「ねぇ、セイ君。私、面白い事が出来るようになったの♪」
 犯し、啜り、喰らう。
 鈴鹿との戦闘での傷を癒しつつ、佐奈の肉体を『開発』して弄んでいた時の事だった。
「ん、どうした?」
 佐奈の言葉に、俺は疑問で答えた。
 そう、『開発』である。
 実は、俺は、佐奈の肉体を全て支配してはいても、必要以上に弄るつもりが無かった。否、『弄れなかった』というのが正しい。
 何故かと言うと、元に戻せなくなる可能性があるから。
 例えるなら、何の予備知識も技術も無しに、複雑なプログラムのゲームソフトと改造ツールを押し付けられたようなモノである。
 DNA単位で支配していたとしても……否、支配しているからこそ『取り返しのつかない失敗』をした時の恐怖が勝り、結局、性欲の虜にして、快楽に溺れさせる以上の事が出来なかったのだ。
 かといって、他の人間で実験したり試したり……などと言うわけにもいかない。
 吸血して支配下に置く事によって、下僕の基本的な身体情報くらいは何となく程度に把握できるが、より高度に弄ろうとすればするほど、繰り返し吸血してより深く獲物を『理解』せねばならず……結局、それに獲物が耐え切れず、肉体的にも精神的にも『壊して』しまうであろう事は、想像に難くない。
 佐奈のような、それなり以上に耐性のあるダークストーカーですら(本人が受け入れて求めたとはいえ)、今や完全に肉体が俺の意のままのモノと化している事からも、どれだけ俺が受け継いだ覇王の牙の『毒』が凶悪な代物かが理解出来るだろう。
 故に、負担をかけ過ぎないように、基本的に佐奈が受け継いだダークストーカーとしての淫魔の能力を、開花させて行く方向で弄ぶようにしている。
 そういう意味で、俺のやっている事は『改造』というより『開発』でしかない。ついでに言うなら、佐奈のふたなり化も『開発』でしかなく、何れ、淫魔として成長すると共に成し得ていたであろう能力だったり。
 それは兎も角……
「ちょっと見ててね……んっ!!」
 立ちあがった佐奈の体に、魔力が満ち始める。
 と、同時に……
「!?」
 気のせいだろうか? 佐奈の体が少し、ブレたように見えた。
 目をこすって凝視するが、間違いではない。
 少しずつ、そのブレが大きくなっていく。そして……
「ね、セイ君♪」
「面白いでしょ、これ♪」
 そこに、分身した二人の佐奈が立っていた。
 俺の肉奴隷としての、局部を露出させた挑発的に淫靡なボンテージレオタードは勿論、身につけている眼鏡まで一緒。
 まさに分身の術だ。
「おお、凄いな」
 開発し、弄ぶ都度に『成長』していく佐奈を楽しんでいたが、まさかこんな事が出来るようになろうとは。
 と……
「だからさ、これでセイ君の悩みも、少しは解決できるよ♪」
「え?」
 にこやかに笑いながら、二人の佐奈が、俺の心の闇を指摘してきた。
「私は、セイ君が私を愛してくれてるのを知ってる。私を私のまま、愛し続けたいと思ってくれている」
「でも、同時に私を徹底的に支配して壊して、作り変えて完全な『モノ』にしたい欲望も、私は知ってる」
「そのはけ口として、セラを時々使って弄ってる事も」
「それに満足できなくて、安心してる私が居るの」
「それをしてもらえなくて、嫉妬してる私が居るの」
「その心の闇に、答えられない私が悔しいの」
 全く同じ顔、同じ声で、ステレオで迫る『佐奈』。
『でも』
 声をそろえて、佐奈が『唱和』する。
「私は今、二人になれる」
「私がセイ君を一番愛しているから」
「私がセイ君の一番のモノになりたいの。だから……」
 片方の佐奈が、進み出る。
「お願い。私を弄んで壊して。セイ君の心の闇を、私で満たして。
 セイ君が望むままに、『私』の中の私を壊して、セイ君の心の闇で染めあげて」

 そして……
「……素敵……」
 うっとりとした淫魔の佐奈に、ぬめるような蒼い肌を見せつけるように、悪魔の佐奈が立ちあがる。
「これが……これが、ご主人様の『モノ』として望む、飯塚佐奈(わたし)の肉体と、飯塚佐奈(わたし)の魂……ご主人様のために、全てを捧げるための『存在(モノ)』となった私の姿。
 はぁ……体も、魂も……嬉しくてゾクゾクして震えが止まらない」
「気にいった?」
『はい』
 淫魔と悪魔、両方の『佐奈』がステレオで答える。
「ご主人様。
 ご主人様が与えてくださった、この新たな肉体で、ご奉仕させて頂きたく存じます」
 眼鏡の奥の、深紅に割れた瞳孔を妖しく輝かせ、邪悪そのものな魔貌を淫靡に蕩けさせながら、悪魔の佐奈が迫る。
「ずるい、『私』。セイ君、私もセイ君の欲しい。
 もっと大好きなセイ君で、私を躾けて欲しいの……ゾクゾクする欲望を教えて、目覚めさせてほしいの」
 更に、淫魔の佐奈も、体を寄せてくる。快楽を知り、蕩けた淫魔の眼差しが、淫らに求める。
「それじゃあ、まずは……」
 連日連夜、佐奈の体を貪り続けてきたにも関わらず、張りつめっぱなしの息子を見せつける。
「はい、ご主人様、ご奉仕させて頂きます」
「うん♪ 気持ちよくなって」
 ボンテージから縁どられて強調するように露出した、二対の色違いの巨乳に挟まれると同時に、二人の口からぬるりと長い舌が伸びて肉竿に絡むと、淫らに縺れあいながら快楽を送り込む。
「んっふ……」
「んちゅ…ちゅぼ…」
「はぁぁ~…逞しいチ●ポ……」
「んふ…美味しい……くらくらする」
 快楽を求めて貪る淫魔の佐奈と、快楽を捧げるために奉仕する悪魔の佐奈。
 だが、どちらも俺の快楽のツボを心得て、俺の肉竿を高め合う事に譲る気配が無い。
 というか……
「っ……二人とも、その調子だ」
 余裕をもってみせてるが、この飛びっきり淫猥で異様な光景と感触に、俺の理性も肉竿も早々に限界を突破しようとしていた。
「ふぁぁ……筋がビキビキ浮いて」
「んふ…勃起汁美味しい……」
 絡みつく唾液と四つの乳首から漏れる母乳をローション代わりに、Gを超えた淫乳と魔乳が肉竿を挟んでせめぎ合い、鈴口やカリ首をぬらぬらと濡れて絡み合いながら長く伸びた二本の舌が、絶妙な力加減で肉竿を絞め舐る。
「佐奈……」
 そんな異様な状況に、早くも俺の肉竿が限界に達してしまった。
「出して、精液出してブッかけて、セイ君!!」
「ご主人様、この淫らな肉便器に、お恵みを!!」
「ああ、出してやる……っっっ!」
 自分でも信じられない勢いで噴出した精液が、二人の縺れて絡んだ舌の隙間から、盛大に噴き出して二人の全体に噴き散った。
「ぁあ…濃くて熱い……」
「はぁぁぁ……精液……セイ君の味ぃ~、くらくらしちゃう」
 ずるり、と舌を絡ませながら、あふれ出た精液を舐め合う二人。
 その、底なしに際限の無い淫蕩ぶりを見て、ふと俺は思いついた。
「佐奈。オナニーしてみせて」
「え? ……うん」
「ぁ……はい、ご主人様」
 一瞬、きょとん、となった『二人』の佐奈だが、すぐに気を取り直して、その場で二人とも足を広げると、ボンテージの股布のスリットごとドロドロに溶けた秘唇を広げ……。
「聞こえなかったのか? 俺は『佐奈のオナニーが見たい』と言ったんだが?」
 あえて、意図を悟らせるために、俺は強調してみせる。
「……! なるほど。かしこまりました、ご主人様」
 俺の意図をいち早く悟った『悪魔』のほうの佐奈が、より邪悪に微笑みながら、ボンテージの股布のスリットを広げたまま立ち上がり……
「んっ……ぁ……ぉ……」
 クリトリスを丹念に刺激するように自らを慰め始める。否、それは最早、女陰の陰核などではなく……
「んっ……っつぁぁっ!」
 ずちゅり、とひときわ大きな音を立てて、包皮を剥いたささやかな肉芽は、臍のあたりまで反り返る凶暴な肉竿へと変貌を遂げる。
 蒼い肌の肉茎には、無数の血管が脈打ち、肉芽だった先端部の亀頭は、蒼混じりの肉色と共に鈴口を割り、先走りの欲望を漏らしている。
 さらに……
「ぁ、あっ……まだ、く、くるぅ、くるぅ……ふぁあっ…あっ、はっ、あああああっ!!!!」
 白目……もとい、黒目を剥いて舌を伸ばしたアヘ顔で、オルガズムに浸る『悪魔』の佐奈。
 その根元から、もう一本。同じような太さと長さ、それに凶悪な硬度を保ったペニスが、同じように亀頭から先走る欲望を滾らせて生えてくる。
「んはぁ……はぁ……凄い……『私』の体に、こんな立派なモノが二本も備わっていたなんて!」
 明らかに、『開発』されて生えた淫魔の佐奈よりも、長くて太い二本の肉竿にうっとりと微笑みながら、ずるり、と伸ばした自らの舌でその張り出した亀頭のエラを舐め濡らす。
「ぁ……」
 ようやっと、淫魔のほうの佐奈も、俺の言った『オナニー』の意味を悟ったのだろう。
「素敵だわ。ご主人様から授かったチンポで自分自身を犯す事が出来るなんて……はぁぁぁ、ゾクゾクしてビキビキしてる」
 ハァハァと興奮しながら、『悪魔』の佐奈が『淫魔』の佐奈を押し倒す。
「これが、セイ君が『私』に授けてくれたオチンポ……これで私を犯してくれるのね」
「ええ、そうよ。これで……これで……『私』を犯すの。もう我慢出来ない!!」
 縦割れた瞳孔の赤い瞳が、より邪悪な喜悦に輝くと同時に、『悪魔』の佐奈が二本の亀頭を『淫魔』の秘唇と菊座へと、ボンテージをかき分けてあてがい、一気に貫いた。
『っぁああああああああああっ!』
 二人の『佐奈』の喜悦の叫びに、じゅぷじゅぷと抜き差しを繰り返す水音が、淫らに絡んで響く。
「あぁぁぁっ! 凄いぃぃぃ!! な、なにこれ!! オマンコも、ケツマンコも、チンポずぶずぶ飲み込まれちゃう!」
「はぁぁ、太い! 太いのぉ! セイ君がくれた、私のフタチンポ! 二本とも中でごりごり言ってるーっ!!」
 狂乱の表情で『淫魔』の佐奈を犯す『悪魔』の佐奈。だが……
「ひぐぅぅぅ、出るぅ! 出ちゃう!! だめぇ! 気持ちよ過ぎて、腰もフタチンポも止まんないぃぃぃぃぃ!!」
「あぁぁ、出してぇ!! ズボズボ腰動かして勃起汁もっとドブドブ出すのぉ! 変態マゾ肉便器の『オナニー』をセイ君に、もっと見てもらうのぉ!!」
 明らかに、挿入して犯してる『悪魔』のほうが、絞り取られて悲鳴を上げている。
 ……さもありなん。時々俺だって止まらなくなるからなぁ。佐奈のアソコは。
 ならば…… 
「生やせ」
「えっ? ひっ、やぁぁぁぁぁ!」
 俺の意思を受けて『淫魔』の佐奈からも、開発された肉竿が蠕動しながら屹立を果たす。
「ぁ……あ……チンポ……私のチンポ。凄く美味しそう……」
 じゅぶじゅぶと腰を打ちつけながら射精を繰り返し続けて、餓えた『悪魔』が『淫魔』の屹立に目を輝かせる。
「いただきまーす!」
 ずるり、と音を立てて、『悪魔』がその尻尾の鎌首を持ち上げ、割れたザクロの如き紅い中身を晒しながら、まるで獲物に喰らいつく食蟲花のように、『淫魔』の肉竿にしゃぶりつく。
「ひっ、い、いやぁっ、す、吸われて……何これ! 尿道犯されてる! チンポ変になるぅぅぅ!」
「ぁぁぁ、美味しい!! 私の一本チンポ、凄く美味しい!! ご主人様ぁ、私、ご主人様の肉便器で勃起してますぅぅぅ!!」
 犯しながら犯され、犯されながら犯す。
 想像以上の佐奈の『オナニー』で繰り広げられる異形の痴態に、とうとう、俺のほうの興奮が抑えられなくなってきた。
「佐奈。そのまま使うぞ」
 押し倒して犯してる『悪魔』のほうの尻穴に、先端をあてがう。
「ぁぁぁ……お尻ぃ、ケツマンコ使っていただけるんですね、ご主人様ぁ」
「ああ、『悪魔』のお前には、これが嬉しいんだろ」
「はい! オマンコもフェラも大好きですが、一番は、その逞しいチンポをケツマンコにハメていただけるのが最高です!」
「ふん! よし、ハメてやろう!」
 ずぶり、と。淫液に濡れそぼった股間の菊座は、易々と俺の肉竿を咥えこんだ。
「はっ……ぐ……ぁぁぁぁ」
 恍惚の表情に堕ちる『悪魔』の佐奈。
 一方……
「あぐぅ……や、だ、中で……また、大きくて、何か……ごりごりしたのが」
 完全に俺の支配下に在る佐奈の肉体だが、こと『悪魔』の部分の佐奈は、より俺の所有物としての従属度が高い。そのため、俺の欲望や感情そのものが、ダイレクトにその心身に反映されやすいのだ。
 故に……
「はぐぁ……ご主人様ぁ……」
 限界を超えて勃起し、射精を繰り返していた『悪魔』の二本の肉竿が、『淫魔』の中で、より凶暴な形状に変化を遂げようとしていた。
「はひいいいいっ! セイくぅぅん!! 凄い、凄い! こんな、こんなの……私、狂っちゃう!!」
「はっはっは、まだまだ俺は満足してねぇぞ、そらっ! そらっ! そらっ!!」
 打ちつけられて俺の肉竿を深くまで咥えこむたびに、ピストン運動のように四つの乳房から母乳を飛沫かせて狂乱する二人の『佐奈』を徹底的に嬲りながら、やがて俺も限界に昇りつめようとしていた。
「くぅっ……そろそろ出すぞ、二人とも!」
「ぁぁ、出して! セイ君きてぇぇぇ! 『私』を通して、私の中に精液ぶちまけてぇ!!」
「ご主人様ぁ! ご主人様のオチンポミルクで、私のケツマンコ焼き尽くしてぇぇぇ!!」
 淫らに絡み合う水音が、激しく加速し、そして……
「くぅっ!!」
 まるで、吸い尽くされるような感覚を覚えると共に、俺は盛大に『悪魔』のアヌスの中にぶちまけ……
「うっ、うおおおおお!!」
『ぁあああああああああ!』
 受け止めきれなかった分を、絡み合う二人にぶっかける。
 と、同時に、絡み合った『悪魔』と『淫魔』の二人とも、盛大に射精すると同時に、前も後ろの穴もヒクつかせて、完全に壊れた表情で絶頂を迎える。
「……ぁ……ぁ……」
「ぉ……ぎ……」
 ずるり、と、俺が尻からペニスを抜きとると同時に、紅く縦割れた光彩を虚ろに染めた『悪魔』の佐奈の体が、薄くブレて『淫魔』の佐奈に融合していく。
「ん……ぁぁ……」
 恐らく、再統合によって、二人分の絶頂の余韻と、変化した肉体そのものの快楽に浸っているのだろう。
 虚ろな眼差しでガクガクと震える佐奈に、俺は少し不安を覚えた。
「まったく……無理しやがって。大丈夫かなぁ?」
 幾ら『半分』とは言えど、元に戻って一つに統合される時に、果たして佐奈自身が無事で居られるのか。
 それが少し心配だったのだが……
「まあ、無理だったら、強制的に分離して固定すればいいか」
 身も心も支配下に置いている以上、佐奈の全ては俺の掌の中である。
 そして、俺は佐奈を壊すつもりも不幸にするつもりも、毛頭なかった。
「愛してるよ、佐奈」
「ぁ……ィ…く…ん」
 虚ろな眼差しの佐奈にキスを交わすと、射精後の虚脱感に任せるままに俺は眠りについた。

 翌朝。
 意外と早く、目が覚めてしまい、ふと横を見る。
「……ほっ」
 そこには魔力を使い果たしたのか、淫魔姿ではなく、完全に人間の姿になった佐奈の裸が在った。
「…………そういえば」
 扇情的な淫魔姿ではなく、完全に人の姿の佐奈の裸を見るのは初めてだった気がする。
「……」
 精液のこびりついた眼鏡を外し、久しぶりに佐奈の素顔を見てみる。
 ……うん、こう、何というか。
 普段、挑発的な淫魔姿で積極的に求めてくるのを、支配して犯すという事に慣れ切ってしまったが故に。
 この無防備な素顔の寝姿が、より新鮮に感じて、また可愛いのである。
「参ったな、こりゃあ」
 何というか……今更ながらに、俺は、どっぷりと佐奈にハマってしまっているという事を、自覚するに至った。
 俺が佐奈の身も心も支配すればするほど、逆に俺がその支配した佐奈そのものに、どっぷりとハマっていくのだ。
 ある種の依存、と言ってもいい。しかも、どんなドラッグよりも強烈な。
「おはよう、佐奈」
 優しく頭を撫で、キスを一つ。
「ん……」
 昨夜の狂乱した恥態からは想像もつかない、無垢な寝顔に、こみ上げてくる愛しさが止まらない。
 だが……
「ぁ……おはよ……うっきゃあっ!!」
 ぽーっ、と起き出した佐奈が、意外な事に、恥じらいの悲鳴をあげて、敷いてあった布団の中に逃げ込んでしまった。
「ちょ、ちょ、待って! 何で私……人間に戻ってるの!?」
「あー、昨日の『分身』ってさ、大量に魔力消費するっぽいから。多分、それでデフォに戻っちゃったんじゃない?」
 と、同時に、形はどうあれ、佐奈が『元に戻れた』事実に、少しだけ安心してる俺が居たり。この姿に戻ってる、って事は……多分、本質的に佐奈が佐奈のままだ、という事……だと思うのだ、多分。
「昨日、あれだけ俺から絞りまくっても、全然ガッついて餓えてただろ? まあ、ダークストーカー辞められたワケでもないし、一時的なモノだと思うぞ」
「いっ、いやぁ……そんなぁ……」
 布団の中でプルプルと震える佐奈。
「わ、私、早く淫魔に戻らないと……あの姿じゃないと、私……私……」
「ん? なら、スルか?」
 ……あ、なんか真っ赤になって湯気が出てる。
「ひょっとしてさ、佐奈。恥ずかしいとか?」
「恥ずかしいに決まってるじゃない馬鹿ぁっ! あんな……あんな事……」
 あー、察するに、淫魔になることで性的な理性のタガを外してたのか?
 淫魔だからこそ、どんな欲望丸出しで卑猥な痴態を晒しても恥ずかしく無いと。だから、淫魔じゃなくなった瞬間、こうなっちゃった、と。
「…………」
 やばい。なんかマジで可愛い。
 卑言を連発して積極的に腰を振ってパイズリフェラまでして、マゾの欲望に浸ってアヘ顔で絶頂まで晒してた佐奈が、人間に戻って思いっきり恥じらうというギャップに、何か俺の中で変なスイッチが入ったっぽい。
「ねぇ、佐奈。俺、シタい」
「!!? あ、あの、し、シタいって……その……」
「朝立ちは男の生理現象だよ」
「っっっっっ!!!」
 掛け布団にくるまったまま、ズザザザザッ、と部屋の隅に逃げる佐奈。……うわー、なんかスゲェ新鮮っつーか、懐かしい反応。
「お、落ち着いて、落ち着いて……ね、セイ君」
「いや、落ち着いてるし。佐奈、早く淫魔に戻りたいんだろ? なら、する事はひとつじゃないの?」
 顔を真っ赤にして、茹であがる佐奈。
「せ、セイ君、私、その……」
「それとも、こう言わなきゃダメかな? 『お仕置き』シテ欲しい?」
「っっっっ!!!」
 びくり、と震える佐奈。
「はは、可愛いな、佐奈は。ちゃんと言葉攻めだけで感じられるようになったんだね」
「バカぁっ!」
 ぼふっ、と枕が飛んできた。
 やばい、本気で面白いし可愛い。……さて、どうしてくれようか♪
「っ!! せ、セイ君……何企んでるの?」
「え?」
 布団から首だけ出して、佐奈が睨みつけてくる。
「その目つき、小学校の頃のセイ君の目つきだよ。
 私と一緒に遊んで、さんざんオジサンやオバサンに怒られた時の、イタズラ小僧だった頃の目つき!! 最近落ち着いてからは、殆ど見なくなったセイ君の本性!」
「本性って……失礼な。俺は一度怒られたら、同じ悪戯は二度はしなかったし、予め注意された事はやらなかったぞ」
「その一度目で、毎回毎回、とんでもない事をやらかしてたじゃないの!!
 用水路堰き止めて海にしたり! 工事現場に忍び込んで鍵がかかったショベルカー動かしてプレハブの作業小屋壊したり! 神社の鳥居にロープ引っかけてターザンごっこして石段から落ちたり! 鉄パイプに分解したロケット花火の火薬詰めて『スーパーロケット花火』作って大爆発させたり! スズメ蜂の巣に灯油かけて火をつけて危うく家ごと燃やかけたり! 神社の狛犬の口に火薬詰めて顔ふっ飛ばしたり! 一緒に運送業者の荷台に忍び込んで鹿児島まで行った事もあったわよね!?」
「はっはっは、全部、子供が一度は通る、通過儀礼的な程度のイタズラじゃないか♪」
「違う! 絶対違う!!
 ……っていうか、今になって疑問に思ったんだけど、私が毎回毎回、危ないからって何回も何回も止めても止めても聞かなかったわよね! なのに、何で今、こんなに落ち着いてるのよ!? あの時の私の懇願やオジサンの拳骨は、何だったの!?」
 佐奈の疑問に、俺は暫し、遠い目で記憶の彼方を探り……
「……佐奈。人間ってなぁ、自分よりイカレた人間を目の前にすると、嫌でも正気に戻らざるを得なくなるんだぜ?」
 記憶の遥か彼方。
 コーヒーカップサイクロン事件や、カップル狩り狩りデートは序の口。
 『未来から来た青猫ロボットの妹』のお面を被ってヤクザの事務所に『通り抜けフープ』でカチ込んだ末に組長以下全員『どこまでもドア』の刑に処したり、練馬~習志野駐屯地間チキチキ96マルチモップ駆け事件とか、ちょっと血の涙が出る程に洒落にならない、中学時代の鈴鹿との記憶が頭をよぎる。
 ……うん、全て、忘却の彼方へと押し流すべきモノだ。色々な意味で。
「何というか、あれだよ。俺がやってた事なんて、所詮、子供の悪戯なんだよ、うん……鈴鹿の奴に比べれば。
 そう思えば、嫌でも人間、成長して落ち着くってもんだよ」
「……………なんというか、そういう成長の仕方って、アリ?」
「アリなんじゃないの? 少なくとも、親父を二度目の切腹に追い込むような事は、俺もしたく無かったから。中学以降は、一応、上手くやるようには立ちまわったしね」
「ちょっと待った。二度目と申したか?」
「……………」
 迂闊な一言を漏らした『ように』目をそらす。
「あの豪気なオジサンが切腹って……一体、何やらかしたの、ねえ!?」
「小学校の頃の子供の話だ。そして忘れろ」
 実のところ、今でもその絡みで某所にデカーい借りがある……どころか、最近、ナタリアの件で、その借りがまた増えたりしてて、だからこそ色々と自重してたりするのだが。
 とりあえず、それも込みで、佐奈に知っておいてほしい話だったりするので、流れにあわせて冗談として話しておこう。
「な・に・を・や・ら・か・し・て・た・の!?」
「佐奈!? 見えてる……っていうか、佐奈こそ目つきがガキの頃、俺にキレ説教かましてた頃に戻ってるぞ」
 というか、キレた佐奈ほど怖い物はありません。
 ……いや、マジで。色々な意味で。つい最近も、手負いとはいえ戦艦大和をライフル一丁で沈めちゃったんですよ、この女。
「やかましい! 吐きなさい!」
「……OK、固有名詞出すと色々ヤバいから、キモはぼかすぞ。
 ウチの家が色々事業してて、それなりに古い家だってのは知ってたよな?
 で、その絡みで、とあるやんごとない一族のパーティにお呼ばれしてな。そこにイタズラ七つ道具を持ったまま、行っちゃったんだ。俺が」
「で、何やらかして、どうなったの? 探検ごっこと称して物を壊しでもしたの?」
「いや、パーティでカンシャク玉を鳴らした。それが全てだ」
「……は? それで、切腹?」
 いまいち、分かって無いような佐奈だったが……まあ、無理もない。
 多分、想像の外なんだろう。俺がドコで『ソレ』をやらかしたか、なんて。……桜以外の代紋背負った警察組織の方々に取り押さえられるのは、アレが最後だと信じたいなぁ……
「っていうか、誰のパーティよ、誰の!?」
「固有名詞は出せない、っつったろ? まあ……多分、恐らく、世界で一番、日本の平和を祈ってる方々だよ。
 ハンター側の組織にも一枚どころじゃなく噛んでるらしいからなぁ……だから、恩も含めた色々な意味で揉めたくないし、事があっても穏便に済ませたいんだよ」
「??????? ……えーと、なんか、私の知らない陰陽師っぽい大金持ちなふるーい一族? ラノベに出てきそうな感じの」
「……………まあ、そんなモンだ。お金はあんま持ってないけど」
 『古い』の桁が違うし。お金に関してはそもそも大金不要なんじゃ? とだけ、心の中で付け加えておく。
「で、その一族のやんごとない御方に、クシャクシャのムンクみたいな顔になった親父が頭を下げて詫び倒した末に、トイレで遺書残して食事用ナイフで切腹しちゃってさ……親父に謝りに行った俺が見つけて、裏で大騒ぎだよ。
 すぐさま、その『一族専用の病院』に緊急で担ぎ込まれて大手術。俺が大泣きして皆に頭下げて、何とか内密に許してもらった……ってのが真相かな」
 と、そこに至って、ようやっと気付いたのか。
「せ、セイ君、その一族って……じょ、冗談よね!? 幾らなんでも、冗談だよね!?」
 真っ青な顔で、ぶるぶると震える佐奈。
「マジだって。
 ちなみに、ナタリアの件の処理にも噛んでくれてなー。
 ツナギをつけて、あの『艦隊』動かす許可くれた上に、某神社からも動員した英霊たちを栄子さんに気前よく貸してくれたし。魔の者が『あの一族』にガチで頭下げるのを栄子さん嫌がってたけど……
 あ、この話、最後の顛末は外部に漏れてないから。『イタズラ小僧が思いっきり叱り飛ばされた』で済んでるから。いちおー時効とはいえ、真相全部バレたら、俺が伊藤家の実権取り返すどころか『家そのものが吹き飛ぶ』ネタだからね。ナタリアの一件共々、口外無用だよ」
 カックンカックンブンブンと頭を縦に振る佐奈。
「セイ君、なんというか……私、セイ君の事を色々知ってるつもりで、もっと知りたいって思ってたけど……知るのが怖くなってきちゃった。色々な意味で」
「はっはっは、佐奈。世の中、知らないほうが幸せな事って、結構あるモンなんだぞー。
 ちなみに、俺が子供の頃やらかした、他人に絶対話せない同レベルのヤバいオチがついたイタズラ話は、あと六っつくらいあったりするんだが……」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁっ! 知らない知らない聞きたくないぃぃぃぃぃ!」
 そう言って、耳をふさいでぶんぶんと首を振る佐奈。
「はっはっは、やっぱ佐奈は可愛いし面白いなぁ♪
 って言うか、ナタリアの一件で最後にトドメ刺したのはお前じゃないか。何をいまさら」
「今、その裏話知って背筋が凍ったわよ! 馬鹿ぁっ!!」
 涙目になって怒鳴る佐奈を見て……ああ、やっぱり可愛いなぁ、と思ってしまう。
「よしよし、可愛い可愛い♪」
「うー……」
 涙目になった佐奈の布団にもぐりこみ、抱きしめて頭を撫でる。
「可愛いなぁ、佐奈は♪」
「むー……また、スルッて入ってきて、抱きしめられてた」
「嫌か?」
「嫌じゃ、ないっていうか……なんか、昔から、気がつくと主導権握られちゃうんだよねー」
「そうか?」
 そのまま、ぐりぐりと抱きしめながら頭を撫でていると、腕の中で佐奈が、ぽつり、と呟く。
「……セイ君、お願いがあるの」
「ん?」
「このまま、少し……抱きしめていて」
「……ん、分かった」
 そのまま、無言で抱き合う。
「……考えてみるとさ、私、今、人間なんだよね」
「正確には、人間に限りなく近い状態、って感じかな? ハイブリッドカーが電動モーターだけで動いてるようなモノで、ガソリンを給油すればシッカリとエンジンが動くて感じ?」
「そっか、淫魔だったもんね、私。
 ……ねぇ、セイ君。あのさ……今の私でシタい?」
「それは、もう分かってるだろ?」
 何だかんだと悪ふざけしながらも、シッカリと俺の股間は勃起していたりする。
「えへへ、なんか嬉しいけど……ちょっと失敗だったかなぁ」
「?」
「だって、デフォの私でシタいって思ってくれるなら、わざわざ淫魔になる事も無かったのかもな、って。
 もう少し、勇気をもって振り向かせるように告白して……そうすれば、セイ君もあの時に牙を受け入れる事もなくて、普通に一緒になれたのかもな、って。
 セイ君が、家を取り返すとかも考えず、普通の公務員かサラリーマンになって、私が奥さんやって。子供は二人くらい、男の子と女の子が良かったな。アパートは手狭になるだろうから、ウチの家をちょっとリフォームしてママと一緒に暮らして……」
「佐奈……」
 それは、小さな夢。
 誰もが望む、平凡な夢。
 故に……俺や、俺と共に歩む者にとって、絶対に許されない夢でもあった。
 何故なら、その『小さな夢』を抱く、無数の者の願いを飲み込んで、一つに束ねて満たすために、王は存在するのだから。
「なのに、ずっと……ずっとセイ君、自分自身以外、何も見えなくなっちゃってて。辛い事があったのは分かるけど、私すら見てくれなくて、目をそらしちゃってた」
 体を鍛える事は、心を鍛える最も手早い手段だ。が……それは必ずしも万能ではない。それは分かっていた。
 分かっていたハズなのに……改めて、己自身の所業に後悔を覚える。
「……ありがとう、佐奈」
 抱きしめた腕に力を込める。やっぱり、いい匂いがした。
「違うよ。本当は謝らなきゃいけないのは、私のほうなんだよ。
 私ね……セイ君に、私をずっと見てほしかったの。私を求めて欲しかったの。こんな、臆病で平凡な、つまんない私を。
 だから私、自分の体も、魔力も、ダークストーカーとしての力も全部使って、セイ君を誘惑して、欲望を解放するように仕向けたの。
 セイ君が望む事を、セイ君が望む欲望を、セイ君が望む世界を知りたかったの。そうすれば、ずっとセイ君が私を見て欲するように振る舞えるから。だから、あのゾクゾクするようなマゾの悦びも受け入れられたの。
 でも、やっぱりセイ君は……セイ君が見てた世界って、私なんかが考えていたのとは桁が違ってて……ずっと見てくれるか不安で、それが怖いの」
「知ってるよ」
 抱きしめたまま、再び優しく頭を撫でる。
「言ったじゃないか。
 自分でも知らない内に、ヤケになってた俺を、塞いでた俺を、絶望してた俺を。
 『どうすべきか』じゃなくて『どうしたいか』という、判断基準を。それを自覚させて、目覚めさせてくれたのはな、佐奈。お前だ。
 お前が居てくれたから、俺は、全てを取り戻す覚悟を決める事が出来たんだ」
 優しく、感じる場所を撫でながら、俺は首筋に舌を這わせる。
「やっ、ひぁぁぁ……」
「それに、知ってるだろ? その解放された俺の欲望の中に、佐奈自身が含まれているって事くらい。
 だから、俺がお前を手放す事は、絶対に有り得ない」
「ぁ……」
 そのまま、組み敷いて押し倒された佐奈が、濡れた目をそらしながら、ぽつり、と呟いた。
「セイ君の……ケダモノ……」
「……じゃあ、やめる?」
 その目を見つめて、問いかける。
「やめ、ないで……私を……」
「ん?」
「私を……………もっと、いっぱい食べて」
 浮かべた涙に消え入りそうな声で、恥じらいながら顔を赤らめて誘う佐奈。
 ……やばい、なんか、物凄い新鮮だ。
 普段の淫らに誘惑する大胆な淫魔姿とは違う、本当にただの裸なのに、俺は佐奈に夢中になってしまった。
 ……自覚はしていたけど、こりゃ完全にドップリ嵌ってるなぁ……
「ん、じゃ、いただきます♪」
 前戯をするまでもない。
 ただ、抱きしめられてる間に、どろどろになった佐奈の秘所に、先ほどから張りつめっぱなしの先端を当てて、挿入する。
「んっ! ふぁぁぁ、は、入る、入ってくる!」
「うっ……凄いな」
 やはり、淫魔としての要素がまだ濃いのか、それとも素でそうなのか。俺の肉竿を飲み込むと同時に、程良く締め上げて心地よくウネる。
「こういうのって『名器』って言うのかな……凄い気持ちいいよ」
「やぁぁ、だって、だって私、淫魔だもん!」
「いや、素で可愛いって……ほら♪」
「ひゃあぁっ!!」
 腰を前後させながら、胸を揉んで乳首を軽く弄ぶと、それだけで声が漏れる。
「へへへ、おっきなおっぱい♪」
「やぁぁぁ、弄らないでぇぇぇ、胸、胸ぇ、なんか変なのぉ!」
「母乳でも出そう?」
「違う、切ないのぉ! 感じ方が違うのぉ!! んっぁあっ!!」
「へぇ……素で前戯も無しに入れられて感じるなんて、佐奈は本当にいやらしいんだなぁ」
「はぁぁぁ、言わないでぇ、言わないでぇ!!」
 『元から素養があった』とは赤井美佐の弁だが、この乱れようを見ると、さもありなん、と思う。
 というか……まずい。真剣に、腰が止まらない。
「ぁぁ……やだっ! 私……私……キてる……この感じ……」
 やがて、佐奈の肉体も変貌を始めて行く。
「んっっ! んっっ……んあぁぁぁぁおおおおおおおおおっ!!」
 ずりゅり、と水音を点てて、淫魔の尻尾を生やす佐奈。
「お、お、ご……セっ、せ、ゼいぐんんん、ぎ、ぎもぢいいぃぃぃいっ! ぢんぼぉぉぉぉぉ!!」
 涙や鼻水やよだれを溢しながら白目を剥き、完全に壊れた表情で佐奈が淫らに変貌を遂げて行く。
 頭から捻れた角が生え、さらに肩甲骨のあたりからも禍禍しい翼が伸びる。
 全身から汗のように噴き出た黒い液体が蠢いて、挑発的なボンテージを形どり……
「佐奈っ! 出すぞ!」
「ひっ、ひぎぃぃぃ、出ひれぇえええ、勃起汁ずぼずぼして出ひれぇえぇぇぇ!!」
 限界に達した先端から、俺は佐奈の中へと精を中へと叩きつけた。
「っぅああああああああああああっ……あ……お゛……お゛…ぉ゛……」
 獣のような絶頂の咆哮をあげると、完全に壊れた顔のまま、淫魔姿でありとあらゆる穴から液体をこぼして、佐奈は幸せそうにつぶやいた。
「いい……やっぱり……にんげん辞めるの…気持ぢ……いい……」
「そうだね。じゃあ、もっと人間、辞めてみる?」
 変貌を遂げ、膣穴が貪欲に俺の肉竿を貪るのに答え、俺は勃起したままの肉竿を突きあげる。
「ふああああああん♪ 辞めりゅーっ! わらひ、もっと人間辞めりゅのぉぉぉぉぉ!!」 
 快楽に狂った佐奈の叫びと共に、瞳は縦割れた深紅へと変わり、ザクロのように割れた尻尾の先端が、禍々しい花弁を開きはじめる。
 愛しき悪魔への調教は、まだ始まったばかりだった。

「なあ、その……佐奈」
「ん~♪」
 四日ぶりに登校した俺にベッタリとくっついてる……というか、しがみついてる佐奈に、俺は戸惑う。
 梅雨の晴れ間、とも呼びたくなる、雲が大目の晴れ間から届く日差しは、完全に夏の強烈さでアスファルトを照らしていた。
「この間、一度きりだ、って言ったよな?」
「なに言ってるの。けが人なんだから、しっかり私が杖にならないと♪」
「……………」
 一応、怪我は完治したとはいえ、それでも人間じゃ有り得ないペースで治ってしまえば、疑いの目も向けられよう……との弁で、俺はギプスと包帯姿で登校する事になったのだ。
 ……いや、疑いより、別な目線が怖いんだけど、そんな目線を気にもしない佐奈は、がっつりと俺を支えて離さない。
「えへへへへへ~♪」
「……………やっぱ、松葉杖持ってこようぜ」
「や・だ♪」
 包帯姿でくっついたまま、イチャイチャと歩いて学校を目指す。
 ……と。
「いっよぉ、ご両人♪ 朝っぱらから性が出るねぇ♪」
 何か、明らかに意図的な誤字で、猪上の奴が声をかけてきやがった。
「オハヨウ、薫クン。で、何か意図的に間違った言葉が出てないか?」
「いやいやいやいや、青春だなー、と。……で」
 声を潜め、顔を近づけて。
「お前ら、三日間で何回くらいヤッたの?」
「人聞きの悪い事を言うな。体がバッキバキだったのを看病してもらったダケ……って佐奈、何指折り数えてんのぉぉぉぉぉ!!」
「え? とりあえず、セイ君との愛を見せつけようかと」
「アホォォォォォ!!」
「痛ったぁぁぁ、ぶったぁぁぁ!!」
 佐奈の脳天に拳骨を落とすと同時に、猪上の奴がケタケタと笑いだす。
「ひょっひょっひょっひょっひょ、ええのぉええのぉ、幼馴染で眼鏡でバインバイーンな彼女に、三日三晩の看病ですか。うーらーやーまーしーいーのー♪」
 明らかに俺らをからかって楽しんでる猪上の馬鹿に、俺は胡乱な眼を向けて……ふと、彼の『天敵』が、背後から迫っている事に気がついた。
「……何を言ってるんだいカオルクンや。お前にも眼鏡っ娘でラブラブな相手がおるじゃろぉに」
「へ? ラブラブって……」
 と……
「おっ、にっ、いっ、ちゃああああああん!!」
 ドスン!! という音を立てて、ツインテールで白衣の少女が猪上の首筋めがけて、ダイビングを慣行する。
「ぐぺぇっ!! 恵美里(えみり)っ! おまっ、延髄はやばいって!」
「薫お兄ちゃん! 私が作ったお弁当、また忘れてる!」
 その、首筋に抱きついた彼女の手に握られている、自称『お弁当』とやらを摂取した者に、どんな悲劇が訪れるかを、俺や裕の奴はしっかりと知っている。
 ……というか、ある意味、俺も裕も犠牲者の一人だったり。
「っだぁぁぁぁぁ! 持ってくんな、そんな危険物! 俺はお前の実験動物じゃねーんだぞ!」
「えーっ! 今度こそ、ちゃーんとドーピングにも引っかからない最新バージョンの奴だから、大丈夫だよ!」
「ドーピング云々以前に、お前の作る薬はガチで命に関わるんじゃあああああっ!」
「既にマウスで実験済み! ちゃんと仲間を皆殺した後にしっかり天敵のマングースもハブも猫も噛み殺した後、寿命直前に七穴噴血で全身破裂するまで元気に走り回ってたし! このお弁当食べれば、お兄ちゃん最強マチガイナシ!!」
 そう。
 このロリっ子白衣ツインテールの少女……猪上恵美里(いのうえ えみり)と言い、猪上薫の妹である。
 と、同時に、飛び級に飛び級を重ねて理系や医療系の博士号を幾つも会得。専門誌に乗るような論文を書き連ね、同時に医療系の新薬を開発している天才児でもあるのだが……。
 恐ろしい事に、その開発中の新薬を兄貴やその友人で実験するという、悪い癖があるのだ。
 一度、その『健康一番、命は二の次』な薬物満載弁当を喰った猪上が、部室でバーサークしたのを裕と俺とで迎撃して足止めして、お互いボロボロになったところを、保健室の熊谷先生が柔法……というか柔術で取り押さえて関節を外して強制的に大人しくさせるという、酷い目にあっている。
「えーっ、格闘家って、今日の勝利のために明日を捨てるって……」
「さっさと大学に行けぇぇぇぇぇ!! ってか、俺はジャック・ハ●マーじゃねえええええ!!」
 種違いの兄に絡んで甘えるその姿は、どう見ても無邪気な妹と中の良い兄貴、といった感じである。 
「むー……酷い、この可愛い妹の思いを、受け止めてくれないのー」
「俺はお前の人柱じゃねぇぇぇぇぇぇ!!」
 微笑ましいいつもの兄妹コントを眺めながら、俺は歩き出す。
「はっはっは、いつもの事だが仲良くてラブラブだなー、猪上」
「清吾っ! た、助け……」
「なぁ猪上。『座禅陣』って知ってる?」
 言われて、ピンと来る人は少ないだろうから、こうぶっちゃけて言えば通じるだろう……捨て奸(すてがまり)と。
 そう、俺は知っていた。
 このマッド・ドクターな妹ちゃんが、実験動物を品定めするような目で、俺たち武術同好会の面子を見ていた事を。『私と契約して実験動物になってよ』などとホザいた真っ黒っぷりは、未だに忘れる事ができません。
「そういうわけだ。
 じゃ、がんばってくれたまへ、人柱一号君」
「う、うおおおお、待てっ! 待ちやがりたまえ!! スケープゴート二号君ーっ!!」
 素晴らしい友情のやり取りを経て、俺は佐奈を杖に歩き始め……

 バンッ!!

「!?」
 最初に認識したのは、反射的に佐奈が展開した『力場』で銃弾を受け止めた、という事。
 弾丸のやってきた方向には大型のバス。そこから、無数の銃口が、俺たちのほうを向いていた。
「まずいっ!!」
 反射的に俺は佐奈をかばい……そして、その判断ミスが、致命的な結果をもたらす事になる。
 その無数の銃口の狙う先は、俺と佐奈だけではなかった。
「セイ君っ!!」
 惨劇は一瞬だった。
 全力で走って間合いを詰め、バスごと魔力を込めた拳で殴って撃砕。
 ハンターの襲撃に対しては、それでコトは足りた。
 だが……

「イノっ!!」
 周囲一帯を刻んだ銃痕の中。
 そこに、猪上がうずくまっていた。
 否……その下には……
「お……兄ちゃん……」
 答えない。
 答えられない。
 抱えられた彼女からは見えないだろう。
 猪上の背中は、銃痕で真っ赤に染まっていた。
「……ねぇ、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」
「どいてろ!」
 猪上を無理矢理起こすと、俺は首筋に噛みついた。
 セラに出来た事だ。即死ではあっても、復活させる事は不可能ではないハズ……だった。
「セイ君! だめっ!」
 俺が噛みついた瞬間、傷口が泡立つようにゴボゴボと溶けて悪化していく。
 ひょっとして、特殊な聖別とかされた銀弾頭だからか!? くそっ! これでは下僕としてすら、復活のさせようもない!
「嫌ぁ……嫌ぁ……誰かっ! 誰か助けてっ! お兄ちゃんを助けてよぉっ!! 嫌あああああああああっ!!」
 泣き叫ぶ妹の顔を、安堵の笑顔を浮かべたまま、何も映さなくなった兄の目が見つめていた。

 俺の失策は、幾つもあった。
 ハンターを撃退し続けた後も大人しく振舞い、襲ってきた相手を可能な限り傷つけずに逃がし、交渉を中心に誠意を持って接し続けてきた事によって、それなりに良好な関係を築けていた……という誤解。
 人としての生活を取り繕うために、負傷の擬態を続けた事によって、直接武力による排除の機会だと誤認させてしまった事。
 そして、致命的なまでに敵の狙いから庇う対象を間違えた、俺の判断ミス。

 その結果として……俺は、親友を一人、失う事になってしまった。

「……犯人は誰ですか?」
 開口一番。俺は、ハンター側に属する『とある組織』へと、セラを介さずに直接連絡を取った。
『……』
「……答えるつもりが無いなら、とりあえず手頃な人間に噛みついて、適当に街中に放り出していいですか?」
 恫喝の文言としては、今の俺にはそれで事が足りる。
『意味の無い恫喝はやめたまえ。それは君自身の破滅だと知っているのだろう』
「構いませんよ。今、どうでもいい気分なんです」
 沈黙。
 そこに満ちる俺の激怒を前に、相手が折れるのに左程の時はかからなかった。
『……ハンター組織でも、某宗教に属する飛びっきりの『過激派』だ。ダークストーカーは無論、異端狩りもやっている。
 君らに対しても、先日、都内に戦術核を持ち込んで襲ってきただろう? あれ以降、上層部含め、自重するように申し入れておいたんだが……どうやら、現場の暴走を止める事が出来なかったらしい』
「結構。それだけ分かれば十分。彼らは潰しますので『手出し無用』とだけ関係諸機関にお伝えください」
 ぶつり、と電話を切る。
「セラ」
「はっ、はい! ご主人様」
 俺の言葉に怯えるセラの姿に、少し冷静さを取り戻す。
 自宅のアパートの一室。気がつくと、セラや佐奈どころか、ナタリアまでもが怯えていた。飄々としていたのは裕や栄子さんだが……
「清吾、少し落ち着いて殺気を消せ。俺も含めて、みんなビビってる」
 動揺を悟られないようにするのに、精一杯らしい。
「……すまん」
 叫んで暴れる事が出来れば、どんなにか幸せだっただろう。
 今すぐ、『術』と『結界』で捕虜としてアパートの一室に監禁してる、襲撃者の生き残り連中全員を、血と肉片に変えてやれれば、少しは鬱憤が晴れるか?
 答えは……否だ。
 俺は知っている。
 彼ら狂信者は、所詮末端に過ぎない。
 無論、鈴鹿のよくやる、組織のピラミッドの弱い末端から頂点まで一つ一つ丹念に潰して行く手法もあるが、俺はこの売られた喧嘩を長引かせるつもりは、さらさら無かった。
「連中を『全部まとめてぶん殴る』。まずは追い込んでいくぞ」
 眷属、親友、協力者。
 それぞれが、それぞれの思いを胸に、俺の指示を受けて、行動を開始した。

 猪上の葬式は、一種、異様だった。
 参列する学生服の群れは、まだいい。
 だが、そこの祭壇の柩に、猪上の姿は無かった。
『嫌ぁーっ!! お兄ちゃん死んでない! お兄ちゃんはまだ死んでないのーっ!!』
 そう泣き叫ぶ恵美里ちゃんが、猪上の死体を、無理矢理大学の自分のラボへと引っ張ってしまったのだ。
 日本では、人間が死んだ時、七日以内に葬儀が行われなければならない。
 その間に復活させる、と息巻いて、彼女は兄の死体と共に引きこもってしまった。
 そして、猪上の両親。
 猪上には父親が居ない。誰かも分からない。
 試験管ベビー……それも、人為的なミスによって、意図しない相手の精子から出来た子供だからだ。(ちなみに、恵美里ちゃんは、指定した相手を父として生まれている)。
「あー、俺、失敗作だかんなー」
 と、時折遠い目で漏らす猪上の奴に、俺はその事実を知って返す言葉が無かった。
 更に、その作った母親の、葬式での最初の一言が、家での彼の扱いの全てを物語っていた。
「……良かったです、娘が生きてて」
 もし、その場に恵美里ちゃんが居たら、激昂するだけでは済まなかっただろう言葉を吐きやがり(事実、俺も裕もブチギレ寸前だった)さらに、葬式で経をあげてる最中にも、ノートパソコンでデイトレードに勤しんでおり、読経に来たお坊さんや周囲を呆れ果てさせていた。
「……おい」
「ああ……」
 怒りのあまりに吐き気を催してきたので、俺は裕の奴と一緒に、葬式の列から離れる事にした。
「……改めて思うわ。あいつ、あんな家で、どうしてあそこまで普通に育ったんだろうな?」
「妹が居たからだ、って本人言ってたけど、な……で、どうすんだ? 殺るんだろ?」
「今、セラに、情報収集と、交渉を命じて動かしている。
 言っただろ? まずは、連中を負いこんで干上がらさせる」
「……あんだけキレまくってたにしては、ずいぶん大人しい手を考えてんだな」
「大人しい? 今の俺が?」
 笑った俺に、裕の奴が……今度こそドン引いてた。
「清吾……お前、一体、マジで何を考えている?」
「だから、お前にも言っただろうが。『奴らを、まとめて、ぶん殴る』……って。
 だから、お前はお前で暴れ回ってくれ。で、余裕があったら、捕虜として連れてきてくれ。こっちで手駒にするから」
 そう言って、連中と縁の深い組織や人間の居場所に関するメモを手渡す。
「……了解した」
「そのメモ書きだけで、大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題無い」
 そう言うと、裕の奴は跳躍し、夜の街へと消えていった。
「まあ、あいつの役目も『あぶり出し』だしな……しっかり鬱憤を晴らしてもらわんと、な」
 そのまま、俺が足を向けた先は――

「うぁぁぁぁぁ!」
「やめろっ、やめてくれぇぇぇぇ!」
「あっがががががああ……」
 隣町の教会。かつては『過激派』の詰め所だったソコは、今や淫獄の園と化していた。
「パパァ~♪ パパのエサチンポから精気頂戴~♪」
「勃起汁~♪ 院長の勃起汁舐めるのぉ」
「あはははは! そうよ、出すのよ! 精気も命もエサチンポからドブドブ吐き出しなさい!!」
 断末魔と悲鳴の中、無数の淫魔たちが人間を貪り食らう痴態を繰り広げる、その中心部。
「嫌ぁ、止めてぇ……淫魔なんて、なりたくない」
「殺してぇ! もう、ひと思いに殺してよぉ!」
「……………もう……帰して…………………」
 変貌する恐怖におびえる者、終わりとしての死を望む者、現実を受け止められず殻に籠る者。
 反応はそれなりに様々だが、その場に居る人間全員に共通しているのは、裸のまま鎖に繋がれて、逃げられないよう拘束されている点だった。
「うふふふふふふ、さぁて、貴女はドコにしようかしら♪」
 そんな人間を、丹念に品定めする悪魔が一匹。
 逆十字の焼印……シンボルとして適当に転がっていた金属製の十字を、かがり火に放り込んで真っ赤に熱したものを手にした佐奈が、喜悦に満ちた表情で、捕虜の一人を捕まえて首輪に繋いだ鎖で引きずり出す。
「そうね、その生意気に大きなお尻にするわ」
 真っ赤に焼けた焼き鏝が、蒼い肌の魔貌を不気味に照り返す。
「やっ、やめっ、やめて……やめひっ、ひぎいいいいいいいいい!!!」
 じゅううううううううううう!!! 
 悲鳴と共に、肉が焼ける音と臭いがあたりに漂う。
「楽しんでるようだな、佐奈」
「あっ、ご主人様♪」
 縦割れの紅い瞳が、歓喜に輝く。
 今、この場。『過激派』の捕虜たちの前では、佐奈と俺の関係は主人とその眷属の関係である。
「いぎあああああああああああああああああああああああああ!!!」
「ところで、焼印(これ)はお前が思いついたのか?」
「はい。徹底的に絶望と後悔を刻んでから堕とせ、とのご主人様のお言葉でしたので……もう少し痛めつけて壊したほうがよろしいですか?」
 嬉々として拷問を繰り返す佐奈に、俺は少々戦慄していた。見ると、あたりで精を貪る淫魔たちには、例外無く体のどこかしらに逆十字の焼印が刻まれていたり。
 ……元々、佐奈自身、Sっ気が強かったのは知っていたが、ここまでとは。
「……いや、これ以上、一人ひとりに時間かけていても効率が悪くなるだけだ」
「かしこまりました、ご主人様」
 元は白銀の輝きを保っていたであろう十字型の金属が、繰り返し熱せられた熱と焼けた皮膚や油によってドス黒く変わったソレを、哀れな犠牲者から引き剥がす。
「いっ……ぎぃ……嫌ぁ……嫌ぁっ!!」
 苦痛に悲鳴をあげる彼女だが、真にその心を折ったのは痛みではなく……
「うふふふふふ、そうよ、貴女の怯えた顔。ゾクゾクするわぁ♪ ……んんんああっ!!」
 ずりゅり、と水音を立てて佐奈の股間から生えた肉竿に、彼女の瞳が絶望に染まる。
「嫌ぁ……やめてぇ! やめてぇ!! 化け物にしないでぇ!!」
「あらぁ、何も怯える事は無いじゃない。あなたたちがやってきた事よ?
 神様をダシに他人を巻き添えに殺しまくってきたくせに、いざ自分の番になった途端に命乞い?」
「わっ、私は誰も殺してなんかない! ただの会計係よぉっ!」
「安心なさい。その数字の裏側で人を殺してきたなら、立派に殺人者よ。それに、そんな被害者面で怯える必要なんて、もう無くなるわ……そう、すぐにね」
 既に、屋内に充満する淫気にアテられた肉体は、恐怖とは裏腹に……否、生命の危機なればこそ、生殖本能に従い、秘所を濡らし始めていた。それが理性では破滅だと悟りながらも。
「さあ、生まれ変わりなさい」
 ずちゅり、と。水音を立てて怒張したモノが、入り込んで行く。
「いっ、やっ、あっ……ぁ……あっ、あっ!! あひいいいいい!!」
「んんっ……イイわぁ、そうよ、もっと膣内(ナカ)で感じなさい。ご主人様から授かったモノで、あなたもモノになるよ!!」
 パンッ、パンッと腰を叩きつける音とに、ぢゅぼっ、ぢゅぼっと激しい水音、そして……
「いっ、やっ、あっ、あっ……あっ……あっ……あ♪」
 絶望の悲鳴に艶が混ざり始め……変貌が、始まる。
「あんっ、あっ、あああああああああ……♪」
 ざわり、と髪を押しのけて生える角。
「ひああああ♪ あぁん、あんっ、はあああ♪」
 瞳は絞られ、光彩は縦に割れ、金色に輝き……
「さあっ、イクわよぉっ……んんああああああっ!!」
「あひいいいいいいいいいい!!♪♪」
 より深い場所に肉竿をねじ込んだ佐奈の吐精と共に、全身を震わせる犠牲者は、最早人間ではなくなっていた。
 どさり、と放り捨てられた彼女の肉体。背骨が蠕動を繰り返して盛り上がり……ずちゅりっ!! と水音を立てて、先のとがった尻尾が尾骨生える。
 同時に、汗のように噴き出た黒いタールのような液体が皮膜のように広がり、やがて挑発的なボンテージに変化して固定される。
「んっ……ふぅ。中々具合のイイ肉壺だったわ。さあ、起きなさい」
「……ハイ」
 佐奈の言葉に、どこか気だるげな動作で起き上った、かつて犠牲者だった淫魔(インキュバス)が、虚ろな目を向ける。
「あなたが知る限りの『過激派』を襲いなさい。
 手段は問わないけど、出来る限り、男は押し倒して精気を集め、女は捕虜にして連れて来る事。『過激派』の人間なら幾ら食べても構わないけど、幹部クラスは情報を集めるからここに連れて来なさい。……あと、無関係な人間は、絶対につまみ食いしない事」
「はい、かしこまりました佐奈様。
 はぁぁ……雄……ニンゲンの雄チンポ……ふああああああ♪ 人間のエサチン食べたいいい♪」
 金色に割れた光彩を輝かせた淫魔が、翼を生やすと、それを羽ばたかせて教会の天井から飛び立っていく。
「すっかり慣れたようだな」
 声をかけると、佐奈が妖艶に微笑む。
「はい、ご主人様。ふふふふ、人間の牝をチンポで犯すのが、こんなに気持ちいいなんて知りませんでした。
 ですが……その……犯して行けばいくほど……私……何故か、アソコが疼いて……」
「当然だろう、佐奈。お前は俺の、何だ?」
「はい、ご主人様に性欲を処理させて頂くための専用肉オナホです」
「なら、分かるだろう。お前の体と魂に刻んだマゾの欲望が、犯してる人間を通じて刺激されているんだ」
 そう言うと、俺は服を脱いだ。
「あっ……♪」
 納得したように、つぶやいた佐奈の股間の肉竿が、あっというまに小さくなり、消える。と、同時に愛液が股間を濡らしはじめる。
「よくやったな、佐奈。腹が減ったついでに、可愛がってやる。ご褒美だ」
「はい、ご主人様♪ 少々お待ちください」
 パチン、と佐奈が指を鳴らすと同時に、数人の淫魔が佐奈の周囲に現れる。
「あなたとあなた。いらっしゃい」
「はい、佐奈様♪」
「はっ、佐奈様!」
 二人の淫魔が、前に進み出る。
「んっ……ぷ」
「ちゅ……んん」
 佐奈と、片方の淫魔がディープキスを交わす。と、同時に……
「んっ、んんんっ!!」
 キスを交わしてきた淫魔の体から、急激に精気が奪われて痩せほそって行き、やがて……
 ……ザァァァァァァ……
 と、砂のように風化して、消えていった。
「んふ、中々、美味しかったわ。次」
「はっ! どうぞご堪能ください!」
 人だった頃のベレー帽をかぶったままの淫魔が、佐奈に抱きしめられ……彼女も、佐奈に食べ尽くされる。
 そして……
「ご主人様、どうぞ」
 『過激派』の人間たちの精気によって味付けされた佐奈が、肢体をすりよせて、俺に身を捧げてくる。
「ああ、少し、話があるんだった。……ついてこい、食事は奥で摂る」
「はい、ご主人様」
 そう言って、俺は佐奈を伴って、教会の奥。かつて、この教会の主のモノだった部屋へと連れてくると、部屋を結界で封鎖する。
 そして……
「すまない、佐奈!」
 思いっきり抱きしめて、俺が最初に吐けた言葉は、それだけだった。
「……ご主」
「『セイ君』で、いい。今、この場では……」
 抱きしめたまま、落ちる沈黙。
 やがて……
「……もう。セイ君、私は大丈夫だよ?」
 溜息と共にそう言うと、悪魔から人の姿へと戻る、佐奈。
「セイ君の説明に、私も納得したんだから」
 そう。
 この復讐劇は、同時に前々から考えていた、俺や佐奈の『食事』の問題の解決手段の実践実験でもあったのだ。
 即ち……
 俺が直接、人の血を吸わなければ、吸血鬼の無現増殖の連鎖は起こらない。
 が、俺が想定しているダークストーカーに敵対、対抗してくる人間は、鈴鹿のような一部の凄腕のフリーを除けば、大概が組織化されて動く人間たちの集団である。無論、組織構造はまちまちだろうが、何にせよ一人ひとり虱潰しにしていく殲滅戦を想定した場合、吸血鬼化による増殖は有効な手段になる。
 効果は劇的、だが使えば最終的に我が身の破滅を招く。その問題を解決するための手段が、佐奈を通じた淫魔の増殖による、間接支配。
 淫魔になるのは大概が女性。しかも、佐奈自身が完全に俺の支配下に置かれた眷族である以上、佐奈が増やした淫魔にも俺の支配は及ぶ。おまけに、増やした淫魔は、彼女たちが狩り集めた敵の精気ごと佐奈の糧となり、そして、佐奈を通じて俺の糧になる。
 実際、俺も佐奈も、これを初めてから、普段とは比べ物にならない魔力を得ている。
 そう、我ながら実に効率的というか、調整の利きやすいシステムを作ったものだと思う。とはいえ、人を『餌』と割り切った、このシステム。それこそ今回のような事が無ければ、ここまで派手に運用しようなどという気にはならなかった。
 何故ならば、俺が吸血鬼増殖の倍々ゲームのリスクを知って自重しているという事が、人間側のハンター組織における一種の安全保障だったのだが、今回、俺はそれを根底からひっくり返してしまったのだ。そして……自分のところの安全保障をひっくり返されたハンター側の組織が、どういう行動に出るのかは、はっきり言って予測がつかない。
 ので、あえて徹底的に脅す意味も込めて、ここまで派手な殲滅戦にしたのだ。(無論、俺の『過激派』たちへの怒りという意味もあるが)。
 問題は、俺や佐奈が、まだ人の心を残している事……というよりも……佐奈を文字通り、道具として使わねばならない事。
「いや、そうじゃなくてな。その……なんだ、本当に、平気なのかな、って」
「え? ……その、下手だった? 私の『悪の女幹部』役」
「いや、逆。あまりにハマり過ぎてて、無理させ過ぎたかって心配になった。
 ほら、佐奈って真面目な分、無理しだすと物凄くガマンして無理を通そうとするだろ?」
 その言葉に、ああ、と納得したように微笑む。
「無理なんかして無いよ。むしろ、逆♪」
「……え?」
「セイ君にマゾの欲望を教えてもらって、身も心も性欲処理の肉奴隷として目覚めていくうちにね、どうやったら相手にマゾの欲望を刻めるかとか、どうやったらマゾとして感じる事が出来るか、って、少し、判ってきちゃったの。
 だから、身も心も魂もMとして目覚めて行けばいくほど、逆のSの欲望も、少しずつ強くなって行ってたの。
 で、セイ君の作ったこの状況って、実はすごく私に都合がいいの。逞しいご主人様に支配されたいMとしての自分と、奴隷を嬲って支配したいSの自分、両方を満たせるんだから。
 だから……もっと私を躾けて。セイ君の……ううん、ご主人様の専属肉便器として、マゾの欲望と快楽を、もっと私に刻んで欲しいの」
 俺の腕の中で甘えながら、淫らに微笑む佐奈に口づけをして、俺は佐奈に問いかける。
「もう一つあるだろ? SだとかMだとかじゃなくて、俺が愛した、俺を愛してくれている佐奈は?」
「……それこそ、分かってるくせに」
「で、答えは?」
 じっ、と顔を覗き込むと、佐奈は目をそらす。
「……シテ。もう……我慢出来ないの」
「喜んで♪」
 そう言って、俺は佐奈をベッドに押し倒した。

 結論から言って。
 猪上を巻きこんで殺した『過激派』が、俺の目論見どおりに追い込まれていくのに二週間もかからなかった。
 俺自身が佐奈を使って量産した眷属を用いて直接的に攻撃した事もあるが、何より、間接的に協力してくれたハンター側の組織が幾つも出た事が大きかった。ある組織は資金的に、ある組織は物理的に、連中を負いこむように仕向け、欧州にある総本部の元締めからも破門を喰らい、その『過激派』の一味は今、南米の某国某所に潜伏する以外に、無くなっていた。
 そして、そんな中、俺の向かった先は……

「で、何でこんな場所に?」
 佐奈を連れて、俺が立っている場所は、鹿児島だった。
 正確には、鹿児島県のド真ん中にそびえ立つ、桜島の中でも最大の噴火口の前である。
 東京のハズレから羽田まで電車で二時間、飛行機で二時間。そこからバスで一時間。さらに、佐奈に掴まって飛んで30分。
 何故、俺が、そんな手間暇をかけて移動したかというと……
「ああ、富士山……いや、都内の適当な埋め立て地でやっても良かったんだが、ちょっとでも失敗するとパニックになるからな。
 知ってるか? 桜島って殆ど毎日噴火してんだぜ。都内じゃ三宅島だの伊豆大島だのが噴火するたびに『全島民避難』とかやってるのにさ。
 すげーよなー鹿児島の人間って。毎日噴火してる火山のすそ野で、道路が走って家があって学校があって、フツーに人が生活してんだぜ?」
「あのセイ君? その前振りの意味がイマイチ……というか、セイ君がやろうとしている事が見えないんだけど?
 っていうか、砂が……」
「砂じゃなくて、火山灰な。まあ、砂みたいなモンだけど」
 あたりにもうもうと立ち込めて、足元に層を成している火山灰に辟易する佐奈を尻目に、俺はその場で計画を語り始める。
「で、何やろうとしてるかって話だけど、俺が今からやる事は、至極単純。
 某ラノベやそのアニメで『人型ロボットに乗った傘係兼ゴミ係の軍曹殿が、香港でイカれたモミアゲ相手にやった事』だ」
 そう、俺の『必殺技』の応用で、殴った対象を直接破壊せずに、その衝撃を背後に『通す』殴り方。
 漫画なんかでも時折見かけたりするアレである。
 できるかもしれない、と思ってここ数日、練習を繰り返してやってみたら、やっぱ出来たのである。まあ、その練習過程において卵を5パック無駄にしてしまったのだが、その甲斐あって、卵を割らずコンクリートの壁を砕くという面白い芸が出来るようになったり。
 それは兎も角。
「ま、失敗して割っちゃったら、鹿児島の皆さんに天災って事で、ちょびっと泣いてもらおう。なに、薩摩隼人は頑丈だって第六天魔王も言っている♪」
「割ったら……って、何?」
「ただ、全体の比率で言えば、地殻って卵の殻よりも薄いから難易度が跳ね上がるんだよなぁ。
 それに、成功してもどんな影響が出るかマジで分からんから、この場所を選んだんだ。『ここなら噴火くらい日常だしな』」
「……!! せっ、せっ、セイ君!? あ、あの、もっ、もっ、もっ、もしかして!?」
「安心しろ。最悪の大失敗をしでかしたら、道連れは山ほどいる。それに……あの時言った『どうでもいい気分』って言ったのは、嘘じゃないんだぜ?」
 そう言うと、ケータイの通話ボタンをプッシュ。
「セラ、連中は集まってるな?」
『はい、衛星写真からの情報では、予想到達点から半径20キロ圏内に全員、揃っているものと』
「よし、奴らに連絡を入れろ。懺悔の時間くらいはくれてやる」
『……慈悲深い事で。かしこまりました』
 やがて、再度、俺のケータイが鳴る。
「よう、始めまして、だな」
『……魔界の覇王が、わざわざ地球の裏側から何の用だ』
「なに、一応、聖職者を自称しているんだ。懺悔の言葉くらい、あるのならば聞いてやろうと思ってな」
『ふざけるな!! この神の聖域を荒らす侵略者がっ!!』
 そこから、一方的な怒声と罵声、それに失った部下だの何だのの恨みごとが、ケータイから流れてくるのを、あえて俺は黙って聞いていた。
「……なるほど、分かった。
 つまり、お前たちは、俺を殺す事も出来ない程の無能で、かつ周囲を巻き込んだ人間に対して、何の感慨も抱いてない、と? そして、その行為について、全くの反省も後悔も有り得ない、と?」
 叫び終えた通話口の『敵』に向い、俺は淡々とその事実を指摘する。
「俺をつけ狙うのは構わん。俺を殺そうとするのも許す。それがお前らの正義なら、それも仕方ないとすら俺は思ってた。
 だがな、俺の周囲の人間を手にかけて、タダで済むと思ってんなら大間違いだ。今からぶん殴ってやるから、覚悟しやがれ!」
『はっ、日本に居ながら、どうやって我々を殴るというのだ!? 確かに我々は追いつめられはしたが、追い出されただけだ! まして地球の裏側に居る貴様が、どうやって私たちを殴り殺すというのだ?』
「魔界の覇王を、『人ケラ』の狭量な尺度で測られては困るな。
 電話は切らずにおいておけ。運が良ければ、お前らの断末魔が聞けるかもしれん」
 そう言うと、佐奈に携帯を放り投げる。
「ちょっと持ってて。少し集中するから」
 そう呟いて、空手で言うところの下段突きの構えをとる。
「すまんが、『ちょっと通してもらう』ぜぇ……」
 そう断って、まずは軽く練習。
 魔力も抑え目にして、構えと衝撃を通す方角を確認しながら、軽く一発。
 手ごたえと感触から、確信を持って再び構え直し……
「セイヤァァァァァアアアアアアアッッッッッッ!!!!!」
 次の瞬間、俺は、叫び声と共に、全力で拳を地面にたたき込んだ。

 そして……桜島は、何も起こらず、ただ悠々と噴煙をあげていた。

「……終わっ……た…の?」
 怯えた佐奈に、俺は微笑みかける。
「ああ。バッチリ。大成功だ。
 さ、連中の『終わり』を、ゆっくり聞きながら待とうじゃないか」
 津波と一緒で、衝撃が通り抜けて到達するまで、かなりのタイムラグがあるが……まあ、問題は無い。この『通った』衝撃波は、地震の時の津波よりも、遥かに早い速度で通り抜けて行くからだ。
 電話口では、相変わらず俺を罵る声が聞こえてくる。
 ……感触からして、今頃、『半分』を通過したあたりか?
『この地球上に貴様が生きて行ける場所など……(ズドーン!!)……おい! 地雷でも踏んだのか!? 戦車がひっくり返ったぞ!』
 ああ、そろそろだ。
 地球の裏側から、一方的に垂れ流してた独善的な寝言が、試し打ちの一発で寸断される。
『きっ、貴様、一体何をした!?』
「だから、さっきから言ってるだろう? 『貴様ら全員、まとめて殴り殺す』ってな」
『くっ! 全員、持ち場につけ、奴が来……ガリガリガリガリガリガリガリガリ………ザザザーーーーーーーーーーーッ!!』
 音声として送信出来る限界を超えたガリガリという異音が鳴り、そして、後には砂嵐のような空虚な音。そして……
『ブツッ……ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ………』
「チッ! 断末魔の一つ二つ、聞けると期待したんだがな」
 舌打ちしてケータイを閉じ……俺の復讐は、終わった。
 だが……
「あのさ、セイ君。気は、晴れた?」
「……うんにゃ」
 俺の親友を殺した名前も顔も知らないクズは、最後の最後まで俺に顔を見せないまま、ミンチに――うっかりすると原子にまで分解されて、地球の裏側で消し飛んでしまった。
 やはり、顔を見て直接殴るべきだったろうか? いや……
「どっちにしろ、この虚しさに変わりは無かったかも知れんな」
 復讐は虚しい、と人は言う。
 だが……この耳で連中が最後を遂げた事を知って、初めてその『虚しい』という感情もまた、抱く事が出来たのだろう。
 でなければ、自分でも御し難い程の、あの業火のような怒りを抱えながら、過ごす事になる。
 この虚しさを感じる事が出来るだけでも、意味はあった。
 何しろ、俺は、こういう事態を二度と起こすつもりは無いからである。
 ……ハンター側に、密偵でも仕込むか? いや、むしろ、こちらに協力的な組織をバックアップして、利益誘導を図るべきか? いずれにせよ、どの組織もビビって暫くは動かないだろうから、これを機会に色々と手を打つ最大の機会でもある。……多分、ナニされたか理解できる人間は居ないだろうが、結果だけはガッツリと南米の某所にクレーターとして証明されているわけで。
 と……
「セイ君。考えるのは後にして、飛行機に乗って帰ろうよ。あと、服も買って帰らないとね」
「……え、服?」
 ふと、思い出す。
 この場所が、立ち入り禁止区域で、火山性ガスが立ち込める場所だという事に。
 で……服とか思いっきりガス喰らって、ボロボロに変色しちゃってるし!
「うっわ、やっちまった!
 とりあえず麓のフェリーに乗って、鹿児島の市街地に寄って服を買おう……って、あー、そーすっと、今日の飛行機に間に合わなくなっちまうか。
 しょーがない、今日は泊まりだ。霧島あたりなら空港近いし、良い宿を何件か知ってる。飛び込みでも大丈夫だろ。温泉だぞ温泉♪」
「温泉かぁ」
 と、思いついて、耳元で囁いた。
「そこ、貸し切りの露天風呂も、あるんだぜ♪」
 その言葉に、佐奈の顔が赤く染まり、目が輝いた。
「うん、行こう、セイ君!」

 この一件に関して、俺の『復讐』は、確かに終わった。
 が、東京に帰った時、俺は自らの怒りに、完全に目が曇っていた事を思い知る事になる。

 そう。『復讐』とは、必ずしも『贖罪』ではない、という当たり前の事実を完全に失念していた事に。

< 続く >

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