飯塚佐奈 0-1
「あぁぁぁぁ……イイ、気持ちいい!」
逞しい手のひらで揉みしだかれる胸の感触に、私は酔いしれていた。
「もっと、もっとオッパイ触って! 気持ちよくして……」
愛しい彼に触れられるたびに、そこからゆっくりと快楽がしみこんで来る感触が、たまらない。
「大好き、セイ君……んんんーっ!」
ゆっくりと唇が重なり、犯すように舌が捻じ込まれ……
PPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPP
10年間愛用しているペンギンの目覚まし時計の音と、股間の冷たい感触に、私――飯塚佐奈は目が覚めた。
「……また……か」
ナプキンがグッショリと濡れている感触に、ため息をつく。
「………まいったなぁ」
トイレの三角コーナーのナプキン入れに放り込むと、服を着替える。
登校までの時間は、かなり余裕があった。
「まあ、体が健全な証拠なんだろうけど」
ここ最近、私は頻繁に淫夢にうなされるようになった。
夢のお相手は、その日のテレビで見たアイドルだったり学年でもイケてる男子だったりと様々だが、大概は近所の幼馴染で……まあ、その……私の片思いの相手という奴だ。無論、告白なんてしていない。
「……はぁ……」
自分の臆病さ加減に、ため息をつく。
どうしてこう……私は勇気が無いのだろう。
自己嫌悪のループに嵌る前に、私は学生服に袖を通し、意識を切り替えた。
「おはよう、ママ」
「おはよう、佐奈」
我が家のキッチンで朝食を作っているママは、今日も元気が無い。
「……」
中学の三年間、パパの仕事の都合で家族ごとイギリスに留学していた私だが、向こうでパパが浮気をした事が元で離婚する話になり、イギリス暮らしに馴染めなかったママと私は、こうして日本に帰ってきて日本の学校に通っている。
既に離婚調停は終わっており、私の高校卒業までの養育費と、慰謝料としてこの都内(といっても裏山のある田舎だが)築15年3LDKの家がくっついてきた。
そして私は生まれてずっと通してきた『椎野』の性を捨てて『飯塚』の性を名乗ることになった。
「ママ。ジャム切れてるよ」
「あ……うん」
だが、当のママはこんな調子である。
私はため息をつきながら、棚から新しいジャムを取り出してペタペタと塗りたくった食パンを口に運ぶ。
っと、いつまでもこんな事をしている場合ではない。学級委員の朝は忙しいのだ。
「じゃ、いってくるね! ママ!」
わざと陽気に空元気を発して、私は家を飛び出した。
「伊藤清吾クン♪ 君は一体、何をしているのかな?」
昼休みの時間。
無線通信の携帯ゲーム機に夢中になってる三人組……伊藤清吾(いとう せいご)、遠藤裕(えんどう ゆう)、猪上薫(いのうえ かおる)の通称『2-Cの3馬鹿ーズ』の一人に、私は声をかけた。
「あー……仮想空間内部での狩猟生活を少々」
私に目線をあわせながらも、彼の指先は目まぐるしくボタンを押していた。
「今日の昼休みは生徒会室で、文化祭に向けての総集会あるから、学級委員も男女全員出席だ、って……通達してあったわよね?」
なんとか崩壊しそうになる笑顔を維持しながら、つとめて優しく幼馴染を説き伏せる。
「私、一切身に覚えがございません。すべて、秘書のやった事でございます」
そんな内心の努力をあざ笑うかのよーにスッとぼけた、痛い台詞にあっさりと笑顔崩壊。
この間わずか2秒。我が幼馴染ながらトンデモナイ新記録だ。
「どっかの政治家みたいな馬鹿言ってんじゃないっての! ほら、行くわよ!」
「ちょっと待て! っていうか、俺納得してネェって言ってるだろ! 何で風邪ひいて休んだ日に勝手に学級委員にしてんだよ!」
「休んだアンタが悪い!」
「むちゃくちゃだーっ!」
やり取りを繰り返して目線を外しながらも、ゲーム機の指さばきは一糸乱れぬまま。生粋のゲーマー、ここに在りって感じである。
「おいおい、連れて行かないでくれよ。今、いいとこなんだから」
「飯塚さー、本人嫌がってんだから別の人指名したほうがいいんじゃねー?」
ストップをかけたのは、この3バカの残り、猪上薫と遠藤裕。
ちなみに、彼らも画面から目を離していてもゲーム機の指は止めていない。
……この三人。ゲーム雑誌の大会でチーム組んで出場して優勝したとか言ってた記憶があるが……全員、ゲーム画面も見ていないようなのに、ゲームが成立し続けているようだ。
なんとも素晴らしくも頼もしい、息の合いっぷりである。
さて、どう切り崩したものか。
暫し考えた後、
「じゃ、キミタチどっちか、学級委員やってくれる?」
満面の笑顔で、どっちが私にコキ使われたいか聞いてみた。
「伊藤、謹んで生徒会室に行け」
「なにやってんだ、学級委員。文化祭の仕事はどうした?」
「お前らぁぁぁ!!」
彼らの素晴らしい友情に感謝し、私は泣き叫ぶ彼を生徒会室へと連行した。
「もう二度とやるもんか」
男子学級委員(臨時)として拉致られたセイ君が、憮然とした表情で帰り道を歩き出す。
「むー、何でそう不満かなー」
「不満に決まってんだろ! これから速攻でバイトだよバカヤロウ!
『武術同好会』の活動もあるしマジで休む暇もありゃしねぇ。だから学級委員なんて嫌だったんだ」
「……むー」
それを言われると、私も弱い。
彼は彼で、結構大変な事情を背負っている事を、私は知っている。
「学生の本分は勉強なんだから、もうちょっと残してもらった遺産に甘えたほうがいいんじゃない?」
「そーいうワケにも行かないよ。バイト君とはいえ、それなりに仕事と責任背負って金貰ってる立場だし」
彼の両親が死……いや、行方不明になった日。そして、その後の遺産騒動があった時に、私と彼は再会した。
私は私で、離婚のショックから立ち直れず、雨に打たれてお互いにやつれた顔と再開した時の事を、私は忘れられなかった。
あれからおおよそ二年。
「……なんか措いてかれた気分」
「あ?」
「なんでもないわよ。あ、後で君んトコで買い物していくからそのつもりで」
ママがあんな調子なので、ある程度は私も買い物をしていかねばならない。
セイ君がアルバイトをするスーパーマルトミは、この近所でも評判の安い店だ。何より、惣菜コーナーの美味しさは、そこらのコンビニや総菜屋の追随を許さない絶品である。
無論、半額セールをハンティングするのも悪くはないが、競争率が高い上に……その時間帯は、彼が仕事から上がってしまうのだ。
「本日もお買い上げ、真にありがとうございます」
妙に板についた頼もしい営業スマイルで、彼はちゃんと笑ってくれた。
「んっ…ぁぁぁあああ!」
ぐっ、ぐっ、と捻じ込まれるペニスの感触に、恍惚となる。
「あぁぁぁ、セイ君……」
その快感を逃がさないように、私は彼の腰にしっかりと足を巻きつけて固定した。
「もっと、もっと深くまで捻じ込んで……奥の所ゴリゴリしてぇ!」
私の言葉に答えて、セイ君が逞しく腰を蠢かせる。ヌチャヌチャと卑猥な音と共に叩きつけられる熱をもった塊が、私をいやおうなく絶頂へと押し上げていく。
「んっ、んっ……もっと、もっと……んむぅぅぅ!」
ディープキス……というより、舌を捻じ込まれて唇をレイプされながら、いつしか私は積極的に彼を受け入れ、舌を絡ませていた。
その間にも、私の膣内を、肉竿が執拗に犯していく。
恍惚の中、肉体が歓喜に上り詰めていく感覚が加速する。
「あっ、あっ、あっ……いい、来る、くるぅぅ!!」
欲望に下半身が蠢く感覚は、どちらのモノなのだろうか?
「いっちゃうううううううう!!!」
次の瞬間、溶岩のような熱が、膣(なか)から私の体を侵略していく。
私の意識は、そのまま白い熱に飲み込まれ……
PPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPP
そして、いつもの淫夢が目覚まし時計の音で、覚める。だが……
「っ!!」
ナプキンから溢れてパンツまで濡れている事に、私は愕然とした。
「冗談でしょ」
ジットリと粘つく塊と化したナプキンを、例によってトイレの隅っこに放り込む。
……でも、凄かったな……今日の夢……あんなに逞しくって激しくて……
「!」
股間を吹き抜ける冷たい風と、それと対比するような熱に思わずトイレにしゃがみこむ。
「……シャワー浴びなきゃ」
濡れたままのパンツを握り締めて、隣の浴室に飛び込んだ。
「……塚さん。飯塚さん」
「え、ふぇ!? あっ! きっ、起立! 礼」
チャイムが鳴り、日直の仕事をこなす。
……いけないな。どうもボーっとしている。
「飯塚さん、疲れてるなら日直の仕事代わるよ?」
結局、正式に学級委員になってくれた、園谷良(そのや りょう)……通称『ソノヤン』が、私に声をかけてきた。
「あ、いや、大丈夫よ、大丈夫♪」
笑いながら、断る。
基本的に真面目だが天然のケがあり、仕事を頼むと稀に予想もしない『何か』が抜けてたりする。
本人も自分の天然具合は認めているため、あまり積極的に出張ろうとはしないのだが、何しろ人材がいなかったので生き物係から学級委員へと、急遽クラスチェンジしてもらったのだ。
「んー、ならいいけど……なんか本当にぼーっとしてるから」
「いや、君には言われたくないって」
さらっと毒を吐いて彼を追い返した。
……とはいえど。
「……想像以上に重症かもしれない」
前々から淫夢は酷かったが、ソノヤンにまで言われるようになるとは、相当に深刻な状態である。
さて……この場合、誰に相談すべきなのだろう?
パックのコーヒー豆乳をチルチルすすりながら、今、一緒に机を並べて弁当を食べている友人たちの顔を眺め……
『えーっ、伊藤君ーっ!?』『きゃーっ、やっぱ幼馴染の彼ー?』『没落してるけどお金持ちだもんねー、彼』『ルックスもいいしー、背も高いしー、真面目だしー』『ねーねー、サナちゃん、もし伊藤君ゲットしたら、遠藤君私に紹介してねー』『あっ、ずるーい! 私もー!』『ちょっとー、彼、結構こわいよー』『えー、めちゃくちゃ可愛いじゃんー、彼』『どうせだったら合コンしよ、合コン』『でもあの三人ってことは、猪上がついてくんだよ?』『えー、猪上君も悪くはないと思うけど?』『ちょっと、あんたあんなオッサン顔のゴツいのが趣味なの?』『結構かっこいいじゃん、猪上くん。頭いいし』『成績はいいけど頭は馬鹿じゃん』
口さがなく、誰それと誰かがくっついただの、誰某と何某が離れただのの話をしている面々を見て、容易にこんな展開が想像出来てしまった。
絶対ダメのダメダメだ。一言半句たりとて漏らせるワケがない。
普段、与太話をしたり情報収集に重宝している面々だが、自らのゴシップを垂れ流す勇気は、私には無い。
さて、そうなると……
「失礼します」
放課後。
学級委員と日直の仕事を終えて、保健室の扉をノックする。
「あら、いらっしゃい。
……珍しいわね、誰かの付き添い以外であなたが来るなんて」
保健室の主の証である白衣姿。養護教諭の熊谷先生が、意外そうな顔で私を迎えてくれた。
「その……熊谷先生って、精神的なカウンセリングとかってやってましたよね」
「まあ、さらに珍しい。どうしたの?」
私立だと専任の学生カウンセラーとか居るようだが、あいにくとウチの学校では保険の先生が代行である。
とはいっても、一応、熊谷先生も、ちゃんと臨床心理士の資格は持っているらしいが
「その……人払い、いいですか?」
「んー、はいはい了解了解」
カッチャン、と入り口の扉の鍵を閉めると、さらに保健室の奥にある、ベッドのある個室へと案内される。
「で? 先生に相談って?」
「……実は……」
我ながら、ポツポツと歯切れが悪いと自覚しながらも、事情を話していく。あ、もちろん、セイ君の事は伏せて。
「んー……なるほど。要するに、寝覚めが悪いエッチな夢を一杯見ているわけね?」
「……はい」
「んーはいはい。ところで、聞きにくい事聞くけど、いいかな? 答えたくなかったら、答えないでいいんだけど。
友達と、猥談とかしてる?」
「……は?」
一瞬、思考が停止した。
「いや、ほら。エッチな話」
「い、いえ……あまりその方面は……」
「んー、そうかぁ。それじゃあ、自慰は週に何回くらい?」
「じっ!?」
思わず叫んでしまう。
「えーと、オナニー。マスターベーション」
「しっ、してません! っていうか、ナンデスカソレー!!」
「んー、やっぱりか……いや、本当に重要な事なのよ、これ?
保険の授業でも習ったかもしれないけど、君たちは体が不安定になってる時期なんだから、心も今までどおりとは行かないのよ。
そういう場合は、ちゃんとマスターベーションでもして発散させないと、逆に体のほうが発散させろ、って訴えてくるわけ」
先生の説明に、私はもう顔が真っ赤になってしまった。
「ひ、卑猥です!」
「そうよ。人間は、食欲と睡眠欲と性欲からは、一生逃げられないの。
これはね、男女や個々人によってそれぞれ個人差はあっても、誰もが万人共通で持っているもので、だからちゃんと発散させて意識のうちでコントロールしないとトンデモナイ形で噴出してくるものなの。
飯塚さんの夢なんかは、その典型例よ?
体はエッチしたいー! って訴えてるのに、本人が自覚していないから、余計変な形で本能の部分が訴えてくるの。
人間って理性だけでも、本能だけでも出来ていないのよ?」
「うー……」
確かに、理屈では分かる。
生理だって始まっているし、体育の授業になると男子の目線が私の胸に集中していたりするし、そんな奇異の目線を受けるほどに、自分の胸が同年代の平均以上に育ってしまっているというのは、理解できる。
「まあ、あなたに今必要なのは、自分の体の変化をちゃんと受け止めることね。そういう欲望と向き合って自己処理できるのも、理性のうちよ?
誰も見てない場所で、自慰くらいはちゃんとしなさいな」
「欲望……ですか」
思わず『自分の欲望とは何ぞや』と自問してみる。
と……
「先生ーっ!! 先生いますかー!!」
ガンガンガンガン、と扉を叩く音と、聞き覚えのある声。
「あらあら、どうしたの?」
個室の扉の隙間からのぞくと、鼻血まみれで胴着姿のセイ君……伊藤清吾が、真っ青な顔の遠藤君を引っ張って入ってきた。しかも何故かトランクス姿で鉢巻(?)を締めた猪上君もついてきている。
「馬鹿、大げさな事すんな」
「大げさなワケないだろ、そんな顔面蒼白で!
すんません、組み手やってたら柔法ちょいと強めにかけすぎちゃって、手首イッちゃったっぽいんですよ」
「あらまぁ! ……ちょっと待っててね、飯塚さん」
そのまま、そそくさと個室に私を残し、面倒を見にいく熊谷先生。
以下、起こった出来事は壁越しに聞こえた(感じた)のみで、直接目にしたわけじゃないので、音声表現のみでお送りします。
熊谷「んー、見事に手首が外れちゃってるわねー。まあ綺麗な抜け方してるから、ここで繋いじゃいましょう。
遠藤君、『いち、にーのー、さん』で繋げるから、ちゃんと力抜いてね」
遠藤「っ……はい」
熊谷「それじゃいくわよー……いち、にっ!」
(コキャリ、という小気味いい音。悶絶する遠藤君の気配)
遠藤「あっぐぅ……おぉ……セン……セイ……!?」
猪上「うっわー……熊谷先生ウソツキー」
熊谷「ちゃーんと力抜いてくれないと、上手く嵌らないの。それよりどう? ちゃんと指は動く?」
遠藤「はい、何とか……」
熊谷「そう。良かった。きれいに嵌ったから、後で湿布張って包帯巻いて固定して。まあ、一週間様子見ましょうか。
……で、柔法かける時はギブさせる事を前提にあくまでソフトに、ってあれほど言ったのに、どういう事かな伊藤君?」
伊藤「いや、こいつスゲェ体がやわらかくて……半端にかけると簡単に振りほどかれちゃうから、ちょっと強めにかけたらポッコリと」
熊谷「要するに、力任せに未熟な柔法を仕掛けて、こんな事になったと?」
伊藤「……ええ、まぁ……そのようなといいますか」
スパーン!!(何かでハタく音)。
伊藤「痛ってぇ……」
熊谷「……ったく。異種格闘技戦にウツツを抜かしてないで、もっと同じ流儀の相手に精進しなさい!
そんなんじゃ逆に強くなれないわよ。っていうか、私が紹介した大学のサークルはどうしたの!?」
伊藤「あの人たち、バンカラ過ぎてパシれるだけパシらされて、ロクに技とか練習とか教えてもらえないんで嫌ッス」
熊谷「ふーん♪ じゃあ、私が相手しましょうか? 手取り足取り、全身の関節総分解するまで、柔法のイロハを教えてあ・げ・る♪」
伊藤「オッカナイんでカンベンしてください!! ……っつか、そんなんだから売れ残ったまま、三十路突っ込んじゃったんですよ」
(壁越しにも分かるほど、サッと空気が変化。体感温度低下)
猪上「あれ、三十路突入ッスか!? さすが熊谷先生。浮気した彼氏をベッドで『分解』したってだけありますね♪」
伊藤「サダさん結局、道場閉めたときの酒盛りにも顔出さなかったもんなー。っていうか、どんなプレイしたんですか?」
(体感温度、さらに低下。鳥肌発生)
遠藤「熊谷先生、バイオレンスはやめといたほうがいいですよ。それでオレの姉貴もコイツにフられちゃったんですから」
(体感温度、絶対零度到達。でも気づかないでベラベラ喋ってる三人組)
伊藤「あれ以来、道場の野郎ほとんどビビって先生に声かけなくなっちまって……もしもし熊谷先生……あの……その、ワキワキと楽しそうに指を蠢かせておられるのは……」
熊谷「うふ……うふふふふふふふふ♪ き・み・た・ち、カルシウム採ってるぅ~?♪」
(妖気漂う声と緊迫した空気。やがて……バンッ、と乱暴に開け放たれる保健室の扉の音)
三人『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』
熊谷「待ぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! 待たんかクソガキャアアアアアアアアア!!」
伊藤「逃げろ! とっつかまったら骨格バラバラのジャンクにされちまうぞ!」
「………………あ」
学校の七不思議のひとつ。
『放課後の校舎の中を、白い悪魔が走り回る。それに掴まったら地獄に連れて行かれる』
「なるほど」
そんな噂話を思い出しながら、私は誰もいなくなった保健室を後にした。白衣の悪魔に追い回される3バカの絶叫を聞きながら。
「あんっ! もっと……もっと、セイ君、突き上げて」
仰向けになったセイ君に跨ったまま腰を動かして、彼のチン●を下の口でくわえ込みながら、私はつきだされた遠藤君のものをしゃぶり上げる。
「んぷ……もっと、もっと勃起させて、ごりごりするのー♪」
さらに差し出された猪上君のモノを手でしごきながら、
「あはぁ♪ チンポ勃起して、おいしいの出てきたぁ♪ おいしい勃起汁、フェラさせてぇ♪」
両手で遠藤君と猪上君のペニスをしごきながら、中でセイ君が蠢く感触に酔いしれる。
「あっあっ、あっ! セイ君もっと、もっと、いっ、イクっ、イクゥゥゥ!!」
脈打ちながら突き上げるセイ君のペニスを膣内でむさぼりながら、ぎゅっと刺激すると、残り二本の肉棒からも間欠泉のように白濁汁が噴出してくる。
「あはぁ、かけてぇ♪ ドロドロの濃いザー汁、佐奈にかけてぺろぺろしゃぶらせてぇ♪」
出し終えてへたり込む二人の肉竿をつかんだまま、ぴゅくぴゅくと蠢く鈴口に舌を這い回らせ……
PPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPP
「っ!!」
そして、目覚めと共に絶句する私が、居た。
「なに……なんなのアレ!」
よりにもよって……三人相手なんて……異常だ。
おぞましさに震える意識とは裏腹に、体はしっとりと濡れた熱を主張してくる。
「大体、何なのよ……あんな、あんなの口にくわえ込……は?」
違和感。
ちょっと待て。私は夢の中で……なんて言ってた?
自室のパソコンを立ち上げて、ウィキペディアにアクセス。
「……っ!!!」
『フェラ』という単語の意味を調べて、絶句。と同時に、違和感がますます強くなった。
「こんな言葉……私、知らない」
夢とは、無意識の産物だと聞いたことがある。
だが……だとするならば、『なぜ私は、意味も知らない言葉を夢の中で叫んでいた?』。
「……………どういう事?」
意識が冷える。体の熱なんて、とうに吹き飛んでしまう怖気が背筋を走る。違和感は既に異物感となって、意識の一角を占めていた。
朝日の中、呆然と私はその場に座り込んでしまった。
「狐か狸あたりに化かされてるのかもしれない」
『……はい?』
昼休み。
いつもの面々とお弁当を囲みながら、最近ボーっとしている理由を、私はそう説明した。
「いや、夢の中でね、私が全く知らない言葉を口走ったりしてるのよ」
「……ナメック語?」
「違う。そうじゃなくて、知らない単語って意味。
毎日もうワケの分からない夢を、誰かに見させられて気が滅入ってるの。熊谷先生にも相談したんだけど、さすがの臨床心理士も『他人の夢を操作する』なんて技術は専門外だってさ」
ついでに、それが出来ればノーベル賞だって取れる、とも言われてしまった。
「佐奈ちゃん、それってさ……エッチな夢?」
ぶばぁっ!!
そのものズバリな指摘に、思わずコーヒー豆乳をむせてしまった。
「チチチチチ、チガイマスデスヨ、ハイ」
「あーはいはいはいはい、分かった分かった」
「カタブツ委員長の佐奈ちゃんも、そういうお年頃ですか」
「で、今日の夢のお相手は誰だったのかにゃあ~♪」
「そんな事はどうでもよろしい!!
まあ、そんなわけで、もう藁をもつかむ思いで頼むんだけど……みんな、夢占いとか結構詳しかったわよね?」
『……』
目を合わせる一同。
……なんでしょうか? 物凄く嫌な予感がするのですが!?
「いいんだけどー♪」
「その夢のお相手ってー♪」
「誰なのかにゃあ~♪」
……やっぱり相談するんじゃなかったかもしれない。
獲物を狙う肉食獣の目でゴシップを探る友人一同のギラついた眼差しに、目の幅涙が休み時間のチャイムが鳴るまで止まらなかった。
「……………」
目の前にある店には、看板が無かった。
窓もブラインドで閉じられ、ただ木の扉があるだけ。正直、倉庫代わりに使われている空きテナントか何かにしか見えない。
友人たちに紹介された、『よく当たる夢占いのセンセイ』とやらのお店を前に、私は途方にくれていた。
一体、こんな所で私は何をやっているのだ?
そもそも占い師という人種は、運命論や人生相談のプロではあっても脳医学のプロではないのであるからして『他人に思い通りの夢を見せる手段』など知るよしも無いハズである。
私の目的は、『私の夢に介入してくるバカの手段を暴いて対抗策を見出す』ことであって、『変態的な夢の内容の寓意を見出す』ことではない。
「……馬鹿馬鹿しい」
やはり、あの友人たちに相談した自分が、愚かだったのでは無かろうか?
そんな疑念がフツフツと心の中に持ち上がってくる。とはいえど……今、私はゴシップという名の傷を負ってここに立っているワケで。
「……ええい、どうせダメモトだ!」
決心をして、扉を開ける。
「あのぉー、すいませーん」
「あら、いらっしゃい♪ 待っていたわよ」
何か呪術っぽいイロイロなアイテムが立ち並ぶ店内に漂う、微かに変わった匂い――たぶん、お香か何かだろう――のする店内。
そこに居たのは、体にピッタリとした赤いスーツを着た、女の人だった。それも……女の私でも一瞬見とれてしまう美人。すらっとした黒髪と、対比するような真っ赤なルージュが印象的な……って!?
「待って……いた?」
「水上さんたちに聞いてきたんでしょう? 彼女たちから連絡があったわよ♪」
ケータイを見せる占い師さんに、私は言い知れぬ嫌な予感を覚えたが……今更、違うとも言えない。
「はい、占い……というより、相談があって来ました」
「どんな相談? 恋愛? それとも、探し物?」
「いえ……その……」
躊躇していても始まらない。私は思い切って打ち明けることにした。
「相手に思い通りの夢を見せる方法って、ありますか?」
「おやまぁ。ずいぶんと変わった相談ね? どういう事かしら?」
「実は……この間から……」
事情を語る私に、彼女は黙って聞いていた。
「うーん、それはあなたが無意識のうちに」
「違います! 無意識じゃ説明できない言葉を、夢の中で私は口走っていたんです!
私が知らない卑猥な単語を! 私が知らない知識を! 私が知らない……セックスなんて……ごめんなさい……ちょっと……取り乱しちゃいました。すいません」
「例えば、自意識の中に記憶として覚えて無くても、そういった本とかを見た時の記憶が単語として浮かび上がって」
「それも、ありえないです。私、そういう本に興味ありませんから」
「……見たことも無い?」
「ありません。フェラチオなんて言葉、今朝知りました」
私の言葉に、目を丸くした占い師さんは、深々とため息をついた。
「んー、つまり、あなたは疑ってないのね? 自分が何者かに、淫らな夢を無理矢理見させられている、という事を」
「……ごめんなさい。信じて貰えるとは思ってません。でも……そうじゃないと論理的に説明がつかないんです」
沈黙。
そして、それは無駄足だった事の証明だ。
「ご迷惑をおかけしました。変な話で混乱させてしまって。見料、お幾らですか?」
「待って。心当たりが無いワケじゃないのよ」
何かをためらうかのように、占い師のお姉さんは重々しい口を開いた。
「でも、ね……正直私も迷っているの。まさか本当にこういうケースがあるなんて始めての事だし……教えるべきか否か、って」
「教えてください!」
切羽詰っている私は、迷わなかった。
「正直……寝るのが怖いんです。このままだと辛くて」
「……そうね。役に立つかどうか分からないけど。恐らくは淫魔の仕業ね」
「インマ?」
「夢魔とも言うわ。サキュバスやインキュバスとも。
寝ている相手の夢の中に、理想の異性を演じて現れて、精気を奪っていく悪魔の一種よ」
「……悪魔、ですか。なら、対応する方法はありますよね? どう対応するんですか?」
古来、悪魔と呼ばれる生き物には、大概対処法があったりするのだ。吸血鬼に十字架だったり。狼男に銀の銃弾だったり。魔女に蹄鉄だったり。
「ミルクを入れたお皿を、枕の上に置いておくのが古典的な手段ね。精液と間違えて舐めて満足して帰っちゃうそうよ?」
「せっ!? ……は、はい。分かりました。……あ、で、でも……それって、対症療法でしかないんですよね? 何とか、根本的に退治する方法って無いんですか?」
「んー、そもそも寝ている時の無防備な状態で襲ってくる相手を、『倒す』なんて考えないほうがいいんじゃないかしら?」
「あ、そうか」
ため息をつく。
確かに、そんな達人じみた芸当は、私には不可能だろう。
「ありがとうございました。……あ、あの、見料はお幾らですか?」
「いいわ、特別にタダ。
何しろ、確信があってのアドバイスじゃないから、これで失敗しても文句は言わないでね。こんなお客さん、始めてだから」
「はぁ……」
狐につままれたような感じで、私はその店を後にした。
「あ」
帰り道。
「お醤油と、お砂糖が切れかけてたっけ。買い足しておかないと」
自宅へ向けていた足を、そのままマルトミに向かって進路を変更。
「えーと……あれ?」
お醤油と砂糖をかごに入れて歩いていると、いい匂いに釣られ惣菜コーナーに目をやる。
「新作だ、どうしよう」
タコと何かを使った桜煮だろうか? 食欲がそそられて、思わず……
「この桜煮200グラムください」
「はい~♪」
たれ目のおっとりとした口調の調理師のおばさんに、注文してしまった。
料理、ちゃんと作らないといけないのに……ここの惣菜は美味しすぎてバリエーションも豊富で、ついつい頼ってしまうのだ。
「いつも~ありがとうね~♪」
「いいえ、この前のもおいしかったです」
と……
「彼~今日は~一番レジよ~♪」
「ぶっ!! ナナナ、ナンデ!?」
こっそりと囁かれて、泡を食う私に、おばちゃんがニコニコと笑いながら、
「大家さんとは~よく話すのよ~♪ 佐奈さん~可愛い子ね~ほんと~♪」
『大家さん』と言われて一瞬、誰のことかと思ったが、すぐに彼のことだと思い当たった。
「は、はぁ……どんな事を言ってました?」
「ん~と~、口うるさいだとか~♪ 北●鮮の将軍様並の暴君だとか~♪」
まあ、予想通りといいますか、そんな言葉がおばさんの口から漏れる。
「……やっぱりそうですか」
「でも~女の子の話をすると~決まってあなたの話が出てくるのよ~♪ 胸は負けてないのに~おばさんちょっと嫉妬しちゃうな~♪」
「え?」
ニコニコと笑いながら、その実はポーカーフェイスなおばさんの言葉に、思わず聞き入ってしまう。
「冗談よ~若い子っていいわね~♪ またよろしく~♪」
「はぁ……」
狐につままれたような感じで、惣菜コーナーを後にして一番レジへ。
「一点、一点、桜煮が200グラムで……はい、合計で1029円になります」
彼がレジに品物を通していく……と、ふと思いつく。
確か、セイ君は空手をやっていたような記憶があった。もしかしたら……
「セイ君。確か空手やってたよね?」
後ろがつかえてないことを確認して問いかけると……彼は頭を抱えて、ほんとーに深々とため息をついた。
「……空手じゃ無くて拳法だって、何度言えば分かる?」
「あーカンフーだったっけ?」
私の脳裏に浮かんだのは、ジャッキー・チェンとかブルース・リーがアチョアチョ言いながら飛び跳ね回ってる姿だった。
「そっちの拳法じゃないっつーか功夫(クンフー)って言葉自体は修練の蓄積って意味で……まあ、お前は空手も日拳もテコンドーも中国拳法もムエタイも、全部一緒だしな」
ソッチ方面に理解の悪い、私への説明を諦めたのだろう。
……まあ、私にはよく判らない、殴りっこの流儀がイロイロあるらしいとは分かったが。
「失礼ね、空手と相撲の区別くらいはつくわよ! ……服装とか」
「はいはい。で、何が聞きたいんだ?」
文字通り『魂の底』と書いて心底バカにした哀れみの眼差しにムカつきつつも、気になることを聞かねばならない。
「ねえ、こう……達人が寝てるときに敵の気配を察して、飛び起きて迎え撃つってあるじゃない? あれってどうやってるの?」
「映画の見すぎだバカ。寝込みを襲われたら基本的に無理」
あっさりと言い切られた。
「ナニよー、知らないから聞いてみただけじゃない!」
「まあ、単に気を張ってピリついてる状態なんだろ? 『常在戦場』って言葉が格闘技にあるくらいだし、何がヤバイかは『勘』で分かるようになってくるんじゃない? 達人とかは」
「むー、『勘』ってナニよ。説明になってないじゃない」
その言葉に、さらにため息をつかれる。
「『勘』ってのはな、意識、無意識問わず、個人の経験、体験、知識など、蓄積された情報を脳が統合して提示する一種のプロファイリングなんだよ。まあ、そんなワケでお前には無理だ、あきらめろ。
……まーどうしても起きたかったら、襲ってくる時間にあわせて目覚まし時計でも鳴らせばいーんじゃねーのー? ほら、後がきたぞ。しっしっし」
「む、むううううう……」
そのまま、仕事の邪魔だとばかりに、レジを追い払われてしまった。
「はぁ……」
買い物袋を提げて家路に向かいながら、ため息をつく。
やはりというか、予想通りというか。寝てるときに襲ってくる相手を倒す、なんてのは無理があるのだろうか?
「頭の上にミルク皿しか無いのかなぁ。やっぱ」
……いや、待て。ひょっとして、確か……
「ただいま! ママ、今日は晩御飯おねがい! オカズは桜煮買ってきたからそれで、ゴハンと味噌汁よろしく!」
買い物袋を台所に預けて自室に戻ってパソコンを立ち上げると、ウィキペディアで調べ倒して、検索ソフトでググりまくること30分。
夢、夢……あった! ふむふむ……よし、この作戦なら何とかなる! ……と、信じたい。
「あとは武器、かぁ」
悪魔に通用する武器。
果たしてそんなものが我が家に……あ、そういえば、銀には破邪の力がある、とか何かで聞いた事がある。確か銀のナイフがあったような。
「ママー、うちに銀食器のセットあったよね? イギリス時代に買った奴」
「えーと、あー、あれ? 使わないから、どこにやったかしら。ナニに使うの?」
「え、ああ、ちょっと……占いに使うの」
「あら、佐奈にしては珍しいわね。確か……えーと、たぶん、食器棚の一番上の戸袋の中にあったはずよ。そこに無かったら、多分、外の倉庫かしら?」
椅子に乗って、普段開けない高いところの扉を開けると、白いハコを発見。
「……あった」
赤いビロードが敷かれた箱の中から、銀のナイフを二本、取り出す。
「無いよりは、マシ……よね」
これで、私に出来る準備は整った。
……一体、私はナニをしているのだろうか、と空しくなるが、それもこれもあんな悪夢から開放されるためだ。
最悪、失敗したとしても、見ている悪夢を中断させる事くらい可能……な、はず。
「佐奈ー、ご飯できたわよー」
「ハーイ」
インスタント味噌汁の匂いをかぎながら、私は箱を元の場所へと戻した。
最後の『仕掛け』を整えて、ベッドの脇に座り込む。
本当に、これでいいのだろうか?
ベッドの頭の上の小物置き場に、牛乳の入ったお皿を置いて、私は不安になった。
「いや、やるしかないんだ」
それに……本当に悪魔がいるとは、私も思っていない。あくまで銀のナイフやミルクは気休めだ。
そう、気休め……
「で、済めばいいな」
最悪、悪魔なんかより余程怖い、そして現実的展開として考えられるのは、夢を見せてる犯人と直接対峙しなくてはいけないワケで。
その場合、格闘技も何も経験の無い運動音痴の私にとっては、拳銃でも握らない限り、どんな武器を持っても結果は変わらない。
だからこそ、あえて気分を盛り上げて根性を据えるため、悪魔祓い風に仕立て上げたのだ。忍者が、ココ一番の所で神様ダシに早九字唱えて根性据えるのと一緒である。
よし、腹をくくった!
「寝るぞーっ!」
気合を入れて、私はベッドにもぐりこんだ。
「……セイ君、可愛い」
ベッドに押し倒した彼を見下ろして、私は囁いた。
戸惑う表情の彼の服を、ゆっくりと脱がせながら、私は彼の逞しい胸板に舌を這わせる。
「うふふふ、素敵……」
ズボンの上から脈打っているテントを撫でると、それだけでビクッと大きく蠕動し、先端に染みが出来た。
「あん♪ もったいない」
チャックを下ろして、染みのついたパンツの上からしゃぶりながら、丹念に刺激を加えていく。
「ふふ、もどかしい? いいわ……じかに弄ってあげる」
パンツを下ろし、胸で挟みながら丹念に亀頭をしゃぶる。
「あは、凄ーいセイ君、まだびくびく出てるー♪」
胸でこすりあげながら、夢中になって私は彼の肉茎から溢れる精液をしゃぶり、浴びつづけた。
「もっとぉ……もっと欲しくなっちゃった。ぐちゃぐちゃにしてあげるね♪」
そして、押し倒した彼のペニスを、秘所にあてがい……
PPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPP
「っ!」
目を覚ますと同時に、私は隠し持っていた銀のナイフを、まっすぐに『影』に向かって突き出した。
『きゃあっ!』
私に覆いかぶさっていた、人型の『影』が大きく飛びのく……って、これ、本当の悪魔?
いや、関係ない。あれは敵だ。人だろうが悪魔だろうが、この状況、対処はひとつ!
「でっ、出てけ……に、二度とくるな、この悪魔ぁぁぁぁぁぁ!」
銀のナイフを握り締めて、私は叫ぶ。
人間の眠りは、基本的に浅い眠いと深い眠りを2~3時間周期で交互に繰り返すものであり、浅い眠りの時に夢を見やすい……と、何かのホームページにあった。そして犯人は、私が夢を見ているときに現れる。
そう、わたしがやった事は至極単純。『夢を見ている眠りの浅い時間を狙って、目覚まし時計を鳴らす』。それだけだ。
『っ……目覚まし時計ごときに……なぜ!?』
「10年使い込んだ愛用品よ! 嫌でも目が覚めるわ!」
目覚ましの警告を無視して後悔したアレコレ。その全ての経験と体験は、私の中に刷り込まれている。自己暗示なんて器用な事は出来なくても、夢から覚める手段くらい無いわけじゃないのだ。
「どっか行け! 二度とあんな恥ずかしい夢見せに来るなぁ!」
『驚いた……こんなチャチな仕掛けと玩具で、夢を破って私に挑むなんて』
「それだけじゃないに決まってるでしょ!」
電源と110の番号が入ったケータイを取り出すと、画面を見せつけてプッシュひとつで回線がつながる状態だと示す。
いまどきはケータイでも発信位置をある程度特定できるようになっているし、直接話ができなくても、悲鳴のひとつも電話が拾えば、警察は事件として動いてくれる……と、信じたい。
『な、る、ほ、ど……素敵よ、その勇気、覚悟、行動力……私の『縁』の持ち主がこんな勇者だったなんて、嬉しくなるわ』
「ゴチャゴチャ言ってないで、とっとと出ていけ! 二度と私の前に現れるな! ……本当に押すわよ」
『どうぞ』
迷わず、通話ボタンをプッシュ。だが……
「もしもし、警さ……」
『現在、電波の届かない場所にいるため、かかりません』
帰ってきた合成音声に、絶句。
「っっっ!?!?」
あわてて見たケータイの画面の『圏外』の二文字に、絶望的な気持ちになる。
そんな、バカな!? いくら東京ハズレのド田舎とはいえ、ケータイが繋がらないほど辺鄙な場所ではない。つまり……目の前の相手が、何らかの形で封鎖している!?
『素敵よ、その怯えた表情も』
「っ……!」
ナイフを持つ手が震える。今となってはこの小さな刃物だけが頼りだ。だが声が……もう、恐怖で叫ぶこともできない。
「出てけ……出て行って……くるなぁ……」
『ふふふ……そう怯えないで。その勇気を私は買ってるんだから。
本当は、このまま欲望に目覚めてもらおうかとも思ったんだけど……そうね、気が変わったわ。取引をしない?』
意外な言葉。
だが、思い直す。古来、悪魔との取引なんて、ロクなモノじゃあない。
「ど、どんな取引よ?」
『あなたに、私の持つ力をあげる。継いで欲しいのよ、私の全てを』
「要らないわよ! そんなの!」
『そう? 彼をモノに出来るわよ?』
「……えっ?」
文字通り、悪魔のささやきに、一瞬、心が揺れた。
『伊藤君だっけ? あなたが好きな隣のアパートに住んでる彼。いつも夢に出てきた可愛い子』
「いっ……要らない! あんたなんかに、誰が頼むか! ちゃんと告白して、付き合ってもらうんだから!」
『出来るの? 今のあなたに?』
「っ!! うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
カッとなって、思わず銀のナイフを投げつける。
だが……
「っ!!」
影に刺さった銀のナイフは、そのまま真っ黒に変色し、ボロボロと崩れ落ちてしまった。
『ふふふ。いいわ、じっくり考えなさい。悪魔との取引は、それくらい慎重でいいのよ』
そう言うと、影もまた、ジワジワと崩れるように薄れ、風化していく。
『また、来るわ……。その時に返事をちょうだい。よく考えることね、可愛い勇者さん』
そして……微かな残臭を残し、影は消えうせた。
「た、助かった……の、かな?」
その場にへたり込む。
……いや、まだだ。『また来る』とアイツは言っていた。
「……どうしよう……」
完全に目をつけられた。文字通り『悪魔に魅入られて』しまった……
残された、もう一本の銀のナイフに、目をやる。……ダメだ。こんな武器じゃ無理なんだ。
「どうしたらいいのよぉ……」
鳴り続ける目覚まし時計の向こう側で、夜が白みはじめてた。
部屋に閉じこもったまま、私は壁を見ていた。
この日、私は生まれて始めて、仮病を使って学校を休んだ。……成績優秀の優等生で通してきた私にとって、大いなる堕落である。
「どうしよう……」
布団の中に潜り込んで、頭を抱える。
解決策なんて出てこない。そのくせ、頭の中は『どうしよう』で一杯だ。
「佐奈ー、伊藤君がプリント届けにきてくれたわよー」
「え?」
顔を上げる。
玄関先に下りると、彼が居た。
「ほい、今日の分のプリント」
「あ、うん……ありがと」
わら半紙で出来たプリントを受け取る。
目の前に彼がいる。……言わなきゃ。何かを。でも何を喋ればいいのだろう?
迷っていると、彼は本当に心配してくれているのだろう。
「……佐奈にしちゃ珍しいな」
「え?」
「風邪じゃねぇだろ? ……ここ最近、様子が変だったが、今日に至って極まれり、って感じだぞ」
「……………」
言葉が出ない。
どうしよう。どうしたらいい? 彼に何をどう説明すればいいのだろうか?
「暇なら、ウチ来るか? 久しぶりにゲームでもやろうぜ」
結局、彼なりの気遣いに、私は甘えることにした。
ダイスを振って、画面の中のボードを、私の駒が動く。
よし!
私の『もりそば』が、ボスの陣取るマス目に止まる。長いこと徘徊しただけあって、既にレベルは相当上がっていた。が……
「うー、ダメかー」
ボスのHPは多く、一撃でしとめる事は無理だった。が、次のターンで確実に仕留められる。……もし生きていれば、だが。
「げっげっげっげっげ♪」
隣で邪悪な笑顔を浮かべるセイ君の指が、滑らかにフィールド魔法の項目に指を持っていく。
雷光一閃。
セイくんの『うおのめ』の使った魔法に、同じマス目のボスごと黒焼きにされる私の『もりそば』。友情破壊ゲームの真髄ここに極まれり、である。
「セイ君……ゲームになると本当に手加減無いよね」
「あーん? 聞こえんなぁ」
魔法使い系統を転職し続けた彼は、序盤こそ魔法の威力不足から最下位に甘んじていたが、終盤戦になって魔力のパラメーターが圧倒的になってからは、もう彼の独壇場だった。
殴り合いに持ち込む以前に、ゲームバランス取りのためのチートキャラすらをも、フィールド魔法で遠距離から一方的にフルボッコにして蒸発させてしまう。もうどーにもならなかった。
「うっにゃああああああああああ!!! 少し手加減しなさいよぉぉぉぉぉ!!」
とうとうカンシャクをおこしてしまい、じたじたと引っぱたく。
「痛っ、痛っ! わるかったわるかった! って危ないって!」
「手加減しろーっ! ばかー!」
と……
「危なっ、おわ!」
「きゃあ!」
そのまま、もつれて倒れこんでしまった。
私が上に。彼が下に。
奇しくも、昨日の夢と同じシチュエーションだった。
「……………」
「………」
沈黙が落ちる。目線が交わる。
「……佐奈」
「……………セイ君」
鼓動が伝わってくる。
そのまま、暫く見つめあい、やがて……彼が口を開いた。
「重くなったな、佐奈」
ブチッ!
「死んじゃえーっ!!」
ゲーム機を持ち上げて、角でおもいっきりひっぱたいた。
「痛ってぇぇぇぇぇぇっ! な、なにするだー!」
「うっさい! ばか! 死んじゃえバカー!」
「あー、悪かった悪かった。うん、悪かった。今のなし、今のなし! 間違えた! ノーカンノーカン! やり直しを要求する!」
「……うー……」
オーライ、アミーゴ。ここは冷静になり、仕切りなおそう。このチャンスをうやむやで終わらせてはならない。
深呼吸をひとつ。
ゲーム機を置いて、正座して向かい合う。
「……佐奈」
「セイ君……」
真剣な目で見詰め合う。そして……
「肥えたな、佐奈」
「あら、お帰りなさい、佐奈。……なんか隣からすごい音が聞こえたけど、どうしたの?」
「知らない! あんなフルスイングバカ!!」
テレビを叩きつけて脳天ブラウン管に埋めてやったバカの事を思い返すたびに、腹が立つ。
まったく……あのバカ何考えて、あんなシチュエーションで、あんな台詞が出てくるんだろうか!? ロマンチックぶち壊しにも程がある! いっそ、あのクサレ脳に捻じ込んだブラウン管直結してアナログ式毒電波受信させてやったほうが、まだマシになるのでは!?
「……うー……」
だが、冷静になって考えてみると。
いくら3バカのうちの一人の彼だったとしても、あの状況の空気が読めないほどのバカとは思えない。
……もしかして、スルーされた……のかなぁ? 叩かれながらも、半分面白がって笑ってたし……顔が引きつってただけかもしれないけど。
「……うー……」
だとするならば、どういう意図で彼はあの状況をスルーしたのだろうか?
嫌われてる? いや、そうならば、あんな冗談が出てくるはずがない。あそこまでキワドい悪ふざけは、逆に親しい間柄でないと致命的なモノがあるし、そもそも彼は自分の家に他人を入れたがらない人間だ。なら私を呼ぶはずがない。
つまり……幼馴染ではあっても、恋人とか考えていない。もしくは……そういうところに踏み込むことを避けているか。
「……やばい」
頭を抱える。涙が出てきた。
もし、私のこの推察が正しいならば……だとするならば……私はどうしたらいいのだろうか?
布団をかぶりながら、悶々と考え続け……結局、眠りに落ちてしまった。
PPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPP
「んっ……」
目覚まし時計に起こされる。
今日に限っては珍しく、夢は見なかった。
「……行かなきゃ、学校」
朝食を採り、制服に着替え……
「いってきます」
玄関先で予想した人物の姿を見て、半分安心し、半分胸が苦しくなった。
「よっす」
包帯巻いた顔面ミイラの挨拶に、私は内心を押し殺して対応。
「お・は・よ・う」
「なんだよー、幼馴染の冷たさがキズに染みるわー」
軽薄に笑うセイ君のスタイルが、いくら意図したモノだと理解しても、ちょっとムカついた。
「……………で? 何の御用」
「あー、いや、ほんと悪かったってだけでさ。昨日、マジで心配してたんだって、いや、ホントホント」
「太った女の子は嫌いなんじゃないの?」
「そんなこと言ってねえっつーか……いや、本当に悪かったって! 謝る! 謝るから! 機嫌直せよ! 今度、シェルダンのケーキセット奢るから」
「ふーん、よっぽど太った私が見たいんだ?」
「うー、あー……んじゃ、どっか行きたいトコとかあるか?」
「べつにー。セイ君の好きな胸の大きな彼女でも見つけて、どっか行けばー?」
「いや、俺、そんなモテないし」
やたらと必死に謝って親切にしてくる彼の姿を見て、私は昨日の推論が正しいと確信を得た。
……やばい。また泣けてきた……
「お、おい」
「ごめん。ちょっと……一人にして」
気がつくと、私は一人で走り出していた。
「……風邪、ね」
保健室で、熊谷先生は明らかに『分かってる』表情で答えてきた。
「ごめんなさい。ここんところ精神的に不安定で……2時限目から、教室戻ります」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫です。根性で何とかします」
言い切ると、先生はため息をついた。
「……失恋した?」
直球ストレートな言葉に、思わず動揺。
「え!? ええええっと! ……その、まあ……大体、そんなもんです」
「んー、そうかぁ……なら、もう少し休んでいきなさい」
普段、けっこう仮病に厳しい先生なハズなのだが、今日に限ってはなぜか優しかった。
「で、伊藤のバカ、なんて言って君を振ったの?」
「ブバァッ!! な、な、な、な、あああああああ!?」
今度こそ完全にパニック! っていうか、どうしてここまで広まっているのだろうか!?
「そう驚くことでもないでしょうに。
一応、彼の道場の先輩だったし、彼は武術同好会なんてやってるから、保健室の世話になりに来る事も多いのよ? それに、水上さんたちからイロイロ聞いたからね」
「……………はぁ」
どうやら、自爆の傷は思った以上に深いようだ。
「で、何を言われたの?」
「……言われたというか……」
昨日の状況を説明すると……熊谷先生は頭を抱えた。
「あのバカらしいわねホント……肝心なトコでチキンなのは悪い癖ね。そんなだから、遺産相続の騒ぎになるのよ。
まあ……完全に拒絶されたワケでも無いわけだし、しばらく彼の流儀に付き合ってあげたら?」
「しばらく、ですか?」
「男ってのはね、無理矢理振り向かせようとすると、意外と引いて逃げちゃうものよ?
特にあのバカ、昔、付き合ってた女がね、その……まあ私があまり言えた義理じゃないんだけど『とんでもない女』だったから。
それが原因で、少し恋愛恐怖症のケもあるしね」
その言葉に、思わず聞き入ってしまう。
「とんでもない、ってどんな? 昔、付き合ってたって!?」
「彼がこの学校に入る前の話よ。詳しく知りたければ遠藤君に聞きなさい。……彼の姉だから」
初耳である。
「つまり、セイ君は今でも……」
「それは無い。フッたのは色々我慢できなくなって限界に達した、彼のほうからだったそうよ? しょっちゅう喧嘩もしてたし、一度からかったんだけど、本気で激怒ってて『復縁は絶対ありえない』だって。だから気にしなくて大丈夫よ」
「……はぁ」
脳天気とお人よしと温厚と人畜無害を混ぜて絵に描いたようなセイ君をして、ソコまで言わせるあたり相当に空恐ろしい人物みたいである。それはともかく……
「待つって……いつまで待たなきゃいけないのかな」
「佐奈さん?」
問題は……私の気持ちのほうが、イロイロな意味で限界だということだ。
いや、気持ちだけではなく……たぶん、体の欲求のほうも。
「ごめんなさい。授業、出ます」
ベッドを抜け出ると、私は気持ちを無理矢理切り替えて、教室へと足を向けた。
「……」
夕暮れ時。
何とか学校を終えて、自宅に帰った私は、予習をするでもなくぼーっと外を眺めていた。
「どうしよう……」
ため息だけが重なり、時間が無為に過ぎていく。
と、
「あっ!」
机の上に置いてあった、集中力を上げるためのアロマセットのビンを倒してしまった。幸い、ふたがしてあったので、中身がこぼれるという事は無かった。
「危ない危ない……においが染み付いちゃうと大変だ」
本来、薄めて使う原液である。直でこぼしたら凄いことになってしまう。
と、
「!!?」
何か、
今、
頭の中で、
繋がった気が、
した。
「……」
思い出せ。
あの『影』が纏っていた独特な匂い。あれは、そう……確か……決して安ものの香料ではない、もっと強い独特な匂い。
あれを私は、ごく最近、どこかで嗅いだ事があるハズだ。
どこだ!?
つい最近、どこで……どこで……
「あっ!!!」
思い至る。
……あそこだ。確かに……あそこだ!
確信を持った瞬間、私は行動を開始していた。
目の前には扉が一枚。そこに下がってる『Close(閉店中)』の札。
他には、何も無かった。
雑居ビルの空きテナントを前に、私はその一歩を迷っていた。
「……行かなきゃ」
この一歩を踏み出さないと、何も始まらない。
決意をキメて、私は扉を開ける。
「……あら? 閉店中の札が見えなかった?」
中に居た占い師のお姉さんは、新聞を広げて『葉巻を燻らせていた』。そして、私はその匂いに確信を得た。
「見えました」
「そう。悪いんだけど、今、体調が悪いの。昔の古傷を痛めちゃってね……」
「ください。悪魔(あなた)の力」
占い師さんの言葉をさえぎり、単刀直入に私は切り出した。
沈黙。やがて……
「……なんの事かしら?」
「わざわざ待たせるのも悪いので、こちらから返事を持って、直接お伺いに来ました」
「何を言ってるのか、分からないわね」
「今くわえてる葉巻の匂い。あの夜に嗅いだ匂いと一緒ですね。葉巻ってブランドごとにそれぞれ特徴的な匂いがするから」
「ふーん……で?」
先を促してくる占い師のお姉さんに、とりあえず次の札を切った。
「友達に確認したんです。『よく当たる夢占いの先生』の噂って、誰から広まったのかな、って。
ケータイでクラスメイトに電話をかけまくってノートに噂話の分岐表書いたんですけど、『噂の発生源が複数ある』んですよ。しかも、その噂の流れ方が、結構矛盾してるんです。
不思議ですよね? こんな看板もロクに出していない占い師さんのお店を、『何人も元から知っていた』なんて。
あと、幾つかあるんですけど、聞きますか?」
実のところ、これで打ち止めだったりするのだ、が……
「ふーん……ハッタリのタイミングはちょっと辛(カラ)いけど、まあ及第点、かな?」
ばさり、と新聞をとじる占い師の先生。
「でも、たいした度胸ね? 一人で悪魔の棲家にやってくるなんて。殺されるとは思わなかったの?」
「契約を裏切らない。嘘をつかない。その上で人を陥れるのが、悪魔でしょう? あの日、相談した私に、あなたは一切の嘘をつかなかった」
『まさか本当にこういうケースがあるなんて始めての事だし』。
それはそうだろう。フェラも知らないウブな女の子なんて、いまどき珍しいのだろうし、夢での違和感から犯人探しに奔走されるとは思ってもいなかったのだろう。
『淫魔の仕業ね』
それはそうだろう。実行犯が自分自身なのだから。
『ミルクを入れたお皿を、枕の上に置いておくのが古典的な手段ね。精液と間違えて舐めて満足して帰っちゃうそうよ?』
古典的手段であると提示すると同時に、有効か否かという問いには、否定的だった。
「こと、話し合いや契約、っていう場面においてなら……たぶん、あなたは信じられると思うんです」
「呆れた根拠ね。希薄に過ぎるわ。今、私があなたを殺す事も出来るのよ?」
「その時は、私は賭けに負けたんだと思って潔く諦めます」
沈黙。
占い師……いや、悪魔のくわえるシガーが、ジリジリと焼ける音だけが、室内に響く。
「……理に拠って無理に進む。あの夜といい、まったく、たいした勇気だわ」
「勇気なんかじゃないですよ。こういうのって、単に小心者がキレて居直っただけです」
事実だった。
ポケットの中にある銀のナイフを握り締めた手は、ぶるぶると震えている。
「それに、本当に勇気がある人や強い人は、悪魔になんか頼んだりしません」
たった一人。
親戚や使用人に裏切られ、全てを失い、天涯孤独の身となってなお、生きる事を選んだ彼の姿が、脳裏をよぎる。
「でも……私は弱いんです。だからください。悪魔(あなた)の力を」
再度の沈黙。
ふーっ、と吐き出される葉巻の煙と共に、悪魔が口を開く。
「……運命の語り部もまた、『縁』からは逃れる事は出来ない、か」
何かを懐かしむように、悪魔が遠くに目をこらす。
「ちょっと占ってあげるから、そこに座りなさいな。返事はそれから、よ」
じゅうたんの敷かれた部屋に通された私は、小さなテーブルに悪魔と差し向かいに座った。
「一枚選んで」
何やら、タロットと思しきカードをシャッフルする悪魔の姿は、実際、本当の占い師に見える。
適当に選ぶ。
「もう一枚」
さらに、選んだ。
「最後」
三枚目を選ぶ。
それで終わったのか、私が選んだ三枚以外のカードを片付けてしまった。
「じゃ、一枚目を開けて」
めくると、そこには逆さまになった悪魔の絵柄があった。
「次」
でてきたのは、太陽の絵柄。
「最後」
さらに、最後に出てきたのは月。
「ふーん。面白いと言えば面白いけど……ある程度予想できたとはいえ、やっぱり無意味だったかな?」
「何が分かりました?」
私の問いに、一枚目のカードを示す悪魔の占い師。
「……あなたは今、自分自身に降りかかった悪い流れを、決断によって確実に断ち切ることができる。それによって、短期的には大きな満足を得られるわ。
でも……」
「でも?」
「月の正位置。
『不安、曖昧、混沌』……要するに将来『何が起こっても不思議じゃない』って意味。強いて言うなら、退屈はしない事は保障できるわね」
「そう、ですか」
と……悪魔は暫し考え込み、
「……ごめんなさい、ちょっと気になる事があるから、もう一度占わせて。
今度は、あなたの好きな彼の事を考えながらカードを引いて」
「え? ……はい」
先ほどと同じように、シャッフルした後、三枚のカードを選ぶ。
「あと二枚、引いて」
「はい」
さらに二枚を引く。
出てきたカードの並びを目にして、目の前の悪魔は目を丸くしていた。
「……なんて事。は、ははははは、こんな事が。なるほど、ね」
「あ、あの……?」
向こうで勝手に納得されてしまっても、私としては困ってしまう。
「ああ、ごめんなさい。今度はちょっと予想外の結果がね……愚者、皇帝、戦車、力、世界、全て正位置なんて、こんな人物そうそう居ないわ。余程の大物なのね」
「……まあ確かに、ある意味彼は大物ですが……」
少なくとも、仮にも女性相手に体重ネタを振れる時点で、勇者(バカ)の称号は与えてもいいと思う。
「うん、決まり。合格よ」
占いの結果に満足したのだろうか、あっさりと、目の前の悪魔は言い切った。
「ひとつ、質問していいですか?」
愚問と知りつつも、私は目の前の悪魔に理由を問わざるをえなかった。
「この取引の、あなたにとってのメリットって、何ですか?」
「そう、ね。強いて言うなら……次の世代への希望、かしら」
そう言うと、彼女はいきなり服を脱ぎ始めた。
きゅっと締まったウエストと、それに逆行するようなバストサイズ。女の私でも嫉妬したくなる完璧な悪魔のプロポーション……だが、胸の部分。左鎖骨の下から右腰まで斜めに走る大きな傷跡が、ひときわ目を引いた。
「驚いたでしょ? 昔はもっと酷かったのよ。全身顔まで傷跡だらけで、左目は眼帯だったんだから」
「……整形、なんですか?」
「愛していただいたのよ、あの御方に。『傷女(スクラッチ)』なんて言われてた私を……ね」
どこかしら夢を見るような目で、彼女は微笑んだ。
「……むかーしむかし、ある少女が居ました。少女は戦火の中で生まれて、戦いの中で育ちました。
全ての戦いを生き抜いた少女は、全ての感情を失い、傷だらけになりながら生き延び……いつしか狙撃兵として敵味方に知られるようになりました。
そしてある日、追い詰められた部隊を逃がすため、少女は命令を受けて一人、森の中に潜んで敵を迎え撃ちました」
「『すてがまり』ですか?」
確か、そんな戦い方が関ヶ原の戦いであったと、歴史の先生が話していたことを記憶してる。
「二週間。
少女は雲霞のように押し寄せる敵の群れを一人で足止めし続け、最後に敵の王に奇襲を仕掛けて返り討ちに遭い、捕虜になりました。
王様の前に引き立てられた少女は、そこで自分の所属する組織が一週間前に壊滅していた事を知り、呆然となりました。
『何故、そんな無駄な戦いをしたのか』。少女は王に問いました。『二週間の戦いの、後の一週間の戦いは何だったのだ』。
王様は答えました。
『余に仕える将たる資格を問うたまでよ、硝煙の戦姫。余に仕える気は無いか?』
世界に興味を失っていた少女は『理由が無い』と答えました。『弾丸としての任務は果たした』と。
王は答えました。
『ならば理由をくれてやろう』
こうして、少女は『女』へと生まれ変わり、王様に仕えることになりました。めでたしめでたし」
とんでもない悪魔の昔話に、思わず聞き入ってしまった。
「つまり、その傷跡はその時の……って、王様は少女を本当に愛してくれたんですか?」
悪魔への問いに、彼女は肩をすくめながら
「まあ、十から二十番目の間くらいには愛してくれてたんじゃないかしら?」
「それって!」
「形はどうあれ、王は少女に愛を教えて生きる理由を与えたのよ。
それに正妻含めて王には二十五人もの妻が居たの。独占できるなんて状況は考えられなかったのよ……あの女以外に、ね」
まあ、確かに諸外国にはハーレムなる代物も存在しているヨォだし、日本にだって大奥という代物があったが、それでも一夫一婦制が価値観の国に生まれた私にとっては、信じがたい話である。
「はい、昔話はこれでおしまい。……さあ、あなたも服を脱いで」
「えっ!? わ、私も!?」
唐突に振られてパニックになる。
「欲しいんでしょう、悪魔(わたし)の力が。どんな雄をも誘惑し、魅了できる淫魔の力が」
「え、あ、いや……その……」
自分のプロポーションの悪さを見せるようで、気恥ずかしさ、というより気後れを覚えてしまう。
「恥ずかしがらないで。私に見せて」
「……はい……」
服を脱いで、下着姿になる。
……こういう時に自分の胸のサイズが恨めしい。Eを超えてしまうと、サイズ的に可愛いデザインのブラがほとんど無いのだ。
「ステキな体……申し分の無い素材だわ。さ、下着も脱いで」
「え?」
躊躇う私に、悪魔が再び優しく微笑んだ。
「どうしたの? それとも……取引をやめる?」
そうだ。
私はここで、悪魔と取引をしているのだ。たかが裸で躊躇っている場合ではない。
ブラのホックを外し、パンツを脱ぐ。
「これで、いいですか?」
「これも、よ」
眼鏡を外されて、私は全てを晒すことになった。
「あ」
唐突にぼやける視界。
別に、伊達でしている眼鏡ではなく、本当に私は近眼で目が悪いのだ。
「ふふふ、思ったとおりの肉体。素敵よ」
妖艶に微笑む悪魔は、裸のまま近寄り……
「淫魔としての最後の誘惑。楽しませてもらうわ」
「っ……?」
次の瞬間、蕩けるようなキスに私は翻弄されてしまう。犯される、というよりも、本当に溶けるような感覚。
押し付けられる胸から、悪魔の鼓動が伝わってくる。絡められた腕が、巧みな愛撫で私を高ぶらせていく。
「あ、あの……な、な、な!?」
一瞬の酔いが、逆に意識を現実に戻して、私はパニックになった。
「あら、女同士はお嫌い?」
「そ、そ、そ、そうじゃなくて! え、えーと、契約書か何かじゃないんですか?」
「紙切れ一枚に血判の契約じゃ、効果なんてタカが知れてるわよ。それに、古来、悪魔との契約にセックスがつきものなのは常識じゃないかしら?」
「いや、悪魔の常識を私に求められても。
それに、その……私、初めては出来たら彼と……」
セックスという事は、当然、その……ねえ?
「これから悪魔と契約しようって人が、悪魔の常識を知りませんでした、なんて通ると思う?」
「あぅ」
にっこり笑う悪魔。やっぱりダメですかぁぁぁぁぁ!?
「うーん、仕方ないわね。愛しの彼のために、処女はとっておいてあげるわ。特別サービスよ」
ほっ、と息をつく。
「それじゃ、始めましょうか♪」
「え!? ひゃん☆」
お尻を撫で上げられ、私は再び奇声をあげてしまった。
「あ、あの!? 始めるって、もしもし!?」
「処女はちゃんと守ってあげる。だから安心して楽しみなさい」
再び押し付けられる胸の感触。
「……あ」
股間を撫で上げられ、私は思わず吐息を漏らした。
「そう、力を抜いて……まずはこの快楽を受け入れなさい」
「……はい」
じゅうたんの上に押し倒された私の体を、悪魔の愛撫が這い回る。
「んっ……はぅ……」
溶ける。
その感覚が、私を侵食していく。体の隅からぴちゃぴちゃとナメられ、敏感な場所を嬲られる感覚に、意識が恍惚へと押し上げられていく。
「ぁぁぁ……や……もう……」
気がつくと、私は悪魔の足や胴に手足を絡め、愛撫をねだっていた。
溶ける。私の体が溶ける。
もう体中の筋肉が弛緩して動けないくせに、クリストスや乳首は、痛いほどにあの甘い快楽を求めて、勃起している。
「ふふ、そろそろ準備はととのったようね」
ばさり、と広がる皮膜のついた黒い悪魔の翼に、ねじくれた角。そしていよいよ、悪魔がその本性を現したのだ。
ヌラリ、と真っ赤な舌が蛇のように伸びて、今度こそ快楽に溶けた私の唇を犯しに来る。
「んんんんんっ!」
のどの奥まで捻じ込まれる舌。
同時に悪魔の角が、翼が、真っ黒いボンテージのような衣装が溶けて、私と悪魔の間で、ローションのようにヌチャヌチャと卑猥な音を立てて愛撫してくる。
「ふぁぁぁぁぁ♪ あっ、あっ、あっ……」
蕩けた肉体と溶けた悪魔のエッセンスが、混濁し、侵食してくる感覚。いつしか私の体は真っ黒に染まり、舌を出して悪魔にキスをねだっていた。
「んっ、ふぅ……すごいわ佐奈さん。処女のままでこんな淫らな舌使いが出来るなんて。私の『縁』の持ち主じゃなかったら、本当に使い魔にしたかったくらいよ」
「あっ……ふぅ……」
急激な肉体の変化……否、淫化に耐え切れず、私は本能のまま、そのいちばん甘い匂いを求め、目の前の悪魔の胸の谷間に顔を埋めていた。
「あんっ♪ ……ふふ、そう。やっぱりコレが欲しいのね」
「はぁ、はぁ、はぁ」
胸の谷間の古傷の上。
小さな点のような、真新しい傷跡から漂う匂いに惹かれ、私はカサブタを舌で溶かすようになめとり、そこから溢れ出る赤い液体を、夢中になって舐めた。
「そう、舐めなさい。啜りなさい。この淫らな黒い魔力を。あなたのつけた傷跡から、あなたが奪うの」
いつしか、ニチャニチャと卑猥な音を立てていた悪魔の黒いエッセンスは、完全に私の快楽に蕩けた肉と混ざって混濁し、卑猥な衝動と肉の疼きを要求していた。
そんな肉欲の渇きに急き立てられるように、私は悪魔の胸の谷間の傷跡からこぼれおちる蜜を舐め続ける。
「そろそろ安定して定着してきたみたいね……んんんんんんっ!!」
ブツっ! と、何かが切れた音。そして……
「さあ、生まれ変わりなさい……飯塚佐奈さん」
お尻の尾骨に『何か』があてがわれた……と思った瞬間、鋭い針のようなものが尾骨から突き刺さり、脊髄までを一気に駆け上がっていった。
「ひっぐぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
首筋……さらに脳に達するような苦痛。そして強烈な異物感に、えびぞりのように私は跳ね回った。
「あ、あ、あ、あっがあぁ……ああああああぅあぁぁうあぁぁぁぁ!」
背骨から押し出された体液が、体中の穴という穴から吹きこぼれるような感覚。
蕩け弛緩しきった肉に、蜜を舐め取った舌に、飲み干した食道を通じて内臓に。
あらゆる場所に染み込んだ悪魔のエッセンスが、尾骨から埋め込まれた『ソレ』によって統率され、私の肉体そのものを悪魔へと変貌させていくのが、感覚的に理解できた。
「がっ、あっ、あっ……」
尾骨から背骨の内部を走り貫くハリの先端が脊髄を犯し抜き、快楽に狂い蕩けた肉を完全な悪魔のモノへと変貌させていく。ミチミチと肩甲骨のあたりから、『何か』が生えてくる音。
そして……
「あっぎィィィィィィィィィいいいい!!」
脳に達した、と思った瞬間、メリメリと頭の脇から『何か』が生える音を聞きながら、私は全ての意識を放り出して気絶していた。
PPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPP
「んっ……」
そして、目覚めると……そこに、私じゃない私が居た。
赤と黒を色調にデザインされたボンテージレオタード。大きな漆黒の翼。手足はエナメル質のブーツと手袋が、それぞれ二の腕とフトモモまでを覆っていた。頭の両脇には、ねじくれた角。そして……黒々とした長い悪魔の尻尾。
「おはよう、佐奈さん」
そこに居たのは、昨日の悪魔……いや、元悪魔、と言うべきだろう。
「目が覚めた?」
唐突に……なんとなく悪戯心から、冗談を言ってみたくなった。
「ワタシ アクマ イイヅカサナ コンゴトモヨロシク」
一瞬、あっけにとられる元悪魔。……やばい、ハズしたかな。
「ぷっ……あっはっはっはっはっはっは♪ そうね、あなたとは長い付き合いになりそうだしね。コンゴトモヨロシク、ってのは間違ってないわ。あっはっはっはっは♪」
あ、よかった。ちゃんとウケた。
「はっはっは……さて、これはもう要らないわね」
元悪魔の手には、10年間愛用していたペンギンの目覚まし時計。
「そうね。今度は私が夢を見せるんだものね」
そう言うと、私はそれを受け取り、元悪魔へと再び手渡した。
「新米悪魔から、新米人間へのプレゼントです♪」
「あら? ……ふふ、どんな意図があるのかしら?」
「……さあ? それは使ってのお楽しみです♪」
きっと彼女は、この時計を呪いたくなるだろう。寝起きの瞬間のコレほど、憎たらしいものは無いのだから。
「さあ佐奈さん。羽ばたきなさい」
「はい」
部屋の窓が開け放たれ、夜の世界が解き放たれる。
私はそこから飛び出すと、背中に生やした羽をはばたいて大きく飛翔した。
「くすっ……ふふふふふ、あはははははは、あははははははは♪」
体をなぶる風が、心地良い。
心が限りなく淫らに解き放たれる開放感。
待っててね、セイ君。すぐに私のモノにしてあげるから……
どこまでも遠くまで飛べそうな翼を広げ、私は夜を飛び続けた。
< 続く >