Bloody heart Interlude 飯塚佐奈 0-2

飯塚佐奈 0-2

「んふふふ……」
 月が近い。
 コウモリのような皮膜のついた翼を広げて、私は飛び続ける。
 ああ、どこまでも飛べそう……ひょっとしたら、月まで行けるんじゃないか?
 角度を変え、急上昇。
 世界がどんどん小さくなり、地面の丸みが理解できてしまう。
 溢れてくる『力』に酔いしれる。
 この、圧倒的な開放感。万能感。
 そして……
「あは♪ 見ぃ~つけた♪」
 抑えようも無い、欲望。
 高みから見下ろしたアパートの一室に、私は舞い降りる。
「はぁ……」
 気分が高鳴る。
 もうすぐ……もうすぐセイ君が私のモノになるのだ。
 この淫らな体に、彼が堕ちる様を妄想しただけで、股間が濡れる。
 鍵のかかったベランダのガラス戸を『すり抜けて』、私はセイ君の枕元に立った。
「んふ♪ かわいい……」
 布団を抱き枕にして、ゴロゴロと無防備な姿を晒す彼に、私は顔を近づける。
 そのまま、ゆっくりと唇を近づけ……
「ぃぃぇえああああああっ!!」
「へぶ!!」
 いきなり目を覚ましたセイ君の鉄拳が、私の顔面に叩き込まれた!
 その一撃にパニックになってしまった私は、一瞬、立ち尽くし……
「破ぁっ!!」
 さらに、胸板に叩き込まれた一撃に、逆に正気づいた。
 ……あれ? 全然痛くない……
 いや、殴られた感触はあっても、さしたるダメージではないのだ。
 考えても見れば、私は今、悪魔なのだ。人間に殴られた程度では……と、思った瞬間。
 ズキィッ!! と心臓に猛烈な痛みが走る。
「カっ……は!?」
 息が出来ない。世界が回る。
 思わず、その場に膝をついて、直後、壁がぶつかってきた……じゃ、ない、床? ああ……倒れたんだ。私……一体、何を……され……た……の?

 そして、私の意識は闇へと落ちていった。

「……っ……!?」
 気がついた時、私は見覚えのある部屋に居た。
 独特な葉巻の匂いが染み付いた、じゅうたんの敷かれた部屋……
「おお、飯塚佐奈よ、死んでしまうとは情けない……って言うべきかしら、この場合」
「……あっ! わ、わ、私、死んじゃったんですか!?」
 再度、パニックになりかける私に、元悪魔はぷはーっと葉巻を燻らせながら、呆れ顔で私に説教をはじめた。
「死んでないわよ。死にかけてたけど。
 感謝しなさい、私が見てなかったら、どうなってたことやら」
 その言葉に、私は背筋が凍った。
「あ、あの……私、一体……なにが」
「それは私にも分からないけど……少なくとも、心臓が止まってたのは確かね。流石の悪魔も、心臓止まれば死ぬから気をつけなさい。
 あ、彼はちゃんと眠らせて、記憶を消してあるから。安心して」
「しっ、心臓!?」
 本当に、一体何をされたのだろうか。いや、それよりも何で寝ている彼に気づかれたのだろうか?
「……ま、いいわ。誰だって最初から、そんな上手く行くわけもないし。少しずつ練習なさい」
「は、はぁ……」
 改めて行動を思い直す。
 彼の枕元に立つまでに、何か致命的な失策はあっただろうか?
 私のように、目覚まし時計を鳴らされたわけでもない。
 足音だって殺して近づいたし、窓ガラスだってすり抜けて近づいた。
「何で気づかれたんだろう? ……あ、今何時ですか?」
 時間の間隔を喪失している事に気が付き、私は問いかけた。
「六時半くらいかしら?」
 顔面が蒼白になった。
 まずい! 学校の支度してない!
「たたたたたたた、大変! おうちに帰って学校の支度しなきゃ!」
「……あ、あの? 佐奈さん? 学校って……」
「ありがとうございました! それじゃあ!」
 それだけ礼を言って、私は店の出入り口からダッシュで飛び出した。

「あ……おはよう」
「おいっす、おはよ」
 朝。
 結局、普段より遅れてしまった私は、学校に行く途中でセイ君とバッタリ遭遇してしまった。
「……どうした佐奈? なんか元気がねぇぞ?」
「え、あ……いや」
 まさか『昨日、君に心臓止められていました』とは言えない。
「ちょっとね……血圧が低くて」
「珍しいな。朝からキビキビしてて結構テンション高いお前が」
 一体それは誰のせいですか!? などと口走るわけにも行かず。
 だが、これだけは聞いておかねばならない重要事項を、私は彼に問いただした。
「そういえばセイ君。この前聞いた事なんだけど。ほら、『寝ている時に襲ってきた相手を迎え撃つ』って話」
「あー、あれな? それがどうした?」
「素人には無理って言ってたけど、もしかして……セイ君なら出来る?」
「俺が? まっさかー、無理無理。そんな超人セガール拳、持ってないよ」
 冗談めかしてヘラヘラと笑っているセイ君。
 ……だが……私は、彼の拳を目の当たりにしてしまったのだ。
 考えても見れば、私は彼の格闘技のスキルがどの程度なのか、全然知らない。
 あれは偶然なのか、それとも実力なのか。これは……ちょっと調べる必要があるのではなかろうか?
 と、なるとまず聞くべき相手は……

「え? 伊藤君の強さ?」
 二時限と三時限の間の、比較的長い休み時間。
 まず手始めに、セイ君と同門だった保健室の熊谷先生に聞いてみた。
「んー、そうねー……同年代ではかなり飛びぬけてると思ったほうがいいわね」
「そうなんですか?」
「体も大きいし。今は大人しいけど、ああ見えて実戦経験も豊富だし」
「はぁ。あの、熊谷先生と戦ったら、どっちが勝ちます?」
「んー、そう、ねぇ……ルールによるかな?」
「ルール、ですか?」
「普通に、試合場で防具つけて一対一だったら、まだ余裕だけど、ガチのケンカになったら正直危ないか、な?
 ……ああ、一度だけ彼、大金星挙げた事があったか。道場ルールでウチの師範代をKO……というか『殺しかけた』事があったわ。
 彼自身、その師範代を尊敬してて、それをキッカケに彼に気に入られて、ほとんどマンツーマンで鍛え上げられたの。それまでは道場じゃオミソだったんだけどね」
「はあ……あの、その師範代さん、強かったんですか?」
 その質問に、彼女は苦笑して一言。
「バケモノ、よ。単純な実力で言うなら、伊藤たち3バカに私をプラスして、4人がかりで束になっても、絶対勝てないわね」
「はぁ。ありがとうございました」
 情報収集その1、終了。
 で、一礼して、立ち去ろうとすると。
「がんばれー、応援してるぞ、純情メガネ委員長♪」
「……失礼します!!」
 バシッ! と後ろ手で保健室の扉を閉めた。

「え? 伊藤の強さ?」
 お昼の休み時間。
 今度は、猪上君に声をかけて問いただしてみる。
「うん、武術同好会で、しょっちゅう手合わせしてるわけじゃない? 実際、どんなもんなのかな、って」
「珍しいな、おい。野蛮人とか言ってたくせに」
 浅黒い肌にゴツい笑顔。体格もセイ君と変わらないくらい大柄な彼だが、実際、野蛮という女子の評価とは裏腹に、彼は学校の成績は結構良い。
 とりわけ、理数系の科目はたびたびトップを取っている。
 ただまぁ……3馬鹿の中心人物で、ワリとエキサイティングな性格のせいで、野蛮人のレッテルは剥がされる事無く、今に至ってる。
 それはともかく、
「う……まあ、とりあえず聞きたいのよ。どれほどの強さなのか、って」
「まあ、一言で言うなら『マジで強い』かな」
「マジで?」
「うん、マジで」
 どうも具体性の欠けた言い回しだが……相当に強いのは、理解できた。
「むー、ちょっと具体的に」
「具体的に、っつってもなー……おそらくは、そう……トータルの戦闘能力で換算したら『2ジャバ』くらいは行くんじゃなかろうか?」
「ジャバ?」
「知らないのか? 某博士が某ベストセラーの中で設定した、最盛期のジャイア○ト馬場を基準とした怪獣の強さの単位だ。この場合は馬場さん二人分ってトコか? ちなみに、仮面ラ●ダーが大体5ジャバくらいだったかな?」
「……」
 ますますワケが分からなくなる。そもそも、プロレス知らないし。
 とりあえず、質問の方向性を変えてみることにした。
「えーと、猪上君は伊藤君に勝てる?」
「……それは喧嘩でって事か? それとも試合で、って事か?」
「んー、喧嘩、かな?」
「わからん。昔は勝てたけど、今はローのカット覚えられたから難しいな」
 これまた、アッサリとした回答。
「ロー? カット?」
「ローキック。喧嘩なら最強と言っても過言じゃない技。蹴り込み方によっちゃ一撃で行動不能にも出来るし、何より『殺さなくて済む』からな。あ、カットってのは防御な」
「……はあ?」
 『殺さなくて済む』のが最強?
 疑問符を浮かべる私に、猪上君は懇切丁寧に教えてくれた。
「OK、いいか飯塚。お前が今、両手に拳銃とスタンガンを握っていたとしよう。で、相手はイロイロとインネンつけてくる嫌な奴だった。
 どうあっても軽く一発、痛い目を見せねばならない。
 その時、お前は拳銃とスタンガン、どっちを使う?」
「まあ……スタンガン?」
「だろ? 『相手を戦闘不能にし、なおかつ致命傷にはならず、後遺症も残しにくい』という条件の技ってのは、実は結構限られてるんだ。太ももなら服の下だし傷も目立たないから、傷害で立件もされにくいし」
 なるほど、そういう意味か。
 つまり、殴り合いの喧嘩になっても、殺し合いまではしたいワケじゃない、と。
「片足が動かなくなるだけで、喧嘩が終わるの?」
「お前、片足ケンケンの状態で、マトモな殴りあいの喧嘩が出来るのか?」
 なるほど、納得。
「……えーと、じゃあ、ひとつ聞くけど。そういう縛りもナシで考えたら、どうなるの?」
「それは、あれか? マジの殺し合いをした場合、って意味か?」
「うん」
 その言葉に、猪上君は暫し沈黙し……非情に不機嫌な表情を浮かべた。
「お前な……まあ、素人の質問だからスルーするけど、俺を殺人鬼にしたいのか?」
「あ、いやいやいや、滅相も無い」
 何か、致命的な失言があったようである。
「確かにな。俺が今習ってる古式には、そういうの結構あるよ。戦場格闘術だし。
 だからこそ『使いどころ』もちゃんと心得なきゃいけないわけだ」
「あー、その……うん。悪かった。ごめんなさい」
「ま、いいけど。そういう質問は、格闘技やってる人間にとって、タブーのひとつだから気をつけたほうがいいよ? マジの忠告な」
「うん。ありがとう」
 情報収集その2、終了。
 礼を言ったところで、チャイムが鳴り、私は席へと戻った。

「伊藤の強さ?」
 で、放課後。
 学級委員の用事を済ませた私は、今度は遠藤君を捕まえて聞いてみた。
「うん。どのくらい喧嘩強いのかな、って。当人に聞いても、そういう話、したがらないから」
「まあ、むやみに吹聴するような馬鹿じゃないのは確かだけど……知ってるか? あいつが道場で師範代を倒したって話」
「あ、それは熊谷先生から聞いた」
「……最初、俺、信じられなかったよ。
 いや、俺が習ってるのは空手で、日拳のあいつとは違うんだけどさ。あいつの道場の師範代、マジでバケモンだったからな。俺も一度、手合わせしたことがあるが手も足も出なかった。
 あの人とやって勝てるのは……まぁ、俺の姉貴くらいじゃないかなー?」
 どうやら、セイ君の通っていた道場の師範代は、相当な実力者だったようだ。……ってことは、彼の姉も、それに匹敵する猛者だって事か?
 遠藤君の姉。セイ君の昔の彼女……いずれ、戦わねばならない『かもしれない』相手の強さが垣間見え、思い直す。
 OK、こっちは悪魔なんだ。人間なんて……
 だが、昨日、セイ君の逆奇襲を受けた事を考えると、用心に越した事は無い。
「ねえ、遠藤君。彼がどうやってその師範代さんをKOしたか知ってる?」
「さあ? いずれにせよ、どうやったんだか俺には見当もつかねぇ、っつーか」
 ふぃっ、と目線を私からずらし、
「後ろに立ってる本人に聞けば?」
「え?」
 ふと、気がつくと、185センチの長身がそこに在った。
「よう、佐奈」
「うわぁぁぁぁ、セ、セ、セ、セイ君!?」
「熊谷先生や、猪上にも聞いて回ったんだってー? ったく……」
 首根っこを掴まれて、ひょい、と立たされる。
「なんだって、今更そんな事聞いて回ってんだ?」
「いや、その……なんというか……」
 言いつくろう言葉を捜して……ふと、思い出した。
「いやほら、昔ヤンチャだったセイ君のイメージと、今のセイ君のイメージがかみ合わなくて。
 で、気になって、何でかなーと思ったら、道場に通い始めてからみたいだし」
 過去、常人には予測不可能なイタズラを連発して、周囲の大人たちを激怒または震撼させてきた腕白坊主の面影も無い、今現在の落ち着きっぷりを問いただしてみる。
「んー、まあ確かに、『あの人』に鍛え上げられてからは、大人しくはなったかなぁ。もっと言うなら、暴れる必要が無くなったって所か?
 武術武道を習うってのは、それを使いこなす心構えとか『人殺せる鉄拳を、他人のドタマにぶち込んだらどうなるか』って想像力を習うってのと同義でもあるからね。
 俺は好奇心でイタズラするタイプだったから『どうなるんだろう』の結果が分かりきってると、面白くないわけだ。……まあ、結果論ではあるんだけどな」
「はぁ……で、あのさ、セイ君。遠藤君にも聞いたんだけど、その師範代さんを殺しかけたって、いったい何をやったの?」
「おお、それ。俺も知らないし熊谷先生も話してくれないから、気にはなってたんだよ」
 遠藤君の目線まで集めたセイ君は、軽く肩をすくめた。
「いやそれな、周囲は完全に誤解してんだけど完全な事故。胸をドツいたら心臓が止まっちまったんだ。
 ボクシングで言うハートブレイクショット……ってのとも少し違うんだけど。ホントにそんだけ」
「ああ、何、心臓震盪か? そりゃ狙ってやるのは無理だ」
「え、無理なの?」
 呆れ顔でアッサリ納得する遠藤君に、思わず私は問いただしてしまった。
「無理無理。
 ほら、保健体育の授業で習っただろ? 野球とかで打球が胸に当たって心臓が止まった時とかの話。
 『心臓マッサージをしなさい』とか『設置してあるAEDを使いなさい』とかって奴。
 アレと同じことが格闘技でもあるわけだ」
「そゆこと。本当にたまたまの偶然なんだよ。まあ、そのおかげで、今の俺があるわけだけどさ」
 ケタケタと笑う二人に、私は同調しながらも、私は確信を得た。
 嘘だ……
 セイ君はあの時、私を『泥棒か強盗か何か』だと思って、迎え撃った。
 当然、本気を出した事は想像に難くない。つまり……その『師範代』を殺しかけた技を、私に向けて放ったのだろう。
 もしかしたら、確かに最初は偶然だったのかもしれない。
 でも、今の彼はちゃんと、その技をつかいこなせている。おそらくは……その『師範代』の人が見込んだのも、その技にほれ込んだからじゃなかろうか?
 ……恐ろしい。
 確かに心臓止められたら、悪魔だろうが吸血鬼だろうが、死、あるのみ。冗談抜きの恐怖のセガール拳だ。
「ねぇ、もしそれを狙ってできる人が居たとしたら?」
「委員長、北斗●拳伝承者でも探してるの?」
 軽くカマをかけてみたら、遠藤君に、かなり可哀想な目で見られてしまった。
「むー、だって原理がわかってるなら、達人とかなら出来そうじゃない!?」
「まあ、確かに、漫画に出てくる達人なら出来るかもしれないが、実際は無理だよ佐奈。いいか、よく考えてみろ?」
 セイ君は苦い笑いを浮かべながら、一応の解説をしてくれる。
「仮に佐奈の言うような技を使えたとしても、アレは本当に単純な打撃の強さじゃなくて、タイミングと衝撃の浸透で起こる現象……だったはずだから、実戦で使いこなすのは難しいと思う。
 相手が棹立ちになってる状態じゃない限り、払ったり避けたりするだろうし。極端な話、ポイントやタイミングが少しズレただけでも、意味のない一撃になっちまうのは想像に難くない。つまり、狙って出来たとしても、それは『凄いけど意味のない技』だな。実際に相手は動いているんだし、そう安々と打たせてくれはしない。机上の空論って事だよ。
 さて、そろそろ武道場行こうぜ遠藤。時間なくなっちまう」
「あ、OKOK、じゃあな」
 教室を立ち去ろうとするセイ君と遠藤君に、私は最後に問いかけた。
「あ、ちょっと待って。最後の質問。
 セイ君、もし……その師範代を倒せた技を、自由自在に使いこなせたらとか、考えなかった?」
 その言葉に、セイ君は足を止めて振り返った。
「なんだよ、やけにこだわるな」
「いや、その……気になるじゃない。身近にそんな超人拳の持ち主が居たら、面白いなって」
 じーっ、と見つめる私の目線をセイ君は受け止め……無理に笑顔を作って口を開いた。 
「……正直言うとな、『あの人』が死にかけた瞬間、恐怖でゲロった。道場通うのも武道習うのもやめて、冗談抜きで腕を切り落とそうとまで考えたよ。
 分かるか? 人を殺す技を持つって事は……つまりはそういう事なんだよ」
 とても苦い言葉と、それを押し殺すような笑顔が、痛々しかった。
「確かに、強くはなりたいけど人殺しはしたくない。まあ『しょうがない時』ってのがあるのは、よく分かってるけどな。
 ……もういいか、佐奈? 武道場に行きたいんだが」
「あ、うん。ありがと。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
 情報収集その3、終了。
 さて、最後に……
「あ、ねぇ、セイ君……その、見学とか、いいかな?」

 武術同好会。
 現在、伊藤清吾、遠藤裕、猪上薫の三名で構成される同好会は、そもそもの歴史は結構古いらしい。
 四〇年ほど前の学校創立当初は、格闘技を志す人間が結構居たため、数多くのサークルが存在していた。
 その中で、柔道部、空手部、剣道部の『御三家』が幅を利かせていたため、それ以外のマイナーな格闘技が寄り合い所帯を作ったのが、この同好会のキッカケだそうな。
 で、それらの人口を受け入れるキャパシティを持つべく、ウチの学校の武道場は、かなり立派な施設として作られた。
 だが、時代の移り変わりによって、格闘技系サークルは全体の規模が縮小。現在に残ったのは剣道部と、寄り合い所帯を前提とする武術同好会のみとなり……先月、その剣道部も、部員の一人がタバコの不始末で武道場を燃やしかけるという騒ぎを起こし、部全体が一年間の謹慎という事態に陥っている。
 そのため、少人数で使うにはやたらと壮大な、しかし少々ガタの来ている武道場は、現在、この部員三人+見学一人の貸切になっていた。
 で……
「えーと、猪上君は一体何をしているのかな?」
 トランクスに鉢巻(?)を締めた猪上君が、ラジカセから流れる奇妙なリズムに乗って怪しい踊りを踊っていたりするのを見て、思わず絶句。
 ちなみに、ヘッドギアと指が出るグローブまではセイ君も猪上君も共通だが、何故か猪上君だけ肘と膝にサポーターがついていたりして、それがまたダンスの怪しさに拍車をかけていたりする。
「んー、ウォームアップ?」
「……」
 端っこで『オーソドックスな柔軟体操』をしてるセイ君が、軽くそう答えた。
 ただし、180度開脚したままの前屈でぺったりと上半身が板の間の地面についたり、前後に開いた足の『踵を後頭部にくっつけたり』、逆に脛に額を当ててたりと、やってる事はオーソドックスでも『怪しい現象』という意味では、セイ君も猪上君と大差なかったりするが。
 それはともかく……
「OK、始めるか!」
「おう!」
 開始線で対峙する、セイ君と猪上君。間に入った遠藤君が、レフェリーを勤める形になった。
 緊張の一瞬。そして……
「始めっ!」
 両手を猫のように構えながらリズムを取る猪上君に対して、セイ君は腰を落として両手を前に出し、静かに構える。……たぶん、おそらく、この段階で高度な攻防が繰り広げられているのだろうが、私にはセイ君と猪上君が向かい合ってるようにしか見えない。
 そして……
「シッ!」
 先手を取ったのは猪上君。足を狙った鞭のようなキックを、セイ君は……脛で受けていた。っていうか痛くないの!?
 だが、負けじとセイ君も殴って返す。直線的に鋭い拳が突き出されて、猪上君を突き放した。
 で……そこから、バンッ、バンッ、と音が鳴る壮絶な殴り合いになり、やがて、猪上くんのほうが手数……というより『手数+肘数』といった感じで強引に切り込み、セイ君を押してきた。
 ……あ、なるほど、猪上君は肘と膝を多用するからサポーターをつけてるのか。
 そして…… 
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ!!」
 ゴッ!!
 ひるんだセイ君の脳天に、気合と共に飛んだ猪上君のヒジが縦に振り下ろされ、さらにセイ君の首を掴み、顔面に膝蹴り!
 ……いくら防具越しとはいえ、危ない気はするのだが、レフェリーの遠藤君はストップをかけない。
 と、次の瞬間だった。
「!?」
 何が起こったのかは、二人が密着しすぎてよく判らなかった。
 私が分かったのは、猪上君の膝が止まり、そこから二人が縺れるように倒れこんでゴロゴロと転がって……
「痛だだだだだ、タップ、タップ、タップ!」
 気がつくと、セイ君が猪上君の上に乗っかって腕の関節をきめていた。
「勝負あり!」
 宣言する遠藤君。
 お互いに離れると、開始線に戻り……
「お互いに、礼っ!」
 頭を下げあう二人。そこで、初めて緊迫した空気が解かれる。
「おおー」
 息の詰まった攻防に、思わず拍手をしてしまう。
「セイ君すごーい!」
「すごかねーって。打撃の攻防じゃ確実に負けてたんだぞ。くっそ……」
 ヘッドギアを外したその下から出てきた顔は、なんともくやしそうな苦りきった表情だった。
「でも、最後に勝ったじゃない」
「……まあ、グローブとヘッドギアの戦いだったからな。防具無しの素手だったら、あの飛び肘で死んでるよ」
「う……」
 確かに……あの激しい殴り合いを防具やグローブ抜きでやったら、本当に死人が出てしまうだろう。
 猪上君が不機嫌になった意味や、セイ君の苦笑いの意味が、少しは理解できた気がする。
「んじゃ、次、どうする? もう一丁、彼女にイイトコ見せるか?」
「おいおい、冗談言うな。流石に休ませろ」
 と……
「だったらコレでいいんじゃね?」
 そう言って、遠藤君が持ってきたのは杉板と瓦の山、それにコーラの瓶だった。
「あー、俺、あまりそーいうショーは好きじゃないんだけど」
 うんざりした顔で、セイ君は遠藤君の手にしたそれらを見る。
「ハッタリは効くじゃん。んじゃまあ委員長、ちょっと見てろ」
 遠藤君が手にしているのは、王冠で蓋をされた3本のコーラの瓶。
「まずは普通の人の開け方」
 栓抜きを使い、ポン、と一本目のコーラの瓶を開ける遠藤君。
「ハッタリを利かすための開け方」
 左手に持った二本目のコーラの瓶の首を、右手の手刀で吹き飛ばす遠藤君。
「で、俺の場合」
 そう言うと、三本目のコーラを取り出し……えええええ!?
 あろうことか『指3本で王冠の蓋をつまんでひっぱって』開けてしまう遠藤君。
「あ、握力、いくつあるの?」
「わかんね。ウチの学校の握力測定器、100キロまでしか無いし、正確に測ったこともないや」
 あっけらかーん、と言い放ちながら、指で開けたビンに口をつけつつ、残りを二人に回す遠藤君。
 こんなかわいい顔して……体格だって小柄で痩せ型で色白で、うちのクラスの腐女子たちの妄想ネタにされまくっているというのに。
 裕タン、怖いコ……。
「んじゃまあ、次は定番をいってみようか。で、どっちがやる?」
「あ、んじゃ俺がやるわ」
 目の前には、遠藤君が用意して積み上げた瓦の山。
「んー、こっちのほうがいいか」
 と、両手を瓦の上に重ねて置く猪上君。
 そして……バシィッ! という衝撃音と共に、何の前触れも無く瓦の山が真っ二つになった。
 力を込めたようにも、体重をかけたようにも見えない。
 ただ、積み上げた瓦に乗せた手のひらの下から、真っ二つに山全体に亀裂が入ったのだ。しかも、上のほうは真っ二つになっただけだが、下のほうほど大きく崩壊しており、一番下は粉々になって……ガラガラと山全体が崩壊。
「なに!? なに!? どうやったの?」
「秘密」
 浅黒い顔でニコニコと笑う猪上君。タイ人などと揶揄されているゴツい笑顔が、やけに怖い。
「んじゃ、伊藤。最後だ、ほれ、『アレ』見せてやれよ」
 手をぷらぷらと振る遠藤君に、セイ君は苦い顔をしていた。
「……あんまり、こういう見世物好きじゃないんだけどなぁ」
「いいから、彼女にいいとこ見せてやれって」
「……しょうがねぇ、なっと」
 と……
 今度は遠藤君と猪上君が、杉板を3枚ずつ。合計6枚手にとってジャグリング(お手玉)を始めた。
 その二人の間に立つセイ君は、両手を下げたままの自然体で立っている。
 そして、セイ君の頭の上を跨ぐように、遠藤君と猪上君の間で、杉の板が飛び交い始め……
「シッ!」
 軽い気合いと共に、鞭のようにしなったセイ君の右手が、板を空中で叩き割った。そこから左、右、左とテンポ良く6枚の板をカチ割っていく。
 しかも……恐ろしいことに、セイ君は『拳を握っていなかった』。手のひらを広げたまま、ただ、鞭のように振るった手が当たるたびに、板が真っ二つに割れてしまうのだ。
「以上、お粗末様でした」
 ぺこり、と一礼するセイ君。
「……えーっと?」
 割られた板を手に取ってみる。どう見ても簡単に割れるようには見えないものを、彼は『空中にある状態で』叩き割っていたわけで。
 試しに、軽く放り投げてひっぱたいてみたら、板は割れることもなく叩いた手に弾かれて、床をコロコロと転がっていった。
「なんか作用反作用の物理法則が乱れている気がするんだけど?」
 見た目の派手さ以前に、物理的に少し変な現象を目の当たりにして、彼ははにかみながら一言。
「まあ、頑張れば誰にでも出来るようになるよ」
 いや、無理です。絶対無理!
 情報収集その4を終えて……私は、もう言葉を無くしてしまった。

「たーすーけーてードーラー●ーもーん! 彼が化け物なのー!!」
「はぃ?」
 数日後。
 万策尽きて、学校終わって制服のまま占い師の館に直行した私の泣き言に、ノートパソコンを前に葉巻を吹かしていた元悪魔が怪訝な顔を浮かべた。
 ちなみに、モニターの中には、某巨大掲示板のスレッドがいくつも並んでいたりする。
「……えーと? 何? もう彼をモノにしたんじゃないの?」
「無理ですー! 寝ていてもすぐ気付かれちゃいますー!」
「何度か試したの?」
「最近は、ベランダに立っただけで気づかれるようになりました。隙だらけに見えて、全く隙がありませーん!」
 あまつさえ、この前ヤケクソになって背後から消しゴムを投げたら、投げた消しゴムを後ろを見ないでキャッチされ『馬鹿なイタズラすんな、小学生かお前は』と言われ、投げた消しゴムで頭を小突かれる始末である。
「いや、ダークストーカーの身体能力があるのなら、二人きりの時に素直に押し倒したら?」
「無ー理ーでーすー! 超人セガール拳ですよー!? 心臓止められちゃうんですよー!?」
「……何それ?」
 私は、収集した情報を、元悪魔に説明した。
「にわかには信じがたいんだけど……まあ、現に一度、それを食らっているんですものねぇ」
「まさか、彼が悪魔より強いとは思いませんでした。どうしましょう!」
 はぁ……と深々と溜息をつく、元悪魔。
「そんなわけないでしょう。
 確かに彼のスキルは脅威だけど、基本的な身体能力は今のあなたのほうが圧倒的に上なんだから、使いこなしの問題よ?」
「はぅぅぅぅぅ、そういうものなんでしょうか?」
 完全に意気消沈してへこむ私に、元悪魔がじーっと見て一言。 
「ひとつ聞くけど、『術』で意識を操ってみたりとかはした?」
「そんな事出来るんですか?」
「……キスで生気を奪うとかは?」
「彼の隙が無くてマダですが?」
「…………もしかして、セックスの練習とかは?」
「!?? れ、れん、しゅうって、そういえば、何をしたらいいんでしょう!?」
 ズッダーンとすっこける元悪魔。
「あ、あ、あ、あなた……ほ、本当に私の『縁』の持ち主?」
「?」
「い、いや、いいわ。こっちの話。
 そうね。素質は凄くても、ついこの間まであなたは人間で、しかもあんな初心なオボコちゃんだったんだものね。私がバカだったのよ、うん、私がね……は、ははははは」
 何やら、精神崩壊寸前のひきつった表情を浮かべる元悪魔。
「ま、まあ、いずれ、分かるようになるだろうし。
 とはいえ、そうね……少しは使い方を教えてあげないといけないかしら?」
「使い方?」
「……まずは、そう、男を溶かすキスの仕方から」
「え?」
 近寄ってきた元悪魔は、そのまま顎を摘んで私の唇をついばむようにキスをした。
「あっ……」
 一瞬、意識が飛びかけた私は、その意味を理解するのに、さらに間をおいてしまった。
「あ、え、えっとメモを」
 慌てて、ポケットのメモ帳を取り出そうとして、元悪魔が今度こそ吹きだした。
「……ベッドでメモ帳を見て、マニュアルどおりのセックスをする気?」
「え、あ、だ、だって、私、けっこう本当はドンくさくて……」
 嘘ではない。
 わたしの行動パターンは、基本的にマニュアルを熟読し、事前に計画を立て、それに従うこと。
 自分が極端にドンくさいことを自覚した上での、行動様式なのだ。
 ただ、生来の慎重さのせいか、10の行動に対して20くらい準備をかけて解決する事が多く、それが原因で一部の人間から『物事を簡単かつ颯爽と解決する、カッコイイ委員長』と誤解されてのだが……
「大丈夫よ。あなたの『素質』は私が認めてるんだから……後は経験の問題。
 それに、キス一つにメモを見ながら確認するようなセックスで、男を勃起させようなんて片腹痛いわ」
「あ、あうう」
 確かに、それは道理なのですが。
「獲物を狙う時のコツはね……下準備をしっかりする事と、もう一つ。
 好機を逃さず、オトす時は一瞬で」
「!?」
 唇を合わせた瞬間に、ぬめるような舌が、私の唇を溶かすように割り込み、瞬く間に口の中の感じるポイントを嬲っていく。
 それはもう、電撃的な制圧に近かった。
「んっ……ふぅ……んぁぁぁ」
 ぶるっ、と私がキスだけで軽くイッてしまうのに、およそ3秒。唇を離すと、唾液が細い橋となって絡んだ。
「んふ♪ ……さあ、やってごらんなさい」
「……はい」
 朦朧とする頭の中で、必死に舌を動かし、感じたように蠢かす。
 何かが違う。
 どこかが違う。
「んっ……」
 ……ああ、これだ。
 ゆっくりと、確認するように、感じる口の中のポイントを丹念に舌でなめあげる。感じるように、溶かすように。
「んっふ……そう……もっと丁寧に」
「……」
 今の私を構成する淫らな悪魔の細胞に火がついたのか。
 私は、目の前の元悪魔の胸を揉みしだきながら、ゆっくりと押し倒し、丹念に体を舐めるようにキスをしていた。
「んっ……そう。上手よ……首筋と……乳首も」
 いつしか……私は、考えることをやめ、ただ直感……というより本能で愛撫とキスの雨を降らせていた。
「あん♪ ……ほら、やればできるじゃない」
「……はい……」
 キスを通じて感じた甘い感触に、いつしか私はうっとりと酔っていた。
「気分は、どう?」
「……あまくて、うっとりする……素敵」
「そう。じゃあ、最後に、私の目を見なさい」
「はい……」
 すきとおるような、それでいて底の無い深い黒の瞳。
 それが、ぼうっ、と赤くなっていくのを眺めて……『ああ、これが言ってた『術』なんだな』と理解が出来た。
 情報そのものが、私の中にインストールされる感覚。淫らな悪魔の細胞の使い方が、私の意識に染み渡ってくる。 
「いい、佐奈さん。私が教えてあげられるのは、これが最後だと思いなさい。ドラえ●んは、いつまでもやさしくはないわよ」
「はい……」
 ゆっくりと頷いて、私は元悪魔と最後のキスを交わした。

 家に帰った私を待っていたのは、ご飯とインスタントの味噌汁、出来合いのおかず、そして……
「……あ、お帰りなさい」
 どこか、生気が抜けたような、元気のない虚ろなママ。
 そして……今の私には、分かってしまった。
「ママ」
「ん、なあに、佐奈ちゃん」
「ナスにはもう飽きたの?」
 もぐもぐと食べ続けながら、目線をあわさないように問いかけると、完全に動揺した声が返ってきた。
「あ、ち、違うわよ。八百屋さんに、いいのが無くって買ってこなかったの」
「そう……ならいいけど。買ってきたキュウリは早めに使わないとしなびちゃうよ」
「そ、そうね。今日のうちにお味噌つけて食べちゃおうか」
 席を立って、キッチンに立つママ。
 私は箸を置くと、その後ろにそっと近寄って……下から持ち上げるように服の上から胸を揉みつつ、首筋にキスをした。
「ひゃん! さ、佐奈ちゃん!?」
「食べるんでしょ、キュウリ?」
 ナメ取るように首筋に舌を這わせながら、服の上から乳首のあたりを弄る。
「あっ、ひぁん! こら、やめなさ……はぁぁぁン♪」
「ねえ、ママ、私の目を見て……」
 悪魔の細胞が私の中の魔力を励起させて、瞳に宿っていく。
「なにを……あっ」
 急速に光を失い、虚ろに染まるママの瞳。
 そこに映る私の姿が、限りなく邪悪なものに見えて、私は少し悲しくなった。
「ママ、正直に答えて。
 欲求不満だったんだね」
「……はい……」
「どうして、恋人を作らなかったの?」
「……佐奈がひとり立ちするまでは……そう思って……離婚なんて……したくなかったのに……いろいろ振り回しちゃって……寂しい思いをさせたから……」
 予想通りの答えに、私は言葉に詰まった。
 ママが私のことを大切に思ってくれている。それは分かる。でも……
「ママ。ママは新しい恋をしなくちゃだめだよ。佐奈はもう一人で生きていけるから」
「……だめ……佐奈には……」
「ママ。佐奈はね、好きな人が出来たの。だからもう大丈夫」
「……ぁ……」
 何も写さない、虚ろな瞳。
 そこからこぼれた涙を私は舐め取った。
「だからね、私は大丈夫だよ、ママ。私にも好きな人が出来たから、遠慮することは無いの」
「……佐奈……ちゃん」
「だから……これが最初で最後だけど、私がママを慰めてあげるね」
 最初は軽く。触れ合うように。やがて、大胆に舌を動かしながら、キスを交わす。
 ……オイシソウ。
 虚ろな眼差しのまま、淫らにあえぐ姿に触発された、淫魔の本能がキスを加速させていく。
 ……オイシソウ。
 絡めた舌と交わる唇からあふれ出る『ソレ』を、私はすすり上げた。
「んっ、んっ、んぅ……ぷはぁ!」
 さらっとした甘い味。ああ……これが。これが『精気をすする』って事なんだ。
 唇を離したとたん、くたり、と私の腕の中でママは力を失った。
「ママ、かわいい。私とのキスが、そんなに気持ちよかった?」
「ぁ……ぁぁ……きもち……いい……」
 虚ろな目はそのままに、ママの秘唇からは淫らなエキスが大きな染みとなってこぼれ落ち、そして……
「んふ、乳首、勃起してる♪」
「ふぁぁぁん♪」
 服の中に手を入れて、ブラを外しながら乳房を弄ると、ビクビクと痙攣しはじめる。
「あっ、あっ、あっ……胸、胸……」
「へぇ……胸だけで、こんなになるんだ……」
 最初は慎重に、反応を見るように胸を揉みはじめ、だんだんと大胆に乳首を弄り、胸全体を揉んでいく。
「ぁっ、ぁあっ、いっ、いっ、くっ………!!!」
 ビクビクビクッ! と、痙攣と共に、再びママの体が力を失う。
 『術』に落としていなくても、もうママの体は完全に発情していた。
「それじゃあ、ママ……キュウリ、食べようか」
 キッチンに置いてあるキュウリを、クリトリスに当てて弄りながら、ゆっくりと入れていく。
「ぁぁぁぁぁ、な、なにこれ……」
 深々と挿入させながらも、徹底的に愛撫の手を止めずに、ママの性感を引き出していく。
「気持ちいいでしょ、ママ」
「ぁぁ、すごいぃぃぃ、わ、私、私ぃぃぃ、佐奈ちゃんんんん!!」
「そう、もっと気持ちよくなって、ママ。欲望を吐き出すの」
 淫らに舞い狂うママの体を弄びながら、キスを繰り返し溢れ出した精気をすする。
 そして……
「あっ、ぁぁぁっ、も、もう……」
「イクのね、ママ。イッちゃいなさい!」
 ぐっ、と深くキュウリを捻じ込んで、ぐりぐりと弄った瞬間、
「ぁぁぁぁああああああっ!!」
 潮を吹きながら、ひときわ大きな痙攣を起こして……完全にママの体がぐったりとなる。
 絶頂に達して快楽に溺れた目で、きゅうりをくわえ込んだアソコからダラダラと淫らな液体を漏らす姿に……私は愛おしさを感じ、そっと唇にキスをした。
「すっきりした、ママ?」
「……は……い」
「うん。良かった」
 とりあえず、確認。
 そして、『術』を使って暗示をかけていく。
「ママ。次、起きた時、私と今、シタ事は忘れてる。
 ママは、私の恋の悩みの相談に乗ってくれただけ。
 私に恋人が出来たら、ママは……ちゃんと再婚を前提に、新しい恋人を探すの」
「……はい、私は……佐奈と相談しただけ……佐奈に彼氏が出来たら……再婚相手を……さがします……」
 ゆっくりと虚ろな目で頷くママの額に、私はキスをした。
「ママ、愛してるよ。おやすみなさい」
「……はい」
 カクン、と。意識のブレーカーを落として、ママが横になった。
「元気になってね、ママ。
 さて、と……証拠隠滅の後片付けしますか!」
 酷い有様になったママの姿とキッチン周りだったが、今の私には後片付けも苦にはならなかった。

「おはよー、ママ」
「おはよう、佐奈。朝ごはん出来てるわよー」
 翌日。
 トーストとサラダ。それに付け合せのスクランブルエッグというシンプルな組み合わせの食事が並ぶ食卓に、私は座った。
「いただきます」
「いただきます」
 手をあわせてモグモグと食事をする。
 一見、これまでと変わらない簡素な食卓なようだが、ちゃんと火加減や皿の配置など微妙な部分がキチンと整えられているため、これまでのような無気力に荒れた印象は受けない。
「ママ」
「何、佐奈ちゃん」
「……あのさ、もし、告白してOKもらったら、彼氏、ウチにつれてきていい?」
「いいわよ、つれてらっしゃい。その時はママ、買い物に行ってあげるから。
 ただし、ゴムはつけなさいね、絶対」
 にこやかに笑いながら、流して来るママ。
 その表情に、昨日までの鬱々とした面持ちは無い。
「じゃ、いってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」
 玄関を飛び出して、軽くガッツポーズ。
「よし!」
 とりあえず、『術』の成功と効果の確認を完了。
 あとは……
「うふふふふふ、これで、これで……」
 術にかけられたセイ君。
 あの逞しい胸板に、体を寄せながらたっぷりと味見をして……ああ、あったかいんだろうなぁ……セイ君の胸板。
 んで、抱きしめてもらいながら、いっぱい感じて、キスを繰り返して、そして……
『セイ君……愛してる』
 彼に私の処女を捧げて……そして、彼は完全に私のモノに……
 と、
「玄関先で何ブキミな笑い浮かべてんだ、オイ?」
「ふひゃあああああああ!? い、い、い、いつの間にぃ!?」
 妄想中に肩をポン、と叩かれて、私は飛び上がった。
「今だよバカ。学校行くんだろ、遅刻すっぞ」
「え、ふぇ?」
 時計を見ると、既に玄関出てから15分くらい妄想ワールドに浸ってしまったようだ。って……
「はわわわわわわ、朝の仕事ーっ!」
「はい行ってらっしゃーい」
 生暖かい目で見てるセイ君を放り出して、私は全力ダッシュで学校へ爆走した。

「……むー」
 休憩時間。隙を見て、彼と二人きりに……などと考えていたのだが。
「ほい、ダイヤ縛りで10」
「ダイヤのJ、階段」
「んー、パス」
 こんな調子で、あいも変わらず遠藤君や猪上君と、三人で行動しているため、隙が無い。
 ちなみに、今日は携帯ゲームではなくトランプの大貧民に興じており、しかも他の男子も混ざっていて女子抜きで盛り上がってたりするので、余計に接触のしようも無い。
「ほい、8切りから、キングの革命あがり! 悪いな」
「ぎゃー!」
「うっわ、ひでー!」
「鬼だー!!」
「外道ー!」
 7人ほどで盛り上がってるのを横目で見ながら、ため息をつく。と……
「佐奈ちゃん、彼の事が気になるの」
「……ん、あ、えっと……」
 女友達の面々の一人に、声をかけられて、私は返事に迷い……。
「まあ、そんなところ、かな」
「……いっそ、みんなの前で公開告白したら? 空気に飲まれてOK出してくれるかもよ?」
「あー、それはダメ。セイ君、空気読まないというか、読んであえて意思を通す人だから」
 というか、そんな事して自爆したら、多分私は絶対立ち直れない。
 大丈夫、チャンスはある。
 ……焦るな。焦る必要は無い。二人きりの時は、かならず訪れる……などと、思っていたのだが……
 結局、この日はそんな機会も無く、 放課後まで経過してしまった。
「んー……こうなったら、直接自宅訪問かなぁ」
 放課後の学級委員の仕事を片付けつつ、去年、女子全員が酷い目に遭った文化祭の代替案に思案を巡らせながら、ぼーっとそんな事を考えてみたり。
 よくよく考えてみれば、夜中にコッソリなどとせずに堂々と正面から尋ねれば、いきなりセガール拳で撃退などという事もないだろう。
 増して、彼は一人暮らし。
 つまり、理想的な密室がそこにあるのだ。
「……馬鹿みたい」
 何の気なしにつぶやいた一言が、だんだん名案に思えてくると同時に、こんな単純な事に気づけなかった自分に馬鹿馬鹿しくなってきた。
 さて、となると、上がりこむ口実だが……
 今年の文化祭も、たぶん猪上君が中心になって、また男子がバカな計画を提出してくるに違いない。
 と、するならば学級委員、かつ女子の代表の立場として、それを阻止せねば……あ、やばい……また去年のようにコスプレ喫茶とかさせられて、問題を起こすわけにもいかない。
 いやもう、本当に本当に去年は散々だったのだ。
 盗撮者は出るわ、それで泣き叫んで引っ込んじゃった女子は出るわ、回転率あがらなくて売り上げは目標に行かないわ、それで文化祭委員や学級委員は突き上げられるわetcetc……
 今年の文化祭に関しては、断固彼らの……否、男子のバカな計画を阻止、もしくは『無害化』し、有益に誘導せねばならない。
 で、あの3馬鹿の行動パターンを分析するに……起爆剤としての発想も行動力もあるが、常識に少々難のある猪上君に、残りの二人が対等な立場で冷静なツッコミや現実的な修正を加えていってる気がする。
「よし、まずセイ君に相談に行こう!」
 ……はて、何か大切な事を忘れている気がするが。
 まあいい、あんな大恥を今年もかかされるまえに、まず行動あるのみ。
 まずは去年のデータ集めをして論拠を固め、協力の要請と具体案を提出だ!

 で……
「……すっかり遅くなってしまった」
 夢中になって資料を検索して、アレコレ説得に関しての質疑応答に関してのシミュレーションを考えて……ようやっと正気を取り戻して当初の目的を思い出し、学校の正面玄関に出たのが午後の7時。
 ……ま、いいか。どっちにしろセイ君バイトか部活だし。尋ねるのは夜遅くからで問題あるまい。
 むしろ、そのほうが好都合だ。
「んふふふ……」
 誰も見てない事をいいことに、自然とこぼれてくる笑み。夜の闇が、自然に私の中の悪魔を起こしてくれそう。
 だが……
「ヨォ、委員長」
「へ?」
 靴箱に上履きを放り込んで、履き替えようとした瞬間、思いもよらない人物に声をかけられてしまった。
「ちょっと、話、いいか?」
 3馬鹿の一人。遠藤 裕が、下駄箱のそばで待ち構えていた。

「……保健室、こんな時間でも空いてるんだ」
 蛍光灯の光に照らし出された、シーツとカーテンとベッドの白い世界。
 話がある、と連れられてきたその場所は、最近おなじみの場所だった。
「いや、熊谷先生から鍵、借りた。明日のアサイチに返す予定」
 ……熊谷先生、大胆すぎですよ。
「で、私を待ち伏せして、こんな所に呼び出して一体何の用?」
「いや、用ってほど大したこっちゃねーし、本当は立ち話で済ませてもいいんだけど、他人に聞かれたら委員長が嫌がると思って。
 ……委員長、伊藤に惚れてるんだって?」
 遠藤君から切り込まれた、そのものズバリな一言に、私は狼狽しながらも、頭をめぐらせた。
「!!?? ……ふーん、誰だか知らないけど、遠藤君に女の子の友達が居たんだ? 確か、言い寄ってくる女の子を振りまくってるって聞いたけど?」
 整った容姿、色白な肌、それにコンパクトサイズな身長と、三拍子そろった美少年ではあっても、硬派で無愛想な性格に難があるため、遠藤君の女子の間での評価は(振られた女の子の腹いせ分を差し引いたとしても)決して高いものではない。
 が、この情報を知ってるとなると……やはり、女子の友人が少なからず居るのだろうか?
「いや、居ない。ってか、そんなカマをかけてくるって事は、女子にはバレてるんだな」
「…………………………」
 訂正。
 どうやら、毎度おなじみ、考えが先回りしすぎて自爆したようである。
「……そうよ。私はセイ君が好きよ。で、何が悪いっての?」
「いや、悪いたぁ言わん。むしろ、俺は伊藤の奴が幸せになってくれる事を祈ってるし、そもそも、他人の色恋の沙汰に首突っ込むほど、野暮じゃねーし。
 ただ、忠告。……オマエ、このまま告白しても、失敗すんぞ」
「!?」
 聞き捨てならない言葉に、私は反応した。
「オマエも知ってるだろ? 伊藤の奴が、この学校入る前に『どんな目に遭ったか』って話。
 あいつさ、強がって『全てが信じられないのなら、自分が信じたい物を信じて、裏切られるほうがいい』なんて格好つけてっけど。
 本心じゃ、裏切られたりすんの、スゲェ怖がってんの知ってるか?」
「な、何が言いたいのよ?」
 椅子に腰掛けながらも、真剣な目で私を見てる遠藤君に気圧されながら、私は続きを促した。
「あいつがパッと見、温厚で脳天気なのは、ある程度自分が傷つく事を計算に入れた上での防御行動なんだよ。だからなんつーか……『庭を出入りするのは自由だけど、母屋には容易く入れない』タイプ。
 中坊の頃から付き合いがあるから、分かるんだけどよ……『あの事件』以来、大人になったっつー奴が多いけど、俺からすると殻に篭ってる状態なんだよ」
 ……驚いた。
 三バカの面子の中で、どっちかというと、からかわれて『ガーッ』と怒る短気なキャラが目立つ遠藤君が、ここまで冷静に分析しているとは、思ってもみなかった。
「まあ、ダチっつっても、男と男の関係じゃ互いに踏み込みきれない部分ってのは結構あってさ。男ってのはプライドで依って立ってる部分がある以上、ソコんトコ尊重しあって、始めてダチっつー対等の関係ってのは成り立つんだ。
 でもさ、彼氏と彼女って関係だとその……さっきの例えで言うなら『母屋に踏み込んだ』付き合いになるわけじゃねーか。……ま、そういうのも抜きで体だけの付き合いってのもあるらしーが、そのへんは朴念仁の俺にゃわからねーけどよ……
 とにかく、委員長。今のオマエさんに、伊藤の一番デリケートな部分に踏み込もうとしてるって自覚が本当にあるのか、って事」
「それは……反対、って事?」
「違う。
 正直、委員長がそのつもりなら、いいんじゃねーかって思ってるよ。むしろ俺は応援してる。ただ、やり方が性急すぎるって警告。
 ……委員長、知ってるかどうかわかんねーけど……俺の姉貴がバカやらかしたお陰で、伊藤の奴、軽い女性不信にも陥ってるから、アイツにペース合わせてやらねーと、付き合う云々以前に、今の友人関係って立場すら、マジで破局すんぞ?」
「……ん、わかった」
 言われてる内容は、熊谷先生からの忠告とほぼ一緒で、しかも彼の視点という点を差し引いても、分析そのものは詳細だ。
 だが……それに関して、私の結論は既に出ている。
 ここは、忠告を聞くフリだけはしておこう。などと思っていたのだが……
「まあ、男女の色恋沙汰にクチバシ突っ込むのは流儀じゃねーけど……基本的に伊藤は委員長の事、嫌っちゃいねぇのは確かだからさ。だから、変に焦って賭けに出るより、ゆっくり時間をかけて行ったほうがいいぞ。
 なんつーかさ……この頃の委員長、ハタで見てても危うくてオッカネーんだ。無理に伊藤にモーションかけようとしてんのがバレバレでさ……あいつ、少し嫌がってるぞ」
「っ……!」
 その言葉に、私の背筋は凍りついた。
 ……嫌われる……彼に……
 悪魔になって以降、夢想だにしなかった恐怖が、私を包み……
「手間ぁとらせたな、委員長。話はこれで終わ……」
「待って!」
 次の瞬間、反射的に私は遠藤君を『術』に落としていた。
「っ!? ……いっ……!?」
 流石、と言うべきだろうか?
 遠藤君は苦しそうに頭を抱えながらも、まだ立って私を睨んでいた。
「い、委員長……何……しや……がっ……」
「ねぇ、遠藤君」
 眼鏡を外して瞳に力を込めて、『術』の圧力を増しながら、私は遠藤君に近づいた。
「どういう事? 『嫌がってる』って? ねぇ、詳しく聞かせて」
「ぐっ……なぁぁぁ……ぁ」
 かなり『術』への抵抗が強い。なかなか堕ちてくれない……などと思い、さらに近寄った瞬間だった。
「ぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!」
「っ!?」
 刹那、目のあたりに衝撃が走って視界が奪われた。
 さらに……
 パァン!!
「!?」
 左耳に衝撃が走り、『世界』がグラつく。続いて、同じように右耳のあたりを叩かれ、平衡感覚が完全に無くなった。
「ぁああぁぁぁぁあぁぁああああいあああぁぁぁ!!」
 難聴になりかけた耳にも届く、凶暴な罵声を上げる遠藤君。
 『術』が不完全にかかったせいだろうか?
 ともあれ、完全に理性を無くしてバーサークしてしまった遠藤君だが、その振るう手足は、恐ろしいほど的確そのものな精度と威力で、喉や股間や首筋や心臓などの急所を的確に抉ってくる。
 つまり、相当、普段の鍛錬が身についている証拠……などと冷静に分析している余裕は、私には無かった。
「っ……ぁぁっ!!」
 立っていられず、しゃがみこんで丸くなった私に、容赦なく追い打ちの攻撃を加えていく遠藤君。
 ただ、幸運だったのは、悪魔となった私にとって、目や耳などの鋭敏な感覚器官への全力の直撃でさえ無ければ、とりあえず人間に殴られても問題無いって事だった。
 ……というか、いきなり目潰しとか、耳を殴るとか、相当に危ない技なのでは!? 多分、私が悪魔じゃなかったら、死んでいたか一生を不具にされかねないのでは!?
 ともかく、遠藤君に踏まれたり蹴られたりしつつ、丸くなって床を見ながら、どうにか視力と聴力と平衡感覚が回復してきた。
 とはいえ、どうしたものか。
 暫し、考えた末に……ああ『やるしかない』という結論に思い至る。
「落ち着いて、遠藤君!」
「ぐるぁああああああああ!!」
 暴れる遠藤君を、悪魔の膂力で床に押さえつけ、私は――ああ、やってしまった――彼の唇を奪い、そこから精気を啜り上げる。
 つまり……キスをしてしまったわけである。彼以外と。
「ぁ……あ……ぁ……ぁ………………」
 『術』をかけられ、さらに精気まで吸い取られた遠藤君は、しばらく痙攣するように蠢いていたものの、やがてがっくりと動かなくなり……完全に『術』に堕ちた事を示す、虚ろな目で私を見上げていた。
「あービックリ。怖かったぁ……」
 幸いなことに、落とした眼鏡は無事だった。……ああ、よかった。
 しかし……
「…………………ちょっと……美味しかったかも」
 なんと言うか……ママの時とは違う、濃厚で強烈な味わいの精気だった。
 ママのがスポーツドリンクなら、こっちは強力な栄養剤だろうか? 何はともあれ、とりあえず、まずは精気のお代わり……ではない!! 情報収集!
 うん、傾向と対策こそ全ての基本! 先回りのバカはやっても、事前準備はキッチリと!
「遠藤君、私の声が聞こえる?」
「……はい」
「よろしい。これから、私が質問する事には、全部素直に答えます。いいですね?」
「……はい……委員長……」
 まず、『術』に堕ちている事を確認。
「えっと、何で『術』に抵抗出来たの、遠藤君?」
「……てい、こう?」
 ……どうやら自覚が無いようである。
 んー、本人も分からないようじゃあ手の打ちようがない。とりあえず仮説は後で立てるとして……
「んー、じゃあ、なんで暴れだしたの?」
「……怖かったから……人前で意識がボーッとしだしたの……昔、女のヒトに……だまされて……睡眠薬飲まされた時を思い出して……」
 睡眠薬?
「え、えーと……それでどうなったの?」
 好奇心で、思わず聞いてしまった。それが失敗だった。
「……起きたら裸で……どこかの地下で……手錠と首輪つけられてた……首輪引きちぎって……鍵を奪って手錠あけて……扉や窓を叩き壊しながら……裸で逃げた」
「……」
 この状況下で嘘が言えるとも思えないが……ちょっと現実感の無い話に、ついていけない私が居る。
「……怖かった……裸で手錠したまま……撃たれて……ゴム弾だって言ってたけど……すごく痛かった」
 記憶がフラッシュバックしたのか、目の端には涙が浮かんでいる遠藤君。完全なトラウマなようだ。
 とはいえ……『裸で首輪に手錠されて涙ぐむ遠藤君』?
 ……やばい、ちょっと見てみたいかも。
 完全に堕ちてるから、暴れだしても問題は無い……いやいや、さっきのように本人の自覚が無いまま、こっちの認識速度より早く連続急所攻撃とかされたら、怖い。人間の手足はかくも凶器たり得ると、さきほど身を以って理解したばかりではないか。
「OK、だから自重しろ私。落ち着け、私」
 ……とはいえど……普段、無駄に不機嫌な空気を撒き散らしてる彼だが、こうなっちゃうと本気でかわいい。
 ちょっとだけ……弄ってみようかなぁ……
「ごほん!! 情報収集、情報収集! 大原則はキャッチアンドリリース!」
 誘惑に駆られた気持ちを、強引に切り替える。
「で、セイ君が私を嫌っているって、何があったの?」
「……消しゴムの時とか……喧嘩の強さを聞かれた時とか……昔の荒れてた時とかを……気にしてるんだとおもう……」
 あっちゃぁ、情報収集の活動そのものが裏目だったのかぁ……もう少し、慎重に行動すべきだったか。
 で……
 彼から聞きだせる情報は聞き出せたわけで、あとは記憶を消去して終了なのだが……
「あー、そのー……遠藤君」
 そう……だよね。
 どうせ覚えてないんだし、ちょっとくらい大丈夫……だよね。
 考えてみれば、私は男の人の裸って、お風呂の時のパパと、幼稚園の頃の川遊びでのセイ君しか知らないわけで……そう、これはリサーチ! リサーチなのだ!
 決して、やましい気持ちから出たものではないっ! ……と、思う。たぶん。
「ふ、服を脱いで」
「……はい……」
 そう言って、学生服のボタンに手をかけていく遠藤君。
 で、Tシャツとブリーフだけの姿になって分かったのは……遠藤君の体って見た目どおり『細い』のだが、なんというか……小柄な体格に筋肉のラインが色白な肌に浮いて……それがあどけない童顔とマッチしていて……やばい、分かってたけど、マジでかわいい。
「……あー、ごほん! じゃあ、下着も脱いで」
「……はい……」
 シャツの下の腹筋はうっすらと割れているが、全体として黙って立っていれば筋肉質を主張する程では無い。が、脂肪分が少ないせいか色白の皮膚の下で、動かすたびに筋肉がうねるのが見て取れた。そして……
「!!?」
 その体と顔つきに似合わない、大きな股間の物体に、私の目線は釘付けになってしまった。
 え、え、えええええ?
「やだ……うそ」
 なんと言うか、その……そんなに毛深くは無いんだけど、そんな中で『ピンクの象さん』がぶらぶらしてる図は、何かの冗談のように見えてしまう。
 確かに、形はパパのに近いかもだけど、あれはもっと黒ずんでいたし、一回り小さかったような……でも、子供の頃見たセイ君のとは、色は同じでもサイズも形も全然違うし……っていうか、やばい、どうしよう。
 ショタコンのケは無いつもりだったが、容姿『だけ』ならクラスでも評判の愛くるしい美少年が、こうして全裸でいる様は、ちょっとそそるモノがある。というかもー、こうして黙って言うことを聞いていると、抱きしめたくなるくらい愛らしいのだ。
 ……そうだ、散々に蹴ったり殴られたりしたんだし、このくらいしても、バチは当たらないよね、うん。
「遠藤君。その……オナニーしてみせて」
「……はい……」
 その場で座り込むと、象さんを両手で掴んでシゴき始める遠藤君。
 うわ……うわ……うわぁ……
 垂れ下がっていた『象さん』がムクムクと起き上がって、表面に血管が浮かんでビクビクしてる……
 純粋な好奇心から、私はそれに顔を近づけ、しげしげと観察しはじめた。
「ねぇ、普段、ナニをオカズにオナニーしてるの?」
「っ……エロ本の……グラビア……っ……伊藤と猪上から回してもらった本……」
「自分で買いに行くんじゃないの?」
「ぁ……間違えられて……っ……売ってくれない事……んっ……結構……あるから」
 さもありなん。
 この声と容姿では、誤解しないほうが無理がある。
「……で、どんな子で抜いてるの?」
「んっ……かわいい……巨乳の……妹系……年上は……怖いから……んっ!!」
 遠藤君がびくっ、と震えた瞬間、白くて生暖かいモノが飛び出して顔にかかる。
「ひゃっ!」
 眼鏡にこびりついたソレを、反射的に指でふき取って、はじめてその正体に気づいた。
 ……これが……男の人の……精液?
 なんとなく気になって、私は指で拭ったそれを口に含んだ。
「っ……!」
 どろりとした苦い……でも、蕩けるような味に、背筋がゾクゾクする……と、同時に……私の中で、目の前にいる存在の認識が『クラスメイト』から『獲物』に変わっていくのが理解できた。
 だって……こんなにもオイシイのだから。そう……彼が悪いのだ。
 口の端にかかったものをナメ取りながら、私は彼に命令をくだした。
「手をどけて」
「……はい……」
 勃起した肉竿から漂う匂いにひきよせられるように、私はソレを口に含む。
「っ……!」
 ビクッと震えるソレを舐めると、先端から透明な汁がこぼれてきた。
「ぁ……ぅ……」
「んふ、いいにおい……」
 もっと……もっと欲しい……あの熱くてぬるぬるした、白い雄のエキス……
 確か、もっとこすって……そう……
 ずりゅ、ずりゅっ、と『舌を伸ばして』、肉竿に巻きつけながら、先端をくわえ込んで吸いつつ、胸もつかって一気に絞り上げる。
「っ……いっぁ……ぁぁぁぁあ!!」
 あっけなく噴出した精液を飲み干しながら、それでも私は遠藤君のペニスをしごきまくる。
 やがて……六回ほど搾り出した直後だった。
「ぁぁ……あ、がぁ……」
 泡を吹きながら、白目を剥いて痙攣する遠藤君。と、同時に、急速に精液の出が悪くなった。
 勃起はしているのだが、いっさい反応しない。
「ぅん……こら、もっと出すの……」
「が……いっ……」
 目の端から涙を流しながら、遠藤君は口の端からヨダレを漏らして、がたがたと震えるばかりだ。
 ……ちっ!
「いいから精液出せって言ってるでしょう! 使えないわね!」
 勃起してばかりで出ないペニスを踏みにじる。
「あぁあがぁぁあああがあああぁぁぁあ!!!」
「ほらほら、もっと勃起汁だしなさいよ! チンポ勃起させてんだから出るでしょう!」
 まな板の魚のようにびくびくと震える遠藤君のペニスを踏みながら、私は自分の中に新たな欲望が芽生えるのを知った。
「そう、どうしても出す気がないなら、出しやすいようにしてやるわ!」
 遠藤君の顔に馬乗りになってヴァギナを押し付けながら、私は遠藤君のチンポを攻め上げた。
「はぁぁぁぁぁ♪ そうよ、舐めなさい! 私のオマンコ舐めて勃起汁出すのよ!!」
 苦しそうにもがく遠藤君のペニスが、赤黒くなるまで弄びながら責めると、やがて……
「っ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」
 声にならない絶叫と共に、盛大に噴火した精液が、シャワーとなって私にふりそそいだ。
「はぁぁぁぁぁん♪」
 と、同時に……軽くイッて潮を吹いている自分に気がついた。
「熱っ……ふぅぅぅ……気持ちいい……」
 体に降りかかった精液をナメ取ると、腰を上げる。
 その下から、涙と潮とよだれと。酷い有様になった遠藤君の顔を見て……私の中で何かが満たされるのを感じ、自然と淫らな笑顔がこぼれる。
「いい、遠藤君。
 あなたは私の所有物。私のモノ。今後、そのチンポで私に奉仕するのがあなたの役目よ。
 私とシタ事は普段は全て忘れていて、いつもどおりに振舞うの。でも、私に言われたことには、絶対逆らえない。
 分かったわね」
「……は、ぃ……」
「いい子ね。眠りなさい」
 唇を近づけて、私は彼から精気を再びすすりあげ、完全に意識を落とす。
「ふふふ……美味しい♪ いい玩具ひろっちゃった。
 ……んふふふふ……はははははは……あーっははははははははははは♪」
 体に散った精液をナメ取りながら、私は身も心も淫らな笑いを保健室であげつづけるのだった。

< 続く >

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