スキッツォイド

 君の話をしよう。
 君の名前は名滝蒼甫。なたきそうすけ、と読む。それなりに有名な私立学校の学生で、ただ何となく日々を生きているだけの男だ。
 君の実の両親は君が小学生の時に離婚し、君を引き取った父親は一年前に再婚をしている。
 君は薄々、自分の父親が、離婚前から今の母親と密会していたことに気づいている。
 君は実の母親のことを今でも敬愛しているので、その母親から父親を奪った義母に快い感情を抱いていない。
 君の日常は、たまらなく退屈だ。
 君の前から母親が去った時から、君の時間は止まったままのように思う。
 いつものように猫の足と鉄の爪が舞い踊る悪夢から君が目覚めると、下の階から君を呼ぶ声が聞こえてくる。君の義母の、朝ご飯の用意ができたことを知らせる声だ。
 少しの間逡巡した後、君は階下に向けて返事をし、着替えることにする。
 階段を下りてリビングへと向かう途中で、君は義姉と会う。
 義姉は寝起きの為かぼんやりとしており、服装もだいぶ乱れている。
 君は義姉の大きな胸の谷間に視線が行きそうになるのを堪えながら、義姉に挨拶をする。

「おはようございます、ユラさん」
「……ん、おはよう、蒼甫くん」

 君はまだ新しい家族に慣れていない為、義姉のことを名前で呼んでいる。
 君の義姉であるユラは、義母が先の夫との間に作った子供だ。父親が外国人だったらしく、褐色の肌と東洋風の顔立ち、そして日本人離れしたグラマラスな体を持っている。名前はその父親の母国語で「花」を意味する言葉からつけられた、と聞いている。
 義姉は確かに美人であるが、それが却って君の警戒心を呼び起こす。義母の面影を色濃く残す義姉の美貌は、君の両親が離婚の際に口汚く罵り合ったことを君に思い出させる。君はそれが嫌いだ。

「……」
「……」

 君と義姉の間に、些かの沈黙が降りる。君は未だに義姉に対して心を開けていないし、向こうも同じようなものなのだろう。
 君達が気まずい空気に耐えかねていると、階下から再び君達を呼ぶ声が聞こえてくる。君達は、渡りに船とばかりにその声に反応し、階段を下りることにする。

「おはよう、二人とも」
「おはようございます、菫さん」
「おはよう、お母さん」

 リビングに着くと、既に君の義母である菫が食卓を用意している。君の父親は現在単身赴任中で海外に居るため、今君の家には君と義姉と義母の三人しかいない。
 君は、再婚した挙げ句相手を放っておいている父親の行動に幻滅している一方で、父親の顔を見なくてもいいという現状には安心している。
 君達三人は、そろって朝食を食べ始める。無言のまま、食事の時間が過ぎていく。君の義母は何か話題を作ろうと何度か君の方を伺っているが、君は未だに義母を受け入れるつもりはなく、視線に気づかないふりをする。
 君はそうやって、新しい家族関係の構築を拒む。
 君の排他的な態度には、複合的な理由がある。
 君は、新しい家族に対して快い感情を抱いていないのと同時に、彼女達の美貌と豊満な肉体に対して強い性的欲求を感じている。無防備とは言わないまでも、通常であれば目にしない程度には露わになる二人の肢体は、君の劣情を意志とは無関係に刺激する。
 ある種背反するこの二つの感情のせいで、君は彼女達の前では無感情であるように振る舞ってしまう。
 君は、いつものように、味自体は良いものの何か物足りない食事の時間を終え、登校の準備を整える。
 家から出るときに義母と一瞬目が合ったが、君は無視をして外へと飛び出すように出る。
 最寄り駅から、各停で五駅の場所に、君が通っている学校はある。電車の中で人ごみに揺られながら、君はぼんやりと窓の外を流れる風景を眺める。
 いつ見ても、似たような風景だ。君は目をつぶる。今この瞬間にも地球のどこかではナパームの火に溺れていく人間が居ると漠然と考え、そしてそれが自分の人生に微塵も関係ないことにどこか昏い喜びを覚える。
 学校では、君は孤独だ。少なくとも、君自身はそう感じている。つまらない授業を受け、上辺だけの友人達と会話をする。たったそれだけのことに時間をかけることが、君は無意味にしか思えない。
 君にとって学校とは、単なる時間を浪費するだけの場所でしかない。特に人生の目標なども定めていない君にとっては、学校で受ける影響のすべてが煩わしいものでしかない。君は、何者にも干渉されない生活を切望している。そしてそれが叶わないことを知っている。
 君は帰途へと着く。
 通い慣れた通学路は、行きも帰りも、普段と何も変わらない。夕焼けに赤く染まった景色はまるで世界中が火に包まれたようだが、しかし鈍く錆び付いた君の心には何の波紋も起こさない。
 君の心はいつでも灰色だ。実の両親が離婚してから、君はずっと変化を拒んでいる。しかし君の体はそんな心境とは全く関係なしに成長を続け、性的な欲望を加速させる。それが君には苛立たしい。
 君の日常は、たまらなく退屈だ。
 だから、多分、その日は魔が差したのだろう。
 君は、ふとなんとなく、いつもと違うことがしたくなり、本来なら気にも留めないはずの駅で、降りる。
 開発という言葉とは無縁であろうその駅のホームには、君以外の誰も見当たらない。ホームの隅の方に溜まった落ち葉が、風に吹かれてカサカサと音を立てる。
 君は、駅を出てみることにする。幸い、定期の範囲内なので金の心配はない。君はそう考え、そしてすぐに吝嗇な自分を自嘲する。
 駅から出た君は周囲を見渡す。閑散とした住宅街だ。特になにがあるというわけでもない。
 君は自分の意味不明な行動に呆れ、少し笑った後、偶々目についた近くの公園へと足を向ける。
 小さな、本当に小さなその公園には、ちょうど学校が終わる時間帯であるというのにも関わらず、子供達の姿が見えない。鎖の部分が赤く錆びたブランコが、どことなく哀愁を漂わせている。風に吹かれて鳴るキィキィという音は、まるで瀕死の動物の悲鳴のようだ。
 君は特に何も考えず、小さな公園の隅、申し訳程度の広さの砂場へと足を向ける。砂場には、いつか誰かが忘れた車の玩具が転がっている。
 君は砂場の前に座り、片手で砂を掻いてみる。予想外に細かい砂は、わずかな抵抗とともに君の指の間を通り抜けていく。
 そうして砂を弄んでいると、幼い頃の思い出が君の心の中に浮かんでくる。まだ君の元の両親の中が良好で、世界の全てが興味深く、楽しかった、幼い頃の君の記憶。
 君はその暖かさを思い出し、同時に二度と戻ることのない時間に対しての寂寥が君の心から溢れ出てくる。
 ふと、君の指先に、何か堅いものが当たった感触がする。
 君は不思議に思い、今度は両手でその部分の砂を掘ってみる。
 真っ黒な、目が覗いた。
 いや、それは錯覚だ。砂の隙間からは、丁度縦に半分に割れたような形の、笑みを浮かべた仮面が現れた。
 君はそれを掴み、持ち上げる。思いの外軽い。表面の砂を落として眺めてみると、君は漠然と、『何か違う』という感覚を抱く。
 何が違うとも言えないのだが、あえて言うなら、『これがここにあるのは、何かが間違っている』というような感覚だ。
 仮面の表面は白く、すべすべとしている。とても小さな穴が無数に空いていて、まるで骨のようだ、と君は感じる。
 笑みの形に歪んだ右目と口の部分には空隙があり、その周囲は黒く縁取られている。空隙からは反対側が見える。何もおかしいところはない、筈だ。
 裏側は、何かの皮でできているらしい。皮に特有の、どこか体温すら感じさせる手触りに、君はふと、これは以前この仮面を被っていた人の顔の皮膚なのではないかという思いにとらわれる。
 君はそれを被ってみようと手を動かし――突然、なぜか冒涜的な気分になり、手を止める。一陣の風が吹き、その冷たさに君は思わず身震いをする。

「……帰るか」

 君は自分に言い聞かせるように呟き、仮面を静かに砂場に置き、立ち上がる。いつの間にか、陽は落ち、景色は色を失っている。君は、時間の経過の具合に驚く。
 駅までの道は暗く、時折思い出したように光る街灯に照らされては、どこか歪んだ景色を浮かび上がらせる。
 帰りの電車の中、君は先ほど見つけた仮面を思い起こす。
 奇妙な仮面だった、と君は思う。
 たとえば、そう、実際に人間の素材を使って作られたかのような。
 君はそう考え、すぐにその考えを馬鹿らしいと打ち消す。
 駅から家までの道の途中、君はどうやって遅くなった言い訳をしようかと考える。
 君の家族は、決して薄情な人間ではない。歪ではあれど、ちゃんと家族として振る舞おうと努力している。それをわかっているからこそ、君は一思いに家族を他人と割り切ることができない。
 君はあれこれ言い訳を考えるが、しかしそのどれもが説得力に欠けるものしか思い浮かばないまま、君は家に着く。
 玄関の扉を開けると、義姉がすぐに走ってきた。

「どうしたの、こんなに遅くなって!」
「……すみません」

 君は、素直に謝ることにする。義姉の声色から、純粋に自分を心配していたことがよくわかるからだ。心をお互いに開けていないと思っていたが、もしかするとそれは自分の勘違いなのかもしれない。君はふとそう思う。
 君は、今まで義姉に対して距離を抱いていたことに対し、少しだけ罪悪感を抱く。距離を置いている原因が、八つ当たりに似た感情だとは自分でもわかっているからだ。
 
「心配したのよ。いつも帰ってくる時間になっても、電話すらないなんて」
「はい……。あの、実は、ちょっと寄り道をして……」

 君は正直に話そうと思い、顔を上げる。
 と。
 君は、言葉を失った。
 君の目の前に、あの仮面が浮かんでいた。

「!?」
「……どうしたの?」

 仮面が、宙に浮かんでいる。
 見るからに異常な光景だというのに、君の義姉は特に動じた様子がない。

「い、いや、仮面が……」
「仮面? なに、何の話?」

 どうやら、義姉には仮面が見えていないようだと君は気づく。
 君の眼前を浮遊している仮面は、その歪んだ片方の空洞で君をじっと見つめている。
 君は、その虚ろな視線に吸い込まれるように、仮面へと手を伸ばす。
 君が手を触れた瞬間、これまで浮遊していた仮面は、その力を失ったかのように君の手の上に落ちる。

「あ、仮面? え、今どこから取り出したの?」
「あ……そ、そうですね。ちょっとした……手品、みたいなものです。驚きました?」
「そりゃ驚いたけど……だめだからね、そうやって誤魔化そうとしても!」
「あ、はい、すみません……」
「全く! お母さんだって、蒼甫君のことを……」

 君は義姉の叱責に答えながらも、いきなり現れた仮面に対し、大きな恐怖と、それ以上にたまらない好奇心を抱く。
 君が手にした仮面は、まるで君が触れたことで君以外の人間にも見えるようになったようにも思える。いや、そもそも仮面が宙に浮いていた時点でどうかしている。
 考えれば考える程、異常事態のように思える。そして、そう思う一方で、これはどこか『必然』のようにも感じる。相反する感情を抱えたまま、君は仮面を見つめる。

「……いい? 分かったら、これから遅くなりそうな時にはしっかり連絡すること」
「……はい」
「うん、わかったならよし。……それにしても変わってるね、その仮面。半分だけなんて。どうしたの、それ?」
「あ、はい、寄り道した先で拾ったんですけど……」
「うーん、勝手に拾ってきちゃっていいの? 近くに持ち主とかいなかった?」
「……」

 義姉に対して適当に返答しながらも、君の目は仮面に釘付けになっている。
 もし。
 もし、これを被ったら、いったい何が起こるのだろうか。
 君はその願望に、逆らえない。
 先ほど感じていたはずの冒涜的な感情ですら、欲望を加速させるものでしかない。
 義姉が何か言っているようだが、君の耳には届かない。
 君は、ゆっくりと、仮面を顔に近づける。
 そして。
 君は、欠け落ちたはずの半分の仮面をかぶる。

「――あ」

 半分に砕けている仮面は、まるで昔は一つのものであったかのように、ぴったりと君の顔に吸い付く。

『――kiel』

 仮面を被り、半分になった世界の奥で、何かが君にそう囁いた。
 その声を聞いた途端、君は突然、この仮面の力を知る。
 仮面から伸びた神経が、君の顔と融合する。

「――ああ」

 君の顔に張り付いた仮面から、黒い力が神経を介し君の体の中へと迸る。仮面の力を理解した君の精神の昂りに呼応するように、仮面から黒曜石のような角が生える。
 角が生えるのと同時に、君に流れ込んだ力が君の背中を突き破り、漆黒の片翼を形作る。
 君は、自分が今や支配者となったことを理解する。

「な、なに、それ……」

 義姉が何か言っているが、君には気にならない。
 君は、自分の一部となった翼を羽ばたかせる。それにより抜けた暗い色をした羽根は、一瞬で球状に融けた後に細長く伸び、意志を持ったように君の義姉の額に突き刺さる。

「ひッ――」

 義姉は急に自分の方へ伸びてきた黒針を見て悲鳴をあげようとする。しかし君が黒糸を通して力を注ぎ込むと、すぐに静かになる。

「……くは」

 君は、笑う。君の目の前には、虚ろに立ち尽くす、君の義姉……だったもの、が居る。

「――跪け」
「……はい」

 君は、言う。
 最初からわかっていたかのように、命じる。
 それだけで、義姉は従う。まるで、そうするのが当然だと言うかのように。
 先ほどまで生気に溢れていた義姉の目からは光が失われている。君は、今や義姉のすべてが自分のものになったことを理解する。
 君は義姉の――いや、最早君の所有物となった女、ユラに向けて、欲望の赴くままに命じる。

「脱げ」
「はい」

 何一つ逆らう素振りも見せず、ユラは自宅の玄関で服を脱ぎ始める。その顔には何の感情もなく、ただ淡々と自らを守っている服を脱ぎ捨てていく。ことあるごとに君を発情させていた魅力的な肢体が、段々と露わになっていく。玄関の蛍光灯に照らし出される褐色の肌は、非現実的で蠱惑的だ。
 今のユラは、君の言うことにただ従うだけの人形だ。君は自らの手で義姉をそう変えたのだということに堪らない興奮を覚える。

「がに股になって両手を頭の後ろで組め」
「はい」

 君はわざとユラに屈辱的なポーズをさせ、それを楽しむ。君は、自分が相手の人間性を壊すという行為に快感を得ているのだということに気付く。
 君は自分の中に潜んでいた変態性に自分でも少し驚く。が、すぐにそれを受け入れる。

「そのまま腰を前後に振っていろ。俺がもういいというまでな」
「はい」

 君はユラが前後に腰をヘコヘコと振るのを尻目に、リビングへと向かう。君の意識は、既に新しい標的へと向かっている。

「あら、帰ったの? おかえりなさ――」

 途中の台所から、義母が顔を出す。
 君は何でもないことのように羽根を義母に向かって射ち出す。放たれた羽根は飛んでいく最中に馬蹄形に変化し、義母の四肢を拘束するとそのまま中空へ持ち上げ、壁に固定する。さながら磔刑のように。

「な、なにこれ? 何なの?」

 現状を理解できない義母の下へ、君は近づく。磔にされ、伸びた背筋により大きく前方に張り出された胸の膨らみは、君の情欲を刺激する。
 よくもこれだけの物を前にして、これまで自制できていたものだ、と君は自分を賞賛したい気分になる。そしてその努力を今、徒労に変えようとしている自分に気付き、笑う。

「だ、誰なの? あなた!」
「誰だ、なんて酷いですね、菫さん」
「その声……蒼甫君!?」

 目を見開く義母の表情は、君を愉快にする。いつでも母親であろうと優しく微笑んでいたその顔が、今は驚愕に歪んでいる。義母の新たな一面を見ることができたことに、君は喜ぶ。

「何なの、これは!?」
「やっぱり、菫さんは綺麗ですね」
「え……?」
「人間って、不思議ですよね。綺麗なものを見ると、守りたくなるのと同時に、汚したくなる」
「何を言ってるの? それより、これは蒼甫君がやってるの!?」
「俺はずっと、こうしたかったのかもしれませんね……。おいで、ユラ」

 君の声に反応し、玄関からユラが来る。勿論全裸のままだ。驚きで目を見開く義母を尻目に、ユラは再びがに股になって手を頭の後ろで組むと、腰を前後に振り出す。「もういい」と君が言っていない以上、ユラはいつまでも腰を振り続ける。そう、君が決めた。

「ゆ……ユラ! 何をしてるの!」
「……」

 ユラは答えない。今の彼女にとっては君の命令をこなすことが人生の全てであり、それ以外の事象は全て無に等しい。今まで自分を慈しみ育ててくれた母親の前で、ユラは限りなく無様な姿を無表情のまま晒す。

「どうですか、菫さん。俺は今、とても気分がいいんです」
「こんな……これを、蒼甫君がやったの!? どうして!」
「さっきも言ったでしょう。綺麗なものは、汚したくなるって」

 そう言って、君は一枚の羽根を手に取る。手に取られた羽根は融解し、君の望むままに形を変える。君はその様を義母に見せつけるように掲げ、微笑む。

「では……さよなら、菫さん」
「や、やめ――!」

 君の手から伸びた漆黒の糸は瞬く間に義母の鼻の穴の中へと侵入する。上咽頭から蝶形骨洞を経て頭蓋内に侵入した黒糸は、無数に分裂して義母の脳全てを包み込み、脳溝に沿ってズブズブと皮質の中へと沈んでいく。

「がっ……! あっああっ!」

 ぐるん、と義母は白目を剥いた。不規則に義母の体が跳ねる。大きく開いた口からは意味のない音が放たれ、君の耳を心地よく刺激する。まるで生きの良い魚のようだと君は思う。さぞかし新鮮で美味しいのだろう。
 人体の知識などない筈なのに、君には今義母の脳の何処が何を司っているか、その全てが完全に理解できる。
 義母の体が痙攣し始める。君の黒糸が義母の脳を侵蝕し、その刺激により体中の筋肉が誤作動を起こしているのだ。
 水が滴り落ちる音が響きだす。義母の足を伝い、透き通った黄色い雫が床に水たまりを作る。

「あーあ、おもらしか。菫さん、だらしないなぁ」

 君は義母を馬鹿にして笑う。痙攣の度に跳ねる胸を、君は劣情のままに鷲掴みにする。指が沈み込む柔らかさ、そして離すとすぐに元の形に戻る弾力、それら全てが君を満足させる。

「ユラみたいに一瞬で支配するのもいいけど、こうしてじっくり侵蝕するのも楽しいな」

 君の義母は、君の手によって段々と人間としての尊厳を失っていく。痙攣が段々と小さくなり、そして少しの後完全に止まる。呼吸も落ち着いており、規則正しくその大きな胸が揺れている。
 君は、義母の脳が完全に君の支配下にあることを確信する。
 ユラと同様に君の物になった義母――菫を、君は壁から解放し、四肢を操って立たせる。脳を完全に支配した以上、体の運動すら君の自由だ。
 そして君は、ずっと横で無表情に腰を振り続けていたユラを思い出す。かなりの時間腰を振っていたユラの肌には、その運動のためうっすらと汗が浮かんでいる。君はその汗を舐める。少ししょっぱいが、これがユラの味なのだと思うと征服感が君を包み込む。
 二人を立たせて並ばせると、君は二人を眺める。憎くて、犯したかった、二人。君から母を奪い、それに成り代わろうとしていた菫。その娘であるユラ。
 君は胸のどこかに、微かな痛みを覚える。その痛みの原因を考えて――君はすぐに正解へとたどり着く。自分は、心のどこかではこの二人と家族になろうとも思っていたのだということに。割り切れない思いもあるし、許せるとも言い切れない。けれど、それでも確かにこの二人は自分と家族になろうとしていた。それを、自分も心のどこかではわかっていた。何もなければ、いずれは自分も心を開き、かつてとは違う幸せを得られたのかもしれない。この二人と共に。
 その、共に新しい幸せを手に入れる筈だった二人は今、自由意志を失った虚ろな目で、君の前に佇んでいる。君が命令を下せば即座にそれをこなそうとするだろうし、逆に命令を下さない限りはずっとこの状態のまま、いつまでも佇んでいるのだろう。
 君は、自分がもはや取り返しのつかないことをしたのを自覚する。
 自分が求めていた家族という希望の芽を、自分の手で根っこから引き抜き、握り潰したことを知る。
 それを自覚した時、君は――笑う。
 それは、もしかしたら自分に対する嘲笑だったのかもしれない。とにかく、君の口から漏れた笑い声は、段々と大きくなる。君自身でも止められない程に。衝動的であり、刹那的である。そんな笑いが、君から溢れてくる。
 笑って、笑って――どれくらい時間が経っただろうか。
 君は、改めて目の前に佇む二人を見る。
 二人の顔は美しい。二人の肢体は魅力的だ。
 今の君には、それで十分だ。
 君は、静かに佇む二人に対し、自分の欲望を満たす為に命令を下していく。

 君がすべてを手に入れ、すべてを失った日から数日が過ぎた日の話をしよう。
 いつものように血塗られた拷問台に有刺鉄線が絡み付く悪夢から君が目覚めると、下の階から君を呼ぶ声が聞こえてくる。君の義母である菫が、朝ご飯の用意ができたことを知らせる声だ。
 少しの間逡巡した後、君は階下に向けて返事をし、着替えることにする。
 階段を下りてリビングへと向かう途中で、君は義姉であるユラと会う。
 ユラは胸と股間の部分が大きくくり抜かれたパジャマを着ていた。加えて下着も付けていない為、大きな胸とピンク色の乳首、そして秘所が露出している。首には大型犬用と思われる、鋲の入った首輪を付けている。
 ユラは君を認識すると両手を頭の後ろで組み、腰を落とし、がに股になって腰を振りながら挨拶をする。君がそう命じたからだ。
 自分の物となったユラに最初にとらせた姿勢を、君はとても気に入っている。

「おはようございます、蒼甫様」
「ん、おはよう、ユラ」

 君は挨拶を返すのと同時にユラの胸を揉む。若く、瑞々しく、張りのある乳房の感触は、君を楽しませる。ユラは君の手が動くたびに頬を上気させながら軽い喘ぎ声を上げるが、姿勢を崩そうとはしない。
 君の義姉であったユラは、今では君の所有物だ。菫の面影を色濃く残すユラの美貌は、君の征服欲を程よく満たす。張りのある艶やかな褐色の肢体に、東洋を想起させる目鼻立ちの整った顔。君はそんなユラを所有物に出来たことがとても嬉しい。

「いかがでしょうか、私の胸は?」
「ああ、中々いいな。揉み応えがある」
「それはよかったです。どうぞ、お好きなだけお触りください」

 君に忠実なユラの言葉に甘え、しばらく胸を揉んでいると、階下から再び君達を呼ぶ声が聞こえてくる。君は渋々その声に反応し、階段を下りることにする。

「おはよう、二人とも。もう少しでお湯が湧くから、先に食べていてちょうだい」

 台所から聞こえる菫の声に返事をしながら、君達二人はリビングに向かう。
 既にテーブルには食事が並べられているが、奇妙なことに一人分しかない。加えて、二人分の食事が床に並べてある。テーブルの上の食事はいくつかの小皿に分けられているが、床の上のものは全てが一つの大きな器に入っており、しかも箸などは見当たらない。
 君は迷うことなく椅子に座り、合掌して料理を食べ始める。同時に、ユラは四つん這いになり、床に置いてある器の中に顔を突っ込んで食べ始める。丁寧に箸を使って食事をする君の耳に、ぺちゃぺちゃという音が届く。視線をやると、顔を汚しながらひたすら犬のように食事をするユラの姿が映る。ふりふりと揺れる尻と胸を見て、君の股間に血液が集まり始める。

「ちょっとムラムラしてきたな。おいユラ、『掃除機になれ』」
「はい」

 君に『掃除機になれ』と声をかけられ、食事途中であったはずのユラは即座に立ち上がる。そして君の前に跪くと、君のズボンとパンツを下ろして性器を露出させる。君の性器は、これから起こる状況を期待して既に大きくなっている。
 ユラは目にかかった前髪を掻き上げると、何の躊躇いもなく君の性器を口に咥える。

「んっ……」

 暖かく柔らかい感触と共に、君の肉棒がユラに包まれる。ユラの口内で、舌が踊る。君の肉棒に必死に舌を絡ませながら、ユラは頭を前後に振る。唾液が泡立つ音と空気が漏れる音が混ざり合い、家族団欒の場に卑猥に響き渡る。
 ユラの頭の中は、今はいかに目の前の肉棒を気持ちよくするかという考えだけで満たされている。君がそのように設定したからだ。ユラが君の言葉一つでただの性欲処理機として働く姿は、股間から伝わる刺激以上に君の快感を促進させる。

「あらユラったら蒼甫様のおチンポしゃぶらせてもらってるのね。羨ましいわ」

 そう言いながら台所から現れた菫は、エプロンだけを身につけているように見える。大きく張り出した胸によって持ち上げられたエプロンは、かろうじてその胸の先端こそ隠しているものの、その横からは隠しきれない大きさの乳房がはみ出している。そして菫はそんな自分の格好の異常さに全く気がついていないように見える。

「はい、コーヒーよ。何か入れる?」
「そうだな、ミルクがいいな。カフェオレにしてよ」
「わかったわ、ちょっと待ってね。今作るから」

 菫は頷いて君の前にコーヒーの入ったカップを置くと、エプロンを胸の谷間に挟み込むようにずらす。エプロンの下は裸ではなかった。しかし、ある意味裸よりも恥ずかしい格好であった。
 エプロンの下から現れたのは、ハート型のピンク色のニップレスと、同じくハートでピンクの前張りのみという格好だった。ニップレスは乳輪をギリギリ隠す程の面積しかなく、しかも両乳首の勃起により今にも剥がれそうな程押し上げられている。生地の中心はなぜか濡れている。前張りも、股間から溢れる愛液に濡れてほぼ全てが変色している。
 菫は右側のニップレスを剥がし、乳首の先端をコップへと近づける。そして、両手で自分の乳房を強く握る。
 右乳首の先から幾本もの白い線が飛び出し、そのままカップの中に入ってマーブル模様を作る。菫の脳は完全に君に支配されており、内分泌系もその例外ではない。支配された下垂体から出る大量のプロラクチンにより、菫の乳房はいつでも母乳を出せるように変えられている。

「……んっ! んふぅっ! んあああっ!」

 自分の乳房をリズミカルに搾りながら、そのリズムに合わせるように菫は嬌声を上げる。脳を操られ感度を増幅された菫の体は、搾乳の刺激で容易に絶頂へと達する。右側だけではなく左の乳首からも、ニップレスの下から母乳がしみ出してくる。股間は既にドロドロに濡れており、溢れた雫が太腿を伝って光っている。

「はぁ、はぁ……。はい、できたわよ、カフェオレ」

 そう言って自分の母乳で出来たカフェオレを君に差し出し、菫は満足げに微笑む。その微笑みは子供を思う慈しみに満ちているが、荒くなった呼吸と上気する頬、そして何よりも勃起している両乳首がそれを台無しにする。
 ただの発情した動物だ、と君は思う。そういう風に、君が菫を変えたのだ。いや、菫だけではない、今も君の足の間に潜り込み頭を前後に振っているユラも、君がそう変えた。
 魅力的な肉体を持つ二人の女の全てを完全に掌握したという達成感を伴う衝動が、君の中に沸きあがる。
 君はその衝動のままにユラの頭を掴み立ち上がると、ユラを気遣うことなくただひたすらに腰を振り始める。

「んぐっ! ぐぼっ! ぐぼぼっ! ぐぶっ!!」

 君の亀頭がユラの咽頭を蹂躙する。気道を塞がれる度にユラの喉から苦しげな音が響くが、そんなことは君も、そしてユラも気にしない。自分の苦しみとは無関係に舌を動かし、君の陰茎に刺激を与えようとし続けているユラの姿にこれ以上ない程の興奮を覚えながら、君はがむしゃらに腰を振る。ユラの股間から溢れた愛液が、床に水たまりを作っている。強引に口内を征服されることも、掃除機と化したユラには歓びとなっているのだ。

「あはぁんっ!」

 君が手を伸ばして菫の胸を掴むと、菫は甘い声を上げる。愛撫することなど考えていない、ただ君が感触を楽しむだけの為にした行為でさえ、菫にとってはたまらない快感となる。今の菫は、君の欲望を満たすためだけに存在する。
 君は菫を乱暴に抱き寄せると、その胸に吸い付き、乳首に強く歯を立てる。菫の口から迸る嬌声、そして君の口の中に溢れる甘い母乳の味を感じながら、君は射精する。君が得た快感に比例するように、君の絶頂は以前の人生とは比べ物にならない程に長く、君の陰茎は大量の精液をユラの口内に放出する。
 君の精液を、ユラは一滴も零すことなく吸い込み、嚥下する。そして、ユラの体が静かに跳ねる。君の精液は、菫とユラにとって何よりも強力な麻薬となる。声を立てずに絶頂し続けるユラを横に突き飛ばし、君は菫をテーブルにうつ伏せになるように押し付け、その前張りを乱暴に剥がす。

「ああんっ! あら、蒼甫様ったらお母さんのマンコを使いたいのね?」

 剥がされた刺激により嬌声を上げながらも、菫は君に流し目を送る。この期に及んで菫はまだ自分のことを母親だと思っている。君はそのことに愉悦を隠せない。もはや菫は母親などではなく、支配された一匹の雌でしかないというのに。

「うん、ユラだけじゃ収まらなくてね。駄目?」
「勿論いいわよ。お母さんは蒼甫様専用肉オナホなんだから。壊れるくらいたっぷり使ってちょうだい?」

 自分のことを玩具だと言い切る菫の目は迷いがない。それこそ本当に壊されたところで、菫は心から喜び、君に感謝するだろう。君はそうだと知っている。
 君は未だ衰えない肉棒を、滴る程に濡れそぼった菫の膣肉に力の限り突き立てる。

「ひあああっ!!」

 菫の持っていた余裕が一瞬で消える。仰け反る菫の髪を掴み、君は乱暴に腰を打ち付ける。子供を一人産んでいる筈の膣内は、しかしまるで処女のようにきつく君の肉棒を締め付けてくる。君が肉棒を腰を動かすたびに、菫の膣肉はうねり、君の肉棒に全方向から絡み付いてくる。

「んひいいぃっ! んぐ、んああああっ!! ああ、あああっ!! あああああっ!!」

 菫の上げる嬌声が、君の欲望を加速させる。男に媚びきった声だ。それが今、君だけに向けられている。存在を変えられ、弄ばれ、それに歓びを覚えるようにされた菫の上げる声は、君の脳を甘く蕩かすようだ。君は欲望のまま、菫の首筋に噛み付く。

「んおおおおああああっ!!」

 菫は獣のように吠える。限界を超えた快感が、菫に訪れていた。本来ならば強烈な痛み、しかしそれは菫の脳内で全て快感へと変換される。菫は髪を振り乱しながら悶え、喘ぐ。菫の白いうなじに刻まれた君の歯形は、菫が君の所有物だということを示す刻印のようだ。

「あがあああっ! んはああああっ! んほおおあああっ! んおおっ、おああああっ!!」

 菫の人間を捨てたような下品な嬌声を聞きながら、君も自分の限界が急速に近づいてくるのを感じていた。君が一回腰を振るたびに菫は絶頂している。その際に菫の膣内がことさら強く収縮するのだ。今まで味わったことのない、そして通常ならば味わうこともないであろう快感に、君自身も翻弄される。
 そして、君に限界が訪れる。
 目の前が明滅するような鋭い快感、そして絶大な開放感とともに、君は菫の胎内に射精する。

「――ひぃああああああああああっ!!!」

 菫が、突如訪れた、胎内を焼くような快感に叫ぶ。肉棒が脈打つたびに菫の子宮内へと送り込まれる君の精液が、受精を求めて菫の卵管を泳いでいく様を君は幻視する。まるで永遠に続くかのような、そんな射精だ。君の思考は途切れ、視界は白い光に包まれる。
 少しして。
 永遠に続くかと思われた射精は止み、君は現実へと復帰する。
 君の目に入るのは、両胸と股間、そして体中から色々な液体を流してテーブルにうつ伏せになっている菫と、同じように全身から大量の液を流したまま床に横たわるユラの姿だ。二人とも白目を剥いて気絶しており、時折思い出すかのようにその体が跳ねる。君は、非常に満足する。

 君はシャワーを浴び、どう頑張っても間違いなく間に合わない授業に出る為に制服へと着替える。いつの間にか、君の顔半分を覆い隠すように、半分に割れた仮面が装着されている。君は鏡を見る。いつも見ている通りの自分の顔が映る。仮面は、どこにも映っていない。君は、仮面が完全に君と同化したことを本能的に感じる。
 君は、これから起こることに胸を膨らませ、玄関へと向かう。これから、君の周囲の環境は一変するだろう。それも、全て君の望むように。君はそれが楽しみで楽しみで楽しみでたまらない。
 ふと、振り返る。開け放たれた扉の先に見えるリビングには、女の体が二つ横たわっている。完全に君のものとなった二人の女だ。
 君はかつてそれらに対し、様々な感情を持っていたことを思い出し――玄関の扉を閉め、駅へと向かう道を歩き始める。歩きながら、どのように周囲を変えていこうか、その案に思いを馳せる。

 かつては家族だった二人のことは、もう君の頭にはなかった。

< So, Nothing he’s got he really needs. The End. >

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